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No.37
閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】
閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】
わかさぎ姫云々ってことでわかさぎ姫の話。というより魔理沙とだべってるだけ。
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パァン、と何かが破裂したような轟音が霧に満ちた湖に響き渡る。それに混じって何かが水に落ち、沈んでいく音がかすかに聞こえた。それも波立つ音にかき消される。
「所詮は半分魚だ。大したことは無かったな」
音という振動でさざめく水面を眺め、魔理沙は小さく呟いた。退治云々と言っていきなり襲ってきた妖怪を撃破し、ミニ八卦炉を懐に仕舞おうとして慌てて手を止める。長い間愛用しているこれは最近どうも機嫌が悪く、妖気に反応して勝手に火を噴くようになってしまった。そんなものを懐に入れていればどうなるかなどそれこそ火を見るより明らかだ。
ざっと辺りを見回した限り、湖で暴れているという妖怪はこいつだけのようだ。途中妖精がちょっかいをかけてきたがあれは平常運転である、気にする必要などない。
さて次、と姿勢を正すと、眼下に広がる水面に何か白いものが浮かんできた。よく見ると先ほど倒した妖怪が仰向けでぷかぷかと波間を揺蕩っていた。足の代わりについた尾ひれとエプロンの白が死んで浮き上がってきた魚を連想させ、魔理沙は不安に駆られる。確かに時々妖怪を退治しているが、それはスペルカードルールに則ったものであり死に直結するようなものはない。だが、事故が無いとは言いきれない。悪い冗談はやめてくれよ、と魔理沙は彼女の下へと急降下した。
間近で見たそれは静かに浮かんだままで、動く気配はない。まずい、と慌てて呼びかける。
「おい、大丈夫――」
か、と尋ねる声は水が跳ねる大きな音にかき消された。直後、全身に水が勢いよく叩きつけられる。真正面からの強い衝撃と冷たさに思わず小さく叫ぶと、開いた口に生臭い水が一気に入り込んでくる。反射的にゲホゲホと咳き込んだ。
「あぁもう、なんなのよ!」
巫女でもないのになんであんなに強いの、と妖怪が叫ぶ。つい先ほどまで身動き一つせずに浮かんでいたとは思えないほどの元気さだ。単に撃ち落された衝撃で放心していたのだろう。そして意識が戻り身を起き上がらせようとした結果、大きな尾ひれで水面を思い切り叩いてしまい、近くにいた魔理沙はそれをもろに被ることになってしまったのだ。
「……あら?」
気配に気付いたのか、妖怪は魔理沙の方を向いて小首を傾げた。何故彼女がまだここにいるのだろう、そして何故ずぶ濡れになっているのだろう。そんな疑問がその顔に浮かんでいる。
その問いに親切に答えることなどあるはずもなく、魔理沙は手に持ったミニ八卦炉を妖怪の眼前に突きつけた。
「…………よし決めた、今晩は焼き魚だ」
「やめてー!」
霧にけぶる湖に悲鳴が響き渡った。
わかさぎ姫と名乗った妖怪に続き、魔理沙は水面間近を飛んでいた。前を泳ぐ彼女の背にはミニ八卦炉が向けられたままだ。そのままでは風邪を引くから陸地に行こう、と提案され了承したが、また襲ってくる可能性がないわけではない。
「油断したところを不意打ち、とか考えるなよ?」
「しません。焼かれるのはごめんですわ」
少ししてここよ、と到着を示す声に顔を上げる。霧だらけで見通しも日当たりも悪いこの湖だというのに、そこは日の光が柔らかに降り注いでいた。なるほど、これならばこれ以上冷える心配もあるまい。一人納得して魔理沙は箒から降り立った。
「なんで魚なのにこんな場所知ってるんだ?」
「陸地住まいの知り合いと話したりするときに使っているのです。秘密にしてくださいね」
妖精達にたむろされては困るのだろう、わかさぎ姫は真面目な顔で人差し指を立て口に当てた。こんないい場所をわざわざ人に教える道理はないと魔理沙は首肯する。よく見れば隅に清水が湧いているではないか。今度から一休みするときに使わせてもらおう。
水でぐしょぐしょになった上着を脱ぐ。寒いが濡れたものをいつまでも着ていては更に体温を奪われるし、何より肌に張り付く衣服の感覚と生臭い水の匂いが不快だった。箒にぎゅっと絞ったそれらを掛け、日がよく当たる場所に固定する。普段ならばミニ八卦炉で乾かすのだが、今のこいつでは勢い余って服を燃やしかねない。使うとしても最終手段だ。
「本当にごめんなさい」
湧き出る清水で口を入念にゆすいでいると、わかさぎ姫はしゅんと申し訳なさそうに眉を八の字にして謝る。先ほどまで勝気な表情で襲ってきた姿から想像できないものだ。近くにあった石に腰を下ろし、膝の上で頬杖をつき俯いた彼女を見る。
「で、なんでいきなり暴れてたんだ?」
「いえ、特に何もありませんわ?」
わかさぎ姫の言葉に魔理沙は首を傾げた。確かに理由なしに暴れる妖怪はいるが、どうも違和感を覚える。
この湖に足を運んだのは妖怪が暴れているとの噂を小耳に挟んだからだ。以前妖精が騒いでいたことがあったけれど、それ以降ここで騒ぎが起きたということは久しく聞いていない。異変の香りがしたので向かってみれば、いるのはいつもの氷精とこの人魚だけではないか。両者とも元々ここらに根付いている妖怪に見える。頭の悪い妖精はともかく、この理性的に見える妖怪がわざわざ理由もなく自らが暮らす場所を荒らし、退治しにくる人間を呼び寄せようとするだろうか。むむ、と唸るが答えは見つからない。
「大体、あなたは私を退治しにきたのでしょう? 正当防衛です」
「『倒してのし上がる』って言ってたよな?」
「言葉の綾です」
魔理沙の指摘にわかさぎ姫はふいと視線を逸らす。じとりと見つめる魔理沙から顔を逸らしたまま頬に手を当て、気が立っていたのでしょうかと溜め息を吐いた。
「最近ネットワークでも妙な話が流れてくるのですよ」
「ネットワーク?」
「妖怪同士のちょっとした繋がりのことです。普段はあそこの石が良いとかあの辺りに巫女がよく来るから注意とかそんな他愛のない話題ばかりなのですが、最近は妖怪の時代がきたー、今こそのし上がる時だー、などと過激なことを言う者が増えてきていて……」
なんでなのでしょう、と悩ましげに言うわかさぎ姫を眺め、魔理沙は顎に指を当てる。人里の方でも妖怪が騒いでいるという話も聞く。人妖ごちゃ混ぜのお祭り騒ぎも終わり落ち着いてきたと思ったらこれだ。まだまだお祭り気分が抜けていない妖怪どもがいるのか、それとも別の何かが起こっているのか。どちらの可能性も十分にあり得る。
「まぁ、気持ちは分かるのですけれど」
「ん? 退治されたいのか?」
先ほど退治しようとしてきたから正当防衛だと主張していたし、ネットワークとやらで妖怪退治の専門家である巫女を避けるための情報を共有していると零していたではないか。矛盾しているのではないかと指摘すると、彼女は首を横に振った。
「退治されたい、と言うより倒すべき存在として認識してほしいという気持ちが強いですね。侮られ見くびられ相手にされないって想像以上に寂しいのですよ?」
わかさぎ姫は口元を水に沈め、拗ねるようにぶくぶくと泡を立てた。その瞳はどこか寂しそうだ。
「私だって、巫女に退治されるような存在になりたいものです」
「自殺志願か?」
「玉の輿願望ですわ」
意味が全然違うではないか、と魔理沙は呆れたように笑った。馬鹿にされたと受け取ったのか、わかさぎ姫は不満げに頬を膨らませる。悪い悪いと笑う魔理沙を見て彼女はまた嘆息する。
「こうやって平和に暮らすことは幸せですけれど、妖怪としてどうなのかと思うこともあるのです。恐れられてこそ妖怪だというのに、何もせずに暮らすのは正しいのか。妖怪としてあるべき姿ではないのではないか、と」
幻想郷の人間と妖怪は互助関係である、と語ったのはどこの宗教家だったか。妖怪は人間なしでは生きていけない。妖怪は人間を襲い存在を知らしめ、恐怖されることで生きることができるのだ。また、完全に否定されてしまうことが怖いとも語っていたか。妖怪は認識されなければ生きていけないのだ。
では、侮られ見くびられ相手にされない、存在しないも同然に扱われる妖怪は、存在を証明できない妖怪は妖怪として在れるのか。種として忘れられずとも、忘れられた個々はどうなるのか。
いつぞやの宗教家達の対談で、妖怪の主体は肉体でなく精神であるという話を聞いたことを思い出す。精神主体である妖怪がこうやって自身で自己の存在を疑うなど、それこそ自殺である。しかしだからといって、わざわざ退治される対象になるよう暴れるのは本末転倒だ。
「相手にされたいならもっと方法があるだろ? なんか特技とかないのか?」
「うぅん……、特技ではありませんが、綺麗な石を見つけるのと歌うことは好きです」
「それだ」
前者はともかく後者は人から求められる技術だろう。最近では妖怪がバンドを組んでいるという。天上の騒霊もまだまだ活動していると聞くしそれに参加すればよいのではないか。そう提案してみるが返事はつれないものだった。
「音楽性が違います」
「わがままだな」
「それに湖から出れませんもの」
「あー、確かにその足じゃ陸地は歩けないな」
流石に物理的な壁は乗り越えられなかった。
ではあれはどうだ、それならこれはどうだ、そもそもさっきのネットワークってなんだ、ついでに石のコレクションを見ていかないか、などと議論を続けるが進展は全く無く話題が逸れるばかりだ。そうこうしている内に中天にあった日は西の空へとその身を徐々に傾けていた。ここにいる目的を思い出し、急いで立ち上がり乾かしていた上着に触れる。厚く黒い生地はまだじとりと湿っていた。
「こりゃ乾きそうにないな」
「その道具で乾かせないのですか?」
「今火力調整できない状態でな。下手したら服どころかこの一帯が燃える」
「……ごめんなさい」
しゅんとまた表情を曇らせるわかさぎ姫の姿に魔理沙は苦笑する。先ほどからの会話といい、根は真面目で気の弱い妖怪なのだろう。それだけにいきなり襲ってきた理由が全く分からない。本人も特に理由はないと言っていたし、ますます怪しい。やはりこれは異変なのではないか。ならばあの巫女が動き出す前に片付けなければ。
乾かしていた衣服を身に着ける。じっとりとしているが先ほどに比べれば多少はマシだ。飛んでいる内に乾くだろう、と楽観的に考えて魔理沙は箒に跨った。こちらを見上げたわかさぎ姫に一言かける。
「じゃあな」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫だって。そっちも巫女には気を付けとけよ。私だからこれで済んだが、巫女に見つかれば確実に煮魚にジョブチェンジだ」
煮魚という単語にわかさぎ姫の顔から血の気が失せる。退治されるのはいいのに食われるのは嫌なのか。
ひらひらと手を振り青い顔をした彼女に別れを告げ、魔理沙は霧深い空へと飛び立つ。
理由なく暴れる妖怪達。戦闘後のあの変わりよう。そして、皆が口にしているという『のし上がる』という言葉。
いよいよ異変めいてきたな。魔理沙は愉快そうに笑みを浮かべた。
畳む
#わかさぎ姫
#霧雨魔理沙
#わかさぎ姫
#霧雨魔理沙
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THANKS!!
東方project
2024/1/31(Wed) 00:00
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閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】
閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】わかさぎ姫云々ってことでわかさぎ姫の話。というより魔理沙とだべってるだけ。
パァン、と何かが破裂したような轟音が霧に満ちた湖に響き渡る。それに混じって何かが水に落ち、沈んでいく音がかすかに聞こえた。それも波立つ音にかき消される。
「所詮は半分魚だ。大したことは無かったな」
音という振動でさざめく水面を眺め、魔理沙は小さく呟いた。退治云々と言っていきなり襲ってきた妖怪を撃破し、ミニ八卦炉を懐に仕舞おうとして慌てて手を止める。長い間愛用しているこれは最近どうも機嫌が悪く、妖気に反応して勝手に火を噴くようになってしまった。そんなものを懐に入れていればどうなるかなどそれこそ火を見るより明らかだ。
ざっと辺りを見回した限り、湖で暴れているという妖怪はこいつだけのようだ。途中妖精がちょっかいをかけてきたがあれは平常運転である、気にする必要などない。
さて次、と姿勢を正すと、眼下に広がる水面に何か白いものが浮かんできた。よく見ると先ほど倒した妖怪が仰向けでぷかぷかと波間を揺蕩っていた。足の代わりについた尾ひれとエプロンの白が死んで浮き上がってきた魚を連想させ、魔理沙は不安に駆られる。確かに時々妖怪を退治しているが、それはスペルカードルールに則ったものであり死に直結するようなものはない。だが、事故が無いとは言いきれない。悪い冗談はやめてくれよ、と魔理沙は彼女の下へと急降下した。
間近で見たそれは静かに浮かんだままで、動く気配はない。まずい、と慌てて呼びかける。
「おい、大丈夫――」
か、と尋ねる声は水が跳ねる大きな音にかき消された。直後、全身に水が勢いよく叩きつけられる。真正面からの強い衝撃と冷たさに思わず小さく叫ぶと、開いた口に生臭い水が一気に入り込んでくる。反射的にゲホゲホと咳き込んだ。
「あぁもう、なんなのよ!」
巫女でもないのになんであんなに強いの、と妖怪が叫ぶ。つい先ほどまで身動き一つせずに浮かんでいたとは思えないほどの元気さだ。単に撃ち落された衝撃で放心していたのだろう。そして意識が戻り身を起き上がらせようとした結果、大きな尾ひれで水面を思い切り叩いてしまい、近くにいた魔理沙はそれをもろに被ることになってしまったのだ。
「……あら?」
気配に気付いたのか、妖怪は魔理沙の方を向いて小首を傾げた。何故彼女がまだここにいるのだろう、そして何故ずぶ濡れになっているのだろう。そんな疑問がその顔に浮かんでいる。
その問いに親切に答えることなどあるはずもなく、魔理沙は手に持ったミニ八卦炉を妖怪の眼前に突きつけた。
「…………よし決めた、今晩は焼き魚だ」
「やめてー!」
霧にけぶる湖に悲鳴が響き渡った。
わかさぎ姫と名乗った妖怪に続き、魔理沙は水面間近を飛んでいた。前を泳ぐ彼女の背にはミニ八卦炉が向けられたままだ。そのままでは風邪を引くから陸地に行こう、と提案され了承したが、また襲ってくる可能性がないわけではない。
「油断したところを不意打ち、とか考えるなよ?」
「しません。焼かれるのはごめんですわ」
少ししてここよ、と到着を示す声に顔を上げる。霧だらけで見通しも日当たりも悪いこの湖だというのに、そこは日の光が柔らかに降り注いでいた。なるほど、これならばこれ以上冷える心配もあるまい。一人納得して魔理沙は箒から降り立った。
「なんで魚なのにこんな場所知ってるんだ?」
「陸地住まいの知り合いと話したりするときに使っているのです。秘密にしてくださいね」
妖精達にたむろされては困るのだろう、わかさぎ姫は真面目な顔で人差し指を立て口に当てた。こんないい場所をわざわざ人に教える道理はないと魔理沙は首肯する。よく見れば隅に清水が湧いているではないか。今度から一休みするときに使わせてもらおう。
水でぐしょぐしょになった上着を脱ぐ。寒いが濡れたものをいつまでも着ていては更に体温を奪われるし、何より肌に張り付く衣服の感覚と生臭い水の匂いが不快だった。箒にぎゅっと絞ったそれらを掛け、日がよく当たる場所に固定する。普段ならばミニ八卦炉で乾かすのだが、今のこいつでは勢い余って服を燃やしかねない。使うとしても最終手段だ。
「本当にごめんなさい」
湧き出る清水で口を入念にゆすいでいると、わかさぎ姫はしゅんと申し訳なさそうに眉を八の字にして謝る。先ほどまで勝気な表情で襲ってきた姿から想像できないものだ。近くにあった石に腰を下ろし、膝の上で頬杖をつき俯いた彼女を見る。
「で、なんでいきなり暴れてたんだ?」
「いえ、特に何もありませんわ?」
わかさぎ姫の言葉に魔理沙は首を傾げた。確かに理由なしに暴れる妖怪はいるが、どうも違和感を覚える。
この湖に足を運んだのは妖怪が暴れているとの噂を小耳に挟んだからだ。以前妖精が騒いでいたことがあったけれど、それ以降ここで騒ぎが起きたということは久しく聞いていない。異変の香りがしたので向かってみれば、いるのはいつもの氷精とこの人魚だけではないか。両者とも元々ここらに根付いている妖怪に見える。頭の悪い妖精はともかく、この理性的に見える妖怪がわざわざ理由もなく自らが暮らす場所を荒らし、退治しにくる人間を呼び寄せようとするだろうか。むむ、と唸るが答えは見つからない。
「大体、あなたは私を退治しにきたのでしょう? 正当防衛です」
「『倒してのし上がる』って言ってたよな?」
「言葉の綾です」
魔理沙の指摘にわかさぎ姫はふいと視線を逸らす。じとりと見つめる魔理沙から顔を逸らしたまま頬に手を当て、気が立っていたのでしょうかと溜め息を吐いた。
「最近ネットワークでも妙な話が流れてくるのですよ」
「ネットワーク?」
「妖怪同士のちょっとした繋がりのことです。普段はあそこの石が良いとかあの辺りに巫女がよく来るから注意とかそんな他愛のない話題ばかりなのですが、最近は妖怪の時代がきたー、今こそのし上がる時だー、などと過激なことを言う者が増えてきていて……」
なんでなのでしょう、と悩ましげに言うわかさぎ姫を眺め、魔理沙は顎に指を当てる。人里の方でも妖怪が騒いでいるという話も聞く。人妖ごちゃ混ぜのお祭り騒ぎも終わり落ち着いてきたと思ったらこれだ。まだまだお祭り気分が抜けていない妖怪どもがいるのか、それとも別の何かが起こっているのか。どちらの可能性も十分にあり得る。
「まぁ、気持ちは分かるのですけれど」
「ん? 退治されたいのか?」
先ほど退治しようとしてきたから正当防衛だと主張していたし、ネットワークとやらで妖怪退治の専門家である巫女を避けるための情報を共有していると零していたではないか。矛盾しているのではないかと指摘すると、彼女は首を横に振った。
「退治されたい、と言うより倒すべき存在として認識してほしいという気持ちが強いですね。侮られ見くびられ相手にされないって想像以上に寂しいのですよ?」
わかさぎ姫は口元を水に沈め、拗ねるようにぶくぶくと泡を立てた。その瞳はどこか寂しそうだ。
「私だって、巫女に退治されるような存在になりたいものです」
「自殺志願か?」
「玉の輿願望ですわ」
意味が全然違うではないか、と魔理沙は呆れたように笑った。馬鹿にされたと受け取ったのか、わかさぎ姫は不満げに頬を膨らませる。悪い悪いと笑う魔理沙を見て彼女はまた嘆息する。
「こうやって平和に暮らすことは幸せですけれど、妖怪としてどうなのかと思うこともあるのです。恐れられてこそ妖怪だというのに、何もせずに暮らすのは正しいのか。妖怪としてあるべき姿ではないのではないか、と」
幻想郷の人間と妖怪は互助関係である、と語ったのはどこの宗教家だったか。妖怪は人間なしでは生きていけない。妖怪は人間を襲い存在を知らしめ、恐怖されることで生きることができるのだ。また、完全に否定されてしまうことが怖いとも語っていたか。妖怪は認識されなければ生きていけないのだ。
では、侮られ見くびられ相手にされない、存在しないも同然に扱われる妖怪は、存在を証明できない妖怪は妖怪として在れるのか。種として忘れられずとも、忘れられた個々はどうなるのか。
いつぞやの宗教家達の対談で、妖怪の主体は肉体でなく精神であるという話を聞いたことを思い出す。精神主体である妖怪がこうやって自身で自己の存在を疑うなど、それこそ自殺である。しかしだからといって、わざわざ退治される対象になるよう暴れるのは本末転倒だ。
「相手にされたいならもっと方法があるだろ? なんか特技とかないのか?」
「うぅん……、特技ではありませんが、綺麗な石を見つけるのと歌うことは好きです」
「それだ」
前者はともかく後者は人から求められる技術だろう。最近では妖怪がバンドを組んでいるという。天上の騒霊もまだまだ活動していると聞くしそれに参加すればよいのではないか。そう提案してみるが返事はつれないものだった。
「音楽性が違います」
「わがままだな」
「それに湖から出れませんもの」
「あー、確かにその足じゃ陸地は歩けないな」
流石に物理的な壁は乗り越えられなかった。
ではあれはどうだ、それならこれはどうだ、そもそもさっきのネットワークってなんだ、ついでに石のコレクションを見ていかないか、などと議論を続けるが進展は全く無く話題が逸れるばかりだ。そうこうしている内に中天にあった日は西の空へとその身を徐々に傾けていた。ここにいる目的を思い出し、急いで立ち上がり乾かしていた上着に触れる。厚く黒い生地はまだじとりと湿っていた。
「こりゃ乾きそうにないな」
「その道具で乾かせないのですか?」
「今火力調整できない状態でな。下手したら服どころかこの一帯が燃える」
「……ごめんなさい」
しゅんとまた表情を曇らせるわかさぎ姫の姿に魔理沙は苦笑する。先ほどからの会話といい、根は真面目で気の弱い妖怪なのだろう。それだけにいきなり襲ってきた理由が全く分からない。本人も特に理由はないと言っていたし、ますます怪しい。やはりこれは異変なのではないか。ならばあの巫女が動き出す前に片付けなければ。
乾かしていた衣服を身に着ける。じっとりとしているが先ほどに比べれば多少はマシだ。飛んでいる内に乾くだろう、と楽観的に考えて魔理沙は箒に跨った。こちらを見上げたわかさぎ姫に一言かける。
「じゃあな」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫だって。そっちも巫女には気を付けとけよ。私だからこれで済んだが、巫女に見つかれば確実に煮魚にジョブチェンジだ」
煮魚という単語にわかさぎ姫の顔から血の気が失せる。退治されるのはいいのに食われるのは嫌なのか。
ひらひらと手を振り青い顔をした彼女に別れを告げ、魔理沙は霧深い空へと飛び立つ。
理由なく暴れる妖怪達。戦闘後のあの変わりよう。そして、皆が口にしているという『のし上がる』という言葉。
いよいよ異変めいてきたな。魔理沙は愉快そうに笑みを浮かべた。
畳む
#わかさぎ姫 #霧雨魔理沙