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No.61

一日限りなんて【レイ+グレ】

一日限りなんて【レイ+グレ】
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昨年のトップ絵やエンドシーンではしゃいでるグレイスちゃんがとても可愛らしかったので。レイグレ姉妹は存分に仲良くいちゃついてほしい(誤解を招く表現)
今年も無事蹂躙されてきました。脳味噌も指もこんがらがる。

 耳元に手を伸ばす。ヘッドホンは新調したばかりの眩しい白でなく、光沢のある深い黒で染まっている。そのままヘッドバンドをなぞっていけば、中ほどで装飾に辿りつく。指に触れる一対の三角形には、目のような模様が刻まれている。サイケデリックな色に光るそれは、どこか不気味にも見えた。
 ヘッドホンから手を離し、少女はその場でくるりと回ってみせる。普段ならばチュールレースがふわりと舞うが、今日はそれがない。代わりに、高く二つに結い上げた躑躅色の髪がたなびくように広がった。自身の身体を見下ろす。同年代と比べてずっと細いそれは、馴染みのある黒と赤で包まれていた。
 懐かしい、と少女――グレイスは小さく息をこぼした。今では編入したボルテ学園の制服――加えて、レイシスがどんどんと作る少女趣味な衣装――で過ごすことが多く、重力戦争時代の姿になるのは随分と久しい。黒と赤で彩られたこの姿は、日頃身に纏う輝かしい白と青とは正反対のように思えた。
 ドアが叩かれる硬い音が部屋に飛び込んでくる。グレイス、と尋ねる声は、よく知る少女のものだ。どうぞ、と返せば、ゆっくりとドアが開かれる。隙間から覗いた薔薇色の瞳がグレイスの姿を捉え、花咲くようにぱぁと輝いた。
「懐かしいデスネ!」
「そうね。いつぶりかしら」
 バグの海が浄化されコンソール=ネメシスの一部になったのと同じく、バグで作られたグレイスの身体もネメシスの住人として再構成された。その時、バグを従える力が弱ってしまったのか、元の姿に戻ることは難しくなったのだった。今身に着けているものは、当時のそれを模して自身で作成したものである。
 衣服なら制服はもちろん、レイシスが手製のものをいくらでも用意している。だから、新たに衣装を作る必要性はあまりない。けれども、今日だけはこの姿で――昨年と同じ姿でいなければならないのだ。
 何せ、年に一度の特別な日なのだから。
「一年ぶりに蹂躙してやるわ」
ふふ、と笑うグレイスの表情は昏く、躑躅色の瞳はサディスティックに輝いていた。楽しそうに張り切る様子に、レイシスは苦笑する。重力戦争時代のような攻撃的な姿は久しぶりだ。
「『夢を叶える日』デスからネ」
「……思い出させるんじゃないわよ」
 からかうようなレイシスの言葉に、グレイスは苦々しげに眉に皺を寄せた。
 一体何がどうして伝わったのか、一年前のグレイスは四月一日を『夢を叶える日』と思い込んでいたのだ。バグの海にユーザーを誘い込み、ナビゲートするという夢を叶えた彼女は大いに喜んだ。レイシス以上に分かりやすいと自負するそれは、多くのユーザーに強烈なトラウマとして刻まれていることを彼女は知らない。
 元気にナビゲートを続け、四月一日も終わる頃。彼女に告げられたのは『今日は嘘をついてもいい日である』という真実と、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』という絶望だった。そのうえ、その後エイプリルフール特集記事にとインタビューに来た人間からは『一日限定』と連呼されるという、酷い追い打ちまで食らったのだ。出来るならば思い出したくない、苦い思い出である。
「今年はどんな夢を叶えるんデスカ?」
 未だからかうように問いかけるレイシスの声をグレイスはふん、と一蹴し、不敵に髪をかきあげた。
「夢ならとっくに叶ってるわ」
 ゆるりと弧を描く瞳に、柔らかな光が灯る。先程までの攻撃的な雰囲気は和らぎ、年相応の少女らしい表情でレイシスを見つめた。
 レイシスに会うのが夢だった。彼女に成るのが夢だった。消滅することなく生きるのが、何よりの夢だった。
 今はどうだろうか。ひとり闘う自分を、レイシスは迎えに来てくれた。バグの暴走に耐えられず消滅しかかった自身を、彼女は救ってくれた。ネメシスの住人としての身体を与えられ、一緒にナビゲートを――あの日夢見た彼女と同じように活動している。学園に編入し、皆と共に生きている。
 生まれた頃から夢見ていた願いは全て叶ったのだ。あの日のように『一日限り』ではない。これから、『ずっと』なのだ。
 柔らかに細められた少女の瞳に、レイシスは驚いたように幾度も瞬きをした。穏やかな言葉を咀嚼し、理解し、彼女はふわりと破顔した。
「そうデスネ」
 ワタシもデス、というレイシスの声は喜びに満ちていた。グレイスを迎えに行きたかった。彼女と一緒にこの先を歩んでいきたかった。『死にたくない』と心からの願いを、レイシスはずっと叶えたかった。
 全ては現実となり、二人はこうやって同じ場所に立ち、同じ場所で過ごしている。グレイスの――同じことを夢見たレイシスの願いは、ちゃんと叶ったのだ。
「そうダ! 今年は、ワタシも一緒にやってみたいデス!」
じゅーりんじゅーりん、と満面の笑みを浮かべて腕を振り上げ勢いよく振り下ろすレイシスの姿に、グレイスは呆れたように息を吐いた。しかしその口元は、かすかに綻んでいた。
「だめよ」
 はっきりとした拒絶に、レイシスははわ、と寂しげに項垂れた。不満げな表情を横目に、グレイスは机上に置いたままの眼鏡と教鞭を手に取る。つりあがった三角の眼鏡をかけ、未だしょぼくれている少女の目をしっかりと見つめた。
「今日は、今日に限っては、私が主役なんだから」
 ふふん、とグレイスはいたずらげに笑う。たっぷり蹂躙してやるんだから、と手にした教鞭を軽く振った。やる気に満ち溢れたその声に、レイシスはゆるりと目を細める。
 たしかに、今日の彼女は重力戦争の時のような攻撃的な雰囲気をまとっている。けれども、当時のように敵対する様子や、人々を攻撃するような空気は一切感じないのだ。蹂躙という言葉も、昨年に引き続いて言っているのだろう。そこに、言葉通り人々を踏みにじり害を与えようとする意志は見られない。むしろ、ユーザーを楽しませるため努力しようとしているように見えた。
 グレイスは、ナビゲーターとしてしっかりと成長している。自信に満ち溢れ胸を張る姿は、それを再認識させてくれた。
「ハイ。ナビゲート、任せマシタヨ!」
「任せておきなさい」
 パン、とハイタッチをする。手と手を合わせた少女たちの表情は、とても楽しげだ。
 そのまま部屋を出ていこうとするグレイスを見送ろうとして、レイシスはあっ、と声を漏らした。急いで扉の向こうに消えていく彼女の背に言葉を投げかける。
「始果サンが作戦会議室で待っていマシタヨ!」
「……分かったわ」
 じゃあ、いってきます。
 いってらっしゃイ。
 薔薇色の瞳と声に見送られ、グレイスは広い廊下を歩んでいく。始果の性格――というよりも、グレイスへの執着を考えるに、彼はずっと同じ場所で待ち続けているだろう。昨年通りならば、ライオットも、ピリカも、オルトリンデも。
 そういえば、とグレイスははたと足取りを止めた。
 昨年、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』と突きつけられたことは苦い思い出として脳に刻まれている。
 けれども、どうだろう。
 先ほど考えたように、グレイスが強く夢見た現実は、全てここにある。幻ではない、たしかなものとして、グレイスはここに存在していた。
「……なによ、やっぱり嘘だったんじゃない」
 呆れとも怒りともとれぬ声が廊下に落ちて消えていく。声色に反して、グレイスの表情は晴れやかなものだった。
 さぁ、ナビゲーターとしての仕事を始めよう。昨年ユーザーに投げかけたように、レイシスにも勝る素晴らしいナビゲートを――昨年と同じ、仲間たちと一緒に。
 自然と足取りが早くなる。軽やかなそれは、グレイスの心を表しているようだった。

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#レイシス #グレイス

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