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No.63
少年少女趣味【ライレフ】
少年少女趣味【ライレフ】
別の話の前提になる話の予定がそっち書けそうにないのでこちらだけ。べたべたなあれそれが書きたかった。
輝妖リミコンバムの嬬武器兄弟可哀想って話。
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ひくり、と思わず引きつった音が漏れたのは仕方のないことだろう。撮影用の更衣室の片隅、目の前に差し出されたそれは、烈風刀の頬を引きつらせるのに十分な破壊力を有していた。
「レイシス、それは」
「今回の衣装デスヨ? あれ、伝えていマシタヨネ?」
ことり、とレイシスは首を傾げる。久方ぶりに下した長い桃色の髪と、ヘッドホンにつけられたフリルが揺れた。その姿は密やかに咲いた花がそよ風に揺れるようで、どこか儚げながらも可愛らしい。普段ならばその愛らしさをあらんばかりの言葉で褒め称える烈風刀だが、今日ばかりはそんな余裕を持ち合わせていなかった。
「いえ、確かに聞いていましたけど……」
いましたけど、と少年は言葉を濁す。彼らしくもないその声音には、動揺が色強くにじんでいた。
以前に開催したコンテストの楽曲をまとめたサウンドトラックが出るという話は随分前から聞いていた。そのジャケット写真の撮影をすることも、しっかりと聞いていた。けれども、その内容――東方Projectの楽曲リミックスコンテストのサウンドトラックだ、と聞いて、彼の脳内に苦い記憶が蘇ったのは何も不思議ではないだろう。少年にとって悪夢と言っても差し支えないそれを引き起こすトリガーとしては十分なものだった。
悲しいかな、今まで女性キャラクターの衣装を着る羽目になったことはいくらかあった。しかし、あの時――東方紅魔郷リミックスコンテスト、そのサウンドトラックのジャケットを撮影した時のように、脚をさらけだすほど丈の短いワンピースを身に纏い、あまり長くない髪を無理矢理高く結い上げ、挙句の果てにはドロワーズを履くなど、そこまで本格的に女性の格好をしたことは彼の短い人生で初めての経験だった。こんな経験は一生したくなかった、と呆然と立ち尽くす烈風刀の瞳が生気のない暗く濁った色になっていたことは、関わった皆が覚えている。
そんな烈風刀の前には、一着の洋服がある。
トルソーに着せられたそれは、手触りが良いことが一目で分かるほど美しい光沢を放っていた。襟ぐりは深く鎖骨より下、胸のほんの少し上まで開いており、首元が露わになっている。雪原のように白く広がる肌を彩るように深い赤色のリボンが結ばれていた。着物のそれのように長く広がっていく袖は胸元と同じ高さ、二の腕から伸びており、肩が惜しげもなく晒される意匠だ。コルセットが腰元をきゅっとまとめ、その下から膨らんだ布地は花開くかのようにふわりと広がっている。裾の端々にはフリルとリボンがふんだんにあしらわれており、シンプルなデザインのドレスを華やかに彩っていた。首の位置に被せられた帽子は、大振りなフリルで縁取られている。絞られた布地をまとめるように回された赤いリボンは、大きな蝶結びで正面を飾っていた。傍らにはフリルがふんだんにあしらわれ、アクセントにしては過剰なほどの赤いリボンが縁を駆ける少女趣味溢れる撫子色の傘が立てかけられていた。
神隠しの主犯。境界に潜む妖怪。幻想の境界。幻想郷のゲートキーパー。
八雲紫。
東方妖々夢、その難易度Phantasmで待ち構えるキャラクターが、今回烈風刀に宛てがわれた衣装の持ち主だ。
正確にはアレンジが加わっており原作のそれとは異なるのだが、彼にとってそんなことは瑣末である。自分がまた女性の衣服を身につけ、写真を撮る羽目になることより重大で重要なこと以上に彼の脳味噌に訴えかけられることなど、今この瞬間には存在しない。
無機質な白の胸元を見る。少し膨らんだそこに引っかかるようなその意匠は、胸を強調しわずかに露わにすることにより色香を匂わせるよう仕立て上げるものだ。そして、そのなだらかな双丘が、本来ならばこれは女性が着用する衣装であることを雄弁に語っていた。
ガクリと膝をつき、その場に蹲ってしまいそうな足を叱咤する。レイシスの前だ、そんなみっともないことはできない。それでも受け入れたくない現状に徐々に目が曇る烈風刀の姿を見て、桃色の瞳が心配そうにその顔を覗き込んだ。
「烈風刀? 大丈夫デスカ?」
「……えぇ、大丈夫です」
大丈夫なはずなどない。けれども、こんなことでレイシスを心配させる訳にはいかなかった。少年は眉間を指で押さえ、じわじわと広がっていく頭痛に抵抗する。無駄なあがきであるのは百も承知であるが、彼女に――同じく東方projectのキャラクター、わかさぎ姫に扮したレイシスに問うた。
「あの、どうして八雲紫さんの衣装なのでしょうか?」
「だって、『東方妖々夢リミックス楽曲コンテスト』デスカラ」
アッ、他のキャラが良かったデスカ、とレイシスは斜め二七〇度に吹っ飛んだ質問を投げかけてくる。いえ、と答える烈風刀の声は力無いものだ。どのキャラクターを担当しようが女装をするという事実に変わりはない。どうあがこうが、その先には地獄しかなかった。
不規則になりかけた呼吸をゆっくりと落ち着ける。大丈夫、着るのは撮影の間、ほんの少しの時間だけだ。前回同様ならば掲載されるのは小さなものだ。仕事なのだ、仕方がないではないか。指示通りに動けばすぐに終わる、大丈夫だ。少年は必死になって自身に言い聞かせる。その写真が印刷されたものが全国に販売され、特典アピールカードとして実装し全世界の筐体上に表示されることは今は考えていけない。
「……分かりました。では、着替えてきますね」
「ハイ、よろしくお願いしマス」
ニコニコと笑うレイシスに、烈風刀は精一杯の笑みを作る。彼の頭の中には、大丈夫、大丈夫、と洗脳にも似た調子で繰り返される己の声が反響していた。
デハ、と大きく手を振り現場へと駆け戻るレイシスを見送り、少年は、はぁ、と重苦しい溜息を吐いた。レイシスにああ言ってしまったのだ、どうなろうがもう腹を括るしかなかった。着替えるべく、のろのろと衣装に手をかけたところで、はたと記憶の片隅に引っかかった何かに気付く。それを手繰り寄せ中身を覗いた瞬間、烈風刀はバシ、と音がするほど勢いよく己の首筋を押さえた。
首元、肩口、鎖骨。トルソーの白が露わになっているその部位に何があるのか――何をされたのだったかは、腹立たしいことに全て覚えている。骨に牙が当たる衝撃、首筋に走る刺されるような痛み、柔い肉に並びの良い歯が食い込む感触、鏡に写った自分の肌にいくつもの赤が散っている姿。一時的にしまっていた記憶がぶわりと噴き出す。同時に冷や汗も噴き出し、だらだらと肌を伝っていった。
まずい。こんな姿――明らかに他者に刻みこまれたその色をさらけだした状態で写真を撮ることなどできない。どうする、と考えようにも、いくつもの混乱の渦に一気に放り込まれた頭は普段のように機能できずにいた。
「あれ、烈風刀? どうした?」
その頭髪よろしく真っ青になった烈風刀に、ドアが開く音と脳天気な声がかけられる。絶望に染まった顔でゆっくりと振り向くと、そこには彼の兄である雷刀がいた――いや、これは本当に雷刀なのか、と弟の脳内に多量の疑問符が浮かんだ。
目の前に立つ彼の頭には、赤い頭髪を隠すように金色の模様が浮かぶ大きな帽子が被せられている――否、帽子ではない、落ち着いた黒で幾度も塗り上げられた茶碗だ。その手には銀のステッキが握られている。太い根本には穴が開いており、先へと細く尖る姿は縫い針のそれだ。もう片手には金色の槌がある。松の模様が描かれたそれは針に比べて小ぶりだが、そのきらびやかな輝きによりしっかりとその存在を主張していた。バグ駆除により鍛えられた身体は、クリーム色をしたボルテ学園規定の制服でなく、薄紅から紅梅へと流れ移り変わる着物に包まれていた。落ち着いた布地の上を白の紅葉やすすきが踊っている。その裾は着物にあるまじきほど短くたくし上げられており、筋肉に包まれた硬い足が惜しげもなく晒されていた。
少名針妙丸だったか、と烈風刀はぼんやりとした頭で考える。小人の末裔、東方輝針城の最終ステージで待ち受けるキャラクターだ。今回のサウンドトラックには、妖々夢リミックスコンテストの楽曲だけでなく、それ以前に行われた東方輝針城リミックスコンテストの楽曲も収録されている。烈風刀同様、雷刀も作品由来のキャラクターに扮する羽目になったのだろう。しかし、女装しているというのに彼の姿は堂々としたものだ。
「恥ずかしくはないのですか」
「そこまででもねーかな」
げんなりとした様子で問う烈風刀に、雷刀はケロリとした表情で答える。信じられない、といわんばかりの表情で見つめる弟の姿に、兄は手にした小槌をくるくると回し言葉を続ける。
「形は着物とか浴衣とそんな変わんねーし…………まぁ、前のよりマシだから……」
装飾や着付けの差異はあれど、着物は女性だけでなく男性も着るものだ。スカートという女性ばかりが好む衣装を着る烈風刀よりは、まだ抵抗感は薄いらしい。少しの沈黙の後付け足された前の、という言葉は、以前レミリア・スカーレットや西行寺幽々子――元々は着物のようなデザインなのに、何故かスカートにアレンジされていた――の衣装を着たことを指しているのだろう。どちらにしろ脚をさらけだすようなデザインなのだから比較できるものではないのではないか、と烈風刀は濁り淀んでいく頭で考える。そもそも、だ。東方妖々夢なら、二人とも以前にその登場キャラクターに扮したではないか。それなのに何故また、その時と違うキャラクターの衣装を着なければならないのだ。それも、元のものよりも肌を出すデザインに変更してまで、だ。何故、と浮かび溶けず積もっていく疑問は彼の瞳と思考を曇らせるばかりだった。
「もう諦めて着替えてこいよ。もうすぐ時間だぞ?」
手にした銀の先で指し示した時計は、撮影開始予定時刻まであまり時間が無いことを語っていた。その呑気な様子に、ぶわと怒気が胸から溢れ出る。噴きこぼれる感情のまま、烈風刀は雷刀の肩を力強く叩いた。いてぇ、と驚きの混ざった悲鳴が椀の下からあがる。
「なにすんだよ」
「誰のせいで着替えられないと思っているのですか」
怒りに滾る声に反し、碧の瞳には水が薄く膜張っていた。どういう意味だ、と雷刀は全く心当たりが無いという様子で首を捻る。神経を逆なでするその表情に、もう一度べしりと叩き、烈風刀はその視線を自身のためにあつらえられた衣装へと向かせた。その肌を惜しげもなく晒すドレスを見て数秒、少年は再度首を傾げる。しばらくして、あ、と朱い口が間抜けに開いた。
「あっ、あー…………、ゴメンナサイ」
「ゴメンナサイではありません。本当にどうしてくれるのですか」
「そんなこと言ったって、ちゃんとゴーイの上でだろ?」
そうですけど、と肯定を意味する言葉はどんどんと萎んでいく。誘ったのは兄の方だが、合意し、何ならば珍しく協力的に動いたのは弟の方である。結局は行為を許してしまったのも、両者とも今日のことを忘れていたのも、 全て連帯責任である。それは二人共しっかり理解していた。理解した上でこの始末だ。
それでもそういうものは付けるなと再三言っていたではないか、と口を尖らせる弟に、兄はわざとらしく顔を逸らした。治す気の見られない噛み癖が原因であろうがなかろうが、全て既に後の祭りである。言い争った所で、散らばる赤が消えることはない。
雷刀の手が烈風刀の胸元に伸びる。自然な動きで彼のネクタイを緩め、シャツの襟をぺろりとめくった。白の下に浮かぶいくつもの痕を見て、少年はうーん、と難しそうに唸った。
「化粧でどーにか隠せねーかな」
「やるだけやってみます」
原因はどうであれ肌が局所的に色づいているだけだ、カバー力の高いものを塗り重ねれば隠せる可能性は高い。一部は傷に分類されるであろうそこに化粧品という化学物質を幾重にも塗りこめるのは少し気が引けるが、そんなことを言っている場合ではなかった。こんなものを他者に見せることなど、死んでも回避すべき事項だ。
するりと潜り込んだ指が、白い肌に浮かぶ紅に触れる。どうにか消せないものかとこするようになぞる感覚に、ひくりと身体が震えた。傷みは無い。けれども、普段人に見せることのないのない箇所を兄の目の前に晒し、触れられるというのはなんだかいたたまれない。そんなことをするのは『限られた』場合なのだから尚更だ。
「あっ、そういやさ」
皮膚の上で踊る雷刀の指が、そのままゆっくりと首筋を伝っていく。行為の一部を思い出させるその動きは、腹の奥に小さく火を点けていくようだった。かすかに背筋を駆ける感覚に、烈風刀は反射的に身を縮こめた。
「ここ、ちょっと見えてる」
とん、と耳の少し後ろ、生え際にごく近い場所を指が弾く。は、と間の抜けた声が漏れて数瞬、あんなに青ざめていた烈風刀の顔はぶわりと真っ赤に染まった。
「なっ――な、何故言わないのですか!」
「だってこんなちっさいのだし、珍しく隠してねーからわざとかと思ったんだよ!」
胸倉を掴まんばかりに詰め寄る烈風刀に、雷刀は焦った様子で返す。弟の性格を鑑みてそのような結論に至るのはあり得ないというに、何故そんなふざけたことを言い出すのか。理解ができない。若葉色の瞳には、怒気と羞恥と絶望がどろどろに溶け混ざり合った色がたゆたっていた。
れふとってばだいたーん、と誤魔化すようにからかう声の下に、学園指定のシューズが真っ直ぐ脛を狙う。剥き出しのそこを容赦なく蹴り飛ばされ、椀の下から大きな悲鳴があがった。背にする声を無視し、烈風刀は小部屋を仕切る簡易的なカーテンを乱暴に閉めた。
着崩れた制服を直し、傷跡を消すように首筋をさする。紅だけでなく、肌を伝い優しく弾く彼の指の温度がまだ残っているようで、身体がちりちりと燃えるような感覚に小さく息を呑んだ。
鏡に映る己の顔は、朱に刻まれたそれと同じ色をしていた。
畳む
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#ライレフ
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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少年少女趣味【ライレフ】
少年少女趣味【ライレフ】別の話の前提になる話の予定がそっち書けそうにないのでこちらだけ。べたべたなあれそれが書きたかった。
輝妖リミコンバムの嬬武器兄弟可哀想って話。
ひくり、と思わず引きつった音が漏れたのは仕方のないことだろう。撮影用の更衣室の片隅、目の前に差し出されたそれは、烈風刀の頬を引きつらせるのに十分な破壊力を有していた。
「レイシス、それは」
「今回の衣装デスヨ? あれ、伝えていマシタヨネ?」
ことり、とレイシスは首を傾げる。久方ぶりに下した長い桃色の髪と、ヘッドホンにつけられたフリルが揺れた。その姿は密やかに咲いた花がそよ風に揺れるようで、どこか儚げながらも可愛らしい。普段ならばその愛らしさをあらんばかりの言葉で褒め称える烈風刀だが、今日ばかりはそんな余裕を持ち合わせていなかった。
「いえ、確かに聞いていましたけど……」
いましたけど、と少年は言葉を濁す。彼らしくもないその声音には、動揺が色強くにじんでいた。
以前に開催したコンテストの楽曲をまとめたサウンドトラックが出るという話は随分前から聞いていた。そのジャケット写真の撮影をすることも、しっかりと聞いていた。けれども、その内容――東方Projectの楽曲リミックスコンテストのサウンドトラックだ、と聞いて、彼の脳内に苦い記憶が蘇ったのは何も不思議ではないだろう。少年にとって悪夢と言っても差し支えないそれを引き起こすトリガーとしては十分なものだった。
悲しいかな、今まで女性キャラクターの衣装を着る羽目になったことはいくらかあった。しかし、あの時――東方紅魔郷リミックスコンテスト、そのサウンドトラックのジャケットを撮影した時のように、脚をさらけだすほど丈の短いワンピースを身に纏い、あまり長くない髪を無理矢理高く結い上げ、挙句の果てにはドロワーズを履くなど、そこまで本格的に女性の格好をしたことは彼の短い人生で初めての経験だった。こんな経験は一生したくなかった、と呆然と立ち尽くす烈風刀の瞳が生気のない暗く濁った色になっていたことは、関わった皆が覚えている。
そんな烈風刀の前には、一着の洋服がある。
トルソーに着せられたそれは、手触りが良いことが一目で分かるほど美しい光沢を放っていた。襟ぐりは深く鎖骨より下、胸のほんの少し上まで開いており、首元が露わになっている。雪原のように白く広がる肌を彩るように深い赤色のリボンが結ばれていた。着物のそれのように長く広がっていく袖は胸元と同じ高さ、二の腕から伸びており、肩が惜しげもなく晒される意匠だ。コルセットが腰元をきゅっとまとめ、その下から膨らんだ布地は花開くかのようにふわりと広がっている。裾の端々にはフリルとリボンがふんだんにあしらわれており、シンプルなデザインのドレスを華やかに彩っていた。首の位置に被せられた帽子は、大振りなフリルで縁取られている。絞られた布地をまとめるように回された赤いリボンは、大きな蝶結びで正面を飾っていた。傍らにはフリルがふんだんにあしらわれ、アクセントにしては過剰なほどの赤いリボンが縁を駆ける少女趣味溢れる撫子色の傘が立てかけられていた。
神隠しの主犯。境界に潜む妖怪。幻想の境界。幻想郷のゲートキーパー。
八雲紫。
東方妖々夢、その難易度Phantasmで待ち構えるキャラクターが、今回烈風刀に宛てがわれた衣装の持ち主だ。
正確にはアレンジが加わっており原作のそれとは異なるのだが、彼にとってそんなことは瑣末である。自分がまた女性の衣服を身につけ、写真を撮る羽目になることより重大で重要なこと以上に彼の脳味噌に訴えかけられることなど、今この瞬間には存在しない。
無機質な白の胸元を見る。少し膨らんだそこに引っかかるようなその意匠は、胸を強調しわずかに露わにすることにより色香を匂わせるよう仕立て上げるものだ。そして、そのなだらかな双丘が、本来ならばこれは女性が着用する衣装であることを雄弁に語っていた。
ガクリと膝をつき、その場に蹲ってしまいそうな足を叱咤する。レイシスの前だ、そんなみっともないことはできない。それでも受け入れたくない現状に徐々に目が曇る烈風刀の姿を見て、桃色の瞳が心配そうにその顔を覗き込んだ。
「烈風刀? 大丈夫デスカ?」
「……えぇ、大丈夫です」
大丈夫なはずなどない。けれども、こんなことでレイシスを心配させる訳にはいかなかった。少年は眉間を指で押さえ、じわじわと広がっていく頭痛に抵抗する。無駄なあがきであるのは百も承知であるが、彼女に――同じく東方projectのキャラクター、わかさぎ姫に扮したレイシスに問うた。
「あの、どうして八雲紫さんの衣装なのでしょうか?」
「だって、『東方妖々夢リミックス楽曲コンテスト』デスカラ」
アッ、他のキャラが良かったデスカ、とレイシスは斜め二七〇度に吹っ飛んだ質問を投げかけてくる。いえ、と答える烈風刀の声は力無いものだ。どのキャラクターを担当しようが女装をするという事実に変わりはない。どうあがこうが、その先には地獄しかなかった。
不規則になりかけた呼吸をゆっくりと落ち着ける。大丈夫、着るのは撮影の間、ほんの少しの時間だけだ。前回同様ならば掲載されるのは小さなものだ。仕事なのだ、仕方がないではないか。指示通りに動けばすぐに終わる、大丈夫だ。少年は必死になって自身に言い聞かせる。その写真が印刷されたものが全国に販売され、特典アピールカードとして実装し全世界の筐体上に表示されることは今は考えていけない。
「……分かりました。では、着替えてきますね」
「ハイ、よろしくお願いしマス」
ニコニコと笑うレイシスに、烈風刀は精一杯の笑みを作る。彼の頭の中には、大丈夫、大丈夫、と洗脳にも似た調子で繰り返される己の声が反響していた。
デハ、と大きく手を振り現場へと駆け戻るレイシスを見送り、少年は、はぁ、と重苦しい溜息を吐いた。レイシスにああ言ってしまったのだ、どうなろうがもう腹を括るしかなかった。着替えるべく、のろのろと衣装に手をかけたところで、はたと記憶の片隅に引っかかった何かに気付く。それを手繰り寄せ中身を覗いた瞬間、烈風刀はバシ、と音がするほど勢いよく己の首筋を押さえた。
首元、肩口、鎖骨。トルソーの白が露わになっているその部位に何があるのか――何をされたのだったかは、腹立たしいことに全て覚えている。骨に牙が当たる衝撃、首筋に走る刺されるような痛み、柔い肉に並びの良い歯が食い込む感触、鏡に写った自分の肌にいくつもの赤が散っている姿。一時的にしまっていた記憶がぶわりと噴き出す。同時に冷や汗も噴き出し、だらだらと肌を伝っていった。
まずい。こんな姿――明らかに他者に刻みこまれたその色をさらけだした状態で写真を撮ることなどできない。どうする、と考えようにも、いくつもの混乱の渦に一気に放り込まれた頭は普段のように機能できずにいた。
「あれ、烈風刀? どうした?」
その頭髪よろしく真っ青になった烈風刀に、ドアが開く音と脳天気な声がかけられる。絶望に染まった顔でゆっくりと振り向くと、そこには彼の兄である雷刀がいた――いや、これは本当に雷刀なのか、と弟の脳内に多量の疑問符が浮かんだ。
目の前に立つ彼の頭には、赤い頭髪を隠すように金色の模様が浮かぶ大きな帽子が被せられている――否、帽子ではない、落ち着いた黒で幾度も塗り上げられた茶碗だ。その手には銀のステッキが握られている。太い根本には穴が開いており、先へと細く尖る姿は縫い針のそれだ。もう片手には金色の槌がある。松の模様が描かれたそれは針に比べて小ぶりだが、そのきらびやかな輝きによりしっかりとその存在を主張していた。バグ駆除により鍛えられた身体は、クリーム色をしたボルテ学園規定の制服でなく、薄紅から紅梅へと流れ移り変わる着物に包まれていた。落ち着いた布地の上を白の紅葉やすすきが踊っている。その裾は着物にあるまじきほど短くたくし上げられており、筋肉に包まれた硬い足が惜しげもなく晒されていた。
少名針妙丸だったか、と烈風刀はぼんやりとした頭で考える。小人の末裔、東方輝針城の最終ステージで待ち受けるキャラクターだ。今回のサウンドトラックには、妖々夢リミックスコンテストの楽曲だけでなく、それ以前に行われた東方輝針城リミックスコンテストの楽曲も収録されている。烈風刀同様、雷刀も作品由来のキャラクターに扮する羽目になったのだろう。しかし、女装しているというのに彼の姿は堂々としたものだ。
「恥ずかしくはないのですか」
「そこまででもねーかな」
げんなりとした様子で問う烈風刀に、雷刀はケロリとした表情で答える。信じられない、といわんばかりの表情で見つめる弟の姿に、兄は手にした小槌をくるくると回し言葉を続ける。
「形は着物とか浴衣とそんな変わんねーし…………まぁ、前のよりマシだから……」
装飾や着付けの差異はあれど、着物は女性だけでなく男性も着るものだ。スカートという女性ばかりが好む衣装を着る烈風刀よりは、まだ抵抗感は薄いらしい。少しの沈黙の後付け足された前の、という言葉は、以前レミリア・スカーレットや西行寺幽々子――元々は着物のようなデザインなのに、何故かスカートにアレンジされていた――の衣装を着たことを指しているのだろう。どちらにしろ脚をさらけだすようなデザインなのだから比較できるものではないのではないか、と烈風刀は濁り淀んでいく頭で考える。そもそも、だ。東方妖々夢なら、二人とも以前にその登場キャラクターに扮したではないか。それなのに何故また、その時と違うキャラクターの衣装を着なければならないのだ。それも、元のものよりも肌を出すデザインに変更してまで、だ。何故、と浮かび溶けず積もっていく疑問は彼の瞳と思考を曇らせるばかりだった。
「もう諦めて着替えてこいよ。もうすぐ時間だぞ?」
手にした銀の先で指し示した時計は、撮影開始予定時刻まであまり時間が無いことを語っていた。その呑気な様子に、ぶわと怒気が胸から溢れ出る。噴きこぼれる感情のまま、烈風刀は雷刀の肩を力強く叩いた。いてぇ、と驚きの混ざった悲鳴が椀の下からあがる。
「なにすんだよ」
「誰のせいで着替えられないと思っているのですか」
怒りに滾る声に反し、碧の瞳には水が薄く膜張っていた。どういう意味だ、と雷刀は全く心当たりが無いという様子で首を捻る。神経を逆なでするその表情に、もう一度べしりと叩き、烈風刀はその視線を自身のためにあつらえられた衣装へと向かせた。その肌を惜しげもなく晒すドレスを見て数秒、少年は再度首を傾げる。しばらくして、あ、と朱い口が間抜けに開いた。
「あっ、あー…………、ゴメンナサイ」
「ゴメンナサイではありません。本当にどうしてくれるのですか」
「そんなこと言ったって、ちゃんとゴーイの上でだろ?」
そうですけど、と肯定を意味する言葉はどんどんと萎んでいく。誘ったのは兄の方だが、合意し、何ならば珍しく協力的に動いたのは弟の方である。結局は行為を許してしまったのも、両者とも今日のことを忘れていたのも、 全て連帯責任である。それは二人共しっかり理解していた。理解した上でこの始末だ。
それでもそういうものは付けるなと再三言っていたではないか、と口を尖らせる弟に、兄はわざとらしく顔を逸らした。治す気の見られない噛み癖が原因であろうがなかろうが、全て既に後の祭りである。言い争った所で、散らばる赤が消えることはない。
雷刀の手が烈風刀の胸元に伸びる。自然な動きで彼のネクタイを緩め、シャツの襟をぺろりとめくった。白の下に浮かぶいくつもの痕を見て、少年はうーん、と難しそうに唸った。
「化粧でどーにか隠せねーかな」
「やるだけやってみます」
原因はどうであれ肌が局所的に色づいているだけだ、カバー力の高いものを塗り重ねれば隠せる可能性は高い。一部は傷に分類されるであろうそこに化粧品という化学物質を幾重にも塗りこめるのは少し気が引けるが、そんなことを言っている場合ではなかった。こんなものを他者に見せることなど、死んでも回避すべき事項だ。
するりと潜り込んだ指が、白い肌に浮かぶ紅に触れる。どうにか消せないものかとこするようになぞる感覚に、ひくりと身体が震えた。傷みは無い。けれども、普段人に見せることのないのない箇所を兄の目の前に晒し、触れられるというのはなんだかいたたまれない。そんなことをするのは『限られた』場合なのだから尚更だ。
「あっ、そういやさ」
皮膚の上で踊る雷刀の指が、そのままゆっくりと首筋を伝っていく。行為の一部を思い出させるその動きは、腹の奥に小さく火を点けていくようだった。かすかに背筋を駆ける感覚に、烈風刀は反射的に身を縮こめた。
「ここ、ちょっと見えてる」
とん、と耳の少し後ろ、生え際にごく近い場所を指が弾く。は、と間の抜けた声が漏れて数瞬、あんなに青ざめていた烈風刀の顔はぶわりと真っ赤に染まった。
「なっ――な、何故言わないのですか!」
「だってこんなちっさいのだし、珍しく隠してねーからわざとかと思ったんだよ!」
胸倉を掴まんばかりに詰め寄る烈風刀に、雷刀は焦った様子で返す。弟の性格を鑑みてそのような結論に至るのはあり得ないというに、何故そんなふざけたことを言い出すのか。理解ができない。若葉色の瞳には、怒気と羞恥と絶望がどろどろに溶け混ざり合った色がたゆたっていた。
れふとってばだいたーん、と誤魔化すようにからかう声の下に、学園指定のシューズが真っ直ぐ脛を狙う。剥き出しのそこを容赦なく蹴り飛ばされ、椀の下から大きな悲鳴があがった。背にする声を無視し、烈風刀は小部屋を仕切る簡易的なカーテンを乱暴に閉めた。
着崩れた制服を直し、傷跡を消すように首筋をさする。紅だけでなく、肌を伝い優しく弾く彼の指の温度がまだ残っているようで、身体がちりちりと燃えるような感覚に小さく息を呑んだ。
鏡に映る己の顔は、朱に刻まれたそれと同じ色をしていた。
畳む
#ライレフ #腐向け