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No.74

いつかの海と夢【はるグレ】

いつかの海と夢【はるグレ】
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あおいちさんには「海に向かって叫ぶ夢を見た」で始まり、「そう小さく呟いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/801664

という診断結果見て書いたけど収まらなかったよということでこっちにぶん投げる。
はるグレどっちも危なっかしいよねって話。

 海に向かって叫ぶ夢を見ました。
 あの日、僕たちがいた場所がきれいな海になった日。
 きみが、あの子に手を引かれて、光へと向かっていって。
 突然、海が黒くなって、あの暗い世界に戻って。
 皆、バグに飲まれて。
 きみも、飲まれて、見えなくなって。
 消えて、いなくなって。
 そんなゆめをみました、と最後に一言呟いて、始果は再び口を閉じた。色を失った唇は、己が内から湧き出す何かをこらえるように固く引き結ばれていた。黒い手甲に包まれた腕が、その内に捕らえた細い身を力強く抱きしめる。普段ならば激しく抵抗するであろうグレイスは、息苦しさにわずかに眉をひそめただけで一言も発しない。
 毎度のごとく突然背後に現れ、そのまま有無を言わさず引き寄せ抱き締められたのがほんの少し前のこと。驚き振り返った時、一瞬だけ見えた彼の顔は、深い痛苦に塗り潰され今にも泣きそうなほどに歪んでいた。あの始果が、普段は何を考えているのか全く分からない顔をしている京終始果が、である。彼のそんな表情など、名前を与えた時からずっと共にしている名付け親ですら見たことのないものだった。少年の身を恐ろしい何かが蝕んでいるということは、誰が見ても明らかだ。そんな人間を無理矢理引き剥がし突き放すほど、グレイスは冷酷ではない。
 グレイス、グレイス、と始果は腕に捕らえた少女の名を呼ぶ。引き止めるような、縋るような、乞うような、酷く弱々しい悲しみに濡れた声だ。恋い慕う人の名を口にする度に、しなやかな両腕に力が込められる。包み込んだ華奢な身体を潰してしまいそうなほど強く、いとしいひとを己が胸に閉じ込めた。
 見た目よりもずっと力のある少年に加減無しに抱き締められるのは、苦しさを通り越して痛みすら覚える。けれども、グレイスは何も言わず、彼が求めるがままにされていた。どんな言葉を投げかけても、今の彼には届かないだろう――何より、生まれてほんの少ししか経っていない彼女には、こんな状況で掛けるべき言葉など分からなかった。形の良い小さな唇が強く噛みしめられる。訳の分からない悔しさが、彼女の胸の内に渦巻いていた。
「…………すみません」
 長い長い沈黙の後、呟くような謝罪と共に始果は腕に込めていた力をようやく緩める。強い拘束がわずかに解け、やっと普段通りに呼吸が出来るようになる。グレイスは気付かれぬように小さく安堵の息を吐いた。少し呼吸を整えて、首だけで振り返り、少女は頭一つ分上にある少年の顔を見る。山吹色の細い目は、相も変わらず不安と悲傷で揺れていた。
「いつも好き勝手にするくせに、何で謝るのよ」
「……すみません」
 呆れを装った言葉で返すと、再び謝罪の声が降ってくる。抱き付いているほど近い距離だから何とか聞こえるような、彼らしくもない微かなものだった。これだけ弱りきった姿など初めてだ、と少女は再度考える。あの日――消滅を前提とした行動を命じた時でも、狐面の少年はほんの少し顔を歪めただけだったというのに、何故ただが夢でこんなにも苦しそうにしているのか。グレイスには全くもって分からない。けれども、分からないなりにも彼に寄り添いたいと思うのは、おかしいことではないはずだ。きっとそうだとどうにか結論づけ、躑躅色の少女は普段通りの勝ち気な音色であのねぇ、と溜め息にも似た言葉を吐いた。
「私がそんなにすぐ消えるような存在だと思ってるの?」
「はい」
 間髪入れずに肯定の語を返され、グレイスは思わず言葉に詰まる。うぐ、と白く細い喉がおかしな音をたてた。きっぱりと否定してやりたいが、前科があるので強くは言えない。けれども、全てははるか昔に過ぎ去った、今はかけらも存在しない感情だ。それぐらい分かっているものだと思っていたのに、こいつは。小さな苛立ちと罪悪感を飲み込み、少女はどうにか己の胸の内を音へと形作っていく。
「……ここに居られるようになって、いつか見た夢のような今を手に入れて……、あんたもこうやって一緒に居てくれるのに、どっかに消えちゃうと思うの?」
 暗く寂しいバグの海から、温かな、ずっとずっと求めていたネメシスに生きることを許されたのだ。ずっと行動を共にしていた皆――始果とも、これからを生きていけるのだ。自ら消えようだなんて馬鹿なこと、もう二度と考えるはずがない。
「大体、私がそんなに弱く見えるのかしら?」
 マゼンタとシアンの瞳を眇め、グレイスは見上げた先の黄金色に不遜に問う。引き結ばれていた唇がわずかにほどけ、ふふ、と小さな笑い声がこぼれる。真一文字で固まっていたそこが、ほんの少しだけ緩やかな曲線を描いたように見えた。
「……そうですね。ここなら、もうきみがいなくなることなんてない、……ですよね」
 一言一言噛みしめるように、始果は言葉を紡いでいく。そのまま少女の白い首筋に顔を埋め、猫が甘えるようにすりすりと頭を押しつけた。柔らかな髪と温かな呼気が肌を撫ぜるくすぐったさに、少女は小さく身じろぎをした。
「でも、グレイスは強くないですよ」
「うるさいわね」
 率直な評価に、少女の形の良い眉が強く寄せられる。重力戦争では前線に立っていた彼女だが、バグを操ることを主としていたためか基礎的な力は見た目よりも弱いものだ。レイシスやオルトリンデはもちろん、始果と比べるならば尚更だ。けれども、それは比較対象がおかしいだけだ。そも、男はもちろん世界を担う少女と数千の時を生きた戦乙女と比べるなど、普通ならばあり得ないことである。
 だから、と少年は言葉を続ける。その声には、先ほどまでの弱々しさはない。いつもと同じ、ふわふわとしているようで芯の通った、少し低いまっすぐな音だ。
「だから、僕がグレイスを守ります」
 守りますから、ずっと一緒にいてくださいね。
 問いにも、乞いにも、願いにも、誓いにも聞こえる言葉を紡いで、始果は未だ腕の中に閉じ込めたままだった少女の身を再び抱き締める。苦しいわよ、とグレイスは小さな手で少年の腕をぺちぺちと叩いた。先ほどまでよりずっと弱い力なのだから、苦しさなど無いに等しい。照れ隠しであることは明白だ。
 少しして、腹に回された腕が緩み、少女の身体がようやく解放される。包み込んでいた温もりが遠ざかるわずかな寂しさを隠すようにくるりと振り返ると、そこにはどこか穏やかにも見える笑みを浮かべた――いつもと同じ、京終始果がいた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ほら、いつまで経ってもこんなとこにいないでさっさと帰るわよ」
「はい」
 柔らかな返事と共に、グレイスの左手が温かなものに包まれる。真正面にいたはずの少年は、いつの間にか少女のすぐ隣に、そしてその小さな手を取った。当たり前のように繋がったそこを見て、躑躅色の少女の頬に紅葉の色が浮かぶ。振り返り緩く笑みを浮かべた少年は、そのまま寄宿舎の方へと歩み出した。優しい力に引かれ、グレイスもそっと歩み出す。躑躅色の髪がふわりとなびいた。
 気恥ずかしさに、少女は繋がれた手から視線を上げる。深い緑の装束の上に一つに結われた長い黒髪が揺れる様と、形の良い頭に括り付けられた狐面を眺め、髪と同じ色をした瞳が苦しげに細められた。
 妖狐の姿を持つ少年は、愛しい少女はすぐに消え去るような存在だと評した。それはこちらの台詞だ、とグレイスは言葉を飲み込んだ。
 名付け親との記憶を失わないために、身を滅ぼすことを厭わずバグを取り込んでいた少年。愛する人のために、共に消失することを選んだ少年。己のことなどひとつも勘定に入れず、たった一人の少女のためにだけ行動する少年。危なっかしいなんてものではない。いつ消失してもおかしくないではないか、と見る者を不安にさせるような姿だ。
「――先にいなくなるのは、あんたじゃないの」
 嗟嘆が色濃くにじむ瞳を歪ませ、少女は震える唇でそう小さく呟いた。

畳む

#はるグレ

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