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その正体はきっと【ライ→レフ】

その正体はきっと【ライ→レフ】
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恋心が自覚できないオニイチャンが恋心に振り回される話。書きたいところだけ書いたのでオチはない。

「なぁ、烈風刀。告白されたってマジ?」
 口に含んでいた食物を喉に押し込み、雷刀は今日一日抱えていた疑問をぶつける。箸を止め、目の前に座る弟をじぃと見つめた。
 突然投げかけられた言葉に驚いたのか、米を口に運ぶ烈風刀の手が一瞬止まる。箸に乗せたものを口に放り込み、咀嚼し、飲み込んだところで、少年は熱烈な視線に真っ向から対峙する。エメラルドグリーンの瞳は、じとりと眇められていた。
「…………何故、貴方が知っているのですか」
 彼にしては珍しく、問いに問いで返してくる。この話題が出た――否、この話が兄に知られてしまったことが心底嫌だということがありありと分かる声色だった。
 明確な答えは返ってこなかったものの、その問いが実質の答えである。自ら口にしたことが事実であることへの驚きに、ほへぇ、と空気が漏れ出るような音が口から吐き出される。一拍置いて、ルビーレッドの瞳がキラキラと輝き出した。
「えっ、マジ? マジなの!? すげー!」
「あぁもう、食事中ですよ! 静かになさい!」
 今にも身を乗り出さんとする雷刀を、烈風刀は鋭い声と視線で押し込める。はぁい、と気の抜けた声が食卓に落ちた。
 静寂の中、二人は黙々と食事を続ける。しかし、朱の目はテーブルに並ぶ料理でなく、目の前に座る少年へと幾度も向けられる。話が聞きたくてたまらないということが嫌でも分かる。静かにしろと言われて口を噤んだのは良いが、こうも視線がうるさければ意味が無い。
「……告白されたのは事実です。もう、何日も前の話になりますが」
 チラチラと伺ってくる様子に嫌気が差したのだろう。箸を置き、烈風刀は溜め息と共に言葉を紡ぐ。どこか投げやりなものだった。今すぐにでもこの話題を終わらせたい彼にとってはそうなってしまうのも仕方のないことだろう。
 箸を持ったまま、兄はキラキラと輝く瞳で弟を見つめる。そこには羨望と、少しの嫉妬があった。
 弟が告白されたと聞いたのは、今日の昼休みだった。移動教室の準備をしている際、すぐ後ろにたむろしていたクラスの男子グループが話していたのが聞こえたのだ。『三組の女子が烈風刀に告白したらしい』と。
 噂話は、雷刀にとって何よりの衝撃だった。たしかに烈風刀は主席であるほど頭が良くて、基本的には落ち着いて大人びていて、それでいてどこか抜けた可愛らしい面もあり、いつだって何事にも全力で、自己研鑽を怠らない男だ。家族であることによる贔屓目を抜いても、女子から羨望や尊敬の念、恋愛感情を抱かれる要素は沢山あると思えた。
 それでも、女子から告白を受けるだなんて、身内がそんな青春の一大イベントを体験しているだなんて思ってもみなかった。『恋愛』という思春期真っ只中の少年にとって一段と興味がある事象に、身近な人間が遭遇したのだ。話を聞きたくて仕方がない。
「どうだった!?」
「どうもなにもありませんよ」
「ドキドキしたーとか、女の子可愛かったーとか、そーゆーのねーの?」
「ありません」
 追い縋るように問いを重ねるが、返ってくるのは否定のみである。あまりにも素っ気ない素振りに、朱は不満げに頬を膨らます。碧は何食わぬ顔で食事を続けるだけだ。
「もちろん断りましたけど」
 無慈悲な注釈をつけ、烈風刀は再び米を口に運ぶ。そこにはこれ以上語る気などないという、強い意志が見て取れた。
「えー、もったいねー」
「レイシス以外を選ぶはずなどないでしょう」
「そりゃそうか」
 当たり前の事実に、少年は納得の声と共に首を縦に振る。自分たちが焦がれるほど恋しているのはレイシスただ一人で、それ以外の女子は恋愛対象にすらならない。それは分かっているが、やはり告白だなんてイベントに遭遇すれば、たとえあの烈風刀であろうと何らかの感情が動くのではないかと思ったのだが。己がまだ体験していないことについての興味は当分尽きそうにない。
「もういいでしょう。さっさと食べてしまいますよ」
 硬い声で言い、烈風刀は黙々と箸を動かす。彼の前に置かれた食器は、全て空に近い。反して、雷刀のそれはまだ四分の一は残っている状態だ。さっさと食べてしまわなければ、後片付けや風呂の時間を無駄に圧迫してしまう。急いで箸を動かし、まだ温かい夕食を胃袋へと収めていった。
 しかし。
 ふと過ったものに、雷刀は箸を咥えたまま動きを止める。真紅の瞳は、綺麗にさらわれつつある皿をぼんやりと見つめていた。
 烈風刀が告白された、と聞いてまず浮かんだのは、驚愕だった。身内にそんなイベントが発生する日が来るだなんて思ってもみていなかったのだから、仕方がないだろう。
 次に浮かんだのは、軽い嫉妬だった。レイシスという恋い焦がれる少女はいるものの、自分だって『告白』というイベントを体験してみたい。顔がそっくりだとよく言われるのに、他人から見れば同じ見目をした弟だけ先に体験するのは何だかずるく思えた。
 そして、今になって浮かんできたのは、焦燥だった。
 何故かは分からない。何に対するものかは分からない。けれども、漠然とした焦りが少年の胸をじわじわと蝕んでいっていた。
 なんだこれ、と内心首を捻りながら、少年は食事を続ける。ごちそうさまでした、と対面から聞こえてきた声に、更に箸を運ぶスピードを上げた。
 薄くゆらめく焦燥のもやは、料理と共に胃袋へと押し込んだ。








 手にしていた小型携帯端末を放り出し、雷刀は寝返りを打つ。ぽふん、と腕と端末がマットレスに沈む音が静かな部屋に響いた。
 告白云々の話をして一週間。少年の頭には、未だ焦燥が薄く膜張り思考を覆っていた。
 烈風刀を見る度、『告白された』という話を思い出す。事実を思い返す度、何かが胸をひっかき小さな爪痕を残すのだ。痛みはない。けれど、たしかに何かが胸を少しだけ掻き乱すのだ。
 それがあの日抱いた焦燥だと気づいたのがつい最近。何故傷を残すのかは、分からずじまいだ。
 何で、と数え切れないほど繰り返した問いを今一度口の中で呟く。答える者など、自分を含め誰もいない。
 何故烈風刀が告白されたことに焦燥を覚えるのか。先を越されたからか。自分にはまだ春が来ないからか。いくつか思いつく文言は、どれもしっくりこない。かといって、他に解は導き出せない。結局原因解明には至らないままだ。
 うーん、と低く唸り、仰向けになる。頭の後ろで腕を組み、枕代わりにする。いきなり動かした肩が少しだけ痛んだ。
 ――烈風刀が誰かと付き合うのが嫌だから?
 いきなり思い浮かんだ解に、少年は目を大きく見開く。は、と疑問符たっぷりの声が思わず口から漏れ出た。
 本人が言った通り、烈風刀がレイシス以外の女子と付き合うなど、選択肢として存在しない。だから、まずありえないことだ。何故そのありえない事象に焦りを覚えるのか、全く分からない。
 そもそも、弟が誰かと付き合うことを嫌がるなどどういうことだ。相手が自分の想い人であるレイシスなら話は別だが、それ以外の女子ならまず祝福すべきことである。嫉妬の一つや二つはするかもしれないが、焦りを生むことはないはずだ。
 だけど、何で。
 分からない、分からない。ゴロンと寝返りを打ち、うつ伏せになる。そのまま枕に顔を埋め、うーと唸り声をあげた。
「……嫌、なのかなぁ」
 くぐもった声が枕と顔の隙間から漏れ出る。音にした瞬間、脳はそれが正答解であるかのように主張を始めた。んな馬鹿な、と理性は言う。それから外れた何かが、そうなんだよ、と力強く言い切った。受け入れがたい状況に、少年は枕に頭を擦り付けた。
 烈風刀に彼女ができる。烈風刀の隣を、誰か知らない女の子が歩く。烈風刀が、誰か知らない女の子に笑いかける。烈風刀が、誰か知らない女の子と――
 あり得るかもしれない未来の姿を想像した瞬間、胸に鋭い痛みが走った。心臓が杭でも打ち込まれたかのように強く痛む。血液が沸騰しているかのように、脈がおかしな調子で揺らめく。反して、身体は真冬の寒空の下に放り出されたかのように冷えていく。カッと見開かれた目は、暗く濁った色に染まっていた。
 そんなの嫌だ。烈風刀の隣に、知らない誰かがいるのが嫌だ。レイシスでも自分でもない誰かがいるのが嫌だ。誰か知らない人に笑いかけるなんて、そんなの絶対に嫌だ。
 一度思い浮かべてしまった光景を、脳が必死に拒否する。子どものわがままよりずっと酷い、自分勝手にも程がある主張だ。いつかあるかもしれない弟の幸せを否定するだなんて、何と酷い兄なのだろう。けれども、焦燥と絶望に駆られた頭は、嫌だ嫌だと駄々をこねた。
 何故このように思ってしまうかが全く分からない。何故、こんなことでこんなにも頭が、心が掻き乱されるのか、皆目見当が付かない。何故、何故。何度も問いを繰り返すが、答えは一つも思い浮かばなかった。
 見開いた目をそっと閉じ、瞼の裏に愛しい家族を思い描く。うつくしい翠玉の瞳は、己の目をしっかりと見据えていた。








 夏が過ぎ去ったばかりの朝は、まだ生ぬるい空気で満ちている。シャツの胸元をパタパタと扇ぎ、汗ばむ肌へ少しでも空気を送る。焼け石に水だが、無いよりはマシだ。あちぃ、と呟く声は雲一つない蒼天へと昇って消える。暑いですね、と覇気のない声が隣から飛んできた。
 降り注ぐ太陽の熱に抗いながら、兄弟二人は普段より時間をかけて登校する。少し遅い時間だからか、下駄箱には人はもうほとんどいなかった。
 今日の一限何だっけ。古文ですよ。辞書ロッカーにあったかな。そんな他愛もない会話を繰り広げながら、雷刀はスニーカーから内履きへと履き替える。靴紐を結び終え立ち上がると、そこには立ち尽くしたままの烈風刀がいた。
 いつもならばさっさと履き替えてしまうのに、一体どうしたのだろうか。下駄箱を開いたまま固まった少年の手元を覗く。ドアで隠されていた左手には、なにか四角い紙のようなものがあった。折りたたまれ方や装飾から見るに、封筒だろうか。
「何それ?」
 兄の声に、弟の肩がビクリと跳ねる。手にしたものを下駄箱に押し込むと、急いでその扉を閉じる。ガタン、と金属のロッカーが耳障りな音をたてた。
 一体どうしたのだろう、と朱は小さく首を捻る。下駄箱。封筒。そして弟の不可解な反応。いくつもの要素が線で繋がり、一つの解を導き出す。
「えっ!? ラブレター!?」
「静かに!」
 反射的に叫ぶと、鋭い声が被される。浅海色の瞳は強く眇められ、射抜かんばかりの鋭さでこちらを睨めつけていた。あまりの気迫に一歩引くも、次第に好奇心がむくむくと湧き上がってくる。一歩、二歩とじりじり歩み寄り、学籍番号が書かれた鉄扉へと手を伸ばす。少し大きな手は金属の冷たさを感じることなく、パシンと乾いた音とともに痛みを訴えた。
「見せませんよ」
「えー」
「見せるわけがないでしょう」
 他人に見られたくないからこんな手段を選んだのでしょうに、と続け、少年は扉を押さえたまま、兄を睨む。言葉通り、見せる気は毛頭ないようだ。けち、と吐き出しかけた言葉を喉の奥に急いで押し込む。こんなことを言っては余計に警戒させ怒らせるだけだということぐらい、さすがの雷刀にも分かる。
「それに、そういうものと決まったわけではありません。中身を確認するまで分かりませんよ」
 いや絶対ラブレターだろ、という台詞は飲み込んだ。それが事実であったとしても、指摘したところで相手は否定を繰り返すだけだろう。こんなところで無駄に問答を繰り広げても意味の無いことだ。
 兄を睨めつけたまま、碧は警戒心を顕にした様子でロッカーを開け、閉じ込めていた封筒を素早く鞄にしまい込む。そうしてようやく靴を履き替え始めた弟を横目に、壁に掛けられた大きな時計を見やる。大きな針は、予鈴までもう時間が少ないことを示していた。思ったより時間を食っていたらしい。
 早く行きますよ、と少し焦りの含んだ声とともに、肩をぽんと叩かれる。あぁ、と振り向いて、兄弟二人は教室へと足早に歩みを進めた。
 ラブレター。
 その語が表すもの――それを示すものに込められた想いを考えて、胸がさざめく。理解できぬ感情が心を揺らし、爪を立て、傷をつける。
 何でだ、と少年は密かに首を傾げる。ただが弟がラブレターをもらっただけで、何故こんなにも感情が揺らめくのだろう。他人事だというのに、何故こんなにも心がざわめくのだろう。早くも暑さで茹だりつつある頭では、当分理解できそうにない。
 何かを訴える心を胸の奥深くへと無理矢理追いやり、雷刀は廊下を駆ける。すぐ横から、廊下を走ってはいけません、と耳慣れた声が飛んできた。








 鐘の音を模した電子音が教室棟に響き渡る。担任教師によるホームルームを終え、一日の授業行程は全て終了した。席を立つ者。足早に教室を出る者。その場で友人と歓談する者。放課後に向け、生徒たちは思い思いに行動する。静寂に包まれた授業中から一転、教室は賑やかさを取り戻していた。
 愛用のペンケースとノートを鞄に放り込み、雷刀は席を立つ。向かうはレイシスの席だ。同じクラスであるレイシスと烈風刀と合流し、そのまま日々の運営業務へと向かう。いつからかは定かではないが、これが彼らの日常となっていた。
 一列挟んで向こう側にいる彼女の席にはすぐに着く。お疲れ、と手を振ると、お疲れ様デス、と愛らしい声と可憐な笑みが返ってきた。
 普段なら先にいるはずの烈風刀の姿はない。まだだろうか、と彼の席へと目をやろうとすると、レイシス、と耳慣れた声が愛しい少女の名を呼ぶのが後ろから聞こえた。二人で振り向くと、鞄を肩に掛けた碧の姿があった。
「すみません、少し用事ができてしまいました。二人で先に行っていてください」
 常通りの澄んだ声で彼は告げる。一時的とはいえ、仕事を抜けてしまうのが申し訳ないのだろう。その眉はほんのりと八の字に下がっていた。
「そうデスカ」
 少年の言葉に、少女はぱちりと瞬き一つして応える。主席である烈風刀は委員会の仕事や教師からの依頼が度々舞い込んでくる。今日もその類なのだろうと判断したのか、レイシスは鞄を手にさっと立ち上がった。
「じゃあ、先に行ってマスネ」
 烈風刀も頑張ってくだサイ、と両手を腕の前で握って、少女は笑みを浮かべる。可愛らしい応援は、彼女を愛する双子にはてきめんだ。
 しかし、烈風刀は変わらず申し訳無さそうな顔をするばかりだ。普段ならば、少し高揚した様子ではい、とはっきり応えるというのに、今日は曖昧に微笑むだけである。その眉は八の字を描いたままだ。むしろ、更に下がったようにも見える。
 放課後。用事。そして、今朝の封筒。
 雷刀は内心頷く。やはり今朝のものはラブレターで、弟はその送り主に呼び出されたのだ。おそらく、その口で愛の言葉を紡ぎ、聞いてもらうために。
 どくり、と心臓が大きく跳ねる。一度大きく動いた心臓はそのまま強く動き、鼓動を早める。どくどくと力強く脈打つ音が身体の内側から聞こえた。
 ラブレター。呼び出し。告白。
 烈風刀が、知らない女の子にラブレターをもらった。
 烈風刀が、知らない女の子に会いに行く。
 烈風刀が、知らない女の子と話す。
 烈風刀が、知らない女の子と――
 頭の中に警鐘が鳴り響く。脳はけたたましいそれを理解できず、ただ固まるだけだ。もともと回転率の良くない頭が、いつも以上に回らない。視界が平坦になり、色が淡く消えゆく。混乱に陥った身体は、末端からどんどんと冷えていった。
 いつぞやの焦燥がまた顔を出す。原因不明のそれは、固まった思考を動かそうとするように心を煽る。早くしろ、手遅れになるぞ、と。何を早くすればいいのか、何が手遅れになるかは、全く分からない。けれど、そんなことはお構いなしに焦りはどんどん胸の内から溢れ出てくる。
 では失礼します、と小さく会釈し、碧はその引き締まった足を教室のドアへと向ける。そのまま、一歩歩きだそうとした。
 パシッ、と乾いた音が生徒の声に溢れた教室に落ちる。妙に大きく聞こえたそれは、誰も見向きもせずに喧騒の中に溶けて消えた。
 気が付けば、烈風刀の腕を掴んでいた。それも、音が鳴るほど強く。
 目の前の翡翠と、隣の紅水晶が丸く見開かれる。突然の行動に驚いたのだろう、二人の口は瞳と同じようにぽかんと丸く開かれていた。
「……何ですか?」
 いきなり腕を捕まれ、烈風刀は怪訝な様子で兄を見る。会話が終わり教室を出ようとしたところを、文字通りいきなり引き止められたのだ。訝しがるのも当然だろう。先程まで垂れていた眉は、ぎゅっと寄せられていた。
「え、あ……、いや…………」
「痛いです。離してください」
 動揺し口ごもる朱に、碧は冷たい声を浴びせる。実際、掴まれた腕は白くなっている。同年代よりもずっと力のある少年にがっちりと鷲掴まれているのだ。痛みを覚えるのも必然である。
 あぁごめん、と少年は急いで手を離す。日に焼けていない白い腕には、指の跡がうっすら浮かんでいた。痛々しさと異常性を覚えるものだ。
 浮かぶ手跡を見て、浅葱の瞳が厳しげに細められる。夏服で剥き出しになった腕に浮かぶそれは、いささか目立つ。不可解な行動を含め、良い気分はしないだろう。すっと、鋭い視線が雷刀に浴びせられる。当然の反応に、少年は気まずげに身を縮こませることしかできなかった。
「何なのですか、いきなり」
「あ、いや……。え、えっと……」
 怒気の滲む言葉に、朱は曖昧な言葉を返す――曖昧な言葉しか返せなかった。なにせ、無意識の行動だったのだ。なぜこのようなことをしたのか、何が自分を突き動かしたのか、欠片も分からない。答えようがなかった。
「……行きますね。では、また後で」
 再び会釈をし、烈風刀は今度こそドアへと足を向ける。そのまま机の間を縫って歩き、教室から出ていった。
 その白い背を、雷刀はずっと見つめていた。弟が去ってもなお、その紅玉はドアの方へと向けられていた。細められた紅緋は、眩しそうにも、痛みを堪えているようにも見えた。
「雷刀?」
 どうしたんデスカ、とレイシスは不安げに尋ねる。先程の行動といい、今の立ち尽くしている状態といい、今日の彼は少女の目に不可解に映った。心優しい彼女が心配に思うのも仕方のないことだろう。
 少女の声に、少年はビクリと肩を震わせる。素早く振り返り、桃と相対する。眇められていた紅瑪瑙は、今は驚きで丸く見開かれていた。
「えっ? い、いや、何でもない。だいじょーぶ」
 わたわたと腕を動かし、雷刀は何でもない、と繰り返す。その様子は、何でもないようには到底思えない。少女の眉が不安そうにふにゃりと下がった。
「本当に大丈夫デスカ?」
「うん、大丈夫。早く行こーぜ」
 心配そうに見つめるレイシスに、彼はニコリと笑って今一度大丈夫と返す。このまま会話を続けても、優しい彼女は己のことを気遣い心を痛めるだけだろう。ならば、行動で示すしかない。少年は鞄を担ぎ直し、ドアを指差した。
 そうデスネ、と桃はどこか腑に落ちない声で返す。やはり、先程の一連の行動が気にかかるのだろう。元気な姿を見せなければ、と心の中で奮起する。そこにも、未だ何か暗いものがへばりついていた。
 行こ行こ、と少年はステップを踏むように机と人を掻き分けて扉へと向かう。一拍遅れて、ハイ、と言う声とともに、少女もその背を追った。
 ホームルームが終わったばかりでまだ人の多い廊下を、雷刀とレイシスは連れ立って歩く。今日の仕事何あったっけ。えっとデスネ。他愛のない会話を繰り広げながら、二人は運営業務へと向かっていく。
 少女との会話を繰り広げながらも、少年の頭には未だ警鐘が鳴り響いていた。動悸は少しだけ収まったが、まだ耳のすぐそばで脈が打つ音が聞こえる。口の中がカラカラに乾く。なんとなく呼吸が下手になった気がする。常通りに振る舞おうと努力するが、身体の内部は未だ異常を示していた。
 全ては、この頭を支配する焦燥のせいだった。再び顔を出したこいつが、何かを訴える。何かは分からない。とんと理解ができない。けれども、そいつはずっと居座り、何かを訴え続けるのだ。思考を、心を掻き乱すのだ。
 何なんだよこれ、と一人胸の内で毒づく。理不尽な仕打ちに抗うようぎゅっと瞑る。瞼の裏には、腕を捕まれ目を見開く弟の姿がはっきり焼き付いていた。


畳む

#ライレフ #腐向け

SDVX

ゆっくりおやすみ【ライレフ】

ゆっくりおやすみ【ライレフ】
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寝る弟君とオニイチャンっぽいことしてるオニイチャンが書きたかっただけの話。性癖にとても素直。

 黒く曖昧とした世界から意識が浮上する。無意識の微かな呻りと共に、閉じていた目がゆっくりと開く。透き通る白の瞼から覗く碧は、まだ眠りの海を揺蕩っていた。
 白くけぶる世界に、烈風刀は目を細める。形の良い細い眉は険しげに寄せられていた。寝起きの目には、蛍光灯の強い光は毒でしかない。う、と濁った音が喉奥から漏れ出た。
 眠気でぼやけた思考が、現実を認識しようと鈍く動き出す。ゆるゆると連なる記憶をたぐり寄せてたっぷり十数秒、ようやく己がリビングのソファに横になっていることを理解した。あぁ、と内心嘆息する。どうやら、居眠りをしてしまったようだ。
 輪郭を取り戻してきた五感が、ほのかな香りを掴み取る。野菜の煮える甘い香りだ。慣れ親しんだそれの中に、トントンと小気味の良い音が交わる。軽やかな音は、子守歌のように心地の良い響きをしていた。
 もう夕飯時だろうか、とまだ動きの鈍い頭で考える。リビングを訪れたのは日が落ちつつある中だったはずだ。まだあまり時間は経っていないようである。良かった、という安堵と、居眠りをしてしまうなんて、という後悔が寝起きの頭をじわじわと染めた。
 鼻腔をくすぐる優しい匂いが、意識の隅にある何かを引っ張り上げる。取り戻したそれを認識し、烈風刀は眇めていた目を大きく見開く。座面に横倒れになっていた上半身が大きく跳ねた。
 そうだ、今日の夕食当番は自分ではないか。だというのに調理している気配があるということは、寝こけた自分を見かねて雷刀が変わってくれたに違いない。普段は自由奔放で無責任にも見える彼だが、こういう時は優しさを見せてくるのだ。
 羞恥と悔恨で白い肌が赤らみ、青ざめ、激しく色が切り替わっていく。とにかく謝らねば、と少年は急いで飛び起きる。体勢を崩して脱げかけたスリッパそのまま、キッチンへと急いで駆けた。
 さして広くない調理場には、蒸気が鍋蓋を揺らす音、包丁がまな板を叩く音、食材が煮える香りが満ちていた。キッチンという場所を表すかのようなものたちの中に、小さな鼻歌が漂う。朱が奏でる上機嫌な響きは、愛しい少女をイメージした楽曲だ。愛し守るべき彼女らしさをいっぱいに詰め込んだその歌は、三人のお気に入りだ。
「あ、烈風刀。おはよ」
 包丁とまな板のリズミカルな音と可愛らしい歌声が止む。騒がしい足音で気付いたのだろう、こちらを向いて迎えた雷刀は、慌てた様子の弟ににこやかに笑いかけた。
「お、はよう、ございます……」
 対する烈風刀は、気まずげに顔をしかめる。整った眉の端は下がり、応える声もどんどんと萎んでいく。常ならば相手の目にしっかりと向き合う翡翠の目は、緩やかな弧を描く紅玉からどんどんと逸らされ地面へと向かっていく。彼の胸を占める罪悪感を如実に表していた。
「そんなに急いでどした? なんかあった?」
「今週の夕食当番、僕でしたよね。すみません」
 首を傾げる兄に、弟は苦しげに言葉を紡ぐ。謝罪の言葉と共に頭を下げると、傾いでいた朱い頭が更に斜めになっていく。え、と疑問符たっぷりの声が二人きりの空間に落ちた。
「いや、今週の当番オレだけど……」
 ほら、と雷刀は包丁片手に冷蔵庫に貼られたカレンダーを指差す。今週の欄には赤い線が真っ直ぐ引かれており、その下に同じく赤で『雷刀』と大きく書かれていた。今週の食事当番は兄であることをはっきりと示している。今週の当番だと主張する烈風刀の名があるのはその一行下、来週の欄だ。
 へ、と間の抜けた音が寝起きの喉から漏れる。互いに互いの言っていることが理解できず、朱と碧はその場で立ち尽くす。兄弟二人抱えたキッチンを沈黙が包み込んだ。
 驚きに固まった思考がようやく動き出す。カレンダーが語る日程は二人で相談した確かなもので、今週の当番は兄であることは事実だろう。メリットも道理も無いのだから、彼が嘘を吐いているということもないはずだ。
 つまり、自分が寝ぼけて勘違いをしていたのだ。
 鈍る頭でようやく解に辿り着く。途端、碧の顔にぶわりと紅が広がった。羞恥が胸の内を一気に染め上げる。居眠りをした挙げ句寝ぼけるだなんて、何と間抜けなのだろう。しかも、それを雷刀に見られた――実際は自分が勝手に見せたのだが――だなんて、恥ずかしいにも程がある。兄の性格上、からかわれるのは必至だ。
 あぁ、何でこんなことに。脳内で頭を抱え何度問うても、納得のいく答えなど見つからない。間の抜けた自分の醜態だけが事実として残っているのだった。
「何? もしかして寝ぼけてた?」
 赤くなって黙りこくる弟を見て、雷刀は問いかける。確信を持った、意地の悪い響きだ。緩く弧を描く口元は、完全にいたずらっ子のそれである。
 からかわれて良い気などしない。しかし、今回ばかりは仕方の無いことだ。いきなり飛び込んできて意味不明なことを言い、作業を中断させ迷惑を掛けてしまったのだ。しかも、火や刃物を取り扱っている最中にである。一歩間違えれば大怪我をするような場所でこんなことをしたのだから、責められてもおかしくはない。
 そもそも、リビングで居眠りなどしていたのが悪いのだ。普段兄にはソファで寝るのは控えろと言っているのに、自分がこれでは世話がない。
「……そうみたいです。すみません」
 羞恥と悔恨と申し訳なさで心が埋め尽くされる中、どうにか形作った声はか細いものだった。寝起きの発声に慣れていない喉によるものではないのは明らかだ。色素の薄くなった唇が強く引き結ばれた。
 こんなにも素直な返答が来るとは思っていなかったのだろう、兄は物珍しげにぱちりと瞬く。未だ沈痛な面持ちをした碧を見て、少年はんー、と口の中で呟く。そのまま、からりと笑った。
「烈風刀って意外とねぼすけさんなんだな」
 かわいい、と柔らかな響きで続けて、雷刀は頬を緩める。恋人に対する愛おしさがそのまま溢れ出たような表情だ。
 普段ならば『可愛い』などと言われればすぐさま否定する烈風刀であるが、今は気まずげに身を縮めるだけだ。兄の優しい様子に、淀み濁る胸がツキリと痛む。茶化すような言葉ではあるが、そこに先程までのからかう響きはない。気を遣っての言葉だということぐらい嫌でも分かる。己のミスでこんなにも迷惑を掛けてしまった嫌悪と後悔で、心臓がキリキリと痛んだ。
 んー、と宙空を見つめた後、雷刀はぱっと顔を明るくする。何か思いついた様子だ――未だ目を逸らし床を見つめている烈風刀は気付くことはできないのだが。
「眠いんだったらもうちょっと寝てな?」
「……え?」
 いきなりの提案に、烈風刀は空気が抜けたような音を漏らす。彼の指摘通り寝ぼけているのだから、顔でも洗ってくるべきだろう。そも、そのまま料理を手伝った方がいいに決まっている。なのにもう少し寝ているといいだなんて、一体何なのだ。
 戸惑っている間に、朱は火を止め手を洗い、立ち尽くす碧へと歩み寄る。そのまま引き締まった肩を掴み、身体をくるりと反転させた。突然のことに、ちょっと、と抗議の声をあげるも、彼はまぁまぁ、と唱え背を押すだけだ。突如の行動に反抗する間もなく、そのまま二人でキッチンを出て行く形となった。
 押されるがままに歩き着いた先は、先程まで寝こけていたリビングのソファだった。何ですか、と問うが、相変わらずまぁまぁ、とはぐらかす声が返ってくるだけで、真意は分からないままだ。
 少しくたびれたそれの真ん前に立ったところで、また身体を反転させられる。意図の読めない行動に混乱していると、あれよあれよという間に座面に座らされ、そのまま横にさせられてしまった。
「晩飯できたら起こすから」
 そう言って、兄はいつの間にか手にしたブランケットを横たわった身体に掛ける。まだ暖房のかかっていないリビングでは、柔らかな布のもたらす温かみは心地の良いものだ。
「いや、でも――」
「寝ぼけちゃうぐらいまだ眠いんだろ? だったら一回ちゃんと寝ちゃうのが一番だって」
 笑顔で紡がれる言葉に、う、と言葉が詰まる。一度飛び起きはしたものの、うたた寝だったせいか眠気はまだ残っている。だが、こんな時間に眠っては夜眠れなくなってしまうのではないか。そもそも不注意で寝てしまったことは咎められるべきなのではないか。様々な懸念が頭をよぎり、音も無く積み重なっていく。細くなった喉がきゅうと音をたてた。
 やはり良くない。急いで身を起こそうとするも、まぁまぁ、という声と共に、そっと肩を押さえられる。たったそれだけで己が身は再びソファに沈んでしまった。その程度で抑えられてしまうほど動きが鈍っているという事実に、少年は顔をしかめる。身体は確かに睡眠を求めているのだろう。けれども、やはり兄一人に作業を押しつけ眠ってしまうことに罪悪感を抱いてしまうのだ。
 不安げに視線を泳がせる弟の様子に、雷刀はその目の前にしゃがみこむ。手を伸ばし、横たわった碧い頭をそっと撫でた。だいじょーぶだいじょーぶ、と根拠の無い言葉を口にする。優しいリズムで繰り返されるそれは、子守歌のようだった。
「昼寝は一時間までならセーフって前にテレビで言ってた。だから、大丈夫」
 ちゃんと起こすから安心して寝ときな、と歌うように紡いで、朱は頭に添えた手をそっと動かす。節の目立ち始めた手が浅海色の髪を泳ぐように梳く。子どもを寝かしつける手つきだ。憂慮に揺れる孔雀石を見つめる紅瑪瑙は、愛おしそうに細められていた。
 甘やかな言葉と慈愛に満ちた視線に、烈風刀は悔しげに目を眇める。こういう時に限って存分に甘やかしてくるのだから、この男は質が悪い。そして、何だかんだ言って甘えてしまう自分も、どうしようもないのだ。
 優しく撫で梳く手つきに、与えられる温もりに、身を薄く包んでいた眠気が気配を濃くする。目の前が暗くなっていく。瞼が下がってきているのだ、と認識するより先に、視界は細く狭くなっていった。
 睡魔に奪われつつある五感が、おやすみ、と呟くような声を捉えた気がした。






 聞こえ始めたかすかな寝息に、雷刀は小さく息を吐く。愛おしい碧をじぃと見つめていた瞳が一度伏せられた。
 夕飯を作るためキッチンに向かう最中、ソファで寝こけている姿は確認していた。珍しい、夕飯前まで寝かせておくか、とそのままにしておいたのだが、まさか寝ぼけて突然キッチンに飛び込んでくるなどとは思ってもみなかった。寝起きは良い方である彼があんな姿を見せるだなんて。珍しいことは重なるものである。
 サラサラとした海色の髪を梳き撫でる。眠りに落ちる直前の彼の表情は、不安げなものだった。おそらく、また眠ってしまうことや、作業を手伝わないことに引け目を感じていたのだろう。眠いならば少しぐらい寝ていてもいいというのに、彼は自堕落だと必要以上に己を責めてしまうのだ。いつまで経っても治らない悪癖である。
 さて、と、少年は壁に掛けられた時計に目をやる。アナログの針は、もう少しで夕食時になると告げていた。一眠りするには些か短い時間だろう。
 一品増やすか。可愛らしい寝顔を眺めながら、少年は考える。冷蔵庫に使ってもいい野菜はあっただろうか。どんな副菜なら自然だろうか。調理時間はどれほど増えるだろうか。様々な事項を脳内で検索していく。
 まぁ、急ぐことではない――急いでやっては意味の無いことだ。雷刀は音を立てぬように立ち上がる。ここで無駄に考え込んで起こす可能性を生んでしまうより、現場を見てゆっくり考える方が良いに決まっている。
 今一度眠っている愛しい人を眺める。水底色の瞳は白い瞼の奥に消え、横たわった身体は呼吸することを確かに表すように小さく上下していた。眠りに落ちる前の不安の色はそこにはもう無い。きっと、穏やかな夢の中にいるだろう。
 おやすみ。
 音にせず唇で形作り、少年はキッチンへと足を向けた。

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SDVX

書き出しと終わりまとめ5【SDVX】

書き出しと終わりまとめ5【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその5。ボ7個。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:プロ氷3/ライレフ3/ニア+ノア1

触れあいニアミス→リベンジ/プロ氷
葵壱さんには「精一杯背伸びをした」で始まり、「今なら伝えられる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。


 精一杯背伸びをした。厚い下駄の上、滑りそうになる足で爪先立ちをし、頭一つ以上高い位置にある頬に唇を寄せる。それでも足りない身長では、唇の横に触れるのが精一杯だった。
 刹那の触れあい。バランスを崩さぬよう戻った己の顔は、きっと夕焼け色に染まっているだろう。やってしまった、という後悔と、やっとできた、という歓喜が、少女の胸の内をぐるぐると巡る。いずれにせよ、もう取り返しのつかないことなのは確かだ。
 突然の口づけに、識苑はぼうっとした様子で宙空を見る。ようやく先程の行為が何であったのか理解して、青年の身体がビクリと大きく跳ねた。病的なほど白い肌が、みるみる内に真っ赤に染まっていく。あ、う、と吐き出す声は、どこか上ずっていた。
「…………え? ぁ? ひっ、ひゆき?」
 ようやくたった今起こったことを理解できたのだろう、識苑は唇の主の名を呼ぶ。その声は情けないほどひっくり返ったものだ。彼女の前では特別大人であろうと努める彼にしては珍しい様相であった。
「あ、の、……いっ、いつも、識苑さんからばかり、なので……」
 たまには、私からしてみたかったんです。
 口元を袖で隠し、少女は消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。愛しい人の声を逃さなかった識苑は、再び固まる。氷雪が、あの氷雪がである。ここ最近積極性が増してきたとはいえ、口付けだなんて大胆なことをするなど考えたこともなかった。
「さっ、最初はほっぺたにと思ったのですが…………、身長が足りませんでしたね」
 えへへ、と笑う顔は依然朱に染まっている。いきなり唇は無謀、というよりもはしたないのでまずは頬から、と思ったのだが、頭約二つ分違う身長差では、背伸びをしても届かなかった。結果、ほぼ唇に近い位置に口付けるという、なんとも大胆な行動となってしまったのである。
「あ、の……、きもち、わるかったでしょうか……」
 依然固まったままの識苑を見上げ、氷雪は不安げに尋ねる。水底色の瞳は微かに水を湛え、髪と同じ色の細い眉は端が下がりきっていた。喜んでもらえるかもしれない、と頑張って行動に移したが、やはりいきなりは良くなかっただろうか。そもそも、自身からの口付けなどはしたなく、悪印象を植え付けたのではないだろうか。少女の胸を不安が侵蝕していく。じわじわと広がり小さな心を食い荒らそうとしたそれは、いや、という一言で止められた。
「あ、い、や、えっと……、めちゃくちゃ嬉しい……」
 嬉しすぎて頭が追いつかない、と識苑は指紋がつくことを厭わず眼鏡ごと片手で顔を隠す。その頬は、氷雪と同じほど赤に染まっていた。恋人からの口付けを気持ち悪いだなんて思うはずがない。ただ、あまりの驚きに脳のキャパシティが溢れ、思考が止まっただけだ。噛み砕き、飲み込んだ今は、青年の胸は歓喜で満たされていた。
「ほっ、本当ですか……?」
「本当に嬉しい……」
 涙を湛えた瞳が交錯する。方や不安、方や歓喜で濡れた正反対の瞳は、交わることでようやく安堵を得たようだった。ほ、と少女は小さく息を吐いた。
「氷雪」
 名を呼ばれ、少女はぱっと顔を上げる。すぐ目の前には、愛おしい夕焼け色があった。ほんのりと朱が刷かれた顔、その片頬を青年はそっと指差しへらりと笑う。その笑みは、普段より少しだけ硬いように見えた。
「あの……えっと……、もっかい、……は、ダメ?」
 そう言って、識苑は小さく首を傾げる。珍しいおねだりに、氷雪はパチパチと瞬いた。もっかい。もう一回。指差す先は、頬。青年の質問の意図を理解し、再び少女は顔を赤らめた。
「……だ、め……じゃ、ない、です」
 十数秒の沈黙の後、少女は吐息のような細い声で肯定の語を呟いた。溶けて消えてしまいそうな声は、しっかりと届いたのだろう。目の前の愛し人はふわりと破顔した。
「あの、目、瞑っていただければ……」
 氷雪の申し出に、青年はうんと頷いて目を閉じる。まあるい橙の瞳は、真っ白な瞼の奥に姿を隠した。
 白い頬に小さな手を添え、雪色はじぃと愛し人の顔を見つめる。整った眉、今は姿を隠した琥珀の瞳、眼鏡の痕が少し残る目元、すっと通った鼻梁、見た目よりも柔らかな頬、少しかさついた唇。どれも愛おしくて仕方が無い。愛する人の姿に、胸の内が温かなもので満たされていった。
 こくん、と息を呑み、少女はそうっと顔を寄せていく。溢れ出る感情をこの唇に乗せてた今なら、愛を伝えられるはずだ。




躾直し/ライレフ
AOINOさんには「傷口には触れないで」で始まり、「また一から始めよう」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。


「っ……、傷口には触れないでください」
 顔を歪め、烈風刀は愛する人の手を振り払う。普段より弱々しいそれは、指を少し退けるだけで精一杯のものだった。
 傷口、と雷刀は復唱する。己がつけてしまった噛み痕をなぞり労っていたつもりだったのだが、逆効果だったらしい。よくよく考えなくとも、皮膚が破けうっすらと血がにじむ場所は紛うことなき傷である。そこに触れるなど、文字通り傷口をえぐる行為だ。
 ごめん、と謝り、少年はすぐさま手を引く。やり場のなくなった手が、宙空を彷徨う。ふらふらと揺れるそれは頼りないものだった。
 白い肌に散る赤い痕は、全て己がつけてしまったものだ。情事の衝動に身を任せ噛みついた結果、いつも愛する人の肩口や首元には半月状の傷がたくさん生まれてしまっていた。たくさん怪我をさせてしまった申し訳無さと、衝動を我慢できない己のふがいなさと、この番は己のものだと主張する印に対する征服欲が胸の内に渦巻く。声にならない呻きを漏らした。
「ごめんなぁ」
「毎回そう言いますけど、結局噛むではありませんか」
 眉端を下げ謝る雷刀に、烈風刀は溜め息とともに返す。呆れた言葉に反して、声は柔らかいものだった。
 烈風刀がこの噛み癖を嫌っている訳ではないことは、薄ら察していた。噛まれた瞬間あげる声も、残された痕を眺める瞳も、ほのかに熱を孕んだ甘やかなものなのだ。時折見せる、暗い赤を愛おしそうに眺める姿はどこか妖艶で、どきりとすることがある。
 しかし、それとこれとは別である。嫌がられていなかろうと、己の征服欲が満たされようとも、怪我をさせるだなんて許されないことだ。性行為とは、双方が満たされるべきものである。そこに瑕疵は――それも欲望を制御できずに生まれた傷なんてものなど、あってはならないのだ。獣の欲望に負け相手にだけ負担を強いるだなんて、最低である。
 兎にも角にも、この噛み癖は改めなければいけない。うぅ、と情けない声が漏れる。以前のように衝動を抑えられるよう、また一から我慢を始めなければ。




涙色の幸せ/プロ氷
AOINOさんには「大人は泣かないものだと思っていた」で始まり、「そんな君がただ愛しかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。


 大人は泣かないものだと、ずっと思っていた。いつだって明るく、太陽のように輝く笑顔を湛えている彼ならば、尚更。
「せ、んせ、い」
 涙声で、氷雪は愛しい人を呼ぶ。消えかけのそれは、大粒の涙を流す彼には届かなかない。ただただ低い嗚咽が人気のない放課後の廊下に響いた。
 逡巡の末、氷雪は愛し人の白衣の裾をきゅっと握る。頭二つ分高い彼を見上げ、せんせ、ともう一度濡れた声で呼ぶ。やっと気づいたのか、ずび、と鼻を啜る音とともに、夕日色の瞳が姿を表す。普段ならば楽しげに輝いているそれは、夕焼けに照らされた海のように滲んで揺らめいていた。
「ご、めん、…………嬉しく、て」
 俺を、『識苑』を好きと言ってくれたのが、嬉しくて。
 好きでいることを許されたのが、嬉しくて。
 こみ上げる嗚咽を無理矢理抑えながら、識苑はどうにか言葉を紡ぐ。濡れた声は己のそれと同じで、今だけは自分とおんなじ子どものように見えた。つられて、翡翠の瞳からも雫がひとつ、ふたつとこぼれ落ちる。澄んだ雫が床に落ちる微かな音だけが、二人の空間に響いていく。
「……ごめん。みっともないとこ、見せちゃったね」
 目元を白衣の袖で乱暴に擦り、識苑はへらりと笑う。赤くなった目元と鼻先、未だ涙が伝う眦と頬、下がった形の良い眉がそのままな笑顔は、明らかに作られたもので、酷く痛々しく見えた。きっと、まだまだ幼い『子ども』の自分の前で、いつものかっこいい『大人』としてあろうとしているのだろう。無理をさせている事実に、きゅうと胸が痛んだ。
 共に顔を上げた氷雪を見て、識苑は目を丸くする。ぱちりと瞬き一つ。溢れた涙が、また一筋二人の頬に透明な線を作った。
「なっ、泣かないで! 大丈夫! 大丈夫だから!」
 大げさなほど慌てふためき、青年は少女の頬を白衣の袖で撫でる。考えるより先に、身体が動いてしまったらしい。一拍置いて、ごめん、汚かったね、と上ずった謝罪の声があがった。拭ってもらったばかりだというのに、翡翠の瞳からはとめどなく雫が湧き上がり流れた。
「いえ……、わたしも、うれ、しく、て……」
 ずっと、叶わないと思ってたから。
 わたしを、『氷雪』だけを見てくれることなんて無いと思っていたから。
 だから、嬉しくて、叶ったのが、嬉しくて。少女は嗚咽混じりに必死に言葉を紡ぐ。泣くだなんてこどもっぽい、みっともないだなんて考える余裕などなかった。彼に比べてずっと幼い自分では、溢れ出る感情をコントロールできない。止められない涙はぽろぽろとこぼれ、少女の白い肌を濡らすばかりだ。
 はしたないと分かりつつも、着物の袖で目元を拭う。厚く白い布地が水を吸い、かすかに暗くなった。ぽとぽとと、涙の粒が更に袖を濡らす。ぅ、と喉がみっともなく鳴った。
 そっと、小さな頭に大きな手が乗せられる。ゆっくりと下ろし、戻りをぎこちなく繰り返し、青年はどうにか少女の頭を撫でる。被衣を隔てているというのに、その手が、動きが、更に涙が湧き出るほど温かく感じた。
「……俺も、氷雪ちゃんが喜んでくれて、嬉しい」
 普段のように柔らかく、いつもの彼らしくもない震える声が、少女の鼓膜を揺らす。そっと顔を上げ、見上げた先には、涙の跡を残した愛おしい人がいた。溢れていた涙は既に止まっているが、その頬には、未だ透明な涙の道筋がいくつも走っていた。
 ず、と鼻を啜る音一つ。緊張で失った色を取り戻しつつある唇が、はくはくと動く。う、あ、と低く小さな声が、人のいない廊下に落ちて積もった。
「えっと……、あの、その…………」
 これから、よろしく、お願い、します。
 片言のようにつかえつかえになりながら、識苑はどうにか声で言葉を形作る。気恥ずかしいのか愛おしい少女から少しだけ視線を逸らし、小さく頭を下げた。その仕草はぎこちなく、それ故にどこか愛らしさがあった。
「……はい。よろしく、おねがいします」
 涙をもう一筋流し、氷雪はふわりと破顔する。涙に濡れた頬を染める姿は、雪のように儚く可愛らしいものだった。
 子どもの自分と同じように涙を流し、同じぐらい頬を紅に染め、ぎこちなく動き、言葉を紡ぎ出す。そんな大人の貴方が、ただ愛おしかった。




歩いて帰ろう/ライレフ
葵壱さんには「たまには遠回りしてみようか」で始まり、「だから綺麗に忘れてください」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。


「たまには遠回りしてみよ?」
 くるりと振り返り、雷刀は笑みを浮かべそう言う。肩に掛けたナイロンバッグが小さな音をたてた。
 突然の言葉に、烈風刀はぱちりと瞬きをする。兄の言葉を口の中で一度転がし、少年は顎に手を当てた。翡翠の瞳には、懐疑に満ちていた。
「……何か買い漏らしがありましたか?」
 普段の帰り道から少し逸れた位置に、一軒小さなスーパーがある。買い漏らしがあるのならば、来た道を戻るよりもそちらに寄った方が近い。わざわざ遠回りをして帰る理由など、それぐらいしか思い浮かばなかった。その場合、『たまには』という言葉が引っかかるのだが。
「そうじゃなくてさー……」
 弟の返答に、兄は小さく呟く。唇を尖らせる子どもめいた仕草を見るに、どうやら違うらしい。では、そちらの店舗にしか取り扱っていない商品があるのだろうか。それともどこか他に寄りたい場所でもあるのだろうか。浅葱の頭に疑問符が浮かんでいく。答えの見えない問いに、整えられた頭が軽く傾いだ。
 先を歩いていた雷刀は大股で一歩、二歩、と進む。そのまま烈風刀の隣へと並んだ。少し屈み、紅玉が蒼玉を下から覗き込む。鮮やかな紅緋には、不満げな色が浮かんでいた。
「たまには二人きりで散歩でもしたいなーって」
 言葉尻が萎んでいく様子は、拗ねているようにも恥じらっているようにも聞こえた。
 あまりにも単純な解に、碧はまたぱちりと大きく瞬きをする。二人きりで散歩など、買い出しが終わり帰り道を歩く今と同じではないか。わざわざ誘うようなことではない。
「だってさぁ、最近ゆっくりする時間なんてなかったし……」
 むにゃむにゃと尻すぼみになりながら、雷刀は小さく頬を膨らます。子どもめいた仕草に反し、その表情には寂寞の色が浮かんでいた。
 確かに、と烈風刀は内心頷く。最近はアップデートおよび大会準備でゆっくりする暇などほぼ無かった。帰宅は常に夜遅く、疲れ果てた身体では自分の世話だけで手一杯だ。怒濤のアップデートが終わりいくらか経った今だからこそ、二人連れ添って買い出しに行く余裕が出来たのだった。彼の言う通り、ちゃんと二人きりで過ごすことは久方ぶりのことである。
 顎に手を当て一考。しばらくの逡巡の末、渇いた喉がかすかに掠れた音を紡いだ。
「……いいですよ」
 へ、と間の抜けた声があがる。了承など得られないだろうと思っていたのが丸わかりの音だ。この手の提案、というよりも思いつきにに烈風刀が乗ることは少ないのだ。仕方がないことだろう。
「最近座り仕事続きでしたからね。適度に運動するべきです」
 そう言って、烈風刀は住宅街から少し離れた河原の方へと足を向ける。数拍の後、大きな足音が広くはない路地に鳴り響いた。ガサリ、とナイロンバッグが鈍い音をあげた。
 二人で会話も無く歩いて行く。あたりに河原の先、赤く燃える陽が沈み行く。夕陽が放つ赤い光が、二人の横顔を照らした。まぶし、と雷刀は目を細める。一対の夕陽色も、瞼の地平線へと隠れようとした。
 歩いていくうちに、身を寄せるように互いの距離が縮まる。ふと触れあった手が、幾度かの接触と躊躇いの後、柔く繋がれた。ひくりと白い手が震える。珍しく振り解こうとは思わなかった。人通りが少ない場所だからか、はたまた久しぶりの温度が惜しいのか。そんなこと、自分でもよく分からなかった。分からないまま、与えられる柔らかな温度を享受する幸せを味わった。
 ふふ、と隣から笑声が漏れる。小さく漏れ出たそれは幸に満ちたもので、とろけた響きをしていた。
「どうしたのですか」
「いやー。久しぶりのデートだなー、って」
 幸福を噛み締めはにかむ兄を見て、弟の足がピタリと止まる。訝しげに名を呼ぶ兄の声は、彼に届くことがなかった。
 デート。
 言われてみれば、恋人二人で出掛けることはデートと呼んでもおかしくはない行為だ。しかし、こんなのただの買い出しで、ただの散歩だ。デートなど、そんな、大層なものでは。
 繋いでいた手がバッと勢いよく離される。振り解いた手は宙を彷徨い、肩に掛けたナイロンバッグの取っ手に着地した。力を込められた細い取っ手が大きな皺を作った。
「え? 何? どした?」
 突然の行動に、朱は困惑の声をあげる。なんでもありません、と返す声は、動揺と羞恥と幸福がぐちゃぐちゃに混ざった音色をしていた。
「もしかして、烈風刀も今更そう思ったってこと?」
「違います!」
「違ってたら手離さないじゃん!」
 夕暮れの河原に、男子高校生二人の声が響く。じゃれあうというには騒がしいものだ。かといって、諍いにしては甘さを含んだ音色をしていた。
 かわいー、と揶揄い交じりの声が飛んでくる。恐らく底楽しげに笑っているであろう兄から、ふいと目を逸らした。そんな表情を見て、憎たらしさ以外の覚えるはずなどない。
 都合良く解釈する彼に、都合良く解釈してしまった自分に対しての言葉にならない感情がふつふつと湧き上がる。こんなくだらないもの、さっさと忘れて無かったことにしてしまいたかった。
「……あぁもう、うるさい! 早く綺麗に忘れてください!」




喧嘩の後には/ニア+ノア
葵壱さんには「泣き虫が笑った」で始まり、「ここが私の帰る場所」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。


 泣き虫がやっと笑った。
 などと言えばまた泣き出してしまうだろう。思わず思い浮かんだ言葉が漏れないよう、ニアはきゅっと唇を結ぶ。腕を伸ばし、目の前、妹の目元に浮かぶ涙を長い袖でそっと拭った。
「もう大丈夫?」
「……だいじょう、ぶ……」
 顔を覗き込み、努めて優しく尋ねる。憂慮が見える姉の言葉に、ようやく和らいだ妹の表情が再び薄く曇り始めた。心づけようとしたのだが、逆に不安を煽ってしまったようだ。どんどんと陰る蒼瞳に、焦燥が少女の胸を襲う。再びまあるい瞳に水が膜張る前に、俯きゆく頭に急いで手を伸ばした。
「大丈夫だよ!」
 今度こそ元気づけようと、ニアは声を張り上げる。そのまま衝動に身を任せ、小さな頭を力いっぱい撫で回した。言葉も重要だが、行動で示した方が彼女にはよく伝わるだろう。もう大丈夫、と励ましの気持ちを小さな手に目一杯載せ、少女は愛しい妹を撫でた――撫でるというよりは、髪をかき乱すような激しさなのだけれど。
 ぐしゃぐしゃになっちゃうよぉ、と抗議の声があがる。微かなそれは未だ涙に濡れていたが、数分前に比べてずっとはっきりとした響きをしていた。ごめんね、と謝り、少女はバッと手を離す。強く撫で回した頭は、ノアの言った通り、なめらかな蒼髪が絡み合いくしゃくしゃになってしまっていた。あわわ、と焦りつつ、さっさっと手ぐしで整える。すん、と鼻をすする音と、ふぇ、と小さな嗚咽が涙でふやけた部屋に落ちた。
「ノアちゃんにはニアがいるからね。大丈夫だよ」
 だいじょうぶ、だいじょうぶ、と歌うように囁きながら、ニアは愛しい妹の頭を撫でる。丁寧に撫でる小さな手には、慈しみが表れていた。
「……泣かせたのはニアちゃんでしょ」
 すん、と小さく鼻を啜り、ノアは不貞腐れた声で呟く。ジトリと向けられた視線に、う、と苦しげに喉が鳴った。確かに少し強く言って泣かせてしまったのは自分だ。こればかりは言い訳しようがない。ごめんね、と謝る声は呟きのような小さく細いものだった。
「でも、ノアもいっぱい酷いこと言っちゃったよね……。ごめんなさい」
「ニアも酷いこと言っちゃったもん。あいこだよ」
 大丈夫、と今一度妹の頭を撫でる。今度は髪を梳くような、優しく柔らかな手つきだ。心地よい感覚に、ノアはゆっくりと目を細める。目尻に残っていた涙が頬を静かに伝った。
 頭に乗せた手を離し、ノアちゃん、と妹の名を呼ぶ。なぁに、と不思議そうに問うノアの目の前で、ニアは腕を目一杯に広げた。意図を察して、キョトンとした表情が柔らかく解ける。同じく手を広げ、ノアは姉の胸へと飛び込んだ。
 互いに背に回した腕に力を込め、ぎゅうと抱き締める。苦しいよ、と二人でクスクスと笑いあう。そこにはもう、涙の色はなかった。
 大好きな妹と触れあい笑いあえる。ここが私の帰る場所なのだ。




笑顔咲かせ/プロ氷
あおいちさんには「花が咲くように」で始まり、「不器用でごめんね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。


 花が咲くように笑う人だ、と彼の笑顔を見る度に考える。
「あっ、氷雪ちゃん」
 廊下の角を曲がった先、技術室の扉から桃色の頭が覗く。少し硬い桃髪の奥に隠された橙が、ゆっくりと細められた。
 この人はいつだって満開の花のように笑み、からからと心底楽しそうに大きな笑声をあげる。太陽の陽を浴び堂々と咲く夏の花を思わせる姿だ。
 けれど、普段と違う笑顔を見られるのは自分だけだ、と考え、氷雪は頬を赤らめる。思い上がりも甚だしい。けれど、あの人があんな風に笑う姿を他に見たことがないのだ。朝日を受けた花がふわりと花弁を綻ばせるような、あんなに優しくて、あんなに愛おしそうな笑みを浮かべるのは、決まって自分の前だけだ。少なくとも、自分の観測上は。
「氷雪ちゃん?」
 恋人の声に、現実に意識が浮上する。己の姿を見て駆け寄ってきてくれたのだろう、いつの間にか目の前には識苑がいた。桜色の頭は不思議そうに傾いでいた。
 あの愛おしい笑顔に見惚れていたのだと気付き、少女の頬に朱が散る。いえ、と返す言葉は上ずっていた。
「えっと……、あの、……先生の笑顔は、いつも素敵だな、と思って……」
 ぽそりぽそり、つかえながらも言葉を紡いでいく。恥ずかしいことを言っていると自覚したのは、全て声で形作ってしまった後だった。少女の頬が更に朱に染まる。
「えっ、そう?」
 驚きの声をあげ、識苑はぺたぺたと己の頬を触る。褒められた喜びとかすかな羞恥にか、彼の頬にも淡く朱が浮かんだ。
「そっかー……。ありがとう」
 そう言い、青年はえへへ、とはにかむ。喜びにとろけた笑顔は、やはり自分の前でしか見せない特別なものだ。その柔らかな表情に、無意識にまた目を奪われた。
「氷雪ちゃんの笑顔もとっても素敵だよ」
 突然の言葉に、ふぇ、と思わず呆けた声が漏れる。彼の真似をするように、氷雪も己の頬をぺたぺたと触る。柔らかなそこは確かな熱を持っており、顔が赤らんでいることが容易に想像できた。
 笑顔が素敵だなんて、今まで一度も言われたことがなかった。感情を上手く表現できず表情に乏しい己をそう評する人がいるだなんて。それも、愛している人が言ってくれるだなんて。驚きと喜びに、きゅうと胸が詰まる。ぁう、と呼吸をしそこなった音が小さな口からこぼれた。
 彼のように笑顔を浮かべようとする。しかし、表情筋は硬く強張り、頬は引きつるばかりで口角は一向に上がらない。ひく、と持ち上げようとした頬が変に震えた。
 一向に上手くいかず、嫌悪感が胸を埋めていく。せっかく素敵と言ってもらえたのだから、見せてあげたいのに。あぁ、何故自分はこうも駄目なのだろう。一人胸の内で呟く。
 不器用でごめんなさい。




君にはきっと届かない/ライ←レフ
葵壱さんには「ひとつ願いが叶うのなら」で始まり、「月が綺麗ですね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。


「一つ願いが叶うなら、ですか」
 思わず復唱すると、そそ、と短い返事が飛んでくる。問いの主は毛布でぎゅっと身を包み、宙空を見上げた。
「流れ星にはお願いするもんだろ? 烈風刀ならどんなお願いするのかなーって」
 二人の視線の先、紺碧に染まった空を幾本もの線が駆け抜けていく。ネットニュースにあった通り、今がピークの時間のようだ。朱と碧の瞳は空を走る光の筋を眺めていた。
 願い事、と烈風刀は口の中で呟く。レイシスが健やかに過ごせますように。兄がもっとまともな成績をとれますように。ゲーム運営が更に安定しますように。様々な願いが脳内に浮かんでは消える。日常の幸せを願うそれらの片隅に、何かが声高に主張をし始めた。
 気づかれぬよう、横目で隣の朱を見やる。毛布に包まり空を見上げる横顔は華やかに綻んでおり、キラキラとした瞳は純粋無垢を形にしたような輝きをしていた。
 好いている人に想いを届けたい。成就なんて贅沢は言わない。ただ、この心の内をはっきりと打ち明けられるようになりたい。
 可愛らしい横顔に、愛おしさと醜い願いが湧き出る。蓋をして閉じ込めて沈めておきたいものなのに、厄介なことにこいつは時折存在を主張するのだ。
 恋を星に願うなど、女々しいにも程がある。分かっていても、何かに縋りたくなるぐらいこの想いは苛烈に燃えていた。
 願い事一つ叶うなら。そもそも、今すぐにでも叶えられる願いなのだ。星に願う必要などない。口を動かせば、すぐに叶うのだから。
 ごくりと唾を飲み込む。今から口にするのは普通の言葉だ。ただ、人によっては意味が変わる不思議な言葉――どうせ、こういう類のものには興味の無い彼にとっては、ただただ普通の他愛のない言葉だ。
 そんな予防線を張り、烈風刀は今一度空を見上げる。丸い月の光が、走りゆく星々を照らしているようだった。
「……月が綺麗ですね」

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熱を求めて【ライレフ/R-18】

熱を求めて【ライレフ/R-18】
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夜中に思いついた短文。
やらしいことに無縁そうな子がやらしいこと言うのとってもやらしいねという話。

 ぬるりと怒張が去っていく。抱きしめていたものを失う感触に、シーツに放り出された身体がふるりと震えた。
 汗に濡れた腕が、引き締まった腹を擦る。熱に満たされるはずだったナカは、暴き尽くした雄を失った今は空っぽだ。肚に注がれるはずだった熱は、薄いゴム生地の中へと吐き出されてしまった。欲望が形となったものは、ゴミとして捨てられる運命にある。
 何も成さないという意味では、肚に出すのもゴムに出すのも変わらないことだ。それでも、同じならばこの肚の中に吐き捨ててほしいと思ってしまう。何とも幼く、何とも浅ましいなわがままだ。
「だいじょーぶ?」
 不安げな声が降ってくる。腹に乗せられた手に、熱い手が重なった。
 未だぼやけた視界に映ったのは、鮮烈な朱だ。愛しい人を示すそれは眇められ、ゆらゆらと揺れていた。手遊びのようなものだった動きは、不調を訴えるものだと受け取られてしまったらしい。赤い眉は端が下がり、抱える憂慮を明確に表していた。
 大丈夫。その言葉を口の中で唱える。たしかに身体に不調はない。けれども、声帯はそれを音にはしなかった。正常な身体は何も訴えずとも、心が飢えを叫ぶ。満たされぬ肚が慟哭する。熱が欲しい、と。
 何もないから大丈夫で、何もないから大丈夫ではない。矛盾する感情を、どう表すべきだろう。
「だいじょうぶでは、ありません」
 長考の末生まれた言葉は、否定の意味するものだった。欲望に身を任せた、否定の言葉だ。
「おなかが、……寒くて」
「あ、そっか。そうだよな。布団――」
「そうじゃなくて」
 どうにか身を起こし、ベッドから飛び降りそうな兄の腕を掴む。ふえ、と可愛らしい声が薄暗い部屋に落ちた。
「おなかの中、寒くて……、空っぽなのが、寂しくて」
 わだかまる感情を、緊張で強張った声と拙い言葉で表していく。心臓がバクバクと脈打つ。あまりにも身勝手で、あまりにも淫らな要求だ。こんな淫猥な姿を見せては、呆れられるのではないか。気持ち悪がられるのではないか。不安が碧の胸に靄をかける。けれど、吐き出してしまった言葉はもう撤回しようがない。
 朱は片手で顔を覆い俯く。碧は目を伏せ身体を縮こませる。重く長い沈黙が二人を包んだ。
「………………えっと、それって…………、中出しがいいってこと……?」
 沈黙を破ったのは、混乱に揺れた声だった。弟の湾曲な表現が、兄によって直球的な言葉に訳される。あまりにもストレートな言葉に、碧の顔がぶわりと赤で染まった。
 兄の言葉は正しくその通りであるが、ドストレートに言われるのは、己の淫らさを突きつけられているようで――紛うことなき事実であるのだが――恥ずかしいったらない。浅ましいわがままを言った自分が悪いとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。ぁ、ぅ、と意味をなさない声が喉からこぼれ落ちる。蒼玉は、羞恥に薄く水が膜張っていた。
 再びの沈黙の末、碧は小さく頷く。正解を引き当てた驚きに、紅玉が目一杯見開かれた。
「え? で、も、いいの? 腹とか大丈夫?」
「大丈夫ですってば」
 未だおろおろと惑う朱の言葉を遮る。己の身体を第一に慮ってくれるのは優しい彼の好きな部分なのだが、今はまどろっこしくて仕方がない。こうなればもう自棄だ。
「ぜんっぜん足りないんです! もっと……、なかにいっぱいください!」
 掠れた声で、欲望をそのまま声にする。ここまではっきり言えば、さすがの兄でも分かるはずだ――こんないやらしい要求を受け入れてくれるかどうかは別だが。
 ベッドから片足を投げ出した兄は、再び一切の動きを止める。掴んだ腕がふるふると震える。やはり、このような言葉は気持ちが悪かったのだろうか。あまりにも浅ましい様に呆れたのだろうか。不安が心の柔い部分を食い散らかしていく。最後のひとかけらが食われるより先に、視界が陰った。
「――烈風刀が大丈夫なら、オレもシたい」
 驚きにぱちぱちと瞬きをする中、震える声が降り注ぐ。いつの間にか反転した身体、天を見上げた先には、瞳に熱を宿した紅玉があった。
 えっと、あの、気持ち悪いかもだけど、と淀ませながら、朱は言葉を続ける。その視線は気まずげにゆらゆらと泳いでいた。
「ナカに出すの気持ちいいし、……烈風刀全部をオレのにしてるって感じがして、好きだから……」
 だから、いいならナカに出したい。
 視界いっぱいに映る愛おしい人の顔は、その髪の如く紅に染まっていた。己の内に秘めた思考を、しかも性的嗜好を言葉にするのは恥ずかしいのだろう。自分も先程同じことをしたのだ、気持ちは痛いほど分かる。
「……僕も、全て雷刀のものにされている感覚がして、好きですよ」
 心を声に紡いでいく。同じ感情を抱いていたこと、事実征服されていたのだという喜びが胸を満たした。
 手を伸ばし、目の前の頬にそっと触れる。紅瑪瑙が幸いを表すようにきゅうと細められた。触れた手に手が重なり、絡め取られる。手のひらと手のひらを合わせ、指を絡めて手を繋ぐ。そのまま、柔らかなベッドへと縫い付けられた。
「……でも、本当にいい? 身体だいじょぶ?」
「良いと言っているでしょう」
 するりと兄の腰に足を絡める。もう逃さないぞ、という強い意思表示だ。絶えず何回でも受け入れ、注がれたものを一滴もこぼさぬためにも必要な動作でもある。愛する雄がナカから去らなければ、愛おしい熱はずっとこの肚に在るのだから。
「お腹、いっぱいにしてくださいね」
 そう言って、碧はコケティッシュに笑う。口元は、歓びと期待に緩んでいた。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

書き出しと終わりまとめ4【SDVX】

書き出しと終わりまとめ4【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその4。ボ6個。嬬武器兄弟だらけ。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:後輩組1/嬬武器兄弟3/ライレフ2

だってオレ達は変われない/後輩組
あおいちさんには「午後は眠気との戦いだ」で始まり、「来年の今日もあなたといたい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。


「午後は眠気との戦いだよね……」
 机に突っ伏したまま、灯色は呟く。もごもごと動く口から、ふぁ、と小さな欠伸が漏れた。
「午後じゃなくても眠気との戦いしてるだろ」
「いや戦ってすらいないでしょ」
 漏れ出た小さな声を、魂と冷音はすぐさま否定する。事実、目の前に座るはしばみ色の少年は、時と場所を選ばずいつだって眠っている。毎夜学園を巡回しているのだから仕方がないのかもしれないが、落ちゆく瞼に抗うことなく目を閉じ眠る様は、最初から睡魔と戦う意思などないことを明確に示していた。
「そんなんでよく赤点回避できてるよなぁ」
 机の上に広げていた菓子を一つ取り、呆れたように魂は言う。その声には少しの羨望と感心が乗っていた。
 休み時間はもちろん、授業中もほとんど眠っている灯色だが、何故か赤点だけは回避していた。試験前、マキシマや冷音が世話を焼いてくれていることもあるだろうが、それにしても授業をほとんど聞かずに赤点を回避しているのは異常を通り越して最早奇跡である。睡眠学習というやつだろうか、と二人で密かに話したものだ。実際のところは全く分からない。
「まぁ、なんとか……」
「でも毎回ギリギリ回避って感じだからね。成績に響かないのかな」
 今にも眠ってしまいそうな灯色を横目に、冷音は疑問を口にする。あるだろうな、と少年は内心すぐさま結論付けた。
 どれだけテストの点数が平均であろうと、授業態度がこれだけ悪ければ成績に響くのは明らかだ。大丈夫だろうか、と群青はそっと目を細める。同じ色をした眉は端が少し下がっていた。
 心優しい彼にとって、友人の成績、ひいては進級できるか否かは、時折顔を見せる不安のひとつだった。三人揃って共に過ごすのが当たり前のこの日常から、誰か欠けてしまったら。これだけ気を許している大切な友人と離れ離れになってしまったら。そんな懸念が、少し気の弱い少年の胸中にぐるぐるとわだまかった。
「……大丈夫かなぁ」
 思わずこぼした声は、細く重いものだった。気付かぬ内に少し丸まった背を、一回り小さな手がばしんと叩く。いった、と小さな悲鳴と共に、冷音は顔を上げる。瑠璃色の瞳の先には、呆れた調子で眇められた紅玉と翠玉が映った。
 何心配してんだか、と二色の瞳を持つ少年は言う。呆れた調子のその言葉には、かすかに慈愛が滲んでいた。
「ガチでやばかったらとっくに叩き起こされてるだろ」
 だいじょーぶだって、と歌うように言い、魂は再び丸まった背を叩く。ばしん、と乾いた音に、痛い、と泣きそうな声が重なった。
「まぁ、何とかなるんじゃね?」
「なんとかしてくれるだろうね……」
 寝言のような肯定の言葉に、本人が言うな、と咎める重奏が続く。はぁ、と呆れを多分に含んだ溜息が二つ重なって消えた。
「こんな調子だしな」
 心配しても無駄だって、と呟いて、魂は琥珀の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。柔らかな髪の下から、うー、と不満げな声があがった。それでも起き上がる様子は全くないのだから、彼らしい。
 大丈夫大丈夫、と向日葵色の少年は軽薄に唱える。楽観的な言葉とは裏腹に、その声音はどこか諦観を含んでいるように見えた。
「来年の今日も皆いるって」




消えない温度/嬬武器兄弟
AOINOさんには「ぬくもりを半分こした」で始まり、「いっそ消えてしまえばよかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。


 ぬくもりを半分こした日を思い出す。遠い昔、腕の中に収めた温度が胸を締め付ける。ぎゅうと身を縮こませ、己が腕で身体を抱いた。
 雷を怖がったのは何歳までだったか。叩きつけるような雨の音と光と共に鳴り響く轟音から逃げるように、幼い兄弟は同じ布団に潜り込んで眠った。怖いのなら仕方ない、自分がついていてやろう、などと互いに拙い言い訳をして、小さな身を抱き合いながら眠ったのであった。
 窓硝子を雨粒が絶えず叩く。一瞬だけ視界が明るくなり、遅れて低い呻り声が狭い部屋を満たした。掻き抱いた腕の中には、もう何も無い。
 二人とも雷など怖くないほど成長したのだから、共に眠る機会などもう無い。それが当たり前で、それが自然なのは分かっている。けれども、時折その温度が欲しくて仕方が無くなるのだ。雷などもう怖くないのに、何故だろう。分かりきった疑問を頭の中で反芻する。
 足を折り曲げ、胎児のように丸まる。頭まで潜った布団の中は、暑いほど温かった。感じる熱は、あの日のものとは似ても似つかない。何だか息が苦しいのは、布団の中だからか、それともこの胸に宿る感情のせいか。まどろみに足を浸した頭では答えは出そうにない。
 硝子を打つ音は鳴り止まない。懐かしき日々を想起するその音から逃げるように、少年は再度身を縮こませる。腕の中には硬い己の身体しかない。その事実が、チクチクと胸を刺した。
 身体が覚えたあの温度など、あの日々の記憶を意味も無く羨むこの感情など、いっそ消えてしまえばよいのに。




強がりたちの夜咄/嬬武器兄弟
あおいちさんには「おやすみなさい」で始まり、「雨は止んでいた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。


 おやすみなさい、と呟きに似た声が少しだけ狭い布団の中に落ちる。ん、と短い返事と共に、抱く腕が小さな身体を抱き寄せた。必然的に、碧い頭は目の前の胸に埋まる形となる。苦しさよりも先に、安心感が心を満たした。
 雨粒が窓硝子を叩く音が、眠りの淵に立つ頭を現実に縫い止める。苛む耳障りな音が気になって、烈風刀はそろりと頭を上げる。瞬間、照明を落とした部屋が明るさに満たされた。遅れて響く空の呻り声に、碧は再び布団へと頭を潜らせる。兄を抱き締める腕にぎゅうと力がこもる。同じタイミングで、朱は更に強く碧を抱き寄せた。
「……こわい?」
 短い問いかけが耳を撫ぜる。からかうような響きだが、その声はわずかに震えていた。
「……こわいのはらいとだけでしょう」
「こわくねーし」
「くるしいのですが」
「れふとがこわくないようにぎゅーってしてやってるの」
 強がりな少年達は、拙い言い訳を重ね合う。ぽそぽそとした応酬の中、再び部屋がぱっと明るく照らされる。息を呑む音が二つ、布団の中に落ちた。
「……だいじょーぶだから」
「だいじょうぶですよ」
 互いに言い聞かせ、兄弟二人は身を寄せ合う。腕に抱いた確かな温度が、暗い世界の中での支えだった。
 柔らかな温もりが、馴染んだ匂いが、雷雨に蝕まれる心を安らかな眠りへと誘う。遅れてやってきた睡魔が、二人の瞼をそっと撫でた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 ふわふわとした意識の中で、眠りの世界へ旅立つ言葉を口にする。眠気でとろけた声に、同じく溶けた声が返される。耳慣れた優しい響きが、陰った胸を満たした。
 再び互いを見る時には、きっと雨は止んでいる。




小春日和の空/嬬武器兄弟
葵壱さんには「2人で見上げた空を思い出した」で始まり、「信じてもいいですか」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。


 幼い頃、二人で見上げた空を思い出した。広がる蒼天を眺め、雷刀は目を細める。降り注ぐ陽光を背に、いくつもの四角形が空を泳いでいた。
 懐かしいですね、と隣から声があがる。眩しそうに細められた夜明け空の瞳には、郷愁の色が浮かんでいた。
 呟きにも似たそれに、そうだな、と短く返す。自然と口元が綻んだ。
 川縁にはしゃぐ子供の声が響き渡る。草原を駆けていく彼らの手には、糸でぐるぐる巻きにされた板が握られていた。細いそれが登った先、青空には色とりどりの凧が浮かんでいる。小春日和の陽が降り注ぐ中映るその光景は、平和の一言に尽きた。
 いいなぁ、とぽろりと言葉が零れ落ちる。高く元気な声に混じったそれはしっかりと耳に届いたのだろう、碧が隣に立ち止まった朱を見る。翡翠の瞳がぱちりと瞬いた。
「いくつだと思っているのですか」
「いくつでもやっていいじゃん」
 咎めるような視線に、雷刀はカラカラと笑いながら返す。凧揚げに年齢制限などないのだ、高校生が遊んでもいいではないか。そんな理屈を並べ立て、少年は再び歩みを進める。くたびれたスニーカーを履いた足は、元来た道へと向かっていた。
「ちょっと、雷刀」
「凧ってスーパーに売ってるかな?」
「知りませんよ」
 突き放すような言葉を紡ぎつつも、烈風刀は兄の後ろに続く。こうなった彼を止めることが面倒なのは、とっくに学習済みなのだろう。互い違いの足音が狭い路地に響いた。
 暖かな日の中、スーパーに至る道を二人で歩んでいく。ひゅう、と細い音を立てて冬の冷たい風が走る。手にした買い物袋がカサカサと音をたてた。
 言葉も無く歩く途中、朱は突然くるりと振り返る。丸い紅玉はいたずらげに輝いていた。
「烈風刀もやろーな」
「やりません」
 楽しげに弾む声に、冷たく硬い声が返される。切り捨てるようなそれに、少年は、ちぇー、とわざとらしく唇を尖らせた。懐かしいと言っていたのだ、一緒に童心に帰って遊んでみてもいいではないか。そんなことを言っても、お硬い弟を説得できるとは思わないけれど。
「ちょっとだけだからさ、付き合ってよ」
 思わないけれど、言うのはタダである。どうせなら、遠いあの日のように兄弟二人で遊びたい。兄弟を好く雷刀にとっては自然な考えだった。
 少しだけ屈んで、細められた浅葱を見上げる。澄んだそれには、確かな迷いが見て取れた。やはり彼だって遊びたいのではないか。
 可愛らしい。思い浮かんだ言葉を胸にしまいこむ。声に出してしまえば怒りを買うのはとうの昔に学習済みだ。
 細まった蒼玉が、逡巡するように宙を彷徨う。なっ、と駄目押しに問いかけると、はぁ、とわざとらしい溜め息が降ってきた。
「……少しですよね。信じていいですか」




朝日と一緒に/ライレフ
葵壱さんには「目覚まし時計がなる前に目が覚めた」で始まり、「優しいのはあなたです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします


 目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。未だ重い瞼を強くこすり、雷刀はのそりと半身を起こす。眠気でぼやけた視界に、うっすらと顔をのぞかせた朝日が窓ガラスの向こう側にいるのが映った。
 ふぁ、とあくびを一つ漏らし、少年はしぱしぱと鈍く目を瞬かせる。数度繰り返したところで、ようやく意識が現実へと足を付けた。
 何時だろう、と枕元の目覚し時計へと手を伸ばす。アナログ盤の上では、短い針が五の字を指し示していた。考えていたよりもずっと早い時間に、紅玉がぱちぱちと瞬く。疲労が残っているはずなのに何故こんな早くに、という疑問は、喉の奥に落ちて消える。代わりに、乾いた呻り声が漏れ出た。
 こんな時間に起き上っても仕方がない。二度寝をしよう。怠惰に傾く思考に任せ、少年は目を閉じごろりと寝返りを打つ。途端、ルビーの瞳につややかなエメラルドが映った。
 視界いっぱいに広がる愛おしい色に、朱はふわりと口元を綻ばせる。背を向けているため顔は見えないが、規則的に上下する肩を見るに、彼はまだ微睡みの海を揺蕩っているようだ。
 愛おしさが胸を溢れ、身体を突き動かす。布団を捲らないよう注意しながらそっと手を伸ばし、シーツの上に散らばる髪に触れた。しっとりとしたそれを指先でそっと梳かす。なめらかな指触りは心地よいものだ。
 んぅ、と小さな声があがる。起こしてしまったのだろうか、と急いで手を離す。引き締まった身体がもぞもぞと動き、こてんと寝返りを打った。瞼が幕を上げ、孔雀石が顔を覗かせる。常ならば澄んだ色をしたそれは、眠気が膜張り淡い色合いへと変わっていた。
「……らいと」
 起き抜けで上手く回らぬ舌で、烈風刀は愛しい人の名を呼ぶ。普段はハキハキと言葉を紡ぐ彼が舌足らずに己の名を呼ぶ様は、愛らしいと形容するのが相応しいものだった。やはり起こしてしまったようだ。罪悪感が胸を小さく刺す。
 ごめん、と謝るより先に、おはようございます、と小さな声があがる。紡ぐ声はまだ少しとろめいていた。くぁ、とあくびが一つ布団に落ちる。
「何時ですか」
「五時」
 短い回答にに、烈風刀はぱちりと瞬きをする。思いの外早い時間、それも寝坊の常習犯である兄が先に起きていたのが意外だったのだろう。浅葱の中に驚きの色が見て取れた。
「まだ早いからもうちょい寝てな」
 碧が身を起こすよりも先に、朱は形の良い頭をそっと撫で、布団へと優しく縫い止める。生真面目な彼のことだ、このまま起き上がり日常通りに過ごすつもりだろう。しかし、前日は二人で夜更かしをしたのだ。睡眠時間は足りていないはずである。普段起きる時間までまだまだあるのだから、もう少し眠っていたって良いに決まっている。
 そうっと触れた髪を、指で梳かしながら撫でる。温かで優しい手つきが心地良いのだろう、若草の瞳がふわりと細められた。布団の中に潜っていた手が、赤い頭へと伸ばされる。己の動きと同じように、節が目立ってきた指がさらさらとした髪を梳いた。そろそろと撫でる手つきは、慈しみに満ちていた。
「烈風刀は優しいなぁ」
 可愛らしい仕草に、思わず頬が緩む。頭に浮かんだ言葉は、ぽろりと口から零れ出る。朱が漏らした響きに、碧は微かな笑みを浮かべた。
「優しいのは貴方でしょう」




ハジメテは三回目で/ライレフ
あおいちさんには「ほら、目を閉じて」で始まり、「私も同じ気持ちだった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。


「…………ほ、ら……、目、閉じて」
 ガチガチに緊張した声が、音の無い部屋に響く――否、『音の無い』という表現にはいささか語弊はある。時計の秒針は常と変わらず音をたてて動いているし、エアコンは駆動することを表すように小さく呻っている。ただ、今の彼には目の前の人間以外を認識できていないだけだ。
 雷刀の両の手は、目の前に正座した――何故か二人ともソファの上に正座しているという珍妙な状況だ――烈風刀の肩に置かれていた。無意識だろう、触れた手は強張り、掴むと表現する方が正しいほど力が込められていた。多少の痛みを感じるだろうに、碧は何も訴えない。彼自身も、目の前の朱以外を認識することでいっぱいいっぱいで、痛覚を覚える余裕など欠片も無かった。
 はくり、と薄い唇が言葉を形作ろうとする。しかし、緊張でカサカサに渇いた喉では、ただの呼気が漏れただけだ。はい、という肯定の言葉は、彼の喉にしまわれたままである。
 己の意思を音にしようと、烈風刀は溺れたようにパクパクと口を動かす。幾度目かの両唇の合わさりの後、ようやく、は、と呼吸に似た音が発せられた。
「は……は、い……」
 肯定の語と共に、烈風刀はそっと目を伏せる。しかし、完全に瞼が降りようとしたところで、ばっと勢いよく帳が上げられた。赤々とした唇が、再びはくはくと動く。少年の顔は、その唇と同じほどの赤で染まっていた。
「い、や……、ちょっと待って、ください。……あ、の」
 心の準備が、と消え入りそうな声が羞恥でぐらぐらと揺れる言葉に続く。同じほど赤に染まった雷刀も、ぁ、と消え入りそうな声を発した。
「あ……う、ん。オレも、心の準備させて」
 熟しきった林檎のような顔を伏せ、すーはーと二人で深呼吸をする。同時に顔を上げ、紅玉と藍玉がぶつかる。丸い瞳は、まるで命を賭けた闘いの直前の時のように真剣な光を宿していた。
 すっと音も無く、烈風刀は目を閉じる。澄んだ翡翠が、白い瞼の後ろへと隠れた。弟の様子を確認し、雷刀も目をぎゅっと閉じる。二人の視界は黒に染まった。
 闇の中、そっと顔と顔が近づいていく。数センチ、数ミリ、と、たっぷりと時間をかけ、二人の距離が縮まっていく。とうとう、その距離がゼロに――唇と唇が合わさった。
 触れあった瞬間、強い痛みが二人の口内を走る。ガチン、と歯と歯がぶつかる硬い音が骨から響いた。
 重なった赤と赤が素早く離される。二人とも、鋭い痛みが残る口元を片手で押さえる。痛、とこぼしたのは同時だった。
 ついこの間までレイシスだけを見てきた二人なのだ。これが初めての恋愛関係で、もちろんこれがファーストキスである。ぼんやりとした知識はあれど、具体的な作法は一切知らない。しかも、二人ともガチガチに緊張で強張っていたのだ。変に勢いづいて、『合わさる』のではなく『ぶつかる』形になってしまったのも不思議ではなかろう。
「…………もっかい! 今のノーカン!!」
 指一本勢いよく立て、雷刀は必死に乞う。ハジメテがこんな痛みを伴うものだなんて、あまりにも悲しい。無かったことにしてしまいたいと思うのも仕方が無いことだろう。二人とも、『恋愛』に夢を見る年頃なのだから。
 兄の様子に、烈風刀はハハ、と困ったように笑みを浮かべる。柔らかな頬には、依然紅が刷かれていた。
「えぇ、今のは無しです。……もう一回、しましょう?」
 もちろん、彼も同じ気持ちだった。

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#赤志魂 #青雨冷音 #不律灯色 #後輩組 #ライレフ #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #腐向け

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向かい合い愛し合い【ライレフ/R-18】

向かい合い愛し合い【ライレフ/R-18】
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対面座位がとても好き→じゃあ推しカプの対面座位最強じゃね?
そんな感じで生まれた文章です対戦よろしくお願いします。

 崩折れそうな足を叱咤し、膝立ちになる。正面、己の腰を支える朱に縋り付くように抱きつき、その足に跨った。肉付きの薄い尻たぶに、熱の塊が触れる。肌を焼くような愛おしい温度に、烈風刀は小さく息を呑んだ。
 ぎこちなく腰を揺らし、焼け付く楔を後孔へと押し当てる。入念に解され濡れそぼつそこに触れた瞬間、ぷちゅ、といやらしい音があがった。ほんの小さいはずのそれが、頭の中にいやに大きく響く。本能に食い尽くされる中、どうにか生き残っていたわずかな理性が羞恥を叫ぶ。常ならばストッパーとして機能するそれも、快楽の沼に沈みゆく頭には意味を成さなかった。
 震え崩れ落ちそうになる足を、目の前の兄にしがみつくことでどうにか堪える。愛し愛された頭の中はもうドロドロで、身体の制御方法など忘れてしまいそうだ。それでも、ここで体勢を崩すことは――崩折れ、重力に身を任せ熱塊を一気に飲み込むのは、絶対に避けるべきことだ。だってそんな、この愛おしい雄を最初から全部受け入れるだなんて、解れ切った隘路を一気に割り開かれるなんて、薄い肚の最奥を力いっぱい突かれるだなんて、そんな恐ろしいこと――そんな、とってもきもちがいいことをされて、このとろけきった頭と身体が耐えられるはずなどない。
 最悪の――あるいは最高の――パターンを思い浮かべ、無意識に腰が揺れる。迎え入れる準備を済ませた孔が期待にきゅうと窄まる。ぁ、と熱を孕んだ吐息が細く漏れ出た。
「ちゃんと支えてるから。ゆっくりでだいじょぶだからな?」
 柔らかな言葉が耳に直接注ぎ込まれる。努めて穏やかな響きには、確かな情欲の炎が宿っていた。腰に回された手が、宥めるようにそっと肌を撫ぜる。たったそれだけで、甘い痺れが背筋を駆けた。込み上げる嬌声をどうにか喉に押さえ込み、碧は小さく首肯する。視界の端に映ったそれに、朱も同じく頷いた。
 目の前の肩についた己の手と、腰を支える兄の手を頼りに、緩慢な動きで腰を落としていく。熱された硬い楔の先端が、解され潤んだ蕾に触れる。勇気を振り絞り咥え込もうとするも、狙いが上手く定まらず、ずるりと逃げられてしまう。肌を擦り上げる温度に、ビクリと身体が跳ねた。
 今度こそ迎え入れるべく、姿勢を正し熱を門へと宛がう。何度か繰り返すも、愛しい雄は尻肉の間を滑って逃げてしまうばかりだ。ぬち、ぐち、と粘ついた音が二人きりの部屋に響く。耳から思考を犯す淫音に、頭の奥がピリピリと痺れた。焦れて拙く動く中、腰に回された手にわずかに力が込められる。もどかしいのは互いに同じようだ。
 落ち着こうと一息吐き、一度軽く腰を浮かせる。愛しい熱との別離に、腹の奥が切なげに鳴き声をあげた。息を整え、再びゆっくりと下ろしていく。先端と孔穴が、ちゅ、と口づけたように艶めかしい音をたてて触れ合う。はぁ、と大きく息を吐いて、気付かぬ間に強張っていた身体から力を抜く。脱力しわずかに綻んだ蕾を、しっかりと雄に押し当てる。目打ちするようにわずかに埋まったのを頼りに、今度こそ熱塊を胎内に迎え入れた。
 硬く張り詰めた頭が、丁寧に解された内部を割り開く。大きく張り出した部分が、柔らかな内壁を擦り上げる。太い茎が、狭い内部を満たしていく。うちがわを支配されていく感覚に、烈風刀は身を縮こませ朱い頭を掻き抱いた。
「ッ、ぁ、あ……っ」
 熱い欲望が潤む肉に切り込んでいく中、少年は細い声を漏らす。断続的に吐かれる浅い息は、情欲に溺れれていた。
 ゆっくりゆっくり、硬度を増した剣が熱を孕む鞘へと納められていく。ようやく根本まで受け入れたところで、奥底まで潜り込んだ先端が隘路の行き止まりをこつんとノックした。神経回路を焼く快楽に、碧は背を反らし甘ったるい悲鳴をあげる。媚肉が、咥え込んだ欲望を力いっぱい締め付ける。ぐ、と苦しげに喉が鳴る音が部屋に落ちた。
「……動く?」
 互いに荒い呼吸をこぼす中、雷刀は抱いた腰をさすり、静かに問う。本当ならば、挿入だけでこれほどとろけてしまっている己よりも、まだ幾ばくか余裕のある彼自身が動く方が良いはずだ。けれども、この体位を――受け止める側が動く愛し合い方を望んだのは兄だ。ならば、その欲を満たすため、希望通りに自分がきちんと動くべきである――己の拙い動きで十全に満足してもらえるかは疑問なのだけれど。
 だいじょうぶです、と力の入らない舌をどうにか動かし、呟くように答える。有言実行とばかりに、少年は掻き抱いた赤い頭を支点に再び腰を上げていく。入り込んだ楔が腹の中をゆっくり擦り上げる感覚に、白い背がふるふると震えた。崩れそうになるのをどうにか持ちこたえ、傘開いた場所を埋め込んだまま、元の膝立ちの格好になる。またゆっくりと腰を落とし、今一度硬い熱を迎え入れた。名残惜しげに抜き、悦んで挿れを繰り返す。幾度も繰り返すうちに、ぎこちがない動きはどんどんと激しさを増していった。
 胎内を暴かれる快楽を求め、少年は必死に腰を振りたくる。硬い幹が、張り出した傘が、熱を帯びた肚をごりゅごりゅと蹂躙していく。予め丁寧に愛された内部は、純然たる淫悦のみを拾い上げ脳髄に叩き込んでいった。
 動く度、二人の間に挟まれた己自身を兄の腹に擦り付ける形になってしまう。体位故とはいえ、鍛錬により割れた腹筋にはしたなく涎を垂らす自身を擦り付けるなど、何と浅ましいのだろう。脳の奥底を背徳が引っ掻いた。
「ひっ、あ、ア、ぁ」
 兄の首にしがみつき、烈風刀は甘い声をあげる。とろけた声と共に、水底色の瞳からポロポロと悦びの涙が零れ落ちた。
 恭悦を求め、細い腰が揺らめきくねる。背側を一気に擦り上げられる度、脊髄を快楽信号が駆けていく。腹側、好む場所を小突かれる度、ふわふわとしたうちがわが侵入者を強く抱き締める。淫らな肚が、法悦のを高らかに叫んだ。
 熱心に抽挿する度、浅葱の髪がさらさらと流れる。細く柔らかなそれが汗ばんだ白い肌に張り付き乱れる様は、艶やかな色香を振りまいていた。
「ぁ、あッ、ら、いとっ」
 悦楽の波に飲まれる中、碧はしがみついた愛しい人の名を呼ぶ。腰を掴む指が、しっとりとした肌に浅く食い込む。ぅ、と快楽と痛苦が混じった音が耳のすぐ隣から聞こえる。ほぼ同時に、薄い肚を穿つ欲望がびくりと震える感覚がした。愛しい恋人の可愛らしく淫らな声を耳に直接注ぎ込まれているのだ。張り詰めた雄が反応を示すのは当たり前だろう。
 白い身体が艶めかしいダンスを踊る中、息を呑む音と歯と歯が擦れる音が薄暗い空間に落ちる。快感に支配される思考の中でも、愛しい人が焦れる様はすぐに分かった。
 本当ならば、自身の手で本能がままに揺すり、突上げ、思うがままに動きたいのだろう。けれど、心優しい兄は己が『だいじょうぶ』と言ったのを尊重し、欲を抑え身を任せてくれているのだ。その優しさと与えているであろう苦しみに、胸がずきりと痛んだ。
「らいと」
 ゆらゆらと揺れる腰をどうにか抑え、烈風刀は恋しき人の名前を呼ぶ。どうにかしがみついていた腕を解き、ゆっくりと身を起こす。見下ろした先にある紅玉は、ギラギラと肉食獣めいた輝きを宿していた。わずかに歪んだ表情から、彼が内に燻ぶる獣欲を抑えていることが痛いほど分かる。兄のため、などと称しながら、自分本位に動いていた己のなんと浅ましいことか。罪悪感が胸の内を染めていった。
「らいと、……うごいて、だいじょうぶ、です、から……。がま……ぅ、しない、で」
「い、や。我慢なんて、してねーって」
 だいじょーぶ、と微笑み、朱はしっとりとした碧髪を撫ぜる。口元は柔らかな弧を描いているが、ずっとその笑顔を見つめてきた弟から見れば、強張ったものであるのは明らかだ。
「だい、じょ、ぶ……です」
 ゆっくりと息を整えつつ、少年は言葉を紡いでいく。我慢していないなんて、大丈夫だなんて、嘘であることは自明だ。だからこそ、今己の思いをはっきりと伝えねばならない。
「ちゃんと、らいとにもきもちよくなって、ほしいんです。……だか、ら……ね?」
 いっしょにきもちよくなりましょう?
 薄っすらと紅に染まる兄の頬に手を当て、弟は小さく首を傾げ問いかける。欲と熱にとろけた声は、情欲を掻き立てる響きをしていた。
「……辛かったらちゃんと言えよ」
 幾分か低い声が、鼓膜を震わせる。了承の意を示す言葉に、少年は再び抱きつくことで応える。すり、と擦り寄せた首は雫が伝うほど汗ばんでいた。汗と兄の匂いが鼻孔を満たす。きゅう、と欲望に満たされたナカが収縮した。
 腰に添えられていた手が、支えていたそれをしっかりと鷲掴む。ガッチリと掴む様は、捕らえた獲物を逃げられぬよう組み敷いた肉食獣を思わせた。
 烈風刀自身の手助けもあり、細い腰がゆっくりと持ち上げられる。瞬間、腕が降ろされると同時に、座り込んでいた腰が跳ね上がり、薄い尻に打ち付けられた。
「ッ、あっ! アッ……ぅ、ぁ」
 ぱちんと肌と肌が打つ音が、二人きりの部屋に響く。鋭い初動に反し、こつんこつんとどこか遠慮がちに突き上げられる。ゆるゆると優しく内部を擦られる感覚に、少年は抱きつく身を更にぎゅうと縮こませる。激しさだけでいえば、先程己が自分勝手に動いていた時の方が勝る。だが、兄と一緒に愛し合っているという事実が、何よりも甘美な快楽として神経を焼いた。
 調子を伺うような動きは、次第に速さを増していく。子供をあやすような優しい律動は、既に欲に任せた重いものへと変貌していた。
 本来ならば腰を揺らめかせ愛に応えるはずが、激しい衝撃にそんな余裕など奪われてしまっていた。怯える子供のようにぎゅうと首にしがみつく。開いたままの口は意味を成さない音をこぼす。純然たる快感を拾い上げる内部は、雄を歓迎するようにうねり更なる場所へと誘った。
 腰を掴んでいた手が、次第に肌を伝って降りていく。その先、肉の薄い尻たぶを、骨ばった手が包む。姿勢の補助の役割が強かったものが、身体全てを持ち上げる形へと変貌する。興奮を表すかのように、掴んだ尻肉にだんだんと固い指が食い込んでいく。丸いそれが歪に形を変える姿は、淫靡というのが相応しいものだ。
 ぱちゅんぱちゅんと水音が鳴り響く。下ろす腰に、跳ね上がる腰がぶつかる音だ。濡れた肉と肉が打ち鳴らす音色は、何よりも淫猥だ。それこそ、普段の品行方正な烈風刀ならば耳を塞ぐであろうほどに。
「ひっ、あっ! ……ぅあ、ぁ、あっ!」
 しかし、その音色は今の彼にとっては性的興奮を煽るものと化していた。鼓膜を震わす甘い楽章が、脊髄を走る鋭い快感が、脳味噌をとろかしていく。本能を顕にした少年は、愛する者と獣の悦びをひたすらに求めた。
 目一杯満たされた洞が、熱塊の形を覚えようと――否、既に覚え込まされたそれをきゅうきゅうと締め付ける。受け入れたそれが脈打つ感覚が分かるのではないかと錯覚するほどの熱烈な抱擁だ。甘えるような仕草に応えるように、打ち付ける勢いが増す。鍛えられた腹すら破ってしまいそうな凄まじさであった。
 雄の証が肚の最奥を穿つ。暴かれざる場所を強くノックされる度、脳髄がビリビリと痺れた。ぐぅ、と喉が潰れたような音が溢れる。溢れそうになる快楽を音で逃がそうにも、絶えず与えられるそれには意味をなさない。ただ、欲望の奔流に身を任せる他なかった。
 奥底を守る襞が、雄を最奥のその先へと誘う。吸い付くように先端を締め付けられ、隘路を蹂躙するが肉槍がビクビクと震え跳ねる。熱い楔に満たされ、肉道に抱きしめられ、脳味噌が快感に支配されきっていく。きもちがいいことに魅せられた二人には、ひたすら肉を打ち付け合わせた。
 閉じる術など無く開かれたままの口から、ぅ、ぁ、と意味の無い音がひっきりなしに漏れ出る。開け放たれたそこから、唾液がとろとろと漏れ流れいく。涙を讃えた翡翠から、獣欲で熱された涙がこぼれ落ちる。頬から、おとがいから、伝い落ちていく液が、抱きついた兄の背を汚す。あまりにもはしたない現状に、ぼやける思考が羞恥を覚える。すぐさま、痛いほどの性感が塗り潰していった。
「っァ、あっ……、そ、こ……! ぁ……!」
 動きを変えた剣の硬い切っ先が、好む場所をゴリゴリと擦り上げる。イイところを容赦無く攻め立てられ、少年は抱きついた身体により縋り付いた。外もナカも強く抱きしめられ、朱は苦しげに喉を鳴らす。その響きには、かすかな加虐心がにじんでいた。
「ここ……、っ?」
 いたずら気な声――と言うにはあまりにも獣めいた響きだが――と共に、浅い場所を幾度も突かれる。柔らかに膨れた箇所を容赦無く穿たれ、白い背がしなる。高い嬌声と共に、日に焼けていない喉が晒された。
「あっ……、ア、ァ……や、ぁ……!」
 擦られ突かれる度、視界に細かな光が舞う。許容量を遙かに超える快楽が脳髄に直接叩き込まれ、少年はただただ艶やかな声をあげることしか出来なかった。白に染まりゆく視覚、愛する者の香りに包まれる嗅覚、淫猥な合唱に犯される聴覚、愛しい人と深くまで触れあう触覚。五感のほとんどが朱に支配されていた。
 浅い場所を突く抽挿が、肉茎全体で擦り上げるものへと変わる。耕されきった肉の路を、硬いモノがごりごりと押し広げていく。内部全てを探り暴くような動きに、欲望に支配された肚が歓喜に震え、とろけきった鳴き声を上げた。
「アッ、ぁ、らいとっ! らいとぉ……!」
 身体全てが快楽に侵蝕されていく。恐怖すら覚える感覚に、少年は首元に頭を埋めて縋りつき、愛おしい兄の名を何度も呼んだ。迷い子のような涙声に、雷刀は一度動きを抑え、震える背をゆっくりと撫でた。触れられるだけで、甘やかな痺れが脊髄を駆ける。それ以上に、肌と肌が重なり伝わる温もりが、恐怖に蝕まれつつあった心に凪をもたらした。
「れふと」
 とろりとした甘い声で、兄はゆっくりと弟の名を呼ぶ。求める声に、抱き縋る腕を緩め、弟はそっと顔を上げた。太股に乗り上げた状態、少しだけ高くなった視線が紅玉髄へと向けられる。欲望にギラついていた紅の中には、慈しみの色が見えた。
 節の目立ってきた手が、頬へと伸ばされる。赤らんだ肌に張り付く夜明け色を、そっと指でなぞり退かしていく。行為の激しさとは真逆、硝子細工に触れるような、どこか恐れを孕んだ動きだ。無言の問いに、少年はとろりと藍玉を細める。温かな手の導きに従い、静かに顔を寄せ、赤々とした唇に己のそれを重ねた。
 ちゅ、ちゅ、と啄むように触れあい、軽く押しつけるように重ね合い、舌で舐め食むようにじゃれあい。甘やかな口接は、次第と深くなっていく。飴のように舐め、薄い唇を軽く食み、子供のようにじゃれあう中、唇の合わせ目を柔く突かれる。これから待ち受けるものへの期待に胸を高鳴らせ、少年は従順に口を開く。すぐさま、熱くぬめる舌が口腔に潜り込んできた。
 潜り込んできた兄に、ちょんと舌先で触れる。朱も同じように軽く突く。しばしの軽い触れあいの後、唾液を纏いぬめる侵入者が、家主の表面をそっと撫でる。確かな性感に、頭は快楽を意味する電気信号を受け取った。
 尖らせた先端を突き合わせ、ざらりとした表面を撫で。遊ぶような動きは、次第に大胆なものへと移り変わっていく。赤いそれを絡め合わせ、なぞりくすぐるように擦り合わせ、つるりとした硬口蓋と歯列をなぞる。よく手入れされなめかな歯の上を、獣欲で熱された舌が滑っていく。形容しがたい快感に、ん、と鼻にかかった息が漏れる。小さなそれは、情欲を示すものだった。
 合わさった唇の端から、いやらしい水音と甘い吐息と混ぜ合わさった唾液が流れ落ちる。与えられるものがこぼれ消えゆくことが酷く惜しく感じ、これ以上こぼすまいと烈風刀は口腔内に溢れるそれをこくりこくりと飲み込んだ。明確な味などないだろうに、口内で混ぜ合わさった熱いカクテルは甘露のように思えた。
 頬に添えられていた手がするりと滑り、首を、肩を、背筋を経て、再び肉付きの薄い尻肉へと戻る。しなやかな身体をしっかりと掴み固定し、雷刀はとん、と腰が打ち付ける。瞬間、甘美な痺れが背を駆け抜けていった。
 とん、とん、と再び緩やかな動きで楔が打ち込まれる。先程の激しさなど微塵も感じさせないそれは、何もかもを溶かすような甘やかさでできていた。重ね合った唇の端から、くぐもった声が漏れ出る。とろけきった響きは、互いの内に秘めたる焔を燃え上げるには十分な妖艶さがあった。
 打ち付けるリズムが次第に変わり、剛直がどんどんと奥へと潜り込んでいく。肉洞の隅から隅まで擦り上げられる官能に、肚の奥底が悦びの声をあげた。もっと、とねだるかのように、内壁が怒張に吸い付き抱き締める。扱くようにうねる蠕動が、更に奥へと誘った。
 行為は再び激しさを増してゆく。唇は未だぴたりと合わさったままで、呼吸が少しずつ難しくなっていく。さすがに限界を感じたのだろう、交じわい続けた口が一度離される。しまい忘れた二つの舌は、細い糸で繋がっていた。
 ほんの数拍呼吸を整え、二人は再び赤い塊を交わし合わす。合わさった場所、ごく僅かな隙間から、二つの赤が覗く。ぴたりと絡み合いぬるぬると動く様は、情熱的なダンスを踊っているかのようだった。
 ぱちゅん、ぬちゅん、と肉が交わる音が、薄暗い部屋に落ちる。くちゅくちゅと、繋がった唇から漏れる音も重なった。淫猥な水音の重奏が響く中、二人はひたすらに肌を重ね合わせた。
 一度休憩を挟んだものの、呼吸は未だ難しく、肺は苦しさを訴えていた。しかし、熱烈な口吻を解く気など欠片も無い。こんなにも情熱的に愛し合っている二人の間に、離れるという選択肢は存在しなかった。
 きもちいい。うれしい。だいすき。あいしてる。
 様々な感情を舌に乗せ、碧は厚いそれを兄に絡める。ただでさえきもちのよいことなのに、口づけをするだけで、苦しさすら覚える快感とふわふわとした多幸感が少年の胸を満たした。雷刀も同じなのだろう、眼前の茜色がふわりと幸せそうに弧を描いたのが見えた。溢れる愛おしさを示すように、烈風刀は目の前の朱い頭を抱き締める。重なる唇と唇、交わる舌と舌がより深くまで触れあった。
 優しさに満ちた口交に反し、下半身の動きは重量を増していた。跳ね上がる腰が、降ろされる身体が、重い音をたてて打ち合い続ける。左右に割り開くように持ち上げられた尻たぶの間から、繋がり合わさった場所がはっきりと覗いていた。激しい水音をたて剣と鞘が抜き差しされる様子はあまりにも淫猥で、凄まじい視覚的暴力だった。
 バチバチと、脳の奥が焼き切れそうな音が聞こえる。酸素が足りない脳味噌が、視界を暗がりへと誘う。薄暗い視界の中、パチパチと不規則な光の明滅が見えた。
 果てが近いのだと認識し、少年は最後の力を振り絞る。かすかながら腰を揺らめかせ、抱き込んだ雄をぎゅうと抱き締める。精一杯の献身は思いの外効いたらしい。合わさる唇から、ぅ、と低い唸り声が漏れた。
 健気な献身に対する褒美か、それとも意地の悪い淫行への罰か。雷刀は歯を食いしばり、捕らえた身体を思い切り持ち上げる。一気に下ろすと同時に、腰が大きく跳ねた。パァンと、一際高い音が鳴り響いた。
 隘路を一気に割り開かれ、奥を穿たれる。それも、秘めたる襞のその先まで。神経を焼き切る官能に、碧は悲鳴をあげる。それも全て、愛する人の口腔内へと注ぎ呑み込まれた。
 今までと比べ物にならない衝撃が少年を襲う。脊髄を電流が流れていく。脳髄に凄まじい快楽信号が叩き込まれる。神経がショートし意識が落ちてしまいそうな中、碧はひたすらに番を求め抱き締めた。
 酸素不足と振りたくられる衝撃で、頭の中が、思考が、意識がぐらぐらと不安定に揺れる。それ以上の快楽と多幸感が彼の身体を支配していた。もっと、と乞うように、自らも腰を落とす。二人合わさった衝撃は、腹を突き破りそうな錯覚をするほど重いものだった。
 肉を打ち付ける高い音一つ。硬い切っ先が、とうとう最奥最後の襞を打ち破る。敏感なそれが、侵入者を歓待し、逃がすまいと締め付けた。敏感な先端、深く刻まれたくびれ、傘と柄の継ぎ目を走る裏筋、脈動する幹。うねる内部が、愛する雄を全身全霊を持ってぎゅうと抱き締めた。
 息を呑む音が聞こえた気がした。瞬間、埋め込まれた雄の象徴から、熱い欲望が勢いよく迸った。大量の欲の証が、締め付け震える内部を白で染め上げていく。先端が潜った場所、肚の奥の奥にまで直接濁液を注ぎ込まれる。腹の中を溶かしてしまいそうな熱が、うちがわを蹂躙していく。チカチカと不規則に明滅していた視界が、とうとう真っ白に塗り潰された。
 重い一撃と脳を焼く官能に、長く交わされていた口付けがとうとう終わりを迎えた。とろりと橋掛かった銀の糸は、すぐさまぷつりと途絶えて消える。色のないそれは、二人の間に落ちて汗と同化した。
「あッ、あ――――あああああッ!!」
 細く白い喉を反らし、はしたなく舌を出したまま、碧は法悦の咆哮をあげる。身体中を駆け巡る暴力じみた快楽に反して、幸せに満ちた甘美な響きをしていた。
 必死に耐えていた腰からとうとう力が抜け、跨がった太股の上にへたり込む。結果、図らずとも更に深くまで雄を飲み込む形となってしまった。想定外の追い打ちに、引き締まった腹がびくびくと跳ねる。二人の腹の間で主張をしていた烈風刀自身から、白い蜜が吐き出された。
 快楽の嵐に翻弄された身体は、最早自身を支えることすら不可能だった。目の前、どうにか抱きついたままの兄の身体に身を預ける。普段ならば重いだろうと気を遣うのが、激烈な快楽の暴力を受けた今ばかりは思考することすら不可能だった。
 荒い呼吸が生ぬるい部屋に落ちては積もっていく。二人とも大きく口を開き、何とか酸素を得ようと必死に肺を動かした。心臓が痛いほど脈打つ。重ね合わさった胸元から、その鼓動が伝わってくる。その感覚すら、微かな甘い痺れが背を撫でた。
 鷲掴んでいた手を離し、兄は弟の背へと回す。そのまま、抱きつくような形で身体を支えられる。力が入らずもたれかかった身体をゆっくりと後ろに倒し、愛し人をベッドの上に横たえた。
 ぐったりと倒れた中、白で塗り潰されていた視界がゆっくりと色を取り戻していく。一番初めに映ったのは、涙を湛えた紅緋だった。らいと、と無意識に愛しい人の音に口を動かす。動きだけで伝わったのか、朱は汗ばんだ浅葱を優しく撫でることで応えた。
「だいじょぶ?」
 荒い呼吸の合間を縫うように、問いが投げかけられる。髪と同じ色をした整った眉は、八の字に下がっていた。完全に力が抜け、全体重を掛けもたれかかるような状態だったのだ。心配するのも無理はないだろう。
 はい、と返した瞬間、咳がせり上がってきた。言葉を紡ぎ出すのは、酷使し乾ききった喉にはまだ難しいらしい。ケホケホと乾いた息を吐き出すと、だいじょぶか、と再び泣きそうな声が降ってきた。幾度も咳く中、だいじょうぶです、とカサつく声でどうにか返す。そんな音では安心しきれないのか、目の前の緋色はふるふると可哀想に揺れていた。
 抜くから、と慌てた声と共に、兄は身体を起こす。弟の腰を掴んで軽く固定し、挿入されたままだった彼自身をゆっくりと抜いていった。うちがわ全てを埋め尽くしていた熱塊が、緩慢な動きで去って行く。瓶から栓を抜いたように、中にたっぷりと注ぎ込まれていた欲望の迸りがとろりと漏れた。愛おしい熱が消えゆく感覚に、赤らんだ身体がびくりと震えた。だいじょぶか、とまた問いが降ってくる。腹いっぱいに与えられた精を失うことが惜しい、なんてはしたないことを言えるはずもない。物案じで揺れる紅瑪瑙から目を逸らし、烈風刀はこくりと小さく頷き返した。
 ようやく呼吸が整い、少年はそっと息を漏らす。未だ力が入らず重たい腕をどうにか伸ばし、目の前の頬に触れる。紅色に染まった肌は、その色が示す通り熱かった。
「あ、の…………、きもちよかった、ですか……?」
 もつれそうな舌で、胸を占める問いを紡ぎ出す。つかえつかえに吐き出された言葉は、不安と憂慮とわずかな羞恥に染まったものだった。
 未だ性に消極的な部分がある己が、対面座位のような受け入れる側が積極的に動く体位で性行為をする機会はあまりない。圧倒的に経験値が足りずいつまで経っても拙いそれでは、きちんと兄を満足させることができるか不安で仕方がなかった。今回だって、ほとんど雷刀が動いていたのだから尚更だ。
 はぁ、と溜め息が一つ落ちる。恐れにひくりと喉が鳴るより先に、ぎゅうと抱き締められた。重なる肌は酷く熱く、汗ばみ濡れていたが、不思議と不快感はない。その温かさに愛しさすら感じられた。
「めちゃくちゃ気持ちよかった……」
 もう一つ落ちた溜め息は、疲労とかすかな熱を孕んだものだった。首筋に埋められた頭が、犬がじゃれつくようにぐりぐりと押しついてくる。汗で濡れしっとりとした髪が肌をなぞった。
「ナカとろとろで、ぐりぐりしてくるのもぎゅーって締めてくるの気持ちよかったし、正直イかないようにめっちゃ我慢してた」
 欲望にまみれた兄の言葉に、弟はほっと胸を撫で下ろす。きちんと快楽を与えられていたという安堵と、行ったこと全てを言語化される羞恥に、上気した頬に更に朱が刷かれる。まるで、己がどれだけ淫らなのかを突きつけられているようだ。ぅ、と羞恥に小さく喉が鳴った。
「それに、頑張って動いてる烈風刀、すげー可愛かいしえろかった」
 起き上がった朱が、見下ろした翡翠を見つめて言う。言葉を紡ぐ口元と宝石のような輝く瞳は、嬉しそうに柔らかな弧を描いていた。
 向けられた言葉を咀嚼し、反芻し、烈風刀の顔が更に紅に染まる。本人は褒めているつもりなのだろうが、『えろい』だなんて言われて喜ぶことなどできない。小さな反抗に、柔らかな頬をむにりと掴みつねる。痛い、と声があがるも、表情は変わらず笑みを湛えていた。痛みなど欠片も感じていないことが分かる。ただじゃれているだけだということは、とうに見透かされていた。
 なぁ、と赤々とした唇が、遠慮がちに言葉を紡ぐ。発せられた音には、微かに不安が滲んでいた。何だろう、とぼやける意識の中、目の前の茜空を見上げる。髪と同じ色をした眉は、再び端が少し下がっていた。
「またやろ?」
 そう言って、雷刀は首を傾げる。何かを頼み込む時にする、彼の癖だ。眉を八の字に下げ、まあるい瞳を潤めかせ、小さく首を傾げる姿は可愛らしいと形容するのが適切だろう――口にしている言葉は、可愛らしさの欠片もないものなのだけれど。
 う、と再び喉が低い音をたてる。やはり、自身が積極的に動く体位には苦手意識がある。そもそも、性行為をする約束をすることは、酷く破廉恥ではしたないことではないか。ようやく取り戻した理性が、常識らしきものを叫ぶ。その通りだ、と冷静たる思考も賛同した。
 しかし、そうやって逃げていては、いつまで経っても下手なままではないか。性行為とは、双方が快楽を得ることが重要である。もっと経験を積み、兄を悦ばせられるようになるべきだ。
 冷静沈着と称される頭が、いかにもそれらしき理屈を並べ立てる。理性が戻ってきたとはいえ、まだ脳味噌は快楽と本能がほとんどを占めている。ならば、それに従ってしまうのは仕方がないことだ――だって、あんなにきもちがよかったのだから。
 長い長い沈黙の末、烈風刀は目を伏せこくりと頷く。濡れた髪が貼り付いた頬は、真っ赤に染まっていた。
 肯定を意味する様子に、雷刀はぱぁと表情を輝かせる。喜びを身体で表すように、今一度愛おしい人にぎゅっと力強く抱きついた。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

幸を願う【ライレフ】

幸を願う【ライレフ】
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昨年秋に書き上げていた文章が発掘されたので仕上げた。
弟君がオニイチャンを甘やかすだけ。

 ぼすん、とクッションが沈み込む音が部屋に落ちる。鈍い響きは日々は夜の静寂に包まれた部屋の中ではやけに大きく聞こえた。
 突然の衝撃に、二人掛けには少し大きなソファが跳ねるように揺れる。すぐ隣から伝わる振動など気にせず、烈風刀は手元の携帯端末を操る。青白く光る液晶画面に並ぶ文字の海を、澄んだ翡翠がすいすいと泳いでいく。硬い言葉で紡がれた物語は、ようやく佳境に入ったところだ。
 ぽすん、と小さな音と共に、左肩に何かがぶつかる。ぶつかると言うよりも、触れると言ったほうが正しいほど弱々しいものだ。視界の端に、鮮やかな朱が映る。普段ならば濡れたままのそれは、今日はふわふわとした柔らかなものだ。珍しくちゃんと髪を乾かしてきたらしい。
 いつもならば犬がじゃれるようにぎゅうぎゅうと抱きしめてくるが、今日は寄りかかるだけでこちらに腕を伸ばすことすらない。俯いたまま動きもせずに黙っている様は、眠っているのではと勘違いしてしまいそうなものだ。
 座面に放り出していた片手に、温かなものがそっと重なる。弱々しく握る手は、風呂からあがったばかりだというのに少し冷えているように思えた。
「……れふとぉ」
 力ない声が、二人きりの部屋に落ちる。弟の名を呼ぶその声音は、常の快活な様子から想像もできないほど弱々しい、悲痛が色濃く滲んだものだった。零れ落ちた瞬間に消えてしまいそうな音は、寄り添う烈風刀にはしっかり届いた。
 己を求める恋人の声に、少年は手に持った携帯端末をソファの座面にそっと置く。行儀が悪いが、たった今邪魔でしかない存在となったこの機械を早く手放すべきなのだから仕方がない。湧き出る罪悪感に言い訳で蓋をする。今この時ばかりは、規律を守ることよりも兄を気にかける感情の方がずっと大きい。
 つい先程まで小型端末が占領していた手が、そっと隣へと寄せられる。大人の形になりつつある手のひらで、形に沿うように朱い頭を撫でた。時折、乾かしたばかりでさらさらとした髪を指で梳く。ふわふわとした感触が心地良かった。襟足を梳くと、肩に寄せられた頭がふるりと震える。くすぐったいのだろう、軽く吐かれた息が首元を撫ぜた。互いに物言わぬまま、ただ重なる温度を共有する。秒針が盤面を歩む音が部屋にこぼれては積もっていく。
 長針が幾許か動いた後、朱は、れふとぉ、と再び愛しい碧の名を呼ぶ。優しく撫でる手はそのまま、碧は、なんですか、と努めて柔らかな声で応えた。
「……ちょっとだけ、ぎゅっとしていい?」
 いくらかの躊躇いの後、控えめな調子でそう問われる。甘える声は普段の可愛らしく弾んだものではなく、正反対の暗く沈んだものだった。そもそも、感情がすぐさま行動につながる彼が抱きつくことに許可など取ることは稀だ。それほど弱っているという事実に、胸が鈍い痛みを覚えた。
 紅緋の髪を撫ぜ梳く手が、そっと離される。ひくりと怯えたように身体を震わせる彼を安心させようと、雷刀、と名を呼ぶ。穏やかな、慈愛に満ちた音色をしていた。
 重ねた手はそのまま、烈風刀は居住まいを正し、兄の方へと身体を向ける。そのまま、空いた方の腕を大きく広げた。無言の肯定はしっかりと伝わったのだろう、肩に乗せられていた赤い頭が、そのまま少年の胸の内に飛び込んでくる。倒れ込むと言ったほうが正しい動きだった。
 力なく垂れた腕が緩慢に動き、もたれかかる愛し人の背をなぞるように持ち上げられる。抱きしめると言うには程遠い、ただ添えているだけの形だった。碧も、もたれかかる朱の背と頭に腕を回す。いつも彼がするように、ぎゅうと抱きしめた。二人の間に隙間が無くなる。胸に埋もれた頭から、うぅ、とかすかな呻き声があがる。苦しみではなく、ただ悲哀だけがそこにあった。
「……頑張ったではありませんか」
 抱きかかえた頭を柔らかく撫でながら、烈風刀は静かに労いの言葉を述べる。宛先である兄は、ただただ黙していた。
 嬬武器雷刀は大の勉強嫌いである。テストは常に赤点、もしくは一、二点でぎりぎり回避する程度であり、追試の常習犯だ。放課後の補講で彼の姿を見なかった者はいないと言っても過言ではない。ほとんどの教科において、成績は決して良いとは言えないものである。
 そんな彼が何を思ったのだろうか、最近では烈風刀に教えを乞うようになってきた。あれだけ何としてでも逃げようとしてきた勉学にようやく向き合おうとするその姿に感動を覚えつつ、弟は喜んで兄に己が持つ知識を最大限に分け与えたのだった。雷刀自身もやる気に満ち溢れており、基礎から復習し直し、その膨大な知識をゆっくりながら吸収していった。
 そんな成長の日々の中、小テストが行われた。ようやく力が発揮できると張り切って挑んだ雷刀だったが、今日返ってきた答案は皆の予想から外れた赤色に塗れたものだった。しっかりと基礎の基礎から勉強した範囲だったというのに、答案用紙の右上には今までよりもほんの少しだけ高い数が記されていた。
 失点はケアレスミスによるものがほとんどだったが、書かれた計算式はきちんと基礎を押さえたもので、応用問題にもいくらか挑戦されていた。普段はほぼ白紙で出す彼からすれば大躍進だ。
 それでも、努力が報われない結果になってしまったことに変わりはない。酷くショックを受けたのは、悲哀に濡れた茜を見れば明らかだった。これだけやったこと自体がすごい、ケアレスミスさえなければもっと取れたのだからすごいことだ、とレイシスと二人で励ましたが、沈痛な面持ちで俯き答案用紙を握る朱には全く届かない。当たり前だ、どんなに努力しようが、多少解けていただろうが、結果が伴わなければ落ち込むに決まっている。気丈な彼だが、今回ばかりはかなり参った様子だった。
 背に回された手が、きゅっと服を握る。まるで、不安に喘ぐ子供が縋るような、力ないものだった。まとわりつく憂慮を払うように、白い手がふわふわとした深緋を撫でた。
「でも……」
「結果はどうであれ、頑張ったことは絶対に変わらぬ事実です。たしかにミスは多かったですが、あれだけ解けていたこと自体がすごいことなのですよ?」
 しょんぼりとした声に、烈風刀は努めて優しい言葉を返す。全て、心の底から思っていたことだ。あの兄が、勉強嫌いの赤点常習犯の兄が、ちゃんと勉強し問題を解いたことが何よりも重要で素晴らしいことだった。大丈夫だ、と言うように背をさする。それでも納得がいかないのか、赤い頭の下から、様々な感情が入り交じった呻き声があがった。
「きちんと解けた問題もあったのですから。それだけでも十分に成長しています。雷刀の努力があってこそなのですよ」
 えらいえらい、と子供に言い聞かせるような調子で唱え、胸中に収めた頭を優しく撫でる。髪を梳くようにゆっくりと撫でる姿は、震え泣き出しそうな子供を宥めるそれと同じものだった。
 普段ならば喜色の滲む笑いを漏らす雷刀だが、今は物一つ言わずに腕の中に囲われたままだ。これでは慰めの一つにもならなかったのだろうか、と烈風刀は密かに眉を寄せる。どんな言葉ならば、彼の心に蔓延る憂いを払えるのだろう。必死に頭を働かせながら、せめてもとその背をとんとんと優しく叩く。幼子をあやす動作だが、自分が不安で押し潰されそうな時、兄はこうやって抱きしめて背を叩いてくれた。あの温かさと心地良さを少しでも分け与えられれば、と祈りを込め、硬く引き締まった背をなぞった。
 腕の中に捕らえた朱を見下ろす。どうすればよいのだろうか、と視線を彷徨わせていると、ふと鮮やかな赤に埋もれた耳に目が止まった。形の良いすべらかな耳殻は、今はその髪と同じほど赤く染まっていた。一体どうしたのだろう、と少年はことりと首を傾げた。
「雷刀?」
 優しく柔らかな音色で兄の名を奏でる。呼ばれた彼は、弟の腕の中でびくりと大きく震えた。胸に埋もれた頭から、あ、え、と意味をなさない音がくぐもって聞こえる。
 不安定に揺れ動く声に、少年は小さな焦燥を覚える。まさか、泣いているのではないか。あまりのショックに体調を崩してしまったのではないか。様々な懸念が浮かんでは心の内に積もっていく。胸に埋まる頬にそっと手を添え、上を向くように促す。触れた肌はいつもより熱く感じた。
「雷刀、大丈夫です――」
 か、と問おうとした言葉は喉奥で消えた。視界に広がる光景に、浅葱の目がぱちりと一つ瞬いた。
 優しい手付きに従い、雷刀はようやく頭を上げる。その顔は、夕焼け空のように真っ赤に色づいていた。中途半端に開いた口ははくはくと音にならぬ響きを漏らしており、茜色の目は大きく見開かれている。丸い瞳は、沈む日を映した海のように潤み揺らいでいた。
 瞠られた碧と朱が交わった瞬間、ヒュ、と歪な音が響く。音の主である雷刀の口は依然開かれたままで、相変わらず意味を成さない音が不規則に漏れ出ていた。
「あっ……、えっ、と……、ほっ、ほめられるなんて、おもってなかった、から……」
 あんだけ勉強して全然ダメだったし呆れられるかと思った。こんなに褒めてくれるなんて思わなかった。こんなの甘えすぎだって怒られるかと思った。
 つかえつかえに紡がれる言葉は震えたものだった。その声と真っ赤に染まった顔から、彼が酷く照れているということは明白だ。泳ぐ目の中、ほんのりと浮かぶ喜色も、全て恥じらいで上塗りされていた。
 そうだろうか、と少年は内心首を傾げる。たしかに『勉強をしない』彼には厳しく接していたが、ほんの少しでも勉強をした場合は褒めていたはずだ――そのほんの少しは、レイシスに誘われた時なのがほとんどなのだけれど。
 改めて思い返してみれば、ここまで自発的に甘やかすのは初めてと言ってもいいのかもしれない。いつもは甘えてくる彼を仕方なく――仕方なくだ、と考えることで己の羞恥を誤魔化していることは自覚している――受け入れるばかりで、自ら兄を甘やかしたことなど、両の手で数えられる程度だ。ならば、彼が動揺するのも仕方が無いことなのかもしれない。
「あ、え、と……、あっ、ありが、と……」
 忙しなく視線を宙に泳がせ、朱の少年はようやく意味のある言葉を口にする。礼の言葉は、普段の彼からは想像が出来ないほど細く、いっそ可哀想なほどに震えていた。再び下がりゆくその顔は、依然鮮やかな紅で彩られたままだ。
 慣れぬ賛辞に動揺する兄の姿を見て、弟の胸に愛おしさが満ちていく。どういたしまして、と柔らかく返して、碧は密かに口角を上げる。口元には、とっておきのいたずらを思いついた子供のような笑みが浮かんでいた。
「そもそも、勉強が嫌いな貴方が自発的に勉強したことがえらいのです。それがちゃんと結果の一つとして出たのですよ? とてもすごいことではありませんか。もっと自信を持ってください」
 ね、といっとう甘ったるい言葉と声を、緋に染まった耳へとそっと注ぎ込む。たったそれだけで、抱き込んだ身体が面白いほど大きく跳ねる。細く喉が鳴る音が聞こえた気がした。
「からかってんだろ……」
「そんなことはありませんよ」
 恨めしげな声に、どこか弾んだ涼しげな声が返される。あまりにも可愛らしい反応に、烈風刀は漏れ出そうになる笑声をどうにか喉に押し込める。彼が言う通りちょっとしたいたずら心はあれど、発した言葉に一切の嘘は無かった。彼の努力自体を評価する気持ちは、心の底からの真実だ。
 しばしの沈黙の後、なぁ、と小さな声が上がる。しっかりと届いたくぐもった声に、何ですか、と普段通りの響きで返す。穏やかな声音に、雷刀はおずおずと顔を上げる。慈しみに満ちた翠玉を見つめる紅玉には、依然収まらぬ羞恥とわずかな不安が浮かんでいた。
「……頑張ったら、また褒めてくれる?」
 恐れを孕んだか細い声が、ささやかな可愛らしい願いを紡ぐ。懇願する瞳を真っ直ぐに見つめ、碧の少年は膜張る不安を払うように柔らかな笑みを浮かべた。
「もちろん」
 すぐさま答え、烈風刀は抱えた頭をそっと抱きしめる。丸い頭を今一度優しく撫でると、かすかな笑い声が胸をくすぐった。そこには憂いなどなく、ただ幸せの色で彩られていた。
 次はきっと大丈夫ですよ、と耳元で囁く。腕の中に捕らえた身体がひくりと震えた。たっぷり十数秒の沈黙の後、うん、と小さな、されど芯の通った肯定の響きが返ってきた。
 負けず嫌いな一面がある兄のことだ、きっとこれからも勉強に努めるだろう。その努力が実を結ぶ日は絶対に来るはずだ。そんなことを考え、烈風刀は静かに目を伏せる。彼の瞼の裏には、満面の笑みで答案用紙を見せる兄の姿が映っていた。
 柔らかな頬がすりすりと胸元を擦る。まるで猫が甘えるような仕草だ。可愛らしさに頬を緩めながら、少年は抱えた片割れの背を優しく撫でる。静かな夜の下、ふふ、と幸せに満ちた笑みが二つ重なった。

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#ライレフ #腐向け

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