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ぜんぶおくすりのせい【ライレフ/R-18】

ぜんぶおくすりのせい【ライレフ/R-18】
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カヲアシちゃんのお薬(便利な言葉)で大変なことになっちゃった弟君がオニイチャンに大変なことをする話。♡喘ぎと淫語(ごく軽度)の練習。解釈違いとの戦い。

 カチャ、と陶器が擦れる軽い音が薄暗い廊下に響く。慌てて皿とカップの配置を直し、雷刀は今一度手にしたトレーをしっかり掴んだ。面倒臭がって電灯を点けないままで薄暗闇に包まれた廊下を静々と歩く。音が消えたそこは何だか不気味に思えた。
 目的のドアの前に辿り着き、少年は取り付けられた銀のノブをじぃと見つめる。きちんと手入れされたそれは、明かりの下ならば美しく輝くだろう。薄闇に隠された今は、ただただ金属の冷たさを彷彿とさせるだけだ。
 無意識に伏せられていた朱い目が上がり、木目で彩られたドアを眺める。厚いその向こうにいる人物のことを考え、少年は小さく眉をひそめる。強い皺が刻まれたそこには、己の不甲斐なさや情けなさを悔いる苦しげな感情が見えた。
 手にしたトレーを片手で抱え直し、空いたもう片方の手を軽く握る。そのまま、目の前のドアをノックしようとして、手の動きがピタリと止まった。必要以上に無理をしていないかという心配と、一人籠もっているところに干渉していいのかという躊躇が、天秤の上でぐらぐらと揺れる。不安定に揺れ動いていたそれは、抱えた利己的な感情へと判を下した。
「烈風刀ー」
 握った手の甲でドアを軽く叩く。コンコンコンと軽く硬い音の後、部屋の主へと呼びかけた。
 普段ならばすぐに返事が来るのだが、今日返ってくるのは沈黙だけだ。もう寝てしまっているのだろうか。それとも、返事すらできないほど不調なのだろうか。いくつも芽生える不安が募っていく。
 こくりと唾を飲み込む。これ以上思案していても仕方が無い。食事はできるだけ摂るべきだ。今すぐには食べられなくとも、部屋に運んでおけば食事が行動の選択肢の一つに入るはずである。普段人の食生活を気に掛けてくれるあの弟は、自分に関しては案外無頓着だ。こうでもしておかなければ、一食抜かしてしまうに決まっている。
「……入るぞー」
 少し潜めた声で断りを入れ、ドアノブに手をかける。錠の無い扉は、抵抗一つなく開いた。キィ、と蝶番が擦れる高い音が薄闇に響く。
 ドア一つ隔てた先の世界は、廊下と同じ程の闇に包まれていた。ベッドボードに置かれた小さなライトが、ベッド周りだけを柔く照らす。光を煌々と浴びるマットレスの上には、薄い掛け布団だけがあった。丸く膨らんでいることから、その中には何か――部屋の主たる烈風刀がいることが分かる。頭まですっぽり潜る様は、子供の頃を思い起こさせるものだった。
 やはり寝ているのだろうか。起こしてしまわぬように、そっと足を運ぶ。綺麗に片付けられた学習机の上に、持ってきたトレーを音をたてぬよう置いた。机にあった付箋とペンを借り、調子が戻ったら食べるようにという旨のメッセージを書き残す。それをトレーの縁に貼れば、ミッションコンプリートだ。
 寝ているのならば、そっとしておくべきである。長居は禁物だ。再び、慎重な足取りで部屋の中を進んでいく。それでも、ついベッドの傍で足を止めてしまった。さっさと出ていくべきだということは、理性では分かっている。しかし、大切な片割れの様子が気になって仕方なかった。
 憂いに染まった朱が、薄い布団を見つめる。部屋の主が眠っている今、静かな部屋の中には音はないはずだ。しかし、何かの音が鼓膜を震わせる。何だろう、と音の発生源を探すため耳を澄ませる。源は、丸まった布団にあった。
 こんもりと膨らんだ布団の隙間から、はぁ、はぁ、と荒い息が聞こえる。短いそれは震えており、熱に浮かされるような苦しげなものだった。
「烈風刀……?」
 恐る恐る名を呼んでみる。瞬間、丸まった布団がびくりと跳ねた。その姿から寝ているものだと思っていたが、どうやら起きているようだ。答えは返ってこぬものの、隙間からは依然苦しげな喘鳴が漏れ出ている。明らかに様子がおかしい。
「おい、烈風刀」
 潜りこんだままでは、どんな状態にあるのか分からない。具合を確かめるため、すっぽりと被っている掛け布団に手を掛ける。いくらかの抵抗はあったものの、薄いそれはすぐに剥がれた。
 ふわりと何かが香った。嗅いだことがある匂いのはずだが、今はそれが何か思い出せない。そも、思い出す暇などない状況だ。なにせ、目の前には信じられない光景が広がっていたのだから。
 布団の中、烈風刀は胎児のように丸まっていた。まっすぐ姿勢良く眠る彼にしては珍しい体勢だ。しかし、注目すべきはその下半身だ。帰ってきた頃には制服に包まれていた足には何も履いておらず、生まれたままの状態であった。足元には、ボトムスと下着がぐしゃぐしゃになって転がっている。恐らく、布団の中で脱いだのだろう。上半身はジャケットが脱がれ、白いカッターシャツ一枚だけだ。それもボタンが全て外され、大胆にはだけていた。
 更に驚くことに、その顕になった白い肌は濡れていた。熱による汗ではない。粘力のある透明な液が、少年の手と股座――特に臀部を汚している。一部は薄く白が滲んでいた。敷かれたシーツも濡れており、小さなシミをいくつも作っていた。
 身体のほとんどを顕にし、肌を濡らし、喘鳴を漏らす。それは、情事を思い起こさせる光景だった。
「――――ッ!」
 あぁ、この匂いは精液の匂いか。頭にわずかに残った冷静な部分で呑気に考えていると、突如、力強く腕を引かれた。そのまま、目の前のベッドに倒れ込む。ぼふん、とマットレスが沈む音とともに、視界が黒くなる。香る精臭が一層濃くなったように思えた。
 何だ、と目を白黒させていると、今度は肩を掴まれる。力任せに引かれ、うつ伏せの状態から無理矢理仰向けにされる。暗くなった視界に淡い光が差し込む。同時に、腹に何かが乗り上げる感覚。強い負荷に、ぐ、と息が詰まる。全てが突然のことで、状況の何もかもが分からない状態だ。驚きに満ちた脳味噌には、感嘆符を伴う疑問符が多量に浮かんでいた。
「――ご、めんな、さい」
 はぁ、はぁ、と熱に浮かされた吐息と、舌足らずな声が上から降ってくる。見上げた視界には、己の身体に乗り上げた烈風刀の姿があった。その目は、声の幼さに反して険しげに細められている。薄っすらと潤んだそれは、いくつもの感情が渦巻いていた。
「放課後から、身体がおかしくて……。頭が、変で」
 放課後というワードに、雷刀の頭に数時間前の光景が呼び起こされる。
 今日の放課後、運営業務も早く終わり、三人で帰るところだった。たまたま理科室の前を通った際、教室内から爆発音がしたのだ。同時にドアが歪み、そこから正体不明の煙が漏れ始めた。偶然先頭を歩いていた烈風刀は、後方にいたレイシスを庇いその煙をもろに浴びたのだった。
 煙も落ち着き乗り込んだ理科室の中にいたのは、予想通りカヲルとアシタの二人だった。曰く、爆発と煙は新薬開発の失敗によるものだそうだ。詳しい内容は聞きそびれたが、彼女らのことだ、怪しいものを作っていたのであろう。理性的であろうと努力している彼がこんな状態になっているなんて、よほどのことだ。一体何を作っていたのだ、と少年は内心頭を抱えた。
「ら……、っ、雷刀が欲しくて、たまらなくて」
 我慢できなくて。
 一人でシても駄目で。
 酷くなるだけで
 苦しくて。
 寂しくて。
 雷刀じゃなきゃ嫌だと考えてしまって。
「――せ、セックス、したくて、たまらないんです」
 押し倒した兄の服をぎゅうと握りながら、弟は拙く言葉を紡いでいく。丸く輝く藍玉から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。よく見ると、潤んだそこの中央、瞳孔に当たる部分にはピンク色のハートマークが浮かんでいた。何より、その美しい瞳には情欲の炎が燃え盛っていた。
 現在の彼の姿、先程からのらしくもない淫らな発言、そしてとろけきった表情。目の前の男は、たしかに欲情していた。恋人である、自分相手に。
 あの煙は媚薬の類だったのだろう。なんてものを、と心の内で叫ぶが、もう後戻りできないところまで来てしまっているのは明らかだ。
「ごめ……、な、さい」
 全部僕がしますから。
 おねがいします。
 ごめんなさい。
 許して。
 涙声で唱える言葉は、どれも愁哀に満ちていた。神の前で罪を告白する罪人のようだ。自罰的な音色は、聞くこちらの胸も引き裂くような悲しみに満ちていた。
 許すも何もない、落ち着け。宥めようと手を伸ばし口を開くが、声を発することは叶わなかった。
 伸ばした手に、濡れた手が重ねられる。そのまま、指と指との間を埋めるようにぎゅうと握られた。視界が暗くなる。サラサラとした浅葱の髪が、目の前を掠める。水が溢れる翡翠が、目の前に迫った。
「ん、ぅ――!?」
 気付けば、唇を奪われていた。いきなりのことに、身体が硬直する。逃げる余裕も、跳ね返す余裕も、全て驚愕に奪い去られてしまった。
 言葉を発そうと開いた口の隙間から、舌が這入り込んでくる。常ならば恐る恐るといった調子でゆっくりと動くそれが、性急に己の赤を絡め取る。表面を擦り合わせ、潜って付け根をくすぐり、歯列をなぞり、固い口蓋を撫ぜる。一気に与えられる口悦に、少年は翻弄されるがままだ。ぐちぐちと溢れる唾液が掻き混ぜられる音が耳に響く。
 口付けに振り回される間に、腹に違和感を覚える。何か固いものを擦り付けられている感覚だ。布地が濡れていく感触に、それが烈風刀自身であることを理解する。おそらく、欲望が止まらないのだろう。口腔での交わりの間も、彼はひたすらに快楽を求めているようだ。ずり、ずり、と腹の上を先端が往復する。その度に、口の中に甘い吐息が注がれた。
「――は、ァ」
 口内での長い逢瀬が終わり、烈風刀は唇を離す。だらしなく垂れ下がった舌と舌との間に、細く輝く橋が渡る。それも、ちゅるりと飲み干されてしまった。
 口腔を愛し尽くされ、雷刀は荒い息をあげる。休む暇などなくずっと舌を交わらせていたのだ。酸素が足りなくて当然だ。健康な肺は、酸素を取り入れようと懸命に動いた。
「ごめんな、さい」
 ごめんなさい、ごめんなさい、と少年はうわ言のように繰り返す。開く口の端から、透明な唾液がつぅと流れて肌を伝った。
「頑張って、気持ち良くしますから」
 ごめんなさい、と今一度繰り返し、少年は腹の上で後退りする。引き締まった身体が、己の上から去っていく。怒涛の展開に呆然としていると、下腹部に――具体的に言うならば、中心部に何かが触れた。急所への感覚に、反射的に身体が跳ねる。肘を突いて急いで上半身を起こすと、そこには己の足の間に跪き、服に包まれた中心を撫で回す碧の姿があった。
 普段の彼から想像もできぬ光景に、思わず言葉を失う。何をしているのか――見た通りであり何もなどないのだが――と問おうにも、喉が上手く動かない。発声する機能を忘れてしまったかのようだ。
 精液とローションで濡れた手が、頭を撫でるように陰部をくるくると撫で回す。布越しの間接的なものとはいえ、刺激は刺激である。生理現象には敵わず、服の内に秘めたる肉は徐々に硬くなっていった。勃ち上がりはじめた肉茎が、生地を押し上げる。ぅ、と苦しげな、しかし確かな官能を孕んだ声が喉奥から漏れ出た。
 遠慮がちだった手が止まり、今度はボトムスへと伸びる。甘い痺れが脳を焼く雷刀に、その行動を止めることなどできない。隆起した場所を戒めていた布地は、濡れた白い手によって徐々に取り払われた。
「……、ぁっ、らいと、の……♡」
 まろびでた陰茎に、碧の少年は陶然とした声をあげた。未だ潤む目がゆっくりと垂れ下がり、口角が緩く持ち上がる。目の前に馳走を差し出された子どものような顔だ――子どもはこんな情欲に溺れた妖艶な表情などしないのだけれど。
 姿を現した屹立に熱烈な視線を送っていた少年が、かぱりと大きく口を開く。そのまま、緩く勃ち上がった雷刀自身をぱくりと呑み込んだ。
「えっ!? あッ、おい、烈風刀!?」
 突然の口淫に、朱の少年は驚きの声をあげる。否定の意味を含んだそれは伝わらなかったのか、碧は構うことなく頭を動かし始めた。
 芯を持ち始めた欲望の象徴に、温かな口の中でたっぷり唾液をまぶされる。奮い立てるように、窄めた唇が全体を往復し扱いていく。時折、横笛を吹くように横から唇で挟み、なぞるように幹をたどる。ぐぷぐぷと、唾液が泡立つ淫猥な音が鼓膜から脳味噌を犯した。
 口いっぱいに頬張り、少年は硬く張り詰めた頭に唾液を纏いぬめる舌を這わせていく。磨くように全体を舐め回し、傘の段差をくすぐられる。明確な刺激に、思わず腰が跳ねる。喉奥を突く形となってしまったが、碧は小さな官能の声をあげるだけだ。
 すっかりと勇ましい姿を取り戻した欲望の塊を、赤い舌が這う。浮かぶ血管を舌先でなぞるように舐められ、雷刀は断続的に欲の浮かぶ声をあげる。本当ならば、今すぐにでも突き放すのが正解なのだろう。けれど、直接的な快楽を一気に与えられた脳味噌は、反抗することを選ばなかった。否、快楽の波に揉まれ飲み込まれた状態では、物事を選択する余裕など無いのだ。
 しっかりと勃ち上がった竿をざらついた舌の表面で撫で上げ、尖らせた舌で裏筋を突く。そのまま、先走りが溢れる鈴口をぐりぐりと抉られる。柔らかな唇が、先端から根本まで丹念に扱き上げる。幾度も肌を重ね、知り尽くされた弱点を、弟は的確に攻め上げる。もう起き上がっているのが精一杯だった。腰骨を、脊椎を、脳を、強大な快楽信号が駆け抜けていく。頭を力一杯殴られているような心地だ。凄まじい快楽は最早暴力である。
「ァッ、れふっ、れふとッ! も、だめ……! だめだからぁ……!」
 降参の声をあげるも、口淫は止まらない。むしろ、果てを予感したことにより更に激しくなっていった。じゅぷじゅぷと激しい水音が二人きりの部屋に響く。
 弱い部分を、潤んだ唇が、ぬめる舌が、硬口蓋が、頬が、喉壁が攻めたてる。口全てを使われた愛撫に、雷刀は為す術がない。ただ、与えられる快感に喘ぐことしかできなかった。
 先端をぢゅうと思い切り吸い上げられ、ぐぅ、と息が詰まる。限界を超えた刺激に、呑み込まれた雄から白濁が勢いよく放たれた。剛直を咥えたまま、白い喉がうごめく。注ぎ込まれる濁液を飲んでいるのだということが分かる動きだ。美味いなどとはお世辞にも言えぬ欲望の証を、少年はこくりこくりと飲んでいく。先端に健気に吸い付き、尿道に残ったものまで飲み込むおまけ付きだ。
「……ん、ぅ♡ は、ぁ……、らいとの、おいしい……♡」
 たっぷりと注がれたスペルマを飲み下し、烈風刀は幸せそうに破顔する。薄っすら開いた口の中は真っ赤で、精の白は見当たらない。残らず全て飲み干したという何よりの証拠だった。あまりにも淫らな姿に、びくりと腰が跳ねる。夜明け空の瞳が、力を失った雄肉を追った。
 目の前に跪く少年の眦は幸福に垂れ下がり、頬は熱を帯び紅潮し、形の良い細い眉は悩ましげに八の字を描いている。常は涼しげな表情をした、美しさと格好良さを兼ね揃えた弟の顔が情欲に塗れとろけた様子は、毒そのものと言っても過言ではなかった。先程吐き出したばかりだというのに、腹の奥が熱を持つ。力無く倒れ伏せた雄杭に、再び血液が集まっていくのが分かった。
 跪いていた碧がふらふらと身を起こす。ベッドの上に乗り上げ、起き上がった烈風刀は兄の肩を軽く押した。熱烈な奉仕によって心身ともに翻弄され、欲望を思い切り吐き出した疲れに、少年は再びベッドに倒れこむ。すぐさま、腹と胸に重みがかかる。また烈風刀が乗り上げてきたのだと分かったのはすぐだった。
「ごめ……な、さい」
 淫情でどろどろにとろけた顔で、少年はまた謝罪の言葉を口にする。情火を多分に含んだ濡れた声は、淫らさよりも痛苦や悔恨が勝っていた。
「がんばって……、がんばって、きもちよくしますから。ぜんぶ、ぼくがしますから」
 ゆるして。
 赦しを、助けを乞う声が狭い部屋に落ちる。ぽろぽろとこぼれる涙が、己の胸元を濡らしていく。暗い色の布地に、黒い斑点がいくつも浮かび上がった。
 弟の言葉に、表情に、雷刀の身体は硬直する。動けるはずが――身を起こして諭し、拒否できるはずがなかった。ここまで淫情に振り回される愛し人の姿はあまりにも痛々しい。苦しみに悶え、喘ぎ、涙をこぼす様を放っておけるわけがない。この身体を差し出すことで彼を少しでも救えるのならば、己はこのまま倒れているのが正解なのだ。
 ず、ず、と勃ち上がった熱杭に、柔らかなものが擦り付けられる。しとどに濡れたそこは、おそらく烈風刀の臀部――そして奥に秘められた蕾だろう。内に燻る熱を吐き出すための自涜は、雄の器官だけでなく後孔でも行われていたようだ。ローションのぬめりがそれを明確に示していた。
 扱くように上下に動いていた腰が止まる。一点――奥まった、少しへこんだ場所に、先端が宛がわれた。予想される衝撃に、今一度身が硬くなる。ごくりと無意識に唾を飲み込んだ。
 硬さを取り戻した雄の象徴が、柔らかな肉に埋まっていく。恐ろしいほどの熱に包み込まれ、思わず息を呑む。じりじりと焼かれていくような、腰から下を融かされていくような感覚だ。手ずから耕された内部は、異物を難なくと飲み込んでいった。
「あ……♡ あっ、ァ……♡」
 熟れた切っ先が内部を切り込んでいく度、烈風刀はか細い声をあげる。エメラルドの瞳は白い瞼の奥に隠れ、姿は見えない。けれども、そこに情炎が燃えさかっていることは、可哀想なまでに震える身体と声から嫌でも分かった。
 獣欲の証が、括れた位置まで内部に潜り込む。少年はそこで動きを一度止めた。はぁ、はぁ、と荒い息が降ってくる。帰ってからの数時間、ずっと欲望の焔に炙られていたのだ。そこに、先程までの熱烈な口淫だ。疲弊しているに違いない。おそらく、今彼を救えるのはこうやって肌を重ねることだけだ。しかし、このままでは倒れてしまうのではないか。不安が胸を過る。それもすぐさま、消え失せた――消え失せられるほどの衝撃が、身体を襲った。
「――――ァッ!」
 ぐぷん、と鈍い音が聞こえた気がした。脳味噌を、快楽が力一杯殴りつける。神経を焼き切るような刺激に、短い悲鳴が二つ重なる。どちらも、欲に溺れた音色をしていた。
 先程までの行為はあくまで狙いを定めるものであって、照準を合わせた今、そのまま一気に呑み込んだのだ。それを理解できるほど、雷刀の頭は機能していない。当たり前だ、身体の中でも特に敏感な器官に受容しきれないほどの刺激を与えられたのだ。口付けと口淫で欲に煽られた脳味噌が、思考することにリソースを割けるわけがない。
「あ♡ は、ぁ……♡ ぁっ、あっ♡ らいとのおちんちん、ぜんぶはいったぁ……♡」
 甘い吐息をこぼしながら、烈風刀は恍惚とした顔で呟く。背と首をしならせ、快感にふるふると震え、普段ならば絶対に発することのない卑猥な言葉を口にする様は、淫らとしか言いようがなかった。
 鍛えられた胸板に手をつき、碧の少年は腰を持ち上げる。貫く杭を半ばまで抜き、重力に身を任せ一息に呑み込む。抜けそうなほどの浅い位置、張り出した部分で柔らかな淵を擦る。単純な動作ではあるが、生み出す悦楽は凄まじいものだ。腰骨から脊椎を快楽が駆け抜け、脳神経を焼いていく。視界には白い光の粒がいくつも瞬いた。
「ぅ、あっ♡ ん、ぁ♡ あ♡」
 上下する腰が、より内壁に擦り付けるように前後に動く。特に腹側の一点――彼の弱点と思われる位置を楔が抉る度、うちがわはきゅうと締まった。あまりにも強い刺激に、ぐぅ、と鈍い音が喉から漏れ出る。
 ぐちゅん、ぐぷん、と淫靡な音が結合部からあがる。甘ったるい嬌声が、唾液とともにこぼれ落ちる。淫猥な重奏が、聴覚を犯す。脳味噌がとろけてしまいそうな心地だった。
「ぁ、あっ、れふ、と……、れふとぉ……!」
 押し寄せる快楽から逃げるように、雷刀は己の目を片腕で覆う。開いた口から漏れ出るのは、本能が剥き出しになった喘ぎだけだ。ぁ、と安堵したような笑声が、暗い視界に降ってくる。潤んだ鞘が、包み込む熱の剣を強く締め付けた。
「あっ♡ は、ぁ♡ とまらな……ぁ♡」
 ぱちゅん、ぷちゅん、と濡れた肉と肉がぶつかりあう音が、二人きりの部屋に積もっていく。引き締まったその身が止まる様子はない。薬によって獣の本能に支配された彼は、己の身体をコントロールできないようだ。更に奥まで呑み込もうと、腰がぐりぐりと押し付けられる。行き止まりを張り詰めた頭が擦る度、熱を孕む隘路が奥へ誘うように蠕動した。
「ご、め、な……さい……、ごめんな、さい……」
 獣欲のままに腰を動かす中、烈風刀は幾度も謝罪の言葉を繰り返す。兄を欲望の捌け口にしている事実が、未だ彼の胸を苛んでいるのだろう。ごめんなさい、ごめんなさい、と濡れた言葉が朱の上に降り注いだ。
 目を覆っていた腕をどうにか動かし退ける。広がった視界には、涙でぐちゃぐちゃになった弟の姿があった。濡れた頬は紅潮し、閉じることのできない口の端からは唾液が伝っている。水をたっぷりとたたえた蒼玉の奥には、ピンク色のハートマークが煌々と輝いていた。腹に抱えた獣をこれでもかと刺激する姿だ。このまま食い尽くされたい。食い尽くしてしまいたい。騒ぎだす獣を必死に押し込め、雷刀は赤い唇で言葉を形作っていく。
「だいじょぶ、だから……。気にすんな、って……ぅ」
 雫がいくつも線を作る頬に手を伸ばす。びしょびしょになったそこは、浮かぶ色通り強い熱を孕んでいた。濡れることを厭わず、雷刀はその柔らかな場所をそっと撫ぜる。それだけでも快感を拾ってしまうのだろう、乗り上げた身体がびくりと大きく震えた。情欲に塗れた吐息が部屋に落ちた。
「だ、て……だってぇ……」
 兄の言葉に、弟は首を大きく横に振る。柔らかな髪がぱさぱさと音をたてて揺れる。まあるい瞳から更に雫をこぼれた。自罰的な節がある彼だ、薬に振り回され大切な恋人を無理矢理犯す己が許せないのだろう。そんな彼を落ち着かせようと、雷刀は頬を撫でながら言葉を紡いでいく。
「だいじょーぶ……、謝んなくて、いいから。烈風刀の、好きにして、いいから」
 本心であった。確かに驚きはしたものの、全てはあの謎の薬品が悪いのだ。烈風刀に非など無い。むしろ、身を挺し怪しげな薬からレイシスを救ったことは褒められるべきことである。結果的に自分は犯されているが、これは雷刀にとって合意の上の行為である。肌を重ねることで、可哀想なまでに翻弄されている彼を救い出せる。それならば、この身を捧げることぐらい何でもない。
「オニイチャンは、っ……だいじょーぶだから。気にすんな、って」
 な、とどうにか笑いかけると、ひぅ、と短い嬌声があがる。柔らかな内部がきゅんと締まり、雄茎を抱き込む。ソリッドな快感に、鈍い音が喉からこぼれ落ちた。抱き締めた側も、背を走る快楽に小さく喘いだ。
「でも……、ぅ……、ごめ、な、さい……」
「だいじょーぶって、言ってるだろ? オレは、ほんとにだいじょぶだから。烈風刀が、好きなようにして?」
 頬から手を離し、今度は頭を撫ぜる。碧色のさらさらとした髪は、汗ばんで少し湿っていた。乗り上げた身体がびくびくと震える。本能的なものか、引き締まった腰がくねる。与えられる快楽に唇を噛みしめながらも、雷刀は形の良い頭をゆっくりと撫ぜ梳かす。小さな頃、宥める時にやってきた行為だ。
 ハートマークの浮かぶ目がぱちぱちと瞬く。その度に、熱い雫がこぼれ、朱の胸を濡らす。だいじょぶ、ともう一度投げかけると、すん、と鼻を啜る音が返ってきた。
「ほ、とに……、ぅ、あっ……、ほんとに、いいんですか……?」
 大粒の涙をこぼしながら、烈風刀は問いかける。戸惑いの響きの中には、たしかな歓喜があった。理性的な彼を、本能が支配していることの表れだ。
「ほんとーにだいじょーぶ。いっぱい、気持ちよくなりな?」
 そっと目を細め、色欲の炎が揺らめく瞳をじぃと見つめる。柔らかながらも熱を持った視線に、肉の剣を収めた後孔が窄まる。根元を思い切り締め付けられ、雷刀は息を呑む。温かな肉に包まれた雄の部位がビクビクと震えた。
 ごめんなさい、と今一度呟いて、少年はゆっくりと腰を持ち上げる。繋ぎ合わさった部分から、硬く勃ち上がった陰茎が覗く。それもすぐに、狭穴に呑み込まれた。ぷちゅん、と可愛らしくもいやらしい音が響く。
 遠慮がちだった動きが、自然に速度を増していく。気がつけば、また淫猥な水音が部屋いっぱいに満ちていた。上下運動によって生み出される快楽は、二人の脳を焼いていく。理性はどんどんと削れ、本能が大手を振って頭の中を蔓延った。
「ッ、烈風刀、きもちい……っ?」
「あ♡ はっ、はい♡ きもちぃ♡ きもち、いいです♡」
 息を切らしての問いに、烈風刀は鍛えられた身体をくねらせながら答える。涙を流す瞳には、未だハートマークが煌々と輝いている。これが、彼の内に燻る欲望を表しているのだろう。ならば、解消されるまで――彼が存分にきもちよくなるまで付き合うだけだ。
 温かな洞が、咥え込んだ肉槍をきゅうきゅうと締め付ける。ひくつく内壁が、竿を、頭を頬張り、熱心に扱く。快楽が背を駆け脳味噌を殴っていく。神経信号は、愛し人がもたらす愛欲を伝えるだけで精一杯だった。
 あ、あ、とあがる嬌声がどんどんと短くなっていく。常と同じならば、それは彼の限界を示す動作のひとつだ。悦楽の果てに到達しようと、引き締まった腰がくねり、己が内部を嬲っていく。鍛えられた腹の内側を、しゃんとした背の内側を、己では到底暴けない最奥部を、己が意志で、勃ち上がった肉の刃によって蹂躙していく。
 らいと、と嬌声の中で名を呼ばれる。どした、と返す声は熱に溺れていた。弟が自由に動き快楽を貪るのは、兄が快楽を得るのと同義である。次々に生まれ叩き込まれる熱に支配されるのも仕方の無いことだ。
「らいとのっ♡ らいとのせーし♡ ください♡ ぼくのおなか、ぁっ♡ らいとのせーしで♡ いっぱいに、してぇ♡」
 くねくねと身を捩り、烈風刀はねだる。普段の彼から想像もつかない、あまりにも淫らな言葉遣いだった。薬がそうさせるのだろうか。だとしたら、本当になんてものを作ったのだ、あの悪魔は。恨み言を吐こうにも、思考が追いつかない。思考に割くべきリソースは、全て快楽を認識し受容することに使われていた。
 不意に影が差す。何だ、と思うよりも先に、唇を奪われた。随分と長い間離れていた舌が、久方ぶりに邂逅を果たす。熱の塊が、深い場所で擦れ、繋がり合う。唇と唇が合わさるリップノイズと、唾液が混じる水音と、合わさった場所から漏れ出る嬌声が交わる。二人でしか奏でられない、淫猥な合奏だ。
 口吻の最中でも、少年の身体が止まることはない。唇を重ねるために前傾姿勢になったことで、擦れる位置が変わったのだろう。内壁が更にうごめき、雄の象徴を撫で上げていく。洞の縁が、血管のうねる竿を扱きあげる。快感を得るための動きは、愛し人の官能も煽り昂ぶらせていく。隘路を埋め尽くす楔がびくびくと震えた。己の限界も近いのだと、本能が支配する脳味噌でも分かった。
 ぐちゅん、ぐちゅん、と卑猥な水音がどんどんと短くなる。怒張が最奥を勢い良く突いた瞬間、ひゅ、と呼吸のなり損ないのような音が白い喉から漏れた。
「んぅっ、ぁ、あ、ア――!」
 神経が受け止めきれない快楽に、少年は合わさった唇を離し、目一杯背をしならせる。張り詰め涙をこぼす烈風刀自身が、ふるんと震える。夜明け色の髪がばさりと音をたてて乱れた。
 熱塊を抱きこんだ媚肉が、一際強く締まる。熱い柔肉が、硬い幹を勢いよく撫で上げる。奥まった場所にある襞が、熟れた頭を締め付ける。どれも、烈風刀が気をやった証拠だ。同時に、雷刀を攻め立てる最後の動きでもあった。
「ァ、あ、あぁッ!」
 解放され、開きっぱなしになった口から短い嬌声があがる。瞬間、最奥まで埋め込んだ雄の証から、欲望が勢い良く吐き出された。びゅくびゅくと音をたて、欲の奔流がうちがわを白く染め上げていく。目の前のつがいを、内部から征服していく。
「アッ、あ♡ らいとの、せーし♡ あつ、ぃ、ぁ……っ♡」
 白濁が注がれる度、烈風刀は恍惚とした表情で嬌声をあげる。いやらしい言葉は彼自身も煽るのか、口を開く度に雄を抱き込んだ内部がびくびくと震えた。愛する人の精液を求め、うねる内壁が根元から先端まで貪欲に撫で上げる。達したばかりで敏感な欲望の象徴は、従順に濁液を吐き出した。
 はぁ、はぁ、と荒い呼吸が二つ重なる。共に果てたことにより、体力はほとんど消費してしまった。肩で息をするのが精一杯だ。胸部が大きく上下する。肺が目一杯活動している証拠だ。
 ようやく呼吸が落ち着き、雷刀は己を組み敷く恋人を見上げる。その顔は依然紅潮し、とろけたままだった。内部のみで果て、未だ快楽の海から戻れずにいるのだろうか。大丈夫か、と声をかけるより先に、しとどに濡れた唇が音を形作った。
「――ぁ……♡ ごめ、な、さい♡」
 力を失った欲望が埋め込まれたままの窄まりが、ひくひくとひくつき、根本を締め付ける。吐き出した熱を取り戻そうとするように、媚肉がうごめき幹を撫で上げた。特に敏感になっている部位を強く刺激され、朱は苦しげに呻く。過ぎた快楽は、痛苦をもたらすものでもあった。
「だめ、です♡ もっと……♡ もっと、ほしぃ♡ ください♡」
 真紅の瞳を見つめる碧には、未だハートマークがあった。一度気をやったというのに、それはまだ爛々と輝きを放っている。彼の言う通り、まだまだ足りないのだろう――その『もっと』がどれほどであるかは、到底想像がつかないのだけれど。
 重い腕を伸ばし、細い腰を撫ぜる。合意を示すものだった。こうなったら、どこまでも付き合ってやる。弟を救うのは、兄の役目なのだ。
 止まっていた腰が、今一度動き出す。ぱちゅん、と淫らな水音が二人の耳を犯した。





 暗く温かな場所から、意識がゆっくりと浮上していく。現実を認識するより先に、けほ、と咳が漏れ出た。喉が痛みを訴え、意識を現実へと無理矢理引っ張り上げる。水分が不足し渇いた感覚に、雷刀は顔をしかめた。
 鈍い痛覚が、寝起きの頭に前日の記憶を想起させる。そうだ、あの後互いの体力が尽きるまで何度も貪りあったのだ。おかげで後始末も何もしていない。途中まで着ていたはずの服はいつの間にか失せ、今は肌全てを晒した状態だ。べたついて感じるのは、睡眠中の発汗によるものだけでないのは明らかである。
 う゛、と濁った声が隣から聞こえる。鈍い動きで寝返りを打つと、そこには同じく生まれたままの姿の烈風刀がいた。あれだけ嬌声をあげ乱れたのだ、彼の喉にも甚大なダメージがいっているだろう。呻き声は、次第に大きくなっていく。しばしして、孔雀石が白い瞼の裏から薄く顔を覗かせた。
 目の前の熟れた唇が、言葉を紡ごうと動く。それは、喉から込み上げる咳に掻き消された。げほげほと咳き込む姿に、雷刀は内心慌てる。何か水分を摂れないだろうか。そうだ、昨晩食事と一緒にペットボトルに入った水を運んだではないか。救世主の存在に思い至り、兄は急いで上半身を起こす。鈍い痛みが全身を襲う中、最小限の動きを心掛け、どうにか透明なボトルを掴み取る。力の入らない手でもたもたとキャップを開け、咳き込む弟に差し出した。
 渡されたプラスチックボトルをしっかりと握り、烈風刀は横になったまま器用に水を飲む。昨晩反らし薄闇の中晒された白い喉が上下する。ごくごくと音が聞こえるほどのいい飲みっぷりだった。三分の一ほど飲んだところで、ボトルがキャップの所有者の手に返される。同じく喉にダメージを負っている雷刀も、開いたままのそれを思い切り呷った。渇ききった喉を水が潤していく感覚が心地よい。残り四分の一になったところで、少年は口を離す。緩慢な動きでキャップを閉め、ベッドボードに置いた。
 隣に横たわった身体がゆっくりと起き上がる。彼だって自分と同じほど、否、自分以上に疲れているはずだ。寝ていても大丈夫だ、と声をかけるが、少年は言葉を無視して身体を動かした。
 起き上がった身体が、姿勢を正す。何故か、碧はベッドの上で正座をした。どこか間の抜けた光景に、朱はぽかんと口を開け呆ける。兄の様子を気にかけることなく、弟は深々と頭を下げた。
「……申し訳、ありませんでした」
 謝る声はまだ掠れていた。その響きは悲痛なもので、彼の中に渦巻く後悔と苦痛と歯がゆさがはっきりと表れていた。疲弊した身体に鞭を打ってまで謝罪するほど、昨晩のことを悔やみ申し訳なく思っているのだろう。自身に対して厳格な彼らしいことだ。
「いや、謝ることじゃないだろ」
「でも――」
「色々あったけどさ、治ったからいいじゃん? それでおしまい」
 バッと顔を上げ否定の言葉を発しようとする弟を、兄は無理矢理遮って終わらせようとする。ちゃんちゃん、と手を叩きながら漫画のような効果音を口にすると、烈風刀は眉をひそめた。眉間に刻まれた皺は、言葉にできない感情を示している。
「…………はい」
 答えた言葉は歯切れの悪いものだった。どこか含みがあるような、短いながらも複雑な物言いだ。まだ納得ができないのだろうか。それにしては、声色がおかしい。どうしたのだろう、と内心首を傾げる。寝起きの頭でぐるぐると考えて、ふと一つの可能性が浮かび上がる。まさかそんなことあるまい、と脳内で否定するも、口は勝手にそれを発していた。
「……えっと……、もしかして、治ってない……?」
 問うた瞬間、烈風刀はさっと素早く顔を背ける。天河石の瞳は伏せられていた。まるで、そこにある何かを――鮮やかな桃色をしたハートマークを見せないように。
 もはや答えと言ってもいい様子に、サァ、と顔から血の気が失せていく。嘘だろ、という言葉は口の中に溶けて消えた。
「……大丈夫です昨日よりずっと落ち着いています大丈夫です本当に大丈夫ですもう手間はかけません一人で始末できます大丈夫です」
 長い沈黙の後、ようやく口を開いた少年は呪文を唱えるように一息で言い終える。普段は聞き取りやすいようハキハキと喋る彼の姿を知っている者には、明らかに異常に映る。大丈夫、と無理矢理何度も繰り返しているのが拍車をかけていた。
 マジか、と雷刀は思わず天井を仰ぐ。数え切れないほど交わり欲を吐き出したというのに、薬の効果はまだ切れていないだなんて。どれだけ強いものを作ったのだ、あの悪魔は。内心恨み言を吐くが、元凶に届くことはない。うぅ、と情けない呻きが口端から漏れた。
 うー、と呻り声をあげながら、少年は思案する。正直なところ、一晩中まぐわった身体はもう限界に近い。けれども、昨日の様子を見て、彼が言ったように一人で処理しきれるとは到底思えなかった。
 よし、と口の中で呟く。正座し目を逸らしたままの烈風刀に向き直り、その肩をとんと押す。彼の身体も限界に近いのだろう、そのたった少しの衝撃で少年はバランスを崩し、ベッドに倒れ込んだ。のそりと重い身体を動かし、その上に覆い被さる。呆然とした様子の愛しい人を、己が腕の中に閉じ込めた。
「え? は、え? 雷刀?」
「何だっけ。『のしかかったフナ』ってやつ?」
 治るまで付き合うよ、と柔らかに笑いかける。この手で救うと決めたのだ。ならば、最後まで付き合うべきだ。
 兄の優しく温かな声に、浅海色の目がまあるく見開かれる。予想通り、そこには桃色のハートマークが浮かんでいた。昨晩より随分と色が薄いものの、碧の中で輝きはっきりと存在を主張している。未だ存在感はあれど、映る色の薄さを見るに、本当に残り少しで効果は切れるのだろう――だと思いたい。だったら、協力しなくてどうするのだ。
「オニイチャンにまかせとけって!」
 お馴染みの台詞を唱えると、碧の少年の顔が険しげに歪む。苦しげな、今にも泣きそうな表情だ。しかし、その中には薄っらと期待の色が見て取れた。細められた目に浮かぶハートマークが、少し輝いたように見えたのは気のせいではないだろう。
 シーツに放り出された手が緩慢に持ち上がり、己の首に回される。合意を――二人でこの騒動を終わらせようという意志を示す行動だった。
「……ごめんなさい」
「だから謝んなって」
 顔を伏せる弟の額に、口付けを一つ降らせる。それだけで、組み敷いた身体がひくりと震える。ぁ、と甘い声が目の前の赤い口から発せられた。白い肌に、さっと朱が散る。こんな軽い触れ合いだけで感じ入ってしまうことを羞恥しているようだ。
 回された腕に、ぎゅっと力がこもる。抱き寄せられ、互いの肩に互いの頭が埋まる。髪が肌を撫ぜる感覚がくすぐったかった。
 らいと、と耳のすぐそばで己の名を呼ばれる。応えるように、己も愛しい恋人の名を呼んだ。

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#ライレフ #腐向け #R18

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晴れ空の下、君と【レイ+グレ+嬬武器】

晴れ空の下、君と【レイ+グレ+嬬武器】
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新年っぽい話が書きたかったのと手を繋いでほしかっただけの話。
明けましておめでとうございました。本年もよろしくお願いいたします。

 地域唯一故地元の人間が来るからか、訪れた神社は想像以上に混んでいた。年始の挨拶を交わす者、おみくじを読んではしゃぐ者、賽銭箱の前で真剣に祈る者。学生らしき若人を中心に、境内は人で溢れていた。
「あけましておめでとうございマス!」
 真っ赤な鳥居の前に、一際元気で可憐な声が響く。ピンクを基調とした晴れ着を纏ったレイシスは、相対する二人の少年に満面の笑みを咲かせた。
「あけおめー!」
「明けましておめでとうございます」
 簡略な言葉とともに笑顔で手を振る雷刀、丁寧な言葉とともに軽く一礼する烈風刀。常と変わらぬ様子の二人に、少女は嬉しそうに笑みを深めた。
「あけましておめでと」
 桃の隣に立つ躑躅が、一足遅れて新年の挨拶を贈る。少年二人は同じように祝いの言葉を返した。改まった調子に気恥ずかしさを覚えたのか、グレイスは少しだけ顔を伏せ視線をふぃと逸らす。小さな白い手が、髪と同じ色をした巾着の紐をいじった。
「ネェネェ、見てくだサイ! グレイス、着物似合ってるデショ? 可愛いデスヨネ!」
 弾んだ声とともに、レイシスはグレイスの両肩に手を添える。そのままその黒い晴れ着に包まれた細身を引き寄せ、嬬武器の兄弟に見せびらかすように向きを変える。ニコニコと人好きする可愛らしい顔は、妹への愛で満ち溢れていた。
「何回言うのよ」
 今日何度目か分からぬ言葉に、グレイスは眉をひそめる。なにせ、朝寄宿舎に訪れ自らの手で着付けてから、人に会う度にこうなのだ。褒められるのは面映ゆく感じるも悪い気はしないが、こう何度も言われてはうんざりしてくるものである。
 それでも嬉しそうに言葉を紡ぐレイシスの様子に、躑躅の少女はすっと目を細める。姉はこうやって似合う、可愛らしい、と言ってくれるが、妹はその言葉を信じ切ることができずにいた。小物まで選んでくれた彼女のセンスを疑っているわけではない。彼女の性格上、世辞なんかではないことも分かっている。それでも、本当に似合っているのか、こんな上等なものを自分なんかが着ていいのか、姉の期待通りになっているのか。そんな憂慮が、少女の心にのしかかるのだ。
 レイシスが似合うと言ってくれたのなら、と素直に自信が持てればどれほど良かったのだろうか。小さな口がきゅっと横一文字に引き結ばれた。
「えぇ、似合っていますよ」
「うんうん。グレイスって本当に黒が似合うよなー」
 妹の晴れ姿に目を輝かせる桃の言葉に、兄弟二人も賛辞の言葉を投げかける。途端、躑躅の頬にさっと朱が広がった。こうもストレートに褒められると、やはり照れが真っ先に来る。長い間一人で過ごしていて、褒められる機会などほぼ無かった彼女なら尚更だ。
 次いで、安堵が胸に広がる。レイシスの見立ては、言葉は正しいものだったのだ、と二人が肯定してくれた。少しだけ、不安で陰った心に光が差した。
 幾許かして、ありがと、と小さな声が返される。ふふ、と嬉しそうな笑声三つが蒼天に昇った。
「さ、混む前に行こーぜ」
 そう言って、雷刀は遠くにある本殿を指差す。新たなる年の光に照らされた社、その入り口に置かれた賽銭箱の前には、何組もの人が並んでいた。昼も近くなってきたからか、人が増えてきたようにも見える。彼の言う通り、混む前に並んでしまうのが吉だろう。
「あっ、雷刀。待ちなさい」
 少年は一人鳥居を潜り抜け、軽い足取りで指差した場所へと向かおうとする。その手を烈風刀が制止の言葉とともに引っ掴む。しかし、朱は先に並んどいた方がいいだろ、と言うばかりだ。
「だいじょぶだって」
「そう言っていつも一人はぐれるでしょう」
 弟の言葉に、前だけ見つめていた兄は突如ぱっと振り返る。その唇はむぅと尖っていた。この歳にもなって迷子になることを心配されるのが不服なのだろう。しかし、烈風刀からすればその心配は当然のものだった。幼い頃から一人で突っ走り、そのまま迷子になるのが彼なのだ。今だって例外ではない。自由奔放な兄を引き留めるのは、弟にとって自然なことだった。
 真紅の瞳がパチリと瞬く。掴まれていた手がスッと動き、そのまま自然な動きで振り解く。解かれ放り出された烈風刀の手に、雷刀の手のひらがひたりと当てられる。ニィといたずらげに笑った朱は、そのままぎゅっと握る。二人の指が固く絡まりあった。
「これならはぐれねーだろ」
「そう、ですけれど」
 子どもじゃあるまいし、と出かけた言葉を碧は飲み込む。先に子ども扱いしたのは烈風刀の方だ。彼を咎めることは憚られた。それに、こうやって幼い頃のように手を繋げば、多少は兄の行動をコントロールできる。一応は合理的な判断だった。この歳の男兄弟で、わざわざ人混みで手を繋ぐのは恥ずかしいということを除けば。
「じゃ、オレたち先に並んで待ってるから」
 弟が抗議の声をあげるより先に、雷刀はそう言ってひらひらと空いた手を振る。そのまま、軽やかな足取りで本殿へと駆けていった。目立つ朱と碧は、賑やかな人混みの中に混じり消えた。
「……ワタシたちも繋ぎましょうか?」
「いっ、いいわよ!」
 ハイ、と差し出されたレイシスの手を、グレイスは身を反転させ背を見せることで拒否する。わざわざ腕を組んで手を塞ぐおまけ付きだ。
「嫌デスカ……?」
 しょんぼりとした声が、少女の背中越しに聞こえてくる。きっとすぐ後ろには、しゅんとした表情でやり場のなくなった手を力なく下ろす姉の姿があるだろう。罪悪感が胸を刺す。うぐ、と喉が何ともいえない音を上げた。
「いやじゃない……けど……」
 子どもじゃないんだから、と躑躅は唇を尖らせる。実年齢はどうであれ、二人とも高校生なのだ。はぐれないように手を繋いで歩くなど、さすがに恥ずかしい。そもそも、若干混んでいるとはいえ、相手を見失うほど敷地は広くなければ、人も多いわけではない。当たり前のように受け入れるあの兄弟がおかしいのだ。
「嫌じゃないならいいじゃないデスカ!」
「そういう問題じゃないわよ!」
 えー、と不満げな声とともに、桃は頬を膨らます。彼女には、家族というものに憧れがある。そして、家族として一番身近なケースはあの兄弟だ。彼らと同じように、姉妹のように、大切な人と手を繋いで歩いてみたい。少女の中の欲求は強いものだった。
 不満を表すかのように、胸の前でぎゅっと拳を握るレイシスの姿は可愛らしいものだ。あの兄弟ならば即座に手を差し出したことだろう。しかし、躑躅は目を眇めて反抗した。
「ちょっとだけですから……。ダメ、ですか……?」
 ラズベリルがスピネルを真正面から見つめる。桃色の形の良い眉は、不安そうに八の字に垂れていた。
 う、とグレイスの細い喉から気まずげな音があがる。彼女のこの顔に、声に弱いことは、少女自身嫌というほど分かっている。そして、姉と同じぐらい、彼女に対して甘いことも自覚していた。
「………………ちょっとだけよ。並ぶまで、本当にちょっとだけ」
 ちょっとだけなんだから、と念押しし、躑躅は組んでいた腕をゆっくりと解く。少しの迷いで小さな手は揺れるも、少女は姉に向かって白いそれをそっと差し出した。
 己の願いが叶ったという事実を認識し、薔薇の少女はぱぁと表情を明るくする。先程まで悲しみに陰っていた顔が、歓喜に満たされた。
「ハイ!」
 元気な声をあげ、少女は差し出された手を己の両の手で優しく包み込む。それじゃ歩けないじゃない、と至極当然の指摘に、ハワ、と動揺の声を漏らす。常識よりも嬉しさが勝り、行動に表れてしまったのだ。えへへとはにかみ、レイシスは今度こそグレイスの右手に己の左手を重ね、優しく握る。一拍置いて、妹もその手を握り返す。姉妹の手は、解けないようにしっかりと繋がれた。
「行きマショウ!」
「……えぇ」
 喜びを表すかのように繋いだ手を振り、桃は空いた手で本殿を指差す。せっかく雷刀たちが先に並んでくれているのだ、早く行くべきだろう。あまりに遅くなり、彼らが先に済ませてしまうことになるのも申し訳がない。
 けれども、せっかく繋いだ手が早々に解けてしまうのも寂しいことだった。自然と、二人の足取りはゆっくりとしたものになる。レイシスに合わせているのだから仕方ない、と躑躅は己に言い聞かせる。妹の心情を知ってか知らずか、桃は繋いだ手を優しく振った。
 桃と黒の美しい晴れ姿が、鳥居を潜り抜け、人混みへと溶けていった。

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#レイシス #グレイス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

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その正体はきっと【ライ→レフ】

その正体はきっと【ライ→レフ】
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恋心が自覚できないオニイチャンが恋心に振り回される話。書きたいところだけ書いたのでオチはない。

「なぁ、烈風刀。告白されたってマジ?」
 口に含んでいた食物を喉に押し込み、雷刀は今日一日抱えていた疑問をぶつける。箸を止め、目の前に座る弟をじぃと見つめた。
 突然投げかけられた言葉に驚いたのか、米を口に運ぶ烈風刀の手が一瞬止まる。箸に乗せたものを口に放り込み、咀嚼し、飲み込んだところで、少年は熱烈な視線に真っ向から対峙する。エメラルドグリーンの瞳は、じとりと眇められていた。
「…………何故、貴方が知っているのですか」
 彼にしては珍しく、問いに問いで返してくる。この話題が出た――否、この話が兄に知られてしまったことが心底嫌だということがありありと分かる声色だった。
 明確な答えは返ってこなかったものの、その問いが実質の答えである。自ら口にしたことが事実であることへの驚きに、ほへぇ、と空気が漏れ出るような音が口から吐き出される。一拍置いて、ルビーレッドの瞳がキラキラと輝き出した。
「えっ、マジ? マジなの!? すげー!」
「あぁもう、食事中ですよ! 静かになさい!」
 今にも身を乗り出さんとする雷刀を、烈風刀は鋭い声と視線で押し込める。はぁい、と気の抜けた声が食卓に落ちた。
 静寂の中、二人は黙々と食事を続ける。しかし、朱の目はテーブルに並ぶ料理でなく、目の前に座る少年へと幾度も向けられる。話が聞きたくてたまらないということが嫌でも分かる。静かにしろと言われて口を噤んだのは良いが、こうも視線がうるさければ意味が無い。
「……告白されたのは事実です。もう、何日も前の話になりますが」
 チラチラと伺ってくる様子に嫌気が差したのだろう。箸を置き、烈風刀は溜め息と共に言葉を紡ぐ。どこか投げやりなものだった。今すぐにでもこの話題を終わらせたい彼にとってはそうなってしまうのも仕方のないことだろう。
 箸を持ったまま、兄はキラキラと輝く瞳で弟を見つめる。そこには羨望と、少しの嫉妬があった。
 弟が告白されたと聞いたのは、今日の昼休みだった。移動教室の準備をしている際、すぐ後ろにたむろしていたクラスの男子グループが話していたのが聞こえたのだ。『三組の女子が烈風刀に告白したらしい』と。
 噂話は、雷刀にとって何よりの衝撃だった。たしかに烈風刀は主席であるほど頭が良くて、基本的には落ち着いて大人びていて、それでいてどこか抜けた可愛らしい面もあり、いつだって何事にも全力で、自己研鑽を怠らない男だ。家族であることによる贔屓目を抜いても、女子から羨望や尊敬の念、恋愛感情を抱かれる要素は沢山あると思えた。
 それでも、女子から告白を受けるだなんて、身内がそんな青春の一大イベントを体験しているだなんて思ってもみなかった。『恋愛』という思春期真っ只中の少年にとって一段と興味がある事象に、身近な人間が遭遇したのだ。話を聞きたくて仕方がない。
「どうだった!?」
「どうもなにもありませんよ」
「ドキドキしたーとか、女の子可愛かったーとか、そーゆーのねーの?」
「ありません」
 追い縋るように問いを重ねるが、返ってくるのは否定のみである。あまりにも素っ気ない素振りに、朱は不満げに頬を膨らます。碧は何食わぬ顔で食事を続けるだけだ。
「もちろん断りましたけど」
 無慈悲な注釈をつけ、烈風刀は再び米を口に運ぶ。そこにはこれ以上語る気などないという、強い意志が見て取れた。
「えー、もったいねー」
「レイシス以外を選ぶはずなどないでしょう」
「そりゃそうか」
 当たり前の事実に、少年は納得の声と共に首を縦に振る。自分たちが焦がれるほど恋しているのはレイシスただ一人で、それ以外の女子は恋愛対象にすらならない。それは分かっているが、やはり告白だなんてイベントに遭遇すれば、たとえあの烈風刀であろうと何らかの感情が動くのではないかと思ったのだが。己がまだ体験していないことについての興味は当分尽きそうにない。
「もういいでしょう。さっさと食べてしまいますよ」
 硬い声で言い、烈風刀は黙々と箸を動かす。彼の前に置かれた食器は、全て空に近い。反して、雷刀のそれはまだ四分の一は残っている状態だ。さっさと食べてしまわなければ、後片付けや風呂の時間を無駄に圧迫してしまう。急いで箸を動かし、まだ温かい夕食を胃袋へと収めていった。
 しかし。
 ふと過ったものに、雷刀は箸を咥えたまま動きを止める。真紅の瞳は、綺麗にさらわれつつある皿をぼんやりと見つめていた。
 烈風刀が告白された、と聞いてまず浮かんだのは、驚愕だった。身内にそんなイベントが発生する日が来るだなんて思ってもみていなかったのだから、仕方がないだろう。
 次に浮かんだのは、軽い嫉妬だった。レイシスという恋い焦がれる少女はいるものの、自分だって『告白』というイベントを体験してみたい。顔がそっくりだとよく言われるのに、他人から見れば同じ見目をした弟だけ先に体験するのは何だかずるく思えた。
 そして、今になって浮かんできたのは、焦燥だった。
 何故かは分からない。何に対するものかは分からない。けれども、漠然とした焦りが少年の胸をじわじわと蝕んでいっていた。
 なんだこれ、と内心首を捻りながら、少年は食事を続ける。ごちそうさまでした、と対面から聞こえてきた声に、更に箸を運ぶスピードを上げた。
 薄くゆらめく焦燥のもやは、料理と共に胃袋へと押し込んだ。








 手にしていた小型携帯端末を放り出し、雷刀は寝返りを打つ。ぽふん、と腕と端末がマットレスに沈む音が静かな部屋に響いた。
 告白云々の話をして一週間。少年の頭には、未だ焦燥が薄く膜張り思考を覆っていた。
 烈風刀を見る度、『告白された』という話を思い出す。事実を思い返す度、何かが胸をひっかき小さな爪痕を残すのだ。痛みはない。けれど、たしかに何かが胸を少しだけ掻き乱すのだ。
 それがあの日抱いた焦燥だと気づいたのがつい最近。何故傷を残すのかは、分からずじまいだ。
 何で、と数え切れないほど繰り返した問いを今一度口の中で呟く。答える者など、自分を含め誰もいない。
 何故烈風刀が告白されたことに焦燥を覚えるのか。先を越されたからか。自分にはまだ春が来ないからか。いくつか思いつく文言は、どれもしっくりこない。かといって、他に解は導き出せない。結局原因解明には至らないままだ。
 うーん、と低く唸り、仰向けになる。頭の後ろで腕を組み、枕代わりにする。いきなり動かした肩が少しだけ痛んだ。
 ――烈風刀が誰かと付き合うのが嫌だから?
 いきなり思い浮かんだ解に、少年は目を大きく見開く。は、と疑問符たっぷりの声が思わず口から漏れ出た。
 本人が言った通り、烈風刀がレイシス以外の女子と付き合うなど、選択肢として存在しない。だから、まずありえないことだ。何故そのありえない事象に焦りを覚えるのか、全く分からない。
 そもそも、弟が誰かと付き合うことを嫌がるなどどういうことだ。相手が自分の想い人であるレイシスなら話は別だが、それ以外の女子ならまず祝福すべきことである。嫉妬の一つや二つはするかもしれないが、焦りを生むことはないはずだ。
 だけど、何で。
 分からない、分からない。ゴロンと寝返りを打ち、うつ伏せになる。そのまま枕に顔を埋め、うーと唸り声をあげた。
「……嫌、なのかなぁ」
 くぐもった声が枕と顔の隙間から漏れ出る。音にした瞬間、脳はそれが正答解であるかのように主張を始めた。んな馬鹿な、と理性は言う。それから外れた何かが、そうなんだよ、と力強く言い切った。受け入れがたい状況に、少年は枕に頭を擦り付けた。
 烈風刀に彼女ができる。烈風刀の隣を、誰か知らない女の子が歩く。烈風刀が、誰か知らない女の子に笑いかける。烈風刀が、誰か知らない女の子と――
 あり得るかもしれない未来の姿を想像した瞬間、胸に鋭い痛みが走った。心臓が杭でも打ち込まれたかのように強く痛む。血液が沸騰しているかのように、脈がおかしな調子で揺らめく。反して、身体は真冬の寒空の下に放り出されたかのように冷えていく。カッと見開かれた目は、暗く濁った色に染まっていた。
 そんなの嫌だ。烈風刀の隣に、知らない誰かがいるのが嫌だ。レイシスでも自分でもない誰かがいるのが嫌だ。誰か知らない人に笑いかけるなんて、そんなの絶対に嫌だ。
 一度思い浮かべてしまった光景を、脳が必死に拒否する。子どものわがままよりずっと酷い、自分勝手にも程がある主張だ。いつかあるかもしれない弟の幸せを否定するだなんて、何と酷い兄なのだろう。けれども、焦燥と絶望に駆られた頭は、嫌だ嫌だと駄々をこねた。
 何故このように思ってしまうかが全く分からない。何故、こんなことでこんなにも頭が、心が掻き乱されるのか、皆目見当が付かない。何故、何故。何度も問いを繰り返すが、答えは一つも思い浮かばなかった。
 見開いた目をそっと閉じ、瞼の裏に愛しい家族を思い描く。うつくしい翠玉の瞳は、己の目をしっかりと見据えていた。








 夏が過ぎ去ったばかりの朝は、まだ生ぬるい空気で満ちている。シャツの胸元をパタパタと扇ぎ、汗ばむ肌へ少しでも空気を送る。焼け石に水だが、無いよりはマシだ。あちぃ、と呟く声は雲一つない蒼天へと昇って消える。暑いですね、と覇気のない声が隣から飛んできた。
 降り注ぐ太陽の熱に抗いながら、兄弟二人は普段より時間をかけて登校する。少し遅い時間だからか、下駄箱には人はもうほとんどいなかった。
 今日の一限何だっけ。古文ですよ。辞書ロッカーにあったかな。そんな他愛もない会話を繰り広げながら、雷刀はスニーカーから内履きへと履き替える。靴紐を結び終え立ち上がると、そこには立ち尽くしたままの烈風刀がいた。
 いつもならばさっさと履き替えてしまうのに、一体どうしたのだろうか。下駄箱を開いたまま固まった少年の手元を覗く。ドアで隠されていた左手には、なにか四角い紙のようなものがあった。折りたたまれ方や装飾から見るに、封筒だろうか。
「何それ?」
 兄の声に、弟の肩がビクリと跳ねる。手にしたものを下駄箱に押し込むと、急いでその扉を閉じる。ガタン、と金属のロッカーが耳障りな音をたてた。
 一体どうしたのだろう、と朱は小さく首を捻る。下駄箱。封筒。そして弟の不可解な反応。いくつもの要素が線で繋がり、一つの解を導き出す。
「えっ!? ラブレター!?」
「静かに!」
 反射的に叫ぶと、鋭い声が被される。浅海色の瞳は強く眇められ、射抜かんばかりの鋭さでこちらを睨めつけていた。あまりの気迫に一歩引くも、次第に好奇心がむくむくと湧き上がってくる。一歩、二歩とじりじり歩み寄り、学籍番号が書かれた鉄扉へと手を伸ばす。少し大きな手は金属の冷たさを感じることなく、パシンと乾いた音とともに痛みを訴えた。
「見せませんよ」
「えー」
「見せるわけがないでしょう」
 他人に見られたくないからこんな手段を選んだのでしょうに、と続け、少年は扉を押さえたまま、兄を睨む。言葉通り、見せる気は毛頭ないようだ。けち、と吐き出しかけた言葉を喉の奥に急いで押し込む。こんなことを言っては余計に警戒させ怒らせるだけだということぐらい、さすがの雷刀にも分かる。
「それに、そういうものと決まったわけではありません。中身を確認するまで分かりませんよ」
 いや絶対ラブレターだろ、という台詞は飲み込んだ。それが事実であったとしても、指摘したところで相手は否定を繰り返すだけだろう。こんなところで無駄に問答を繰り広げても意味の無いことだ。
 兄を睨めつけたまま、碧は警戒心を顕にした様子でロッカーを開け、閉じ込めていた封筒を素早く鞄にしまい込む。そうしてようやく靴を履き替え始めた弟を横目に、壁に掛けられた大きな時計を見やる。大きな針は、予鈴までもう時間が少ないことを示していた。思ったより時間を食っていたらしい。
 早く行きますよ、と少し焦りの含んだ声とともに、肩をぽんと叩かれる。あぁ、と振り向いて、兄弟二人は教室へと足早に歩みを進めた。
 ラブレター。
 その語が表すもの――それを示すものに込められた想いを考えて、胸がさざめく。理解できぬ感情が心を揺らし、爪を立て、傷をつける。
 何でだ、と少年は密かに首を傾げる。ただが弟がラブレターをもらっただけで、何故こんなにも感情が揺らめくのだろう。他人事だというのに、何故こんなにも心がざわめくのだろう。早くも暑さで茹だりつつある頭では、当分理解できそうにない。
 何かを訴える心を胸の奥深くへと無理矢理追いやり、雷刀は廊下を駆ける。すぐ横から、廊下を走ってはいけません、と耳慣れた声が飛んできた。








 鐘の音を模した電子音が教室棟に響き渡る。担任教師によるホームルームを終え、一日の授業行程は全て終了した。席を立つ者。足早に教室を出る者。その場で友人と歓談する者。放課後に向け、生徒たちは思い思いに行動する。静寂に包まれた授業中から一転、教室は賑やかさを取り戻していた。
 愛用のペンケースとノートを鞄に放り込み、雷刀は席を立つ。向かうはレイシスの席だ。同じクラスであるレイシスと烈風刀と合流し、そのまま日々の運営業務へと向かう。いつからかは定かではないが、これが彼らの日常となっていた。
 一列挟んで向こう側にいる彼女の席にはすぐに着く。お疲れ、と手を振ると、お疲れ様デス、と愛らしい声と可憐な笑みが返ってきた。
 普段なら先にいるはずの烈風刀の姿はない。まだだろうか、と彼の席へと目をやろうとすると、レイシス、と耳慣れた声が愛しい少女の名を呼ぶのが後ろから聞こえた。二人で振り向くと、鞄を肩に掛けた碧の姿があった。
「すみません、少し用事ができてしまいました。二人で先に行っていてください」
 常通りの澄んだ声で彼は告げる。一時的とはいえ、仕事を抜けてしまうのが申し訳ないのだろう。その眉はほんのりと八の字に下がっていた。
「そうデスカ」
 少年の言葉に、少女はぱちりと瞬き一つして応える。主席である烈風刀は委員会の仕事や教師からの依頼が度々舞い込んでくる。今日もその類なのだろうと判断したのか、レイシスは鞄を手にさっと立ち上がった。
「じゃあ、先に行ってマスネ」
 烈風刀も頑張ってくだサイ、と両手を腕の前で握って、少女は笑みを浮かべる。可愛らしい応援は、彼女を愛する双子にはてきめんだ。
 しかし、烈風刀は変わらず申し訳無さそうな顔をするばかりだ。普段ならば、少し高揚した様子ではい、とはっきり応えるというのに、今日は曖昧に微笑むだけである。その眉は八の字を描いたままだ。むしろ、更に下がったようにも見える。
 放課後。用事。そして、今朝の封筒。
 雷刀は内心頷く。やはり今朝のものはラブレターで、弟はその送り主に呼び出されたのだ。おそらく、その口で愛の言葉を紡ぎ、聞いてもらうために。
 どくり、と心臓が大きく跳ねる。一度大きく動いた心臓はそのまま強く動き、鼓動を早める。どくどくと力強く脈打つ音が身体の内側から聞こえた。
 ラブレター。呼び出し。告白。
 烈風刀が、知らない女の子にラブレターをもらった。
 烈風刀が、知らない女の子に会いに行く。
 烈風刀が、知らない女の子と話す。
 烈風刀が、知らない女の子と――
 頭の中に警鐘が鳴り響く。脳はけたたましいそれを理解できず、ただ固まるだけだ。もともと回転率の良くない頭が、いつも以上に回らない。視界が平坦になり、色が淡く消えゆく。混乱に陥った身体は、末端からどんどんと冷えていった。
 いつぞやの焦燥がまた顔を出す。原因不明のそれは、固まった思考を動かそうとするように心を煽る。早くしろ、手遅れになるぞ、と。何を早くすればいいのか、何が手遅れになるかは、全く分からない。けれど、そんなことはお構いなしに焦りはどんどん胸の内から溢れ出てくる。
 では失礼します、と小さく会釈し、碧はその引き締まった足を教室のドアへと向ける。そのまま、一歩歩きだそうとした。
 パシッ、と乾いた音が生徒の声に溢れた教室に落ちる。妙に大きく聞こえたそれは、誰も見向きもせずに喧騒の中に溶けて消えた。
 気が付けば、烈風刀の腕を掴んでいた。それも、音が鳴るほど強く。
 目の前の翡翠と、隣の紅水晶が丸く見開かれる。突然の行動に驚いたのだろう、二人の口は瞳と同じようにぽかんと丸く開かれていた。
「……何ですか?」
 いきなり腕を捕まれ、烈風刀は怪訝な様子で兄を見る。会話が終わり教室を出ようとしたところを、文字通りいきなり引き止められたのだ。訝しがるのも当然だろう。先程まで垂れていた眉は、ぎゅっと寄せられていた。
「え、あ……、いや…………」
「痛いです。離してください」
 動揺し口ごもる朱に、碧は冷たい声を浴びせる。実際、掴まれた腕は白くなっている。同年代よりもずっと力のある少年にがっちりと鷲掴まれているのだ。痛みを覚えるのも必然である。
 あぁごめん、と少年は急いで手を離す。日に焼けていない白い腕には、指の跡がうっすら浮かんでいた。痛々しさと異常性を覚えるものだ。
 浮かぶ手跡を見て、浅葱の瞳が厳しげに細められる。夏服で剥き出しになった腕に浮かぶそれは、いささか目立つ。不可解な行動を含め、良い気分はしないだろう。すっと、鋭い視線が雷刀に浴びせられる。当然の反応に、少年は気まずげに身を縮こませることしかできなかった。
「何なのですか、いきなり」
「あ、いや……。え、えっと……」
 怒気の滲む言葉に、朱は曖昧な言葉を返す――曖昧な言葉しか返せなかった。なにせ、無意識の行動だったのだ。なぜこのようなことをしたのか、何が自分を突き動かしたのか、欠片も分からない。答えようがなかった。
「……行きますね。では、また後で」
 再び会釈をし、烈風刀は今度こそドアへと足を向ける。そのまま机の間を縫って歩き、教室から出ていった。
 その白い背を、雷刀はずっと見つめていた。弟が去ってもなお、その紅玉はドアの方へと向けられていた。細められた紅緋は、眩しそうにも、痛みを堪えているようにも見えた。
「雷刀?」
 どうしたんデスカ、とレイシスは不安げに尋ねる。先程の行動といい、今の立ち尽くしている状態といい、今日の彼は少女の目に不可解に映った。心優しい彼女が心配に思うのも仕方のないことだろう。
 少女の声に、少年はビクリと肩を震わせる。素早く振り返り、桃と相対する。眇められていた紅瑪瑙は、今は驚きで丸く見開かれていた。
「えっ? い、いや、何でもない。だいじょーぶ」
 わたわたと腕を動かし、雷刀は何でもない、と繰り返す。その様子は、何でもないようには到底思えない。少女の眉が不安そうにふにゃりと下がった。
「本当に大丈夫デスカ?」
「うん、大丈夫。早く行こーぜ」
 心配そうに見つめるレイシスに、彼はニコリと笑って今一度大丈夫と返す。このまま会話を続けても、優しい彼女は己のことを気遣い心を痛めるだけだろう。ならば、行動で示すしかない。少年は鞄を担ぎ直し、ドアを指差した。
 そうデスネ、と桃はどこか腑に落ちない声で返す。やはり、先程の一連の行動が気にかかるのだろう。元気な姿を見せなければ、と心の中で奮起する。そこにも、未だ何か暗いものがへばりついていた。
 行こ行こ、と少年はステップを踏むように机と人を掻き分けて扉へと向かう。一拍遅れて、ハイ、と言う声とともに、少女もその背を追った。
 ホームルームが終わったばかりでまだ人の多い廊下を、雷刀とレイシスは連れ立って歩く。今日の仕事何あったっけ。えっとデスネ。他愛のない会話を繰り広げながら、二人は運営業務へと向かっていく。
 少女との会話を繰り広げながらも、少年の頭には未だ警鐘が鳴り響いていた。動悸は少しだけ収まったが、まだ耳のすぐそばで脈が打つ音が聞こえる。口の中がカラカラに乾く。なんとなく呼吸が下手になった気がする。常通りに振る舞おうと努力するが、身体の内部は未だ異常を示していた。
 全ては、この頭を支配する焦燥のせいだった。再び顔を出したこいつが、何かを訴える。何かは分からない。とんと理解ができない。けれども、そいつはずっと居座り、何かを訴え続けるのだ。思考を、心を掻き乱すのだ。
 何なんだよこれ、と一人胸の内で毒づく。理不尽な仕打ちに抗うようぎゅっと瞑る。瞼の裏には、腕を捕まれ目を見開く弟の姿がはっきり焼き付いていた。


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#ライレフ #腐向け

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ゆっくりおやすみ【ライレフ】

ゆっくりおやすみ【ライレフ】
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寝る弟君とオニイチャンっぽいことしてるオニイチャンが書きたかっただけの話。性癖にとても素直。

 黒く曖昧とした世界から意識が浮上する。無意識の微かな呻りと共に、閉じていた目がゆっくりと開く。透き通る白の瞼から覗く碧は、まだ眠りの海を揺蕩っていた。
 白くけぶる世界に、烈風刀は目を細める。形の良い細い眉は険しげに寄せられていた。寝起きの目には、蛍光灯の強い光は毒でしかない。う、と濁った音が喉奥から漏れ出た。
 眠気でぼやけた思考が、現実を認識しようと鈍く動き出す。ゆるゆると連なる記憶をたぐり寄せてたっぷり十数秒、ようやく己がリビングのソファに横になっていることを理解した。あぁ、と内心嘆息する。どうやら、居眠りをしてしまったようだ。
 輪郭を取り戻してきた五感が、ほのかな香りを掴み取る。野菜の煮える甘い香りだ。慣れ親しんだそれの中に、トントンと小気味の良い音が交わる。軽やかな音は、子守歌のように心地の良い響きをしていた。
 もう夕飯時だろうか、とまだ動きの鈍い頭で考える。リビングを訪れたのは日が落ちつつある中だったはずだ。まだあまり時間は経っていないようである。良かった、という安堵と、居眠りをしてしまうなんて、という後悔が寝起きの頭をじわじわと染めた。
 鼻腔をくすぐる優しい匂いが、意識の隅にある何かを引っ張り上げる。取り戻したそれを認識し、烈風刀は眇めていた目を大きく見開く。座面に横倒れになっていた上半身が大きく跳ねた。
 そうだ、今日の夕食当番は自分ではないか。だというのに調理している気配があるということは、寝こけた自分を見かねて雷刀が変わってくれたに違いない。普段は自由奔放で無責任にも見える彼だが、こういう時は優しさを見せてくるのだ。
 羞恥と悔恨で白い肌が赤らみ、青ざめ、激しく色が切り替わっていく。とにかく謝らねば、と少年は急いで飛び起きる。体勢を崩して脱げかけたスリッパそのまま、キッチンへと急いで駆けた。
 さして広くない調理場には、蒸気が鍋蓋を揺らす音、包丁がまな板を叩く音、食材が煮える香りが満ちていた。キッチンという場所を表すかのようなものたちの中に、小さな鼻歌が漂う。朱が奏でる上機嫌な響きは、愛しい少女をイメージした楽曲だ。愛し守るべき彼女らしさをいっぱいに詰め込んだその歌は、三人のお気に入りだ。
「あ、烈風刀。おはよ」
 包丁とまな板のリズミカルな音と可愛らしい歌声が止む。騒がしい足音で気付いたのだろう、こちらを向いて迎えた雷刀は、慌てた様子の弟ににこやかに笑いかけた。
「お、はよう、ございます……」
 対する烈風刀は、気まずげに顔をしかめる。整った眉の端は下がり、応える声もどんどんと萎んでいく。常ならば相手の目にしっかりと向き合う翡翠の目は、緩やかな弧を描く紅玉からどんどんと逸らされ地面へと向かっていく。彼の胸を占める罪悪感を如実に表していた。
「そんなに急いでどした? なんかあった?」
「今週の夕食当番、僕でしたよね。すみません」
 首を傾げる兄に、弟は苦しげに言葉を紡ぐ。謝罪の言葉と共に頭を下げると、傾いでいた朱い頭が更に斜めになっていく。え、と疑問符たっぷりの声が二人きりの空間に落ちた。
「いや、今週の当番オレだけど……」
 ほら、と雷刀は包丁片手に冷蔵庫に貼られたカレンダーを指差す。今週の欄には赤い線が真っ直ぐ引かれており、その下に同じく赤で『雷刀』と大きく書かれていた。今週の食事当番は兄であることをはっきりと示している。今週の当番だと主張する烈風刀の名があるのはその一行下、来週の欄だ。
 へ、と間の抜けた音が寝起きの喉から漏れる。互いに互いの言っていることが理解できず、朱と碧はその場で立ち尽くす。兄弟二人抱えたキッチンを沈黙が包み込んだ。
 驚きに固まった思考がようやく動き出す。カレンダーが語る日程は二人で相談した確かなもので、今週の当番は兄であることは事実だろう。メリットも道理も無いのだから、彼が嘘を吐いているということもないはずだ。
 つまり、自分が寝ぼけて勘違いをしていたのだ。
 鈍る頭でようやく解に辿り着く。途端、碧の顔にぶわりと紅が広がった。羞恥が胸の内を一気に染め上げる。居眠りをした挙げ句寝ぼけるだなんて、何と間抜けなのだろう。しかも、それを雷刀に見られた――実際は自分が勝手に見せたのだが――だなんて、恥ずかしいにも程がある。兄の性格上、からかわれるのは必至だ。
 あぁ、何でこんなことに。脳内で頭を抱え何度問うても、納得のいく答えなど見つからない。間の抜けた自分の醜態だけが事実として残っているのだった。
「何? もしかして寝ぼけてた?」
 赤くなって黙りこくる弟を見て、雷刀は問いかける。確信を持った、意地の悪い響きだ。緩く弧を描く口元は、完全にいたずらっ子のそれである。
 からかわれて良い気などしない。しかし、今回ばかりは仕方の無いことだ。いきなり飛び込んできて意味不明なことを言い、作業を中断させ迷惑を掛けてしまったのだ。しかも、火や刃物を取り扱っている最中にである。一歩間違えれば大怪我をするような場所でこんなことをしたのだから、責められてもおかしくはない。
 そもそも、リビングで居眠りなどしていたのが悪いのだ。普段兄にはソファで寝るのは控えろと言っているのに、自分がこれでは世話がない。
「……そうみたいです。すみません」
 羞恥と悔恨と申し訳なさで心が埋め尽くされる中、どうにか形作った声はか細いものだった。寝起きの発声に慣れていない喉によるものではないのは明らかだ。色素の薄くなった唇が強く引き結ばれた。
 こんなにも素直な返答が来るとは思っていなかったのだろう、兄は物珍しげにぱちりと瞬く。未だ沈痛な面持ちをした碧を見て、少年はんー、と口の中で呟く。そのまま、からりと笑った。
「烈風刀って意外とねぼすけさんなんだな」
 かわいい、と柔らかな響きで続けて、雷刀は頬を緩める。恋人に対する愛おしさがそのまま溢れ出たような表情だ。
 普段ならば『可愛い』などと言われればすぐさま否定する烈風刀であるが、今は気まずげに身を縮めるだけだ。兄の優しい様子に、淀み濁る胸がツキリと痛む。茶化すような言葉ではあるが、そこに先程までのからかう響きはない。気を遣っての言葉だということぐらい嫌でも分かる。己のミスでこんなにも迷惑を掛けてしまった嫌悪と後悔で、心臓がキリキリと痛んだ。
 んー、と宙空を見つめた後、雷刀はぱっと顔を明るくする。何か思いついた様子だ――未だ目を逸らし床を見つめている烈風刀は気付くことはできないのだが。
「眠いんだったらもうちょっと寝てな?」
「……え?」
 いきなりの提案に、烈風刀は空気が抜けたような音を漏らす。彼の指摘通り寝ぼけているのだから、顔でも洗ってくるべきだろう。そも、そのまま料理を手伝った方がいいに決まっている。なのにもう少し寝ているといいだなんて、一体何なのだ。
 戸惑っている間に、朱は火を止め手を洗い、立ち尽くす碧へと歩み寄る。そのまま引き締まった肩を掴み、身体をくるりと反転させた。突然のことに、ちょっと、と抗議の声をあげるも、彼はまぁまぁ、と唱え背を押すだけだ。突如の行動に反抗する間もなく、そのまま二人でキッチンを出て行く形となった。
 押されるがままに歩き着いた先は、先程まで寝こけていたリビングのソファだった。何ですか、と問うが、相変わらずまぁまぁ、とはぐらかす声が返ってくるだけで、真意は分からないままだ。
 少しくたびれたそれの真ん前に立ったところで、また身体を反転させられる。意図の読めない行動に混乱していると、あれよあれよという間に座面に座らされ、そのまま横にさせられてしまった。
「晩飯できたら起こすから」
 そう言って、兄はいつの間にか手にしたブランケットを横たわった身体に掛ける。まだ暖房のかかっていないリビングでは、柔らかな布のもたらす温かみは心地の良いものだ。
「いや、でも――」
「寝ぼけちゃうぐらいまだ眠いんだろ? だったら一回ちゃんと寝ちゃうのが一番だって」
 笑顔で紡がれる言葉に、う、と言葉が詰まる。一度飛び起きはしたものの、うたた寝だったせいか眠気はまだ残っている。だが、こんな時間に眠っては夜眠れなくなってしまうのではないか。そもそも不注意で寝てしまったことは咎められるべきなのではないか。様々な懸念が頭をよぎり、音も無く積み重なっていく。細くなった喉がきゅうと音をたてた。
 やはり良くない。急いで身を起こそうとするも、まぁまぁ、という声と共に、そっと肩を押さえられる。たったそれだけで己が身は再びソファに沈んでしまった。その程度で抑えられてしまうほど動きが鈍っているという事実に、少年は顔をしかめる。身体は確かに睡眠を求めているのだろう。けれども、やはり兄一人に作業を押しつけ眠ってしまうことに罪悪感を抱いてしまうのだ。
 不安げに視線を泳がせる弟の様子に、雷刀はその目の前にしゃがみこむ。手を伸ばし、横たわった碧い頭をそっと撫でた。だいじょーぶだいじょーぶ、と根拠の無い言葉を口にする。優しいリズムで繰り返されるそれは、子守歌のようだった。
「昼寝は一時間までならセーフって前にテレビで言ってた。だから、大丈夫」
 ちゃんと起こすから安心して寝ときな、と歌うように紡いで、朱は頭に添えた手をそっと動かす。節の目立ち始めた手が浅海色の髪を泳ぐように梳く。子どもを寝かしつける手つきだ。憂慮に揺れる孔雀石を見つめる紅瑪瑙は、愛おしそうに細められていた。
 甘やかな言葉と慈愛に満ちた視線に、烈風刀は悔しげに目を眇める。こういう時に限って存分に甘やかしてくるのだから、この男は質が悪い。そして、何だかんだ言って甘えてしまう自分も、どうしようもないのだ。
 優しく撫で梳く手つきに、与えられる温もりに、身を薄く包んでいた眠気が気配を濃くする。目の前が暗くなっていく。瞼が下がってきているのだ、と認識するより先に、視界は細く狭くなっていった。
 睡魔に奪われつつある五感が、おやすみ、と呟くような声を捉えた気がした。






 聞こえ始めたかすかな寝息に、雷刀は小さく息を吐く。愛おしい碧をじぃと見つめていた瞳が一度伏せられた。
 夕飯を作るためキッチンに向かう最中、ソファで寝こけている姿は確認していた。珍しい、夕飯前まで寝かせておくか、とそのままにしておいたのだが、まさか寝ぼけて突然キッチンに飛び込んでくるなどとは思ってもみなかった。寝起きは良い方である彼があんな姿を見せるだなんて。珍しいことは重なるものである。
 サラサラとした海色の髪を梳き撫でる。眠りに落ちる直前の彼の表情は、不安げなものだった。おそらく、また眠ってしまうことや、作業を手伝わないことに引け目を感じていたのだろう。眠いならば少しぐらい寝ていてもいいというのに、彼は自堕落だと必要以上に己を責めてしまうのだ。いつまで経っても治らない悪癖である。
 さて、と、少年は壁に掛けられた時計に目をやる。アナログの針は、もう少しで夕食時になると告げていた。一眠りするには些か短い時間だろう。
 一品増やすか。可愛らしい寝顔を眺めながら、少年は考える。冷蔵庫に使ってもいい野菜はあっただろうか。どんな副菜なら自然だろうか。調理時間はどれほど増えるだろうか。様々な事項を脳内で検索していく。
 まぁ、急ぐことではない――急いでやっては意味の無いことだ。雷刀は音を立てぬように立ち上がる。ここで無駄に考え込んで起こす可能性を生んでしまうより、現場を見てゆっくり考える方が良いに決まっている。
 今一度眠っている愛しい人を眺める。水底色の瞳は白い瞼の奥に消え、横たわった身体は呼吸することを確かに表すように小さく上下していた。眠りに落ちる前の不安の色はそこにはもう無い。きっと、穏やかな夢の中にいるだろう。
 おやすみ。
 音にせず唇で形作り、少年はキッチンへと足を向けた。

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書き出しと終わりまとめ5【SDVX】

書き出しと終わりまとめ5【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその5。ボ7個。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:プロ氷3/ライレフ3/ニア+ノア1

触れあいニアミス→リベンジ/プロ氷
葵壱さんには「精一杯背伸びをした」で始まり、「今なら伝えられる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。


 精一杯背伸びをした。厚い下駄の上、滑りそうになる足で爪先立ちをし、頭一つ以上高い位置にある頬に唇を寄せる。それでも足りない身長では、唇の横に触れるのが精一杯だった。
 刹那の触れあい。バランスを崩さぬよう戻った己の顔は、きっと夕焼け色に染まっているだろう。やってしまった、という後悔と、やっとできた、という歓喜が、少女の胸の内をぐるぐると巡る。いずれにせよ、もう取り返しのつかないことなのは確かだ。
 突然の口づけに、識苑はぼうっとした様子で宙空を見る。ようやく先程の行為が何であったのか理解して、青年の身体がビクリと大きく跳ねた。病的なほど白い肌が、みるみる内に真っ赤に染まっていく。あ、う、と吐き出す声は、どこか上ずっていた。
「…………え? ぁ? ひっ、ひゆき?」
 ようやくたった今起こったことを理解できたのだろう、識苑は唇の主の名を呼ぶ。その声は情けないほどひっくり返ったものだ。彼女の前では特別大人であろうと努める彼にしては珍しい様相であった。
「あ、の、……いっ、いつも、識苑さんからばかり、なので……」
 たまには、私からしてみたかったんです。
 口元を袖で隠し、少女は消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。愛しい人の声を逃さなかった識苑は、再び固まる。氷雪が、あの氷雪がである。ここ最近積極性が増してきたとはいえ、口付けだなんて大胆なことをするなど考えたこともなかった。
「さっ、最初はほっぺたにと思ったのですが…………、身長が足りませんでしたね」
 えへへ、と笑う顔は依然朱に染まっている。いきなり唇は無謀、というよりもはしたないのでまずは頬から、と思ったのだが、頭約二つ分違う身長差では、背伸びをしても届かなかった。結果、ほぼ唇に近い位置に口付けるという、なんとも大胆な行動となってしまったのである。
「あ、の……、きもち、わるかったでしょうか……」
 依然固まったままの識苑を見上げ、氷雪は不安げに尋ねる。水底色の瞳は微かに水を湛え、髪と同じ色の細い眉は端が下がりきっていた。喜んでもらえるかもしれない、と頑張って行動に移したが、やはりいきなりは良くなかっただろうか。そもそも、自身からの口付けなどはしたなく、悪印象を植え付けたのではないだろうか。少女の胸を不安が侵蝕していく。じわじわと広がり小さな心を食い荒らそうとしたそれは、いや、という一言で止められた。
「あ、い、や、えっと……、めちゃくちゃ嬉しい……」
 嬉しすぎて頭が追いつかない、と識苑は指紋がつくことを厭わず眼鏡ごと片手で顔を隠す。その頬は、氷雪と同じほど赤に染まっていた。恋人からの口付けを気持ち悪いだなんて思うはずがない。ただ、あまりの驚きに脳のキャパシティが溢れ、思考が止まっただけだ。噛み砕き、飲み込んだ今は、青年の胸は歓喜で満たされていた。
「ほっ、本当ですか……?」
「本当に嬉しい……」
 涙を湛えた瞳が交錯する。方や不安、方や歓喜で濡れた正反対の瞳は、交わることでようやく安堵を得たようだった。ほ、と少女は小さく息を吐いた。
「氷雪」
 名を呼ばれ、少女はぱっと顔を上げる。すぐ目の前には、愛おしい夕焼け色があった。ほんのりと朱が刷かれた顔、その片頬を青年はそっと指差しへらりと笑う。その笑みは、普段より少しだけ硬いように見えた。
「あの……えっと……、もっかい、……は、ダメ?」
 そう言って、識苑は小さく首を傾げる。珍しいおねだりに、氷雪はパチパチと瞬いた。もっかい。もう一回。指差す先は、頬。青年の質問の意図を理解し、再び少女は顔を赤らめた。
「……だ、め……じゃ、ない、です」
 十数秒の沈黙の後、少女は吐息のような細い声で肯定の語を呟いた。溶けて消えてしまいそうな声は、しっかりと届いたのだろう。目の前の愛し人はふわりと破顔した。
「あの、目、瞑っていただければ……」
 氷雪の申し出に、青年はうんと頷いて目を閉じる。まあるい橙の瞳は、真っ白な瞼の奥に姿を隠した。
 白い頬に小さな手を添え、雪色はじぃと愛し人の顔を見つめる。整った眉、今は姿を隠した琥珀の瞳、眼鏡の痕が少し残る目元、すっと通った鼻梁、見た目よりも柔らかな頬、少しかさついた唇。どれも愛おしくて仕方が無い。愛する人の姿に、胸の内が温かなもので満たされていった。
 こくん、と息を呑み、少女はそうっと顔を寄せていく。溢れ出る感情をこの唇に乗せてた今なら、愛を伝えられるはずだ。




躾直し/ライレフ
AOINOさんには「傷口には触れないで」で始まり、「また一から始めよう」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。


「っ……、傷口には触れないでください」
 顔を歪め、烈風刀は愛する人の手を振り払う。普段より弱々しいそれは、指を少し退けるだけで精一杯のものだった。
 傷口、と雷刀は復唱する。己がつけてしまった噛み痕をなぞり労っていたつもりだったのだが、逆効果だったらしい。よくよく考えなくとも、皮膚が破けうっすらと血がにじむ場所は紛うことなき傷である。そこに触れるなど、文字通り傷口をえぐる行為だ。
 ごめん、と謝り、少年はすぐさま手を引く。やり場のなくなった手が、宙空を彷徨う。ふらふらと揺れるそれは頼りないものだった。
 白い肌に散る赤い痕は、全て己がつけてしまったものだ。情事の衝動に身を任せ噛みついた結果、いつも愛する人の肩口や首元には半月状の傷がたくさん生まれてしまっていた。たくさん怪我をさせてしまった申し訳無さと、衝動を我慢できない己のふがいなさと、この番は己のものだと主張する印に対する征服欲が胸の内に渦巻く。声にならない呻きを漏らした。
「ごめんなぁ」
「毎回そう言いますけど、結局噛むではありませんか」
 眉端を下げ謝る雷刀に、烈風刀は溜め息とともに返す。呆れた言葉に反して、声は柔らかいものだった。
 烈風刀がこの噛み癖を嫌っている訳ではないことは、薄ら察していた。噛まれた瞬間あげる声も、残された痕を眺める瞳も、ほのかに熱を孕んだ甘やかなものなのだ。時折見せる、暗い赤を愛おしそうに眺める姿はどこか妖艶で、どきりとすることがある。
 しかし、それとこれとは別である。嫌がられていなかろうと、己の征服欲が満たされようとも、怪我をさせるだなんて許されないことだ。性行為とは、双方が満たされるべきものである。そこに瑕疵は――それも欲望を制御できずに生まれた傷なんてものなど、あってはならないのだ。獣の欲望に負け相手にだけ負担を強いるだなんて、最低である。
 兎にも角にも、この噛み癖は改めなければいけない。うぅ、と情けない声が漏れる。以前のように衝動を抑えられるよう、また一から我慢を始めなければ。




涙色の幸せ/プロ氷
AOINOさんには「大人は泣かないものだと思っていた」で始まり、「そんな君がただ愛しかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。


 大人は泣かないものだと、ずっと思っていた。いつだって明るく、太陽のように輝く笑顔を湛えている彼ならば、尚更。
「せ、んせ、い」
 涙声で、氷雪は愛しい人を呼ぶ。消えかけのそれは、大粒の涙を流す彼には届かなかない。ただただ低い嗚咽が人気のない放課後の廊下に響いた。
 逡巡の末、氷雪は愛し人の白衣の裾をきゅっと握る。頭二つ分高い彼を見上げ、せんせ、ともう一度濡れた声で呼ぶ。やっと気づいたのか、ずび、と鼻を啜る音とともに、夕日色の瞳が姿を表す。普段ならば楽しげに輝いているそれは、夕焼けに照らされた海のように滲んで揺らめいていた。
「ご、めん、…………嬉しく、て」
 俺を、『識苑』を好きと言ってくれたのが、嬉しくて。
 好きでいることを許されたのが、嬉しくて。
 こみ上げる嗚咽を無理矢理抑えながら、識苑はどうにか言葉を紡ぐ。濡れた声は己のそれと同じで、今だけは自分とおんなじ子どものように見えた。つられて、翡翠の瞳からも雫がひとつ、ふたつとこぼれ落ちる。澄んだ雫が床に落ちる微かな音だけが、二人の空間に響いていく。
「……ごめん。みっともないとこ、見せちゃったね」
 目元を白衣の袖で乱暴に擦り、識苑はへらりと笑う。赤くなった目元と鼻先、未だ涙が伝う眦と頬、下がった形の良い眉がそのままな笑顔は、明らかに作られたもので、酷く痛々しく見えた。きっと、まだまだ幼い『子ども』の自分の前で、いつものかっこいい『大人』としてあろうとしているのだろう。無理をさせている事実に、きゅうと胸が痛んだ。
 共に顔を上げた氷雪を見て、識苑は目を丸くする。ぱちりと瞬き一つ。溢れた涙が、また一筋二人の頬に透明な線を作った。
「なっ、泣かないで! 大丈夫! 大丈夫だから!」
 大げさなほど慌てふためき、青年は少女の頬を白衣の袖で撫でる。考えるより先に、身体が動いてしまったらしい。一拍置いて、ごめん、汚かったね、と上ずった謝罪の声があがった。拭ってもらったばかりだというのに、翡翠の瞳からはとめどなく雫が湧き上がり流れた。
「いえ……、わたしも、うれ、しく、て……」
 ずっと、叶わないと思ってたから。
 わたしを、『氷雪』だけを見てくれることなんて無いと思っていたから。
 だから、嬉しくて、叶ったのが、嬉しくて。少女は嗚咽混じりに必死に言葉を紡ぐ。泣くだなんてこどもっぽい、みっともないだなんて考える余裕などなかった。彼に比べてずっと幼い自分では、溢れ出る感情をコントロールできない。止められない涙はぽろぽろとこぼれ、少女の白い肌を濡らすばかりだ。
 はしたないと分かりつつも、着物の袖で目元を拭う。厚く白い布地が水を吸い、かすかに暗くなった。ぽとぽとと、涙の粒が更に袖を濡らす。ぅ、と喉がみっともなく鳴った。
 そっと、小さな頭に大きな手が乗せられる。ゆっくりと下ろし、戻りをぎこちなく繰り返し、青年はどうにか少女の頭を撫でる。被衣を隔てているというのに、その手が、動きが、更に涙が湧き出るほど温かく感じた。
「……俺も、氷雪ちゃんが喜んでくれて、嬉しい」
 普段のように柔らかく、いつもの彼らしくもない震える声が、少女の鼓膜を揺らす。そっと顔を上げ、見上げた先には、涙の跡を残した愛おしい人がいた。溢れていた涙は既に止まっているが、その頬には、未だ透明な涙の道筋がいくつも走っていた。
 ず、と鼻を啜る音一つ。緊張で失った色を取り戻しつつある唇が、はくはくと動く。う、あ、と低く小さな声が、人のいない廊下に落ちて積もった。
「えっと……、あの、その…………」
 これから、よろしく、お願い、します。
 片言のようにつかえつかえになりながら、識苑はどうにか声で言葉を形作る。気恥ずかしいのか愛おしい少女から少しだけ視線を逸らし、小さく頭を下げた。その仕草はぎこちなく、それ故にどこか愛らしさがあった。
「……はい。よろしく、おねがいします」
 涙をもう一筋流し、氷雪はふわりと破顔する。涙に濡れた頬を染める姿は、雪のように儚く可愛らしいものだった。
 子どもの自分と同じように涙を流し、同じぐらい頬を紅に染め、ぎこちなく動き、言葉を紡ぎ出す。そんな大人の貴方が、ただ愛おしかった。




歩いて帰ろう/ライレフ
葵壱さんには「たまには遠回りしてみようか」で始まり、「だから綺麗に忘れてください」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。


「たまには遠回りしてみよ?」
 くるりと振り返り、雷刀は笑みを浮かべそう言う。肩に掛けたナイロンバッグが小さな音をたてた。
 突然の言葉に、烈風刀はぱちりと瞬きをする。兄の言葉を口の中で一度転がし、少年は顎に手を当てた。翡翠の瞳には、懐疑に満ちていた。
「……何か買い漏らしがありましたか?」
 普段の帰り道から少し逸れた位置に、一軒小さなスーパーがある。買い漏らしがあるのならば、来た道を戻るよりもそちらに寄った方が近い。わざわざ遠回りをして帰る理由など、それぐらいしか思い浮かばなかった。その場合、『たまには』という言葉が引っかかるのだが。
「そうじゃなくてさー……」
 弟の返答に、兄は小さく呟く。唇を尖らせる子どもめいた仕草を見るに、どうやら違うらしい。では、そちらの店舗にしか取り扱っていない商品があるのだろうか。それともどこか他に寄りたい場所でもあるのだろうか。浅葱の頭に疑問符が浮かんでいく。答えの見えない問いに、整えられた頭が軽く傾いだ。
 先を歩いていた雷刀は大股で一歩、二歩、と進む。そのまま烈風刀の隣へと並んだ。少し屈み、紅玉が蒼玉を下から覗き込む。鮮やかな紅緋には、不満げな色が浮かんでいた。
「たまには二人きりで散歩でもしたいなーって」
 言葉尻が萎んでいく様子は、拗ねているようにも恥じらっているようにも聞こえた。
 あまりにも単純な解に、碧はまたぱちりと大きく瞬きをする。二人きりで散歩など、買い出しが終わり帰り道を歩く今と同じではないか。わざわざ誘うようなことではない。
「だってさぁ、最近ゆっくりする時間なんてなかったし……」
 むにゃむにゃと尻すぼみになりながら、雷刀は小さく頬を膨らます。子どもめいた仕草に反し、その表情には寂寞の色が浮かんでいた。
 確かに、と烈風刀は内心頷く。最近はアップデートおよび大会準備でゆっくりする暇などほぼ無かった。帰宅は常に夜遅く、疲れ果てた身体では自分の世話だけで手一杯だ。怒濤のアップデートが終わりいくらか経った今だからこそ、二人連れ添って買い出しに行く余裕が出来たのだった。彼の言う通り、ちゃんと二人きりで過ごすことは久方ぶりのことである。
 顎に手を当て一考。しばらくの逡巡の末、渇いた喉がかすかに掠れた音を紡いだ。
「……いいですよ」
 へ、と間の抜けた声があがる。了承など得られないだろうと思っていたのが丸わかりの音だ。この手の提案、というよりも思いつきにに烈風刀が乗ることは少ないのだ。仕方がないことだろう。
「最近座り仕事続きでしたからね。適度に運動するべきです」
 そう言って、烈風刀は住宅街から少し離れた河原の方へと足を向ける。数拍の後、大きな足音が広くはない路地に鳴り響いた。ガサリ、とナイロンバッグが鈍い音をあげた。
 二人で会話も無く歩いて行く。あたりに河原の先、赤く燃える陽が沈み行く。夕陽が放つ赤い光が、二人の横顔を照らした。まぶし、と雷刀は目を細める。一対の夕陽色も、瞼の地平線へと隠れようとした。
 歩いていくうちに、身を寄せるように互いの距離が縮まる。ふと触れあった手が、幾度かの接触と躊躇いの後、柔く繋がれた。ひくりと白い手が震える。珍しく振り解こうとは思わなかった。人通りが少ない場所だからか、はたまた久しぶりの温度が惜しいのか。そんなこと、自分でもよく分からなかった。分からないまま、与えられる柔らかな温度を享受する幸せを味わった。
 ふふ、と隣から笑声が漏れる。小さく漏れ出たそれは幸に満ちたもので、とろけた響きをしていた。
「どうしたのですか」
「いやー。久しぶりのデートだなー、って」
 幸福を噛み締めはにかむ兄を見て、弟の足がピタリと止まる。訝しげに名を呼ぶ兄の声は、彼に届くことがなかった。
 デート。
 言われてみれば、恋人二人で出掛けることはデートと呼んでもおかしくはない行為だ。しかし、こんなのただの買い出しで、ただの散歩だ。デートなど、そんな、大層なものでは。
 繋いでいた手がバッと勢いよく離される。振り解いた手は宙を彷徨い、肩に掛けたナイロンバッグの取っ手に着地した。力を込められた細い取っ手が大きな皺を作った。
「え? 何? どした?」
 突然の行動に、朱は困惑の声をあげる。なんでもありません、と返す声は、動揺と羞恥と幸福がぐちゃぐちゃに混ざった音色をしていた。
「もしかして、烈風刀も今更そう思ったってこと?」
「違います!」
「違ってたら手離さないじゃん!」
 夕暮れの河原に、男子高校生二人の声が響く。じゃれあうというには騒がしいものだ。かといって、諍いにしては甘さを含んだ音色をしていた。
 かわいー、と揶揄い交じりの声が飛んでくる。恐らく底楽しげに笑っているであろう兄から、ふいと目を逸らした。そんな表情を見て、憎たらしさ以外の覚えるはずなどない。
 都合良く解釈する彼に、都合良く解釈してしまった自分に対しての言葉にならない感情がふつふつと湧き上がる。こんなくだらないもの、さっさと忘れて無かったことにしてしまいたかった。
「……あぁもう、うるさい! 早く綺麗に忘れてください!」




喧嘩の後には/ニア+ノア
葵壱さんには「泣き虫が笑った」で始まり、「ここが私の帰る場所」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。


 泣き虫がやっと笑った。
 などと言えばまた泣き出してしまうだろう。思わず思い浮かんだ言葉が漏れないよう、ニアはきゅっと唇を結ぶ。腕を伸ばし、目の前、妹の目元に浮かぶ涙を長い袖でそっと拭った。
「もう大丈夫?」
「……だいじょう、ぶ……」
 顔を覗き込み、努めて優しく尋ねる。憂慮が見える姉の言葉に、ようやく和らいだ妹の表情が再び薄く曇り始めた。心づけようとしたのだが、逆に不安を煽ってしまったようだ。どんどんと陰る蒼瞳に、焦燥が少女の胸を襲う。再びまあるい瞳に水が膜張る前に、俯きゆく頭に急いで手を伸ばした。
「大丈夫だよ!」
 今度こそ元気づけようと、ニアは声を張り上げる。そのまま衝動に身を任せ、小さな頭を力いっぱい撫で回した。言葉も重要だが、行動で示した方が彼女にはよく伝わるだろう。もう大丈夫、と励ましの気持ちを小さな手に目一杯載せ、少女は愛しい妹を撫でた――撫でるというよりは、髪をかき乱すような激しさなのだけれど。
 ぐしゃぐしゃになっちゃうよぉ、と抗議の声があがる。微かなそれは未だ涙に濡れていたが、数分前に比べてずっとはっきりとした響きをしていた。ごめんね、と謝り、少女はバッと手を離す。強く撫で回した頭は、ノアの言った通り、なめらかな蒼髪が絡み合いくしゃくしゃになってしまっていた。あわわ、と焦りつつ、さっさっと手ぐしで整える。すん、と鼻をすする音と、ふぇ、と小さな嗚咽が涙でふやけた部屋に落ちた。
「ノアちゃんにはニアがいるからね。大丈夫だよ」
 だいじょうぶ、だいじょうぶ、と歌うように囁きながら、ニアは愛しい妹の頭を撫でる。丁寧に撫でる小さな手には、慈しみが表れていた。
「……泣かせたのはニアちゃんでしょ」
 すん、と小さく鼻を啜り、ノアは不貞腐れた声で呟く。ジトリと向けられた視線に、う、と苦しげに喉が鳴った。確かに少し強く言って泣かせてしまったのは自分だ。こればかりは言い訳しようがない。ごめんね、と謝る声は呟きのような小さく細いものだった。
「でも、ノアもいっぱい酷いこと言っちゃったよね……。ごめんなさい」
「ニアも酷いこと言っちゃったもん。あいこだよ」
 大丈夫、と今一度妹の頭を撫でる。今度は髪を梳くような、優しく柔らかな手つきだ。心地よい感覚に、ノアはゆっくりと目を細める。目尻に残っていた涙が頬を静かに伝った。
 頭に乗せた手を離し、ノアちゃん、と妹の名を呼ぶ。なぁに、と不思議そうに問うノアの目の前で、ニアは腕を目一杯に広げた。意図を察して、キョトンとした表情が柔らかく解ける。同じく手を広げ、ノアは姉の胸へと飛び込んだ。
 互いに背に回した腕に力を込め、ぎゅうと抱き締める。苦しいよ、と二人でクスクスと笑いあう。そこにはもう、涙の色はなかった。
 大好きな妹と触れあい笑いあえる。ここが私の帰る場所なのだ。




笑顔咲かせ/プロ氷
あおいちさんには「花が咲くように」で始まり、「不器用でごめんね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。


 花が咲くように笑う人だ、と彼の笑顔を見る度に考える。
「あっ、氷雪ちゃん」
 廊下の角を曲がった先、技術室の扉から桃色の頭が覗く。少し硬い桃髪の奥に隠された橙が、ゆっくりと細められた。
 この人はいつだって満開の花のように笑み、からからと心底楽しそうに大きな笑声をあげる。太陽の陽を浴び堂々と咲く夏の花を思わせる姿だ。
 けれど、普段と違う笑顔を見られるのは自分だけだ、と考え、氷雪は頬を赤らめる。思い上がりも甚だしい。けれど、あの人があんな風に笑う姿を他に見たことがないのだ。朝日を受けた花がふわりと花弁を綻ばせるような、あんなに優しくて、あんなに愛おしそうな笑みを浮かべるのは、決まって自分の前だけだ。少なくとも、自分の観測上は。
「氷雪ちゃん?」
 恋人の声に、現実に意識が浮上する。己の姿を見て駆け寄ってきてくれたのだろう、いつの間にか目の前には識苑がいた。桜色の頭は不思議そうに傾いでいた。
 あの愛おしい笑顔に見惚れていたのだと気付き、少女の頬に朱が散る。いえ、と返す言葉は上ずっていた。
「えっと……、あの、……先生の笑顔は、いつも素敵だな、と思って……」
 ぽそりぽそり、つかえながらも言葉を紡いでいく。恥ずかしいことを言っていると自覚したのは、全て声で形作ってしまった後だった。少女の頬が更に朱に染まる。
「えっ、そう?」
 驚きの声をあげ、識苑はぺたぺたと己の頬を触る。褒められた喜びとかすかな羞恥にか、彼の頬にも淡く朱が浮かんだ。
「そっかー……。ありがとう」
 そう言い、青年はえへへ、とはにかむ。喜びにとろけた笑顔は、やはり自分の前でしか見せない特別なものだ。その柔らかな表情に、無意識にまた目を奪われた。
「氷雪ちゃんの笑顔もとっても素敵だよ」
 突然の言葉に、ふぇ、と思わず呆けた声が漏れる。彼の真似をするように、氷雪も己の頬をぺたぺたと触る。柔らかなそこは確かな熱を持っており、顔が赤らんでいることが容易に想像できた。
 笑顔が素敵だなんて、今まで一度も言われたことがなかった。感情を上手く表現できず表情に乏しい己をそう評する人がいるだなんて。それも、愛している人が言ってくれるだなんて。驚きと喜びに、きゅうと胸が詰まる。ぁう、と呼吸をしそこなった音が小さな口からこぼれた。
 彼のように笑顔を浮かべようとする。しかし、表情筋は硬く強張り、頬は引きつるばかりで口角は一向に上がらない。ひく、と持ち上げようとした頬が変に震えた。
 一向に上手くいかず、嫌悪感が胸を埋めていく。せっかく素敵と言ってもらえたのだから、見せてあげたいのに。あぁ、何故自分はこうも駄目なのだろう。一人胸の内で呟く。
 不器用でごめんなさい。




君にはきっと届かない/ライ←レフ
葵壱さんには「ひとつ願いが叶うのなら」で始まり、「月が綺麗ですね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。


「一つ願いが叶うなら、ですか」
 思わず復唱すると、そそ、と短い返事が飛んでくる。問いの主は毛布でぎゅっと身を包み、宙空を見上げた。
「流れ星にはお願いするもんだろ? 烈風刀ならどんなお願いするのかなーって」
 二人の視線の先、紺碧に染まった空を幾本もの線が駆け抜けていく。ネットニュースにあった通り、今がピークの時間のようだ。朱と碧の瞳は空を走る光の筋を眺めていた。
 願い事、と烈風刀は口の中で呟く。レイシスが健やかに過ごせますように。兄がもっとまともな成績をとれますように。ゲーム運営が更に安定しますように。様々な願いが脳内に浮かんでは消える。日常の幸せを願うそれらの片隅に、何かが声高に主張をし始めた。
 気づかれぬよう、横目で隣の朱を見やる。毛布に包まり空を見上げる横顔は華やかに綻んでおり、キラキラとした瞳は純粋無垢を形にしたような輝きをしていた。
 好いている人に想いを届けたい。成就なんて贅沢は言わない。ただ、この心の内をはっきりと打ち明けられるようになりたい。
 可愛らしい横顔に、愛おしさと醜い願いが湧き出る。蓋をして閉じ込めて沈めておきたいものなのに、厄介なことにこいつは時折存在を主張するのだ。
 恋を星に願うなど、女々しいにも程がある。分かっていても、何かに縋りたくなるぐらいこの想いは苛烈に燃えていた。
 願い事一つ叶うなら。そもそも、今すぐにでも叶えられる願いなのだ。星に願う必要などない。口を動かせば、すぐに叶うのだから。
 ごくりと唾を飲み込む。今から口にするのは普通の言葉だ。ただ、人によっては意味が変わる不思議な言葉――どうせ、こういう類のものには興味の無い彼にとっては、ただただ普通の他愛のない言葉だ。
 そんな予防線を張り、烈風刀は今一度空を見上げる。丸い月の光が、走りゆく星々を照らしているようだった。
「……月が綺麗ですね」

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#プロ氷 #ライレフ #ニア #ノア #腐向け

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熱を求めて【ライレフ/R-18】

熱を求めて【ライレフ/R-18】
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夜中に思いついた短文。
やらしいことに無縁そうな子がやらしいこと言うのとってもやらしいねという話。

 ぬるりと怒張が去っていく。抱きしめていたものを失う感触に、シーツに放り出された身体がふるりと震えた。
 汗に濡れた腕が、引き締まった腹を擦る。熱に満たされるはずだったナカは、暴き尽くした雄を失った今は空っぽだ。肚に注がれるはずだった熱は、薄いゴム生地の中へと吐き出されてしまった。欲望が形となったものは、ゴミとして捨てられる運命にある。
 何も成さないという意味では、肚に出すのもゴムに出すのも変わらないことだ。それでも、同じならばこの肚の中に吐き捨ててほしいと思ってしまう。何とも幼く、何とも浅ましいなわがままだ。
「だいじょーぶ?」
 不安げな声が降ってくる。腹に乗せられた手に、熱い手が重なった。
 未だぼやけた視界に映ったのは、鮮烈な朱だ。愛しい人を示すそれは眇められ、ゆらゆらと揺れていた。手遊びのようなものだった動きは、不調を訴えるものだと受け取られてしまったらしい。赤い眉は端が下がり、抱える憂慮を明確に表していた。
 大丈夫。その言葉を口の中で唱える。たしかに身体に不調はない。けれども、声帯はそれを音にはしなかった。正常な身体は何も訴えずとも、心が飢えを叫ぶ。満たされぬ肚が慟哭する。熱が欲しい、と。
 何もないから大丈夫で、何もないから大丈夫ではない。矛盾する感情を、どう表すべきだろう。
「だいじょうぶでは、ありません」
 長考の末生まれた言葉は、否定の意味するものだった。欲望に身を任せた、否定の言葉だ。
「おなかが、……寒くて」
「あ、そっか。そうだよな。布団――」
「そうじゃなくて」
 どうにか身を起こし、ベッドから飛び降りそうな兄の腕を掴む。ふえ、と可愛らしい声が薄暗い部屋に落ちた。
「おなかの中、寒くて……、空っぽなのが、寂しくて」
 わだかまる感情を、緊張で強張った声と拙い言葉で表していく。心臓がバクバクと脈打つ。あまりにも身勝手で、あまりにも淫らな要求だ。こんな淫猥な姿を見せては、呆れられるのではないか。気持ち悪がられるのではないか。不安が碧の胸に靄をかける。けれど、吐き出してしまった言葉はもう撤回しようがない。
 朱は片手で顔を覆い俯く。碧は目を伏せ身体を縮こませる。重く長い沈黙が二人を包んだ。
「………………えっと、それって…………、中出しがいいってこと……?」
 沈黙を破ったのは、混乱に揺れた声だった。弟の湾曲な表現が、兄によって直球的な言葉に訳される。あまりにもストレートな言葉に、碧の顔がぶわりと赤で染まった。
 兄の言葉は正しくその通りであるが、ドストレートに言われるのは、己の淫らさを突きつけられているようで――紛うことなき事実であるのだが――恥ずかしいったらない。浅ましいわがままを言った自分が悪いとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。ぁ、ぅ、と意味をなさない声が喉からこぼれ落ちる。蒼玉は、羞恥に薄く水が膜張っていた。
 再びの沈黙の末、碧は小さく頷く。正解を引き当てた驚きに、紅玉が目一杯見開かれた。
「え? で、も、いいの? 腹とか大丈夫?」
「大丈夫ですってば」
 未だおろおろと惑う朱の言葉を遮る。己の身体を第一に慮ってくれるのは優しい彼の好きな部分なのだが、今はまどろっこしくて仕方がない。こうなればもう自棄だ。
「ぜんっぜん足りないんです! もっと……、なかにいっぱいください!」
 掠れた声で、欲望をそのまま声にする。ここまではっきり言えば、さすがの兄でも分かるはずだ――こんないやらしい要求を受け入れてくれるかどうかは別だが。
 ベッドから片足を投げ出した兄は、再び一切の動きを止める。掴んだ腕がふるふると震える。やはり、このような言葉は気持ちが悪かったのだろうか。あまりにも浅ましい様に呆れたのだろうか。不安が心の柔い部分を食い散らかしていく。最後のひとかけらが食われるより先に、視界が陰った。
「――烈風刀が大丈夫なら、オレもシたい」
 驚きにぱちぱちと瞬きをする中、震える声が降り注ぐ。いつの間にか反転した身体、天を見上げた先には、瞳に熱を宿した紅玉があった。
 えっと、あの、気持ち悪いかもだけど、と淀ませながら、朱は言葉を続ける。その視線は気まずげにゆらゆらと泳いでいた。
「ナカに出すの気持ちいいし、……烈風刀全部をオレのにしてるって感じがして、好きだから……」
 だから、いいならナカに出したい。
 視界いっぱいに映る愛おしい人の顔は、その髪の如く紅に染まっていた。己の内に秘めた思考を、しかも性的嗜好を言葉にするのは恥ずかしいのだろう。自分も先程同じことをしたのだ、気持ちは痛いほど分かる。
「……僕も、全て雷刀のものにされている感覚がして、好きですよ」
 心を声に紡いでいく。同じ感情を抱いていたこと、事実征服されていたのだという喜びが胸を満たした。
 手を伸ばし、目の前の頬にそっと触れる。紅瑪瑙が幸いを表すようにきゅうと細められた。触れた手に手が重なり、絡め取られる。手のひらと手のひらを合わせ、指を絡めて手を繋ぐ。そのまま、柔らかなベッドへと縫い付けられた。
「……でも、本当にいい? 身体だいじょぶ?」
「良いと言っているでしょう」
 するりと兄の腰に足を絡める。もう逃さないぞ、という強い意思表示だ。絶えず何回でも受け入れ、注がれたものを一滴もこぼさぬためにも必要な動作でもある。愛する雄がナカから去らなければ、愛おしい熱はずっとこの肚に在るのだから。
「お腹、いっぱいにしてくださいね」
 そう言って、碧はコケティッシュに笑う。口元は、歓びと期待に緩んでいた。

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#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

書き出しと終わりまとめ4【SDVX】

書き出しと終わりまとめ4【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその4。ボ6個。嬬武器兄弟だらけ。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:後輩組1/嬬武器兄弟3/ライレフ2

だってオレ達は変われない/後輩組
あおいちさんには「午後は眠気との戦いだ」で始まり、「来年の今日もあなたといたい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。


「午後は眠気との戦いだよね……」
 机に突っ伏したまま、灯色は呟く。もごもごと動く口から、ふぁ、と小さな欠伸が漏れた。
「午後じゃなくても眠気との戦いしてるだろ」
「いや戦ってすらいないでしょ」
 漏れ出た小さな声を、魂と冷音はすぐさま否定する。事実、目の前に座るはしばみ色の少年は、時と場所を選ばずいつだって眠っている。毎夜学園を巡回しているのだから仕方がないのかもしれないが、落ちゆく瞼に抗うことなく目を閉じ眠る様は、最初から睡魔と戦う意思などないことを明確に示していた。
「そんなんでよく赤点回避できてるよなぁ」
 机の上に広げていた菓子を一つ取り、呆れたように魂は言う。その声には少しの羨望と感心が乗っていた。
 休み時間はもちろん、授業中もほとんど眠っている灯色だが、何故か赤点だけは回避していた。試験前、マキシマや冷音が世話を焼いてくれていることもあるだろうが、それにしても授業をほとんど聞かずに赤点を回避しているのは異常を通り越して最早奇跡である。睡眠学習というやつだろうか、と二人で密かに話したものだ。実際のところは全く分からない。
「まぁ、なんとか……」
「でも毎回ギリギリ回避って感じだからね。成績に響かないのかな」
 今にも眠ってしまいそうな灯色を横目に、冷音は疑問を口にする。あるだろうな、と少年は内心すぐさま結論付けた。
 どれだけテストの点数が平均であろうと、授業態度がこれだけ悪ければ成績に響くのは明らかだ。大丈夫だろうか、と群青はそっと目を細める。同じ色をした眉は端が少し下がっていた。
 心優しい彼にとって、友人の成績、ひいては進級できるか否かは、時折顔を見せる不安のひとつだった。三人揃って共に過ごすのが当たり前のこの日常から、誰か欠けてしまったら。これだけ気を許している大切な友人と離れ離れになってしまったら。そんな懸念が、少し気の弱い少年の胸中にぐるぐるとわだまかった。
「……大丈夫かなぁ」
 思わずこぼした声は、細く重いものだった。気付かぬ内に少し丸まった背を、一回り小さな手がばしんと叩く。いった、と小さな悲鳴と共に、冷音は顔を上げる。瑠璃色の瞳の先には、呆れた調子で眇められた紅玉と翠玉が映った。
 何心配してんだか、と二色の瞳を持つ少年は言う。呆れた調子のその言葉には、かすかに慈愛が滲んでいた。
「ガチでやばかったらとっくに叩き起こされてるだろ」
 だいじょーぶだって、と歌うように言い、魂は再び丸まった背を叩く。ばしん、と乾いた音に、痛い、と泣きそうな声が重なった。
「まぁ、何とかなるんじゃね?」
「なんとかしてくれるだろうね……」
 寝言のような肯定の言葉に、本人が言うな、と咎める重奏が続く。はぁ、と呆れを多分に含んだ溜息が二つ重なって消えた。
「こんな調子だしな」
 心配しても無駄だって、と呟いて、魂は琥珀の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。柔らかな髪の下から、うー、と不満げな声があがった。それでも起き上がる様子は全くないのだから、彼らしい。
 大丈夫大丈夫、と向日葵色の少年は軽薄に唱える。楽観的な言葉とは裏腹に、その声音はどこか諦観を含んでいるように見えた。
「来年の今日も皆いるって」




消えない温度/嬬武器兄弟
AOINOさんには「ぬくもりを半分こした」で始まり、「いっそ消えてしまえばよかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。


 ぬくもりを半分こした日を思い出す。遠い昔、腕の中に収めた温度が胸を締め付ける。ぎゅうと身を縮こませ、己が腕で身体を抱いた。
 雷を怖がったのは何歳までだったか。叩きつけるような雨の音と光と共に鳴り響く轟音から逃げるように、幼い兄弟は同じ布団に潜り込んで眠った。怖いのなら仕方ない、自分がついていてやろう、などと互いに拙い言い訳をして、小さな身を抱き合いながら眠ったのであった。
 窓硝子を雨粒が絶えず叩く。一瞬だけ視界が明るくなり、遅れて低い呻り声が狭い部屋を満たした。掻き抱いた腕の中には、もう何も無い。
 二人とも雷など怖くないほど成長したのだから、共に眠る機会などもう無い。それが当たり前で、それが自然なのは分かっている。けれども、時折その温度が欲しくて仕方が無くなるのだ。雷などもう怖くないのに、何故だろう。分かりきった疑問を頭の中で反芻する。
 足を折り曲げ、胎児のように丸まる。頭まで潜った布団の中は、暑いほど温かった。感じる熱は、あの日のものとは似ても似つかない。何だか息が苦しいのは、布団の中だからか、それともこの胸に宿る感情のせいか。まどろみに足を浸した頭では答えは出そうにない。
 硝子を打つ音は鳴り止まない。懐かしき日々を想起するその音から逃げるように、少年は再度身を縮こませる。腕の中には硬い己の身体しかない。その事実が、チクチクと胸を刺した。
 身体が覚えたあの温度など、あの日々の記憶を意味も無く羨むこの感情など、いっそ消えてしまえばよいのに。




強がりたちの夜咄/嬬武器兄弟
あおいちさんには「おやすみなさい」で始まり、「雨は止んでいた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。


 おやすみなさい、と呟きに似た声が少しだけ狭い布団の中に落ちる。ん、と短い返事と共に、抱く腕が小さな身体を抱き寄せた。必然的に、碧い頭は目の前の胸に埋まる形となる。苦しさよりも先に、安心感が心を満たした。
 雨粒が窓硝子を叩く音が、眠りの淵に立つ頭を現実に縫い止める。苛む耳障りな音が気になって、烈風刀はそろりと頭を上げる。瞬間、照明を落とした部屋が明るさに満たされた。遅れて響く空の呻り声に、碧は再び布団へと頭を潜らせる。兄を抱き締める腕にぎゅうと力がこもる。同じタイミングで、朱は更に強く碧を抱き寄せた。
「……こわい?」
 短い問いかけが耳を撫ぜる。からかうような響きだが、その声はわずかに震えていた。
「……こわいのはらいとだけでしょう」
「こわくねーし」
「くるしいのですが」
「れふとがこわくないようにぎゅーってしてやってるの」
 強がりな少年達は、拙い言い訳を重ね合う。ぽそぽそとした応酬の中、再び部屋がぱっと明るく照らされる。息を呑む音が二つ、布団の中に落ちた。
「……だいじょーぶだから」
「だいじょうぶですよ」
 互いに言い聞かせ、兄弟二人は身を寄せ合う。腕に抱いた確かな温度が、暗い世界の中での支えだった。
 柔らかな温もりが、馴染んだ匂いが、雷雨に蝕まれる心を安らかな眠りへと誘う。遅れてやってきた睡魔が、二人の瞼をそっと撫でた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 ふわふわとした意識の中で、眠りの世界へ旅立つ言葉を口にする。眠気でとろけた声に、同じく溶けた声が返される。耳慣れた優しい響きが、陰った胸を満たした。
 再び互いを見る時には、きっと雨は止んでいる。




小春日和の空/嬬武器兄弟
葵壱さんには「2人で見上げた空を思い出した」で始まり、「信じてもいいですか」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。


 幼い頃、二人で見上げた空を思い出した。広がる蒼天を眺め、雷刀は目を細める。降り注ぐ陽光を背に、いくつもの四角形が空を泳いでいた。
 懐かしいですね、と隣から声があがる。眩しそうに細められた夜明け空の瞳には、郷愁の色が浮かんでいた。
 呟きにも似たそれに、そうだな、と短く返す。自然と口元が綻んだ。
 川縁にはしゃぐ子供の声が響き渡る。草原を駆けていく彼らの手には、糸でぐるぐる巻きにされた板が握られていた。細いそれが登った先、青空には色とりどりの凧が浮かんでいる。小春日和の陽が降り注ぐ中映るその光景は、平和の一言に尽きた。
 いいなぁ、とぽろりと言葉が零れ落ちる。高く元気な声に混じったそれはしっかりと耳に届いたのだろう、碧が隣に立ち止まった朱を見る。翡翠の瞳がぱちりと瞬いた。
「いくつだと思っているのですか」
「いくつでもやっていいじゃん」
 咎めるような視線に、雷刀はカラカラと笑いながら返す。凧揚げに年齢制限などないのだ、高校生が遊んでもいいではないか。そんな理屈を並べ立て、少年は再び歩みを進める。くたびれたスニーカーを履いた足は、元来た道へと向かっていた。
「ちょっと、雷刀」
「凧ってスーパーに売ってるかな?」
「知りませんよ」
 突き放すような言葉を紡ぎつつも、烈風刀は兄の後ろに続く。こうなった彼を止めることが面倒なのは、とっくに学習済みなのだろう。互い違いの足音が狭い路地に響いた。
 暖かな日の中、スーパーに至る道を二人で歩んでいく。ひゅう、と細い音を立てて冬の冷たい風が走る。手にした買い物袋がカサカサと音をたてた。
 言葉も無く歩く途中、朱は突然くるりと振り返る。丸い紅玉はいたずらげに輝いていた。
「烈風刀もやろーな」
「やりません」
 楽しげに弾む声に、冷たく硬い声が返される。切り捨てるようなそれに、少年は、ちぇー、とわざとらしく唇を尖らせた。懐かしいと言っていたのだ、一緒に童心に帰って遊んでみてもいいではないか。そんなことを言っても、お硬い弟を説得できるとは思わないけれど。
「ちょっとだけだからさ、付き合ってよ」
 思わないけれど、言うのはタダである。どうせなら、遠いあの日のように兄弟二人で遊びたい。兄弟を好く雷刀にとっては自然な考えだった。
 少しだけ屈んで、細められた浅葱を見上げる。澄んだそれには、確かな迷いが見て取れた。やはり彼だって遊びたいのではないか。
 可愛らしい。思い浮かんだ言葉を胸にしまいこむ。声に出してしまえば怒りを買うのはとうの昔に学習済みだ。
 細まった蒼玉が、逡巡するように宙を彷徨う。なっ、と駄目押しに問いかけると、はぁ、とわざとらしい溜め息が降ってきた。
「……少しですよね。信じていいですか」




朝日と一緒に/ライレフ
葵壱さんには「目覚まし時計がなる前に目が覚めた」で始まり、「優しいのはあなたです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします


 目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。未だ重い瞼を強くこすり、雷刀はのそりと半身を起こす。眠気でぼやけた視界に、うっすらと顔をのぞかせた朝日が窓ガラスの向こう側にいるのが映った。
 ふぁ、とあくびを一つ漏らし、少年はしぱしぱと鈍く目を瞬かせる。数度繰り返したところで、ようやく意識が現実へと足を付けた。
 何時だろう、と枕元の目覚し時計へと手を伸ばす。アナログ盤の上では、短い針が五の字を指し示していた。考えていたよりもずっと早い時間に、紅玉がぱちぱちと瞬く。疲労が残っているはずなのに何故こんな早くに、という疑問は、喉の奥に落ちて消える。代わりに、乾いた呻り声が漏れ出た。
 こんな時間に起き上っても仕方がない。二度寝をしよう。怠惰に傾く思考に任せ、少年は目を閉じごろりと寝返りを打つ。途端、ルビーの瞳につややかなエメラルドが映った。
 視界いっぱいに広がる愛おしい色に、朱はふわりと口元を綻ばせる。背を向けているため顔は見えないが、規則的に上下する肩を見るに、彼はまだ微睡みの海を揺蕩っているようだ。
 愛おしさが胸を溢れ、身体を突き動かす。布団を捲らないよう注意しながらそっと手を伸ばし、シーツの上に散らばる髪に触れた。しっとりとしたそれを指先でそっと梳かす。なめらかな指触りは心地よいものだ。
 んぅ、と小さな声があがる。起こしてしまったのだろうか、と急いで手を離す。引き締まった身体がもぞもぞと動き、こてんと寝返りを打った。瞼が幕を上げ、孔雀石が顔を覗かせる。常ならば澄んだ色をしたそれは、眠気が膜張り淡い色合いへと変わっていた。
「……らいと」
 起き抜けで上手く回らぬ舌で、烈風刀は愛しい人の名を呼ぶ。普段はハキハキと言葉を紡ぐ彼が舌足らずに己の名を呼ぶ様は、愛らしいと形容するのが相応しいものだった。やはり起こしてしまったようだ。罪悪感が胸を小さく刺す。
 ごめん、と謝るより先に、おはようございます、と小さな声があがる。紡ぐ声はまだ少しとろめいていた。くぁ、とあくびが一つ布団に落ちる。
「何時ですか」
「五時」
 短い回答にに、烈風刀はぱちりと瞬きをする。思いの外早い時間、それも寝坊の常習犯である兄が先に起きていたのが意外だったのだろう。浅葱の中に驚きの色が見て取れた。
「まだ早いからもうちょい寝てな」
 碧が身を起こすよりも先に、朱は形の良い頭をそっと撫で、布団へと優しく縫い止める。生真面目な彼のことだ、このまま起き上がり日常通りに過ごすつもりだろう。しかし、前日は二人で夜更かしをしたのだ。睡眠時間は足りていないはずである。普段起きる時間までまだまだあるのだから、もう少し眠っていたって良いに決まっている。
 そうっと触れた髪を、指で梳かしながら撫でる。温かで優しい手つきが心地良いのだろう、若草の瞳がふわりと細められた。布団の中に潜っていた手が、赤い頭へと伸ばされる。己の動きと同じように、節が目立ってきた指がさらさらとした髪を梳いた。そろそろと撫でる手つきは、慈しみに満ちていた。
「烈風刀は優しいなぁ」
 可愛らしい仕草に、思わず頬が緩む。頭に浮かんだ言葉は、ぽろりと口から零れ出る。朱が漏らした響きに、碧は微かな笑みを浮かべた。
「優しいのは貴方でしょう」




ハジメテは三回目で/ライレフ
あおいちさんには「ほら、目を閉じて」で始まり、「私も同じ気持ちだった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。


「…………ほ、ら……、目、閉じて」
 ガチガチに緊張した声が、音の無い部屋に響く――否、『音の無い』という表現にはいささか語弊はある。時計の秒針は常と変わらず音をたてて動いているし、エアコンは駆動することを表すように小さく呻っている。ただ、今の彼には目の前の人間以外を認識できていないだけだ。
 雷刀の両の手は、目の前に正座した――何故か二人ともソファの上に正座しているという珍妙な状況だ――烈風刀の肩に置かれていた。無意識だろう、触れた手は強張り、掴むと表現する方が正しいほど力が込められていた。多少の痛みを感じるだろうに、碧は何も訴えない。彼自身も、目の前の朱以外を認識することでいっぱいいっぱいで、痛覚を覚える余裕など欠片も無かった。
 はくり、と薄い唇が言葉を形作ろうとする。しかし、緊張でカサカサに渇いた喉では、ただの呼気が漏れただけだ。はい、という肯定の言葉は、彼の喉にしまわれたままである。
 己の意思を音にしようと、烈風刀は溺れたようにパクパクと口を動かす。幾度目かの両唇の合わさりの後、ようやく、は、と呼吸に似た音が発せられた。
「は……は、い……」
 肯定の語と共に、烈風刀はそっと目を伏せる。しかし、完全に瞼が降りようとしたところで、ばっと勢いよく帳が上げられた。赤々とした唇が、再びはくはくと動く。少年の顔は、その唇と同じほどの赤で染まっていた。
「い、や……、ちょっと待って、ください。……あ、の」
 心の準備が、と消え入りそうな声が羞恥でぐらぐらと揺れる言葉に続く。同じほど赤に染まった雷刀も、ぁ、と消え入りそうな声を発した。
「あ……う、ん。オレも、心の準備させて」
 熟しきった林檎のような顔を伏せ、すーはーと二人で深呼吸をする。同時に顔を上げ、紅玉と藍玉がぶつかる。丸い瞳は、まるで命を賭けた闘いの直前の時のように真剣な光を宿していた。
 すっと音も無く、烈風刀は目を閉じる。澄んだ翡翠が、白い瞼の後ろへと隠れた。弟の様子を確認し、雷刀も目をぎゅっと閉じる。二人の視界は黒に染まった。
 闇の中、そっと顔と顔が近づいていく。数センチ、数ミリ、と、たっぷりと時間をかけ、二人の距離が縮まっていく。とうとう、その距離がゼロに――唇と唇が合わさった。
 触れあった瞬間、強い痛みが二人の口内を走る。ガチン、と歯と歯がぶつかる硬い音が骨から響いた。
 重なった赤と赤が素早く離される。二人とも、鋭い痛みが残る口元を片手で押さえる。痛、とこぼしたのは同時だった。
 ついこの間までレイシスだけを見てきた二人なのだ。これが初めての恋愛関係で、もちろんこれがファーストキスである。ぼんやりとした知識はあれど、具体的な作法は一切知らない。しかも、二人ともガチガチに緊張で強張っていたのだ。変に勢いづいて、『合わさる』のではなく『ぶつかる』形になってしまったのも不思議ではなかろう。
「…………もっかい! 今のノーカン!!」
 指一本勢いよく立て、雷刀は必死に乞う。ハジメテがこんな痛みを伴うものだなんて、あまりにも悲しい。無かったことにしてしまいたいと思うのも仕方が無いことだろう。二人とも、『恋愛』に夢を見る年頃なのだから。
 兄の様子に、烈風刀はハハ、と困ったように笑みを浮かべる。柔らかな頬には、依然紅が刷かれていた。
「えぇ、今のは無しです。……もう一回、しましょう?」
 もちろん、彼も同じ気持ちだった。

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