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No.163
波の音、空の眩しさ【ニア+ノア+レフ】
波の音、空の眩しさ【ニア+ノア+レフ】
ボーイミーツ・ブルーS乗ったやったー!と書き始めた話。
S乗せたの今年の3月です。
海辺で遊ぶニアノアレフの話。
本文を読む
不規則な波の音が、ほのかに熱を孕んだ潮風が、眩しいほどの日差しが、五感を撫ぜてゆく。
軍手越しに土の温かさが伝わってくる。波風に吹かれ太陽の光をさんさんと浴びた畑は熱を帯びていた。陽光は作物にとって恵みだ。しかし、度が過ぎては毒となる。海の間近、潮風に吹きさらされるような場所ならば尚更だ。
ふぅ、と烈風刀は小さく息を吐く。ゆっくりと、しかし確実に、畑を元へと――作物を育てる土地ではなく、ただの土へと戻していく。名残惜しいが、学園からも家からも遠いこの場所では十全に世話をすることが難しい。その上浜辺という良いとは言い難い環境だ、無理をして維持するよりも諦めてしまう方が合理的である。分かりきったことだというのに、判断を下すまで随分と時間がかかってしまった。
慣れた手で作物を収穫していく。植物を育てるには厳しい環境だというのに、野菜たちはどれも立派に育っていた。己が運営業務で忙しなく過ごしていた間、ここまで維持して育て上げてくれたライオットには感謝の言葉しか出てこない。
作物のほぼ全ては彼が育てたのだ、礼と労いを兼ねてきちんと渡さねば。帰りに寄宿舎に寄らねばな、と考えながら、烈風刀はまた一つ果実に手を伸ばす。食べ頃を迎えたそれはすぐに軍手に包まれた手の中に収まった。
「ノアちゃん! 海!」
「きれいだねー!」
きゃいきゃいと可愛らしい声が海辺に響く。砂を踏みしめ蹴り上げる軽い音が波の響きに混ざる。飛んで回ってはしゃいでいることが容易に分かる音色をしていた。
あまりに高揚した声に、少年は地面から視線を移す。深い青と白い飛沫で彩られた海を背景に、同じ色を持った二羽の兎が飛び跳ねる。鮮やかな亜麻色の髪が広がり、空に小さな海を描いた。白い制服が雲のように空を舞う。
「飛んでは危ないですよ」
「だいじょぶだよ!」
咎める声に、依然はしゃいだ声が二つ返される。大海を目の前に、ニアとノアは靴に砂が入ることも気に留めず、砂を蹴っては跳んで駆ける。青いリボンカチューシャが海風に吹かれてはためいた。
危ないですってば、と碧は立ち上がり双子の背を追う。踏みしめられた砂がサクサクと小気味よい音をたてた。波風と混じるそれは爽やかで心地が良い。危なげな子どもたちを追いかける、なんて状況でなければ、風情溢れる音色に耳を傾けただろう。無論、そんな余裕などこれっぽっちもないが。
大ぶりな長靴と青い制服で彩られた足が、兎たちを追いかけて砂浜を駆けていく。同じ年頃の子よりも身体能力は高いものの、相手はまだ初等部の子どもだ。すぐに追いつき、追い抜かし、飛び跳ねる小柄な少女らの前に立ちはだかった。
「こんなところで飛んだら危ないでしょう。砂に足を取られたらどうするのですか」
意識して眉を寄せ、険しい表情を作り出す。そうでもしなければ、このおてんば兎たちは止めないだろう。こんな顔で注意されるようなことをしているのだ、としっかり伝えねばならないのだ。鋭く目を細め、ぱちぱちと瞬きを繰り返す青をまっすぐに見つめる。身体と一緒に上下に揺れていたリボンカチューシャが動きを止めた。
「だいじょぶだよぉ」
「れふと、心配しすぎだよ」
双子は小さく頬を膨らませる。華奢なつま先がザリザリと不満げに砂を掘った。あれだけはしゃいでいたところに水を差されたのだ、むくれるのも無理は無い。白いソックスに包まれた足は、むずがるように小さく揺れていた。
「砂の中にガラスや金属の破片が埋まっているかもしれません。踏んだら大怪我をしてしまいますよ」
たとえ靴を履いていようとも、相手は波風に耐えうるほどの硬い物質だ。あまり厚くない靴底を貫いて刺さってしまう可能性はゼロではない。そんな恐ろしいことは未然に防ぐべきだ。今この場において、己が保護者の立場にあるのだ。幼い彼女らを危険から守るのは義務である。
「じゃあ、浅いところで遊ぶのはいい?」
「飛ばないよ? ぱちゃぱちゃするだけだよ?」
膨らんだ頬が萎み、青い視線が波打ち際と碧を交互に向けられる。キラリと輝く瞳が、頭二つ近く上にある水宝玉を射抜いた。ねぇねぇ、いいでしょ、と楽しげな声が波音に混ざる。
「……ちょっと待っていてください」
羽ばたくように手を振ってねだる少女らを手で制し、烈風刀は畑の方へと駆け足で戻っていく。崩しつつある土地の脇、いくつも持ってきたビニール袋の一つを手にし、少年は急ぎ足で双子兎の元へと向かった。
首を傾げて大人しく待つ彼女らを前にし、碧い少年は軍手を片方外して袋の中に手を入れる。取り出したのは、ビーチサンダルだった。黒と青の二色で構成された薄い靴は、少しくたびれたものだ。少女らの足より二回りは大きいサイズだ。何だろう、と言わんばかりに、兎たちは掲げられたそれをじぃと見つめた。
安っぽいデザインのそれを持ったまま、少年は再び袋に手を入れる。器用な手付きで全く同じものをもう一足取り出した。
「そう言うと思って持ってきました。裸足では危ないですから、これを履いてください」
大きなサンダル二足を砂浜に、兎をあしらった靴に包まれた小さな足の前に置く。青い頭が、目が、地面に吸い寄せられていく。海色のリボンがお辞儀をするように垂れた。
「僕と雷刀のものなのでサイズは合いませんけど、我慢してくださいね。無いよりは安全ですから」
「いいの? れふとたちのなんでしょ?」
「もちろん」
使い古しで申し訳ありませんけれど、と烈風刀はゆるく眉尻を下げて言う。マリンブルーの目が二対、ぱっと見開き、すぐさま虹のような大きな弧を描いた。
少女らは、小さな手で兎のデザインをした靴を丁寧に脱いでいく。砂を踏まないようにしながら長い靴下も脱ぎ、目の前に置かれたサンダルにそっと足を入れた。サクサクと砂を踏む音。一拍置いて、わぁ、と感嘆の声が弾けた。
「ありがと!」
「遊んでくるねー」
脱いだ靴に靴下を詰め込んで、青兎はきゃらきゃらと笑いながら海へと向かっていく。バシャン、と勢い良く水が跳ねる音が聞こえた。
ぱちゃん。ぴちゃん。ざぱん。大きなビーチサンダルに守られた細い足が波を蹴る。瑠璃色の髪が、海色のリボンが大胆な動きにつられて広がり揺れた。鳴き声のように絶えず笑声をあげながら、双子は波打ち際を踊るように歩いた。足取りは軽快で弾んだものだ。今にも飛んでしまいそうなほど。
「……飛んでは駄目ですからねー!」
「とっ、飛ばないよ!?」
「ちゃんとしてるよ!?」
念のために釘を刺しておく。途端、愛らしい笑い声は止み、慌てた声が飛んできた。やはり、多少なりとも飛びたいと思っていたのだろう。あんなところで飛んでは、波に足を取られて転んでしまうかもしれない。そんな大問題を見過ごすことなどできるはずがなかった。駄目ですからねー、と烈風刀はもう一度大きな声で釘を刺す。はーい、と元気な声が二つ返ってきた。
サンダルがあれば怪我をする確率は多少低くなるだろう。おてんばながらも約束はきちんと守る子たちだから、きっと言いつけ通り飛ばず、深いところにも近づかずに大人しく遊ぶだろう。頭では分かっていても、少年はその光景から目を離せずにいた。解けたはずの眉間には、また薄く皺が寄っている。映す海と同じ色をした瞳には、不安が薄く漂っていた。
大丈夫だとは分かっている。けれども、海難事故というのは本当に些細なきっかけで突然、何の前触れも無く起こるのだ。己が畑作業に戻っている間に何かあったら。視線が逸れた瞬間に何か起こったら。湧き出る『もしも』が、表情も身体も固くしていく。
「れふとー?」
「だいじょうぶー?」
己を示す音が鼓膜を震わせる。いつの間にか下がっていた視線を上げると、そこにはきょとりとした顔でこちらを見つめるニアとノアがいた。浅海を掻き分ける足の動きは止まっている。細いくるぶしをさざめく波が撫でていた。
双子兎は顔を見合わせる。しばしして、波に浸った足が軽快に動き出した。大きなサンダルで守られた足が波を蹴り、砂浜を蹴り、碧の元へと走って行く。大丈夫だ、と返すより先に、両の手が温かなもので包まれた。
「れふとも遊ぼ!」
「きぶんてんかんは大事だよ!」
少年の手をぎゅっと握り、少女らは笑う。ほらほら。いこいこ。可愛らしい声が浜を転がる。両手を引かれ、烈風刀は小さく声をあげる。小さな手を振り払うことなく、可愛らしい力に引かれるがままに足を動かした。サクサク。ザクザク。サンダルと長靴が砂を踏みしめていく。
ざぷん、と水が跳ねる音。じゃぷん。ざぷざぷ。小さな足が波を掻き分けていく。どぷん。年季の入った長靴が波へと飛び込む。ほのかな温かさと揺れる心地がゴム生地越しに足を包んだ。
「きもちいでしょ!」
「ざぷざぷするの楽しいよー」
離した手を振り、細い足で水を蹴り、砂を踏み、双子兎は笑う。きゃらきゃらと鈴のような声が空へと昇った。
勿忘草色の瞳が揺れ動く水面へと向けられる。淡い水色の向こう、黒い長靴が屈折して映った。おそるおそるといった調子で、碧は足を持ち上げる。静かな動作に努めたはずが、寄せ来る波は跳ね返って小さな飛沫となって空を舞う。ぱしゃ、と水が水に打ち付けられる音が響いた。
「楽しいでしょー?」
サンダルを引っかけた足でニアは水を蹴る。ぱしゃん。海が鳴く。
「ちょっとあったかいけど気持ちいいでしょ?」
サンダルで守られた足でノアは水をかき混ぜる。ざぷん。海が鳴く。
「……えぇ、気持ちいいですね」
使い込んだ長靴をまとった足で烈風刀は水を撫ぜる。ちゃぷん。海が鳴く。
ぱちゃん。波が跳ねる。兎が踊る。兎が跳ねる。兎が飛ぶ。バシャン。水が跳ね飛ぶ音に混じって、あ、と気まずげな声が聞こえた。
「わっ、わざとじゃないよ!?」
「たっ、たまたまだよ!?」
「分かってますよ」
これ以上ないほど慌てた調子で弁明する双子に、少年は小さく笑みを漏らす。普段から感情を身体で表現する彼女らが、その情動に身を任せた行動をコントロールしようとする意識を持つのは非常に良いことだ。自身で即座に気付き止めたことは褒めるべきだろう。たった一言の短い約束をしっかり守ろうとするのはとても素晴らしいことだ。二人の素直な部分がよく出ていた。
うー、とニアは呻きを漏らす。苦々しく歪んだ口元を隠すように添えられた手に、小さな手が重なる。ニアちゃん、と妹兎は姉を呼ぶ。ノアちゃん、と姉兎は妹を不思議そうに見つめた。
「手、繋ごう? そしたら飛んじゃわないよ。もし飛んじゃっても、ノアが引っ張って止めるから」
ぱちくりと瞬く青い目に、柔らかな弧を描く青い目が向けられる。重ねられた両の手は、しかりと小さな手を握っていた。離さないとばかりに強く捕らえていることは、言葉の力強さからありありと分かった。
瞬く目が見開かれる。瞬間、悔恨で引き結ばれた口が綻び、笑顔を形作った。うん、とニアは元気いっぱいの声を返す。内から溢れる感情を表現するかのように、重ねられた妹の手に姉の手が重ねられる。それもまた、しかりとしたものだ。ふふ、とノアは小さく微笑みをこぼした。
あっ、と大きな声が晴天に昇る。まるで誓うかのように重ね合わされた手が一つ解け、ぱっと腕ごと広げられる。めいっぱい広げられた紅葉手は、碧へと向けられていた。仲睦まじい様を眺めていた朝空色の目が瞬く。え、と少し揺れた声が綻んでいた唇から漏れた。
「れふとも繋いで! また飛んじゃったら危ないもん!」
おねがい、とニアは頭二つ近く上の顔を見つめる。陽光と活力で輝く紺碧が、まっすぐに花浅葱を射抜いた。
「えっ、あっ! ニアちゃんずるい! ノアも! れふと、ノアとも手繋いで!」
重ねられた手がまた一つほどける。細い手を開き、ノアはずっと高い位置にある顔の前へと勢い良く差し出した。
「……いいですが、これでは円陣になってしまうのでは?」
疑問と苦笑を漏らす碧に、双子兎はあっと声を漏らす。きょとりとした可愛らしいかんばせが、鏡合わせのように向かい合った。
「じゃあ、ノアちゃんとは手離しちゃおうか……」
「ぐるって繋いでたら危ないもんね……」
「いえ、僕が離せばいいのでは――」
「それはダメ!」
「れふとと繋ぐの!」
合理的で控えめな提案は、力強い声によってすぐさま却下された。最初は二人で繋ぐという話ではなかっただろうか。そこに何故自分が混ざってしまうのか。結果は同じになれどそれでいいのだろうか。疑問がこんこんと湧いてくる。それも全て、キラキラと輝く藍色の前では消え失せた。
分かりました、と短く答え、烈風刀は差し出されたたなごころ二つに己のそれを重ねる。一回りは違う硬い手が、薄く柔らかな手をそっと握った。反射のように、すぐさま力強く握り返される。絶対に離すまいと言わんばかりの力だった。
三人手を繋ぎ、波の中を歩んでいく。三対の足がちゃぷちゃぷと可愛らしい音を奏でた。
畳む
#嬬武器烈風刀
#ニア
#ノア
#嬬武器烈風刀
#ニア
#ノア
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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海辺で遊ぶニアノアレフの話。
不規則な波の音が、ほのかに熱を孕んだ潮風が、眩しいほどの日差しが、五感を撫ぜてゆく。
軍手越しに土の温かさが伝わってくる。波風に吹かれ太陽の光をさんさんと浴びた畑は熱を帯びていた。陽光は作物にとって恵みだ。しかし、度が過ぎては毒となる。海の間近、潮風に吹きさらされるような場所ならば尚更だ。
ふぅ、と烈風刀は小さく息を吐く。ゆっくりと、しかし確実に、畑を元へと――作物を育てる土地ではなく、ただの土へと戻していく。名残惜しいが、学園からも家からも遠いこの場所では十全に世話をすることが難しい。その上浜辺という良いとは言い難い環境だ、無理をして維持するよりも諦めてしまう方が合理的である。分かりきったことだというのに、判断を下すまで随分と時間がかかってしまった。
慣れた手で作物を収穫していく。植物を育てるには厳しい環境だというのに、野菜たちはどれも立派に育っていた。己が運営業務で忙しなく過ごしていた間、ここまで維持して育て上げてくれたライオットには感謝の言葉しか出てこない。
作物のほぼ全ては彼が育てたのだ、礼と労いを兼ねてきちんと渡さねば。帰りに寄宿舎に寄らねばな、と考えながら、烈風刀はまた一つ果実に手を伸ばす。食べ頃を迎えたそれはすぐに軍手に包まれた手の中に収まった。
「ノアちゃん! 海!」
「きれいだねー!」
きゃいきゃいと可愛らしい声が海辺に響く。砂を踏みしめ蹴り上げる軽い音が波の響きに混ざる。飛んで回ってはしゃいでいることが容易に分かる音色をしていた。
あまりに高揚した声に、少年は地面から視線を移す。深い青と白い飛沫で彩られた海を背景に、同じ色を持った二羽の兎が飛び跳ねる。鮮やかな亜麻色の髪が広がり、空に小さな海を描いた。白い制服が雲のように空を舞う。
「飛んでは危ないですよ」
「だいじょぶだよ!」
咎める声に、依然はしゃいだ声が二つ返される。大海を目の前に、ニアとノアは靴に砂が入ることも気に留めず、砂を蹴っては跳んで駆ける。青いリボンカチューシャが海風に吹かれてはためいた。
危ないですってば、と碧は立ち上がり双子の背を追う。踏みしめられた砂がサクサクと小気味よい音をたてた。波風と混じるそれは爽やかで心地が良い。危なげな子どもたちを追いかける、なんて状況でなければ、風情溢れる音色に耳を傾けただろう。無論、そんな余裕などこれっぽっちもないが。
大ぶりな長靴と青い制服で彩られた足が、兎たちを追いかけて砂浜を駆けていく。同じ年頃の子よりも身体能力は高いものの、相手はまだ初等部の子どもだ。すぐに追いつき、追い抜かし、飛び跳ねる小柄な少女らの前に立ちはだかった。
「こんなところで飛んだら危ないでしょう。砂に足を取られたらどうするのですか」
意識して眉を寄せ、険しい表情を作り出す。そうでもしなければ、このおてんば兎たちは止めないだろう。こんな顔で注意されるようなことをしているのだ、としっかり伝えねばならないのだ。鋭く目を細め、ぱちぱちと瞬きを繰り返す青をまっすぐに見つめる。身体と一緒に上下に揺れていたリボンカチューシャが動きを止めた。
「だいじょぶだよぉ」
「れふと、心配しすぎだよ」
双子は小さく頬を膨らませる。華奢なつま先がザリザリと不満げに砂を掘った。あれだけはしゃいでいたところに水を差されたのだ、むくれるのも無理は無い。白いソックスに包まれた足は、むずがるように小さく揺れていた。
「砂の中にガラスや金属の破片が埋まっているかもしれません。踏んだら大怪我をしてしまいますよ」
たとえ靴を履いていようとも、相手は波風に耐えうるほどの硬い物質だ。あまり厚くない靴底を貫いて刺さってしまう可能性はゼロではない。そんな恐ろしいことは未然に防ぐべきだ。今この場において、己が保護者の立場にあるのだ。幼い彼女らを危険から守るのは義務である。
「じゃあ、浅いところで遊ぶのはいい?」
「飛ばないよ? ぱちゃぱちゃするだけだよ?」
膨らんだ頬が萎み、青い視線が波打ち際と碧を交互に向けられる。キラリと輝く瞳が、頭二つ近く上にある水宝玉を射抜いた。ねぇねぇ、いいでしょ、と楽しげな声が波音に混ざる。
「……ちょっと待っていてください」
羽ばたくように手を振ってねだる少女らを手で制し、烈風刀は畑の方へと駆け足で戻っていく。崩しつつある土地の脇、いくつも持ってきたビニール袋の一つを手にし、少年は急ぎ足で双子兎の元へと向かった。
首を傾げて大人しく待つ彼女らを前にし、碧い少年は軍手を片方外して袋の中に手を入れる。取り出したのは、ビーチサンダルだった。黒と青の二色で構成された薄い靴は、少しくたびれたものだ。少女らの足より二回りは大きいサイズだ。何だろう、と言わんばかりに、兎たちは掲げられたそれをじぃと見つめた。
安っぽいデザインのそれを持ったまま、少年は再び袋に手を入れる。器用な手付きで全く同じものをもう一足取り出した。
「そう言うと思って持ってきました。裸足では危ないですから、これを履いてください」
大きなサンダル二足を砂浜に、兎をあしらった靴に包まれた小さな足の前に置く。青い頭が、目が、地面に吸い寄せられていく。海色のリボンがお辞儀をするように垂れた。
「僕と雷刀のものなのでサイズは合いませんけど、我慢してくださいね。無いよりは安全ですから」
「いいの? れふとたちのなんでしょ?」
「もちろん」
使い古しで申し訳ありませんけれど、と烈風刀はゆるく眉尻を下げて言う。マリンブルーの目が二対、ぱっと見開き、すぐさま虹のような大きな弧を描いた。
少女らは、小さな手で兎のデザインをした靴を丁寧に脱いでいく。砂を踏まないようにしながら長い靴下も脱ぎ、目の前に置かれたサンダルにそっと足を入れた。サクサクと砂を踏む音。一拍置いて、わぁ、と感嘆の声が弾けた。
「ありがと!」
「遊んでくるねー」
脱いだ靴に靴下を詰め込んで、青兎はきゃらきゃらと笑いながら海へと向かっていく。バシャン、と勢い良く水が跳ねる音が聞こえた。
ぱちゃん。ぴちゃん。ざぱん。大きなビーチサンダルに守られた細い足が波を蹴る。瑠璃色の髪が、海色のリボンが大胆な動きにつられて広がり揺れた。鳴き声のように絶えず笑声をあげながら、双子は波打ち際を踊るように歩いた。足取りは軽快で弾んだものだ。今にも飛んでしまいそうなほど。
「……飛んでは駄目ですからねー!」
「とっ、飛ばないよ!?」
「ちゃんとしてるよ!?」
念のために釘を刺しておく。途端、愛らしい笑い声は止み、慌てた声が飛んできた。やはり、多少なりとも飛びたいと思っていたのだろう。あんなところで飛んでは、波に足を取られて転んでしまうかもしれない。そんな大問題を見過ごすことなどできるはずがなかった。駄目ですからねー、と烈風刀はもう一度大きな声で釘を刺す。はーい、と元気な声が二つ返ってきた。
サンダルがあれば怪我をする確率は多少低くなるだろう。おてんばながらも約束はきちんと守る子たちだから、きっと言いつけ通り飛ばず、深いところにも近づかずに大人しく遊ぶだろう。頭では分かっていても、少年はその光景から目を離せずにいた。解けたはずの眉間には、また薄く皺が寄っている。映す海と同じ色をした瞳には、不安が薄く漂っていた。
大丈夫だとは分かっている。けれども、海難事故というのは本当に些細なきっかけで突然、何の前触れも無く起こるのだ。己が畑作業に戻っている間に何かあったら。視線が逸れた瞬間に何か起こったら。湧き出る『もしも』が、表情も身体も固くしていく。
「れふとー?」
「だいじょうぶー?」
己を示す音が鼓膜を震わせる。いつの間にか下がっていた視線を上げると、そこにはきょとりとした顔でこちらを見つめるニアとノアがいた。浅海を掻き分ける足の動きは止まっている。細いくるぶしをさざめく波が撫でていた。
双子兎は顔を見合わせる。しばしして、波に浸った足が軽快に動き出した。大きなサンダルで守られた足が波を蹴り、砂浜を蹴り、碧の元へと走って行く。大丈夫だ、と返すより先に、両の手が温かなもので包まれた。
「れふとも遊ぼ!」
「きぶんてんかんは大事だよ!」
少年の手をぎゅっと握り、少女らは笑う。ほらほら。いこいこ。可愛らしい声が浜を転がる。両手を引かれ、烈風刀は小さく声をあげる。小さな手を振り払うことなく、可愛らしい力に引かれるがままに足を動かした。サクサク。ザクザク。サンダルと長靴が砂を踏みしめていく。
ざぷん、と水が跳ねる音。じゃぷん。ざぷざぷ。小さな足が波を掻き分けていく。どぷん。年季の入った長靴が波へと飛び込む。ほのかな温かさと揺れる心地がゴム生地越しに足を包んだ。
「きもちいでしょ!」
「ざぷざぷするの楽しいよー」
離した手を振り、細い足で水を蹴り、砂を踏み、双子兎は笑う。きゃらきゃらと鈴のような声が空へと昇った。
勿忘草色の瞳が揺れ動く水面へと向けられる。淡い水色の向こう、黒い長靴が屈折して映った。おそるおそるといった調子で、碧は足を持ち上げる。静かな動作に努めたはずが、寄せ来る波は跳ね返って小さな飛沫となって空を舞う。ぱしゃ、と水が水に打ち付けられる音が響いた。
「楽しいでしょー?」
サンダルを引っかけた足でニアは水を蹴る。ぱしゃん。海が鳴く。
「ちょっとあったかいけど気持ちいいでしょ?」
サンダルで守られた足でノアは水をかき混ぜる。ざぷん。海が鳴く。
「……えぇ、気持ちいいですね」
使い込んだ長靴をまとった足で烈風刀は水を撫ぜる。ちゃぷん。海が鳴く。
ぱちゃん。波が跳ねる。兎が踊る。兎が跳ねる。兎が飛ぶ。バシャン。水が跳ね飛ぶ音に混じって、あ、と気まずげな声が聞こえた。
「わっ、わざとじゃないよ!?」
「たっ、たまたまだよ!?」
「分かってますよ」
これ以上ないほど慌てた調子で弁明する双子に、少年は小さく笑みを漏らす。普段から感情を身体で表現する彼女らが、その情動に身を任せた行動をコントロールしようとする意識を持つのは非常に良いことだ。自身で即座に気付き止めたことは褒めるべきだろう。たった一言の短い約束をしっかり守ろうとするのはとても素晴らしいことだ。二人の素直な部分がよく出ていた。
うー、とニアは呻きを漏らす。苦々しく歪んだ口元を隠すように添えられた手に、小さな手が重なる。ニアちゃん、と妹兎は姉を呼ぶ。ノアちゃん、と姉兎は妹を不思議そうに見つめた。
「手、繋ごう? そしたら飛んじゃわないよ。もし飛んじゃっても、ノアが引っ張って止めるから」
ぱちくりと瞬く青い目に、柔らかな弧を描く青い目が向けられる。重ねられた両の手は、しかりと小さな手を握っていた。離さないとばかりに強く捕らえていることは、言葉の力強さからありありと分かった。
瞬く目が見開かれる。瞬間、悔恨で引き結ばれた口が綻び、笑顔を形作った。うん、とニアは元気いっぱいの声を返す。内から溢れる感情を表現するかのように、重ねられた妹の手に姉の手が重ねられる。それもまた、しかりとしたものだ。ふふ、とノアは小さく微笑みをこぼした。
あっ、と大きな声が晴天に昇る。まるで誓うかのように重ね合わされた手が一つ解け、ぱっと腕ごと広げられる。めいっぱい広げられた紅葉手は、碧へと向けられていた。仲睦まじい様を眺めていた朝空色の目が瞬く。え、と少し揺れた声が綻んでいた唇から漏れた。
「れふとも繋いで! また飛んじゃったら危ないもん!」
おねがい、とニアは頭二つ近く上の顔を見つめる。陽光と活力で輝く紺碧が、まっすぐに花浅葱を射抜いた。
「えっ、あっ! ニアちゃんずるい! ノアも! れふと、ノアとも手繋いで!」
重ねられた手がまた一つほどける。細い手を開き、ノアはずっと高い位置にある顔の前へと勢い良く差し出した。
「……いいですが、これでは円陣になってしまうのでは?」
疑問と苦笑を漏らす碧に、双子兎はあっと声を漏らす。きょとりとした可愛らしいかんばせが、鏡合わせのように向かい合った。
「じゃあ、ノアちゃんとは手離しちゃおうか……」
「ぐるって繋いでたら危ないもんね……」
「いえ、僕が離せばいいのでは――」
「それはダメ!」
「れふとと繋ぐの!」
合理的で控えめな提案は、力強い声によってすぐさま却下された。最初は二人で繋ぐという話ではなかっただろうか。そこに何故自分が混ざってしまうのか。結果は同じになれどそれでいいのだろうか。疑問がこんこんと湧いてくる。それも全て、キラキラと輝く藍色の前では消え失せた。
分かりました、と短く答え、烈風刀は差し出されたたなごころ二つに己のそれを重ねる。一回りは違う硬い手が、薄く柔らかな手をそっと握った。反射のように、すぐさま力強く握り返される。絶対に離すまいと言わんばかりの力だった。
三人手を繋ぎ、波の中を歩んでいく。三対の足がちゃぷちゃぷと可愛らしい音を奏でた。
畳む
#嬬武器烈風刀 #ニア #ノア