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No.17

補講の補講【嬬武器兄弟】

補講の補講【嬬武器兄弟】
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pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。

お題:真紅の怒りをまといし太陽[2h]

 放たれた窓からは遠くの蝉の鳴き声が風に乗って流れ込む。けれどもそれは一瞬のことで、心許無い風はすぐに姿を消してしまう。残るのは蝉の声と、グラウンドを駆ける運動部の声と、肌を刺すような太陽の光だ。
「あーつーいー」
「夏だから仕方ないでしょう」
 太陽は空を支配するかのようにその天辺で輝く。夏という季節を謳歌せんと言わんばかりに陽光を注ぎ、気温をどんどんと上昇させる。全ての窓と戸を明け放してなお滅多に風が入らない教室の不快指数は上がるばかりだ。
「なんでこんなに暑いんだよ……なんでこんなに暑い中勉強しなきゃなんないんだよ……」
「誰のせいでしょうね」
 二人は教室で向き合うように座っていた。机に向かう雷刀と、その前の席の椅子を逆方向に向け彼を見る烈風刀という体勢だ。
 目の前で唸る少年――嬬武器雷刀の期末テストの結果は散々なものだった。確かに夏のアップデートへ向けての準備などで忙しかったが、それを差し引いても酷い。『酷い』という言葉しか浮かばないほどのものだった。だから、夏休みの初めに行われる補講に参加せねばならないのは当然のことだった。元々システム関連で学園に用事があった烈風刀は、嫌だ嫌だと騒ぐ雷刀の首根っこを掴み無理矢理連れてきて補講に参加させた。案の定というべきか、授業内容が理解できなかったようで授業中課されたプリントもろくに解くことができない。授業時間内に終わらなかったそれは、自動的に翌日――補講は夏休みの始まり、五日間ほど設けられている――の課題となる。
「暑い」
「口を動かす暇があったら手を動かす」
 同じ言葉を無駄に繰り返す雷刀に冷たく言い放つ。原則、授業の終わった教室のクーラーは節電のために切られることになっている。真夏の、しかも陽光がこれでもかと注ぐ教室など、クーラーがなければただの地獄だ。窓を開けたとしても今日の様子では焼け石に水だ。
 それでも、二人がこの教室から出ることはまだ許されない。
「つーか、烈風刀は先に魂のとこ行ってくれば? 用事あるんだろ?」
「先に行ったとして、貴方一人でこの課題が解けるのですか? 自力で終わらせることができるのですか? そもそも貴方が逃げずに大人しくしている保証なんてあるのですか? ありませんよね? だから先生は私に見張るように言ったんですよ。分かっていますか?」
 成績優秀で補講など一切関係ない烈風刀がここにいる理由、それは先生に雷刀が逃げないように監視するよう言われたためである。
 雷刀が一人で課題を終わらせることなどできないことは、日頃の様子から分かり切っていた。そもそも課題をしっかり終わらせるような人間ならばあんな点数を取るはずがない。
 しかし、授業時間外に先生が一人の生徒につきっきりで教えることなど不可能だ。だから、双子の弟である嬬武器烈風刀に白羽の矢が立った。彼相手ならば雷刀も逃げられないと踏んだのであろう。事実、それは功を奏していた。
 気安く引き受けるのではなかった、と烈風刀は後悔した。確かに天気予報で気温が高くなると言っていたが、これほどまでに暑いとは。日当りのいい教室であることと、風がないということも大きな要因だろう。せめてクーラーの使用許可を交換条件に出すべきだった、と顔をしかめる。
「ごめんなさい」
「謝る暇があったら頭を使って手を動かす。ほら、ここ間違ってますよ」
 しゅんと反省したように項垂れる雷刀をバッサリと切り捨て、間違いを指摘する。雷刀は黙ってその部分を修正し、以降の間違いも訂正しようとするがやはりなかなか手が動かない。内容を理解していないのだから当たり前だ。一体どうすれば一人でちゃんと勉強できるようになるのだ、と大きく溜め息を吐いた。
「暑いから頭が動かないんだよ」
「貴方の頭が働かないのは一年中でしょう。気温のせいにしないでください」
「そうカリカリするなって」
「誰のせいですか!」
 思わず声を荒げる。しまった、と後悔するころには雷刀は苛立ったように目を細めていた。あまりの暑さにこちらも苛立っていたようだ。疲れたように手で顔を覆う。
「……ジュースでも買ってきます。なにがいいですか」
「炭酸なら何でも」
「分かりました」
 不機嫌そうな彼の声を背に教室を出る。購買へと続く廊下にも太陽は容赦なく光を届ける。窓が開いていない分、教室よりも暑く感じる。はぁ、と顔を手で覆い息を吐いた。
 先ほどのはさすがにない。原因は彼にあるとしても、あれではただの八つ当たりではないか。日頃彼のことを子ども子どもと言っているが、これでは自分もさほど変わらない。恥ずかしさと後悔で小さく唸る。
 窓の外、ペンキでも塗りたくったかのように青色に晴れ渡る空を見上げる。全てはあの太陽のせいなのだ、と中天で輝くそれを恨みがましく見た。子どものような行動だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。


 自販機で買った缶を手に教室に戻ると、雷刀は椅子の背もたれに身を預け下敷きでパタパタと扇いでいた。普段は下敷きなど使わないのにこんな時だけ使うのか。そもそも下敷きを持ち歩いていたのか、とどうでもいいことを考える。そっと近づいて、その頬に冷えた缶をぴったりと押し付けた。
「うぉっ!」
「買ってきましたよ」
 驚いてバランスを崩しかけた彼は、ぽかんとした表情でこちらを見上げた。その姿に思わず笑ってしまった。
「おー、さんきゅー」
 雷刀は嬉しそうに笑って缶を受け取った。プルタブを勢いよく引くと、炭酸で増幅された小気味のいい音が響く。冷たい汗を流す黒色の缶を傾けると、彼の喉がゴクゴクと美味しそうな音をたてて動いた。
「つめてー!」
 たまらない、といった風に笑う雷刀を見ながらこちらも手にした缶を開ける。口をつけると、特有のコーヒーの香りと苦みが口の中に広がる。冷たいそれを手にしているだけで体温が少し下がったかのように錯覚する。
「よし、さっさとやるか!」
 やる気を出した彼が、缶を隣の席に置きペンを握り机に向かう。その姿を嬉しく思うが、先ほどのことがどうも引っかかってしまう。集中しようとする彼を邪魔するのは気が引けるが、謝らねばならないと「雷刀」と彼の名を呼んだ。
「その……、さっきはすみません」
「なにが?」
「えっ?」
「烈風刀が怒るのなんていつものことじゃん。気にしてねーって」
 それはそれで不名誉だ、と烈風刀は苦々しく顔を歪める。烈風刀の気を知ってか知らないでか、「変な顔ー」と雷刀は笑う。「うるさいですよ」と気まずさを誤魔化すように手にした缶の中身を飲む。熱気にやられてか、小さな缶の中身は既に冷たさを失いつつあった。
「早く終わらせましょう。サーバー室は涼しいでしょうから早くそちらに移動したいです」
「だったら、最初からサーバー室でやればよくね? 涼しいし用も終わるしそのままオレの面倒も見れるしどう考えても得じゃん」
「あの涼しくて快適な部屋で貴方がサボらないとは思えませんね」
 欲で輝く目で見つめてくる彼をすっぱりと切り捨て、「ほら」と促す。雷刀は残念そうに口を尖らせたが、すぐさまプリントへと目を向ける。勉強しようとするその姿勢に小さく笑う。
 やはり、全て暑さが悪いのだ。子どもめいた考えに自ら苦笑しながら外へ目をやる。空に輝く太陽はまだまだ健在で、少なくとも空が暗くなるまではそこで存在を主張するようだ。
「終わったら、アイスでも買って帰りますか」
「おう!」
 ふと漏れた言葉に雷刀は顔を上げて元気よく返す。太陽のように眩しい笑顔が目の前に輝く。温かなその笑みに思わずこちらも笑みを零した。
 夏の暑い教室に、柔らかな風が通り抜ける。まだまだ暑い夏は終わらない。

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#嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

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