No.172
favorite THANKS!! SDVXスプラトゥーン 2024/3/21(Thu) 19:16 edit_note
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諸々掌編まとめ11【SDVX/スプラトゥーン】
諸々掌編まとめ11【SDVX/スプラトゥーン】色んなところで書き散らしてた大体2000字ぐらいの掌編まとめ。掲載時から修正とか改題してるのは気にするな。
うちの新3号だったり名無しだったりごちゃまぜ。書いてる人はXP14~18をうろうろしてる程度なので戦略とかそういうのは適当に流し読みしてくれるとたすかる。
成分表示:はるグレ/嬬武器烈風刀/嬬武器兄弟2/インクリング+インクリング/新3号+新司令
いけないよふけ/はるグレ
元ネタ https://twitter.com/tnhg_trpg/status/176...
髪を乾かし終え、始果は足早に部屋に戻る。ベッドの上に座り込む鮮やかな躑躅が目に飛び込んできた。普段は二つにして高く結い上げている長い髪は解かれ、白いシーツの上に大きく広がっている。さながら花畑だ。暖色灯に照らされる横顔は俯き気味で、どこか神妙な顔つきをしていた。自分よりも一回りは小さな手は腹に当てられている。細い喉から小さな唸り声が聞こえた。
「グレイス?」
「……あぁ。おかえり」
「ただいま。どうかしましたか?」
名を呼ぶと、少女は一拍遅れて顔を上げた。顔つきは普段に近づけようとしているが、まだ何か分からないものがにじんでいた。尋ねると、細い眉が少し寄せられる。血色の良い唇は小さく引き結ばれ、躑躅の瞳はゆるく細められた。うーん、とまた小さな唸り声が聞こえた。
「…………ねぇ、始果」
「はい」
名を呼ばれ、狐の少年はすぐさま応える。見下ろした顔からは、表現し難い表情は抜け落ちていた。代わりに、彼女らしい――嗜虐性を孕んだ、けれども可愛らしさがある笑みを浮かべていた。
「いけないこと、してみない?」
にまりと弧を描く口が、ひそめられた調子で言葉を紡ぎ出す。蠱惑的なマゼンタが、こちらをじっと見つめた。
唸りのような音が部屋を這っていく。ぺきり、がさり、ぺりぺり。少女の手元から聞き慣れない音があがる。手付きには迷いがなく、慣れたものだということがよく分かった。ごぼごぼと地鳴りのような音。しばしして、カチン、と硬い音に諌められたように低い音は消え失せた。
白い手が取っ手を掴む。先ほど中途半端にめくった上部の蓋の隙間に、電気やかんの中身を注ぎ入れた。暖房の熱を失い始めた部屋に白い湯気が昇っていく。二つの筒に中身を全て注ぎ終えると、少女は紙蓋を下ろし、その上に用意していた割り箸を置いた。抵抗するようにわずかに開いた紙蓋を細い指が器用に閉じていく。
「……なんですか、これ」
「カップ麺よ」
首を傾げる始果に、グレイスは軽く返す。かっぷめん、と彼女の言葉をオウム返しにする。カップは分かる。湯呑のことだ。麺も分かる。あの山のような食物のことだ。だが、その二つが繋げられると一体何であるのか全く分からない。そもそも、その二単語は繋がるものなのだろうか。疑問ばかりが募っていく。
「ラーメンは分かるでしょ? あれと一緒よ。お湯を注いだらラーメンになるの」
「あれが、この中に……?」
「あれよりはずっと少ないけどね」
怪訝そうにカップ麺を見つめる狐に、躑躅は笑みを含んだ声で返す。さすがにあれをうちで食べるのは無理よ、と少女は笑った。
「まぁ、あんまりよくないんだけどね」
「……ラーメンを食べるのはよくないのですか?」
「夜中に食べるのはね。胃に負担がかかるし、太っちゃうし」
そういうものなのか、と少年は依然首を傾げる。空腹は動きを鈍らせる要因の一つだ。耐えることは容易であるが、良いとは言い難い。少なくとも、ネメシスに来てからはそう教えられていた。食べることと『よくない』という言葉の結びつきがいまいち理解できなかった。
くぅ、と小さな音が二人きりの部屋に落ちる。音の発生源はグレイスだった。シミ一つ無い清潔な寝間着に包まれた腹から漏れたそれは、空腹を示すものだと教えられていた。
「……お腹が空いたのですか?」
「……そうよ」
尋ねる声に、一拍置いて肯定の語が返される。仕方ないでしょ、と少しいじけた調子の声が追撃で飛んできた。
「いいじゃない、たまには」
唇を尖らせるグレイスに、始果はそうなのですか、と返す。そうなのよ、とまだ拗ねたような、それでもどこか愉快げな声が部屋に落ちた。
高い電子音が二人の間に鳴り響く。細い指が携帯端末を操作すると、音はすぐに鳴り止んだ。そのまま、少女は蓋の上に乗せっぱなしだった割り箸へと手を伸ばした。パキリ、と乾いた音が落ちる。あんたも割りなさい、と促され、木でできた食器に手を伸ばす。少女と同じように横へと引くと、同じく乾いた音が鳴った。割れた上部は片方は箸部分より太く、片方は爪楊枝のように細い。これで食器として役目を果たせるのだろうか。懐疑の目を向けていると、へったくそねぇ、と笑い声が聞こえた。
「ほら、蓋取って」
そう言って、グレイスは半分だけ剥がしていた蓋を全て取り払う。途端に、濃い油の臭いと醤油の香ばしい香りが鼻をくすぐった。見様見真似で蓋を剥がす。赤い文字が並ぶそれの下から、茶と黄色と赤が姿を現した。
「いただきます」
「……いただきます」
目の前の少女に倣い、手を合わせて言葉を紡ぐ。金色の瞳に映るのは、細い筒に手を添え箸を入れる少女の姿ばかりだ。筒から黄色が高く長く伸びていく。おそらくあれが麺なのだろう。知っているものよりも随分細いので推測でしかないのだけれど。
伸びたそれが、赤い唇に吸い込まれていく。真似して、己も箸に手を伸ばす。中に突っ込み、麺と思わしきものを持ち上げる。そのまま、静かにすすった。
初めての『カップ麺』は、油と醤油、少しの非現実の味がした。
洗濯日和とお昼寝日和/嬬武器烈風刀
鍵をかけ、チェーンを掛ける。靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、廊下を進んだ。袋から飛び出たネギがビニール包装に当たってカサカサと音をたてた。
きちんと手を洗い、来た道を引き返してリビングのドアを開ける。午後の日差しが差し込む室内はほのかに暖かかった。小春日和か、それとももう冬を超えたのか。どれにせよ、エアコンに頼らなくてもいい日々が続いてほしいものだ。
静かに歩き、キッチンへと潜り込む。牛乳や肉を手早く冷蔵庫に入れ、調味料をストックかごに入れ、掃除用品を所定の場所に片付け。大きく膨れた買い物袋は次第に萎み、綺麗に畳まれ小さくなった。
ナイロンバッグを片付け、烈風刀は水切りかごに伏されていたマグカップを手に取る。日差しは暖かかったものの、空気はまだまだ冬の様相をしていていた。見通し甘く冬にしては薄着で出かけたのもあり、身体は温もりを求めていた。温かいコーヒーを飲もう。軽く拭いて、そのままコーヒーポットが置いてあるスペースに向かった。
音もなくなめらかに進んでいた足がはたりと止まる。碧い目がぱちりと瞬いた。
ポットが中央に置かれたローテーブル、その前に置かれた二人がけのソファには先客がいた。それは赤い塊だった。人間半分ほどの大きさの塊が、ソファの大半を占領していた。表面は深い赤で、ブラウンとネイビーでチェック模様が描かれている。普段から使っている大判のブランケットだ。繭のようなそれは、規則的に上下している。時折、胎動するように小さく動いた。ブランケットの端からふわふわとした朱が飛び出ているのが見えた。
浅葱がすっと細くなる。この塊の正体は間違いなく雷刀だ。彼は日頃からソファで居眠りをすることが多い。ブランケットを被っているのは、そのまま寝るには肌寒かったのだろう。空調を点けずに毛布で暖を取っているのは殊勝であるが、ならば自室で寝ればいいではないか。広々としたベッドで眠らず、こんなに身を縮こめ狭いソファで眠る理由が分からない。
壁に掛けられた時計に視線を移す。太い短針は、夕方と言うにはまだまだ早い時刻を知らせていた。夕飯時までは随分と時間がある。赤い塊に視線を戻す。今日は土曜日で、今日も明日も特に予定は無い。翡翠が一度瞬き、小さく頷いた。
止まっていた足を動かし、ソファの前に立つ。そのまま、空いているスペースに腰を下ろした。机上に置かれたポットに手を伸ばす。朝淹れたホットコーヒーが、ほのかに湯気をあげながらマグカップに注がれていった。別に部屋で飲んでもいいのだが、それではまるで惰眠を貪る兄に気を遣っているようではないか。何となくの、全く必要が無い小さな意地だった。
ポケットに入れていた携帯端末を取り出し、なめらかな動きで画面を操作していく。必要な連絡は午前中に済ませた。返信が必要なメッセージが無いことを確認し、ニュースアプリを立ち上げる。天気予報のタブを開くと、小さな画面に太陽がずらりと並んだ。今日は一日中晴れ。明日も一日晴れ。降水確率は十パーセントとあるが、おそらく降ることはないだろう。窓の外、空は濃く見えるほど青く、線のような薄い雲が時折見える程度だった。絶好の洗濯日和である。
冬はほぼ終わりの時分になっている。冬物を整理しなければいけない頃合いだ。まず、厚手のセーターを洗ってしまおうか。今から洗えば、明日の夕方には乾くだろう。毛布もそろそろ干して片付けるべきか。最近、朝兄を起こしに行くと毛布を蹴飛ばして寝ていることが多い。使わないならさっさと片付けてしまいたかった。
液晶画面から、隣へと視線を移す。赤い塊は依然規則的に上下した。薄手のブランケットの隙間から、すぅすぅと小さな呼吸が聞こえる。随分と深く眠っているようだった。
息苦しくはないのだろうか。ふと、些末な疑問が浮かぶ。朱い頭は赤い生地にすっぽりと埋まっていた。寝息が聞こえるのだから、隙間があるのは分かる。だとしても、こもって空気を吸って吐いてをするのは苦しくないのだろうか。暑くないのだろうか。マグを机に置く。少し身を屈め、塊の端っこ、赤髪がはみ出た部分を覗き込んだ。本当にすっぽりと埋まっているようで、顔は全く見えない。ただただ寝息が聞こえるだけだ。
身を起こし、またカップを持って中身を飲む。苦しくなれば勝手に起きてくるだろう。先ほど身じろぎしていたのだから、自然に顔を出すかもしれない。なんにせよ、心配するようなことではなかった。そもそも、双子の、同い年の高校生に対して抱くような情ではない。相手は寝返りができない子どもではないのだから。
意味も無くネットの海を泳いでいた携帯端末を眠らせる。目の前の机に静かに置き、またコーヒーを口にした。
このブランケットも干さなければな。大判だが薄手なので軽く日に当てるだけでいいだろう。明日でもいいか。考え、ベランダに続く窓へと目を移す。空は依然青に染まっていた。
あと三・五/嬬武器兄弟
爪で浮かせた部分を持ち、そっと力を入れて引く。ピンク色のシールは、ミシン目から少し逸れて崩れた円となって手元に残った。
剥がしたそれを冷蔵庫の扉に留められた紙に貼り付ける。台紙というにはぺらぺらで心もとないそれは、もう半分ほど埋まっていた。〇・五の小さな数字が並ぶ中、時折二・五の高めの数字が交じる。指でなぞりながらざっくり数えると、もうあと数点で目標の点数に達することが分かった。
「なー」
「どうしました」
シールの群れから目を離すことなく、雷刀はどこか抜けた声をあげる。隣で湯を沸かす弟も、ケトルから目を離すことなく答えた。
「これ、二枚目狙えるんじゃね?」
もう一袋からシールを剥がしながら朱は言う。短い爪の先に鮮烈なピンクが咲いた。
毎年冬から春にかけては、製パン会社がキャンペーンを行っている。パンを買うだけで丈夫な皿が手に入るというこのキャンペーンには毎年のように参加していた。この時期は朝食はトーストがほとんど、間食や夜食も菓子パンを食べることが多い。ただのキャンペーンだが、兄弟にとって季節を感じる一つのイベントとなっていた。
シールを貼り付けているキャンペーン台紙、その下部に書かれた実施期間は長い。現時点であと二ヶ月近くある。こんなに早く一枚分が貯まるなら、このまま二枚目を狙ってもいいのではないか。皿は何枚あってもいいのだ。
「駄目でしょう」
ドリッパーに湯を注ぎながら碧は言う。えー、と思わず不満げな声を返した。
「景品の数には限りがあるのですよ。一家族が何枚ももらうのはよくありません」
「でも余った分もったいなくね?」
「レイシスにあげればいいでしょう」
縋り付く兄を弟は一蹴する。確かにレイシスもシールを集めている。残った分を渡すのは、あぶれたものを無駄にしたくない己たちにとっても、皿が欲しい彼女にとっても嬉しいだろう。皆が得する選択だ。
「今年のお皿はボウルですしね。一枚あれば十分です」
マグカップにコーヒーを注ぎ入れながら烈風刀は言う。台紙に書かれた今年の皿の写真は、少し深めのサラダボウルだ。確かに、そう複数枚使うような食器ではない。そっかぁ、と下がり調子の声を漏らした。
「コーヒーできましたよ。食べましょう」
二色のマグを手に弟が言う。シールを剥がした菓子パンたちを片付け、己の分を受け取る。二人でキッチンを出た。
ダイニングテーブルには、綺麗な三角形のサンドイッチがいくつも並んでいた。
透明グラスと百円玉/嬬武器兄弟
並び立った透明色が光がきらめく。天井に付けられたLEDライトに照らされているだけだというのに、どれもまるで宝石のように輝いて見えた。
一つに手を伸ばしてみる。手に感じる重みは、素材が確かなものを伝えてきた。これが一一〇円なのか、と雷刀は目を丸くする。こんなにしっかりした代物がコンビニで売っている菓子より安いだなんて、どういう理屈なのだろう。あちこちから眺めていると、底に貼り付けられたシールが目に入った。シンプルなそれには、赤い色で『三三〇円』と書かれていた。
途端、好奇心で輝く瞳が陰る。三三〇円も十二分に安い値段ではあるのもの、ここは『百円均一ショップ』なのだ。昨今は百円以上のものが当然のように売られていることは重々承知だが、どこか騙されたような気分になってしまう。上がっていた口角がすっと下がった。
「プラスチックのにしますからね」
外の空気と同じほど冷たい声が隣から飛んでくる。えー、と返して、手にしていたガラスのコップを棚に戻した。声の方を見やると、カゴを手にした弟の姿があった。灰色のそれの中身はまだ空だ。
「ガラスのが綺麗じゃん」
「その綺麗なガラスのコップを割ったのは誰ですか」
唇を尖らせて言うと、至極冷静な声が返ってくる。う、と小さく呻いた。午前中、キッチンに響き渡った高い音が呼び起こされる。己の悲鳴と弟の慌てる声、細心の注意を払って箒と新聞紙を操った感触まで戻ってきた。
兄の様子を気にすることなく、烈風刀はまっすぐに売り場を進んでいく。食器コーナーの奥には、これまた透明色が並んでいた。ただ、輝きは先ほど見たものより鈍い。先入観もあってか、どこか安っぽく見えた。
「プラスチックだとすぐ白くなるじゃん」
「最近のものはそうでもないようですよ」
へぇ、と雷刀はこぼす。スポンジで擦られるからだろう、過去に使っていた透明なプラスチック容器はすぐに白く曇ってしまった。今は違うのだろうか。技術の進歩というやつだろうか。考えながら、棚に並んだ一つを取る。ガラスのものとは比べものにならないくらい軽く、温度もどこか穏やかだった。裏返して底面を見る。貼り付けられたシールには『一一〇円』と書かれていた。
いくつか手に取っていく弟の横を通り過ぎ、兄は他の商品を眺めていく。透明を過ぎると、極彩色が並んでいた。赤に青に黄色、緑、ピンク、果ては黒。無地のものからロゴが入ったものまで様々だ。タンブラーのように長く高いもの、子どもが持つような小さく丸いもの、円に近い多角形のもの、形も個性に溢れている。本当にこれが一一〇円で買えるのだろうか。先のグラスのこともあり、少しの疑念がよぎっていった。
「そちらにしますか?」
「いや、透明なのがいい」
いつの間にか同じほど売り場を進んできた弟が尋ねてくる。小さく首を振り、雷刀は来た道を戻る。先ほど手に取ったプラスチックのコップを二つ、カゴに放り込んだ。そうですか、と短い声が返された。
ビニール手袋、スポンジ、ハンガー、洗濯ばさみ。売り場を巡り、事前にリストアップしていたものを二人でカゴに入れていく。そっと二個一一〇円の菓子を忍び込ませようとしたところで、すっとカゴが遠くへと引いていった。
「あとでスーパーに行くでしょう」
冷えた視線を送ってくる弟から逃げるように、兄は手にした菓子を静かに売り場に戻す。何事も無かったかのように隣に並ぶと、エコバッグ用意しておいてください、と常と同じ声が飛んできた。
会計を済ませ、安物のナイロン袋に買ったものを詰めていく。どれもこぶりなものだったこともあり、肩にかけた袋は中身など無いように平べったい見た目をしていた。店員の声を背に受けながら自動ドアを潜り抜ける。瞬間、クーラーの空気を直接顔にぶつけられたような感覚がした。さっみぃ、と思わず声が漏れる。弟は物言わずに道を進んでいった。慌てて追いかけ隣に並ぶ。碧い瞳は携帯端末に釘付けになっていた。
「あぶねーぞ」
「……あぁ、すみません」
軽く声をかけると、一拍置いて謝罪の言葉が返ってくる。弟は端末を鞄に放り込むと、一歩大きく踏み出した。歩みは止まらず、どんどんと抜かされ、背が見えるほど遠くなっていく。おい、と思わず漏らして走って寄った。
「そんなに急ぐことねーじゃん」
「先ほどチラシを確認したら、タイムセールをやっているとありました。早く行かないと」
白菜が、とこぼし、弟はずんずんと突き進む。確かにそれは重要だ。今の時期食卓に並ぶ鍋には白菜が不可欠である。安く多く買える機会を逃すわけにはいかない。小さく息を吸い、タッ、と地を蹴る。大きく足を踏み出し、また地を蹴り、踏み出し。駆け出すと、えっ、と跳ねた声が後ろから聞こえた。
「ちょっと、雷刀」
「早くしないとなんだろ?」
背中から呼び止める声に、雷刀は振り返って笑う。置いてくぞー、と掛けた声は、どうにも笑みがにじんでしまった。後ろから駆ける音。すぐに隣まで迫ったそれに、危ないでしょう、と呆れた調子の声が付いてきた。
プラスチックのにしてよかった、と兄は抱えた鞄の中身へと思いを馳せる。ガラスのコップではこんなに乱暴に扱うことはできない。丈夫なプラスチックだからこそ、こんなちょっとした無茶ができるのだ。
夕方を告げるチャイムの音が遠くから聞こえた。
結局全種買って帰った/インクリング+インクリング
2024年3月のフェスネタ。
「何でサワークリームオニオンねぇの!?」
叫声が街に響き渡る。感情たっぷりのそれは分厚いガラスにぶつかって消え、向こう側に聞こえることはない。収録中のタレントたちは変わらず軽妙なトークを繰り広げていた。
「マイナーだからでしょ」
「どこがだよ!」
隣、たった一言放った少女に少年は吠えてかかる。一瞬眉を寄せたインクリングの少女は、掲げたナマコフォンのボタンを押した。軽い音と同時に、小さな液晶画面にバンカラ一の人気タレントたちが収まった。
「サワークリームオニオンほど美味いポテチなんてないだろ!」
「コンソメの方が好き」
手をわなわなと震わせるインクリングの少年を横目に、少女は携帯端末を操る。先ほど撮った写真を『すりみ』と名付けられたフォルダに移動させた。全く意に介さない友人の様子など気にせず、少年はいいか、と言葉を続けた。
「まずサワークリームオニオンは香りが良いんだよ。色んなポテチはあるけどあれだけ香りが強いやつはない。爽やかで、でも腹が空くような抜群に良い香りがするんだ」
ろくろを回すように手を構え、目を伏せてインクリングは言う。しかめ面ににも似た表情は真剣そのものだった。菓子について語っているとは想像できないほどの気迫に満ちていた。
「んでもって味も良い。しょっぺーけどそれがいい。口ん中全部サワークリームオニオンの味になるぐらい強いのがいい。そのしょっぱさがベースのポテチの芋の甘さを引き立てるんだよ」
へー、と少女は合いの手を入れる。視線は完全に目の前の液晶画面に向けられていた。四角い指がボタンを操る。画面に『コンソメ派なんでよろー』と短い文章が現れた。
「香りも味も強い。けど全部さっと溶けていくんだよな。儚いっつーの? ばーんっと殴ってスッと消えて、そんで次が欲しくなる。どんどん食って止まらなくなる」
「ポテチなんて全部そうでしょ」
「こんだけインパクトがあって、香りも味も楽しめるのサワークリームオニオンだけだろ? なのに何でねぇんだよ!」
少女の言葉など聞いていない調子で少年は語る。胸に手を当て、宙を掴むように指を天へと向けて震わす姿は、熱弁と表現するのがぴったりだった。そんな様子など一瞥すらせず、少女は端末を操る。上から下へと流れゆく文章の海に、先ほどの一文が放流された。パチン、と硬い音をたててナマコフォンが折り畳まれる。ようやく、黄色い瞳に少年の姿が映った。常はくりくりとした丸い目はじとりと細められている。
「フェスなんてサザエもらえればそれでいいじゃん」
「ダメだろ。真剣にやってるやつがいるんだから、こっちも真剣にやらねーと」
至極真剣な顔で返す少年に、真面目だねぇ、と少女は呆れた調子で返す。この友人は普段は適当極まりないというのに、バトルが絡むと妙に真剣になるのだ。もっと真面目にやることなど山ほどあるというのに、と思うも、指摘するも、全く聞き入れないのだから世話が焼ける。
「とりあえず全部買わねーとなー」
「ただお菓子食べたいだけでしょ」
「食べたいだけならサワークリームオニオン買うわ。ちゃんと確認して、一番好みのやつに入れて、ちゃんと戦わないとダメだろ」
「……ほんっと、馬鹿真面目だね」
「馬鹿じゃねーわ」
呆れも呆れ、最早感心すら感じさせる調子で少女は言う。少年は眉を寄せて返す。それもすぐ解け、うし、と小さく頷いた。
「じゃ、俺スーパー寄って帰るわ。明日昼からで」
「はいはい。遅れないでよねー」
ひらひらと手を振る少年に、少女も手を振る。踵を返した細い背が、駅の改札へ吸い込まれて消えた。
手を下ろし、少女は今一度携帯端末を操る。SNSのタイムラインは、早速三つの勢力による罵り合いと言う名のじゃれあいが繰り広げられていた。第四、第五勢力まで登場するのもいつも通りである。フェス恒例の光景だった。
熱弁する友人の声がリフレインする。香り、味、しょっぱさ、甘さ。右から左に流れていったはずの様々なワードが頭の中に溜まっていく。たったそれだけだというのに、鼻に抜けるあの香りが、舌を刺激するあの味が、神経を辿って胃を刺激した。
「……ポテチ食べたくなっちゃったじゃん」
呟き、少女は息を吐く。携帯端末をバックパックのポケットに放り込み、雑踏を縫って歩き出した。
薄いスニーカーに包まれた足は、まっすぐにコンビニエンスストアに向かっていた。
1:10/新3号+新司令
とぷん、と音をたてて身体が格子状の出入り口から飛び出る。インクが払われた顔は、これでもかというほど渋いものだった。チッ、と短い音が薄い唇から発せられる。強く寄せられた眉も、酷く眇められた目も、への字を描く口も、そこから漏れる舌打ちも、全てが彼女の機嫌の悪さを表していた。
またダメだった。マトを壊すだけだというのに、何度やってもクリアできない。バケットスロッシャーのインクが届かない時もあれば、そもそもインク切れを起こしてしまう時もある。挙げ句の果てにはインクレールから足を踏み外す始末である。何もかもが噛み合わない。何もかもが上手くいかない。このミッションだけがいつまで経ってもクリアできずにいた。おかげでイクラは減るばかりだ。それが苛立ちと焦りに拍車を掛ける。
また鋭く舌打ちをし、三号と呼ばれるインクリングはヒーローシューターを握り締める。足元のコジャケが声をあげて走りゆく。同居人が何かを――カネになるかもしれないものを見つけたというのに、少女は目もくれない。深海色の瞳は足元のヤカンを睨むばかりだ。
「『何度倒れても起き上がる、それがヒーローだ』と司令は言っとるよ」
通信機から音声が流れてくる。二号のものだ。ミッションを失敗する度、謎の部隊の三人組は声を掛けてくる。彼女らなりの励ましのつもりなのだろう。余計なお世話である。通信機の向こう側に聞こえるように、わざとらしく舌打ちをした。
「やってないくせに適当なこと言わないでくれる?」
苛立ちを隠す様子も無く三号は言う。ふんふん、と全く意に介さない声が返ってきた。
「『一旦基地に戻ってこい』と司令は言っとるよ」
「何でよ」
二号の言葉に、少女は低い音で返す。棘のある、むしろ棘しかない声だ。己は攻略を進めたいというのに、何もしないやつらが意味の無いことばかりを言い、挙げ句の果てには命令してくる。腹立たしくて仕方が無かった。
「そろそろお昼ご飯食べよー!」
二人――発言は三人だが――の様子など知らないとばかりに、元気な声が聞こえてくる。一号だ。弾んだ明るい声に間を取り持つ気遣いなど見られない。ただただ無邪気に言っているのだ。お腹空いたでしょ、と言葉が続く。反応するように、胃が軽い痛みを覚えた。
遠くから表現しがたい音があがる。凄まじい勢いでコジャケが戻ってくるのが見えた。大方『お昼ご飯』の言葉に反応したのだろう。耳ざといやつだ、と少女は眉を寄せる。また胃が痛みを訴えた。
「……分かったわよ」
舌打ちを添えて三号は返す。ブーツに包まれた足が、基地がある方向へと向けられた。
昼食は簡素なものだった。コンビニエンスストアに売っているおにぎりやサンドイッチ、クッキーなどの甘いお菓子にいつものカフェオレ。それでも、三号にとっては十分上等な食料だった。なにせ普段はスーパーで一番安い米や食パン、酷い日はチケットで交換できるマキアミロールを食べて凌ぐような生活をしているのだ。肉と野菜がきちんと食べられる食事は久方ぶりだった。
無言でひたすら口に食料を押し込む。こんな高価な物は今の生活ならば絶対に食べられない。しかもこれは全て奢りである。夕飯を兼ねるほど食べなければ損だ。残り三人の様子など全く気にせず、三号とコジャケは食べ物を胃に詰めていく。三号って本当にいっぱい食べるねー、と呑気な声が基地に落ちた。
「『ミッションについて教えてくれ』と司令は言っとるよ」
「は?」
プラスチックのマグカップから口を離し、少女は短く返す。先ほどまで解けていた眉は、一瞬で再び寄せられた。何故こいつ――『司令』と呼ばれる、一言も喋らないやつに説明しなくてはならないのだ。大体、説明したところで何かが変わるはずも無い。無駄な行動であることは明白だ。
「マトを壊すんだよね」
指をピンと立てて一号が問う。十字がきらめく瞳は純粋そのもので、眩しいほどに輝かしい。毒気を抜かれるような心地だ。己の醜さを白日の下に晒されているような心地だ。まっすぐに睨んでいた目がふぃと逸れた。
「……そうよ」
「三号はバケットスロッシャーを使ってるよね。得意なの?」
「別に。『オススメ』って書いてあるから使ってるだけ」
ミッションで指定されたブキは、ジェットスイーパー、バケットスロッシャー、ノーチラス47の三種だ。わかばシューターしか持っていない己はどれも使ったことがないものである。ならば、『オススメ』と書いてあるものを使うのが一番良いだろう。
その思考も全て一号の言葉によって引き出されていく。気が付けば、ミッションについて――上手くいかないことも含めて――全て洗いざらい話していた。本当にこのインクリングは話を引き出すのが上手い。しかも意図してやっているのではないのだからたちが悪い。悪意も何も無い、無邪気なやつが一番厄介なのだ。チッ、とまた舌打ちを漏らした。
バッ、と布がはためく音がする。思わず視線をやると、そこにはスケッチブックと油性ペンを構えた司令の姿があった。どこから取り出したのだ。というか何に使うのだ。疑問によって視線が縫い付けられた。
スケッチブックがめくられ、素早い動きでペンを握った腕が動く。何を書いているのだ、こいつは。訳の分からない行動に、三号は依然険しい視線を向ける。しばしして、ペンが走っていた紙面がこちらに向けられた。
射程はジェット、ノチ、バケツ。
バケツは曲射が必要。当てにくい。オススメを信じるな!!!!
ノチはキルタイム早い。チャージいるけどチャーキで調整可能。チャーキ慣れ必要。
ジェットは火力低いが射程で勝てる。インク効率そこそこ。
インク切れになるならこまめに潜伏挟む。撃ちっぱなしは悪手。
下段から破壊。移動するシステム的に下段は射程外に行きやすい。先に潰す。
届かなそうだったらクイボ投げる。クイボで壊れる。
ジェットが一番やりやすい。チャーキ使えるならノチ。バケツはオススメじゃない。オススメを信じるな!!!!
狭い紙面には情報が詰め込みに詰め込まれていた。走り書きそのものの文字で書かれたそれは、現在攻略しているミッションに関する情報だ。まさに『攻略法』だった。
向けられた紙面を、三号は呆然と見つめる。先ほどの話を聞いただけでこれだけ書いたのか、こいつは。たったあれだけの情報でこんな詳細な情報を書いたのか、こいつは。青い目は丸く瞠られていた。隣から形容しがたい声があがる。食事を終えた同居人の声に、やっと衝撃で止まった頭が動き出した。
目の前に文字が差し出される。反射的に向けた視線の先には、スケッチブックをこちらに差し出す司令の姿があった。空色の瞳がじぃとこちらを見つめる。受け取れ、と語っていた。
らしくもなくおずおずと手を伸ばし、文字が躍るそれを受け取る。再び目を向けると、『オススメを信じるな!!!!』と太く強く書かれた文字が飛び込んできた。
「何でよ」
「『オススメが攻略しやすいとは限らない』と司令は言っとるよ」
漏らした声に、答えが返ってくる。スカイブルーが伏せられ、軍帽が乗った頭が小さく上下する。また開かれた瞳は、まっすぐにこちらを見据えていた。
ばつが悪そうに口を引き結び、少女はまた文字たちへと視線を移す。一部分からない言葉はあれど、攻略の情報として十二分に機能するものだった。
海色の瞳が眇められる。何故あんな短い話だけでこれだけ書けるのだ。何故あの短時間でこれだけの攻略法が思いつくのだ。何故これほどまでブキへの理解が深いのだ。悔しい。何度繰り返しても分からなかったものが、話を聞いただけのやつに全て見透かされた。その事実が悔しくてたまらない。小さく喉が鳴った。
「『急がず好きなだけやるといい』と司令は言っとるよ」
「……分かってるわよ」
こぼし、三号は立ち上がる。手にしたスケッチブックを隣に座った一号に渡す。いいの、と尋ねる声に、いいの、と短く返した。書き連ねられた文章の要点は、もう頭に入れた。あとは試すのみだ。こいつに力を借りる形になったのは悔しいが。
踵を返し、少女は歩き出す。何とも表現しがたい声があがり、足元に小さな陰が寄ってくるのが見えた。いってらっしゃい、と背中から声が聞こえた。
ジェットスイーパー、と口の中で呟く。本当にあれがいいのだろうか。あの文面を信じていいのだろうか――否、信じられる、信じさせる力のある文字たちだった。意固地になって使っていたバケットスロッシャーを手放そうと思うほどには。
ほどなくして辿り着いたヤカン、その金網の上に立つ。身体の力を抜き、インクリング本来の姿へと戻る。高い音と共に、黄色い身体が金網へと吸い込まれていった。
畳む
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