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No.173

とけるほどにあつくて【タコイカ】

とけるほどにあつくて【タコイカ】
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ヒトへの擬態化は幼少期では不完全(初代アートブックより)→じゃあ完全変化を身につけたての頃だとちょっとしたことでイカに戻ったりするのでは……?
とか考えた結果の産物。便宜上タコとイカに名前があるので注意。
完全変化身につけたて付き合いたて大人の階段上りたてのタコ君とイカ君の話。

 ちゅ。ちゅ。
 可愛らしい音がベッドの上に落ちていく。二人きりの部屋、薄いガラス窓の向こう側、遠くから子どもの声が聞こえる。それを上書きするように、口元からは愛らしくも淫らな音があがった。
 唇と唇が離れていく。酸素を求めた唇は、両者とも開いていた。頭半分下にあるその隙間から、鮮やかな色の下がちらと覗く。唾液でたっぷりに濡れて艶めくそれが酷く淫靡に思えて、思わず唾を飲み込んだ。
 自身も同じほど、否、少し長く舌を出す。離れたばかりの頭と頭が、くっついてしまいそうなほど近づいていく。数拍、わずかに姿を現した極彩色の粘膜が触れ合った。
 熱い。
 舌先から伝わる熱に、インクリングの少年――ウキは小さく眉を寄せる。不快感や苦痛によるものではない。脳が痺れるような感覚によるものだ。事実、伏せられた目の端っこはゆるく下がってとろけていた。
 先端だけで触れ合っていた熱が、ぬめる粘膜の上をなぞって口内に侵入してくる。ぬるりとしたものが、舌を、歯を、口蓋を、頬の内側を器用に撫ぜていく。すっかり覚えてしまったきもちがいいところを刺激され、少年は息を漏らす。鼻を抜けたそれは、とろけきった甘ったるい音色をしていた。
 ぐちゅ。くちゅ。艶めかしい音が口内を通して脳味噌に直接注ぎ込まれる。熱が感覚が、音が、頭の中身をぐちゃぐちゃに掻き回していく。恐ろしいことだというのに、きもちがよくて仕方がなかった。
 絡めあった舌をぢゅ、と強く吸われる。瞬間、背筋を何かが駆け上っていった。神経全部を走って直接脳味噌に叩き込まれたそれは、快楽というラベルが貼られていた。不規則に吸われる度、閉じて真っ暗になったはずの視界に小さな光が明滅する。まるで星空のようだ、なんてロマンチックなことを考える暇など無い。ただただ押し寄せる感覚に身を任せるしかなかった。
 口腔を通して快楽がめいっぱいに注ぎ込まれる。無意識に鼻を抜けて出た声は、どんどんと色香を漂わせるものになっていた。
 どろり、と融け落ちる感覚がした。
 熱を伝える触覚が、とろけるような味覚が、ダメになりそうなほどの快楽が、一気に消えて失くなる。あ、と頭上から声が降ってくる。気がついた時には、視界は真っ黒から真っ白へと移り変わっていた。ぼやけたその端に、錨のマークが見える。己にとって唯一無二のオクトリングがよく着るギアの柄だ。つまり、頭が、目が、それほどの位置まで落ちている――ヒトの視界を保てなくなってしまっていた。
「またかー」
 頭上から声が、温もりが降ってくる。大きな手がつるりとした表面をなぞっていく。優しい動きはまるっきり子どもをあやすそれだった。悔しさに声を出そうとするも、ヒトの形を失ったばかりの声帯は上手く働かなかった――それ以上に、まだ思考が許容量以上の快楽でぼやけているからだけど。
「これじゃいつまで経ってもセックスできなくね?」
「できるし……だいじょーぶにきまってんだろ……」
 からかうような言葉に、どうにか言い返す。普段ならばうるさいとすら言われるほどはっきりとした声は、依然甘くやわこい輪郭をしていた。
「そういうことはヒトの形に戻ってから言おーなー」
 あしらうように言葉を紡ぎ、オクトリングの少年――チサは、膝の上に抱えた愛しい者を撫でる。ヒトの姿を保てなくなり、イカの形に戻ってしまったコイビトをあやすように撫でる。子ども扱いにしか感じないそれに、インクリングは呻き声を漏らした。
 安定してヒトの形に変化できる年頃になった己たちは、ナワバリバトルで出会った。初めは敵として戦い、その勇ましく物怖じしない戦い方に目を奪われ、勇気を絞って言葉を交わし、フレンド登録をし、数え切れないほど共に戦い。そんな日々を送っていく中、内側に抱えた感情はどんどんと大きくなり、次第に形を変えた。友情から恋慕へと。
 これまた勇気を振り絞って告白し、喜びに溢れた答えを得て。関係はトモダチからコイビトへと変化した。とはいっても、ほとんどは今までと同じだ。バトルして、反省会をして、対策を練って、練習して、またバトルして。フレンドたちから『バトル馬鹿』とからかわれるほどにブキを操り戦ってきた。
 その間にちょっとした触れ合いが混じり始めたのはいつだっただろうか。帰り道手を繋いで、負けて落ち込む中抱き締めあって、互いの家で遊ぶ中口付けをして。少しずつステップを踏んでいき、今ではちょっぴり進んだ口付けをするほどになっていた。
 問題はここからであった。口腔での触れ合いの最中、己はヒトの姿を保てなくなるのだ。完全に無理だというわけではない。それでも、きもちよさで頭の中がいっぱいになると、身体はヒトの形を維持できなくなるのだ。おかげでいつまで経っても口付けの『先』まで進めない現状である。
 何でなんだよ、とウキは心の中で吠える。ようやくナワバリバトルへの参加条件を満たすほどヒトの形を安定させられるようになったのだ。なのに、こんなちょっとしたオトナの触れ合いですぐにイカに戻ってしまうなんて。悔しいったらない。
 うぅ、とくぐもった呻きが止む。戻った心拍数と体温を確認するように深呼吸二回。外側の全てをシャットアウトするほど意識を集中させ、頭の中でヒトの形を描く。はっきりと浮かべたその姿を、焼き付けるように、刻みつけるように強く思う。とぷん、と雫が跳ねるような音が身体の中に響いた気がした。
「おっ、戻った」
 先ほどまで頭上から聞こえていた声が後ろから飛んでくる。尻の下に少し硬い、けれども温かな感触。やっとヒトの形に戻ったのだ。試合中は意識せずともヒトとイカを行き来できるというのに、普通の生活――始まったばかりのこの関係を『普通』と表現するにはまだ早い気がするけれど――ではこんな状態なのだから欠片も笑えない。
 腹に腕が回される。半袖のギアから覗く剥き出しの肌は温かだ。指を組んで合わさった手に、己のそれをそっと重ねてみる。輪を作っていた腕が形を崩し、合わさった指が解け、己のものを包むように重ねられた。先の尖った指が表面を撫でていく。むずかゆさに、ふは、と短い笑声が漏れた。
「快楽に弱いんかな」
「エロ漫画みてーなこと言ってんじゃねーよ」
 後ろから聞こえたふざけた言葉に、少年は重ねられた手をペしりと叩く。いてぇよ、と痛みも何も感じさせない声とともに、同じ程の強さで手を指先で弾かれた。
「だってお前がこんなことになんの、キスするときぐらいだろ」
 普通に触ってもなんともねーのに、と不思議そうな呟き。腹に回された手がするりと動き、二枚重ねの生地で守られた腹を撫ぜる。円を描く軌道は、あの審判猫に触れるときと同じように思えた。
 確かにこの程度の触れ合いで何かが起こったことはない。手を繋ぐのも大丈夫。抱き締めあうのも大丈夫。こうやって膝に座らされ密着するのも大丈夫。唇を合わせるだけの口付けも大丈夫。では、何故ちょっとだけ先に進んだ口付けではああなってしまうのだろう。確かに口の中をくすぐりあうのはきもちいいけれど、ヒトの形を保てなくなるのはさすがに異常である。
「それか敏感とか?」
「んなわけねーだろ。そんなんだったらバトルできねーって」
 バトルの際、己は主に前線ブキを使っている。真っ先に先陣を切り、いの一番に敵を仕留める役割だ。ステージを駆け回って撃たれ撃ち抜きを常に経験しているのもあり、痛みには強い方である。敵を見つける嗅覚や感覚は優れていると自負しているが、敏感であるのはまた違うだろう。
 本当に何でなんだろうな。もう数え切れないほど繰り返した疑問が溜め息とともに吐き出される。腹を撫で回す手が止まり、うーん、と小さな悩み声が耳の後ろから聞こえた。しばし続いたそれがはたと止む。よし、とどこか晴れた声が耳の裏側にぶつかった。
「試してみるか」
「は?」
「手ぇ貸して」
 ほら、と視界の端で何かが揺れる。チサの手だ。言われるがままに重ねていた手を上げ、ゆるく振られるそれへと寄せた。手首に温度がまとわりつく。すぐはねのけられるような簡単なものだというのに、逃がすか、と言われているように思えた。
「なー、どうすんだ――」
 問う声に、ちゅ、と可愛らしい音が重なる。同時に、手の甲に少し乾いた、けれども温かで柔らかな感触。手に口付けられているのだと気付く頃には、二回目が降ってきた。
 ちゅ、ちゅ、と幾度も、幾重にも、薄く日に焼けた肌に口付けが落とされる。短く軽いそれは、指でくすぐられているようだった。音にならない笑い声が唇の隙間から漏れる。
 両手で数えられる程度に繰り返されたそれが止む。手首から温度が去っていく。手の平に移ったそれは、挙げた己の手をくるりと前後にひっくり返してまた去っていった。再び、手首に薄く硬い感触。すぐに、手の平に温度。手の甲と同じように口付けられていることなどすぐに分かった。
「くすぐってーって」
 ちゅ、ちゅ、と愛らしい音が落ちる中、ウキはケラケラと笑う。ブキを握り日々固くなりゆく皮膚を唇でなぞられるのはこそばゆい。手には神経が集中しているのだ、くすぐったさを覚えるのは誰だって同じだろう。これがチサの言う『敏感』を『試して』いるのだとしたら、意味のないものだ。
 部屋の落ち続けたリップ音が止む。気が済んだのだろうか。こんなの意味が無いといってやらねば。そうだ、彼にも試してみればいいではないか。やられっぱなし、くすぐられっぱなしだった今、ちょっとした仕返しをしたい気分だった。
「気ぃ済んだ――」
 か、と尋ねる声は、喉の奥に引っ込んだ。
 ぬるり、と手の平に感覚。先ほどまでとは比べ物にならないほどの熱。皮膚の上を何かが這っていく不快感。神経に直接触れられたような刺激。未知の何かが一瞬で脳味噌を焼いてフリーズさせた。
 ひゃ、と思わず甲高い声がまだ細い喉からあがる。己のものとは全く思えないそれに、依然襲い来る謎の感覚に、レイヤードシャツに包まれた身体が大きく跳ねた。
 何だ、今のは。何が起こったのだ。ようやく復旧した脳味噌はすぐさま困惑の渦に飲み込まれ、ぐちゃぐちゃに掻き回されていく。肌の上を這いずり回る感覚は、夏の日差しに炙られたクラゲを触った時のものによく似ていた。けれど、ここにクラゲなどいない。いるのは己とコイビトだけだ。つまり。
 ぎこちない動きで頭を動かし、ウキは拘束され掲げられたままの手へと視線を移す。日焼け色の肌の上を極彩色が這っていく。ケバケバしいほどに鮮やかなそれの根本には、薄い唇が、チサの顔があった。痛いほど鮮烈なブルーパープルが動く。同時に、肌を焼くような温度も動いた。
 舐められているのだ。肌を舐められているのだ。理解を拒否していた頭が、ようやく現実を認識する。瞬間、スーパージャンプでもするかのように身体がびくんと跳ね上がった。大袈裟なまでな動きは、全て手首と腹に回された腕によって阻止された。
「お、ま、なにして――」
 問う声は完全にひっくり返った情けないものだった。震えた、明らかに怯えを含んだものだというのに、皮膚を這うそれは動きを止めない。ぬるり、べろり、と気ままに、しつこいほどに這い回った。
 離れなくては。ようやく頭が下した判断を実行しようとするも、捕まえられた腕はびくともしない。相手はエクスプロッシャーのような重量級を好んで使うようなやつなのだ、最近感じ始めた明確な筋力差が最悪の現実から逃してくれなかった。むしろ、後ろへと引き寄せてくる。逃さない、と言わんばかりの動きだった。
 肌の上を執拗に這い回っていた熱が移動していく。広い手の甲から、角張った指へとゆっくり移動していく。ひ、と引きつった音が喉から漏れる。熱い。気持ちが悪い。怖い。嫌だ。湧いて出る反射的感情が頭に溜まってぐちゃぐちゃに思考を乱していく。これ以上現状を理解することなどもう不可能だった。
 指先まで動いた熱が止まる。もう終わったのか。気が済んだのか。馬鹿なことをしやがって。一発殴ってやらねば。湧いて出た安堵と憤怒は、また肌を這う――今度は包み込むような熱によってすぐさま吹き飛ばされた。
 指が熱い。先っぽから根本まで全部熱い。風呂に浸かっているのとはぜんぜん違う、体験したことのない熱さが身を襲った。ぬる、とまた這い回る感覚。熱い中を、また熱いものが這い回る。
 舐められている。ねぶられている。食われている。
 理解した瞬間、ぢゅ、と含まれたままの指を強く吸われた。ぞわ、と背筋を訳の分からないものが走っていく。明確な不快感と不明瞭な感覚が脳を焼いた。
「おい、チサ!」
 怒鳴ろうと声を荒げるも、実際に出たのは悲鳴に近かった。敵にやられたガールが出すような高いものだ。己の口から発せられたなんて信じられないものだ。答えるように再び指を吸われる。密着した口の端から漏れたであろう唾液がいやらしい音を奏でた。
 ぬる。べろ。ちゅ。ぢゅ。様々な音、感覚が――深い口付けと似た感覚が、耳を通して、指を通して脳味噌に叩き込まれる。ぁッ、と短い生の中で初めて出すような声が己の耳を突き刺す。知らない現実が思考全部を掻き回して機能させなくしていった。
 指の腹を、節を、間を、舌がねぶっていく。きもちがわるいはずだ。けれど、頭の端っこの方が正反対の声をあげる。きもちいい、と。一歩進んだ口付けをしている時と同じ感覚だと――快感だと主張した。
 ひ、ァ、と細い音が漏れる。開きっぱなしになった口は、死にたいくらい情けない声をこぼすだけだ。閉じようにも、脳味噌を殴り続ける快感が許してくれない。指を舐められているだけなのに。何で。こんな。疑問ばかりが頭を駆け巡る。皮膚があげる悦びの声が全部流していった。
 きもちいい。きもちわるい。わかんない。こわい。やだ。もっと。ほしい。たすけて。
 どろり、と融け落ちる感覚がした。
 ずる、と身体が滑っていく。仰向けになった背に温もりを感じた頃、視覚神経が機能し始める。ぼやけた視界の中に、白と紫、丸いオレンジが見えた。
「やっぱ敏感じゃね?」
 至極普通の、普段と全く変わらない、何もなかったかのようにおんなじな声が降ってくる。ぼやけた紫が揺れる。ゆっくりと晴れてきた世界、真ん中には小首を傾げるチサの姿があった。
 本当にただただ実験されたのだ。好奇心で舐められ、ねぶられ、食われ、こんな状態にされたのだ。去っていった快感の後ろから、怒りの波が寄せてくる。長い触腕がびちん、とむき出しの膝を叩いた。
「いってぇ!」
「ふざけんなよおまえ!」
 鋭い痛みにあがった悲鳴と感情が爆発した怒声が重なる。片方はどこか舌足らずだ。器用に舌を動かせるほど、脳の復旧作業は進んでいないのだ。
「やってみねぇと分かんねぇだろ?」
「おま、だからって、おまえ」
 真面目極まりない声が顔に落ちてくる。何でこんな声が出せるのだ、こいつは。何であんな訳の分からないことをすぐに実行できるのだ、こいつは。短くない付き合いをしているのにこれっぽっちも理解ができない。怒りに恐れが混じりだすほど理解が追いつかなかった。
「やっぱ敏感だって」
「ちげーっつってんだろ」
「舐められただけでイカに戻っちまうやつが敏感じゃなかったら何なんだよ」
 びちびちと跳ねるイカの身体をヒトの手が抑え込む。喉が詰まったような声が床に近い方からあがった。
 違う。敏感なんかじゃない。あんなの誰だって気持ち悪い。逃げるためにヒトの形を解くのは当たり前だ。己が特殊なせいではない。頭の中でそれらしい理由を並べ立てる。まぁ、とどこか笑みを含んだ声が弾き出していった。
「指フェラから慣れてこーな」
「いみわかんねーこといってんじゃねーよ!」
 バチン、とまた長い触腕で叩く。落とすぞ、と笑みと怒りが絡んだ声が降ってきた。
畳む

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スプラトゥーン


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