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No.81

ずっと上でお隣なおにいさん【ニア+ノア+嬬武器】

ずっと上でお隣なおにいさん【ニア+ノア+嬬武器】
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ピリカちゃんが羨ましいニアノアちゃんとその被害者嬬武器弟。
腐向けにつま先突っ込んでる感。

 パタパタと軽い音が背中から聞こえる。予測される未来にくるりと振り返ると、そこには両手をぶんぶんと振って駆け寄ってくるニアとノアの姿があった。注意した通りちゃんと飛ばずに歩いているのは関心である、と烈風刀は可愛らしい姿に頬を緩めた。
 ぴょん、と助走をつけて一跳び、ニアは少年の胸に飛び込んだ。小さな体躯をしっかりと受け止め、危ないですよ、と窘めようとしたところで、キラキラと輝く二対の瞳が彼に向けられた。
「れふにぃ!」
 双子が揃って口にしたその語に、烈風刀の思考がぴたりと止まった。
「えっ、あ……え?」
 状況を理解できずに困惑の声を漏らす彼を見て、あのねーあのねーとニアは言葉を続ける。彼女の声はとても弾んだ楽しそうなものだ。
「ピリカちゃんがはるかのこと『はるにぃ』って呼んでてね!」
「いいなーって思って、ノアたちもれふとのことそう呼びたいなって!」
「れふとはニアたちのおにいちゃんみたいなものだからね!」
 ねー、と二人の兎は細い耳を揺らして声を揃える。きゃっきゃと愉快そうに笑う姿は微笑ましいものだ。けれども、烈風刀の頭はその可愛らしい光景が入ってくる余裕を持ち合わせていなかった。
 たしかに、日頃からニアとノア、それだけでなくずっと下の学年の幼い少女らの面倒を見ているのは主に烈風刀である。初等部に属する彼女らにとって、高等部に属する烈風刀は『兄』と呼んで差し支えないほど歳が離れた存在だ。現に、バタフライキャットと呼ばれる桃、雛、蒼の三人は、彼のことを『れふとおにーちゃん』と呼んでいた。ニアとノアもそのように呼ぶのは不自然ではないだろう。
 けれども、日頃『双子の弟』である烈風刀は、『兄』扱いされることに慣れていなかった。『兄』と呼ばれるその感覚はなんだかこそばゆく、三色の猫たちにそう呼ばれる際も少しの照れくささを感じていた。面々の中でも一番歳が近い彼女らは本当の妹のような距離感であるのだから尚更だ。姿を現しつつある羞恥心を誤魔化すように、彼は二人の兎から目を逸らした。
「れふにぃ! 今日も運営のお仕事あるの?」
「れふにぃ、ニアたちもまた遊びに行っていい?」
「ストップ! 二人ともちょっと待ってください!」
 れふにぃれふにぃと鳴き声のように繰り返す青い双子を、少年は大きな声と片手で制する。もう片方の手で隠したその顔は、ほんのりと紅が浮かんでいるように見えた。顔を見合わせたニアとノアは、にんまりと笑う。珍しく恥ずかしがる烈風刀の姿は、元来いたずら好きな少女らの目にはとてもからかい甲斐のあるように映ったのだ。
「えー? れふにぃ、何でー?」
「れふにぃ、いきなりどうしたの?」
 にししと口元を袖で隠して笑うニア、心配そうな瞳に多分な好奇心を浮かべたノアがぴょんぴょんと跳ね、手の奥に隠された烈風刀の顔を覗こうとする。逃げる少年は、あの、ちょっと、と控えめな悲鳴を上げるばかりだ。
「あれ? 烈風刀、どした?」
 少女らのいたずらげな合唱に、少年の不思議そうな声が混じる。たじろぐ烈風刀の後ろから現れたのは、その兄である雷刀だった。
「あのねー、れふにぃがねー」
「れふにぃ?」
 首を傾げる雷刀に、駆け寄ったニアがこそこそと耳打ちする。この状況を把握して、赤い目がにんまりと愉快そうに弧を描いた。ノアも楽しげにくすくすと笑う。蒼と朱の二色の瞳は、完全にいたずらっ子のそれだった。
「へぇー、烈風刀がオニイチャンかー」
 にやにやと見つめる兄に、弟は指の間から鋭い視線を向ける。それでも赤く染まり、わずかに涙すら浮かぶその顔では全く効果がない、むしろ増長するようなものだ。雷刀は悪い笑みを浮かべ、様々な感情で縮こまった肩に腕を回した。
「いいなー、オレも『れふにぃ』って呼ぼうかなー」
「はぁっ!?」
 兄の言葉に、弟は素っ頓狂な声をあげる。怒気のにじんだそれを無視して、雷刀は顔と同じく赤で染まった耳に唇を寄せた。
「なぁ、れふにぃ」
 わざと低くした声を、己の髪のそれで色付いた耳に直接注ぎ込む。小さな音を受けた途端、抱き込んだ肩が面白いほど跳ねた。耳慣れぬ音に驚いたようにも、低い声に怯えるようにも見えるその様子に、雷刀は楽し気に目を細める。紅玉には意地の悪い色が浮かんでいた。
「れーふーにーいー」
「や、めて、くださ」
「えー? だって烈風刀はニアたちのオニイチャンなんだろ? いいじゃん、れふにぃ」
 くすぐるように兄は囁く。その度に身体を震わせ、怯えたように否定の声をあげる弟の姿は、朱の胸に眠る何かを強く刺激した。元々大したものでもないストッパーが音をたてて壊れる。止める者など、いたずらっ子とその被害者のみのこの空間には存在しない。
「れふにぃ」
「やっ……」
「れふにぃってば」
「ぅ、やめ……、て、くだ、さ……っ」
「呼ばれたらちゃんと返事しなきゃダメだろ? れふにぃ」
「っ、ぁ……、や、だ……らい、と」
 注ぎ込まれる声に、いやだ、と弱々しく抗議の声をあげる烈風刀の姿を見る度、雷刀の心にゾクゾクとよく分からない何かが駆けていく。普段は冷静で凛とした弟が、自分の言葉ひとつで涙をこぼしそうなほど震えるその姿は、可愛らしさとはまた違う何かを孕んでいた。もっとこの姿を見ていたい、もっとこの弱々しい声を聞きたい、もっとこの手で彼を震えさせたい。嗜虐の色を灯した欲求が、少年の心に芽生えつつあった。
「れふにぃ」
「れふにぃ!」
「れふにぃー」
 朱ひとつに蒼ふたつ、いたずらな声が三重奏を奏でる。三つ分の呼び声に、ぅ、と微かな呻き声ひとつ残して烈風刀はその場にへたり込んでしまった。
「っぁ、……ほんと、に、やめて……くだ、さ、い……」
 やだ、と呟く声は消えてしまいそうなほど細く、心底辛そうなものだった。羞恥心がキャパシティを超え、防衛のためにブレーカーを落としてしまったのだろう。うずくまる彼の背は、可哀想なほどふるふると震えていた。
 ニアとノアの頭に付いたカチューシャがぴぃん、と真っ直ぐに伸びる。ショックを受けたようなその様子の後、あわわわわ、と兎たちは酷く慌てた声をあげた。
「れふとっ! ごめんなさい!」
「れふとを困らせたいんじゃないの! ごめんなさい!」
 うずくまる少年を囲み、ニアとノアはばたばたと袖を振って謝る。その瞳にはじわりと涙がにじんでいく。たしかにいたずらっ子な彼女らだが、相手を悲しませるようなことなどしたくはなかった。うぇ、と幼い嗚咽が漏れる。二対の目から涙が溢れ出る前に、雷刀はその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「泣くなよー」
「だってぇ……」
「だって、ニアたちがふざけすぎたから、れふとが……」
「ニアとノアは悪くねーよ。烈風刀泣かしたのはオレだし」
 涙声の少女らに雷刀は笑いかける。きっかけは双子の兎たちによるものだったとしても、これほどまで弟の羞恥を煽り泣かせたのは自分であることぐらいさすがに自覚していた。
 未だ、だって、と後悔の音を漏らす彼女らの頭を、少年は再度ぐしゃぐしゃと撫でた。あとはオニイチャンが面倒みとくから、と乱れた青い髪を手櫛で整える。ふぇ、と嗚咽交じりの声をあげた少女らは、うずくまり顔を隠す烈風刀を見た。
「れふと、ほんとうにごめんね」
「ふざけすぎてごめんね、れふと。もうやらないから、ごめんね」
 涙と鼻水で濁る声で謝り、双子は後悔で染まった瞳で少年を見つめた。すん、と鼻をすする音の後、いいです、とくぐもった声で答える烈風刀の姿は、いたずら好きな彼女らを拒否しているようにも映った。
「れふとっ、ぅ、うっ、ごめんなさい!」
「う、ぇっ、ごっ、ごめんなさい!」
 とうとう大きな声をあげ泣き出してしまったニアとノアを見て、雷刀は苦い顔をした。兄たった一人で泣き虫三人を抱え込むのはなかなかに辛いものがある。
「ほら、烈風刀もこう言ってるし。もう大丈夫だからな? 泣かなくてもいいからな?」
 泣いたまま謝っても、烈風刀が辛いから、と雷刀は苦笑いとともに双子を諭す。しかし、青い瞳は潤むばかりで涙が引っ込む気配は全くなかった。
 ううう、と三人分の嗚咽。さすがに手に負えなかった。仕方がない、思う存分泣かせてやろう、と雷刀は震える弟の隣に身を寄せしゃがみ、小さな頭を静かに撫で続けた。
 どれほど経っただろう、ようやく嗚咽がおさまり、鼻をすする音がふたつ。ふえ、と可愛らしい声をあげる少女らの顔は、涙と鼻水でべとべとだった。雷刀は烈風刀のジャケットからポケットティッシュを抜き取り、二人に渡す。勢いよく鼻をかむ音がハーモニーを奏でた。
「れふと、ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
 未だしゅんとした表情で謝る少女らに、烈風刀は少しだけ顔を上げる。さらさらとした髪と膝の上で組まれた腕の間から見える碧は、潤み熱を持っていた。
「もう、大丈夫です」
 すん、と鼻をすする音がもう一度。答える少年の声は、先程より幾分かクリアになっているように聞こえた。
「今日は僕相手だったからいいのですけれど、他の人にはこんな度を越したいたずらはしていけませんよ」
 分かりましたか、とどこか棘のある声に、兎たちはごめんなさいとまた合唱した。だいじょぶだからー、と雷刀は涙声をあげる二人の頭を撫でる。赤色にも戸惑いの色が生まれ始めた。
「烈風刀もこう言ってるんだし、もう泣くなよー」
 オニイチャンも困っちゃうぜ、と言う声に、もう一度二人分のごめんなさいが奏でられる。謝られても仕方ないんだけどな、と言う困り果てた言葉を飲み込んで、雷刀は笑って立ち上がった。
「ニアとノアはもうちゃんと謝ったし、烈風刀はいいって言った! これで大丈夫! もうおしまい!」
 パンパンと手を叩くと、萎れていたぴこんと二対の耳が伸びる。罪悪感に鼻をすする二人の姿に、雷刀はもう一度大丈夫と繰り返した。
 ごめんなさい、とうずくまる烈風刀と同じで目線で謝り、とぼとぼと帰路についた。何度も何度も振り返りこちらを見る姿に、雷刀はひらひらと手を振る。少女らも力なく袖を振り、ようやく昇降口へと向かった。
 その小さな二つの背中を見送って、兄はもう一度しゃがむ。手を伸ばし、未だにうずくまったままの弟を髪を梳くように撫でた。
「ほら、烈風刀ももう泣かねーの」
「だ、れのせいだと、おもっているのですか」
 兄の言葉に、弟は怒気と羞恥と涙が混ぜごぜになった声で返す。ここまで言えるほど調子が戻ってきたのならもう大丈夫だろう。ごめんなー、と苦笑し、雷刀は柔らかな碧の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「だって、烈風刀すっげーかわいいし」
「なにがかわいいですか、ばか」
 怒る声はまだ弱々しい。しかし、じきに調子が戻れば拳の一つや二つ飛んできてもおかしくはない。雷刀より筋力が劣る烈風刀だが、それは相対的な評価である。絶対的な評価ならば、彼は平均以上の力を持っていた。そんなものを食らえば痛いに決まっている。兄は立ち上がり、すぐ躱せるようにそっと一歩分距離を取った。
「ほら、帰るぞ」
 ぐぃ、と膝の上で組んだままの腕を引くと、烈風刀はふらふらと立ち上がった。手の甲で目元を擦る姿は子どものそれだ。
「後で覚悟してくださいよ……」
 怒りの声は恐ろしいほど低い。『後』がいつを指すのか分からないが、もう対策を取るには遅いということは雷刀も十分に理解していた。
 少しばかりおぼつかない足取りで校門へと向かう弟の背中を眺める。
「れふにぃ、ねぇ」
 当人には聞こえないような小さな声で、あの言葉を繰り返す。あれだけ恥ずかしがる烈風刀の姿はとても貴重だった。特に自分が口にした時の反応といったら、得も言われぬ感覚が背筋を走るほどだ。己の言葉で頬を染め涙を浮かべる弟の姿が、あれほど魅力的なものだなんて、長い間兄弟をやってきた雷刀も知らなかった。知らない方がよかったのでは、と告げる声はねじ伏せておく。
 今度またからかってやろう、と朱はいたずらげに笑った。

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#ニア #ノア #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

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