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No.87
雨時のふたり【はるグレ+レフ】
雨時のふたり【はるグレ+レフ】
2017年6月のエンドシーンネタのようなもの。ほんのりレフ→レイ風味。
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しとりしとりと屋根を伝う雨粒が奏でる音に、靴音が二つ加わる。硬い靴底が鳴らすそれが人気の少ない廊下に落ちていく。柔らかな音と硬い音の合唱は、囁くように静かなものだ。
そっと正面から視線を移し、烈風刀は隣を歩く少女、グレイスを見やる。彼よりも頭一つほど背の低い、高く結い上げた癖のある髪を静かに揺らす彼女は、抱えた資料を退屈そうに眺めていた。
「何?」
ふと、少女の視線が胸元の紙束から隣を歩く少年へと移動する。シアンに縁取られたマゼンタの瞳が怪訝そうに細められた。
「いえ、何でもありません」
ゆるりと首を振る碧に、躑躅は本当かしら、と独白にも似た疑問を漏らす。皮肉めいた音だが、彼女は普段からこのような語調である。それを理解している少年は、気にすることなくその隣を歩き続けた。
「それにしても、あれだけの仕事に加えこんなに処理しなきゃならないなんて、あなたたち忙しいのね」
抱えたいくつもの資料を見下ろし、少女は感心にも似た音で言葉をこぼす。彼女の胸元に抱きしめられたそれらは、どれも分厚いものだった。
様々な物語を超え、晴れてネメシスの住人となったグレイスは、レイシスと同じくナビゲーターの仕事に就くこととなった。しかし、すぐさまその任全てをこなすことはできるはずなどなく、今は彼女らのサポートをしつつ業務を覚えることに注力している。本来ならば同じ役割であるレイシスから直接学ぶべきなのだが、メインナビゲーターとして忙しい彼女が指導に時間を割くことは難しい状態にある。代わりに、彼女と同じほど運営業務に関わり、その勤勉さからナビゲートについてもある程度の理解を持った烈風刀が少女の補佐をすることとなったのだ。以前の彼ならば、雷刀一人に業務を任せることに不安を覚えただろう。しかし、あの戦争を超えた兄は、いつの間にか必要水準ぎりぎりながらも一人で仕事をこなすようになっていた。頼もしくなった片割れを強く信頼し、弟は新たな仲間の学習を手助けすることを選択したのだった。
ゲーム運営に関わる資料と、グレイスが学習すべき事項を記した資料を揃え、二人は業務に励むレイシスたちの元へと帰るべく廊下を歩む。グレイスは元より多くは語らない性格であり、それを知る烈風刀も無理に干渉はしない。他者よりもほんの少しだけ付き合いの長い躑躅と浅葱は、無言に気まずさなど感じることはなかった。現在二人しかいない細長い空間には、足音が二つ響くばかりだ。
資料を読むのに飽きたのか、躑躅色の瞳が窓へと向けられる。暗雲の埋めつくす薄暗い空と糸のように細い雨の陰を見て、その目が苦々しげに細められた。
「どうかしましたか?」
「別に」
少女は投げかけられた声を鋭く切り捨てる。問うた碧の瞳には、先程彼女が浮かべた表情には何らかの感情が強くにじんでいるように映った。それほどの情意を有していて、何もないということは無いだろう。
「雨、止みませんね」
「そうね……」
会話を続けてみるが、グレイスは憂鬱に満ちた言葉と溜め息を漏らすばかりだ。可憐な唇が紡ぎ出す音は、空を埋める暗い雲にも負けず劣らずの重さをしていた。
そういえば、と烈風刀は桃の少女と青の兎たちが悩まし気にこぼしていた言葉を思い出す。雨が多く湿度の高いこの季節は、湿気によって髪がまとまらないことが多いそうだ。少年にはあまり実感がないが、長く美しい髪をもつ彼女らにとっては真剣に悩むべき事項なのだろう。彼女と変わらぬほど長い髪を持つグレイスが同じ悩みも抱えていてもおかしくはないだろう。
「やはり、湿度が高いと手入れが大変なのですか?」
「は?」
少年の問いに、少女は訳が分からないという声で返す。違うのか、と烈風刀は内心首を傾げる。ならば、彼女はこの雨空の何を疎ましげに思っているのだろうか。
「あぁ、髪のこと? それなら、レイシスが嫌ってほど整えるせいで何も問題はないわ」
グレイスはどこかうんざりとした様子でふるふると首を横に振る。高く結った長い髪が風に吹かれる花のように揺れた。
レイシスはグレイスを実の妹のように可愛がっている。裁縫技術はあまり高くなかったというのに、彼女の洋服を作るためだけに腕前を上げ、いつでもどこでも彼女に構い過剰までに面倒をみようとするほどの溺愛っぷりだ。その姿に、烈風刀がどこぞの兄を思い出すのは秘密である。
そんな姉のような少女が、似た姿故同じ悩みを抱えているはずである妹のような少女のために尽くすのは想像に容易い。そして、隣を歩く少女が不満げな口調ながらも嬉しそうに尽くされる姿も容易に想像できた。
そうじゃないわ、という否定とともに、溜め息がもう一つ少女の口からこぼれ落ちる。再度、紅水晶が窓の外に向けられた。つられて、翡翠も外を見やる。雨脚が緩む気配はまだ無い。
「雨の日は――」
「グレイス」
少女が口を開くと同時に、平坦な低い声がその名をなぞる。突然加わった音に、二人の肩がびくりと驚きに震えた。揃って振り向くと、そこには狐面を付けた少年が立っていた。己の真後ろに佇む彼に、グレイスは再度驚きに身体を跳ね、すぐさま鋭く目を眇めた。
「始果! 急に後ろに来るの止めなさいって何回も言ってるでしょ!」
「すみません」
怒りを露わにする少女に、金色の目をした少年はぼんやりとした調子で謝罪する。そこには反省の意志は全く見られない。いつもどおりの光景である。
「雨の日だといつも以上に気配消して近づいてくるんだから、もう!」
グレイスは不機嫌な様子で始果から顔を逸らす。怒りと驚きと羞恥が混ざったその表情は、忍の少年と行動をともにする時にのみ見せる特別なものだ。
なるほど、このせいか。目の前で繰り広げられる会話を聞き、烈風刀は一人納得する。躑躅色の少女に強く想いを寄せている狐面の少年は、常日頃から彼女について回っていた。まるで雛鳥が親鳥の後ろを歩いているような姿である。たとえ離れていたとしても、少女に何かがあれば音もなくすぐさまその元へと現れるのだ。ネメシスの外側に生きていた頃からの長い付き合いとはいえ、突然の登場に驚くのも無理はないだろう。気配がないところからいきなり現れるならば尚更だ。
ふと、金に光るの視線が碧に向けられる。じとりと細められたそれには、グレイスが浮かべるものとはまた別の、怒りにも似た感情が込められていた。
あなたを見ていると、何故かもやもやします。
いつかの共闘の最中、彼に告げられた言葉を思い出す。グレイスを心より愛する彼にとって、過去に共謀し、今もなお行動をともにする烈風刀は気に入らない存在なのだろう。記憶とともに知識も抜け落ちた様子のある彼は理解していないようだが、それは明らかに嫉妬の情だった。薔薇色の少女に想いを寄せる双子の弟が、同じく好意を露わにする兄に向けるものと同じだ。
そんな始果の様子に、烈風刀は二歩ほど後ろに下がりグレイスから距離を取る。彼が想いを寄せる少女に特別な感情は一切抱いていない、という無言の意思表示である。それでもやはり腑に落ちないのか、月のような淡い黄の瞳は少年を胡乱気に見つめていた。同じ立場ならば、自分だってこのような様子になってもおかしくはない。恋する者故仕方がないことだろう、と同じものを抱えた少年は苦笑いを浮かべた。
「こんなところで喋ってる暇なんてないのよ。始果、さっさと行くわよ!」
そう言って、グレイスは始果の手を取る。たったそれだけで、暗い色を孕んだ金色の目が柔らかさを取り戻した。
「はい。グレイス」
彼女らしい強い語調を気にすることなく、始果は嬉しそうにふわりと笑った。その笑顔に、少女の頬がさっと赤を宿す。もう、とこぼした声は、不服さの中に喜びを有しているように見えた。
ずんずんと廊下を進む少年と少女の三歩後ろに烈風刀も続く。躑躅色の髪と深い緑のスカーフが揺れる様に、翡翠にも似た目が細められた。
レイシスのそれと同じほど長い髪の少女、己と同じほどの背丈の少年。手を取り歩むその後ろ姿に、想い人と自分の姿を重ねる。ああやって二人だけでともに並べたならば、手を繋いで歩けたならば、どんなに幸せなのだろう。彼のように積極的に想いを口にできるならば、臆せず触れることができるならば、募るこの想いはどれだけ彼女に伝わるのだろう。そんな仮定を考える。随分と奥手であると自覚している己には到底できないということなど、分かりきっている。
「僕だって、貴方が羨ましいですよ」
誰にも聞こえないようにぽそりとこぼし、恋する少年は苦く笑った。
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#はるグレ
#嬬武器烈風刀
#はるグレ
#嬬武器烈風刀
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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雨時のふたり【はるグレ+レフ】
雨時のふたり【はるグレ+レフ】2017年6月のエンドシーンネタのようなもの。ほんのりレフ→レイ風味。
しとりしとりと屋根を伝う雨粒が奏でる音に、靴音が二つ加わる。硬い靴底が鳴らすそれが人気の少ない廊下に落ちていく。柔らかな音と硬い音の合唱は、囁くように静かなものだ。
そっと正面から視線を移し、烈風刀は隣を歩く少女、グレイスを見やる。彼よりも頭一つほど背の低い、高く結い上げた癖のある髪を静かに揺らす彼女は、抱えた資料を退屈そうに眺めていた。
「何?」
ふと、少女の視線が胸元の紙束から隣を歩く少年へと移動する。シアンに縁取られたマゼンタの瞳が怪訝そうに細められた。
「いえ、何でもありません」
ゆるりと首を振る碧に、躑躅は本当かしら、と独白にも似た疑問を漏らす。皮肉めいた音だが、彼女は普段からこのような語調である。それを理解している少年は、気にすることなくその隣を歩き続けた。
「それにしても、あれだけの仕事に加えこんなに処理しなきゃならないなんて、あなたたち忙しいのね」
抱えたいくつもの資料を見下ろし、少女は感心にも似た音で言葉をこぼす。彼女の胸元に抱きしめられたそれらは、どれも分厚いものだった。
様々な物語を超え、晴れてネメシスの住人となったグレイスは、レイシスと同じくナビゲーターの仕事に就くこととなった。しかし、すぐさまその任全てをこなすことはできるはずなどなく、今は彼女らのサポートをしつつ業務を覚えることに注力している。本来ならば同じ役割であるレイシスから直接学ぶべきなのだが、メインナビゲーターとして忙しい彼女が指導に時間を割くことは難しい状態にある。代わりに、彼女と同じほど運営業務に関わり、その勤勉さからナビゲートについてもある程度の理解を持った烈風刀が少女の補佐をすることとなったのだ。以前の彼ならば、雷刀一人に業務を任せることに不安を覚えただろう。しかし、あの戦争を超えた兄は、いつの間にか必要水準ぎりぎりながらも一人で仕事をこなすようになっていた。頼もしくなった片割れを強く信頼し、弟は新たな仲間の学習を手助けすることを選択したのだった。
ゲーム運営に関わる資料と、グレイスが学習すべき事項を記した資料を揃え、二人は業務に励むレイシスたちの元へと帰るべく廊下を歩む。グレイスは元より多くは語らない性格であり、それを知る烈風刀も無理に干渉はしない。他者よりもほんの少しだけ付き合いの長い躑躅と浅葱は、無言に気まずさなど感じることはなかった。現在二人しかいない細長い空間には、足音が二つ響くばかりだ。
資料を読むのに飽きたのか、躑躅色の瞳が窓へと向けられる。暗雲の埋めつくす薄暗い空と糸のように細い雨の陰を見て、その目が苦々しげに細められた。
「どうかしましたか?」
「別に」
少女は投げかけられた声を鋭く切り捨てる。問うた碧の瞳には、先程彼女が浮かべた表情には何らかの感情が強くにじんでいるように映った。それほどの情意を有していて、何もないということは無いだろう。
「雨、止みませんね」
「そうね……」
会話を続けてみるが、グレイスは憂鬱に満ちた言葉と溜め息を漏らすばかりだ。可憐な唇が紡ぎ出す音は、空を埋める暗い雲にも負けず劣らずの重さをしていた。
そういえば、と烈風刀は桃の少女と青の兎たちが悩まし気にこぼしていた言葉を思い出す。雨が多く湿度の高いこの季節は、湿気によって髪がまとまらないことが多いそうだ。少年にはあまり実感がないが、長く美しい髪をもつ彼女らにとっては真剣に悩むべき事項なのだろう。彼女と変わらぬほど長い髪を持つグレイスが同じ悩みも抱えていてもおかしくはないだろう。
「やはり、湿度が高いと手入れが大変なのですか?」
「は?」
少年の問いに、少女は訳が分からないという声で返す。違うのか、と烈風刀は内心首を傾げる。ならば、彼女はこの雨空の何を疎ましげに思っているのだろうか。
「あぁ、髪のこと? それなら、レイシスが嫌ってほど整えるせいで何も問題はないわ」
グレイスはどこかうんざりとした様子でふるふると首を横に振る。高く結った長い髪が風に吹かれる花のように揺れた。
レイシスはグレイスを実の妹のように可愛がっている。裁縫技術はあまり高くなかったというのに、彼女の洋服を作るためだけに腕前を上げ、いつでもどこでも彼女に構い過剰までに面倒をみようとするほどの溺愛っぷりだ。その姿に、烈風刀がどこぞの兄を思い出すのは秘密である。
そんな姉のような少女が、似た姿故同じ悩みを抱えているはずである妹のような少女のために尽くすのは想像に容易い。そして、隣を歩く少女が不満げな口調ながらも嬉しそうに尽くされる姿も容易に想像できた。
そうじゃないわ、という否定とともに、溜め息がもう一つ少女の口からこぼれ落ちる。再度、紅水晶が窓の外に向けられた。つられて、翡翠も外を見やる。雨脚が緩む気配はまだ無い。
「雨の日は――」
「グレイス」
少女が口を開くと同時に、平坦な低い声がその名をなぞる。突然加わった音に、二人の肩がびくりと驚きに震えた。揃って振り向くと、そこには狐面を付けた少年が立っていた。己の真後ろに佇む彼に、グレイスは再度驚きに身体を跳ね、すぐさま鋭く目を眇めた。
「始果! 急に後ろに来るの止めなさいって何回も言ってるでしょ!」
「すみません」
怒りを露わにする少女に、金色の目をした少年はぼんやりとした調子で謝罪する。そこには反省の意志は全く見られない。いつもどおりの光景である。
「雨の日だといつも以上に気配消して近づいてくるんだから、もう!」
グレイスは不機嫌な様子で始果から顔を逸らす。怒りと驚きと羞恥が混ざったその表情は、忍の少年と行動をともにする時にのみ見せる特別なものだ。
なるほど、このせいか。目の前で繰り広げられる会話を聞き、烈風刀は一人納得する。躑躅色の少女に強く想いを寄せている狐面の少年は、常日頃から彼女について回っていた。まるで雛鳥が親鳥の後ろを歩いているような姿である。たとえ離れていたとしても、少女に何かがあれば音もなくすぐさまその元へと現れるのだ。ネメシスの外側に生きていた頃からの長い付き合いとはいえ、突然の登場に驚くのも無理はないだろう。気配がないところからいきなり現れるならば尚更だ。
ふと、金に光るの視線が碧に向けられる。じとりと細められたそれには、グレイスが浮かべるものとはまた別の、怒りにも似た感情が込められていた。
あなたを見ていると、何故かもやもやします。
いつかの共闘の最中、彼に告げられた言葉を思い出す。グレイスを心より愛する彼にとって、過去に共謀し、今もなお行動をともにする烈風刀は気に入らない存在なのだろう。記憶とともに知識も抜け落ちた様子のある彼は理解していないようだが、それは明らかに嫉妬の情だった。薔薇色の少女に想いを寄せる双子の弟が、同じく好意を露わにする兄に向けるものと同じだ。
そんな始果の様子に、烈風刀は二歩ほど後ろに下がりグレイスから距離を取る。彼が想いを寄せる少女に特別な感情は一切抱いていない、という無言の意思表示である。それでもやはり腑に落ちないのか、月のような淡い黄の瞳は少年を胡乱気に見つめていた。同じ立場ならば、自分だってこのような様子になってもおかしくはない。恋する者故仕方がないことだろう、と同じものを抱えた少年は苦笑いを浮かべた。
「こんなところで喋ってる暇なんてないのよ。始果、さっさと行くわよ!」
そう言って、グレイスは始果の手を取る。たったそれだけで、暗い色を孕んだ金色の目が柔らかさを取り戻した。
「はい。グレイス」
彼女らしい強い語調を気にすることなく、始果は嬉しそうにふわりと笑った。その笑顔に、少女の頬がさっと赤を宿す。もう、とこぼした声は、不服さの中に喜びを有しているように見えた。
ずんずんと廊下を進む少年と少女の三歩後ろに烈風刀も続く。躑躅色の髪と深い緑のスカーフが揺れる様に、翡翠にも似た目が細められた。
レイシスのそれと同じほど長い髪の少女、己と同じほどの背丈の少年。手を取り歩むその後ろ姿に、想い人と自分の姿を重ねる。ああやって二人だけでともに並べたならば、手を繋いで歩けたならば、どんなに幸せなのだろう。彼のように積極的に想いを口にできるならば、臆せず触れることができるならば、募るこの想いはどれだけ彼女に伝わるのだろう。そんな仮定を考える。随分と奥手であると自覚している己には到底できないということなど、分かりきっている。
「僕だって、貴方が羨ましいですよ」
誰にも聞こえないようにぽそりとこぼし、恋する少年は苦く笑った。
畳む
#はるグレ #嬬武器烈風刀