401/V0.txt

otaku no genkaku tsumeawase

TOP
|
HOME

No.88

中庭の猫たち【バタキャ+嬬武器】

中庭の猫たち【バタキャ+嬬武器】
top_SS42.png
本に突っ込もうと思って入稿締め切り前日に書き始めたけど終わらなかったやつを完成させた。
バタキャ+嬬武器と言ってるけどほぼほぼ嬬武器兄弟の話。

 靴が床をうつ軽快な音が多くの生徒が行き交う廊下に溶けて消えていく。談笑しながら歩く人の間を縫いながら、烈風刀は何本もの紙パックを抱え早足で広い通路を歩んでいく。下駄箱が並ぶ玄関前を通り過ぎ、長い大廊下に出る。半ばにある外通路に繋がるガラス戸を開き、そのままタイルで舗装された道を進んだ。日差しが降り注ぐ外は、朝見た天気予報で示されていた気温よりも少し暑く感じた。
 眩しさに目を細め、少年は薄灰色の道をまっすぐに進んでいく。晒された肌を薄く包み込むような熱気に、少年はほのかに不安を浮かべた瞳で己の手を見やる。指と指の間で挟むように持った細い紙パックのジュースは、既にうっすらと汗を掻いていた。イラストと文字が躍るカラフルなパッケージが、陽光を受けきらめいている。先ほど買ったばかりだというのに、これではすぐにぬるくなってしまいそうだ。わずかな逡巡の末、少年はそっと地を蹴り駆け出す。パタパタとタイルを打つ軽い音が、昼下がりの空気に溶けて消えていく。
 幅の広い外通路を通り、地続きになっている中庭へと入る。普段は多くの生徒が訪れ過ごすこの場所は、今日はいくらか閑散として見えた。なまぬるい風が、空へと枝を伸ばす木々を撫でる。葉がさざめく音が、緑溢れる空間に響いた。
 目的の地に辿り着き、烈風刀はようやく歩を緩めた。等間隔に設置されたベンチ、そこから少し離れた庭木へと向かう。若い枝葉が広がり作る木陰の下、きっと目を輝かせ待っているであろう者を思い浮かべ、少年は少し早い足取りで緑の上を進んだ。短い草がサクサクと軽やかな音を奏でる。
「皆さん、買ってきました――」
 よ、と続くはずの音は、細い喉に自然と押し込められた。覗き込んだ先、目の前に広がった光景に、烈風刀はそっと口を噤む。ぱちりと開かれた翡翠には、鮮やかな四色が映っていた。
 一番に飛び込んできたのは桃色だ。華やかなその色に身を包んだ小柄な少女は、子猫のように身を丸め眠っていた。毛先に近い位置で二つに結った長い髪は、地を覆う柔らかな下草に付かぬように軽くまとめられている。同じ色をした細い尻尾と並んでいると、まるで尾が三本あるように見えた。手入れされた髪が空気を含みもふりと膨らんだ様は、春を間近にした桜の蕾のようだ。髪と揃いの色をした大きな耳が横に寝かされていることから、彼女が安心しているということがよく分かった。
 そのちょうど反対側には、同じほどの体躯の青色が横たわっている。綺麗に切りそろえられたショートボブの髪が、その小さく形の良い頭を預けた場所に刷毛で刷いたように軽く散っている。鮮やかで明るい青が広がる様は、色合いも相まって青空を映しているように見えた。普段から少し眠たげに細められている藍玉の目は閉じられており、縁取る睫毛が気持ちよさそうな柔らかい線を描いていた。きゅっと閉じられた小さな口は不機嫌そうにも見えるが、穏やかな表情から彼女はたしかに安らぎを得ていることが分かる。桃と同じく静かに寝かされた耳が時折震える様は可愛らしいものだ。
 二人の頭の上には、桃と青を橋架けるように寝転がる黄色がいる。丸い頭の天辺にぴょこりと立った細い髪が、時折風を受けて揺れている。いつも元気に輝く満月は閉じた瞼の裏に隠れており、たんぽぽのようにふわふわとした長い睫毛が穏やかな寝顔を彩っていた。風と梢が奏でる音色に重なる吐息は、規則的で落ち着いたものだ。手足を存分に伸ばして眠る姿には、人一倍元気が良い彼女らしさがよく表れていた。
 そんな少女らの下には、見慣れた朱がいた。草の上に大の字に寝転がった少年は、『バタフライキャット』とまとめて呼ばれる子猫たちの下敷きになって眠っていた。枕代わりにされている足はともかく、ベッドのように腹の上に乗り上げられているというのに、彼は安らかな表情を浮かべ少女らとともに気持ちよさそうに眠っていた。筋肉の付いた胸が、呼吸の度に静かに上下する。緩やかな動きは、まるで揺り籠が静かに揺らめくようだ。その体躯に重なって眠る少女らにとっては、きっと心地の良い動きだろう。
 すやすやと眠る四人を見下ろし、烈風刀はぱちりと幾度も瞬きを繰り返す。青々とした芝の上に寝転がった彼らを見つめる若葉の瞳には、驚きの色が見て取れた。
 普段よりも早く授業が終わった午後、双子の兄弟は学内で偶然鉢合わせた三人の子猫に一緒に遊ぼうとせがまれたのだった。本日は特に用事も無く、帰宅時間まで十二分に余裕がある。揃って笑顔で快諾し、五色の少年少女は広い中庭でともに過ごすこととなった。
 一緒に遊ぶとはいったものの、小学生三人を一度に相手取るのは想像以上に厳しいことだった。双子の身体能力は高い部類に入るはずだが、育ち盛りの彼女らはそれを上回るエネルギーで全力ではしゃいで回るのだ。きゃあきゃあと可愛らしい声をあげ、晴天の下元気よく駆ける猫たちはすばしっこく、追いつくだけでも精一杯である。気温が上がりつつある時分、燦々と降り注ぐ陽光の下で過ごしているのも相まり、健康的な肌の上を汗が軽く伝うほどだ。暖かい中ずっと動き回っていては疲れて倒れてしまうかもしれない、すこし休憩しよう、と雷刀が提案するまで一切立ち止まることなく動き回っていたのだから、子どもの元気の良さと体力は凄まじいものである。
 少女らが木陰に腰を下ろし休む傍ら、何故か兄弟二人でじゃんけんが行われ、負けた烈風刀が五人分のジュースを買いに行くことになった。兄だけならば知ったことかと切り捨て無視するが、大きな耳でジュースの語を聞き取り、三色三対の大きな瞳を輝かせる少女らを見ては、押し付けられた役割を放り出すことはできなかった。結局、腹が立つほど元気の良い笑顔を向ける朱を睨めつけ、碧は自販機が並ぶ購買へと走ったのだった。
 しかし、自分が離席している間に全員寝てしまうとは。少年は緑の上に寝転がった四人を興味深そうに見つめる。中庭と購買はさほど離れておらず、せっかくのジュースがぬるくなってしまわぬよう駆け足で戻ってきたのだから、さほど時間は経っていないはずだ。だというのに、全員揃ってこんなにもぐっすりと眠っているのだから驚くのも無理はないだろう。子どもは電池切れを起こすように突然眠ると聞くが、あれはただの冗談ではなく事実だったようだ――だとしても、その理論では高校生である兄まで同じように寝ているのはおかしいのだけれど。
 おそらく、暖かな日和の中疲れて寝入りそうになった彼女らに膝を貸して、そのまま彼も眠ってしまったのだろう。『オニイチャン』と自らを積極的に称する雷刀は、初等部の面々を世話してやっていることが多い。元気が有り余る幼い少女たちについていけるのは、負けず劣らず元気で人一倍体力がある彼ぐらいだ。同じ目線でたくさん遊んでくれる朱い先輩は、遊び盛りの子どもたちから確かな人気を得ている。現に、今日も三人の子猫は兄の方へきゃいきゃいとはしゃいでついて回っていたのだ。よく懐かれていることが分かる。兄然と振る舞う彼に遠慮なく甘える少女らの姿も、嬉しそうに可愛がる少年の姿も容易に想像できた。
 そんな活力に溢れた子どもと同じペースで遊んでいたのだから、酷く体力を消耗するのは当然だ。烈風刀自身、雷刀が休憩を提案する頃には若干息を切らしていたのだ。あまり顔に出さないだけで、彼も十二分に疲れているのだろう。そんな状態で柔らかな木漏れ日が降り注ぐ涼しい木陰に寝転んでしまえば、眠ってしまうのも仕方の無いことだ。
 両手で持っていたジュースを器用に片手にまとめ、少年は制服のポケットからハンカチを取り出す。皺一つ無いそれを緑の上に敷き、その上に透明な汗が伝う紙パックをそっと置いた。手で持ち続けるよりも、こうやって日陰に置いておいた方がぬるくならないだろう。それでも、夏のそれに近づきつつある空気の下では焼け石に水程度の処置だ。こんなにも気持ちよさそうに眠っている彼らの邪魔をするのは心苦しいが、早く起こさねばならない。
 とりあえず、雷刀から起こしてしまおう。わずかな思案の末、烈風刀は寝転がった兄の元に膝をつく。目を閉じ穏やかに寝息をたてる朱の顔を覗き込む。安心しきった表情を浮かべる姿に、碧は小さく笑みをこぼした。柔らかな草原に身を預け気持ちが良さそうに眠る様は、見ているこちらが幸せな気持ちになってしまうようなものだ。あどけない寝顔は、普段見せる底抜けに明るい笑顔とはまた違う魅力があった。
 手を伸ばし、鮮やかな茜色に触れる。すくうように伸ばした指と指の間から、短い髪束がするりと逃げる。少し癖のある髪は見た目よりもずっと柔らかでさらりとしたものだ。走り回って汗を掻いたからか、ほんのりと湿りいつもよりも濃い色になっているように見える。ぴょこぴょこと跳ねる髪が緑の上に幾筋も広がる様は、形も相まって猫の耳のようだ。
 目にかかった少し長い前髪を指先でなぞるようにして退かす。あらわになった睫毛は、髪と同じ燃えるように鮮烈な朱をしている。今は閉じているまあるい紅緋の目を縁取る色は、微笑んだ時のそれと同じ柔らかな弧を描いていた。その緩やかな曲線は、底抜けの明るさや朗らかな性格が良く表れているように思えた。
 薄く開いた口元からは、彼のトレードマークでもある八重歯が小さく覗いている。白く尖ったそれは、鋭利な様がもたらす恐怖よりも、快活で健康に溢れた印象をもたらすものだ。人懐っこい犬が飼い主に甘え、大きく口を開けている様子を思い起こさせる。きっと、可愛いと評する者もいるだろう。
 髪が横に流れたことによってさらけ出された頬は、男性らしくすっとしているように見えてまだ子どもらしい丸みが残っている。幼さを思わせるそれは、可愛らしい印象をもたらした。もう高校二年という少年の域を脱しつつある年頃だからか、彼は最近どこか大人びた表情を見せる時がある。けれどこうして見ると、まだまだ子どもらしさが残っている事が分かる。それに何故だか安堵を覚えるのは、きっと気のせいだろう。
 好奇心に駆られ、烈風刀は健康的に色付いた頬にそっと指を伸ばす。ほんの少しだけ触れたそこは、見た目通りふにりと柔らかだった。どこまでも沈んでいきそうだと錯覚するそれがなんだか面白くて、可愛らしくて、烈風刀は声を漏らさぬように笑う。ふわりと綻んだその口元には、幸せの色が浮かんでいた。
 そっと細められた蒼玉が、瞼に隠された紅玉を思い見つめる。お疲れ様です、と労いの言葉を呟き、少年は眠る兄の頭をそっと撫でた。手のひらから伝わるさらさらとした感触に、愛おしさが胸の内に満ちていく。
 名残惜しさを覚えながらも、風に吹かれる茜色から静かに手を離す。そのまま、烈風刀は寝転がったその肩に腕を伸ばす。白いシャツに包まれた硬いそこを、優しくとんとんと叩いた。
「雷刀。雷刀、起きてください。ジュースがぬるくなってしまいますよ」
 よく通る落ち着いた声が、夢路をたどる片割れの名を紡ぐ。幾ばくかして、開いた口が閉じられ、晒された喉元から、ぅ、と短い声があがった。形の良い眉がわずかに寄せられ、下ろされた瞼が痙攣するように小さく震える。ゆっくりと持ち上がった帳の奥から、見慣れた紅玉髄が姿を現した。常は明るく輝きを灯したそれは、今は眠気にけぶりどこかぼやけて見えた。
 淡い輪郭をした瞳が、現実を認識しようと宙をふらふらと彷徨う。己を見下ろす弟に気づいたのか、眠り目が孔雀石の瞳をぼんやりと眺めた。碧を見つめる朱が、だんだんと焦点を合わせていく。れふと、と片割れを呼ぶ声は、微睡みでとろりとした音色をしていた。
「んー……? おはよ……?」
「おはようございます」
 お昼を過ぎていますけどね、と軽口を叩くが、まだまだ眠たそうな彼には伝わらないだろう。芯のない低い声で唸る姿は、今にも寝直してしまいそうに見えた。
 くぁ、と大きく欠伸を漏らし、雷刀は寝転んだまま伸びをしようとする。どこか上手く動かない身体に違和感を覚えたのだろう、少年は不思議そうな表情を浮かべ、わずかに上体を起こす。うわっ、と驚きの声が午後の空気を揺らした。身体の上に子どもが三人も眠っているのだ、驚くなという方が難しい。おっもい、と呟いた声は、穏やかな夢に浸る三匹には届かない――三人とも幼いとはいえ女の子なのだ。聞こえない方が良いに決まっている。
 寝起きにいきなり飛び込んできた情報に戸惑う兄を横目に、烈風刀は丸まって眠る少女へと腕を伸ばす。これ以上、枕代わりにされている彼に負担を強いるのは可哀想だ。ぬるいジュースを飲ませる羽目になってしまうのも良くない。早く起こしてやるべきである。
「桃、蒼、雛。起きてください」
「さんにんともおきろー。じゅーすだぞー」
 澄んだ優しい声と、ふわふわとした寝ぼけ声が幼い猫たちを呼ぶ。重なる音色は深い眠りの海の底にもしっかり届いたのか、うにゅ、と可愛らしい鳴き声がひとつあがった。眠気のまとったそれに、うにゃ、ふにゃ、と寝ぼけた鳴き声が二つ続く。横に寝かされた三色三対の大きな耳が、ぴくぴくと震える。ゆっくりと開いた瞼の下から、昼から暮れへと移りゆく空を思わせる色がひょこりと顔を出した。ふにゅ、とまだ夢見心地な鳴き声が三つ綺麗に重なる。
「らいとおにーちゃん……?」
「おはようございます……?」
「おはよー……」
 ふにゃふにゃとした幼い声が、涼やかな木陰の中響く。まだまだ眠いのだろう、少女らの大きな丸い目はまだ半分も開いていない。ゆっくりと身を起こし、眠たげに小さな手で目元を懸命にこする姿は、顔を洗う猫にそっくりだ。
「じゅーす……?」
「はい。ジュースを買ってきましたよ。皆で飲みましょう」
 眠気でふやけた音をした問いに、烈風刀は優しい声で返す。手を伸ばし、少年は下に敷いたハンカチごと傍らに置いたままのジュースをたぐり寄せる。薄い布地は、加工された紙の表面を伝う雫で少し湿っていた。手に取ったそれらから、ひやりとした心地良い温度が伝わってくる。まだ完全にぬるくなったわけではなさそうだ。よかった、とひそかに安堵の息を吐く。
 碧の言葉に、三色の耳と尻尾が元気よくピンと立つ。じゅーす、と子猫たちは弾んだ声で合唱する。再び閉まりつつあった目はぱっちりと大きく開き、喜びできらきらと輝いていた。甘くて美味しいものへの期待に溢れるその純粋な様子は、とても可愛らしいものだ。
 どうぞ、と碧は細長い紙パックを少女らに渡していく。受け取った手から伝わる冷たさにか、わぁと声があがった。きゃらきゃらと可愛らしく響く声と、喜びを表すかのようにぴょこぴょこと動く耳を見て、双子は微笑ましそうに笑った。
「ジュース、ありがとう……」
「れふとおにーちゃん、ありがとうございます」
「おにーちゃん、ありがとー!」
 両手でカラフルなパッケージを抱えた猫たちは、浅葱の瞳を見上げ、高らかに礼の言葉を奏でる。弾んだ素直な言葉に、碧は口元に穏やかな笑みを浮かべる。いえ、とひとつこぼし、少年は同じようにジュースを抱えた朱へと向いた。
「買ってくれたのは雷刀ですよ。ちゃんと、雷刀にお礼を言いましょうね」
 飲み物を買いに走ったのは自分だが、休憩を提案し五人分の代金を出したのは雷刀だ。礼を言うならば、まず彼に言うべきである。己の名前が挙がるとは全く思っていなかったのか、紅緋の瞳がぱちりと大きく開かれる。驚きの色を浮かべたそれをじぃと見つめ、三匹の猫は、らいとおにーちゃんありがとう、と元気に合唱した。喜びに溢れる可愛らしい声と無垢な瞳に、少年は、どーいたしまして、とはにかんだ。
 華奢な手が斜めに取り付けられた袋からストローを取り出し、細い紙パックに伸ばしたそれを突きたてる。いただきます、と行儀の良い声の後、三人は揃った動きで白いそれに口を付ける。ちゅうと一口吸ったところで、歓喜に溢れた鳴き声が青空の下に響いた。遊び疲れた後、それも暑い中飲む冷たいジュースは格別だろう。双子は愛おしそうに目を細め、満面の笑みを浮かべ美味しそうに飲む少女らを眺める。これだけ喜んでもらえたならば、買いに走った甲斐があったものだ。少年らも同様にストローを刺し、一口飲む。甘味料の甘さと香料のちゃちい風味が少し渇いた口の中に広がった。
「ねーねー、次は何して遊ぶ?」
 パックの中に沈み込んでしまいそうなほど深く刺さったストローから口を離し、雛は元気な声で問う。朱と碧ををじぃと見上げる向日葵色の目はぱっちりと花開き、活力に溢れきらめいていた。
 少女の純粋な言葉に、双子はシンクロするようにぎくりと固まる。たしかに休憩とは言ったが、広い中庭をずっと駆け回り、うたた寝してしまうほど疲れているのだ。これほど元気な様子で遊びの続きをねだるとは思ってもみなかった。むしろ、眠って回復してしまったのかもしれない。本当に子供の体力は底知れないものだ。緊張しピンと伸ばされた背筋を、寒気が撫ぜる。
「えっ? えっ、えーっと……」
「かっ、かくれんぼはいかがでしょうか? 僕が鬼をやりますよ」
 動揺を隠しきれずあわあわと慌てふためく雷刀の声に、烈風刀の提案が重なる。その声もまた、動揺と焦燥でわずかに震えていた。二人の強い狼狽えはまだまだ遊び足りない彼女らには伝わらなかったのか、かくれんぼ、と楽しげな三重奏が響く。じゅう、とカラフルなパックから鈍い音があがる。飲み切りへこんだそれから手を離し、少女らはすくりと立ち上がった。
「じゃあ、れふとおにーちゃんがさいしょのおにね!」
「ろくじゅうびょうかぞえてね……」
「らいとおにーちゃん、かくれましょう!」
 思い思いの声をあげ、子猫たちは方々へパタパタと駆け出す。彼女らの中では、かくれんぼはもう始まっているようだ。疲れを全く感じさせない動きで木陰から飛び出した彼女らの背を、双子は呆然と見つめる。二色二対の目はどこか濁った色をしていた。
「……次、代わるから」
「よろしくおねがいします……」
 放り出された紙パックを手早く集めて畳み、雷刀は低い声で呟きのろのろと立ち上がる。綺麗に折られたそれを見ることなく受け取り、烈風刀も同じほどの声で返す。そのどちらの音も、疲労と諦観が色濃く浮かんでいた。
 己の役割を果たすべく、晴れ渡る空の下へと駆け出した兄の背を見送り、弟は溜め息を一つこぼす。この調子では、まだまだ帰ることはできそうにない。最初から長時間付き合うつもりでいたものの、この数十分を振り返ると先が不安で仕方がない。どこかで切り上げなければいけないな、と考えるが、あの無垢にきらめく愛らしい笑顔の前では、己から別れを切り出すことはかなり難しく思えた。
 己の体力の限界と待ち受けているであろう未来に強い憂慮を抱きつつ、烈風刀は少女らが走っていた方向へと背を向け静かに目を閉じる。いーち、と数字を唱える小さな声が、午後のぬるい空気に溶けていった。

畳む

#桃 #雛 #蒼 #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

SDVX


expand_less