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大事にするしかなくなるじゃねぇか!【ヒロニカ】

大事にするしかなくなるじゃねぇか!【ヒロニカ】
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独占欲強めでニカちゃんに贈り物しちゃうヒロ君見たくね?気付かないまま愛用してたけど気付いた瞬間顔真っ赤にして叫ぶニカちゃん見たくね?というオタクの末路がこちら。戦略については薄目で見てください。
最強ペア決定戦に出ようとするヒロニカの話。

「水持ってくる」
 タブレット、ノート、雑誌。様々なものが広げられたローテーブルに手をつき、ベロニカは言葉短く立ち上がった。お構いなく、と必要な資料をリュックから取り出しながらヒロは言う。しなやかな指は卓上にコップの居場所を作っている最中だった。鼻を鳴らすように返し、家主である少女は台所に続く扉の向こうへと消えていった。
 タブレットを操作し、少年は今日のためにまとめてきたフォルダを開いていく。『yagura_masaba.jpg』と書かれた画像ファイルをタップすると、簡略化されたステージマップが大画面に広がった。書き込めるよう編集アプリに送り、カバーを折り畳んで机上に立たせて置く。液晶画面を走らせるスタイラスペン、白無地のノートを彩る三色ボールペンが机に転がった。
 バンカラ街では不定期にイベントマッチが開催される。ランダムで配布されたブキでバトルする、ヤグラやカーリングボムが巨大化する、スペシャルウェポン使い放題。内容は何でもありのハチャメチャなものばかりだ。まさにイベント、まさにお祭りである。
 今月頭に発表された予定表には、五つのイベントマッチが書かれていた。ウルトラハンコ祭り、、最強スピナー決定戦、塗りダッシュバトル、最強ペア決定戦、ツキイチ・イベントマッチ。それを見て、顔を合わせ頷きあったのは記憶に新しい。
 最強ペア決定戦。
 通常ならば四人チームで行うガチヤグラを二人ペアで戦うイベントマッチだ。調整されてはいるものの、少人数で戦うため普段より試合展開が早いのが特徴だ。また、『最強ペア』を謳うだけあって、事前に友人知人を誘って参加する者が多い。練度が高く息の合った二人組と当たる確率は他のイベントマッチに比べて格段に上がっていた。相性によっては一分足らずで終わるほどのスピード感、そして実力勝負、ひいてはコンビネーションが存分に発揮されるイベントである。
 ベロニカとチーム――二人で戦うようになって久しい。今では暇さえあれば一緒に潜って戦うほどの仲だ。こんな『最強ペア』を決めるイベントに出ない理由など無い。
 出るには勝ちたい。具体的には、上位五パーセント入賞が目標だ。ガチヤグラにおいて.96ガロンとトライストリンガーは特別相性が悪いわけではない。しかし、今回のイベントマッチは中後衛の二人だけで凌ぎ、オブジェクトを進めなければならないのだ。研究を重ねるのは必然であった。
 ナマコフォンにガチヤグラの情報を出しながら、ヒロは目の運動をするように部屋を見回す。赤い目に、青いタコ――正確にはデフォルメされたタコ型のクッションが映った。座布団のように床に投げ出されたそれにステッチされた目は、虚無めいて天井を見つめている。
 子どもの顔ほどあるクッションは、タコらしい丸い輪郭のハリを失いなんだかくたびれている。ふわふわとした生地は汚れは目立たないものの、少ししんなりしているように見えた。中の綿が潰れているのか、薄くなって萎びている。ベランダで日干しをしているインクリングの姿を思い起こさせる姿だ。
 一目で使い込まれたことが分かるそれに、オクトリングの少年は口元を綻ばせる。何しろ、このクッションは己が贈ったものである。彼女の種族であるインクリングではなくオクトリングのデザインを、黄色ではなく青色の品を選んだのは、少しの下心と独占欲だ。いつでもそばに置いてほしい。彼女が持つものが己の色であってほしい。そんな欲望がにじんでしまったものの、当の本人は無邪気に喜んで受け取ってくれた。どうやら気付いていないらしい。愛しい彼女らしいとは思うものの、後ろ暗い欲望が露見しなかった安堵はあるものの、どこか寂しさを覚えたのだからこの心はわがままで面倒だ。いつだったか友人に借りた漫画曰く『恋とは面倒くさいもの』らしいが。
 愛おしさを込めて贈った品がくったくたになるほど使い込まれているという事実は、言葉にしがたい嬉しさを湧き起こす。使わずに取っておいてくれるのも十分に嬉しいが、やはり使い倒されている方が個人的には喜ばしい。それだけ彼女と一緒にいるということなのだから。
「おまたせー」
 ノブが回る音と軽やかな声が飛び込んでくる。視線を音の方へ移すと、足でドアを閉めているベロニカの姿があった。手には空のマグカップ二つと一・五リットルのペットボトル、そしてお菓子のバラエティパックがあった。作戦を立て議論を繰り広げるのだ、水も糖も必須である。ペットボトルごと持ってきたのは何度も汲みに行くのが手間だからだ。ちょっとの手間は積み重なって、結果的に時間を多大に無駄にしてしまう。
 地面にペットボトルと腰を下ろし、少女はクッションを引き寄せる。そのまま、あぐらを掻いた足の間に青いそれを置いた。小麦色の腕がくたびれた青に回され、ぎゅうと抱き締める。あまりにも自然な動きに――当然のように抱き締める姿に、少年の肩がびくりと跳ねた。
「……そのクッション」
 おそるおそる、好奇心に突き動かされるまま少年はクッションを指差す。ふわふわとした表面をなぞる指が動きを止め、黄色い瞳がタブレットから赤い瞳へと移った。ん、と機嫌の良い声が細い喉からあがる。
「あぁ、ヒロがくれたやつ。ふわふわですげーいいわ。抱えてたら腹冷えねーしな」
 あんがとな。黄色い目が細まって、カラストンビ覗く勝ち気な口が柔らかく弧を描いて、まろい頬が柔らかく形を変える。爛漫という言葉がよく似合う、眩しいほどの笑顔だった。少なくとも、下心を自覚している少年の目を、心を焼くほどには。
「……気に入っていただけて何よりです」
 痛みを覚える心臓を押さえつけながら、ヒロは笑みを作る。必要以上にならないよう抑える、と言った方が正しかった。だらしなく緩みそうになる頬の筋肉を引き締め、人並みのまともな笑みを浮かべなければならない。いくら恋人とはいえ――否、恋人だからこそ、彼女の前では良い格好をしたいのだ。スマートで大人びたヒトでありたいのだ。
「キレイな青だよなー。ヒロの色そっくり……」
 クッションを掲げたベロニカは、ふわふわとしたそれと恋人の顔を交互に見比べる。その視線が、言葉が、不自然なほど急に途切れる。急ブレーキを踏んだかのようだった。蒲公英の目がパチリと瞬く。その意味を察し、少年の頭に警鐘が鳴り響く。浅黒い肌が青くなるのと、小麦の肌が赤くなるのは同時だった。
「わー!!」
 部屋中に、下手をすればアパート中に響きそうな叫声が少女の口からあがった。近所迷惑など一切頭にない声量だった。少年も悲鳴をあげるように口を大きく開く。しかし、そこから音が飛び出ることはなかった。喉は引き絞られて音を発するどころか息を肺に送ることすらできなくなっていた。酸素が途絶えた苦しさを覚える暇も無く、少年は目を見開く。すっかり変わった顔色と正反対の紅玉の瞳には、絶望と表現するのが相応しい陰が差していた。
 掲げられていたクッションが宙を舞う――否、ラインマーカーめいてまっすぐに突き進んでいく。青い触腕を掠めそうになるほどの剛速球は、ぽすんと可愛らしい音をたてて壁にぶつかった。壁紙を撫でるように落ちていったそれが起きたままのベッドの上に着地する。ドン、と壁の向こう側から鈍い音が聞こえた。
「おま、お前、まさか」
 わなわなと震えながら、ベロニカはどうにか声を発する。言葉を紡ぎ出す唇も、まっすぐに見据える顔も、インクを浴びたかのように色付いていた。クッションの代わりに掲げられた角張った人差し指が、青くなったヒロの顔をまっすぐに差す。まるで探偵が犯人を追い詰めるような姿だ。秘密を暴いてしまったのだから実質同じである。
「い、いえ? 偶然じゃないですか?」
 しどろもどろになりながら、見苦しさなど完全に忘れて、オクトリングはとぼけ声を吐き出した。いつでもヒトの顔を見つめる赤い視線はうろうろと宙を揺らめいている。鋭い黄色の瞳と差す指が視界の端に映る。それを真ん中に収める勇気など、今のところ持ち合わせていない。
 どうしよう。いやどうしようもない。けど。少年の頭を言葉がぐるぐる回る。ぐちゃぐちゃにもつれたそれは塊となって、意味の無い塊となって転がっていく。それが巡らせるべき思考を塞ぎ止めるように頭の中身を硬直させた。
「嘘吐くんじゃねー!!」
 すぐさまインクリングは否定の言葉を叫ぶ。バトル中に報告するときのそれと大差ない声量だった。つまりは、狭い部屋を震わせるほどの爆音である。カラストンビを剥き出しにする様は、審判子猫が威嚇する時の姿とよく似ていた――段違いに恐ろしいものだが。
 ドン、とまた鈍い、更に強い音が壁の向こうから鳴り響く。隣人の訴えだった。つまり、近所迷惑なことを巻き起こしている証拠である。必然的に二人同時に口を噤む。それでもまだ言い足りないのか、少女の口元はわなわなと震えていた。
「……っざけたことしやがって」
「気付いてなかったんだからいいじゃないですか」
 吐き捨てる少女に、少年はいけしゃあしゃあと返す。完全に吹っ切れた声だった。暴かれてしまったのならば仕方ない。謝ったところで取り返しが付かないのだから、もう開き直るしかなかった。格好付けるには、スマートな様を取り繕うにはもう何もかも遅いのだ。
「気付いたら使いにくいだろうが」
 あー、と濁った声を吐き出して、ベロニカは天井を仰ぐ。落ちていった言葉から、濃く色付いた耳から、まだ彼女が己のことを強く意識していることが窺えた。それが胸に染みこんでいって、少年の胸にほのかな熱を宿す。腹の奥底に落ちていって何かを満たす感覚がした。
 沈黙が部屋に落ちる。壁を殴られるほどの騒がしさはもうどこにもなかった。あるのは赤い顔と色を取り戻した顔、そしてベッドを転がる青いクッションぐらいだ。ふぅ、とオクトリングは細く息を吐き出す。机の上に転がったスタイラスペンを手に取った。
「……えっと、ペア決定戦ですが」
「この状況でその話し出すとかマジかよ……」
 沈黙を破った少年に、少女は呆れ果てた声を漏らす。ドン引き、と表現するのに相応しい音色だった。そんなことを言ったって、有限である時間は過ぎていくばかりなのだ。午前中にある程度の戦略を立て、午後のスケジュールで立ち回りを確認する予定を立てているのだ。話は早く進めるに限る。
「もうどうしようもないじゃないですか」
「開き直ってんじゃねぇよ」
 タブレットを操作する青を、細くなった黄が睨みつける。うー、と細い喉から濁った音が漏れ出るのが聞こえた。
「ちゃんと持って帰りますから」
 平静の音を作り出して、ヒロは短く告げる。知られてしまった以上、彼女があのクッションを持ち続けるのは不可能だろう。クッションに罪はないのだから、捨てるのはあまりにも忍びない。回収して己の部屋の押し入れにしまいこむのが一番だ。本当なら役目を全うさせてやりたいが、彼女が使い倒した物を己が使う豪胆さは生憎持ち合わせていない。大人びようと頑張ってはいるものの、まだまだ心は青少年のそれのままなのだ。
「……いらねぇよ」
 ダン、と机に手を突いて、ベロニカは立ち上がる。鍛えられた足が大きく歩んでいって、少年の後ろ――ベッドへと辿り着く。種族特有の大きな手が、白いシーツの上に転がるクッションをむんずと掴んだ。足早に戻ってきて、少女はまたあぐらを掻いて座る。その足の間には、くたびれたクッションが鎮座していた。
 紅の瞳が丸くなる。それが何を意味するかなど、そんな都合が良い現実が繰り広げられるなど、青春真っ只中の脳味噌は処理しきれずフリーズを起こす。尖った指からペンが落ち、机の上を転がっていった。
「ペア杯だったら高台取るより降りて右行った方がいいよな」
 机上を駆けゆくペンを四角い指が捕らえる。そのまま、タブレットの画面をなぞった。自陣坂道下に彼の目のように赤い丸が描かれる。白黒の画像の上に、白紙だった計画の上にやっと色が乗る。
「……はい。見晴らしが良いので狙われやすいですが、ミストを投げれば少しは対応できるかと」
「敵高……よりも坂道のが良さそうだな。それか箱のとこ」
「ルート絞りたいですしね。どっちにしましょうか……」
 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、少年少女は議論を重ねる。少女の赤い耳と毛並みが乱れたクッションが、騒ぎが現実であることを語っていた。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン

めくるめくめくりめくり【ス腐ラトゥーン】

めくるめくめくりめくり【ス腐ラトゥーン】
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いっぱい着てるの脱がせていくのエロいよね……というヘキが爆発したもの。イカ×イカ。便宜上名前がある。
不服ながらも脱がされるイカ君とウッキウキで脱がすイカ君の話。

 布と肌が擦れる音が己の腹の上から響いてくる。音が鳴るのと同じだけ肌寒さを覚えていった。皮膚の上を服が滑る感覚など、服が脱げる感覚など、肌が晒されていく感覚など、生きていれば毎日味わうものだ。嫌というほど、否、嫌と思う暇すら無いそれだというのに、今ばかりは心拍数を上げていく。跳ねる心臓がそのまま胸部を盛り上がらせてしまうのではないか、なんて馬鹿げた考えが輪郭を失いつつある頭をよぎった。
 服を押し上げる手は胸の下で動きを止めた。布を放り出した手がわざとらしく腹の上をゆっくりと滑っていく。年頃の割には鍛わった腹が一瞬硬くなった。息を吐き損ねた喉が変な音をたてる。
 ハーフパンツのウエストに角張った指が差し込まれる。引っ掻くようなそれに、また身体中の筋肉が強張る。指の主は気にする様子無く、もう片方の手もハーフパンツにかけた。しかと掴んだそれが、バトル中でも食らいついて身体を守る布地を引きずり下ろしていく。外壁の下から現れたのは肌ではない、鮮やかなグリーンの線が走る黒い布地だ。スパッツはまだ持ち主の身体を守ろうと健気に仕事をこなしていた。
「……なぁ」
 こちらを呼んでいるであろう声に、エンは視線で返す。いつの間にか細くなっていた視界の中、恋人であるカラはじぃと腹――というよりも、脱がしたばかりの股ぐらを見つめていた。行為中とはいえあまりにも露骨なそれに、覆い被さるその身体をつま先で軽く蹴る。いてぇって、と微塵も思っていないであろう言葉が飛んできた。
「いっつも思うんだけどさ」
 種族特有の大きな手が、スパッツの丈夫な布越しに太ももを撫でる。一枚の壁があるというのに、熱を持ち始めた肌はやけに鋭敏にその存在を感じとった。擦れる度にぞわぞわと何かが神経を駆け巡っていく。くすぐってぇ、と言葉にして訴えることでその正体を無理矢理確定させた。
「何枚も脱がしてくのってエロいよな」
「……は?」
 降ってきた言葉に、組み伏せられた少年は間抜けそのものの声を漏らす。何を言ってるんだこいつは。懐疑たっぷりの視線でカラの顔を見る。言葉の主は至極真剣な顔で股ぐらを眺め、毛布を品定めするようにスパッツに包まれた足を依然撫でていた。紫の瞳の中、いつもの掴み所のない色は鳴りを潜めている。代わりに、燃え盛るような揺らめきと輝きがあった。手が動いて、擦れた皮膚が神経を通して感覚を脳味噌にぶちこむ。先ほど『くすぐったい』と自ら定義付けたはずなのに、信号を受けとった頭は違うと大声で捲し立てた。
「いやさ、なんか焦らしてく感じでエロいじゃん」
「訳分かんねーこと言ってんじゃねーよ」
 相変わらず理解しがたい理論を並べ立てていくカラに、エンは赤い目をこれでもかというほど眇める。恋人が独自の感性で意味の分からない理論を言い出すのはいつものことだが、ベッドの上では勘弁してほしい。そーゆー雰囲気にしてきたくせに、と心の中でごちる。付き合いは長いが、こういう部分は未だに理解ができないままであった。
 腕をつき、少年はシーツに放り出された――好き放題されていた足を動かして起き上がろうとする。熱でぼやけ始めた思考はすっかりと元のソリッドな輪郭を取り戻していた。こんな状態で続きをするなど無茶だ。はぁ、と呆れにも諦めにも似た溜息を吐くと同時に、肩に何かが触れた。掴まれたのだと気付いた頃には、再びマットレスに身を委ねていた。疑問形の息が薄く開いた口から漏れる。
 たくし上げられたシャツがわだかまる胸を、ほんの数分前に剥き出しにされた腹を、まだ城壁一枚残した足を、やけに温度がある手が撫でていく。熱が移動する度、皮膚が擦れる度、おもちゃのように小さく身体が跳ねる。たったそれだけの刺激で沈めたはずの炎に火が再び灯っていく。
「オモムキがあんじゃん。ワビサビってやつ?」
「意味分かんねーこと言ってんじゃねーよ!」
 触れられていない方の足を曲げ、エンは覆い被さる恋人の腹を力いっぱい蹴っ飛ばす。詰まって濁った音が上から落ちてきた。いってぇ、と震える声が続けて降ってくる。それでも、太ももにかけた手は離れることはない。むしろ支えにするように強く押してくる。それすらも毛羽立つ感情を刺激する。
「ヤる時に言うことかよ!」
「思っちまったからしかたねーだろ!」
「なくねーよ! いい加減口閉じること覚えろ!」
 組み伏せ、組み伏せられた少年たちは互いに引くことなくぎゃあぎゃあと喚き立てる。先ほどまで二人を包んでいたどこか薄暗い、何だか悪いことをしているような、けれども魅力的で甘ったるい空気など、全て粉々になって霧散していった。蜃気楼か何かだったのかと疑うほど、もう欠片一つ残っていない。日常が戻ってきてしまっていた。
 あー、と濁った大声をあげエンは身を起こす。足に半分引っかかっていたボトムスに手を伸ばした。もう一度カラの腹を蹴り飛ばし、空間を作る。少年は狭いスペースの中で器用に履いていく。は、と溜め息にも似た疑問形の音が降ってきた。
「何で着てんの?」
「こんな状態でヤってられっかよ」
 訝しげに、ともすれば咎めるようにカラは言う。棘たっぷりの言葉で返事してやった。はぁ、と半分裏返った声とともに、起こした身が勢いよく倒れていく。何度も重い身体を叩きつけられたマットレスが鈍い抗議の声をあげた。
「ヤれるだろ。ヤんねーと収まんねーよ」
 下品極まりない言葉と正反対、腹立たしくなるような可愛らしくむくれた顔で恋人は告げる。眉を寄せるとほぼ同時に、手を取られ引っ張られる。導かれた先で手のひらに感じたのは、膨れた硬い何かと布越しでもはっきりと分かる熱だ。少年の眉間に刻まれた皺が更に深く、はっきりとしたものになる。
「何で萎えてねーんだよ。馬鹿か?」
「馬鹿はそっちだろ。勝手に終わらせんな」
 正気を疑うと言わんばかりの視線を向ける。刺すようなそれを浴びる当人は、同じように眉を寄せ、カラストンビを剥き出しにした。街中で大きい方の猫を狙う小さい方の猫を彷彿とさせるものだ。つまり、覇気があるようでどこか間抜けだ。
「こうやってさ」
 いたずらげな声とともに、中途半端に履いたボトムスに再びカラの手がかかる。汗が肌を伝うのと同じ速度で指が動いていく。すっかり萎びた中心に引っかかることなく、するすると音をたてて布が剥がされていく。あっという間に足の守護者はスパッツ一枚だけになってしまった。蹴り飛ばしてやろうにも、ボトムスは先ほどと違い足を動かしづらい位置まで引きずり下ろされていた。明らかに故意である。独特の思考を持つ脳味噌にはちゃんと学ぶ機能は備わっているようだ。これ見よがしに舌打ちをした。
 布一枚になった太ももを、また手が這い回っていく。ぞわぞわと肌が粟立って、神経がそわだつ。くすぐってぇっつってんだろ、と己に言い聞かせるように吐くも、頭はこれを待ちわびていたものだと訴えた。気にする様子無く、恋人の手は布の上を我が物顔で這っていく。筋肉の形を確認するように、まだ柔さが残る肉を楽しむように、手は、指は、足を撫で回す。たったそれだけだというのに、腰の周りに、腹の奥底に何かが宿っていく。消し飛んだはずの炎がだんだんと姿を現し、やわい刺激を燃料に燃え盛っていく。ただ呼吸しただけのはずなのに、吐き出した息は不自然なほど短くなってしまった。
 太もも全てを味わっていた手が、するすると上がって腰の辺りで止まる。張り付くスパッツ、そのウエスト部分に指がかけられた。思わず飲み込んだ息が喉に引っかかって変な音をたてる。気にすることなく、カラはゆっくりと布を引きずり下ろしていく。焦らすような、嬲るような動きだった。ゆっくりと、確実に、常に守られて日に焼けていない健康的な肌が、機能美に満ちた――つまりは色気の一つも無い下着が、朱を帯び始めた昼の光の下に晒される。てめぇ、と反射的に悪態を吐く。
「何枚もゆーっくり脱がしていくのってエロいじゃん? これからエロいことすんのが強調されてくっつーか」
 返事はろくなものではなかった。その上、鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌な調子である。また一撃加えてやろうとするが、ボトムスとスパッツの二枚で押さえられた状態では蹴り上げることは難しかった。クソが、と鋭く言葉を吐く。
「……知るかよ」
 呟くように、溜め息のように吐き出して、エンは天井を仰ぐ。エロい云々は分からない。ただ、焦らされているのも、これから何が起こるのかを告げてくるのも、全部一連の動きで理解してしまった。理解できてしまった。理解などしたくないのに、情欲の炎に炙られた身体はお行儀良く学んでしまったのだ。クソが、とまた吐き捨てる。今度は先ほどより勢いの無い、どこか切羽詰まった響きをしていた。それが腹立たしくて仕方が無い。聞こえてくる笑声が火に油を注いだ。
 今度から短パンだけにする。エンは心の中で強く宣言する。もう恋人の訳の分からない感性に振り回されるのはごめんだ。こんな焦らしプレイもどきに付き合わされるなど勘弁だ。何より、こんなことを何度もされては着替える時に意識してしまいそうなのが嫌だった。風呂の度にこいつのことを思い出すなど考えたくもない。
 ようやく、下着に――中心にシルエットが浮かびつつある下着に指がかかる。散々嬲られおあずけをされていた脳味噌が快哉を叫ぶのが聞こえた気がした。
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#オリイカ#腐向け

スプラトゥーン

身支度はお家で済ませましょう【ライレフ】

身支度はお家で済ませましょう【ライレフ】
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髪の毛いじる推しカプはどれだけあってもいいとされている。ということで髪をいじくり回す右左。
寝坊したオニイチャンときちんと起きた弟君の話。

 しばし落ち着きを取り戻していた自動ドアが薄く音をたて開いていく。細っこい隙間に滑り込むように、人影が飛び込んでくる。ダン、と力強く地面を踏みしめる音が朝の教室に響いた。
「セーフ!」
 大口開けて影は――嬬武器雷刀は叫ぶ。一瞬音が途切れた教室は、すぐさま元の賑やかしさを取り戻した。
「ギリギリセーフデスネ」
 肩で息をしながら席に着く少年に、レイシスは時計を見て笑む。黒板の上に設置されたアナログ時計は、授業開始八分前を指し示していた。校門が開いているギリギリの時間だ。ほんの数分違いとはいえ予鈴もまだ鳴っていないのだから、彼の言う通りセーフはセーフである。
「何で起こしてくれなかったんだよー」
「二回は起こしましたよ。貴方が覚えていないだけでしょう」
 背もたれに腕を預けて振り返り、兄は汗が一筋伸びる顔をしかめる。後ろの席の主――一緒に暮らす双子の弟である嬬武器烈風刀は、涼しい顔で返すだけだ。そんなことねぇって、と朱い少年は唇を尖らせる。糾弾される弟は、実の兄など一瞥もせず鞄からノートを取り出す始末である。
 彼を何度も起こしたのは事実だ。揺さぶって、布団を引っ剥がして、遅刻すると言っても、片割れは身を捩るだけで起きる気配が無かった。そんなのに構っていては自分まで遅刻してしまう。そもそも、もう高校二年生なのに家族に起こされなければ目覚めないだなんて、いくらなんでも甘ったれている。自分にまで被害が及ばぬよう見捨てていくのは、烈風刀にとって当然の行動であった。いつもの行動でもあった。兄も分かっているだろうに。
 はわ、と可愛らしい声が予鈴が鳴る教室に落ちる。鮮やかな桃のまあるい目が、不貞腐れたように頬を膨らませる横顔を見つめた。
「雷刀、寝癖すごいデスヨ……」
「え?」
 レイシスの声に、雷刀は自身の頭へと手をやる。指摘通り、彼の髪はそこかしこが跳ねて乱れていた。普段はセットして跳ねさせている紅緋の髪の毛は、意図せず何カ所もぴょんと飛び出ていた。草刈り前で雑草がのびのびとしている芝生を彷彿とさせる有様だ。触れてやっと気付いたのか、髪の持ち主はうわぁ、と沈んだ声を漏らした。遅刻しかけたのだ、髪をセットする暇などなかったのだろう。当然であり、自業自得だ。
「寝坊するからこうなるんですよ」
「んなこと言っても仕方ねーだろ」
 背を刺す弟の言葉に、兄は眇目で返す。理屈が通った反論ができないあたり、自身の非を理解しているのがよく分かる。うっわぁ、と朱は何度も跳ねた髪を押さえて引っ込めようと試みる。勝者は寝癖であった。
「ブラシでなんとかならナイデショウカ」
 ポーチから小ぶりなブラシを取り出し、レイシスは席から身を乗り出す。頼んだー、と呑気な顔した当事者は声をあげて頭を少しだけ下げた。任せてクダサイ、と元気の良い声とたおやかな指が朱い髪へと伸びていく。触れるより先に、硬さの見える大きな手が白と朱の間に割って入って壁を作った。え、と声が二つ重なる。
「レイシス、必要ありません。寝坊した雷刀が悪いのですから」
 きょとりと目を瞬かせるレイシスに、烈風刀は笑みを浮かべて穏やかに告げる。声の柔らかさに反して、手は惑う少女の手に合わせて動いて行く手を阻む。気配すら触れさせまいという気概に溢れた姿をしていた。
 にこやかな横顔に、朱い視線が突き刺さる。少女へと向けられた碧い目が、一瞬だけ動いてそれに立ち向かう。視線の主は、つい数秒前のことなど忘れたかのように笑みを消していた。整った眉は寄せられ、まっさらだった眉間に小さく皺を刻んでいる。人より長い睫に縁取られた目は眇められ、鋭い光を宿していた。柔らかさを見せていたはずの頬はどこか強張り、八重歯がチャームポイントの口元はへの字に曲げられている。水を差すな、邪魔をするな、と言いたげな顔をしていた。よほどレイシスに手入れしてもらいたかったのだろう。弟にだって気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、手を出し声を出したのだ。こんなことで兄だけが彼女の寵愛を受けるなどあってはならない。
「じゃあ、烈風刀やってくれよ」
「人の話聞いてました?」
 もはや不貞腐れて頬杖を突く朱を、碧は一言で切り捨てる。会話をするつもりなど毛頭無いと言わんばかりだ。瞼の陰で深くなった夕暮れ空の瞳が、眠気など欠片も無い端正な横顔を睨みつける。昼空色の瞳が一度だけ鋭く返す。火花散るようなそれは、ブラシを持って首を傾げる少女には到底見せない、見せてはいけないような眼光をしていた。ハッ、と鼻を鳴らす短い音が少しずつ静かになってきた教室に落ちる。
「レイシス、ブラシ借りていい? 自分でやっからさ」
「いいデスヨ」
 弟への険しい顔つきはどこへやら、ぱっと明るく表情を変えて雷刀は言葉を投げかける。まだ少しだけ不思議そうな顔をしたレイシスは、快諾の言葉と共にヘアブラシをその手に渡した。あんがと、と弾んだ声。
 硬さが見える手がブラシを操り、少年は寝癖と闘う。根元から押さえ込んで梳かし、跳ねを内側に潜り込ませるように撫でつけ、いっそのこといつもの形になるように整え。様々な手を尽くしているようだが、自由な朱髪は抑圧をはねのけその身を気ままに弾ませた。少女が持って見せている鏡を道標に格闘するが、まともな形などほど遠い有様である。当然だ、整髪料はおろか水も無しでちゃんと整えられるはずがない。
 ブラシの動きが止まる。角度を変えては活躍しようとしていた彼は机へと下ろされた。跳ね毛だらけの頭がゆっくりと動く。数秒前まで鏡が映し出していた真剣な目元は、眉も目尻も垂れ下がった情けないものとなっていた。
「れふとー……」
 しょんぼりという表現がぴったりなぐらい沈んだ声で、兄は隣に座った弟の名を呼ぶ。目つきも声もしょげた哀れみすら感じさせるものだというのに、先ほどよりも胸の真ん中が痛みを覚えた。全ては自業自得だというのに。寝坊したのも、寝癖が付いたまま外に出たのも、寝癖を直せないのも全て兄が悪いのだと分かっているのに、良心というものは余計な勘違いをして勝手に痛み出すのだ。れふとぉ、ともう一度名を呼ばれる。追撃と言わんばかりだった。結ばれていた口から出たのは、重い溜め息一つだけ。
「……レイシス、借りてもいいですか」
 どこか投げやりな調子な言葉と共に、烈風刀は手を差し出す。下がっていた眉も瞼も持ち上がり、ぱぁと効果音が聞こえてきそうなほど表情が明るくなった。おう、と打って変わった元気な声とブラシが手の中に飛び込んでくる。持ち主じゃないくせに、という言葉は面倒なので飲み込んだ。
 鞄から小容量の整髪料を取り出し、少年は席を立つ。かしこまったつもりで背筋を伸ばす兄の後ろに立った。手で跳ねた毛を解し、ブラシで梳かし、指先に少量取った整髪料で形を作っていく。あっという間に自由人の跳ね毛は姿を消し、普段よりも落ち着いた朱い頭ができあがった。はわー、と可愛らしい歓声があがる。
「さんきゅー!」
 鏡で一通り頭を眺めた少年は、振り返って片割れへと笑みを向ける。季節一足先に向日葵が咲いたかのようだった。感謝の言葉を投げかけられた烈風刀は、受け止めるのを躊躇うように渋い顔をする。表情筋を解してから、ありがとうございます、と少女にブラシを返す。すぐさま険しい顔に戻り、呑気な顔をした遅刻未遂へと冷えた視線を向けた。
「次からは自分でやってくださいよ」
「でも烈風刀がやるのが一番キレーじゃん」
 突き放す言葉に、雷刀は悪びれる様子も無く言い放つ。それが唯一の真実だ、と言わんばかりの調子であった。反省の色など欠片も無い。浅葱の目がどんどんと冷たさを増していく。そんな目を向けられる兄はどこ吹く風といった様子だが。
「やっぱり烈風刀って器用デスヨネェ」
 鏡とブラシを片付けたレイシスは、感心した様子で寝癖など影も形も無くなった頭を眺める。彼女もかなり癖の強い髪を持っている。きっと毎朝整えるのに苦労しているのだろう。だからこそ、その手腕に息を漏らしているのだ。
「まぁ、いっつもやってくれてっしな」
「そうなんデスカ?」
「そんなわけないでしょう。適当なこと言わないでください」
 自分のことでもないのにどこか誇らしげに朱は言う。桃はぱちりと目を瞬かせた。すぐさま碧は否定する。袈裟斬りにするような勢いと強さがあった。漫画なら擬音でも付きそうなほど鋭く素早く、弟は呑気顔を睨みつける。察したのか、兄は一瞬口角を上げてからソーデスネ、ととぼけ声で言った。あまりにもわざとらしい、怪しさしかないしらばっくれた音色である。視線が鋭さを増す。逃げるように、整えられた頭がくるんと回ってそっぽを向いた。
 いつもではない。ごくたまにだ。朝たまたま気付いて、たまたま時間があった時にやってやる程度だ。あんまりにも酷くて彼の手に負えない時だけ、乞われた時だけやってやる程度だ。それでも他人の頭に施すのが慣れるほどやっているという事実はこの指先が語っているのだから、たちが悪いったらない。
 電子音が教室に響き渡る。時計を見ると、いつの間にか本鈴の時間になっていた。たかが寝癖一つに、しかも他人の寝癖にこんなに振り回されるだなんて。波打ち際のような目が眇められ、日に焼けていない眉間にはっきりと皺が寄る。ガタガタと椅子たちの鳴き声の中に、重苦しい息が落ちていった。
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#ライレフ#腐向け

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洗濯日和、二度寝日和【神十字】

洗濯日和、二度寝日和【神十字】
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毎年恒例五月十日はGottの日!
ということで神十字。なんかごちゃごちゃ言ってるけど雰囲気で読んでください。
洗濯物をする神様と人間の話。

 青を背に白が広がる。四角いそれは、まるで空の色をハサミで切り取ってしまったかのようだった。うっすらと熱をまとった風が世界を吹き抜ける。春に芽吹き育った草木とともに、広大な白は羽ばたきのようにひらひらと身を翻した。
 眼前に広がる美しい白に、クロワは小さく頷く。空とはまた違う碧い目は普段よりも輝きを増し、口元は綻びつつも力が宿っている。洗濯物が入っていた大かごを前にした背中はどこか誇らしげだった。
 今日は朝から良い天気だった。一足先に夏が来たかのような深い青広がる、雲一つ無い晴天が世界を包んでいたのだ。昇った太陽は美しいまでに輝き、風は晴れ模様にはしゃぐように駆け抜けている。絶好の洗濯日和だ。特に、シーツのような大物を洗うにはこれ以上ない条件が揃っている。
 そうやって朝から洗濯に精を出し、まっさらに洗い上げ、まっすぐに干し終えた身体は満足感でいっぱいだった。それはそうだ、たとえ時間がかかっても綺麗に洗えた洗濯物がそよぐ様はこの上なく気持ちの良いものなのだから。
「くろわぁ……」
 後ろから輪郭がどこかにいってしまったかのような声。ほぼ同時に、背中に小さな衝撃が加えられた。青年が振り返るより先に、その腹に腕が回される。袖がまくり上げられ剥き出しになった腕は、少し硬い腹をゆるく抱きしめた。寝惚けて蹴っ飛ばした毛布をたぐり寄せる時とよく似ていた。
「ねみぃ……」
「……珍しいですね」
「あんな早くに叩き起こされたらさすがにねみぃって……」
 寝言のようにやわく言葉を紡ぐ青年――否、Gott()に、クロワは穏やかに返す。戻ってきたのはやはり寝惚けたような声だった。本当に眠いのだろう。
 確かに、シーツ洗濯したいがためだけに、不敬極まりなく早くに彼を起こしたのは事実である。その上、興味を示した崇める存在は二度寝することなく手を貸してくれたのだ。疲労も相まって尚更眠いのだろう。大物の洗濯は重労働なのだ。
 しかし、こうも眠気を主張してくるのは本当に珍しい。何しろ、相手は神である。人間ではない、人の理など通用しない――睡眠を取る必要も、食事を摂る必要も無い、何もかもを超越した存在なのだ。人間のように『眠い』なんて言い出すようになったのはここ最近のことである。
 人間のように寝て、人間のように起きて、人間のように食べて、人間のように働く。すぐに異物を排除しようとする人間たちに馴染むためには必要なことだ。けども、それは外で表面を取り繕っていればいいだけの話である。本当に人間のように腹を空かせたり、疲れたり、眠たげにする必要は無い――人間のように変化する必要などない。なのに。
 弱っているのだろうか。満足げに輝いていた碧い目に、瞼の影が落ちる。陰った瞳の奥は、どんどんと暗さを増していく。沈みゆく色は、夜明けにはまだ遠い空を思わせる。
 最近は子どもたちにも『お伽噺』は広まり、神の存在を認知し、信じる者は増えてきたはずだ。わずかながらとはいえ信仰は増したのだから力が戻ることはあっても、衰える可能性は低い。けれど、現実はヒトに近づきつつ――衰え、人間風情と同じ場所に立ってしまっていて。
 己の信仰心が薄れているのか。否、そんなことはない。誰よりも彼を崇め、誰よりも彼に尽くしてきた。その力を取り戻さんと奔走してきた。強固になるならまだしも、薄れゆくはずなどない。けど、現実は。全てを示す彼の身体は。
「くろわぁ」
 今にもとろけ落ちてしまいそうな声が自身を示す音をなぞる。首だけで振り返ると、茜空が広がった。活力に満ちた朱は瞼でわずかに姿を隠している。山の向こうに落ち行く夕陽のような光景だ。真ん丸でぱっちりとした、可愛さすら感じさせる目はどこか輪郭を失っているように見える。眠気が鮮やかな色をぼやけさせるように色を塗っていた。
「抱き心地悪い。硬い」
「それはそうでしょう」
「そーじゃねー」
 むくれた声とともに、肩にぐりぐりと頭を擦り付けられる。全てお見通しなのだろう。分かりきった現実に、全てを見通す存在に、青年は密かに息を吐いた。無意識に身体が強張っていたことなど、触れる彼に隠せるはずがない。神が人間如きの思考をなぞることなど容易いに決まっている。
 深呼吸するように息を吐き出し、強張っていたからだから力を抜いていく。吐き切るとほぼ同時に、腹に回った腕に力が込められた。袖をまくった腕が、剥き出しの腕が、薄布一枚隔てた腹に沈み込む。柔らかな肉の感触。うっすらと感じる骨の硬さ。生きている、穏やかなぬくもり。どれも手放したくない、失いたくないもの。
「こないだのシーツまだある?」
「あー……、切ってしまいましたね」
 問う神に、クロワは眉を八の字にした。以前片付ける際に引っかけて盛大に破れてしまったシーツは、修繕を諦めて掃除に使ってしまったのだ。ベッドを覆うほどの布地は残っていない。無理をしてでも繕えばよかったか、と今更後悔が湧き上がってくる。そもそも、駄目になった時点で買い足すべきだったのだ。先延ばしにしたツケが崇める存在を蝕んでいる。こんなこと、あってはならないのに。
「じゃあ、タオルある?」
「ありますけど、ベッドを覆えるほどのものはありませんよ」
「何枚も敷きゃいいだろー」
 朱い頭が硬い肩に擦り付けられる。少し痛むが、拒絶する権利など無い。全て己の不手際が招いたのだ。そもそも、崇め奉る存在にその身を委ねられて拒否する人間などこの世に存在するはずがないのだ。
「一緒に寝よ」
「台所の掃除が残っているので」
 えー、とむくれた、今にも眠ってしまいそうな声があがる。腹を抱きしめる腕の輪が更に縮まった。それでも苦しさを覚えない程度なのだから明確に加減をしているのが分かる。じゃれる動きだ。脆い人間に合わせる、慈悲深い動きだ。
「用意しますから」
 腹に回った手をノックするように軽く叩く。えー、とまた輪郭が柔らかな声があがった。渋々といった調子で、ゆっくりと腕が去って行く。確かに感じていた温もりが去っていく。肩に残る頭の重みが、彼がまだ存在している証明だった。
 眠ってほしくない。そんなわがままを言うなどあり得ない。人間如きが神を動かそうとするなどあり得てはならない。けれど、聞き分けの悪い脳味噌は口から言葉を吐き出させようと回転する。残った理性が全てをもってして、その醜い動きを封じ込めた。
 だって、また目覚めてくれる保証なんてないのに。
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降りこめる本能【ライレフ/R18】

降りこめる本能【ライレフ/R18】
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雨で薄暗い中暑いのも忘れて致す右左が見たかっただけ。

 ぬかるみに足を突っ込んだような粘ついた音が鼓膜にへばりつく。現実は違う。そんな無邪気な子どものような動きによるものではない。粘膜と粘膜が擦れあい、潤滑油ではしたなく濡れそぼった穴がみっともない声をあげているのだ。身体が動く度、粘り気のある液体がこねくられる湿った音が、引き締まった肉と肉がぶつかりあう乾いた音が薄暗い部屋に響く。日常とはかけ離れた淫らな合奏が部屋を満たしていた。
 業務も課題も無い休日で。テストは終わったばかりで急いで勉強する必要性も薄くて。有り体に言えば暇で。外は雨で。二人きりで長く過ごせるのは久しぶりで。
 互いにごく普通の、年齢相応に健全な男子高校生だ。つがいを求める欲望など、つがいと触れあう欲望など、腹の底にずっと抱えている。見ないふりをしているだけで、いつだって燻っている。暇な土曜日の昼下がりにそれが燃え上がり爆発して発露することは必然的とも言えた。
 そうやって時間も場所も常識も捨て去りソファに雪崩れ込んで、行儀が悪いと指摘するのも馬鹿らしく服を脱ぎ捨て、肌と肌とを直接触れあわせて、粘膜と粘膜で繋がる今に至る。
 ぐじゅ、ぶちゅ、と濁った淫猥な音があがる。耳を塞ぎたくなるような響きが鼓膜を震わす度、凄まじい勢いで脊髄を電気信号が駆け抜けていく。快楽と命名されたそれは、脳味噌をぶん殴り烈風刀のまともな思考を奪っていった。ゴリゴリと常識ぶった部分が削れていく頭は、『きもちいい』の五音節を理解することで手一杯だ。
 きもちよくて、きもちよすぎて、閉じる機能を忘れた口から声が漏れる。上擦ったそれは、少女のものだと勘違いされても仕方が無い響きをしていた。恥ずかしいと思う機能すら失われた頭は、我慢することを忘れた脳味噌は、本能が赴くままに甘い声を――今まさに繋がっている恋人の情欲を煽る音色を奏でた。
 肉の悦びから逃れるようにぎゅっと閉じられていた目が薄く開いていく。涙をたたえた瞳は、大切に手入れされ澄み切った池を思い起こさせた。こんこんと湧いて出て溢れる水が、紅潮した肌に透明な線を引いていく。熱に浮かされとろけきった瞳は、本能に炙られて色付いた肌は、整ったかんばせを塗らす涙は、耳をも溶かすような嬌声をあげる口は、欲望の炎に薪をどんどんとくべていく。獣の本能に支配されつつ雷刀は、衝動がままに腰を打ちつけた。同じく獣欲に蝕まれる弟も、湧き出る衝動がままに甘ったるい声をあげた。
 目の前の首に回した腕、汗ばんだ肌と肌がくっつきあって何とも言い難い感触を生み出す。雨で気温が下がって涼しいから、と今日は冷房を消していたのを頭のまともな部分がかろうじて思い出す。雲で隠れて日が差さないとはいえ、部屋は生ぬるい空気で満たされているだろう。その上激しく動いているのだから、汗を掻くのは必然であった。普段ならば暑いだなんだと文句を垂れる口は、意味を持たない音をこぼすだけだ。耐えられずリモコンを取るであろう手は、己の腰をがしりと掴んで離そうとしない。汗と体液で濡れた肌は、今は不快感を遙かに上回る快感と幸福感を生み出した。
 涙でけぶった視界の中、ギラつく鮮やかな唐紅だけが浮き上がる。恋人の象徴である色。恋人が目の前に存在しているという事実。恋人が己だけを見つめているという証左。全てが馬鹿みたいに拍動する胸の奥に、愛する人を迎え入れた腹の底に更なる火を灯す。ぁッ、とソリッドな声が部屋に落ちた。
 耳障りな水っぽい音が、赤みを増した耳に、淫悦でとかされた脳味噌に叩きつけられる。常ならば表現し難いほどの羞恥を覚えるはずのそれは、ひたすらに本能を煽って身体を昂ぶらせていく。悦びを謳い上げる口が、らいと、らいと、と愛する人の名をどうにか形作る。きもちよさに支配された脳味噌は、大好きな人を求める声を発せさせた。愛を抱えた心も飢えた身体も満たされているはずなのに、碧い少年は足りないとばかりに拙く音を紡いでいく。それがつがいにこれ以上無く効くことなど知らずに。
 れふと、と吼えるような声。同時に、ごちゅん、と身体全てに響き渡るような衝撃。情欲を煽られた朱い少年は、丁寧に解され柔らかになった内部に一気に自身を突き入れる。閉じた肉を掻き分けられ、めいっぱいに刺激され、快楽信号がキャパシティオーバーになりそうなほど叩きつけられ、烈風刀は悲鳴めいた嬌声をあげた。それもまた、雷刀の腹に秘めたる獣欲を煽る。エナメル質が軋む高い音が卑猥な合奏の中に落ちた。
 ぁ、あ、と突き上げられる度に掠れた細い声が開きっぱなしの口から吐き出される。まるでちゃちいおもちゃのようだ。おもちゃめいた単純な動作しかできないほど、少年の身体は快楽に支配されていた。ただひとつ、腹の中身を除いて。
 ぐっ、と雄肉が這入ってくる。突き進むそれを逃すまいと、もっと奥へと誘わんと、ナカはぐねぐねとうねる。快楽を、子種をねだるようにまとわりついて絡みつく。まだ果てまいと、もっとつがいを貪らんと、更なる快楽を求めんと、剛直はそれを振り切り去っていく。まだ足りない、なんてわがままを通そうと、肉色の粘膜が蠢いてすがりつく。全ての動作がはしたないピンク色の悦びを生み出し、幾重にも重なった理性の皮を剥がして本能だけを剥き出しにしていく。雨天で陰った部屋に獣めいた声がどんどんと積もっていく。
 腹の奥底を小突かれる度、身体から力が抜けていく。快楽ばかりを受容して言うことを聞かない脳味噌は、筋肉にもろくに指令を出さずにいた。汗ばんでうっすらと濡れた腕が、同じく汗ばんだ首をなぞるようにして解けて落ちる。上手く着地できなかった右腕が、だらりとソファの座面から垂れた。普段ならばすぐに上げて戻すが、今ばかりはそんな余裕がなど無い。腹の底から響き渡る法悦を味わうのに必死な身体は、ろくに動くことができなかった。
 ハ、ぁっ、と呼吸なのか声なのか分からないものだけが口から漏れる。腕から伝わる温もりが無くなった分、腹が切なくてたまらない。欲しくて、触れたくて手を伸ばしたいのに、快楽に浸りきった脳味噌は能動的に筋肉へ電気信号を送ることなどとうに諦めていた。突かれる度、落ちて垂れた腕が揺れる。ソファの生地が擦れては心地良さなど覚えないはずだというのに、今ばかりはそれすらも快感を生んだ。腹の奥に突き込まれたものに全身を作り変えられてしまったようだ、なんて馬鹿げたことが頭の隅に浮かぶ。突かれた瞬間、それは弾け飛んで消えた。
 ごちゅん、なんて漫画めいた音が聞こえるほど、行き止まりを強く穿たれる。瞬間、世界が止まった。
「――ァっ、あっ!」
 一拍遅れて、凄まじい情報が――快楽が全身を駆け巡る。どうやら、許容量を超えたそれは脳味噌を焼け付かせたらしい。受容しきれぬそれを逃がすように、組み敷かれた身体が大きく跳ねる。喉仏が浮かぶ首がぐっとしなって、形の良い頭が固く作られているはずのソファの肘掛けに沈み込んだ。濃い布の上に鮮やかなが若葉が散る。額に張り付いていたそれも、衝撃のあまりに宙に浮かんでまた落ちた。
 ままならない呼吸の合間、囀るように目の前の愛し人を呼ぶ。さいこうにきもちいいのに、おなかが寂しくて、腕が寂しくて、ぬくもりが足りなくて。けれども、快楽に融かされてろくに動かない身体は声を発するので精一杯だ。言葉だけでも兄を掴もうと、兄に縋りつこうと、弟は何度も名前を繰り返す。三度目を発するところで、ひぁ、という己自身の高い声が遮った。声も身体もどろどろに融けて、彼に融かされて、形を成さなくなっていく。それがきもちよくてたまらない。
 腰の右側をひやりと空気が撫ぜる。代わりに、左頬に温かなものが訪れた。頬に触れられているのだと気付くより先に、唇に熱。口内に熱。触れる度に痺れるようなそれに、はしたない声が際限なく湧いて出てくる。全て、雷刀の口内に吸われてくぐもったものになってしまった。
「ァ、う……、ッ、ゥ……」
 絡もうとする舌はどちらも溢れるほど唾液をたっぷりまとっていて、捕らえられることができない。それでも、ぬめる表面を熱いものが掠めていく感覚は腰を重くするには十分な刺激だった。痺れを切らしたように舌が離れていく。追いかけてだらしなく伸ばされた己のそれが、温かなものに包まれる。ぢゅう、と行儀の悪い音。同時に、凄まじい電気信号がシナプスを殴った。舌を吸われ扱かれる快楽が、その間も絶えずナカを穿たれる快楽が、脳味噌をダメにしていく。食らわれる碧にできることなど、もう甘ったるい――つがいを煽り、焚きつけ、昂ぶらせる声を漏らすぐらいだ。
 張り出した傘がゴリゴリと内部を削るように去っていく。追いかけるように締め付ける内壁を、見事な先端が勢いよく突き進んだ。熱ときもちよさでとろけた肉は、張り裂けんばかりに法悦を叫んだ。連動するように、弟の口からも淫悦に染まりきった嬌声があがる。垂れ下がった目元から透明なものが流れて赤く染まった頬を静かに彩る。
 ずるぅ、とされるがままだった己の舌が愛しい人の口から力無く抜ける。元の場所にしまわれるはずのそれは、喘ぎ声とともに突き出され天を向いた。興奮で湧いて出る唾液が口から溢れて、肌をしとどに濡らしていく。赤く熟れた粘膜が濡れてつやめくのはあまりにも刺激的な光景だ。食らう者が短く低く喘ぐぐらいには。
 きもちよすぎて、もう口を動かすだけで精一杯だ。脳味噌は快楽を受け取るばかりで肉体を動かす信号を送ることなどとうに忘れていた。また愛しい人に触れたいのに、腕はもう指一本動かす余裕など無い。代わりと言わんばかりに、兄の腰に軽く回された足がしがみつくように、抱き締めるように絡みついた。本能に支配されているのだろう、振りほどかんばかりに突き出されるその身体に、烈風刀は鍛えられた足で縋りつく。汗ばんだ肌同士ではすぐに滑り落ちてしまうだろうに、外でも中でも恋人を抱き締めた。とうの昔に肉欲に溺れてダメになった脳味噌を本能が動かしてたのだ。
 腰を掴まれる力が強くなる。ただでさえ激しかった腰つきが更に早まり、大胆な、重いものになる。上から降り注ぐ獣めいた吐息が唸りめいた嬌声へと変わっていく。何度も見てきた光景だ。何度も体験してきた動きだ。だからこそ、それが何を意味するかなどすぐさま分かる。この腹に精を吐き出し、種を植えつけようとしているのだ。は、ァッ、と艶めいた声が、どこか笑みを含んだ声が漏れる。だって、そんなの最高に決まっているではないか。期待が声に表れないわけがない。
 れふと、と名を呼ばれる。ぼやけた視界の中に映るのは、険しげに眉を寄せ、目を細め、こわばったように口を開く恋人の顔だ。どれもが肉の悦びにとろけていて、どれもが己の欲望を焚きつけるものだった。視線に、声に、雄を迎え入れた腹が反応する。みっともなく大口開いて咥えこんだ場所が、きゅうと収縮するのが己でも分かった。あ、と濁った、熱で焼けた声が落ちてくる。彼がきもちよくなっている証拠だ。それが嬉しくて、また腹が勝手に蠢く。諫めるように一発ぶちこまれた。悲鳴めいた喘ぎが仰け反った喉から奏でられる。
 暗い部屋のはずなのに、視界に白いものがちらつく。細かなパーティクルが何度も散る様は、己の限界を――頂点に上り詰めつつあることを示していた。腹に渦巻く熱を吐き出したくて、一番きもちいいところに行きたくて、内部は雄肉を煽るように細かに締めては撫でてを繰り返す。全くの無意識であるが、効果はてきめんだったようだ。腹を穿つ動きが更に重いものになった。
 ぐ、ぁ、と降ってくる嬌声が数を増していく。ごちゅん、と耳に、骨に音が響く。掠れた短い音が聞こえた瞬間、腹の中で熱が爆発した。一番奥から熱いものが広がっていく。内臓全部を融かしてしまいそうな凄まじい温度に、目の前で、頭の中で、何かが弾けた。
「――ッ、ぅ、あっ!」
 ビクン、と身体が跳ねて背が反る。頭が反る。盛大な、艶やかな、とろけた声がみっともなく開かれた口から跳ね出る。部屋に喜悦溢るる嬌声を響かせる。瞠られた目から涙が弾け飛んでソファの生地を濡らす。
 腹の中も外も熱い。どちらも精によるものだ。どちらもきもちよくてたまらないものだ。ねだるように、達したばかりの内部がうねって硬度を失いつつある剛直を撫でて回る。うぁ、と上擦った声が聞こえた。更に腹の中に熱いものが――精が、種が、愛が注ぎこまれる。何もかもを焼きつくすその感覚に、横たわった身がまた大きく震えた。あ、ぁ、とはしたない、悦びに満ち満ちた声が開きっぱなしになったままの口から漏れる。熱に浮かされたそれは、腹を満たす欲望と同じほどどろりとしていた。
 腹に、胸に、腕にぬくもり。耳の横を少し湿った柔らかなものが掠めていく。その感覚は分かれど、達したばかりの身体は反応する余裕すらなかった。あー、と少しだけ上擦った、満足げな声が耳朶を撫でる。兄が覆い被さってきたのだと気付くには随分と時間を要した――天上まで放り上げられた頭ですぐに状況を理解しろという方が無理なのだ。
 短く、どこか甘さの残る呼吸が次第に落ち着いてく。やっとまともな量の酸素を取り入れた頭は、ゆっくりと現実の輪郭を辿り寄せていった。のしかかり触れる身体が重い。汗ばんで湿った肌が触れて気持ちが悪い。空調が効いていない部屋が暑い。貪るようにまぐわっていた間は快楽でしかなかったそれらは、今は不快感しか生み出さない。常人の思考回路を取り戻した脳味噌は快不快を正常に認識しだしたのだ。
 パタパタ。軽い音が荒い呼吸の間を縫って部屋に落ちる。雨はまだ止んでいないようだ。朝から降っているのに。どれほど降り続くのだろう。明日には晴れるだろうか。洗濯物が。現実に足を付けた頭の中を所帯じみた考えが巡っていく。
 そうだ、洗濯しなければいけないのだ。雨で部屋干しをするしかないのだから数は少ない方が良いに決まっているのに、何故わざわざ洗濯物を増やすようなことをしてしまったのだろう。しかもソファなんて後始末が大変なところで。冷静さを取り戻しつつある少年の頭の中に後悔ばかりが降り積もっていく。それほどまで溜まっていたのだ、なんて片割れが使いそうな言い訳がちょっとだけ動きの鈍い思考の底から湧いて出てくる。あまりにも稚拙すぎる言い様に、自己嫌悪は募っていくばかりだ。
「れふとー?」
 頬に柔らかな、温かな感触。いつの間にか閉じていた目を開けると、そこにはこちらを覗き込むように見つめる兄の姿があった。涙というフィルターが消え失せた視界の中、朱い瞳がうっすらと部屋に差し込む光を映して輝く。つい数分前までは獣めいてギラついていたというのに、今はすっかりと穏やかな、けれどもまだ熱が残って輪郭がとろけたものになっていた。興奮で溢れた唾液でつやめく唇がゆっくりと動く。
「だいじょぶ?」
「だいじょうぶです」
 同じほどの調子で弟は返す。声を出すことで、ようやく長く息を吐き出すことを思い出した。音が聞こえそうなほど深く呼吸を繰り返す。キックと同じほど重く響いていた鼓動はだんだんと速度を落とし、普段のものへと戻っていく。一気に押し寄せてきた疲労に、はぁ、と重く深い嘆息が漏れ出た。
 互いに汗やらなんやらでどろどろだ。シャワーを浴びなければ。閉め切って運動したから身体も部屋も暑い。もう冷房を点けてしまった方がいいだろう。放り出した服をまとめておかねば。ソファの後処理も早い内にしないと。ほんの数秒考えただけでタスクがどんどんと積み上がっていく。どれも疲れ切った身体でこなすにはあまりにも重労働だった――全て自業自得なのは重々承知なのだけれど。
 パタパタ。バタバタ。サァ。ザァ。窓ガラス一枚隔てて鈍くなった音が静かな部屋に転がっていく。雨の日の湿ったぬるい空気が二人を包んでいた。
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雨と横顔【ライレフ】

雨と横顔【ライレフ】
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横顔に見とれるシチュが好きなんすよというヘキ。顔面と思考が一致してないのが好きなんすよというヘキ。
雨の日の右左の話。

 窓が揺れる。強風を受けガタガタと震えつつもしかと立つ様は頼もしいものである。それでも、凄まじい音をたてる暴風を前にしては割れてしまうのではないか、倒れてしまうのではないか、とほんの少しの不安が残る。杞憂だと分かっていても、このゴウゴウとかビュウビュウとか激しく低い自然の呻り声を聞くと心の隅っこには暗いものが残るのだ。
 健気に雨風を防ぐ窓ガラスの向こうを眺め、雷刀は小さく息を吐く。薄い板一つ隔てた外は、台風一歩手前の暴風雨が我が物顔で駆け回っていた。空は墨めいた黒で埋め尽くされ、太陽など陰すら無い。視界いっぱい、世界いっぱいに広がる様を見るに、今日一日中はこの調子だろう。
 ただでさえ横殴りの酷い雨だというのに、子ども程度なら吹き飛ばしそうな勢いの風まであっては、せっかく咲いた桜は全て散ってしまうだろう。花見は先週して正解だったようだ。だけども、やはりあれだけの美しいものが蹴散らされてしまうのはわずかに心が痛む。綺麗なものは傷つけられぬままでいてほしいのだ。やだなぁ、と思わず沈んだ声が漏れた。
 暗い世界から、淀む思考から視線を外し、弟を横目で見やる。同じように窓の向こうを眺める瓜二つの横顔は、普段と少し違った表情をしていた。
 穏やかな曲線を描く整えられた眉は、今は少し鋭い角度になっている。寄せられたその間には、薄く皺が刻まれていた。いつだって目の前をはっきり見通す碧の目は、今は眠気に抗うように細められている。そこに宿る色は陰っていて、けれども普段よりもはっきりとしているように見えた。すっと通った鼻、その下に佇む口は直線を描くように結ばれている。まるで何かを堪えているかのようだ。普段はまろく柔らかな頬は、今はどこか強張っているように見える。固く閉じた口元がその印象を強めていた。
 キレーだ。兄はぼんやりと考える。子どもたちやレイシスに接する時の柔らかな表情も綺麗で可愛らしいが、今のような険しさがよく見える表情も端正で美しい。惚れたフィルターもかかっているだろうが、やはりどんな表情でも恋人は素敵なのだ――たとえ何を考えていようとも。
「コインランドリー行けばいいじゃん」
「この暴風雨で外に出れるわけがないでしょう」
 呆れた調子の朱の言葉に、碧は溜め息まじりに返す。腕の中に抱えられた洗濯物かごが彼の身体に食い込むのが見えた。山盛りの衣服がバランスを崩しかけるも、鍛えられた手によってすぐさま押し止められ中に押し込まれた。
「明日にすればいいだろー」
「バスタオルは早めに洗ってしまいたいんですよ」
 じゃあバスタオルだけ洗えばいいのに、と出かけた言葉を飲み込む。ベランダが隔絶された今、バスタオルのような乾きにくいものを部屋干しにすれば臭いが付いてしまうのは交代制で家事を担当する己もよく分かっていた。除湿機とサーキュレーターがどれだけフル稼働しようも、最近の洗剤がどれだけ臭わないことを謳っていても、うっすらと湿った臭いが残ってしまうのだから面倒なものである。毎度ながら乾燥機、もしくはドラム式洗濯機が欲しくなる。置く場所も無ければ手が届かない値段の代物なのだから、永劫に叶うことはないが。
 はぁ、と烈風刀はまた一つ溜め息をこぼす。どれだけ溜息を吐こうが天気は回復しないと分かっているだろうが、そうでもしなければやってられないことは痛いほど伝わってきた。己が同じ立場だったら同じかそれ以上にごちゃごちゃと言っていただろう。
 険しげな、恨めしげな横顔から視線を外し、雷刀は携帯端末を取り出す。光る液晶を指で撫で、ニュースアプリを起動する。天気のタブ一面に表示されているのは傘のマークだけだ。どの時間帯にも鎮座しているそれの上には、八〇だとか九〇だとかの高い数字が書かれている。これでは今日中に洗濯するなど不可能だろう。つまり、洗濯物を余計に増やすような行動はできないのだ。
 はぁ、と溜め息が二つ重なる。風を必死に受け止める窓の悲鳴が、小さなそれをかき消した。
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もうちょっと季節ってものを考えなさいよ!【はるグレ】

もうちょっと季節ってものを考えなさいよ!【はるグレ】
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最近春なのに暑すぎない????というあれ。京終始果絶対熱中症体験してるだろというIV当時からずっと見てる幻覚。
春の夏日に帰るはるグレの話。

 世界に光が降り注ぐ。つい先月ならばもう茜に染まり始めていた空は、まだまだ昼の色を残している。傾きつつあるものの、冬の越えた太陽は元の調子を取り戻し暖かな陽光をあたりに振りまいていた。それはもう、元気が良すぎるぐらいに。
 溜め息一つ吐き、グレイスは空を一瞥する。年が明けてから頭上を覆い尽くしていた厚い雲はさっぱりと消え、抜けるような青さを取り戻していた。太陽を遮るものなど一つも無い。おかげで強い日差しが目に刺さって痛いほどだ。焼き付いてちらつく目を瞬かせ、少女はまた息をこぼした。
「あっついわね……」
 季節が一つ変わり、暖かな春が訪れた。しかし、最近はあまりにも暖かすぎる、というよりも暑い日々が続いていた。今日なんて、四月だというのに春から一足飛んで夏日である。桜はまだ華やかに咲いているというのにこの気温なのだから、季節感がごちゃまぜだ。四季のあるネメシスに来て日が浅い己にとっては尚更である。
 うんざりといった調子で細められた躑躅の目が、音もなく動いて隣を見やる。視線の先に現れたのは、今日も今日とて隣やら後ろやらを付いて回る京終始果だ。黒く長い髪はいつも通り後ろで一つにまとめられ、身体はいつも通り萌葱の忍装束に包まれている。いつも通り、深い緑の長袖に黒い手甲、大ぶりな脚絆、丈の短い外套、とどめに長い襟巻きを巻いた姿だ。
「あんた、暑くないの……?」
 懐疑をたっぷり乗せた声と視線で少女は問う。彼の格好は春の陽気にもあまりにも似つかわしくないものだ。寒がりだってもっと程度というものがあるだろう。加えて、今日のような夏めいた様相ならば輪を重ねて異常だ。こんなに着込んでいて、この気温を乗り越えられるものなのだろうか。忍といえど、中身はただの人間――肉体を持った存在である。暑さ寒さを感じるはずだ。けれども、彼は普段と変わらず顔色一つ変えないのだから外からでは何も分からないのだ。実態を知るには本人に訊ねるほか無い。
「特に……」
「ほんと? 喉渇くーとか、ふらふらするーとか、そういうの無い?」
 首を傾げる始果に、グレイスもまた首を傾げて問う。繰り返しになるが、この少年は表情を変えるということを知らない。否、多少は変わるも、その度合いは微細である。気付けるのはこちらに来る前から付き合いある四人ぐらいだろう。喜怒哀楽はもちろん、快不快など一目で見抜くなど不可能である。何より、彼は人間らしい所作を知らない。己のように夏日に『暑い』と口に出したり、吹雪くさなかに『寒い』と着込んだりすることなど無かった。だからこそ、疑わしいのだ。こいつは自身の変化に気付いていない可能性の方が高いのだから。
 あぁ、と襟巻きから覗く口が小さく音を発する。口元に指を当て、狐の少年はわずかに頷いた。
「少し頭がぐらぐらしますね……」
「そっ……それ、熱中症じゃない!」
 事もなげに言う始果に、グレイスは悲鳴めいた声をあげる。こちらの夏はまだちゃんと味わっていないものの、暑い日に引き起こる『熱中症』というものについてはレイシスと烈風刀に聞いていた。ここ数年は春でも暑い日が増えてきているから、と事前に注意と対処法を教えられていたのだ。気温変化に慣れていないんですから気をつけてくだサイネ、と言われたのは記憶に新しい。まさしく『気温変化に慣れていない』彼が、式典以外では服装を変えるということを知らない彼が陥ってしまったのだろう。
「水! 水飲みなさい!」
 鞄に慌てて手を突っ込み、躑躅は取り出したペットボトルのキャップを開ける。こぼす危険性など忘れ、手甲に包まれた手に勢いよく押しつけた。不思議そうに見つめた狐は、透明なそれに口を付ける。ちょっとずつよ、と急いで言い足す。蒲公英色の目が瞬き、言葉の通り一口ずつ小さく水を飲み下していった。
 こういう時はたしか、水飲ませて、冷やして、冷たいもの食べさせて。冷やすってどの部分だっけ。たしか『首』の付く場所だったはず。凄まじい勢いで頭が回転し、脳内の引き出しを手当たり次第開けて対処法を探していく。とりあえず、冷やさねばならないのは確実だ。先ほどの水は常温である。もっと冷たいものを飲ませねば。何を。目が回りそうな勢いで思考が巡る。縋るようにビビッドピンクの瞳が辺りを見回す。端っこに引っかかったのは、青と白の看板だ。空に向けるよう高くそびえたつそれは、見慣れてきたコンビニエンスストアのロゴであった。
「歩ける? 大丈夫? 水飲んでるわよね?」
「大丈夫です……」
 問い詰める少女に、少年は短く返す。常と変わらぬ声だというのに、今はなんだか弱っているように聞こえた。不安による錯覚か、それとも実際に衰弱しているのか。どちらでも変わりは無い。症状が出ている今、とにかく対処せねばならないのだ。
 二人――常磐の袖をしかりと掴んだ少女と、言われた通りちびちびと水を飲む少年は看板の下目指して歩く。ついつい早足になってしまいそうなのをどうにかこらえ、グレイスはやけにしっかりした足取りの彼を引っ張っていった。
 足取りが速くなるのを抑えられなかったのか、コンビニにはものの数分で辿り着いた。わずかに張り出た庇の陰に始果を押しやる。ここで待ってなさいよ、と指を差して告げ、少女は急いで店内へと駆けていった。開けたアイスケースの中から氷菓と氷を掴んでレジへと足早に向かう。慣れぬ会計をどうにか手早く済ませ、走る一歩手前の早さで外へと出た。
「これ食べて! あとマフラー取りなさい!」
「はい……」
 スティックタイプのアイスを押しつけ、言葉より先にマフラーを引っ剥がす。されるがままの少年は、慣れない手つきで袋を開けて水色のそれを口に入れた。引き抜いた長い襟巻きを手早く畳み、ひとまず鞄に突っ込む。あらわになった首元を探り、短い外套もどうにか脱がせた。これで肌が出た。熱が放出できるはずだ。いや、出してよかったのだろうか。直接日光に晒されては熱くなるだけではないか。どうだったか。必死に記憶を引っ張り出した頭の中はぐちゃぐちゃで、何が正しいのか分からなくなる。苦しげに呻き声を上げながら、グレイスは始果の横に並ぶ。少しばかり背伸びをし、買ったばかりの袋入り氷を始果の首筋に当てた。薄い外套が剥ぎ取られた肩が小さく震える。ミモザの目が見開いたままこちらに向けられた。グレイス、とアイスを咥えていた口が疑問形で名前を紡ぐ。
「たしか首冷やさないといけないの。我慢しなさい」
「はい……」
 切羽詰まった声に気圧されたのか、忍の少年は小さく首を傾げてながらも言われるがままに首筋をさらけ出したままでいた。シャリシャリとシャーベット状のアイスが囓られる音が二人の間に落ちていく。袋の中のロックアイスの角が取れてきた頃、少年の口から何もまとっていない薄い棒が引き抜かれた。刻印された『はずれ』の文字が青空の下に晒される。
「どう? 良くなった? まだダメ?」
「少し落ち着きました……」
「少しじゃダメなのよ! ほら、これ持って。首に当ててなさい」
 ゴミを回収し、グレイスは空いた手を誘導して首筋に当てたままの氷を本人に持たせる。頑丈な防具に包まれた手は導かれるがままに忠実に動き、首の後ろを押さえる彼女の手とバトンタッチした。しばらくぶりに踵を地面につけ、少女は深く息を吐く。未だに状況を理解できていないこいつのことだ、まだまだ休む必要があるだろう。いつでもどこでも突然現れる――つまり、いつだってどこにいるか分からない彼が一人で倒れたら誰も看病できないのだから。
「それ、ちゃんと当てときなさいよ」
 強い調子で言い捨て、少女はまた店内へと駆けていく。今度は二つセットのアイスと水のペットボトルを引っ掴み、レジへと駆けた。同じ足取りで外へ出、言われるがままに氷を押し当てた彼の下へと戻る。袋からアイスを取り出し、半分に分けてキャップを開けて空になっている方の手に握らせた。
「もうちょっと食べときなさい。あと水も」
 熱中症の対処法はある程度分かっているものの、どれぐらい行えばいいかまでは分からない。けれども、冷やさないより冷やしすぎる方がマシなはずである。アイスを食べて、水を飲ませれば症状は改善するはずだ。考えながら、グレイスは己の分のアイスを開ける。ゴミをひとまとめにしてから、チューブ状のそれに口を付けた。コーヒーの味が、頭が痛くなるほどひやりとした感覚が、舌の上を流れていく。長らく感じていなかった涼に、自然と息が漏れる。ただの溜め息だというのに、先ほどよりも冷たく思えた。
 また口を付け、隣を見やる。指示した通り、始果は言葉もなくアイスを食べていた。首に当てられた袋の中身はもうだいぶ溶けてしまったのか、水が張っているように見える。こちらももう一つ買った方がいいだろうか。考えながら、いつしかじぃと見つめながら、グレイスはシャーベット状の中身を吸い上げた。
「酷くなったら言いなさいよ」
「もう大丈夫ですけど……」
「あんたの『大丈夫』は信用なんないの!」
 掴み所の無い声を鋭い声が切り捨てる。心配がうっすらと張ったマゼンタが、焦点が分からないイエローをまっすぐに射貫く。はぁ、と何も分かっていない調子の声が返ってきた。
 風も無い中、少年と少女は黙ってアイスを口にする。蝉の鳴き声が聞こえてきそうなほど青い空は、依然太陽が燦々と輝いていた。
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#京終始果#グレイス#はるグレ

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爪の先まで全部全部【ライレフ】

爪の先まで全部全部【ライレフ】
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Domに尽くすタイプのSubって可愛いじゃないすか(ろくろ回し)
自分で自分をダメにする準備するの可愛いじゃないすか(ろくろ回し)
そんな感じでDom/Subユニバース右左。Dom/Sub要素はだいぶ薄いけど……。
爪切りする右左の話。

 パチン。パチン。小気味良い音がいくつも部屋に落ちていく。目の前に並んだ硬い白に刃が宛がい、握ったテコに力を入れる。パチン、と気持ち良いほど軽快な音と共に白が分かたれた。細かに角度を変えながら繰り返し、伸びてしまった目の前の爪を切っていく。爪切りが仕事する音だけが空気を揺らしていた。
 リズム良く動いていた手が止まる。眼前に持ち上げられた足をそっと支え直し、烈風刀は爪切りを閉じる。今度は傍らに置かれたヤスリを手に取った。切ったばかりの足の爪に添え、少年は細かい動きで柔らかな線になるよう削っていく。刃がどれだけ細かく丁寧に仕事しようとも、直線的に切る以上鋭利な部分はどうしても生じてしまう。そこが皮膚に引っかかって傷を付けてしまったら大変だ。きちんと丸く、美しくせねばならない。己に課された――己が己であるための使命だった。
 かすかな音をたてて爪が削られていく。操る手は薄いガラスを扱うかのような繊細な動きをしていた。ヤスリが皮膚に当たって怪我をさせては本末転倒だ。当然である。丁重に動く手によって、少しばかり見えていた角はどんどんと消え去っていく。柔らかなカーブが足先に戻っていった。表面にも軽く掛けてツヤを出していく。足を人に見せる機会はなかなかないものの、やはり美しいに越したことはない。丁寧に、優しく、細やかに。剣胼胝がまだ残る手が道具を操っていく。
 両足全てを処理し終え、碧は目の前、支えていた足をそっと離す。持ち上げられ続けていた足は優しく床に着地した。
「ありがと」
 いいこ、と雷刀は目の前に座ったパートナーの頭を撫でる。大きな手が、まだ乾かしたばかりでふわふわとした浅葱の海を滑っていく。たったそれだけで、真剣な眼差しをしていた冷たい海色が一瞬でとろけて甘い色を灯した。ん、と鳴き声のような音が紅色で飾られた喉からあがった。
「まだ手が残っていますよ」
 はっと瞠られた目が何度も瞬き、元の澄んだ色に戻っていく。道具一式を手に、烈風刀は床からソファへと移った。へーい、と気の抜けた声と共に目の前に手が差し出される。添えるように握る動きは、恭しさすら感じさせるものだった。
 また爪切りで手の爪を切っていく。パチン、パチン、と軽い音が二人の間に積もっていく。できるだけアーチを描くように切り、時折破片を捨て、少年は伸びたそれを処理していった。
「短めにおねがいな」
「はいはい」
 兄の言葉を、弟は軽くあしらう。毎回言われる、分かりきったことだ。言われずともこなしていた。深爪にならないよう気をつけながら、烈風刀は慣れた手つきで白い部分を切り取っていく。足に比べて薄いそれはすぐに整えられた。今度は足よりも時間を掛けてヤスリをかけていく。身振り手振りの大きな彼のことだ、少しでも尖っていては自分を、他人を引っ掻いてしまうかもしれない。入念に整えるべきであった。
 それに、と碧は手を動かしながら考える。この指は、己のうちがわの柔らかな部分に触れるのだ。引っ掻けるほど長くては、内臓を傷付けてしまう。それは互いに避けたい事態であった。だからこそ毎回『短めに』と言うのだろう。何度も、必ず。
 それだけ想ってくれているという現実に、それだけ身体を重ねているという事実に、少年の頬に色が宿っていく。顔が、腹の奥が熱を持ち始めたのが己でも分かった。小さく深呼吸し、少年は手元に意識を集中させる。邪念を振り払うように手を動かした。
 全ての処理を終え、ようやくヤスリが手から離れていく。少し角張っていた爪は綺麗に整い、明かりを受けてぴかぴかと輝いてすら見えた。達成感と満足感に、知らず知らずの内に結ばれていた口元が綻ぶ。気付かれないよう軽く顔を伏せ、碧は使い捨てのそれと切った爪をティッシュでまとめる。包んだ手は中身がこぼれ落ちないように受け止めながら、白をゴミ箱に捨てた。これで爪切りは全て終わりだ。
「やっぱ烈風刀がやるとキレーだなー」
 電灯に透かすように手を掲げ、雷刀ははしゃいだ様子で爪を見つめる。どうやらきちんと仕事をこなせたようだ。開いて、握って、朱は恋人によって綺麗に整えられた爪を眺める。夜だというのに茜色の瞳は輝いていた。
「烈風刀」
 名を呼ぶ声。視線を向けると、そこにはこちらに向かって腕を大きく広げる兄の姿があった。ん、と機嫌の良い声と共に更に腕が広げられる。目元は穏やかに弧を描きながらも、その奥に光を宿している。どこか陰ったような、ギラつくような、鋭さすら見せる光が。
 誘われるがままに、射貫かれるがままに、弟はソファに乗り上げる。普段ならば行儀が悪いと言ってやらない行動だ。けれども、今ばかりはこうするのが当然だ。求める人に呼ばれて最適解を選ばない理由など無い。
 鍛えられた身体が傾き、広げられた腕の中に飛び込む。すぐさま手が動き、迎え入れたこの身をぎゅうと抱きしめてきた。抱き留めてくれたその身体に碧は腕を回し、少しだけ力を入れて抱き締める。焼けていない肌を飾る首輪が小さく音をたてた。
「いつもありがとな」
 いいこ、いいこ。歌うように、唱えるように、まじなうように雷刀は言葉を繰り返す。あやすように背を叩く手が萌葱の頭に添えられ、なぞるように撫でた。頭を撫でられる感覚が、耳に注ぎ込まれる言葉が、身体を包み込む温度が、隅から隅まで染みこんで己というものを溶かしていく。ん、と鼻にかかった情けない声が漏れ出る。常ならば羞恥を覚えるところだが、今ばかりはどろどろにされるような喜びが勝った。与えられる全てが甘くて、心地よくて、きもちいい。シロップにでも漬け込まれたらこんな心地がするのだろうか、なんて馬鹿なことを考えた。
 えらい。すごい。そんな言葉が耳から脳味噌を溶かしていく。透き通った藍晶石が炙られたようにとろけ、つややかに輝いた。どういたしまして、と烈風刀はなんとか言葉を返す。その声には普段のような芯など無く、やわくとろけた響きをしていた。当然だ、Dom(大好きな主人)褒めら(愛さ)れてまともな頭を保っていられる(幸せにならない)わけがない。
 頭を撫でていた手が自然な動きでうなじへと下っていく。うっすらと水気が残る生え際を撫で、使い込まれてなお輝く首輪を撫で、広い背中を撫でていく。指先が何度も触れるも、爪が当たる痛みなどない。短く切り揃えたそれは誰も傷付けないのだ。だというのに、手が動く度に碧の身体は震える。背筋を電流が駆け上がっていく。だからこそ、雷刀、となんとか咎める音色で名前を呼んだ。
 微細な快楽をもたらすそれが行き着く先がどこなのかなど分かっている。どこに触れて、暴いて、ぐちゃぐちゃにするかなど想像に容易い。けれども、それにはまだ早いのだ。まだテレビが愉快なドラマ番組を流すような時間である。深く触れあうにはまだまだ早い夜だ。そもそも、ここはリビングである。寝室以外で『そういうこと』をすると後が面倒くさいことは二人とも経験しつくしているのだ。時間と場所を限るのは、暗黙のルールのはずである。
 想像に容易い。だからこそ、身体が、うちがわが熱を持つ。この切り揃えられたばかりの手が何をするのか、何をされるのか。いつだって、爪切りが終われば己の全てをつまびらかにされるのだ。知っているからこそ、この行為が好きでたまらない。尽くす喜びも褒められる喜びももちろんだが、頭からつま先まで愛を注がれ支配される未来を確約されるのがたまらなかった。
 へーい、と拗ねた声が耳の真隣で聞こえる。抗議するように、兄は弟の背を何度か叩いた。先ほどまでの艶のある動きは消え、ただただ慈しみとじゃれる幼げだけがある。普段の彼らしい姿であった。
 その手が己を全部開いて晒してめちゃくちゃにするのだと考えて、腹の奥底が疼いた。
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#ライレフ#腐向け

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過ぎ去る色に思い馳せ【ヒロニカ】

過ぎ去る色に思い馳せ【ヒロニカ】
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色気より食い気なニカちゃん存在しろという願望。ニカちゃんにドキッとしちゃうヒロ君存在しろという願望。都合の悪いところは全部都合が良いように捏造してる。
屋上から桜を眺めるヒロニカの話。

 高い音とともに風が吹き去っていく。春風にしてはあまりにも勢いの良いものだった。途端、白いものが視界をひらめく。小さなそれは宙を気ままに漂った後、コンクリートに淡い桃色を残した。
 一部始終を追っていた赤い目が、風が吹いてきた方へと向けられる。無軌道に動く丸い瞳に映ったのは白く高い建物の群れ、その根元に広がるピンクの海だった。
「桜咲いてますね」
「えっ? マジ?」
 ヒロの言葉に、ベロニカは声をあげる。ヒラメが丘団地、そのリスポーン地点にある欄干に足掛け半分身を乗り出し、少女はあたりを見回した。危ないですよ、と慌てて言うも、欠片も聞こえていない様子だ。月のような黄色い目はよく動いて世界を見渡していた。
「おー。マジだ、咲いてんな」
「すごいですね」
 乗り出しすぎないよう注意しながら、少年ももたれかかるように欄干に手をかける。丸いミモザとサルビアの中、揺れてさざめく桃が舞う。またぶわりと吹いてきた風が、下から花びらを巻き上げた。おわっ、と跳ねた声と同時に、ブーツがコンクリートを叩く音が昼下がりの空に響いた。
「実家の周りもこんな感じだったなぁ」
「そうなんですか? ちょっと羨ましいですね」
 呟くような声に、ヒロはどこか間延びした声を返す。穏やかなそれは、春の陽気によく似ていた。
 地元は建物が並ぶばかりで、自然とはあまり縁が無かった。街路樹は植えられていたものの、ほとんどがイチョウだったのだ。色鮮やかな秋は飽きるほど見てきたが、明るくひらめく春を感じたのはバンカラ街に引っ越してからである。味気ない緑に囲まれた己にとっては、幼い頃から春の象徴ともいえる美しい花を見られたという彼女の環境に羨みを覚えてしまう。桜咲く春というのはちょっとした憧れなのだ。
 また風が吹く。高い建物にぶつかったそれは壁を駆け上がって、屋上へと猛突進してくる。身を任せた花びらも、同じスピードで空へと駆け上がった。真っ向から顔に風を受け、小さな桃に鼻をくすぐられ、少年は軽く仰け反って欄干から手を離した。これだけ風が強いのだから、これ以上見るのは危ないかもしれない。現に、彼女は一度地に足をつけたのだ。そろそろささやかな花見をやめ、街に戻るべきだろう。
「ベロニカさん、そろそろ――」
 戻りましょうか、と問いかける声は不自然に途切れた。言葉を紡ぎ出す口は、開閉する機能を忘れて間抜けに半分開いていた。
 隣に並ぶベロニカは、依然眼下の桜を眺めていた。くりくりと丸い、時には鋭く光る目は少し細められている。キリリとした力強い目尻は、今は少しだけ下がっているように見えた。ハキハキと指示を飛ばす口は今は閉じられており、けれども少し綻んでいるようにも映る。どれもが穏やかで、だがどこか寂しげで、散りゆく桜のように儚げで、芽吹く春のように美しい。いつだって鋭く、格好良く、誰もを魅了する彼女からはとても想像できない――否、よほど近くにいないと見られない表情だろう。少なくとも、己には。
 喉がきゅうと細くなる感覚。胸がぎゅうと握り締められるような感覚。苦しい心臓が、大きな音をたてて拍動する。身体の真ん中から何かが込み上げてくるも、喉に詰まって何も生まれない。紅玉はただただ、穏やかな光を灯した琥珀を見つめるばかりだ。
「何で普通に生ってるさくらんぼってあんなにまずいんだろうな」
 ふっと小さく息を吐き、インクリングはまるで歌うように言葉を吐き出す。嘲笑にも似た響きだが、そこにはどこか純朴な幼さが見える。眩しそうだった目元は、今は伏せられていた。
 へ、とオクトリングは気が抜けた声を漏らす。あんなに美しい横顔は、あんなに儚げな表情は、全てさくらんぼへと向けられたものだったようだ。あまりにも不釣り合いで、あまりにも彼女らしい。やっと喉が音を発する機能を思い出したぐらいには衝撃的なのだけれど。
「……食べられるように品種改良されてないからでしょうか」
「あー、たしかにな」
 おそるおそるといった調子で返すと、よく通る声が大きな口から発せられる。先ほど見せた何もかもなど消え去った、すっきりさっぱりといった響きをしていた。
「言ってたら食いたくなってきたな。ザトウ行くか」
「え? あ、はい。そうですね」
 振り返って笑うベロニカに、ヒロは少し高い声を漏らす。それもすぐに元通りになり、穏やかでなめらかに言葉を紡いだ。
 ヤガラ市場もいいかもしれません。あそこフルーツめっちゃあるもんな。そんな言葉を交わし、少年少女は団地を後にする。桜をまとった風はその背中を押していった。畳む

#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン

日曜朝はテレビの前で【嬬武器兄弟】

日曜朝はテレビの前で【嬬武器兄弟】
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公募アピカネタだけどオニイチャンタテレンジャー見てるんだよなぁと考えた結果がこちら。私が最近特撮見てる影響なのは内緒。
テレビの前に集まる嬬武器兄弟の話。

 休日に似つかわない騒がしい足音が遠くで聞こえる。すぐさま乱暴にドアが開け放たれる音がリビングに飛び込んできた。
「寝坊した!」
 おそらく寝起きであろう雷刀の叫びが聞こえる。うるさい足音と情けない声がどんどんと近づいてくる。パーカーに包まれた腕が、ローテーブルに置かれたままのリモコンを引ったくった。不必要なほど力強くボタンを押し、テレビの電源を入れるのが横目に見える。暗かった液晶画面に一瞬で光が宿り、静かだったスピーカーから派手な爆発音が鳴り響いた。
 忙しない様子に眉をひそめることすらなく、烈風刀はコーヒーを一口飲む。淹れたばかりで熱いぐらいのそれが口内を満たしていく。苦みが舌の上に広がり、香ばしい香りが鼻を抜けた。
 相変わらずドタドタと動いていた兄は、ようやくソファに腰を下ろす。勢い余ったそれは、己が座る座面まで跳ね上げた。カップの中の黒い湖面が波立つ。眉間に小さく皺が寄った。
 またマグに口を付けながら、弟は密かに隣を見やる。寝起きはいつもぼやけた朱い瞳はぱっちりと開き、いつもの輝かしい光を灯している。視線はまっすぐ真ん前、テレビへ画面と向けられていた。拳を握って眺める様はまさに釘付け、首ったけと言うのが相応しい。
 碧い目も液晶画面へと向けられる。二人暮らしには少しばかり不釣り合いな大画面には、今まさに変身ポーズを取るヒーローの姿が映っていた。偉丈夫がまばゆい光に包まれ、真っ赤なスーツ姿へと様変わりする。手を天に突き出しポーズを取った彼は、タテレンジャーレッド、と名乗り上げた。
 ツマミ戦隊タテレンジャー。
 今まさに放送されているのは、突如この夏から始まった特撮番組だ。きっと同時期に追加された楽曲の影響だろう。この世界はネメシスの影響で何でもかんでも起きる世界なのだ。楽曲の名を冠した特撮番組が始まるぐらい、エイプリルフールに一晩でマンションが生えてきた時よりずっとマシである。
 そのヒーロー五人組に、兄である雷刀は虜になっていた。流れるように鮮やかな変身ポーズ、鬼気迫る迫力満点の肉弾戦、生身かCGが区別が付かないほど派手なアクション、そして豪快に怪人と戦う巨大ロボット。所謂『男の子』を魅了する要素ばかりが詰まっているのだ、同年代より幼げたっぷりな兄が虜になってもおかしくはない。
 盛大な爆発音が値段以上に高品質なスピーカーから流れる。場面は巨大化した怪人と合体ロボットの対決へと移ったようだ。怪人の、ロボットの一挙手一投足で街が――架空の街を模したミニチュアだろうが――派手に壊されていく。本当にこれが正義のヒーローなのだろうか、と少年は眉をひそめた。隣で見入る子どもめいた高校二年生は、いけー、と拳を突き上げ応援しているが。
 またマグの中身を飲む。少しばかりぬるくなったそれは、まだ薫り高い。ちびちびと口を付けながら、烈風刀もまた画面に視線を向ける。必殺技がハーモニーを奏でて叫ばれ、ロボットがエフェクトをまといながら派手なアクションを繰り広げる。怪人の叫び声と爆発音がリビングに響いた。また街が壊れる。
 ロボットから降り変身を解いたヒーローたちは、口々に労りの言葉を投げかける。しかし、ブルーとブラックは不自然なほど互いを避けていた。前回の放送で二人の過去の確執が判明したのだ。深い深いその溝は、一話や二話で解決するはずがないだろう。されるとしても次週だ。下手をすれば今クールの最後まで引きずる可能性もある。
「面白かったー!」
 エンディング楽曲が流れる中、雷刀が声をあげる。大きく伸びをしているのが視界の端に映った。タテレンジャーの放送はもう終わるが、テレビを消す様子はない。次の三十分も正義のヒーローが戦う特撮番組があるのだから当然だろう。タテレンジャーをきっかけに、兄は特撮番組にすっかりハマっていた。買い物帰り、変身アイテムが売られるおもちゃ売り場に吸い込まれていきそうになる彼を引き留める羽目になっている程度には。
 烈風刀はマグを傾ける。ぐっと飲み干し、席を立った。同じく飲み干したのだろう、兄も後ろから付いてくる。湯を沸かしている横で、食パンをトースターに突っ込む彼が見えた。
「食べてから見た方がいいんじゃないんですか」
「今日は寝坊しちまったからしかたねーだろー」
 ドリップコーヒーを用意しながら、弟は小さな棘が生えた言葉を投げる。少しむくれた声が返ってきた。オレの分も淹れといて、と都合のいい言葉と共にマグカップが隣に置かれた。自分でやってください、とコーヒーのパックを上に置く。カチン、と湯が沸いたとケトルが知らせてきた。トースターも一緒に高い鳴き声をあげる。
 タテレンジャーの放送が開始してから、兄は休日でも午前中に起きるようになった。何年も何年も休日は昼過ぎまで寝ていたあの彼が、である。大きな進歩だ――その進歩に関わっているのが子どもがターゲット層の特撮番組というのが何とも言い難い気分になるが。
 もう少し早く起きてくれれば、一緒に朝食を食べられるのだけど。碧い少年はあり得ない風景を夢想する。タテレンジャーの放送は午前が終わる少し前の時間だ。平日通り起きる己の起床時間とは、確実に被ることがない。過去は朝早くの時間に放映していたと聞いた時は、何だか惜しい気持ちになってしまったのは秘密にしておこう。
「烈風刀ー、はじまっぞー」
 いつの間にかテレビの前へと移動した兄が呼ぶ。はいはい、とマグカップ二個手にしながら、弟はソファへと向かった。
 ビビッドカラーで彩られた画面には、オープニング曲のサビと共に大技のキックを決めるヒーローの姿が映されていた。
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#嬬武器雷刀#嬬武器烈風刀

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