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書き出しと終わりまとめ01【SDVX】

書き出しと終わりまとめ01【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめ。全部ボ。大体BL。診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:ライレフ(塔死神)4/プロ氷1/オル+グレ1/はるグレ1

夢見巡り/ライ←レフ
あおいちさんには「また同じ夢を見た」で始まり、「俗に言う失恋というやつです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。


 また同じ夢を見た。
 宝石みたいに丸くキラキラと輝く目が大きく見開かれ、澄んだその色が薄く光を失う。震える唇は疑問と否定を意味する音を奏で、己の心の臓を切り裂いていく。痛傷を押し込め必死で言葉を紡ごうとしたところで目が覚めるのだ、と少年は語った。
「ソレハ……、凄い夢、デスネ」
 聞き終えた少女は、しばしの空白の後短い言葉を漏らした。
 最近あまりにも顔色が悪いと半ば泣き落として聞き出した内容は、いつもハキハキと話す彼が何度もつかえるほど重く苦しいものだった。何においても絶対的に経験が少ない彼女には、その悲痛な物語にどう返せばいいのか全く分からない。結果、当たり障りのない――彼を救うことなどできない言葉を口にするのが、少女には精一杯だった。
 そうですね、と全てを吐き終えた少年は、まるで他人事のように相槌を打つ。けれども、苦笑の形に歪んだ翡翠の瞳はどこか濁っているように見えた。
「それが毎晩、デスカ」
「毎晩ではありませんが、頻度は高いですね。途中で目が覚めるのも一緒です」
 何度も何度も、同じ人物に己の言葉を否定され続ける。そんなの、辛いに決まっているではないか。そんなものを見続けていれば、顔色が悪くなるのは当たり前だろう。むしろ、今まで倒れずにいたのが不思議なほどだ。
 こうなるまで気付くことが出来なかった、頼ってくれなかった悔しさに、少女の唇が歪む。大丈夫ですよ、と少年は慌てて言う。その声はどこか白々しく聞こえた。
「睡眠時間は人並みに取れていますから」
「こんなに顔色が悪いノニ、信用できマセンヨ」
 どうやら彼はろくに鏡も見ていないようだ。不満気に頬を膨らます少女を眺め、少年は愛おしげに目を細める。その目元に薄っすらと黒が滲んでいるように見えたのは、気のせいではないはずだ。
 でもコレッテ、と少女は呟く。言葉の内容を具体的には語っていなかったが、彼がここまで疲弊するほどの状況など限られたものだ。
 驚愕、懐疑、否定。同じ反応を、友人に借りた漫画で見たことが何度もある。紙の中で生きるどのキャラクターも、彼のように痛苦に喘いでいた。
 えぇ、と少年は薄く笑みを浮かべる。白い喉が奏でたのは、自嘲と諦観と悔恨とがぐちゃぐちゃに混ざった音だった。

「俗に言う失恋というやつです」



ずっと、ずーっと/プロ氷
葵壱さんには「明日はどこに行こうか」で始まり、「必要なのは勇気でした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。


「明日はどこ行こうか」
 そう言って、識苑は屈んで隣を歩く少女の顔を覗き込む。その声はまるでプレゼントを前にした子供のように無邪気で弾んだものだ。
「明日……ですか?」
「うん。せっかく二日も休みが出来たんだし、いっぱい遊びたいなーって思ってさ」
 突然の問いに氷雪は首を傾げる。一つ頷いて、青年は楽しげに言葉を続けた。
 激務に追われる識苑と会う機会は決して多くない。せっかくの休日も、氷雪は食事や睡眠を疎かにする彼を休ませることを優先するので、二人で出かけることは少ない。そう思うのは自然だろう。顔に出さないが彼女も同じだ。
「あ、もしかして都合悪かった?」
 笑顔が一転して気まずそうなものに変わる。ごめん、と眉の端を下げる姿に、氷雪は慌てて胸の前で大きく両手を振った。
「いっ、いえ。大丈夫です。……ただ」
 俯き、彼女は口元を袖で隠す。雪のように白く澄んだ頬に淡い桃が広がった。
「明日、のことなんて、考えていなかったので……、驚いてしまって」
 今日一日共に過ごしただけで、幸せで胸がいっぱいなのだ。もうこれ以上のことなんて欠片も考えていなかった。
 それに、と呟くように言って、青年は珍しく少女から目を逸らす。夕日に照らされた横顔は空と同じ色に染まっていた。
「明日も氷雪と一緒にいたいなー……なんて」
 だんだんと萎む声は、はっきりと少女の耳に届いた。丸い翡翠の瞳がぱちりと大きく瞬きする。数瞬後、雪色の肌がぶわりと赤く染まった。
「ごっ、ごめんね! いい歳してこんなこと言って! はしゃぎすぎだね! 恥ずかしいね!」
「……わたしも」
 揺れる川底色の瞳が、夕日色の瞳を見据える。緊張に引き結ばれた小さな口が、ゆっくりと解けた。
「わたしも、識苑さんと――」
 明日も、次のお休みも、その次のお休みも、ずっと、ずっと一緒にいたい。ささやかな願いを、震える唇で音にする。ただひとつ、必要なのは勇気だった。



遠い過去とあの日と今この時間/オル+グレ
あおいちさんには「あの日もこんなふうだった」で始まり、「世界は限りなく優しい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。


 あの日もこんなふうだった。
 混じりけのない青の絵の具をそのまま塗りたくったような空を見上げ、グレイスは目を細める。水が揺れ跳ねる鈍い音が耳をくすぐった。天辺目指して走る太陽からはこれでもかというほど光が降り注ぐ。じりじりと焦がす熱気を忘れたように、少女はぼんやりと目の前に広がる青を眺めた。
 ネメシスに受け入れられ、レイシスたちによって世界に再び戻って数日経ったある日のこと。桃色の髪を揺らして走る少女に手を引かれ訪れた時も、この海は同じ姿をしていた。
 闇とバグしかなかったあの世界が、澄んだ青の海へと変わったのには酷く驚いた。数多のバグに埋め尽くされ、光など一筋も差さなかったあの場所が、こんなにも美しくなるなんて。先など見えない不気味な世界が、こんなにも広大で輝く風景になるなんて。無彩色の世界で生きてきた彼女にとって、広がる景色は未知の世界そのものだった。
 グレイスに見てほしかったんデス、と優しく語る少女の声を覚えている。
 貴方が生きてた世界ハ、実はこんなに素敵だったンデスヨ。
 傾く陽の光を受け、穏やかな笑みを浮かべる少女を見て、鼻の奥が痛んだことも、視界が滲んだことも、胸が苦しくなったことも、覚えている。
 ずっと昔に捨てられた、己がひとり生きてきた世界を肯定される。それはまるで自分のすべてを肯定されたようで、これ以上になく幸福だった。
 ぽす、と軽い音と共に視界が陰る。思考が過去から現実に戻り、視線を上げると、そこにはオルトリンデがいた。
「ずっと日向にいると熱中症になるぞ。被っているといい」
 どうやら帽子をくれたらしい。礼を言おうにも、素直に感情を表すのが苦手な少女はもごもごと口を動かすばかりだ。慣れている戦乙女は、気にすることなく広がる風景に視線を向けた。
「晴れてよかったな。皆楽しんでおる」
 安堵にも似た声を漏らし、オルトリンデは見渡す。反り立つ青を滑る青年、砂浜に寝そべる女性とその背にオイルを塗る着ぐるみ、子供らにかき氷を振る舞う少女、髪を踊らせ剣舞を交わす剣士たち。皆思い思いに海を楽しんでいた。グレイスの何千倍も生きてきた彼女の声も、どこか弾んだものだ。直接は聞いていないが、彼女も世界を楽しめるような生を送っていないということは察している。初めての体験に、無意識にはしゃいでいるのだろう。
 輝いてすら見える柘榴を見上げていると、ふとその色が躑躅に向けられる。気まずさに、グレイスは思わず目を逸らす。反し、オルトリンデは穏やかな瞳で少女の姿を眺めた。
「水着、似合っておるではないか」
「…………あ、りが……と」
 必死に気持ちを音にするも、言い慣れない言葉に幼い声はどこか掠れたものになる。それでもしっかりと届いたようで、白の戦乙女は帽子越しに少女の頭を撫でた。
「子供扱いするんじゃないわよ」
「我にとっては皆子供のようなものよ」
 あやすようにもう一度撫で、日に焼けていない白い手が少女の頭から降りる。海に入る前にちゃんと準備運動をするのだぞ、と残し、オルトリンデは砂浜を悠然と歩いていった。残された少女は、被せてくれた帽子のつばをきゅっと握る。日に照らされた白い布地はほんのりと温かかった。
「グレイス! こっち! こっちデスヨー!」
 よく通る元気な声が己の名を呼ぶ。波打ち際、大きな浮き輪片手に勢いよく手を振る少女を見て、グレイスは頬を緩めた。今行くわ、と大声で返し、少女は焼けた砂浜を駆けた。
 気にかけて、受け入れて、共に過ごしてくれる人がいる。
 己という存在を受け入れてくれたこの世界は、限りなく優しい。



その後については黙秘させていただきます/ライレフ
あおいちさんには「今の状況を冷静に考えてみよう」で始まり、「笑顔が眩しかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。


 今の状況を冷静に考えてみよう。
 目の前には愛しい弟の顔。寝転んだ己の身体、その胸には少し固い右手が添えられ、腹には細く見えるが同年代よりもずっと逞しい身体が乗っている。開いたしなやかな足は、跨がった人間の横腹を軽く締めつけている。空いている左手は、シーツに放り出された己の手を布地に縫いつけていた。
 つまり、押し倒されている。
 今自らが置かれている状況を努めて冷静に分析し、雷刀は内心頭を抱えた。何度考えても、結局そこに帰結する。そして、その理由は全く分からないでいた。
 一体どうしてこうなった、と叫びたくなるが、己の喉はひく、と変な音をたてるばかりで本来の役割を果たそうとしない。そも、言葉を形作るはずの唇は引きつるばかりでろくに動かなかった。
「あ、の、えっと……、れふ、と?」
 ようやく発した声は酷く間の抜けたものだった。訳の分からぬ恐怖で怯えた瞳が、逆光で少し見辛い瞳を見上げる。常ならば澄んだ海を思い起こす目は、どこかほの暗いように見えた。
「何ですか」
問いに返された問いは、酷く平坦な音色をしていた。溢れんばかりの怒気を抱いている時のそれに似ているようで違う、聞く者を凍り付かせるような声だ。恐怖すら覚えるそれに、雷刀は再び言葉に詰まる。何だと言われても、訊ねたいことは山ほどある。どれから問えばいいかすら分からない。
「……好奇心、とでもいいましょうか」
 あまりに動揺した兄の姿に呆れたのか、烈風刀は溜め息一つ吐いて口を開いた。
「男性も胸部で性感を覚えることは分かっていますよね?」
 皮肉めいた口調で問われ、雷刀は気まずげに小さく頷いた。そんなこと、目の前の身体ではっきりと理解している。本人もそうなのだろう、逆光で陰った頬に薄らと朱が浮かんだのが見えた。
「なので、貴方もそうなのか確かめようと思いまして」
「…………は?」
 ようやく示された解に、朱い瞳が大きく見開かれる。先ほどまで引きつっていた口から間の抜けた音が漏れた。告げる声は冷静で理知的なものだが、形作った言葉は正反対の訳の分からないものだ。解は示されても、その途中式が全く分からない。脳内は疑問符が増えるばかりだった。
「……貴方も、もっと気持ちがいい方がいいでしょう」
 いつも僕ばかり、と薄暗闇に浮かぶ翡翠が悔しげに眇められる。なるほど、与えられるばかりなことに引け目を感じているのか。やっと全ての式と解が分かり、雷刀は胸中でぽんと手を打つ。彼らしいといえば彼らしいが、気にしすぎだ。
「いや、今も十分きもちい――」
「ですが、個人差があるそうなので、一度試してみなければ分かりません」
 否定の言葉は、妙に大きな声で掻き消された。きっとわざとだろう。
「どこかの誰かはいつも余裕を与えてくれませんから、確かめる機会なんてないのですよね。こうでもしなければ」
 揶揄をたっぷり含んだ言葉と共に、胸につかれた手がシャツをゆっくりと撫でる。乱れた裾に辿り着くと、捲れた部分から熱を持った手が侵入してきた。
「大丈夫ですよ。全部僕がやりますから、雷刀は天井のシミでも数えていてください」
 いや天井にシミなんてないんだけど、と思わず突っ込みそうになるが、目の前の表情を前に喉はおかしく震えるのがやっとだ。
 普段見ることのない、情欲が浮かぶ歪な笑顔が恐ろしいほど眩しかった。



信じるものは巣食われる/ライ→レフ
あおいちさんには「淡い夢を見ていた」で始まり、「それだけで充分」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。


 淡い夢を見ていた。
 好きだと言い続ければ、きっといつか届く。そんな淡くて、浅はかで、馬鹿馬鹿しい夢を、この感情を自覚した時からずっと見ていた。
 この二文字がただの誇大表現であり、意味の無い薄っぺらい言葉だと捉えられていると気付いた時には、全てが遅かった。きっと、抱えた想いを口にしなければこの認識は覆せないだろう。つまり、もう取り返しが付かないのだ。
 それでも淡く消えゆく夢を必死に追いかけ続ける。愚直な己にはそれしかできなかった。


「れーふとっ」
 何度も何度も呼んできた愛おしい名前と共に、雷刀は台所に立っている烈風刀に後ろから抱きつく。これは兄弟である自分だけの特権だ、と少年は密かに考える。兄弟だけの特権であり、家族としては普遍的な、特別な意味など持たない行為だ。それこそ、己が唱え続けてきた言葉と同じである。
「料理中に抱きつくのはやめなさいと何度も言っているでしょう」
「えー。でもさ、こうやって烈風刀が料理してるの見るの好きなんだよなー」
「見るだけなら隣からにしてください。火傷したらどうするのですか」
 弟はすぐ後ろの朱を見やる。声は疎ましげなものであるが、言葉の内容は兄を思いやったものだ。素直に離れ、すぐ隣から彼の手元を覗く。鍋の中は赤で満たされ、野菜の甘く柔らかな香りが立ち上っていた。
「今日の晩飯、何?」
「パスタです。トマトがたくさん採れたので、ミートソースにしてみました」
 そう言って、烈風刀は鍋に蓋をする。あとは煮込むだけなのだろう。コンロの火を弱めたのを確認して、雷刀はその腕に抱き付いた。抱き付かれた弟は何も言わない。いきなり抱き付かれても全く動じないほど、この行為は日常茶飯事になっていた。それが酷く幸せで、酷く苦しい。濁り渦巻く感情は欠片も見せず、兄はにこにこといつも通りの笑顔を浮かべた。
「烈風刀の料理、ちょーうめーし大好きなんだよなー。楽しみ」
「おだてても何も出ませんよ」
 決して世辞などではないが、素直でない弟は悪態をつく。しかし、口元がわずかに綻んだのを見るに、内心では賛辞を受け取ってくれたのだろう。
「烈風刀、好き」
 えへへー、とはにかみながら愛の言葉を告げると、はいはい、と呆れた声が返ってくる。いつも通りの一場面――きっとこの先も変わらない、家族の風景だ。
 これ以上を求めるのは贅沢だ、と己に強く言い聞かせる。
 こうやって、恋人のように触れ合って、愛を囁く真似事ができる。今はそれだけで充分だ。



貴方が欲しい/塔死神
葵壱さんには「目をそらさないで」で始まり、「明日はどこに行こうか」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。


「目をそらすな」
 凍てつく低い声が神経を焼く。首筋に感じた微かな風に、反射的に宙で背を反らし回る。逆転する視界、己の頭があった位置に一閃が見えた。
 ぐるんと縦に一回転して着地する。見上げた先には、忌々しげにこちらを睨む碧の姿があった。
「余所見だなんて、随分と余裕ですね」
 舌打ちと共に、白い手袋で覆われた指が細い柄を回す。余所見などあり得ない、と一笑する前に、宙に浮く死神が身の丈以上ある鎌を再び構える。刹那、眼下の朱に向かってまっすぐ跳んだ。
 昼の三日月を思わせる刃が、再び朱の首を狙う。リーチはとっくの昔に把握している。ギリギリ躱せる位置まで後方に跳んだ。無論、理解しているのは相手も同じだ。死神は獲物を逃し振り切った鎌を器用に回し、逆手に掴む。そのまま、目の前の腹を銀の柄の先が捉えた。臓物に直接響く痛みに、炎色の瞳が僅かに歪む。しかし、ある程度距離が詰まったのは僥倖だ。そのまま、目の前の頭目がけて握った槌を目一杯振った。
 相手は突いた反動を活かし再び距離を取る。求めた感触が得られず、灼熱に似た瞳が眇められる。これで終わるつもりはない。振った槌の先を真横に倒し、反対取り付けられた歪な刃で白い胸を狙う。小さな火花と共に、金属がぶつかりあう高い音が響いた。
 斬って、殴って、突いて、砕いて。燃える瞳で睨み合い、踊るように急所を狙う。求めるのは命だ――とはいっても、ヒトとは違うこの身体に、明確な命など無い。しかし、相手の生命活動もどきをこの手で握り潰すのは、脳髄が痺れるほど甘美なのだ。
 この世界唯一の悦びが、欲しくて欲しくて仕方がない。だから、殺す。甦っても、殺す。幾度も繰り返すそれはある種の求愛かもしれない、などと宣えば、身体が十六割されるのだろうが。
 ザク、と布が裂ける音。肉に刃が埋まった確かな感触に、口角が上がる。一気に距離を詰め、小回りの効かない鎌では防ぎきれない懐に潜り込む。そのまま、胸に刺さった刃を素早く引き抜き、思い切り振り上げた槌で目の前の顎を砕いた。骨の砕ける確かな感触と鈍い音に、歓喜が胸を満たす。溢るる欣喜を乗せて、歪な刃をその首に叩きつけた。
 肉と骨の感触、何かが転がる音、数拍して金属が叩きつけられる高い音。無様に倒れ伏す碧を見て、悦喜が背筋を駆ける。五感から伝わる全てが、甘美な悦びを身体いっぱいにもたらした。
 瞬きする間に、転がる死骸は風に攫われ消える。いつも見る、何度も経験した現象だ。そして、己たちのような存在がいつか甦ることの証である。
 歪な笑みが浮かぶ。最高の感覚は今日手にした。けれど、たった一回で満足できるはずなどない。もちろん、あちらも殺されたままで黙っている訳がない。
 憎くて、愛おしくて、忌々しくて、恋しくて、大好きで、大嫌いなあいつはいつ甦るのか。明日か、明後日か、もっと先か。早く会いたい、と恋する少女のように考える。
 兎にも角にも、探さねば始まらない。さて、明日はどこに行こうか。



頭を抱えるまであと一〇分/はるグレ
あおいちさんには「たまには遠回りしてみようか」で始まり、「信じてもいいですか」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。


「……たまには遠回りしてみませんか」
 突然の言葉に、グレイスは反射的に足を止めた。様々な物が詰められたビニール袋が音をたてた。
 目を見開き、少女は声の主を見上げる。頭一つ分上にある金の瞳は、普段と変わらぬ様相だ。
「何よいきなり。今買い出しの途中でしょ」
 レイシスを中心としたゲームの運営業務は、とにかく忙しい。作業の休憩や気分転換に、と作業室にはインスタント飲料や菓子類などが常備されていた。そのいくつかがもうすぐ切れると分かり、比較的手の空いていたグレイスと始果の二人で買い出しに来たのだった。
「まだ仕事残ってるのよ。さっさと帰るべきよ」
「でも、レイシス……? が、遅くなっても大丈夫だ、と言っていました。それと……、むしろ寄り道してきてください、って」
 疑問符に塗れた言葉の末、首を傾げる始果を見て、グレイスは眉間に皺を寄せる。あの姉は妙なところで気を回してくるのだ。それも、変なところで生真面目な狐面の少年がその言葉を額面通りに捉え実行することまで見越してのことなのだから、腹立たしい。
 彼女の好む菓子だけ先に食い尽くしてやろうか、などと小さな嫌がらせを考えていたところで、左手に温かなものが触れた。突然のそれに、少女の肩が小さく跳ねる。朱が浮かんだ顔を素早く上げ、熱の持ち主をキッと睨んだ。
「っ、ちょっと、何よ!」
「……はぐれたら大変ですから、手を繋ごうと」
「は? はぐれるわけないで……いや、あんたははぐれるわね」
 常にふらふらと出歩くこの少年が、はぐれ一人になってもちゃんと戻ってこれるとは思えない。グレイスも、まだ土地勘があるとは言い難い。はぐれないよう手を繋いでおくのは効率的だろう。効率のためなのだ、と言い聞かせて、躑躅の少女は溜め息を吐いた。
「で? 寄り道するってどこ行くの? 道分かるの?」
「……えっと、この辺りの道に、鯛焼き屋……? というものがあると烈風刀? から聞きました。そこに行ってみませんか?」
 疑問符が多用された答えに不安を覚えるが、件の店については心当たりがある。以前レイシスに連れて行かれた店だ。餡子もクリームもチョコも苺も全部美味しいんデスヨ、と一人で全種制覇する様には圧倒されたが、出された菓子は彼女の言葉通りとても美味だった。この口ぶりだと、彼は聞いただけで食べたことはまだないのだろう。一体どんな反応をするだろう、と少女は内心にまりと笑った。
「いいわ。案内して」
「……はい」
 少女の尊大な言葉に、始果は薄い笑顔を浮かべてその小さな手を引く。カサリ、と二人分のビニール袋が軽い音をたてた。
 一歩先を歩く少年を後ろから眺める。その足取りは相変わらずふらふらと頼りないものだ。
 ああは言ったものの、この調子で本当に辿り着くのだろうか。一応、自分も場所を把握しているが、自分たち二人だけでも大丈夫なのだろうか。今更ながら、不安が胸の奥底から湧き上がる。
 繋いだ手を眺め、少女は眉をひそめる。本当に、引かれるこの手を信じてもいいのだろうか。

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#ライレフ #プロ氷 #はるグレ #オルトリンデ=NBLG=ヴァルキュリア #グレイス #腐向け

SDVX

いつかの海と夢【はるグレ】

いつかの海と夢【はるグレ】
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あおいちさんには「海に向かって叫ぶ夢を見た」で始まり、「そう小さく呟いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/801664

という診断結果見て書いたけど収まらなかったよということでこっちにぶん投げる。
はるグレどっちも危なっかしいよねって話。

 海に向かって叫ぶ夢を見ました。
 あの日、僕たちがいた場所がきれいな海になった日。
 きみが、あの子に手を引かれて、光へと向かっていって。
 突然、海が黒くなって、あの暗い世界に戻って。
 皆、バグに飲まれて。
 きみも、飲まれて、見えなくなって。
 消えて、いなくなって。
 そんなゆめをみました、と最後に一言呟いて、始果は再び口を閉じた。色を失った唇は、己が内から湧き出す何かをこらえるように固く引き結ばれていた。黒い手甲に包まれた腕が、その内に捕らえた細い身を力強く抱きしめる。普段ならば激しく抵抗するであろうグレイスは、息苦しさにわずかに眉をひそめただけで一言も発しない。
 毎度のごとく突然背後に現れ、そのまま有無を言わさず引き寄せ抱き締められたのがほんの少し前のこと。驚き振り返った時、一瞬だけ見えた彼の顔は、深い痛苦に塗り潰され今にも泣きそうなほどに歪んでいた。あの始果が、普段は何を考えているのか全く分からない顔をしている京終始果が、である。彼のそんな表情など、名前を与えた時からずっと共にしている名付け親ですら見たことのないものだった。少年の身を恐ろしい何かが蝕んでいるということは、誰が見ても明らかだ。そんな人間を無理矢理引き剥がし突き放すほど、グレイスは冷酷ではない。
 グレイス、グレイス、と始果は腕に捕らえた少女の名を呼ぶ。引き止めるような、縋るような、乞うような、酷く弱々しい悲しみに濡れた声だ。恋い慕う人の名を口にする度に、しなやかな両腕に力が込められる。包み込んだ華奢な身体を潰してしまいそうなほど強く、いとしいひとを己が胸に閉じ込めた。
 見た目よりもずっと力のある少年に加減無しに抱き締められるのは、苦しさを通り越して痛みすら覚える。けれども、グレイスは何も言わず、彼が求めるがままにされていた。どんな言葉を投げかけても、今の彼には届かないだろう――何より、生まれてほんの少ししか経っていない彼女には、こんな状況で掛けるべき言葉など分からなかった。形の良い小さな唇が強く噛みしめられる。訳の分からない悔しさが、彼女の胸の内に渦巻いていた。
「…………すみません」
 長い長い沈黙の後、呟くような謝罪と共に始果は腕に込めていた力をようやく緩める。強い拘束がわずかに解け、やっと普段通りに呼吸が出来るようになる。グレイスは気付かれぬように小さく安堵の息を吐いた。少し呼吸を整えて、首だけで振り返り、少女は頭一つ分上にある少年の顔を見る。山吹色の細い目は、相も変わらず不安と悲傷で揺れていた。
「いつも好き勝手にするくせに、何で謝るのよ」
「……すみません」
 呆れを装った言葉で返すと、再び謝罪の声が降ってくる。抱き付いているほど近い距離だから何とか聞こえるような、彼らしくもない微かなものだった。これだけ弱りきった姿など初めてだ、と少女は再度考える。あの日――消滅を前提とした行動を命じた時でも、狐面の少年はほんの少し顔を歪めただけだったというのに、何故ただが夢でこんなにも苦しそうにしているのか。グレイスには全くもって分からない。けれども、分からないなりにも彼に寄り添いたいと思うのは、おかしいことではないはずだ。きっとそうだとどうにか結論づけ、躑躅色の少女は普段通りの勝ち気な音色であのねぇ、と溜め息にも似た言葉を吐いた。
「私がそんなにすぐ消えるような存在だと思ってるの?」
「はい」
 間髪入れずに肯定の語を返され、グレイスは思わず言葉に詰まる。うぐ、と白く細い喉がおかしな音をたてた。きっぱりと否定してやりたいが、前科があるので強くは言えない。けれども、全てははるか昔に過ぎ去った、今はかけらも存在しない感情だ。それぐらい分かっているものだと思っていたのに、こいつは。小さな苛立ちと罪悪感を飲み込み、少女はどうにか己の胸の内を音へと形作っていく。
「……ここに居られるようになって、いつか見た夢のような今を手に入れて……、あんたもこうやって一緒に居てくれるのに、どっかに消えちゃうと思うの?」
 暗く寂しいバグの海から、温かな、ずっとずっと求めていたネメシスに生きることを許されたのだ。ずっと行動を共にしていた皆――始果とも、これからを生きていけるのだ。自ら消えようだなんて馬鹿なこと、もう二度と考えるはずがない。
「大体、私がそんなに弱く見えるのかしら?」
 マゼンタとシアンの瞳を眇め、グレイスは見上げた先の黄金色に不遜に問う。引き結ばれていた唇がわずかにほどけ、ふふ、と小さな笑い声がこぼれる。真一文字で固まっていたそこが、ほんの少しだけ緩やかな曲線を描いたように見えた。
「……そうですね。ここなら、もうきみがいなくなることなんてない、……ですよね」
 一言一言噛みしめるように、始果は言葉を紡いでいく。そのまま少女の白い首筋に顔を埋め、猫が甘えるようにすりすりと頭を押しつけた。柔らかな髪と温かな呼気が肌を撫ぜるくすぐったさに、少女は小さく身じろぎをした。
「でも、グレイスは強くないですよ」
「うるさいわね」
 率直な評価に、少女の形の良い眉が強く寄せられる。重力戦争では前線に立っていた彼女だが、バグを操ることを主としていたためか基礎的な力は見た目よりも弱いものだ。レイシスやオルトリンデはもちろん、始果と比べるならば尚更だ。けれども、それは比較対象がおかしいだけだ。そも、男はもちろん世界を担う少女と数千の時を生きた戦乙女と比べるなど、普通ならばあり得ないことである。
 だから、と少年は言葉を続ける。その声には、先ほどまでの弱々しさはない。いつもと同じ、ふわふわとしているようで芯の通った、少し低いまっすぐな音だ。
「だから、僕がグレイスを守ります」
 守りますから、ずっと一緒にいてくださいね。
 問いにも、乞いにも、願いにも、誓いにも聞こえる言葉を紡いで、始果は未だ腕の中に閉じ込めたままだった少女の身を再び抱き締める。苦しいわよ、とグレイスは小さな手で少年の腕をぺちぺちと叩いた。先ほどまでよりずっと弱い力なのだから、苦しさなど無いに等しい。照れ隠しであることは明白だ。
 少しして、腹に回された腕が緩み、少女の身体がようやく解放される。包み込んでいた温もりが遠ざかるわずかな寂しさを隠すようにくるりと振り返ると、そこにはどこか穏やかにも見える笑みを浮かべた――いつもと同じ、京終始果がいた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ほら、いつまで経ってもこんなとこにいないでさっさと帰るわよ」
「はい」
 柔らかな返事と共に、グレイスの左手が温かなものに包まれる。真正面にいたはずの少年は、いつの間にか少女のすぐ隣に、そしてその小さな手を取った。当たり前のように繋がったそこを見て、躑躅色の少女の頬に紅葉の色が浮かぶ。振り返り緩く笑みを浮かべた少年は、そのまま寄宿舎の方へと歩み出した。優しい力に引かれ、グレイスもそっと歩み出す。躑躅色の髪がふわりとなびいた。
 気恥ずかしさに、少女は繋がれた手から視線を上げる。深い緑の装束の上に一つに結われた長い黒髪が揺れる様と、形の良い頭に括り付けられた狐面を眺め、髪と同じ色をした瞳が苦しげに細められた。
 妖狐の姿を持つ少年は、愛しい少女はすぐに消え去るような存在だと評した。それはこちらの台詞だ、とグレイスは言葉を飲み込んだ。
 名付け親との記憶を失わないために、身を滅ぼすことを厭わずバグを取り込んでいた少年。愛する人のために、共に消失することを選んだ少年。己のことなどひとつも勘定に入れず、たった一人の少女のためにだけ行動する少年。危なっかしいなんてものではない。いつ消失してもおかしくないではないか、と見る者を不安にさせるような姿だ。
「――先にいなくなるのは、あんたじゃないの」
 嗟嘆が色濃くにじむ瞳を歪ませ、少女は震える唇でそう小さく呟いた。

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#はるグレ

SDVX

色紙に密やかな願いを込めて【グラルリ】

色紙に密やかな願いを込めて【グラルリ】
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公式の七夕絵がやばい……浴衣かわいいかよ……最高かよ……ありがとう公式……。
そんな感じの捏造マシマシグラルリ。ジータちゃんもいるよ。
Q.何で七月七日に投稿しなかったんですか?
A.ネタ思いついたのが八日の朝方だから。

 サァと風が走り抜ける音に続いて、細い葉と色とりどりの紙が揺れる。星空を背に踊るその姿は、暗闇の中でもはっきりと映った。
 空高く伸びる緑を見上げ、グランはほぅと小さく息を吐く。節が等間隔に並ぶ幹は随分と細いというのに、大木にも負けないほど力強くまっすぐに立っていた。手を広げるように生えた細長い葉の根元、茎の部分には札のような色紙がいくつも括り付けられている。鮮やかなそれには、様々な文字が踊っていた。
 グラン率いる騎空団は、長い航行の休息を兼ねてこの島に停泊する事となった。入港手続きをしていると、受付をしている島民が愉快そうに語りかけてきた。曰く、今この島では年に一回の七夕祭――笹という植物に願い事を書いた紙を吊し、成就するよう祈る祭りをやっているとのことだ。せっかくの機会だ、皆で遊びに行こうではないか、と団員たちに提案したのが昼のこと。出店や見世物を楽しみ、夜の帳が降りた頃、グランたちは広場に立ち寄る。街一番の広さを誇るこの場所には、大きな笹が数え切れないほど並んでいた。その全てには色鮮やかな紙がいくつも結ばれており、若い緑の植物を彩っていた。
 グラン、とはしゃぐ声が若き団長の名を呼ぶ。くるりと振り返ると、笹の間を駆けて抜けてくるルリアの姿があった。その細い身体は普段の白いワンピースではなく、ユカタヴィラという花の柄がいくつも散る衣装に包まれていた。せっかくのお祭りだから、と団に属するコルワが用意してくれたものだ。しっかりとグランたちの分まで用意してあったのはさすがと言うべきだろう。
 からころと可愛らしい足音が少年の前で止まる。宵闇の中でもキラキラと輝く青の瞳が、鳶色を見上げた。
「ねぇ、グラン! グランはもう短冊を吊してきましたか?」
「まだだよ。これから」
 そう言って、グランは少女の手元を見る。白く細い手には鮮やかな赤の色紙が握られていた。
「ルリアは何をお願いするの?」
 少年の問いに、ルリアは細長い短冊の上下を持ち、帆を張るようにピンと伸ばす。薄い紙には、少女らしい丸っこい文字が綺麗に並んでいた。
「『皆元気に旅ができますように』です!」
 楽しそうな笑みと共に語られた願いは、心優しい彼女らしいものだった。はにかむ愛らしい姿に、少年の頬が緩む。煉瓦色がふわりと弧を描く様子を見て、ルリアも楽しげにえへへと笑った。
「グランは何をお願いするんですか?」
 好奇心たっぷりの声で問うて、蒼い瞳が少年の手元を覗きこむ。途端、グランの身体が大げさなほどに跳ねた。あわあわと慌てて、少年は手に握った短冊をぎゅうと抱きしめ、彼女の視線から無理矢理外した。不可解な行動に、小さな頭がこてんと傾く。緩く結われた蒼空色の髪がさらりと揺れた。
「グラン?」
「あ、あぁ、いや。ごめん、ちょっとびっくりしただけだよ。何でもない。何でもないよ」
 あはははは、とグランは大きな笑い声をあげる。その音色は明らかに何かを誤魔化すもので、頬も妙に強ばっていた。もしかして見られたくなかったのだろうか。勝手に覗き込むなんて悪いことをしてしまった。己の過失に、少女の顔が曇る。蒼の視線がどんどんと足元に向かっていることに気付き、少年は慌てて抱えた短冊を離し、少女と同じように両の手で大きく広げて見せた。
「えっと、ほら! 『イスタルシアに辿りつけますように』だよ!」
 大きな皺が浮かぶ短冊を少女の目の前に差し出す。少し癖のある字が、幼い頃から夢見ていた大きな願いをはっきりと形作っていた。ルリアの視線が再び上がったことを確認して、少年は柔らかな笑みを向ける。栗色の瞳が柔らかに細められた。
「もちろん、皆で元気に、ね」
「――はい! もちろんです!」
 優しく語りかける少年に、ルリアも笑顔で答える。彼女の抱えた不安は綺麗に晴れ、満面の笑みが暗闇の中に咲いた。
「他のに埋もれちゃう前に吊るしてくるといいよ。ビィに頼んで一番高いところに結んでもらおう」
「そうですね。グランも一緒に行きましょう?」
「あー……、えっと……、ちょっと用事があるし、僕は後にするよ。先に行ってて」
 ほら、と少年は形の良い蒼い頭を撫でる。少女は不思議そうに小さく首を傾げてつつも、はいと元気よく返事した。
 ビィさーん、と大きな声で駆けていくルリアの背を見送って、グランは大きく溜息を吐いた。まだ幼さの残る顔に、安堵と疲労の色が色濃く浮かぶ。数え切れないほどの戦いをくぐり抜けてきた彼だが、今の表情は大きな戦いを終えた時よりもずっと疲れて見えた。
「へー」
 真後ろから聞こえた声に、グランはびくりと飛び上がる。ひ、と悲鳴を飲み込み慌てて振り返ると、そこには双子の片割れであるジータがいた。お揃いの鳶色の瞳は細められ弧を描いており、口元は意地悪げに口角を上げていた。
「『イスタルシアに辿り着けますように』、ねぇ」
「……何だよ」
 へー、ふーん、と意地の悪い笑みで眺めてくる兄弟に、グランは強く眉を寄せる。棘のある声など気にもかけず、ジータは片割れの手元へと素早く手を伸ばした。あっ、と少年は焦燥の声をあげるが、音が発せられた頃には手にしていたはずの短冊は少女の手の内にあった。
「あれれー? おかしいなー? 後ろにもう一枚紙があるよー?」
 以前共闘した少年の口調を真似て、ジータはわざとらしく疑問を口にする。普段から剣を振るうしなやかな指がするりと紙の上を滑る。若草のような淡い緑で染まった紙の後ろ側から、海底のような深い青の紙が顔を覗かせた。
「っ、返せよ!」
 血相を変え、グランは己の願いを込めた短冊を取り戻そうと、急いで少女が握る紙へと手を伸ばす。普段から鍛えた素早い動きでだったが、ジータは事も無げにひらりとかわす。先日、グランより先に修行を終え忍者のジョブを取得した彼女の動きは、まるで風のように軽やかで素早い。今のグランには捕まえられそうにない。ぐ、と少年の顔が悔しげに歪んだ。
「どうせ吊るすんだから隠す必要ないじゃない」
「吊るさないって!」
「吊るさないのにわざわざ書いたんだ?」
 へー、と咎めるような鋭い視線から顔を逸らし、グランは腰帯に刺していたうちわを取り出し口元を隠す。意気地の無い片割れの様子に、少女は呆れを多大に込めた溜息を吐いた。
「こんなの書くぐらいなら、直接言ってくればいいじゃない」
「……言えたら、そんなものわざわざ書いてない」
「へたれ」
「うるさい」
 辛辣な評価に薄く涙を浮かべた兄弟を見て、ジータははぁ、とわざとらしく嘆息する。ほんっとどっちもまどろっこしいんだから、という呟きは、笹の葉がさざめく音に消えた。
「で? これ、どうするの」
 二色の短冊をトランプを広げるように持ち、ジータは薄い紙をひらひらと振る。詰問めいた尖った声に、グランは力なく視線を少女へと戻した。それでも直接見つめることは出来ないのか、鳶の瞳はわずかに逸らされている。
「…………持って帰る」
「捨てないんだ」
「ここで捨てたら他の人に見られるかもしれないだろ。部屋で燃やす」
 長い沈黙の後に返ってきた答えに、ジータは上空を仰ぐ。そういう部分より先に気にかけることがあるだろう、と叫びたい気持ちをどうにか飲み込み、少女は手にした薄紙を元通りにぴったりと重ね合わせる。半ば投げやりに少年に突き出すと、剣胼胝がいくつも出来た指が力なく受け取った。二人の年若き団長の口は揃って真一文字に結ばれている。沈黙の中を、涼しげな夜風が通り過ぎた。
「あーもー、さっさと吊るしてきなさいよー。ルリア、待ってるわよ」
 沈黙を破り、ジータは少年の背越しに蒼の少女を見やる。空に浮かぶ星のようにきらきらと輝く瞳は、青々とした笹の葉と鮮やかに揺れる短冊たちを見つめていた。少女の視線に気付いたのか、ルリアが大きく手を上げこちらに向かって振る。青と黄の花が散るユカタヴィラの袖がひらひらと揺れていた。ジータも赤い花で彩られた袖を揺らし、手を振り返した。
 じゃーね、とそのままひらひらと手を振り、ジータはルリアの方へと歩き去る。金魚の尾のようにふわりと広がる帯が綺麗に結われた背を見送って、グランは視線を下ろす。深く息を吐き、今一度己の手元を見た。
 すっかりくしゃくしゃになった短冊には『イスタルシアに辿り着けますように』と大きな文字で書かれている。薄緑に染まるそれを少しずらすと、下から深い青の薄紙が姿を現した。薄紙には、紙色に埋もれてしまいそうなほど細く薄い文字で『ルリアと一緒にいられますように』と、淡い恋心が綴られていた。










おまけ
 満天の星空を隠してしまいそうなほどの緑を見上げ、ジータはほぅと感動の息を漏らす。木々が生い茂る森とはまた違う光景に、少女の視線は上空へと吸い込まれた。
 紺碧と常磐の夜空を堪能し、ジータは上へと向けた首を元の角度に戻す。ぐるりと辺りを見回すと、多くの人の中に団員たちの姿を捉える。楽しげにはしゃぐ彼らを愛おしげに眺めて、少女は歩き出す。丸っこい下駄がからころと軽やかな音を奏でた。
 人混みをすいすいと進む中、透き通る蒼髪が夜風にたなびくのが目に入る。宛もなく歩いていた少女の足が、見慣れたそれの方へと向いた。近づくと、爽やかな蒼の瞳は手元をじぃと見つめているのが分かる。集中しているのか、少女に気付く様子は無い。
「ルーリア」
 とん、と細い肩を叩くと、名を呼ばれた少女はひゃあと大きな悲鳴をあげた。想像以上の反応に、ジータも小さく跳ねる。驚きに思わず大きく目を見開くと、恐る恐るといった風に悲鳴の主が振り返った。
「な、なんだ……ジータでしたか……」
「ごめんごめん、驚かせちゃったね」
 安堵の溜め息を吐くルリアに、ジータは申し訳なさそうに謝罪する。ちょっとしたいたずらのつもりだったが、ここまで驚かせてしまうとは思わなかった。しゅんとする彼女の様子に、ルリアはわたわたと胸の前で大きく手を振った。
「大丈夫ですよ、ちょっと驚いちゃっただけです」
 困ったように笑う彼女に、ごめんね、と今一度謝罪の言葉を唱える。気にしないでください、と手を振る彼女の手に握られた薄紙の存在に気付き、ジータはぱちりと瞬きをした。
「ルリアも短冊書いたの?」
「……は、い」
 今この島で行われている七夕祭は、願い事を書いた短冊を笹に結わえるという行事だ。広場の片隅に何本も設置された笹の枝には、既に多くの短冊が吊され夜風を受けてひらめいていた。
 好奇心旺盛なルリアは昼からはしゃいでいたが、夜となった今はどこか覇気がなく見えた。何かあったのだろうか、お腹でも痛いのだろうか、夜風で冷えたのだろうか、大丈夫だろうか。過保護な思考にジータの目が眇められる。少女の変化に気付き、ルリアは今一度大丈夫ですよ、と苦笑した。
「えっと、あの、短冊もらったんですけど……、字を間違えちゃって、どうしようかな、って……」
 えへへ、と苦笑するルリアだが、その声も表情も普段よりずっと硬い。何か隠していることは、長い時を共に過ごしてきたジータでなくてもすぐに気付く。嘘を吐くのが苦手だというのに、彼女は余計な心配をかけまいと己の感情を無理矢理隠ししまいこんでしまう節がある。今回もそうなのだろう。
 ルリア、と彼女が抱えているであろう淀みを溶かすように、ジータは優しく蒼い少女の名を呼ぶ。うぅ、と気まずげな呻りの後、青い瞳が鳶色のそれを見上げた。絶対、絶対秘密ですよ、と真剣に訴える彼女に、ジータは力強く頷く。何よりも誰よりも可愛らしい彼女との約束を破る訳など無かった。
 安心したように、ルリアはぎゅうと握っていた短冊をそっとジータに差し出す。少し皺になった蒼空色の紙には、丸っこい字で少女の願いが綴られていた。
「え、っと、お願い事を書いたはいいんですけど……、はっ、恥ずかしくなっちゃって……」
 だんだんと細くなる声に比例して、蒼の少女の頬が赤く色付いていく。羞恥に耐えられなくなったのか、少女はううう、と今一度唸った。
 『これからもグランと一緒に旅できますように』と可愛らしい字が綴った願い事を読み、あー、とジータは音にならぬよう嘆息する。確かにこれは吊せない――人に、それも本人の目に触れる場所に飾ることなど、淡い恋心を宿したルリアにできるはずなどなかった。
 どうしましょう、とルリアははわはわと焦った様子でジータを見上げる。大丈夫だよ、と蒼い瞳の端に浮かぶ涙を消すようにジータは小さな頭を撫でる。真ん中にぴょこりと立った蒼い髪が揺れた。
「字を間違えてちゃいました、って言って新しいのもらってこよう? こっちのは……、私が預かっておいた方がいいかな」
「はい……」
 未だ赤が浮かぶ顔を伏せ、ルリアはか細い声で返事をする。自分が持っていては落としてしまうかもしれない、ということは彼女自身も分かっているようだった。うん、と頷き、ジータは温かな想いが描かれた短冊を懐の奥の方へ、絶対に落とさないようにしまいこむ。自室に帰ってから燃やして処分すればいいだろう。徹夜で自身の研究を行っている団員が多いのだから、夜中に火の元素を操っても怪しまれない。
「さ、行こう。あっちで配ってたはずだよ」
 少女の細い手を取り、ジータは広場の一角を指差す。人が多く集まっている簡素な屋台の側には『七夕祭の短冊はこちら』と大きく書かれたのぼりが立っていた。
「はい!」
 羞恥と不安に細められていた蒼穹を思わせる瞳が、ゆっくりと解けてふわりと弧を描く。抱えた不安は取り除けたようだ、とジータも安堵の笑みを浮かべる。早く行こう、とそのまま少女の手を引き、目的の場所まで歩みを進めた。
 からころと下駄の音が二つ分響く中、ジータは思案する。さて、同じ想いを抱えた片割れはどうするのか。後で見にいってやろう、と密かに意地の悪い笑みを浮かべ、少女は夜の広場を歩んでいった。

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#グラルリ #ジータ

グランブルーファンタジー

雁字搦め【ライレフ/R-18】

雁字搦め【ライレフ/R-18】
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解釈違いの自分を捩じ伏せて書いた趣味の塊でしかない文章。
つまぶきらいとくんがつまぶきれふとくんにひどいことするだけのはなし。

 ぴちゃ、くちゅ、と日常ではあまり聞かない音が、静かな部屋に落ちては積もっていく。それに比例するように腹の奥に熱が生まれ広がっていく感覚に、寝転んだ背がふるりと震えた。わずかな恐怖と多大な渇求を乗せて、烈風刀は覆い被さる兄の袖に手を伸ばす。普段ならば皺になると気が咎めるが、今はそんなことを考える余裕などない。非日常めいた水音と粘膜から直に感じる他者の体温に、理性がガリガリと削れ失せていく。代わりに、獣めいた本能が冷静だと評される少年の頭を染めていった。
 そっと忍び込み口内を蹂躙していった赤が、同じように静かに去っていく。追いかけ無意識に舌を伸ばすと、再び熱と熱が逢瀬を果たす。待ち望んだ刺激に、細い指が白いシャツをぎゅうと握った。ねだるように腕を引き寄せられ、雷刀もまた相手を求めるように唇を寄せる。触れ合い繋がった部分がより密着し、互いに更に奥深くへと潜り込んだ。
 ぬめる赤たちが口内で踊る間に、硬さが目立ち始めた手が器用にネクタイを緩めシャツのボタンを外していく。はだけられたそこから覗く肌に、朱は恐々と触れた。重なるそこから伝わる温度に、烈風刀は小さく声を漏らす。体温は同じぐらいだというのに、今触れる彼のそれはずっと高いもののように思えた。火傷してしまいそうだ、と益体のないことを考える。そんなことはあり得ないと分かっているのに、どこかそれを望む己がいるように思えた。
 直に伝わった音に気を良くしたのか、雷刀も小さく笑声をこぼす。潜り込ませた熱をざらりと擦り合わせ、歯の一本一本を確かめるようにゆっくりと沿っていき、上顎を愛しそうに突く。同じように、腹に乗った手がゆっくりと肌を伝っていく。脇腹をくすぐり、肋を超え、筋肉でわずかに盛り上がった胸へと手のひらで撫でゆく。そのまま、朱はその頂にそっと指を伸ばした。柔らかなそこに直に触れられ、烈風刀の身体がびくりと跳ねる。弟の様子などお構いなしに、兄はふにふにとしたそこに指を押しつけ、擦るように撫でる。先程までの壊れ物を扱うような手つきが嘘のような動きだ。捏ねるように擦り、くすぐるように円を描き、時折いたずらするかのように爪で掻く。じわじわと与えられる刺激に、柔らかだった粒はどんどんと硬さを増していった。主張し始めたそこを咎めるようにわずかに爪が立てられる。背筋を走る得も言われぬ感覚に、碧の背が大きくしなった。
 胸部から広がる快楽と、口を塞がれ続ける酸素不足で頭の中がぐらぐらと揺れ始める。危機感を持った脳味噌が司令を出し、助けを求めるように掴んだシャツをぐいぐいと引いた。察したのか、朱はゆっくりと唇を離す。名残惜しそうに伸ばされたままの舌と舌が細い糸を紡いだ。
「っ、あっ、ぅあ、っ……」
 酸素を取り込もうとした口が、意思に反して声をあげる。久しぶりに発した音は、己でも驚くほど甘ったるいものだった。快楽を如実に表したそれに、目の前の紅玉が嬉しそうに細められる。常ならば陽の光の下澄んできらめく紅の中には、どこか仄暗い明かりが灯っていた。あてられたかのように、潤む蒼の中にも炎が灯る。どちらも、内で盛る熱でとろりととろけていた。
 指が離れ、今度は手のひらが心臓の真上の肌を包み込む。鍛えられた筋肉の上、健康的についた肉を、包み込んだそれが捏ねるようにやわやわと揉む。優しくも淫らな手つきに、烈風刀はまた小さな嬌声を漏らした。男のくせに女のような声を出すなんて。悦び媚びるような音を漏らすなんて。削れたはずの理性が咎め、羞恥を呼び起こす。苦しくなるほどのそれに従い、少年は咄嗟に空いている手の甲を口に押し付けた。声帯が震え奏でるいやらしい音を漏らすまいと、ぎゅうと目をつむり必死に押し当て塞ぐ。ガリ、と薄い肉に噛みついたところで、胸部に奉仕していた手が止まった。胸部を焼く熱が去り、ギシ、と男子高校生二人分の体重を受け止めたシングルベッドが悲鳴をあげる。頭の横のマットレスが沈む感覚に、碧が瞼の下からおそるおそる姿を現した。
「声、我慢すんなって言ってるだろ」
 不服そうな声と共に、雷刀は口に押し当てた弟の腕を掴む。指が食い込みそうなほど手首をしっかりと握られている光景を見て、今の自分では振りほどくことなどできないと悟る。己の声を殺す手段を失い、烈風刀は不安そうに眉尻を下げた。
「だって、みっとも、ない、ですし」
「そんなことねーって」
 逃げるように視線を逸らす碧の姿に、朱はむくれたように頬を膨らます。彼が口にした評価は、烈風刀の理性が評したものと正反対だ。この場で自身の判断を捨て相手の主張を信じられるほど、少年の中の羞恥心は薄いものではない。ちがう、と抗議する声はあまりにもかすかで、朱色の髪に隠れた形の良い耳に届かぬまま消えた。
「あぁもう、噛んじゃってるし。傷つくからダメだって言ってるだろー」
 あーあ、と呆れたように雷刀は声を漏らす。そのまま掴んだ手首を引き寄せ、甲に浮かぶ赤い歯型をべろりと舐めた。肌を這うぬめった感触に、小さな口がまた媚びる音色を発する。聞かせたくないと反射的に口を塞ごうとするが、やはり掴まれた腕が動くことはなかった。
 不機嫌さを表すように眇められた柘榴石が突然パチリと開く。弟の腕を強く掴んだ手から力が抜ける。そのまま捕らえていたそれを解放し、兄は目の前の首へと手を伸ばした。ひくりと動く喉の真横、先程解いた学園指定の青いネクタイを掴む。しゅるりとかすかな衣擦れの音の後、雷刀は引き抜いたそれを皺を伸ばすようにピンと張った。
 一体何だ、と熱に潤む水宝玉が訝しげに紅玉髄を睨む。にぃと口端が歪に持ち上がる様を見て、欲に沈みつつあった頭が警鐘を鳴らす。逃げようと烈風刀が身を捩るより先に、つい先程までネクタイを握っていたはずの雷刀の手が素早く伸びる。どこか華奢にすら見える手首を片手でまとめて掴み、蒼髪の真上のシーツに押し付けた。そのままもう片方に握っていた青い布で、手首から腕の中頃までぐるぐるに巻き上げる。食い込みそうなほど強く締めたそれの真ん中に、いくつも固結びを作っていく。一体何だ、と碧は混乱に身じろぐが、がっちりとまとめ縛られた腕は動かすことすら困難だった。
「オニイチャンの言うことぜーんぜん聞かない悪い烈風刀にはー」
 おしおき、ってやつ?
 楽しげな声と共に、兄は可愛らしく小首を傾げる。発した言葉の凶悪さとの酷い落差に、弟の頭は思考することを一時的に停止した。困惑に開いたままの口から、間の抜けた声が漏れた。
 たっぷり十数秒の沈黙。ようやく己が置かれた状況を理解したのか、組み敷かれた少年の顔がその頭髪よろしく真っ青に染まる。あまりの事態に、白い喉がおかしな音をあげた。
「なっ、何を馬鹿なことを言っているのですか!  早く外しなさい!」
「ダーメ。言っただろ? おしおき、って」
 細められた緋の瞳は、声や表情とはまた別種の愉快さに輝いていた。こんなこといつの間に覚えたのだ。漫画の読みすぎだ。誰だそんな内容のもの貸したのは。強い危機感を覚えるこの状況から逃避するように、少年の頭の中には些末な疑問ばかりが浮かぶ。全ては再び腹に添えられた熱に霧散した。ひゃ、と驚きの声があがる。咄嗟に口を塞ごうとするが、でたらめに縛られた腕はびくともしなかった。
「ちょ、っと、雷刀!」
 予想される行為に、烈風刀は静止を望む声をあげる。焦りが強く滲むそれを無視して、雷刀は再び白い肌に手を這わせた。
 腹筋が薄く浮かぶ腹を撫で、柔らかな脇腹をなぞり、浮かぶ肋の段差をくすぐり、熱の塊のような手がまた心臓の真上に辿りつく。ゆっくりと曲げられた人差し指の腹が、芯を失った頂に乗せられる。そのまま、ぐにりと力任せに潰した。
「ッ――ひ、あっ、ぁ!」
 直接的な鋭い刺激に、烈風刀は目を見開き声をあげた。組み敷かれた身体が跳ねる度、ギシギシとスプリングが抗議の音をたてる。そんなことなど露程も気にせず、胸部に乗り上げた手は覆ったそこを好き放題に弄くる。粘土でも弄ぶようにぐにぐにと押し潰し、勃ち上げるように二本の指で挟んで捏ね、きゅうと引っ張る。だんだんと強く主張しだしたそこを、今度は爪でかりかりと引っかき、痕を残さんばかりに強く突き立てる。痛みすら覚えるそれに、碧は困惑と焦燥の混じった嬌声をあげた。浅ましいそれを抑えようとするも、自由を奪われた手は込み上げる羞恥心を救うことなどできなかった。
「ぁ、あっ、やっ……嫌、だ、雷刀っ、外して――」
「おしおきって言っただろ」
 懇願を切り捨てる声は、普段よりもずっと低い。ぞわり、と恐怖とよく分からない何かが混じったものが胸中を撫で、弟の身体が硬直する。その間に、兄の両の手が眼下の薄い胸に這わされた。
「ひッ……、あ、ぁっ、や、ぁっ…………ぅ、あ」
 硬い筋が浮かぶ手が、薄くついた柔肉を揉む。指と指の間に粒を挟まれ、そのまま肉全体をぎゅうと掴まれると、理解したくない感覚が腹の底に火を灯した。どんどんと勢いを増していくそれに比例して、漏れる声も甘さを増していく。漏らすまいと唇を噛んで抑えようとするも、与えられる快楽が抵抗する力を全て奪っていった。口の端からだらだらと唾液が垂れていくのが分かる。肌を生温かい液体が伝っていくのは不快でしかないが、拭う術など今の彼は持ち合わせていなかった。
 恥ずかしい。みっともない。はしたない。浅ましい。愚かだ。消え行きつつある理性が最後の叫びをあげる。それを押しのけて、本能がきもちいいと声高に主張した。こんな、こんな胸を揉まれるなんて、腕を縛り上げられるなんて、あまりにもおかしいことなのに、常識から逸脱した行為なのに、脳味噌は法悦の声をあげる。神経器官に叩きつけられる快楽を処理できず、烈風刀は喉はただただ艶めいた声を奏でた。
 本能に従いつつある弟を愉快そうに見やり、兄はその胸部から手を離した。とろけた蒼玉がわずかに光を取り戻す。困惑と失望が交じるその色を一瞥し、雷刀は再び薄い腹に手を当てる。今度は逆方向、太腿の方へと焦らすようにゆっくりと這わせた。予測される行動に、碧は我に返り引きつった悲鳴を漏らした。嫌だと駄々をこねる子供のように幾度も呟くも、朱は手を止めることなどしない。そのまま、制服の青い下衣が寛げられた。太ももを合わせ必死に抗おうとするが、両足の間には既に兄の身体が座している。目的とは正反対、離れまいとするように腰に絡めるような形になってしまった。
 ずるり、と、雷刀は下着ごと弟の下衣を全て剥ぎ取る。役目を放棄したそれを乱雑に投げ捨て、兄は胸につくほど腿を押し上げる。顕になった雄の証は既にゆるく勃ち上がっていた。己の身体の反応に、烈風刀は信じられないとばかりに首を横に振る。うそ、と呟いた言葉は彼の口の中で消えた。
「ぁ、あッ!?」
 突如、己自身が異常なまでに熱を持つ。違う、これは内から発するものではない、と脳が否定する。いきなりの感覚に戸惑いつつ、烈風刀は己の下肢へと視線を下ろしていく。そこに見えたのは、鮮やかな赤だけだった。薄暗闇の中、ただ燃えるような緋色がふわりと揺れるばかりで、顔も何も見えない。理解が追いつかないまま呆然とそれを眺めていると、頭が動くのと同時に下半身に強い快楽が叩き込まれた。口で愛撫されているのだ、とようやく理解し、碧は普段ならば決して聞かせることのない高い悲鳴をあげた。
「やだっ、やだ、らいとっ! やめっ、ぅ……ぁ……っ、ゃ、だ!」
 熱い口内から逃れようと必死に腰をひねるが、押し上げられた足ごとがしりと押さえつけられては動くことすら難しかった。普段ならばその頭を力いっぱい押し引き剥がすが、両腕を縛り上げられたこの状況ではそれが叶うはずなどなかった。やだ、とひたすらに抗議の声をあげるが、朱が動きを止めることはない。むしろ、じゅぷじゅぷとわざとらしくはしたない音をたてて行為を続けた。
 少し前に互いに擦り合わせたあの赤が、今度は己自身を擦り上げている。そう考えて、腹の底に灯った炎が音をたてて燃え上がったのが分かった。熱くぬめったものが幹を撫で上げ、張り出した境目をぐるりとなぞる。裏筋を舌全体で舐め上げられ、脳味噌が感電したかのようにびりびりと痺れた。
「らいとっ、はなれ、……ぅ、あっ、ァ!」
 意思に反して腰が跳ねる度、兄の喉奥へと自身を突き入れる形となってしまう。突き上げるタイミングに合わせてじゅうと強く吸われ、白い喉がのけ反る。細いそこから、快楽に溺れた音が奏でられた。
 健康的に色付いた唇が、硬度を増していく竿を撫であげる。引き抜けそうなほど扱きあげ、喉奥限界まで呑み込み戻っていく。また先端まで吸い上げ、奥深くへと潜り込む。ゆっくりとした動きのはずなのに、伝達される快感は神経を焼き切ってしまいそうなほど鋭い。少年の口から漏れるのは、最早意味を成さない単音と飲み込みきれない唾液ばかりだ。
 膨れ上がった頭を磨くように舐め回され、窪んだ箇所を尖らせた舌で抉られる。次々と叩き込まれる快感に、翡翠の目から大粒の涙がいくつも零れ落ちた。水が膜張る視界はぼやけ、映すものを歪ませる。滲む視界の中でも、朱は相変わらず頭を動かしていることは分かった。
 腹の奥が熱い。内に燃え盛る炎が限界を主張し始めたのが、靄がかる意識の中でも分かる。奥底から昇ってくる何かに、断続的に怯えた高い声があがる。融けた翡翠が、逃げるように固く瞑られた。
 途端、下肢から送られ続けた強い感覚が止まる。突然のそれに、唾液でしとどに濡れた唇からぇ、と困惑の音が零れた。吐き出そうとした熱が、来た道を戻りまた奥底でぐずぐずと燻る。何で、と物欲しげな問いが漏れ出るより先に、鋭い快感が髄を駆け上った。
「えっ、あッ、なっ……なに…………ぃ、ぁッ」
 再び自身を這う舌の感覚に、烈風刀の声帯が戸惑いと悦びの混じった音を奏でる。高みに上り詰めかける度に兄は動きを止め、少し落ち着くと口淫を再開する。弟の好む場所を熟知した動きと、わざと気をやらせないよう焦らす行為に、拘束された少年は涙し嬌声をあげることしかできなかった。泣いて喚いて懇願しても終わることのないこの状態は、烈風刀にとって地獄と形容するのが相応しいものだ。
「ぅ…………あ、ぁ……?」
 容赦なく絞り上げていた口の動きが少しばかり緩む。やっと終わったのか、という碧のわずかな希望は、内腿を這う手に粉々に砕かれた。つつ、と見た目よりも柔らかな腿を辿り、奥の奥、決して暴かれることなどないはずの秘めた場所に指がそっと添えられる。溢れた唾液と先走りでぬめる秘所を、節が浮き始めたそれが縁をなぞるように円を描く。まるで行為の始まり、熱塊が媚肉を割り開くべく狙いを定めるようなその動きに、少年の身体が端から端、爪先までぴぃんと硬直した。
「え、ァ……、ま、まって……、まって、くだ、さ……」
 雄の場所を好き放題にされただけで狂ってしまいそうなほどきもちがいいのに、雌の役割を与えられつつある場所まで弄られるだなんて。それも、きっと二つ同時に容赦なく蹂躙されるだなんて。容易に想像できる未来に、引きつった口元から慄く音が零れる。多大な快楽を期待する色と過剰な快楽に恐怖する色が混ぜごぜになったそれは、兄の胸に潜む何かを煽るのに十分だったようだ。怯えぎこちなく首を横に振る弟など視界にすら入れず、朱は奥まったそこを暴くべく、押さえた片足を横に押し退けた。
「ひ、ぃ…………ぃ、あ、あ……ッ」
 形を確かめるように外周をなぞっていた指が止まる。少しばかり太いそれがようやく狙いを定め、浅く沈んだ部分に宛てがわれた。二人の体液でたっぷりと濡れた孔穴に、つぷり、と淫らな音をたてて指が這入っていく。慣らし始め、ほんの浅い場所を擦られただけだというのに、烈風刀の背が弓のようにしなる。喉が奏でる音はもう意味など欠片も持たず、意思伝達に使うはずのその役割は、受容限界を超える快楽を逃がすためのものに塗り替えられつつあった。
 秘めたる孔が、食いちぎらんばかりに侵入者を締めつける。脳味噌は快楽に恐怖しているというのに、淫肉は奥へと誘うようにひくついた。ぎゅうと拳を握る。怯えから逃れるため何かに縋ろうにも、頭の真上に縛られた手に届くものなど何も無い。心細さが胸を蝕む。縋るものがないだけで、こんなにも恐ろしいだなんて知りたくなかった。浅海色の瞳からぼろぼろと涙が零れては紅潮した肌を濡らした。
 浅く挿し込まれた指がそっと引いていく。爪の中頃まで抜かれ、また奥へと進み第一関節まで埋め込む。指の腹が内壁を優しく撫でる度、甘い声が涙と同じくぽろぽろと零れる。抑え込む理性はとうの昔に消え失せ、残るのは肉欲に溺れつつある本能だけだ。己と同じ場所まで沈みつつある弟の姿に、兄は密かに笑みを漏らした。埋め込んだものはそのまま、未だ口腔に迎え入れられた昂ぶりを強く吸い上げられる。嬌声と涙が乱れたシーツの上に零れ落ちた。
 ゆるゆると抜き差しされる指が、奥を目指してどんどんと歩みを進める。節の部分が、熱に潤む肉を耕すように侵入する。硬いものが内部を擦る感覚に、窄まりがきゅうと縮こまった。早く去ってくれと必死に願うも、身体は意思に反して侵入者を強く抱きしめる。その度に這入ったそれの形を意識してしまい、日に焼けていない体躯がびくびくと震えた。
「っ、ぅ、ぁ……ご、ごめ、な、さい…………ごめんな、さ、ぁっ……」
 ごめんなさい、ごめんなさい、と、烈風刀はひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。恥も外聞もなく涙を流し、必死に許しを乞うその表情はどこか幼く、反面嗜虐心を煽るような淫猥さがあった。
 いいつけをまもらなかったぼくがわるい。らいとがおこるのはあたりまえだ。わるいことをしたのだからあやまらなければならない。快楽で朦朧とする頭が、理不尽な罰を受け入れる。ごめんなさい、と幾度も繰り返す声はとろけきっており、雄を誘うような音色に移り変わっていた。
 舐め上げるかのように唇がゆっくりと幹を辿り、ちゅぽんとわざとらしく音をたてて欲の塊が口腔から抜け落ちる。ようやく熱から解放された安堵に、碧は浅い息を吐いた。許容限度を超える快楽を叩き込まれた身体が弛緩する。瞬間、内部に埋め込まれたものの存在を思い出し、肉洞が食むように収縮した。きゅうきゅうと甘え抱きしめる内部から、指が逃れ戻っていく。ずるりと引き抜かれ、甘美な痺れが腹の底を刺激した。
 足を押しつけ割り開いていた手が離れる。しばしして、涙の跡がいくつも走る頬にそっと汗ばんだ手が触れる。水が張りぼやける視界の中、紅玉が藍玉を覗き込んでいるのが見えた。
「もう噛んだりしない?」
 雷刀の問いに、烈風刀はこくこくと首肯する。ごめんなさい、と今一度謝る声に、兄は困ったように眉端を下げた。澄んだ雫が零れ続ける眦を、親指が優しく拭う。早く外してくれ、と強い訴えを乗せ、翠玉は覆い被さる朱を見上げる。浮かべる表情は穏やかだが、その瞳には未だ燃え盛る炎が宿っていた。
 肉付きの薄い内腿を濡れた手が再び辿る。戸惑いの声があがるより先に、ぐにゅと柔らかな音をたてて隘路が割り開かれた。
「えっ、え、ゃ……、やっ、な、で」
「だから、おしおき」
 混乱に陥る碧を見下ろし、朱は唇を舐める。心底愉快そうに口端を吊り上げる様は、肉食獣が獲物を見定めたそれに似ていた。
 許す気など欠片も無いのだと悟り、組み敷かれた身体が恐怖に大きく震えた。どうにか逃れようと、烈風刀は必死に身を捩る。知らぬ間に更に奥へと潜り込んだ指が、宥めるように腹側の壁を押した。弱い箇所を直に刺激され、海に似た瞳が目いっぱいに見開かれる。悲鳴にも似た嬌声が薄暗い部屋に響いた。
「あッ、あっ! だっ、だ、め……、らいと、そこ、だめ、でっ……ぅ、ぁッ!」
 神経を焼き切るような鋭い快感に、烈風刀はいやいやと首を横に振る。浅葱の髪が白いシーツの上に踊る様子はどこか淫らなものだ。脊髄を走り抜ける快楽から逃れようにも、既に足は取り押さえられており動くことは困難だった。何より、肉洞は奥深くを暴く侵入者を逃すまいというように強く締め付けていた。あまりにも浅ましい己の身体に、藍玉の埋まる目元から溢れる水量が増す。だめ、やだ、とほんのわずかに残った思考がうわ言のように否定の言葉を並べ立てる。聞き入れられることのないそれは、内壁を擦り上げる指に掻き消された。
「ぅあ、ッ……ら、いと…………ァ、らいと、らいとっ……!」
 縋るように兄の名前を呼ぶ度、ぞくぞくと背筋を何かが撫でていく。彼こそが全ての元凶だというのに、暴力的なまでの快楽に翻弄され朦朧とした頭は愛する者に泣き縋ることしか選択できなかった。
 もーちょい待って、と宥める声がぼやける意識に降ってくる。余裕ぶってはいるが、明らかに切羽詰った響きをしていた。己の欲望を押さえつける理性から獣の欲がにじむそれに、心のやわらかな部分がふるりと震える。らいと、らいと、と雛鳥のように囀る度、褒美とばかりに好む場所をとんとんと柔く突かれる。許容量以上に伝わる法悦を示す電気信号に、脳髄が痛いほど痺れる。思考力をガリガリと削り落としていくそれに、烈風刀は最早涙を流し喘ぐことしかできなかった。
 浅い場所まで退いた指が増援を呼び、再び潤む肉を拓いていく。ばらばらに動くそれが、柔らかなうちがわを擦り耕す度、奥底に燻る熱が薪をくべた炎のように盛っていく。何かを求めて、腹の底がきゅうきゅうと甘い声をあげた。根本まで咥え込み、指では届かないほど奥へ誘うようにひくひくとうごめく。もっととねだるように食む様は、淫らの一言に尽きた。
 ちゅぷり、と淫靡な音をたて、二人の侵入者が狭い洞から抜け出す。浅ましい肉孔が寂しげにはくはくと収縮するのが己でも分かった。羞恥する余裕もなく、はぁはぁと細く甘い吐息を漏らす碧を眺め、紅の目が苦しげに細められる。暗い色の奥に灯る火は、轟々と音をたてて燃え盛っていた。
 小さな金属音の後、かすかな衣擦れの音が情欲の海に揺蕩う浅葱の意識を現実へと引き戻す。未だひくつく孔口に、熱く硬いものが触れた。疲弊し弛緩しきった烈風刀の身体が、いっそわざとらしいほど大きく跳ねる。ばくばくと懸命に動く心臓が、苦しさを覚えるほど一際大きく鼓動した。
 本能がが待ちわびていた熱に、無意識に腰が揺れる。早く早く、と丁寧に耕されぷくりとした孔穴が、先走りで濡れた赤黒い先端に擦りつくように動く。その姿は淫乱と評するのが相応しいものだ。ぐぅ、と苦しげな唸りが聞こえる。食いしばる朱の口から漏れた音は、獣欲の支配に抗うものだ。淫情に濡れた藍晶が、ひとを保とうとする雄を見上げる。獣としての本能で濁る意識が、愛し人を示す響きを舌足らずに奏でる。幾度もつがいを求める声に、炎瑪瑙の中にかろうじて残るひととしての意識が消し飛ぶのが見えた。獣の唸りをあげ、雷刀は膝裏に挿し込んだ手に指の痕がつくほど力を込める。
 ずちゅん、と重く粘ついた音をたて、熱塊が解れきった肉洞に突き立てられる。容赦なく内壁を擦り上げられる感覚に、少年の背が限界までしなった。
「――――ァ、ッあ、ぁッ!!」
 本能が求め続けていた感覚に、烈風刀は高い法悦の声をあげた。感電したかのように目の前にバチバチと強い光が輝く。衝撃と共に、奥底に渦巻いていた熱が一気に迫り上がる。刹那、二人分の体液でてらてらとした肉茎から勢いよく欲望が吐き出された。熱杭が突き入れられる度びゅくびゅくと溢れ出るそれが、色情で薄く色付いた肌に濁った白を塗り重ねる。
 雄の象徴が力任せに隘路を突き進む。ごりゅごりゅと加減無しに擦り上げられ、声帯が悦びの音を奏でた。うちがわから脊髄を砕くような快楽が際限なく与えられる。薄い肉に硬い腰骨がごつんと鈍い音をたてて打ち付けられる。腕を縛り上げるネクタイがギチギチと抗議の音をたてた。痛覚はとっくに麻痺し、その衝撃すら甘美なものとして脳に電気信号を送った。スプリングが軋む音、肉が打ちつける音、粘液が泡立つ音、欲に溺れきった悲鳴。淫らな重奏が薄暗い部屋に響く。
 熟れた硬い先端が、烈風刀が好む箇所を幾度も抉る。弱点を容赦なく穿たれ、薄い身体が痙攣するように跳ねた。開きっぱなしの口から溢れる唾液と際限なく湧く涙が、上気した少年の顔を彩る。ぐちゃぐちゃと言って差し支えない面様は、この場においては酷く扇情的なものだった。頭の上に縛り上げられた腕が非日常感を演出し、組み敷く獣に眠る本能を煽る。
 濃い妖艶な香りに誘われ、雷刀は艶めくその唇を覆うように噛みつく。ぬめる赤との邂逅に、海の底に似た青が愛おしそうに細められた。息をするのもやっとだというのに、再びの逢瀬に悦び、彼は舌を伸ばして相手を求める。普段ならば、つい先程まで己を咥えていたそれと再び合わさることはあまり好まないというのに、今ばかりは違った。溢れ送られてくる唾液は甘露のように美味で、もっとと求めるように自ら奥深くへと進む。口腔での邂逅の間も腰使いは止まらない。力任せに揺さぶられ、粘膜が擦れる度、合わさった箇所から甘ったるい音が漏れる。わずかなそれすら逃すまいと、朱は唇を殊更強く押しつけた。飲み込みきれない二人分の唾液がぐぷぐぷと淫猥な音をたてる。
 酸素を補給せよと脳が司令を下したのか、ようやく唇が離れる。名残惜しげに繋がる糸は、下から突き上げる衝撃にすぐさま失せた。生きるために必要なものを取り込みたいのに、揺さぶられる身体は悦楽を拾うことを優先する。開かれたままの口から細かな甘奏が溢れた。
 奥の奥まで潜り込んだ剛直が、こつこつと腹の底を突く。子宮を持つ女ならまだしも、男である己の内部に行き止まりなど存在しないはずだ。だというのに、熟れきった硬い先端が存在し得ない壁を突き破ろうと一心不乱に突き上げる。勢い良く奥まで突きこみ、抜け落ちてしまいそうなほど戻っていく。柔らかな洞を焼けた楔で耕す度に内壁が蹂躙され、快楽が脳を殴る。いっとう好む場所を強く擦り上げられ、悲鳴とほぼ同義の嬌声があがった。
 不規則に明滅する小さな光が面積を増し、少年の思考が無彩色に塗り潰されていく。欲に溺れギラつく紅玉、獣めいた吐息、足に食い込む爪の感触、内部を抉る雄の形。果てが近い意識が、兄のことばかり認識する。熱い迸りを求め、情欲が燃え盛る腹の奥が疼いた。
「ぃっ、ぁ……あっ、あッ、ア――――」
 あるはずのない最奥を熱杭が穿つ。腹を突き破られるような衝撃に、丸い翡翠が限界まで見開かれた。脳髄がバチと激しい音をたてる。神経全てを焼き切る悦びが身体中を駆け巡る感覚は、暴力と言って差し支えないものだった。欲望の証を咥え込んだ場所が、痙攣するように収縮する。意思でコントロールできないそれは、内部を蹂躙する兄自身を食いちぎらんばかりに抱き締めた。高みに昇り詰めたはずなのに、勃ち上がりきった雄は涙をこぼすことなく、ただびくびくと震えるばかり。代わりに、疼いていた腹の底が恭悦を叫んだ。
 必死に抱きつく柔肉から逃れるように、雷刀は勢いよく腰を引き、抜け落ちる直前でまた突き上げナカを満たす。身体全てを揺さぶる衝撃に、碧の宝玉からぼろぼろと涙が溢れる。腕を厳重に拘束され、足を掴まれ固定され、何一つ抵抗できない獲物を獣が食らっていく。当初覚えた恐怖は既に消え失せ、どこか悦ぶ声が頭の片隅から聞こえた。芽生え始めたマゾヒスティックな快楽に、烈風刀は甘い鳴き声を何度もあげた。
 ごつん、と骨と骨とがぶつかる音。一際大きく打ち付けられ、繋がった部分が限界まで密着する。肉が肉を叩く高い音に紛れ、ぁ、と朱のか細い声が部屋に落ちた。数拍の後、絶頂で未だ攣縮する内部に獣欲の迸りが勢いよく注ぎ込まれた。劣情で煮え滾った濁流が、指では届かない奥深くを舐めていく。身体の内から焼き尽くされるような感覚に、碧の背がぴぃんとまっすぐに伸びる。固結びにされたネクタイの悲鳴と、悲鳴になり損ねた歓喜の声が薄闇に溶けた。
 おなかがあつい。うでがいたい。きもちいい。きもちいい。身体の奥深くまで埋める熱と悦が、痛覚が訴える信号を好むべきものだと塗り替えていく。異常でしかないというのに、快楽に支配された脳はそれを簡単に条件付けした。
 ぜぇはぁと疲労が濃く浮かぶ息遣いの中、ひとのものとは思えない低い唸りが落ちる。溜まった涙が流れ落ち少しばかりクリアになった視界に、燃える赤が浮かぶ。荒い呼吸の中、組み敷いた深碧の瞳を紅緋が射抜く。眇められた赤の中、淫情が業火のように燃え盛るのが見えた。恐怖すら覚えるそれに碧は大きく震える。先程条件付けを終えたばかりの身体は、恐ろしさでなくこれから与えられる愉楽への期待で揺らめいた。
 熱をたっぷりと受け止めた肉鞘が、さらなる糧を求めてひくひくとうごめく。淫欲の海へ誘う動きに、埋められた刃がびくりと反応した。大きな脈動と共に、己を貫く肉槍が更に肥大する。欲望を欲する場所が満たされる感覚に、烈風刀は無意識に笑みを浮かべた。涙を湛えた浅葱の瞳はとろりととろけ、同じ色の細い髪が汗ばむ肌に散り、浅く開いた口から真っ赤に熟れた舌が覗く。雄を惑わす蠱惑的な姿だった。
 ギシリとスプリングが音をたてる。いくつもの染みができたシーツの海に、幸福に満ちた嬌声が落ちた。










 そろりと手を伸ばし、雷刀は白の布越しに烈風刀の腹に触れる。布が肌に擦れる感覚にか、上から小さな笑い声が聞こえた。可愛らしい声がもっと聞きたくて、いたずらするように服の上から撫でる。くすぐったいです、と咎める楽しげな声が飛んできた。
 音の方へ笑みを向け、そのままそろそろと手を下ろしていく。すぐに辿り着いたシャツの裾から、中へと潜り込んだ。撫であげるのと同期して、指定の制服も身体に沿って胸の方へと進んでいく。直接触られる感覚に、今度は堪えるような声が耳をくすぐった。
 するすると衣擦れの音と共に、日に焼けていない白い肌が顕になる。肉の薄い腹、浅く小さな臍、淡く浮かぶ肋骨、そして平坦に見えて筋肉でわずかに盛り上がった胸。健康的、けれどどこか艶めかしい身体つきに、雷刀は赤い唇を舐める。組み敷いた弟がふるりと震えたのが手の平越しに分かった。
 なだらかな丘を、壊れ物を扱うかのようにそっと撫でていく。節の見える指が頂に辿り着いた瞬間、怯えるように息を呑む音が聞こえた。鼻にかかった響きには、この先にあるものへの期待がはっきりと見てとれた。応えるように、触れたそこを指の腹で優しく撫でる。擦るように細かく動かすと、柔らかな粒がすぐに芯を持ち始める。その存在を持ち主に知らしめるように外周をなぞる。スプーンでコーヒーをかき混ぜるようにくるくると指を動かすと、薄い胸が小さく震えた。
 赤い瞳が捲れ上がった白を辿り、上へと視線を移していく。いつも目にする綺麗な碧は瞼の下に身を潜めていた。ふ、と溢れ出そうな感情を堪える音が、懸命に閉じようとする唇から漏れる。我慢しなくてもいいと常々言っているが、意外と強情な彼はこうやっていつも湧き出る声を殺すのだ。見下ろす紅玉が不服そうに細められる。その口を開かせるべく、ぷくりと膨れた頂点を爪で軽く引っ掻いた。いきなりの強い刺激に、ひ、と甘さを含んだ小さな悲鳴が響く。期待通りの反応に、朱の唇がゆるく弧を描く。日頃見せる明るく朗らかなものとは正反対、暗く意地の悪い笑みだ。
 ばっ、とシーツに投げ出されていた烈風刀の左手が素早く持ち上がる。そのまま、彼は手の甲で己の口を塞いだ。こうやって組み敷かれた時点で艶めいた声を漏らしてしまうことは分かっていただろうに、往生際の悪いことだ、と雷刀は内心嘆息する。けれども、この強情な弟の心を暴き、徹底的に乱すことを彼は無意識に楽しんでいた。
 優しく引っ掻いていた尖りを、今度はぐにりと押し潰す。そのまま円を描くように捏ねると、薄い身体が幾度も跳ねた。塞がれた口元から熱い吐息が漏れ出すのが聞こえる。指先のそれを楽しげに弄んでいると、ガリ、と何かをかじるような音が鼓膜を震わせた。痛々しい響きに、朱の眉がピクリと動く。胸部に置いた手を離し、雷刀は持ち主の口を必死に塞ぐ腕を掴んだ。
「だーかーらー、噛むなって何回も言ってるだろー?」
 不満げな声と共に、掴んだ腕を弟の口元から取り払う。くるりと裏返し当てていた甲の方を見ると、そこには並びのいい歯型が薄く浮かんでいた。はぁ、と呆れたように息を吐く。苛立ちの浮かぶ嘆息に怯えてか、瞼の下から丸い碧がおそるおそる姿を現した。紅玉髄が咎めるように孔雀石を見つめる。兄の鋭い視線に、烈風刀はぅ、と気まずげな声を漏らした。再び覗いた碧の目が不安げに泳ぐ。幾度も朱を見上げては逸らすその様子に、少年は小さく首をひねった。何か言いたげに見えるが、彼がここまで言い淀むことはあまりない。一体どうしたのだろうか、と眺めていると、ようやく翡翠が柘榴石を見据える。常ならば澄んで涼やかな色をしたそれは、既に熱で柔くとろけていた。
「あ、の」
 小さく開いた口から響く声はか細い。あの、えっと、とつっかえるように何度も繰り返し、決心したように烈風刀は己の首元に手を伸ばす。綺麗に結ばれたネクタイを自ら解き、その片端をゆるく握った。
「あの、えっと…………く、癖とはいえ、また、悪い事をしてしまいましたし……」
 おしおき、しますか?
 甘さの漂う声が怯えるように問う。わずかに震える声音とは裏腹に、上目遣いに見上げ手にした青を差し出す姿は期待で満ちていた。
 予想外の問いかけに、雷刀は目を見開く。あまりの驚愕に、覆い被さった身体がビシリと硬直した。投げかけられた言葉を頭の中で何度も何度も噛み砕き、飲み込み、反芻する。長い時間をかけて言葉の意図をしっかりと理解し、驚きに真一文字に結ばれていた口の端がにぃと醜く釣り上がった。一対の紅玉が鈍く光る。そこには、暗い欲望が姿を現し始めていた。
 そーだなー、と間延びした声で悩むような言葉を紡ぐ。装った音は明らかな偽りで、心は既に決まっていた。うーん、とわざとらしく呟いた後、朱は多大な期待に揺れる碧にニコリと笑いかけた。非常に楽しそうなその表情は、普段の彼を知る者が見れば目を疑うであろうほど歪んでいた。
「そーだよなー。烈風刀はオニイチャンの言う事聞かない悪い子だもんなー。じゃあ、おしおきしないとな」
 おしおき、の部分を殊更ゆっくり言うと、碧の瞳が嬉しそうに輝く。淡い願いが叶い歓喜するその頬はすっかりと上気していた。
 差し出されたネクタイをしゅるりと取り上げ、雷刀は投げ出された弟の両腕を片手でまとめる。いつぞやは抵抗されたが、今回はあっさりと捕まった。協力的にすら見えたのはきっと気のせいではないだろう。そのまま海色の頭の上に軽く縫い付け、掴んだ両手首を深青の布でぐるぐると巻き上げる。幾重にも重なる青を彩るように、最後に固結びを一つ作る。ぎゅっと縛る音に、熱を孕んだ吐息がこぼれたのが聞こえた。自ら進んで罰を望み、被虐を期待する姿は淫らとしか表現できない。
 早くと言わんばかりに身を捩る烈風刀の姿に、雷刀の胸の内に暗い欲求が湧き上がる。可愛い。虐めたい。愛しい。泣かせたい。愛でたい。抱き潰したい。正反対に見えて表裏一体の感情がぐらぐらと腹の底に煮える。被虐を望む碧に、朱の加虐心が強く刺激された。
 は、と艶めいた吐息を漏らす口を見やる。薄闇の中、ちらつき輝く淫靡な赤に誘われ、朱は噛みつくように愛し人の唇に己のそれを合わせた。

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#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

+745【ジタ+サン】

+745【ジタ+サン】
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息抜きに前から気になってたあれそれのネタ。ちょっとメタい。
タイトルでもう落ちてる感ある。

 黒い雫が静かに黒の湖面を揺らす。抽出機の中身が空になったことを確認し、サンダルフォンは手にしたそれをシンクへと運ぶ。珈琲粉を処分し、使った器具を綺麗に洗い水切り籠に伏せた。人が来る前に拭いて片付けねばならないな、と考えて目をすがめる。珈琲一杯淹れるだけにいちいち共有部に来るのは手間であるが、ここでしか湯を沸かせないのだから仕方が無い。火の元素を扱える者は自室で淹れているらしいが、今の自分にそれができないということは彼自身が誰よりも理解していた。
 冷める前にさっさと部屋に戻ろう、と青年はカップを手に踵を返す。廊下に繋がる扉まであと数歩というところで、厚い木の板越しにバタバタと騒がしい音が聞こえた。どんどんと近づいてくるそれに、サンダルフォンは眉をひそめた。この艇の人間は必要以上に人と関わろうとする。それをあまり好ましく思わないため常々人と会わぬよう避けて行動しているが、今回はどうにもタイミングが悪かったようだ。逃げようにも、台所の扉は目の前にある一つしかない。もう諦める他ない。
 足音が止まると同時に、扉が開く音が響く。木製のそれの隙間から、ジータが顔を出した。
「あっ、サンダルフォン!」
 どこか嬉しそうに青年の名を呼び、少女はそのまま小柄な身体を中に滑り込ませ静かに閉める。ただいまー、と呑気に言う彼女は、普段着ているワンピースではなく大きな襟が特徴的な魔道士風の衣装を身にまとっていた。依頼から帰ってきたばかりでまだ着替えていないのだろう。汚れが見当たらないのは外で軽く払ってきたのもあるだろうが、何より彼女の実力が確かなものであるという証だ。
「珈琲飲むの?」
 夜空色の帽子を脱いだ少女が、サンダルフォンの手元を覗き込む。好きだねー、と感心にも問いにも似た音が小さな口からこぼれた。青年が珈琲を好んで飲んでいることは、彼が艇に乗ることになったその日から知っているはずだ。なのに、カップを持っているだけでいちいち反応するのだから煩わしい。赤き竜や蒼の少女といい、余計な世話ばかりかけてくる。青年の眉間にまた一つ皺が刻まれる。不機嫌であることが一目で分かる表情をしているというのに、少女は全く気にかけず返答を待つように深紅の目を見つめた。
「見れば分かるだろう」
「私の分はー?」
「無い。抽出機は既に片付けた。勝手に淹れればいい」
 半ば無理矢理会話を切り上げ、青年が宛てがわれた部屋に戻ろうとする。足早に過ぎようとしたところで、ジータがあ、と何かひらめいたように声をあげた。この少女がろくなことを――少なくともサンダルフォンにとって、だ――思いついた試しがない。彼女が口を開く前に出ていこうと青年が一歩踏み出したところで、がしりと腕を掴まれた。見た目は幼く華奢な少女であるが、その力はそこらの大人よりもずっとある。数多の星晶獣と対峙し打ち勝ち、様々な属性と技を操る彼女は、この団の誰よりも強いのだ。顕現して日が浅く、まだ力が上手く扱えない青年を引き止めるぐらい、ジータにとっては至極簡単なことだ。
「あのね、サンダルフォンに食べてほしいものがあるんだ」
 こっち、と少女は掴んだ腕を無理矢理引き、台所の奥へと足を動かす。こうなってしまってはもうどうしようもない。早々に諦め、青年は珈琲がこぼれぬよう大人しく彼女に引き連れられた。
 ジータが足を止めたのは、共用の戸棚だった。その最下部、一番大きな開き戸を開けると、屈んで中を漁り始める。手を離された今逃げることは可能だが、あとが面倒くさいことは今までの経験ではっきりと知っている。大人しく従った方が早く済むだろう。緋色の瞳は屈んだ少女をぼんやりと映し出していた。
 しばらくして、あったあったと嬉しそうな声があがり、少女は立ち上がる。そのままくるりと振り返り、サンダルフォンの目の前に大きな袋を差し出した。彼女が手にした透明な袋の中には、鮮やかな黄とオレンジが転がっていた。小さな丸いそれには、顔を模したような絵が描かれている。何だこれは、と紅の瞳が訝しげに細められる。これを見せることに一体何の意味があるのだろう。
「マカロンっていうんだ。甘くて珈琲に合うと思うの」
 青年の声に出さぬ問いに答え、少女は片手で戸棚の皿を一枚取りだし傍らにある机に置いた。そのまま袋から菓子を取り出し次々と皿に並べていく。その量は茶請けにしては明らかに多い。彼女も共に食べるだろうとしても異常なものだ。白く大きな皿の上、山盛りになった菓子を見て、青年は顔をしかめる。鮮やかなそれが放つ甘い匂いで既に腹がいっぱいになりそうだった。
 再び力強く腕を掴み、ジータはサンダルフォンを席に着かせる。未だ事態を理解していない様子をした彼の目の前に、どんと重い音をたてて皿が置かれた。少女が乱暴なのではない、純粋に皿が重いのだ。
「はい、召し上がれ」
 向かいの席に座り、ジータは両肘をついて楽しげな表情で青年を見る。見つめるばかりで真っ白な手袋を外す様子はない。礼儀の正しい彼女は、食事をする際は必ず手袋といったものは外す。菓子に手を付ける気はないのだろう。
「……特異点は食べないのか?」
「うん。私が食べても意味ないもん」
「つまり、全て俺一人で食べろと?」
「そうだよ?」
 ほら、と少女は青年の方へと皿を押しやる。早く食べろということだろう。その様子に、サンダルフォンは殊更強く眉を寄せた。勝手に呼ばれ、勝手に連れられ、勝手に差し出され、さぁ全て食えと無理矢理押しつけられる。特異点である彼女は度々無理を押しつけてくるが、今回はあまりにも勝手すぎる。不快感が胸の奥底からふつふつと湧き出てくるのが嫌でも分かった。
「何故俺がこんなに食わなければ――」
「食べて」
 怒りを強くにじませた声を、はっきりとした声が切り捨てる。目の前に対峙した少女は相も変わらずニコニコと明るい笑みを浮かべているが、その声は冷え切ったものだ。こちらを見つめる鳶色は普段の温かみを完全に失っている。可愛らしい少女の姿にはあまりにも不釣り合いなそれに、黒鎧に包まれた背がぞくりと震えた。
「全部食べて。団長命令」
 ね、とジータは小首を傾げる。有無を言わせぬ声音だった。戦いの最中、団長として仲間に指示を飛ばす時のそれと同じ音だ。あまりの気迫に――少なくとも、こんな場所で見るはずなどない様子に、青年は声を失った。
「……食べればいいんだろう」
「うん」
 この様子では、少女が譲ることなどあり得ないだろう。恐怖で従うのではない、こんな少女に怯えることなどあり得ない、と言い聞かせ、サンダルフォンは山積みになった菓子へと手を伸ばした。さっさと食べきってしまおう、と小さなそれを丸々一個口に放り込む。途端口いっぱいに広がった味に、深紅の瞳が苦しそうに歪んだ。
 甘い。あまりにも甘い。珈琲に入れる角砂糖をそのまま食べてしまったのではないかと錯覚するような甘さだ。少女は珈琲に合うと言っていたが、全く違う。珈琲に合うのでなく、珈琲で中和しなければ食べられない甘さだ。放つ香りから想像すべきだった。青年の顔からどんどんと色が失われていく。こんなものを、この皿いっぱい食べなければならないのか。
「六十九個、全部、残さず、ちゃーんと食べてね」
 正面から送られる視線は、青年の様子を観察するものでなく、彼が言いつけ通り全て食べきるか監視するためのものだ。ただ菓子を食うだけのことではないか。たったそれだけだというのに、何故団長命令を下し、こんなにも強く迫ってくるのか。全く意味が分からない――そもそも、特異点の突飛な行動を理解できたことなど、ほぼ無いのだけれど。
 一時的に身を置いているだけとはいえ、サンダルフォンはれっきとした団員だ。団長であるジータに、それこそ団長命令まで下されてしまっては逆らうことなどできない。彼に残された選択肢は、目の前の甘い菓子を胃に押し込むことだけだ。
「あ、珈琲のおかわり淹れる?」
「…………頼む」
 問う声が楽しげに聞こえたのはきっと気のせいだろう。気のせいにしておこう。席を立ちぱたぱたと駆けていく少女の足音を背に、サンダルフォンはまた一つ菓子を口に放り込む。これ全て平らげるまでどれほどかかるのだろうか。考えるだけ無駄だ、と青年はカップの中身をあおり、口の中の甘ったるさを胃の腑に押し流した。




経験値を51405獲得!
Lvが15→45になった!

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#ジータ #サンダルフォン

グランブルーファンタジー

枕を二つ【グラ→ルリ】

枕を二つ【グラ→ルリ】
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くっっっっっっそ寒いから推しカプは一つの布団で互いの体温を感じながら凍える事なくぬくぬくと温かく幸せに寝てくれと言う話。
諸々都合の良い捏造しかない。

 あ、え、と意味を成さない音が、間抜けに開いた口からぽろぽろとこぼれる。室内は寒いというのに、顔は真夏の日差しを浴びたように熱い。きっと真っ赤になっているだろうな、と、脳のかろうじて冷静な部分が他人事のように判断を下した。
 動揺で頭からつま先まで固まっている少年を見つめ、少女はこてんと小さく首を傾げる。丁寧に手入れされた長い蒼髪が、音もなくさらりと揺れた。
「グラン? どうかしましたか? ……もしかして、具合が悪いんですか?」
「あ、え、いっ、いや。何でもない。何でもないよ。大丈夫。大丈夫だから」
 澄んだ丸い青に不安の色が滲んでいくのを見て、グランは異状はないと示すように慌てて手を振った。確かに身体に異常はない。けれど、ルリアが発した言葉は、少年の心と脳を揺さぶるようなものだった。
「えっと……、なん、だっけ?」
「はい。今日はとっても寒いですし、一緒に寝ませんか?」
 腕に抱えた枕をぎゅっと抱きしめ、ルリアは今一度少年に問うた。奏でられた声は、たしかにルリア本人のものであり、聞き違いや己の脳が都合よく変換した言葉でないのだと確信する。本当なのか、とグランは胸中で頭を抱え蹲った。
 これまで数多の戦いに身を投じてきたグランであるが、実情は無垢で純粋な子供だ。故郷であるザンクティンゼルには同い年の子供はあまりおらず、一緒に寝るなんてことは相棒である小竜のビィ、仲の良い男友達ぐらいとしかしたことがない。そんな彼に、近い年齢の――しかも、他者に向けるそれとは違う、名前の分からない特別な情を抱く少女が『一緒に寝よう』だなんて誘ってきたのだ。年頃の男の子が平静でいられるはずなどない。
「グラン?」
「あー……、そ、そうだ。カタリナさんとじゃなくていいの?」
 ルリアはカタリナを家族のように慕っている。その様子は、グランが無意識に嫉妬してしまうほど睦まじいものだ。寒いというだけならば、グランよりもカタリナと一緒に眠る方がルリアも落ち着くだろう。
「その……、こういうこと言うと、カタリナは子供扱いしてくるから」
 そう言って、少女は小さく頬を膨らませた。以前にそういう扱いをされて不満に思っているようだ。客観的に見てもルリアはまだ子供であるのだから仕方のないことだが、年頃の少女にとっては譲れないことなのだろう。同じく度々子供扱いされることのある――事実、彼もまだ子供であるが――グランにも、彼女の気持ちは分かった。
「グランは同じぐらいの歳ですし、私のこと子供だなんて言えませんよね!」
 にこりと爛漫に笑う姿は、無邪気な子供そのものだ。指摘しては拗ねてしまうだろう、と少年は口を噤む。拗ねた姿も可愛らしいが、今はそんなことを考えている場合ではない。一番納得できるであろう案が否定されてしまったのだ。他に何か言い訳はないものか、と必死に頭を動かしていく。
「寒いなら毛布増やすのは……って、今予備のは無かったな……」
 空を旅する中では、様々な気候の島を通ることとなる。寒冷地でも対応できるよう予備の毛布をいくらか用意しているが、つい最近団員が増えたので一時的にそちらに回したのだった。何ともタイミングが悪い。
「あっ、でも、僕よりビィと一緒のがいいんじゃないかな? 僕も冬場によくやってたけど、すごく温かいよ」
 小さな相棒はトカゲと呼ばれることが多いが、変温動物ではない。成長した今こそ機会は減ったが、昔は冬場に彼を抱いて眠ることも多かった。小柄な彼は抱きしめるのにぴったりのサイズであり、子供のようにぽかぽかと温かいので、胸に収めればどんなに寒い日でもよく眠れた。その効果は今でも健在だろう。
「でも、ビィさんもう寝ちゃってますよ?」
 蒼穹と同じ色の瞳が宙を見上げる。天井から吊るされた大きな籠――ビィがベッドとして利用しているものだ――からは穏やかな寝息が聞こえてくる。小竜は二人より一足先に夢の世界へと飛び立ったようだ。元気いっぱいの彼は日中によく動くためか、グラン達より早く眠ることが常であった。動揺のあまり完全に忘れていた、とグランは内心顔を覆う。
 他に何か彼女を諦めさせる言い訳はないものか、と少年は小さな脳味噌をフルで働かせる。その苦悩を彼女に悟られぬよう必死に普段通りの表情を作っているつもりだが、素直な彼はどうしてもその心情が表情や声音に出てしまった。美点であり弱点である度々指摘されるそれを、グランはすっかり忘れていた。苦悩がにじむ少年の顔を見て、蒼の少女はその心を察してか表情を曇らせた。
「あ……、えっと……迷惑、でしたか……?」
「そんなことない!」
 後悔に震える声を、大きな声が遮る。今が日の境に近い時間だということを思い出し、少年は慌てて口を手で塞いだ。普段声を荒げることのないグランがこうも強く主張したことに驚いたのか、ルリアはその澄んだ空色の瞳を大きく開いて固まっていた。
「迷惑なんかじゃないよ。迷惑じゃないんだけど……」
 驚き固まったままの少女に戸惑いながら、少年は彼女の不安を吹き飛ばすべくどうにか言葉を紡いでいく。けれども、その本心をさらけ出すことは恥ずかしいのか、こぼれる音は淀むばかりだ。前述したとおり、彼は年頃の男の子である。一緒に寝ることを喜び、恥ずかしがっているだなどという格好の悪い事実を、特別な少女に隠そうとするのも仕方が無いことだろう。
「んー……? ぐらん……るりあ……?」
 中空から寝ぼけた声が降ってくる。大きなあくびとともに、赤い耳が籠の縁から顔を出した。ごしごしと目元を擦り、ビィは縁に顎を乗せ、二人を見下ろす。起き抜けだからか、つぶらな目にはまだ眠気が膜を張っているようだ。
「どうしたんだぁ……?」
「ビィ、起きたのか」
「ごめんなさい、起こしちゃいましたね……」
 助かったとばかりに相棒を見上げるグランと、起こしてしまった罪悪感に床を見るルリア。正反対な二人の様子を見て、ビィは一体何事だ、と首を傾げた。
「二人して何してんだ? もう夜も遅いだろ?」
「あー……いや……、ちょっと、な」
「今日は寒いから、グランと一緒に寝たいなって話してて」
 枕を抱え俯く少女の言葉に、小竜は明後日の方向へ視線を逸らす相棒を見る。気まずそうに口を引き結ぶ少年の顔を見て、寝起きのそれとは全く違う半分閉じた目ではぁと溜め息を一つ吐いた。
「別にいいじゃねぇか。一緒に寝るくらい」
 何が問題なんだよ、と胡桃色の瞳とともに少年の背に言葉を投げかける。今まで相棒と何度もともに夜を過ごした赤い竜にとって、一つのベッドで眠ることなど何らおかしなことではないのだろう。種族故か、歳故か、いつでも息がぴったりな相棒はその心情を理解できずにいるようだ。
「あっ、そうだ。ビィさんも一緒に寝ませんか?」
 二人でも温かいですけど、三人一緒だともっと温かいと思うんです、と少女は言葉を続ける。先ほどグランが温かいと言っていたからか、それともビィも一緒ならば少年も了承してくれるのではないかと思ったのか。その顔には好奇心と期待と少しの不安が浮かんでいた。
「オイラは別にいいけどよぉ、お前はどうなんだ?」
「えっ? あー……、うん、いいと思うよ。三人だともっと温かいもんな、名案だ」
 うん、うん、と少年は何度も深く頷く。二人きりでは抵抗感――というよりも羞恥が強いが、ビィと三人ならば胸中に渦巻くこの感情も少し薄まるだろう。少女が示してくれた絶好の逃げ道に喜ぶも、どこか落胆していることには彼は気付いていない。
 賛同の言葉に、ビィは伸びをするように羽を広げふわりと籠から飛び立つ。そのままぽすりとグランの胸にその身を預けた。温かな相棒の瞼は半分降りており、今にも眠りの底へと落ちていきそうに見えた。
「さぁ、寝ましょう!」
 弾む小さな声に振り向くと、そこにはぎゅうと枕を抱いたルリアの姿があった。その表情から憂いは消え、代わりに喜びがあった。楽しげな少女の姿に、少年はふわりと口元を緩める。あれほど否定し続けたことの罪悪感が胸をチクチクと刺すも、ルリアが笑ってくれることがとても嬉しかった。
 自分の枕を置き、ぽすんと柔らかなベッドに飛び込むルリアに続いて、グランもビィを抱えたまま毛布に足を入れる。綺麗に整えられた寝具はひやりと冷たいが、直に三人分の体温でよく眠れる温度になるだろう。胸の中の相棒はそんな冷たさに気付くことなく、一足先にすぅすぅと安らかな寝息をたてていた。
 ふふ、とかすかな笑い声。楽しげな音の方へ視線を移せば、そこには嬉しそうに弧を描いた空色があった。
「おやすみなさい、グラン。ビィさん」
「うん。おやすみ、ルリア」
 ゆっくりと紡がれる穏やかな音に、少年も柔らかな音を返す。ゆっくりと降りていく瞼は、鮮やかな琥珀と瑠璃を優しく隠していった。
 月が空を駆け、夜はどんどんと世界を広げていく。眠りの海に身を任せた子供達の表情は、とても穏やかで幸せそうなものだった。

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#グラルリ

グランブルーファンタジー

年を数える鐘の音【ライレフ】

年を数える鐘の音【ライレフ】
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除夜の鐘の音って結構好きってのと年越しって何かわくわくするよねって感じの話。
一月は過ぎ去ったけれど、明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いいたします。

 賑やかな笑い声がスピーカーを通して部屋に響く。煌々と光るテレビの液晶には、様々な芸能人が忙しなく動き回る姿が映っていた。ありきたりなバラエティ番組だが、一段と豪奢なセットや出演者のきらびやかな衣装、画面のそこかしこに現れる色とりどりのテロップも相まって普段以上に賑やかに見えた。
 笑声の合間に、ごーん、と鈍い音が聞こえる。重く響くそれはかすかながらもはっきりとしており、音の主からずっと離れたこの部屋にもしっかりと届いた。
 もう年が終わるのだな、と考えながら、烈風刀は籠に積み上げられたみかんを一つ手に取る。鮮やかな橙色の玉にそっと指を差し込み、曲線に沿うように薄い皮をゆっくりと剥いていく。柑橘の爽やかな香りが鼻をくすぐった。実を守るように走る白い筋を丁寧に取り去っていく。いくらかの時間をかけ、ようやく姿を表した赤味の強い橙を房に沿って外していく。小さな柔い半月を口に含むと、優しい甘みが舌を撫でた。
 剥いた皮の上に置いた実に、節のある指が伸ばされる。手の持ち主、隣に座る朱は丁寧に処理された果実を一房口に放り込むと、甘い、と小さな声を漏らした。今日何度目かの言葉に碧は何も言う事はなく、また一つ小さな房に手を伸ばした。
 一年の最後を飾る日の夜、兄弟はこたつに入りぼんやりとテレビを眺めていた。液晶に映る年末恒例の特別番組は騒がしいばかりで、高校生の好奇心をくすぐるには少し足りない。それでも音が無いのは何だが寂しく思えて、ただ点けているだけだ。二人で暮らし始めて幾年、言葉を交わさぬ静寂などすっかり慣れてしまったというのに寂しさを覚えるのは、冬の寒さ故だろうか。そんな取り留めのないことを考えながら、少年は甘酸っぱい橙色を口にした。
 元々小ぶりなものを二人で分けたのだから、鮮やかな実はすぐに姿を消してしまった。残った柔い皮を小さく畳み、烈風刀は籠の傍らに置かれた屑入れに手を伸ばす。紙で作られた簡素なそれの中には、いくつもの橙色が積み重なっている。彼らがこの場に長い時間いるのだということを静かに表していた。
 大掃除はどうにか日が暮れる前に終わり、夕飯時には例年通り年越し蕎麦を食べた。既に風呂も済ませたので、あとは歯を磨いて寝るだけだ。見たいテレビ番組や早く読んでしまいたい本、済まさねばならない課題があるわけでもないのだから、これ以上起きている理由や必要性は無い。むしろ、明日はレイシスたちと初詣に行く約束をしているのだから、早く寝るべきなのだ。なのに、何だか眠るのが惜しく思えるのは何故だろう。スピーカー越しの騒がしい音楽をどこか遠くに聞きつつ、碧はマグカップに手を伸ばす。中身は既に冷めてしまったようで、空色の磁器は無機物らしい冷たさを主張していた。淹れ直してくるか、と考えるも、足元から伝わる温もりに掻き消される。面倒だ、と彼にしては珍しく諦め、少年はその中身をぐっと胃の腑に押し流した。
 飲み干したマグを机の中央に押しやり、烈風刀は両手をこたつの中に入れる。室内は決して寒いわけではないが、厚い布団の中に住まう温もりがおいでおいでと手招いてくるのだ。真冬という温度を全て奪い去っていく季節の中、その誘いを振り切るのは理性的な彼をもってしても難しいようだ。
 雷刀とレイシスの強い要望により冬の始めに出したこの暖房器具は、すっかりと生活に馴染んでいた。日頃からソファやベッドに寝転がって過ごすことの多かった雷刀は言わずもがなであるが、意外なことに烈風刀も多くの時間をこの場所で過ごすようになっていた。エアコンとはまた違う、身体の内側まで染み入るような温かさはとても心地が良く、一度入ればつい長居してしまう。机としての役割も十二分に果たせるため、作業をするのに適しているのも一因だ。冬に限るならば、自室で過ごすよりも快適だった――というのはどれも確かな事実であるが、言い訳でもある。決して口にはしないが、兄と同じ空間、すぐ隣で過ごしたくて、烈風刀はここに訪れるのだ。
 普段から兄弟二人でソファで隣り合って座り、共に過ごすことは少なくない。けれども、わざわざ単語帳や参考書を持ち込んで自室で済むようなことをするのは不自然ではないか、そうしてまで彼の隣にいようとするのはあまりにも幼いのではないか、自分ばかり求めるだなんて浅ましいのではないか。小さな羞恥と不安が、生真面目な少年の胸の隅に居座り、時折ぶわりと膨れ上がるのだ。
 しかし、このこたつという暖房器具は座るのが当たり前であり、わざわざここで勉強なり作業なりをしていても不自然ではない代物である。この魔性とすら言える暖かさを知る者ならば、長居することを疑問に思うこともないだろう。冬限定とはいえ、この家具は隣にいたいというささやかな願いと小さな悩みに合理的な――あくまで彼にとって、である――答えを叩きつけ、解消してくれるものだった。
 ごーん、とまた一つ鐘の音。ぺたりと机に伏した朱い頭を超し、烈風刀は窓へと視線を移した。何もかも吸い込んでしまうような黒に塗り潰された世界の中を、鈍い音が響いていく。秒針が進むのとはまた違う、残る時を数えていくようなそれは、寒空をゆっくりと歩んでいるかのようだった。ひとつ鳴るごとに、年が終わりに近づいていく。大晦日という言葉や日付よりも、この音が一番それを感じさせるもののように思えた。
 スピーカーがわぁ、と大きな声をあげる。釣られて音の方へと目を向けると、液晶の中には仰々しい書体で六〇という文字が踊っていた。五九、五八と一つずつ減っていく様を見て、その数字が日付――そして新しい年へと移り変わることを示しているのだと気付いた。出演者皆で手を高く掲げ、指折りながらカウントダウンしていくのをぼぅと眺める。数字が小さくなるにつれ、声はどんどんと大きくなっていく。
 一〇の二文字が一際大きく表示される。こたつ机にぺたりと頬をつけていた朱い頭がおもむろに持ち上がった。雷刀は顔を上げ、肘をつき己の手に頭を預ける。夕焼け空の瞳が煌々と光る画面を眺める。響く男女混合の笑声に、きゅー、はち、と耳慣れた声が重なった。呟くようなそれに耳を傾け、烈風刀も鮮やかな色を映す液晶を見つめた。
 さん、にー、いち。
 ぜろ、の声とともに豪奢に飾られた数字が画面いっぱいに広がった。新たな年を表すその数字とともに、大きな破裂音と色とりどりの紙吹雪がぶわりと舞う。明けたなー、と隣から少し弾んだ声が聞こえてくる。そうですね、と返して、少年は静かに背筋を伸ばした。
「れふと、れふと」
 隣を向こうとしたところで、楽しげな声が碧の名を呼ぶ。何ですか、と問いながら横を向くと、そこには姿勢を正し、こちらに身体を向けた雷刀の姿があった。夜も深いというのに、まっすぐ向けられた茜の瞳はまるで昼間のようにきらきらと輝いていた。
「あけまして、おめでとーございます」
 挨拶と同時に、ぺこりと朱い頭が下げられる。かしこまったその姿は、何だか子供が大人を真似して背伸びしているように見えた。どこか微笑ましく思えるその様子に、烈風刀は気付かれぬよう笑みをこぼす。今一度横――兄の方へと身体を向け、少年はすっと居住まいを正した。
「明けましておめでとうございます」
 同じ言葉とともに、碧も礼をする。互いに深々と頭を下げる様は、家族に対しては物々しい立ち振る舞いに見えた。
 年が明ける度行うこの挨拶は、二人にとっては恒例のこととなっていた。また今年も一緒に過ごしていこう。ともに助け合っていこう。そんな思いを、十五の音にのせる。そんな短い響きでも、互いにその思いが理解できた。それでも普段とは全く違う、仰々しいそれが何だかおかしく思えて、二人は顔を見合わせくすくすと笑った。
「今年もよろしくな!」
「はい、よろしくおねがいします」
 全てを照らし出す太陽のように笑う雷刀に、烈風刀も穏やかな笑みを浮かべる。ともに過ごし、新たな年を一緒に歩み出す。当たり前のように感じるそれを改めて噛みしめ、翡翠に似た瞳が嬉しそうに細められた。
「さぁ、もう寝ましょう」
 そう言って、烈風刀は机に置かれた屑入れに手を伸ばす。柑橘の爽やかさが香るそれを手早く畳んでいると、えーと不満げな声が飛んできた。
「もうちょっと起きてよーぜ?」
「駄目です。明日はレイシスたちと初詣に行く約束でしょう? 寝坊したらどうするのですか」
「……起こして?」
 甘えるような声でこてんと首を傾げる兄に、弟は答えの代わりにじとりとした視線を返す。うぅ、と観念したかのような声が喉から絞り出されるのが見えた。ゴミを捨てに立ち上がろうとしたところで、くいと袖口を弱々しく引かれる。何だ、と目で問うと、朱はぽそぽそと小さな音をこぼしだした。
「だってー……、もうちょっと一緒にいたいし……一緒に初日の出見たいし……」
「貴方、今から起きていても絶対に途中で寝るでしょう。そのまま寝過ごすに決まっています」
 朝から起きて、しかも大掃除で普段以上に身体を動かしたのだ。よく眠る彼が睡魔に打ち勝ち、これ以上起きていられるとは烈風刀には到底思えない。本人も自覚はあるのか、雷刀は気まずげに俯いた。でも、と反論を探して唸る様は拗ねているようにも見えた。はぁ、と小さく溜め息一つ。弟は今一度腰を下ろす。目線を合わせ、俯く兄の目を見つめた。
「今から寝て、日の出前にちゃんと起きればいいでしょう」
「絶対起きられな――」
「一緒に寝れば、僕と同じ時間に起きられますよね?」
 一緒にいたい、という兄の気持ちは烈風刀にも十分理解できた。もう少しだけ、新たに刻み始めた時間をともに過ごしたい。これからまた三六五日ともに暮らしていくとは分かっていても、今を――年の始まり、二人きりでいられるこの時間を、誰にも邪魔されず彼を独り占めにできるこの夜を寄り添って過ごしたい。そんな甘えた願いが浮かぶのは、年が明けて無意識にはしゃいでいるからだろう。きっとそうだ、そういうことにしよう。そんな言い訳を胸中で繰り返し、烈風刀は訊ねるように小さく首を傾げ、わずかに伏せられた朱を見つめた。
 言い聞かせるような問いに、雷刀はばっと顔をあげる。言葉をゆっくりと噛み砕いていく中、朱の瞳が大きく見開かれる。意味を飲み込んだところで、ぱぁと丸い瞳が輝いた。
「起きる! 絶対起きる!」
 こくこくと大きく頷く様は、人懐っこい犬のようだった。その背後に勢いよく振られる尻尾すら見える。現金だな、ところころと変わる表情を見て、少年は密かに笑みをこぼした。
「まぁ、起こしてはあげませんけどね」
 自力で起きてください、と告げ、烈風刀は屑入れを手にして立ち上がった。えー、と落胆したような音を背に、少年は応えることなく台所へと向かう。こたつに暖められた身体を冷やすような薄闇の中、折りたたまれた紙製の屑入れをゴミ箱に放り込む。朝焼け色の皮が、四角い暗闇に飲み込まれた。
 さて、日の出の時間は何時だったろうか。晴れるだろうか。調べなければ、と考えたところで、ぱちりと瞬きをする。子供のように浮き足立った思考に、少年は小さく苦笑を漏らした。
 朝日のように目を輝かせているであろう兄が待つ部屋へと、静かに歩みを進める。また一つ鐘の音が聞こえた気がした。

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#ライレフ #腐向け

SDVX


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