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書き出しと終わりまとめ9【SDVX】

書き出しと終わりまとめ9【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその9。ボ6個。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:プロ氷1/ニア+ノア+レフ1/烈風刀1/ライレフ(神十字)2/レイ+グレ1

触れあいを求めて/プロ氷
あおいちさんには「あーあ、言っちゃった」で始まり、「それを人は幸せと呼ぶらしい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。


 あぁ、言ってしまった。
 ぎゅっと目をつむる彼女の顔はそう語っていた。俯いた顔は熟れきった赤色で、きゅっと引き結ばれた唇と胸の前で握られた拳はぷるぷると震えている。細い身体は己が身を守るように縮こまっていた。今までの彼女を見ていれば、彼女が持ちうる勇気を全て振り絞っているのだと分かる姿だった。
「ぁ、え…………、いいの? だ、大丈夫?」
 だというのに、己の口から漏れ出た言葉はこれなのだから何と間抜けなのだろう。これだけ頑張っている彼女に向けて、何だその呆けた返答は。もっと真摯に向き合え。内なる自分が罵倒する。言い返すことなどできなかった。
「だっ、だいじょうぶ、です。でき、ます」
 ぱっと顔を上げ、氷雪は識苑を見上げる。細い身はふるふると震えており、こちらをまっすぐに射抜く川底色の美しい瞳はかすかに潤んでいる。今まで何度も失敗してきたことなのだから怖いのだろう。未知の行為なのだから恐ろしいのだろう。けれども、その色の中にはその恐れを振り払った確かな決意が見えていた。
 小さく頷き、朱に染まりきった頬へと手を伸ばす。触れた指先から伝わる温度は火傷しそうなほど熱い。愛おしい温度に、頬が緩んだ。
 目閉じて、と声をかける。恥ずかしいほどに掠れた音だった。緊張しているのは己も同じなのだ。仕方無いだろう、愛おしい人と触れあう時が来たのだから。愛する少女に触れることをどれだけ待ちわびたことか。慕う少女に触れるのがどれだけ恐ろしいか。自分でも分からなくなるほどだ。
 震えながらも目を閉じ顔を上げたままの少女へと顔を近づける。一センチ。二センチ。のろのろと、しかしながらも確かに離れていた間が縮まっていく。愛おしいかんばせが近づくにつれ、青年の顔も赤らむ。恥ずかしさから目を背けるように瞼を閉じた。
 長い時を経て、二人の距離がゼロになる。薄くかさついた唇と、柔らかな小さな唇が重なった。
 一秒にも満たない邂逅。それでも、触れあった感触は、熱は、存在は、確かなものだった。
 そっと顔を離す。ゼロだった距離が、元通り頭二つ分離れる。恐る恐る目を開けると、翡翠の瞳と視線がかちあった。
「……でき、たね」
「……はい」
 相も変わらず間の抜けた言葉に、肯定の語が返される。淡雪のようにすぐ溶けて消えてしまいそうな声だった。しかし、その愛らしい声は己の耳にしかと届いた。
「――よかったぁ……」
 へなへなと情けなくその場にしゃがみこむ。張り詰めていた緊張の糸が完全に切れてしまい、どっと疲れが襲ってきた。膝に額を付け、はぁと大きく息を吐く。緊張が消えた心の内に、違うものが満ちていく。温かなそれに涙腺が刺激される。みっともなく緩みそうになるそれを必死に押し込めた。
「だ、だいじょうぶですか?」
「大丈夫だよー。……氷雪ちゃんこそ大丈夫?」
 上空から降ってくる問いに手を振って返す。少しの沈黙の後、そっと顔を上げる。見上げた先の小さな顔は逆光で少し薄暗く見えるも、変わらず真っ赤に色付いていることがありありと分かった。
 あ、ぅ、と淀んだ声が降り注ぐ。雪色の肌を朱に染めた少女は口元を着物の袖で覆う。口付けという恋人らしい行為に対しての羞恥が見て取れた。
「だ、だい、じょうぶ、です」
 あの、えっと、と時折唸りながらも氷雪は言葉を続けようとする。未だしゃがみこんだままの識苑は、彼女が発言しようとする様をじぃと見つめ待っていた。引っ込み思案な彼女がこれだけ頑張って何かを言おうとするなど、珍しいことだ。聞いてあげたいに決まっていた。
「――やっときっ、き、す、できて、うれしかった、です」
 長い沈黙の末、少女は拙いながらも言葉を紡ぐ。白銀の髪と同じ色をした眉がへにゃりと下がる。天河石の瞳が緩い弧を描く。その端から、透明な雫が静かに伝った。澄んだそれが悲しみや苦しみによるものではないのは、その幸い色に染まった表情を見れば明らかだった。
「……うん。俺も」
 そう言って識苑は笑みを浮かべる。とろけた顔と言うのが相応しい様相だった。彼の顔も、少女と同じく幸い色で満ち満ちていた。
 紙にインクが染み渡るように、胸の内に温かなものが広がっていく。今にもはち切れ溢れてしまいそうなこれを、人は幸せと呼ぶのだろう。




果てまで届け/ニア+ノア+レフ
AOINOさんには「ガラス瓶の中に想いを詰め込んだ」で始まり、「そのまま変わらずにいてね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以内でお願いします。


 ガラス瓶の中に、想いを詰め込んだ便箋を入れる。巻かれたそれは元の形に戻ろうとするが、すぐにガラスの壁に阻まれた。
「手紙だけでいいのですか?」
「貝殻も入れる!」
 烈風刀の言葉に、ニアは大きな声で答える。隣で紙を入れるのに四苦八苦している妹の名前を呼ぶ。ちょっと待って、と慌てた声が返ってきた。
「僕が入れましょうか?」
「大丈夫だよっ」
 見かねた少年が手を貸そうとするが、片割れは頑なに断る。一人で成し遂げたいのだろう。言い出したのは彼女なのだから。
 数日前、ノアが一冊の本を差し出してきた。図書室で借りたらしいそれには、『ボトルレター』というものが登場していた。海の向こうへ想いを渡すそれは、ロマンチストな妹の胸をくすぐったのだろう。これやってみたい、と控えめな彼女にしては珍しくはっきりとした主張に、姉は大仰に頷いたのだった。
 そして数日後の放課後、子ども二人きりで海に行こうとしたのを見かねてついてきた烈風刀と共に、砂浜へとやってきたのだ。
 ようやく詰め終えた妹の手を取り、浜辺を歩く。両手で抱えられるほどの貝殻を拾い集め少年の元へ戻ると、彼は苦笑した。
「全部入りますかね」
「入れるの!」
 揃って言うと、少年はそうですか、と口元を綻ばせた。
 クリアな瓶に貝殻を詰め込んでいく。すぐに満たされていくそれに、崩れぬようにどうにか全部詰め込む。おぉ、と驚きと感心の声をあげる碧にふふん、と双子は胸を張った。
 手紙と貝をたっぷり抱えた瓶を手に取る。そのまま、本の登場人物のように大きく振りかぶり、二人で一緒に遠くへと投げた。宙高く飛んだそれは、陽の光を浴びてキラリと光り、青い波間へと消えた。
「届くかな?」
「届くよー!」
「届きますよ、きっと」
 妹の問いに、碧と蒼は同じことを言う。それがなんだか面白くて、ニアはクスクスと笑った。吊られるように、ノアも控えめな笑みを浮かべる。そんな双子を、烈風刀は穏やかなまなざしで眺めていた。
 少女は光り輝く水平線を見やる。このまま、変わらず楽しくいたい。




戒/嬬武器烈風刀
あおいちさんには「また同じ夢を見た」で始まり、「その想いは海に沈めた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以内でお願いします。


 また同じ夢を見た。
 胸元を強く握り締め、烈風刀は荒い息を繰り返す。こめかみを汗が伝う。心臓が痛いほど鼓動する。
 己の身体を取り巻く茨が、鮮烈な朱を刺す。光剣が分厚いジャケットを切り裂く。晒された肌を裂く。布地が、紅が宙を散り彩る。
 斬りつけて、斬りつけて、斬りつけた。それでも立ち上がり向かってくる彼に地に倒され、そして――
 ぐ、と息が詰まる。呼吸が上手くできない。早鐘を打つ胸が痛む。脳の奥が何か叫び声をあげた。
 意識的に息を吐き、深く吸いを繰り返す。うるさかった心音がゆっくりと収まっていく。乱れていた呼気もじきに落ち着きを取り戻した。
 大丈夫。大丈夫だ。言い聞かせるように、心の中で何度も言葉を繰り返す。大丈夫だ。あんなことはもう二度と無い。あんなことはもう絶対に起こり得ない。あり得てはいけない。もう許されないことなのだ。
 そうだ、己は許されない。忘れるな。仲間を、愛しい人を、大切な家族を傷付けた己は許されることはないのだ。優しい彼女がどれだけ良いと言おうとも、頼もしい兄がどれだけ気にするなと言おうとも、己は許されないのだ。
 息を大きく吸い、一気に吐く。あれほど大量に湧いて出た汗は引いていた。静かな夜闇を碧が睨む。そこには、確かな意志が浮かんでいた。
 許されない。許されるはずがない。許されてはいけない。当たり前の事実を今一度口の中で繰り返す。強い響きが身体に刻まれていく。何年もの歳月をかけて重ねられたそれは、もう消えることなどないものだ。
 許されたいだなんて甘い想いは、あの輝かしい海に沈めたのだ。




移ろいゆくもの/神十字
あおいちさんには「みんな変わってしまうんだ」で始まり、「百年も待っていられないよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば11ツイート(1540字程度)でお願いします。


「皆変わっちまうんだよなぁ」
 窓の外を見やりぽつりと呟く。こぼれた声は存外大きかったようで、少し離れた本棚の前に立つ青年がクスリと笑みを漏らした。
「当たり前ですよ。人間なのですから」
 神様と一緒にしないでください、と軽口を叩き、男は手にしていた本を閉じ、棚へと戻した。白い指先がしばし宙を彷徨い、やがて止まる。背表紙に指を引っかけ、新たな本を取り出した。埃の香りがふわりと舞う。
「にしてもあっという間に変わっちまうじゃん。特に子どもはさ。オレの腰ぐらいしかなかったチビがいつの間にか頭一つ分まで迫ってきてんだぜ?」
 身振り手振り交えつつ赤髪の男は言葉を紡ぐ。小さな子どもと相違ない様子に、緑髪の青年は密かに口元を緩めた。
「子どもの成長は早いですからね」
 そう言って青年は開け放たれた窓の外を見やる。日向の中、幾人もの子どもが駆け回っていた。明確に自我を持ち始めた年頃の子もいれば、そろそろ『子ども』のカテゴリから外れるような年頃の子もいる。ここは『家族』を持たない者たちの集まりだ。様々な歳の子が所属していた。
「おもしれーよなー、子どもってさ」
「貴方は成長しませんものね」
「神がそう簡単に姿形が変わっちゃ困るだろ?」
「そうでしょうか」
「そうだろ。信仰対象がころころ姿変わったら何を信じたらいいか分からなくなっちまう」
「そうでもないと思いますよ。どんな姿であろうと、貴方が貴方であることに変わりはないのですから」
 窓の向こうへと目を向けながら、二人は他愛のない応酬を重ねる。子どもたちを眺める眼差しは、親のそれだった。職員である緑髪の男はもちろんであること、それなりの年月をともに暮らした赤髪の男――人ならざる者である神も彼らを実子のように愛していた。
 カツン、とヒールの音をたてて、神は青年に近寄る。赤い目が男の頭からつま先までじぃと見る。どうした、と蒼は目で問うた。
「お前は変わんねーよなー」
「それはそうですよ。僕はもう大人なんですよ? これ以上成長することなんてほとんどあり得ません」
 そんなもんか、と首を傾げる紅に、そうですよ、と蒼は返す。その口元は穏やかに綻んでいた。
 赤い頭が黒い服に包まれた肩に乗せられる。丸い青がぱちりと瞬いた。柔らかな髪が首筋を撫ぜる感覚に、小さな笑声が漏れ出た。
「……変わんないままでいてくれよ」
「それは無理ですよ。人間なのですから」
「さっき変わんねーっつったじゃん」
「それとこれとは別です」
 人は絶対に変わってしまうものなのです。
 青年――否、青年と呼ぶには幾分か年老いた男は、歌うように言葉を紡ぐ。諦観を孕んだ音色に、神は苦しげな音を漏らした。
「大丈夫ですよ。貴方のことは子どもたちにちゃんと伝え教えてあります。消えることは――」
「そうじゃねぇ!」
 穏やかな笑みを浮かべた男の声を、鋭い声が切り裂く。張り詰めた、今にも泣き出しそうな響きだった。怖い夢を見て夜中に起きてしまった子どものそれに似ているように思え、青い瞳がゆるりと綻んだ。
 寄り添った頭が離れる。黒い外套が翻る。タン、と地面を蹴る音。勢いに任せ、紅は蒼を強く抱き締めた。苦しいですよ、と男は背を叩くが、逆に力が込められるだけだ。聞き入れられる様子はなかった。
「十年もしたら僕のことなんて忘れますよ。だから、大丈夫」
「大丈夫なわけないだろ……」
 子供をあやすように男は黒い背を叩く。絞り出すような低い声が返された。
 十年だろうが百年だろうが、ずっと覚えて待っててやっからな。
 呟きにも似た重い言葉に、蒼は背を叩くことで返した。




冬、君と共に/ライレフ
AOINOさんには「ぬくもりを半分こした」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。


 冬が来る度、ぬくもりを半分こする。
 思ってたより寒いから。暖房代節約したいから。そんな稚拙な嘘を並べ立てて、今日も朱は枕片手に部屋を訪れる。シングルベッドは健康優良児である高校生二人を抱えるには狭いというのに、兄はいつだって屁理屈をこねて己のベッドに潜り込んでくるのだ。どれだけ拒否しようと、素早い動きで冷たい身体を布団に滑り込ませてくるのだから質が悪い。
 今日の言い訳は『寒い』の一言だった。シンプルすぎる言葉は、温度計が示す室温を見るに真実であろう。だからといって、この歳にもなって兄弟二人一緒に寝るという選択肢が発生するのは訳が分からないのだけれど。
「烈風刀、もうちょいこっち」
 声と同時に背中に手を回され、ぐいと身体を引かれる。それだけで二人の距離はゼロに等しいものとなった。ほんのりと相手の温度が伝わってくる。毛布に包まれた身体は柔らかな温もりで満たされており、優しい眠気を誘うものだ。隣にいる者が静かなら、このまま寝入ってしまってもおかしくない。
「暑いのですけれど」
「マジ? オレはこれでちょうどいいけど」
 眇め、闇夜の中の朱を見る。声の調子から、その飴玉のようにまあるい輝く瞳を大きく開いていることが分かる。暑い、と主張したにもかかわらず、少年は布団の主を更に抱き寄せる。足に足が絡みつく。まるで蛸が餌を捕らえるような動きだ。心地良い温度が身体を包み込んでいく。睡魔が瞼をそっと撫ぜた。
「暑いですってば。離れてください」
「オニイチャン、烈風刀が離れたら寒くて眠れなくなっちゃうなー」
 ぐいぐいと胸板を押してみるが、効果はほぼ無い。逆に背に回された手に力が入った。
 悔しいことに、重力戦争時代に戦闘を主にしていた雷刀の方が己より力が勝っている。それに、睡魔に絆されつつある身体は平時よりも言うことが聞かない。抵抗しても無駄であることは烈風刀も理解していた。それでも、このまま兄の思うがままになるのは癪だ。
「雷刀」
「なぁに」
 咎める声で名を呼ぶが、返ってくるのは砂糖を溶かしたような甘ったるい声だ。こつん、と額と額が触れあう。鼻先と鼻先が掠めあう。直接感じる温度と甘やかな呼吸に、浅海色の瞳がぱちりと瞬く。温もりでほのかに色付いていた肌に、ぱっと朱が広がった。反射的に顔を伏せ、首元まで布団に潜り込んでしまう。控えめな笑声が碧い頭に降り注いだ。
 『兄弟』という関係から更に先に進んでしまった今、こうやって抱き合って眠るのは少なくない。顔を近づけ合うことだって数え切れないほどだ。それ以上のことだって、もう多分にやっている。けれども、この胸には恋を初めて知った乙女のような恥じらいがいつだって湧き起こるのだ。なんとも情けない。己でもほとほと呆れるが、湧いて出るものはどうしようもなかった。
 烈風刀、と甘やかな声が己の名を紡ぎ出す。布団からはみ出た頭に温度が灯る。さらさらとした髪の間を、胼胝の浮かぶ指が流れるように梳いていく。眠れない子どもを安心させようとする親のような手つきだ。心地良くもあり、腹立たしくもあった。普段は初等部の子たちと同じほど子どもっぽいというのに、たまにこうやって兄ぶってくる。今のこれに至っては丸め込むための動きだ。薄い唇がきゅっと引き結ばれた。
「……寒いなら、毛布を増やせばいいではありませんか」
「これ以上毛布増やしたら重すぎて寝れねーって」
「いい加減湯たんぽを買ったらどうですか」
「売ってるのどれもちっさいじゃん。あんなんじゃ足りねぇ」
 案を並べ立てるが、のらりくらりと躱されてしまう。どちらも眠りの海に足を浸しているというのに、それらしい言葉を紡ぎ出せてしまうのだから不思議だ。
 背に回された手に力がこもる。途端、わずかにあった空白が埋まって、距離がゼロになる。鼓動の音まで聞こえてきそうだ。首筋に温度。肌を呼気が撫ぜる。すん、と息を吸う短い音が耳のすぐ側で聞こえた。そわりと背筋を何かが駆けていく。理解したくない感覚に、少年は美しい碧の瞳を伏せた。
 闇の中、自分と違うようで似ている声が耳元で囁く。
 だって烈風刀が一番温かい。烈風刀がいい。烈風刀じゃなきゃやだ。




世界がどう在ろうとも/レイ+グレ
あおいちさんには「どうか許さないでください」で始まり、「私は案外欲張りなんだよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします。


 許さないでよ。
 そう言って、彼女はこちらの胸元を強く掴んだ。崩折れそうなほど震えながらも布地を握り締める姿は、縋り付くと表現した方が正しい。すん、と鼻を啜る音が静かな部屋に落ちる。スピネルのような美しい瞳からしたたる雫が、己の膝に丸いシミを作っていく。生暖かいそれに、彼女が生きてこの場に存在していることを実感する。
 泣きじゃくる躑躅色の頭をそっと撫ぜる。悪夢を見て飛び起きたからだろう、癖の強い髪は汗ばんでいた。しっとりとしたそれが愛おしい。
「許しマスヨ」
「やめてよ!」
 とびきり優しく告げるが、返ってきたのは叫びだった。悲痛に濡れた、痛苦に塗れた、後悔が色濃く浮き出た音色が夜の空気を切り裂く。彼女の胸に抱える痛みが嫌というほど伝わってくる響きだった。
「許さないでよ……許されないんだから……」
 一生許されないのよ。
 絞り出すように呟いて、少女は嗚咽を漏らす。昂りすぎた感情に支配された頭は、もう意味のある語を成せないようだ。喉がひくつく音、鼻を啜る音が静寂を上塗りしていく。
 悲嘆に暮れる妹を、正面からそっと抱き締める。小さな頭を己の肩に乗せ、ぽんぽんと優しく叩く。大丈夫デスヨ、と囁くと、ゆるゆると形の良い頭が横に振られた。癖のある躑躅が揺れる。
 大丈夫、大丈夫。柔い輪郭を描く耳に、優しい囁きを落としていく。まじないのようであり、祈りにも似ていた。
 彼女――グレイスは、時折とびきり悪い夢を見る。泣いて飛び起きるため、その内容は多くは語らない。けれども、言葉の端々からはあの闘いの日々に対する強い後悔が見て取れた。今日だってそうだ。許して、とうわごとのように繰り返していたというのに、起きた今は『許さないで』と正反対の言葉を紡ぐのだ。
 許してほしい本心と、許されてはならないという強迫観念が彼女の精神を削っていく。どれほど苦しいのだろう。どれほど悲しいのだろう。どれほど願っているのだろう。想像を絶する感情であることぐらいは分かった。
 そんな彼女に対して、自分は何ができるのだろうか。今はその頭を、背を撫で、体温を共有し、少しでも落ち着けてやることぐらいしかできなかった。歯痒さに桃色の眉が形を歪める。どれだけの権限を持とうと、己は無力だ。
「大丈夫デス。許されマス。皆、許していマスヨ」
「そんなわけないでしょ。そんなこと、あり得ないんだから」
「あり得マスヨ」
 ワタシが何とかしてみせマス。
 重力戦争では、多大な被害がネメシスを襲った。それに対して良い感情を抱いていない者はいるだろう。彼女の言う通り、許さないと言う者もいるだろう。けれども、大切な妹がこちらの世界にやってきた時に誓ったのだ。全てを何とかしてみせる、と。世界が彼女を受け入れてくれるよう全力を尽くす、と。
「全部、やってみせちゃいマスカラ。ワタシ、案外欲張りなんデスヨ?」

畳む

#プロ氷 #ニア #ノア #嬬武器烈風刀 #ライレフ #レイシス #グレイス #腐向け

SDVX

烈風刀「大丈夫? おっぱい揉む?」【ライレフ/R-18】

烈風刀「大丈夫? おっぱい揉む?」【ライレフ/R-18】
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お題ガチャで出てきたネタがツボったので膨らませた結果。
インターネッツの悪い冗談に惑わされて疲れ切ったオニイチャンを元気づけようと「大丈夫? おっぱい揉む?」って言った結果美味しくいただかれる弟君の話。

なんだか右が疲れてへとへとになっていたので「お疲れさま。…おっぱい揉む?」と言ってしまった左。その瞬間元気になる右。

「おかえりなさい、補習お疲れ様でした。……お、おっぱ…………胸、揉みますか?」
 暗く濁った紅緋を見つめ、烈風刀はたどたどしく言葉を紡ぐ。ドサ、と鞄が地面に落ちる音がリビングに響く。それ以降、声が、音が続くことはない。静寂が二人を包んだ。
 数日前、勉強の合間の気分転換に行っていたネットサーフィンで、烈風刀は気になる文章を見つけた。
 ――男を元気にさせるなら「大丈夫? おっぱい揉む?」と言えばいい。
 そんな趣味の悪い冗談でしかない一文だが、少年の頭には引っかかるものがあった。具体的には、己たち兄弟、特に兄の性的嗜好についてだ。
 兄との性行為では女側の役割を果たす烈風刀であるが、れっきとした男である。女体への興味は人並みにある。特に女性の豊かな胸部に目が吸い寄せられてしまうことは密かながらもよくあることだった。相手にあまりにも失礼なのでできるだけ隠してはいるが、やはり女体の中でもその部位への関心は一際高い。それは兄も同様であることは、同じ男として分かっていた――デリカシーの無い彼がその嗜好を包み隠さず口にするのが原因なのだけれど。
 そんな彼相手ならば、この文言はてきめんだろう。事実、彼は女性の豊満なそれだけでなく恋人である己の胸にも多大なる興味を持っている。行為中にまさぐられないことは無いと言っても過言ではないほどだ。肉付きの薄い男の胸など触って何が楽しいのかはさっぱり分からないが、いつも上機嫌で捏ねくり回すのだからよっぽど好きなのだろう。
 だから、彼が連日の補習授業で疲れ果てているであろう今日、試してみようと思ったのだ。補習を受けるのは全て兄の日頃の行動によるものであり自業自得だが、疲労困憊といった様子で日々を過ごしている恋人を少しでも元気づけたいと思うのは自然なことだろう。それに、今日はその補習の最終日だ。ひとつのご褒美、疲れを癒やす一助になれば、と少年は件の文言を口にしたのだった。
 その結果、目の前に広がる光景は後悔を引き起こさせるものだった。
 真ん丸な緋色は更に丸く見開かれている。口も同じくぽかんと開かれており、彼のチャームポイントである八重歯が覗いていた。肩に掛けていた鞄はずり落ち、床にへたり込んでいる。先程まで鞄の取っ手を握っていた腕は、身体の横に力無く垂れ下がっていた。身体は硬直し、棒立ちのまま動く様子は無い。呆然という言葉を体現したような姿であった。
 やはり、こんなこと冗談でも言うべきではなかった。少なくとも、ようやく帰宅した者に対して開口一番で言うことではない。胸を揉むか問うなど、あんまりにも淫らではないか。下品だと叱られても当然の物言いである。そんなことを突然言われては、呆然とするのも必然だ。
 あぁ、なんて愚かなことをしたのだろう。いくら兄の性的嗜好に合致しているからと言って、口にしていい言葉ではなかった。反省と後悔の念が胸を襲う。猩々緋から視線が逸れ、徐々に床へと向かっていく。己の愚かさに無意識に唇を引き結んだ。
「……すみません、冗談です。突然こんな馬鹿なことを言ってすみませ――」
「いいの!?」
 精一杯謝罪の言葉を並べ立てようとするも、それは肩を掴む手によって阻まれた。あまりの勢いの良さに、思わず身体がぐらんと揺れる。力加減など一つもしていないのか、指が食い込んだ箇所が痛みを訴えた。鋭いそれに、思わず顔をしかめる。一体どうしたのだと顔を上げると、キラキラと輝くルビーと視線が交わった。
「え!? マジ!? おっぱい揉んでいいの!?」
 燦然と光る炎瑪瑙が、後悔と動揺で淀む藍玉を見つめる。先ほどまで疲労で暗く濁っていたのが嘘のようだ。呆けて開かれていた口の端は上がり、咲き誇るような笑みを形どっている。色濃い陰が差していたその顔は、疲れなど微塵も感じさせない喜色で彩られたものに移り変わっていた。問い質すように、掴まれた肩を強く揺さぶられる。ぐらんぐらんと身体が前後に揺れた。
 彼が口にした『おっぱい』という俗っぽい名称に思わず顔をしかめる。しかし、途中までとはいえ先にその後を口にしたのは己だ。咎める資格など持ち合わせていない。ぅ、と喉が詰まったような音を漏らした。
 本当ならば胸を揉まれるなど、しかも自ら揉まないかと提案するなど、強い羞恥を呼び起こす行為だ。けれども、言ってしまったものは仕方ない。自ら決意したのだ。今日ばかりは彼の好きにさせよう、と。
「え……、いえ、いい、ですけれど……」
「やったー!」
 肩をがっしりと掴んでいた手が離される。そのまま、朱は大きくばんざいをした。天へと手を大きく広げる様は、その胸の内に溢るる喜びを鮮明に表しているように見えた。欲しかったおもちゃを買ってもらった子どものように、やったやったと繰り返す。そのまま小躍りでもしそうな勢いだ。
「立ったままだとやりにくいよな? ソファ行こうぜ!」
 聞いたことがないほど弾む声と宝石のように輝く瞳が、動揺で固まった少年を捕らえる。再び肩を掴まれ、くるんと身を反転させられる。そのまま背を押され、ソファの方へと歩みを進めることとなった。
「ぅ、え? あの、ご飯とお風呂は――」
「そんなの後!」
 未だ心が乱れ揺れる烈風刀のことなど知らぬとばかりに、雷刀はその広い背を押す。ぐいぐいと押し進める力は強く、歩調が乱れよろけそうになるほどだ。どうにか押す調子に歩みを合わせ、ソファの前へと辿り着く。背に当てていた手を離し、兄は一足先に柔らかな座面に腰を下ろした。足を大きく開き、その中心をポンポンと叩く。ここに座れ、ということだろう。決意の通り素直に従い、彼の足の間へと腰を下ろした。浅く腰掛けるも、すぐに腹に回された手がぐいと引き寄せる。あっという間に己の背と彼の胸との距離がゼロになった。
「ほんとにいいの?」
「…………いい、ですよ。お好きにどうぞ」
 最終通告のように問う兄に、弟はしゃんと姿勢を正し答える。背が丸まったままの姿勢では触りにくいだろうと思っての行動だ。変に恥ずかしがって縮こまる方が己の中の羞恥を煽るということは学習している。もちろん、それが兄の性的興奮を煽る要因になることも学習済みだ。今日は性行為をするためではない、彼の疲労を癒やすために行うのだ。変に性欲を煽るのはよろしくない。
「んじゃ、触るな」
 ガッチリと腹をホールドしていた腕が離され、そろそろと上がっていく。しばしして、しなやかな指が胸部に触れた。鍛えられ薄く盛り上がった胸筋を、服の上から大きな手が包み込む。まるで胸当てのように全体を覆われた。
 宛てがわれていた手がゆっくりと動き出す。薄い肉を掴むように指を曲げ、そのまま徐々に閉じていく。第二関節が少し曲がったところで、指が元通りに伸ばし戻されていく。指が動く度、胸筋の上に乗ったわずかな脂肪が、むにりむにりとやわこく形を変える。フェザータッチとでも言うのだろうか、行為の大胆さに反し動きは酷く優しく、緩慢と言っていいものだ。動きに合わせるように柔らかな布地に皺が寄っていく。胸部にのみ皺が生まれる様はどこかいかがわしいものだった。
 ふ、と吐息が漏れ出る。服の上から与えられているとはいえ、刺激は刺激である。胸というすっかり敏感になってしまった部位にこうもじっくり触れられては、どうしても反応してしまう。けれど、この程度の動きで熱を孕んだ反応を示すなど淫乱でしかない。疲れを癒やすのに、そんな淫猥な要素など必要無い。く、と唇を噛んだ。
 抵抗しないことから大丈夫だと判断したのか、胸部を包み込む手の動きはだんだんと勢いを増していく。鷲掴むように指が肉に食い込む。すぐさま離され、また強く掴まれる。まるでパン生地を練るかのように、胸筋と薄い脂肪を揉みしだかれる。動きは大胆なものの、痛みは無い。ひたすらに優しいものだ。まさに行為中、前戯を想起させる動きだった。
 そんなことをされて、開発されきった身体が反応しない訳がない。声帯が震え、上擦った声をあげそうになる。そんなものを聞かせまいと、少年は両の手で己の口を押さえた。それでも鼻を抜ける甘い呼気を隠すことはできない。ん、と甘えるような音が服が擦れる音の中に紛れた。
 刺激に震える烈風刀の様子に気付いたのか、雷刀は小さく笑みをこぼす。己の手によって恋人が可愛らしいリアクションをしているのが嬉しいのだろう。ふふ、という漏れ出るような笑声は、非常に機嫌の良い音色をしていた。
 突如、胸部を揉んでいた手が離れていく。もう気が済んだのだろうか。これで少しでも疲れが癒えたならばいいのだけれど。そんな思いは、数秒も経たない内に破られた。
「――んぅ!?」
 ぐに、と胸の中心部を押し潰される。とろ火で炙るように刺激されていたためか、胸の頂はすっかりと立ち上がっていた――もちろん、性的興奮によって。そんな状態で敏感な部位を、それも不意打ちで強く刺激されたのだ。声をあげてしまうのも仕方のないことだろう。口元を押さえてなければ悲鳴のような嬌声があがっていたことは必至だ。
 尖ったそこを摘まれる。そのまま、ダイヤルを回すようにくりくりと転がされる。服の下にある乳輪をなぞるように、くるくると尖りの周りを指が回る。立ち上がった先端をカリカリと爪で引っかかれる。どれも、前戯で行うもの――性的興奮を煽り、快感を与えるための動きだ。『揉む』という行為からは完全に逸脱していた。
「ちょっ、と! ぁッ、揉むだけじゃないのですか、ぁ!」
「えー? ふつーに、いつもどーりに揉んでるじゃん」
 どこがだ、という言葉は短い悲鳴に掻き消された。胸の中心部を摘まれ、そのまま引っ張られたのだ。強い衝撃――快感に、アッ、と甘い声を漏らす。こんな声二度と聞かせまいと、少年は素早く口元を強く手で覆った。
 その様子が気に入らないのか、胸元をいじる手はどんどんと過激さを増していく。すっかりと主張する先端を捕らえられ、指先で捏ねるようにぐりぐりと刺激される。指を上下に動かし、尖りを弾く。コーヒーをスプーンで掻き回すように、くるくると周囲をなぞられる。立ち上がったそこを、咎めるようにトントンと爪を立てられる。兄の手によって作り変えられた敏感なる部位が、柔らかい布地の上から嬲られる。明らかに性行為を目的とした動きだった。
 どう強く意識しようとも、肉体はそう簡単に言うことを聞いてくれない。耐えようとする理性に反して、ん、ふ、と甘い音が鼻を抜ける。かすかなそれに雄の本能に火をつけられたのか、胸部をもてあそぶ手は止まることを知らない。指の間に尖りを挟まれ、そのまま強く揉みしだかれる。方向性の違う二つの刺激に、脳の奥がぴりぴりと痺れた。
「きもちいい?」
 必死に声を抑える中、耳元で兄は囁く。クスクスという心底愉快そうな笑い声付きだ。腹立たしいことこの上ない。
 そんなことを問われても、肯定することなどできない。こちらは疲労回復を目的としてこの行為を許したのだ。だのに、こんないやらしい触り方をするなど冗談ではない。それに感じ入ってしまっている自分も然りである。事実がどうであれ、肯定できるわけがなかった。そも、今は口を強く封じ込めているのだ。声を出して返答することなど不可能だ。
 なぁ、と問いかける声。含まれた吐息は確かな熱を孕んだものだった。
「直接触ったらもっときもちいいと思うんだけどさ」
 どう、と尋ねる声に選択肢など用意されていなかった。直に触らせろという要求、否、命令だ。確かに揉んでいいと言ったが、そこまでさせる気も道理もない。けれども、胸部を覆う手はむにむにと全体を刺激し、思考能力を奪っていく。きもちがいいことばかりを求めるよう、意識を塗り替えていく。気付けば、小さく首を縦に振っていた。
 胸部をいじめる手が離される。何で、と無意識に問おうとするより先に、視界がぐらりと揺れた。世界が横倒しになる。すぐさま肩を押され、上に半回転する。完全に座面に背を預ける形となった。
 広がった先、視界いっぱいに朱が映し出される。目は愉快そうに三日月型に歪んでおり、大きな口の端は不気味なまでに吊り上がっている。細まった瞳の奥には、確かな情欲の炎が燃え盛っているのが見えた――行為中に見せる、雄の表情そのものだ。
 ごくり、と白い喉が上下する。食われる、と本能が訴える。同じく本能は――被食者として幾度も貪られた本能は、食われたいとはしたなく叫んだ。
 少し捲れた裾の部分、覗く肌に胼胝が浮かぶ手がそっと添えられる。そのまま、中へと侵入してくる。侵入者は肌をなぞりあげ、服を上へ上へと持ち上げていく。熱が肌を伝い撫で上げていく感覚に、思わず息を呑んだ。
 途中で痺れを切らしたのか、裾を掴み、一気に首元まで押し上げられる。現れたのは、日に焼けていない真っ白な肌だ。ところどころ隆起する筋肉が男らしさを感じさせる。盛り上がった筋肉が薄く影を落とす様は、どこかインモラルに見えた。
 鍛えられた筋肉と薄い脂肪で盛り上がった胸の頂は、可哀想なほど赤く染まり、ぴぃんと尖っていた。雪の中咲き誇る椿を思い起こさせる光景だ。服の上から散々嬲られた結果である。一連の愛撫に身体が確かな快感を覚えていた証左でもあった。
 かぁ、と顔に熱が宿る。直接見なくとも、己の胸部が情けないことになっているのは嫌でも分かる。あれだけ情欲を起こさせるほどいじくられ、兄の手によってすっかり作り変えられた身体が淫らな反応をしないはずがないのだ。現に、己の中心部はボトムスで戒められる苦しさを覚えるほど勃ち上がっていた。たかが、胸部を刺激されただけで。
 雷刀もとっくに気付いているだろうに、そこについては全く触れない。触れる気がないのだ。なにせ、今の彼には己の薄っぺらい胸しか映っていないのだから。
 覆い被さった顔が近づく。口付けでもされるのだろうか。思わず身構え、目を閉じる。しかし、いつまで経っても唇に何かが触れる様子はない。何故だ、と疑問を覚えるよりも先に、強い性感が身体を襲った。
「っ、ぁ、あッ!?」
 胸部、その頂点が熱いもので包まれる。手なんか比ではない。温かな湯に身を浸した時の感覚が近かった。じゅ、と残り少ないジュースをストローで吸い上げるような音が鳴る。同時に、熱を持った部分から甘い痺れが走った。
 胸を吸われている。あまりにも突然のことに気付くまで随分と時間を要してしまったが、ようやく現状を把握する。羞恥に顔が赤く染まっていくのが自分でも分かった。
「やっ、雷刀! やめてくださ――ぁアッ!」
 抗議のために両の手で朱い頭を押してみるが、どういう理屈なのかびくともしない。どうにか退けようと奮闘する最中、咎めるように頂に柔く歯が立てられた。強い刺激に、目の前がスパークする。快楽信号が脊椎を駆け抜け、脳に叩き込まれる。頭の中が一気に官能に染まった。
 先ほどの痛苦を癒そうとするように、舌でぺろぺろと舐められる。舌で押し潰され、弾かれ、転がされる。剥き出しになったもう片粒を寂しがらせないように、空いた手が触れる。舌で行うそれとは違う刺激が脳髄に叩き込まれた。
 同時に二箇所も、それも違う風にいじくられ、快楽漬けにされた脳味噌が処理しきれるはずがなかった。許容量を超えた淫悦を逃がそうと、口からとろとろと甘い嬌声があがる。あまりにも卑猥なそれは聞き難いもので、思わず耳を塞ぎたくなる。もうそんな音は漏らすまいと、再び両手で口を強く塞いだ。
 それが男心に火をつけたのだろう。攻め立てる手はどんどんと強くなっていった。口が離され、今度はもう片方の頂点を吸われる。わざと聞かせているであろうちゅうちゅうという音が、耳から思考を犯す。つい先ほどまで口で愛し唾液でぬるついた赤い粒を、指がぐにぐにと潰し転がす。ピン、と指で弾かれた瞬間、呼吸のために開け放たれた鼻から、ン、と高い音が抜ける。その反応に気を良くしたのか、ふ、と笑い声を漏らしたのが聞こえた。その些細な振動すら、今の身体は快楽を拾った。
 きゅう、と肚が鳴き声をあげる。内で燃え盛る情火はどんどんと勢いを増し、天を衝かんとする。下半身に集まった欲望が、限界を叫ぶ。もう吐き出してしまいたい、と。
 嘘だ。絶望が少年を襲う。ただが胸を捏ねくり回されただけで、ここまで官能に支配されるなど初めてだった。直接触れられずにここまで張り詰めるなど初めてだった。限界を訴えるなど初めてだった。赤くなった顔から血が引いていく。天河石の瞳が大きく見開かれた。
 胸だけで達する。未知への恐怖が、快楽で染め上げられた頭に芽吹く。口を塞ぐ両手を離し、烈風刀は引き剥がそうと己が胸に顔を埋める兄の頭をぐいぐいと押す。反対に、しがみつくように顔を押しつけられるだけだった。ならば蹴飛ばそうと試みるが、足と足との間に入られた現状ではそれは叶わなかった。
「やっ、やだっ、らいとっ! や、め……ァっ、やだ……、だ、めぇ、です! も、むりぃ!」
 駄目だ。これ以上は駄目だ。頭が悲鳴をあげる。悦びの声を殺すのも忘れ、碧は叫び限界を訴える。翡翠の瞳から、恐怖と快楽に染まった雫が流れ落ちた。
 そんなことなど知るかと言わんばかりに、雷刀は攻める手をやめない。乳飲み子のように吸い付き、おもちゃで遊ぶように指を動かす。キャパシティが限界を迎えようとしている少年を追い立てるのは容易だった。
 生温かいものに包まれた粒に歯が立てられる。唾液でぬめる尖りにぐいと爪が押し当てられる。瞬間、視界が真っ白に染め上げられた。脳の奥の方がバチバチと音をたてる。きゅん、と肚の奥が悦びの鳴き声をあげた。
「ぁ、あ、あァッ!」
 ビクン、と身体が跳ねる。背が弓なりにしなる。図らずとも、兄に胸を押し付ける形となってしまった。まるでもっといじめてくださいと主張するような動きだ。応えるように、じゅ、と今一度強く吸われる。恐ろしい追撃だった。身体中を電流が走り抜ける。涙で滲む視界が白んだ。
 中心部に生温かいものが広がっていく。気をやったのだ、と呆けた頭で理解した頃には、胸部から雷刀は去っていた。再び視界が朱に染まる。にまりと歪んだ弧を描く口元は、涎でベタついていた。
「おっぱいだけでイった?」
 ニマニマと憎たらしい笑みを浮かべた口が言葉を紡ぐ。わざといやらしい言葉を選んで問うてくるのが腹立たしい。しかし、答えるのも、不快さを訴えるのも、今の烈風刀にはできなかった。長時間じっくりと胸をまさぐられ、容赦なく官能を叩き込まれた脳は、再起動まで時間を要した。
 答えを聞かぬまま、雷刀は弟のボトムスに手をかける。そのまま、下着ごと全て剥ぎ取った。濡れた股ぐらが顕になる。精液が滴るそれは淫らの一言に尽きた。
 不快感が取り払われるとともに、寒気を覚える。濡れた場所がいきなり外気に晒されたのだから当たり前だ。同時に、危機感を覚える――否、これは期待感だ。まだ足りないと泣き叫ぶ肚が満たされるであろう未来への想望だ。
「ら、らいと……、だから、もむだけ、じゃ――」
「これだけで足りんの?」
 呂律の回らない口で、抗議の声をあげる。形式ばかりのものだ。胸に宿るこの先の行為へのときめきは隠しきれていないというのに、頭にしぶとく残っている素直でない部分は体裁を取り繕おうとするのだ。なんとも愚かであった。
 そんなことなどとうに見破っている朱は、再び問いかける。どこか嘲るような響きだった。答えを分かっていての問いだ。足りるはずないだろう、もっと先が欲しいだろう、頭から爪先まで全て食い散らかされたいだろう、と。情欲の焔が燃え盛る瞳はそう訴えていた。
 濡れそぼつ雄茎に手がかけられる。そのまま、揉むように上下に擦られる。鮮烈な快感が一気に脳に叩き込まれた。ヒ、と喉が引きつった音をたてる。ぬちぬちと水っぽい音がリビングに響く。日常を過ごす場に相応しくない卑猥な響きだった。
「オレは足りねーし、もっと欲しい。シたい」
 分かりきった答えを聞くより先に、雷刀は宣言し行動に移す。顕になった白い足を割り開き、膝を折り曲げさせる。そのまま、座面につくほど深く押さえつけた。腰が持ち上がり、必然的に眼前にゆるく勃ち上がり始めた己自身が晒される。ライトの光を受けてらてらと輝く姿に、顔に血が上ってくるのが分かる。お前はこれだけ淫乱なのだぞ、と見せつけられているような心地だった。
 節の目立ち始めた指が、真っ赤な口の中に吸い込まれる。数秒、唾液をたっぷりとまとったそれが姿を現す。これから何が起こるかなど、何をされるかなど容易に分かる。だって、何度も見た光景なのだから。
 秘められた――今は兄の目の前にはっきりと晒されている蕾に、ぬるつく指が押し当てられる。幾度も兄自身を飲み込んだそこは、期待するようにひくついていた。
 濡れた指先がくるくると縁をなぞる。皺一つ一つを伸ばすような動きに、羞恥が込み上げる。欲望に忠実な窄まりは、誘うようにはくはくと口を開けた。
 つぷ、と淫靡な音をたてて指がナカへと這入っていく。隘路が割り開かれていく感覚に――待ち望んだ感覚に、白い身がふるりと震えた。
 侵入者はゆっくりとした足取りで奥へと進んでいく。第一関節まで潜り込み、爪の根元まで戻る。また潜り、退いていく。解すための丁寧な動きだが、浅い部分を何度も繰り返し擦られ、身体は従順に反応を示す。待って、行かないで、と泣き縋るようにきゅうきゅうと指を締め付ける。あやすようにとんとんと内壁を突かれ、ぁ、あ、と細い声が漏れ出た。
 時折雷刀は口を開け、だらしなく舌を垂らす。つつ、と滴る唾液が指を受け止めた秘所に落ちる。何度も潤滑油代わりのそれを継ぎ足していく。くちくちと小さな水音が部屋に響いた。
 第一関節、第二関節と段階を踏んで潜っていく侵入者が、とうとう根本まで這入りこむ。奥を暴かれる悦びに、内部はぎゅっと抱きしめ歓待した。応えるように、鈎状に曲がった指がうちがわを擦る。イイ部分を直接刺激され、碧は法悦の涙をこぼした。もっと、とねだるように無意識に腰がくねる。あまりにもはしたなく、あまりにも猥褻であった。
 一人だった侵入者が、二人、三人と数を増やしていく。三人揃って弱い部分をぐっと強く押される。バタ足をするようにバラバラと動き、内部を掻き回される。曲がった指先が、内壁を同時に三箇所擦り上げる。達したばかりの身体にはあまりにも強い刺激だった。雄を受け入れるために解す行為、つまり準備段階でしかないというのに、すっかり敏感になった身はそれだけで気をやってしまいそうな心地だった。反対に、これだけでは足りない、というはっきりとした意識もあった。こんな指なんかじゃ足りない、もっと逞しいモノに蹂躙されたい、と浅ましい肚が叫んだ。
「ぁっ、やっ、らいと、ぉ」
 待ちきれないとばかりに愛おしい人の名を紡ぐ。快楽から逃れようと、藻掻くように座面を引っ掻く。そんなものに意味などない。ただ、恋人を煽るには十分だったらしい。ぐ、と息が詰まる音が降ってきた。
 侵入者が性急にナカから去っていく。未練がましく締め付けていたためか、抜き出る瞬間、つぷん、といやらしい音がたった。短く小さなそれは、二人の荒い吐息に掻き消された。
 ゴソゴソと衣擦れの音。しばしして、折った膝を強く押された。ぐ、と腰が持ち上がる。眼前に涎をこぼす己自身と解れきった秘蕾が晒された。浅ましいにも程がある光景に思わず目をつむりそうになる。けれども、差し込んだ影がそれを阻んだ。
 ひくつく後孔に、熱いものが触れる。雷刀自身だと気付くのはすぐだった。なにせ、宛がわれている光景が目の前に広がっているのだ。硬く勃ち上がった雄の象徴が、柔らかに綻んだ秘めたる場所にずりずりと擦り付けられる。今からここに挿入れるのだぞ、と宣言されているようだった。
 はー、はー、と荒い息が漏れる。涙で濡れた碧は、先走りを塗り込むように動く肉茎に釘付けになっていた。とろけきった瞳には、愛する人に蹂躙されることを待ち望む色がはっきりと浮かんでいた。
 はくはくと綻ぶ狭穴に、剛直の先端が宛がわれる。熟れきった切っ先が、ゆっくりと中へと這入り込んでいった。
「ぅ、あ……」
 入念に解されたとはいえ、先ほどまでの侵入者は所詮細い指であった。そんなものとは比べものにならないほど太いモノが、狭い道を拓いていく。身体の中を無理矢理拡張されれば、多少なりとも苦しみを感じるはずだ。しかし、今の烈風刀の頭には官能と幸福しかなかった。空白がどんどんと埋められていく感覚に、少年は無意識に口元を緩めた。
 細い肉の道が、一番太い部分まで飲み込む。頭に続き、幹が内部をゆっくりと埋めていく。先端が弱い部分を掠め、少年は悦楽にとろけた声をあげる。縋るように強く締める肉を、逞しい茎が割り開かれていく。長い時間をかけ、巨大なる侵入者がやっと根本まで這入りこんだ。それでも足りないとばかりに、ぐっと腰を押し付けられる。上から体重をかけて突き立てられ、碧はぁっ、と短く声を漏らす。涙が白い頬に透明な筋を作った。
 ずず、と欲望が徐々に去っていく。張り出た部分がごりごりと内壁を擦る。内部を刺激される快びと埋められたものがいなくなる寂しさが胸を襲う。再び座面に爪を立てる。引っかかれた布地がかすかな音をたてた。
 雄の証は隘路の半ば頃で動きを止めた。中途半端に埋められた感覚に、もどかしさに、細い腰がゆらゆらと揺らめく。卑猥なる光景を前に、目の前の赤い口が三日月を描いた。
「ッ、ひっ、ぃ! あっ!」
 しゃくりあげるように雷刀は腰を動かす。コツンコツンと腹側の弱い部分を硬い先端で突かれ、烈風刀は淫悦の泣き声をあげた。敏感なる粘膜を擦り上げられる度、膨大な快楽が生まれる。悦びを示す電気信号が、次々と頭に叩き込まれる。受容する器官がバチバチと危機感を覚える音をたてた。弱点とすら言える箇所を執拗に攻め立てられ、少年は耐えられないとばかりに頭を振る。浅葱の髪がバサバサと乱れる。汗ばんだ肌に美しい碧が張り付く様は艶めかしいものであった。
 膨れた部分をひたすらに擦り上げていた槍が動きを止める。ずずず、と去り、傘の部分が縁に引っかかるような位置で停止する。突如止んだ猛攻に、怒張が引いた位置に、少年は身を固くする。快楽にとろけた頭でも、これから何が起こるかぐらい簡単に分かる。ボロボロと涙をこぼし、拙い動きで頭を横に振る。思考とは正反対に、薄い肚は与えられるであろう快楽を待ちわびきゅんきゅんと疼いた。
 ばちゅん、と肉と肉が打ち付けられる音がリビングに響く。ずぬぬぬ、と肉の刃が一気に鞘の中へと収まっていく。ナカ全体を勢いよく刺激され、碧は悲鳴をあげる。苦しみや痛みによるものではない、悦びに溢れたものだった。
 張り詰めた先端が秘められた襞をこじ開けるように小突く。真上からの体重を掛けたピストンは一撃一撃が重く、身体中に響くようだった。鍛えられた腹に杭の形が浮かんでしまいそうなほどの勢いと衝撃だ。突き破られてしまう、とあり得ない恐怖が頭の片隅に生まれる。すぐさま官能が塗り潰し消し去った。
「ぁっ、あ、ぅ……ぅあ、あっ」
 浅海色の瞳は、目の前の光景に――己が孔穴に恋人自身が幾度も出入りする光景に釘付けになっていた。普段なら目をつむって逃げてしまうそれから、今は目が離せない。丹念な愛撫で昂ぶった身体は、コントロールが効かなくなっていた。ぐちゅぐちゅと結合部から卑猥な音があがる。この肚に兄の体液がたっぷりと塗り込められているという証である。
 ぷちゅん。ぬちゅん。非日常な淫音が日常を過ごす空間に響く。その背徳感は興奮を煽るスパイスでしかない。ソファという普段と違う場所で睦み合っているという事実も、服を着たまま獣のようにまぐわっているという事実も、二人の情欲の炎に薪をくべるだけだった。
 聴覚、視覚、触覚。五感の内の三つも支配されている現状は、脳の処理能力を超えていた。できることなど、とろけた嬌声をあげるぐらいだ。快楽の解放先を求め、カリカリと座面に爪を立てる。見かねたように腕を取られ、目の前の首へと回される。ようやく縋るものを見つけ、少年はぎゅっとその首に抱きついた。汗の、兄の匂いが鼻先を掠める。それだけで肚の奥で燃え盛る火が大きくなった。
 ばちゅん、ぐちゅん、と猥雑なる響きがどんどんと激しさを増していく。兄の腰使いも勢いづき、早くなっていく。柔らかな肉洞が、雄の形に広げられ、擦られ、法悦を叫んだ。
 知っている。何度も経験したことだ。つまり、射精が近いのだ。この肚に種を植え付けられる時が迫っているのだ。待望の時間に、きゅんと肚の奥底がときめく。早くくれ、とばかりに、うちがわは蹂躙者に絡みついた。ぅあ、と熱のこもった吐息が耳に直接注ぎ込まれる。兄が確かな性感を覚えている証拠だ。己の硬く薄い身体で愛しい人が快楽を得ているという喜びが胸の内に湧く。
「らいとっ、らい、とぉっ」
 歓喜と愛しさを表すように、碧き少年は幾度も愛する人の名前を呼ぶ。溢れる唾液でどろどろになった口は、拙い響きしか奏でられない。しかし、それは雄を煽ったらしい。膝を押さえつける手に更に力がこもった。
 れふと、と名を呼ばれる。熱に溺れた声だった。情火が燃え盛るガーネットの瞳が、濡れたエメラルドを射抜く。捕食者のそれに、座面に押さえつけられた背が震える。恐怖だけでない、確かな悦楽があった。愛する雄に残らず食われる悦びは、少年の身体に幾度も刻まれていた。
 ごつごつと音が響きそうな勢いで、肉刃が洞の最奥を突き上げる。奥底を守る襞を執拗に小突かれ、少年は上擦った声をこぼす。奥の奥を暴かれる悦びも、とっくの昔に身体に刻み込まれていた。更なる奥地に誘おうと、内部が蠕動する。うねる狭道に誘われるように、締め付ける内壁から逃げるように、雄は肚を穿つ。咥え込んだ後孔がめくれ上がってしまいそうな勢いだった。
 ごちゅん、と腰骨がぶつかる重い音が響き渡る。瞬間、最奥を守る襞が硬い切っ先によって打ち破られた。隘路のその先、更に狭き道を張り詰めた頭が割り広げる。蠢く肉道が侵入者を殊更強く抱きしめた。
 視界が真っ白に染まる。脊髄を鋭く多大な電流が走っていく。バチン、と脳が限界を迎える音が聞こえた気がした。
「ヒ、ぃっ、あッ――あああああッ!」
 完全に許容量を超えた刺激に、烈風刀は高い悦楽の悲鳴をあげる。びゅくびゅくと彼自身から白濁液が吐き出された。服が捲り上げられた胸に、白い化粧が施される。日に焼けていない白い肌を、熟れた赤い果実を濁った雫が汚す様は、卑猥の一言に尽きた。
 奥底を暴かれ達した身体は、ビクビクと痙攣する。雄杭を受け入れた肉筒がぎゅうと締まる。最奥の守護者である襞が、熱く柔らかな内壁が、ぷくりと熟れた縁が、雄の象徴を抱きしめる。もうとっくに到達したというのに、更に奥へと誘うように蠢き敏感なる部位を撫で上げた。
 ぅあ、と苦しげな声が降ってくる。瞬間、肚の奥に熱いものが注がれた。マグマのような劣情の迸りが、狭き洞を満たしていく。うちがわ全てを焼かれるような心地だった。同時に、言葉にならないほどの多幸感が胸を埋めていく。長らく待ち望んだ温度に、少年はあ、ぁ、とか細い嬌声をこぼす。幸福に満ち溢れた音色は、確かな悦びを謳っていた。
 低い喘ぎを零しながら、雷刀はカクカクと腰を細かく動かす。一つ残らず注ぎ込み、奥の奥まで種を塗り込め植え付ける動きだった。その行動が実ることはないと理解している。しかし、雄としての本能がそうさせたのだった。
 荒い息が二つ重なる。流れる汗が、溢れる唾液がソファの座面に暗いシミを作る。激しい情交は二人の体力を多大に削っていた。それでも朱の手は未だに碧の膝を鷲掴み、座面に押し付けている。獲物を逃すまいとする捕食者の行動だ。
 潤んだ燐灰石が、薄く涙を湛えた柘榴石を見上げる。どこかぼやけながらも熱烈な視線に、朱は笑みをこぼす。何が言いたいのかは言葉にしなくとも分かった。
 開いたままの口をべろりと舐められる。人懐っこい犬のような行動に、自然と目元がゆっくりと垂れ下がる。己も舌を出し、ぺろぺろと舐めるそれをちょんと突く。すぐさま赤いそれに絡め取られた。舌と舌とがもつれあい、艶めかしい即興のダンスを踊る。踊り終え離れた瞬間、今度は唇と唇が重なった。即座に熱の塊が口内に這入り込んでくる。愛しいそれを真正面から受け止めた。
 くちゅくちゅと水音が合わさった唇から漏れ出る。ん、ふ、と甘ったるい音が鼻を抜ける。幸に染まった響きをしていた。
 音をたてて交わっていた唇が離れる。内部で抱きつきあっていた赤たちも、ぬるりと擦れながらも身を離した。透明な糸が愛しあう二人を繋ぐ。頼りないそれは、すぐさま切れて消えた。
「……むねを、もむ、だけって……いったでは、ない、ですかぁ……」
 涙でしとどに濡れた水宝玉が、未だ炎灯る紅玉髄を睨めつける。確かに好きにしろとは言った。けれども、それはあくまで『胸を揉む』という行為の中での話だ。そのままもつれこみ、肌を重ねていいなどとは一言も言っていない。だのにこれである。烈風刀が不満を訴えるのも無理はなかった――抵抗せず大人しく食われた己にも責任があるということは、聡明な彼自身気付いているのだけれど。
 碧の鋭い視線に、朱はぅ、と言葉を詰まらせる。素直に非を認めたのか、ごめん、としょげた謝罪の言葉が降り注いだ。
「だって烈風刀きもちよさそうだったし……つい……」
「『つい』もなにもありませんよ……」
 責任転嫁するような物言いに、烈風刀は呆れの声を漏らす。はぁ、と濡れた口元から重い溜め息が漏れる。うぅ、と唸り声がソファに落ちた。
「でもさぁ、烈風刀だっておっぱい揉まれてきもちよかっただろ?」
 こうやってさ、と雷刀は押さえつけていた膝から手を離す。ニィと口角がいたずらげに吊り上がった。
 服を捲りあげられたまま、ずっと晒されていた胸元に、大きな手が伸びる。胸に散った白を掬い、塗り込めるように頂をくりくりと転がされる。背筋を走る鋭い性感に、少年はヒッ、と短い悲鳴をあげた。垂れた唾液をまぶすように胸全体を包み込み、むにむにと揉まれる。優しいその手付きはいやらしいもので、晴らされたはずの情欲を再び掻き立てるには十分だった。
「ちょ、と、やだっ、らいと! だめですってば!」
「えー? 『揉む』なら好きにしていいって言ったじゃん」
 抵抗の声をあげるも、相手はわざと言葉を歪めて解釈し、手を止めようとしない。盛り上がった胸部全体を手で包まれ、揉みしだかれる。薄い胸が指の通りに形を変えた。
 だめ、だめ、と駄々っ子のように首を横に振る。突き飛ばしてしまいたいはずなのに、鍛えられた腕は愛しい人に縋り抱きついた。まったくの逆効果である。
 ピン、と膨れ上がった尖りを指で弾かれる。瞬間、視界に光が瞬いた。情火に炙られとろけきった脳が、鋭い電気信号を受けバチバチと火花を散らす。細く上擦った喘ぎがリビングに響き渡った。
 肚の奥に炎が宿る。愛しい熱をたっぷり注がれ満足したはずのそこが、もっとくれと泣き声をあげ始める。胸だけでは足りない、もっと熱が欲しい、全て食らい尽くされたい、と淫らな欲望を叫んだ。
 気付けば、再び胸部を雷刀の口が包んでいた。乳飲み子が母乳を求めるように、ちゅうちゅうと吸い付く。唾液をたっぷりまとった熱い舌が、ぷっくりと熟れた粒を優しく弾く。次々と与えられる刺激に、碧は淫悦の涙を流すことしかできなかった。
 ぷは、とわざとらしく息を漏らし、兄は弟の胸から顔を上げる。藍宝玉を射抜く朱い双眸には、未だ欲望の焔が燃え盛っていた。
 どうする、と問う声が真正面から降ってくる。選択肢など与えられていなかった。己自身が再び芯を持っていることも、薄い肚が獣欲を欲していることも、まだ内部に埋め込まれたままの雄が逞しさを取り戻していることも、全て分かっている。分かっていて否と答えられるほど、今の烈風刀に理性などない。先ほどからの性行為で理知的な頭からは理性など削ぎ落とされ、剥き出しになった本能が主導権を握っていた。本能が何を選ぶかなど、自明だ。
 腹に力を込め、ぎゅっと豪槍を抱きしめてやる。不意打ちに、アッ、と少し高い喘ぎがリビングに響く。それだけで胸がすく思いがした。ふふ、と得意気な笑声が漏れ出る。ぐ、と獣が唸るような声が鼓膜を震わせた。
 胸に当てられていた手が、再び膝にかけられる。ぐい、と押され、また眼前に結合部が晒された。大業物を根本まで咥え込んだ様が明け空色の瞳に映し出される。あまりにも淫らな光景に――欲望を刺激する光景に、頬が上気するのが分かった。
 奥底に潜り込んだままの切っ先が、ゆるゆると動かされる。普通ならば暴かれざる秘めたる襞を刺激され、烈風刀はおんなのような高い声をあげる。抉じ開けられた部分を、硬い先端が執拗に攻める。先ほどのいたずらの罰を与えているようだった。
 朱い頭を掻き抱く。こうなった元凶は今抱きついている彼であるのに、碧は目の前の愛する者へと助けを求めるように縋り付いた。幼い子どものようなその姿は、可愛らしくも愚かであった。
 ぱちゅん。ずちゅん。淫猥なる響きがリビングに落ちては積もっていく。非日常な淫音が止む気配は当分無い。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

書き出しと終わりまとめ8【SDVX】

書き出しと終わりまとめ8【SDVX】
top_SS01.png
あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその8。ボ6個。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:はるグレ1/嬬武器兄弟1/レイシス1/プロ氷1/ライレフ2

一年越しの約束投げつけ/はるグレ
葵壱さんには「消えたがる君を引き止めたかった」で始まり、「そんな怖い顔しないでよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。


 消えたがる君を引き止めた。
 男女の差、それも闘いから身を引いて久しい者と長期間の戦闘経験を積んだ者では、もちろん後者が勝つ。反射的に握った細腕は、限界まで引き伸びたところで止まった。否、止まる外無かった。
「な、によ」
「これ、チョコレートですよね……?」
 腕を握っていない方の手、そこにある小さな箱を見る。リボンでラッピングされた薄めの箱からは、ほのかに甘い香りが漂っていた。
 始果が口にした語に、グレイスの身体がギクリと強ばる。再び地を蹴り駆け出そうとするが、未だ己を掴む少年によって阻まれた。
「……だったら何よ」
 告げる声は細く硬い。羞恥、はたまた怒りを孕んでいるのか、可愛らしい声は震えていた。
 必死に顔を背けていた彼女が振り返る。白いかんばせは朱に染まり、まあるい瞳の端にはわずかに涙が溜まっていた。
「あんたが『くれ』って言ったから作ってきたんじゃない! 悪い!?」
 廊下全体に響かんばかりに少女は叫ぶ。怒りが見て取れた。それも全て照れ隠しなのは、その顔を見れば明らかだ。
 グレイスの言葉に、少年はふと口元を緩める。
 チョコレートが欲しい、とねだったのは昨年のことだ。それを忘れずにいてくれた。しかも、律儀に守ってくれた。それだけで、胸の内に温かなものが広がっていく。心が何かでぎゅうぎゅうに満たされる。彼女といると、いつもこうだ。不思議と、苦しさはなかった。
 どこか悔しげに歯を食いしばりこちらを睨めつけるグレイスに、始果は眉端を微かに下げる。細められたイエローが、マゼンタを正面から見据えた。
「そんな怖い顔しないでください……。ありがとうございます」



手を取り闇を/嬬武器兄弟
AOINOさんには「暗闇なんて怖くなかった」で始まり、「謎は謎のままがいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。


「く、くくっ、暗闇なんて怖くねーし」
 薄暗闇に声が響く。引きつった口から発されたそれは、哀れなほど震えていた。強がりであることが否応なしに分かる。
「だっ、たら、手を離したらどうなのですか」
 裏返った声に、硬い声が返される。平静を装っているが、彼らしくもなくところどころ詰まる様やかすかに震える響きからそれもハリボテであるのは明らかだ。
 ボルテ学園にて年に一回行われる学園祭。その出し物の一つである『お化け屋敷』に嬬武器の双子は訪れていた。特別教室二つを繋げただけで行われているはずなのに、順路は妙に長く感じる。無意識に普段の歩調の半分以下で進んでいるのだから先に当たり前だ。序盤は先に入った桃と躑躅の姉妹の声が薄っすらと聞こえてきたが、今は音はない。静寂と闇が兄弟二人を包んでいた。
「れ、烈風刀が掴んでんじゃん!?」
「ぼっ、僕は何もしていませんよ」
 隣り合わせに歩く二人は、いつの間にか手を握っていた。どちらとも力が込められており、肌の一部が白くなっている。容易に剥がせそうにないだろう。言葉に反して振り切る様子は互いに無いのだけど。
「ほ、ら。進むぞ。行くぞ」
「え、えぇ。あまり遅くては、後続の人に迷惑ですからね」
 短い応酬の後、双子は歩みを進める。会話というよりも、己に言い聞かせるようなものだった。
 ザリ、と足音がたつ。ビクリと二つの肩が同時に跳ねる。足元から、おどろおどろしい音楽が這い寄る。ありきたりでチープなものだが、雰囲気が完成されたこの薄暗い室内では、何よりも自然な音に聞こえた。
 ワッ、と短い声が二人の横から飛んでくる。同時に、長い黒髪を前に垂らし白装束に身を包んだ女性が碧と朱の視界に飛び込んできた。
「うわああああああああ!?」
「ヒッ――!」
 耳をつんざかんばかりの叫び声を上げる雷刀。短く細い悲鳴と共に息を止める烈風刀。二者二様の反応が薄闇を裂く。あまりの驚愕に、繋いだ手に更に力が込められる。爪が刺さらんばかりの強さだ。それを咎めることは互いに無い。そんな余裕など無いのだ。
「れっ、れふと!」
「らいと!」
 互いに名を呼び安否を確認し、二人は同じタイミングで順路を駆けていく。走らないで、と言う女子生徒の声は双子の耳には届かなかった。
 区切られた道を二人で走る。順路を一直線に走っていく二人の様子に手出しをできる者はおらず、その背を見送るだけだ。駆けて逃げていく者の想定はしていたが、ここまでの速度となると止めようがない。お化け役の生徒はどうしよう、と近場の者に目配せすることしかできなかった。
 薄くかかった薄暗い音楽を背に、双子は駆け抜けていく。いくつめかの角に貼られた『出口』のポスターを目にし、二人の顔からようやく強張りが抜けた。
「出口!」
「はい!」
 暗闇の終わりめがけて双子は足を動かす。最後、一条の光差す暗幕が二人の前に現れる。闇の終焉を示すそれ目掛けて、二人で足を踏み出した。
「――あっ!?」
 あと少しで出口だというところで、烈風刀が声をあげる。突然足が止まり、グラリとその体躯が傾く。そのまま、勢いよく地面に倒れ伏した。もちろん、手をしっかりと握っていた雷刀も同じ運命を辿る。びたーん、と騒々しい音が闇に響き渡った。
「な、んだよぉ……」
 痛みを堪えながらも、雷刀は立ち上がる。しかし、隣に倒れた弟が起き上がる気配が無い。どうした、とそちらを見やると、そこには己の足元を見つめ絶句する彼の姿があった。
 どうしたのだろう、と兄は碧の視線を追う。その先、弟の足首には、小さな白い手がまとわりついていた。それも、ふたつも。
 ひ、と喉が引きつった音をたてる。もう叫ぶ余裕すら残されていなかった。叫びすら抑えられるほど異常で異様な光景だった。人の手が足を掴む。ホラー映画で幾度も見てきた光景だ。恐怖が脳を侵食していく。
 れふと、と音にならない声で弟を呼ぶ。呆然とした――否、恐怖に硬直した烈風刀は動く気配すら無い。浅葱の瞳は見開かれ、足元をいつまでも見つめていた。
「烈風刀っ!」
 弟の名を叫び、兄は握った手を強く引く。無理矢理身を起こされ姿勢がずれたせいか、まとわりついていた手はすっと消えてしまった。好機だ、と覚束ない様子の彼をどうにか立たせ、出口まで引っ張っていく。どうにか二人揃って暗幕をくぐり抜けた。
 暗闇色の布を超えた先は、光と人で溢れていた。日常に戻ってきた証拠だ。はぁ、と大きく溜め息を吐き、双子は床にへたり込んだ。
「二人とも、やっと終わったんデスネ」
「悲鳴すごかったわよ。そんなに怖かったの?」
 にこやかな笑みを浮かべるレイシスと、意地の悪い笑みを浮かべるグレイスが二人を出迎える。姉妹の言葉を聞く余裕など、今の二人には無い。ただぜぇはぁと喘鳴をあげるのみだ。
「いやー、お疲れ様ー」
 四人の元に、看板を持った少女が寄ってくる。白装束に身を包んだ彼女は、このお化け屋敷を担当したクラスの委員長だ。顔見知りと元凶の登場に、烈風刀は何とも言えない表情をした。
「二人とも悲鳴すごかったね。いい宣伝になるよ」
 はは、と悪びれず笑う彼女に、双子はじとりとした視線を返す。ここまで出来の良いお化け屋敷を作った彼女らへの賞賛と、この年にもなってみっともなく叫んだ羞恥がごちゃまぜになった視線だ。
「す……、素晴らしい出来でしたが、最後のはどうかと思いますよ。怪我の恐れがあります」
「そーだぜ。オレたち思いっきり転んだんだからな!」
 どうにか心を鎮めたて、二人は最後の部分への不満をぶつける。顔から地面へとダイブした二人からすれば真っ当な意見だ。
 最後、と言って、クラス委員長は首を傾げる。なんのことやら、といった調子だ。
「最後、足を掴んでくるところがあるではないですか。危険ですよ」
「えっ? そんなの無いよ?」
 危ないじゃん、と言う少女の顔に偽りや誤魔化しは見えない。事実のようだ。
「そんなのありませんデシタケド……」
「最後だけなんにもなかったじゃない」
 先にアトラクションを終えていた姉妹も、同じことを口にする。彼女らが嘘を吐くメリットはない。こちらも事実だろう。
 では、確かに見たあの手は何だったのだ?
 兄弟二人で顔を見合わせる。丸く瞠られた目には、たしかにあの光景を見たということがはっきりと書かれていた。
 うん、と一つ頷き、二人は息を吐く。何も見ていない、とぶつぶつとした呟きが双子の間に落とされた。
 謎は、謎のままがいい。



少女と世界生命/レイシス
あおいちさんには「みんな変わってしまうんだ」で始まり、「それを人は幸せと呼ぶらしい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。


 皆変わってしまうのだ、とレイシスは内心呟く。当たり前のことだというのに、その言葉は胸に重く落ちた。
 彼女の目の前にあるモニタには、歴代のユーザー変移が表示されていた。ありがたいことにユーザー数は増加の一途を辿るばかりだが、減少していないわけではない。BOOTHからプレーしていたデータが、今作はまだ移行が完了していない。つい最近まで毎日プレーしていたデータが、もう二週間も更新されていない。些細な、けれどもナビゲーターとしてこの世界を導く彼女にとって、その数字の変移は寂寞の情を駆り立てるのには十分だ。
 アーケードゲームという、限られた場所でしかプレーできないものである以上、環境や時流の変化によってプレーヤー数は移ろうものだ。頭では分かっているが、幼い彼女の感情は割り切れない。なめらかな肌には似つかわない、深い皺がその眉間に刻まれた。
 レイシスにとって、ゲームの世界が己の全てだ。その住民が減っていくのは、まるで己の世界を否定されているようにも思えた。実際はそんなことなどないと分かっている。けれども、確かに記録されている去る者の数は、世界からの離脱を明確に示している。否定しようがない事実だ。
 データが書き連ねられたウィンドウを閉じ、少女ははぁと大きな溜息を吐く。考え過ぎだと分かっている。けれども、ゲームの存在であるレイシスにとって、その命運を左右するユーザーの変移は重要事項だ。この世界の維持には、トラックコンプリートによるネメシスの自浄作用が不可欠なのだ。
 もし、トラックコンプリートする者がいなくなったら。
 考えただけで、強烈な寒気が背筋を走る。明確な恐怖だ。プレイヤーの減少は、世界を維持する者がいなくなるのと同義である。それすなわち、世界の崩壊だ――己の生きている世界の消滅を示しているのだ。
 少女はぎゅ、と手を握る。何かに縋ろうにも、辺りにあるのは無機質なモニタと机ぐらいだ。心細さでいっぱいになった彼女が助けを求められるものなどない。
 けど、けど、とレイシスはかぶりを振る。桃色の髪が大きく揺れる。整えられた桃色がバサバサと広がる様は、彼女の胸の内を表しているようだった。
 ユーザーは増加している。それは事実だ。増加値が減少値を上回っているのだから、それは確実なものである。マッチング機能も連日盛況だ。遊んでくれる者たちは、確かにいる。彼らを信用せず、何を信用しようか。
 遊んでくれる者がいる。世界を維持してくれる者がいる。そうして、自分たちは生きていける。ようやく生きることができるのだ。
 どうやら、人はこれを幸せと呼ぶらしい。



浮かぶコンプレックス/プロ氷
AOINOさんには「あなたはいつも笑うから」で始まり、「月が綺麗ですね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。


 あなたはいつも笑うから、自分までつられて笑みを浮かべてしまう。笑い慣れておらず表情筋などろくに動かない不格好な笑顔だろうに、彼はそんな己を見て幸せそうに破顔するのだ。
 不可思議であり、申し訳のないことだった。何故こんな拙い笑顔で、彼はあんなにも喜び笑みを浮かべるのだろう。何故自分はこんなに不格好な表情しかできないのだろう。何故こんなにも己は不器用なのだろう。笑顔を浮かべる度、自己嫌悪が胸に募る。もっとうまく笑えたらいいのに、と。
 氷雪ちゃん、と頭上から声がする。耳慣れた声に視線を上に向けると、そこには安全帯を身に着け壁に張り付いた識苑の姿があった。太いロープがするすると音をたてる。トン、と壁を蹴る音とともに、青年は地に足をつけた。下から風を浴びた白衣が膨らみはためく。
 先生、と上空から現れた彼を呼ぶ。学園転入時から世話になっている教師であり、今は所謂恋人である識苑だ。今まさに思い浮かべていた人の登場に、少女の頬に朱が浮かんだ。
「今帰り? だいぶ遅いけど大丈夫?」
「あ、はい。えっと、大丈夫、です」
 ほのかな不安を浮かべた瞳で真正面から見つめられ、氷雪は反射的に俯く。つかえつかえに吐き出す声はどんどんと萎んでいき、相手にきちんと聞こえるか己でも疑問に思ってしまうものとなってしまった。
 関係を結んでから随分経つというのに、まだこんな調子なのだから呆れてしまう。いつ呆れられてしまってもおかしくない、失礼な態度である。それでも、人との関わりをほとんど持っていなかった少女には、まだこれが精一杯だった。
 自己嫌悪に陥る少女に、そっかー、と柔らかな声が返される。青年は膝を曲げ、少女と同じ視点に立つ。
「ねぇ、一緒に帰らない?」
「え……?」
 突然の言葉に、氷雪は顔を上げる。真正面に夕日色の瞳があった。まあるいそれが、地平線に消えゆくようにそっと細められる。
「今ので点検一通り終わったし、ちょうど帰るところなんだ。今から準備するからちょっと時間かかっちゃうけど、途中まで一緒に帰ってくれたら嬉しいなーって」
 だめかな、と識苑は頭を掻く。髪と同じ色をした眉はゆるい八の字を描いていた。
 下校時刻がとっくに過ぎた今、世界はどんどん闇に包まれていた。中学生、それも女子を一人で暗い夜道を歩かせるのに不安を覚えたのだろう。恋人なのだから尚更だ。
 けれども、と少女はきゅっと唇を引き締める。氷雪の身を寄せる寄宿舎と識苑の住まうアパートとはほとんど正反対だ。『一緒に帰る』のではなく、『送ってもらう』と言う方が正しい。気を遣われ、負担を強いてしまうのが申し訳なくて仕方ない。けれども、『好きな人と一緒に帰ることができる』という喜びが、胸の内に広がって収まってくれない。葛藤に、小さな口から、ぅ、と声が漏れた。
「……やっぱ学園外で一緒にいるの苦手?」
「そっ、そんなことありません」
 不安げな声を、思わず大きな声で遮ってしまう。はしたなさに、少女はさっと顔を赤くする。
「……に、苦手なんかじゃ、なくて……、う、ぅ……」
 嬉しいです、と消え入りそうな声でどうにか言葉を紡ぐ。闇夜に溶けてしまいそうな音は相手にきちんと届いたようで、細められていた橙がぱぁと見開かれた。
 そっか、と識苑ははにかむ。恋人が己と共に過ごすことを厭うていないという事実が嬉しくてたまらないのだろう。端正な顔は喜びにふにゃりと緩んでいた。
 あまりに幸せそうな表情に、氷雪の口元が少しばかり緩む。それは、微笑みを模っていた。
「じゃあ、一緒に帰ってもいい?」
「……は、い」
 今一度の問に、少女はこくりと頷く。少し俯いた白い頭に、大きな何かが乗る。何度も触れられているのだから分かる。識苑の手だ。大きくて骨ばったそれが、被衣ごしに小さな頭を撫でる。優しいそれの心地良さに、少女はほぅと詰めていた息をゆるく吐き出した。
「すぐ用意してくるから、待ってて! すぐに戻ってくるから!」
 タンッ、と地を蹴る音。ロープが引っ張られる音とともに、識苑は手慣れた様子で外壁を登っていった。張り巡らされたロープとロープを渡り、はためく白衣は瞬く間に消えてしまった。
 優しい彼のことだ、本当にすぐに帰ってきてくれるだろう。共に帰ることができる。共に過ごすことができる。その事実に、心が少しそわついた。
 ぺた、と頬に手を当てる。己の拙い言葉に、彼は喜びを満面に笑顔を咲かせていた。反して自分はどうだろう。この胸に沸き立つ喜びを、共に在る喜びを表情として表せなかったではないか。いつだってそうだ。己は感情の発露が下手くそだ。こんな調子だから、先ほどのように彼に不安げな顔をさせてしまうのだ。
 湧き起こる自己嫌悪から逃れようと、少女は空を見上げる。闇の帳には小さな星々と愛し人の瞳のような月が描かれていた。
 今夜は月が綺麗だ。



オサソイ/ライレフ
あおいちさんには「あーあ、言っちゃった」で始まり、「それも多分夢だった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。


 あぁ、言ってしまった。
 すぐさま後悔が押し寄せてくる。自らの意思で口にしたというのに、何故言ってしまったのかと自責の念ばかりが湧いて出る。けれども、口に出してしまったことはもう取り消すことなどできない。どれだけ悔やもうとも、意味など無いのだ。
「あ、え…………え?」
 動揺に満ちた声が部屋に落ちる。顔を伏せた現状見ることは叶わないが、きっと兄は呆けた顔をしているだろう。可愛らしくも大きな口をぽかんと開け、困惑に揺れる瞳でこちらを見ている姿がありありと想像できた。
「あ、え、烈風刀、今、なんて」
 言葉の端々に意味の無い単音がいくつも挟まっている。よっぽど驚いているのだろう。当たり前だ、突然誘いを持ちかけたのだから。
「い、え。何でもありません。すみません。気にしないでください」
 誤魔化す言葉は無意識に早口になっていた――否、誤魔化すも何もない。言い訳にも満たない、無理矢理話を断ち切るための自分勝手な言葉だ。
 急いでソファから立ち上がる。こんな愚かな姿、いつまでも見せるわけにはいかない。早くこの場を去らねば。即座に足を踏み出すが、それよりも先にがしりと腕を掴まれ強く引かれた。ぐらりと身体が揺れる。そのまま、尻餅をつくように再びソファに腰を下ろす形になってしまった。
 烈風刀、と名を呼ばれる。耳慣れているはずの声は、どこか切羽詰まったものだった。伏せていた顔を少しだけ上げる。視界に映ったのは、ぱくぱくと開閉を繰り返す口だった。八重歯の覗くそこから音にならない音が漏れ出るのが聞こえる。
「おっ、オレも、セックスしたい!」
 しばしの沈黙の後に紡がれた言葉は、ストレートなものだった。否、今日に限っては己も直接的な物言いをした。『セックスがしたいです』と。
「いや、ちょっとびっくりしたっていうか……。烈風刀からそう言ってくれると思わなくて」
「……言いますよ。僕だって、人間なのですから」
 人間、それも思春期真っ只中の高校生なのだ。性欲は人並みにある。愛しい人と身体を繫げたいと思うのは自然なことだろう――性にあけすけな兄だってそうなのだから。
 未だ掴まれたままの腕を強く引かれる。バランスを崩し、そのまま二人でソファに倒れ込む。図らずして、兄を押し倒す形となってしまった。
 輝く朱がこちらを見上げる。八重歯がチャームポイントな口元は、どこか意地悪げに釣り上がっていた。
「じゃ、二人ともどーいしたことだし。シよ?」
 な、と問いかける瞳の奥には炎が宿っていた。情欲の焔だ。己の言葉一つで兄がこれほどまで姿を変えた。それがどこか愉快だった。
 そうですね、と想定外に緩んだ声で返す。きっと、己の碧の中にも同じものが燃え上がっているだろう。何せ、健全な高校生なのだから。
 腰に腕が回る。すり、と服越しに撫でられただけで、背筋に電流が走った。小さく息を呑む。愉快げな笑声が下から聞こえた。
 烈風刀、と名を呼ばれるとともに頬を撫でられる。それが何を示すかだなんて、もう分かりきったことだ。
 顔と顔が近付く。鼻先が擦れ合う。視線が交錯する。ふふ、と二人で笑みをこぼし、そのまま目を閉じる。しばしして、唇と唇が交わった。
 幸福感が胸を満たす。こんなの、まるで夢のようだ。



いつかの響きと今の熱/神十字
AOINOさんには「懐かしい声が聞こえた」で始まり、「謎は謎のままがいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。


 懐かしい声が聞こえた気がした。己を呼ぶ声だ。何十年、下手をすれば百年かそれ以上前に聞いた響き。
「お腹、冷やしてしまいますよ」
 上空から声が降ってくる。睡魔が張り付き重い瞼を上げる。朱い瞳に、青空を背景にこちらを覗き込む青年の姿が映った。
「……冷やさねーって。ニンゲンじゃねーんだから」
「分かりませんよ。人間と同じ形を取っているのですから」
 はい、という声とともに、バサ、とはためく音がたつ。寝転がった己の腹に、薄手の布が掛けられた。
「寝るならそれを掛けて寝てください。見ている方が寒いので」
 薄く笑みを浮かべる青年を見上げ、紅い神は唇を尖らせる。こちらの服装は春だというのに詰め襟にスキニー、ガッチリとしたブーツにおまけに分厚いロングコートを羽織っている。寒さなど微塵も感じさせない服装だ。明らかに子ども扱いされている。
 数え切れないほどの年月を過ごしてきた己が、四半世紀も生きていない人間に子ども扱いされる。不服ではあるが不快ではない。そこに彼なりの愛というものがあるのがはっきりと分かるからだ。
 愛される。慕われる。敬われる。どれも信仰というもので成り立っている己には必要不可欠なものだ。それを惜しみなく降り注いでくれる彼に、感謝こそすれ文句を言うことはない――否、やっぱり子ども扱いは訂正させてほしいが。
 それにしても、と欠伸をしながら夢を反芻する。内容はさっぱり覚えていない。しかし、あの声だけは耳に残っていた。愛しい人の声。随分と昔に別れた声。今はいない彼の声。
 人は声から忘れ去られていく、と愛しい彼は言っていた。だのに、未だに声を思い出すのだから不思議なものである――現在進行形で似た、否、『そのもの』である声を聞いているのだから、当たり前かもしれないのだけれど。
 もしかしたら、勘違いなのかもしれない。寝ている間に話しかけてきた彼の声を、夢現な己が『彼』の声と混同してしまっただけなのかもしれない。あり得る。最近は平和も平和で、随分とボケている自覚があった。
 寝返りを打ち、横を向く。青と緑で埋め尽くされていた視界に、白と蒼が飛び込んでくる。パン、と布地が勢いよく開かれる音と、バサ、と広がる音。小気味の良い響きが、晴れ空の下に響き渡る。洗濯物を干す蒼い青年の姿は、平和を体現したようなものだった。
 しばらくの思案。体勢を元に戻し、腹筋だけで起き上がる。腹に掛けられていた薄布が皺を作る。後で見つかって怒られるより前に、手早く畳んで己がいた場所に置いた。
 立ち上がり、大股で歩き出す。ザ、ザ、と硬い靴底が若い草を鳴らす。高く張られたロープに向かう背を目指す。手にしたものを干し終えた瞬間を狙って、後ろから蒼に抱き付いた。
 わ、と小さな声があがる。抱き付いた身体が硬直する。それもすぐに弛緩し、彼は首だけで振り向く。うつくしい海色が、燃えるような緋色を見つめた。
「どうしたのですか?」
「なーんにも」
 不可思議そうに小首を傾げる蒼を無視し、紅はその肩に顔を埋める。いつもの彼の匂いに石鹸の香りが混じっている。先ほどまで洗濯をしていたからだろうか。そんな些末なことを考える。
 あぁ、温かい。ここにいる。ここに存在している。確かなこの温もりは、彼が間違いなく活きている証拠だ。
「嘘でしょう」
「まぁいいじゃん」
 誤魔化すようにケラケラと笑うと、眉間に刻まれた皺が更に深くなる。普段は鈍いというのに、こういう時だけ妙に鋭いのだから、彼は『彼』のままなのだろう。懐かしさが胸をよぎる。そっと湧いて出たそれをすぐさま掻き消した。
 同年代よりしっかりとした肩に顎を置き、紅はいたずらげにニカリと笑った。
「謎は謎のままのがおもしれーだろ?」

畳む

#はるグレ #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #レイシス #プロ氷 #ライレフ #腐向け

SDVX

無機質なコイビトとの付き合い方【ライ←レフ/R-18】

無機質なコイビトとの付き合い方【ライ←レフ/R-18】
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片思いをこじらせまくった弟君がとうとうバイブに手を出して一人で致す話。
すけべの練習のつもりだったけどあんまりえろくならなかった。反省。

 無意識に唾を飲み込む。目の前にあるのはただのありふれたダンボール箱だというのに、情けないほど圧倒されていた。
 否、圧倒されているのはその箱の中に鎮座する小箱に、だ。毒々しさを感じさせるほど派手な色で彩られたそれは、薄暗い部屋の中だというのに恐ろしいほどの存在感を放っている。森にぽつりと生えた毒キノコを思わせる風景だ。
 ごくん、と白い喉が動く。少しの深呼吸の後、少年は不気味なまでに鮮やかな小箱に手を伸ばす。手入れされた手は震えていた。未知のものに触れる緊張と怯え、そして確かな期待が乗せられていた。
 いっそ恭しさを思わせる手付きで、両の手で持ち小箱を取り出す。ベッドの上、正座した膝の上に載せ、まじまじとパッケージを見る。ビビッドな色の中に踊る文字はポップな書体だが、書いてあることは可愛らしさとは真逆のものだ。
 初心者向け。感度開発。絶頂。パワフル回転。多種の振動。ナカイキ必至。
 日常ではまず見ないような文字列ばかりだ。そんなものが書かれている――そんなことを売りにしている代物を今手にしている、という非現実な事実が今更ながら押し寄せてくる。紙とプラスチックで構成された箱に少し指が食い込んだ。
 とうとうやってしまった、という後悔が胸をよぎる。同時に、ようやく手に入った、という満足感がふわりと沸き起こる。様々な感情を抱えた心の臓は昂ぶり、大きく鼓動をしていた。
 少年――嬬武器烈風刀は恋をしている。ただの恋とは言い難い。何せ、その対象は実の兄である嬬武器雷刀なのだから。
 青春真っ只中の高校生だ、性欲は人並みにある。欲望を一人処理をするのも多々あることだ。ただ、愛しい彼を想い処理する内に欲求が湧いてきたのだ――抱かれたい、と。
 烈風刀は男だ。生憎子宮や膣といった雄を受け入れる器官は持ち合わせていない。しかし、世には男性同士で恋愛関係を築いている者、肉体関係を持っている者は多くいる。手段があるのは確かだった。
 電子の海を検索してみれば、男同士でのまぐわり方など十秒足らずで手に入れられた。受け入れる部位、その準備、本番の手はず。全てが液晶モニタに並べ立てられ、映し出された文字列が聡明な頭へとインプットされていく。見かけによらず好奇心旺盛な己が該当部位へと手を出すには少しの時間を要したが、ゆっくりと、しかし確かに身体は開発されていった。今では指の二本は楽に受け入れられてしまうほど、この身体は作り変わってしまった。
 こんなに入念に『準備』をするほど『抱かれたい』という強い欲望はありながらも、少年はこの恋が実ることなど無いと確信している。何しろ、兄にはレイシスというとても可愛らしい想い人がいるのだ。彼女を最優先に思考し行動する彼が、その感情を己に向けてくれるだなんて露ほども思わない。あり得ないのだ。あの一途な彼が、彼女以外を視界に入れることなど。
 分かっていながらも、不定期に昂る身体は言うことを聞いてくれなかった。兄を想い、男が受け入れる部位を指で穿つ。雌のそれへと作り変えられつつある場所は、次第に泣き言を言い始めた。こんなものでは足りない、もっと大きなものが欲しい、雄を受け入れたい、と。
 だから、少年は一つの選択をした。所謂バイブ――男根を模した張り型を買おう、と。
 もちろん、葛藤はした。未成年である自分がアダルトグッズなど手にしていいのか。抱かれたいという願望はあるとはいえここまでやる必要はないのではないか。そもそも買ったところでどこに隠すのだ。問題点は山のようにある。全ての解決方法など、学年主席である彼の脳をもってしても弾き出せなかった。
 しかし、世界中に繋がる電子の海では、誰相手だろうが指先一本で何もかもが手に入ってしまう。その手軽さと、無意識に追い詰められた肉欲と、多大な好奇心が後押しし、気付けば決済を済ませていたのだった。
 その結果が現在である。
 息を呑む。もう何度目か分からない。それほどに緊張し、目の前のバイブレーターに気圧されていた。当たり前だ、こんなものを手にするのは人生初めてなのだ。これが己の体内に入る。それを目的とし買ったというのに、全く想像ができない。この指以上の質量を受け入れられることなど、本当にできるのだろうか。今更になって不安まで湧いてきた。
 とにかく、このまま持っているだけでは何も始まらない。すっと息を吸い、ふっと吐く。よし、と大きく頷き、烈風刀はパッケージ上面、取り出し口である部分へと手をかけた。カコ、と指が入り込んだ部分が歪む。
 紙箱の中から商品本体を守る大きなプラスチックケースをずるりと引き抜く。現れたのは、販売ページで見たものそのままだった。つまり、男根だ。
 パッケージはビビッドな色で構成されていたが、本体は薄桃色のパステルカラーで彩られている。しかし、その造形は確かにペニスそのものだった。楔のような頭、大きく張り出したエラ、少し反り返った幹、そこにうねる血管の数々。初心者向けと謳われるだけあって少し小さいが、形は精巧だ。ファンシーな色合いと恐ろしいほどのリアリティが混ざりあい、いっそ禍々しさすら感じさせる。思わず、ぅ、と小さな呻き声をあげた。
 説明書を広げ、指示の通り付属の電池を入れる。使用前に洗浄すること、とあったが、これを水場に持っていくなど不可能だ。もう寝静まっている時間帯とはいえ、万が一同居している兄に見つかっては気まずいどころではない。仕方がないので、除菌効果のあるウェットティッシュで血管の溝まで丁寧に拭き上げた。
 準備が終わったそれを握り、今一度見つめる。色合いは全く違うとはいえ、何度見てもペニスである。つまり、男の股ぐらに生えているもの――兄も有する器官である。ゆるく反り返ったフォルムは、興奮し血が集まりそそり立つそれと同じだ。偽物とはいえ、あまりに緻密なそれは兄のそれがいきり立つ姿を連想させるのは容易なものだった。
 とくりとくりと心臓が脈打つ。偽りの雄を前に、胸が高鳴る。緊張や不安、恐怖は確かにある。けれども、それ以上に期待が上回っていた。これが己の体内に這入る。指では届かない――男根でなければ穿てない場所を刺激する。想像するだけで唾液が湧いてくる。じゅわりと口内に広がるそれを、急いで飲み込んだ。
 さて、これを使うには、受け入れるには準備が必要だ。デリケートな粘膜と触れ合うものだ、身体に合うか合わないかは即座に判断しなければならない。試すなら早く済ませてしまった方がいいに決まっている。
 立ち上がり、ベッドにバスタオルを二枚重ねて敷く。クローゼットに箱を押しやり、代わりにこぶりなボトルを取り出す。男同士での行為を知った頃から愛用している潤滑油だ。受け入れることを想定していない内臓にモノを侵入させるには必要不可欠な代物だ。
 少しの逡巡の末、身に纏っていた衣服を全て取り払う。上は着ていてもいいかもしれないが、万一汚れては面倒だ。片付けは簡潔に、最小限で済ませたい。
 浅ましいことに、下着の中に戒められた己自身は既に兆していた。偽りの雄根を目の前にし興奮するなど、なんて淫らなのだろう。けれど、兄を想う身体はすっかりオスに屈服する悦びを夢想していた。
 肌寒さに震えながらベッドに寝転がる。臀部をバスタオルの上に乗せ、横を向く。もう馴染みきってしまった体位だ。雄の部位だけでなく、雌の代わりになる部位を悦ばせるための姿勢である。最初は羞恥と違和感を覚えていたというのに、今ではもう疑問に思うことなどなくなってしまった。
 枕元に転がしたローションを手に取る。透明なそれを手に広げる。ぬるりとした感覚とひんやりした温度が触覚を刺激した。
 しばらく放置し、冷たいそれを体温で温める。冷たいままでも問題はさほどないが、温めた方がきもちがいいことは学習済みだ。
 生温くなったことを確認し、下半身へと手を伸ばす。まずは雄の部分だ。いきなり後ろを暴くより、前を昂らせてからの方がきもちがいい。これもとっくに学習済みだ。聡い彼はすぐさま知識を吸収し従順にこなすのだ。
 ぬるりとしたものが幹に触れる。背を走る甘い感覚に小さく息を呑む。そのまま、手をゆっくりと上下に動かす。緩慢で単調な動きだが、念願のバイブを手にし昂ぶった身体は普段以上に快楽を拾う。ぬるつく手が幹をなぞる度、脊髄を電気が走り抜けていく。脳の奥の方がピリピリと痺れる。自慰特有の感覚だ。今日は、それが何倍にも増幅されている。
 ぁ、ぅ、とか細い声が漏れ出る。普段なら息を詰めるばかりで声など出さないというのに、普段以上に興奮した身体は声帯を震わせる。急いで空いている方の手で口を塞ぐ。壁一枚隔てた向こうでは兄が寝ているのだ。もし聞かれては大問題だ。
 口を押さえ声を殺すものの、己自身を追い詰める手からはぐちぐちといやらしい音が鳴る。少量の液体がたてる音だ、小さなもののはずである。だというのに、いやに大きく耳に響いた。聞こえてしまわないだろうか。いや、これぐらいはいつものことだ。大丈夫。大丈夫。言い聞かせ、手の動きを早めていく。音が鳴る頻度が増した。
 スナップをきかせ、竿全体を擦り上げる。輪を作り、張り出た部分を刺激する。蜜をこぼす先端を親指でぐりぐりと撫でる。手を動かす度、敏感なる器官は多大な快楽信号を脳味噌に叩きつける。受容器官がバチバチと音をたてる。ふ、と押さえつけた口元から熱い吐息が漏れ出た。
 一人寂しい己を慰めるつもりが、白い手は追い詰めるように動きを早める。血管を潰すように幹を強く握り擦る。先走りをこぼす鈴口を咎めるように抉る。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が静かな部屋に響いた。
 視界が白む。目の前で細かな光がスパークする。絶頂が近いのだ。悟った烈風刀はかすかに残っていた理性を総動員し、急いで己自身から手を離した。部屋にこだましていたいやらしい水音がすっと失せる。快楽に浸りきった脳味噌がどうして、と涙声をあげた。答えは簡潔だ。前だけで出さずに我慢した方がきもちがいい。
 胎児のようにぐっと身体を丸める。べとべとの手にローションを継ぎ足し、再び下半身へと伸ばす。先ほどまで弄んでいた雄の部分を通り過ぎ、奥に秘められた蕾へと向かう。生温い粘液が触れた瞬間、蕾はきゅんと窄まった。
 怯え身を竦めたそこをあやすように、縁をゆっくりとなぞっていく。時折、ノックするように指先でつつく。ぬるぬると粘液を塗り込められたそこは、次第にはくり、はくり、と口を開け始めた。期待のこもった仕草だ。ここにおいでください、と誘うような動きだった。
 すっかり従順になったそこに、指を一本宛がう。くぱと物欲しげに広がった瞬間を見計らい、そのまま中に潜り込んだ。白い指が、艷やかな赤い粘膜に包まれる。グロテスクだが、淫靡な光景だった。
 侵入者を察知した内部が、ぎゅうと縮こまる。傷つけないようにゆっくりと動かし、走る緊張をほぐしていく。きゅんきゅんと指を強く締め付ける内部には、いつの間にか第二関節まで這入り込んでいた。鈎のように第一関節を折り曲げ、内壁を細かく擦る。すっかり開発されたうちがわは、それだけで快楽を拾い上げた。雄を弄った時とはまた違う電気信号が背骨を走っていく。ぐ、と柔らかな壁を押す。鋭い感覚が脳髄を焼いた。
 は、ふ、と押さえた口元から抑えきれない吐息が漏れ出る。快楽にとろけ細まった目は、悦びを表すように涙をたたえていた。二人目の侵入者が訪れた途端、ぁう、とくぐもった声が手の隙間からこぼれ落ちる。バタ足をするようにばらばらと指を動かすと、うぅ、と呻きが漏れる。昂ぶりきった身体は最早声帯を制御しきれずにいた。それでも必死に声を殺そうと口を強く押さえ込む姿は健気で愚かであった。
 ちゅぷん、と卑猥な音をたてて指が内部から去っていく。身体の内はすっかりとほぐれきっていた。普段ならもっと奥まで責め立て雄の部位と共にそのまま果てるのだが、今日のこれはまだ前菜だ。メインディッシュまで腹を空かせておかねばならない。
 枕元、ローションの隣に転がしていたバイブを手に取る。何度目かの唾を呑み込む。エメラルドグリーンの瞳は、パステルピンクの機械をじぃと見つめていた。熱烈な視線だった。まるで、想い人を陰から伺う恋い焦がれた乙女のようだ。
 ローションを手の平に継ぎ足す。冷えたそれを再び手で温め、意を決して張り型に塗り込めた。表面に浮かぶ血管が手を刺激する。ただそれだけで頭にピリリと電流が走った。雄を慰め、雌としての準備を済ませた身体は、そんな些細な刺激すら快楽だと認識した。
 ベッドボードに取り付けられた照明が、両手で持った機械を照らし出す。ローションをたっぷりまとったそれは、オレンジ色の光を受けぬらぬらと輝いていた。グロテスクな男根が光る姿は、まるで怪談に出てくる妖怪だ。それでも、少年の胸はドキドキと高鳴った。腹の奥がきゅうと鳴き声をあげる。早くそれをくれ、奥底まで穿ってくれ、と。
 ゆっくりと、おそるおそるぬめるそれを股ぐらへと誘う。鼓動が耳のすぐ側で聞こえる。唾液が湧き出る。はぁ、と熱のこもった吐息がこぼれる。薄桃色を追う翡翠は、期待と涙で濡れていた。
 長い時間をかけ、張り型がようやく窄まりに到達する。たっぷりと濡れた蕾と剣が触れ合った瞬間、ぷちゅ、と音があがった。あまりにもいやらしい音色に、思わず身体が跳ねる。バクバクと心臓が早鐘を打つ。小さな音だ、この部屋に落ちてすぐに消えてしまった。だのに、隣の部屋に聞こえていないかと不安で仕方がなかった。だって、こんな淫らな音、どうやったって誤魔化せない。
 すー、はー、と深呼吸。大丈夫だ、と自らに言い聞かせる。大丈夫だ、兄はもう寝ている。いくら壁は厚くないとはいえ、こんな小さな音聞こえるはずがない。大丈夫。だから、早く。早くこれを。ナカに。
 ふぅ、と息を吐き出し、身体から力を抜く。反して、腕には力を込める。十二分に解され綻んだ秘所に、無機質な生殖器がゆっくりと這入っていく。
「――ぁ、は、……ぁ、あッ、んぁっ」
 尖った部分が狭い内部を切り開いていく。張り出したエラが内壁をゴリゴリと擦っていく。初めての感覚だった。こんなもの、指なんて細くてまっすぐなものでは絶対に味わえない。指なんかよりずっと太い、逞しいモノが隘路を無理矢理割り開いていく。想定外の異物を受け入れる苦しさは確かに感じる。しかし、それ以上の性感が脳味噌に一気に叩き込まれた。
 塞ぐことができない口から、甘い嬌声がとろとろと漏れ出る。受容しきれない快楽をどうにか逃がそうと身体が動いた結果だ。そんなもの、焼け石に水でしかなかった。柔らかなうちがわを大きな存在で抉られる初めての快楽からは逃げることなどできなかった。それでもどうにか抵抗しようと、烈風刀は唇を噛む。声は抑えられたものの、熱を孕んだ吐息はどうしようもない。ふ、ふ、と苦しげな、それでいて甘さを感じさせる呼気が唇の間から漏れた。
 ゆっくり、ゆっくりと偽物の雄が少年の内部に飲み込まれていく。幾許かして、返しになっている部分が尻たぶに当たる。つまり、全てを飲み込んだという証左だ。
 今一度深呼吸をする。心臓は相変わらず壊れてしまいそうなほど早鐘を打っている。多大なる刺激を受けたせいか、意識はどこか靄がかっている。それでも、肚に受け入れた張り型の形だけははっきりと分かった。
 は、は、と浅い息が吐き出される。頭がグラグラと揺れる。興奮しすぎたことによって酸素が足りていないのだろう。それでも、淫欲に溺れつつある思考は呼吸することより先に動き出し始めた。
 全て這入ったはいい。凝らされた造形による凹凸が内部を擦るのはとてもきもちがよかった。けれども、これはただの張り型ではない。バイブレーターだ。もちろん、バイブレーション機能が備わっている。事前に電池を装填した今、スイッチひとつで動かすことができる状態だ。
 挿入れただけでこの有様だというのに、動かしたらどうなってしまうのだろう?
 不安と恐怖が――そしてそれを凌駕する好奇心と欲望が胸の内に湧いて出る。穿たれたい。暴かれたい。乱されたい。卑猥な欲望が脳味噌を埋め尽くしていく。丁寧に下準備をし昂ぶりに昂ぶった身体には最早理性など残っていない。あるのは本能――快楽を求めるこころだけだ。
 鼓動がうるさい。呼吸が苦しい。手が震える。強張った身体に反して、その口元は緩んでいた。これから己の身を襲うであろう快楽への渇望が表れたものだ。
 バイブレーターの端、備わったスイッチへと手を伸ばす。説明書によれば、電源スイッチを入れた後、揉もう一つのボタンを押す度に動きが変わるそうだ。一つ目はどう動くのだろうか。好奇心が背中をグイグイと押す。猫をも殺すそれにされるがままに、烈風刀は根本にあるスイッチを押した。
 ヴィイン、と低いモーター音が部屋に落ちる。同時に、パステルピンクの機械がぐねぐねと身を捩り始めた。
「ッ、ひ、あっ、あッ!」
 心の準備は済ませたつもりだった。だが、そんなものこいつの前では通用しなかった。だって、こんなにも激しく動くなんて、こんなにも奥を抉られるなんて、こんなにも内部を蹂躙されるだなんて思ってもみなかった。荒波に揉まれているかのような気分だ。違うのは、もたらされるのは苦しみではなく悦びだということだ。
 どうせ安物だ、と甘く見ていたのが間違いだった。良い意味でも悪い意味でも想像以上の代物だ。どちらも気持ちが良すぎる、という点で。
 指しか知らないおぼこがこんなもので肚を嬲られて耐えられるわけがない。必死に呼吸をし開いていた口から、甘ったるい悲鳴が飛び出る。潤んでいた瞳から、涙がボロボロとこぼれ落ちる。本能に支配された身体はろくに抵抗などできない。全てされるがままだ。
「ぅあっ、やっ、あ、ア……ひぃっ、ァあッ」
 強力なモーターが唸る中、少年は快楽の津波に飲み込まれていた。先端が指なんかでは届かない奥を抉る。張り出した部分が内壁を掻き回す。うねる幹が浅い場所にあるイイところを押し潰す。肚の内の弱い部分全てを嬲られ、まともでいられるはずがなかった。ビクビクと身体が痙攣する。背が丸まる。防衛本能だ。突如襲ってきた快楽から己を守るための行動だ――そんなもの、欠片も意味が無いのだが。
 いけない。これでは声が聞こえてしまう。こんな淫らな声が兄の耳に入ってしまう。欠片だけ残った理性が必死に警鐘を鳴らす。ひ、と恐怖に引きつった音が喉から漏れる。それもすぐに喘ぎに掻き消された。
 バイブレーターを握っていた手を離し、頭の下に伸ばす。汚れることも気にかけず、枕を取って顔に押し当てた。呼吸が苦しい。それでも、今声を殺すにはこれぐらいしか手段が無い。先ほどのように唇を噛む程度で耐えられるようなものではないのだ。
 男根を模した器具が、規則的な音をたてて粘膜を嬲っていく。返しが当たるほど深く挿入れたというのに、蠢く無機物はまだ奥へと潜ろうとしていた。返しになった部分が肉付きの良くない尻を擦る。シリコンが肌に擦れ不快なはずなのに、快楽に破壊された脳味噌はそれすらもきもちがいいと電気信号を受け取った。
 閉じることができない口から嬌声と唾液がこぼれる。全て枕の綿に吸収されていった。常ならば唾液まみれのそれに不快感と忌避感を覚えるはずだが、今はそんな余裕などない。脳のリソースはほとんど快楽を受容することに割かれていた。
 偽物のペニスに蹂躙される。それがこんなにもきもちがいいだなんて想像すらできなかった。悦びの涙が頬を伝う。いくつもの透明な筋が白い肌に描かれていた。
 ペニス。
 そうだ、これはペニスなのだ。シリコン製の偽物であっても、形は雄だけが有しているそれだ――つまり、兄のそれと言っても過言ではないはずだ。
「ッ、っ……ぅ、ぁっ!」
 あの鮮烈な朱が、兄の顔が脳裏に浮かぶ。瞬間、無機物の雄を咥え込んだ蕾がきゅんと強く窄まった。枕に押し付けた口から、一際高い声があがる。悦楽に染まった響きをしていた。
 兄のそこにあるものを受け入れている。兄と同じものを受け入れている。兄を受け入れている。兄に抱かれている。
 快感で濁る意識が、現実を歪めていく。普段ならば馬鹿馬鹿しい妄想だ、とすぐさま切り捨てるだろう。けれども、快感の海に溺れた脳味噌は、今己を犯しているものが兄のそれであると間違った認識をした。
 無機物が奏でるモーター音など耳に入らない。鼓膜を震わすのは、結合部から響くぐちゅぐちゅという水音と、己が漏らすはしたない喘ぎばかりだ。それがまた現実を捻じ曲げる。犯されているのだ、と。
「ッ、ァッ、らいと……、らいとッ」
 顔と枕の隙間から、兄を呼ぶ声が漏れる。押し殺されくぐもったそれは、隣の部屋で眠る彼に聞こえることはないだろう。烈風刀も本人に届けるために口にしているわけではない。ただ、閉じた瞼の裏側、己を犯す兄の姿を夢想し、少年は愛しい朱の名を何度も繰り返した。
 苦しい。枕に顔を押し付けた体勢では、興奮状態にある己が必要とする量の酸素を十分に摂取することができなかった。ただでさえグラついている意識が揺れる。このままでは生命維持に関わるだろう。生存本能は、声を殺すために必要不可欠な枕を手放すことを選択した。
「ひ、あ……、はッ、ア、ぅあぁ……」
 途端、塞がれていた口から悲鳴のような喘ぎ声が飛び出た。音量調整機能がバカになった喉から漏れるのは、部屋全体に響き渡るようなものだった。
 まずい。聞こえる。聞こえてしまう。こんな浅ましい声を兄に聞かれてしまう。ほんの少しだけ残っていた頭のまともな部分が声高に喚起する。少年は両の手で己の口を急いで塞いだ。ローションでベトベトになっているが、そんなの構っていられない。この声が兄に伝わってしまわないようにすることが最優先だ。
 鼻が開放されたため、呼吸は幾分かマシになった。けれども、意識は未だグラグラと揺れる。酸素不足によるものではない、下半身からもたらされる快楽によってだ。低い唸り声をあげるバイブレーターが、敏感な粘膜を抉り刺激していく。その度に、神経は快楽という名の鋭い電気信号を送るのだ。脳の許容量を超え叩き込まれるそれは最早暴力であった。溢れ出んばかりの快感が脳を、意識を殴るのだ。まともに意識を保つことなどできるはずがなかった。
 目の前がチカチカと瞬く。脳内が白く塗り潰されていく。絶頂の予兆だ。何度もお預けを食らった身体が、ようやく高みに至ろうとしている。待望の感覚に、薄い肚が悦びにひくつく。同時に、大きな恐怖が少年の胸を襲った。
 後ろで己を慰めたことは数え切れないほどある。けれども、達する時はいつだって雄の部位を刺激しているのだ。いくら開発が進んでいるとはいえ、内部の刺激だけで達したことなど一度も無い。今、その瞬間が訪れようとしているのだ。
 雄と一緒に弄ってようやく至れる場所に、雌の代替品だけで上り詰めようとしている。未知の体験だ。どんなことが起こるか、想像すらすることができない。知らないものに恐怖するのは当たり前のことだ。
 しかし、今の彼にその絶頂に至る道を引き返す術など持ち合わせていない。うちがわを刺激し続けるバイブレーターは、電源スイッチを押す、あるいは無理矢理抜き出さないかぎり蹂躙する手を止めないだろう。どちらを行うにも、暴れるそれに手を伸ばす必要がある。だが、今の烈風刀は声を出すまいと必死に手で口を塞いでいる。張り型に触れる余裕など一ミリも持ち合わせていない。止めることなど不可能なのだ。少年はただ、無機質な雄がもたらす悦楽を受け止める――こんな強大なものを受け止めることなど到底不可能だが――しか選択肢が無かった。
 視界が白む。脳味噌がショートする。腹の奥で燃え上がり続けた焔が天を衝く。バチン、と何かが破裂する音が聞こえた気がした。
「――――ッ、ふ、ンぅ!!」
 だらだらと涎をこぼしていた雄から、白い液が吐き出される。必死に塞いだ口、手の隙間から甘ったるい悲鳴があがる。淫らな肚が法悦を叫んだ。
 ビクンビクン、と陸に打ち上げられた魚のように身体が痙攣する。頭が動かない。身体が言うことを聞かない。初めて内部の刺激のみで気をやったのだ、今まで経験したことの無い膨大な快楽を叩き込まれた脳味噌がろくに働くはずなどない。仕方のないことだった。肩で息をするのがやっとである。
「――ぃっ、ア、あっ!?」
 そんな烈風刀のことなど関係ないとばかりに、バイブレーターは入力された回路の通り動く。高みに至り、未だ蠢くそれを強く抱き締める内部を変わらず嬲り虐げていく。絶頂を味わったばかりの身体には、拷問のような刺激だった。
「やっ……、も、むり……! や、だぁ……!」
 駄目だ。これ以上は無理だ。これ以上続けられたら死んでしまう。生命の危機すら感じる快楽に、少年は引き締まった身体をよじる。姿勢が変わった拍子に、偽りの生殖器が突く場所が変わる。新たなる刺激に、少年はひ、と息を呑んだ。
 絶頂を味わったばかりで鈍い身体を無理矢理動かし、烈風刀は後孔へと手を伸ばす。秘所から突き出た部分を握り、一気に機械を引き抜いた。大きく張った部分が、ゴリュゴリュと内部を擦り上げていく。その強い性感に、少年は再び法悦の悲鳴をあげた。
 にゅぽん、と淫らな音をたて、バイブレーターが体内から去る。ようやく身体中を荒らし乱した悦楽が消えた。
 モーター音と喘鳴が部屋に落ちては積もってゆく。あれだけ甘さを孕んでいた呼吸音は、非常にか細く浅い。見ている者を不安にさせるほどのものだ。人生で最大の快楽を叩きつけられたのだ、これほどまで消耗しきってしまうのも納得である。現状では、指先一本動かすことすら難しい。
 時計の針がしばらく歩みを進めた頃、烈風刀はようやく大きく息を吐いた。そのままゆっくり吸って吐いてを繰り返す。はぁ、と大きな溜め息一つ。その拍子に涙が頬を伝った。透明な雫が、シミがいくつもできたシーツに吸い込まれる。
 気だるい身体に鞭を打ち、どうにか身を起こす。重い腕を持ち上げ、ヴゥンと駆動音をあげ蠢き続けるバイブレーターに伸ばす。掴んだそれを緩慢な動きで手繰り寄せ、端に備え付けられた電源スイッチを押す。途端、音と動きが止んだ。征服者が今回の役目を終えた証拠である。
 はぁ、と溜め息もう一つ。少年は浅海色の目を伏せる。潤んだ瞳から、また涙が一筋こぼれ落ちた。
 大変だった。それはもう大変だった。こんな地獄と天国を行き来するような体験、二度とごめんだ。
 こんなことになるとは思ってもみなかった。これはもう封印するしかなかろう。不透明な袋にでも入れてクローゼットの奥底にでもしまっておけばいつか存在も忘れるはずだ。
 しかし、と烈風刀は手にしたバイブレーターを今一度まじまじと見つめる。パステルピンクの本体は、潤滑油と腸液でベトベトになり、不気味な様相をしていた。
 こんなものを兄自身だなんて妄想し、それをオカズにするなど頭が悪いにも程というものがある。津波のような快楽に押し流されていたとはいえ、あまりにも馬鹿らしい思考だ。我ながらほとほと呆れる。思わず嘆息を漏らした。
 視界を下に向ける。下半身に敷いていたバスタオルはもう散々な有様だった。潤滑油を用いる自慰は何度も行っているが、これほどまで広範囲が深く濡れているのは初めてだ。念の為二枚敷いておいてよかった、と内心胸を撫で下ろす。シーツはまだしも、マットレスに被害が及んではたまったものではない。
 今日何度目か分からぬ溜め息。ぬらぬらと輝く張り型をバスタオルの上に放り出し、烈風刀はベッドボードに置いたティッシュ箱に手を伸ばす。何枚か抜き取り、後孔に宛がう。空いた手を秘部に潜り込ませ、中に残ったローションを掻き出す。生温かい液が体内から吐き出される感覚は、いつまで経っても慣れない。しかし、後処理を怠って苦しむのは自分だ。やるしかなかった。
 ローションでぐっしょりと湿ったティッシュをゴミ箱に放り込み、烈風刀は今一度ベッドに倒れ込む。枕を手繰り寄せようとしたところで止まる。涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔をあれだけ押し付けたのだ、こちらも酷い有様になっているだろう。当分は使い物にならないな、と柔らかなそれから手を引いた。
 身体がだるい。今までにない快楽を叩き込まれた身体はすっかりと疲弊していた。時間もあってか睡魔が忍び寄ってくるが、このまま寝るわけにはいかない。汚れた身を清め、ぐちゃぐちゃになった洗濯物を片付け、件の代物を封印せねばならないのだ。
 時計に目をやる。丸い文字盤は、日付が変わってから二時間が経過したことを示していた。コトを始めたのは一時を過ぎた頃だったろうか。随分と長い時間法悦に身を浸していたようだ。時間を忘れるほど乱れた己を恥じる。初体験ばかりの今日は仕方がないかもしれないが、普段ならばあってはいけないことだ。もっと己をコントロールせねばならない。
 とにかく、早く処理せねばならない。この時間なら兄はすっかり夢の中だろう。シャワーを浴びても物音で起きることはないはずだ。
 重い腰を上げ、ベッドから立ち上がる。椅子の上に畳んでおいた上着を被る。本当ならば下も履くべきだが、面倒だった。こんなベトベトの状況で履いても、汚れるだけだ。洗い物が増えてしまうのも避けたい。広げていたバスタオルを手早く畳む。少しの逡巡の末、バイブレーターも手に取る。粘膜に直接触れた代物だ、さすがに洗うべきだろう。パッケージには防水仕様と書いてあったので、水洗いをしても大丈夫なはずだ。
 手にしたそれに視線が吸い込まれる。薄桃色のそれはベトベトで、目にして不快感を覚えるようなものだ。しかし、浅葱の瞳はぽぅと呆けた様子で不気味なそれを見つめていた――まるで、恋する少女のように。
 はっと我に返る。何をしているのだ、自分は。何故封じるべきものをこんなにも熱烈に見つめているのだ。訳の分からぬ己の行動に動揺しつつ、烈風刀はローションと体液で濡れたそれを拭い隠すようにバスタオルの間に突っ込む。これなら床を汚すこともないだろう。ベトベトになった枕カバーも取り外し、タオルと重ねた。
 腰が重い。腹の奥が重い。しかし、頭は幾分かスッキリとしていた。あの恐ろしいまでの快楽から解き放たれたからだろう。脳髄を焼く鋭く甘い感覚が想起され、ふるりと震える。何によるものかは明らかだった。
 とにかく、シャワーを浴びよう。冷水でも浴びればこのピンクに染まった頭も元に戻るはずだ。バイブレーターも、早く洗わなければ雑菌が繁殖してしまう。もう二度と使うことはないとはいえ、清潔な状態を保っておくべきである。
 二枚のバスタオルと枕カバー、その奥に忍ばせたバイブレーターを小脇に抱え、烈風刀は扉へ向かう。音が鳴らぬようノブを回し、少しだけ顔を覗かせ廊下を確認する。廊下とそこに続く部屋部屋は暗闇に包まれていた。兄はもう寝ているという証左である。ほっと胸を撫で下ろし、少年は音もなく廊下に出る。目指すは風呂場だ。
 音をたてることなく、扉が閉まる。淫靡な音で満ちていた部屋は、すっかりと静まり返っていた。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

書き出しと終わりまとめ7【SDVX】

書き出しと終わりまとめ7【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその7。ボ6個。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:はるグレ1/ニア+ノア+レフ1/レイ+グレ2/ハレルヤ組1/プロ氷1

愛するだなんて/はるグレ
葵壱さんには「愛したこともないくせに」で始まり、「来年の今日もあなたといたい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。


 何かを愛したこともないくせに、と誰かが指差して嘲笑う。頭に響く不快な声に、少女は目を閉ざした。
 グレイス。すぐ横で名前を呼ばれる。開いた柘榴石が音を追う。少し首を動かすだけで、こちらを覗き込む虎目石とぶつかった。
 なに、と問いかけてみる。普段通りの声を作ったはずだが、彼にそんな稚拙な嘘は通用しない。首を傾げ、始果は口を開く。どこか不安な音色をしていた。
「苦しいのですか?」
「……そんなことないわ」
 それでも少女は虚勢を張る。見透かされているのは分かっていても、弱い部分ばかりを見せるのは嫌なのだ。腹に回された腕に小さく力がこもる。まるで逃がさないと言わんばかりに。
 何かを愛したこともないくせに。
 誰かが指差して嘲笑う。その『誰か』が『己』であることなどとっくに分かっている。そして、それが真実であるということも嫌というほど分かっている。
 生まれた時には誰もいなくて、冷たい世界で一人で生きて、自己を求めて闘って。誰かを愛する暇など、機会など無かった。こうやって、心を交わすことなど無かった。ただバグを従え、己の都合が良いように操るだけの日々だった。
 だからこそ、今この背にある愛が怖かった。愛をよく理解していない自分に、同じだけの愛を返すことができるのか。抱えているはずの拙い愛を伝えられているのか。この愛が途切れてしまう日が来るのではないか。恐怖が少女の根底にずっと張り付いて消えない。与えられる分だけ心が満たされ、与えられた分だけ憂慮が募る。
 何とも面倒くさい、と己でも思う。それでも、知らなかったものに対する恐怖は未だ拭えずにいた。理解しきれないものに振り回されていた。
 大丈夫ですよ、と少年は囁く。苦しくなるほど確かで、怖くなるほど力強い響きだった。
「来年も、今日も、ずっと君といますから」




果てを夢見て/ニア+ノア+レフ
葵壱さんには「宇宙の果てには何があるのでしょう」で始まり、「なぜか目が離せなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
参考サイト
質問6-2)宇宙の果てはどうなっているの?
宇宙の果てには何があるの? 専門家に聞いてみた



「宇宙の果てには何があるのかなっ」
 窓の縁に身を乗り出し、ニアは弾んだ声で言う。紺碧の瞳には、ガラスの向こうで輝く星々が映り散りばめられていた。
「宇宙の果て、ですか」
 言葉を繰り返し、烈風刀は窓の向こう側へと目を向ける。浅葱の瞳にも星が散る。分厚いガラス窓から、目視などできないほど遠くへと思いを馳せる少女の頭へと視線を移す。青い頭の上に伸びる長いリボンカチューシャが、彼女の動きと連動して揺れた。
「宇宙に果ては無い、という話は聞いたことがありますね」
「えー!?」
 どこかで聞きかじった知識を口にしてみる。少年の言葉に、ニアは驚嘆の声をあげる。隣にいたノアも、彼の言葉に瑠璃の瞳をまあるくした。兎たちの視線は、窓の外から翡翠の瞳へと向けられた。
「無いの!?」
「一説ですよ。他にも色んな説があります」
 驚きに満ちた顔で少女は問う。慌てて手を振り、注釈を入れる。それでも、今しがた知ってしまった一つの解に双子兎はつぶらな瞳をいっぱいに開き顔を見合わせた。
「『果てが無い』ってことは、どこまでもずっと続いてるってこと?」
「そう……なるのでしょうか……」
 こてんと首を傾げるノアに、烈風刀は言葉を濁す。いつ聞いたか分からないほど前に聞きかじった情報なのだ。詳しいことなど分からない。かといって、答えられずに終わってしまうのも申し訳ない。
「調べてみましょうか」
 そう言って、ポケットから携帯端末を取り出す。『宇宙』『果て』の短い二ワードを検索窓に打ち込むだけで、何万もの答えが弾き出される。その一番上に出てきた文字列をタップする。二色三対の瞳が小さな液晶画面に吸い込まれた。
「百三十八億光年……光年?」
「光が一秒間に進む距離です。ものすごく遠いということですね」
 へー、と声が二つ重なる。小さな文字列を、蒼と碧が追う。短いページだ、数分足らずで読み終わる。ウェブサイトに記された文章ではいくつもの説をあげていたが、最終的には『無い』との結論を出していた。
「ずーっと遠くで途切れちゃってるってことかぁ……」
「観測できないことですから」
「見えないってことだよね?」
「はい。今はまだ、という話のようですが」
 人類の技術は日々進歩している。現時点では観測できずとも、数年後には更なる遠くを見られるようになってもおかしくはない。それこそ、この幼い少女たちが大人になる頃には観測できるようになっていてもおかしくはないのだ。
「二人が大人になる頃には観測できるようになっているかもしれませんよ」
「そうかな?」
「そうだといいなぁ!」
 烈風刀の言葉に、少女らは楽しげな声をあげる。まだ見ぬ果てが解明される楽しみに、長いリボンカチューシャが揺れる。
「早く見えるといいな」
「ねっ」
 青い兎たちは揃って背伸びをし、窓の縁に身を乗り出す。その小さな手が伸ばされ、ガラスに触れる。まるで星を掴もうとするような姿だった。果ての空を夢想し、少女らはきゃいきゃいと談笑する。月明かりに照らされる顔は気色に満ちていた。
 その可愛らしい背に、少年はふと目を細める。まだ見ぬ未来を望むその小さな身体から目が離せなかった。




内緒の寄り道/レイ+グレ
AOINOさんには「ふたりぼっちになりたかった」で始まり、「秘密を分け合った」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。


 気がつけば、ふたりぼっちになってしまった。
 つい先ほどまでいたはずの嬬武器の兄弟はどこにも見えない。唯一いるのは、隣に立つレイシスだけだ。ちらりとそちらに目をやる。彼女は全く気にしていないのか、機嫌の良さそうな顔で袋を持っていた。
 幸い、学園祭用の買い出しは既に済ませており、あとは荷物を学園に持って帰るだけだ。未だネメシスの地理に詳しくないグレイスだけならまだしも、レイシスがいるのだ。はぐれたところで問題は無いだろう。結論づけ、少女は足を動かした。
「ねぇ、グレイス」
 一歩踏み出し、レイシスは妹の名を呼ぶ。なに、と問いかけると、突然手に温かなものが触れる。気がつけば、空いている方の手を彼女に握られていた。
「な、何よ」
「こっちデス」
 慌てて真意を問うも、姉はにこりと笑いかけるだけで何も言わない。振りほどこうにも、駆けるように手を引かれては抵抗もろくにできない。ただ、彼女が進むままについていくことしかできなかった。
「ここデス!」
 そう言って、唐突にレイシスは足を止める。何だ、と桃色の瞳が見つめる方に目をやれば、そこには『鯛焼き』と大きく描かれた赤い幟が立っていた。この店が何なのだろうか、とグレイスは訝しげな目で姉を見る。桜色の目が柔らかな弧を描く。
「ちょっと休憩していきマショウ?」
 美味しいんデスヨ、とキラキラと瞳で語る桃の少女に、躑躅の少女は未だ眇目で姉を見る。だから何だ、と言いたいところだが、こうなった彼女を止められる者はいないことぐらい、短くない付き合いで理解していた。
「アッ。グレイス、あんこ平気デシタヨネ?」
「大丈夫、だけど」
 ヨカッタ、と笑みを浮かべ、少女は店の方へと歩みを進めていった。店主らしき者と対話をする姉をぼんやりと眺める。程なくして、彼女は包み紙二つを抱えてこちらへと帰ってきた。
「ハイ、ドウゾ」
 そう言って、レイシスは包み紙の片方をグレイスに手渡す。両手で受け取ったそれは温かい。四角形の紙からは、魚を模した生地の頭が顔を覗かせていた。おそらく、幟に書いてある通り鯛焼きなのだろう。
 いただきマス、と言って、薔薇色の少女は茶色い頭に大きくかぶりつく。頬がもぐもぐと動き、嬉しそうな声があがる。つられるように、躑躅も小さな口でかぶりつく。瞬間、優しい甘みが口の中に広がった。懐疑で細められていた尖晶石がぱぁと輝く。その姿を見て、紅水晶がふわりと細められた。
「雷刀たちには秘密デスヨ?」
 ネ、とレイシスはマゼンタの瞳を見つめる。確かに、二人だけで寄り道して菓子を食べたなんて話してはいけないことだ。こくりと頷き、グレイスは鯛の頭にまた一口齧り付いた。
 ある日の放課後、姉妹は秘密を分け合った。




数字読み解き/ハレルヤ組
AOINOさんには「嫌なことは数えても減らない」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。


 悲しいことに、嫌なものは数えても減らない。何度数えても事実としてそこにあり続けるのだ。
「あと何問やればいいんだよ……」
「五問ですよ」
「もうちょっとデスネ。頑張ってくだサイ」
 机に肘を付き頭を抱える雷刀に、烈風刀は涼しげに答える。横からレイシスが激励の言葉を投げかけた。
 三人が今いるのは、普段ゲーム運営に使っている会議室でなく放課後の教室だ。授業が終わってから少し経った今、空は少し赤らんでいる。ここ最近、日は次第に短くなっている。じきに真っ赤に染まっていくだろう。
 少年は目の前に広がる問題集を見る。基礎問題の横にはミミズがのたくったような文字で数式と解が書かれている。紛れもなく自分の文字だ。ここまで解いたはいい。問題はこの先の文章題だ。元々読解力の低い自分では、どこをどう読み解けばいいかすら分からない。とりあえず文章内にある数字を書き出してみても、使用方法はさっぱり思いつかない。もう両手を上げ降参したい気持ちでいっぱいだ――隣に座る弟がそれで逃げさせてくれるわけなんてないのだけれど。
 テスト勉強をしましょう、と言い出したのは烈風刀だった。今日返ってきた小テスト、兄の答案用紙に書かれた一桁に近い数字を見ての発言だ。いいデスネ、とレイシスが乗った時点で己に拒否する理由は無くなってしまった。愛しい彼女の言葉は己たち兄弟にとっては絶対なのだ。たとえ、対象が『勉強』という天敵でも、だ。
 文章の下に教科書から引っ張り出した公式を書いてみる。やはり、どの数字を代入すればいいかさっぱり分からない。うー、と濁った音が喉から漏れた。
「れふとぉ……」
 縋るように弟の名を呼ぶ。問題集の上に乗った腕を払い、少年は無言で文章の部分部分にアンダーラインを引いていく。
「これはここに代入して、こっちはここに代入するのです。ここまでは分かりますか?」
 隣から伸ばされたシャープペンシルが、目の前の問題集の上を走る。なめらかな文字が、公式に数字を当てはめていく。見覚えのある姿になった数字群を見て、雷刀はぱっと表情を輝かせた。
「おう! んで、解いていけばいいんだよな」
 言葉より先に手が動く。拙いながらも数式はいくつにも姿を変え、最終的に一つの数字を弾き出した。
 解答欄に記入したところで、碧い視線が計算式を追っていく。最後に記された数字を見て、烈風刀は口元を緩めた。
「合っていますね」
 弟の言葉に、小さくガッツポーズをする。すごいデス、と前から弾んだ声が飛んできた。
「普通の基礎問題は解けているのに何で文章題ができないのですか」
「だってどこ読みゃいいか分かんねーもん……」
 呆れた調子の声に、拗ねたような声が返される。文章題はどこにどの数字が必要なのかという部分から考えねばならないのだ。タスクが一つ増えるだけで脳味噌のキャパシティは限界を迎えてしまう。
「ほら、残り四問ですよ。早く解きましょう」
 そう言って碧は己の手元に視線を戻す。彼の目の前にある問題集は、自分のそれの数ページ先が開かれていた。
 へーい、と返し、手元を見る。新しく現れた文章題は相変わらず何を言っているか分からない。とりあえず弟に倣ってアンダーラインを引いてみたが、さっぱりだった。
 これがあと四問もあるという事実に絶望する。しかも、残りは応用問題のはずだ。更にややこしくなった文を読み解く自信などない。
 もうやだ、という確実に怒られるであろう弱音は飲み込んだ。




春と数/レイ+グレ
葵壱さんには「精一杯背伸びをした」で始まり、「君はきっと泣くだろう」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以内でお願いします。


 精一杯背伸びをする。ヒールの分もあってか、桃色の頭は少しだけ追い抜かすことができた。
「グレイス? どうかしまシタカ?」
「……何で貴方の方が大きいのよ」
 身体測定結果が書かれた紙を握りしめ、グレイスは不服そうに呟く。赤々とした唇は尖っていた。
 レイシスとグレイスは、実際の稼働年月は別として高校二年生程度の体格を形どっている。そこに差異など生まれなくてもいいはずだ。だのに、レイシスの方が己より数センチ身長が高いのだ。ほんの僅かとはいえ、負けているようで何となく気に入らない。小さい分、妹扱いに拍車が掛かりそうなのがまた懸念だ。
「すぐに伸びマスヨ。成長期なんデスカラ」
「それは貴方もじゃない」
 同じ年頃の形をしているのだ、成長速度もそう変わらないだろう。この差は埋まるか怪しい。
 うー、と音にならない唸りが喉から漏れる。何度測定結果を見ても、やはりそこにはレイシスよりも小さい数が書かれている。事実は覆りそうにない。
 成長期により彼女の身長を遥かに超えた己を想像してみる。今より妹らしさは減るだろう。それが目標だ。
 まぁ、実際に背を越したならば、大きくなりマシタネ、なんて言って姉を主張する彼女はきっと泣くのだろうけれど。




優しい貴方/プロ氷
葵壱さんには「ぱちりと目が合った」で始まり、「もう上手に生きられます」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。


 ぱちりと目があった。鮮やかな夕焼け色が瞬く。瞬間、その口元が綻んだ。安全靴がコンクリートを打つ音が近づく。あっという間に、あの美しい橙が己の目の前にやってきた。
「氷雪ちゃん。こんにちは」
「こ、こんにちは」
 柔らかな笑みで挨拶をする識苑に、氷雪は強張った声で何とか返す。編入時から何かとこちらを気にかけ世話を焼いてくれる彼だが、少女は未だ慣れずにいた。あの輝く夕日色の瞳を見られるのは、自分の弱い部分を全て見透かされるようで少しだけ怖い。否、とうに見透かされているのだろう。だからこそ、彼はこんなに優しくしてくれるのだ。
「どう? クラスにはもう慣れた?」
「す、少しだけ、慣れた……と思います」
 問いに対する答えは、どんどんと尻すぼみになっていく。途中編入故最初は一人ぼっちだったが、優しい人が多いおかげか少しずつ話すことのできる人も増えてきている。本当なら自信を持って答えるべきところである。けれども、心の暗い部分がそれを阻んだ。それは全部本当なのか、と。情けをかけられているだけではないのか、と。
「お、お友達も、できました、から」
 心を覆わんとする薄闇を払おうと、少女は言葉を続ける。桜子という大切な友人ができた。この事実は絶対に覆らない。何よりも嬉しいことで、何よりも識苑に報告したいことだった。こう言えば、彼はきっと安堵してくれるだろうから。
「本当!? 良かったねぇ!」
 そっかそっか、と青年は笑う。幸せそうな笑みだった。心から少女のことを案じているのが分かるものだ。その優しさが、それだけ彼に負担をかけているという事実が、胸に刺さる。雪の少女はその小さな手をそっと胸の前で握った。
「今から帰るの?」
「はっ、はい」
「そっか。最近日が暮れるの早いし、気をつけてね」
 じゃあね、と手を振り、識苑は校舎の方へ駆けていく。はためく白衣に向けてさようなら、と言う。細いそれは、絶対に届いていないだろう。挨拶すらろくにできない自己嫌悪が心を蝕む。
 はぁ、と無意識に溜め息がこぼれ落ちる。心優しい彼が無理に気に掛けることがなくなるくらい、もっと上手に生きられたらいいのに。

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#ニア #ノア #嬬武器烈風刀 #レイシス #グレイス #嬬武器雷刀 #ハレルヤ組 #はるグレ #プロ氷

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その頬に色を【ライレフ】

その頬に色を【ライレフ】
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今更IV衣装ネタ。頬にイニシャルペイントするのはまだ分かるんですけどそれを兄弟の色でやるのマジ訳分かんないっすね。
Q.こういうのって転写シールとかでやるんじゃないんですか?
A.夢くらい見させて

 視界が闇に包まれる。黒に包まれた世界の中感じるのは、左頬に当てられた手の温もりのみだ。布越しのそれは、いつもよりぬるく感じた。
 ひたり、と右目の下に柔らかなものが当てられる。触れた細いそれが、ゆっくりと縦方向へ滑る。頬に到達したぐらいで離れ、再び同じ場所へと戻っていく。今度は顔の内側に向かって慎重な手つきで動いていく。くすぐられるような感覚に、ふへ、と思わず小さな笑いが口から漏れ出た。ひくりと肩が揺れる。
「もう、動かないでください」
 よれてしまったではありませんか、と闇の中に声が落ちる。ぱちりと目を開けると、そこには筆を手に顔をしかめた弟がいた。
「ごめんごめん」
 謝るも、返ってくるのは溜め息だ。烈風刀は筆を置き、傍らにあった布を手に取る。濡れたそれを兄の頬に優しく押し当てる。しばし置いて、少年は白い布地を肌の上にゆっくりと滑らせる。そこに描かれていた碧い線は綺麗さっぱり無くなっていた。
 レイシスから世界のバージョンアップが行われるという知らせがされたのが半年ほど前。新たな世界に合った己たちの衣装が届いたのはつい最近だ。白を基調にした戦闘服を思わせるデザインは非常に格好良く、兄弟の間でも評判が良い。もちろん、世界を担う薔薇の少女もよく似合っていマス、と賞賛の言葉をくれた。
 武器――少女曰く、本物の武器ではなくスポーツ用品らしい――を持つのは久方ぶりのことである。使い慣れたそれとは違う形状だが、長年扱ってきただけあって長剣は手によく馴染んだ。重力戦争時代と違い、弟は己のような剣ではなくスナイパーライフルを与えられていた。銃の類を取り扱うのは初めてであるはずだが、すぐさま慣れてみせたのだから彼のセンスは素晴らしいものだ。白と黒の武器は、計算しつくされたように新たな衣装にぴたりと合っていた。
 さて、そんな好評な新衣装であったが、問題が一点あった。与えられたデザイン画では、頬にフェイスペイントを施すこととなっているのだ。宣材写真を撮るために着替えようにも、さすがに一人では頬に文字を書くことなどできない。誰かに書いてもらわねばならなかった。この程度のことでレイシスの手を煩わせるわけにはいかない、と、兄弟は互いの顔にペイントを施すこととしたのだ。
 手先が器用だから、ということで、まずは烈風刀が雷刀に書くこととなった。そうして、椅子に座り軽く上を向いて頬に書いてもらっていたのだが、己が笑ってしまったことにより線がよれてしまったらしい。きっと最初の一画は綺麗に書けていたのだろう、ひそめられた眉がその出来の良さを表していた。
 書きますよ、と言われ、再び頬に手を添えられる。彼が書きやすくなるよう、目を閉じる。慎重な手つきで、筆が肌の上をなぞっていく。柔らかな穂先が皮膚をこするのはやはりくすぐったい。鍛えられた腹筋が、しなやかな表情筋が動く。あぁ、と嘆息が降ってきた。
「動かないでくださいと言っているでしょう」
「だってくすぐってーもん」
 怒気を孕む声に、どこか拗ねたような声が返される。時間は有限である。早く終わらせるべきだということは分かっているのだから、自分だって動きたくない。けれども、肌を通る神経はほんの少しの感覚を受け取って、受容した脳は筋肉へと信号を送り出すのだ。元より、くすぐられることに対する耐性は高くない。この衝動を抑えるのはなかなかに難しいことだ。
「次動いたら、よれたままにしますからね」
「それじゃ写真撮れねーじゃん」
「それが分かっているのならば動かないでください」
 ほら、とまた頬に手を当てられる。否、当てられるなんて優しいものではない。顎を指先でしっかり押さえ固定する、鷲掴むような形だ。今度こそ終わらせるつもりでいるらしい。これ以上遅らせるのも怒らせるのも避けるべきことだ。笑わぬよう口を真一文字に引き結び、雷刀はまた目を閉じ上を向いた。
 もう三度目のペイントだ。多少慣れたのだろう、慎重な手つきは思い切りの良いものに変わった。すっと素早く肌の上を筆が走っていく。縦線が引かれ、外から内に向かって曲線が描かれる。腹筋に力が入れ、こそばゆさをどうにか押さえ込んだ。
 さっと内側に筆が払われる。それきり、柔らかな穂先が肌に触れることはない。よし、と満足げな声が鼓膜を震わせた。降ってきた音に、下ろしていた瞼を持ち上げる。広がった視界には、安堵を浮かべた烈風刀の顔があった。
「終わりましたよ」
「さんきゅ」
 礼を言い、椅子から立ち上がり、鏡台に手を付き鏡を覗き込む。己の右頬には、碧い線で『R』の一文字が綺麗に描かれていた。やはり、烈風刀の書く字は美しい。愛する人によって施された文字に思わず頬が緩みそうになる。その色を確かめようと、手を顔へと持ち上げた。
「触ってはいけませんよ」
 兄の行動を予測していたのだろう、弟は鋭い声で釘を刺す。まさに今やろうとしていたことを指摘され、思わずびくりと身体が震える。速乾性の高いインクを使っているが、完全に乾いていない状態で触っては線がのびてしまうかもしれない。そうなっては、また書き直しだ。衣装にインクが付いてしまうのもよろしくない。ばっと勢いよく手を下ろした。
「あ、次烈風刀の番な」
 筆を洗う碧の背に、朱は言葉を投げかける。分かりました、と簡潔な返事の後、丁寧に洗われた筆と朱の塗料を渡される。今度は自分がペイントを施す番だ。
 先ほどまで己が座っていた椅子に烈風刀を座らせる。濡れた穂先を布で拭い、塗料の入ったケースを手に取る。毛先を浸すと、清潔な白が鮮烈な朱に染め上がった。
 よし、と筆を手に弟の前に立つ。翡翠が己の紅玉を見上げる。何を言わずとも、澄んだその色は白い瞼の奥に秘められる。薄い唇がそっと閉じられた。
 あれ、と雷刀は一人首を捻る。今己を見上げる――目は閉じているけれど――弟の表情には、どこか見覚えがあった。フェイスペイントを描くなんてことは初めてなのだから、既視感など覚えないはずだ。何故だろう。どこで見たのだろうか。どうにも思い出せない。んー、と少年は口の中で疑問げに呟いた。
「……どうしたのですか?」
 瞼の奥から浅海色が顔を覗かせる。いつまでも筆を走らせない兄を不思議に思ったのだろう。美しい碧には懐疑の色が宿っていた。早くしないか、というかすかな苛立ちも見て取れた。
 んー、と喉を鳴らし、朱は顎に手を当て思案する。目を閉じ、先ほどの弟の顔を想起する。こちらを見上げ、目を閉じる。そんな表情を見る機会など、日常でそう多くはないだろう。兄弟は同じ身長で、見上げるなんて動作はなかなかない。どちらも相手の目を見て話す性質なのだから、人の前で目を閉じるなんてことはまずしないはずだ。何だろうか、と少年の頭が斜めに傾いでいく。そんな兄の姿を、弟は不審げな瞳で見つめていた。
 あ、と赤い唇から音が漏れる。見上げる。目を閉じる。口を閉じる。どの条件も当てはまる状況を一つ思い出し、少年は声をあげた。頭の中のもやもやとしたものが晴れていく感覚に、朱はぱぁと顔を輝かせた。
「キスする時の顔に似てる」
「は?」
 ようやく解けた既視感に、雷刀はうんうんと頷く。そうだ。口付けをする時、愛しい恋人はいつもあのような表情をするのだ。美しい瞳を白く透き通った瞼で覆い隠し、かすかな緊張に唇を引き結ぶ。まさに、今彼が浮かべていたものと同じだ。
 晴れやかな顔をした兄に反して、烈風刀はこれでもかというほど眉間に皺を寄せていた。それはそうだ。不自然に相手の手が止まり、訝しげに思い目を開けてみれば、いきなりキス云々など言われたのだ。突飛すぎる言葉と思考をあまり快くは思わないだろう。
「いやさ、今の顔、キスする時の顔に似てるなーって」
「な、にを馬鹿なことを考えているのですか」
「え? 烈風刀は思わなかった?」
「…………思いませんよ!」
 きょとりと首を傾げ問う兄に、弟は絶句の後、声を荒げる。その頬は、化粧をしていないというのに赤く色付いていた。その色が何よりの答えである。やっぱ思ったんじゃん、と口をついて出そうになった言葉をすんでのところで飲み込む。こんなことを言っても相手は否定を繰り返すだけだ。むやみに機嫌を損ねるようなことをするのはよくない。撮影まで時間も迫っているのだ――自分の発言で無為に時間を浪費しているのだが。
「ほら、早くしてください。撮影に遅れたらどうするのですか」
 ぎゅっと眉を寄せながら、烈風刀は朱を睨む。へいへい、と軽く返すと、眉間に刻まれた皺が更に深くなる。そんな顔してたら綺麗に書けねーよ、と苦笑すると、しばしして、それもそうですね、と気まずそうな声が返ってきた。気難しげに寄っていた眉が解かれる。これでいいですか、と問い、少年は再び目を閉じ兄を待った。
 改めて筆に塗料を付け、雷刀は弟の顔に向かい合う。顔を固定するように、右頬に手を添える。変な場所についてしまわぬよう、慎重な手つきで目の下に筆を乗せた。震えぬように注意しながら、頬へと向かって縦に線を引いていく。ふ、と息が漏れる音がする。やはり、烈風刀もくすぐったさを覚えるのだろう。動きが少なかったためか、幸い肌を走る線によれはない。そのまま、外側へと横に線を引いていく。弟の名を表す英字、『L』が完成した。
 よし、と筆を肌から離すとともに思わず声がこぼれる。わずかな時間、わずかな動作だったが、きちんと書けたという達成感が胸を満たす。きちんと書けてよかった、という安堵も少年の胸に広がった。
 声で作業の終わりを悟ったのだろう。烈風刀はゆっくりと瞼を開く。兄を見上げる浅葱は眩しげに細められていた。
「ありがとうございます」
「どーいたしまして」
 例の言葉を述べる弟に、兄は軽く返す。てか烈風刀も笑ってんじゃん、と軽口を叩くと、すみません、と碧い眉の端がゆるく下がった。
「思ったよりもくすぐったいですね」
「だろー? 笑っちまうのも仕方無いだろ?」
 そうですね、と返し、碧の少年は鏡へと目をやる。つられて、雷刀も蛍光灯の光に照らされた鏡面を見やった。美しく磨き上げられた鏡には、頬に己のイニシャルが書かれた少年二人が映っていた。受け渡されたデザイン画通りの仕上がりだった。
 鏡を見つめる中、つい先ほど見た映像が頭の中に甦る。己が手に頬を預け、白い瞼をすっと下ろし、つややかな唇を閉じる――口付けを待つ時のような、あの顔を。衝動が胸の底から湧き上がる。感情に素直な己は、そのままそれに突き動かされた。
「なーなー、烈風刀」
「何ですか?」
 名を呼ぶと、愛しい人はきょとりとした顔でこちらを振り向く。筆を水の入ったコップに浸し、一歩彼へ向かって進む。そのまま、何も書かれていない白い頬に再び手を添えた。
「キスしたい」
 あんな可愛らしい顔をされて、彼も己と同じように意識してしまったなど告白されて、口付けがしたくてたまらなくなってしまった。温かな彼に触れたい。よく手入れされた赤い唇に、己のそれを重ね合わせたい。そんな衝動が、少年の胸を焦がす。すり、とグローブをした手で柔らかな頬を撫でた。
「まだ書いたばかりで乾いていないでしょう。駄目です」
 兄の言葉に、弟は再び眉根を寄せた。口付けをして、万が一頬が擦れてしまったらまた書き直しだ。そんなことでまた書くなどごめんなのだろう。薄い唇がきゅっと引き結ばれる。それすら、あの行為を思い起こさせた。愛おしさが溢れ出る。それを行動で示したくてたまらなかった。
「じゃあ、乾いたらしていい?」
「もう撮影まで時間が無いでしょう」
 はぁ、と溜め息を吐く弟とともに、壁に掛けられた時計へと目をやる。アナログの針は、撮影開始時間までまだまだあることをはっきり示していた。塗料は速乾性の高いものが選ばれていることは二人とも承知だ――つまり、口付けする余裕が生まれるほどすぐ乾いて定着することは、弟もしっかりと理解していた。
 時計が表す事実に、天河石の瞳が気まずげに細められる。反して、柘榴石の瞳は機嫌良さげににまりと細められた。相反する色と表情が、壁一面を埋める鏡に映し出される。
「あーあ、早く乾かねーかなー」
 独り言にしてはやけに大きな声で雷刀は呟く。非常に機嫌良く、かなりわざとらしいものだった。静かにできないのですか、と棘のある声が投げつけられる。見下ろした先、未だ姿勢良く椅子に座った烈風刀は、その頬を描かれた塗料と同じ色に染めていた。どんな強い言葉を投げかけられようと、こんな表情をされては怖くもなんともない。可愛らしさすら感じるのだ。
 カチ、とアナログ時計が鳴き声をあげる。長針がまた一つ歩みを進める。鮮やかな朱が乾くまで、もう少し。

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#ライレフ #腐向け

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とろける【ライレフ】

とろける【ライレフ】
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ハッピーバレンタイン(遅刻)
推しカプ一緒にお菓子食べてくれって話。

 甘い香りがキッチンに満ちる。作業台の隅、白いオーブンレンジからは、砂糖の甘い芳香が立ち上っていた。オレンジの光が庫内を照らす。鮮やかな色で照らし出される生地は、ふわりと膨らんでいた。
 ピピ、と短い電子音が鳴る。仕事を終えたという機械の報告に、烈風刀は手を止め振り返る。庫内を照らしていた光は消え、暗くなった中はガラス窓からは見えない。しかし、そこからあがる豊かな香りが成功を如実に示していた。
 ミトンをつけ、少年はオーブンレンジの取っ手に手を掛ける。少し力を入れて引くと、フックが外れる音とともに甘い香りがキッチンへと飛び出した。天板いっぱいに流し込まれた黒い生地は膨らみ、ところどころひび割れている。不格好に映るが、食欲を誘う見目をしていた。所々に埋まるナッツの白が、良いコントラストを描いている。
 注意しながら手を差し入れ、竹串で生地の中心部を刺す。戻ってきたそれに何も付いていないことを確認し、碧は頬を緩める。きちんと中まで焼けたようだ。
 両手にミトンをはめ、烈風刀は庫内から熱された天板を取り出す。焼き上がった生地から、白い湯気が立ち上る。鍋敷きの上に天板を載せ、そこに敷いていたクッキングシートに手を掛け生地を抜き取る。そのまま、ケーキクーラーの上に紙ごと置いた。
 さて、天板を冷ましている間に切らねば。少年は包丁を手に、数十分前に焼き上がりすっかりと冷めた生地へと向かう。銀の刃を温め、厚みのある生地にそっと入れる。よく研がれた包丁は、崩すことなく生地を切った。ススス、と線を引くように刃を入れ、スティックサイズに切り分けていく。一枚の大きな生地は、あっという間に姿を変えた。
 切り分けたそれを何本かのセットにし、クーラーの上に積む。ラッピングを済ませてしまいたいが、今は次の生地を焼かねばならない。作業をしている間に冷めた天板に、クッキングペーパーを敷く。淡い白で覆われたそれの中に、作り置いていた生地を流し込む。軽く平らにならしてから、ちょうど余熱の終わったオーブンレンジの中へと入れた。時間をセットし、スタートボタンを押す。低い呻り声とともに、白い箱にオレンジの光が宿った。
 明日はバレンタインデーだ。友人連中や後輩、世話になっている人たち――そして、想い人であるレイシスに手作りのチョコレートを渡そうと、烈風刀は夕食後からキッチンで奮闘していた。とはいっても、手軽に量産できるチョコレート菓子というのはあまり多くない。今年は、混ぜて焼いて切るだけのブラウニーを選んだ。ピュアココアとナッツを入れたそれは香り豊かで、食感も悪くないはずだ。子どもたちでも食べやすく、手が汚れにくいのもポイントだ。
 綺麗に切り分け積み上げたブラウニーを、傍らに用意していた細長い透明な袋に入れる。絞った口を短いラッピングタイで閉じ、その上に幅の太いリボンを結う。これでラッピングは完成だ。簡単な物ではあるが、十数人分となると流石に骨が折れる。オーブンレンジが働く低い声を背に、少年は黙々と手を動かした。
「今年は何作ってんの?」
 一人だけのキッチンに、明るい声が飛び込んでくる。視線をあげると、カウンターを挟んだ向こう側には雷刀が立っていた。風呂上がりなのだろう、首には白いタオルが掛けられている。言葉を紡ぎ出す唇も、潤いを保っていた。
「ブラウニーです」
「へー。これブラウニーっていうんだ」
 手際よくラッピングされていく生地の群れを眺め、少年はこぼす。作る側というより食べる側であり、物事にさして頓着しない彼は、このありきたりな菓子の名前を知らなかったようだ。そうですよ、と返し、碧は細い指を動かす。赤いリボンが綺麗に結われたパックが、ケーキクーラーの横に積まれていった。
「一個食べていい?」
「駄目です」
 身を乗り出し問うてくる兄に、弟はきっぱりと否定する。えー、と不満げな声がキッチンに落ちる。駄目なものは駄目です、と碧は縋るようなそれを言葉で払う。余分に作ってあるとはいえ、もし数が足りなくなってしまったら大問題だ。使える時間も材料も限られている。避けるべき事態だ。
「そこのならいいですよ」
「やった」
 クッキングシートの上に積まれた黒い切れ端を指差す。生地は焼くとどうしても端が丸くなってしまう。まっすぐとした見目にするために、端は切り落としているのだ。その山が、焼き色のついたクッキングシートの上に生まれていた。指差した先の光景に、嬉しげな声があがった。
 風呂上がりで少しふやけた指が、黒い生地を一つつまむ。あ、と大きく口を開け、朱は細長いそれに齧り付いた。顎と頬がもぐもぐと動き、しばしして喉が上下する。瞬間、ぱぁと明るい笑顔がキッチンに咲いた。
「んめー!」
「それはよかった」
 嬉しそうに笑みを浮かべる兄の姿に、弟は一人胸を撫で下ろす。自身でも味見はしていたものの、本当に美味しいものが作れているか、少しの不安は残っていた。他人による上等な評価に、きちんと作れていたことが証明され、安堵する。なにより、誰かが己の作った物を喜んで食べてくれることにたしかな幸せを感じていた。
「なーなー、オレの分はー?」
 これ皆のだろ、と雷刀はラッピングされた菓子を指差す。彼の言う通り、先ほどから量産されているそれは級友や下級生に配るためのものだ。事実、雷刀とレイシスのためには別にもう一つ用意をしてある。しかし、自分だけのものが用意されているという確信を持った声で言われると、なんだか腹が立つものだ。
「……ありますよ」
「欲しい!」
 少しの反抗を込めて一拍。烈風刀は少し小さくなった声で応える。言葉を捉えた瞬間、朱は両の手を広げてカウンター越しにこちらへと差し出した。輝く瞳は早く早く、と急かしている。まるで誕生日プレゼントを目の前にした子どものようだ。
 最後の一袋の包装を終え、碧は煌めく紅玉を見る。蒼玉は、呆れたように細められていた。
「バレンタインデーは明日でしょう。一日ぐらい待ってください」
「えー。いいじゃん、一日ぐらい」
 一日の感覚差に、兄弟の意見は分かれる。一日ぐらい誤差だって、と朱い少年は声高に主張する。乱暴すぎる意見に、碧い少年は口元をきゅっと引き結んだ。不満げに眇められた紅瑪瑙と孔雀石がぶつかる。しばしの沈黙が、甘い香りの漂うキッチンに流れた。オーブンレンジの低い呻り声が妙に大きく聞こえる。
「じゃあ、日付変わったら! オレに一番にちょーだい!」
 名案だ、というように、雷刀はピンと人差し指を立てて言う。『一番』という言葉に、彼の欲が表れていた。好きな人から一番最初にチョコをもらいたい。バレンタインデーを迎える人間が抱えてもおかしくはない願望だろう。
 兄の放った『一番』という言葉に、烈風刀の心が少し揺らぐ。たしかに、好きな人には一番最初にもらってもらいたい気持ちが無いと言えば嘘になる。しかし、こちらもこちらで段取りを考えているのだ。それを崩されるのは困る。ん、と細い喉が鳴った。
 お願い、と兄は手を合わせ弟を拝む。髪と同じ色をした眉は、端がへにゃりと下がっていた。潤むガーネットが、上目遣いでアクアマリンを見つめる。な、と小さく首を傾げて少年は頼み込んでくる。その様はまさに幼い子どもであった。う、と気まずげな音が白い喉からこぼれる。浅海色の瞳が悩ましげに伏せられた。
「…………分かりました。日付が変わったら、ですからね」
「いいの!?」
 溜め息を吐くように言う弟に、兄は大きな声をあげる。潤んでいた紅緋の瞳がぱぁと輝きを取り戻す。撤回しますか、との声に、ごめん、と悲鳴のような声が返された。
「分かりましたから、まず髪を乾かしてきてください」
 首元に暗い水玉模様が浮かぶシャツを指差し、烈風刀は言う。相変わらず、この兄は髪を乾かすという工程を忘れてしまうのだ。弟の指摘に、雷刀ははーい、と元気な声を返し、洗面所へと駆けていく。バタン、と乱暴にドアが閉められる音がリビングに響いた。
 オーブンレンジが呻り声をあげる。低く重いそれは、兄の意見に折れてしまったことを非難するような響きに聞こえた。だって仕方が無いではないか。あんな幼い子どものように頼み込まれては、ほだされてしまうに決まっている。だって、あの兄は可愛らしいのだ。そうだそうだ、と本能が言う。もっと自分を律しろ、と理性が正論を吐いた。
 はぁ、と溜め息一つ。烈風刀は包丁を洗い、温め直す。先ほど焼き上げ冷ましていた生地に、スッスッと刃を入れていく。一枚の大きな生地が、何本ものスティックに生まれ変わった。
「乾かしてきた!」
 扉が勢いよく開かれ、雷刀が顔を出す。彼の言う通り、鮮やかな朱の髪からは水気が無くなり、元のふわふわとしたものに戻っていた。一瞥し、そうですか、と短い声で返す。ん、と短い声が返され、兄は部屋の奥へと進んでいく。しばしして、テレビのスピーカーから音が流れ出るのが遠くに聞こえた。
 それからはもう、ひたすらに騒々しかった。ソファに寝転がってテレビを見ていたと思えば、急に立ち上がりその場をうろうろし出す。部屋に戻って漫画を持ってきたと思えば、何度も視線を外し時計を見やる。携帯端末で何か見ていても、何故か液晶画面でなく壁掛け時計へと視線をやる。キッチンで黙々と作業していても、その忙しなさが伝わってくるのだ。相当なものである。
 残った生地の焼成とラッピング作業、道具の片付け、キッチンの簡単な掃除を終え、烈風刀は兄を見やる。相変わらず、ガーネットの双眸は壁掛け時計へと向けられていた。携帯端末を指でなぞり、時計を見る。またなぞり、時計を見る。飽きたのか、端末を机の上に放り出し、とうとうじぃと時計を見つめるまでになってしまっていた。
 つられるように時計を見やる。アナログの時計盤は、日付が変わるまであと二時間はあることを示していた。あと二時間もこの調子なのか、と少年はうんざりとした顔をする。この静かな騒々しさをこれ以上味わいたくはない。はぁ、と溜め息一つ吐き、碧はソファに寝転がる朱へと歩み寄った。
「雷刀」
 名前を呼ぶと、兄はころりと転がりこちらを見やる。その顔には、まだかまだか、とそわそわしていた。あまりにも落ち着きが無い様子に、嘆息する。単純にも程というものがある。
「静かにできないのですか」
「静かにしてるじゃん」
「動きがうるさいのですよ。何度意味も無く立ち上がっているのですか」
 腕を組んだ碧の指摘に、朱はう、と言葉を詰まらせる。だって、と言い訳めいた声が返ってくる。柘榴石は気まずげに逸らされていた。八重歯の覗く口元は強ばり、そこから意味も無い音を漏らしていた。
「……来てください」
 寝転がった兄の手を掴み、軽く引く。疑問げな色を見せながらも、少年は大人しく手を引かれる。そのまま、二人でキッチンへと戻っていった。
 不思議そうにこちらを見つめる雷刀を無視し、烈風刀は冷蔵庫に手を掛ける。青白い光に照らされた庫内、その奥に隠していたマフィンカップを手に取った。片手に収まるそれを携え、今度は食器棚に向かう。紙のカップを外し、中から現れた黒いそれを白い皿に載せる。その様子を、朱はずっときょとんとした様子で見つめていた。
「……こんなに騒がしいのなら、先に食べてしまった方がマシです」
 きょとりとした視線から目を逸らし、碧は言う。弟の言葉の意味を理解し、朱はマジで、と大きな声をあげた。夜中にうるさいですよ、と窘めると、赤々とした唇がきゅっと引き結ばれた。
「なにそれ、マフィン?」
「少し違います」
 少し待ってください、と烈風刀は皿を手に持つ。そのまま、光を失ったオーブンレンジへと入れた。へ、と落ちた疑問符を気に掛けること無く、少年はボタンを操作する。ブォンと低い音があがり、皿がオレンジの光に照らし出される。三十秒経ったところで、ピピ、と電子音が鳴った。
 庫内から皿を取り出す。レンジによって温められた黒い生地は、ほんのりと湯気をあげていた。事態を飲み込めていないのか、朱は相変わらずきょとりとした顔で碧を見つめる。
「え? 何?」
「割ってみてください」
 はい、と温めたばかりの皿とフォークを手渡す。紅玉髄が、皿と弟の顔を何往復もする。さぁ、と手を差し出せば、未だ納得のいかない顔でフォークを手に取った。
 黒い塊に、銀のフォークが横に刺さる。そのまま力を入れ、雷刀は少し固い生地を半分に割っていく。三分の二ほど刃を入れたところで、中からチョコレートがとろりと溶け出した。突然のことに、わ、と少年は声をあげる。その反応を待っていたとばかりに、烈風刀は小さな笑声を漏らした。
「何これ!?」
「フォンダンショコラですよ」
 初めて聞いた、とチョコレートをとろとろとこぼす生地を眺め、少年は呟く。何回か食べたことがありますよ、と指摘するも、記憶に無いといった調子で首が傾げられた。彼が物の名前を覚えていないことは予測はしていた。だからこそ、今年はこれを選んだのだ。
「食べていい?」
「貴方のものですよ。いいに決まっているではありませんか」
 弟の言葉に、兄はおそるおそるといった風に生地が切り分ける。少しの逡巡の末、溶け出したチョコレートを一口サイズに切り分けられた生地が拭う。フォークに刺さったそれは、あ、と大きく開けられた口の中に吸い込まれていった。咀嚼、嚥下。フォークを握る手に力が込められる。未知のものに恐れを孕んでいた表情は、輝くような明るいものへと変化していた。
「んめぇ!」
「……それはよかった」
 元気な言葉に、烈風刀は一言返す。そこには、安堵がよく表れていた。何度か試作し成功していたものの、きちんととろけるものになるかどうか不安だった。成功したようでなによりだ。それに、初めての光景に驚き、喜ぶ兄の姿がひたすらに嬉しかった。作って良かった、と心の底から思える瞬間だ。
「本当は生クリームや粉砂糖を添えるものなのですけれど、時間がありませんでしたからね」
 う、と濁った音がフォンダンショコラを頬張る口から漏れ出る。事実、参考にしたレシピには、甘さを抑えているから生クリームなどで調節した方が良い、と書かれていた。無くとも美味しく食べてくれるだろうという信頼あって出したものだが、本当ならば完璧な状態で差し出したかったのが本音だ。
「……明日、二人で食べたかったのですけれどね」
 本来であれば、明日の夕食後、生クリームを泡立て、二人で食べる予定だったのだ。一日早まってしまった分、色んな段取りがすっ飛ばされてしまった。それを責めるつもりはないが、穏やかな二人だけの時間を過ごす予定が崩れてしまった悲しみが、少年の心を少しだけ滲ませた。
「ごめん……」
「この程度のことで謝らないでください」
 雷刀はしゅんとした様子で皿を見つめる。中からこぼれだしたチョコレートは全て流れ、皿の上に小さな水溜まりを作っていた。小さな黒い湖面を、朱が眺める。吸い込まれるようにじぃと見つめていたそれが、不意に上がった。真正面から対峙したその瞳は、陰りが失われ明るく光っていた。
 銀色のフォークが操られ、小さな生地が急いで切り分ける。一口サイズになったそれをチョコレート生地にくぐらせ、雷刀は烈風刀の前へと突き出した。突然のことに、天河石の瞳がまあるく見開かれる。
「半分こ! 半分こにして、今二人で食べよ!」
 な、と朱はいたずらげに首を傾げる。『二人で食べる』という部分が重要に映ったのだろう。光るフォークを差し出すその表情は、必死な色が見て取れた。自分のわがままで一人先に食べてしまった罪悪感も映っていた。
 はい、あーん。そう言って夕焼け色が朝空色を見つめる。よく磨かれたフォークが、その先に刺さったチョコレートを纏ったフォンダンショコラが、碧に差し出される。どうすべきか、少年は迷う。『二人で食べる』という提案は魅力的だ。それに乗ってしまいたいが、所謂『あーん』というものをするのは羞恥が先に来るのだ。白い肌に紅が薄らと差す。
 逡巡の末、碧い少年は小さく口を開ける。そのまま、フォークに素早く齧り付いた。先に刺さった生地を口の中に浚い、朱から視線を逸らす。咀嚼する度舌に広がる甘さは、レシピが謳う通り控えめとは思えなかった。
「美味しい?」
「えぇ」
 咀嚼し嚥下し、烈風刀は答える。良かったぁ、と安堵の声が上がった。それはこちらの台詞なのでは、と軽口を叩いてみる。それもそっか、と存外素直な返事が来た。
「はい」
 いつの間にか、生地がもう一口分差し出される。彼の言う『半分こ』はまだ達成されていないようだ。たしかに、皿にはまだ黒い生地が三分の二は残っている。『半分こ』するまで彼はずっと烈風刀の口へと菓子を運ぶ気なのだろう。朱い瞳には純粋な好意しか見えない。それがまた性質が悪いのだけれど。
「も、もう大丈夫です。ラッピングを済ませてしまわないといけないので」
 そう言って、烈風刀はブラウニー生地を載せたケーキクーラーへと向かう。えー、と残念そうな声が背中に投げかけられる。二度目の『あーん』を耐える気概など、恥ずかしがり屋な面がある少年には無い。
 包丁を温め、端を落として、切り分けていく。もう慣れてしまった動きだ、包丁の切れ味の良さもあって、スッと終わってしまった。今度はこれをラッピングしなければならない。これで最後だ、早く済ませてしまおう。そう考え、袋に手を伸ばしたところだった。
「烈風刀」
 愛しい声が己の名を呼ぶ。先ほど食べたチョコレート生地よりもずっと甘い、とろけた声だ。手を離し、少年は音の元へと視線をやる。そこには、柔らかな笑みを湛えた雷刀の姿があった。手元にあった皿は、綺麗に浚われている。
「今年もありがと。大好き」
 愛おしさをたっぷり声に乗せ、雷刀は言葉を投げかける。あまりにも甘ったるい響きに、烈風刀の眉がひそめられる。そこにあるのは不快感ではなく、ただの羞恥だった。あまりの甘さに、愛おしさに、耳が、心がとけてしまいそうな心地だ。整った唇が、きゅっと引き結ばれる。
「……喜んでいただけたなら、なによりです」
 引き結ばれた口元が綻び、烈風刀は笑みを浮かべる。幸いをたっぷり載せた、控えめながらも可愛らしい笑みだった。やはり、好きな人に喜んでもらえるのは嬉しいことだ。溢れ出る幸福が、表情に出る。自分でも、緩んだみっともない顔をしている自覚はある。でも、仕方の無いことだ。こんなにも幸せなのだから。
 釣られるように、雷刀も笑う。こちらも、幸せがたっぷり含まれた、甘い笑みだった。胸を溢れる喜びに、二人でくすくすと笑い合う。
 チョコレートの甘い残り香が、キッチンに立つ二人を包んでいた。

畳む

#ライレフ #腐向け

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