No.200, No.199, No.198, No.197, No.196, No.195, No.194[7件]
お前が目指す場所はどこよりも【マルノミ】
お前が目指す場所はどこよりも【マルノミ】
本誌25年2月号を読んで狂ったオタクの怪文書。該当号以前のネタバレ有。
マルノミくんの執着心をナワバリに昇華させてどうにかしようとしたのがあの子だったらいいなという話。100%捏造。隅から隅まで捏造。捏造じゃないところはマルノミ君の名前とあの子の持ちブキだけ。
執筆及び投稿時点であの子の名前は出てません。出たら加筆修正するやもしれぬ。
一番になりたい子とその子をずっと見ていた子の話。
はぁ、と珍しくひっくり返った間抜けな声を今でも覚えている。
友人であるマルノミは『一番』であることに固執するヒトだ。学業でも、趣味でも、芸事でも、何もかもで『一番』を取ることに固執する。それだけあって、相応に努力を重ねている姿は常々見ていた。他者からは余裕綽々にこなしているように見せながら、裏では自己の時間を犠牲にして何事にも励んで、努めて、心血を注いでいた――その努力が実を結ぶことは無かったが。
優秀である友人は、誰よりも優秀であるはずの友人は、毎回あと一歩及ばない。例えば難問を解ききれず部分点しかもらえなかったり、個を磨くがあまりヒトと足並みを揃えられなかったり、秀でてありながらも審査の観点からは外れる表現をしたり。毎回加点要素をどこか取り逃す。『一番』を取り逃す。何が何でも欲するそれに手が届かずにいる。その苦痛がどれほどのものかなど想像に容易い――周りは彼が演じる飄々としたキャラクターに誤魔化されているが。
彼は『一番』になれない。
ならば、『一番』になれる場を与えてやればいい。
おい、とか、なぁ、とか、名前とか。荒々しい声が背中にぶつけられる。掴んだ腕は逃げたそうに後ろへと引いていく。逃げさせぬようにがっちりと掴んで、街へと続く道を走った。無理矢理にでも掴んで走らねば、もうこいつを捉えることなどできないのだ。酷い強硬手段だという自覚はあるものの、目的のためには仕方が無い。付き合わせるがまでだ。
「おい! どこ行くんや!」
「ブキ屋」
喚く友人に短く返す。はぁ、と素っ頓狂な声が返ってきた。目的地が示された安堵にか、それとも事態が未だに飲み込めない混乱にか、反抗の力が一瞬弱まる。その瞬間を見逃すこと無く、掴む手に再び力を入れ走る。走る。走る。ごちゃごちゃとした街を二人で走って突っ切っていく。
「なんやこれ」
「わかばシューターだ」
「……え? 何? 何でボクにブキ持たすん」
飛び込んだカンブリアームズ、店主に初心者だと説明してわかばシューターを一丁交換してもらい、マルノミに投げて渡す。初めてブキを持った友人は、怪訝そうに小さな精密機械を手の内で回しながら眺めていた。眉根を寄せたその顔目掛けて、これまた新品のインクタンクを投げ渡す。ほんま何なん、と見事にキャッチした手の横から抗議の悲鳴が飛んできた。
「バトルに行くからだ」
はぁ、と今日何度目かの裏返り声がブキ屋に響き渡った。
ロビーに設置された端末の前に並ぶ。手慣れた調子で操作すると、大きな液晶画面にはWINの大きな文字が表示された。枠組みの中に野良の即席チーム、四人のメンバーが並ぶ。一番上には『Player』――今しがた初めてのナワバリバトルデビューを果たした友人の仮名が記されていた。横に並ぶ数字は、一〇〇〇を余裕で越えた、チーム四人どころか対戦相手を含めた八人の中でもずば抜けたものだ。彼が誰よりもステージを塗ったことが――誰よりもバトルに貢献したのかを端的に表していた。
「いきなりヒトんこと無理矢理連れてきよぉたと思ったらそんままバトルさせるとか。なんやねん」
今日一日中眉をひそめ顔をしかめ怪訝そうに見やるマルノミは、手の内のわかばシューターを回す。今日初めて持った者とは思えない動きだ。日々の努力が実を結んだその身体は、何事もヒト並み以上にこなすことができる実力を秘めている。わかばシューターほど小さなものならば取り回すのは朝飯前だろう。
しかめ面の友人に、立てた指を向ける。ヒトんこと指差すなや、という常識的な指摘を無視して、そのまま誘導するように液晶画面へとゆっくり指を動かしていく。眇められた双眸が、大型モニタへと吸い込まれていった。
「一番だ。お前が一番塗って、一番貢献していた」
お前が一番だ。
事実を告げる。変えられない結果を突きつける。彼が掴み取った現実を教え込ませる。
マルノミは学問に励んでいた。趣味に励んでいた。芸事に励んでいた。励むがあまり、彼はナワバリバトルを体験したことが無い。バトルに手を出せるほどの時間は余っていないのだ。周りがバトルを楽しむ中、彼は努力を重ねていた。『一番』になるために。
彼の能力はこれ以上に無いほど秀でている。勉学を詰め込んだ頭は素早く回り良い結果を弾き出すし、鍛えられた身体は俊敏に動く。芸事で研ぎ澄まされた勘は恐ろしさを覚えるほど鋭い。これだけのヒトがナワバリバトルをしていないなど、大きな損失だ。何より、彼にとっての損失だ。『一番』を取れる能力があるのに、その舞台に立たないなど。
ならば、立たせてやればいい。無理にでも引っ張って、舞台に引き上げて、誰よりも輝かせてやればいいのだ。
理解が追いつかないのか、大きな布に包まれた顔はぽかんと口を開けた間抜けなものになっていた。それがだんだんと鮮やかになっていく。半分になっていた目は丸くなり、呆けたように開いた口は口角を上げ、白い肌が健康的な鮮やかさで染まっていく。この表情を言葉で表すならば、おそらく『歓喜』だ――『歓喜』であってほしい、と思ってしまう。身勝手な願いだ。
「……いや、こんなんただ塗っただけやろ」
「その『ただ塗る』ができないやつがどれだけいるか、見れば分かるだろ?」
指差す先、並ぶ数字は彼を除けば三桁だ。カバーすべくキルに重きを置くプレースタイルでいったとはいえ、己など彼の半分も塗っていない。他の塗りブキも、彼には一歩どころか五歩は及ばない数値である。初心者である彼が、初めて『ナワバリバトル』というものを知った彼が、一番仕事をしたことは明らかだ。
沈黙。わかばシューターを握っていない方の手が持ち上がり、厚い布に包まれた頭をガシガシと掻く。あー、と浮かぶような沈むような、何とも言い難い声が漏れたのが聞こえた。
「……まぁ、一番やな」
はっ、とマルノミは鼻を鳴らす。その口元が薄く緩んでいるように見えたのは、気のせいではないはずだ。
白いシャツに包まれた肩に手を置く。がっしりと掴む。逃がすまいと掴む。なんや、とまた訝しげな声と視線がぶつけられる。瞼が少し降りたその吊り目を、真正面から見つめる。絶対に逃がすまいと見つめる。
「お前なら勝てる。初戦でこれだぞ。誰よりも強くなれる」
だから、一番になりにいくぞ。
掴んだ手に自然と力がこもる。はぁ、ともう飽きすら感じるほどの疑問声が耳をくすぐった。瞼が全部上がって、目が丸くなって、口が大きくなって、眉が吊り上がって。目の前の表情がめまぐるしく変わる。それが落ち着くのをじっと待つ。彼が導き出す結論をじっと待つ。祈るように、願うように、乞うように、じっと見つめて言葉を待った。
「……まぁ、ええんとちゃう」
付きおうたるわ。
また鼻を鳴らし、マルノミは言う。共に頂点を目指す言葉を紡ぎ出す。彼が目指すべく場所へと向かうと、己の前で確かに宣言した。
肩を掴んでいた手に力がこもる。痛いわ、といつもと同じ調子の声と大きな手で弾き飛ばされた。すまない、と返した声は、己でも驚くほど浮かれていた。
「まず基礎教えぇや。なに初心者いきなり実戦に放り込んどんねん」
「……すまない」
「お前らしいけどなぁ」
変なとこ突っ走るんやから分からんわぁ、とマルノミは歌うように言う。仕方が無いだろう、と返しそうになったのをグッとこらえた。彼の指摘は真っ当なものである。返す言葉はどれも言い訳にしかならないだろう。実際、全て言い訳だ。己は己の欲望がためにこの身を動かしたのだ。
ロッカーにいくらか基礎の本があったはずだ。こっちだ、とロッカールームを指差し案内する。手遊びのようにわかばシューターをいじくる手が止まり、軽い調子の足音が耳を撫ぜた。
はよしぃ、と急かす声は弾んだものだった。
「『デンタルワイパー』やって」
へぇ、とマルノミの手元にある小さな画面を覗き込む。『新開発!』『待望の新ワイパー!』と大きな文字たちの下に並ぶ写真を見る。写っているブキは、確かにワイパー種の形をしていた。しかし、ドライブワイパーやジムワイパーのように刀身が剥き出しではない。カラフルに彩られた刀身は、ポップな文字が描かれたビニールカバーに包まれていた。これで攻撃ができるのだろうか、と首を傾げる。ジムワイパーもドライブワイパーも刀身を振り抜く遠心力でインクを飛ばすのが主だが、直接ブキを当てることでも攻撃が可能だ。ぷにぷにとした柔らかいビニール素材にその力があるとは思えなかった。
四角い指が器用にボタンを操って、画面内の動画を再生する。デンタルワイパーの実戦動画だ。見るに、溜め斬りの際はあのカバーを取るらしい。しかも、他のワイパー種と違い大きく前進して振り抜いている。素早いその動きは、使いこなすことができれば相手を翻弄し、大胆に攻撃し、試合を有利に持っていけるだろう。
「これええなぁ。使お」
「珍しいな」
「だって絶対おもろいやろ」
愉快そうな声に、小さく頷いて返す。こんな特徴的な動きをするブキはワイパー種はおろか、全ブキで見ても初めてだ。多くの者に面白く映るだろう。興味を持つ者も多いはずだ。新シーズンが幕開ければ、バトルは新しく出たブキたちで埋め尽くされることになるだろう。研究しないとな、と動画を再び見るべく己の端末を取り出した――画面は大きな手によって遮られたが。
「ワイパー教えぇ。先に練習しときたいわ」
「ジムワイパーとは使い心地が違いそうだぞ」
「使い心地違っても立ち回りの基礎は同じやろ。ほら、行くで」
画面を遮っていた手がナマコフォンを取り上げ、空になった手を掴む。そのまま、ロビーの方へと引っ張られていった。掴む手は固く、強く、熱い。彼がどれだけ期待しているかなど、それだけで十二分に分かった。
ジムワイパーを握る手に力を込める。これからは忙しい日々になりそうだ。
畳む
本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!! お誕生日にはケーキだよねって話。
ケーキを作るグレイスちゃんと烈風刀と飛んできたつまぶきの話。
まだ少し固い赤をそっとつまむ。青や黄で彩られた真っ白な舞台に、慎重な手つきでつやめく果実を置いた。表面にたっぷり塗られたクリームが少しだけへこんでくっついて、小ぶりないちごを支える。少し斜めを向いてしまったが、崩れることなく盛り付けられた安堵にグレイスは小さく息を吐いた。
「もっと気楽でも大丈夫ですよ」
次のいちごをそぅっと手に取ると、笑みを含んだ声が飛んでくる。自然と半分下がった瞼のまま見やると、口元を綻ばせた烈風刀と目が合った。彼の胸元には銀の大きなボウルが抱えられている。泡立て器を持った左手は、心地よさを感じるほど一定のリズムで真っ白な中身を掻き回していた。
「大丈夫なわけないでしょう。誕生日ケーキなのよ」
ふん、と少女は鼻を鳴らす。そうですね、とやはりどこか笑みが浮かぶ声が返ってきた。
年も明けてしばらく経った今日は一月十八日。この世界が生まれた日。そして、レイシスたちの誕生日だ。
こんなめでたい日を祝わずにいられるわけがない。ネメシスは世界の祝福、そして世界のために日々尽くす少女たちの祝福に一丸となって動いていた。例えばお祝いの言葉だとか、ぬいぐるみ付きの電報だとか、誕生日プレゼントだとか、誕生日パーティーだとか。
週最後の平日である昨日は、放課後の教室で簡素なパーティーが行われた。クラスや学年の垣根を越えて人々がこぞって祝いに来たのだから、彼女たちの人望がよく分かる。四人をもってしても持ち帰られない数のプレゼントが積み重なったほどだ。保存がきくものは週末の間学校で過ごしてもらわねばならなくなってしまったぐらいには。
迎えた週末、誕生日当日。本日はレイシスたっての希望で、五人きりの小さなパーティーを行うことになっていた。グレイスと烈風刀は料理担当だ。ケーキ生地を焼き、生クリームを泡立て、果物を処理し。午後も早くから始めたというのに、丁寧に作業していた分随分と時間が経ってしまった気がする。パーティーはケーキだけではない、他にも料理を作らねばならない。冷蔵庫の中には醤油や塩だれに漬け込まれた大量の鶏肉が待っているのだ。長い時間キッチンを占領してはいけない。手早くしたい、でも綺麗に丁寧にやりたい。躑躅の心は逸るばかりだ。
そっと、そぅっと、崩れないように果物を配置していく。ブルーベリーにラズベリー、レモン汁を薄くまとったバナナ、薄切りにしたリンゴ、そしてツヤツヤのいちご。色とりどりの果実が白いスポンジケーキを彩っていった。
「いちご、もっと買ってくればよかったかしら」
ケーキ一周分載せたところで、グレイスは呟く。こぶりなプラスチックパックの中のいちごは残り三分の一ほどだ。あとは半分に切って載せるので問題はないが、やはりこれだけではどこか物足りない気がする。生クリームたっぷりのホールケーキといえば、大ぶりでツヤツヤで真っ赤ないちごだ。もっとたくさん載せるべきではないか。そんな疑問が、不安が胸をよぎるのだ。
「さすがにこれ以上は無理ですよ。今の時期は高すぎます」
「ちょっとぐらい私が追加で出すわよ」
パーティーで作る料理や買うジュースなどの費用は全員で平等に出し合っていた。旬を外れたいちごは店先で言葉を失い立ち尽くすほど高く、予算ではこの量が限界だったのだ。けれど、個人的に買えばもっと増やすことができた。何故早く思いつかなかったのだろう。もっと豪華なケーキを食べさせられたのに。今更になって後悔が押し寄せてくる。少しずつ沈んでいく少女の頭に、いえ、とはっきりとした声が降り注いだ。
「そういう部分をなぁなぁにすると雷刀が余計なことをしだすのでやめてください」
眉根を寄せて首を振る烈風刀に、そうね、とグレイスは一拍置いて頷き返す。雷刀のことだ、自費で肉を増やすとか、菓子を増やすとか、机の上が大変なことになるような買い物をしでかすだろう。レイシスもそうだ。たくさんあって困ることはない、とピザを三枚や四枚気軽に追加する姿が容易に想像できた。
「僕が提供できれば一番よかったのですが……」
「どこまで手広くやる気なのよ。もう農園に余ってるとこ無いでしょ」
烈風刀が営む農場で栽培されているのは、旬に合わせた野菜がほとんどだ。さすがにいちごを栽培するビニールハウス環境は整備していなかった。していても困るが、と少女はひそかに瞼を下ろす。知らぬ間に土地が増えていることが多いネメシスとはいえ、フルーツまで手を出すほど農園を広くするのは不可能だろう。何より、そんなに種類を増やしては世話をする彼の身体がもたない。
「おー! もうできてんじゃん!」
風を切る音と弾む声がキッチンに飛び込んでくる。思いもよらぬ声に、手元を見つめていた二人は顔を上げた。躑躅と浅葱の先には、銀色に光る小さな三角形があった。今日の主役の一人であるつまぶきだ。
「貴方、買い物についていったんじゃなかったの?」
「レイシスに留守番してろって言われた」
オレだって荷物持ちぐらいできんのにさ、とつまぶきは呆れた調子で首を振る。無理でしょ、と二つの声が綺麗に重なった。手のひらサイズの彼が持てるものなど、簡易包装のティッシュペーパー一パックぐらいだろう。ピザや菓子、ジュースに冷凍食品にと重い食品を買いに行った彼女らにとっては完全な戦力外だ。
スゲー、と感嘆の声を漏らしながら、つまみの精は制作途中のケーキの周りを飛んで回る。フルーツでデコレーションされつつある白を、三六〇度から素早く、忙しなく眺めた。ぴょこぴょこと宙で跳ねて揺れる動きは兎のようだ。
「ぶつかっちゃったらどうすんのよ。あっちいってなさい」
ぐるんぐるんと飛び回る彼を外に押しやるように、グレイスは手の甲を見せて大きく振る。扱いが虫と同レベルだ。あんまりな態度に、不満げな声が小さな口からあがった。
「そういや味見したのか? してねーならオレが――」
「つまぶき」
皿の端っこに着地した精を、たおやかな手がそっとつまむ。逃げられないようにがっちりとつまむ。動揺にきょろきょろと視線を泳がせる彼を眼前まで持ち上げ、少女はにっこりと笑った。不自然なほど目元を曲げ、口角を上げるそれは、『笑顔』と表現するにはあまりにも凶悪なものだった。びくん、と逃げられずにいる小さな身体が大きく跳ねる。
「食べたらナパージュぶっかけてケーキの上に飾るわよ」
「……ハイ。タベマセン」
たどたどしい調子で答えるつまぶきに、グレイスは白くなるほど力を入れていた指先を緩める。分かったならいいわ、と着信中の携帯端末のように震える銀に怒気がにじむ声をぶつけた。
解放された銀の精はぴゅんと飛ぶ。怒られた子どもが親の背中に隠れるように、烈風刀の肩に腰を落ち着けた。こえー、と怯えきった小さな声が少年の耳をくすぐる。
「生クリームにつっこまないでくださいよ」
「しねーって! 烈風刀までオレのこと信用してねーのかよ!」
「していますが、事故は起きるものです。注意して損はありませんよ」
ボウルを遠ざける烈風刀に、つまぶきはきゃんきゃんと子犬のように喚く。小さな身体が少年の肩の上でぴょんぴょんと跳んだ。説くように、いなすように、碧はさらりと言葉を紡ぐ。正論であるのは誰が聞いても明らかだ。
納得したのか、まだ腑に落ちないのか。小さな身体は動きを止めて、五分まで立てられた生クリームがたっぷり入ったボウルから少しだけ距離を取った。むくれた声が少年の後ろを漂っていく。
手を洗い、グレイスは再び飾り付けを再開する。変色することなく佇むバナナ、水気はないのにつやめくラスベリー、底が分からないほど濃い藍色を覗かせるブルーベリー、端っこがうっすら透けて見えるりんご、真っ赤に熟れたいちご。様々なフルーツを、事前に考えたバランスと相談しながら並べていく。丁寧な作業はようやく実を結び、やっとホールケーキが一つ完成した。安堵に、少女は思わず大きく息を吐く。すぐさまハッとして口元を手で押さえた。今の呼気で崩れてしまっては大変だ。揺れるラズベリルが白いキャンバスを見やる。華やいだフルーツたちは、ひとつも動くことなくケーキの上で咲き誇っていた。
「……これで足りるのかしら」
「二個ありますし大丈夫ですよ。今ロールケーキも焼いていますし」
へ、と強張っていた口から気の抜けた音が漏れる。急いで振り返ると、随分と前に使い終わったはずのオーブンには再びオレンジの灯りが宿っていた。ヒーターが唸る低い音が、彼が仕事の真っ最中であることを語っていた。
いつの間に、と驚愕を隠すことなく、グレイスは烈風刀を見やる。作り終わった生クリームをテキパキと処理し、揚げ物用の鍋を用意しながら、彼は小さく笑った。
「冷凍していた卵白がまだ残っていたので」
「卵白って冷凍できるものなの!?」
「できますよ。黄身を醤油漬けにしたりすると余りますから、いくらか冷凍して保存しています」
作りすぎる人がいるので、と少年は嘆息する。そうなの、と少女は呟くように答える。丸くなったペツォッタイトがぱちぱちと瞬いた。グレイスは寄宿舎暮らしだ。レイシスの部屋を訪れた際に料理をすることはあれど、毎日メニューを考えたり調理をすることはない。卵黄と卵白は必ずセットで使うものだと思っていたし、片方だけが余るだなんて想像ができないことだった。余ったそれを冷凍することは更に想像がつかない。凍ってもちゃんと泡立つのか。そもそもあのどろりとしたものが凍るのか。疑問は尽きないが、今問うのはやめておいた方がいいだろう。
疑問符を浮かべながらも、少女はナパージュを用意する。透明なそれを、シリコンの刷毛でフルーツに塗っていく。ただ飾っただけでも輝きを放っていた果物は、透明な衣をまとって更にキラキラと輝きだした。拙さの残る手作りのものだというのに、この一処理をしただけでまるで売り物のように様変わりしたのだから驚きだ。料理の奥深さに、手間暇を掛ける重要性に、アザレアの目が開いて閉じてを繰り返した。
ぶつからないように細心の注意を払いながら、透明な保存容器を逆さにして被せる。これまたぶつからないように慎重に慎重を重ねて冷蔵庫にしまった。これで一つ完成だ。すぐさま元の場所に戻って、新しく皿を用意し、ケーキクーラーに載せていたスポンジを載せる。切っただけだったはずのスポンジは、いつの間にかシロップが塗られ少ししっとりとしていた。きっと烈風刀が処理してくれたのだろう。本当に手際が良い。
一つ目と同じように、生クリームをたっぷり塗って処理し終えていたフルーツを丁寧に載せていく。先ほどのものはレイシス専用、今回のものは雷刀と烈風刀とつまぶき、そしてグレイスのものだ。貴方たちで全部食べなさいよ、と最初は遠慮したのだが、一人だけ仲間外れだとレイシスが悲しみますよ、と兄弟に押し切られてしまったのは記憶に新しい。本当に良いのだろうか、と未だに不安は残る。けれども、遠慮して食べずにいては、己にとことん甘いあの姉が眉を八の字にしてしょんぼりとするのは容易に想像できた。今日はレイシスの誕生日だ。誰一人として、彼女を悲しませてはならない。ならば己が取る選択は一つのみだ。
「僕らの分ですし適当でいいですよ」
「よくないわよ。何言ってんのよ」
焼けたばかりのロールケーキの生地を処理しながら、烈風刀は事も無げに言う。あんまりな言葉に、グレイスは頬を膨らませた。整えられた細い眉と、勝ち気な目元がいっぺんに吊り上がる。
「貴方たちも主役でしょ。適当でいいわけないじゃない」
「主役、ですか」
ケーキ生地からクッキングペーパーを剥がす烈風刀は、少したじろいだように呟く。少し高くなった声は、消しきれぬ疑問符が残った響きをしていた。あんまりにも理解していない様に、グレイスははぁと息を吐く。白い指が一本立って、少年をびしりと指差す。丸くなった翡翠の目が、指の勢いに押されたように揺れた。
「今日はレイシスと、雷刀と、烈風刀と、つまぶきの誕生日なのよ。レイシスだけじゃないの。貴方たちも主役なの!」
分かった、と語気強く問う少女に、少年は気圧されたようにはい、と返す。そーだそーだ、とここぞとばかりに肩の上で妖精が飛び跳ねた。
「主役のオレはぁー、いちごがいっぱい載ったケーキ食いてぇ!」
「言われなくてもいっぱい載せてるわよ。楽しみにしてなさい」
くるんと宙返りをして主張するつまぶきに、グレイスは不敵に笑んで返す。歓喜の声をあげ、妖精はまた器用に宙返りをした。落ちないでくださいよ、と大きな手が彼の前を素早く塞ぐ。落ちねーって、と上機嫌な声がキッチンに舞った。
「あと味見してぇ!」
「ダメって言ってんでしょ」
「後でロールケーキの切れ端上げますから、それまで待っててください」
忙しなく動いて主張する銀色を、躑躅色がバッサリと切り捨てる。露草色の眉がゆるく下がって困ったような笑顔を作り出した。また銀がくるりとひらめいて舞って、急かすように少年の肩をつついた。
いちごを半分に切りつつ、少女は時計を確認する。あと二十分もしないうちに二人は買い物から帰ってくるだろう。急がずゆっくり、何なら夕食に支障が出ない程度に買い食いでもして帰ってこいと言ってあるが、きっと彼らのことだからまっすぐに帰ってくるだろう。予約していたピザとポテトとチキンと、何リットルもあるジュースや器から溢れるほどの菓子を携えて。
フルーツを切る音と油が熱される音、ケーキ生地を扇ぐ音が三人を包む。生クリームを冷やす氷が、金属ボウルにぶつかって軽やかな音をたてた。
畳む
どんなあなたもいつだって可愛いじゃないですか!【ヒロニカ】
どんなあなたもいつだって可愛いじゃないですか!【ヒロニカ】
三つ編みヘアーはゲソを伸ばして作ってる(3アートブックより)→じゃあ解いたら初代ガールのヘアスタイルになるんじゃね?
とかこねくり回した結果がこちらになります。珍しく付き合ってるヒロニカ。都合の悪い部分は全部都合が良いように捏造してる。
風呂上がりのニカちゃんと風呂上がり待ちのヒロ君の話。
心臓が爆散する音が聞こえた。
否、錯覚らしい。生きているのだから錯覚だろう。けれども、まだ存在しているらしい心臓は破裂せんばかりに脈動していた。耳の真横で聞こえる鼓動の音は、浴びた者の全身を震わす重いキック音のようだ。きっと身体を飛び出して外側に聞こえてしまっているだろう。一瞬でもそう勘違いするほどの大音量が体の内側で奏でられていた。
「ヒロ?」
少し高い音が耳朶を撫ぜる。ぼやけた視界が途端に実線を取り戻し、実像を結びだす。そこには、まあるい目をぱちぱちと瞬かせるベロニカの姿があった。しっとりとした手は首に掛けられたタオルを握っている。目に痛いほど鮮やかな黄色のゲソは輝くほどつやめいて見えた。彼女を表す三編みは今は無い。解かれ、ぺろんと一本の長いゲソが彼女の左頬を隠していた。
「あ、え? は、はい。どうしました?」
聴覚を阻害する鼓動の中、ヒロはどうにか声を発する。口から飛び出した音は、驚くほどひっくり返ったものだった。もはや己の声と認識する方が難しいほどである。やっとクリアになった視界が、不審なほど揺れ動く瞳に合わせて再びブレだす。先ほどまで床についていた手は、気付けば依然バクバクと鳴って耳を狂わせる心臓を押さていた。
「どうかしてんのはお前だろ。どした? 腹痛いのか?」
挙動不審という言葉を体現した恋人の姿に、少女は首を傾げる。先ほどまで綺麗な丸になっていた目は細められ、訝しげに、それでもどこか心配そうな色をして視線を彷徨わす赤を見つめた。その可愛らしい表情に、少年の心臓はまたバクリと音をたてる。破裂した音だと言われても納得するような爆音だった。
「……………あの」
心臓を押さえたまま、いつの間にか俯いたまま、薄くなる呼吸の中、鼓動がうるさい中、ヒロは細い声を漏らす。二人きりの夜でなければまず聞き落とすような音だ。アタマ屋の店員の方がまだ聞き取りやすいレベルである。あの、その、とオクトリングは時間を掛けて声と言葉を絞り出していく。気が長くないはずの恋人は、訝しげな目でその姿を眺めていた。じっと言葉を待ってくれていた。
「…………か、わい、すぎて」
「は?」
数えるのも面倒なほどの時間をかけて、なんとか意味のある言葉を紡ぎ出す。途切れ途切れながら意味を理解できる言葉に、ベロニカはひっくり返った声を漏らした。目も、口も、声も、彼女の全てがその言葉を理解できないと語っていた。
「ヘアスタイル変えたの、初めて見たので……、新鮮で、………………可愛くて」
そこまで言って、少年は心臓を押さえていた手をようやく離す。大きな両の手を使って、今度は顔全てを覆った。肌から伝わる温度は高い。シャワーを浴びてしばらく経ったのだから、体温は普段通りに戻っているはずだ。だというのに、顔は夏の日差しに晒されたような熱を持っていた。
ベロニカは普段髪を結っている。トレードマークとして機能するほど常に三編みに結っていた。曰く、これが一番邪魔にならないらしい。綺麗に編まれたゲソは美しく、彼女の勝ち気な顔を輝かしく飾っていた。
それが今は解かれている。シャワーを浴びたのだ、ゲソを解くのは当然だろう。けれども、己がその姿を見たのは今日が生まれて初めてだった。恋人の普段と違うヘアスタイル。普段と違う姿。どこか幼気な、純朴な、愛らしい姿。心臓が撃ち抜かれないはずがなかった。その結果がこの無様な姿なのだけれど。
「お、ま、……バカか?」
呆れ果てた、けれどもどこか上擦ったままの声が頭上から降り注ぐ。はぁ、と重い溜め息のおまけ付きだ。それはそうだろう、明らかに様子のおかしい恋人を心配した結果がこれである。呆れない方がおかしい。あまりにも恥ずべき姿に、醜態を晒した事実に、下がった少年の頭が更に下がっていく。もう丸まっていると表現した方が相応しいような有様だ。
「ヒロ」
幾分かして、頭上からまた声が降り注ぐ。はい、と針を落としたような小さな声でオクトリングは返す。顔上げてみ、と続けざまに声が降ってきた。怒っているのだろうか。それにしては声はどこか楽しげだ。はい、とまた答え、顔を覆っていた手を離し、顔を上げる。
「ポニテ」
視界に飛び込んできたのは、ベロニカの姿だった。けれども、普段とも、先ほどとも違う。下ろされていた太いゲソは、彼女の大きな手によって高い位置にひとまとめにして持ち上げられている。頭の少し上にぴょこんとゲソが飛び出していた。長いそれが取り払われたことによって、整った彼女の顔が、得意げににかりと笑んだ、頬をうっすらと上気させた可愛らしいかんばせが惜しげもなく晒されていた。
喉が濁った音を漏らす。心臓がまたキックを鳴らす。気付いた頃には、視界はラグの白色で埋め尽くされていた。頭がぐわんぐわんと揺れる。急激に動いて俯いたことによる反動だろう。胸にある臓物は相変わらず凄まじい音を鳴らしていた。音楽家ならこれで一曲作れるのではないだろうか。そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。莫大な感情からの逃避によるものだった。
「大袈裟すぎだろ」
呆れよりも愉快さが勝った声でベロニカは漏らす。しまいには笑い声が続いた。ケラケラと軽やかな笑声はいつもながら可愛らしいものだ。けれども、この状態を笑われるのは少しばかり不服だ。羞恥が何十倍にも勝っているが。
「大袈裟じゃありませんよ」
なんとか顔を上げ、ヒロは返す。むくれた声は拗ねた子どものそれと相違ない。恋人に見せるには恥ずかしいが、恋人にぐらいしか見せられないような姿だ。頬はまだまだ熱を持っている。赤らんでいるその顔で恨めしげに見つめてむくれ声を出すなど、まさしく子どもである。己でも呆れ返るほどだ。
「恋人が違う姿を見せたら……、めっちゃくちゃ可愛い姿になったらこうなるに決まってるでしょう」
「そうか?」
そうですよ、と返した声は吹っ切れた調子だった。正反対に、返ってくる声は理解しがたいといった調子だ。それにもどこか笑みが宿っている。悶えに悶えた己のことがまだ面白いらしい。あなたのせいなのに、なんて八つ当たりのような言葉が思い浮かんでしまった。
「ベロニカさんは僕が違うヘアスタイルにしたらどう思いますか?」
未だにむくれ調子の声で問いを投げかけてみる。んー、と思案の音がゆるんだ口元から落ちた。上がっていた口角が更に上がり、美しい半月の形へと姿を変える。水面を撫でたようにすぃと細められた目は、いたずらげに、楽しげに輝いていた。
「見てみねぇと分かんねぇかなぁ」
「……今度、アフロにしますから」
「いや、それは笑っちまうと思うわ」
どうにか反撃しようとした言葉は、呵々と大きく笑い飛ばされてしまった。想像したのだろうか、ふふ、と愉快げな吐息が聞こえた。インクリングやオクトリングは瞬時にヘアスタイルを変化させることができる種族だ。一瞬で変えるのも、すぐさま戻すのも自由自在だ。けれども、放った言葉を実行する気概は持ち合わせていなかった。鏡を見る度に笑うことなど考えたくもない。
まっ、とベロニカは鼻で笑うように、高らかに歌うように言葉を宙に舞い立てる。未だにいたずらっ子のように細められた目が再びこちらに向けられた。
「お揃いでポニテにしてもいいんじゃね?」
そう言って、少女はまた手の輪でポニーテールを結い上げる。また心臓が大きな音をあげて跳ね飛んだ。彼女の姿で一度急加速した鼓動は、彼女の手によってずっと全力疾走を続けていた。痛みを生み出し、呼吸を苦しめ、体温を上昇させる。それでも不快感は全く無かった。悔しさはあるけれども。
「まぁ、機会があったら、はい」
「あったら、じゃねぇんだよ。作るんだよ」
もにゃもにゃと曖昧に返すと、バンバンと肩を叩かれた。そうだろう。彼女ならそう言うだろう。有言実行がこのヒトのモットーなのだ。
なっ、と自信満々の調子で問われる。そんな笑顔で問われて、そんな嬉しそうな顔で問われて、そんな頬を紅に染めた愛らしいかんばせで問われては、もう肯定の言葉を返す以外の選択肢など失われてしまった。
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寄せあってぬくまって【ライレフ】
寄せあってぬくまって【ライレフ】
明けましておめでとうございますな正月の右左。やっぱこたつには並んで寝転びたいじゃないっすか。いちゃいちゃしてほしいじゃないっすか。
こたつでちょっと攻防する右左の話。
シンクを打ちつけていた流水が止まる。スポンジを握った手は淀みない動きで道具を所定の位置に戻していった。流れるように布巾を手に取り、水切りかごに伏せた食器たちを手慣れた動きで拭いていく。水気が消え失せ輝くそれらを棚に片付けたところで、烈風刀は小さく息を吐いた。
布巾を元の場所に掛け、少年は電気を消してキッチンを出る。十歩足らずで辿り着くリビングには、朱い頭があった。当然のように床の上に転がって、紅緋の髪を絨毯に散らせている。ゆったりと過ごすことを許された正月とはいえ、あまりにもだらしがない姿だ。冬に入って、正確にはこたつを出してからはずっとこの調子なのだから呆れ果てたものである。
「行儀が悪い」
一言諌めて、烈風刀はこたつに身体を滑り込ませる。いっそ暑いほどの温もりが下半身を包み込んだ。リビングと一続き、多少は暖房が流れ込むとはいえ、キッチンはいくらか肌寒い。夕飯の食器を洗うだけだったとはいえ、やはり足元は幾分か冷えてしまっていた。水風呂に浸したような感覚に陥っていた足先が温められていく。気付かぬ内に強張った身体がほぐされていくような心地がした。
「いいじゃん、正月なんだし」
寝返りを打ってこちらを向き、雷刀は言い訳めいた言葉を放つ。声はふにゃりとしたものであり、睡魔が彼の身体から力を奪っていっていることがよく分かった。このままでは眠ってしまうだろう。こたつで寝るなと言っても聞いた試しがないのだ、この兄は。
温められつつある足先を動かして、烈風刀はこたつの中にだらしなく伸ばされた足をちょいとつつく。震えるように小さく反応したそれは、器用な動きでこちらの足をつつき返してきた。眉をひそめて見やると、いたずらげに細められた緋色と視線がかちあう。行儀悪いぞ、と仕返しするように声が飛んできた。
「ほっといたら寝るでしょう、貴方は」
「寝ねーよ。全然眠くねーもん」
「……まぁ、昼過ぎまで寝ていましたものね」
大晦日から正月に移り変わる夜更けまで起きていたこともあってか、兄は初日の出が中天に昇るまで惰眠を貪っていた。半日近く眠っていれば、確かに夜でも眠気は薄いだろう。けれども、ふやけた声音で紡がれる言葉には説得力が全くと言っていいほど無かった。懲りることなく眠って起こされてを繰り返すこたつの中、という状況が合わさると尚更だ。信用しろという方が無茶である。
だろー、と雷刀はどこか得意げに返す。そんなだらしのない生活で得意になるものではないだろう。考えても、烈風刀は黙するのみだ。言ったところで効果がないのは何年もの時間をかけて保証されていた。
「烈風刀も寝てみろよ。こたつん中あったけーしきもちぃぞ」
「嫌ですよ」
上半身を起こし、兄は自身の隣に空いた絨毯を叩く。子をあやすような、信頼を置いた飼い犬を呼ぶような動きだ。弟は眉間に刻む皺を深くするばかりである。こたつに寝転ぶのが心地よいのは分かる。だからこそ、やりたくなかった。こたつに潜って寝転んで過ごすだなんて、どう考えても行儀も悪ければだらしもない。それに、そのまま眠るようなことがあっては示しがつかないではないか。どこまでも堕落させる魅惑の空間だからこそ、己を律しなくてはならないのだ。
「ちょっと寝っ転がるぐらいだらしくなくねーって。絨毯の上だぜ? その上布団があるこたつの中だし? 寝るのがトーゼンじゃね?」
誰にでも看破できる屁理屈をこねくり回しながら、朱はなおも絨毯の上を叩く。穏やかだったリズムは、いつの間にか機嫌の悪い猫が尻尾で地を叩くそれとよく似たものになっていた。つまりは、自論が通じないからと勢いで押そうとしている。いつものことだった。
烈風刀、と名を呼ばれる。昼に食べた汁粉よりもずっと甘ったるい響きだ。寂しがりの子犬が甘えるような響きだ。耳からたっぷり流し込んで思考を甘っちょろいものに冒していく響きだ。
一層険しい顔を作って、碧は寝転がった恋人を見やる。夕陽色の目はわずかに細められ、どこか伏し目がちだ。悲しげにも、眠たげにも見えた。彼岸花色の眉は端っこが下がっている。彼の内に渦巻く感情を、思惑をよく表していた。冬の茜空の髪は汗を掻いているのかどこか力を失って垂れている。悲しみに暮れる犬の耳とよく似ていた。
れふとぉ、ともう一度名を呼ばれる。息を飲み込もうとしたのに、喉がおかしな音をたてる。だらしのない言葉を跳ね除けようとしたのに、頭が上手く機能しない。言葉を紡ぐ頭はあの甘ったるい声にとっくの間に侵食されてしまっていた。
深く溜め息を吐き出す。ただのポーズであり言い訳だ。甘っちょろい己に対する自責だ。意味なんて成さないと分かっていながらも、こうでもしないと格好がつかない。年頃の心はいっちょまえに見栄を張った。
静かに立ち上がり、烈風刀は音もなく絨毯の上を歩んでいく。兄が叩いていた場所より少し離れたところ、それでも彼の隣である場所に身体を滑りこませた。座って逡巡。しばしして、姿勢良く伸びていた背が丸まり、横へと倒れて寝転がった。絨毯のやわい毛が頬をくすぐる。先ほどまで足だけに感じていたぬくもりが腹まで包み込んだ。
目の前、絨毯の上に髪を散らした朱が笑う。いたずらが成功した時のような、待ち焦がれたプレゼントをもらった時のような、テストで良い点を取った時のような笑みだ。つまりは幸いが彼の顔を染めていた。
「あったけーだろ?」
「当然でしょう」
まるで自分の手柄であるように雷刀は問う。そこにはもう眠りの膜は見えなかった。夜も更けてきたというのに、日が高い時間のようにケラケラと愉快そうに笑う。ただ己が隣に寄っただけで、何故こうも上機嫌になるのだろう。浮かんだ問いはすぐに解決して消えた。そんなの、己が寝転んだ理由と同じだ。
ぬくいこたつ布団の中、手にぬくもり。ヒーターが温めるそれとは明確に違う温度に、烈風刀は瞬き一つ落とす。眼前には眠る直前のように目を細め、口元を逆さ虹の形になぞった朱の姿があった。肌に直に触れる温度が緩やかに動いて、手を包んで引っ張る。ねだるように、乞うように。
むずがるように身動ぎ一つ、二つ。ようやく碧は動き出す。引く手に誘われて動き出す。ほんのちょっと身を寄せただけで、大きな手が背に回り引き寄せられた。暑いくらいのこたつ布団の中、体温が重なる。
「暑いんですけど」
「オレはちょうどいいけど?」
ウミウシのように動く弟の身体を、兄の腕ががっちりと捕らえる。とはいっても、軽くて緩いものだ。本気で動けば振り払えるだろう。だというのに、身動きがろくに取れなくなってしまうのだから、己は本当に甘いったらない。兄限定の甘さだけれど。
こたつ布団に朱い頭が埋もれる。ほぼ同時に、胸にやわい衝撃。紅色の頭は、匂いをつける猫のように己の胸に擦りついた。寝惚け声のような笑声が胸からあがる。幸せをそのまま音にしたような響きをしていた。
思案。思索。思慮。何十にも重ねた意味のない思考の末、碧は自由な手を動かす。少しごわついてきたこたつ布団の中で動いて、胸に飛び込んできた頭にそっと添えた。髪を梳くように頭を撫でていく。よく跳ねる赤色はほのかにしっとりとしていた。長時間こたつに入って寝転んでいた頭は、やはりうっすらと汗を掻いているようだ。
へへ、と胸の中から声があがる。甘えきったものだった。とろけきったものだった。心の中で生まれた幸せをめいっぱいに謳い上げたものだった。
また頭が擦りついてくる。その度に、胸の真ん中がぬくくなっていくような気がした。きっと、暖かなこたつのせいだろう。
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年の瀬は豪華に【嬬武器兄弟】
年の瀬は豪華に【嬬武器兄弟】
書き納め。お蕎麦には揚げ物載せたくなるよね。
大晦日にスーパー行く嬬武器兄弟の話。
商品PRの録音音声、特徴的な店舗オリジナル音楽、カートが動く音、靴が床を打つ音、人の声。様々なものが人でごった返した空間に途切れることなく流れていく。
「豆腐ありました?」
「ほい。……あれ? 絹でよかったよな?」
「合ってます。ありがとうございます」
手にした買い物かごに入れられた白いパックを確認し、烈風刀は歩みを進める。よかったー、と呟く雷刀もその後ろに続いた。
天かす、油揚げ、と事前にリストアップした品を二人で次々とカゴに入れていく。年の瀬のスーパーは普段以上に人口密度が高く、動くのすらやっとだ。灰色のプラスチックの中に色が溢れる頃には、普段の倍近い時間が経っていた。
チープな音楽が流れる惣菜コーナーへと辿り着く。『年越し!』とマジックペンで書き殴られた赤いポップの下には、豊富な揚げ物が並んでいた。エビ天にイカ天に磯辺揚げ、から揚げにアジフライにスコッチエッグなんてものもある。普段は閑散とした棚は、どこも衣の黄色で埋まっている。底の浅い容器に残った細かな揚げカスの量から、元は山盛りになっていたことが察せられた。
やはり大晦日となると、揚げ物需要が高いらしい。事実、己たち兄弟も今日の目当てはエビ天だ。年越し蕎麦にはエビ天が必要不可欠なのだ。
本当ならばこんな大晦日に人が普段の五割増しになるスーパーには行かない方が良いのだろう。しかし、さすがに大掃除をこなした大晦日やその前日に揚げ物をするのは骨が折れるのだ。手軽さを求めて最寄りのスーパーで買うのが恒例行事となっていた。
「烈風刀ー」
トングとフードパックを持って品定めしていると、名を呼ばれた。碧い瞳が聞き逃すことの無い音の方へと動いていく。そこには、にまりと笑みを浮かべた朱の姿があった。手には己と同じように銀のトングと透明なパックが握られている。カチカチと金属がぶつかる音がPRに励む自動音声にまぎれていった。
「大晦日なんだしさ、贅沢してもよくね?」
「大晦日と贅沢に関連性が見えませんが」
えー、と雷刀は口を尖らせる。またカチカチとトングが鳴き声をあげた。行儀が悪い、と諫めると、動かす手が拗ねたように止まった。
「大掃除頑張ったしちょっとぐらい贅沢してもよくね? カロリー消費しまくってんだから補充しねーと」
「まぁ、たしかに頑張ってくれましたが」
兄の言葉に、弟は丸い目を薄くする。整えられた眉は悩ましげに寄せられていた。なー、と兄は繰り返す。まるで撫でろと擦り付いてくる猫のような姿だった。
言葉通り、今日の雷刀の活躍はめざましいものだった。自室はもちろん、トイレに風呂、洗面所といった本格的に手入れすると七面倒臭い場所を綺麗に磨き上げてくれたのだ。特に風呂場の鏡など湯垢の一つも無くピカピカに仕上げていたのだから素晴らしいものである。これを使って汚していいのだろうか、と躊躇うほどには。
それだけの功績を挙げたのだから、天ぷらの一つや二つ弾んでもいいではないだろうか。エビ天といっても、このスーパーのものはサイズに対してリーズナブルだ。少し多く買ったとて財布へのダメージは少ない。功労を讃えるにしては随分と安上がりだ。
「……いいですよ」
「さすが烈風刀!」
頷く弟に、兄は満面の笑みを返す。カチン、とまたトングが鳴く。勢い余ったのか、パックもクシャリと悲鳴をあげた。
鼻歌でも歌いそうな表情で、雷刀はトングを操っていく。衣たっぷりのエビ天、緑鮮やかな磯辺揚げ、一口で収まりそうにないから揚げ、触れただけで音をたてそうなコロッケ。たくさんの揚げ物が手元のパックに詰められていった。
「……もしかして、それ全部お蕎麦に載せるんですか?」
「そうだけど?」
眉をひそめる烈風刀に、雷刀はきょとりとした顔で返す。丸くなった目は、当然だろう、と言いたげなものだった。はぁ、と思わず溜め息が漏れた。
「お蕎麦が油でギトギトになるでしょう。別で食べた方がいいですって」
「だってエビ天蕎麦もちくわ天蕎麦もコロッケ蕎麦もあるじゃん? 全部一緒にしてもだいじょぶだって」
「から揚げ蕎麦は無いでしょう」
首を振る碧に、朱はまたトングで返事をする。おかしいですって。だいじょぶだって。揚げ物売り場で静かな議論が繰り広げられていく。
「あー、でもぐしょぐしょなから揚げはやだな。から揚げだけ別にすっかな」
「コロッケも別の方がいいでしょう。出汁の中で崩れてぐちゃぐちゃになりますよ」
それもそっか、と雷刀は輪ゴムを手に取る。はち切れんばかりに詰められたパックに二度通し、蓋を押さえ込んだ。手にしたカゴに入れられる。ギチギチと音をたてそうなそれに、これだけで二食は食べられるのではないか、なんて考えてしまう。健啖家な兄だから、一食でもまだ足りないなんて言い出しそうだが。
手にしたままの空っぽパックに、烈風刀も揚げ物を詰めていく。エビ天と磯辺揚げを入れると、手早く輪ゴムで閉じた。カゴに入れたそれが滑ってぶつかり音をたてる。
「そんだけでいいの?」
「あんまり多く入れると油だらけになりますからね」
新年に胃もたれしたくないでしょう、と返すと、こんぐらいで胃もたれしねーだろ、と笑い飛ばす声が返ってくる。普段通り米で食べるならそうだが、今回は蕎麦である。汁物である。温かで穏やかな味とはいえ、汁たっぷりの食べ物に揚げ物をたんまり載せるのは食べ合わせが悪いように思えて憚られた。
「あとなんか買うもんあったっけ? うどん?」
「うどんは冷凍のがあと三つはありますね。大丈夫かと」
「じゃあこれでいっか」
カゴの中身を眺める雷刀に、そうですね、と言って烈風刀は歩き出す。道を塞がないためにか、兄も縦に並んで続いた。
大晦日、音と人がごった返す中に二色が消えていった。
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終わりも始めもあんたと【ヒロニカ】
終わりも始めもあんたと【ヒロニカ】
イカタコ一人暮らししてそうだよね。ヒロニカも一人暮らししてそうだよね。でもちゃんと実家帰るタイプだろうし年末年始はバトルできないし会えないだろうね。ってことで書いた話。バトルジャンキーはどう頑張ってもバトルジャンキー。
早朝駅でのヒロ君とベロニカちゃんの話。
階段を登ってすぐ、頭を飾る青く整った触手が視界に飛び込んでくる。想像だにしなかったその姿に、ベロニカはあれ、と声を漏らした。
「ヒロ?」
「……え? ベロニカさん?」
駅のホーム、吹きさらしの椅子に座るその影に近寄り、少女はその名を呼ぶ。顔を上げた彼は、一拍遅れてこちらの名を呼んだ。声は互いに上擦ったものとなっていた。当たり前だ、再び会うだなんて思ってもみなかった相手と顔を合わせることとなったのだから。
「あれ? 反対方向じゃなかったですっけ?」
「そ。同じホームに来るみてーだな」
青い頭はことりと傾ぎ、黄色い頭はふぃと動いて電光掲示板へと向く。青もつられるように顔を上げて電子文字が並ぶそこを見やる。幾分か汚れが目立つ液晶画面には、同じ乗車場所である一番ホームと二番ホームには反対方向へと向かう電車が訪れることを告げていた。デジタル時計が数字を一つ進める。あと十分もしないうちに電車がやってくることを示していた。
「すごい偶然ですね」
「だな。びっくりしたー」
楽しげに笑みを浮かべるヒロに、ベロニカは大きく息を吐く。どちらの顔にも、隠しきれない歓喜が漂っていた。
月日は経ち、十二月が訪れ、あっという間に年末となった。年末年始は実家に顔を出すのが恒例となっている。本当ならば、ヒトが多くマッチング時間が短い今の時期は残ってバトルに明け暮れたいが、一人暮らしを決めた際両親と『盆と年末年始は帰ってくること』という約束――正しくは交換条件である――をしたのだ。適当な理由をでっち上げて残るという手もあるが、そこまで親をないがしろにできるほど己の良心は擦り減っていない。手早く荷物をまとめて電車に揺られるのが年末恒例行事となっていた。
月も終わるという頃に話したところ、ヒロも同じような境遇らしい。顔を見せて多少は安心させたいですしね、と語る彼の眉はゆるく下がっていた。あちらもあちらで複雑らしい。きっと、己と同じことを考えているのだろう。帰る時間でバトルがしたい、と。
しばらくできないから、しばらく会えないから、と昨日までひたすらバトルに身を投じたのは当然の帰結だった。なにせ最低四日は実家でじっとしていなければいけないのだ。悲しいかな、実家はバンカラ街まで一時間はゆうにかかるのだ。ハイカラ地方は更に遠いのだから、当分バトルはおあずけだ。ならば、この欲求を満たしてから行かねばならない。居心地の良い実家で悶々とするのはごめんだ。
タッグを組み、ナワバリバトルに潜り、オープンマッチに潜り、簡単に増えては減りを繰り返すパワーに一喜一憂し、最低限の食事を済ませてまた潜り。どれだけの時間を共に過ごしただろう。戦いに戦い襲いかかってくる疲労と戦いに戦い晴れ晴れとした心に満たされた頃には、冬の陽はとっくに沈んで夜をもたらしていた。
では年明けに。また来年な。良いお年を。そんな有り体な別れの言葉を交わしてからまだ半日しか経っていないというのに再会したのだから互いに驚愕するのも仕方ないだろう。少しの居心地の悪さを覚えるのも。
聞き慣れたメロディーが降り注ぐ。ゆっくりとしたリズムを刻む音色が近づいてくる。電車が来たのだ。少女は頭上におわす電光掲示板へと目をやる。己が乗るものまではまだ時間がある。彼が乗る方向のものが先に来たのだろう。
少年は立ち上がる。その肩には、先ほどまで大人しく膝に乗っていた大きな鞄が担がれていた。デフォルメされたオクトリング型キーホルダーが音もなく揺れる。
「お先に行きますね。今度こそ、また来年」
「おう。良いお年を」
良いお年を。互いに少しばかり苦く笑い、言葉を交わす。今度こそ、これが今年最後の会話だろう。実家は反対方向なのだから会うことはないはずだ。これが今年最後に目に焼きつく彼の姿と声だった。
ヒトもまばらな電車の入り口、軽く振り返ってヒロは小さく手を振る。はにかむ彼につられるように、ベロニカもまた笑みをこぼして手を降った。鋼鉄の分厚い自動扉が二人を阻む。程なくして、大きな車体は盛大な音を立てて動き出した。あっという間に彼の姿は見えなくなる。ホームに残るは己だけだ。
また軽快な音楽と腹に響くような音。どうやら乗車予定の電車が来たらしい。バックパックを担ぎ直し、ベロニカは踵を返す。ホームに印された通りに並ぶと、程なくして巨大な躯体が滑り込んできた。独特の音をたてて扉が開く。ブーツに包まれた足を持ち上げ、少女はいの一番に乗り込んだ。ヒトがいない車内、長い座席の隅っこに腰を下ろす。もうしばらくすれば、この巨大な乗り物は己を実家近くの駅へと穏やかに運んでくれるだろう。
ゆっくりと瞼が落ちてくる。朝早く起きたこともあり、まだうっすらと眠気が残っていた。目的の駅まではそこそこの時間を要する。寝てしまっても問題ないだろう。念の為アラームをセットし、ナマコフォンを放り込んだ鞄を膝に乗せて抱え込む。くたびれた背もたれと広告が飾られた壁に身を委ね、ベロニカは身体から力を抜いた。首元を覆うコートに口元が埋もれて隠れた。
良いお年を。そう言って流れて消えていったヒロの姿が思い起こされる。同時に、体力と気力の限界まで戦った数日間を思い出す。ここぞという時切り込むヒロの背に続いて弾を放ち、ポイズンミストで拘束した敵をヒロが撃ち抜いて、キューインキでオブジェクトを阻害するヒロに合わせて塗って射抜いて乗り込んで。もちろん相当に負けも味わったが、それ以上に心を満たす日々だった。タッグを組んで戦う楽しさを存分に味わった日々だった。
途端、指が疼き出す。わきわきと動く大きな手が、ここには無いトライストリンガーを握る。ありもしない弦に手をかける。引き絞って、狙いを定めて、放って。全て妄想だ。昨日のうちにメンテナンスを終わらせた愛ブキは部屋に置いてきたのだ。
「……あー」
少女は呆けた声を漏らす。昨日十二分に満たされたはずだというのに、身体はまだバトルを求めている。背を任せ、背を任せられるあの彼を求めている。二人で戦い、勝ち、負け、対策を立てるあの時間を求めている。今からは絶対に手に入らないというのに。
はぁ、とインクリングは溜め息をこぼす。今から実家に帰るというのに、もうバンカラの部屋に帰りたくて仕方がなくなってしまった。彼に会いたくて、彼と戦いたくて仕方なくなってしまった。どうすんだよ、と少女は小さく声を漏らす。呆れと自嘲がありありと表れた音だった。
また来年。年が明けるまであと二日。部屋に、バンカラ街に帰るまであと四日。一週間にも満たない、普段ならばなんともない日数だというのに、今は途方もなく長いように感じられた。
ガタンゴトン。腹を揺らすような音をたてて、身体を揺らすような動きで走り、電車は街の外へと向かい出す。心はまだバンカラ街に、最後に会ったあの駅に取り残されているような心地がした。
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丸ごと呑み込んで【コロイカ/R-18】
丸ごと呑み込んで【コロイカ/R-18】いっつも全然噛まずに食べるマルノミくんとちゃんと噛んでちびちび食べるあの子だったらいいなとかそこらへんベッドの上でいじられてたらいいなとかそんなあれ。口調も名前も分かりません助けてください。
名前判明次第タグ付けるし本文加筆修正するかもしれない。
噛まずに食べるマルノミくんと噛んで食べるあの子の話。
種族特有の大きな口が開かれる。カラストンビを見せつけるように思いきり開く様は、漫画ならば擬音でも描かれるような勢いだ。底が見えないようなそこに、まだ温かなサンドが半分吸い込まれていく。バリン。シャクン。ザクン。食材たちの悲鳴めいた音が道路に落ちる。甲殻類の殻が噛み砕かれる音が、噛みつかれた時より鈍くなって聞こえた。
「……本当に噛まないな」
見飽きたはずの食事風景に、思わず小さく息を吐く。呆れと、少しの感嘆と、かけらほどの不安だ。どれも殻まで食べられるようきちんと処理されているとはいえ、小カニの素揚げ一匹や有頭エビフライ二尾を二口三口で食べるなど無謀だ。咀嚼する音はかろうじて聞こえたものの、それも片手で数えられるほどわずかである。ほぼ噛まずに飲み込んでいるのだろう。いつ喉を詰まらせても全員が納得するであろう有様である。
「噛んどるやろ」
「お前の食い方は『噛んでる』の内に入らん」
ほんのわずかな時間で半分を平らげたマルノミが目を瞬かせて言う。あれが『噛んでいる』ならば、ウツボの食事だって『噛んで食べている』と表現できるだろう。それほどまでに咀嚼が少ない。大きく食いちぎってほぼ原型のままの食べ物を飲み込む様は、まさに丸呑みである。
噛んどるて、と頬を膨らませながら、マルノミは残ったサンドを一気に口に放り込む。バリバリ。ザクザク。サンドの中身が噛み砕かれる音はものの数秒で消えた。ごくん、と細い喉が上下に動く。漫画ならば食べ物のシルエットが浮かぶだろうな、なんてつまらない考えが頭をよぎる。
「詰まらせても助けないからな」
「んなヘマせぇへんわ」
呆れのあまり、突き放すような言葉を吐く。それもひらりと手を振って躱されてしまった。実際、彼が喉を詰ませることなどないだろう。幼い頃からこの食べ方をしているのだ、もう口も喉も胃も慣れっこだろう。危険であるし身体に悪いことは変わりが無いが。
パリパリ。シャクシャク。ザクザク。マルノミ以外のチームメイトと共にアゲバサミサンドを食べていく。サンドは久しぶりに食べたなー。たまにはロールの方食べればよかったー。皆、提供されたての料理を小さく噛み切り、じっくり咀嚼し、味わってゆっくり飲み込んでいく。合間に会話を楽しみながら食事を進めていった。ロールって野菜ばっかやん、と先に食べ終わったマルノミも飛び込んでくる。
柔らかいバンズとザクザクの衣をまとったエビを口に入れて噛み砕く。揚げたての衣で口の中を怪我しないように注意しながら、飲み込めるよう細かく咀嚼していく。嚥下すると、胃が少しだけ温かくなった心地がした。また一口、と食事を進めていく。午後のチーム練習までに腹を満たさねば。量自体は少し物足りなく感じるが、きちんと噛めば満腹感が得られるだろう。どこかの誰かとは違って。
食べている最中、露骨な視線を浴びせられていたのはきっと気のせいではない。
あ、と小さく声が漏れるほど口を開く。はしたなく舌を出し、目の前の熱へ伸ばした。触れた途端、頭がジンと痺れる心地。味も、匂いも、熱さも、心地よさとはほど遠いものだ。いつまで経っても、何度味わっても好きになれない。それでも、もうこの行為に随分と慣れた――慣れきって、教えこまされて、染み付けられた身体は、反射のようにぞくりと震えた。
勃ちきった剛直に舌を這わせる。雫こぼす先端を、出っ張ったカサを、血管が見える幹を、丁寧に舐めていく。鮮やかな粘膜全体を押しつけるように這わせると、視界の端に映る太股が小さく跳ねたのが見えた。さすがの彼と言えど、剥き出しになった急所を柔らかなもので刺激されるとこんな可愛らしい動きをするらしい。ほんの少しだけ愉快さが胸に湧き上がる。
ひっつけていた舌を、股ぐらに埋めていた顔を離す。丁寧に唾液をまぶした雄の象徴は、電灯の光を受けてテラテラと輝いていた。まるで異形の怪物だ。ホラー映画なら主役を務められるだろう――こんな破廉恥なものをスクリーンに映せるわけがないが。
あ、とまたみっともないほど口を開ける。そうでもしなければ、カラストンビが当たってしまうのだ。敏感な部位に鋭く硬いキチン質が当たるなど、同じ男として考えたくもない。流血沙汰などごめんだ。万全を期すのは当然である。
また雄杭へと顔を近づける。今度は、そそり勃つそれを一息に飲み込んだ。表現しがたい様々な匂いが、まず日常では体験しない味が、口腔粘膜を焼くような熱が、五感の半分以上を刺激していく。ふ、と鼻から漏れた空気は常の己ならばまず出さないようなものだった。
根元まで飲み込んだそれを唇でしっかりと挟み込み、棒状の氷菓を食べるように抜いていく。カリが引っかかったところで、また根元までゆっくりとした動きで飲み込んでいく。じゅぶ、ぐちゅ、と溢れた唾液が淫猥な音をたてる。は、と頭上から熱っぽい吐息が降ってくるのが聞こえた。
不可抗力であれど、いらやしく音をたてながら雄肉にしゃぶりつく。声を出すための唇でしごき、食べ物を食べるための頬でしごき、ただでさえ硬くなっていた欲望の塊に更に血液を充填させていく。熱を集めて、興奮させていく。
手で幹を支え、先端を咥えたまま細かに頭を動かす。特に敏感な部位なだけあって、小さな呻き声や喘ぐような吐息が降ってくる。体液の分泌も増え、溢れたそれが直接舌に触れて凄まじい味を伝えてくる。その度に、頭の後ろ側がビリビリと痺れを覚えた。ジャケットはとうに脱ぎ捨てたというのに暑い。身体が熱い。腹の奥が熱を持つ。熱を欲して泣き声をあげる。
視界の端で、ベッドに突いて身体を支えていたマルノミの手が動くのが見えた。大きなそれが、バトルでの光景からは想像ができないほど緩慢に動く。しばしして、頭に重み。撫でられていると認識するには、数拍を要した。
「こっちはちゃんと噛まんでできてええ子やなぁ」
嘲笑めいた声が降ってくる。嘲笑を装わねば、切羽詰まった情けない声になるからだろう。ヒトよりもプライドで武装する彼らしい。それほどまでマルノミを追い詰めている。気持ちよくさせている。感じさせている。暗い悦びが腹の奥に広がって更に熱を孕んだ。
おそらく、『噛まんで』とは昼食のことを言っているのだろう。意趣返しのつもりだろうか。そんなに根に持つことではないだろうに。どうせ、ただからかいたいだけだろう。からかって、辱めて、自分が気持ちよくなりたいのだ。優越感に浸りたいのだ――こんな足下に跪いて、男の股ぐらに顔を埋めて、排泄器官を舐めるなんて様子を見ている時点で大概だろうに。
ぢゅう、と思いきり吸い上げながら陰茎から口を離す。ぢゅぽん、とはしたない音があがった。ほぼ同時に、息を大きく飲み込む声が聞こえた。カウパーで濡れた唇をそのまま、顔を上げてマルノミを見やる。局部をたっぷりと舐めしゃぶられていた彼は、眉をこれでもかと寄せ、いつもは大きく開いた口を食い縛り、勝ち気な吊り目を歪めてしかめ面をしていた。いいザマである。
「噛んでやろうか」
「やめぇや」
萎えてまうやろ、と溜め息まじりの声が降ってくる。ぶるりと目の前の身体が大げさなまでに震える。きっと想像してしまったのだろう。視線を移すと、あれだけ立派にそそり勃っていた屹立はへにゃりと頭を垂れていた。これでは機能しない。それは困る。
あ、とまたみっともなく口を開け、ハリを失った怒張を呑み込む。唾液をたっぷりまぶして、扱いて、舐めて。舌に触れる熱が硬さを増してきたのを見計らって、ゆっくり、刺激しすぎないように手と口を離していく。ほんの少しの口淫で、萎えた雄はまた立派な姿を取り戻した。単純なものである。彼も、己も。
股ぐらに寄せていた顔を上げ、床から立ち上がる。ボトムスを脱ぎ捨てる動きが急いたものになってしまったのは仕方が無いことだ。あれだけ雄を味わっては、こちらだって正常な頭でいられるはずがない。
ギシ、と乗り上げたベッドが悲鳴をあげる。マルノミの足を跨ぐように乗り上げ、肩に手を突く。色つきレンズの向こう側に見える顔は、食事の時と同じそれをしていた。笑って、歯を剥き出して、今にも噛みつかんとする。ただ、目に宿る輝きが海全てを食らう海獣めいたものになっているのだけが違っていた。
頭を包み込む分厚いギアに手を入れる。耳の周りに空間を作り、そこに顔を寄せた。
「こっちなら噛まないだろう」
彼の体液まみれの唇で言葉を紡ぎ出す。しばしして、はっ、と鼻を鳴らすのが聞こえた。
「そら噛むわけないやろ。バケモンやないんやから」
笑い声が耳朶を撫でる。腰に熱。大きな手が添えられ、撫でて、尻を掴まれる。柔らかな尻たぶを引っ張られ、奥にある窄まりを室内灯の下に晒された。ぶるりと身体が震える。衣服を脱いだ寒さだけではない。明確な興奮だ。今から彼自身を丸呑みにする行為を、身体全てを貪り食われる行為を、脳は、身体は、期待たっぷりに待ち望んでいるのだ。
掴まれた尻をぐっと下げられる。開かれた部分にひたりと宛がわれた熱に、はぁ、と高揚した息を漏らした。
畳む
#腐向け#R18