No.62, No.61, No.60, No.59, No.58, No.57, No.56[7件]
一日限りなんて【レイ+グレ】
一日限りなんて【レイ+グレ】
昨年のトップ絵やエンドシーンではしゃいでるグレイスちゃんがとても可愛らしかったので。レイグレ姉妹は存分に仲良くいちゃついてほしい(誤解を招く表現)
今年も無事蹂躙されてきました。脳味噌も指もこんがらがる。
耳元に手を伸ばす。ヘッドホンは新調したばかりの眩しい白でなく、光沢のある深い黒で染まっている。そのままヘッドバンドをなぞっていけば、中ほどで装飾に辿りつく。指に触れる一対の三角形には、目のような模様が刻まれている。サイケデリックな色に光るそれは、どこか不気味にも見えた。
ヘッドホンから手を離し、少女はその場でくるりと回ってみせる。普段ならばチュールレースがふわりと舞うが、今日はそれがない。代わりに、高く二つに結い上げた躑躅色の髪がたなびくように広がった。自身の身体を見下ろす。同年代と比べてずっと細いそれは、馴染みのある黒と赤で包まれていた。
懐かしい、と少女――グレイスは小さく息をこぼした。今では編入したボルテ学園の制服――加えて、レイシスがどんどんと作る少女趣味な衣装――で過ごすことが多く、重力戦争時代の姿になるのは随分と久しい。黒と赤で彩られたこの姿は、日頃身に纏う輝かしい白と青とは正反対のように思えた。
ドアが叩かれる硬い音が部屋に飛び込んでくる。グレイス、と尋ねる声は、よく知る少女のものだ。どうぞ、と返せば、ゆっくりとドアが開かれる。隙間から覗いた薔薇色の瞳がグレイスの姿を捉え、花咲くようにぱぁと輝いた。
「懐かしいデスネ!」
「そうね。いつぶりかしら」
バグの海が浄化されコンソール=ネメシスの一部になったのと同じく、バグで作られたグレイスの身体もネメシスの住人として再構成された。その時、バグを従える力が弱ってしまったのか、元の姿に戻ることは難しくなったのだった。今身に着けているものは、当時のそれを模して自身で作成したものである。
衣服なら制服はもちろん、レイシスが手製のものをいくらでも用意している。だから、新たに衣装を作る必要性はあまりない。けれども、今日だけはこの姿で――昨年と同じ姿でいなければならないのだ。
何せ、年に一度の特別な日なのだから。
「一年ぶりに蹂躙してやるわ」
ふふ、と笑うグレイスの表情は昏く、躑躅色の瞳はサディスティックに輝いていた。楽しそうに張り切る様子に、レイシスは苦笑する。重力戦争時代のような攻撃的な姿は久しぶりだ。
「『夢を叶える日』デスからネ」
「……思い出させるんじゃないわよ」
からかうようなレイシスの言葉に、グレイスは苦々しげに眉に皺を寄せた。
一体何がどうして伝わったのか、一年前のグレイスは四月一日を『夢を叶える日』と思い込んでいたのだ。バグの海にユーザーを誘い込み、ナビゲートするという夢を叶えた彼女は大いに喜んだ。レイシス以上に分かりやすいと自負するそれは、多くのユーザーに強烈なトラウマとして刻まれていることを彼女は知らない。
元気にナビゲートを続け、四月一日も終わる頃。彼女に告げられたのは『今日は嘘をついてもいい日である』という真実と、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』という絶望だった。そのうえ、その後エイプリルフール特集記事にとインタビューに来た人間からは『一日限定』と連呼されるという、酷い追い打ちまで食らったのだ。出来るならば思い出したくない、苦い思い出である。
「今年はどんな夢を叶えるんデスカ?」
未だからかうように問いかけるレイシスの声をグレイスはふん、と一蹴し、不敵に髪をかきあげた。
「夢ならとっくに叶ってるわ」
ゆるりと弧を描く瞳に、柔らかな光が灯る。先程までの攻撃的な雰囲気は和らぎ、年相応の少女らしい表情でレイシスを見つめた。
レイシスに会うのが夢だった。彼女に成るのが夢だった。消滅することなく生きるのが、何よりの夢だった。
今はどうだろうか。ひとり闘う自分を、レイシスは迎えに来てくれた。バグの暴走に耐えられず消滅しかかった自身を、彼女は救ってくれた。ネメシスの住人としての身体を与えられ、一緒にナビゲートを――あの日夢見た彼女と同じように活動している。学園に編入し、皆と共に生きている。
生まれた頃から夢見ていた願いは全て叶ったのだ。あの日のように『一日限り』ではない。これから、『ずっと』なのだ。
柔らかに細められた少女の瞳に、レイシスは驚いたように幾度も瞬きをした。穏やかな言葉を咀嚼し、理解し、彼女はふわりと破顔した。
「そうデスネ」
ワタシもデス、というレイシスの声は喜びに満ちていた。グレイスを迎えに行きたかった。彼女と一緒にこの先を歩んでいきたかった。『死にたくない』と心からの願いを、レイシスはずっと叶えたかった。
全ては現実となり、二人はこうやって同じ場所に立ち、同じ場所で過ごしている。グレイスの――同じことを夢見たレイシスの願いは、ちゃんと叶ったのだ。
「そうダ! 今年は、ワタシも一緒にやってみたいデス!」
じゅーりんじゅーりん、と満面の笑みを浮かべて腕を振り上げ勢いよく振り下ろすレイシスの姿に、グレイスは呆れたように息を吐いた。しかしその口元は、かすかに綻んでいた。
「だめよ」
はっきりとした拒絶に、レイシスははわ、と寂しげに項垂れた。不満げな表情を横目に、グレイスは机上に置いたままの眼鏡と教鞭を手に取る。つりあがった三角の眼鏡をかけ、未だしょぼくれている少女の目をしっかりと見つめた。
「今日は、今日に限っては、私が主役なんだから」
ふふん、とグレイスはいたずらげに笑う。たっぷり蹂躙してやるんだから、と手にした教鞭を軽く振った。やる気に満ち溢れたその声に、レイシスはゆるりと目を細める。
たしかに、今日の彼女は重力戦争の時のような攻撃的な雰囲気をまとっている。けれども、当時のように敵対する様子や、人々を攻撃するような空気は一切感じないのだ。蹂躙という言葉も、昨年に引き続いて言っているのだろう。そこに、言葉通り人々を踏みにじり害を与えようとする意志は見られない。むしろ、ユーザーを楽しませるため努力しようとしているように見えた。
グレイスは、ナビゲーターとしてしっかりと成長している。自信に満ち溢れ胸を張る姿は、それを再認識させてくれた。
「ハイ。ナビゲート、任せマシタヨ!」
「任せておきなさい」
パン、とハイタッチをする。手と手を合わせた少女たちの表情は、とても楽しげだ。
そのまま部屋を出ていこうとするグレイスを見送ろうとして、レイシスはあっ、と声を漏らした。急いで扉の向こうに消えていく彼女の背に言葉を投げかける。
「始果サンが作戦会議室で待っていマシタヨ!」
「……分かったわ」
じゃあ、いってきます。
いってらっしゃイ。
薔薇色の瞳と声に見送られ、グレイスは広い廊下を歩んでいく。始果の性格――というよりも、グレイスへの執着を考えるに、彼はずっと同じ場所で待ち続けているだろう。昨年通りならば、ライオットも、ピリカも、オルトリンデも。
そういえば、とグレイスははたと足取りを止めた。
昨年、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』と突きつけられたことは苦い思い出として脳に刻まれている。
けれども、どうだろう。
先ほど考えたように、グレイスが強く夢見た現実は、全てここにある。幻ではない、たしかなものとして、グレイスはここに存在していた。
「……なによ、やっぱり嘘だったんじゃない」
呆れとも怒りともとれぬ声が廊下に落ちて消えていく。声色に反して、グレイスの表情は晴れやかなものだった。
さぁ、ナビゲーターとしての仕事を始めよう。昨年ユーザーに投げかけたように、レイシスにも勝る素晴らしいナビゲートを――昨年と同じ、仲間たちと一緒に。
自然と足取りが早くなる。軽やかなそれは、グレイスの心を表しているようだった。
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ひとり、ふたり、【ライレイ】
ひとり、ふたり、【ライレイ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
「PURオニイチャン引いたらライレイ書くからはよ来い」的なことを言ってたら1時間後に来てくれたので。ジェネ力万歳。でもコンプできてない。
ネメシスクルーについてはふんわりぼんやり捏造。
レイシスちゃんもオニイチャンもいるから弟はよ来い。
唸るような低い音と共に視界が白に染まる。世界を認識させないほどの光の洪水に飲み込まれ、息をすることすら困難に思えた。自我すら強烈なそれに掻き消されてしまうのではないか、と些末な不安が胸をよぎり、意識を塗り潰すような輝きに消し去られた。
どれほど経っただろう、暴力的なそれがようやく収束し、雷刀は小さく息を吐いた。ふわふわと宙に浮いたような感覚が消え、重力に従い緩やかに落ち地面へと着地する。カツン、とブーツが床を打つ固い音が呆然とした意識に響いた。
固く閉じていた目をゆっくりと開く。黒のバイザー越しに映る世界はサイバーなオレンジと光のような白で構成されていた。宙に浮くいくつものパネルを見るにシステム内の一角だろうか、と雷刀は視界を遮るそれを取り、辺りを見回す。ネメシスクルーとして作成された『嬬武器雷刀』にはどこか待機場所があるとインプットされている。しかし、あまりにも広いこの空間からそれを見つけ出すのは難しく思えた。どうしようか、と辺りを見回していると、カツンと硬質な音が鼓膜を震わせた。
「雷刀!」
果てが見えないほど広い空間に澄み切った美しい声が響いた。慣れ親しんだその声の方へと急いで身体を向ける。少し遠く、オレンジに染まる床にレイシス――ネメシスクルーである『レイシス』が立っていた。どうやら自分に先んじてクルーの任についていたようだ。ぱぁと顔を輝かせる彼女に応えるように小さく手を振る。レイシス、と少女の名を呼ぼうとして、雷刀の動きが止まった。
パタパタと地面を駆ける軽やかの音と共に、長いツインテールがふわりと揺れる。駆け寄ってきたレイシスは、そのまま雷刀の胸へと勢いよく飛び込んだ。いきなりのことに少しよろめくが、どうにか彼女を抱きとめる。どうしたのだと問おうにも、縋るように己の服を握り小さく震える姿を前にしては呆然とする他なかった。
「やっと……、やっと、来てくれたんデスネ……」
絞り出すように呟く声はか細く悲痛なものだった。雷刀の胸に額を押し付けるように俯いた状態のためその表情を見ることは叶わないが、桃色の可愛らしい瞳が涙で濡れていることは容易に想像できる。
「寂しかったデス……。ずっと、ずっとワタシ一人きりデ……、誰も来なクテ、怖クテ……」
うぅ、と嗚咽を漏らす姿はまるで親とはぐれてしまった子どものようだ。どうやら『レイシス』は随分と前にここに訪れたらしい。そして、今まで――つい数分前に『嬬武器雷刀』が加わるまで、彼女以外のネメシスクルーは存在しなかったようだ。こんな広い空間に一人きりで暮らすのはさぞかし辛かっただろう。雷刀は寂しげに声をあげるその頭をあやすようにゆっくりと撫でた。抱きとめた細い身体の震えが落ち着くまで、彼は腕の中の桜を静かに撫で続けた。
「…………すみマセン、取り乱しマシタ」
すん、とレイシスはバツが悪そうに小さく鼻をすする。まだ少し俯いたままのその頭を雷刀は再度撫でた。先程までの優しい手つきとは反対の、少し乱暴なものだ。ぐしゃぐしゃと髪をかき乱され、彼女は驚いたように小さく声をあげた。
「いーって。寂しかったんだろ?」
「寂しかったデス。何か月も、ずーっと一人ぼっちだったんデスヨ?」
レイシスはいじけたように雷刀を見上げた。己を励ますためと分かっていても、せっかく整えた髪を乱されたことを少し怒っているようだった。撫子の瞳から悲しみの色が薄れた様子に、雷刀は安堵したように小さく笑う。
「てことは、烈風刀はまだいないのかー」
「ハイ。…………今、手に入れようとしてるみたいデスネ」
何かを――恐らく多額の電子マネーをチャージしたことだ――感知したのか、レイシスは酷く苦い顔をした。『嬬武器雷刀』が来るまでかなりの期間と金銭がかかったのだ、『嬬武器烈風刀』の場合どうなるかなど考えなくても分かる。無理はしないでほしいデス、と暗い顔で零す彼女の姿に雷刀も気まずそうに視線を逸らした。大切な仲間なのだ、早く行動を共にしたいが入手手段を考えると強く主張することはできない。
ん、と雷刀は小さく首を傾げた。レイシス曰く『ずっと一人きり』だった。そして、ここには紅刃もニアとノアも、もちろん烈風刀もいない。つまり、現在この空間――ひいてはこの電子の世界には、自分とレイシスの二人きりではないか。そこまで考えて、雷刀は固まった。同時に彼女が自分の腕の中にいる――抱きつかれていることを強く認識し、ぶわと顔が赤く染まった。
「ま、まぁ、もうオレがいるからな! 心配すんなって!」
雷刀は慌てた様子で両手を離した。好いている女性に抱きつかれたまま過ごすほどの気概は目覚めたばかりの彼――その『元』となった嬬武器雷刀にはなかった。誤魔化すようにそのまま手を広げ、万歳をするように両腕を上げる。そんな彼の様子に気づくことなく、レイシスは嬉しそうに赤を見上げた。
「雷刀が来てくれて本当によかったデス」
ニコニコと笑うレイシスの姿に、雷刀も思わず笑みをこぼす。先程まで沈んでいた様子は消え去りいつも通りの元気な姿を見せたこともだが、レイシスが自分がいることを心の底から喜んでいるということが嬉しかった。けど、と雷刀はふと目を伏せる。それは彼女が今まで『一人きり』だったからこそ出てきた言葉なのだろう。きっと、来たのが紅刃でも、ニアとノアでも、もちろん烈風刀でも同じことを言ったであろう。そんな暗い考えが小さく胸を苛む。
けれども、今『レイシス』は『雷刀』だけを見てくれている。『雷刀』の存在を喜んでいる。それは紛れもない事実だ。ぐ、と淀むそれを押し込め、雷刀は再び笑った。陽の光を受け鮮やかに咲く花のような彼女にも負けない、力強い笑みだった。
「あ、雷刀が来たからワタシはしばらくお休みデスネ」
「えー、一緒に出撃できねーの?」
不満げな雷刀に、レイシスはシステムですから、と苦笑する。ネメシスクルーとしての役割としてそのことはしっかりとインプットされているが、それでも彼女と一緒にいたい。先程の痛ましい姿を見ては尚更だ。
「でもさー」
「ワタシだって、皆と一緒がいいデスヨ」
そう言う彼女は寂しげだ。それもそうだ、雷刀が出撃している間、彼女はまた一人きりになってしまうのだ。たとえそれが一時的なものであっても、長い間『一人きり』で過ごした彼女には辛く感じてしまうのだろう。その憂い顔を見て、雷刀は小さく顔をしかめた。
腕を伸ばし、レイシスの手を取る。そのまま手のひらと手のひらを合わせ指を絡めるようにぎゅっと握った。ハワ、と驚きの声を漏らす彼女と視線を合わせ、雷刀は満面の笑みを返した。
「じゃあ、出撃しない時はずっと一緒にいような! そしたら寂しくないだろ?」
レイシスに寂しい思いをさせてたまるか。雷刀の胸の内はそのことでいっぱいだった。『嬬武器雷刀』を元に作られた存在だとしても、自分が『レイシス』を好きなことに変わりはない。好きな人を悲しませるようなことなど絶対にしたくないのだ。
レイシスは依然驚いたようにその大きな目を大きく見開き、ぱちぱちと瞬きをした。それでも彼の思いはしっかりと伝わったのか、瞳に浮かぶ寂しげな色は消え、ふわりと幸せそうに破顔した。
「ハイ、一緒デス!」
「一緒、だな!」
にこやかに笑うその姿に、雷刀も嬉しそうに笑った。あぁ、やはり彼女には笑顔が一番似合う。彼女が心から笑う、それだけで幸せだ。
オレンジの空間に電子音が響く。なんだ、と辺りを見回すと、宙に大きなウィンドウが現れた。オレンジで構成されたそれには、『出撃』の二文字が画面いっぱいに表示されていた。
「出撃命令デスネ。ゲームが始まったみたいデス」
物珍しそうな顔でそれを見つめていた雷刀に、レイシスは簡単に説明をした。そうだ、己はゲームをナビゲートしバグらと戦うネメシスクルーとして作られたのだ。その仕事が回ってくるのは至極当然のことだ。
「んじゃ、初仕事といきますか」
繋いだ手を優しく解き、雷刀は片手を掲げる。静かに宙に現れた銀の筒を握ると、その先端から赤い光が伸びる。さながら剣のようだ。
「おぉ……かっけぇ……!」
「カッコイイデス!」
わぁ、と二人は感嘆の声を上げる。システムとしてインプットされていることとはいえ、初めて見るそれに驚いてしまうのは仕方のないことだろう。サッと握った手を軽く振り下ろす。初めて握るはずのそれは、幾年も共に戦ったように手に馴染んだ。これならば、皆を――レイシスを守ることができる。雷刀は手にしたそれを力強く握った。
「雷刀、いってらっしゃいデス」
彼を象徴するような色に輝く剣を手にしたその背に、レイシスは小さく手を振った。彼女の表情に暗い影はもうない。その様子に安堵し、雷刀は振り返りにこりと元気に笑った。見送る彼女を安心させるかのように 、剣を持たぬ手を大きく振り応えた。
「オニイチャンにまかせとけって♪」
いつもの台詞をその笑顔に投げかけ、雷刀は駆けだした。不敵に口角を上げ、前方を――向かうべき場所をしっかりと見据える。
さぁ、早く仕事を終わらせよう。
そして、彼女が待つ『ここ』に帰ってくるのだ。
オレンジと白で構成された空間を、燃えるような赤が切り裂いていった。
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夏に降りゆく積もりゆく【プロ氷】
夏に降りゆく積もりゆく【プロ氷】
夏の初めに書き始めたはいいが公式エンドシーンに設定全部打ち砕かれ放置してたのを開き直って仕上げただけの話。ねつ造も甚だしい少女漫画めいたプロ氷。
プロ氷は8割方自覚識苑→←無自覚氷雪だととてもおいしい。
パタパタと小さな軽い足音。先生、と透き通る声が夏の日差しに焼かれた廊下に優しく響いた。
識苑は手にした工具を鮮やかな手つきで片付け、声がした方に顔を向ける。瞳の先に映る季節外れな涼やかしい雪色に、彼はふにゃりと顔を綻ばせた。
「氷雪ちゃん。こんにちは」
「こんにちは、識苑先生」
柔らかな笑みを向ける識苑に、氷雪は朗らかな挨拶と笑顔を返した。成長したなぁ、と彼は密かに微笑む。学園に来たばかりの頃は全くと言っていいほど人とのかかわりをもたず距離を置いていた彼女が、今では自ら進んで人と触れ合おうとし、こんなにも可愛らしい笑顔を見せるようになったのだ。初期から彼女と接し、その様子を見続けていた識苑にとってその光景は嬉しいの一言に尽きた。朝焼け色の瞳が慈しむように細められた。
「どうしたの? もう終業式は終わったよね?」
壁に掛けられた時計に目をやる。文字盤を辿る二つの針は本日の授業は既に終了した旨を告げていた。
本日午前の終業式を以って前期日程は全て終了し、追試の無い生徒ならば明日から夏休みが始まる。成績は人並みに良く、追試などない彼女がこんな時間まで学校に残っている理由はないはずだ。不思議そうに首を傾げる識苑に、彼女はあいまいに笑った。
「あの、わたし、夏休みに一旦帰省することになりまして」
氷雪は現在故郷を離れ、学園が設けている寮で暮らしている。最初こそひとりきりで寂しく思っていたが、時が経つにつれ友人も増え、少し前には同郷の仲間がやってきたこともあり楽しい日々を過ごしていた。そんな温かな環境もあって、彼女はここまで変化したのだろう。良いことだと考え、識苑はそっかー、とゆるく声をあげた。
「こっちに来てからまだ一回も帰ってないんだっけ? そりゃ、親御さんにちゃんと顔見せに行かないとね」
「はい」
雪翔くんも一緒です、と氷雪は嬉しそうに笑った。冬以外はこちらに留学している彼も、一度故郷に顔見せに行かねばならないようだ。こちらの夏は彼女らが住まう世界に比べずっと暑い。避暑を兼ねたものなのだろう。わずかな期間とはいえ涼やかな彼女の姿を見ることができなくなるのは少しばかり寂しいが、仕方のないことだ。
「えっと……、それで、先生に何かおみやげを差し上げたいのですが……」
どんなものがよろしいでしょうか、と氷雪は恐る恐る識苑を見上げた。不安げなその表情に、彼は困ったような笑みを浮かべぱたぱたと手を横に振る。
「おみやげなんてわざわざいいよー」
「いっ、いえ! お願いします!」
氷雪は両手を胸に当て、澄んだ瞳で目の前の明るい橙を見つめた。その深い緑には確固たる意志が宿っていた。珍しい、と識苑は内心驚く。彼女がここまで自分の意見をはっきりと述べるのは初めてではないだろうか。それほどまでこだわるとは、彼女にとってよほど大切なことなのだろうか。
うぅん、と識苑は難しそうに小さく唸る。彼女の言葉に甘えたいが、生徒に物をたかるような行為は憚られた。この間、同じ技術班の仲間に怒られたので尚更だ。
「あー……他の皆はなんて言ってた? 先生も皆と一緒で大丈夫だよ」
その回答が逃げであるのははっきりと分かっている。それでも、自分ひとりのために彼女に手間をかけさせるのは気が引けた。悩まず簡単に済ませることができるのならばそれが一番だろう。識苑は普段と変わらぬ軽い口調と和やかな笑みを浮かべ訊ねた。
「いえ、あ、の……」
夏の若々しい葉を思わせる深い緑がふいと横に逸れる。口元を隠す白い着物の袖から覗くその頬には、目の前の彼の髪と同じ桃色がうっすらと浮かんでいた。
――他の方には、まだ何も聞いていなくて。
そう切り出した声はかすかに震えていた。それでも、彼女は一生懸命己の胸の内を声へと変換していく。空から舞い落ちる雪のように、澄んだ声が静かな廊下にこぼれていった。
「わ、わたし、いつも先生にお世話になっているので……、だから、識苑先生にだけでも……」
なにか、お渡したいのです。
己の思いを必死に告げる氷雪の声はだんだんと小さくなっていく。それでも、識苑の耳にはその涼やかな声がしっかりと届いた。
その言葉は、まるで自分だけを『特別』と扱ってくれているようで。彼女が自分に『だけ』執着しているように思えて。彼女が『自分だけ』を見ていてくれているようで。
可愛らしい主張に、橙の目が緩やかに弧を描き、頬がへにゃりとだらしなく緩んだ。
「あっ、わっ、わがまま言ってすみません」
「わがままじゃないよー」
両手で口元を隠し再度俯く氷雪に、識苑は優しい声で返す。ありがとう、と沈む萌黄を見つめ礼を言うと、彼女の顔にじわじわと赤が広がっていく。白い髪や服と相まって、まるで雪の中静かに咲く花のようだった。
「うーん、そうだなぁ」
顎に手を当て、識苑は再び唸った。彼女の思いに応えたい。けれども、何を選べば彼女に負担がかからないのだろう。なにかないものか、と目を伏せ彼は思考を巡らせる。少しして、あっと何か思いついたような声が日に照らされた廊下に響いた。しっかりと開かれた秋の夕空のように鮮やかな橙が、夜明けの空を思わせる緑をしっかりと見つめた。
「雪。雪がいいな!」
「雪、ですか……?」
人差し指をピンと立て、山吹色の瞳を輝かせながら言う識苑を氷雪は不思議そうに見つめた。そんなものでもいいのか、と河底の澄んだ水のような緑の瞳は物語っていた。どこか不安げな白に、桃はふわりと優しく笑いかける。
「うん。氷雪ちゃんの故郷の雪が見てみたいな」
任されている仕事故、自分が彼女が暮らすそこに行くことは難しい。けれども、一度でいいから彼女が生きる世界が見てみたかった。美しく可愛らしい、清らかな白を作り出した世界を、少しでも知りたいのだ。たとえ、その一部分だけとしても。
変態めいてるなぁ、と識苑は内心苦笑する。しかし、それは本心だった。今以上に彼女のことを知りたい、その欲求は嘘偽りなどない心の底からのものだ。
識苑の言葉に、氷雪は分からないといった調子で更に首を傾げた。伝わらないのは彼も重々承知である。むしろ伝わってほしくない、と考えてしまう自分は臆病者だ、とはっきり自覚している。笑顔の裏に潜めた心は存外脆い。たいせつな彼女が相手なのだから尚更だ。
「はい、頑張って持って帰ってきますね!」
一呼吸おいて、氷雪は両手を胸の前でぐっと握った。ちゃんと力をコントロールします、と彼女は意気込みキラキラと目を輝かせた。日頃の鍛錬の成果を見せるチャンスだ、といった調子で小さく頷く。朝日に照らされた雪のように明るい表情に、識苑はそっと目を細めた。
「他には何かありますでしょうか?」
「いやー、それだけで十分だよー」
問う氷雪に識苑は笑って返す。そもそも、彼女にこのようなことを訊ねられるだけで十分に嬉しいことなのだ。それ以上を望むつもりはない。
「ほ、本当ですか? 遠慮なさらないでください」
「大丈夫だよー」
笑顔を見つめる常盤色の瞳は不安と懐疑がゆらゆらと揺らめいている。ごまかしてるわけじゃないんだけどな、と彼は頬を掻く。信頼されているとは思うが、こういう点はまだ信用ならないらしい。日頃の行いのせいだ、というのは自覚しているので文句など全く言えないのだから情けない。苦笑いを浮かべ、識苑は指揮者のように立てた人差し指をすぃと振った。
「強いて言うなら、無茶して怪我とか病気にならないでほしいかな。休み中に怪我する子は多いって聞くし、氷雪ちゃんには元気でいてもらいたいや」
大切な生徒だからね、と識苑は微笑む。優しいそれに、氷雪の顔がほんのりと色付いた。たいせつ、と彼女の小さな唇がゆっくりと動き、雪が溶けるかのようにふわりと綻ぶ。
「はい、気を付けます」
識苑先生にご心配をかけるわけにはいきませんから、と彼女ははにかんだ。その元気な表情と言葉に、識苑は愛しげに目を細め目の前の白を眺めた。
電子的な鐘の音が廊下に響く。いきなりの音に、二人の視線が廊下にかけられた時計に向けられた。円の中を駆ける針は、普段ならば午後一番の授業が終わる時間を示していた。時間割に変更がある際は鳴らさないように設定されているはずだが、今日はそれが上手くいっていなかったらしい。くるりと二人は同時に視線を互いに向ける。それがおかしいのか、氷雪は小さく笑った。
「では、お休み明けに」
「うん。体に気をつけてね」
「先生もお体にお気を付けください」
「努力するよ」
笑う識苑を氷雪は少し不服そうに見る。縦横無尽に学内を行き来し、積み重なるタスクに潰されかけながら不摂生な生活をしていることは皆知っている。信用などできないだろう。
「ご無理はなさらないでください。わたしも……、わたしも、識苑先生に元気でいてほしいです」
澄んだ緑の瞳が鮮やかな橙を見つめる。その瞳は真剣だった。無自覚ながらも『特別』気にかけている人物がこの調子ならば心配するのも無理はない。その心はしっかりと伝わったのか、識苑も真面目な面持ちでその深緑を見つめた。
「分かった。先生も気を付けるよ」
何なら指切りでもしようか、と識苑はおどけた調子で小指を立てた。氷雪はそれをじっと見つめる。きゅっと唇を結び、袖をたくしあげ長いそれで隠されていた手を露わにする。一生懸命伸ばされた細く澄み切った白の指が、骨ばった固い指に絡んだ。
「や、くそく、です」
そう言う氷雪の頬は紅梅のように鮮やかな赤に染まっていた。儚く細められた濃い抹茶のように深い緑の瞳は、どこか潤んでいるように見えた。
「……うん、約束」
ちゃんと守るよ、と識苑は笑った。ゆーびきーりげんまん、と歌うように手を軽く振る。つられて氷雪もおずおずと繋いだ彼に合わせて指を振る。二人の指が風に舞う花びらのようにゆらゆらと揺れた。幾ばくかして、ゆーびきった、と彼は絡めた指を自然な動きで解いた。
「じゃあ、また次の学期に」
「はい!」
さようなら、と一礼し、氷雪は元来た廊下をパタパタと走っていく。その足取りは、来た時よりも少し早く軽いように見えた。
彼女の姿が完全に見えなくなったところで、識苑は振っていた手を口元に当てた。薄い唇は嬉しそうに弧を描いていた。笑う、というよりもにやける、というのが適切だろう。堪えられずに漏れ出でてしまうほど、彼女との邂逅は嬉しくて仕方のないものだった。
ふぅ、と息を吐いて己の小指を見つめる。雪のような冷たさの中に、ほんのりと優しい熱が残っている気がした。
「――約束、だからね」
まずは小さく第一歩。三食きちんと食べる事から始めよう。
そう考えて、識苑は大きく伸びをした。
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レンズ越し【ハレルヤ組+魂】
レンズ越し【ハレルヤ組+魂】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:遅すぎた笑顔[15m]
魂がカメラを抱えてやってきたのは、運営業務が比較的落ち着いた頃だった。
一体何だと問うと、学内掲示用に三人の写真が欲しいとのことだ。現在の様子では業務にも余裕もあり、学校側が必要とするものならばと了承し、三人は魂の前に並ぶ。レイシスを中心に、二人が彼女の顔の高さに合わせて少し屈んで立つこととなった。
「じゃあ先輩方、笑って笑ってー」
カメラを構えた魂がこちらに向かってて手を振る。ハイ、とレイシスは普段から見せる明るく可愛らしい笑顔でレンズの方を向いた。隣に立つ雷刀も楽しげに笑い、レイシスに寄るようにしてピースサインをしている。一方、反対側に立つ烈風刀の表情はどこか硬い。
「烈風刀先輩、もうちょっと笑えません?」
「そんな、いきなり笑えだなんて言われましても」
魂の要求に烈風刀は苦々しく顔をしかめた。意識して笑顔を作るのがどうも苦手らしい。彼自身頑張っているように見えるが、やはり硬さが残りどこか不格好だ。それを自覚して、更に表情が硬くなる。見事な悪循環だ。
「んー、じゃあ先輩はキリッとした感じでいきましょ」
魂の指定に烈風刀は小さく謝り、普段通りの真面目な表情でレンズに向かう。無表情ではないので大丈夫だろうと思うも、どこか不安は残る。不安をどうにか抑え込み、彼は透明なレンズをじっと見つめた。
幾度かシャッターを切る音が鳴る。フラッシュの強い光が収まると、魂はこちらにカメラを差し出した。確認してほしいとのことだ。
「おー、綺麗に撮れてんな」
「ちゃんと映ってマスネ。嬉しいデス」
背面の液晶画面を覗き込み、雷刀とレイシスは嬉しそうに声を上げた。画面には華やかな笑みを浮かべたレイシスが大きく写っている。その姿を見て、烈風刀は小さく笑みをこぼした。あぁ、やはり彼女は可愛らしい。きっと雷刀も同じことを思っているのだろう、先ほどから頬が緩みっぱなしだ。
「あー! 烈風刀先輩、それさっきやってくださいっす!」
突然魂が大きな声を上げた。『それ』とは今の笑みのことだろう。そんなことを言われても、と烈風刀は顔を歪めた。
「じゃ、もう一回いきましょう」
「えっ」
再びカメラを構える魂に、烈風刀は間の抜けた声を上げる。そんな彼に近寄り、魂は少し背伸びをしてこそこそと言葉を継げる。
「あとで好きなだけ写真現像しますしデータも渡しますから。さっきのレイシス先輩の笑顔を思い浮かべてください」
ね、と彼は二色の瞳をいたずらっぽく細める。先ほどの笑みの原因などお見通しらしい。烈風刀は喉に何か詰まらせたように顔をしかめた。緑青の瞳がゆらゆらと揺らめく。少しして、彼は諦めたかのように俯いた。
「…………おねがいします」
「はい。せんぱーい! あと何枚かおねがいしまーす!」
満面の笑みを浮かべ、魂は少し離れた位置にいる二人を呼ぶ。彼女らは快く了承した。
「なーなー、今度は皆でポーズ取ろうぜ」
雷刀はそう言って再びピースサインを示す。いいデスネ、とレイシスは顔を輝かせ、彼と同じように両手でそれを作った。ほら、と二人分の視線が烈風刀に向けられる。戸惑う彼だが、キラキラとした期待のまなざしに負け、同じくそれを作った。どこか歪だが、二人は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、撮りますよ」
さん、にー、いち。四人分のカウントダウンの声が響く。
レンズの向こう側、三色三対の瞳は緩やかな弧を描いていた。
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白紙対策【ハレルヤ組】
白紙対策【ハレルヤ組】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:残念な山[30m]
真っ赤な髪が机の上に散らばる。赤い塊からは潰れたような唸り声が聞こえてくる。声だけ聞けば幽霊か何かかと勘違いしてしまうような沈みっぷりだ。
「雷刀、大丈夫デスカ?」
「大丈夫じゃない……」
心配そうに問うレイシスに、雷刀は力ない声で返す。はわわ、とレイシスは慌てるが、彼の真後ろに座る烈風刀は心配する必要はありません、と言った。そのままじとり、と冷たい視線を机に伏せた兄の背中に向ける。
「テストが上手くいかなかっただけですよ」
「ヤマが思いっきり外れた……」
冷めた烈風刀の声に、雷刀は後悔のにじむ声で呻く。どうもヤマを張った部分が全て外れてしまったようで、普段以上に沈んだ声である。あぁ、とレイシスは困ったように笑った。
「まったく、山勘に頼るからこうなるのです」
「やっぱりちゃんと勉強しなきゃだめデスネ」
呆れる烈風刀の声と優しく諌めるようなレイシスの声に雷刀はうぅ、と唸った。弟の反応はともかく、レイシスにまでこう言われてしまっては辛いものがある。
「レイシスはどうでしたか?」
「ハイ、勉強したところがちゃんと出てきマシタ」
烈風刀の問いに、レイシスはニコニコと笑みを浮かべ元気よく答えた。普段から勤勉で成績もよい彼女だが、やはり自身で対策を取った部分ができると嬉しいらしい。その笑顔につられるように烈風刀も笑った。
「そうですか。それはよかったですね」
「なぁ、オレと反応違いすぎね?」
ガバ、とようやく頭を上げ、雷刀は勢いよく振り返り後ろに座る烈風刀を見る。すっと柔らかな笑みが消え、彼は凍てつくような視線で兄を見た。その冷たい緑色の瞳には怒りの色が浮かんでいた。
「日頃勉強した上で対策を取ったレイシスと、全く勉強しないで山勘に頼った貴方とは全く違うでしょう」
まったくの正論に、雷刀はバツが悪そうに顔をしかめた。それにしてもあまりに違う、とぶつぶつと文句を言うが、烈風刀が聞く様子は全くない。いつものことだ。
「雷刀はいつもヤマが外れマスネ」
「だよなー。なんでだろ」
不思議そうな二人の声。烈風刀は首を傾げる赤に冷たく指摘した。
「普段から授業を聞いていないのですから、各単元の重要なポイントが分かっていないでしょう。そんな状態で山勘に頼ったところでどうするのですか。せめてレイシスのように傾向を把握した上でヤマを張るべきです」
「……うん」
「……デスネ」
沈んだ声が重なる。レイシスまで落ち込ませるつもりはなかったのに、と烈風刀は内心慌てた。
「で、でもっ、テストが終わったらもうすぐ夏休みデスヨ! 頑張りまショウ!」
ぐっと胸の前で両手を握り、励ますように笑うレイシスの言葉に雷刀も笑う。夏休みだ夏休みー、デスー、と嬉しそうに話す二人を見て、烈風刀は頬を緩めた。しかしその顔はどこか暗い。
二人は忘れているのだろう。夏休みに入れば課題が出ることを。そして、昨年のその量はまるで山のようで、尋常なものではなかったということを。
今言っても二人とも落ち込むだけだろう。黙っておこう、と烈風刀は口をつぐんだ。
窓の外に広がる空は青く、陽の光も春のそれに比べ強くなってきている。
夏はすぐそこだ。
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縁取る色【ライレフ】
縁取る色【ライレフ】
あんまりにも何も書けずに放置してたら訳も分からず腹が立ってきたのでリハビる。とは言っても8割方書いて放置してたの仕上げただけ。
べったべたあっまあまな話が書きたかった。糖分くれ糖分。
勢いよく加えられた重みにソファがギシリと悲鳴を上げる。耳障りなそれを気にすることなく、雷刀は背もたれに身体を預け大きく息を吐いた。その姿を見て烈風刀は弱々しい笑みを浮かべ、労うように手にしたマグカップをそっと差し出す。力ない様子ながらもしっかりと手に取ったことを確認し、彼もその隣に腰を下ろした。ズズ、とコーヒーを啜る音が青白い光に照らされた静かな部屋に響いた。
「つっ……かれたー……」
「お疲れ様でした」
「ほんとにつかれた……」
中身が半分ほど減ったカップを机に置き、雷刀は再びソファにもたれかかる。その顔には明らかに疲労がにじんでいた。
グレイスたちの登場もあってか、最近は各所に細かなバグが湧くことが多くなっていた。根本からの対策を考えるだけでなく、目の前のそれを潰し秩序を守ることも日々の仕事として重要な位置づけになっている。普段からバグとの戦闘をこなし経験を積んでいる彼はその中心となって活躍している。そうやって人一倍動いているのだから疲れるのも当たり前だろう。
「最近、本当に多いよな」
「あちらも本腰を入れてきた、ということでしょうか」
ぐ、とカップを持つ烈風刀の手に力がこもる。ネメシス=メトロポリスへの被害、そして先日の恋刃の件が脳裏に蘇る。バグ対策を練っている最中、そのバグによって身近な人物にまで被害が及んだのだ。事前に防ぐことができなかったことを悔しく思うのは当然だ。
「これ以上被害を出さないようにしないと」
「だな。……もし、レイシスに何かあったら笑えねぇ」
自分たちの核となるレイシスに被害が出れば、対抗しうる手段は潰えると言っても過言ではない。なにより、彼女と対峙し戦うことなど考えたくもなかった。想定しうる最悪の事態は何としても防がねばならない。絶対に守ります、と絞り出すような声に、雷刀も静かに頷いた。
「烈風刀になんかあってもやだしなー。戦いたくねぇ。怪我させんのやだ」
「僕だってそうですよ。貴方と戦うなんて」
こぼした言葉に、雷刀はきょとんとした表情でこちらを見る。間の抜けたそれはだんだんと緩み、どこか意地の悪い笑みへと変わっていった。ろくなことを考えていないであろうその姿に、烈風刀は慌てたように続ける。
「貴方のような戦闘面に特化した者が敵に回れば厄介に決まっているでしょう。これ以上面倒なことになっては堪りません」
「素直じゃねーなー」
逃げるようにカップに口をつける彼を見て雷刀はケラケラと楽しげに笑う。このような会話は既に慣れっこだ。それでも不満は残るのか、彼は拗ねたように口を尖らせた。
「こないだみたいに素直に本音言えばいいのに」
「お願いします止めてください忘れてください」
烈風刀は酷く沈んだ声で懇願する。その顔は真っ青と言っても差し支えがないほどに血の気を失っていた。レイシスも雷刀も大して気にしていないようだが、先日の出来事は当人である烈風刀にとってはもう二度と思い出したくない、永遠に記憶の底に封じ込めておきたいものだ。それを蒸し返されては、常日頃冷静だと評価される彼でも取り乱してしまうのは仕方のないことだろう。
「そーいや、あの時なんか雰囲気違ったよなー。なんだろ」
推理する探偵のように顎に手を当て、雷刀は烈風刀の顔をじっと見る。まるで間違い探しをするように、深い朱の瞳が鏡に映ったかのように同じ、けれども自分とは確かに違うその顔を隅から隅までじっと見つめる。居心地が悪いのか烈風刀は顔を逸らすが、それは短く声を上げた兄によって阻まれた。何かひらめいたような楽しげな声と共に、両頬を捕えられ少しばかり上を――ソファに片足を乗り上げて膝を付き、自分よりわずかに高い位置にある彼の方へと向かされる。顔を固定され動かすことができなくなってしまった今、嫌が応にも目の前の赤を見なければいけなくなる。少し見上げた先の紅玉に似た瞳は、まるで本物のそれのようにキラキラと輝いていた。
「睫毛! あの時睫毛めっちゃ目立ってた!」
「だからやめてください!」
許してくれ、と言わんばかりに烈風刀は悲痛な声で叫ぶ。わりぃわりぃ、と雷刀は笑うが、そこに反省の色は見られない。誤魔化したつもりか、と水宝玉の瞳が不機嫌そうに細められた。
「やっぱ烈風刀って睫毛長いなー」
感嘆するようにそう言って、雷刀はずいと顔を寄せた。視界いっぱいに広がる赤に烈風刀の肩が小さく跳ねる。無意識だろうが、鼻先がぶつかってしまいそうな――普段、口づけをする時と同じほどの距離だ。驚きと恥じらいが胸の内に湧き上がり、ゆっくりと広がっていく。
「雷刀も十分長いでしょう。同じですよ」
「そうか?」
誤魔化そうとする声を気にする様子なく、雷刀はじぃと烈風刀の瞳――それを縁どる澄んだ空色の睫毛を眺める。そんなところを見て一体何が楽しいのだろうか、と烈風刀は可能な限り視線を逸らした。柔く頬に手を当てられているだけだというのに、『手を振り払って逃げる』という選択肢はないようだ。結局逆らうことなどできず、されるがままだ。
頬に添えられていた手が外される。やっと解放されるのかと安心したのもつかの間、目の前――本当に目の、瞳の真ん前にその手が差し出された。眼前に指が迫る光景に本能的な恐怖を覚え、烈風刀は反射的にぎゅっと目を閉じた。作った暗闇の中、目元を何かが辿る感触が肌を通して伝わってくる。どうやら睫毛に触れているらしい。やっぱ長いなー、と間の抜けた声と壊れ物を扱うかのような優しい指の感触が暗い視界の中に浮かぶ。目を開け抗議したいが、なぞる指が離される様子はない。雷刀、と不満げな声で名を呼ぶが、指の主は何の言葉も返さずにいた。
慈しむように目元を撫でていたそれが、すっと静かに離れる感触。熱から距離を取った手は再び頬へと添えられた。
瞼に温かな何かが触れる感触。小さく響いた音で、そこに口づけられたのだと理解した。
いきなりの行為にひくりと烈風刀の身体が小さく震える。撫でるようなそれはすぐに終わったというのに、与えられた熱は彼の心の内にしっかりと残っていた。
「……何をするのですか」
しばしして、烈風刀はゆっくりと目を開き暗闇から抜け出す。まだ光に順応できないでいる目でも、目の前にいる人物が楽しげな笑みを浮かべていることぐらい分かった。
「そーゆー顔に見えたから?」
にぃ、と雷刀は意地が悪そうに口角を上げる。どういう顔だ、と烈風刀は非難をにじませた瞳で睨むが、目の前の兄が怯む様子はない。こうやっていたずらを仕掛け睨まれるのはもう日常と化している。そして、学習する気もない――それでも、本当に嫌がっているか否かという判断をつけることだけはしっかりと身についているのだから性質が悪いとしか言いようがない。
「なに? 他のとこがよかった?」
すぃ、と節が目立つようになった指が赤々とした唇をなぞる。先程瞼に落とされたそれとは違う温かさと感触に、烈風刀の頬に薄らと朱が差した。あれほど顔を近づけられたのだ、それを連想してしまったのは否めない。それだけに、まるで求めているのは自分だけと言うような彼の指摘は気に食わなかった。
すっ、と烈風刀は静かに腕を伸ばす。己を捕える腕を抜け、眼前にいる雷刀の頬を同じように捕える。赤い瞳に不思議そうな色と己の青がふわりと浮かんでいた。
そのまま自ら顔を近づけ、彼の唇に己のそれを重ねた。
わずかに触れる程度のそれは瞬く間に終わる。それでも、交わした体温や重ねた肌の感触は確かに残っていた。
「…………そーゆーのずるくね?」
「貴方に言われたくありませんよ」
たっぷり数秒おいて、雷刀は硬直から復帰し困ったように笑った。その頬は、自身が依然捕えたままのそれと同じく紅が散っていた。お返しだ、と烈風刀は緩く笑う。自らそのような行為を仕掛けた恥ずかしさは強いものの、それ以上に一矢報いた嬉しさと珍しく恥じらう彼の顔が見れた喜びが大きかった。普段彼は自分を『可愛い』と評価するが、彼の笑顔の方がずっと可愛らしい。
こつん、と額と額が合わさる。睫毛同士が触れあってしまいそうな距離、夕焼け色と夜明け色の視線がぶつかった。その二色には先程までは見られなかった何かがしっかりと灯っていた。
「もっかいやる?」
「……お好きにどうぞ」
素直じゃねーな、と雷刀は楽しげに笑う。けれども普段ならばすぐに突っぱねる彼だ、これでも素直な方である。
色付く頬を温かな手が優しく撫で、包み込む。柔らかに揺れる赤と青、熱を宿す赤と赤が静かに交わった。
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その色を消す手段【ライレフ】
その色を消す手段【ライレフ】即興二次創作で時間制限内に書けなかったので完成させてこっちに投げる。
それっぽさは皆無に近いけどライレフ。多分。
ジャンル:SOUND VOLTEX お題:赤いむきだし
制限時間:30分いち、に、と紙の束を弾いていく。薄いそれを繰る度、擦れる軽い音が指先から奏でられた。
怒涛のアップデートもようやく落ち着いたためか、本日は比較的ユーザーが少ない。そのためナビゲートの仕事はあまりないので室内を掃除をする運びとなった。すると、運営に関わる書類がそこかしこから出てきたのだ。処理済みのものはしっかりと整理しファイリングしてあるはずだが、と首を傾げる間も無く、犯人は見つかった。わざとらしく目を逸らした赤毛の姿は『私が犯人です』と手を上げているのと同義だ。
どれも重要度は低く量はさほど多くないが、乱雑に置いておくのは突然必要となった時に困る。運営の仕事はレイシスに一任し、今日は整理を優先することにした。もちろん、元凶である雷刀もだ。
今時紙だなんて、と烈風刀は嘆息する。データでのやりとりがほとんどであるこの世界で、紙を使うメリットはあまりないように思える。非効率であるが、定められたものなのだから仕方ない。黙って指を動かした。
規定分揃っているか数え終わり、少し形の崩れたそれを整える。次の山に取り掛かろうと積まれた塊に手を伸ばしたところで、ザリ、と嫌な音が聞こえた。次いで鈍い痛みが走り、烈風刀は小さく眉を寄せた。音の発生源と思しき己の指に視線をやると、白い肌に白い直線が走り、そこから赤が滲んでいた。どうやら、紙の縁で切ってしまったらしい。
「どうしまシタカ?」
いつの間にか、レイシスが隣に立ちこちらを覗きこんでいた。休憩を兼ね飲み物でも取りにいっていたのだろう、その手には彼女が愛用しているマグカップが握られている。
「いえ、指を切ってしまいまして」
見つめる桃色に、烈風刀は苦笑する。格好悪いところを見られてしまった、と痛みとは別の感情が彼の眉間に刻まれた。そんな少年の心など知らないレイシスは、軽く上げられた手に視線を移す。白い肌から鮮やかな赤い球が生まれていく様を見て、彼女は小さく声をあげた。
「はわっ、大丈夫デスカ?」
「ほんの少しですから大丈夫ですよ。すぐに止まります」
狼狽えるレイシスを見て、烈風刀は落ち着けるように優しい声で返す。所詮紙が擦れただけだ、皮膚が少し傷つけられた程度で傷は浅い。じきに血も止まり、数日もすれば治るだろう。
「デッ、デモ、血ガ」
ふつりふつりと指先を彩っていく赤を見て、レイシスははわわわわ、と依然あたふたと声を漏らす。ぱちり、と薔薇のように華やかなその瞳が大きく瞬きする。何か思いついたのか、彼女は手にしたマグカップを机に置き、傷口に触れぬよう烈風刀の手を取った。両手で優しく包んだそれを、彼女は彼の目の前、少しばかり高い位置に持ち上げる。血が出た場合、患部を心臓より高い位置に持っていけば止まりやすい、という話を聞いたことがある。彼女もそれを知っており、流れるそれを少しでも 防ごうとしたのだろう。
伝わる柔らかな温度に、どきり、と烈風刀の心臓が一際大きく脈を打つ。好意を寄せる女性に手を握られるのは、初心な彼には少し刺激が強かったらしい。その頬にぱっと紅が散った。
「えっ、いや、あの、大丈夫ですよ。おちついてくださ――」
「どしたー?」
理由は違えどレイシス同様慌てる烈風刀の肩に、ぐ、と重みがかかる。すぐそばで鼓膜を震わす声は兄のそれだった。配分された作業が終わり手伝いに来たのか、烈風刀が作業する机へと戻ってきたらしい。
「怪我?」
「紙で切っちゃったみたイデ」
あわあわとしたレイシスの声に、雷刀は彼女が握ったその手に目をやる。ふぅん、とどこかつまらなそうに呟いた彼は、そのまま烈風刀の手首を掴み己の目の前へと引き寄せる。少し強引なそれは、まるで彼女からその手を取り上げるようだった。
「あぁ、これくらい舐めときゃ治るって」
滲む赤を見て、雷刀はだいじょーぶだいじょーぶ、と空いた手をひらひらと振った。掴んだ手を離す様子はなく、むしろ尚自身の下へと寄せるように引いた。
「固まりかけてるっぽいけど拭いといた方がいいかな。レイシス、ティッシュ持ってきてくれないか?」
「ハイ! 分かりマシタ!」
レイシスはパタパタと備品を収納した棚の方へと駆けていく。そよぐ薔薇色の髪を見送り、烈風刀は手を掴む雷刀へと顔を向ける。その瞳は訝しげに細められていた。
「何なのですか、一体」
以前掴まれたままの手を見やる。引き寄せられたそれはあまりにも近く、そのまま手の甲に口づけしてしまいそうなほどだ。傷を見るにしても、こんなにも近くに寄せる必要はない。そもそも、彼が患部を見る必要などないのだ。
「別に」
答える声は平坦で、機嫌が悪そうに見えた。デスクワークを苦手とする彼だ、本日の業務が不満なのだろうか。それも全て自分が悪いのではないか、と口を開こうとしたところで、掴まれた手に兄が唇を寄せる姿が間近にあった。ぎくり、と怯えるようにその手が硬直する。何を、と尋ねるより先に、薄く開かれたそこから赤い舌が覗いた。
指先に生温かい感触と、ほんの少しの痛み。舐められたのだ、と気付くころには、赤で彩られた指先は赤の中に消えていた。
「ら、いと」
咎めるように名を呼ぶ。その音は動揺する彼の心中を表すかのように震えていた。あまりにも突然の行為に、烈風刀はその手を振り放せずにいた。硬直した指はどんどんと唾液に塗れ、蛍光灯の青白い光にてらてらと輝いていた。緩く尖らせた舌先が傷口をつつく。その痛みに我に返った彼は、力いっぱいに掴まれたままでいた手を引いた。血液と同じ、真っ赤なそれにから守るように、もう片方の手で囚われの身だったそれを包む。温かな塊から離れた指先が冷えていくように感じた。
「舐めときゃ治る、って言ったじゃん?」
「本当に舐める人がいますか!」
首を傾げる雷刀に、烈風刀は怒声をぶつける。舐めるはおろか、故意に傷口を抉っていたのである。語られる俗説が本当だとしても、治す気などさらさらないのは明白だ。
だってさぁ、と雷刀は机に肘をつき、不機嫌そうなに話し出す。音が発せられる度に姿を見せる赤に、思わずひくりと息を呑むのが分かった。
「烈風刀だけレイシスに手握ってもらうとかずるいじゃん?」
オレだってレイシスに手ぇ握ってほしいしー、と雷刀は机に突っ伏した。一連の行為は、どうやら子どもめいた嫉妬によるものだったらしい。あまりにも身勝手なその言葉に、そして酷く羞恥心を煽る行為に、烈風刀の胸にふつふつと熱い何かが湧くのが分かっる。傷の無い手をぐっと固く握りしめる。そのまま朱い頭に勢いよく振り下ろした。ゴン、と硬い何かがぶつかる鈍い音と、潰れたようなくぐもった 声が聞こえた。
「何すんだよ!」
「馬鹿!」
キャンキャンと罵りのドッヂボールが繰り広げられる中、ティッシュ箱を抱えたレイシスが帰ってきた。珍しく声を荒げ喧嘩する二人を見て、彼女は今日何度目かの驚きの声を上げた。
「一体どうしたんデスカ!?」
「だって烈風刀がさー!」
「何でもありません!」
オレは悪くないと言わんばかりの雷刀の言葉を烈風刀は掻き消す。指を舐められて喧嘩していました、なんて心底くだらなく恥ずかしいことを彼女に知られるのは絶対に防ぐべきだ。不満げな声を上げる兄の顔をぐいぐいと押し、距離を取り口を塞ぐ。もがもがと抵抗する彼を視界に入れぬよう、烈風刀はレイシスの方に向き直った。
「ティッシュ持ってきマシタヨ」
「ありがとうございます」
心配気に差し出すレイシスに、烈風刀は爽やかな笑みを作り礼を言う。薄いそれを一枚抜き取ると、すぐさま未だぬめり光る傷口を包んで隠した。
「もう止まっているみたいデスネ。よかったデス」
「オニイチャンのおかげでなー」
赤が白を侵さない様子に、レイシスは安堵の笑みを浮かべた。押しやる手から逃れた雷刀はからかうような愉快そうな声を上げる。今にも先程の出来事を面白おかしく話してしまいそうなそれに、烈風刀はキッと鋭い視線を向ける。射殺すような、とはこれのことを言うのだろう。あまりの気迫に、雷刀はへいへいと口を閉ざした。優等生らしく冷静な仮面を被る碧は、レイシスが絡むとこうも感情をあらわにするのだった。
「仕分けはあらかた終わりましたし、あとはファイリングすれば完了です。すぐに済ませますね」
「急がなくても大丈夫デスヨ? また怪我をしたら大変デス」
心配そうに見つめるレイシスに、烈風刀は大丈夫ですよ、と優しい声音で返事をする。嬬武器の双子がレイシスに対してあまりにも過保護であるのは有名だが、彼女も彼女で少し過保護の気があった。それだけ皆を大切に思っているのだろう。そんな彼女を心配させるわけにはいかない、と烈風刀は改めて考える。
「もうこんなことはしません。心配しないでください。業務をレイシスに任せっきりなのも申し訳ありませんから」
困ったようにハハ、と声を漏らす姿を見て、レイシスはそうデスカ、と頬に手を当てた。その瞳からは不安の色は薄まり、元の明るさを取り戻しつつあった。
「デハ、よろしくお願しマス!」
「任せてください」
ぐ、と両手を握り微笑むレイシスを見て、烈風刀も頬を緩めた。待ってマスネ、と手を振り自分の席へと戻る彼女を見送り、烈風刀は小さく息を吐いた。もうこんなことはこりごりである。
放置していた書類に目を戻すと、その脇で紅緋の瞳がじぃ、と薄い紙に隠れた指先を見つめていることに気付く。反射的に手で包み隠すと、雷刀はにぃと悪い笑みが浮かべた。
「早く治るといいな」
「どの口が言いますか」
ペシ、と頭を叩く。いってぇ、と笑う声を無視し、まとまった書類を再び手に取った。白いそれは赤で汚れることなく、ただただ黒い文字が浮かんでいた。
畳む
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