No.79, No.78, No.77, No.76, No.75, No.74, No.73[7件]
共に輝く舞台へ【レイ+グレ】
共に輝く舞台へ【レイ+グレ】
ロケテでVのデフォクルーはグレイスちゃんだと聞いてうわああああああああってなったあれ。
結局デフォクルーはレイシスちゃんだったし、書きたかったこと全部公式キャラ紹介が書いちゃってるけど、稼働開始二日前に書き始めたやつだから許してほしい……。
レイグレ姉妹頑張れ超頑張れという話。
着替えを終え、グレイスは壁に取り付けられた大きな鏡へと振り返る。メイク台の上、光る鏡面の中、己の長い髪が踊るように揺れたのが見えた。
目の前に映る自分をじぃと眺める。普段ならば学園内では指定の制服を着ているが、今彼女の身体を包んでいるのは全く違うものだ。
白地に青のラインが走るセーラー服は、ほのかに輝く白で縁取られた深い黒のベアトップに変わっている。胸元は大胆に開いており、間からは目に痛いほど鮮やかなピンクが覗いていた。少し下、上腹部はポップなマークが散りばめられた柔らかな生地が優しく包み込んでいた。胸部を彩る衣装を繋ぎ止める肩紐は細く、片側は大振りなフリルで縁取られている。大人びた格好良さの中に、少女らしい可愛らしさをもたらすものだ。
白のショートパンツは、トップスと同じ色の短いスカートに変わっている。フリルがふんだんにあしらわれたそれはボリューミーで、膨らんだシルエットや大ぶりなフリルが揺れる様は可愛らしさに溢れている。細い腰に巻かれたビビッドカラーの太いベルトには、彼女らが生きる世界の名が大きく刻まれていた。
変なところはないだろうか、と少女は全身を確認しようと鏡の前でくるくると身を翻す。高い位置に結ったポニーテールが、風に揺れる花のようにふわりと舞った。
重力戦争が終わり、輝く海の世界が生まれて二年。今、ネメシスはまた新しい舞台へと歩み出そうとしていた。レイシスとともにメインビジュアルを務めることが決まったグレイスには、新しい衣装が与えられることとなった。稼働が間近に迫った今日は、不備が無いか最終確認をしているのだ。
鏡像と正面から向き合い、少女は己の胸に手を当てる。ロケテストでのナビゲートやポスター撮影などで既に何度か着ているが、未だこの姿に慣れずにいた。学園内では指定の制服を着ており、私服は姉手ずからデザインした少女趣味のものを与えられている。このようなデザイン傾向の衣服は以前ライブイベントで着たぐらいで、あまり馴染みがないのだ。
着慣れぬにそわそわとしているが、薄く色付いたその口元は緩やかに綻んでいた。大人びて振る舞おうとしているが、グレイスも年頃の女の子なのだ。新しい衣装に心が踊り、はしゃいでしまうのは仕方のないことだろう。
「サイズは大丈夫デスカ?」
突然背後から飛んできた声に、少女の細い肩が小さく跳ねる。急いで振り返ると、そこにはにこやかに笑うレイシスの姿があった。そうだ、同じく最終確認を行うために彼女も共にいたのだった。衣装に気を取られてすっかりと忘れていた。今までの落ち着きのない様子を全てを見られていたという羞恥に、躑躅の白い頬に紅が差す。姉の慈愛に満ちた笑顔から逃げるように、マゼンタの瞳がふいと逸らされた。
「えぇ、問題ないわ」
平静を装った声で答えると、良かったデス、と嬉しそうな言葉が返ってくる。事実、衣装は初めから驚くほどぴったりに作られていた。ネメシスで暮らし始めた頃はレイシスが服を作り与えてくれたので、サイズを把握されていてもおかしくはない。しかし、身体が安定し成長してから測り直した覚えはないというのに、何故今でも寸分の狂いもない衣装が作れるのだろうか。ある種の恐怖すら浮かんでくる。ふるふると緩く頭を振り、考えてもどうしようもないそれを意識から無理矢理弾き飛ばした。
真正面に立つ姉の顔を見ることができず、躑躅は壁に面したメイク台へと視線を移す。化粧道具と小物が散らばるそれの上から、白いマイクを手を取る。細い柄に描かれた新たな世界の名前を眺め、少女は静かに目を眇めた。
もうすぐ始まる新しい世界。そこでは、グレイスが正式にナビゲートを担当することとなった。
ネメシスに迎え入れられてからの二年間、仲間たちに助けられつつも少女はナビゲーターとしての基礎を学んできた。始めはたどたどしいものだったが、本人の頑張りもあって今では一人で仕事を任されることも増えてきている。彼女が確かな成長を遂げていることは、運営に携わる皆が認めていた。
グレイス自身、ナビゲーターとしての実力がついてきていることは実感している。けれども、今までレイシスが担当していたその位置に己が就くのか、と考えると、胸の中に黒く重い何かが渦巻くのだ。
一人でもきちんと役目を果たせるだろうか。レイシスのようにユーザーをサポートすることができるのだろうか。己にはその技量があるのだろうか。何か大きなミスをして迷惑を掛けないだろうか。本当に、私でいいのだろうか。
普段ならば気に掛けることのない些細な懸念がいくつも募り、どんどんと膨れ上がっていく。小さな体躯を潰してしまいそうな不安から己を守るように、グレイスは目を伏せマイクを握りしめる。青いネイルで彩られた細い指は、手にしたそれと同じほど色を無くしていた。
「緊張しマスヨネ」
どこか心許ない声に、少女はばっと顔を上げる。さっきまで逸らしていた視線の先には、眉端を下げたレイシスが立っていた。薄く苦い笑みを浮かべる姉を見て、妹は驚きに目を瞬かせる。ナビゲートシステムとして常に最前面に立ち、皆を率いていく彼女はいつだって笑顔で元気に満ち溢れている。このような表情をすることなど、滅多にないことだ。
「……あなたでも緊張なんてするのね」
「しマスヨ」
精一杯の軽口に、レイシスは酷いデス、と唇を尖らせる。その声も表情も、普段の太陽のように明るく輝かしいそれとは違う、どこか弱々しく陰ったものだった。彼女らしくもない様子に、グレイスは呆けたように姉を見る。生まれたばかりでろくに経験を積んでいない自分ならまだしも、何故生まれ落ちた時からこの役割を十全に果たしている彼女がこんな表情をするなんて。いつだって未熟な自分を引っ張っていってくれる彼女が、こんな弱音を吐くだなんて。思ってもみないことだった。
呆然と己を見つめる妹の心情を察したのか、薔薇色の少女は安心させるように小さく笑みを浮かべ、えへへと笑声を漏らす。愛らしさに溢れたその響きには、微かに寂しさが混ざっているように聞こえた。
「新しい世界に行くのはいつだって緊張しマスヨ。変わることは不安デスカラ」
小さな可愛らしい口が、細く静かな音を紡ぐ。わずかに伏せられたその目には、憂いが薄く影を落としていた。普段よりも華奢に見える姉の姿に、グレイスは苦しげに眉を寄せる。彼女を覆う闇を晴らしたいというのに、自身が抱えるそれにすら押し潰されそうなほど未熟な自分にはどうにもできないのだ。言葉のひとつすら出てこない無力さに、少女は口を引き結んだ。
デモ、と薔薇色の少女はまとわりつく影を振り払うように力強く声をあげる。丸く愛らしい目が気合いを入れるようにぎゅうと瞑られ、ぱちりと開く。再び現れた紅水晶には、元のキラキラとした輝きが戻っていた。
「遊んでくれる皆サンがもっと楽しんでくれルノハ、とっても嬉しいことデスカラ。緊張はしマスケド、それ以上に新しい世界が楽しみナンデス!」
胸の前で両手を握り、少女はにこやかに笑う。そこにはもう憂色は無く、普段と変わらぬ太陽のような明るさと温もりに満ちた笑顔があった。
華やかに咲く薔薇色を見て、躑躅は眩しそうに目を細める。きっと先ほど漏らした言葉通り、彼女も年相応に不安を抱えているのだ。それでも、皆のために顔を上げまっすぐに進んでいく。その力強さが、グレイスにとって眩しくてたまらなかった。
かつん、と狭い部屋に靴音が一つ落ちる。強く握りしめ冷え切った己の手が、温かく柔らかなものに包まれる。一体何だと思うより先に、そのままぐいと持ち上げられる。驚きに開いた柘榴石の中に、己の手を握った姉の姿と、花開くかのような満面の笑顔が映った。
「ソレニ、今回はグレイスが一緒にデスカラ。ダカラ、きっと怖くなんてありマセン!」
励ますように妹の手をぎゅうと握り、レイシスははきはきと言葉を紡ぎ出す。元気いっぱいのその声には、二人ならば絶対に上手くいくという自信と、相手に対しての信頼に満ち溢れていた。
姉の言葉に、グレイスは大きく目を見開く。ぱちぱちと瞬いて数拍、引き結ばれていた口がようやく綻び、その端がゆっくりと持ち上がった。小さく描かれた曲線は、まさしく笑みの形をしていた。
「……そうよね。私がいるもの」
咲き誇る薔薇色を見つめ、躑躅は小さく言葉を漏らす。愛おしそうに細められたその目には、安堵と色が広がっていた。
誰にだって優しく慈愛の溢れる彼女が、不安に縮こまる自分を気遣ってくれているということは分かっている。それでも、憧れ目指し努力してきたその人が、まだまだ未熟な己を頼ってくれる。投げかけられたその言葉は、グレイスにとって嬉しくてたまらないものだった。
だからこそ、その隣に立ちたい。自分よりも他人を優先するような彼女を支えたい。世界を輝き照らす姉のようになりたい。数年の間、胸の内に積もっていた思いがぶわりと広がる。素直に言葉にすることができない自分は、態度で表すしかないのだ。そう考えて、少女は気付かれぬよう小さく頷いた。
そうデスヨ、とレイシスは弾んだ声をあげる。憂慮に潰されそうになっていた妹がやっと笑ってくれたのが嬉しいのだろう。溢れる感情をそのまま表すように、握ったその手をぶんぶんと振った。常ならば忙しない、子供じゃないのだから、と振り払うグレイスだが、今日ばかりは伝わる慈しみに満ちた温もりを手放すことはしなかった。
「そうよ、あなた以上に立派なナビゲートをしてみせるんだから」
ふん、と不遜に笑い飛ばし、グレイスはそう言ってみせる。事実、今で満足などしていない。もっとユーザーを導けるように、隣に並ぶべき彼女に近づけるほどにならねばならないのだ。言葉通り、レイシスを超える気概でいなければならない。今までも、これからもずっとそうだ。こんなこと絶対に口に出してなんかやらないけれど、と内心呟き、少女はにまりと口角を上げた。
その言葉に、目の前の鮮やかな桃の瞳が大きく開かれる。こてんと首を傾げて少し、叩きつけられた宣言をはっきりと理解して、レイシスは不満げに声をあげた。
「ワタシだってまだまだ負けマセンヨ!」
「さぁ? どうかしら」
子供のようにむくれる姉と、不敵に妹。にらめっこをするかのように二人は互いをじぃと見つめ合う。しばらくして、どちらともなくくすくすと小さな笑い声をあげた。可愛らしい軽やかな二重奏が、二人きりの部屋に響いた。
「これからもよろしくお願いしマスネ」
「もちろんよ。よろしく」
手を繋ぎ合ったまま、姉妹は穏やかに言葉を交わす。そこにはもう不安と緊張の鈍い色は無い。輝かしい未来への期待と、互いへの強い信頼があった。
ひとりきりの暗く寂しい世界で、ずっと見つめ憧れてきた存在。手を伸ばしても絶対に届かないと思い込んでいたこの位置に、今自分は立っているのだ。それも、思い描いてきたそれよりもずっと素敵な形で、この世界で生きている。繋いだ先から伝わる姉の温かさと響く明るい声に、グレイスは小さく息を吐く。細いそれは、幸せの色をしていた。
緊張が解け温度と色を取り戻した手から、重なり包み込んでいた温もりが去って行く。寂しさを覚えるより先に、空いている方の手に細く白い指が絡みつく。指と指の間に己のそれをそっと潜り込ませ、レイシスは大切な妹を優しく捕らえた。
「サァ、稼働までもうすぐデスヨ! 一緒に頑張りマショウ!」
繋いだ手をきゅっと握り、少女は今一度躑躅に語りかける。そうね、と素っ気なく返し、グレイスもそのしなやかな指を姉の手に絡めた。
ついさっきまで不安でたまらなかったのに、今では新しい世界が楽しみで仕方がない。それはきっと、隣に寄り添ってくれる彼女がいるからこそだ。
決して口に出さない姉への信頼と憧れを胸に仕舞い込み、グレイスは鮮やかに花開いた薔薇色を愛おしげに見つめた。
畳む
書き出しと終わりまとめ2【SDVX】
書き出しと終わりまとめ2【SDVX】
あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその2。全部ボ。CPごっちゃごちゃ。大体暗い。
成分表示:プロ氷2/はるグレ1/レイ+ライレフ1/奈恋1/レイ+グレ1/ニア+ノア1/ハレルヤ組1/後輩組1
名前の後ろ/プロ→氷
あおいちさんには「それはまるで呪いのよう」で始まり、「当たり前は当たり前じゃなくなった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
それはまるで呪いのようだ、と時折馬鹿馬鹿しいことを考える。
『先生』と己を示す度、呼ばれる度、胸が小さな痛みを訴える。こんなの気のせいだ、と何度も何度も言い聞かせてきた。それでも、この面倒臭い代物は叫び声をあげるのだから嫌になる。
これがバグか何かならなぁ、と、識苑は青空を眺めて漠然と思考する。自身の専門はハード面だが、ソフト面の知識も十二分にある。ちょっとしたバグなら簡単に処理できる。問題は、自分は機械でなく、生身の人間であることだ。
はぁ、と溜息一つ、青年は桃の髪を揺らし壁を蹴る。午後の授業の準備をするため、別棟にある技術室へ向かわねばならない。学内を移動するには、廊下を歩くより校舎の壁を伝っていく方が早い。
「あっ、先生」
聞き慣れた声に、青年は足を止める。少し高度を下げ、足元の開いた窓を覗くと、そこには見知った雪色と桜色がいた。
「こんにちは、氷雪ちゃん。桜子ちゃん」
「先生、こんにちはですの」
「こんにちは、識苑先生」
挨拶をすると、二人の生徒は礼儀正しく返す。普段ならば赤髪の少女も一緒にいるはずだが、今は姿が見えない。恐らく、昼休みに行われる委員会会議に出席しているのだろう。
「二人は移動教室かな?」
「はい。次の時間は、理科の実験があるので」
そう言って、氷雪は抱えていた教科書を識苑に見せる。理科実験室は、技術室と同じく特別教室棟にある。授業のある生徒は休み時間中に移動しなければならない。
「遠いから大変だよねー。先生も次の時間授業あるし、あっちの棟に行かなきゃ」
「いつもみたいに壁を走っていくんですの?」
首を傾げ問う桜子に、識苑はそうだよと軽く返す。ショートカットってやつだね、と言うと、桃と白の耳がぴこぴこと動く。輝く大きな瞳は好奇心で溢れていた。
「あの……先生。危なくはないのですか……?」
反して、隣に立つ白の少女の瞳は不安に揺れていた。傍から見れば綱一本で宙にぶら下がってる状態だ。心配するのも無理はない。
「大丈夫だよ。これ見た目よりずっと丈夫だし。それに、先生一応プロの高所作業員だからね。これぐらい余裕余裕」
「あっ、そう、でした……」
ロープを軽く引きつつ答えると、川底色の瞳に安堵が浮かぶ。しかし、それもすぐさま暗く陰った。俯く様を見るに、余計なことを聞いてしまった、と後悔しているのだろう。心優しい彼女らしい。それだけに、暗い顔をさせたくなかった。
「でも、慣れてるからー、って気を抜いてたら危ないもんね。注意するよ。ありがとう」
不安を吹き飛ばそうとにこやかに礼を言うと、白雪のかんばせがわずかに上がる。未だ自己嫌悪の情が見えるが、先程よりは明るい。よかった、と密かに安堵の溜息を吐いた。
あ、と桜子が声をあげる。釣られて向けた視線の先、別棟の外面に設置された時計は、予鈴手前の時刻で針が止まっていた。
「もうこんな時間ですの!?」
「本当だ。二人とも、もう行った方がいいね」
「そっ、そうですね」
失礼します、と少し慌てた声と礼が二人分重なる。微笑ましさに思わず頬が緩んだ。またねー、と手を振り、識苑は彼女らの背を見送る。
「まだ時間あるし、走んなくても大丈夫だよ」
「分かってますの!」
足早に別棟に向かう二人の背に声を投げかけると、元気な声が返ってくる。真面目な彼女たちに言うことではなかったな、と苦笑していると、真っ白な背がくるりと反転した。宝石のような瞳が、再びこちらを見る。人と話すのが苦手な氷雪だが、今は眼鏡のレンズの奥にある橙をまっすぐに見ていた。
「あの、先生もあまり急がず……、えっと、お気をつけください」
「……うん。ありがとう。気をつけるね!」
『先生』の四音を聞く度、言う度、心の奥底で何かが悲鳴をあげる。うるさいな、と煩わしいそれを握り潰し、識苑は再び笑顔を浮かべた。
「じゃあ、授業頑張ってねー」
「はい。失礼します」
再び礼儀正しく礼をして、氷雪は旧友の元へと向かう。草履がぱたぱたと音をたてた。
軽く壁を蹴り、識苑は校舎の窓から覗くことができない位置に移動する。そのまま、ぐいと首を反らして天を仰いだ。
雪色の少女の声を思い起こす。可憐な声が呼ぶ己の名の後ろには、必ず『先生』という呪いの言葉がついていた。
「……ほんっと、馬鹿馬鹿しい」
己と彼女は教師と生徒という関係なのだから、そう呼ぶのは当たり前だ。あの礼儀正しく真面目な少女が、教師を呼び捨てにするなんてあり得ない。分かっているのに、こんな当たり前のことで、馬鹿みたいに苦しくなる。いい歳してこれなのだから、本当に救いようがない。
はぁ、と重く息を吐く。こんなこと、当然で、至極自然で、当たり前のことだと思っていたのに。いつの間にか、当たり前は当たり前じゃなくなっていた。
躑躅に捧ぐ/はる→グレ
葵壱さんには「こんな世界は嫌いです」で始まり、「満足そうな顔で頷いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
こんな世界は嫌いだ、と始果は歯を強く噛みしめる。痛苦と憤怒で歪んだ口元から、ギリ、と嫌な音がした。
こんな、愛しい躑躅色が苦しむような、愛らしい少女が悲しむような、愛するグレイスが消滅を選ぶような世界なんて、好きになるわけなどない。こんな世界、存在する価値などない。彼女が破滅を望んだのだから、壊さねばならない。
少女の影響でどんどんと増殖していくバグを、細い体内に取り込んでいく。己の中に在る何かが力を増し、額に浮かぶ橙の瞳が強い光を放ちだした。身体を蝕む感覚に、夜空のような目が苦悶に歪む。記憶を維持するため日常的にバグを食らってきたが、今回の量は流石に己の限界値を超えているらしい。増幅する何かに食い殺されぬよう、少年は歯を食いしばる。たとえこの身が壊れようと、与えられた役目を果たせればそれでいい。生き残ったところで、グレイスが消滅した世界に意味などないのだから。
久方ぶりに現れた双尾がぶわりと毛立つ。ようやく邪魔者が訪れたようだ。髪と同じ色をした狐耳が忙しなく動き、敵を探る。隠れることなく進むそれは簡単に見つかった。
バグの海を泳ぐ無機質な機体を見下ろす。気配を探るかぎり、相手は一機のようだ。少なくとも五機存在することは確認済みだが、他にそれらしきものは全く感じない。彼女の計画通り、戦力を分散させることに成功したらしい。
意識を集中し、世界を漂う電子で得物を織る。力を振り絞り、この一帯を制圧できる数を生み出していく。いくらあちら側が研究に研究を重ねた機械であろうとも、全て当たれば無事では済まないだろう――もっとも、相手がそう簡単に散るような者でないことは、いくらか刃を交え理解しているが。
周囲に苦無と手裏剣を幾重にも展開し、刀と鎖鎌を握る。妙に手に馴染むそれを構え、少年は煌々と輝く金の目を伏せた。
さぁ、役者は揃った。あとは、あの子の願いを叶えるだけ。
最期の役目を今一度確認し、双尾の妖狐は満足そうな顔で頷いた。
同一の喜び、相違の楽しみ/ニア+ノア
あおいちさんには「昔読んだ本を思い出した」で始まり、「当たり前は当たり前じゃなくなった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
昔読んだ本を思い出した。
白いステッキをぶんぶんと振り回し、己の名を呼びながらこちらに駆けてくる姉の姿を見て、ノアは記憶の隅に残っていた古びた本をめくる。子供向けのそれは、広大な海を自由に走る海賊たちを描いたものだ。詳しい内容は忘れてしまったが、嵐の中一致団結して突き進み、凶暴な獣が跋扈する宝島を探検し、時には悪い海賊たちと戦う。そんな冒険活劇を、姉妹二人で目を輝かせたことははっきりと覚えている。
そんな姉は、普段の星空模様の服ではなく、豪奢な衣装を身に纏っていた。
真っ白なセーラーブラウスに、鮮やかなライトグリーンの大ぶりなタイ。コルセットのついた真っ青なスカートからは、白のソックスと底の厚いブーツが覗いている。少女らしい衣装だ。
ポニーテールが揺れる小さな頭には、ずり落ちてしまいそうなほど大きな黒い帽子が被さっている。山のような形をしたそれの中央には、錨のマークが輝いていた。昔読んだ本、その表紙に描かれた海賊の大将も同じものを身に着けていたな、と先ほど掘り起こした記憶が語った。
「ノアちゃんすっごく似合ってる!」
「ニアちゃんもとっても似合ってるよー」
妹の姿を見て、ニアははしゃいだ様子で腕をばたつかせる。いつも通り元気な様を見て、ノアも楽しげに笑った。
「でも、ニアちゃんの方がかっこよくていいなー……。帽子、すごくかっこいいもん」
まあるい瞳が、己の身を見下ろす。基本的にはニアと同じデザインだが、妹に与えられたのは金の柄を持つ真っ赤な旗と、小さな王冠だ。先程思い出した本の印象もあって、姉の海賊らしい衣装が羨ましい。
「ノアちゃんもいいなー。王冠、ちっちゃくてキラキラして可愛いもん」
いいなー、と二人は互いの衣装を見比べる。自分が着ているものも素敵だが、ほんの少しの差が酷く羨ましく思えた。可愛いのもいいけれど、かっこいいのもいい。年頃の乙女の心は複雑なのだ。
「じゃあ、後で交換しよう! ニアも王冠つけてみたい!」
姉の提案に、妹はぱぁと目を輝かせる。双子であり、同じ体格の二人だからできることだ。うん、と大きく頷いて、二人の兎は満足そうに笑う。もうすぐ行われるジャケット撮影と、その後の衣装交換への期待に、少女らの胸は高鳴った。
姉妹同じだと信じて疑わず、昔からお揃いの服を着るのが当たり前だった。けれども、この世界に深く関わっていく内に、同一であると思っていた自分たちには多くの差異があると気付いてしまった。
別個であると分かってしまったのは悲しい。けれど、その差異を活かし、別々の服を着るのは楽しかった。服だけでない、髪留めやアクセサリーといった小物を互いに見つけあうのは、お洒落に敏感な年頃の乙女には楽しくて仕方がなかった。
今まで気づかなかった楽しみを知った青空色の兎は、今日もきゃらきゃらとはしゃぎ飛び回る。おんなじだという双子の当たり前は、当たり前ではなくなった。
照らすスポットライト/奈←恋
あおいちさんには「知らないふりをしていたんだ」で始まり、「想いを伝える術はなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。
ずっと知らないふりをしていた。
眩い舞台、その中央に座る友人を見つめる。七色の美しい瞳は涙で濡れ、華奢な手はナイフを持った少年の手に重ねられていた。物悲しい音楽を背に、二人は言葉を交わす。劇は終盤に近づいているようだ。
舞台が奏でる音は、客席にいる恋刃の耳には届かない。鮮血のように真っ赤な瞳は、スポットライトを浴びる二人の影を呆然と眺めていた。
学園祭の演劇に出るの、と人見知りの友人がはにかみながら話したのはいつだったか。練習に励む彼女を応援したのはいつからだったか。舞台袖で震えて出番を待つヒロインを鼓舞したのは何分前だったか。全てが遠い昔のことに感じる。そう錯覚するほど、目の前の光景は少女の心を強く揺さぶるものだった。
――私じゃ、あんな風になれない。
普段ならば、舞台に立つ少年の位置には自分がいる。いつだって奈奈の隣にいるのは恋刃だけで、その手を握るのも互いだけだ。けれども、今ステージに上がっているのは自分ではない。いつもの位置に自分はいない。なのに、これが当たり前の風景に見えた。
女の自分よりも、男である主人公の方が奈奈の隣にいるのが自然だ。恋刃でなく、別の男の方が奈奈にとって相応しい存在なのだと言われているようだった。
その認識は劇の役や演出によるものだ、ということは分かっている。けれども、紅の瞳に映る全ては、少女がずっと目を逸らしていたことを容赦なく突きつけた。
知らないふりをしていた。気付かないふりをしていた。分からないふりをしていた。
女である私があの位置にずっといることができないなんてこと、知らないままでいたかった。
ステージに立つヒロインの手から、真っ赤な林檎が落ちる。そのまま、二人の横を転がり舞台袖へと消えていくそれが、まるで己のように思えた。
目を逸らしてきた感情が胸の内で膨れ上がり、淀み渦巻く。行き場の無い苦しさに、恋刃は己の胸を強く押さえた。
こんな、こんなに醜く汚らしい、ずっと知らないふりをしてきた想いを誰かに伝える術などなかった。
ひとりとふたり/レイ+ライレフ
葵壱さんには「気付いてしまった」で始まり、「そっと目を閉じた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。
気付いてしまったのはいつだっただろうか。
運営用のコンピュータが立ち並ぶデスクから少し離れた場所、一通りの書類や資料をまとめた棚の前で会話する二人を眺め、レイシスはそんなことを考える。
真剣な顔つきで話す双子は、共に運営業務を行う大切な仲間だ。この電子の世界ができてからずっと一緒にいる、レイシスにとって家族のような存在だだ。二人もそのように思ってくれているのか、よく自分のことを気にかけてくれる――そのことで喧嘩することがあるのは、悲しいのだけれど。
気質が正反対のためか、二人が言い争う姿は今も昔もよく見かける。級友やレイシスが仲裁に入ることもしばしばだ。かといって、決して兄弟仲が悪いわけではない。むしろ、とても良い方だろう。兄が弟を構い倒す姿は日常風景であり、弟が兄を案じ行動する姿も同じく当たり前の日常だ。
同じことを同時に口にしたり、いざという時は息がぴったりなのも、きっと互いのことをよく理解している故だ。言葉を交わすことなく相手の思考を瞬時に理解し素早く動く様は、『生まれた時から兄弟』と言うのがよく分かるものだ。
けれどもいつだったか、その雰囲気が変わっていることに気付いた。
普段の会話も、小さな言い争いも、どこか柔らかい。触れあう様も、案じる様も、兄弟という括りにしては優しくて甘いものだ。
あぁ、何か――関係がより深まることがあったのだな、と頭の隅で理解したことを覚えている。同時に、胸に小さく重い言葉が落ちてきたことも、それが未だに残っていることも、はっきり分かっている。
結局、自分はずっと他人のままなのだ。
どんなに近くにいても、家族のように触れあっても、『兄弟』という明確な血縁関係を持つ二人の中にレイシスは入れない。それ以上の何かになった二人ならば、尚更だ。そこに他人が挟まる余地などない。たとえ、彼らが強い好意を寄せてくれているとしても、だ。
羨ましい、と少女は眩しそうに目を細める。家族が、特別な相手がいるのが羨ましい。ナビゲートシステムである自分には手に入れられないものを持つ二人が羨ましい。
ワタシも血の繋がった家族だったらよかったのに。
抱える子供じみた嫉妬に呆れ、レイシスはそっと目を閉じた。
花咲く夜を共に/ハレルヤ組
あおいちさんには「去年の花火は綺麗だった」で始まり、「それでも世界は変わらなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
「去年の花火も綺麗デシタケド、今年もとっても綺麗デシタネ!」
上機嫌な様子で、少女は手にした団扇をくるくると回す。今しがた終わった花火大会の興奮がまだ覚めやらないようだ。
「うん……キレイだったな……」
「そうですね……とても綺麗でした……」
少女を守るように挟んで歩く二人の少年は、肯定の言葉を返す。しかし、その声は震え湿り気を帯びたものだ。時折、鼻をすする音が聞こえる。顔を俯け、目元を抑える姿も見える。どこか挙動不審な兄弟の様子に、レイシスはこてんと首を傾げた。
「二人共、そんなに感動したンデスカ?」
「……うん。すっげー感動した」
「はい。美しすぎて言葉も出てきません」
双子は感極まったという様子で答える。ズ、と鼻をすする音と、ぅ、とえづく音が同時に響く。地域の小さい花火大会を見ての反応としては、いささか大袈裟だ。
それもそのはず。兄弟は花火に感動しているわけでない。『再びレイシスと花火を見ることができた』という、今この日に感涙しているのだ。
一緒に海に行こうと画策してはや数年。そちらの目標は未だ達成できていないものの、昨年はようやく『三人で花火を見る』ことができたのだ。
その場の勢いで来年も見に行こうと約束づけたのが、昨年の帰り道。そして、それをしっかりと覚えてくれていた少女は、今年も花火大会へ行きマショウ、と誘ってくれたのだ。あまりの喜びに、兄弟揃ってその場で崩れ落ち咽び泣きになったのは秘密だ。
そうして花火大会当日。浴衣と甚平に身を包んだ三人は、隣りあい思う存分夜空に咲く火の花を堪能したのだった。泣くほど喜ぶのも無理はない。
「来年もまた見たイデスネ」
ふふ、と団扇で口元を隠しながら、レイシスは弾んだ声で言う。『来年』という言葉に、兄弟の鼻奥が更に痛みを訴えた。
「はい。来年も、是非」
「ぜってー行きたい! 約束なっ!」
目元を袖口で拭う烈風刀と、一思いに鼻をすすった雷刀が、ようやくまともな声をあげる。調子が戻った様子に、少女はクスクスと笑う。目元に紅が残る少年らも、つられたように笑った。カランコロンと弾む軽やかな足音が三つ分、静かな帰り道に響く。
光の花で彩られた非日常な闇夜が、何もかを塗り潰すような日常の色へと戻っていく。それでも、三人を包む優しい世界は変わらない。
ゆるして/レイ+グレ
葵壱さんには「優しい彼女は夢を見る」で始まり、「また一から始めよう」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば11ツイート(1540字程度)でお願いします。
優しい彼女は夢を見る。それも、とびきり酷い悪夢を、何度も何度も繰り返す。
隣から聞こえる痛々しい呻き声に、レイシスは苦しげに目を細める。形のいい桃の眉が悔しげに寄せられる。可愛らしい唇は普段のように柔らかな弧を描かず、真一文字に結ばれていた。
重力戦争が終結してもうすぐ一年経つ。終結と共にネメシスに迎え入れられたグレイスは、もうすっかりこの温かな世界に馴染んでいた。
初めは補助されながら必死に行っていた運営業務も、今では一人でこなせるようになった。一年遅れのハンデがある勉学も、懸命な努力を重ねどんどんと成績を上げている。最初は拭いきれない警戒心で険しかった表情も、最近では柔らかになり、少しずつだが笑顔を見る機会が増えた。
躑躅の少女は日々成長し、電子の世界で元気に生きている。
その姿をすぐ隣で見てきたレイシスは、幸せで堪らなかった。生きたいと願い手を伸ばしてくれた少女が、今この世界で生を謳歌している。これ以上の幸せなどない。
そんな愛しい妹は、己の横で眠っている。深い夢の世界に溺れ沈むグレイスは、華奢な身を縮こまらせていた。苦しげな呻きと細い呼吸に混じり、かすかな嗚咽が聞こえる。固く閉じた少女の目から、漏れ出るように淡い涙が流れた。あまりにも痛ましい姿に、レイシスはぎゅうと掛け布団を握った。
優しい彼女は夢を見る。終わりを迎え、過ぎ去ったはずの闘いの日々の夢を見て、恐怖と罪悪感に押し潰されている。
この様子を初めて見たのは、グレイスがこちらに来て一ヶ月経った頃だったろうか。夜中にふと目が覚めると、隣に眠る小さな妹が苦悶の表情を浮かべていて酷く驚いたことを覚えている。
ごめんなさい。ゆるして。いやだ。きえたくない。いきたい。ごめんなさい。ごめんなさい。
呻きにも似た寝言は、あの闘いの日々が未だに彼女を苛んでいると如実に語っていた。
たしかに、市街を襲い、人々をバグで操り、世界を壊そうとした二年間をすぐに忘れることは難しいだろう。けれど、それらは全て無事に修復し終わり、既に元の姿を取り戻している。初めは『敵』だと警戒されていたが、今までは皆彼女を『仲間』として受け入れていた。もう、グレイスが苦しむ必要などないのだ。
だというのに、悪夢は度々少女を襲う。深く重いそれは、彼女の中から消えることのない罪の日々を突きつける。抵抗する術など無い少女は、痛みと苦しみに喘ぐことしかできない。
本当ならば起こしてしまいたい。この悪夢からすくいあげたい。けれど、それは逆効果だということは既に学んでいた。あの日、錯乱状態に陥り、一晩中震え泣きじゃくった彼女の姿を思い返すだけで、今でも胸が酷く痛む。今できるのは、暖かい毛布をかけ、溢れる涙を拭い、震える身を抱きしめてやることぐらいだ。
己の無力さに、少女は歯噛みする。皆を守ると誓ったのに、妹を悪夢から守ってやることすらできない。悔しくて、苦しくて、こちらまで泣きそうになる。けれども、一番辛いのは夢に溺れる彼女なのだ。泣くことなんて、少女自身が許さない。感情を抑え込むように、桜色の瞳が固く閉じられた。
ごめんなさい、と腕の中の少女が細い声で喘ぐ。閉じた目を開け、痛ましい音を奏でる度に溢れる涙を袖で拭い、レイシスは硬く縮こまった身体を優しく抱きしめた。ずっと温かな布団の中にいたはずなのに、その細い身は芯から冷え切っているように思えた。
涙を流す躑躅の額に、薔薇色は己のそれを合わせる。決して許されないと頑なに思い込んでいる妹へ向けて、姉は言い聞かせるように囁いた。
「……大丈夫デス。ミンナ、アナタのことを許してマスヨ。ミンナと一緒ニ、また一から始めマショウ」
空模様心模様/後輩組
葵壱さんには「永遠なんてない」で始まり、「明日はきっと元通り」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
「永遠なんてないのは分かってるよ……」
「当たり前だろ。永遠に梅雨のままとかあり得ねーよ」
窓に片手をつけ、悲壮に満ちた表情で空を見上げ呟く瑠璃紺を横目に、魂は疎ましげな声で吐き捨てる。よく磨かれ透き通るガラスの向こう側は、空を埋め尽くしていた真っ黒な雲が薄れ、色の薄い空と穏やかな光が顔を覗かせていた。
梅雨入りしてもう随分と経った今日は、雨に世界を支配されていた。降る勢いはそれほど激しくないが、傘を差さねば外を出歩くことは難しく、地面は水で薄く覆われ歩きにくい程度には面倒だ。中途半端に高い気温と相まって、不快指数は上がるばかり。ただでさえ気が滅入るというのに、雨の日は性格が豹変する友人が一日中騒がしいのだから嫌になる。腐れ縁と称するのが相応しいほど長く共にいるのだから彼の奇行には慣れているが、うるさいことには変わりない。憂鬱になるのも仕方のないことだ。はぁ、と重い溜め息とともに、二色一対の目が不機嫌そうに細まった。
「でも、ずっと雨の方が楽しいでしょ?」
「楽しいのは冷音だけでしょ……」
必死に同意を求めようとする少年の言葉を、眠たげな声が切り捨てる。壁にもたれかかり眠っていた灯色がようやく目を覚ましたようだ。まだ半分瞼が降りたままの目には、眠気だけでなく呆れも見えた。
友人らの指摘に、冷音は押し黙る。反論できずに俯く彼の表情は、群青の髪で隠れ見ることは叶わない。けれど、その瞳が悲しみで伏せられていることぐらい、容易に想像できる。うぅ、と小さな唸り声が、悲しげに歪んだ口から漏れ出た。
「もう梅雨明け近いんだし、さっさと諦めろよ」
「分かってるよ。……でも、雨の日が減るのは悲しいよ」
投げやりな言葉に、冷音は唇を尖らせる。もう子供ではないのだから、永遠に雨が続くわけがないことぐらい承知だ。それでも、雲が消えるほど晴れ渡る日々が待つ夏に向かうのは、雨を愛する少年にとっては憂鬱でしかない。
嫌だなぁ、と未練がましい声が、雨音の消えた部屋に落ちる。毎年のことだ、反応しても意味は無い。悲痛な声を漏らす友人を無視し、魂は口に含んだ飴玉を噛む。溶けて小さくなった砂糖の塊が砕ける音が骨を伝って聞こえた。
まるで悲劇のヒロインのように窓ガラスに手を付け空を見上げる友人を尻目に、灯色は立ち上がることなく魂の方へとぺたぺたと這っていく。曰く、キーボードを叩く音は心地良よく、よく眠ることができるから聞いていたいらしい。今回は、晴天で湿った呟きから逃げる意図もあるのだろう。
友人の邪魔にならないよう、少年は彼が作業している机のいくつか隣、コンピューターが置かれていない簡素な机の下に潜り込む。眠たげな目をゆっくりと瞬かせ、少年は再び冷たい床に身体を横たわらせた。
ずっとモニタと向かい合う中、二色の瞳がちらりと横目で窓辺を見やる。晴れ渡る空と街を切り取ったガラスの真下には、深い群青の塊があった。胸を蝕む悲哀が頂点に達し、半ば鬱状態になった冷音だ。えっぐえっぐ、と大げさな泣き声が、タイプ音と機械類の駆動音が支配する部屋の床に落ちて消えた。
「……ほんと、懲りないよね」
寝転がっていた胡桃色がもぞりと動き、同じく窓辺へと顔を見ける。眠気でふわふわとした声には、呆れを通り越して関心すら見えた。
「いつもああだよ。構ってもしょーがねーし、落ち着くまでほっとくのが一番」
「魂が言うと説得力あるね……」
「当たり前だろ。何年付き合わされてると思ってんだ」
呑気な声に、うんざりとした声が返される。モニタの青白い明かりに照らされた顔は、英数字が踊る液晶画面を見つめたままだ。
互いに『腐れ縁』と称する程度に共に過ごしてきたのだ。雨色の彼のことなど、嫌というほど理解している。雨雲が消え、晴れた直後の冷音が湿っぽくて非常に面倒臭いことなど、魂の中では当たり前の知識だ。その対処法も、誰よりも分かっている。
大体さぁ、と心底辟易した声を漏らし、少年はパーカーのポケットに放り込んでいた携帯端末を取り出す。小型のそれを片手で器用に操り、地面に寝転がったままの灯色の眼前に突きだす。手のひらサイズの画面に映し出された文字列を見て、眠たげな少年の口から、うわぁ、と小さな声が漏れた。
青白く光るそれの中、開かれたページには、大きな傘のマークと降水確率示す数字があった。午前と午後に分かれたその欄には、どちらも九〇パーセントという高い数字が赤字で刻まれていた。ご丁寧に『傘を忘れずに!』とほぼ意味のない注意書きまで添えられている。
どこか沈んだ灯色の声に、魂も同じ調子で溜め息をつく。すぐに来るであろう明日をことを考えて、疲労が蓄積された頭が鈍い痛みを訴える。色鮮やかな眼鏡を外し眉間を揉みながら、少年は嘆息するように重苦しい声を漏らした。
「明日にはきっと元通りだ……」
音の数と意味の数/プロ氷
葵壱さんには「たった5文字が言えなかった」で始まり、「月が綺麗ですね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
たった五文字が言えないことに、氷雪は酷く罪悪感を覚えていた。
愛する人は、夕陽のようなまあるい瞳を柔らかに細め、愛しさに満ち溢れた五文字を幾度も与えてくれる。だというのに、己は羞恥に固まってしまうか、動揺でろくに言葉を発せなくなるだけで、応えられた試しがない。与えられるばかりで何も返せない罪悪感と、いつまで経っても慣れない不甲斐なさに、少女の心は押し潰されるばかりだ。
自分よりもずっと大人な彼は、気にしなくていい、見てるだけで十分伝わってくる、と言ってくれる。その優しさに甘えてしまっている自分が、嫌でたまらなかった。与えられた愛を同じぐらい伝えたいのに、羞恥心を言い訳にする身勝手さに、胸の奥がじくじくと痛む。苦しくて、悔しくてたまらなかった。
低い声が奏でる五文字を聞くだけで、少女の心は喜びと温かさでいっぱいになる。きっと、識苑もそうだ。己の言葉で彼の心をほんの少しでも満たせれば、と考え、氷雪は嘆息する。そう考えて、もう随分と経つのに、未だに上手くいかないのだから不甲斐ない。桜色の唇から、今一度深い溜め息がこぼれた。
「氷雪ちゃん?」
落ち着いた調子の声が、己の名前を紡ぐ。軽く屈み、わざわざ視線を合わせてこちらを覗き込む識苑に気づき、氷雪の意識が現実へと引き戻される。心配そうに下がった眉を見て、胸に小さな痛みが走る。どうに平常を装い、少女は急いで笑みを浮かべた。
「い、いえ。ちょっと、考え事をしていて」
「……そっか」
無理に作った硬い笑顔と言葉に、識苑は普段通りの笑みを浮かべる。聡い彼から見れば己の姿は明らかに不自然だろうに、追求しないのは優しさによるものだろう。また迷惑をかけてしまった、と、少女は学生鞄の持ち手をぎゅうと握った。草履と安全靴が奏でる足音が、宵闇に溶けていく。
帰宅しようと下駄箱に向かう途中、たまたま出会ったのが陽が地平線へと沈みゆく頃。気分転換したいし寄宿舎まで散歩しようかな、と二人で玄関を出て、今に至る。本来ならば、学園に隣接して作られたそこにはすぐに着くのだが、二人の足は自然と遠回りになる道を選んでいた。
人通りが少ないここには、氷雪と識苑の二人しかいない。久々の二人きりの時間なのに、暗い考えに思考が傾いてしまう自分に嫌悪感が募っていくばかりだ。
姿勢を正し、識苑は伸びをするように後ろで手を組み、空を見上げる。陽光が薄く残る空には、点のような星が姿を表していた。
「テスト近いしねー。課題とか増えるし、色々考えることあって大変でしょ?」
「そうですね。けれど、桜子さんや恋刃さんが教えてくれるので、いつもより不安は少ないです」
「そっか。良い友達を持ったね」
穏やかな言葉に、少女は、はい、と嬉しそうに返す。ようやく見せた明るい表情に、青年はつられるように笑みを浮かべた。
事実、試験前に催している勉強会のおかげで、成績は少しずつ上がっていた。学力の向上はもちろんだが、何より『友達と一緒に勉強会をする』ということが、氷雪にとってはとても嬉しいことだった。
そういえば、と勉強会中の会話を思い出す。現代文の課題を一通りこなし、一度休憩した時、桜子がうっとりとした表情で語った話だ。それは確証のない作り話だ、とすぐさま恋刃に切り捨てられていたが、ロマンチックなそれは氷雪の頭の隅に残っていた。
真似するように、少女も夜空を見上げる。太陽と入れ替わりに姿を表した黄金色を見上げ、白い少女はこくりと息を呑んだ。
「あ、の……、識苑先生」
少し掠れた声で、愛する名前を口にする。なぁに、と落ち着く優しい声が耳をくすぐった。
静かに深呼吸をし、少女はぐいと顔を上げる。雪とすれ違いに咲く梅の色に染まった顔が、月色の瞳を見上げた。
呼ばれた青年はおどけるように小さく首を傾げる。しかし、その目は引っ込み思案な恋人の言葉をしっかりと受け止めようとする真摯なものだ。
震える唇を叱咤し、雪色は拙く舌を動かす。どうか聡明な彼に伝わりますように、と祈りながら、五音と同義の九音を紡いだ。
「つっ、月が、綺麗です……、ね」
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昼寝は三〇分から一時間が効果的【プロ氷】
昼寝は三〇分から一時間が効果的【プロ氷】
診断メーカーのお題で書くつもりだったけど全然違う方向性にいったので別途書き上げたもの。どうせ違うなら、と趣味に突っ走った結果がこれだよ!
ちょっと強気な氷雪ちゃんと動揺しまくる識苑先生の話。
葵壱さんには「目をそらさないで」で始ま
おまけの蛇足
「目をそらさないでください」
彼女にしては――少なくとも学内での彼女を知る者にとっては――珍しい、強い口調で言われ、識苑は乾いた笑いを漏らした。夕焼け色の瞳は先程からずっと宙を泳いでおり、正面からじぃと見つめる水底色から必死に逃げていた。
「……識苑さん」
二人きりの時にのみ許される呼び名に、反射的に少女の方へと顔を向ける。今まで逃げてきた翡翠の瞳は、怒気と憂心で揺れていた。重くのしかかる罪悪感に、青年はいたずらがばれた子供のように俯く。無理矢理視線から逃げようとする稚拙な行動は、両頬を捉えた冷たい手によって阻まれた。血色が良いとはとても言えない顔を動かないよう固定し、氷雪は再び正面から識苑を見据えた。
「識苑さん、顔色が酷いですよ。昨日何時間寝ましたか?」
「……よ、四時間ぐらい」
「夜中から明け方までエスポワールさんのメンテナンスをしていたと、御本人から聞きました。それに、今日は一時間目に授業がありましたよね? 計算が合いませんよ」
平坦な声と鋭い視線が、全て知っている、と語っている。普段はあんまり会話しないのに何で今日に限って、と機械仕掛けの少女を恨むが、もうどうしようもない。そもそも、彼女の証言は事実であるのだから反論などできないのだ。
嘘ではない。日付を跨いで三時間寝て、メンテナンスを終えてから職員朝礼の直前まで一時間ほど寝たのだ。嘘は一つもついていないが、そう弁解したところで意味はないだろう。そもそも、元の睡眠時間が人よりずっと少ないのだ。日頃の不摂生も相まって、健康的とはとてもいえない状態であることは自覚している。心優しい彼女が心配するのも当たり前だろう。
「とにかく、少しだけでも寝ましょう?」
寝てください、と悲しみを湛え潤んだ瞳で乞われ、彼の中に『断る』という選択肢は無くなった。小さく首を縦に振ると、心痛で強く眇められた目からわずかに力が抜けた。
すべすべとした小さな手が、ごつごつとした大きな手を包み込むように握る。氷雪はそのまま休憩スペース――技術班である彼が根城としている物置兼作業部屋で、唯一片付けられた長ソファへと向かった。
目的の場所に着き、少女は逃さんとばかりに強く握りしめていた手を離す。そのまま、ソファの端に腰を下ろした。呆けた様子の夕焼け色の瞳を見上げて、雪色の少女は白い着物に包まれた自身の太腿をぽんぽんと叩いた。
「寝てください」
「えっ? あっ、え? 氷雪? あれ、でも――」
それって膝枕ってやつじゃないかなぁ、と識苑は胸の内で叫ぶ。
己のことを真剣に案じ尽くしてくれるのは、申し訳無さもあるが嬉しい。嬉しいけれども、まさか膝枕だなんて。初な少年のように、心臓がうるさいほど脈打つ。研究一筋でろくな恋愛経験をしてこなかった彼には、膝枕という甘いシチュエーションを体験したことなど一度たりともなかった。そんなものが唐突に降ってきて――それも、日頃はその類に消極的な彼女が自ら提案してくれたなどという現実を、働き詰めで疲弊した脳味噌が処理できるはずがない。頭を抱え、その場に蹲ってしまいそうになる。
「寝てください」
あまりの動揺に言葉に詰まる彼を見上げ、氷雪は再び有無を言わせぬ声で告げる。普段は控えめに話す彼女がここまで強く主張するのは、本当に珍しいことだ。それほど、恋人の身体を案じているのだということが分かる。
一切譲る気が無いその姿に、青年は軽く目を伏せる。わずかに覗く夕陽色は葛藤で強く揺れていた。寝なければならないのは分かる、けど膝枕は、いや嬉しいけど、でもこんなところで、というかだらしない寝顔を見られるのでは、でも軽く寝た方がいいのは本当だし、寝ないと心配させるし、膝枕だし。様々な思いが寝不足で思考力が鈍った脳内を駆け巡る。その全ては、己の名を呼ぶ涼やかな声と、真剣に見上げる浅海
色の瞳によって欠片すら残らず消し飛んだ。
小さく深呼吸する。感情の波荒ぶ心をどうにか落ち着け、識苑は少女の元へと一歩踏み出す。その動きは、長らくメンテナンスをしていない機械のようなギクシャクとしたものだ。
目の前まで手を引かれて連れられたのだから、足を二回動かしただけで目的地に辿り着く。ごくり、と大袈裟なまでに大きく息を呑み、青年はソファに膝をついて乗り上げる。普段ならば適当に脱ぎ捨てる校内用のスリッパは、無意識に揃えられていた。
髪留めと眼鏡を外して白衣のポケットに放り込み、相変わらずぎこちのない動きで固い座面に横向きに寝転がる。その頭は、少女の柔らかな足を避け、弾力を失ったクッション部分に直接乗せられた。
ぽすぽすと腿を叩く軽い音と不満げな視線に苛まれながら、悩みに悩んで十数秒。ようやく決心をした、識苑は軽く起き上がりのろのろと身体を動かす。失礼します、と妙にかしこまった言葉と共に、少女の太腿にそっと己の頭を乗せた。
着物の厚い布越し、氷雪の柔らかな腿が重みでわずかに沈む。乗っているのは人間、それも成人男性の頭だ。辛くはないだろうか、と少し首を動かし、琥珀が斜め上を見やる。同じタイミングでその色を覗き込んだ翡翠と視線が交わった。新雪のように清廉なかんばせには、雪解け芽吹く梅のような紅色がうっすらと浮かんでいた。
「あっ、あの……、どうでしょうか? 痛かったり、寒かったりしませんか?」
「うん、大丈夫。……温かくて、すっごく安心する」
先程までとは正反対、自信なさげに問うてくる少女に青年は穏やかな声で返す。心の底からの言葉だ。温良な響きに安堵したのか、小さく息を吐く気配がした。
雪女という種族故か、氷雪は人よりも体温が低い。それに加え、着物の生地は洋服よりも厚い。体温など、ろくに伝わらないはずだ。けれども、乗り上げた側頭部や首元からは、たしかに彼女の優しい温もりを感じた。先程まで緊張でがちがちに固まっていた識苑の身体から、ゆっくりと力が抜けていく。ここ数日作業し通しで、ごちゃごちゃになっていた頭がだんだんと落ち着いていく。無意識に漏れた吐息は、安らぎで満ちていた。
衣擦れの微かな音の後、寝転んだ身体に何かが掛かる感覚がする。何だろうと思うより先に、冷えてはいけませんから、と少女の声が降ってくる。おそらく、普段から身に着けている被衣を掛けてくれたのだろう。他人から顔を隠すように常に被っているそれを、己のために躊躇うことなく外し与えてくれる。その優しさに、何だか目頭が熱くなった。ぎゅうと強く目をつむり、識苑は溢れそうになる感情をどうにか塞き止めた。
「一時間経ったら起こしますから、ゆっくり寝てください」
穏やかな声と共に、氷雪は膝の上の彼にそっと触れる。小さな美しい手が、桃色の頭をゆっくりと撫でる。ろくに手入れされていない、結いっぱなしですっかりと癖がついてしまった長い髪を、細い指が優しく梳いていく。慈しむような手つきは、まるで子供を寝かしつける母親のものだ。自分はもういい年した大人だと分かっているが、今はその感触が酷く心地よかった。
「……うん、分かった。お願いします」
手から、身体から伝わる穏やかな温もりに、橙の瞳がとろりと溶けていく。自分が思っていたよりも身体は睡眠を求めていたらしい。こんな状態では氷雪が必死になるのも仕方のないことだ、と沈みゆく意識の中で反省した。
おやすみなさい、識苑さん。
眠りの淵、かすかに聞こえた愛しい声に、おやすみ、とどうにか返す。瞼が降りきる直前、澄んだ川底のような優しい色が映った。
大切なその色と音を抱え、識苑は温かな夢の世界へと身を委ねた。
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書き出しと終わりまとめ01【SDVX】
書き出しと終わりまとめ01【SDVX】
あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめ。全部ボ。大体BL。
成分表示:ライレフ(塔死神)4/プロ氷1/オル+グレ1/はるグレ1
夢見巡り/ライ←レフ
あおいちさんには「また同じ夢を見た」で始まり、「俗に言う失恋というやつです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
また同じ夢を見た。
宝石みたいに丸くキラキラと輝く目が大きく見開かれ、澄んだその色が薄く光を失う。震える唇は疑問と否定を意味する音を奏で、己の心の臓を切り裂いていく。痛傷を押し込め必死で言葉を紡ごうとしたところで目が覚めるのだ、と少年は語った。
「ソレハ……、凄い夢、デスネ」
聞き終えた少女は、しばしの空白の後短い言葉を漏らした。
最近あまりにも顔色が悪いと半ば泣き落として聞き出した内容は、いつもハキハキと話す彼が何度もつかえるほど重く苦しいものだった。何においても絶対的に経験が少ない彼女には、その悲痛な物語にどう返せばいいのか全く分からない。結果、当たり障りのない――彼を救うことなどできない言葉を口にするのが、少女には精一杯だった。
そうですね、と全てを吐き終えた少年は、まるで他人事のように相槌を打つ。けれども、苦笑の形に歪んだ翡翠の瞳はどこか濁っているように見えた。
「それが毎晩、デスカ」
「毎晩ではありませんが、頻度は高いですね。途中で目が覚めるのも一緒です」
何度も何度も、同じ人物に己の言葉を否定され続ける。そんなの、辛いに決まっているではないか。そんなものを見続けていれば、顔色が悪くなるのは当たり前だろう。むしろ、今まで倒れずにいたのが不思議なほどだ。
こうなるまで気付くことが出来なかった、頼ってくれなかった悔しさに、少女の唇が歪む。大丈夫ですよ、と少年は慌てて言う。その声はどこか白々しく聞こえた。
「睡眠時間は人並みに取れていますから」
「こんなに顔色が悪いノニ、信用できマセンヨ」
どうやら彼はろくに鏡も見ていないようだ。不満気に頬を膨らます少女を眺め、少年は愛おしげに目を細める。その目元に薄っすらと黒が滲んでいるように見えたのは、気のせいではないはずだ。
でもコレッテ、と少女は呟く。言葉の内容を具体的には語っていなかったが、彼がここまで疲弊するほどの状況など限られたものだ。
驚愕、懐疑、否定。同じ反応を、友人に借りた漫画で見たことが何度もある。紙の中で生きるどのキャラクターも、彼のように痛苦に喘いでいた。
えぇ、と少年は薄く笑みを浮かべる。白い喉が奏でたのは、自嘲と諦観と悔恨とがぐちゃぐちゃに混ざった音だった。
「俗に言う失恋というやつです」
ずっと、ずーっと/プロ氷
葵壱さんには「明日はどこに行こうか」で始まり、「必要なのは勇気でした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。
「明日はどこ行こうか」
そう言って、識苑は屈んで隣を歩く少女の顔を覗き込む。その声はまるでプレゼントを前にした子供のように無邪気で弾んだものだ。
「明日……ですか?」
「うん。せっかく二日も休みが出来たんだし、いっぱい遊びたいなーって思ってさ」
突然の問いに氷雪は首を傾げる。一つ頷いて、青年は楽しげに言葉を続けた。
激務に追われる識苑と会う機会は決して多くない。せっかくの休日も、氷雪は食事や睡眠を疎かにする彼を休ませることを優先するので、二人で出かけることは少ない。そう思うのは自然だろう。顔に出さないが彼女も同じだ。
「あ、もしかして都合悪かった?」
笑顔が一転して気まずそうなものに変わる。ごめん、と眉の端を下げる姿に、氷雪は慌てて胸の前で大きく両手を振った。
「いっ、いえ。大丈夫です。……ただ」
俯き、彼女は口元を袖で隠す。雪のように白く澄んだ頬に淡い桃が広がった。
「明日、のことなんて、考えていなかったので……、驚いてしまって」
今日一日共に過ごしただけで、幸せで胸がいっぱいなのだ。もうこれ以上のことなんて欠片も考えていなかった。
それに、と呟くように言って、青年は珍しく少女から目を逸らす。夕日に照らされた横顔は空と同じ色に染まっていた。
「明日も氷雪と一緒にいたいなー……なんて」
だんだんと萎む声は、はっきりと少女の耳に届いた。丸い翡翠の瞳がぱちりと大きく瞬きする。数瞬後、雪色の肌がぶわりと赤く染まった。
「ごっ、ごめんね! いい歳してこんなこと言って! はしゃぎすぎだね! 恥ずかしいね!」
「……わたしも」
揺れる川底色の瞳が、夕日色の瞳を見据える。緊張に引き結ばれた小さな口が、ゆっくりと解けた。
「わたしも、識苑さんと――」
明日も、次のお休みも、その次のお休みも、ずっと、ずっと一緒にいたい。ささやかな願いを、震える唇で音にする。ただひとつ、必要なのは勇気だった。
遠い過去とあの日と今この時間/オル+グレ
あおいちさんには「あの日もこんなふうだった」で始まり、「世界は限りなく優しい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。
あの日もこんなふうだった。
混じりけのない青の絵の具をそのまま塗りたくったような空を見上げ、グレイスは目を細める。水が揺れ跳ねる鈍い音が耳をくすぐった。天辺目指して走る太陽からはこれでもかというほど光が降り注ぐ。じりじりと焦がす熱気を忘れたように、少女はぼんやりと目の前に広がる青を眺めた。
ネメシスに受け入れられ、レイシスたちによって世界に再び戻って数日経ったある日のこと。桃色の髪を揺らして走る少女に手を引かれ訪れた時も、この海は同じ姿をしていた。
闇とバグしかなかったあの世界が、澄んだ青の海へと変わったのには酷く驚いた。数多のバグに埋め尽くされ、光など一筋も差さなかったあの場所が、こんなにも美しくなるなんて。先など見えない不気味な世界が、こんなにも広大で輝く風景になるなんて。無彩色の世界で生きてきた彼女にとって、広がる景色は未知の世界そのものだった。
グレイスに見てほしかったんデス、と優しく語る少女の声を覚えている。
貴方が生きてた世界ハ、実はこんなに素敵だったンデスヨ。
傾く陽の光を受け、穏やかな笑みを浮かべる少女を見て、鼻の奥が痛んだことも、視界が滲んだことも、胸が苦しくなったことも、覚えている。
ずっと昔に捨てられた、己がひとり生きてきた世界を肯定される。それはまるで自分のすべてを肯定されたようで、これ以上になく幸福だった。
ぽす、と軽い音と共に視界が陰る。思考が過去から現実に戻り、視線を上げると、そこにはオルトリンデがいた。
「ずっと日向にいると熱中症になるぞ。被っているといい」
どうやら帽子をくれたらしい。礼を言おうにも、素直に感情を表すのが苦手な少女はもごもごと口を動かすばかりだ。慣れている戦乙女は、気にすることなく広がる風景に視線を向けた。
「晴れてよかったな。皆楽しんでおる」
安堵にも似た声を漏らし、オルトリンデは見渡す。反り立つ青を滑る青年、砂浜に寝そべる女性とその背にオイルを塗る着ぐるみ、子供らにかき氷を振る舞う少女、髪を踊らせ剣舞を交わす剣士たち。皆思い思いに海を楽しんでいた。グレイスの何千倍も生きてきた彼女の声も、どこか弾んだものだ。直接は聞いていないが、彼女も世界を楽しめるような生を送っていないということは察している。初めての体験に、無意識にはしゃいでいるのだろう。
輝いてすら見える柘榴を見上げていると、ふとその色が躑躅に向けられる。気まずさに、グレイスは思わず目を逸らす。反し、オルトリンデは穏やかな瞳で少女の姿を眺めた。
「水着、似合っておるではないか」
「…………あ、りが……と」
必死に気持ちを音にするも、言い慣れない言葉に幼い声はどこか掠れたものになる。それでもしっかりと届いたようで、白の戦乙女は帽子越しに少女の頭を撫でた。
「子供扱いするんじゃないわよ」
「我にとっては皆子供のようなものよ」
あやすようにもう一度撫で、日に焼けていない白い手が少女の頭から降りる。海に入る前にちゃんと準備運動をするのだぞ、と残し、オルトリンデは砂浜を悠然と歩いていった。残された少女は、被せてくれた帽子のつばをきゅっと握る。日に照らされた白い布地はほんのりと温かかった。
「グレイス! こっち! こっちデスヨー!」
よく通る元気な声が己の名を呼ぶ。波打ち際、大きな浮き輪片手に勢いよく手を振る少女を見て、グレイスは頬を緩めた。今行くわ、と大声で返し、少女は焼けた砂浜を駆けた。
気にかけて、受け入れて、共に過ごしてくれる人がいる。
己という存在を受け入れてくれたこの世界は、限りなく優しい。
その後については黙秘させていただきます/ライレフ
あおいちさんには「今の状況を冷静に考えてみよう」で始まり、「笑顔が眩しかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。
今の状況を冷静に考えてみよう。
目の前には愛しい弟の顔。寝転んだ己の身体、その胸には少し固い右手が添えられ、腹には細く見えるが同年代よりもずっと逞しい身体が乗っている。開いたしなやかな足は、跨がった人間の横腹を軽く締めつけている。空いている左手は、シーツに放り出された己の手を布地に縫いつけていた。
つまり、押し倒されている。
今自らが置かれている状況を努めて冷静に分析し、雷刀は内心頭を抱えた。何度考えても、結局そこに帰結する。そして、その理由は全く分からないでいた。
一体どうしてこうなった、と叫びたくなるが、己の喉はひく、と変な音をたてるばかりで本来の役割を果たそうとしない。そも、言葉を形作るはずの唇は引きつるばかりでろくに動かなかった。
「あ、の、えっと……、れふ、と?」
ようやく発した声は酷く間の抜けたものだった。訳の分からぬ恐怖で怯えた瞳が、逆光で少し見辛い瞳を見上げる。常ならば澄んだ海を思い起こす目は、どこかほの暗いように見えた。
「何ですか」
問いに返された問いは、酷く平坦な音色をしていた。溢れんばかりの怒気を抱いている時のそれに似ているようで違う、聞く者を凍り付かせるような声だ。恐怖すら覚えるそれに、雷刀は再び言葉に詰まる。何だと言われても、訊ねたいことは山ほどある。どれから問えばいいかすら分からない。
「……好奇心、とでもいいましょうか」
あまりに動揺した兄の姿に呆れたのか、烈風刀は溜め息一つ吐いて口を開いた。
「男性も胸部で性感を覚えることは分かっていますよね?」
皮肉めいた口調で問われ、雷刀は気まずげに小さく頷いた。そんなこと、目の前の身体ではっきりと理解している。本人もそうなのだろう、逆光で陰った頬に薄らと朱が浮かんだのが見えた。
「なので、貴方もそうなのか確かめようと思いまして」
「…………は?」
ようやく示された解に、朱い瞳が大きく見開かれる。先ほどまで引きつっていた口から間の抜けた音が漏れた。告げる声は冷静で理知的なものだが、形作った言葉は正反対の訳の分からないものだ。解は示されても、その途中式が全く分からない。脳内は疑問符が増えるばかりだった。
「……貴方も、もっと気持ちがいい方がいいでしょう」
いつも僕ばかり、と薄暗闇に浮かぶ翡翠が悔しげに眇められる。なるほど、与えられるばかりなことに引け目を感じているのか。やっと全ての式と解が分かり、雷刀は胸中でぽんと手を打つ。彼らしいといえば彼らしいが、気にしすぎだ。
「いや、今も十分きもちい――」
「ですが、個人差があるそうなので、一度試してみなければ分かりません」
否定の言葉は、妙に大きな声で掻き消された。きっとわざとだろう。
「どこかの誰かはいつも余裕を与えてくれませんから、確かめる機会なんてないのですよね。こうでもしなければ」
揶揄をたっぷり含んだ言葉と共に、胸につかれた手がシャツをゆっくりと撫でる。乱れた裾に辿り着くと、捲れた部分から熱を持った手が侵入してきた。
「大丈夫ですよ。全部僕がやりますから、雷刀は天井のシミでも数えていてください」
いや天井にシミなんてないんだけど、と思わず突っ込みそうになるが、目の前の表情を前に喉はおかしく震えるのがやっとだ。
普段見ることのない、情欲が浮かぶ歪な笑顔が恐ろしいほど眩しかった。
信じるものは巣食われる/ライ→レフ
あおいちさんには「淡い夢を見ていた」で始まり、「それだけで充分」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
淡い夢を見ていた。
好きだと言い続ければ、きっといつか届く。そんな淡くて、浅はかで、馬鹿馬鹿しい夢を、この感情を自覚した時からずっと見ていた。
この二文字がただの誇大表現であり、意味の無い薄っぺらい言葉だと捉えられていると気付いた時には、全てが遅かった。きっと、抱えた想いを口にしなければこの認識は覆せないだろう。つまり、もう取り返しが付かないのだ。
それでも淡く消えゆく夢を必死に追いかけ続ける。愚直な己にはそれしかできなかった。
「れーふとっ」
何度も何度も呼んできた愛おしい名前と共に、雷刀は台所に立っている烈風刀に後ろから抱きつく。これは兄弟である自分だけの特権だ、と少年は密かに考える。兄弟だけの特権であり、家族としては普遍的な、特別な意味など持たない行為だ。それこそ、己が唱え続けてきた言葉と同じである。
「料理中に抱きつくのはやめなさいと何度も言っているでしょう」
「えー。でもさ、こうやって烈風刀が料理してるの見るの好きなんだよなー」
「見るだけなら隣からにしてください。火傷したらどうするのですか」
弟はすぐ後ろの朱を見やる。声は疎ましげなものであるが、言葉の内容は兄を思いやったものだ。素直に離れ、すぐ隣から彼の手元を覗く。鍋の中は赤で満たされ、野菜の甘く柔らかな香りが立ち上っていた。
「今日の晩飯、何?」
「パスタです。トマトがたくさん採れたので、ミートソースにしてみました」
そう言って、烈風刀は鍋に蓋をする。あとは煮込むだけなのだろう。コンロの火を弱めたのを確認して、雷刀はその腕に抱き付いた。抱き付かれた弟は何も言わない。いきなり抱き付かれても全く動じないほど、この行為は日常茶飯事になっていた。それが酷く幸せで、酷く苦しい。濁り渦巻く感情は欠片も見せず、兄はにこにこといつも通りの笑顔を浮かべた。
「烈風刀の料理、ちょーうめーし大好きなんだよなー。楽しみ」
「おだてても何も出ませんよ」
決して世辞などではないが、素直でない弟は悪態をつく。しかし、口元がわずかに綻んだのを見るに、内心では賛辞を受け取ってくれたのだろう。
「烈風刀、好き」
えへへー、とはにかみながら愛の言葉を告げると、はいはい、と呆れた声が返ってくる。いつも通りの一場面――きっとこの先も変わらない、家族の風景だ。
これ以上を求めるのは贅沢だ、と己に強く言い聞かせる。
こうやって、恋人のように触れ合って、愛を囁く真似事ができる。今はそれだけで充分だ。
貴方が欲しい/塔死神
葵壱さんには「目をそらさないで」で始まり、「明日はどこに行こうか」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
「目をそらすな」
凍てつく低い声が神経を焼く。首筋に感じた微かな風に、反射的に宙で背を反らし回る。逆転する視界、己の頭があった位置に一閃が見えた。
ぐるんと縦に一回転して着地する。見上げた先には、忌々しげにこちらを睨む碧の姿があった。
「余所見だなんて、随分と余裕ですね」
舌打ちと共に、白い手袋で覆われた指が細い柄を回す。余所見などあり得ない、と一笑する前に、宙に浮く死神が身の丈以上ある鎌を再び構える。刹那、眼下の朱に向かってまっすぐ跳んだ。
昼の三日月を思わせる刃が、再び朱の首を狙う。リーチはとっくの昔に把握している。ギリギリ躱せる位置まで後方に跳んだ。無論、理解しているのは相手も同じだ。死神は獲物を逃し振り切った鎌を器用に回し、逆手に掴む。そのまま、目の前の腹を銀の柄の先が捉えた。臓物に直接響く痛みに、炎色の瞳が僅かに歪む。しかし、ある程度距離が詰まったのは僥倖だ。そのまま、目の前の頭目がけて握った槌を目一杯振った。
相手は突いた反動を活かし再び距離を取る。求めた感触が得られず、灼熱に似た瞳が眇められる。これで終わるつもりはない。振った槌の先を真横に倒し、反対取り付けられた歪な刃で白い胸を狙う。小さな火花と共に、金属がぶつかりあう高い音が響いた。
斬って、殴って、突いて、砕いて。燃える瞳で睨み合い、踊るように急所を狙う。求めるのは命だ――とはいっても、ヒトとは違うこの身体に、明確な命など無い。しかし、相手の生命活動もどきをこの手で握り潰すのは、脳髄が痺れるほど甘美なのだ。
この世界唯一の悦びが、欲しくて欲しくて仕方がない。だから、殺す。甦っても、殺す。幾度も繰り返すそれはある種の求愛かもしれない、などと宣えば、身体が十六割されるのだろうが。
ザク、と布が裂ける音。肉に刃が埋まった確かな感触に、口角が上がる。一気に距離を詰め、小回りの効かない鎌では防ぎきれない懐に潜り込む。そのまま、胸に刺さった刃を素早く引き抜き、思い切り振り上げた槌で目の前の顎を砕いた。骨の砕ける確かな感触と鈍い音に、歓喜が胸を満たす。溢るる欣喜を乗せて、歪な刃をその首に叩きつけた。
肉と骨の感触、何かが転がる音、数拍して金属が叩きつけられる高い音。無様に倒れ伏す碧を見て、悦喜が背筋を駆ける。五感から伝わる全てが、甘美な悦びを身体いっぱいにもたらした。
瞬きする間に、転がる死骸は風に攫われ消える。いつも見る、何度も経験した現象だ。そして、己たちのような存在がいつか甦ることの証である。
歪な笑みが浮かぶ。最高の感覚は今日手にした。けれど、たった一回で満足できるはずなどない。もちろん、あちらも殺されたままで黙っている訳がない。
憎くて、愛おしくて、忌々しくて、恋しくて、大好きで、大嫌いなあいつはいつ甦るのか。明日か、明後日か、もっと先か。早く会いたい、と恋する少女のように考える。
兎にも角にも、探さねば始まらない。さて、明日はどこに行こうか。
頭を抱えるまであと一〇分/はるグレ
あおいちさんには「たまには遠回りしてみようか」で始まり、「信じてもいいですか」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
「……たまには遠回りしてみませんか」
突然の言葉に、グレイスは反射的に足を止めた。様々な物が詰められたビニール袋が音をたてた。
目を見開き、少女は声の主を見上げる。頭一つ分上にある金の瞳は、普段と変わらぬ様相だ。
「何よいきなり。今買い出しの途中でしょ」
レイシスを中心としたゲームの運営業務は、とにかく忙しい。作業の休憩や気分転換に、と作業室にはインスタント飲料や菓子類などが常備されていた。そのいくつかがもうすぐ切れると分かり、比較的手の空いていたグレイスと始果の二人で買い出しに来たのだった。
「まだ仕事残ってるのよ。さっさと帰るべきよ」
「でも、レイシス……? が、遅くなっても大丈夫だ、と言っていました。それと……、むしろ寄り道してきてください、って」
疑問符に塗れた言葉の末、首を傾げる始果を見て、グレイスは眉間に皺を寄せる。あの姉は妙なところで気を回してくるのだ。それも、変なところで生真面目な狐面の少年がその言葉を額面通りに捉え実行することまで見越してのことなのだから、腹立たしい。
彼女の好む菓子だけ先に食い尽くしてやろうか、などと小さな嫌がらせを考えていたところで、左手に温かなものが触れた。突然のそれに、少女の肩が小さく跳ねる。朱が浮かんだ顔を素早く上げ、熱の持ち主をキッと睨んだ。
「っ、ちょっと、何よ!」
「……はぐれたら大変ですから、手を繋ごうと」
「は? はぐれるわけないで……いや、あんたははぐれるわね」
常にふらふらと出歩くこの少年が、はぐれ一人になってもちゃんと戻ってこれるとは思えない。グレイスも、まだ土地勘があるとは言い難い。はぐれないよう手を繋いでおくのは効率的だろう。効率のためなのだ、と言い聞かせて、躑躅の少女は溜め息を吐いた。
「で? 寄り道するってどこ行くの? 道分かるの?」
「……えっと、この辺りの道に、鯛焼き屋……? というものがあると烈風刀? から聞きました。そこに行ってみませんか?」
疑問符が多用された答えに不安を覚えるが、件の店については心当たりがある。以前レイシスに連れて行かれた店だ。餡子もクリームもチョコも苺も全部美味しいんデスヨ、と一人で全種制覇する様には圧倒されたが、出された菓子は彼女の言葉通りとても美味だった。この口ぶりだと、彼は聞いただけで食べたことはまだないのだろう。一体どんな反応をするだろう、と少女は内心にまりと笑った。
「いいわ。案内して」
「……はい」
少女の尊大な言葉に、始果は薄い笑顔を浮かべてその小さな手を引く。カサリ、と二人分のビニール袋が軽い音をたてた。
一歩先を歩く少年を後ろから眺める。その足取りは相変わらずふらふらと頼りないものだ。
ああは言ったものの、この調子で本当に辿り着くのだろうか。一応、自分も場所を把握しているが、自分たち二人だけでも大丈夫なのだろうか。今更ながら、不安が胸の奥底から湧き上がる。
繋いだ手を眺め、少女は眉をひそめる。本当に、引かれるこの手を信じてもいいのだろうか。
畳む
いつかの海と夢【はるグレ】
いつかの海と夢【はるグレ】
あおいちさんには「海に向かって叫ぶ夢を見た」で始まり、「そう小さく呟いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/801664
という診断結果見て書いたけど収まらなかったよということでこっちにぶん投げる。
はるグレどっちも危なっかしいよねって話。
海に向かって叫ぶ夢を見ました。
あの日、僕たちがいた場所がきれいな海になった日。
きみが、あの子に手を引かれて、光へと向かっていって。
突然、海が黒くなって、あの暗い世界に戻って。
皆、バグに飲まれて。
きみも、飲まれて、見えなくなって。
消えて、いなくなって。
そんなゆめをみました、と最後に一言呟いて、始果は再び口を閉じた。色を失った唇は、己が内から湧き出す何かをこらえるように固く引き結ばれていた。黒い手甲に包まれた腕が、その内に捕らえた細い身を力強く抱きしめる。普段ならば激しく抵抗するであろうグレイスは、息苦しさにわずかに眉をひそめただけで一言も発しない。
毎度のごとく突然背後に現れ、そのまま有無を言わさず引き寄せ抱き締められたのがほんの少し前のこと。驚き振り返った時、一瞬だけ見えた彼の顔は、深い痛苦に塗り潰され今にも泣きそうなほどに歪んでいた。あの始果が、普段は何を考えているのか全く分からない顔をしている京終始果が、である。彼のそんな表情など、名前を与えた時からずっと共にしている名付け親ですら見たことのないものだった。少年の身を恐ろしい何かが蝕んでいるということは、誰が見ても明らかだ。そんな人間を無理矢理引き剥がし突き放すほど、グレイスは冷酷ではない。
グレイス、グレイス、と始果は腕に捕らえた少女の名を呼ぶ。引き止めるような、縋るような、乞うような、酷く弱々しい悲しみに濡れた声だ。恋い慕う人の名を口にする度に、しなやかな両腕に力が込められる。包み込んだ華奢な身体を潰してしまいそうなほど強く、いとしいひとを己が胸に閉じ込めた。
見た目よりもずっと力のある少年に加減無しに抱き締められるのは、苦しさを通り越して痛みすら覚える。けれども、グレイスは何も言わず、彼が求めるがままにされていた。どんな言葉を投げかけても、今の彼には届かないだろう――何より、生まれてほんの少ししか経っていない彼女には、こんな状況で掛けるべき言葉など分からなかった。形の良い小さな唇が強く噛みしめられる。訳の分からない悔しさが、彼女の胸の内に渦巻いていた。
「…………すみません」
長い長い沈黙の後、呟くような謝罪と共に始果は腕に込めていた力をようやく緩める。強い拘束がわずかに解け、やっと普段通りに呼吸が出来るようになる。グレイスは気付かれぬように小さく安堵の息を吐いた。少し呼吸を整えて、首だけで振り返り、少女は頭一つ分上にある少年の顔を見る。山吹色の細い目は、相も変わらず不安と悲傷で揺れていた。
「いつも好き勝手にするくせに、何で謝るのよ」
「……すみません」
呆れを装った言葉で返すと、再び謝罪の声が降ってくる。抱き付いているほど近い距離だから何とか聞こえるような、彼らしくもない微かなものだった。これだけ弱りきった姿など初めてだ、と少女は再度考える。あの日――消滅を前提とした行動を命じた時でも、狐面の少年はほんの少し顔を歪めただけだったというのに、何故ただが夢でこんなにも苦しそうにしているのか。グレイスには全くもって分からない。けれども、分からないなりにも彼に寄り添いたいと思うのは、おかしいことではないはずだ。きっとそうだとどうにか結論づけ、躑躅色の少女は普段通りの勝ち気な音色であのねぇ、と溜め息にも似た言葉を吐いた。
「私がそんなにすぐ消えるような存在だと思ってるの?」
「はい」
間髪入れずに肯定の語を返され、グレイスは思わず言葉に詰まる。うぐ、と白く細い喉がおかしな音をたてた。きっぱりと否定してやりたいが、前科があるので強くは言えない。けれども、全てははるか昔に過ぎ去った、今はかけらも存在しない感情だ。それぐらい分かっているものだと思っていたのに、こいつは。小さな苛立ちと罪悪感を飲み込み、少女はどうにか己の胸の内を音へと形作っていく。
「……ここに居られるようになって、いつか見た夢のような今を手に入れて……、あんたもこうやって一緒に居てくれるのに、どっかに消えちゃうと思うの?」
暗く寂しいバグの海から、温かな、ずっとずっと求めていたネメシスに生きることを許されたのだ。ずっと行動を共にしていた皆――始果とも、これからを生きていけるのだ。自ら消えようだなんて馬鹿なこと、もう二度と考えるはずがない。
「大体、私がそんなに弱く見えるのかしら?」
マゼンタとシアンの瞳を眇め、グレイスは見上げた先の黄金色に不遜に問う。引き結ばれていた唇がわずかにほどけ、ふふ、と小さな笑い声がこぼれる。真一文字で固まっていたそこが、ほんの少しだけ緩やかな曲線を描いたように見えた。
「……そうですね。ここなら、もうきみがいなくなることなんてない、……ですよね」
一言一言噛みしめるように、始果は言葉を紡いでいく。そのまま少女の白い首筋に顔を埋め、猫が甘えるようにすりすりと頭を押しつけた。柔らかな髪と温かな呼気が肌を撫ぜるくすぐったさに、少女は小さく身じろぎをした。
「でも、グレイスは強くないですよ」
「うるさいわね」
率直な評価に、少女の形の良い眉が強く寄せられる。重力戦争では前線に立っていた彼女だが、バグを操ることを主としていたためか基礎的な力は見た目よりも弱いものだ。レイシスやオルトリンデはもちろん、始果と比べるならば尚更だ。けれども、それは比較対象がおかしいだけだ。そも、男はもちろん世界を担う少女と数千の時を生きた戦乙女と比べるなど、普通ならばあり得ないことである。
だから、と少年は言葉を続ける。その声には、先ほどまでの弱々しさはない。いつもと同じ、ふわふわとしているようで芯の通った、少し低いまっすぐな音だ。
「だから、僕がグレイスを守ります」
守りますから、ずっと一緒にいてくださいね。
問いにも、乞いにも、願いにも、誓いにも聞こえる言葉を紡いで、始果は未だ腕の中に閉じ込めたままだった少女の身を再び抱き締める。苦しいわよ、とグレイスは小さな手で少年の腕をぺちぺちと叩いた。先ほどまでよりずっと弱い力なのだから、苦しさなど無いに等しい。照れ隠しであることは明白だ。
少しして、腹に回された腕が緩み、少女の身体がようやく解放される。包み込んでいた温もりが遠ざかるわずかな寂しさを隠すようにくるりと振り返ると、そこにはどこか穏やかにも見える笑みを浮かべた――いつもと同じ、京終始果がいた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ほら、いつまで経ってもこんなとこにいないでさっさと帰るわよ」
「はい」
柔らかな返事と共に、グレイスの左手が温かなものに包まれる。真正面にいたはずの少年は、いつの間にか少女のすぐ隣に、そしてその小さな手を取った。当たり前のように繋がったそこを見て、躑躅色の少女の頬に紅葉の色が浮かぶ。振り返り緩く笑みを浮かべた少年は、そのまま寄宿舎の方へと歩み出した。優しい力に引かれ、グレイスもそっと歩み出す。躑躅色の髪がふわりとなびいた。
気恥ずかしさに、少女は繋がれた手から視線を上げる。深い緑の装束の上に一つに結われた長い黒髪が揺れる様と、形の良い頭に括り付けられた狐面を眺め、髪と同じ色をした瞳が苦しげに細められた。
妖狐の姿を持つ少年は、愛しい少女はすぐに消え去るような存在だと評した。それはこちらの台詞だ、とグレイスは言葉を飲み込んだ。
名付け親との記憶を失わないために、身を滅ぼすことを厭わずバグを取り込んでいた少年。愛する人のために、共に消失することを選んだ少年。己のことなどひとつも勘定に入れず、たった一人の少女のためにだけ行動する少年。危なっかしいなんてものではない。いつ消失してもおかしくないではないか、と見る者を不安にさせるような姿だ。
「――先にいなくなるのは、あんたじゃないの」
嗟嘆が色濃くにじむ瞳を歪ませ、少女は震える唇でそう小さく呟いた。
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#はるグレ
色紙に密やかな願いを込めて【グラルリ】
色紙に密やかな願いを込めて【グラルリ】
公式の七夕絵がやばい……浴衣かわいいかよ……最高かよ……ありがとう公式……。
そんな感じの捏造マシマシグラルリ。ジータちゃんもいるよ。
Q.何で七月七日に投稿しなかったんですか?
A.ネタ思いついたのが八日の朝方だから。
サァと風が走り抜ける音に続いて、細い葉と色とりどりの紙が揺れる。星空を背に踊るその姿は、暗闇の中でもはっきりと映った。
空高く伸びる緑を見上げ、グランはほぅと小さく息を吐く。節が等間隔に並ぶ幹は随分と細いというのに、大木にも負けないほど力強くまっすぐに立っていた。手を広げるように生えた細長い葉の根元、茎の部分には札のような色紙がいくつも括り付けられている。鮮やかなそれには、様々な文字が踊っていた。
グラン率いる騎空団は、長い航行の休息を兼ねてこの島に停泊する事となった。入港手続きをしていると、受付をしている島民が愉快そうに語りかけてきた。曰く、今この島では年に一回の七夕祭――笹という植物に願い事を書いた紙を吊し、成就するよう祈る祭りをやっているとのことだ。せっかくの機会だ、皆で遊びに行こうではないか、と団員たちに提案したのが昼のこと。出店や見世物を楽しみ、夜の帳が降りた頃、グランたちは広場に立ち寄る。街一番の広さを誇るこの場所には、大きな笹が数え切れないほど並んでいた。その全てには色鮮やかな紙がいくつも結ばれており、若い緑の植物を彩っていた。
グラン、とはしゃぐ声が若き団長の名を呼ぶ。くるりと振り返ると、笹の間を駆けて抜けてくるルリアの姿があった。その細い身体は普段の白いワンピースではなく、ユカタヴィラという花の柄がいくつも散る衣装に包まれていた。せっかくのお祭りだから、と団に属するコルワが用意してくれたものだ。しっかりとグランたちの分まで用意してあったのはさすがと言うべきだろう。
からころと可愛らしい足音が少年の前で止まる。宵闇の中でもキラキラと輝く青の瞳が、鳶色を見上げた。
「ねぇ、グラン! グランはもう短冊を吊してきましたか?」
「まだだよ。これから」
そう言って、グランは少女の手元を見る。白く細い手には鮮やかな赤の色紙が握られていた。
「ルリアは何をお願いするの?」
少年の問いに、ルリアは細長い短冊の上下を持ち、帆を張るようにピンと伸ばす。薄い紙には、少女らしい丸っこい文字が綺麗に並んでいた。
「『皆元気に旅ができますように』です!」
楽しそうな笑みと共に語られた願いは、心優しい彼女らしいものだった。はにかむ愛らしい姿に、少年の頬が緩む。煉瓦色がふわりと弧を描く様子を見て、ルリアも楽しげにえへへと笑った。
「グランは何をお願いするんですか?」
好奇心たっぷりの声で問うて、蒼い瞳が少年の手元を覗きこむ。途端、グランの身体が大げさなほどに跳ねた。あわあわと慌てて、少年は手に握った短冊をぎゅうと抱きしめ、彼女の視線から無理矢理外した。不可解な行動に、小さな頭がこてんと傾く。緩く結われた蒼空色の髪がさらりと揺れた。
「グラン?」
「あ、あぁ、いや。ごめん、ちょっとびっくりしただけだよ。何でもない。何でもないよ」
あはははは、とグランは大きな笑い声をあげる。その音色は明らかに何かを誤魔化すもので、頬も妙に強ばっていた。もしかして見られたくなかったのだろうか。勝手に覗き込むなんて悪いことをしてしまった。己の過失に、少女の顔が曇る。蒼の視線がどんどんと足元に向かっていることに気付き、少年は慌てて抱えた短冊を離し、少女と同じように両の手で大きく広げて見せた。
「えっと、ほら! 『イスタルシアに辿りつけますように』だよ!」
大きな皺が浮かぶ短冊を少女の目の前に差し出す。少し癖のある字が、幼い頃から夢見ていた大きな願いをはっきりと形作っていた。ルリアの視線が再び上がったことを確認して、少年は柔らかな笑みを向ける。栗色の瞳が柔らかに細められた。
「もちろん、皆で元気に、ね」
「――はい! もちろんです!」
優しく語りかける少年に、ルリアも笑顔で答える。彼女の抱えた不安は綺麗に晴れ、満面の笑みが暗闇の中に咲いた。
「他のに埋もれちゃう前に吊るしてくるといいよ。ビィに頼んで一番高いところに結んでもらおう」
「そうですね。グランも一緒に行きましょう?」
「あー……、えっと……、ちょっと用事があるし、僕は後にするよ。先に行ってて」
ほら、と少年は形の良い蒼い頭を撫でる。少女は不思議そうに小さく首を傾げてつつも、はいと元気よく返事した。
ビィさーん、と大きな声で駆けていくルリアの背を見送って、グランは大きく溜息を吐いた。まだ幼さの残る顔に、安堵と疲労の色が色濃く浮かぶ。数え切れないほどの戦いをくぐり抜けてきた彼だが、今の表情は大きな戦いを終えた時よりもずっと疲れて見えた。
「へー」
真後ろから聞こえた声に、グランはびくりと飛び上がる。ひ、と悲鳴を飲み込み慌てて振り返ると、そこには双子の片割れであるジータがいた。お揃いの鳶色の瞳は細められ弧を描いており、口元は意地悪げに口角を上げていた。
「『イスタルシアに辿り着けますように』、ねぇ」
「……何だよ」
へー、ふーん、と意地の悪い笑みで眺めてくる兄弟に、グランは強く眉を寄せる。棘のある声など気にもかけず、ジータは片割れの手元へと素早く手を伸ばした。あっ、と少年は焦燥の声をあげるが、音が発せられた頃には手にしていたはずの短冊は少女の手の内にあった。
「あれれー? おかしいなー? 後ろにもう一枚紙があるよー?」
以前共闘した少年の口調を真似て、ジータはわざとらしく疑問を口にする。普段から剣を振るうしなやかな指がするりと紙の上を滑る。若草のような淡い緑で染まった紙の後ろ側から、海底のような深い青の紙が顔を覗かせた。
「っ、返せよ!」
血相を変え、グランは己の願いを込めた短冊を取り戻そうと、急いで少女が握る紙へと手を伸ばす。普段から鍛えた素早い動きでだったが、ジータは事も無げにひらりとかわす。先日、グランより先に修行を終え忍者のジョブを取得した彼女の動きは、まるで風のように軽やかで素早い。今のグランには捕まえられそうにない。ぐ、と少年の顔が悔しげに歪んだ。
「どうせ吊るすんだから隠す必要ないじゃない」
「吊るさないって!」
「吊るさないのにわざわざ書いたんだ?」
へー、と咎めるような鋭い視線から顔を逸らし、グランは腰帯に刺していたうちわを取り出し口元を隠す。意気地の無い片割れの様子に、少女は呆れを多大に込めた溜息を吐いた。
「こんなの書くぐらいなら、直接言ってくればいいじゃない」
「……言えたら、そんなものわざわざ書いてない」
「へたれ」
「うるさい」
辛辣な評価に薄く涙を浮かべた兄弟を見て、ジータははぁ、とわざとらしく嘆息する。ほんっとどっちもまどろっこしいんだから、という呟きは、笹の葉がさざめく音に消えた。
「で? これ、どうするの」
二色の短冊をトランプを広げるように持ち、ジータは薄い紙をひらひらと振る。詰問めいた尖った声に、グランは力なく視線を少女へと戻した。それでも直接見つめることは出来ないのか、鳶の瞳はわずかに逸らされている。
「…………持って帰る」
「捨てないんだ」
「ここで捨てたら他の人に見られるかもしれないだろ。部屋で燃やす」
長い沈黙の後に返ってきた答えに、ジータは上空を仰ぐ。そういう部分より先に気にかけることがあるだろう、と叫びたい気持ちをどうにか飲み込み、少女は手にした薄紙を元通りにぴったりと重ね合わせる。半ば投げやりに少年に突き出すと、剣胼胝がいくつも出来た指が力なく受け取った。二人の年若き団長の口は揃って真一文字に結ばれている。沈黙の中を、涼しげな夜風が通り過ぎた。
「あーもー、さっさと吊るしてきなさいよー。ルリア、待ってるわよ」
沈黙を破り、ジータは少年の背越しに蒼の少女を見やる。空に浮かぶ星のようにきらきらと輝く瞳は、青々とした笹の葉と鮮やかに揺れる短冊たちを見つめていた。少女の視線に気付いたのか、ルリアが大きく手を上げこちらに向かって振る。青と黄の花が散るユカタヴィラの袖がひらひらと揺れていた。ジータも赤い花で彩られた袖を揺らし、手を振り返した。
じゃーね、とそのままひらひらと手を振り、ジータはルリアの方へと歩き去る。金魚の尾のようにふわりと広がる帯が綺麗に結われた背を見送って、グランは視線を下ろす。深く息を吐き、今一度己の手元を見た。
すっかりくしゃくしゃになった短冊には『イスタルシアに辿り着けますように』と大きな文字で書かれている。薄緑に染まるそれを少しずらすと、下から深い青の薄紙が姿を現した。薄紙には、紙色に埋もれてしまいそうなほど細く薄い文字で『ルリアと一緒にいられますように』と、淡い恋心が綴られていた。
おまけ
満天の星空を隠してしまいそうなほどの緑を見上げ、ジータはほぅと感動の息を漏らす。木々が生い茂る森とはまた違う光景に、少女の視線は上空へと吸い込まれた。
紺碧と常磐の夜空を堪能し、ジータは上へと向けた首を元の角度に戻す。ぐるりと辺りを見回すと、多くの人の中に団員たちの姿を捉える。楽しげにはしゃぐ彼らを愛おしげに眺めて、少女は歩き出す。丸っこい下駄がからころと軽やかな音を奏でた。
人混みをすいすいと進む中、透き通る蒼髪が夜風にたなびくのが目に入る。宛もなく歩いていた少女の足が、見慣れたそれの方へと向いた。近づくと、爽やかな蒼の瞳は手元をじぃと見つめているのが分かる。集中しているのか、少女に気付く様子は無い。
「ルーリア」
とん、と細い肩を叩くと、名を呼ばれた少女はひゃあと大きな悲鳴をあげた。想像以上の反応に、ジータも小さく跳ねる。驚きに思わず大きく目を見開くと、恐る恐るといった風に悲鳴の主が振り返った。
「な、なんだ……ジータでしたか……」
「ごめんごめん、驚かせちゃったね」
安堵の溜め息を吐くルリアに、ジータは申し訳なさそうに謝罪する。ちょっとしたいたずらのつもりだったが、ここまで驚かせてしまうとは思わなかった。しゅんとする彼女の様子に、ルリアはわたわたと胸の前で大きく手を振った。
「大丈夫ですよ、ちょっと驚いちゃっただけです」
困ったように笑う彼女に、ごめんね、と今一度謝罪の言葉を唱える。気にしないでください、と手を振る彼女の手に握られた薄紙の存在に気付き、ジータはぱちりと瞬きをした。
「ルリアも短冊書いたの?」
「……は、い」
今この島で行われている七夕祭は、願い事を書いた短冊を笹に結わえるという行事だ。広場の片隅に何本も設置された笹の枝には、既に多くの短冊が吊され夜風を受けてひらめいていた。
好奇心旺盛なルリアは昼からはしゃいでいたが、夜となった今はどこか覇気がなく見えた。何かあったのだろうか、お腹でも痛いのだろうか、夜風で冷えたのだろうか、大丈夫だろうか。過保護な思考にジータの目が眇められる。少女の変化に気付き、ルリアは今一度大丈夫ですよ、と苦笑した。
「えっと、あの、短冊もらったんですけど……、字を間違えちゃって、どうしようかな、って……」
えへへ、と苦笑するルリアだが、その声も表情も普段よりずっと硬い。何か隠していることは、長い時を共に過ごしてきたジータでなくてもすぐに気付く。嘘を吐くのが苦手だというのに、彼女は余計な心配をかけまいと己の感情を無理矢理隠ししまいこんでしまう節がある。今回もそうなのだろう。
ルリア、と彼女が抱えているであろう淀みを溶かすように、ジータは優しく蒼い少女の名を呼ぶ。うぅ、と気まずげな呻りの後、青い瞳が鳶色のそれを見上げた。絶対、絶対秘密ですよ、と真剣に訴える彼女に、ジータは力強く頷く。何よりも誰よりも可愛らしい彼女との約束を破る訳など無かった。
安心したように、ルリアはぎゅうと握っていた短冊をそっとジータに差し出す。少し皺になった蒼空色の紙には、丸っこい字で少女の願いが綴られていた。
「え、っと、お願い事を書いたはいいんですけど……、はっ、恥ずかしくなっちゃって……」
だんだんと細くなる声に比例して、蒼の少女の頬が赤く色付いていく。羞恥に耐えられなくなったのか、少女はううう、と今一度唸った。
『これからもグランと一緒に旅できますように』と可愛らしい字が綴った願い事を読み、あー、とジータは音にならぬよう嘆息する。確かにこれは吊せない――人に、それも本人の目に触れる場所に飾ることなど、淡い恋心を宿したルリアにできるはずなどなかった。
どうしましょう、とルリアははわはわと焦った様子でジータを見上げる。大丈夫だよ、と蒼い瞳の端に浮かぶ涙を消すようにジータは小さな頭を撫でる。真ん中にぴょこりと立った蒼い髪が揺れた。
「字を間違えてちゃいました、って言って新しいのもらってこよう? こっちのは……、私が預かっておいた方がいいかな」
「はい……」
未だ赤が浮かぶ顔を伏せ、ルリアはか細い声で返事をする。自分が持っていては落としてしまうかもしれない、ということは彼女自身も分かっているようだった。うん、と頷き、ジータは温かな想いが描かれた短冊を懐の奥の方へ、絶対に落とさないようにしまいこむ。自室に帰ってから燃やして処分すればいいだろう。徹夜で自身の研究を行っている団員が多いのだから、夜中に火の元素を操っても怪しまれない。
「さ、行こう。あっちで配ってたはずだよ」
少女の細い手を取り、ジータは広場の一角を指差す。人が多く集まっている簡素な屋台の側には『七夕祭の短冊はこちら』と大きく書かれたのぼりが立っていた。
「はい!」
羞恥と不安に細められていた蒼穹を思わせる瞳が、ゆっくりと解けてふわりと弧を描く。抱えた不安は取り除けたようだ、とジータも安堵の笑みを浮かべる。早く行こう、とそのまま少女の手を引き、目的の場所まで歩みを進めた。
からころと下駄の音が二つ分響く中、ジータは思案する。さて、同じ想いを抱えた片割れはどうするのか。後で見にいってやろう、と密かに意地の悪い笑みを浮かべ、少女は夜の広場を歩んでいった。
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あなたのいろ 【ライレフ】
あなたのいろ 【ライレフ】いつぞやツイッターで見た「真剣な顔のオニイチャンにドキドキする弟」(うろ覚え)ってのにときめいたので。なんかかんかどっちも大好きだという話。
妄想感捏造感1600%でお送りいたします。
斜め下から見上げる。この眺めは自分だけのものだ、と雷刀は密かに考える。
ソファに仰向けに寝転がり、すぐ隣に座っている弟の膝に少しもたれかかるように頭を預ける。膝枕まではいかないが、たしかに触れている。まるで猫のようだ、と擦り寄るその様を指摘されたのを覚えている。それでも彼は、この位置を否定することはなかった。
堅物とさえ言える彼がこんなことを許すなど、家族で、兄弟で――そして、恋人である自分以外にいるはずなどない。たとえ彼によく懐いているニアやノア、桃に雛に蒼だって、断り無しにこんなことはできないだろう。
自分だけが許された場所。それは優越感と独占欲を心地よく満たした。
掲げるように読んでいた漫画からわずかに視線を移し、雷刀は弟である烈風刀の顔を見やる。文庫本片手に難しそうな顔をしている彼の様子は、真剣そのものだ。じぃと細かな文字が並ぶページを見つめる目は少しだけ細められていて、普段とはまた違う鋭さがあった。
澄んだ瞳は冷たい色を有しているが、その中には優しい明かりが灯っており、決して冷淡な印象は与えない。むしろ見るを安心させる温かさが浮かんでいる。その柔らかな光は、彼の性格をよく表しているように見えた。
白に浮かぶ丸い碧は、いつか見た海のそれと似ていてる。緑の優しい鮮やかさと青の澄明な強さを併せ持つその色は、思わず触れてしまいたくなるほどの魅力を秘めていた。
すっと細められた目を縁どる睫毛は、自分のそれよりも長く見える。さらさらと指通しのよい髪と同じ、純美な碧はその瞳によく似合う色調だ。彩る柔らかさと鮮やかさを何と表そうか。
碧と碧が引き立て合うその瞳だけでも、彼の魅力と美しさがよく分かる――ように思えるのはきっと補正がかかっているのだろうけど、と雷刀は内心自嘲する。仕方がない、こんなに惚れこんでいるのだから。
かっこよくて、綺麗で、冷静で、聡明で。自分とは真逆と言っても過言ではない、よくできた自慢の弟だ。
そんな彼も、常にその美しさをまとっているわけではない。楽しいことがあれば子どもらしく笑い、辛いことがあれば感情を押し殺せずに表情を歪め、レイシスに何かあれば普段の彼から想像もできないほど慌てふためく。垣間見える年相応の表情は、可愛いという表現がよく似合う。好奇心に瞳を輝かせる姿は愛らしく、喜びにふわりと微笑む様は愛おしい。そんな表情を見せるのも、自分を含め彼が心を許した限られた人間のみだ。
見上げていた烈風刀の表情が変わる。驚いたようにゆっくりと瞬きをし、柔らかに細められる。何か面白い表現があったのだろう、わずかに緩んだ口元がそれを証明していた。
ずるいよなぁ、と雷刀はひっそりと苦笑する。キレイでかわいいなんて、好きになってしまうに決まっているじゃないか。
「どうかしましたか?」
碧の瞳が紙から離れ、下へと降りる。その中に浮かび上がる朱を見て、雷刀は楽しげに笑みを浮かべた。
「別にー?」
楽しげな声と共に、雷刀は頭を少し上げ烈風刀の膝に乗り上げた。そのまま、怪訝そうに眉をひそめる弟の頬に手を伸ばす。撫でるように捕えた肌はすべらかだ。
「烈風刀はキレーだなーって」
「……何を馬鹿なことを言っているのですか」
呆れたように呟いて、烈風刀は見つめる朱から視線を逸らした。添えた手から伝わる熱がわずかに上がったように思えたのは、気のせいだろうか。その姿すら愛おしくて、雷刀は慈しむように顔を綻ばせた。
「やっぱ、烈風刀かわいい」
「うるさいですよ」
そう言いながら、烈風刀は頬を撫ぜる手に己のそれを重ねる。心地よい温度に、二対の瞳が暖かな色を灯した。
隣に並び、同じ方向を見る。この眺めは自分だけのものだ、と烈風刀は秘かに考える。
じっとたたずむ兄に気付かれぬよう、烈風刀はそっとそちらへと視線を移す。同じ高さにある朱い瞳は、普段のいたずらめいた明るい色は鳴りを潜めていた。
双子故か、それとも互いを創り出したコアの気まぐれか。雷刀と烈風刀の身長は常に同じだった。ほんの少しの差もなく、まるで同期しているかのように揃って成長していった。
常に同じ。彼と同じ高さで、同じ目線で何もかもを見てきたのだ。四半世紀にも満たないわずかな時間とはいえ、烈風刀は兄と同じ世界を共に見て生きてきた。そんな者など、家族で、双子の兄弟で――そして、恋人でもある、自分以外に存在するはずなどない。ただ隣にいる。それだけで特別なのだ。
自分以外には決して見ることが出来ない、ふたりだけ共有する世界。それは優越感と独占欲を心地よく満たした。
出撃準備を終え、戦艦を待つ。己の持つ赤い機体を見る雷刀の瞳は、静かな苛烈さが潜んでいた。
柔らかな赤でなく、燃え上がるように鮮やかで力強い朱。太陽のように人を照らす光は静かに姿を消し、冷たさすら感じる澄んだ色を湛えていた。静かな熱を宿すそれは、目に映った全てを焦がしてしまうような強さがはっきりと見て取れた。
普段なら緩やかに持ち上がり曲線を描くのが常であるその口元は、今は真一文字に引き結ばれている。研ぎ澄まされた剣のような様は見る者を圧倒する。それは細められた目も同じだ。穏やかな色は消え失せ、代わりに活火のような激しさで彩られている。烈々たるそれは普段の彼からは想像もできない鋭さだ。
真剣そのものである相貌に無意識に息を呑む。普段の兄は子どものように無邪気で明るく朗らかで、恥ずかしながら可愛いとすら思える。しかし、今の彼は美しいとすら感じた。真っ直ぐ、何もかもを燃やしつくすような炎を孕むその表情に、心臓が強く脈打つ。見る者を貫き、尚人を惹きつける美しさがそこにある――ように思えるのは、きっと補正がかかっているのだろう、と烈風刀は内心自嘲する。仕方がないではないか、惚れているのだから。
可愛らしく、美しく、快活で、勇烈で。相反する光を有す兄の姿は、密かに憧れを抱くほど壮大である。
しかし、彼がこのように激しい姿を見せることはあまりない。普段は陽気にふるまい、人々を笑顔にするような明るさを持つ彼がここまでの表情を見せることなど、普通はない。この鋭さを間近で見られるのは、共に戦う一握りの人間のみ。それも、隣合わせで戦う自分とレイシスぐらい。
「ん? どした?」
ふいに朱と視線が交わる。横目で見る程度だったはずが、いつの間にかそちらの方を向いていたらしい。紅を刷いたように染まっているであろう己の顔を見せぬよう、少しばかり目を逸らし伏せる。
「何もありませんよ」
「そーか?」
冷静を装った声に、雷刀はうーんと短く唸り、首を傾げる。数瞬して、彼は烈風刀の顔を覗きこみ、愉快そうに笑った。
「オニイチャンに見惚れてた?」
「そんなわけがないでしょう」
ニヤニヤと笑っているであろう兄に、呆れるように溜め息を吐く。調子に乗っている兄にも、容易く心を見透かされた己にも、だ。
「ほら。ふざけていないで行きますよ」
「おう!」
機体の整備が終わったことを確認し、意識をしっかりと切り替える。闘うべく歩を進めると、後ろからトンと軽く肩を叩かれた。烈風刀、と呼ぶ声が機械音の響く格納庫でもはっきりと聞こえた。
「今日もがんばろーな!」
「はい」
よろしくお願いします。よろしくな。ふたつの声が重なり、消えていく。
今日も闘いが始まる。
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#ライレフ #腐向け