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向かい合い愛し合い【ライレフ/R-18】

向かい合い愛し合い【ライレフ/R-18】
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対面座位がとても好き→じゃあ推しカプの対面座位最強じゃね?
そんな感じで生まれた文章です対戦よろしくお願いします。

 崩折れそうな足を叱咤し、膝立ちになる。正面、己の腰を支える朱に縋り付くように抱きつき、その足に跨った。肉付きの薄い尻たぶに、熱の塊が触れる。肌を焼くような愛おしい温度に、烈風刀は小さく息を呑んだ。
 ぎこちなく腰を揺らし、焼け付く楔を後孔へと押し当てる。入念に解され濡れそぼつそこに触れた瞬間、ぷちゅ、といやらしい音があがった。ほんの小さいはずのそれが、頭の中にいやに大きく響く。本能に食い尽くされる中、どうにか生き残っていたわずかな理性が羞恥を叫ぶ。常ならばストッパーとして機能するそれも、快楽の沼に沈みゆく頭には意味を成さなかった。
 震え崩れ落ちそうになる足を、目の前の兄にしがみつくことでどうにか堪える。愛し愛された頭の中はもうドロドロで、身体の制御方法など忘れてしまいそうだ。それでも、ここで体勢を崩すことは――崩折れ、重力に身を任せ熱塊を一気に飲み込むのは、絶対に避けるべきことだ。だってそんな、この愛おしい雄を最初から全部受け入れるだなんて、解れ切った隘路を一気に割り開かれるなんて、薄い肚の最奥を力いっぱい突かれるだなんて、そんな恐ろしいこと――そんな、とってもきもちがいいことをされて、このとろけきった頭と身体が耐えられるはずなどない。
 最悪の――あるいは最高の――パターンを思い浮かべ、無意識に腰が揺れる。迎え入れる準備を済ませた孔が期待にきゅうと窄まる。ぁ、と熱を孕んだ吐息が細く漏れ出た。
「ちゃんと支えてるから。ゆっくりでだいじょぶだからな?」
 柔らかな言葉が耳に直接注ぎ込まれる。努めて穏やかな響きには、確かな情欲の炎が宿っていた。腰に回された手が、宥めるようにそっと肌を撫ぜる。たったそれだけで、甘い痺れが背筋を駆けた。込み上げる嬌声をどうにか喉に押さえ込み、碧は小さく首肯する。視界の端に映ったそれに、朱も同じく頷いた。
 目の前の肩についた己の手と、腰を支える兄の手を頼りに、緩慢な動きで腰を落としていく。熱された硬い楔の先端が、解され潤んだ蕾に触れる。勇気を振り絞り咥え込もうとするも、狙いが上手く定まらず、ずるりと逃げられてしまう。肌を擦り上げる温度に、ビクリと身体が跳ねた。
 今度こそ迎え入れるべく、姿勢を正し熱を門へと宛がう。何度か繰り返すも、愛しい雄は尻肉の間を滑って逃げてしまうばかりだ。ぬち、ぐち、と粘ついた音が二人きりの部屋に響く。耳から思考を犯す淫音に、頭の奥がピリピリと痺れた。焦れて拙く動く中、腰に回された手にわずかに力が込められる。もどかしいのは互いに同じようだ。
 落ち着こうと一息吐き、一度軽く腰を浮かせる。愛しい熱との別離に、腹の奥が切なげに鳴き声をあげた。息を整え、再びゆっくりと下ろしていく。先端と孔穴が、ちゅ、と口づけたように艶めかしい音をたてて触れ合う。はぁ、と大きく息を吐いて、気付かぬ間に強張っていた身体から力を抜く。脱力しわずかに綻んだ蕾を、しっかりと雄に押し当てる。目打ちするようにわずかに埋まったのを頼りに、今度こそ熱塊を胎内に迎え入れた。
 硬く張り詰めた頭が、丁寧に解された内部を割り開く。大きく張り出した部分が、柔らかな内壁を擦り上げる。太い茎が、狭い内部を満たしていく。うちがわを支配されていく感覚に、烈風刀は身を縮こませ朱い頭を掻き抱いた。
「ッ、ぁ、あ……っ」
 熱い欲望が潤む肉に切り込んでいく中、少年は細い声を漏らす。断続的に吐かれる浅い息は、情欲に溺れれていた。
 ゆっくりゆっくり、硬度を増した剣が熱を孕む鞘へと納められていく。ようやく根本まで受け入れたところで、奥底まで潜り込んだ先端が隘路の行き止まりをこつんとノックした。神経回路を焼く快楽に、碧は背を反らし甘ったるい悲鳴をあげる。媚肉が、咥え込んだ欲望を力いっぱい締め付ける。ぐ、と苦しげに喉が鳴る音が部屋に落ちた。
「……動く?」
 互いに荒い呼吸をこぼす中、雷刀は抱いた腰をさすり、静かに問う。本当ならば、挿入だけでこれほどとろけてしまっている己よりも、まだ幾ばくか余裕のある彼自身が動く方が良いはずだ。けれども、この体位を――受け止める側が動く愛し合い方を望んだのは兄だ。ならば、その欲を満たすため、希望通りに自分がきちんと動くべきである――己の拙い動きで十全に満足してもらえるかは疑問なのだけれど。
 だいじょうぶです、と力の入らない舌をどうにか動かし、呟くように答える。有言実行とばかりに、少年は掻き抱いた赤い頭を支点に再び腰を上げていく。入り込んだ楔が腹の中をゆっくり擦り上げる感覚に、白い背がふるふると震えた。崩れそうになるのをどうにか持ちこたえ、傘開いた場所を埋め込んだまま、元の膝立ちの格好になる。またゆっくりと腰を落とし、今一度硬い熱を迎え入れた。名残惜しげに抜き、悦んで挿れを繰り返す。幾度も繰り返すうちに、ぎこちがない動きはどんどんと激しさを増していった。
 胎内を暴かれる快楽を求め、少年は必死に腰を振りたくる。硬い幹が、張り出した傘が、熱を帯びた肚をごりゅごりゅと蹂躙していく。予め丁寧に愛された内部は、純然たる淫悦のみを拾い上げ脳髄に叩き込んでいった。
 動く度、二人の間に挟まれた己自身を兄の腹に擦り付ける形になってしまう。体位故とはいえ、鍛錬により割れた腹筋にはしたなく涎を垂らす自身を擦り付けるなど、何と浅ましいのだろう。脳の奥底を背徳が引っ掻いた。
「ひっ、あ、ア、ぁ」
 兄の首にしがみつき、烈風刀は甘い声をあげる。とろけた声と共に、水底色の瞳からポロポロと悦びの涙が零れ落ちた。
 恭悦を求め、細い腰が揺らめきくねる。背側を一気に擦り上げられる度、脊髄を快楽信号が駆けていく。腹側、好む場所を小突かれる度、ふわふわとしたうちがわが侵入者を強く抱き締める。淫らな肚が、法悦のを高らかに叫んだ。
 熱心に抽挿する度、浅葱の髪がさらさらと流れる。細く柔らかなそれが汗ばんだ白い肌に張り付き乱れる様は、艶やかな色香を振りまいていた。
「ぁ、あッ、ら、いとっ」
 悦楽の波に飲まれる中、碧はしがみついた愛しい人の名を呼ぶ。腰を掴む指が、しっとりとした肌に浅く食い込む。ぅ、と快楽と痛苦が混じった音が耳のすぐ隣から聞こえる。ほぼ同時に、薄い肚を穿つ欲望がびくりと震える感覚がした。愛しい恋人の可愛らしく淫らな声を耳に直接注ぎ込まれているのだ。張り詰めた雄が反応を示すのは当たり前だろう。
 白い身体が艶めかしいダンスを踊る中、息を呑む音と歯と歯が擦れる音が薄暗い空間に落ちる。快感に支配される思考の中でも、愛しい人が焦れる様はすぐに分かった。
 本当ならば、自身の手で本能がままに揺すり、突上げ、思うがままに動きたいのだろう。けれど、心優しい兄は己が『だいじょうぶ』と言ったのを尊重し、欲を抑え身を任せてくれているのだ。その優しさと与えているであろう苦しみに、胸がずきりと痛んだ。
「らいと」
 ゆらゆらと揺れる腰をどうにか抑え、烈風刀は恋しき人の名前を呼ぶ。どうにかしがみついていた腕を解き、ゆっくりと身を起こす。見下ろした先にある紅玉は、ギラギラと肉食獣めいた輝きを宿していた。わずかに歪んだ表情から、彼が内に燻ぶる獣欲を抑えていることが痛いほど分かる。兄のため、などと称しながら、自分本位に動いていた己のなんと浅ましいことか。罪悪感が胸の内を染めていった。
「らいと、……うごいて、だいじょうぶ、です、から……。がま……ぅ、しない、で」
「い、や。我慢なんて、してねーって」
 だいじょーぶ、と微笑み、朱はしっとりとした碧髪を撫ぜる。口元は柔らかな弧を描いているが、ずっとその笑顔を見つめてきた弟から見れば、強張ったものであるのは明らかだ。
「だい、じょ、ぶ……です」
 ゆっくりと息を整えつつ、少年は言葉を紡いでいく。我慢していないなんて、大丈夫だなんて、嘘であることは自明だ。だからこそ、今己の思いをはっきりと伝えねばならない。
「ちゃんと、らいとにもきもちよくなって、ほしいんです。……だか、ら……ね?」
 いっしょにきもちよくなりましょう?
 薄っすらと紅に染まる兄の頬に手を当て、弟は小さく首を傾げ問いかける。欲と熱にとろけた声は、情欲を掻き立てる響きをしていた。
「……辛かったらちゃんと言えよ」
 幾分か低い声が、鼓膜を震わせる。了承の意を示す言葉に、少年は再び抱きつくことで応える。すり、と擦り寄せた首は雫が伝うほど汗ばんでいた。汗と兄の匂いが鼻孔を満たす。きゅう、と欲望に満たされたナカが収縮した。
 腰に添えられていた手が、支えていたそれをしっかりと鷲掴む。ガッチリと掴む様は、捕らえた獲物を逃げられぬよう組み敷いた肉食獣を思わせた。
 烈風刀自身の手助けもあり、細い腰がゆっくりと持ち上げられる。瞬間、腕が降ろされると同時に、座り込んでいた腰が跳ね上がり、薄い尻に打ち付けられた。
「ッ、あっ! アッ……ぅ、ぁ」
 ぱちんと肌と肌が打つ音が、二人きりの部屋に響く。鋭い初動に反し、こつんこつんとどこか遠慮がちに突き上げられる。ゆるゆると優しく内部を擦られる感覚に、少年は抱きつく身を更にぎゅうと縮こませる。激しさだけでいえば、先程己が自分勝手に動いていた時の方が勝る。だが、兄と一緒に愛し合っているという事実が、何よりも甘美な快楽として神経を焼いた。
 調子を伺うような動きは、次第に速さを増していく。子供をあやすような優しい律動は、既に欲に任せた重いものへと変貌していた。
 本来ならば腰を揺らめかせ愛に応えるはずが、激しい衝撃にそんな余裕など奪われてしまっていた。怯える子供のようにぎゅうと首にしがみつく。開いたままの口は意味を成さない音をこぼす。純然たる快感を拾い上げる内部は、雄を歓迎するようにうねり更なる場所へと誘った。
 腰を掴んでいた手が、次第に肌を伝って降りていく。その先、肉の薄い尻たぶを、骨ばった手が包む。姿勢の補助の役割が強かったものが、身体全てを持ち上げる形へと変貌する。興奮を表すかのように、掴んだ尻肉にだんだんと固い指が食い込んでいく。丸いそれが歪に形を変える姿は、淫靡というのが相応しいものだ。
 ぱちゅんぱちゅんと水音が鳴り響く。下ろす腰に、跳ね上がる腰がぶつかる音だ。濡れた肉と肉が打ち鳴らす音色は、何よりも淫猥だ。それこそ、普段の品行方正な烈風刀ならば耳を塞ぐであろうほどに。
「ひっ、あっ! ……ぅあ、ぁ、あっ!」
 しかし、その音色は今の彼にとっては性的興奮を煽るものと化していた。鼓膜を震わす甘い楽章が、脊髄を走る鋭い快感が、脳味噌をとろかしていく。本能を顕にした少年は、愛する者と獣の悦びをひたすらに求めた。
 目一杯満たされた洞が、熱塊の形を覚えようと――否、既に覚え込まされたそれをきゅうきゅうと締め付ける。受け入れたそれが脈打つ感覚が分かるのではないかと錯覚するほどの熱烈な抱擁だ。甘えるような仕草に応えるように、打ち付ける勢いが増す。鍛えられた腹すら破ってしまいそうな凄まじさであった。
 雄の証が肚の最奥を穿つ。暴かれざる場所を強くノックされる度、脳髄がビリビリと痺れた。ぐぅ、と喉が潰れたような音が溢れる。溢れそうになる快楽を音で逃がそうにも、絶えず与えられるそれには意味をなさない。ただ、欲望の奔流に身を任せる他なかった。
 奥底を守る襞が、雄を最奥のその先へと誘う。吸い付くように先端を締め付けられ、隘路を蹂躙するが肉槍がビクビクと震え跳ねる。熱い楔に満たされ、肉道に抱きしめられ、脳味噌が快感に支配されきっていく。きもちがいいことに魅せられた二人には、ひたすら肉を打ち付け合わせた。
 閉じる術など無く開かれたままの口から、ぅ、ぁ、と意味の無い音がひっきりなしに漏れ出る。開け放たれたそこから、唾液がとろとろと漏れ流れいく。涙を讃えた翡翠から、獣欲で熱された涙がこぼれ落ちる。頬から、おとがいから、伝い落ちていく液が、抱きついた兄の背を汚す。あまりにもはしたない現状に、ぼやける思考が羞恥を覚える。すぐさま、痛いほどの性感が塗り潰していった。
「っァ、あっ……、そ、こ……! ぁ……!」
 動きを変えた剣の硬い切っ先が、好む場所をゴリゴリと擦り上げる。イイところを容赦無く攻め立てられ、少年は抱きついた身体により縋り付いた。外もナカも強く抱きしめられ、朱は苦しげに喉を鳴らす。その響きには、かすかな加虐心がにじんでいた。
「ここ……、っ?」
 いたずら気な声――と言うにはあまりにも獣めいた響きだが――と共に、浅い場所を幾度も突かれる。柔らかに膨れた箇所を容赦無く穿たれ、白い背がしなる。高い嬌声と共に、日に焼けていない喉が晒された。
「あっ……、ア、ァ……や、ぁ……!」
 擦られ突かれる度、視界に細かな光が舞う。許容量を遙かに超える快楽が脳髄に直接叩き込まれ、少年はただただ艶やかな声をあげることしか出来なかった。白に染まりゆく視覚、愛する者の香りに包まれる嗅覚、淫猥な合唱に犯される聴覚、愛しい人と深くまで触れあう触覚。五感のほとんどが朱に支配されていた。
 浅い場所を突く抽挿が、肉茎全体で擦り上げるものへと変わる。耕されきった肉の路を、硬いモノがごりごりと押し広げていく。内部全てを探り暴くような動きに、欲望に支配された肚が歓喜に震え、とろけきった鳴き声を上げた。
「アッ、ぁ、らいとっ! らいとぉ……!」
 身体全てが快楽に侵蝕されていく。恐怖すら覚える感覚に、少年は首元に頭を埋めて縋りつき、愛おしい兄の名を何度も呼んだ。迷い子のような涙声に、雷刀は一度動きを抑え、震える背をゆっくりと撫でた。触れられるだけで、甘やかな痺れが脊髄を駆ける。それ以上に、肌と肌が重なり伝わる温もりが、恐怖に蝕まれつつあった心に凪をもたらした。
「れふと」
 とろりとした甘い声で、兄はゆっくりと弟の名を呼ぶ。求める声に、抱き縋る腕を緩め、弟はそっと顔を上げた。太股に乗り上げた状態、少しだけ高くなった視線が紅玉髄へと向けられる。欲望にギラついていた紅の中には、慈しみの色が見えた。
 節の目立ってきた手が、頬へと伸ばされる。赤らんだ肌に張り付く夜明け色を、そっと指でなぞり退かしていく。行為の激しさとは真逆、硝子細工に触れるような、どこか恐れを孕んだ動きだ。無言の問いに、少年はとろりと藍玉を細める。温かな手の導きに従い、静かに顔を寄せ、赤々とした唇に己のそれを重ねた。
 ちゅ、ちゅ、と啄むように触れあい、軽く押しつけるように重ね合い、舌で舐め食むようにじゃれあい。甘やかな口接は、次第と深くなっていく。飴のように舐め、薄い唇を軽く食み、子供のようにじゃれあう中、唇の合わせ目を柔く突かれる。これから待ち受けるものへの期待に胸を高鳴らせ、少年は従順に口を開く。すぐさま、熱くぬめる舌が口腔に潜り込んできた。
 潜り込んできた兄に、ちょんと舌先で触れる。朱も同じように軽く突く。しばしの軽い触れあいの後、唾液を纏いぬめる侵入者が、家主の表面をそっと撫でる。確かな性感に、頭は快楽を意味する電気信号を受け取った。
 尖らせた先端を突き合わせ、ざらりとした表面を撫で。遊ぶような動きは、次第に大胆なものへと移り変わっていく。赤いそれを絡め合わせ、なぞりくすぐるように擦り合わせ、つるりとした硬口蓋と歯列をなぞる。よく手入れされなめかな歯の上を、獣欲で熱された舌が滑っていく。形容しがたい快感に、ん、と鼻にかかった息が漏れる。小さなそれは、情欲を示すものだった。
 合わさった唇の端から、いやらしい水音と甘い吐息と混ぜ合わさった唾液が流れ落ちる。与えられるものがこぼれ消えゆくことが酷く惜しく感じ、これ以上こぼすまいと烈風刀は口腔内に溢れるそれをこくりこくりと飲み込んだ。明確な味などないだろうに、口内で混ぜ合わさった熱いカクテルは甘露のように思えた。
 頬に添えられていた手がするりと滑り、首を、肩を、背筋を経て、再び肉付きの薄い尻肉へと戻る。しなやかな身体をしっかりと掴み固定し、雷刀はとん、と腰が打ち付ける。瞬間、甘美な痺れが背を駆け抜けていった。
 とん、とん、と再び緩やかな動きで楔が打ち込まれる。先程の激しさなど微塵も感じさせないそれは、何もかもを溶かすような甘やかさでできていた。重ね合った唇の端から、くぐもった声が漏れ出る。とろけきった響きは、互いの内に秘めたる焔を燃え上げるには十分な妖艶さがあった。
 打ち付けるリズムが次第に変わり、剛直がどんどんと奥へと潜り込んでいく。肉洞の隅から隅まで擦り上げられる官能に、肚の奥底が悦びの声をあげた。もっと、とねだるかのように、内壁が怒張に吸い付き抱き締める。扱くようにうねる蠕動が、更に奥へと誘った。
 行為は再び激しさを増してゆく。唇は未だぴたりと合わさったままで、呼吸が少しずつ難しくなっていく。さすがに限界を感じたのだろう、交じわい続けた口が一度離される。しまい忘れた二つの舌は、細い糸で繋がっていた。
 ほんの数拍呼吸を整え、二人は再び赤い塊を交わし合わす。合わさった場所、ごく僅かな隙間から、二つの赤が覗く。ぴたりと絡み合いぬるぬると動く様は、情熱的なダンスを踊っているかのようだった。
 ぱちゅん、ぬちゅん、と肉が交わる音が、薄暗い部屋に落ちる。くちゅくちゅと、繋がった唇から漏れる音も重なった。淫猥な水音の重奏が響く中、二人はひたすらに肌を重ね合わせた。
 一度休憩を挟んだものの、呼吸は未だ難しく、肺は苦しさを訴えていた。しかし、熱烈な口吻を解く気など欠片も無い。こんなにも情熱的に愛し合っている二人の間に、離れるという選択肢は存在しなかった。
 きもちいい。うれしい。だいすき。あいしてる。
 様々な感情を舌に乗せ、碧は厚いそれを兄に絡める。ただでさえきもちのよいことなのに、口づけをするだけで、苦しさすら覚える快感とふわふわとした多幸感が少年の胸を満たした。雷刀も同じなのだろう、眼前の茜色がふわりと幸せそうに弧を描いたのが見えた。溢れる愛おしさを示すように、烈風刀は目の前の朱い頭を抱き締める。重なる唇と唇、交わる舌と舌がより深くまで触れあった。
 優しさに満ちた口交に反し、下半身の動きは重量を増していた。跳ね上がる腰が、降ろされる身体が、重い音をたてて打ち合い続ける。左右に割り開くように持ち上げられた尻たぶの間から、繋がり合わさった場所がはっきりと覗いていた。激しい水音をたて剣と鞘が抜き差しされる様子はあまりにも淫猥で、凄まじい視覚的暴力だった。
 バチバチと、脳の奥が焼き切れそうな音が聞こえる。酸素が足りない脳味噌が、視界を暗がりへと誘う。薄暗い視界の中、パチパチと不規則な光の明滅が見えた。
 果てが近いのだと認識し、少年は最後の力を振り絞る。かすかながら腰を揺らめかせ、抱き込んだ雄をぎゅうと抱き締める。精一杯の献身は思いの外効いたらしい。合わさる唇から、ぅ、と低い唸り声が漏れた。
 健気な献身に対する褒美か、それとも意地の悪い淫行への罰か。雷刀は歯を食いしばり、捕らえた身体を思い切り持ち上げる。一気に下ろすと同時に、腰が大きく跳ねた。パァンと、一際高い音が鳴り響いた。
 隘路を一気に割り開かれ、奥を穿たれる。それも、秘めたる襞のその先まで。神経を焼き切る官能に、碧は悲鳴をあげる。それも全て、愛する人の口腔内へと注ぎ呑み込まれた。
 今までと比べ物にならない衝撃が少年を襲う。脊髄を電流が流れていく。脳髄に凄まじい快楽信号が叩き込まれる。神経がショートし意識が落ちてしまいそうな中、碧はひたすらに番を求め抱き締めた。
 酸素不足と振りたくられる衝撃で、頭の中が、思考が、意識がぐらぐらと不安定に揺れる。それ以上の快楽と多幸感が彼の身体を支配していた。もっと、と乞うように、自らも腰を落とす。二人合わさった衝撃は、腹を突き破りそうな錯覚をするほど重いものだった。
 肉を打ち付ける高い音一つ。硬い切っ先が、とうとう最奥最後の襞を打ち破る。敏感なそれが、侵入者を歓待し、逃がすまいと締め付けた。敏感な先端、深く刻まれたくびれ、傘と柄の継ぎ目を走る裏筋、脈動する幹。うねる内部が、愛する雄を全身全霊を持ってぎゅうと抱き締めた。
 息を呑む音が聞こえた気がした。瞬間、埋め込まれた雄の象徴から、熱い欲望が勢いよく迸った。大量の欲の証が、締め付け震える内部を白で染め上げていく。先端が潜った場所、肚の奥の奥にまで直接濁液を注ぎ込まれる。腹の中を溶かしてしまいそうな熱が、うちがわを蹂躙していく。チカチカと不規則に明滅していた視界が、とうとう真っ白に塗り潰された。
 重い一撃と脳を焼く官能に、長く交わされていた口付けがとうとう終わりを迎えた。とろりと橋掛かった銀の糸は、すぐさまぷつりと途絶えて消える。色のないそれは、二人の間に落ちて汗と同化した。
「あッ、あ――――あああああッ!!」
 細く白い喉を反らし、はしたなく舌を出したまま、碧は法悦の咆哮をあげる。身体中を駆け巡る暴力じみた快楽に反して、幸せに満ちた甘美な響きをしていた。
 必死に耐えていた腰からとうとう力が抜け、跨がった太股の上にへたり込む。結果、図らずとも更に深くまで雄を飲み込む形となってしまった。想定外の追い打ちに、引き締まった腹がびくびくと跳ねる。二人の腹の間で主張をしていた烈風刀自身から、白い蜜が吐き出された。
 快楽の嵐に翻弄された身体は、最早自身を支えることすら不可能だった。目の前、どうにか抱きついたままの兄の身体に身を預ける。普段ならば重いだろうと気を遣うのが、激烈な快楽の暴力を受けた今ばかりは思考することすら不可能だった。
 荒い呼吸が生ぬるい部屋に落ちては積もっていく。二人とも大きく口を開き、何とか酸素を得ようと必死に肺を動かした。心臓が痛いほど脈打つ。重ね合わさった胸元から、その鼓動が伝わってくる。その感覚すら、微かな甘い痺れが背を撫でた。
 鷲掴んでいた手を離し、兄は弟の背へと回す。そのまま、抱きつくような形で身体を支えられる。力が入らずもたれかかった身体をゆっくりと後ろに倒し、愛し人をベッドの上に横たえた。
 ぐったりと倒れた中、白で塗り潰されていた視界がゆっくりと色を取り戻していく。一番初めに映ったのは、涙を湛えた紅緋だった。らいと、と無意識に愛しい人の音に口を動かす。動きだけで伝わったのか、朱は汗ばんだ浅葱を優しく撫でることで応えた。
「だいじょぶ?」
 荒い呼吸の合間を縫うように、問いが投げかけられる。髪と同じ色をした整った眉は、八の字に下がっていた。完全に力が抜け、全体重を掛けもたれかかるような状態だったのだ。心配するのも無理はないだろう。
 はい、と返した瞬間、咳がせり上がってきた。言葉を紡ぎ出すのは、酷使し乾ききった喉にはまだ難しいらしい。ケホケホと乾いた息を吐き出すと、だいじょぶか、と再び泣きそうな声が降ってきた。幾度も咳く中、だいじょうぶです、とカサつく声でどうにか返す。そんな音では安心しきれないのか、目の前の緋色はふるふると可哀想に揺れていた。
 抜くから、と慌てた声と共に、兄は身体を起こす。弟の腰を掴んで軽く固定し、挿入されたままだった彼自身をゆっくりと抜いていった。うちがわ全てを埋め尽くしていた熱塊が、緩慢な動きで去って行く。瓶から栓を抜いたように、中にたっぷりと注ぎ込まれていた欲望の迸りがとろりと漏れた。愛おしい熱が消えゆく感覚に、赤らんだ身体がびくりと震えた。だいじょぶか、とまた問いが降ってくる。腹いっぱいに与えられた精を失うことが惜しい、なんてはしたないことを言えるはずもない。物案じで揺れる紅瑪瑙から目を逸らし、烈風刀はこくりと小さく頷き返した。
 ようやく呼吸が整い、少年はそっと息を漏らす。未だ力が入らず重たい腕をどうにか伸ばし、目の前の頬に触れる。紅色に染まった肌は、その色が示す通り熱かった。
「あ、の…………、きもちよかった、ですか……?」
 もつれそうな舌で、胸を占める問いを紡ぎ出す。つかえつかえに吐き出された言葉は、不安と憂慮とわずかな羞恥に染まったものだった。
 未だ性に消極的な部分がある己が、対面座位のような受け入れる側が積極的に動く体位で性行為をする機会はあまりない。圧倒的に経験値が足りずいつまで経っても拙いそれでは、きちんと兄を満足させることができるか不安で仕方がなかった。今回だって、ほとんど雷刀が動いていたのだから尚更だ。
 はぁ、と溜め息が一つ落ちる。恐れにひくりと喉が鳴るより先に、ぎゅうと抱き締められた。重なる肌は酷く熱く、汗ばみ濡れていたが、不思議と不快感はない。その温かさに愛しさすら感じられた。
「めちゃくちゃ気持ちよかった……」
 もう一つ落ちた溜め息は、疲労とかすかな熱を孕んだものだった。首筋に埋められた頭が、犬がじゃれつくようにぐりぐりと押しついてくる。汗で濡れしっとりとした髪が肌をなぞった。
「ナカとろとろで、ぐりぐりしてくるのもぎゅーって締めてくるの気持ちよかったし、正直イかないようにめっちゃ我慢してた」
 欲望にまみれた兄の言葉に、弟はほっと胸を撫で下ろす。きちんと快楽を与えられていたという安堵と、行ったこと全てを言語化される羞恥に、上気した頬に更に朱が刷かれる。まるで、己がどれだけ淫らなのかを突きつけられているようだ。ぅ、と羞恥に小さく喉が鳴った。
「それに、頑張って動いてる烈風刀、すげー可愛かいしえろかった」
 起き上がった朱が、見下ろした翡翠を見つめて言う。言葉を紡ぐ口元と宝石のような輝く瞳は、嬉しそうに柔らかな弧を描いていた。
 向けられた言葉を咀嚼し、反芻し、烈風刀の顔が更に紅に染まる。本人は褒めているつもりなのだろうが、『えろい』だなんて言われて喜ぶことなどできない。小さな反抗に、柔らかな頬をむにりと掴みつねる。痛い、と声があがるも、表情は変わらず笑みを湛えていた。痛みなど欠片も感じていないことが分かる。ただじゃれているだけだということは、とうに見透かされていた。
 なぁ、と赤々とした唇が、遠慮がちに言葉を紡ぐ。発せられた音には、微かに不安が滲んでいた。何だろう、とぼやける意識の中、目の前の茜空を見上げる。髪と同じ色をした眉は、再び端が少し下がっていた。
「またやろ?」
 そう言って、雷刀は首を傾げる。何かを頼み込む時にする、彼の癖だ。眉を八の字に下げ、まあるい瞳を潤めかせ、小さく首を傾げる姿は可愛らしいと形容するのが適切だろう――口にしている言葉は、可愛らしさの欠片もないものなのだけれど。
 う、と再び喉が低い音をたてる。やはり、自身が積極的に動く体位には苦手意識がある。そもそも、性行為をする約束をすることは、酷く破廉恥ではしたないことではないか。ようやく取り戻した理性が、常識らしきものを叫ぶ。その通りだ、と冷静たる思考も賛同した。
 しかし、そうやって逃げていては、いつまで経っても下手なままではないか。性行為とは、双方が快楽を得ることが重要である。もっと経験を積み、兄を悦ばせられるようになるべきだ。
 冷静沈着と称される頭が、いかにもそれらしき理屈を並べ立てる。理性が戻ってきたとはいえ、まだ脳味噌は快楽と本能がほとんどを占めている。ならば、それに従ってしまうのは仕方がないことだ――だって、あんなにきもちがよかったのだから。
 長い長い沈黙の末、烈風刀は目を伏せこくりと頷く。濡れた髪が貼り付いた頬は、真っ赤に染まっていた。
 肯定を意味する様子に、雷刀はぱぁと表情を輝かせる。喜びを身体で表すように、今一度愛おしい人にぎゅっと力強く抱きついた。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

幸を願う【ライレフ】

幸を願う【ライレフ】
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昨年秋に書き上げていた文章が発掘されたので仕上げた。
弟君がオニイチャンを甘やかすだけ。

 ぼすん、とクッションが沈み込む音が部屋に落ちる。鈍い響きは日々は夜の静寂に包まれた部屋の中ではやけに大きく聞こえた。
 突然の衝撃に、二人掛けには少し大きなソファが跳ねるように揺れる。すぐ隣から伝わる振動など気にせず、烈風刀は手元の携帯端末を操る。青白く光る液晶画面に並ぶ文字の海を、澄んだ翡翠がすいすいと泳いでいく。硬い言葉で紡がれた物語は、ようやく佳境に入ったところだ。
 ぽすん、と小さな音と共に、左肩に何かがぶつかる。ぶつかると言うよりも、触れると言ったほうが正しいほど弱々しいものだ。視界の端に、鮮やかな朱が映る。普段ならば濡れたままのそれは、今日はふわふわとした柔らかなものだ。珍しくちゃんと髪を乾かしてきたらしい。
 いつもならば犬がじゃれるようにぎゅうぎゅうと抱きしめてくるが、今日は寄りかかるだけでこちらに腕を伸ばすことすらない。俯いたまま動きもせずに黙っている様は、眠っているのではと勘違いしてしまいそうなものだ。
 座面に放り出していた片手に、温かなものがそっと重なる。弱々しく握る手は、風呂からあがったばかりだというのに少し冷えているように思えた。
「……れふとぉ」
 力ない声が、二人きりの部屋に落ちる。弟の名を呼ぶその声音は、常の快活な様子から想像もできないほど弱々しい、悲痛が色濃く滲んだものだった。零れ落ちた瞬間に消えてしまいそうな音は、寄り添う烈風刀にはしっかり届いた。
 己を求める恋人の声に、少年は手に持った携帯端末をソファの座面にそっと置く。行儀が悪いが、たった今邪魔でしかない存在となったこの機械を早く手放すべきなのだから仕方がない。湧き出る罪悪感に言い訳で蓋をする。今この時ばかりは、規律を守ることよりも兄を気にかける感情の方がずっと大きい。
 つい先程まで小型端末が占領していた手が、そっと隣へと寄せられる。大人の形になりつつある手のひらで、形に沿うように朱い頭を撫でた。時折、乾かしたばかりでさらさらとした髪を指で梳く。ふわふわとした感触が心地良かった。襟足を梳くと、肩に寄せられた頭がふるりと震える。くすぐったいのだろう、軽く吐かれた息が首元を撫ぜた。互いに物言わぬまま、ただ重なる温度を共有する。秒針が盤面を歩む音が部屋にこぼれては積もっていく。
 長針が幾許か動いた後、朱は、れふとぉ、と再び愛しい碧の名を呼ぶ。優しく撫でる手はそのまま、碧は、なんですか、と努めて柔らかな声で応えた。
「……ちょっとだけ、ぎゅっとしていい?」
 いくらかの躊躇いの後、控えめな調子でそう問われる。甘える声は普段の可愛らしく弾んだものではなく、正反対の暗く沈んだものだった。そもそも、感情がすぐさま行動につながる彼が抱きつくことに許可など取ることは稀だ。それほど弱っているという事実に、胸が鈍い痛みを覚えた。
 紅緋の髪を撫ぜ梳く手が、そっと離される。ひくりと怯えたように身体を震わせる彼を安心させようと、雷刀、と名を呼ぶ。穏やかな、慈愛に満ちた音色をしていた。
 重ねた手はそのまま、烈風刀は居住まいを正し、兄の方へと身体を向ける。そのまま、空いた方の腕を大きく広げた。無言の肯定はしっかりと伝わったのだろう、肩に乗せられていた赤い頭が、そのまま少年の胸の内に飛び込んでくる。倒れ込むと言ったほうが正しい動きだった。
 力なく垂れた腕が緩慢に動き、もたれかかる愛し人の背をなぞるように持ち上げられる。抱きしめると言うには程遠い、ただ添えているだけの形だった。碧も、もたれかかる朱の背と頭に腕を回す。いつも彼がするように、ぎゅうと抱きしめた。二人の間に隙間が無くなる。胸に埋もれた頭から、うぅ、とかすかな呻き声があがる。苦しみではなく、ただ悲哀だけがそこにあった。
「……頑張ったではありませんか」
 抱きかかえた頭を柔らかく撫でながら、烈風刀は静かに労いの言葉を述べる。宛先である兄は、ただただ黙していた。
 嬬武器雷刀は大の勉強嫌いである。テストは常に赤点、もしくは一、二点でぎりぎり回避する程度であり、追試の常習犯だ。放課後の補講で彼の姿を見なかった者はいないと言っても過言ではない。ほとんどの教科において、成績は決して良いとは言えないものである。
 そんな彼が何を思ったのだろうか、最近では烈風刀に教えを乞うようになってきた。あれだけ何としてでも逃げようとしてきた勉学にようやく向き合おうとするその姿に感動を覚えつつ、弟は喜んで兄に己が持つ知識を最大限に分け与えたのだった。雷刀自身もやる気に満ち溢れており、基礎から復習し直し、その膨大な知識をゆっくりながら吸収していった。
 そんな成長の日々の中、小テストが行われた。ようやく力が発揮できると張り切って挑んだ雷刀だったが、今日返ってきた答案は皆の予想から外れた赤色に塗れたものだった。しっかりと基礎の基礎から勉強した範囲だったというのに、答案用紙の右上には今までよりもほんの少しだけ高い数が記されていた。
 失点はケアレスミスによるものがほとんどだったが、書かれた計算式はきちんと基礎を押さえたもので、応用問題にもいくらか挑戦されていた。普段はほぼ白紙で出す彼からすれば大躍進だ。
 それでも、努力が報われない結果になってしまったことに変わりはない。酷くショックを受けたのは、悲哀に濡れた茜を見れば明らかだった。これだけやったこと自体がすごい、ケアレスミスさえなければもっと取れたのだからすごいことだ、とレイシスと二人で励ましたが、沈痛な面持ちで俯き答案用紙を握る朱には全く届かない。当たり前だ、どんなに努力しようが、多少解けていただろうが、結果が伴わなければ落ち込むに決まっている。気丈な彼だが、今回ばかりはかなり参った様子だった。
 背に回された手が、きゅっと服を握る。まるで、不安に喘ぐ子供が縋るような、力ないものだった。まとわりつく憂慮を払うように、白い手がふわふわとした深緋を撫でた。
「でも……」
「結果はどうであれ、頑張ったことは絶対に変わらぬ事実です。たしかにミスは多かったですが、あれだけ解けていたこと自体がすごいことなのですよ?」
 しょんぼりとした声に、烈風刀は努めて優しい言葉を返す。全て、心の底から思っていたことだ。あの兄が、勉強嫌いの赤点常習犯の兄が、ちゃんと勉強し問題を解いたことが何よりも重要で素晴らしいことだった。大丈夫だ、と言うように背をさする。それでも納得がいかないのか、赤い頭の下から、様々な感情が入り交じった呻き声があがった。
「きちんと解けた問題もあったのですから。それだけでも十分に成長しています。雷刀の努力があってこそなのですよ」
 えらいえらい、と子供に言い聞かせるような調子で唱え、胸中に収めた頭を優しく撫でる。髪を梳くようにゆっくりと撫でる姿は、震え泣き出しそうな子供を宥めるそれと同じものだった。
 普段ならば喜色の滲む笑いを漏らす雷刀だが、今は物一つ言わずに腕の中に囲われたままだ。これでは慰めの一つにもならなかったのだろうか、と烈風刀は密かに眉を寄せる。どんな言葉ならば、彼の心に蔓延る憂いを払えるのだろう。必死に頭を働かせながら、せめてもとその背をとんとんと優しく叩く。幼子をあやす動作だが、自分が不安で押し潰されそうな時、兄はこうやって抱きしめて背を叩いてくれた。あの温かさと心地良さを少しでも分け与えられれば、と祈りを込め、硬く引き締まった背をなぞった。
 腕の中に捕らえた朱を見下ろす。どうすればよいのだろうか、と視線を彷徨わせていると、ふと鮮やかな赤に埋もれた耳に目が止まった。形の良いすべらかな耳殻は、今はその髪と同じほど赤く染まっていた。一体どうしたのだろう、と少年はことりと首を傾げた。
「雷刀?」
 優しく柔らかな音色で兄の名を奏でる。呼ばれた彼は、弟の腕の中でびくりと大きく震えた。胸に埋もれた頭から、あ、え、と意味をなさない音がくぐもって聞こえる。
 不安定に揺れ動く声に、少年は小さな焦燥を覚える。まさか、泣いているのではないか。あまりのショックに体調を崩してしまったのではないか。様々な懸念が浮かんでは心の内に積もっていく。胸に埋まる頬にそっと手を添え、上を向くように促す。触れた肌はいつもより熱く感じた。
「雷刀、大丈夫です――」
 か、と問おうとした言葉は喉奥で消えた。視界に広がる光景に、浅葱の目がぱちりと一つ瞬いた。
 優しい手付きに従い、雷刀はようやく頭を上げる。その顔は、夕焼け空のように真っ赤に色づいていた。中途半端に開いた口ははくはくと音にならぬ響きを漏らしており、茜色の目は大きく見開かれている。丸い瞳は、沈む日を映した海のように潤み揺らいでいた。
 瞠られた碧と朱が交わった瞬間、ヒュ、と歪な音が響く。音の主である雷刀の口は依然開かれたままで、相変わらず意味を成さない音が不規則に漏れ出ていた。
「あっ……、えっ、と……、ほっ、ほめられるなんて、おもってなかった、から……」
 あんだけ勉強して全然ダメだったし呆れられるかと思った。こんなに褒めてくれるなんて思わなかった。こんなの甘えすぎだって怒られるかと思った。
 つかえつかえに紡がれる言葉は震えたものだった。その声と真っ赤に染まった顔から、彼が酷く照れているということは明白だ。泳ぐ目の中、ほんのりと浮かぶ喜色も、全て恥じらいで上塗りされていた。
 そうだろうか、と少年は内心首を傾げる。たしかに『勉強をしない』彼には厳しく接していたが、ほんの少しでも勉強をした場合は褒めていたはずだ――そのほんの少しは、レイシスに誘われた時なのがほとんどなのだけれど。
 改めて思い返してみれば、ここまで自発的に甘やかすのは初めてと言ってもいいのかもしれない。いつもは甘えてくる彼を仕方なく――仕方なくだ、と考えることで己の羞恥を誤魔化していることは自覚している――受け入れるばかりで、自ら兄を甘やかしたことなど、両の手で数えられる程度だ。ならば、彼が動揺するのも仕方が無いことなのかもしれない。
「あ、え、と……、あっ、ありが、と……」
 忙しなく視線を宙に泳がせ、朱の少年はようやく意味のある言葉を口にする。礼の言葉は、普段の彼からは想像が出来ないほど細く、いっそ可哀想なほどに震えていた。再び下がりゆくその顔は、依然鮮やかな紅で彩られたままだ。
 慣れぬ賛辞に動揺する兄の姿を見て、弟の胸に愛おしさが満ちていく。どういたしまして、と柔らかく返して、碧は密かに口角を上げる。口元には、とっておきのいたずらを思いついた子供のような笑みが浮かんでいた。
「そもそも、勉強が嫌いな貴方が自発的に勉強したことがえらいのです。それがちゃんと結果の一つとして出たのですよ? とてもすごいことではありませんか。もっと自信を持ってください」
 ね、といっとう甘ったるい言葉と声を、緋に染まった耳へとそっと注ぎ込む。たったそれだけで、抱き込んだ身体が面白いほど大きく跳ねる。細く喉が鳴る音が聞こえた気がした。
「からかってんだろ……」
「そんなことはありませんよ」
 恨めしげな声に、どこか弾んだ涼しげな声が返される。あまりにも可愛らしい反応に、烈風刀は漏れ出そうになる笑声をどうにか喉に押し込める。彼が言う通りちょっとしたいたずら心はあれど、発した言葉に一切の嘘は無かった。彼の努力自体を評価する気持ちは、心の底からの真実だ。
 しばしの沈黙の後、なぁ、と小さな声が上がる。しっかりと届いたくぐもった声に、何ですか、と普段通りの響きで返す。穏やかな声音に、雷刀はおずおずと顔を上げる。慈しみに満ちた翠玉を見つめる紅玉には、依然収まらぬ羞恥とわずかな不安が浮かんでいた。
「……頑張ったら、また褒めてくれる?」
 恐れを孕んだか細い声が、ささやかな可愛らしい願いを紡ぐ。懇願する瞳を真っ直ぐに見つめ、碧の少年は膜張る不安を払うように柔らかな笑みを浮かべた。
「もちろん」
 すぐさま答え、烈風刀は抱えた頭をそっと抱きしめる。丸い頭を今一度優しく撫でると、かすかな笑い声が胸をくすぐった。そこには憂いなどなく、ただ幸せの色で彩られていた。
 次はきっと大丈夫ですよ、と耳元で囁く。腕の中に捕らえた身体がひくりと震えた。たっぷり十数秒の沈黙の後、うん、と小さな、されど芯の通った肯定の響きが返ってきた。
 負けず嫌いな一面がある兄のことだ、きっとこれからも勉強に努めるだろう。その努力が実を結ぶ日は絶対に来るはずだ。そんなことを考え、烈風刀は静かに目を伏せる。彼の瞼の裏には、満面の笑みで答案用紙を見せる兄の姿が映っていた。
 柔らかな頬がすりすりと胸元を擦る。まるで猫が甘えるような仕草だ。可愛らしさに頬を緩めながら、少年は抱えた片割れの背を優しく撫でる。静かな夜の下、ふふ、と幸せに満ちた笑みが二つ重なった。

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#ライレフ #腐向け

SDVX

書き出しと終わりまとめ3【SDVX/GBF】

書き出しと終わりまとめ3【SDVX/GBF】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその3。ボ5個とグ1個。CPごっちゃごちゃ。大体暗い。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:プロ氷1/はるグレ1/レイ+グレ1/ライレフ1/ノア+(ライ←)レフ1/グラルリ1

春姿/プロ氷
AOINOさんには「ぱちりと目が合った」で始まり、「その声がひどく優しく響いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば11ツイート(1540字程度)でお願いします。


 若草色とぱちりと目が合った。
 愛しいその瞳を見つめ、識苑は相好を崩しひらひらと手を振る。交わった柑子色に、氷雪の細い肩が小さく跳ねた。それでも、初夏の草葉を思い起こさせる瞳は、逸らされることなくこちらを見つめたままだ。
 彼女の視線で気付いたのだろう、共に並んでいた少女らも青年を捉える。そのまま、全員で彼の元に駆け寄ってきた。識苑先生、と桜色に彩られた唇が己の名を紡ぐ。少し上ずった声に、夕日色の目がふと細まった。
「三人とも、卒業おめでとう」
 祝いの言葉に、ありがとうございます、と可愛らしい三重奏が響く。少し硬い畏まった音色に、識苑は音もたてずに笑う。
 春の日和に包まれた本日、ボルテ学園中等部の卒業式が執り行われた。卒業生である氷雪達は、普段の着物ではなく、正装である学園の制服をまとっている。胸元は淡い色のコサージュで彩られており、細い腕で卒業証書が詰められた筒を抱えていた。教師である識苑も、今日ばかりは普段の作業着ではなくスーツを着ている。
「皆大きくなったね」
「おじさん臭いわよ」
 しみじみとした声に鋭く返し、恋刃は眉を顰める。否定しようのない厳しい言葉に、青年は苦笑いを浮かべた。
 その隣、黒い筒をぎゅうと抱えた雪色を見て、橙の瞳が眩しそうに細められる。愛おしさに満ちたその目に、緊張に強ばっていた氷雪の表情が少し和らいだ。
「……うん、本当に、ね」
 噛みしめるように呟く声は震えていた。目の奥がじんと熱をもつ。式典前にしっかりと手入れしたはずなのに、眼鏡越しの世界はどんどんと曇り滲んでいく。何故だ、と思うより先に、せんせい、と慌てた声が飛び込んできた。
 認識出来ない世界の中、軽い足音が響く。そっと目元に柔らかなものがあてられる。じわりと広がる水気に、ようやく己が泣いていることに気付いた。
「あの、大丈夫です。私達、そのまま高等部に進学しますから。だから――」
 これからも、毎日会えます。
 識苑にしか聞こえないように声を潜め、氷雪は潤む夕日色を見つめる。翡翠の瞳には慈しみの色が浮かんでいた。
 分かってるん、だけど、ね、と青年は吐き出すように返す。嗚咽にも似た声を発する度、ボロボロと涙がこぼれた。
 ボルテ学園はエスカレーター式であり、よほどのことがなければ皆そのまま高等部へと進学する。教師という身なのだから勿論理解しているし、氷雪本人からもそのことを伝えられていた。
 けれども、いざその姿を目の前にして、青年の心は大きくさざめいた。彼女の成長への喜びと、愛し子が新たなる世界へ進む祝福と、学園という唯一の繋がりが切れ離れてしまうのではないかという不安が一気に膨らみ、胸の内を塗り潰していく。とめどなく湧き出る感情が、涙となって外に溢れてしまう。いい年した大人がこんなにも泣くだなんて、何と恥ずかしいことなのだろう。それでも、愛する人の晴れ姿を前に、識苑は己の感情を制御することができなかった。
 熱を持つ目元を、すべらかな布が絶えず撫で拭っていく。落ち着きましたか、との問いに、うん、と萎れた声でどうにか返す。少女の甲斐甲斐しい世話により、青年の世界は元の姿を取り戻しつつあった。
「……ごめんね」
「気にしないでください」
 今一度目元を拭われる。すんと鼻をすすると、微かな笑声が鼓膜を震わせた。大袈裟ですの、涙もろいにも程があるわよ、と呆れた声も飛び込んでくる。もっともな酷評に、再び鼻の奥が痛んだ。
「高校生になってからも――これからもずっと、よろしくお願いします」
 未来を約束する言葉とともに、水底色のまあるい目がふわりと細められる。甘く柔らかなその声が、酷く優しく響いた。




華奢な歩み/はるグレ
あおいちさんには「ぴたりと足が止まった」で始まり、「ゆっくりでいいよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。


 ぴたりと足が止まったのが見え、始果は急いで歩みを進める。数歩先にいる躑躅の少女は立ったままふらふらと揺れており、非常に不安定に見える。立ち止まるというよりも、動けずにいるというのが正確だろう。
「グレイス」
「大丈夫だって言ってるでしょ」
 応えるというよりも、続く言葉を切り捨てるかのような鋭い響きでグレイスは言う。今日何度目かの問答に、始果は眉間に小さく皺を刻む。グレイスはそれ以上に深く眉を寄せていた。眇められた柘榴石には、悔しさが強く滲んでいた。
「こんなの、すぐに慣れるわよ」
 今日だけで数えられないほど口にした言葉は、まるで自身に言い聞かせるようなものだ。事実そうなのだろう。固く細い声は、彼女の苦悩をよく表していた。
 重力戦争が終わり、グレイスたちがネメシスに迎え入れられて少し経った。まるまる再構成された彼女の身体もようやく安定し、最近では元の大きさで問題なく過ごせるようになっている。これならば大丈夫だろう、と学園側の判断の元、少女は来年度からボルテ学園に編入することが決まったのだ。
 先に制服作っちゃいマショウ、という姉の提案の元、彼女には世界とともに新しくなった制服が支給された。丈の短いセーラー服とショートパンツで構成されたそれは動きやすいものだ。足を飾る白のパンプスはヒールが高く華奢なデザインをしている。
 早速身に着けたのだが、ここで問題が一つ発生した。グレイスはヒールで歩く感覚をほとんど忘れてしまっていたのだった。
 元々ヒールの高いロングブーツを履いていたとはいえ、彼女は基本的に宙を浮いていることが主で歩く機会は少なかった。加え、幼い身体でいた頃は安全を考慮し踵の低い靴を履いていた。その期間が思ったより長かったのもあるだろう。
 すぐ慣れるわよ、と心配する姉を突っぱね、練習にと廊下に出た彼女だが、案の定バランスが取れず覚束ない足取りになってしまう。危なっかしい姿に、始果が飛んできたのは無理もないことだ。
 また慎重に歩み始める少女を見て、少年は口を真一文字に引き結ぶ。本当ならば、怪我をする前に止めてしまいたい気持ちでいっぱいだ。しかし、そんなことは彼女のプライドが許さないに決まっている。けれど、でも、と、形容し難い思いが渦巻く。口下手な彼には、どう伝えればいいか分からずにいた。
 「……グレイス」
 引き結ばれていた口が愛しい人の名を紡ぐ。返事よりも先に、狐の少年は少女の正面へと周り、その細い両手を握った。途端、キッと射殺さんばかりに鋭い視線が、頭一つ分上の満月を睨む。受け止めた彼は、同じく頭一つ下の躑躅をじぃと見つめた。
「……手が繋ぎたいです」
「だから、大丈夫だって――」
「繋がせてください」
 彼らしからぬはっきりとした声で少年は乞う。ぐちゃぐちゃになった感情の内、唯一言葉に成った『手を繋いで支えたい』という思いをまっすぐにぶつけた。
 いきなりの願いに、躑躅色の瞳が驚きに幾度も瞬く。丸く可愛らしい目が眇められ、少女は唸る。しばしの沈黙の後、強く握る少年の手がそっと握り返された。
「……仕方ないわね」
 大袈裟なほど深い溜め息が吐き、グレイスは諦めの言葉を口にする。根負けしたといった様子だ。けれども、その声音には仄かに安堵の色があった。
 少女の言葉に、始果は口元を綻ばせる。そっと細められた目は喜びで満ちていた。
 解けぬよう、少年は細く白い手を今一度握る。向き合い手を繋ぐ様は、ダンスを踊るかのようだった。
「……一緒に行きましょう。ゆっくりでいいですから」




怖がりと温もり/レイ+グレ
葵壱さんには「優しい嘘なら許されますか」で始まり、「そして眠りにつく」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。


 優しい嘘なら許されるとでも思っているのだろうか。
 温もりを背に、グレイスは心の中で呟く。眠気でけぶった躑躅の瞳は、不服そうに歪められていた。
 夜も更けてきた頃合い、姉と二人で夕食の片付けを終わらせた少女は何気なしにテレビを点ける。たまたま放送されていた映画は、二人とも名は耳にしたことがあるが内容は知らないものだ。良い機会だし見てみよう、と姉妹並んでソファに座ったのが全て悪かった。
 画面に流れる映像は、爽やかなタイトルやCMに反し薄暗くホラー要素が非常に強いものだった。ただでさえ恐ろしい物語は、巧みなカメラワークと鬼気迫る演技により更に引き立てられ、見る者の恐怖を十二分に煽る。自然なCGと巧みな特殊メイクにより人間が怪物へと変貌していく様が脳裏を過り、少女は反射的に身を縮こまらせる。細い体躯が胎児のように丸まった。
 地獄のような二時間弱を耐え、風呂に入りベッドに潜り込んだのが数十分前。暗闇の中、ひやりとした布団に包まれる感覚に、目は冴えゆくばかりで到底眠れそうにない。どうしよう、と考えていたところで、ドアを叩く硬い音が耳に飛び込んできた。突然の響きに、ビクリと少女の肩が大きく跳ねる。次いで、ドアノブが回される音と、グレイス、と少し潜められた声が鼓膜を震わせた。
 あの映画、思ったよりも怖クテ。ダカラ、一緒に寝てくれマセンカ?
 少し開いた扉の隙間から覗くレイシスは、困ったような笑みを浮かべていた。その腕には、彼女が愛用している枕が抱えられていた。
 レイシスは怖がるものの、それをコンテンツと割り切って楽しむタイプだ。なのに、そんなことを言って訪れるなどおかしい。明らかな嘘だ。
 子供扱いされている。暗闇の中、グレイスは強く眉を寄せる。確かに己は彼女よりも幼いといえど、子供扱いされるほど年が離れているわけではない。こんな扱いをされるのは心外だ。けれども、姉の来訪に陰がさした心がわずかに軽くなったのも事実だ。
 幼子のように扱われる不服さと、闇に一人取り残される寒さ。二つを天秤に掛けた結果、シングルベッドの中二人で眠る現在に至る。
 嘘とはいえ、レイシスの方からこちらに訪れたのだ。意地になって跳ね返すのも幼稚だ。ここで受け入れてやる方が大人だ。仕方ない。仕方がないことなのだ。己に言い聞かせるように、少女は一人頷く。怖いなんてことはない。ただ、何となく普段よりも寒くて暗く感じただけだ。
 背から伝わる体温と穏やかな呼吸に、とろりと瞼がゆっくりと落ちてくる。あんなにも寒さに包まれていた身体は、今は柔らかな温もりに埋まっていた。
 怖くなんてない。全部、世話焼きで嘘が下手で優しい姉のわがままをきいてあげただけ。もう怖くなんてない。
 音も無くこぼし、グレイスは口元まで布団に潜る。安堵が浮かぶ躑躅の瞳が瞼の裏に隠れ、少女は眠りについた。




触れて繋いで/ライレフ
葵壱さんには「いつまでもこの手をはなせずにいる」で始まり、「つまり私は恋をしている」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。


 いつまでもこの手を離せずにいる。
 日が陰りゆく帰り道、何となく触れあった手を互いに合わせ、静かに繋いだそこはうっすらと汗ばんでいた。不快感が無いといえば嘘になる。それに、あと数分もしないうちに家に着くのだから、そろそろ離してしまう方が自然だ。けれども、この温度を手放してしまうことは何だか寂しく思えた。
 そこまで考えて、烈風刀はぱちりと大きく瞬きをした。そうだ、寂しいのだ。兄の温もりを失うことも、この小さな甘やかな時間を終えてしまうことも嫌なのだ。
 子供っぽいにもほどがある、と少年は内心自嘲する。それでも自ら手を離そうとしないのだから、事実自分は子供でわがままなのだ。
 そもそも、ずっと繋いだままで迷惑なのではないのだろうか。不安を覚え、碧は隣に並ぶ朱をそっと見やる。沈みゆく陽をを背負った横顔は穏やかなもので、その頬はほのかに赤らんで見えた。
 視線に気付いたのか、それともたまたまなのか、すぐに水宝玉と紅玉がかち合う。美しい紅瑪瑙がぱっと大きく見開かれ、ふわりと細められる。夕暮れ色の睫毛に縁取られた目は柔らかな弧を描いており、口元はへにゃりと幸せそうに緩んでいた。
 はにかむ雷刀の姿に、烈風刀もそっと目を細める。蒼天の色をした瞳は、見つめ合う朱と同じかたちをしていた。ほとんど沈んでしまった陽に照らされる顔は、薄らと紅が浮かんでいた。
 普段よりもゆっくりな足取りの中、繋がれた手にやわく力が込められる。驚きに硬くなった碧も、そっと指を深く絡め応えた。
 たまたま触れあい、何となくで繋いだ手は、互いの確かな意思を持って離さないまま。
 あぁ、つまり僕たちは恋をしている。



おとなのおにいさん/ノア+(ライ←)レフ
葵壱さんには「大人は泣かないものだと思っていた」で始まり、「優しいのはあなたです」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。


 大人は泣かないものだと思っていた。
「烈風刀……?」
 旧校舎の階段下、俯き立ち尽くしている少年を背を見上げ、ニアはその名を呼んだ。目の前の細い肩がビクリと跳ねる。ズ、と鼻を啜る音が人気の無い空間にやけに大きく響く。急いで袖口で目元を擦るのが見えた。
「……ニア、ですか。どうしたのですか?」
 振り返った碧は、笑顔で問う。しかし、その眦と鼻先はわずかに赤らんでおり、声もどこか濡れたものだった。彼は必死に隠そうとしているが、今の今まで泣いていたということは明らかだ。
「えっと……、ノアちゃんたちとかくれんぼしてて、こっち探してたら烈風刀がいて、それで……」  しどろもどろになりながら、少女はどうにか言葉を紡ぐ。日頃入ってはいけないと言われている場所で人に会うなど――その上、兄のように慕っている烈風刀が泣いている場面に出会うことなど、一切考えていなかった。考えることなど難しいだろう。少女にとって烈風刀は『大人』のひとりであり、自分たち『子供』の前では常に冷静であろうと努めていたのだから。
「こんなところでどうしたのかな、って……」
 怒られるのではないかという不安と、あの烈風刀が泣いているということへの動揺で、青い兎の声はどんどんと尻すぼみになっていく。彼女にとって、烈風刀はずっと年上の『大人』とも言える存在だ。レイシスひいてはこの世界を支える気丈な少年がこんなにも泣いていることなど、想像すらしなかった。こんな滅多に人が来ない場所で泣いているなど、誰かに見られたくないからに決まっている。そんな場所に逃げ込むほど、追い詰められているのだということが分かる。
「ただ掃除をしていただけですよ」
 埃っぽいから目が痒くて、と烈風刀はあたりを見回し言う。たしかに人の出入りが少ない旧校舎は埃が多いが、彼の言葉が本当ならば近くに掃除用具など見当たらず、埃が積もったままの現状は明らかに不自然だ。聞いてもいないことをわざわざ口にするのは、『これ以上踏み込んでくるな』と言外に言われているようだった。
「そっ、か」
 そう言ってニアは俯く。それ以上の言葉が出てこなかった。今は赤らんだ目と鼻について触れないことが、彼女が考えうる中で一番の選択だった。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
 不意に、少女の頭に何かが触れる。顔を上げなくとも、烈風刀が頭を撫でてくれているのだと分かった。優しい彼は、いつも不安そうにしている自分をこうやって撫でて癒やしてくれた。さらさらとした青いロングヘアを、大人の形になりつつある手が頭の形に添うように優しく撫でる。いつもと同じ、温かな手つきだった。
 ニアは優しいですね、と少年は言う。子供なりの拙い慰めを、聡い彼は汲み取ってくれたのだろう。大人びた言葉も手つきも、泣きたくなるほど優しかった。
 自分なんかが泣いてはいけない、と少女はぎゅっと唇を噛み締める。幼い己に負担を掛けまいと無理矢理涙を止めている彼の前で泣くことなど、絶対にできない。してはならないのだ。
 そんなことない、と少女は胸中で呟く。自分はただ幼いだけで優しくなんてない。優しいのはあなただ。
 




ひとかけらの嘘/グラ→ルリ
あおいちさんには「小さな嘘をついた」で始まり、「指切りしよう」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。


 小さな嘘を吐いた。
 蒼髪に包まれた幼い背を眺め、グランは密かに胸を押さえる。罪悪感が心を苛んだ。
 談話室に置いてる菓子が無くなってしまって。僕お菓子とかに詳しくないから。皆依頼に行ってて他に頼める人がいないから。
 そんな言葉を並べ立てて、嬉しそうに目を輝かせた蒼と艇を出たのが一時間程前。現在、少年の胸には喜びと後ろめたさとが複雑に渦巻いていた。
 嘘ではない。事実、団員は依頼や休暇などで大半が出ており、自身は菓子の類には詳しくない。ただ、備蓄が切れていることを知った上で、買い出しに適した団員に意識的に依頼を振り、二人きりで買い出しに行ってもおかしくない状況を作り上げただけだ。
 それを嘘だというのだ、言い訳をするな、と良心が責め立てる。否定しようのない正論に、少年は苦々しげに目を伏せた。
「どうかしましたか?」
 すぐ目の前から響く愛らしい声に、胡桃色の目が開かれる。罪悪感が滲む瞳に、こちらを覗き込む蒼が映った。
「い、や。何でもないよ」
 焦りに声が上ずる。心優しいルリアのことだ、こんな調子の自分を見てはきっと気に病んでしまうだろう。美しい空色が不安で陰らぬよう、グランはすぐさま言葉を紡いだ。
「どれがよさそう?」
 問いに、少女は小さく唸る。色とりどりの焼き菓子が並ぶ店先をちらりと見やり、困ったように笑った。
「全部美味しそうで……なかなか決められません」
 菓子が好きな彼女にとって、沢山の種類の中から一部だけ選ぶことは至難の業だろう。菓子に疎いグランにも全て魅力的に映るそれらから絞り込むのは難しい。
「いっそ全種類買っちゃう?」
「でも、そうしたらいっぱい買えませんし……」
 団員は二人の両手を使っても数え切れないほどの人数だ。予算を考えると全てを買って帰るのは不可能である。
「……じゃあさ」
 菓子を眺める少女の背に、少年は問いかける。その声はわずかに震えていた。
「今日は全部少しずつ買っていって、皆にどれが好みか聞いて明日また買いに来るのはどう?」
 皆が好むものを二人だけで選ぶのは難しい。ならば、好みを聞いてから改めて買いに来ればいい――というのは、全て言い訳だ。ただ、明日も想いを寄せる少女と共に過ごしたいだけだ。
「それがいいですね!」
 提案に、ルリアはぱぁと顔を輝かせ手を合わせた。己の言葉を純粋に受け止める彼女の姿に、再び罪悪感が心を刺す。こんな嘘で騙すなど、最低にも程がある。けれども、想いを宿した心は勝手に言葉を紡いでしまった。もう戻すことなどできない。
 少年の胸の内を知らない少女は、歓喜に満ちた笑顔を浮かべ小指を立てる。そのほっそりとした白い指を命の片割れの目の前に差し出した。
「約束です! 指切りしましょう!」

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#プロ氷 #はるグレ #レイシス #グレイス #ライレフ #ノア #グラルリ

SDVXグランブルーファンタジー

青に魅せられて【はるグレ】

青に魅せられて【はるグレ】
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文章リハビリにはるグレ。書きたいところだけ書いたのでオチがない。
推しカプ推しコンビ皆水族館に行ってくれ……。

 照明が落とされた空間の中、壁の一面だけが淡い光を放っていた。横長に切り取られた枠内を、空から降り注ぐ光に照らされた水の中を魚たちが泳いでいく。尾びれが水を切る度起きる小さな泡が、ライトの輝きを受けてきらめいていた。
 非現実的な美しさを有す水槽を前に、グレイスは立ち尽くした。躑躅色の瞳は、青に染められた世界に釘付けになっていた。
 華奢な足が一歩踏み出し、吸い寄せられるように大きなアクリルガラスへと向かう。少しでも世界に近づこうと手を伸ばそうとしたところで、その動きがピタリと止まる。己が触れてしまって、この美しい世界を壊してしまうのではないか、という不安が少女の中に芽生えていた。
 呆然と大きく見開かれた目のすぐ前を、魚の群れが素早く泳いでいく。細かな銀色がキラキラと輝いて水中を駆る様は、まるで流れ星のようだ。立ち止まらず一心不乱に水の中を切り進んでいく星たちは、その体躯以上の壮大な生命力に溢れていた。
「すご……」
「すごい……」
 グレイスが思わず漏らした感嘆の言葉に、始果も同じ言葉を返す。少女に応えるというよりも、彼自身の心の奥底から同じ感情が溢れた結果なのだと分かる声色をしていた。事実、月色の瞳は愛おしい躑躅ではなく、その先にある蒼を見つめていた。
 柘榴石と琥珀が、きらめく錫色を追っていく。ゆったりと泳ぐ姿に見惚れ、素早く駆けてゆく様に目を瞠り、ふわりと水面へと上っていく様子を眩しそうに見上げる。少女らの意識は、切り取られた海の中深くを潜っていた。
 水槽の端から端を泳いでいく魚たちに誘われるように、二人は順路を歩いていく。途中途中、壁に埋め込まれた小さな四角い海を見つける度、言葉を交わさずとも立ち止まって並んで眺める。たくさんの魚で作り上げられた道を歩いていく姿は、海の中をゆったりと泳ぐ魚のそれによく似ていた。
 長い時間をかけ、少女と少年はようやく水槽の群れを抜けた。薄暗い通路の先、青色に照らされた場所を目指し歩みを進める。しばらくして、その色のすぐ前に辿り着いた。
 薄暗闇に包まれた通路の先には、大きく開けた空間が広がっていた。今まで通ってきた展示室とは比較にならないほど広々とした部屋の大きな一面に、アクリルガラスがはめこまれている。十数メートル先の天から降り注ぐ光が、薄闇に水の色を映し、世界を青に染める。自分たちも水槽に入ってしまったのではないかと錯覚してしまいそうになる空間だった。
 視界いっぱいを埋める水槽の中を、色とりどりの魚が泳いでいく。赤、黄、青、銀、黒。多種多様な色が、水の中を舞い踊る。大小様々な影の黒がアクセントのように散っていた。
 輝かしい世界を目の前に、二人は息を呑む。細い二対の足は、地に縫い付けられたように止まっていた。すごい、と溜め息のような細い声がどちらともなくあがる。返事をする者などいない――こんな光景を目の前にして、返事をすることなど不可能だった。
 タン、と少女は一歩踏み出す。今の今まで走らぬよう気を付けていたことを忘れ、グレイスは軽やかな足取りでガラスの前まで駆けていく。それほどまで、彼女はこの水槽が産み出した空間に魅せられていた。
「始果! 見て見て! すっごい大きい!」
 弾んだ声で少年の名を呼び、少女は己の遥か上を指差す。山吹茶の視線が指の先へと吸い込まれると共に、大きな影が二人を覆う。グレイスが指差した先には、水中を悠々と泳ぐ大きな魚があった。堂々たる姿は、この水槽の主であることを思わせるものだった。
「そうですね……! 何という魚なのでしょう」
 大きく目を見開き、始果も弾んだ声で返す。普段は表情の変化に乏しい彼だが、今この瞬間は高揚していることがよく分かる声と表情をしていた。
 二人で水槽の下部を見回し、内部の魚について書かれたプレートを探す。二人の少し右、水槽内の光を受け鈍く光る板には、鮮やかな写真と共にサメの一種だという解説が細かな字で記されていた。さめ、とふたつの小さな声が重なる。創作物でよく見る凶暴な姿と、今目の前を雄大に泳いでいく姿は、同じ名を冠するものとは到底思えなかった。
 ゆったりと泳ぐ主の脇を、ひらひらと何かが飛んでいく。先ほどの解説の隣に書いてあったことから、エイの一種だと分かった。ふわりふわりと薄いひれを動かし泳ぐ姿は、空を飛び舞う鳥を思わせるものだった。
「あ、これ知ってる。ライオットが釣ってくるやつね」
 泳ぐ小さな魚の群れの一つを指差し、グレイスは言う。こんな非現実的な世界の中に身近な存在がいたのが嬉しいのだろう、どこか得意げな響きをしていた。
「……そうなのですか?」
「そうでしょ。あんたも前に釣ってきたじゃない」
 こてんと首を傾げる始果に、少女は一転して不満げな声を漏らす。言葉の意味と何故関わってしまった声の調子に、少年は今一度首を傾げた。以前、早朝ライオットに捕まり釣りに出掛けた記憶はあるが、どんなものを釣ったかなどさっぱり忘れていた。そも、今日この時まで魚に興味など無かったのだから覚えているはずなどない。
「この小さいのがイワシでしょ。で、あっちのちょっと大きいのがアジ」
 どっちもあんたが釣ってきたんじゃない、と呆れる躑躅に、狐は小さく笑みをこぼす。己の記憶は曖昧でぼやけたものだが、彼女が己以上に己のことを覚えていてくれたことが嬉しいのだろう。何笑ってんのよ、と唇を尖らせるグレイスに、始果はいえ、と一言返す。ふん、と拗ねたように鼻を鳴らし、少女は再びアクリルガラスの向こう側を見上げた。
「……本当に綺麗」
 ほぅ、と桜色の唇から溜め息が漏れる。感動の熱がこもった幸せな響きをしていた。少女の声に、少年もは、と息を吐く。同じく、幸に彩られた響きだった。
 二人並んだまま、水槽内を視線で泳いでいく。スピネルとアンバーに映し出される世界は、彩る魚たちによってくるくると表情を変える。その度に、二つの小さな口から感激の声が漏れた。
「ねぇ、次! あっち!」
 たっぷり十数分。広い広い水の世界を堪能したグレイスは、始果の袖をくいくいと引っ張り暗闇を指差す。すぐ近くには順路の文字と矢印記号が書かれたプレートがかかっていた。大きな尖晶石の目をキラキラと輝かせはしゃいだ声をあげる愛しい人の姿に、少年は幸に満ちた笑みを浮かべた。
 えぇ、と返し、今にも走り出してしまいそうな少女に引かれるままに始果は歩み出す。彼の足取りも、普段よりずっと軽やかで弾んだものだった。
 青に照らされる薄闇を進む中、不意に少女は振り返る。先ほど見た鮮やかな長い尾びれのように、マゼンタの癖の強い髪がふわりと舞った。青に照らされるそれは、彼女の瞳とよく似た色合いに姿を変えていた。
「始果も楽しそうでよかった」
 そう言って、グレイスはふわりと笑う。ああやってはしゃいでいたが、自分ばかり楽しんでいて大丈夫なのかと不安だったのだろう。先ほどの少年の笑みを見て、やっと安堵したのだ。同じしあわせを共有している喜びがそこにあった。
「……えぇ。とても」
 普段通りゆっくりとした調子で返す狐に、モルガナイトの瞳が柔らかな弧を描く。つられて、ヘリオドールの瞳もそっと細められた。どちらも、幸福の色を映していた。
 軽やかな足音を立て、少年と少女は少し急いだ調子で歩く。ふたつの小さな影が、たくさんの水槽で彩られた光る通路に吸い込まれていった。

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#はるグレ

SDVX

おなかいっぱい【ライレフ/R-18】

おなかいっぱい【ライレフ/R-18】
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為す術も無く喘いじゃうオニイチャンが見たいとかお口いっぱいに頬張る弟君が見たいとか綺麗なお顔を汚したいとかそういう下卑た欲望の塊。昔書いた話のリメイクになった感満載。
つまぶきれふとくんがやりたいことをやりたくてとってもがんばるはなし。

 密かに深呼吸をし、ベッド脇に音も無く跪く。低くなった視線、そのちょうど目の前にある膨らみを見て、烈風刀は小さく息を呑んだ。とくりとくりと心臓が脈を打つ音が聞こえる。血液を巡らせるその動きが緩やかに早まっていくのが自分でも分かった。
 かすかに震える手を伸ばし、少年は下着の縁に指をかけ、ゆっくりと下ろしていく。緩慢な動作は、傍から見れば意地悪く焦らしているように映るだろう。実際は、高揚と緊張を抑えた結果のものだ。
 秘めるべき肌を守る布の縁が、隆起した山の頂点を超える。瞬間、戒めを解かれた中心部が姿を表した。擬音が聞こえてきそうなほど勢い良く飛び出たそれに、少年は碧い目を瞠る。澄んだ海の水を注ぎ込んだような美しい瞳には、驚きと怯れだけでなく、確かな期待がにじんでいた。
 無意識に開いていた口を固く閉じ、反射的に止まっていた手の動きを再開する。長い時間をかけ、下肢、その中心部に位置する重要な器官を守っていた布地が取り払われる。薄い生地の下に押し込められていたそれの全貌が顕になった。常は硬く張り詰めた欲望の象徴は、今はいささか硬度を失っている。天を仰ぐツヤツヤとした先端は少し項垂れており、青黒い血管が走る幹は血液が満ちきらず幾分か細く映る。本来の姿の半分にも満たない状態だ。冷たい外気に晒されてか、か弱くすら見えるそれが時折びくんと震える。意思と関係なくうごめくそれは、人間の身体の一部ではなく、一つの独立した生物のように思えた。
 グロテスクと形容するのが相応しいそれと真正面から対峙し、烈風刀は再び息を呑む。とうに見慣れているはずだというのに、目の当たりにする度、少年の胸の内には緊張と少しの畏怖が渦巻く。心を落ち着けようとそっと吐かれた息は、明らかに熱を孕んだものだった。
 手を伸ばし、ふにゃりとしたそれを普段の姿勢になるように支え起こす。手入れされたすべらかな白い指が、そろそろと浅黒い欲の塊をなぞる。どくりどくりと強く脈動するそれが、この上なく愛おしく思えた。
 溢るる情愛に突き動かされるまま、少年は頂点にそっと唇を寄せる。ベッドサイドに置かれた小さなランプがほのかに照らす中、暗い赤と鮮やかな赤が触れ合う様はどこか背徳的に見えた。柔らかな粘膜同士の接触に、勃ちあがった肉茎がひくりと震える。喜びを表しているかような動きに、胸の内に満足感が広がっていく。
 そのまま、くぼみへ、括れへ、幹へとゆっくりと下りながら、欲望全体に口付けていく。角度を変えて触れる度、ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音が薄暗い部屋に落ちる。淫猥な行為とはあまりにもかけ離れた響きだが、切り替わりつつある思考は淫らなものだと判断する。鼓膜を震わすそれが、頭の隅をぴりぴりと痺れさせた。時折、鼻先が熱い幹を掠める。香る汗と兄の匂いが、消えつつある理性を更に削っていく。
 根本まで口付けを施し終え、碧は一度顔を離す。中途半端に昂ぶっていた器官は、少年の熱烈な接吻によって硬度を増していた。存在を堂々と主張する屹立の真上に戻り、烈風刀は閉じていた口を薄く開ける。艶のある唇の間から、真っ赤に色付いた舌が顔を覗かせた。数拍遅れて、唾液がぬめった赤を伝っていく。糸を引くようにゆっくりと下へと伸びるそれが、反り返った肉槍の穂先にとろりと垂れた。透明な粘液が、艶めく先端から血管の浮かぶ幹を静かに這っていく。途切れる度、少年はくちゅくちゅと口を動かし、再び舌を出して溜まった唾液を垂らしていく。普段の彼ならばまずしない、頼まれても憤怒し断固拒否するであろうはしたない行動だ。けれども、これは今から行うことのために必要なプロセスなのだ。必要に駆られてのことなのだから仕方ない。仕方ないのだ、と碧は己に言い聞かせる。その頬は上気しきり、紅に染め上げられていた。
 幾度か繰り返したところで、再び幹へと顔を寄せる。舌を伸ばし、表面を伝う唾液を塗り拡げていく。上から垂らすだけでは届かなかった場所を、熱くぬめる赤が丁寧になぞり、粘つく潤いを与えていく。横から唇で挟みこみ扱くと、くぷくぷと粘液が泡立つ音があがる。間の抜けた響きだというのに、今は何故だかとてつもなくいやらしいものに思えた。背筋を何かがなぞる。その正体を理解することから逃げるように、少年は必死に舌を動かした。熱を孕む赤が欲望の象徴をなぞる度、れる、とぬめった音が聞こえる。実際はそんな漫画めいた大袈裟な音などたっていないだろう。けれども、熱に溺れる少年の頭には、己の行動とはしたなさを如実に表す響きが鳴り渡っていた。
 もう十分だろう、と烈風刀はようやく埋めた顔を上げる。しまい忘れた赤い舌と濡れそぼった先端との間に、細い橋がかかる。情熱的な口交を終えた後に生まれるものと同じ姿をしていた。
 満遍なく唾液をまぶされた怒張が、ほのかな光に照らされぬらぬらと輝く。まるで闇から這い出てきた化け物のような容貌だ。あまりにも醜悪で不気味な光景だというのに、少年は目を逸らすことなく真正面からじぃと見つめる。浅く漏れる呼気と、大きく開かれた翡翠の瞳には、隠しようのない官能があった。
 ふぅ、と大きく息を吐き、思い切り口を開く。そのまま、碧は艶めく先端をぱくりと咥えた。触れた舌先から、形容し難い味が広がる。味覚を殺すような凄まじい味に、反射的に吐き出しそうになるのをどうにか堪える。口淫などもう数え切れないほどやってきたというのに、この味にだけは未だ慣れずにいた。異物を拒否しようとする喉が、ぐぅ、とおかしな音をたてる。整った眉が強く寄せられた。
 ぎゅうと目を瞑り、形を確かめるかのように唇でなぞりながら、硬い欲望を口腔内へと迎え入れていく。丁寧な愛撫により元の姿を取り戻した雄の象徴は、火傷してしまうのではないかと錯覚するほどに熱い。この熱は己によって生み出されたものなのだ、と考えて、少年の身体がふるりと震える。ん、と無意識に零れた声は鼻にかかったとろけた響きをしていた。
 じりじりと進み、ようやく狭い口内の奥ギリギリまで怒張を迎え入れる。根本に茂った短い毛が埋まった鼻先を撫でる感覚がくすぐったかった。えづかずきちんと呑み込み終えた安堵に、無意識に止まっていた呼吸が再開される。瞬間、深い場所で熟成された濃い匂いが鼻孔を一気に満たした。頭を思い切り殴られたかのように意識が大きく揺れる。心臓が痛みすら覚えるほど早く拍動する。視界に細かな光が強く瞬く。愛する雄の象徴を口いっぱいに頬張り、番の匂いに嗅覚を犯され、少年は確かな性的興奮を覚えていた。腹の奥に灯った淡い火が、音をたてて燃え上がり始めた。
 盛る情欲の炎に突き動かされるように、烈風刀は剛直が支配する口内で懸命に舌を動かす。硬い幹を舌全体で撫で、浮かぶ血管をなぞりながら優しく押し潰し、括れた部分をぐるりとなぞり、くぼんだ部分をいたずらするように突く。こんこんと湧き出る先走りが、少年の舌を蝕んでいく。美味とは正反対に位置する最低な味わいだというのに、すっかりと熱に浮かされた脳はこの上なく好ましいものだと判断を下した。己の唾液と混じったそれを飲み下す度、得も言われぬ感覚が背筋を駆け抜けていく。得体の知れないそれが、快楽を受容する神経を強く焼いた。
 こんな稚拙な動きでは、満足させることなど到底不可能だろう。更なる悦楽を与えるべく、烈風刀はゆるゆると頭を動かす。限界まで呑み込み、張り出した部分に引っかかるまで戻り、また呑み込みを繰り返す。艶めく唇が雄肉を扱く度、かぽかぽと空気が抜ける卑猥な音がたつ。己が生み出したそれが、欲望で焼け付く腹に響く。身体の奥底から湧き上がる法悦に、声帯が甘ったるい音を奏でた。くぐもった浅ましい響きが悦の焔にくべられ、勢いを増していく。さながら永久機関だ。己が成すこと全てが快楽へと繋がっているように思えた。
 ただ擦るだけでは芸がない。アクセントをつけるため、先端だけを口に含んでちゅうと吸い付く。咥え込んだそれがびくりと大きく跳ねた。まっすぐに刻まれたくぼみから、熱い蜜がとぷりと湧き溢れる。奉仕する彼が性的快感を得ているという確かな証拠だ。身体中を駆け巡る悦びとともに、たっぷりと与えられる最高の報酬を飲み干した。
 かすかに不安の色を浮かべた翠玉が、ちらりと頭上へ向けられる。白熱灯の淡い光に照らされた兄の顔は、強くしかめられている。苦そうな表情は、不快感や苦痛によるものでない。証拠に、頬はすっかりと上気し、熟した果実のように鮮やかに色づいていた。呆けたように開いた口からは漏れる呼気は酷く荒く、何もかもを焼き尽くす焔のように熱い。覗く八重歯が薄明かりを受け光る様は、何もかもを断ち切る鋭利な刃物を思わせた。股座に顔を埋めた弟を見下ろす紅玉は、内で盛る熱で潤み、マグマのようにどろりととろけている。ふるふると震える美しい宝石の中には、苛烈なほどの情欲が燃え上がっているのがはっきりと見て取れた。
 見上げる碧と見下ろす朱とが、真正面からかち合う。刹那、口内を埋め尽くす怒張がびくんと大きく反応した。ぐ、と堪えるような低い唸りが降ってくる。苦しげに眇められた目は、凶暴な獣のように爛々と輝いていた。
 きもちよくなってくれている。よろこんでくれている。己の献身に対する確かな肯定に、胸に多大なる歓喜が広がる。どんどんと膨らむ喜悦は、すぐさま熱意へと変換された。もっときもちよくなってほしい。もっとよろこんでほしい。兄を想う一心に、碧は更に激しく頭を動かす。根本まで深くまで呑み込み、吸い付きながら幹を撫で上げ、張り出た境目を小刻みに扱き、深い溝を丁寧に舐め、走る筋を舌先でゆっくりとなぞり、ツルツルとした色の濃い頭を舌全体で磨いていく。単調にならぬよう、時折方向を変え、熱く柔らかな頬肉に、ぬめる硬口蓋に押し当てる。思いつく全てをもって、烈風刀は肉茎に尽くす。今の彼にとって、朱をきもちよくさせることが世界の全てであった。
 懸命に愛する中、本能が酸素が不足していることを強く訴え始める。生命の危機に関わるそれに抗いきれず、少年は一度口を離した。濡れそぼった唇と赤黒い先端とに、名残惜しげな銀糸が繋がる。淫らに輝くそれは、熱に溺れた呼吸によってすぐさま途切れ失せた。
 はぁはぁと荒い息を繰り返す。思いの外呼吸を犠牲にしていたらしく、乱れたそれはなかなか治る様子がない。ずっと大きく開いた状態だったからか、口も上手く閉じることができずに間抜けに開いたままだ。時折混じる細い喘ぎは、酸素が足りない苦しさではなく、口腔という敏感な場所を雄に支配される悦びと愛しい熱を失った寂しさが色濃くにじんでいた。
 酸素不足と無茶な運動と依然燃え上がる愛欲で、頭がぐらぐらと揺れる。それでも、どろどろにとろけきった翡翠は、目の前に聳える雄から目を離せずにいた。舌を垂らしただただ凝視する姿は、待てをされた犬のようだ。
 ベッドの縁に突いていた手を緩慢に持ち上げ、烈風刀はぬらぬらと光るそれに指を伸ばす。触れた先から伝わる焼けるような熱に、心の臓が一際大きく脈打った。唾液とカウパーでたっぷりとコーティングされた欲望を手でそっと包み込み、ゆっくりと上下に動かす。擦り上げる度、にちにちと粘っこい音が響く。卑猥なそれが、腹奥で燃え盛る炎に薪をくべた。はぁ、と零れた吐息は色欲に溺れきった音色をしていた。
 全然足りない、と本能が叫ぶ。十分に働くことができない頭では、何が足りないかなど到底分からない。理性が求めきれぬ解を、本能は容易に弾き出し、ぼやける思考へと司令を下した。
 気がつけば、烈風刀は再び怒張に唇を寄せていた。楽器でも演奏するかのように肉茎を横から挟みこみ、頭を動かしゆるゆると扱く。先端から湧き出る雫を指先でくるくると塗り拡げ、輪にした指で全体にまぶしていく。舌を伸ばし、くぼみからとめどなく溢れる涙を舐めとる。手のひらと唇から伝わる焼ける熱が、立ち昇る濃ゆい匂いが、味蕾を犯す形容し難い味が、粘つく姦濫な音が、脳髄を揺さぶる。鮮烈な官能が思考を桃色に染めあげる。きゅう、と物欲しげな鳴き声が腹の奥から聞こえた気がした。
 淫猥な音を奏でる中、拙く動かす頭を包むように何かが触れる。ふわふわと揺れる髪をかき乱すように撫でるそれは、紛うことなく愛しい兄の手だ。そろそろとした手付きは、普段の甘やかす時や憂慮を宥め安らげる時のものではない。どこかぎこちない動きだ。
 どうしたのだろうか。きもちよくなかったのだろうか。剛直から口を離し、烈風刀は不安を浮かべた目でそっと朱を見やる。こちらを見下ろす紅玉髄の中には、燃え盛り暴れ狂う獣欲が見えた。きっと心の内もそうだろうに、見上げた先の彼は苦しげに歯を食いしばり、爛々と輝く目を強く眇めていた。
「……む、り、しなくて、いいから」
 荒い呼吸の中、つかえながらも雷刀は言葉を紡ぐ。震えながらも碧い頭を撫でる手付きは、慈愛と思慮に溢れたものだった。食い殺さんばかりの激情に満ちた目とは全くの正反対な言葉と触れ方は、あまりにも歪だ。
 彼のことだ、おそらく呼吸すらままならないほど口淫を施し、休むことなく手淫まで行う弟の姿を見て、自身の為に無理をしていると考えたのだろう。彼の思考は半分正解で、半分不正解だ。これほどまで熱心に行為を続けているのは、兄――つまり愛する恋人の為、という部分は紛れもない事実である。ただ、無理など一切していない。全て、烈風刀自身の確固たる意思で――大好きなひとに尽くしたくてやっているのだ。『無理』だなんて、あまりにも的外れな指摘である。
 兄の言葉に、弟は密かに眉をひそめる。優しさ故のものとは分かっていても、己が好んでやっていることを勝手に勘違いし否定されるのは、あまり気分が良くない。何より、雷刀本人が一番無理をしているのは、烈風刀にははっきりと分かる。頭に添えられたままの震える手は、彼の胸の内を暴れ回る獣欲を無理矢理抑え込んでいることを如実に表していた。快楽を堪えるように眇めた目も、強く噛み締められた口も、その実はオスとしての本能を押さえつけるものだ。この熱く柔らかな口内を、湧き上がる欲望がままに犯し尽くしたい衝動を無理矢理我慢していることなど、一目で分かる。
 優しい兄は、可愛い弟を傷つけぬよう、どうにか己を律しようとしているのだ。それはとても美しく素晴らしい、讃えられるべき行為であろう――当人である烈風刀以外にとっては、だが。
 ゆるく握った指を解き、熱塊から手を退かす。ふぅ、と安堵の溜息が頭上から降ってくるのが聞こえた。安心しきった様子を確認した後、烈風刀はかぱりと最大限まで口を開く。そのまま、天を仰ぐ剛直全てを一気に呑み込んだ。
「――っあ? ぇっ……、ぅ、ァッ、れ、烈風刀っ!?」
 勢いよく飛び込んできた熱塊が、柔らかな肉に直接ぶつかる。ごりゅ、とあまりよろしくない音が喉の奥底に響いた。えづき吐き出しそうになるのを必死で堪え、少年は口腔と食道を以て肉槍全てを無理矢理己の内に納める。すぐさま思い切り吸い付き、根本から先端まで唇で、頬肉で強く扱きあげる。伸ばした舌全体で幹を磨きつつ、股座に頭を深く埋め、自ら食道へと獣欲を突き立てる。できるかぎり早く頭を動かし、その工程を何度も繰り返す。ぐぽぐぽと下品な音をたてる様は筆舌に尽くしがたいほど淫らだ。それを常は性とは無縁とばかりに涼しい顔をしている烈風刀が、自ら欲に溺れて行っているというのだ。淫靡としか言いようがない光景である。
 口の奥、喉に繋がる狭まった部分を張り出た傘がゴリゴリと抉る。細まった場所を無理矢理こじ開け、硬い切っ先が咽頭を突く度、鈍い痛みと胃の腑が迫り上がってくる不快感が襲う。けれども、少年は止まる気など欠片もなかった。何が無理をしなくていい、だ。一番無理をしている人間が何を言っているのだ。湧き上がる憤懣と意地と淫欲に身を任せ、少年は口という生きる上で重要な器官をを自ら犯していく。己の限界値を無視した口淫は、見ている者を不安にさせるほど激しく、それ以上に見ている者の獣の本能を暴き掻き立てるほど扇情的だった。
「れっ、れふとッ! 待って……、まて、って!」
 ようやく状況を飲み込んだのか、雷刀は焦燥を顕にした声で弟を呼ぶ。上擦り震えるそれは、悲鳴のようにも聞こえた。拒否する声音とは正反対に、骨ばった腰は目の前の喉へ突き入れるかのようにビクンと跳ねる。食道を犯すかのような動きに、ぐ、と苦しげな呻きがあがる。醜いそれは、音という形になる前に喉の内に消えた。
「むりすんなってば! ……だめっ、ぁっ……だめだ、からぁ……、っ、やだぁ……!」
 だめ、と駄々をこねる子どものように繰り返す声には、涙がにじんでいた。首を強く横に振る度、茜空のような髪が宙に広がり落ちる。汗を含んだ癖のある髪がぱさぱさと軽い音をたてる。それもすぐ、否定の言葉といやらしい水音と欲に溺れた呻きに掻き消された。
 とめどなく溢れ出る唾液と先走りの混合物が、咥え込んだ口の端から漏れ出る。紅に染まった唇が肉幹を扱く度、じゅぷじゅぷと水音があがる。かき混ぜ泡立ったそれが流れ伝い、太腿に薄い線を描いていく。突如投げ込まれた未知の感覚に、朱は短い嬌声をあげる。烈風刀だけではない、雷刀もまた、神経回路をぐちゃぐちゃにされていた。性的興奮に支配された彼の神経は、伝達されてきた信号を全て快楽だと判断を下した。
「ぅ、アッ……、で、ちゃう、から……! や、だ……、れふとぉ……!」
 やだやだとうわ言のように唱え、朱は己の股座に顔を深く埋めた弟の頭を両の手で後方へと押す。早く離せと訴えるそれを一切合切無視し、烈風刀は変わらず――否、むしろ更に大胆に動き始める。己から喉壁をノックするように、剛直を無理矢理根本まで呑み込む。その勢いは、そのまま咽頭を貫いてしまうのではないかと危惧するものだ。愛欲に溺れきった孔雀石は瞼の奥に固く閉ざされ、浅葱の眉は苦しげに強く寄せられていた。十分に酸素を補給できず、脳味噌がぐらぐらと揺れる。鼻呼吸を試みるも、奥底に溜め込まれた兄の香りとわずかに漏れた精液の香りが混ざった濃ゆい芳香が、思考を掻き乱すばかりだ。生存本能すら無視し、少年は獣が如く腹奥に燃え盛る淫欲に実直に動く。酸素よりも何よりも、兄が甘ったるい声をあげ悦びに震える姿が欲しくて仕方がなかった。
「だ、め……やだっ、れふと……、やっ――ぁ、あッ……!」
 息を詰める音が聞こえたと同時に、凄まじい力で頭を押される。火事場の馬鹿力とはこういうことを言うのだろう。突き飛ばすように加減なく押され、烈風刀は驚きとわずかな痛みに短い悲鳴をあげる。声帯が奏でるくぐもった音は、口腔を埋め尽くす肉欲にぶつかって消えた。
 兄が望んだ通り、碧い頭が己の身体から離れる。潤んだ柔らかい唇が硬い肉幹を根元から先端まで容赦なく擦りあげる。こじ開けられた軟口蓋を、ざらつく舌を、つるつるとした硬口蓋を、欲に滾った刃が一気に駆け抜けていく。吸い付き締め付ける口腔から無理矢理引き抜く感覚は、追いすがり絡みつく肉洞から逃れる時のそれとほぼ同じだ。つまり、腰が砕けるような凄まじい刺激である。そんなものをいきなり味わって、昂ぶった欲望が耐えられるはずなどなかった。
「あっ、ぁ、あ、ア、あああああッ!」
 ぢゅぽん、と鈍い水音と同時に、甲高い咆哮があがる。口腔という熱い洞から抜け出た瞬間、硬く張り詰めた雄から白濁が吐き出された。切っ先から放たれた濁液が勢いよく宙を舞う。真っ直ぐに飛んだそれは、びちゃ、びちゃ、と汚らしい音をたてて目の前の顔に着地した。紅に染まりきった頬を、美しく通った鼻梁を、閉じられた白い瞼を、さらさらとした髪を、潤んだ真っ赤な舌を、欲望の証が蹂躙していく。熱い雫が降り注ぐ度、愛欲で満たされた頭が強く痺れた。
 乱れきった呼吸とかすかな嬌声がぬるい部屋に落ちては消える。腹の奥底に煮え滾っていた獣欲を解放し、兄は半ば放心状態にあった。ギラギラと妖しく輝いていた炎瑪瑙は、焦点が合わないのかいささか曇って見える。薄く開いた目は涙を湛え、溢れたそれが眦から零れ落ちた。
 己により愛し人が達した喜びに、碧の胸に達成感と幸福感がぶわりと広がる。無理矢理引き抜かれた反動でだらしなく垂れさがった舌が、白い欲望を乗せたまま元あるべき場所へと戻される。味蕾に染み渡る味を薄めるように、くちゅくちゅとはしたない音を奏でつつ唾液と混ぜ合わせる。口内で作られた即興カクテルを一息に飲み干すと、腹の中が悦びに満ちたように思えた。胃の腑を犯す味わいだけでは足りないと本能が叫ぶ。兄は多少は満足したようだが、自分はまだまだ足りない。こんなにわずかなものだけで、情火に浮かされた身体が満たされるはずがないのだ。飢えて死んでしまいそうな心持ちである。
「ぅ……、ぁ、ごっ、ごめん!」
 呆けた意識が、ようやく現実にピントを合わせ終えたのだろう。喘鳴にも似た呼吸の合間、雷刀はごめんと何度も謝罪の言葉を繰り返す。土下座までしてしまいそうな勢いだ。上気していた顔は青褪め、髪と同じ色をした眉は八の字を描いていた。
 確かに顔面を精液で汚すことなど滅多に無いことだが、今回は故意でなくただの事故である。彼が謝る必要性など全く無い。むしろ、静止の声を無視し、無理矢理行為を続けた己に責任があると言ってもよいだろう。
 ティッシュと連呼し、兄は慌ただしい様子でベッド周りをひっくり返す。大丈夫ですよ、と言って、弟は己の瞼へと手を伸ばす。指の背で、這うように肌を伝っていく白濁をすくい拭おうとする。しかし、着弾した飛沫はさほど多くはないらしい。熱を失いつつある迸りはほとんどすくうことができず、結果的に瞼に塗り込むだけになってしまった。まるで自ら肌の奥の奥まで精で犯しているような行為に、背筋を鋭利な快感が駆け抜ける。被虐趣味的な電気信号が、快楽を受容する器官を焼いた。
 ぞくぞくと法悦に震える身体を抑えつつ、少年は他の場所へと指を這わせる。拭う体を装い、濁った雫を肌と塗り込んでいく。まるで化粧をしているようだ。顔という重要な部位まで犯される感覚に、心臓がうるさいほどに拍動する。指を動かし、番の精液という淫らなファンデーションを塗り拡げていく度、悦びが正常な思考を崩していく。聡明な頭脳は、すっかりと官能に染め上げられていた。
 ようやく全箇所に手を入れ終え、烈風刀は指を口元へと持っていく。白濁で汚れた――自ら積極的に汚したという方が正確である――指に、そっと舌を這わせる。乾きつつあるそれを舐め溶かすように、赤が傷一つない肌をたどっていく。仕上げに、先程まで雄に施していたように吸い付き唇で拭いあげる。欲望をまとった場所は、今は己の唾液でてらてらといやらしく輝いていた。はぁ、と熱に浮かされた甘ったるい溜め息が漏れる。美味いなど到底言えない代物だが、理性が消し飛び本能が支配する脳はこの上なく素晴らしいものだと判断した。腹奥底に灯る熱が、わずかながらも白を収めた胃を羨んで鳴き声をあげる。
 ふと視線を感じ、烈風刀は顔を上げる。とろけきった深青の先には、大きく目を瞠る朱がいた。先程まで血の気が失せていた顔は再び赤く染まり、わずかに開いた口の端からはわずかに唾液が伝っていた。覗く八重歯が、淡い光を受けてきらめく。未だに荒い息は、強い熱を孕んだものだ。精虫を肌に塗り込み、名残惜しげに舐める己の姿を見て、彼が性的興奮を覚えていることが直感的に分かった。
「あー……えっと…………、顔洗ってくる?」
 気まずげに視線を宙を彷徨わせ、雷刀は淀みながらも言葉を紡ぐ。優しい彼なのだから、気遣う言葉は本心からのものだろう。けれども、それは本能が主張する優先順位を理性が無理矢理修正した結果のものだということは、その表情と声音で簡単に分かった。本当は、もっと違う言葉を――行動をしたいに決まっている。双子なのだ、きっと同じことを考えているに間違いない。
「……洗いに行っている間、我慢できるのですか?」
 言外に無理だろうとほのめかせ、烈風刀は意地悪く目を細める。朱が言葉を詰まらせるのを尻目に、碧はすっと視線を下ろす。つい先程欲望を吐き出したはずの屹立は、依然硬く張り詰め天を仰いでいた。先端から透明な雫を零す様は、獲物を前に涎を垂らす肉食獣のようだ。
 血液が巡りきった欲望を片手でそっと支え、少年は親愛を表すようにすりすりと頬擦りをする。垂れた粘つく汁が、再び整った顔を汚す。柔い肌で擦られる感覚にか、頬を寄せたそれがビクリと大きく震えた。あまりにも正直で単純な反応に、愛おしさが胸に募る。こんなにも凶悪で醜悪で不気味なフォルムをしているというのに、今は酷く可愛らしく思えた。
「――貴方が大丈夫だとしても、僕が我慢できませんから」
 だから、はやく。
 昂ぶりに擦りついたまま、烈風刀は愛しい柘榴石を見上げゆっくりと言葉を紡ぐ。情欲でどろどろにとろけた目で見つめ、甘えた声で舌足らずにねだる様は、理性を容易く消し飛ばすほど淫靡だった。
 口腔を押し広げ喉を染め胃の腑に落ちるはずの迸りを逃し、腹が減って仕方がないのだ。外に放たれぬるくなったものをわずかに舐め取った程度では、満足できるはずがない。早く、この肚を猛る鋭い楔で、煮え滾った欲望の濁流で満たしたい。侵略されたい。支配されたい。蹂躙されたい。思考を乗っ取った官能が声高に主張する。本能も同じほど大きく声をあげた。
 瞠られたままの紅玉髄の中に火が灯る。小さなそれは一気に勢いを増し、音をたてて燃え盛る。欲望が煮えたぎる双眸がギラギラと輝く様は、凶暴と表現するのがぴったりだった。先程とてつもなく頑張って主張したであろう理性は、既に粉々に砕けて消えていた。
 互いに理性というブレーキを失った今、静止し宥めるものなどいない。ぬるい空気に包まれた部屋には、獣としての本能を剥き出しにした人間だけが存在していた。
 いきなり肩を掴まれ、碧はそのまま思い切り後ろに突き飛ばされる。微かな悲鳴と共に、掃除された絨毯に碧い髪が広がった。軽い衝撃で揺れる思考の中、反射的に閉じた目をゆっくりと開く。人影が光を遮り暗くなった視界には、燃えさかる炎のように鮮烈な朱だけが見えた。降り注ぐ荒い呼気が耳をくすぐる。獣欲で燃え上がったその色と響きに――そしてこれから訪れるであろう最上の快楽を夢想し、淫らに艶めく唇が三日月を模った。

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#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

中庭の猫たち【バタキャ+嬬武器】

中庭の猫たち【バタキャ+嬬武器】
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本に突っ込もうと思って入稿締め切り前日に書き始めたけど終わらなかったやつを完成させた。
バタキャ+嬬武器と言ってるけどほぼほぼ嬬武器兄弟の話。

 靴が床をうつ軽快な音が多くの生徒が行き交う廊下に溶けて消えていく。談笑しながら歩く人の間を縫いながら、烈風刀は何本もの紙パックを抱え早足で広い通路を歩んでいく。下駄箱が並ぶ玄関前を通り過ぎ、長い大廊下に出る。半ばにある外通路に繋がるガラス戸を開き、そのままタイルで舗装された道を進んだ。日差しが降り注ぐ外は、朝見た天気予報で示されていた気温よりも少し暑く感じた。
 眩しさに目を細め、少年は薄灰色の道をまっすぐに進んでいく。晒された肌を薄く包み込むような熱気に、少年はほのかに不安を浮かべた瞳で己の手を見やる。指と指の間で挟むように持った細い紙パックのジュースは、既にうっすらと汗を掻いていた。イラストと文字が躍るカラフルなパッケージが、陽光を受けきらめいている。先ほど買ったばかりだというのに、これではすぐにぬるくなってしまいそうだ。わずかな逡巡の末、少年はそっと地を蹴り駆け出す。パタパタとタイルを打つ軽い音が、昼下がりの空気に溶けて消えていく。
 幅の広い外通路を通り、地続きになっている中庭へと入る。普段は多くの生徒が訪れ過ごすこの場所は、今日はいくらか閑散として見えた。なまぬるい風が、空へと枝を伸ばす木々を撫でる。葉がさざめく音が、緑溢れる空間に響いた。
 目的の地に辿り着き、烈風刀はようやく歩を緩めた。等間隔に設置されたベンチ、そこから少し離れた庭木へと向かう。若い枝葉が広がり作る木陰の下、きっと目を輝かせ待っているであろう者を思い浮かべ、少年は少し早い足取りで緑の上を進んだ。短い草がサクサクと軽やかな音を奏でる。
「皆さん、買ってきました――」
 よ、と続くはずの音は、細い喉に自然と押し込められた。覗き込んだ先、目の前に広がった光景に、烈風刀はそっと口を噤む。ぱちりと開かれた翡翠には、鮮やかな四色が映っていた。
 一番に飛び込んできたのは桃色だ。華やかなその色に身を包んだ小柄な少女は、子猫のように身を丸め眠っていた。毛先に近い位置で二つに結った長い髪は、地を覆う柔らかな下草に付かぬように軽くまとめられている。同じ色をした細い尻尾と並んでいると、まるで尾が三本あるように見えた。手入れされた髪が空気を含みもふりと膨らんだ様は、春を間近にした桜の蕾のようだ。髪と揃いの色をした大きな耳が横に寝かされていることから、彼女が安心しているということがよく分かった。
 そのちょうど反対側には、同じほどの体躯の青色が横たわっている。綺麗に切りそろえられたショートボブの髪が、その小さく形の良い頭を預けた場所に刷毛で刷いたように軽く散っている。鮮やかで明るい青が広がる様は、色合いも相まって青空を映しているように見えた。普段から少し眠たげに細められている藍玉の目は閉じられており、縁取る睫毛が気持ちよさそうな柔らかい線を描いていた。きゅっと閉じられた小さな口は不機嫌そうにも見えるが、穏やかな表情から彼女はたしかに安らぎを得ていることが分かる。桃と同じく静かに寝かされた耳が時折震える様は可愛らしいものだ。
 二人の頭の上には、桃と青を橋架けるように寝転がる黄色がいる。丸い頭の天辺にぴょこりと立った細い髪が、時折風を受けて揺れている。いつも元気に輝く満月は閉じた瞼の裏に隠れており、たんぽぽのようにふわふわとした長い睫毛が穏やかな寝顔を彩っていた。風と梢が奏でる音色に重なる吐息は、規則的で落ち着いたものだ。手足を存分に伸ばして眠る姿には、人一倍元気が良い彼女らしさがよく表れていた。
 そんな少女らの下には、見慣れた朱がいた。草の上に大の字に寝転がった少年は、『バタフライキャット』とまとめて呼ばれる子猫たちの下敷きになって眠っていた。枕代わりにされている足はともかく、ベッドのように腹の上に乗り上げられているというのに、彼は安らかな表情を浮かべ少女らとともに気持ちよさそうに眠っていた。筋肉の付いた胸が、呼吸の度に静かに上下する。緩やかな動きは、まるで揺り籠が静かに揺らめくようだ。その体躯に重なって眠る少女らにとっては、きっと心地の良い動きだろう。
 すやすやと眠る四人を見下ろし、烈風刀はぱちりと幾度も瞬きを繰り返す。青々とした芝の上に寝転がった彼らを見つめる若葉の瞳には、驚きの色が見て取れた。
 普段よりも早く授業が終わった午後、双子の兄弟は学内で偶然鉢合わせた三人の子猫に一緒に遊ぼうとせがまれたのだった。本日は特に用事も無く、帰宅時間まで十二分に余裕がある。揃って笑顔で快諾し、五色の少年少女は広い中庭でともに過ごすこととなった。
 一緒に遊ぶとはいったものの、小学生三人を一度に相手取るのは想像以上に厳しいことだった。双子の身体能力は高い部類に入るはずだが、育ち盛りの彼女らはそれを上回るエネルギーで全力ではしゃいで回るのだ。きゃあきゃあと可愛らしい声をあげ、晴天の下元気よく駆ける猫たちはすばしっこく、追いつくだけでも精一杯である。気温が上がりつつある時分、燦々と降り注ぐ陽光の下で過ごしているのも相まり、健康的な肌の上を汗が軽く伝うほどだ。暖かい中ずっと動き回っていては疲れて倒れてしまうかもしれない、すこし休憩しよう、と雷刀が提案するまで一切立ち止まることなく動き回っていたのだから、子どもの元気の良さと体力は凄まじいものである。
 少女らが木陰に腰を下ろし休む傍ら、何故か兄弟二人でじゃんけんが行われ、負けた烈風刀が五人分のジュースを買いに行くことになった。兄だけならば知ったことかと切り捨て無視するが、大きな耳でジュースの語を聞き取り、三色三対の大きな瞳を輝かせる少女らを見ては、押し付けられた役割を放り出すことはできなかった。結局、腹が立つほど元気の良い笑顔を向ける朱を睨めつけ、碧は自販機が並ぶ購買へと走ったのだった。
 しかし、自分が離席している間に全員寝てしまうとは。少年は緑の上に寝転がった四人を興味深そうに見つめる。中庭と購買はさほど離れておらず、せっかくのジュースがぬるくなってしまわぬよう駆け足で戻ってきたのだから、さほど時間は経っていないはずだ。だというのに、全員揃ってこんなにもぐっすりと眠っているのだから驚くのも無理はないだろう。子どもは電池切れを起こすように突然眠ると聞くが、あれはただの冗談ではなく事実だったようだ――だとしても、その理論では高校生である兄まで同じように寝ているのはおかしいのだけれど。
 おそらく、暖かな日和の中疲れて寝入りそうになった彼女らに膝を貸して、そのまま彼も眠ってしまったのだろう。『オニイチャン』と自らを積極的に称する雷刀は、初等部の面々を世話してやっていることが多い。元気が有り余る幼い少女たちについていけるのは、負けず劣らず元気で人一倍体力がある彼ぐらいだ。同じ目線でたくさん遊んでくれる朱い先輩は、遊び盛りの子どもたちから確かな人気を得ている。現に、今日も三人の子猫は兄の方へきゃいきゃいとはしゃいでついて回っていたのだ。よく懐かれていることが分かる。兄然と振る舞う彼に遠慮なく甘える少女らの姿も、嬉しそうに可愛がる少年の姿も容易に想像できた。
 そんな活力に溢れた子どもと同じペースで遊んでいたのだから、酷く体力を消耗するのは当然だ。烈風刀自身、雷刀が休憩を提案する頃には若干息を切らしていたのだ。あまり顔に出さないだけで、彼も十二分に疲れているのだろう。そんな状態で柔らかな木漏れ日が降り注ぐ涼しい木陰に寝転んでしまえば、眠ってしまうのも仕方の無いことだ。
 両手で持っていたジュースを器用に片手にまとめ、少年は制服のポケットからハンカチを取り出す。皺一つ無いそれを緑の上に敷き、その上に透明な汗が伝う紙パックをそっと置いた。手で持ち続けるよりも、こうやって日陰に置いておいた方がぬるくならないだろう。それでも、夏のそれに近づきつつある空気の下では焼け石に水程度の処置だ。こんなにも気持ちよさそうに眠っている彼らの邪魔をするのは心苦しいが、早く起こさねばならない。
 とりあえず、雷刀から起こしてしまおう。わずかな思案の末、烈風刀は寝転がった兄の元に膝をつく。目を閉じ穏やかに寝息をたてる朱の顔を覗き込む。安心しきった表情を浮かべる姿に、碧は小さく笑みをこぼした。柔らかな草原に身を預け気持ちが良さそうに眠る様は、見ているこちらが幸せな気持ちになってしまうようなものだ。あどけない寝顔は、普段見せる底抜けに明るい笑顔とはまた違う魅力があった。
 手を伸ばし、鮮やかな茜色に触れる。すくうように伸ばした指と指の間から、短い髪束がするりと逃げる。少し癖のある髪は見た目よりもずっと柔らかでさらりとしたものだ。走り回って汗を掻いたからか、ほんのりと湿りいつもよりも濃い色になっているように見える。ぴょこぴょこと跳ねる髪が緑の上に幾筋も広がる様は、形も相まって猫の耳のようだ。
 目にかかった少し長い前髪を指先でなぞるようにして退かす。あらわになった睫毛は、髪と同じ燃えるように鮮烈な朱をしている。今は閉じているまあるい紅緋の目を縁取る色は、微笑んだ時のそれと同じ柔らかな弧を描いていた。その緩やかな曲線は、底抜けの明るさや朗らかな性格が良く表れているように思えた。
 薄く開いた口元からは、彼のトレードマークでもある八重歯が小さく覗いている。白く尖ったそれは、鋭利な様がもたらす恐怖よりも、快活で健康に溢れた印象をもたらすものだ。人懐っこい犬が飼い主に甘え、大きく口を開けている様子を思い起こさせる。きっと、可愛いと評する者もいるだろう。
 髪が横に流れたことによってさらけ出された頬は、男性らしくすっとしているように見えてまだ子どもらしい丸みが残っている。幼さを思わせるそれは、可愛らしい印象をもたらした。もう高校二年という少年の域を脱しつつある年頃だからか、彼は最近どこか大人びた表情を見せる時がある。けれどこうして見ると、まだまだ子どもらしさが残っている事が分かる。それに何故だか安堵を覚えるのは、きっと気のせいだろう。
 好奇心に駆られ、烈風刀は健康的に色付いた頬にそっと指を伸ばす。ほんの少しだけ触れたそこは、見た目通りふにりと柔らかだった。どこまでも沈んでいきそうだと錯覚するそれがなんだか面白くて、可愛らしくて、烈風刀は声を漏らさぬように笑う。ふわりと綻んだその口元には、幸せの色が浮かんでいた。
 そっと細められた蒼玉が、瞼に隠された紅玉を思い見つめる。お疲れ様です、と労いの言葉を呟き、少年は眠る兄の頭をそっと撫でた。手のひらから伝わるさらさらとした感触に、愛おしさが胸の内に満ちていく。
 名残惜しさを覚えながらも、風に吹かれる茜色から静かに手を離す。そのまま、烈風刀は寝転がったその肩に腕を伸ばす。白いシャツに包まれた硬いそこを、優しくとんとんと叩いた。
「雷刀。雷刀、起きてください。ジュースがぬるくなってしまいますよ」
 よく通る落ち着いた声が、夢路をたどる片割れの名を紡ぐ。幾ばくかして、開いた口が閉じられ、晒された喉元から、ぅ、と短い声があがった。形の良い眉がわずかに寄せられ、下ろされた瞼が痙攣するように小さく震える。ゆっくりと持ち上がった帳の奥から、見慣れた紅玉髄が姿を現した。常は明るく輝きを灯したそれは、今は眠気にけぶりどこかぼやけて見えた。
 淡い輪郭をした瞳が、現実を認識しようと宙をふらふらと彷徨う。己を見下ろす弟に気づいたのか、眠り目が孔雀石の瞳をぼんやりと眺めた。碧を見つめる朱が、だんだんと焦点を合わせていく。れふと、と片割れを呼ぶ声は、微睡みでとろりとした音色をしていた。
「んー……? おはよ……?」
「おはようございます」
 お昼を過ぎていますけどね、と軽口を叩くが、まだまだ眠たそうな彼には伝わらないだろう。芯のない低い声で唸る姿は、今にも寝直してしまいそうに見えた。
 くぁ、と大きく欠伸を漏らし、雷刀は寝転んだまま伸びをしようとする。どこか上手く動かない身体に違和感を覚えたのだろう、少年は不思議そうな表情を浮かべ、わずかに上体を起こす。うわっ、と驚きの声が午後の空気を揺らした。身体の上に子どもが三人も眠っているのだ、驚くなという方が難しい。おっもい、と呟いた声は、穏やかな夢に浸る三匹には届かない――三人とも幼いとはいえ女の子なのだ。聞こえない方が良いに決まっている。
 寝起きにいきなり飛び込んできた情報に戸惑う兄を横目に、烈風刀は丸まって眠る少女へと腕を伸ばす。これ以上、枕代わりにされている彼に負担を強いるのは可哀想だ。ぬるいジュースを飲ませる羽目になってしまうのも良くない。早く起こしてやるべきである。
「桃、蒼、雛。起きてください」
「さんにんともおきろー。じゅーすだぞー」
 澄んだ優しい声と、ふわふわとした寝ぼけ声が幼い猫たちを呼ぶ。重なる音色は深い眠りの海の底にもしっかり届いたのか、うにゅ、と可愛らしい鳴き声がひとつあがった。眠気のまとったそれに、うにゃ、ふにゃ、と寝ぼけた鳴き声が二つ続く。横に寝かされた三色三対の大きな耳が、ぴくぴくと震える。ゆっくりと開いた瞼の下から、昼から暮れへと移りゆく空を思わせる色がひょこりと顔を出した。ふにゅ、とまだ夢見心地な鳴き声が三つ綺麗に重なる。
「らいとおにーちゃん……?」
「おはようございます……?」
「おはよー……」
 ふにゃふにゃとした幼い声が、涼やかな木陰の中響く。まだまだ眠いのだろう、少女らの大きな丸い目はまだ半分も開いていない。ゆっくりと身を起こし、眠たげに小さな手で目元を懸命にこする姿は、顔を洗う猫にそっくりだ。
「じゅーす……?」
「はい。ジュースを買ってきましたよ。皆で飲みましょう」
 眠気でふやけた音をした問いに、烈風刀は優しい声で返す。手を伸ばし、少年は下に敷いたハンカチごと傍らに置いたままのジュースをたぐり寄せる。薄い布地は、加工された紙の表面を伝う雫で少し湿っていた。手に取ったそれらから、ひやりとした心地良い温度が伝わってくる。まだ完全にぬるくなったわけではなさそうだ。よかった、とひそかに安堵の息を吐く。
 碧の言葉に、三色の耳と尻尾が元気よくピンと立つ。じゅーす、と子猫たちは弾んだ声で合唱する。再び閉まりつつあった目はぱっちりと大きく開き、喜びできらきらと輝いていた。甘くて美味しいものへの期待に溢れるその純粋な様子は、とても可愛らしいものだ。
 どうぞ、と碧は細長い紙パックを少女らに渡していく。受け取った手から伝わる冷たさにか、わぁと声があがった。きゃらきゃらと可愛らしく響く声と、喜びを表すかのようにぴょこぴょこと動く耳を見て、双子は微笑ましそうに笑った。
「ジュース、ありがとう……」
「れふとおにーちゃん、ありがとうございます」
「おにーちゃん、ありがとー!」
 両手でカラフルなパッケージを抱えた猫たちは、浅葱の瞳を見上げ、高らかに礼の言葉を奏でる。弾んだ素直な言葉に、碧は口元に穏やかな笑みを浮かべる。いえ、とひとつこぼし、少年は同じようにジュースを抱えた朱へと向いた。
「買ってくれたのは雷刀ですよ。ちゃんと、雷刀にお礼を言いましょうね」
 飲み物を買いに走ったのは自分だが、休憩を提案し五人分の代金を出したのは雷刀だ。礼を言うならば、まず彼に言うべきである。己の名前が挙がるとは全く思っていなかったのか、紅緋の瞳がぱちりと大きく開かれる。驚きの色を浮かべたそれをじぃと見つめ、三匹の猫は、らいとおにーちゃんありがとう、と元気に合唱した。喜びに溢れる可愛らしい声と無垢な瞳に、少年は、どーいたしまして、とはにかんだ。
 華奢な手が斜めに取り付けられた袋からストローを取り出し、細い紙パックに伸ばしたそれを突きたてる。いただきます、と行儀の良い声の後、三人は揃った動きで白いそれに口を付ける。ちゅうと一口吸ったところで、歓喜に溢れた鳴き声が青空の下に響いた。遊び疲れた後、それも暑い中飲む冷たいジュースは格別だろう。双子は愛おしそうに目を細め、満面の笑みを浮かべ美味しそうに飲む少女らを眺める。これだけ喜んでもらえたならば、買いに走った甲斐があったものだ。少年らも同様にストローを刺し、一口飲む。甘味料の甘さと香料のちゃちい風味が少し渇いた口の中に広がった。
「ねーねー、次は何して遊ぶ?」
 パックの中に沈み込んでしまいそうなほど深く刺さったストローから口を離し、雛は元気な声で問う。朱と碧ををじぃと見上げる向日葵色の目はぱっちりと花開き、活力に溢れきらめいていた。
 少女の純粋な言葉に、双子はシンクロするようにぎくりと固まる。たしかに休憩とは言ったが、広い中庭をずっと駆け回り、うたた寝してしまうほど疲れているのだ。これほど元気な様子で遊びの続きをねだるとは思ってもみなかった。むしろ、眠って回復してしまったのかもしれない。本当に子供の体力は底知れないものだ。緊張しピンと伸ばされた背筋を、寒気が撫ぜる。
「えっ? えっ、えーっと……」
「かっ、かくれんぼはいかがでしょうか? 僕が鬼をやりますよ」
 動揺を隠しきれずあわあわと慌てふためく雷刀の声に、烈風刀の提案が重なる。その声もまた、動揺と焦燥でわずかに震えていた。二人の強い狼狽えはまだまだ遊び足りない彼女らには伝わらなかったのか、かくれんぼ、と楽しげな三重奏が響く。じゅう、とカラフルなパックから鈍い音があがる。飲み切りへこんだそれから手を離し、少女らはすくりと立ち上がった。
「じゃあ、れふとおにーちゃんがさいしょのおにね!」
「ろくじゅうびょうかぞえてね……」
「らいとおにーちゃん、かくれましょう!」
 思い思いの声をあげ、子猫たちは方々へパタパタと駆け出す。彼女らの中では、かくれんぼはもう始まっているようだ。疲れを全く感じさせない動きで木陰から飛び出した彼女らの背を、双子は呆然と見つめる。二色二対の目はどこか濁った色をしていた。
「……次、代わるから」
「よろしくおねがいします……」
 放り出された紙パックを手早く集めて畳み、雷刀は低い声で呟きのろのろと立ち上がる。綺麗に折られたそれを見ることなく受け取り、烈風刀も同じほどの声で返す。そのどちらの音も、疲労と諦観が色濃く浮かんでいた。
 己の役割を果たすべく、晴れ渡る空の下へと駆け出した兄の背を見送り、弟は溜め息を一つこぼす。この調子では、まだまだ帰ることはできそうにない。最初から長時間付き合うつもりでいたものの、この数十分を振り返ると先が不安で仕方がない。どこかで切り上げなければいけないな、と考えるが、あの無垢にきらめく愛らしい笑顔の前では、己から別れを切り出すことはかなり難しく思えた。
 己の体力の限界と待ち受けているであろう未来に強い憂慮を抱きつつ、烈風刀は少女らが走っていた方向へと背を向け静かに目を閉じる。いーち、と数字を唱える小さな声が、午後のぬるい空気に溶けていった。

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#桃 #雛 #蒼 #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

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雨時のふたり【はるグレ+レフ】

雨時のふたり【はるグレ+レフ】
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2017年6月のエンドシーンネタのようなもの。ほんのりレフ→レイ風味。

 しとりしとりと屋根を伝う雨粒が奏でる音に、靴音が二つ加わる。硬い靴底が鳴らすそれが人気の少ない廊下に落ちていく。柔らかな音と硬い音の合唱は、囁くように静かなものだ。
 そっと正面から視線を移し、烈風刀は隣を歩く少女、グレイスを見やる。彼よりも頭一つほど背の低い、高く結い上げた癖のある髪を静かに揺らす彼女は、抱えた資料を退屈そうに眺めていた。
「何?」
 ふと、少女の視線が胸元の紙束から隣を歩く少年へと移動する。シアンに縁取られたマゼンタの瞳が怪訝そうに細められた。
「いえ、何でもありません」
 ゆるりと首を振る碧に、躑躅は本当かしら、と独白にも似た疑問を漏らす。皮肉めいた音だが、彼女は普段からこのような語調である。それを理解している少年は、気にすることなくその隣を歩き続けた。
「それにしても、あれだけの仕事に加えこんなに処理しなきゃならないなんて、あなたたち忙しいのね」
 抱えたいくつもの資料を見下ろし、少女は感心にも似た音で言葉をこぼす。彼女の胸元に抱きしめられたそれらは、どれも分厚いものだった。
 様々な物語を超え、晴れてネメシスの住人となったグレイスは、レイシスと同じくナビゲーターの仕事に就くこととなった。しかし、すぐさまその任全てをこなすことはできるはずなどなく、今は彼女らのサポートをしつつ業務を覚えることに注力している。本来ならば同じ役割であるレイシスから直接学ぶべきなのだが、メインナビゲーターとして忙しい彼女が指導に時間を割くことは難しい状態にある。代わりに、彼女と同じほど運営業務に関わり、その勤勉さからナビゲートについてもある程度の理解を持った烈風刀が少女の補佐をすることとなったのだ。以前の彼ならば、雷刀一人に業務を任せることに不安を覚えただろう。しかし、あの戦争を超えた兄は、いつの間にか必要水準ぎりぎりながらも一人で仕事をこなすようになっていた。頼もしくなった片割れを強く信頼し、弟は新たな仲間の学習を手助けすることを選択したのだった。
 ゲーム運営に関わる資料と、グレイスが学習すべき事項を記した資料を揃え、二人は業務に励むレイシスたちの元へと帰るべく廊下を歩む。グレイスは元より多くは語らない性格であり、それを知る烈風刀も無理に干渉はしない。他者よりもほんの少しだけ付き合いの長い躑躅と浅葱は、無言に気まずさなど感じることはなかった。現在二人しかいない細長い空間には、足音が二つ響くばかりだ。
 資料を読むのに飽きたのか、躑躅色の瞳が窓へと向けられる。暗雲の埋めつくす薄暗い空と糸のように細い雨の陰を見て、その目が苦々しげに細められた。
「どうかしましたか?」
「別に」
 少女は投げかけられた声を鋭く切り捨てる。問うた碧の瞳には、先程彼女が浮かべた表情には何らかの感情が強くにじんでいるように映った。それほどの情意を有していて、何もないということは無いだろう。
「雨、止みませんね」
「そうね……」
 会話を続けてみるが、グレイスは憂鬱に満ちた言葉と溜め息を漏らすばかりだ。可憐な唇が紡ぎ出す音は、空を埋める暗い雲にも負けず劣らずの重さをしていた。
 そういえば、と烈風刀は桃の少女と青の兎たちが悩まし気にこぼしていた言葉を思い出す。雨が多く湿度の高いこの季節は、湿気によって髪がまとまらないことが多いそうだ。少年にはあまり実感がないが、長く美しい髪をもつ彼女らにとっては真剣に悩むべき事項なのだろう。彼女と変わらぬほど長い髪を持つグレイスが同じ悩みも抱えていてもおかしくはないだろう。
「やはり、湿度が高いと手入れが大変なのですか?」
「は?」
 少年の問いに、少女は訳が分からないという声で返す。違うのか、と烈風刀は内心首を傾げる。ならば、彼女はこの雨空の何を疎ましげに思っているのだろうか。
「あぁ、髪のこと? それなら、レイシスが嫌ってほど整えるせいで何も問題はないわ」
 グレイスはどこかうんざりとした様子でふるふると首を横に振る。高く結った長い髪が風に吹かれる花のように揺れた。
 レイシスはグレイスを実の妹のように可愛がっている。裁縫技術はあまり高くなかったというのに、彼女の洋服を作るためだけに腕前を上げ、いつでもどこでも彼女に構い過剰までに面倒をみようとするほどの溺愛っぷりだ。その姿に、烈風刀がどこぞの兄を思い出すのは秘密である。
 そんな姉のような少女が、似た姿故同じ悩みを抱えているはずである妹のような少女のために尽くすのは想像に容易い。そして、隣を歩く少女が不満げな口調ながらも嬉しそうに尽くされる姿も容易に想像できた。
 そうじゃないわ、という否定とともに、溜め息がもう一つ少女の口からこぼれ落ちる。再度、紅水晶が窓の外に向けられた。つられて、翡翠も外を見やる。雨脚が緩む気配はまだ無い。
「雨の日は――」
「グレイス」
 少女が口を開くと同時に、平坦な低い声がその名をなぞる。突然加わった音に、二人の肩がびくりと驚きに震えた。揃って振り向くと、そこには狐面を付けた少年が立っていた。己の真後ろに佇む彼に、グレイスは再度驚きに身体を跳ね、すぐさま鋭く目を眇めた。
「始果! 急に後ろに来るの止めなさいって何回も言ってるでしょ!」
「すみません」
 怒りを露わにする少女に、金色の目をした少年はぼんやりとした調子で謝罪する。そこには反省の意志は全く見られない。いつもどおりの光景である。
「雨の日だといつも以上に気配消して近づいてくるんだから、もう!」
 グレイスは不機嫌な様子で始果から顔を逸らす。怒りと驚きと羞恥が混ざったその表情は、忍の少年と行動をともにする時にのみ見せる特別なものだ。
 なるほど、このせいか。目の前で繰り広げられる会話を聞き、烈風刀は一人納得する。躑躅色の少女に強く想いを寄せている狐面の少年は、常日頃から彼女について回っていた。まるで雛鳥が親鳥の後ろを歩いているような姿である。たとえ離れていたとしても、少女に何かがあれば音もなくすぐさまその元へと現れるのだ。ネメシスの外側に生きていた頃からの長い付き合いとはいえ、突然の登場に驚くのも無理はないだろう。気配がないところからいきなり現れるならば尚更だ。
 ふと、金に光るの視線が碧に向けられる。じとりと細められたそれには、グレイスが浮かべるものとはまた別の、怒りにも似た感情が込められていた。
 あなたを見ていると、何故かもやもやします。
 いつかの共闘の最中、彼に告げられた言葉を思い出す。グレイスを心より愛する彼にとって、過去に共謀し、今もなお行動をともにする烈風刀は気に入らない存在なのだろう。記憶とともに知識も抜け落ちた様子のある彼は理解していないようだが、それは明らかに嫉妬の情だった。薔薇色の少女に想いを寄せる双子の弟が、同じく好意を露わにする兄に向けるものと同じだ。
 そんな始果の様子に、烈風刀は二歩ほど後ろに下がりグレイスから距離を取る。彼が想いを寄せる少女に特別な感情は一切抱いていない、という無言の意思表示である。それでもやはり腑に落ちないのか、月のような淡い黄の瞳は少年を胡乱気に見つめていた。同じ立場ならば、自分だってこのような様子になってもおかしくはない。恋する者故仕方がないことだろう、と同じものを抱えた少年は苦笑いを浮かべた。
「こんなところで喋ってる暇なんてないのよ。始果、さっさと行くわよ!」
 そう言って、グレイスは始果の手を取る。たったそれだけで、暗い色を孕んだ金色の目が柔らかさを取り戻した。
「はい。グレイス」
 彼女らしい強い語調を気にすることなく、始果は嬉しそうにふわりと笑った。その笑顔に、少女の頬がさっと赤を宿す。もう、とこぼした声は、不服さの中に喜びを有しているように見えた。
 ずんずんと廊下を進む少年と少女の三歩後ろに烈風刀も続く。躑躅色の髪と深い緑のスカーフが揺れる様に、翡翠にも似た目が細められた。
 レイシスのそれと同じほど長い髪の少女、己と同じほどの背丈の少年。手を取り歩むその後ろ姿に、想い人と自分の姿を重ねる。ああやって二人だけでともに並べたならば、手を繋いで歩けたならば、どんなに幸せなのだろう。彼のように積極的に想いを口にできるならば、臆せず触れることができるならば、募るこの想いはどれだけ彼女に伝わるのだろう。そんな仮定を考える。随分と奥手であると自覚している己には到底できないということなど、分かりきっている。
「僕だって、貴方が羨ましいですよ」
 誰にも聞こえないようにぽそりとこぼし、恋する少年は苦く笑った。

畳む

#はるグレ #嬬武器烈風刀

SDVX


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