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見上げた先の【咲霊】

見上げた先の【咲霊】
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リハビリ咲霊。この子らは妙に書きやすい。
TLで見たラブコメチックな膝枕咲霊が可愛くて書き始めたはずなのにどうしてこうなった。

 霊夢、と優しげな声が己の名を口にする。声の方へと目をやると、正座をした咲夜が手招きしていた。畳に手を付き、ぺたぺたと這って霊夢は彼女の下へ向かう。何の用だと言いたげに目の前の赤い瞳を見つめると、咲夜は微笑み己の太ももをとんとんと叩いた。誘われるがまま、そこに頭を乗せる。腹に背中を預けるように顔を横に向け頬を付けると、程よい弾力と心地よい熱がほのかに伝わってきた。細い指が頭を撫で、長い髪を優しく梳く。その心地よさに目を伏せた。
「足、痺れないの?」
 こてんと仰向けになり、以前から疑問に思っていたことをぶつけた。咲夜の住まう館はテーブルと椅子ばかりで、正座しなければいけないような部屋はなかったはずだ。正座自体あまり慣れていないだろう。それに加え、人の頭を片足に乗せているのだ。足が痺れないわけがない。それでも彼女はいつも涼しげな顔をしているのだから、不思議でならない。
「もう慣れたわ」
 こうやって何度もやってるもの、と咲夜は霊夢の前髪をかき上げる。日の当たらない額は僅かな汚れすら見つからないほど白く、黒い髪とは対照的でよく映えた。
「それに練習したのよ。休憩中は正座して過ごしたり、寝る前にベッドの上でやってみたり、すぐに立ち上がれるようにしたり」
「練習してまでやることじゃないでしょ」
 指折り数える彼女にそんなに好きなの、と呆れた瞳で問うと、えぇ、と肯定の言葉と柔らかな笑みが返ってきた。物好きなやつだ、と霊夢はその優しい瞳をぼんやり見つめる。赤い目が弧を描き、慈しむような表情がこちらに向けられた。
 そんなに楽しいのだろうか、と霊夢は内心首を傾げた。咲夜はよく膝枕をしたがる。彼女はどうも自分の髪を触るのを好むようで、よく自身を引き寄せ長いそれを撫で、時に結ってくれる。それだけなら隣りあって座った方はやりやすいはずだ。だというのに、彼女はこうやって自分を寝転ばせるのだ。一体何が楽しいのだろう。小さな疑問と好奇心が胸の内に湧き出で、どんどんと膨らんでいく。
 霊夢が身を起こす。いきなりの行動に、咲夜は不思議そうにその赤い背を見た。そんな彼女を気にすることなく、向き合うように座る。すっと背筋の伸びた美しい姿勢で正座をし、無言で隣に座ったままの彼女を見つめぺしぺしと太ももを叩く。何を意味するのか理解できないのか、咲夜は頬に片手を当て首を傾げた。
「交代」
「え?」
「交代。たまにはやったげるわ」
 早く、と急かすように霊夢は目を細める。不機嫌そうなその顔を見て、咲夜は畳に手を付き身を屈め、遠慮がちな様子で示された場所に頭を乗せ横を向いて寝転んだ。白くふわふわとした髪を持つ彼女の頭は存外重く、何故こんな重たいものを率先して乗せろと言ってくるのだろう、とますます疑問が深まる。
 邪魔ね、と呟き、霊夢は咲夜のヘッドドレスを外す。動く気配すらなく、されるがままの彼女の頭をそっと撫でる。少し癖のついた髪はふわふわと柔らかな感触がして、触っていて心地よい。三つ編みが解けないように梳いてみる。少し跳ねた銀色は見た目よりずっとさらさらしていた。霊夢は楽しげに銀色の頭を優しく撫でる。咲夜は時折自分の髪を羨ましいというが、彼女の髪も十分に柔らかで滑らかだ。
 柔らかな銀色を楽しんでいると、咲夜は仰向けになりこちらを見た。どこかきょとんと呆けたような顔をした彼女は、見上げた先の黒い瞳をじっと見つめた。なんだろう、と不思議に思いつつも、霊夢もじっと見返す。覗き込んだ赤色は井戸水のように澄み切っていた。主人が主人故に『血のようだ』と言われる彼女の瞳だが、どろりとしたあれよりもワインや紅茶といった底の見える透き通る赤だとぼんやり考える。白い髪と肌に浮かぶ赤いガラス玉は、はいつぞや見た赤い月よりも深いそれはとても綺麗で、揺らめいて輝くその色に触れてみたいという衝動に駆られた。
「……される側っていうのも、案外いいものね」
 しみじみとした様子でそう呟き、咲夜はふわりと笑った。彼女はそのまま細い腕を伸ばし、霊夢の頬を優しく撫でる。陽の光にも似た柔らかい温かさとほんの少しのくすぐったさに、猫のように目を細めた。
「こうやって貴方を見上げるのも新鮮だわ」
「そういえばそうね」
 この膝枕といい抱きかかえた時といい、たしかに彼女はいつも見下ろす側にいた。そう考えるとなんだか気に食わない。不服さが表情に出ていたのか、咲夜は困ったように眉を下げた。そっと頬を撫でる手つきはまるでぐずる子どもをあやすときのそれに似ていて、霊夢は小さくむくれた。
「でも、これだとなんだか遠くに感じるわね」
「そう?」
 どこか寂しげな咲夜の声に、霊夢は不思議そうな顔をした。いつもされている時はそう感じない、むしろ近すぎるぐらいに思えた。身長の問題だろうか。いや、咲夜の方がほんの僅かに高いはずだ。何故なのだろう、と更に首を傾げていると、咲夜は苦笑した。
「私にも分からないけれど」
「なにそれ」
 変なの、と呟くと、知ってるでしょ、と笑い交じりの声が返ってくる。そのまま、自然な動作で咲夜は立ち上がった。一体なんだ、と己の手から離れた銀色を見つめると、彼女はくるりと綺麗に振り返った。その口元は柔らかく弧を描いており、どこか楽しげだ。
「交代」
「へ?」
「やっぱり、されるよりする方が好きみたい」
 さっと手早くスカートをさばき、咲夜は再び正座する。眉を下げ、困ったように笑う銀に誘われるがままに、霊夢も再び彼女に頭を預けた。ほんの少し離れていただけだというのに、布越しの温かさを長らく求めていたように錯覚する。
「……やっぱこっちのがしっくりくるわ」
「でしょ?」
 しみじみと、少し悔しげに呟きじぃと天井の方を見る。見上げた先の彼女は楽しげに笑った。普通はされた方が嬉しいだろうに、何故こんなに楽しげなのだろうか。やっぱり変なやつだ、と霊夢は小さく息を吐いた。
「それに、こっちの方が貴方の顔がよく見えるわ」
 うんうん、と一人頷いて、咲夜は霊夢の顔を覗き込む。だんだんと近付く赤い月に、霊夢は驚いたように目を見開いた。すぐさま眉間に深く皺を刻み、腕を伸ばし広げた手で彼女の顔を覆うようにしてぐいぐいと押し退けた。
「近い。調子に乗るな」
「あら、残念」
 不機嫌そうな声を気にすることなく、咲夜は涼しい顔で姿勢を正す。調子のいいやつめ、と霊夢は目を眇め、ごろりと横を向いた。
「どうする? もうやめる?」
「…………もうちょい」
 思案の末のふてくされたような声に、小さな笑い声と温かな手が降ってくる。さらさらと撫でられる感触は温かくて心地よく、安心する。思わず眠ってしまいそうだ。じわじわと姿を現し始めた睡魔に、霊夢は小さく欠伸をした。
「昼寝ばっかりしちゃだめよ」
 咎めるような言葉とあやすような手つきは正反対だ。その裏に滲む『寂しい』という感情も、隠すように優しい声音とも正反対で、霊夢は呆れたように溜め息を吐いた。
 こてん、と再度転がり、霊夢は咲夜の腹に顔を埋めるように向きを変える。
「寝ないしほっとかないわよ」
 安心しなさい、と甘えるように頭を擦り付けると、撫でる手がぴたりと止まった。この体勢では顔を見ることはできないが、きっと彼女はくしゃりといつもの瀟洒な表情を崩し、子どものように笑っているだろう。勝てないわね、と苦笑交じりの声に、当たり前でしょ、と不遜に返した。
 柔らかな手と、柔らかな体温と、ほのかに香る彼女の匂い。
 やはり、こちらの方が安心できる。ぼんやりと考えて、霊夢は目を伏せた。

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#咲霊 #百合

東方project

熱いものにはご注意を【咲霊】

熱いものにはご注意を【咲霊】
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キスの日にリハビリにと書こうとして放置してた咲霊仕上げた。
二人でのんびりお茶飲んでるだけの話。
キス要素? そんなものほとんどないよ?

  湯を注ぐとふわりと白い湯気と香りが宙を漂う。その瞬間は心地よいものだ。咲夜は小さく笑みを浮かべ、ティーポットの蓋を閉じた。白い指が陶器を撫でる様を霊夢はじぃと見つめていた。どうやら霊夢は自分の指にご執心らしい。貴方の指も綺麗よ、と以前言ったのだが、咲夜のじゃなきゃいや、と返された。可愛らしいものだ。
 頃合いをみて、用意したカップの上にポットを傾ける。透き通った明るい琥珀色が白い陶器を満たしていく。色も香りも十分だ。ソーサーに乗せたそれを、隣でもそもそとマフィンを頬張る霊夢の前に差し出す。口の中のそれを飲み込み、彼女は礼を言ってカップに手を付けた。小さく息を吹きかけて冷ます様子はいつ見ても愛らしい。本当ならば飲みやすい温度まで冷ました状態で出したいのだが、やはりお茶はどの種類に置いても熱い方が美味しい。何より温ければ温いで彼女は怒るのだ。自分でちょうどいい温度にするのがいいらしい。難儀なものだ。
 こくりと透き通ったそれを飲み、霊夢は満足気に小さく溜め息を吐いた。どうやらお気に召したらしい。
「紅茶、美味しいわね」
「あら、緑茶派ではないの?」
「緑茶派だけど過激派ではないもの。美味しいものにはちゃんと美味しいっていうべきよ」
 すました顔でそう言って、霊夢はまた一口紅茶を飲む。緑茶のようにすすらずに飲むようになったのは何時頃だっただろうか。諦めずに注意し続けてよかった、と咲夜は小さく笑みを浮かべる。悪いことではないのだが、少し行儀が悪い。できれば両手でカップを持つ癖も直してほしいのだけれど、これはこれで可愛らしいので強く注意するつもりは今のところない。
 そんな彼女の様子を眺め、咲夜も紅茶を飲む。色も香りもちょうどよいが、今日は少しばかり熱く感じる。どうやら湯の温度管理を少しばかり間違えたようだ。自分もまだまだだ、気を付けなければ、と考えてマフィンを口にする。こちらは問題ない甘さと焼き加減だ。
「あっ、つぅ……」
 突然、驚いたように霊夢が小さく声を上げた。どうしたのだろうと彼女を見ると、先程の上機嫌な表情はどこへやら、どこぞの雨傘のように舌をべろりと出して顔をしかめていた。
「あら、火傷?」
「みたい」
 うぅ、と霊夢は恨めしそうな声を上げる。両手で抱えてたカップを覗き込むと、少なくなっていたはずの中身は九分目あたりまで増えていた。どうやら自分で注いだらしい。時間も経ち既に程よく冷めていると思いそのまま飲んだ結果、うっかり火傷を負ったのだろう。
「貴方、いつも熱いお茶飲んでるのに火傷することなんてあるのねぇ」
「油断してたのよ」
「ごめんなさいね」
「……咲夜が悪いって言ってるわけじゃないわ」
 それでも痛いものは痛いのか、霊夢はうーうーと不機嫌そうに呻く。自身の些細なミスへの怒りも含まれているのか、その表情は少し悔しそうにも見えた。
「口の中は治りが早いっていうし、少しの我慢よ」
「そんなこと言ったって痛いものは痛いのよ」
 宥める咲夜を霊夢は恨めしそうに見る。べろりと外に出された舌は赤々としており健康的だ。火傷を負うと大抵その部位は赤くなるのだが、これでは分からないな、などと考えじぃとそれを見るめる。
「なによ」
 見つめる視線に不機嫌な声が投げかけられる。自身の過失をじっと見られるのがお気に召さないらしい。痛みで動かし辛いのか、どこか舌足らずで可愛らしい。そんなことを言ったら問答無用で札なりなんなりが飛んでくるだろう。沈黙は金である。
「傷は舐めると治るというけど」
「こんなとこどうやって舐めるのよ」
 思わずこぼれた言葉に霊夢はきょとんとした表情をする。反して咲夜はいたずらめいた笑みを浮かべた。すっと立てた指でその赤を指差す。ほんの少し動かせば触れてしまうような距離だ。
「人に舐めてもらえばいいのよ」
「ばっちい」
 咲夜の言葉に霊夢は更に顔をしかめた。切り捨てる言葉に、今度は咲夜がきょとんと首を傾げる番だった。
「たまにしてるじゃない」
「あれは別よ」
 ふざけてするようなことじゃないわ、と霊夢は言う。その声音は突っぱねるようであるが、しっかりと芯の通った真面目なものだ。
 つまり、普段そのようなことをする時はおふざけではなく真面目に対してくれているということか。咲夜は嬉しそうに笑みを浮かべた。その笑みが気に入らないのか、霊夢は更に眉に皺を寄せた。そんなに皺を寄せたら痕が残っちゃうわよ、と眉間をつつく。彼女はむぅ、と不服そうに唸って咲夜を睨むが、飽きたのかぺたりと畳に手をつき追い払うかのように手をひらひらと動かした。
「あーもー、そんなこと言ってないで水持ってきてよ」
「はいはい」
 子供らしい姿に咲夜は苦笑し、湯呑に水を汲んで彼女に手渡す。いきなり出てきたそれを気にすることなく、霊夢は湯呑を傾け口に含んだ。ようやく落ち着いたのか、はぁと疲れたように息を吐く。冷たいそれのお陰か、痛みは軽く引いたようだ。
「火傷したんじゃこういうお菓子は食べ辛いわね」
 机の上に並べられた菓子はどれも水分が少なくぱさぱさとしている。舌を火傷した状態でも食べやすいとは言えないものばかりだ。咲夜の言葉に霊夢は残念そうに俯く。じっと菓子達を見つめる視線は寂しげだ。
「咲夜のお菓子が食べられないだなんて」
「食べやすいものを作るわ。最近暑くなってきたし、プリンなんてどうかしら」
「プリンって、あの黄色い水羊羹?」
「……まぁ、そんなところね」
 洋菓子に疎い彼女の言葉に咲夜は諦めたように返事した。プリンと水羊羹は全く違うものだが、きっと違いを説明しても美味しいならそんなことはどうでもいい、と切り捨てられるだろう。実際、原材料や制作の過程を知らなくても美味しいものは味わえるのだから反論し辛い。
 冷たい菓子に思いを馳せる霊夢にすっと片手を伸ばし、撫でるようにその頬に触れる。いきなりの行動に、彼女は驚いたように目を見開きこちらを見た。そんな表情にくすりと笑い、頬を撫でそのまま唇を指で撫でる。
「火傷したんじゃ、キスしにくいわね」
「……唇だけなら、痛くないし……大丈夫」
 でしょ、と上目遣いで見つめられる。彼女らしい肯定の示し方にふわりと破顔し、その頬を両手で包む。手つきの柔らかさと優しい温度に霊夢は気持ちよさそうに目を細めた。
 優しく触れた柔らかなそれからは、菓子のそれとは違う甘い香りがした。

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#咲霊 #百合

東方project

空へと消える【ライ→レフ】

空へと消える【ライ→レフ】
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これの原案というか最初に考えついた形。
なんでこうなった、とどうにか方向修正したけどこっちはこっちで書きたくなったのでさくっと書いたのそのまま載せる。片思いおいしいです。

 キュッ、とペンが紙の上を走り終えた音。真っ赤な折り紙に黒がにじんでしまう前に、雷刀は油性ペンを片付けた。カタン、と机に硬いそれが当たる音がこぼれる。
「でーきた!」
 力強い文字が駆けるそれを手にし、雷刀は得意げに声を上げた。うちわで扇ぐように鮮やかな赤色をぱたぱたと振る。既にインクは乾いているのだが、どうも癖でこうしてしまう。人の性というやつだろうか、と雷刀はぼんやり考えた。
 七夕も近いから、とのことで、学園の玄関には数日前から大きな笹が設置されていた。空へと伸びるそれから少し離れた位置には、短冊を詰め込んだ箱と油性ペンが用意された机が複数設置されてた。ここで願い事を書いて吊るせ、ということなのだろう。こんなに大きな笹をどこから持ってきたのだろうか、という疑問はさておき、生徒たちはこぞって短冊に願い事を書き込んだ。己の願いをこめたそれをしなやかに揺れる緑の枝に括り付ける。最初は緑一色でどこか味気なかったそれは日に日に色を増し、今では賑やかしく華やかな色合いになっていた。
「ワタシもできマシタ!」
 その隣で同じくペンを操っていたレイシスが顔を上げる。彼女は満足気な表情で、胸に抱えるように淡い桃色の短冊を両手で持つ。向こう側が透けて見えそうなほど薄い色紙の裏には黒いインクがにじんでいるが、鏡文字であることも相まってかはっきり読むのは難しかった。
「雷刀は何て書いたんデスカ?」
 レイシスの問いに雷刀はにやりと不敵に笑い、手にした短冊をレイシスの目の前に掲げた。何と書いてあるのだろう、とレイシスは興味津々な様子で赤の上に散る黒を目で追いかけた。
「『頭がよくなりますように』だ!」
「その考え方が既に頭が悪いのですよ」
 自信に満ち溢れた言葉は、冷たく鋭い声に切り裂かれる。雷刀が気まずそうな顔で声のした方を向くと、予想通り冷ややかな目でこちらを睨む烈風刀がいた。
「大体、願う前に自分で勉強しなさい。その方がずっと早いに決まっているでしょう」
 呆れと怒りをにじませた言葉に、雷刀は逃げるように顔を反対側に向け視線を逸らした。反省する様子のないそれが気に入らないのか、烈風刀の目が更に細められる。ジトリとしたその目はどこか怖い。不穏な空気に、レイシスは慌てたように口を開いた。
「れっ、烈風刀はなんて書いたのデスカ?」
 ひょこり、とレイシスは烈風刀の手元を覗き込む。彼女が見やすくなるよう、烈風刀は細い短冊を傾けた。幾許か遅れて、雷刀も浅い緑色のそれを覗き込む。若葉色の紙の上には、スラリとした細く美しい文字が四つ並んでいた。
「むびょー、いき……いき?」
「『むびょうそくさい』、デスネ」
「正解です」
 流石ですね、と優しく微笑む烈風刀に、レイシスは嬉しそうに笑った。比較的簡単な四字熟語だが、正解したのが嬉しいようだ。反面、雷刀は拗ねたように口を尖らせた。ツッコミすらされず、放っておかれるのが気に入らないらしい。
「そういうのじゃなくてさー、もっと他にねぇの? こう、『野菜が美味しく育ちますように』とか、『料理が上手くなりますように』とか」
「自分個人のことを考えるよりも、皆のことを考える方が有益です。……個人的な願い事が思いつかなかった、ということもありますが」
「烈風刀らしいデス」
 つまらなそうな雷刀の声を、烈風刀はバッサリと切り捨てる。しかし、その声はどこか自信なさ気だ。厳しくありながらも人を思いやる彼らしい、とレイシスは小さく笑った。
 皆の事ねぇ、と雷刀は彼の言葉を反芻する。レイシスの言う通り彼らしい願いだが、もう少し自己を押し出してもいいのではないか、と考える。弟は他人のためなら簡単に自己を殺す性格をしている。雷刀はそれをあまり快く思っていなかった。
「レイシスは何と書いたのですか?」
「『みなサンにより良いサービスが提供できマスヨウニ』、デス!」
 にこにこと笑うレイシスに二人は頬を緩めた。ナビゲートを一身に担う彼女にとって、それは心の底からの願いなのだろう。心優しい彼女らしい、と双子はくすりと笑った。
「さ、飾りましょうか」
 烈風刀の声に、レイシスと雷刀は元気よく返事する。レイシスと烈風刀が手頃な高さの枝に結びつける中、雷刀はできる限り高い場所を目指して腕を伸ばす。つま先立ちになり、指に触れたしなやかな枝を掴み取る。
「そんなに上でなくともいいでしょう」
「いや、高いとこの方が願いが届く気がする。絶対そうだ。オレ知ってる」
 雷刀の言葉に、烈風刀は呆れたように顔を渋くした。彼の思考は子供のそれそのものだと分かっていても、納得しがたい。反してレイシスはその手があったか、と言わんばかりの表情で雷刀を見つめていた。どこか天然な彼女はよく彼に影響されている。頼むからやめてほしい、と烈風刀は常々思っているが、言っても効果はないだろう。結局、彼女のふわふわとした雰囲気に負けてしまうのだ。
 烈風刀の考えなど露知らず、雷刀は掴み取ったそれを離さぬよう注意しつつ、短冊を片手で器用に結びつけた。握った手を離すと、細い枝は勢いよくしなり空高くへと向かった。
「ほら、高いとこのが目立つ」
 どうだ、と自慢げな表情で雷刀は天を指差す。鮮やかな緋色の色紙は、どの短冊よりも目立っていた。
「ワタシも高いところに結べばよかったデス……」
「レイシス、危ないからやめましょう? しなった枝が当たったらとても痛いのですよ? 葉で指を切ってしまうかもしれません」
 心配げな烈風刀の言葉に、レイシスははわ、と短い悲鳴を上げる。想像しただけで怯えてしまったらしい。ハイ、と素直に頷く彼女を見て、烈風刀は安心し胸を撫で下ろした。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうデスネ」
 元々、ここには作業の休憩も兼ねて訪れたのだった。いくら運営に関わる大切な作業とはいえ、籠りっぱなしでは集中力も切れてしまう。外の空気を吸い、晴れ渡る空を見て、気分は大分よくなった。これならばこれからの仕事も上手くやれるだろう。
 楽しかったデス、と笑うレイシスを見て、双子は嬉しそうに笑みを浮かべる。彼女が楽しめたのならば何よりだ。
 ふと、雷刀が足を止めた。赤い瞳が見つめる先には、束になった短冊があった。この学園の生徒数は非常に多いが、全員が全員これに興味を示すわけではない。まだまだたくさん余っているのも当然だ。
 すっと手を伸ばし、黄色の短冊を取り出す。隣に放置してあった油性ペンのキャップを開け、雷刀は薄いそれに文字を書き入れていく。ペンは先程のように勢いよく走らず、まるで書道をするようにゆっくりと動いていた。
「何をしているのですか」
 耳慣れた声に雷刀が顔を上げると、隣に烈風刀がいた。兄がいなくなったのに気付き、戻ってきたようだ。なんかかんか甘いな、と雷刀は内心苦笑する。自分なんて放っておいて先に行けばいいものの、わざわざ迎えに来てくれたのだ。厳しい言動の割に、彼は根本がどこか甘い。
「んー? 一杯余ってるしもう一枚書こうかなって」
「欲張りな」
 雷刀の言葉に、烈風刀は呆れたように溜め息を吐いた。いーじゃん、と雷刀は能天気に笑うが、烈風刀の表情は依然渋いものだ。
 ふと、烈風刀の表情が変わる。眉間に皺を寄せた難しい表情は消え、代わりに不思議そうな色が浮かぶ。透き通った若草色の瞳は、雷刀の手元の短冊に吸い寄せられていた。
 彼が手にした短冊には、『あの人と仲良くできますように』と書かれていた。その文字はいつもの走り書きのような乱れた文字ではなく、とても丁寧なものだ。普段ならばとにかく大きく書く彼だが、黄色い短冊に浮かぶ文字は小さい。まるで別人が書いたようだ、と烈風刀は首を傾げた。
「ん? なに? 気になる?」
「えぇ。貴方は皆と仲がいいでしょう? だというのにわざわざこうやって願うだなんて、さすがに気になります」
 雷刀は明るく活発な性格をしており、かつ誰とでも分け隔てなく自ら関わりにいく人間だ。その元気さを疎ましく思う人間もいるが、最終的には彼の魅力の前に折れてしまう。そんな彼がわざわざ『仲良くなりたい』と願うだなんて、一体どんな人間なのだろう、と烈風刀は考え込む。
「知りたい?」
「えぇ」
 にまりと楽しげに笑う雷刀に、烈風刀は真剣な表情で頷く。常に冷静に見える彼だが、その実兄と同じくらい好奇心が強い。加えて、疑問は全て解決してしまいたいという考えを持っていた。謎を謎のまま残しておくのはどこか気持ち悪く思えた。
「ひみつ」
「…………だったら、最初から聞かないでください」
 いたずらめいた笑みを浮かべる雷刀に、烈風刀はジロリと鋭い視線を送る。視線に物理的な攻撃力があるとすれば、きっといとも簡単に身体を貫通させるような鋭さだ。しかし雷刀は気にかける様子もなく、笹の下へ歩き目の前の枝に吊るす。反動で枝が揺れ、黄色い短冊もつられてカサリと音を立てた。
「高いところに吊るさなくていいのですか?」
「いいの」
 皮肉気な烈風刀の言葉に雷刀はすんなりと返す。一体何なのだ、と烈風刀は不可思議そうに顔を歪めた。
「――どうせ、叶わねぇし」
 雷刀は寂しげな表情で呟く。その彼らしからぬ弱気な言葉は烈風刀に聞こえなかったようで、まだ難しそうに顔をしかめていた。
「ほら、さっさと行こーぜ。レイシス待たせてんだろ?」
「押さないでください。元はといえば貴方のせいでしょう」
 ぐいぐいと背中を押し前へと進める雷刀に、烈風刀は抗議の声を上げる。まぁまぁ、と雷刀は悪びれずに笑う。仕方ない、といった風に烈風刀は溜め息を吐いた。結局、いつも折れるのは自分なのだ。
 己の背を押す彼の表情を見れば、烈風刀はきっと驚くだろう。普段の明るさは消え、どこか暗く寂しげな表情を浮かべる雷刀など、双子の弟である烈風刀も滅多に見ることができない。そうやって顔に表れるほど、彼の思考は淀んでいた。
 そうだ、己の願いは絶対に叶わないのだ。
 実の弟と仲良く――より仲を深め、血縁という関係を超え、恋仲になりたいという願いなど、絶対に叶ってはいけないのだ。
 そう自分に言い聞かせて、雷刀はぐ、と息を飲みこんだ。胸の奥に使える淀んだ思考をどうにかいに押しやる。こんな感情は、こんな劣情は、こんな恋情は、決して表に出してはならない。誰にも見せず、墓まで持っていかねばならないのだ。
 それでも、わざわざ七夕なんてイベントに縋ってしまうのだから自分もまだまだ弱いなぁ、と雷刀は自嘲する。どこか変に天然の入った彼はきっと気付かないだろう。だからこそ、ああやって濁り汚れた言葉をしたためたのだ。女々しい。その一言に尽きた。
「さーさー早く行こうさっさと行こうどんどん行こう」
「だから押さないでくださいって」
 ちゃんと歩けますよ、と烈風刀は不満げに声を漏らす。たん、と足を前に進め、烈風刀は背を押す手から逃れる。行きますよ、と彼は駆けだす。ん、と楽しげに答え、雷刀も走り出す。パタパタとコンクリートの床の上を駆ける音。二人分のそれは校舎へと吸い込まれていった。
 細い笹の葉の中、秘めたる思いを込めた短冊が小さく揺れた。

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#ライレフ #腐向け

SDVX

届【ハレルヤ組】

届【ハレルヤ組】
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pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。

七夕のお話。初等部とか中等部とか高等部の皆がだらだら話してるだけ。
例により呼称は公式参考にしつつ捏造。

 風の動きに合わせて細い緑の葉が揺れる。そこに吊るされた色とりどりの飾りもつられて揺れ、さらさらと軽やかな音を奏でた。
 七夕も近いから、と数日前に学園の玄関に設置された笹の周りには、たくさんの生徒が集まっていた。少し離れた位置には短冊を詰め込んだ箱と油性ペンが用意された机が複数設置されており、皆ここで願い事を書いていた。己の願いをこめたそれを手にし、すっと上へ上へと葉を伸ばすしなやかな枝に括り付ける。始めは緑一色だったそれは日に日に色を増し、今ではとても賑やかで華やかな色合いになっていた。
「これでよし、っと」
 キュッと油性ペンが軽やかな音を立てる。雷刀は手にしたそれを元の場所にしまい、顔を上げ真っ赤な短冊を手にしひらひらと振る。インクは既に乾いているのだが、そうやって振ってしまうのは人のサガというものだろう。
「ワタシもできマシタ!」
 同じく隣でペンを滑らせていたレイシスも顔を上げた。彼女は胸に抱えるように淡い桃色の短冊を両手で持った。薄い折り紙でできた短冊の裏にはペンのインクがにじんでいるが、はっきりと読むのは難しい。
「雷刀は何をお願いしたんデスカ?」
 レイシスの問いに雷刀はフフフ、と不敵に笑い、手にした短冊を彼女の目の前に掲げた。鮮やかな赤の上には力強い黒が勢いよく放たれていた。
「『成責がよくなりますように』だ!」
「『せき』の字が違いますよ」
 切り捨てるような鋭い声がすぐ隣から飛んでくる。雷刀が気まずそうな顔でそちらを見ると、予想通り呆れを色濃く浮かべた翡翠の瞳でこちらを睨んでいた。
「成績の『せき』は糸偏です。大体、そんなことを願う前に居眠りせずに授業を聞きなさい」
 怒りを露わにした指摘に雷刀は逃げるように視線を逸らした。毎度毎度のそれが気に入らないのか、烈風刀の目が更に細められる。ジトリとした暗いその瞳はどこか怖い。ゆるりと重くなった空気に、レイシスが慌てたように口を開く。
「れっ、烈風刀はなんて書いたのデスカ?」
 ひょこり、とレイシスは烈風刀の手元を覗き込む。彼女が見やすくなるよう、烈風刀は短冊を傾けた。幾許か遅れて雷刀も浅い緑色のそれを覗き込む。若葉色の紙の上には、スラリとした美しい文字が四つ並んでいた。
「むびょー、いき……いき?」
「『むびょうそくさい』、デスネ」
「正解です」
 流石ですね、と微笑む烈風刀に、レイシスは嬉しそうに笑った。反面、雷刀は拗ねたように口を尖らせた。ツッコミすらされず、放っておかれるのが気に入らないらしい。
「もっと他にないのかよ。こう、『野菜が美味しくできますように』とか」
「自分のことよりも皆のことを考える方が有益です。……個人的な願い事がいまいち思いつかなかった、というのもありますけど」
「でも、烈風刀らしいデス」
 つまらなそうな雷刀の声に烈風刀はさらりと返すが、その声はどこか自信なさげだ。他人をよく観察し考えて行動する彼らしい、とレイシスは小さく笑った。その笑みが何だか恥ずかしくて、烈風刀は気まずげに視線を逸らす。
「レイシス姉ちゃんだー!」
 パタパタとコンクリートの地面を駆ける音。レイシスが声の方へ身体を向けると、その胸にニアが飛び込んできた。少し遅れてノアもニアの背に抱き付くように止まる。三人はその胸の中できゃいきゃいと楽しげにはしゃぐ彼女たちを見た。
「ニアたちも短冊書きにきたのか?」
「うん!」
「さっき書いたから、飾りにきたの」
 二人は手にした短冊を頭上に掲げ、雷刀に見せる。ひらひらと揺れるおそろいの青い短冊には、『みんなといっぱい遊べますように』と丸っこい可愛らしい文字で書かれていた。彼女らの純粋で真っ直ぐな願いに、微笑ましい、とレイシスたちは頬を緩める。明るく元気いっぱいの彼女たちならば必ず叶う願いだろう。
「きっと叶いますよ」
 烈風刀は二人に笑いかける。彼女らは嬉しそうにえへへ、と笑った。ふと、二人がつけたカチューシャのリボンが兎の耳のようにぴんと立ち上がる。深海のように深くきらきらと光る二対の青は、レイシスたちの手元に目を奪われていた。
「レイシス姉ちゃんたちも書いたの?」
「はい。しっかり書きマシタ」
 ニアの言葉に、レイシスは手に持った短冊を見せる。二人は桜色のそれを覗き込むが、漢字が読めないのか、うーん、と首を傾げていた。
「ねぇ、レイシス姉ちゃんたちのもノアたちと一緒に飾る?」
「はわ、いいのデスカ?」
 うん、とニアとノアは元気よく頷く。むしろみんなと一緒に飾りたい、とのことだ。ありがとうございマス、と礼を言い、レイシスは三人分の短冊を彼女らに渡した。二人は手を繋ぎ、せーの、と声を合わせ、ぴょんと勢いよく飛び上がる。青い髪と緑がかった黄色のリボンが風を受けてふわりと揺れる。二人は空へと伸びる笹のてっぺんに近い位置に五人分の短冊を器用に結んだ。とん、と彼女らは同時に足を付き、体操選手のように両手を上に伸ばしポーズを決めた。繋いだ手を高く上げる姿は可愛らしい。
「これでよーし!」
「ありがとな」
「有難うございます」
「れふとたちのお願いも叶うといいね」
 礼を言う烈風刀と雷刀に、ノアはそう言って笑った。だな、と雷刀も笑顔で返す。自分のものはともかく、烈風刀やニアたちのものはきっと叶うだろう。どちらも彼らならば努力し成し遂げることができることなのだ。
「あ、れふとおにーちゃんだ」
「れふとおにーちゃん、こんにちは」
「……こんにちは」
 パタパタと三人分の小さな足音。名を呼ばれた彼が視線をやると、そこには短冊片手に駆けてくる雛、桃、蒼の三人がいた。三色の耳が、嬉しそうにぴょこんと立ち上がった。
「こんにちは。皆さんもお願い事をしにきたのですか?」
 烈風刀の問いに、うん、と三人分の元気な声が答える。見て見て、と雛は己が持つ短冊を差し出す。淡い黄色のそれは『もっといっぱいあそべますように』とクレヨンで書かれていた。きっと教室で書いてきたのだろう。わたしも、と差し出した桃と蒼の短冊にも同じことが書いてある。仲がいいな、と烈風刀は微笑んだ。
「みんなのも高いとこに飾る?」
「ノアたちが飾ってくるよ」
 二人の申し出に、雛たちは嬉しそうに声を上げる。ニアノアおねーちゃん、おねがいします、と三人は声を揃えて短冊を差し出した。しっかりと受け取ったニアたちは、地面を蹴り上げ空へと飛び上がる。青空に浮かぶ二人を見て、三人の子猫は楽しげに笑う。楽しそうでなによりだ、と烈風刀はその姿を見て顔を綻ばせた。隣にいる二人もきっと同じ表情をしているだろう。楽しげにはしゃぐ彼女らの姿は、愛らしいという言葉がよく似合う。
「あら、皆さんおそろいですの?」
 よく通る高い声が後ろから上がる。はしゃぐ彼女らの後ろには、普段通り鴇色の着物に身を包んだ桜子がいた。その後ろには氷雪もいる。白い着物を身にまとった彼女は不思議そうな顔をしていた。
「これだけ人が集まっているのは珍しいですね」
「気付いたらみんな集まっていまシタ」
 氷雪の声にレイシスは楽しげに答える。まだ多くの人と話すことに慣れていないのか、氷雪は桜子の後ろに隠れるように立っている。それでも自ら声をかけることができるようになったのだ、人との関わりをあまり持っていなかった彼女にとっては大きな進歩だろう。
「二人も短冊を飾りにきたのデスカ?」
「そうですの」
 レイシスの問いに桜子は手にした短冊を彼女に示した。すぐハッとした表情になり、見ちゃだめですの、と慌てて己の背に濃い桃色の紙を隠した。大丈夫、見ていまセン、とレイシスはぱたぱたと手を横に振る。きっといつも通り『あの方』に関する願いなのだろう。彼女の想いは、きっと空の上、星の川の畔で夫のことを想う織姫にも負けない。
「そっ、そういえば、氷雪さんはなんて書いたのですの?」
 くるりと振り返り、桜子は後ろにいた氷雪に問いかける。自分に振られるとは思っていなかったのか、氷雪はビクリと身体を震わせた。あわわ、と深い河の底のような美しい緑の瞳が辺りを泳いだ。
「えっと……、これ、です」
 氷雪は恥ずかしげに俯き、そっと短冊を二人に差し出した。白にも似た水色のそれには、細く麗しい文字で『もっと皆さんとお話しできますように』と書かれていた。
「わたし、まだ皆さんと上手くお話しできなくて……。早く打ち解けて仲良くなりたいのですけれど、上手く言えなくて……」
「大丈夫デス!」
 不安の色をにじませながら頬を赤く染める氷雪の手に、レイシスは己の手を重ねた。ひくり、と氷雪の肩が揺れる。驚く彼女を気にせず、レイシスは彼女の手をぎゅっと握った。冷たいですよ、と声を上げそうになる氷雪だが、レイシスの朗らかな笑みは己の冷たさを打ち消すような温かさをしていた。
「いつも頑張っているデショウ? だから大丈夫デス! きっと叶いマスヨ!」
 ニコニコと笑い励ますレイシスに、少し強張っていた氷雪の表情が緩む。だといいですね、と困ったように笑う氷雪に、レイシスは再度大丈夫、と励ます。傍にいた桜子も二人の手に己のそれを重ね、大丈夫ですの、と声を上げた。二人分の温かさに、ツンと鼻の奥が痛む。ここは泣くところではない、ときゅっと口を引き結び、氷雪は小さな声でありがとうございます、と呟いた。その細い声は二人にちゃんと伝わったようで、桃と浅葱の瞳がふわりと弧を描いた。
「あれ、先輩たちどうしたんですか?」
 不思議そうな声に雷刀と烈風刀は振り返る。赤と緑の二対の目の先には、深い青の髪で目元を隠した後輩がいた。いつもならば友人の魂や灯色がいるのだが、今日は珍しく一人で行動しているらしい。
「冷音も短冊飾りにきたのか?」
「いえ、これを飾りにきたんですけど……」
 これ、と冷音が取り出したのはてるてる坊主だった。しかし、通常の物とは違い、天地が逆さまになっている。雨を降らせてくれ、というのが彼の願いなのだろう。短冊に書くより分かりやすい。これ自体の効果も期待もできる、というのも合理的だ。
「……止めといたほうがよさそうですね」
 ハハ、と冷音は力なく笑う。さすがになぁ、と雷刀は苦笑した。三人の視線の先には、笹の下で楽しげに話すレイシスたちや、さらに飾り付けるニアや桃がいた。あれだけはしゃぐ彼女らの姿を見て、これを吊るすのは憚られた。
 もったいないので屋上にでも吊るしてきます、と冷音は踵を返し校舎へと入っていった。吊るす事自体を止めてほしいが、既に遅い。普段は大人しい彼だが、雨に関する物事への執着は強くそう簡単に止めさせることはできないだろう。長い付き合いのある魂ですら勝率は五割なのだ。
 子どもたちの声が響く中、レイシスはふと空を見上げた。雲一つなく晴れ渡る青空へと背を伸ばす笹は青々としており、育ち盛りの子どものように伸びやかだ。さらさらと揺れ心地よい音を立てる葉や飾り、そして多く吊るされた短冊は、皆の願いを受けて輝いているようにも見えた。
「……七夕が過ぎると、撤去しちゃうんデスヨネ」
 寂しげなレイシスの声に、雷刀たちは目を伏せた。七夕は一日限りだ。そして、このような大きいものをいつまでも飾っておくことなどできない。回避することができない事実ではあるが、彼女のその言葉を肯定することは双子にはできなかった。
「レイシス姉ちゃん知らないの?」
 きょとんとした顔でニアとノアがレイシスたちを見上げた。何の事だろうか、と三人は顔を見合わせる。その場にいた皆も不思議そうに口をつぐんだ。
「七夕の笹と飾りはね、終わったら燃やすんだよ」
「も、もやしちゃうのですか……?」
 ニアの言葉に、後ろで話を聞いていた桃が怯えたような声を上げる。雛や蒼、桜子に氷雪も酷く驚いた顔をしていた。当たり前だ、いきなり『燃やす』だなんて物騒な言葉が小さな彼女の口から飛び出したのだ。
「だいじょうぶだよ」
 不安げに震える桃の頭をノアが撫でる。その声は優しく、心配そうな色を浮かべた桃は少しばかり落ち着いた。それでも納得いかないのか、依然不思議そうな表情を浮かべている。彼女だけではない、どういうことなのだろう、とその場にいた全員が思っているようだ。
「笹を燃やして、煙が空に昇って彦星と織姫にお願い事を届けてくれるんだって。みんなのお願い事を、煙が運んでくれるんだよ」
 だからだいじょーぶ、とニアとノアは空へと両手を広げ笑った。二人の言葉にレイシスと雛はキラキラと目を輝かせる。彼女らの話を聞いた烈風刀と雷刀はほぅ、と関心の声を上げた。
「そんなこと初めて聞いたな。すげー」
「どこかで聞いた覚えはありますが……、よく知っていましたね」
「すごいでしょー!」
「ニアちゃんと一緒に読んだ本に書いてあったんだ」
 感心する二人の声に、ニアたちはえへんと胸を張る。すげー、と雷刀が両手を上げ喜ぶとニアとノアもぱたぱたと両手を空へと掲げ笑った。きゃっきゃとはしゃぐ三人を見てレイシスはふふ、と楽しげに笑った。その笑顔には先程の寂しそうな色など無く、いつもの柔らかな温かみに溢れていた。
「ちゃんと届くといいデスネ」
「えぇ」
 大丈夫ですよ、と言う烈風刀の言葉に、レイシスは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そういえば、レイシスは何をお願いしたんだ?」
 ニア達とじゃれていた雷刀がくるりと振り返り問うてきた。そう言えば、自分の願いは見せたが彼女のそれはまだ聞いていなかった、と双子はじっと見つめる。レイシスはにこりと笑い、空を見上げる。彼女の桃色の瞳の先には、先ほどニアたちが括り付けてくれた薄桃色の短冊があった。
「『みなサンにより良いサービスが提供できマスヨウニ』、デス!」
 レイシスの言葉に、双子はくすりと笑う。心優しい彼女らしい、素敵な願いだ。
「レイシスも、自分の事ではないのですね」
「やさしーレイシスらしいけどな!」
「ハイ、みなサンの幸せが、ワタシの幸せですカラ」
 だから叶ってほしいデス、とレイシスは再び空を仰ぐ。
 真っ青な空には、若い緑と輝かしい願いが広がっていた。

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#レイシス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #ハレルヤ組

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雨音響く日常【後輩組】

雨音響く日常【後輩組】
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pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。

後輩組、というより魂と灯色がだらだら話してるだけ。後輩組はゆっるい付き合いをしているといい(私が)

 照明など機能していない部屋の一角は青白い光で照らされている。光源であるモニタの前には、猫背になった魂がじっとそれを注視しキーボードを操っていた。暗い部屋で不健康な光を浴び続けるのは、学園のメインサーバーを管理する役目を担う彼の日常である。
 その後ろ、少し離れた位置では灯色が硬い床の上に寝転びピクリとも動かず眠っていた。寝息すら聞こえないその姿は生きているかどうか不安になる者も多い。けれども、魂にとっては当たり前の日常の一コマでしかない。バグも現れない現在、起こす理由などないのだから、気にすることなくキーの上で指を踊らせた。
 寝転がっていた灯色の指がピクリと小さく動いた。痙攣するように彼の身体が震え、小さな呻き声と共に酷く緩慢な動きで起き上がる。そのままゆるりと首を動かして暗い部屋を見回した。
「んー……魂、冷音は?」
「外走り回ってる」
 八割方眠っている声に、魂はモニタから目を離すことなく答える。ふぅん、と答えにもならない声をあげて、灯色はつまらなそうにドアを見つめた。他の教室と違い、ガラス窓が無いその扉の向こうに何があるか見えることはない。ただ、魂の言葉から何が起きているかははっきりと理解できた。
 二人の共通の友人である青雨冷音は普段は気弱で温厚な少年だが、雨の日は豹変する。口調も性格も強気で攻撃的なものに変わり、躁状態ではないかと疑うほどテンションが高くなる。雨の中外に飛び出し、ヒャーなどと叫び傘を振り回し走り回る姿は、最早学園名物の一つとなりつつあることを彼は知らないだろう。
 本日の天気は雨。それも耳が痛くなるほど雨音がうるさくい土砂降りだ。朝から授業を放り出しそうなほどのテンションだった彼が放課後どうなっているかなど、火を見るより明らかだ。
「元気だね……何が楽しいんだろ……」
「さぁな。昔からあの調子だし」
 やる気なく呟く灯色に、魂は同じくやる気なく答える。幼馴染で腐れ縁、長年共に過ごしてきた彼にすら分からないのなら他者が分かることなどないだろう。自然現象レベルだな、と灯色はぼんやり考え、窓のないドアをぼうと見る。雨の名を冠した彼はまだまだ帰ってこないように思えた。
「はしゃぐのはいいけど後のこと考えろよなー。毎度毎度ぐっちゃぐちゃのどっろどろになって帰ってきやがって……」
 画面から目を離すことなく、魂はぶつぶつと愚痴をこぼす。放っておけばいいのに、と灯色は思うが、言っても意味はないだろう。二人ともなんだかんだ世話焼きのお人好しなのだ。
「……いいね」
「どこがだよ」
「ボクは、そういうの……覚えてないから……」
 不律灯色には記憶がない。己の名前すら忘れた彼の今のそれは、学園に編入するために一時的に与えられたものだ。目的も忘れ、ただただ世界を彷徨う彼が過去にあったかもしれない光景、普通の未来に存在したかもしれない光景を羨ましがるのは当然ともいえるだろう。たとえ、それが意識することなく日常に存在するワンシーンだとしても、だ。
 悪いことを言ってしまった、と魂は灯色の言葉に気まずそうに顔をしかめた。
「……まあ、どうでもいいけどね」
「いいのかよ」
 つまらなそうにあくびをする灯色に、魂は思わず呆れたような声を上げる。先程までの寂しげな言葉は一体何だったのだ、と眉をひそめた。
「ていうか……魂はそういうの分からないの……? スーパーハッカーってやつなんでしょ……?」
「『スーパー』じゃねぇし。てか手がかり全くないのにできねーっての。その名前もマキシマ先生がつけたんだろ?」
「らしいね……」
「『らしい』って、お前当事者だろ……」
「半分寝てたから覚えてない……。ていうか、マキシマにボコボコにされて記憶飛んでる……気がする……」
 先生、あんた一体何してんだ、と魂はげんなりとした表情を浮かべた。退治するにしてもやりすぎである。それほど灯色が強かったと考えるのが自然だろう。事実、灯色のバグ退治の腕は仕事を始めたばかりの頃から抜群に長けていた。記憶は消えてしまっても、身体はしっかりと覚えている。それが彼を探す手掛かりにならないか、と魂は幾度か考えたことがある。けれども、腕っ節の強い者などこの世界、それどころかこの狭い学園にすらある程度いる。それ以外の何も情報が無いのだから、そう簡単には見つからないだろう。下手をすればトライプルのように別世界から来たという可能性もある。手がかりがかけらもないのだから、どうしようもないのだ。
「……今は今で楽しいし」
 魂たちもいるしね、と言って灯色はまた横になった。ヘッドホンが地面にぶつからぬよう器用に寝転がる姿は、まるでしなやかな猫のようだ。
「…………魂」
 ガラガラとドアがゆっくりと開かれ、光が闇の深い部屋に注ぎ込まれる。二人の視線の先には冷音がいた。頭からつま先まで、全身余すところなくずぶ濡れになった彼は普段通りの落ち着いた様子だ。むしろ落ち込んで更にテンションが低くなっているようにも見える。
「雨、上がったのか?」
 魂の問いに冷音は小さく頷いた。早すぎるよ、と酷く辛そうな、ほんの少しでも気を抜けば泣き出してしまいそうな声で彼は呟く。あんなに長く外にいたというのに、まだまだ足りないようだ。まだ入ってくんなよ、と魂は入口に佇む冷音に釘を刺す。機械だらけのこの部屋に水の塊と言っても差し支えないほど濡れた彼をそのまま入れるなどできない。魂は脇に置いてあった冷音のカバンからタオルを取りだし、持ち主に向かって投げた。自分でしっかりと用意していたらしい。案外理性的なのだな、と灯色はその光景を見て思う。
 力なく頭を拭く冷音を見かねてか、魂は椅子から立ち上がりドアへと歩みを進める。部屋の境目に立ち尽くした手を伸ばして、無理矢理屈ませて乱暴にタオルを動かす。白いタオルが水を吸って重くなった頃には深い青色の髪はぼさぼさになっていた。冷音は急いで前髪を整え目元を隠す。雨が降っている時は隠すことなく行動するというのに、一体何が違うのだろう。それは皆の疑問だった。
「雨上がったなら帰るか。灯色はどうする?」
 魂の問いに灯色はゆるゆると首を横に振った。もう日も暮れ、エスポワールと交代する時間が近い。一旦帰って休むには難しい時間だ。それを理解したのか、魂はそうか、と頷いた。
「んじゃ、また明日な」
 いつの間にか二人分の鞄を手にした魂はひらひらと手を振り、そのまま冷音の背を押す。外に押しやられる冷音もじゃあね、と小さく手を振って廊下へと消えた。トン、と鉄でできた引き戸を閉めれば、元の闇が戻ってきた。
 機械の低い唸り声が満ちる暗い部屋で灯色は寝転ぶ。薄く開かれた瞳で何もない暗闇をぼんやり見た。
 記憶があれば、あのように友人らと帰ることができたのだろうか。
 記憶があれば、このように寝て仕事をしてという日常を過ごすことはなかったのだろうか。
 そんなくだらないことを考えて、灯色は寝返りを打つ。ヘッドホンが硬い床に触れ、カチンと小さな音を立てた。手を広げ、肉の薄い己の手を見つめる。
 だらだらと友人らと話して、仕事が無い日は時折一緒に帰って、先生やエスポワールと他愛のない会話して、先輩方とバグ退治をして。今まで過ごしてきた日常を思い返して指を折る。
 なんだ、今も変わらないじゃないか。
 くぁ、と灯色は小さく欠伸をする。エスポワールが来るまでもう少しかかるだろう。時計は見えないが、なんとなく感覚で分かる。それほど、このような日常を過ごしてきたのだ。
 重くなった瞼に逆らうことなく彼は目を閉じる。いつも隣にいる黄色と青が、暗い闇の中ぼんやりと見えた気がした。

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#赤志魂 #青雨冷音 #不律灯色 #後輩組

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埋め火【ライ←レフ】

埋め火【ライ←レフ】
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リハビリに未送信ボックスの中に埋もれてた文章完成させた。
片思いしてる弟君がごちゃごちゃ考えてるだけの話。
これの対みたくしたかったけど、形式が同じなだけで繋がりは全く無い。

 雷刀に彼女ができたらしい。
 そんな風の噂が聞こえてくるが、それは真っ赤な嘘であると烈風刀は知っている。
 雷刀のことだ、もし彼女なんてものができればもっと浮足立っているだろう。感情に素直で何事も顔に出やすい彼がそれを隠し普段通り過ごせる訳がない。なにより、自分にその類のことを一切話してこないのだ。些細なことでも話し、時に自慢し、時に泣きつき、時に頼ってくる彼がそんな人生における重大ニュースを告げないはずがない。だから、噂の真偽を確認する必要性などない。
 それが恐怖故の言い訳だということを、烈風刀は理解している。
 雷刀に彼女ができるなど――想いを寄せる人に恋人ができるなど、考えたくもない。もし噂が事実なら。そう考えるだけで心臓が締め付けられる思いがする。頭が理解することを拒否する。恐怖が身体を支配する。仮定した場合ですらこれなのだ、受け入れたくない事実を知ってしまったら一体自分はどうなってしまうのだろう。それは明確な恐怖であった。
 その恐怖が消えることなどない、と烈風刀は諦めている。
 彼と自分が男女のそれのような仲になることなどありえない。想いを伝えることすら困難――否、不可能である。同性、それも血を分けた兄弟なのだ。弟に恋慕の情を寄せられて喜ぶ兄などいない。むしろ、気持ちが悪く離れようとするだろう。そればかりは耐えられない。だから、黙っているしかないのだ。自分には彼が誰かと恋仲になるのではないか、離れていくのではないか、と恐怖を抱くことしかできない。一生越えられない壁がそこにはある。
 そもそも何故そんな噂が流れているのだろう、と烈風刀は思案する。
 大方、告白された現場を人に見られたのだろう。それが人に伝わっていくにつれ歪み、現在の形に至ったのだろう。伝言ゲームとはそんなものだ。
 告白、と考えて胸がざわつく。明るく元気な彼は誰に対しても臆することなく触れ合い裏表無く接する。故に多くの人に慕われている。その中に好意を――恋愛感情をもつ人間がいてもおかしくないだろう。現に彼が幾度か告白されたことは知っている。その度真剣に考え全て断っていたは意外だけれど。
 こくはく、と口の中で呟く。自分は決してしない――することなどできないそれは、どのようなものだろう。自身も幾度か受けたことがあるが、彼女達はどのような思いで自らの内に秘めた感情を口にしたのだろう。そして、結ばれなかったその想いはどのように消えていくのだろう。壊され砕けた想いはどうやって心の内から消すことができるのだろう。何事も永遠に『好き』でいることなどできない。けれども、一時的にも胸の内に燻り焦がれ熱をあげるその感情をすぐに消すことなどできるのだろうか。
 早く消えてしまえばいいのに、と烈風刀は嘆息する。こんな想いなど、血を分けたただ一人の兄への恋心など不必要――まずもってはいけないものなのだ。こんな感情を抱いていること自体が罪であるようにも思える。
 愛なんてなければ。恋なんてなければ。そう考えても恋慕の情が消えることなどない。彼がいなければ、自分がいなければ。追い詰めるような考えは意味など全く成さない。
 胸を焦がすこの感情は身を苛むばかり。
 彼がいる限り、この熱が消えることはない。

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#ライレフ #腐向け

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気付かぬ距離【ライレフ】

気付かぬ距離【ライレフ】
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オニイチャンが頑張った結果弟君に色々いった感じのあれ。
ファイル名が「糖分高いの目指すライレフ」な辺りから察していただけると幸いですはい。
追記:あとお兄ちゃんしてるオニイチャンが書きたかった覚えもある。

ライレフへのお題は『寂しいからそばにいて』です。 shindanmaker.com/392860

 あんなにも青かった空は太陽の光を失いすっかりと闇色に染まっていた。穴が開いたように浮かぶ月は時折雲に隠れ、その度に闇が深くなる。世界は既に宵闇に支配された時間にあった。
 そんな夜道を雷刀は歩いていた。その顔は空に負けずと暗く、足取りも普段のそれと正反対に重い。彼を知る者ならば、らしくないと驚くことだろう。
 雷刀の成績は決していいとはいえない。テストは八割方赤点、その上課題もろくに提出せず、授業中は夢の世界に逃げるばかりだ。そんな日頃の行いが積もりに積もって、教員達の許容限界に達した。溜まりに溜まった課題に加え、日頃聞いていない授業の補足するための課題を放課後残ってやることとなったのだ。しかも逃げないようにと教員が必ず傍について教えるという素晴らしい待遇である。家には優秀な弟がいるとはいえ、彼だけではしっかりとコントロールできないことを見越しての策だ。息苦しくて堪らない。今日で四日目だが、課題は追加されたものを含めやっと半分が終わったところだ。あとどれほどかかるのだろう、と考えて頭が痛くなる。
 アップデートがあれば逃げれるのに、と雷刀は溜め息を吐く。最近は大きなアップデートやバグ処理もなく、レイシスだけでも問題なく運用できるほど暇だ。そんな余裕がある今だからこそ、教員達はここぞとばかりに畳みかけてきたのだということは周りも彼も分かっている。
 幾度目かの溜め息を吐いて雷刀は空を見上げる。烈風刀はもう帰っているだろうか。前述したように今はレイシスを手伝う必要もない。教員がついているのだから雷刀の面倒を見る必要もない。寄り道なんてことはしない優等生の彼は既に帰宅し、夕食を終え自室で勉学に勤しんでいるだろう。おかげでここ数日は彼と過ごす時間が減っていた。朝は慌ただしいし、学内では他者の目もある。では帰宅してたっぷりと、と思えば連日帰りは遅くなるし、じゃれようにもここまでの待遇を受けねばならぬほど情けない兄には鋭く冷え切った視線が送られてくるばかりだ。寂しいの一言に尽きる。
 考えている内に足取りはどんどんと重く遅くなっていた。これ以上帰りが遅くなるのは避けたい。早く帰ろう。雷刀は暗い夜道を歩いていく。月はいつの間にか雲に隠れ、出てくる気配がない。


「おかえりなさい」
 リビングの扉を開けると、柔らかな声が迎えた。声の主である烈風刀はソファに姿勢正しく座り、手に持った本を読んでいる。目の前にある机にはいくつもの本が積み上げられており、彼が長時間そこにいることを表していた。
 その光景に、雷刀はぱちぱちと目を瞬いた。いつもならば、この時間はもう自室にこもっているはずだ。少なくともここ数日はそうだった。勉強の合間の気分転換だろうか、と結論付け、雷刀は扉を閉めて言葉を返す。その声は疲れを滲ませながらも嬉しそうだ。
「ただいま」
「ご飯用意しますね」
「いや、オレがやるよ」
「僕もまだ食べていないのです。ほら、用意しますから早く着替えてきてください」
 そう言ってキッチンに消えた烈風刀の背を見つめ、雷刀は更に首を傾げる。普段ならばもう夕食は終えている頃合いだ。ここ最近遅く帰ってきている雷刀はともかく、普段通りに過ごしているはずの烈風刀がまだ食べていないのはおかしい。わざわざ待っていたのだろうか。しかし何故。つい先ほどまで数式を無理矢理詰め込まれた頭では、考えようにも上手くいかなかった。
 怒られたりしなければいいのだが。心当たりが無いわけではない、というよりもここ数日の居残り授業含め両手で数えきれないほどたくさんある。苦々しく溜め息を吐いて、雷刀は自室へと向かった。


 はぁ、と大きく溜め息を吐いて雷刀はソファに身を沈めた。腕はだらりと垂れ下がり身体の横に投げ出されている。そのまま背もたれに首を預け天井を見やる。
 数日振りの二人での夕食は普段通り、いや、いつもよりも和やかだった。柔らかに語りかけてくる烈風刀に疲れすら忘れてここ数日のことを話した。トライプルの教え方は厳しいがこちらのレベルの合わせてくれるので分かりやすい、マキシマは普段よりもずっと暑苦しく単語を覚えることすら一苦労だ、現社はまだ分かるが歴史はさっぱりだ。そんな愚痴にも似たことを漏らしてしまったが、彼は怒ることなく聞き、その上労ってくれた。普段の彼ならば考えられないことだ。
 そして片付けも終え、現在である。怒る気配もなく、かといって何か言いたいことがあるという様子でもない。一体どうしたのだろうか、と数学よりも分からない問題に雷刀は小さく唸った。
 静かな足音、そしてもう一人分増えた重みにソファが柔らかく沈んだ。烈風刀が隣に座ったのだ。本の続きを読むのだろうか、と横目で見るが、彼は俯いたまま動かない。一体どうしたのだろう、調子でも悪いのだろうか。不安に思っていると、下ろしたままの手に温かな何かが触れた。それが烈風刀の手であることを理解し、雷刀は目を見開いた。烈風刀は手を触ることをあまり好まない。くすぐったいようで苦手だ、と彼は言い、こちらから触れることも、あちらから触れることも避けている様子だ。そんな彼が自ら手を重ねてきたのだ。驚くのも仕方ないだろう。
 重ねた手はそのまま、烈風刀は身体を傾け雷刀の肩へともたれかかる。重なる彼の身体は温かく、ふわりと香るその匂いは心地よい。けれども、彼らしからぬ姿に動揺してしまった雷刀にそれらを認識する余裕はない。
「どした?」
「別に」
 なんでもありませんという声はどこか拗ねているように聞こえる。子供のようなその姿は、自分にしか見せないものだ。
「なに? オニイチャンいなくて寂しかった?」
 動揺を誤魔化しからかうように問うてみるが返事はない。かわりに彼は更に俯き、空いているもう片方の手で雷刀の服の裾を掴んだ。言葉では決して表現しない彼の控えめなその主張に雷刀は柔らかく笑む。
 くるりと身体を横に向ける。肩にもたれかかっていた烈風刀の身体は、そのまま雷刀の胸に飛び込んできた。驚いたように小さく声を上げた彼の頭を優しく撫でる。それは心細さに泣き出しそうな子供をあやすような手つきだった。柔らかなそれに安心したのか、烈風刀はより温かさを求めるように雷刀の胸に頭を摺り寄せた。
「さみしー思いさせてごめんな」
「……ばか」
 謝る雷刀の声音は優しく、反して返す烈風刀のそれは幼く弱々しい。やはり拗ねているようだ。一緒に暮らしているというのに、ここ数日は家でも学校でもろくに会話する機会がなかったのだ。普段はドライな彼でも寂しいと思うのは仕方ないだろう。
 昨日まで冷え切った視線は強がりみたいなものだったのだろうか、と雷刀は思案する。烈風刀は家族であろうが弱った姿を見せたがらない。それこそ、限界に達するまで。そして限界に達した結果がこれである。常々思うがあまりにも極端だ。
「大体、全部雷刀が悪いのですよ」
「あー、うん。ゴメンナサイ」
 拗ねたような咎める声に雷刀は謝るしかない。今回の件は全て自身の過失によるものだ。寂しい思いをさせたのも、全て自分が悪い。申し訳なさに雷刀はうぅ、と弱々しく声を上げた。
「…………さっさと終わらせてくださいね」
 さみしいです、と聞き取るのが難しいほど小さくくぐもった声が下から聞こえ、彼は更にその胸に身を寄せる。素直な感情表現に雷刀は口元を緩めた。
 明日からはもっと頑張ろう。いっそ、明日だけで終わらせるような気持ちで取り組むべきだ。胸に納まる若緑の背をゆっくりと抱き、雷刀はそう考える。
 言葉も何もない、けれども安らぐような温かみが彼らを包み込んでいた。

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#ライレフ #腐向け

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伝心【ライレフ】

伝心【ライレフ】
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色々やってた息抜きにアナログで書いたの打ち込んで修正。ベッッッッッッッッッタベタな話が書きたかった。
糖度高く糖度高くと念じてたがまだ足りてない感。

葵壱へのお題は『愛の言葉が思い浮かばない』です。 http://shindanmaker.com/392860

 夕食の片付けも終わり、一息ついてソファに身を沈める。明日の授業範囲はどのあたりだったか、復習はどの教科から片付けていこうかなどと考えていると、突如正面が暗くなった。予測される行動に烈風刀は密かに顔を顰める。
「れーふと」
 真正面から元気の良い能天気な声と少しの衝撃。いつの間にやら近寄ってきた雷刀が抱き付いてきたのだ。元々スキンシップが激しい彼だが最近は拍車がかかっており、近くにいれば必ずと言っていいほど抱き付いてくる。お陰で共に過ごす時間は以前よりもずっと増えた。こうやって甘えられるのは嫌いではないが頻度が高すぎるのは困る。
「なんですか」
「別に」
 いつものように呆れたように問うと、いつのものように意味のない答えが返ってくる。雷刀はそのままこちらの首に腕を回し、足を開き跨るようにして烈風刀の膝の上に座った。双子故か彼と自分の体格はほとんど変わらない。男子高校生一人分の体重はなかなかのものだ。重いと訴えるように眉を顰める烈風刀を気にする様子など全くなく、彼は再度名を呼んだ。
「烈風刀」
「だからなんですか」
「好き」
 いきなりの言葉に思わず息が詰まる。ひくりとその喉が震えたことに彼は気付いているだろうか。
 睦言を交わすような関係になって日は浅くないというのに、未だにこのような言葉に慣れていない。生娘ではあるまいし、とほとほと呆れるがこればかりはまだまだ時間を必要とするようだ。
「すきすきだいすきちょーあいしてる」
「それ、この間私が読んでいた本のタイトルじゃないですか」
 話題を逸らすように指摘すると、いい言葉じゃんと彼は笑った。数学の公式や古典文法の一つすら頭に入れないというのにそういうものばかり覚えるのだから、と呆れて小さく溜め息を吐くと、雷刀はこちらの肩に顎を乗せ、更に身を寄せた。ひたりとくっついた身体から伝わる体温は熱いくらいだ。
「烈風刀は?」
「は?」
 一体何だと声を上げると、雷刀は首に手を回したまま身を離した。そのまま膝を立て、ニコニコと笑みを浮かべこちらを見下ろす。嫌な予感がする。予測される被害から逃れようにも、彼の腕に囚われた今逃げることなど叶わない。
「烈風刀は俺のこと、好き?」
「いきなり、なにを」
「なぁ、好き?」
 彼はこちらを見下ろしたまま小首を傾げる。突飛なことを言い出した彼を怪訝そうに見るが、その鋭い視線はすぐに逸らされた。じっとこちらを見つめ答えを待つ雷刀から視線を外したまま、烈風刀は呟くように言葉を紡いだ。
「……分かっているくせに」
「えー? オニイチャン、ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないなー?」
 とぼける声は非常に楽しそうでどこか意地の悪い色を含んでいる。やはり分かっているではないか、と目を眇め彼を見上げる。そんなものに効果がないことなど重々承知だが、それくらいの抵抗は許されるだろう。事実、雷刀は痛くも痒くもないという様子でこちらを見下ろしていた。あぁ、腹が立つ。更に視線が鋭くなるのが自分でも分かる。
「だってオレは好きだーっていっつも言ってるのに烈風刀は何も言わないじゃん? ちゃんと言ってくれないのはオニイチャン寂しいなーって」
 あ、疑ってるわけじゃないからな、と雷刀は焦った様子で付け加える。そんなことは普段の様子から分かっている。
 雷刀は暇さえあればというぐらい恋慕の情を訴えてくる。学内でのはその類のことを言うなと釘を刺さねばならないほどだ。反してこちらから想いを口にしたことはほとんどない。言われることにも慣れていないが、言うことはもっと慣れていないのだ。彼にとっては何ともない、至極簡単な表現だとしても、自分にとっては非常に重い言葉に思えた。元々このような直接的な語を言うことに強い羞恥を感じてしまう性質ということも大きい。己の内に秘めた感情を全てさらけ出すというのはなかなかに難しいものであった。
 けれども、彼の言葉に応えたいと強く思うのも、また本心である。
 烈風刀は意を決して顔を上げた。見上げた先の彼は優し気な瞳でこちらを見つめていた。
「あ、の」
 伝えようと開いた口から漏れた声は自分でも驚くほど細かった。言葉を続けようとするが、喉からせり上がってくるのは意味のない単音ばかりだ。たった二文字を発するだけだというのに、何故声帯はこうも機能してくれないのか。あまりのふがいなさに思わず顔を歪めた。らいと、とようやく意味を持った音が漏れ出でる。視界に映る雷刀はこちらに手を伸ばし、優しく髪を梳いた。その所作は子供をあやすそれと同じで、情けなさに押し潰されそうになる。
「烈風刀がこんだけつっかえるってめずらしーな」
 感心したような顔で雷刀は言う。こちらは真面目に考えて、真剣に胸の内を伝えようとしているというのに、と烈風刀はむくれるように目を細めた。
「オレは途中で何言ってるか分かんなくなることあるけど、烈風刀はなんでもスラスラ話すじゃん。こんだけつまってるのってレアじゃね?」
「貴方はいつも考えなしに話すからですよ」
 物珍しげにこちらを見る雷刀に呆れたような声で返す。先ほどまでろくに機能しなかった喉は普段通りの音を発した。こういうことばかりは言えるのか、あまりに身勝手な自分に心底嫌気が差す。反して彼は楽しげに笑った。
「そーそー。オニイチャンは考えなしに思ったことそのまま言うからな」
 ふといつもの笑みが消える。慈しむような優しい目がこちらを見下ろし、そのまま倒れこむように抱きしめられた。込められた力は決して強いものではないのに、身体は固まり指先一つ動かすことすらできない。
「烈風刀、好き。愛してる」
 柔らかな低音が耳へと直に注ぎ込まれる。温かく優しいそれは強張った身体に、固まった思考に優しく溶け込んだ。その熱に応えるかのように、ゆっくりとその背に腕を回した。
「――わたしも、あい、して、います」
 喉の奥に張り付いて取れなかった言葉がようやく音へと形を成し、彼の耳へと想いを届ける。勿論恥ずかしさがあるが、それ以上の安堵感が胸に満ちた。自身の想いを言葉にするのはこんなにも恥ずかしく、難しく、けれども安心するものなのか。
 上機嫌な笑い声が耳をくすぐり、更に身を寄せられる。普段ならば苦しいなどと抗議するが、今日はそれを受け入れこちらからも求めた。
「好き」
「私も好きですよ、雷刀」
 想いを伝える声は想像よりもずっと甘ったるく、優しくも弾むその音は本当に嬉しそうだ。彼をこんなにも喜ばせたのは自分であるという事実にこちらまで嬉しくなる。烈風刀も静かに笑みを浮かべた。
 だいすきです。
 彼にだけ聞こえるように呟いて、その肩に頭を預けた。

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#ライレフ #腐向け

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閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】

閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】
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わかさぎ姫云々ってことでわかさぎ姫の話。というより魔理沙とだべってるだけ。

 パァン、と何かが破裂したような轟音が霧に満ちた湖に響き渡る。それに混じって何かが水に落ち、沈んでいく音がかすかに聞こえた。それも波立つ音にかき消される。
「所詮は半分魚だ。大したことは無かったな」
 音という振動でさざめく水面を眺め、魔理沙は小さく呟いた。退治云々と言っていきなり襲ってきた妖怪を撃破し、ミニ八卦炉を懐に仕舞おうとして慌てて手を止める。長い間愛用しているこれは最近どうも機嫌が悪く、妖気に反応して勝手に火を噴くようになってしまった。そんなものを懐に入れていればどうなるかなどそれこそ火を見るより明らかだ。
 ざっと辺りを見回した限り、湖で暴れているという妖怪はこいつだけのようだ。途中妖精がちょっかいをかけてきたがあれは平常運転である、気にする必要などない。
 さて次、と姿勢を正すと、眼下に広がる水面に何か白いものが浮かんできた。よく見ると先ほど倒した妖怪が仰向けでぷかぷかと波間を揺蕩っていた。足の代わりについた尾ひれとエプロンの白が死んで浮き上がってきた魚を連想させ、魔理沙は不安に駆られる。確かに時々妖怪を退治しているが、それはスペルカードルールに則ったものであり死に直結するようなものはない。だが、事故が無いとは言いきれない。悪い冗談はやめてくれよ、と魔理沙は彼女の下へと急降下した。
 間近で見たそれは静かに浮かんだままで、動く気配はない。まずい、と慌てて呼びかける。
「おい、大丈夫――」
 か、と尋ねる声は水が跳ねる大きな音にかき消された。直後、全身に水が勢いよく叩きつけられる。真正面からの強い衝撃と冷たさに思わず小さく叫ぶと、開いた口に生臭い水が一気に入り込んでくる。反射的にゲホゲホと咳き込んだ。
「あぁもう、なんなのよ!」
 巫女でもないのになんであんなに強いの、と妖怪が叫ぶ。つい先ほどまで身動き一つせずに浮かんでいたとは思えないほどの元気さだ。単に撃ち落された衝撃で放心していたのだろう。そして意識が戻り身を起き上がらせようとした結果、大きな尾ひれで水面を思い切り叩いてしまい、近くにいた魔理沙はそれをもろに被ることになってしまったのだ。
「……あら?」
 気配に気付いたのか、妖怪は魔理沙の方を向いて小首を傾げた。何故彼女がまだここにいるのだろう、そして何故ずぶ濡れになっているのだろう。そんな疑問がその顔に浮かんでいる。
 その問いに親切に答えることなどあるはずもなく、魔理沙は手に持ったミニ八卦炉を妖怪の眼前に突きつけた。
「…………よし決めた、今晩は焼き魚だ」
「やめてー!」
 霧にけぶる湖に悲鳴が響き渡った。




 わかさぎ姫と名乗った妖怪に続き、魔理沙は水面間近を飛んでいた。前を泳ぐ彼女の背にはミニ八卦炉が向けられたままだ。そのままでは風邪を引くから陸地に行こう、と提案され了承したが、また襲ってくる可能性がないわけではない。
「油断したところを不意打ち、とか考えるなよ?」
「しません。焼かれるのはごめんですわ」
 少ししてここよ、と到着を示す声に顔を上げる。霧だらけで見通しも日当たりも悪いこの湖だというのに、そこは日の光が柔らかに降り注いでいた。なるほど、これならばこれ以上冷える心配もあるまい。一人納得して魔理沙は箒から降り立った。
「なんで魚なのにこんな場所知ってるんだ?」
「陸地住まいの知り合いと話したりするときに使っているのです。秘密にしてくださいね」
 妖精達にたむろされては困るのだろう、わかさぎ姫は真面目な顔で人差し指を立て口に当てた。こんないい場所をわざわざ人に教える道理はないと魔理沙は首肯する。よく見れば隅に清水が湧いているではないか。今度から一休みするときに使わせてもらおう。
 水でぐしょぐしょになった上着を脱ぐ。寒いが濡れたものをいつまでも着ていては更に体温を奪われるし、何より肌に張り付く衣服の感覚と生臭い水の匂いが不快だった。箒にぎゅっと絞ったそれらを掛け、日がよく当たる場所に固定する。普段ならばミニ八卦炉で乾かすのだが、今のこいつでは勢い余って服を燃やしかねない。使うとしても最終手段だ。
「本当にごめんなさい」
 湧き出る清水で口を入念にゆすいでいると、わかさぎ姫はしゅんと申し訳なさそうに眉を八の字にして謝る。先ほどまで勝気な表情で襲ってきた姿から想像できないものだ。近くにあった石に腰を下ろし、膝の上で頬杖をつき俯いた彼女を見る。
「で、なんでいきなり暴れてたんだ?」
「いえ、特に何もありませんわ?」
 わかさぎ姫の言葉に魔理沙は首を傾げた。確かに理由なしに暴れる妖怪はいるが、どうも違和感を覚える。
 この湖に足を運んだのは妖怪が暴れているとの噂を小耳に挟んだからだ。以前妖精が騒いでいたことがあったけれど、それ以降ここで騒ぎが起きたということは久しく聞いていない。異変の香りがしたので向かってみれば、いるのはいつもの氷精とこの人魚だけではないか。両者とも元々ここらに根付いている妖怪に見える。頭の悪い妖精はともかく、この理性的に見える妖怪がわざわざ理由もなく自らが暮らす場所を荒らし、退治しにくる人間を呼び寄せようとするだろうか。むむ、と唸るが答えは見つからない。
「大体、あなたは私を退治しにきたのでしょう? 正当防衛です」
「『倒してのし上がる』って言ってたよな?」
「言葉の綾です」
 魔理沙の指摘にわかさぎ姫はふいと視線を逸らす。じとりと見つめる魔理沙から顔を逸らしたまま頬に手を当て、気が立っていたのでしょうかと溜め息を吐いた。
「最近ネットワークでも妙な話が流れてくるのですよ」
「ネットワーク?」
「妖怪同士のちょっとした繋がりのことです。普段はあそこの石が良いとかあの辺りに巫女がよく来るから注意とかそんな他愛のない話題ばかりなのですが、最近は妖怪の時代がきたー、今こそのし上がる時だー、などと過激なことを言う者が増えてきていて……」
 なんでなのでしょう、と悩ましげに言うわかさぎ姫を眺め、魔理沙は顎に指を当てる。人里の方でも妖怪が騒いでいるという話も聞く。人妖ごちゃ混ぜのお祭り騒ぎも終わり落ち着いてきたと思ったらこれだ。まだまだお祭り気分が抜けていない妖怪どもがいるのか、それとも別の何かが起こっているのか。どちらの可能性も十分にあり得る。
「まぁ、気持ちは分かるのですけれど」
「ん? 退治されたいのか?」
 先ほど退治しようとしてきたから正当防衛だと主張していたし、ネットワークとやらで妖怪退治の専門家である巫女を避けるための情報を共有していると零していたではないか。矛盾しているのではないかと指摘すると、彼女は首を横に振った。
「退治されたい、と言うより倒すべき存在として認識してほしいという気持ちが強いですね。侮られ見くびられ相手にされないって想像以上に寂しいのですよ?」
 わかさぎ姫は口元を水に沈め、拗ねるようにぶくぶくと泡を立てた。その瞳はどこか寂しそうだ。
「私だって、巫女に退治されるような存在になりたいものです」
「自殺志願か?」
「玉の輿願望ですわ」
 意味が全然違うではないか、と魔理沙は呆れたように笑った。馬鹿にされたと受け取ったのか、わかさぎ姫は不満げに頬を膨らませる。悪い悪いと笑う魔理沙を見て彼女はまた嘆息する。
「こうやって平和に暮らすことは幸せですけれど、妖怪としてどうなのかと思うこともあるのです。恐れられてこそ妖怪だというのに、何もせずに暮らすのは正しいのか。妖怪としてあるべき姿ではないのではないか、と」
 幻想郷の人間と妖怪は互助関係である、と語ったのはどこの宗教家だったか。妖怪は人間なしでは生きていけない。妖怪は人間を襲い存在を知らしめ、恐怖されることで生きることができるのだ。また、完全に否定されてしまうことが怖いとも語っていたか。妖怪は認識されなければ生きていけないのだ。
 では、侮られ見くびられ相手にされない、存在しないも同然に扱われる妖怪は、存在を証明できない妖怪は妖怪として在れるのか。種として忘れられずとも、忘れられた個々はどうなるのか。
 いつぞやの宗教家達の対談で、妖怪の主体は肉体でなく精神であるという話を聞いたことを思い出す。精神主体である妖怪がこうやって自身で自己の存在を疑うなど、それこそ自殺である。しかしだからといって、わざわざ退治される対象になるよう暴れるのは本末転倒だ。
「相手にされたいならもっと方法があるだろ? なんか特技とかないのか?」
「うぅん……、特技ではありませんが、綺麗な石を見つけるのと歌うことは好きです」
「それだ」
 前者はともかく後者は人から求められる技術だろう。最近では妖怪がバンドを組んでいるという。天上の騒霊もまだまだ活動していると聞くしそれに参加すればよいのではないか。そう提案してみるが返事はつれないものだった。
「音楽性が違います」
「わがままだな」
「それに湖から出れませんもの」
「あー、確かにその足じゃ陸地は歩けないな」
 流石に物理的な壁は乗り越えられなかった。
 ではあれはどうだ、それならこれはどうだ、そもそもさっきのネットワークってなんだ、ついでに石のコレクションを見ていかないか、などと議論を続けるが進展は全く無く話題が逸れるばかりだ。そうこうしている内に中天にあった日は西の空へとその身を徐々に傾けていた。ここにいる目的を思い出し、急いで立ち上がり乾かしていた上着に触れる。厚く黒い生地はまだじとりと湿っていた。
「こりゃ乾きそうにないな」
「その道具で乾かせないのですか?」
「今火力調整できない状態でな。下手したら服どころかこの一帯が燃える」
「……ごめんなさい」
 しゅんとまた表情を曇らせるわかさぎ姫の姿に魔理沙は苦笑する。先ほどからの会話といい、根は真面目で気の弱い妖怪なのだろう。それだけにいきなり襲ってきた理由が全く分からない。本人も特に理由はないと言っていたし、ますます怪しい。やはりこれは異変なのではないか。ならばあの巫女が動き出す前に片付けなければ。
 乾かしていた衣服を身に着ける。じっとりとしているが先ほどに比べれば多少はマシだ。飛んでいる内に乾くだろう、と楽観的に考えて魔理沙は箒に跨った。こちらを見上げたわかさぎ姫に一言かける。
「じゃあな」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫だって。そっちも巫女には気を付けとけよ。私だからこれで済んだが、巫女に見つかれば確実に煮魚にジョブチェンジだ」
 煮魚という単語にわかさぎ姫の顔から血の気が失せる。退治されるのはいいのに食われるのは嫌なのか。
 ひらひらと手を振り青い顔をした彼女に別れを告げ、魔理沙は霧深い空へと飛び立つ。
 理由なく暴れる妖怪達。戦闘後のあの変わりよう。そして、皆が口にしているという『のし上がる』という言葉。
 いよいよ異変めいてきたな。魔理沙は愉快そうに笑みを浮かべた。

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#わかさぎ姫 #霧雨魔理沙

東方project

絡【フウ→ヨウ】

絡【フウ→ヨウ】
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久しぶりにわグでなんか書きたかったのでいつも通り診断メーカー使って30m。
うちのヨウコちゃんとフウリちゃんの爛れた関係とかそんなの。

わグルま!へのお題は『離してあげられなくてごめんね』です。 http://shindanmaker.com/392860

 もぞりと膝の上に乗せた少女が身じろぐ。後ろからでは表情は見えないが、きっといつも通り酷く居心地が悪そうで、端から見れば泣いてしまうのではないかと心配するくらい怯えているのだろう。それでも、そんなことは欠片も気付いていないという風に彼女に声をかける。
「どうしたの?」
「っ、な、なんでもない」
 にこりと笑いかけて問うだけで彼女の身体が大きく跳ねる。普段通りに振る舞おうと返す声は硬く、なにより少し見上げた先にある金色の耳はだんだんと伏せられいた。その小さな身体も寒さをこらえるように震えている。分かりやすい反応に無意識に口角が上がる。
「そっか」
 強張る彼女の腹を優しく撫でる。ひっ、と小さく息を飲む音が聞こえた。気にせずさわさわと優しく撫で続けると更に体が硬くなる。邪魔になるからと横に流された尾は大きく膨らんでいた。
 どれだけ嫌悪しても、恐怖しても、彼女が自分から離れることができないのは分かり切っていることであった。自分が強要したわけではない、そもそも敵対する種族なのだから強要することなど不可能だ。ただ彼女が勝手に責任を感じて勝手にそうしているだけ。だからといって、それをわざわざ否定し遠慮する道理などない。
 面白そうなものがあれば遊ぶ。それが勝手に服従する敵対種族なら尚更だ。
 両腕を彼女の腹に回し、その背に身を寄せる。抱きしめる形になったそれに彼女はまた小さく悲鳴を上げた。それでも逃げ出さないというのだから頑固というかなんというか。その哀れな姿に小さく笑みが浮かんだ。
「ヨウコちゃんはあったかいね」
「……誰でもそうでしょ」
「ヨウコちゃんはあったかいよ」
 その背に額をつけ、すんと鼻を鳴らす。狐の匂いは不愉快だが、彼女のそれには随分と慣れてしまった。慣れるほど、彼女で遊んでいるということだ。
 彼女もこちらの匂いを不快に思っているのだろうか、なんてぼんやりと考える。その不愉快な匂いを今まさに彼女の身体に、意識に染み込ませているのだと考えるとふわりと胸の内が満たされた。
「今日は寒いし、あったかいヨウコちゃんにくっついてたいなー」
 駄目かな、と問うが、彼女は震えるばかりで声すら上げない。泣いているのだろうか、とその顔を窺おうとするがただでさえ見辛い背後からでは俯いたその表情は読み取れない。まぁ、沈黙は肯定と受け取っていいだろう。そう考えて凭れかかるようにして身体を寄せた。
「ごめんね、離せなくて」
「……いいわよ」
 返事する声は酷く引きつっていて聞き取り辛い。それでも、それは肯定を意味するものだった。有難う、と笑って返すと、彼女はまた震えた。
 離してあげる気なんてないけどね。
 心の内で呟いて、腹に回した腕に力を込めた。

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#わグルま! #フウリ #ヨウコ #百合


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