No.38, No.37, No.36, No.35, No.34, No.33, No.32[7件]
閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】
閑話、休題【わかさぎ姫+魔理沙】
わかさぎ姫云々ってことでわかさぎ姫の話。というより魔理沙とだべってるだけ。
パァン、と何かが破裂したような轟音が霧に満ちた湖に響き渡る。それに混じって何かが水に落ち、沈んでいく音がかすかに聞こえた。それも波立つ音にかき消される。
「所詮は半分魚だ。大したことは無かったな」
音という振動でさざめく水面を眺め、魔理沙は小さく呟いた。退治云々と言っていきなり襲ってきた妖怪を撃破し、ミニ八卦炉を懐に仕舞おうとして慌てて手を止める。長い間愛用しているこれは最近どうも機嫌が悪く、妖気に反応して勝手に火を噴くようになってしまった。そんなものを懐に入れていればどうなるかなどそれこそ火を見るより明らかだ。
ざっと辺りを見回した限り、湖で暴れているという妖怪はこいつだけのようだ。途中妖精がちょっかいをかけてきたがあれは平常運転である、気にする必要などない。
さて次、と姿勢を正すと、眼下に広がる水面に何か白いものが浮かんできた。よく見ると先ほど倒した妖怪が仰向けでぷかぷかと波間を揺蕩っていた。足の代わりについた尾ひれとエプロンの白が死んで浮き上がってきた魚を連想させ、魔理沙は不安に駆られる。確かに時々妖怪を退治しているが、それはスペルカードルールに則ったものであり死に直結するようなものはない。だが、事故が無いとは言いきれない。悪い冗談はやめてくれよ、と魔理沙は彼女の下へと急降下した。
間近で見たそれは静かに浮かんだままで、動く気配はない。まずい、と慌てて呼びかける。
「おい、大丈夫――」
か、と尋ねる声は水が跳ねる大きな音にかき消された。直後、全身に水が勢いよく叩きつけられる。真正面からの強い衝撃と冷たさに思わず小さく叫ぶと、開いた口に生臭い水が一気に入り込んでくる。反射的にゲホゲホと咳き込んだ。
「あぁもう、なんなのよ!」
巫女でもないのになんであんなに強いの、と妖怪が叫ぶ。つい先ほどまで身動き一つせずに浮かんでいたとは思えないほどの元気さだ。単に撃ち落された衝撃で放心していたのだろう。そして意識が戻り身を起き上がらせようとした結果、大きな尾ひれで水面を思い切り叩いてしまい、近くにいた魔理沙はそれをもろに被ることになってしまったのだ。
「……あら?」
気配に気付いたのか、妖怪は魔理沙の方を向いて小首を傾げた。何故彼女がまだここにいるのだろう、そして何故ずぶ濡れになっているのだろう。そんな疑問がその顔に浮かんでいる。
その問いに親切に答えることなどあるはずもなく、魔理沙は手に持ったミニ八卦炉を妖怪の眼前に突きつけた。
「…………よし決めた、今晩は焼き魚だ」
「やめてー!」
霧にけぶる湖に悲鳴が響き渡った。
わかさぎ姫と名乗った妖怪に続き、魔理沙は水面間近を飛んでいた。前を泳ぐ彼女の背にはミニ八卦炉が向けられたままだ。そのままでは風邪を引くから陸地に行こう、と提案され了承したが、また襲ってくる可能性がないわけではない。
「油断したところを不意打ち、とか考えるなよ?」
「しません。焼かれるのはごめんですわ」
少ししてここよ、と到着を示す声に顔を上げる。霧だらけで見通しも日当たりも悪いこの湖だというのに、そこは日の光が柔らかに降り注いでいた。なるほど、これならばこれ以上冷える心配もあるまい。一人納得して魔理沙は箒から降り立った。
「なんで魚なのにこんな場所知ってるんだ?」
「陸地住まいの知り合いと話したりするときに使っているのです。秘密にしてくださいね」
妖精達にたむろされては困るのだろう、わかさぎ姫は真面目な顔で人差し指を立て口に当てた。こんないい場所をわざわざ人に教える道理はないと魔理沙は首肯する。よく見れば隅に清水が湧いているではないか。今度から一休みするときに使わせてもらおう。
水でぐしょぐしょになった上着を脱ぐ。寒いが濡れたものをいつまでも着ていては更に体温を奪われるし、何より肌に張り付く衣服の感覚と生臭い水の匂いが不快だった。箒にぎゅっと絞ったそれらを掛け、日がよく当たる場所に固定する。普段ならばミニ八卦炉で乾かすのだが、今のこいつでは勢い余って服を燃やしかねない。使うとしても最終手段だ。
「本当にごめんなさい」
湧き出る清水で口を入念にゆすいでいると、わかさぎ姫はしゅんと申し訳なさそうに眉を八の字にして謝る。先ほどまで勝気な表情で襲ってきた姿から想像できないものだ。近くにあった石に腰を下ろし、膝の上で頬杖をつき俯いた彼女を見る。
「で、なんでいきなり暴れてたんだ?」
「いえ、特に何もありませんわ?」
わかさぎ姫の言葉に魔理沙は首を傾げた。確かに理由なしに暴れる妖怪はいるが、どうも違和感を覚える。
この湖に足を運んだのは妖怪が暴れているとの噂を小耳に挟んだからだ。以前妖精が騒いでいたことがあったけれど、それ以降ここで騒ぎが起きたということは久しく聞いていない。異変の香りがしたので向かってみれば、いるのはいつもの氷精とこの人魚だけではないか。両者とも元々ここらに根付いている妖怪に見える。頭の悪い妖精はともかく、この理性的に見える妖怪がわざわざ理由もなく自らが暮らす場所を荒らし、退治しにくる人間を呼び寄せようとするだろうか。むむ、と唸るが答えは見つからない。
「大体、あなたは私を退治しにきたのでしょう? 正当防衛です」
「『倒してのし上がる』って言ってたよな?」
「言葉の綾です」
魔理沙の指摘にわかさぎ姫はふいと視線を逸らす。じとりと見つめる魔理沙から顔を逸らしたまま頬に手を当て、気が立っていたのでしょうかと溜め息を吐いた。
「最近ネットワークでも妙な話が流れてくるのですよ」
「ネットワーク?」
「妖怪同士のちょっとした繋がりのことです。普段はあそこの石が良いとかあの辺りに巫女がよく来るから注意とかそんな他愛のない話題ばかりなのですが、最近は妖怪の時代がきたー、今こそのし上がる時だー、などと過激なことを言う者が増えてきていて……」
なんでなのでしょう、と悩ましげに言うわかさぎ姫を眺め、魔理沙は顎に指を当てる。人里の方でも妖怪が騒いでいるという話も聞く。人妖ごちゃ混ぜのお祭り騒ぎも終わり落ち着いてきたと思ったらこれだ。まだまだお祭り気分が抜けていない妖怪どもがいるのか、それとも別の何かが起こっているのか。どちらの可能性も十分にあり得る。
「まぁ、気持ちは分かるのですけれど」
「ん? 退治されたいのか?」
先ほど退治しようとしてきたから正当防衛だと主張していたし、ネットワークとやらで妖怪退治の専門家である巫女を避けるための情報を共有していると零していたではないか。矛盾しているのではないかと指摘すると、彼女は首を横に振った。
「退治されたい、と言うより倒すべき存在として認識してほしいという気持ちが強いですね。侮られ見くびられ相手にされないって想像以上に寂しいのですよ?」
わかさぎ姫は口元を水に沈め、拗ねるようにぶくぶくと泡を立てた。その瞳はどこか寂しそうだ。
「私だって、巫女に退治されるような存在になりたいものです」
「自殺志願か?」
「玉の輿願望ですわ」
意味が全然違うではないか、と魔理沙は呆れたように笑った。馬鹿にされたと受け取ったのか、わかさぎ姫は不満げに頬を膨らませる。悪い悪いと笑う魔理沙を見て彼女はまた嘆息する。
「こうやって平和に暮らすことは幸せですけれど、妖怪としてどうなのかと思うこともあるのです。恐れられてこそ妖怪だというのに、何もせずに暮らすのは正しいのか。妖怪としてあるべき姿ではないのではないか、と」
幻想郷の人間と妖怪は互助関係である、と語ったのはどこの宗教家だったか。妖怪は人間なしでは生きていけない。妖怪は人間を襲い存在を知らしめ、恐怖されることで生きることができるのだ。また、完全に否定されてしまうことが怖いとも語っていたか。妖怪は認識されなければ生きていけないのだ。
では、侮られ見くびられ相手にされない、存在しないも同然に扱われる妖怪は、存在を証明できない妖怪は妖怪として在れるのか。種として忘れられずとも、忘れられた個々はどうなるのか。
いつぞやの宗教家達の対談で、妖怪の主体は肉体でなく精神であるという話を聞いたことを思い出す。精神主体である妖怪がこうやって自身で自己の存在を疑うなど、それこそ自殺である。しかしだからといって、わざわざ退治される対象になるよう暴れるのは本末転倒だ。
「相手にされたいならもっと方法があるだろ? なんか特技とかないのか?」
「うぅん……、特技ではありませんが、綺麗な石を見つけるのと歌うことは好きです」
「それだ」
前者はともかく後者は人から求められる技術だろう。最近では妖怪がバンドを組んでいるという。天上の騒霊もまだまだ活動していると聞くしそれに参加すればよいのではないか。そう提案してみるが返事はつれないものだった。
「音楽性が違います」
「わがままだな」
「それに湖から出れませんもの」
「あー、確かにその足じゃ陸地は歩けないな」
流石に物理的な壁は乗り越えられなかった。
ではあれはどうだ、それならこれはどうだ、そもそもさっきのネットワークってなんだ、ついでに石のコレクションを見ていかないか、などと議論を続けるが進展は全く無く話題が逸れるばかりだ。そうこうしている内に中天にあった日は西の空へとその身を徐々に傾けていた。ここにいる目的を思い出し、急いで立ち上がり乾かしていた上着に触れる。厚く黒い生地はまだじとりと湿っていた。
「こりゃ乾きそうにないな」
「その道具で乾かせないのですか?」
「今火力調整できない状態でな。下手したら服どころかこの一帯が燃える」
「……ごめんなさい」
しゅんとまた表情を曇らせるわかさぎ姫の姿に魔理沙は苦笑する。先ほどからの会話といい、根は真面目で気の弱い妖怪なのだろう。それだけにいきなり襲ってきた理由が全く分からない。本人も特に理由はないと言っていたし、ますます怪しい。やはりこれは異変なのではないか。ならばあの巫女が動き出す前に片付けなければ。
乾かしていた衣服を身に着ける。じっとりとしているが先ほどに比べれば多少はマシだ。飛んでいる内に乾くだろう、と楽観的に考えて魔理沙は箒に跨った。こちらを見上げたわかさぎ姫に一言かける。
「じゃあな」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫だって。そっちも巫女には気を付けとけよ。私だからこれで済んだが、巫女に見つかれば確実に煮魚にジョブチェンジだ」
煮魚という単語にわかさぎ姫の顔から血の気が失せる。退治されるのはいいのに食われるのは嫌なのか。
ひらひらと手を振り青い顔をした彼女に別れを告げ、魔理沙は霧深い空へと飛び立つ。
理由なく暴れる妖怪達。戦闘後のあの変わりよう。そして、皆が口にしているという『のし上がる』という言葉。
いよいよ異変めいてきたな。魔理沙は愉快そうに笑みを浮かべた。
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絡【フウ→ヨウ】
絡【フウ→ヨウ】
久しぶりにわグでなんか書きたかったのでいつも通り診断メーカー使って30m。
うちのヨウコちゃんとフウリちゃんの爛れた関係とかそんなの。
わグルま!へのお題は『離してあげられなくてごめんね』です。 http://shindanmaker.com/392860
もぞりと膝の上に乗せた少女が身じろぐ。後ろからでは表情は見えないが、きっといつも通り酷く居心地が悪そうで、端から見れば泣いてしまうのではないかと心配するくらい怯えているのだろう。それでも、そんなことは欠片も気付いていないという風に彼女に声をかける。
「どうしたの?」
「っ、な、なんでもない」
にこりと笑いかけて問うだけで彼女の身体が大きく跳ねる。普段通りに振る舞おうと返す声は硬く、なにより少し見上げた先にある金色の耳はだんだんと伏せられいた。その小さな身体も寒さをこらえるように震えている。分かりやすい反応に無意識に口角が上がる。
「そっか」
強張る彼女の腹を優しく撫でる。ひっ、と小さく息を飲む音が聞こえた。気にせずさわさわと優しく撫で続けると更に体が硬くなる。邪魔になるからと横に流された尾は大きく膨らんでいた。
どれだけ嫌悪しても、恐怖しても、彼女が自分から離れることができないのは分かり切っていることであった。自分が強要したわけではない、そもそも敵対する種族なのだから強要することなど不可能だ。ただ彼女が勝手に責任を感じて勝手にそうしているだけ。だからといって、それをわざわざ否定し遠慮する道理などない。
面白そうなものがあれば遊ぶ。それが勝手に服従する敵対種族なら尚更だ。
両腕を彼女の腹に回し、その背に身を寄せる。抱きしめる形になったそれに彼女はまた小さく悲鳴を上げた。それでも逃げ出さないというのだから頑固というかなんというか。その哀れな姿に小さく笑みが浮かんだ。
「ヨウコちゃんはあったかいね」
「……誰でもそうでしょ」
「ヨウコちゃんはあったかいよ」
その背に額をつけ、すんと鼻を鳴らす。狐の匂いは不愉快だが、彼女のそれには随分と慣れてしまった。慣れるほど、彼女で遊んでいるということだ。
彼女もこちらの匂いを不快に思っているのだろうか、なんてぼんやりと考える。その不愉快な匂いを今まさに彼女の身体に、意識に染み込ませているのだと考えるとふわりと胸の内が満たされた。
「今日は寒いし、あったかいヨウコちゃんにくっついてたいなー」
駄目かな、と問うが、彼女は震えるばかりで声すら上げない。泣いているのだろうか、とその顔を窺おうとするがただでさえ見辛い背後からでは俯いたその表情は読み取れない。まぁ、沈黙は肯定と受け取っていいだろう。そう考えて凭れかかるようにして身体を寄せた。
「ごめんね、離せなくて」
「……いいわよ」
返事する声は酷く引きつっていて聞き取り辛い。それでも、それは肯定を意味するものだった。有難う、と笑って返すと、彼女はまた震えた。
離してあげる気なんてないけどね。
心の内で呟いて、腹に回した腕に力を込めた。
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味覚と色彩【ライレフ】
味覚と色彩【ライレフ】
即興二次でNL書いたらその反動かほもが書きたくなったので毎度の如く30mでライレフ。少し修正したけど納得いかないからあとで書き直す。
葵壱へのお題は『大切にしたいと傷付けたいをいったりきたり』です。 http://shindanmaker.com/392860
ソファに座る弟を見る。相変わらず何か本を読んでいるようだ。見た目より好奇心旺盛な彼は純文学からジャンルも分からないような怪しいものまで何でも読むのだ。
今度は何だろうか、と好奇心の赴くままにソファの背越しに彼の首に腕を絡め抱き付く。ひくりと驚いたようにその肩が揺れたが、すぐに疎ましげな視線が投げかけられた。最初の頃はかなり驚いていたのだがもう慣れてしまったらしい。やっと触れるのに慣れたことを喜んでいいのやら、初々しさがなくなって寂しいやら。複雑だ、と身勝手なことを考える。
「何の本?」
「料理雑誌ですよ。そろそろレパートリーが尽きてきた気がしますので」
肩越しに見えるページは色鮮やかで食欲をそそるものばかりだ。優等生な彼はこういうことまで勉強熱心のようだ。烈風刀の作るものなら何でも美味しいのに、と呟くとそういう問題ではないのです、と不服そうな声が返ってきた。すぐ隣にある耳がほんのり色付いていることは指摘しないでおこう。きっと敏い彼も気付いているだろう。
更に視線を落とす。寒さも和らいだ今では二人とも家の中では薄着になっていた。首元も夏のそれほどではないが肌は露出されている。日に焼けていないそこは、彼の身体の中でも一際白く輝いているように見えた。
ふと、この白を汚したいと思った。
この白に口を寄せたら、思い切り噛みついたらどのようになるだろう。白に赤はよく映えるのだからきっと美しい。己の手でこの白に痕を残すのは、きっと支配欲を満たしてくれるだろう。
けれども、同時に本来の美しさを汚すのはいけないことだと頭の片隅でなにかが主張する。この美しい色に別の何かをぶちまけ壊すことは冒涜にも似た行為だ。美しい者は美しいままが一番であり、それを汚すのは無粋以外の何物でもない。
昔、一度だけ行為中に首筋に思い切り噛みついたことがある。彼は痛みと驚きに顔を歪め、酷く怯えた悲鳴を上げた。その翌日には今までで一番と言っていいほど怒り、しばらくの間接触を禁止された。それ以来そういう類のことはしていないが、時折欲は湧いてくる。男なのだから仕方ないという言い訳は彼に全く通用しないけれど。
さてどうするかな、としばし考えて。
その首筋をべろりと舐めた。
「――っ、ぃ!」
声にならない悲鳴を上げ、びくりと烈風刀の身体が大きく跳ねる。その拍子に雑誌が彼の手から滑り落ち、音を立てて床に叩きつけられた。
「何するんですか!」
「いやぁ、美味しそうだなーって」
実際は汗のしょっぱさしかなかった。あんなに美味しそうな色と艶なのだから他の味があるべきではないかなどと思うが、人体にそれを求めるのは無茶だろう。――そのすぐ下を流れる血液ならば話は別だろうが。
「ふざけるのも大概にしてください」
烈風刀は射殺さんばかりにこちらを睨んだ。この行為はもちろん、読書の邪魔をされたのも腹が立ったのだろう。ごめんごめんと笑って謝るが、その瞳から怒りの色はまだ消える様子がない。
「邪魔をするなら離れてください」
腕を掴まれ無理矢理引きはがされる。これ以上機嫌を損ねては明日以降が怖い。大人しく引き下がることにしよう。
自室に向かおうと彼に背を向ける。なんとなく舌を出し、舐めるようにその上に自身の指を滑らせる。先ほどの味はもう残っていない。
まぁ、あの白を汚すか否かは今晩考えよう。
そう考えて、彼に気付かれぬよう一人笑った。
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献身【神十字】
献身【神十字】
KACバムのcroiX曲コメにたぎったのでそんな感じの突発的な神十字。
支配者で神様大好きな十字の話。
この一帯を支配する塔、その最上階の片隅にひっそり存在する一室。倉庫のようなそこに一人の男がいた。
巨万の富を得て人々を統べる男には不釣り合いなほど汚らしくみすぼらしいこの部屋だが、男にとっては何よりも重要な、己の命と等しく大切な部屋であった。
男はこれまた彼に似合わぬ朽ちかけたぼろぼろの椅子に座り、穴と言われても差し支えないような壁にぽっかりと開いた窓から星のない月しか存在しない黒い世界をその翠玉にも似た冷たい碧の双眸でじっと見つめていた。
不意に窓から注ぐ冷えた光が消え、室内が本来の闇に近付く。風など吹いていないのに、草原にも海にも似た色をした男の髪がさらりと揺れた。
窓の真ん前、白く冷たい月を背負って一人の男が部屋に降り立った。突然現れた燃えるような赤が暗い闇を彩り、その闇に溶けるような黒のブーツが床を叩く硬質な音が暗い部屋に響く。
「神」
弾かれたように男は立ち上がり、月を背負う男――彼が言うところの『神』に駆け寄った。その表情は普段の冷徹で尊大な彼からは想像できないほど明るい。
まるで生き別れの家族に会うような。
まるで恋い焦がれる少女のような。
まるで親に縋る子供のような。
そんな様子で男は月を背負う男の元へと駆け、ごく自然な動きでその目の前に跪いた。彼を知る者が見れば己の目を疑うだろう。人を、物を、全てを支配せんとする、生きとし生けるものの頂点に立つ冷然な彼の行動とは到底思えない。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
月を背負う男が口を開くと、男はすぐさま答えた。その瞳は熱に蕩け潤みさえしていた。ここ最近闇に浮かぶ赤の男――『神』は姿を見せておらず、本当に久方ぶりの邂逅であった。この時をどれほど待ち望んだのだろうか、喜びを表すように男の温度のない白い肌には仄かに朱が差していた。
「元気そうでなにより」
そう言って『神』は男の頭を撫でる。普通の人間ならば指先一つ触れるだけで首が飛ぶほどの重罪だというのに、男はそんな素振りは一切見せず嬉しそうに目を細めた。ほぅ、と漏れる息はどこか熱を孕んでいる。
「長いこと来なくて悪かったな。いい子にしてたか?」
「お気になさらないでください。こうして再び貴方を拝見することができただけで、私は幸せなのです」
『神』の言葉に男は勢いよく顔を上げ泣きそうな瞳で彼を見た。自身のような矮小で瑣末な存在が神の行いを妨げるのは、男にとって許しがたいことだった。
「私は神のものなのですから」
男は幸福に浸るような瞳でふわりと笑った。誰にも見せることのない――目の前に存在する、彼にとって唯一の『神』にのみ捧げる幸せな笑みだった。
そんな男を見て『神』は口角を上げた。笑みにも似たその表情からは彼の感情は読み取れない。けれども、その血のように赤く昏い瞳には温度など欠片も感じられず、全てを見下すような、世界を嘲るような色をしていた。その瞳を今この時だけは自身が独占しているという事実に男の身体は歓喜に震えた。
「分かってる」
幾度も聞いた言葉に幾度も言った答えを返し、『神』は男の頬に指を滑らせる。ひくりと男の肩が跳ねるが、その視線が目の前の赤から外れる様子はない。その姿に『神』は愉快そうに笑みを浮かべた。
瞼を、眦を、耳を、頬を、頤を、男の肌の上を指が踊る。最後に唇を親指で撫ぜると、小さく息を飲む音が部屋に零れた。気にせず『神』は幾度も赤く色付いたそれに指を這わせる。時折柔く押してみると、男の細い肩がふるりと震え翡翠のような瞳は今にも泣いてしまいそうなほど熱に潤んだ。もし『神』の指がなければ彼の口からは艶めかしい吐息が漏れていただろう。それでも『神』の行為を妨げないために唇を引き結ぶ様は酷く忠実で愚かで愛らしい。無意識に口角が釣り上がる。餌を目の前にした獣のようなその表情に男の背に甘い痺れが走った。そんな惨めな男の様は『神』の攻撃的な部分を強く刺激する。
「お前は俺のものなんだよな?」
最後にさらりと一撫でし、『神』は男から指を離し問う。男は名残惜しさと自らに投げられた彼の言葉に緩やかに目を細め小さく頷いた。
「――この財も、民も、名誉も、身体も、魂も、全ては貴方だけのものです」
好きなだけ喰らってください、と男は儚げな笑みを浮かべ『神』を見つめた。翡翠を熔かした瞳には、目の前の燃えるような赤しか映っていない。
ハッ、と『神』は酷く愉快な様子で笑い、己の髪のように赤いその唇に噛み付いた。男の鼻にかかった甘い吐息すら喰らうその様は、捧げられた贄を貪る怪物そのものだ。
月すら消えた暗闇の中、濁った紅と揺らめく碧が溶け合って消えた。
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比重【咲霊】
比重【咲霊】
咲霊書きたくなったので咲霊。重い話。
糖度調節間違った感が多少ある。
さくや、と細い声で呼ぶと、なぁに、と柔らかな声が返ってくる。二人きりの時のいつもの甘ったるい色は欠片もなく、それがなんだか寂しい。それを察したのか、咲夜の白く細い指が霊夢の黒く艶のある長い髪を梳いた。慈しむようなその指は、屋敷全体の仕事を指揮し行っているということなど信じられないほど美しい。自分と違ってしっかり手入れをしているのだろうな、とぼんやり考える。
二人きりで会うと約束した時、咲夜は必ずこちらに訪れる。決して霊夢を屋敷に呼ぶことはしない。こちらから向かおうにも先回りして逃がさないように神社に来るのだ。仕事はいいのかと尋ねると、事前にしっかりと許可と休みを貰っていると言われた。公認よ、と楽しげに笑う彼女の顔をまともに見ることができなかったのは記憶に新しい。
けれど、少し不満だ。
感情が顔に出ていたのか、髪を梳く手が止まる。視線を上げると柔らかに笑んだ彼女と目が合う。
「嫌?」
「ちがう」
むしろ好きな部類だ。咲夜の手つきは優しく丁寧で安心する。それを直接言ったことはないが、彼女も分かっているようでそう、と短く返事して霊夢の頭を撫でた。
「咲夜」
「なぁに」
「……次は、あんたのとこじゃ駄目?」
呟くように尋ね、逃げるように彼女の胸に顔を埋めた。
彼女ばかりこちらに訪れるというのは少し面白くない。己の空間に彼女が様々な跡を残していくのは嫌ではない。でも、彼女が自分に跡を残すように、自分も彼女に跡を残したいのだ。
忘れぬように。
無くさぬように。
逃がさぬように。
彼女に、自分を刻み込みたい。
重いなぁ、と自嘲する。霊夢は物に執着する人間ではないが、どうしても手放したくない物もある。咲夜はそれに該当する。同時に独占したいものにも属する。要は、好きなのだ。お茶やお酒とは別の、代替のきかない離したくない離れたくないものだ。
そんな霊夢の考えを知ってかしらでか、咲夜はどこか困ったように笑った。
「ダメ」
「なんでよ」
思わずふてくされたような声で問うと、小さく唸るような声が聞こえた。いつでも冷静で瀟洒に振る舞う彼女にしては珍しい。上目遣いになるような形で見上げると、ゆらゆらと揺れる赤と目が合う。所在なさ気だったそれは意を決したようにこちらを見据え、困ったように笑った。
「貴方が家に来ると、お嬢様が会いたがるでしょう? 二人きりになろうにも、お嬢様から貴方を引き剥がすわけにもいかないし」
独り占めできないじゃない、と呟く声は拗ねた子供のようで、それでいて強い欲が滲み出ていた。
あぁ、咲夜も同じなんだな。安堵して彼女の胸に額を擦りつける。何も言わず咲夜はその背を撫でる。あやすようなその感覚と触れる温かさにとろりと瞼が落ちてくる。
「寝る?」
「ん」
肯定とも否定とも取れる返答をして霊夢は咲夜に身を寄せる。ふふ、と小さな笑い声が降ってきて、自身の背に彼女の両手が回った。そのままぎゅっと抱きしめられる。溶けて混じりあってしまいそうな温度なのに、安心感で胸がいっぱいになる。
一杯のはずなのに、もっともっと欲しくて自らも彼女の背に手を回した。
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紅模様【さなれいむ】
紅模様【さなれいむ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:早すぎた妻[1h]
霊夢は縁側に腰掛けて、淹れたばかりのお茶に口をつける。博麗神社でよく見られる光景だが、今日は少し違う。
「やっぱり縁側っていいですねー。こうやってお茶飲むの、憧れてたんですよ」
早苗はのほほんと笑う。霊夢は「そう」と小さく相槌を打って茶をすすった。
今日は霊夢一人でなく、早苗と二人だ。お茶菓子も珍しく二人分ある。「里で新作の和菓子が出ていたから」と早苗が持ってきたのだ。霊夢の好物を把握している彼女が持ってくる菓子はどれも美味しい。霊夢は満足げに笑い、「せっかくだから」と茶を淹れた。そして早苗の希望で縁側に二人で腰かけたのだ。
早苗がわざわざ似たものを探してきたこともあり、二人が手にしている湯呑は実質お揃いだ。そんなことをしなくてもいいのに、と霊夢は考えるが、早苗にとっては重要なことらしい。色合いが異なるため取り間違えるような不便はないので彼女の好きにさせておくことにした。
「あ、そういえば、これおすそわけです」
がさり、と早苗が手にした薄い袋を持ち上げる。上から覗きこむと、中には数種類の野菜が入っていた。どれもとれたばかりのようで、所々土で覆われていた。その黒が野菜の色を引き立て、更に美味しそうに見えさせる。
「豊穣の神様に頂いたのですが、家だけでは食べきれなくて。神様に了承はもらったので、おすそ分けに来ました」
「それなら味は確かね。ありがとう」
礼を言い、袋を部屋に押し入れる。立ち上がらず寝そべってぐいぐいと押しやる霊夢の姿に「行儀が悪いですよ」と早苗は言うが、彼女は聞く耳を持たないようだ。
「なんかもう、通い妻みたいですね」
えへへ、と早苗は嬉しそうに笑う。反面、霊夢は渋そうな顔で「訳分かんないこと言ってんじゃないわよ」と切り捨てた。
「えー。だっていつもこうやってお菓子持ってきてますしー、ご飯も作りますしー、お掃除もしますしー。もう妻同然ですよ」
「お菓子については感謝してるけど、ご飯は二人で作ってるし、掃除も手分けしてるでしょ。ふつーよ、ふつー」
指折り数える早苗の姿に霊夢は呆れたように溜め息を吐いた。「それはそれで夫婦の共同作業って感じでいいですね!」と目を輝かせる早苗の顔にベシリと札を張った。妖怪用のものなので人体に害はない。ただ、張り付いて息が苦しくなるだけだ。
「酷い」
「訳分かんないこと言うからよ」
どうにか顔面から札を剥がしむくれる早苗を無視して、霊夢は残っていた饅頭を齧った。粒あんの甘さが口いっぱいに広がる。そうして甘ったるくなった口に渋いお茶を飲む。あぁ、なんと幸せだろうか。霊夢は顔を綻ばせた。
「関係的には霊夢さんが妻ですけど、行動的には私が妻ですよね?」
「だから妻も夫もないでしょ……」
霊夢と早苗に性差はないのだ。妻や夫といった振り分けなどできないのだ。なのに彼女は何故拘るのだろう。霊夢には理解できそうにない。
「そもそも私達じゃ結婚もなにもないでしょ」
「外には『事実婚』という言葉があるんです」
「外は外、ここはここ」
不満気な声を上げる早苗を、霊夢は膝の上に頬杖をついて見やる。下から覗きこむ形なので、早苗からは上目遣いをしているように見えた。まだ少し幼い霊夢のその姿はどこか妖艶で、早苗の心臓がどきりと跳ねた。
「『結婚』云々の前に、『恋人』らしいことした方がいいんじゃないの?」
にやにやと愉快そうに笑いながら霊夢は言う。彼女らしからぬ言葉に、早苗の顔は驚きと羞恥と幸福感でだんだんと紅葉のように鮮やかな赤色で染まっていった。
「……霊夢さん、顔真っ赤ですよ」
「あんたに言われたくないわよ」
それは霊夢も同じだったようで、彼女は顔を隠すようにうつむく。美しい黒髪から覗く頬は早苗同様鮮やかな赤で染まっていた。よく紅白と表現される彼女だが、今は紅紅といった感じだ。
その顔を覗き込むように早苗は腰をかがめ、霊夢の頬を撫でる。寒さで冷えた手にとって、彼女の熱はとても心地よいものだった。冷たさと羞恥心で逃げるのではないかと思っていたのだが、霊夢はピクリと肩を震わせただけで動く気配はない。
「恋人らしいこと、ですよね?」
ゆっくりと、『恋人』という部分を強調して問うと、霊夢は「ん」と短く返事する。肯定とも否定ともとれる言葉だが、肯定と思っておこうと早苗は彼女のなめらかな黒髪を掬い上げ、唇を寄せた。それが分かったのか、霊夢は小さく身体を震わせた。
「そんなとこにしてどうすんのよ」
霊夢は横目で早苗を見やり、小さく呟く。早苗はその物足りなさそうな声に、わざと「何も分かりません」という風ににっこりと笑いかけた。
「自己満足です」
「へんたい」
霊夢は不満げに呟いて、髪を掬う早苗の手に己の手を重ねる。それが現状の彼女にとっての精いっぱいだと知っている早苗は、にへらと幸せそうに笑った。
「でも、恋人同士でできる事って大抵夫婦でもできますよねー」
「うっさい」
緩みきった顔で言う早苗に、霊夢は小さく返す。その声はいつもの不機嫌なものでなく、どこか嬉しそうなものだった。
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伝心【ライレフ】
伝心【ライレフ】色々やってた息抜きにアナログで書いたの打ち込んで修正。ベッッッッッッッッッタベタな話が書きたかった。
糖度高く糖度高くと念じてたがまだ足りてない感。
葵壱へのお題は『愛の言葉が思い浮かばない』です。 http://shindanmaker.com/392860
夕食の片付けも終わり、一息ついてソファに身を沈める。明日の授業範囲はどのあたりだったか、復習はどの教科から片付けていこうかなどと考えていると、突如正面が暗くなった。予測される行動に烈風刀は密かに顔を顰める。
「れーふと」
真正面から元気の良い能天気な声と少しの衝撃。いつの間にやら近寄ってきた雷刀が抱き付いてきたのだ。元々スキンシップが激しい彼だが最近は拍車がかかっており、近くにいれば必ずと言っていいほど抱き付いてくる。お陰で共に過ごす時間は以前よりもずっと増えた。こうやって甘えられるのは嫌いではないが頻度が高すぎるのは困る。
「なんですか」
「別に」
いつものように呆れたように問うと、いつのものように意味のない答えが返ってくる。雷刀はそのままこちらの首に腕を回し、足を開き跨るようにして烈風刀の膝の上に座った。双子故か彼と自分の体格はほとんど変わらない。男子高校生一人分の体重はなかなかのものだ。重いと訴えるように眉を顰める烈風刀を気にする様子など全くなく、彼は再度名を呼んだ。
「烈風刀」
「だからなんですか」
「好き」
いきなりの言葉に思わず息が詰まる。ひくりとその喉が震えたことに彼は気付いているだろうか。
睦言を交わすような関係になって日は浅くないというのに、未だにこのような言葉に慣れていない。生娘ではあるまいし、とほとほと呆れるがこればかりはまだまだ時間を必要とするようだ。
「すきすきだいすきちょーあいしてる」
「それ、この間私が読んでいた本のタイトルじゃないですか」
話題を逸らすように指摘すると、いい言葉じゃんと彼は笑った。数学の公式や古典文法の一つすら頭に入れないというのにそういうものばかり覚えるのだから、と呆れて小さく溜め息を吐くと、雷刀はこちらの肩に顎を乗せ、更に身を寄せた。ひたりとくっついた身体から伝わる体温は熱いくらいだ。
「烈風刀は?」
「は?」
一体何だと声を上げると、雷刀は首に手を回したまま身を離した。そのまま膝を立て、ニコニコと笑みを浮かべこちらを見下ろす。嫌な予感がする。予測される被害から逃れようにも、彼の腕に囚われた今逃げることなど叶わない。
「烈風刀は俺のこと、好き?」
「いきなり、なにを」
「なぁ、好き?」
彼はこちらを見下ろしたまま小首を傾げる。突飛なことを言い出した彼を怪訝そうに見るが、その鋭い視線はすぐに逸らされた。じっとこちらを見つめ答えを待つ雷刀から視線を外したまま、烈風刀は呟くように言葉を紡いだ。
「……分かっているくせに」
「えー? オニイチャン、ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないなー?」
とぼける声は非常に楽しそうでどこか意地の悪い色を含んでいる。やはり分かっているではないか、と目を眇め彼を見上げる。そんなものに効果がないことなど重々承知だが、それくらいの抵抗は許されるだろう。事実、雷刀は痛くも痒くもないという様子でこちらを見下ろしていた。あぁ、腹が立つ。更に視線が鋭くなるのが自分でも分かる。
「だってオレは好きだーっていっつも言ってるのに烈風刀は何も言わないじゃん? ちゃんと言ってくれないのはオニイチャン寂しいなーって」
あ、疑ってるわけじゃないからな、と雷刀は焦った様子で付け加える。そんなことは普段の様子から分かっている。
雷刀は暇さえあればというぐらい恋慕の情を訴えてくる。学内でのはその類のことを言うなと釘を刺さねばならないほどだ。反してこちらから想いを口にしたことはほとんどない。言われることにも慣れていないが、言うことはもっと慣れていないのだ。彼にとっては何ともない、至極簡単な表現だとしても、自分にとっては非常に重い言葉に思えた。元々このような直接的な語を言うことに強い羞恥を感じてしまう性質ということも大きい。己の内に秘めた感情を全てさらけ出すというのはなかなかに難しいものであった。
けれども、彼の言葉に応えたいと強く思うのも、また本心である。
烈風刀は意を決して顔を上げた。見上げた先の彼は優し気な瞳でこちらを見つめていた。
「あ、の」
伝えようと開いた口から漏れた声は自分でも驚くほど細かった。言葉を続けようとするが、喉からせり上がってくるのは意味のない単音ばかりだ。たった二文字を発するだけだというのに、何故声帯はこうも機能してくれないのか。あまりのふがいなさに思わず顔を歪めた。らいと、とようやく意味を持った音が漏れ出でる。視界に映る雷刀はこちらに手を伸ばし、優しく髪を梳いた。その所作は子供をあやすそれと同じで、情けなさに押し潰されそうになる。
「烈風刀がこんだけつっかえるってめずらしーな」
感心したような顔で雷刀は言う。こちらは真面目に考えて、真剣に胸の内を伝えようとしているというのに、と烈風刀はむくれるように目を細めた。
「オレは途中で何言ってるか分かんなくなることあるけど、烈風刀はなんでもスラスラ話すじゃん。こんだけつまってるのってレアじゃね?」
「貴方はいつも考えなしに話すからですよ」
物珍しげにこちらを見る雷刀に呆れたような声で返す。先ほどまでろくに機能しなかった喉は普段通りの音を発した。こういうことばかりは言えるのか、あまりに身勝手な自分に心底嫌気が差す。反して彼は楽しげに笑った。
「そーそー。オニイチャンは考えなしに思ったことそのまま言うからな」
ふといつもの笑みが消える。慈しむような優しい目がこちらを見下ろし、そのまま倒れこむように抱きしめられた。込められた力は決して強いものではないのに、身体は固まり指先一つ動かすことすらできない。
「烈風刀、好き。愛してる」
柔らかな低音が耳へと直に注ぎ込まれる。温かく優しいそれは強張った身体に、固まった思考に優しく溶け込んだ。その熱に応えるかのように、ゆっくりとその背に腕を回した。
「――わたしも、あい、して、います」
喉の奥に張り付いて取れなかった言葉がようやく音へと形を成し、彼の耳へと想いを届ける。勿論恥ずかしさがあるが、それ以上の安堵感が胸に満ちた。自身の想いを言葉にするのはこんなにも恥ずかしく、難しく、けれども安心するものなのか。
上機嫌な笑い声が耳をくすぐり、更に身を寄せられる。普段ならば苦しいなどと抗議するが、今日はそれを受け入れこちらからも求めた。
「好き」
「私も好きですよ、雷刀」
想いを伝える声は想像よりもずっと甘ったるく、優しくも弾むその音は本当に嬉しそうだ。彼をこんなにも喜ばせたのは自分であるという事実にこちらまで嬉しくなる。烈風刀も静かに笑みを浮かべた。
だいすきです。
彼にだけ聞こえるように呟いて、その肩に頭を預けた。
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#ライレフ #腐向け