No.17, No.16, No.15, No.14, No.13, No.12, No.11[7件]
蕩かす【ゆか→れいむ】
蕩かす【ゆか→れいむ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:楽観的なテロリスト[1h]
博麗霊夢という少女は、八雲紫にとって非常に魅力的に映った。
清流のようにさらりと流れる黒髪、袖から覗く白の中に柔らかな赤が躍る透き通った肌、揺らめく瞳を縁取る柔らかな睫毛。手足は少女らしく折れてしまいそうなほど細く、けれども健康な形をしている。なにより、そのきっぱりとした性格が魅力的だ。
彼女の全てが欲しい。そんな欲が湧いてきたのはいつだったか。
その欲が心の内から溢れ出した時から、紫は霊夢に仕掛けた。
まずは妖怪ならば全てを潰す彼女と会話をするところから。警戒心の高い獣のような彼女の中に入り込むのはなかなかに難しかった。
次は生活に入り込むことを。お茶を出してもらえるような、そんな関係まで。
そして彼女の中での自身の存在を大きくしていく。会話して、行動を共にして、時たま触れ合って。そんな小さな事を積み重ねていく。
ゆっくりゆっくり、侵蝕していくように。博麗霊夢という少女の中に、八雲紫という存在を埋め込んで。消えないように、消せないように刻み込んで。
こたつを挟んで向こう側、霊夢は紫が持ってきたもぐもぐとお茶菓子を食べている。今日はきんつばだ。柔らかな皮から現れる餡を溶かすように味わい、渋いお茶を飲む。湯呑の中のそれを飲みほし、急須を手に取ったが中身がないことに気付いたようだ。
「おかわりいる?」
「お願いしようかしら」
ん、と小さく返事をして、霊夢はお湯を求めて台所へと消えていく。その背中を見て、紫は妖しく微笑んだ。
スキマから覗いた彼女は、他者にお茶を入れるということはしなかった。欲しいならば取りにいけ、というのがなまくらな彼女のスタイルだ。けれども、紫に対してだけは違う。紫が来れば必ず二人分のお茶を入れ、持ってきたお茶菓子も渡す。他者には決してしない、見せない彼女の姿。それを独占している現状が幸せでたまらない。
しばらくして、急須を持った霊夢が戻ってきた。紫の湯呑を取り、自身の物を並べてゆっくりと茶を注ぐ。ふわりとのぼる湯気がその温かさを表している。
「はい」
「有難う」
礼を言って、差し出された湯呑を受け取る。対面を見ると、熱いそれをゆっくり冷ます霊夢の姿が見える。霊夢は熱いものは苦手なのよね、と考えて紫は笑った。彼女がそれを語ったのはいつの日のことだったか。
「きんつば、あんたの分もあるでしょ。あげないわよ」
「いいえ。なんでもないわ」
少し警戒したような目で見る彼女に微笑み、紫は湯呑に口をつける。熱いそれは、温かなこたつの中でも美味しい。
これだけ親しくなったというのに、霊夢が紫に特別な好意を向ける様子はない。霊夢は紫をその他有象無象は違う存在と認識していることは知っている。けれどもそれから進む様子がない。
難しいわね、と紫は彼女と対話する度に思う。妖怪の生は長いが、人間のそれは空に一瞬だけ姿を見せる流れ星のように短い。あまり長い時間をかけることはできない。その前に彼女が死んでしまう。
「ねぇ、霊夢」
「なぁに」
「私のこと、好き?」
「好きよ。いつも言ってるじゃない」
ストレートに聞いてみてもこれだ。まず、この子は愛や恋を理解しているのか怪しいところもある。こればかりは難しい。けれども自身が彼女にそれを教え込みたい、という欲すら湧いてくる。八雲紫という妖怪は貪欲だ。どこまでもどこまでも彼女を求める。
「あんたが何を期待してるかわかんないけど」
「けど?」
「あんたは特別枠よ。上手く言えないけど、あんたの『好き』は別枠」
涼やかな顔でそう言って、霊夢は新しく取り出したきんつばを頬張る。幸せそうなその表情は可愛らしい。けれども、それを気にしてる暇なんてなかった。
あぁもう、この子は。
愛や恋なんて理解していないこの子の純粋な好意。『他者へのそれとは違う』と明確に示された好意。そんな甘い言葉を向けられて、落ちない者などいない。なんて楽観的な、無意識な、性質の悪いその言葉。
自分が彼女を侵蝕していくはずなのに。いつもいつもこの子に振り回されて、この子に惑わされているのは何故なのだろう。惚れた弱みとはこのことなのだろうか。長い間生きているが、こんな気持ちはまだ理解できていない。
「やっぱり弱み、かしら」
「弱い? あんた熱いのだめだっけ?」
きょとんとした表情でこちらを見る霊夢に紫は苦笑する。あれだけ甘い言葉を吐いてもこの表情だ。やっぱり理解していない。
「なんでもないわ。それ、美味しい?」
「美味しい。あんたの持ってくるお菓子は美味しいわ」
ご満悦な様子でお茶を飲む彼女。その言葉も自身を溶かしていく。あぁ、なんて甘い。このお菓子よりもずっと甘い、砂糖菓子のような彼女の言葉。けれども、苦い苦いその言葉。
ずず、とお茶を一口。甘い甘い、苦い苦い彼女の言葉とお茶の相性はあまりよくないようだ。
この味に合うものは、この感情に会う言葉はあるのだろうか。
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冷め切った約束事【ゆかれいむ】
冷め切った約束事【ゆかれいむ】
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お題:犯人はオンラインゲーム[15m]
お茶を一口飲み、溜め息一つ。先ほどからこればかり繰り返しているのは、霊夢自身も気が付いていた。けれどもそれを止めることはまだできない。待ち人はまだ来ないのだから。
紫は毎日同じ時間に現れる。遅れたことなんてなかった。なにせあちらが「必ず来るわ」と言ったのだから。紫は適当そうに見えて約束はしっかり守るヒトだということを霊夢は知っていた。きっと、紫のそんな姿を知るのは霊夢と幽々子、それと従者の藍ぐらいだろう。
またお茶を一口。溜め息一つ。その繰り返しばかりだ。自分でも呆れる。
「遅いわねぇ」
「ごめんなさい」
霊夢はどこか寂しげに呟くと、すぐ隣から申し訳なさそうな声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、紫がいた。泣きそうな顔をしていた。
「……遅いじゃない」
「ごめんなさい。ちょっと用事が」
「うそ」
その目は若干泳いでいた。普通ならば気付かないが、相手は博麗の巫女である霊夢だ。妙に勘のいい彼女を誤魔化すのはなかなかに難しいことだ。
「で、本当の理由は?」
「……ちょっと、ゲームに夢中になっちゃって」
「げぇむ?」
紫が時々何かの機械をいじっていることがあった。それを隣で眺めることはよくあった。
「こっちに持ってきてやればいいじゃない。いつも通りに」
「オンラインゲームっていってね、特別な機械じゃないと遊べないのよ」
反省しているのか、紫の表情は暗い。なにせ自分で「必ず」と言った約束を初めて破ったのだ。完璧主義者に近い彼女にはなかなかのダメージだった。
霊夢もそれを察しているが、「ふぅん」と呆れたように言った。また紫の顔が情けないものになる。
「ごめんなさい」
「寂しかったんだから」
「え?」
きょとんとした紫の顔。その顔はだんだんと明るくなる。
「うそよ」
ばーか、とふざけるように言って霊夢はまた茶を飲む。本心なんて言うつもりは毛頭無い。特に、そんな『くだらない』理由で約束を破ったのだから。それでも紫は霊夢の本心など分かっているだろう。知っているからこそ言わない。勝手に察して、勝手に一喜一憂するといいのだ。
ふふん、と霊夢は機嫌よさそうに笑った。二つ並んだ湯呑の中身は、既に冷め切っていた。
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ひとりとひとりのおべんきょうかい【嬬武器兄弟】
ひとりとひとりのおべんきょうかい【嬬武器兄弟】
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嬬武器兄弟が勉強してるだけ。IIIアピカコンで追加されたキャラ紹介文に笑い転げた後何とも言えない気持ちになったので。カタカナ読めて喜んでたもんな……。
設定一通り浚ったけど一人称やら二人称やらにブレがありすぎてつらい。
昼休み。
赤志との打ち合わせも終わり教室に戻ってくると、机の上に突っ伏した雷刀の姿が目に入った。また昼食の後すぐに寝たのか、と呆れつつ彼の元へ歩みを進めるがどうも様子がおかしい。よく見ると、寝ているのではなく冊子をいくつか抱えて唸っているようだ。彼の前、自分の座席に座り、背もたれに肘を載せるような形で彼の方に向かい声をかけてみる。
「どうしたんですか?」
「あー……烈風刀……」
眠気とはまた違う、気だるげな動作で雷刀は顔を上げた。元気だけが取り得の彼だが、今日はそんな姿からかけ離れた酷く難しそうに歪んだ顔をしている。珍しいな、と烈風刀は内心驚く。
「これ」と差し出された冊子を受け取り目を通す。コミカルな動物が描かれたカラフルな表紙には、『小学生 漢字ドリル』と大きなロゴが配置されていた。
「どうしたんですか? これ」
「ニアとノアにもらった……」
彼はそれだけ言って再び机に突っ伏した。彼が抱えていた他の冊子を手に取り眺めてみると、どれも似たような言葉が並んでいる。一冊ならまだしも、何故こんなにあるのだろう。先生が出した課題にしては量が多いし、なにより表紙から高校生向けのそれではないことは明らかだ。
「本当にどうしたんですか、これ」
「これはレイシスが『ちゃんと勉強しまショウ?』ってくれてー、こっちはトライプル先生が『設問が読めなければ意味がないのよ』って渡されてー、そっちのは冷音が無言で渡してきてー。で、さっきのはニアとノアが『一緒にお勉強しよーね!』って置いていった」
「皆してなんなんだよ」と雷刀は頭を抱えるが、烈風刀は合点がいったように頷く。皆の行動も仕方ないことだ。
だって、彼はろくに漢字が読めないのだから。
「オレ、そんなにダメかな……」
「まぁ、『起動』を『おこうご』と読む高校生は雷刀以外にいないでしょうね」
はぁ、と彼に悟られぬように小さく溜め息を吐く。『疾走感』や『覚醒』のようなあまりなじみのない言葉や、『KAC』のような横文字ははまだ流すことができるが、小学生でも読める『起動』をああも堂々と間違えたことは流石に無視できない。その上、『ビートストリーム』というカタカナを読めたことにとても喜んでいたのだ。こんな調子では先生は勿論、初等部のニアやノアに心配されてもしょうがないだろう。
「別にちょっとぐらい漢字が読めなくても生きていけるし」
「貴方のは『ちょっと』のレベルを大きく超えています」
すぐさま指摘すると、雷刀は「うぇー」と潰されたような呻き声を上げた。その姿を見て烈風刀は呆れたように大きく息を吐く。あれを『ちょっと』という神経は理解できない。
「で、でも間違えたり読めなくても烈風刀が教えてくれるし」
「私が常に一緒にいるわけじゃないでしょう」
「何を馬鹿なことを」と突き放すと、また「うーうー」とどこか聞いたことのある呻き声を上げて力なく机に突っ伏した。それを無視して机の上に散らばったドリル類をまとめる。
「せっかく皆さんがくれたのです、ちゃんとやりましょう。せめて、ニアとノアにもらった分だけでも解かなければ」
まだ幼い彼女達がわざわざ雷刀のために用意してくれたのだ。全て解かなければ純粋で優しい彼女達の好意を踏みにじるようなものだ。それくらい、雷刀も分かっているだろう。
「………手伝ってくれる?」
「見張る、という意味ならば」
「えー」
「『えー』じゃありません。自力で解かなければ勉強する意味がないでしょう」
雷刀が反論しようと口を開く前に予鈴が鳴った。いつまで続けても仕方のない話だ。さっさと切り上げてしまおう。
「とにかく、放課後やりますからね。一人だけ帰らないでくださいよ」
言い捨てるようにして前を向き、授業の準備をする。後ろから「れふとー」と情けない声が聞こえるが無視する。構っていてもしょうがない。
教室から離れていた生徒たちが続々と戻ってくる度に喧噪が増す。笑い声、眠そうな声、何度もドアが開け閉めされる音、教科書を取り出す音。色々な音が教室に雪崩れ込み満ち溢れていく。
もうすぐ、午後の授業が始まる。
カリカリと紙の上をペンが走る音。手元の本から視線を外しちらりと雷刀を見ると、机にかじりつくように問題を解いている姿が目に映った。こういう時はちゃんと集中するのだな、と苦笑する。この集中力をテスト前にも発揮してくれればいいのだけれど、きっとそれは叶わぬ願いだろう。
「――飽きたー!」
突然叫ぶようにそう言って、雷刀はペンを放りだし力尽きたように机に突っ伏す。せっかく集中してると思っていたのにこれだ。はぁ、とわざとらしく嘆息し、壁にかけられた時計を見やる。短針は数字一つと半分だけ先に進んでいた。意外ともった方だろうか。
「『飽きた』じゃありません」
「飽きたもんは飽きたんだよー」
座ったまま手足をバタバタさせ「もうやだー」と叫ぶ雷刀をいさめるが効果はない。その腕の下敷きになっているドリルを見ると、書き込むべきページは大分減っていた。この調子ならば今日中に終わらせることも可能だろう。もっとも、彼がここで投げ出さなければの話だが。
「ほら、もう少しなんですから」
「やだー」
否定の言葉もどこか元気がない。普段机に向かうことの少ない彼が長い時間集中して解いていたのだ、疲れるのも無理はないだろう。少し無理をさせてしまっただろうか、と考えるが、普段の彼を鑑みると明日以降に回せば面倒くさがって逃げるか綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。テスト前だって家で勉強する気は更々ない彼だ、持ち帰るよりもこの場で少しでも終わらせてしまった方がずっといい。
そう結論づけて烈風刀は再び雷刀に向き直る。暴れ疲れたのか、彼は机に突っ伏して「疲れた」「もうやだ」と小さく呻いていた。このままでは終わらないし、帰りも遅くなるだろう。物で釣るのはあまり好ましくないのだが、早く終わらせるためだ。
「今日中に終わったら好きな物を奢りますよ」
「マジで!?」
ガバッ、と先程の動きが嘘のように目の前の赤い頭が勢いよく上がった。現金だな、と子どものように輝く赤い瞳を見て密かに笑う。
「いくらまで?」
「500円以内ならなんでも」
「よしっ!」
勢いよく袖をまくり、力強くペンを握り直して雷刀は再び机にかじりつく。少額から納得できる額まで釣り上げていくつもりだったのだが、あっさりと決まってしまった。安いなぁ、と思わず呆れるように溜め息を吐きたくなったが彼に見られぬようにと噛み殺す。そんなことをしなくても、既に雷刀の意識は数多の問題へと向かっており顔が上がる様子はない。
ふと外に目を向けると、空は昼のそれより薄い青と赤へと近づくオレンジのグラデーションで彩られていた。グラウンドを走る生徒の影も長い。もう夜が近い。そう考えて再度本を開いた。
グラウンドを走る生徒の掛け声とペンを走らせる音、紙を捲る音が夕暮れ色に染まっていく教室を満たした。
窓の外のオレンジは鳴りを潜め、深く吸い込まれてしまいそうな藍色と全てを塗りつぶしていくような黒が見渡す限りの空を染め上げる。壁の時計を見ると、いつの間にか長針は周回し、短針は7を少し過ぎた位置を示していた。最終下校時刻が迫ってきている。
「終わったぁー!」
叫ぶようにそう言って、雷刀はペンを机に放りだし大きく伸びをした。その声に驚いた様子で烈風刀もパタンと本を閉じる。
「お疲れ様です」
労いの言葉をかけ、机に広げられたドリルを回収する。ざっと目を通してみると、解答欄は全て埋められていた。普段から綺麗と言えない彼の字は急いで書いたためか更に歪んでいたが、それを読み取るのはもう慣れたものだ。
「大丈夫みたいですね」
「よっしゃ!」
「もうすぐ最終下校時刻です。帰りましょう」
「うぇっ、もうそんな時間かよ」
烈風刀の言葉に雷刀は驚いた様子で外に目をやる。「真っ暗だな」と呟いて机の上に広げられた筆記用具を乱暴に鞄に詰めた。烈風刀も読んでいた本を片付け鞄を手にする。
パチン、パチン、と小気味いい音で電気を消し、教室を出る。人気のない廊下は外と同じように暗い。グラウンドの照明は既に消されており、廊下を照らすのは黒の中に浮かぶ月だけだ。
「なーなー、さっきの何でもいいのか?」
「言ったでしょう。予算内なら何でもいいですよ」
「じゃあ椿のところの肉まん食べたい! 頭使ったし腹減った!」
「そんなものでいいのですか?」
「いつでも食べられるじゃないですか」と呟くと、雷刀は楽しげに笑いながら「今食べたいからいいんだよ!」と返した。
「ちゃんと夕ご飯を食べられるようにしてくださいね」
「分かってるって」
あぁでもごま団子も食べたい、いや饅頭も捨てがたい、と雷刀は宙を見上げ真剣に悩んでいた。今日は普段の彼から考えられないほど頑張っていたのだ、希望する物全て買ってあげよう。そんなことを思いながら烈風刀は隣の赤色と同じ速度で歩みを進める。
暗い廊下、跳ねる赤と揺れる緑が闇へと溶け込んでいった。
「終わらせたぞ!」
翌日、昼休み。
「早く見せに行こう」と烈風刀を引き連れ初等部に駆けていった雷刀は、廊下で遊んでいたニアとノアの目の前に昨日の漢字ドリルを掲げた。
「一日で終わったの? すごーい!」
「全部書けたの?すごーい」
感嘆の声を上げ、二人はキラキラとした瞳で雷刀を見上げる。彼女らの表情に雷刀は嬉しそうに胸を張った。特にニアはぴょこぴょこと跳ねて雷刀からドリルを受け取り、中を見て「本当だ―!」と嬉しそうに声を上げた。その姿に雷刀も「オニイチャンすごいだろ」と楽しげに笑う。
その子どもらしい姿に小さく笑みを零すと、くいくいと服を引っ張られる感触がした。そちらを見ると、ノアがどこか不安げな瞳でこちらを見上げていた。
「れふとも一緒にやったの?」
控えめな声で彼女は尋ねる。渡した翌日に解き終わるという、普段の雷刀ならば考えられないような早さを不思議に思ったのだろうか。彼女と同じ目線になるように屈み、優しく微笑みかけた。
「私はサボらないように見ていただけです。全部、雷刀一人で解いたのですよ」
烈風刀の言葉にノアはわぁ、と目を輝かせる。ニアと話している雷刀を見上げて「らいと、すごい」と呟く彼女に烈風刀は思わず笑った。素直で表情豊かな彼女達はとても可愛らしい。
「ニア達もちゃんとお勉強しなきゃね! ノアちゃん!」
「らいとみたいに頑張らないとね、ニアちゃん」
やる気満々といった風に二人は顔を見合わせる。元気にピョンピョンと跳ねる姿を見て、烈風刀は一つの案が思い浮かんだ。彼女達と目線を合わせ、それを口にする。
「では、放課後一緒に勉強しませんか?」
「本当?」
「いいの?」
烈風刀の申し出にニアとノアは嬉しそうに声を上げた。彼女たちのトレードマークであるカチューシャについた兎の耳のようなリボンが本物のそれのようにピンと立ち、きゃっきゃと笑う彼女らの動きに合わせて揺れる。反して、隣に立っていた雷刀は慌てて烈風刀の袖を引っ張り耳打ちする。
「おい、今日も居残りかよ!」
「だって、まだ全て終わったわけではないでしょう」
「でも――」
「雷刀」
渋い顔で反論しようとする雷刀に、烈風刀は笑みを返す。わざとらしいほど爽やかで明るい、けれども有無を言わせない笑顔だった。
「家で残りの三冊を全て終わらせるのと、今日も残って一冊終わらせるの、どちらがいいですか?」
「…………残ります」
疲れ切った表情で雷刀は言った。よろしい、と言った風に取り澄ました顔をすると、チャイムが響いた。もう予鈴の時間になったようだ。時間が経つのは早い。
「さぁ、もうすぐ授業が始まりますよ。教室に戻りましょう」
「はーい! じゃあまた放課後ね!」
「またねー」
二人は廊下を飛び跳ねる。その小さな背中に「廊下で飛んではいけませんよ!」と言うと、二人一緒に振り返って「はーい」と元気な声で返事した。烈風刀の言う通り飛び跳ねるのをやめ、廊下をペタペタと音を立てて駆けていく。
その背中が見えなくなったのを確認して、隣の雷刀を見る。居残りが決まったためか力ない顔でうなだれていた。
「私達も戻りますよ」
「ふぇーい」
返事にも覇気がない。相変わらずすぐ顔に出るのだな、と呆れるように笑った。その背中に届くよう声をかける。
「頑張っていいところを見せてあげてくださいね、『オニイチャン』」
「分かったよ」
皮肉るような烈風刀の言葉に雷刀も苦笑いをして顔を上げる。「お手本見せなきゃなー」と言って彼は大きく伸びをした。
今日の放課後は賑やかになりそうだ。そんなことを考えて烈風刀は小さく笑う。
もうすぐ、午後の授業が始まる。
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緩やかな眠りの淵と柔らかな温もりの中で【ライレフ】
緩やかな眠りの淵と柔らかな温もりの中で【ライレフ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
ライレフが寝てるだけ。三人称が分からない。
シャワーを終え自室に戻ると、ベッドの上に見知った赤色があった。
隣室――雷刀の部屋のドアが開きっぱなしになっていたので嫌な予感がしていたが、見事に的中してしまった。大方、トイレから戻る際間違ってこちらに来てしまったのだろう。これまでも何度かあったことだ。家具の配置が全く違うというのに何故違和感を覚えないのだろうか、といつも不思議に思うが、彼はどこかの射撃と昼寝の名人ばりに寝つきがいいから気付く暇さえないのだろう。はぁ、と思わず大きく溜め息を吐いた。
いつもならば無理矢理にでも叩き起こして部屋に帰すのだが、今日は近日行われるアップデートの準備や各授業の課題が重なり酷く疲れていた。体が程よく温まったせいか睡魔が背後まで迫っていたのもあり、彼を起こすことすら面倒臭い。もういい、このまま寝てしまおう。
もぞもぞとベッドに潜り込み、雷刀を壁側に押しやりスペースを作る。彼は寝相が悪いから壁の方にやったほうがいい。これも経験則だ。彼がもぐりこんでいたせいか、布団の中は心地よく温まっていた。雷刀は子供のように体温が高いから尚更だ。
そういえば、このように一緒に眠るのは何時振りだろう。不本意ではあるが、現在の関係になってからは一緒の布団で眠ることが増えた。しかし、こうやって何もなく、ただ共に眠るだけというのは何年振りだろう。
子供の頃は親が不在である寂しさに同じ布団で眠ることが幾度かあった。あれはたしか小学生、低学年頃までだっただろうか。ということは、約十年振りか。時が経つのは早い。それとも、自分達が子供めいた行動から脱却するのが早かったのだろうか。
隣で眠る雷刀の寝顔を見る。いつも先に眠ってしまうから――先に眠ってしまうほど疲れさせるのは彼だ――こうやってまじまじと見ることは初めてかもしれない。
下りた瞼は特徴的な赤い瞳を隠し、柔らかに弧を描く。笑顔とは違う曲線のなぞり方のはずなのに、どこか笑っているかのように見えるほど安らいだ表情だ。時折、すぅすぅという寝息と共に鮮やかな赤色の髪がふわりと揺れる。子供のように元気な彼をよく表したあどけない寝顔だ。その幸せそうな表情を見て、くすりと笑った。双子だけれど、やはり彼と自分は全然違う。こんな表情が似合うのは雷刀の方だし、きっと自分にはできない。
眠気が忍び寄り、じわじわと意識を侵蝕していく。隣に眠る雷刀と自分の体温で心地好い暖かさに包まれているはずなのに、なんだか寂しい。子供ではないのに、一人ではないのに何故だろう。ふわりと緩やかに沈んでいく意識の中で考える。――答えはとうに出ていた。
ちらりと再度彼の寝顔を見る。相変わらず下ろされた瞼が開く様子はなく、起きる気配はなさそうだ。思い切ってその体に身を寄せる。大丈夫だ、起きない。それに寝相の悪い彼のことだ、目が覚める頃には離れているはずだ。そう言い聞かせ、せりあがってくる恥ずかしさを誤魔化し抑え込む。
ぎゅっ、と彼の服を握り胸に額を当てる。あぁ、温かい。懐かしい。そして、幸せだ。日頃は気恥ずかしさが勝ってしまい滅多に言わないが、自分だって雷刀に思いを寄せている――顔から火を噴かんばかりに湧き上がる羞恥心を捨てて言うと、愛しているのだ。こうして一緒にいることを、触れ合うことを幸福に思うのは当たり前のことだ。
忍び寄っていた睡魔が優しく瞼を下ろす。ふわふわとしていた意識が、ゆっくりと深い眠りの底まで沈んでいく。
あぁ、今日はよく眠れそうだ。
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深い暗闇の底まで沈んでいた意識がゆっくりと浮上し、目が開く。
なんだかいつもよりも温かい。寝起きでぼぅっとした頭で胸の中を見下ろすと、そこには見知った緑色がいた。
ドキリ、と心臓が大きく跳ねる。何故烈風刀がここにいるのだ。昨日誘った覚えはない。もちろん、誘われることもなかったはずだ。何より、二人ともちゃんと服を着ている。だったら、一体何故。朝は弱い方だが、驚きと混乱で意識はすっかり覚醒していた。
あわあわと周りを見渡すと、枕元に置かれた時計が目に止まりようやく気付く。ここは烈風刀の部屋か。大方、トイレに行った帰りに間違ってこちらに来てしまったのだろう。今までも何度かあったことだ。だが、その度に無理矢理叩き起こされ部屋から蹴り出されたのに、何故今回は起こされず、しかも日頃触れようとする自分を無理矢理引っぺがすような彼が自分の胸の中で眠っているのだ。
とにかく一旦布団を出ようと身を起こそうとするが、何かに引っ張られるような感覚に動きが止まる。よく見ると、烈風刀が自分の服を掴んでいることに気付く。遠慮がちにそっと抱き付き、胸に収まる姿は小さな子供のようで愛らしい。彼がこのように甘えてくる――普段、彼はこんな積極的に触れ合うことはしないのだ――のは珍しいだけに尚更だ。惜しからむは、こうやって柔らかで安らかな顔で眠っているから手を出せないということか。生殺しだ、と唸りそうになるのをどうにか我慢する。
すっ、とゆっくりと彼の瞼が持ち上げられた。ふわふわと定まらない視線がこちらに向けられる。まだ少し寝ぼけているようだ。
「……おはよう?」
「…………おはようございます」
気まずいながら声をかけると、半分閉じていた目が次第にぱっちりと開いた。状況を把握したのか、眉間に深く皺を刻み苦々しい表情で小さな声で挨拶が返される。その頬はだんだんと赤みを帯びていく。やはり照れているようだ。可愛い。
「珍しいな。烈風刀が甘えてくるなんて」
「甘えてなどいません。蹴り出すのが面倒くさかっただけです」
そういって烈風刀は視線を逸らし、服を掴む手に力をこめた。きゅっと服を握るその姿は甘えているようにしか見えない。寝起きで思考がはっきりしてないからか、自身の行動に気付いていないようだ。そんな彼の様子に思わず頬が緩む。
「烈風刀、かーわいー」
「うるさいです」
褒める言葉に照れを隠すようなふてくされた声。頬が鮮やかな朱色に染まっていることに彼は気付いているのだろうか。愛らしい姿に小さく笑って、胸の中で縮こまる彼を抱きしめた。
「っ、らいと」
「まだ早いし二度寝しよーぜ。オニイチャンまだちょっと眠い」
「眠い」という言葉が嘘だということなど、烈風刀はきっと気付いている。いつもなら二度寝など許さない彼が、何も言わず仕方ないという風に身を寄せてくるのは彼なりの甘え方だろう。素直じゃないな、と気付かれぬように笑う。眠っている時の方がよっぽど素直で愛らしいが、起きている時の素直じゃない姿も微笑ましくて愛おしい。盲目的なのは分かっているけれど、可愛いものは可愛いのだ。
「おやすみ、烈風刀」
「……おやすみなさい」
そう言って彼はすぐに目を閉じる。恥ずかしさでそうしているのだろうが、きっとこのまま眠ってしまうだろう。最近アップデートやら課題やら様々なものが次々と重なっているから疲れているはずだ。周囲の期待に応えようと頑張りすぎる彼は、こうやってゆっくり眠って休むべきなのだ。そう考えると、この状況はちょうどよかったのかもしれない。
胸の中の柔らかな緑にそっと唇を寄せる。おやすみ、と再度囁いて自分も目を閉じた。身を寄せる彼の体温を確かに感じながら、一緒に眠りの底へと沈んでいく。
あぁ、今日はよく眠れそうだ。
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スタイル【GOD EATER】
スタイル【GOD EATER】
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私の戦い方だと絶対に皆に説教されるよなとかそんな妄想。終着点が見つからない。
「だーかーらー! 何でいつも一人で突っ込んでいくんですか! いつもそれで怪我ばかりしているんですからもっと気をつけてください! 大体貴女は――」
フェンリル極東支部、出撃ゲート前のロビーに怒号が響く。
声の主は第一部隊に所属する新型神機使いのアリサ・イリーニチナ・アミエーラ。ミッションを終え疲れているであろう、その細い身体のどこから出ているのかと疑問に思うほど声を張り上げ、目の前に正座している人物に怒りをぶつけている。
そしてその目の前で正座している人物は――
「いい加減自分の身を大切にすることを覚えてください! リーダー!」
彼女が所属する第一部隊、その部隊長である。
彼女はアリサの怒号に掻き消されそうな声で「はい」と相槌を打っていた。そこに反省の色は見られるのだが、次のミッションまでにそのことを忘れてしまうことを極東支部の皆は知っている。
なにせ、この光景は彼女が部隊長と就任したすぐ後から続けられているものだからだ。
彼女とミッションに同行したものは口々に言う。「後先を考えずに突っ込んでいく奴だ」と。
実際、突っ込んではいくものの、技術を駆使し戦うので戦地で倒れることは少ない。しかし、倒れる一歩手前でも回復薬を使わずに敵を斬りつけにいくその姿は、異常だった。
本人曰く、「とりあえず斬れば全部済む」、「まあなんとかなる」、だそうだ。
他の神機使いは半ば諦めているようだが、アリサはそれが気に食わないのだろう。第一部隊長が一度いなくなったことも多少関係しているだろうが、仲間が自ら死ににいくような姿はアラガミによって家族を失った彼女にとっては耐え難い光景なのだろう。
「それにしても、あれだけ言ってもよく飽きないよなー」
手すりに寄りかかり、その光景を遠巻きに眺めているコウタが呟く。
「ありゃ直るまで続くだろうな。直るかどうか分からないけどな」
その言葉に、隣にいるタツミが笑いながら続く。
「私は直るとは思えないけどね。隊長さんも、アリサも」
缶コーヒーを手にしたジーナが、コウタの横にもたれかかって続く。
「『アリサも』ってどういうこと?」
「隊長さんは見ての通りだけど、万が一あの癖が直ったとしてもアリサもお説教は続くでしょうね」
「いや、流石にアリサもそこまでしつこい奴じゃないんだけど……」
困ったような顔で言うコウタに視線を投げ、ジーナは微笑んだような顔で続ける。
「別に彼女がしつこいとかそんなのじゃないわ。ただ、『あれ』は彼女たちにとっての一種の儀式みたいなものだと思うの」
「儀式ねえ」
あながち間違いではないかもしれない、とタツミは苦笑して呟く。
「『今日は生きて帰ってきました』『次も生きて帰りましょう』って感じかしら」
「その通りなら言ってることはリンドウさんと同じだけど、あれじゃあなあ」
「まあ、あのリーダーもアリサだからこそあれだけ大人しく叱られてるんじゃないか? 部下にあれだけ言われても反論すらしないのは一種の信頼の形だろ」
そんなことを言ってタツミはカラカラと笑った。ジーナもコーヒーを飲む手を休め、笑う。
信頼。
実際のところ、コウタもあの隊長の戦闘スタイルに言いたいことは山ほどある。無茶せず回復しろとか、無理に斬りにいくなとか、言いたいことは概ねアリサと同じである。
多分、コウタが言っても結果は同じだろう。しかし、アリサがあれだけ言っても改善しない辺り、もはや直す気すらないのではないのではないかと思ってしまう。
タツミの言う通りなら、彼女は自分たちを信頼してくれているのだろう。背を、命を預けられる仲間だからこそ、馬鹿のように一直線に敵に向かっていけるのかもしれない。
しかし、仲間にとってはその姿は心配を生み出すものだ。信頼はしていても、仲間が一人で強大な敵に突っ込んでいく様は心臓に良くない。頼られるのは嬉しいが、その前に自身を大切にするべきだ、と彼女の姿を見たものは思うだろう。
多分、彼女のことだろうから、それでも「自分より仲間のほうが大事だ」とか言うのだろう。「自分などどうでもいい」と言うような調子でそう言うのだろう。
そんなことを考えて、コウタは眉に皺を寄せた。
「あらあら、どうしたの?」
「……俺も、説教してこようかな」
「あらあら。部下二人からお説教されるなんて、隊長さんも大変ね」
ジーナはくすくすと笑った。
「二人で言えばなんとかなるかもな」
「リンドウさんに怒られても直らなかった子よ?」
「じゃあ駄目かもな」
タツミとジーナがそう言葉を交わしているのを背中で聞きつつ、コウタは未だ続く二人の元へと向かった。
「そうだそうだー! 無茶すんなよ、リーダー!」
怒号と反省の声に、楽しそうな声が加わった。
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表【宗+善】
表【宗+善】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
表しかたは人それぞれなのです。
人が殺したいほど好きな結果(?)が殺人衝動なのになくなったらどうなるの、と思った結果がこれ。念のため腐向け。
「殺す、ということがこんなにくだらないなんてね」
宗像形はそう呟く。湯飲みを満たす茶が揺れ、小さな波が広がった。
地下二階、庭園の一角にある茶室。その一室には二つの人影がある。
「こういうのもなんですが、気付けてよかったんじゃないですか?」
茶を一口飲み、人吉善吉はそう言う。
「結果的にですが、球磨川先輩は『大嘘憑き』で死をなかったことにしました。殺したことには変わりがありませんが、取り返しのつかないことにならずにすみました」
そこでまた茶を一口含む。宗像もつられて飲んだ。
「なにより、先輩がずっと悩んでいた、苦しんできた異常がなくなったのは、喜ばしいことじゃないでしょうか」
静寂が部屋を満たす。風のほとんどない庭園は、ただ静かだった。
「そうかもしれない。だけど」
黙って下を向いていた宗像が口を開く。
「だけど、同時に僕は人を好きになることが分からなくなった。『殺したい』ということでしか表現できなかったそれを、どう言えば、どうやれば『好き』といえるか分からない」
ゆっくりと顔を上げ、宗像は善吉の目をじっと見る。
「君に、なんと言えば、どうやって接すればいいか、分からない」
宗像のその目は、今にも泣いてしまいそうな、不安定な色を湛えていた。
「カッ」
その不安を吹き飛ばすように、善吉は笑い、言葉を続ける。
「なんにも考えなくていいんですよ。友達と一緒にいるのに、難しく考えることなんて何にもありません」
「特に俺とは」と善吉は冗談めかして笑った。つられたように、宗像も薄く笑う。
「そうか」
「そうですよ」
「――――でも、ごめん」
言うが否や、刀が善吉の頬を掠めた。一拍遅れて――あまりのことに遅れたように感じた――背後の柱に刀が刺さり、鈍い音をたてる。
「僕には、この表現しか分からない」
いつの間にか刀を手にした宗像は、静かに、どこか悲しそうに善吉を見つめていた。
「――君を、殺す」
「カッ! 俺は殺されたぐらいじゃ死にませんよ」
善吉も立ち上がって宗像を見据える。
「先輩に、俺を殺させはしません」
宗像は小さく頷いて、手に持った刀を善吉に向けた。
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補講の補講【嬬武器兄弟】
補講の補講【嬬武器兄弟】pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:真紅の怒りをまといし太陽[2h]
放たれた窓からは遠くの蝉の鳴き声が風に乗って流れ込む。けれどもそれは一瞬のことで、心許無い風はすぐに姿を消してしまう。残るのは蝉の声と、グラウンドを駆ける運動部の声と、肌を刺すような太陽の光だ。
「あーつーいー」
「夏だから仕方ないでしょう」
太陽は空を支配するかのようにその天辺で輝く。夏という季節を謳歌せんと言わんばかりに陽光を注ぎ、気温をどんどんと上昇させる。全ての窓と戸を明け放してなお滅多に風が入らない教室の不快指数は上がるばかりだ。
「なんでこんなに暑いんだよ……なんでこんなに暑い中勉強しなきゃなんないんだよ……」
「誰のせいでしょうね」
二人は教室で向き合うように座っていた。机に向かう雷刀と、その前の席の椅子を逆方向に向け彼を見る烈風刀という体勢だ。
目の前で唸る少年――嬬武器雷刀の期末テストの結果は散々なものだった。確かに夏のアップデートへ向けての準備などで忙しかったが、それを差し引いても酷い。『酷い』という言葉しか浮かばないほどのものだった。だから、夏休みの初めに行われる補講に参加せねばならないのは当然のことだった。元々システム関連で学園に用事があった烈風刀は、嫌だ嫌だと騒ぐ雷刀の首根っこを掴み無理矢理連れてきて補講に参加させた。案の定というべきか、授業内容が理解できなかったようで授業中課されたプリントもろくに解くことができない。授業時間内に終わらなかったそれは、自動的に翌日――補講は夏休みの始まり、五日間ほど設けられている――の課題となる。
「暑い」
「口を動かす暇があったら手を動かす」
同じ言葉を無駄に繰り返す雷刀に冷たく言い放つ。原則、授業の終わった教室のクーラーは節電のために切られることになっている。真夏の、しかも陽光がこれでもかと注ぐ教室など、クーラーがなければただの地獄だ。窓を開けたとしても今日の様子では焼け石に水だ。
それでも、二人がこの教室から出ることはまだ許されない。
「つーか、烈風刀は先に魂のとこ行ってくれば? 用事あるんだろ?」
「先に行ったとして、貴方一人でこの課題が解けるのですか? 自力で終わらせることができるのですか? そもそも貴方が逃げずに大人しくしている保証なんてあるのですか? ありませんよね? だから先生は私に見張るように言ったんですよ。分かっていますか?」
成績優秀で補講など一切関係ない烈風刀がここにいる理由、それは先生に雷刀が逃げないように監視するよう言われたためである。
雷刀が一人で課題を終わらせることなどできないことは、日頃の様子から分かり切っていた。そもそも課題をしっかり終わらせるような人間ならばあんな点数を取るはずがない。
しかし、授業時間外に先生が一人の生徒につきっきりで教えることなど不可能だ。だから、双子の弟である嬬武器烈風刀に白羽の矢が立った。彼相手ならば雷刀も逃げられないと踏んだのであろう。事実、それは功を奏していた。
気安く引き受けるのではなかった、と烈風刀は後悔した。確かに天気予報で気温が高くなると言っていたが、これほどまでに暑いとは。日当りのいい教室であることと、風がないということも大きな要因だろう。せめてクーラーの使用許可を交換条件に出すべきだった、と顔をしかめる。
「ごめんなさい」
「謝る暇があったら頭を使って手を動かす。ほら、ここ間違ってますよ」
しゅんと反省したように項垂れる雷刀をバッサリと切り捨て、間違いを指摘する。雷刀は黙ってその部分を修正し、以降の間違いも訂正しようとするがやはりなかなか手が動かない。内容を理解していないのだから当たり前だ。一体どうすれば一人でちゃんと勉強できるようになるのだ、と大きく溜め息を吐いた。
「暑いから頭が動かないんだよ」
「貴方の頭が働かないのは一年中でしょう。気温のせいにしないでください」
「そうカリカリするなって」
「誰のせいですか!」
思わず声を荒げる。しまった、と後悔するころには雷刀は苛立ったように目を細めていた。あまりの暑さにこちらも苛立っていたようだ。疲れたように手で顔を覆う。
「……ジュースでも買ってきます。なにがいいですか」
「炭酸なら何でも」
「分かりました」
不機嫌そうな彼の声を背に教室を出る。購買へと続く廊下にも太陽は容赦なく光を届ける。窓が開いていない分、教室よりも暑く感じる。はぁ、と顔を手で覆い息を吐いた。
先ほどのはさすがにない。原因は彼にあるとしても、あれではただの八つ当たりではないか。日頃彼のことを子ども子どもと言っているが、これでは自分もさほど変わらない。恥ずかしさと後悔で小さく唸る。
窓の外、ペンキでも塗りたくったかのように青色に晴れ渡る空を見上げる。全てはあの太陽のせいなのだ、と中天で輝くそれを恨みがましく見た。子どものような行動だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
自販機で買った缶を手に教室に戻ると、雷刀は椅子の背もたれに身を預け下敷きでパタパタと扇いでいた。普段は下敷きなど使わないのにこんな時だけ使うのか。そもそも下敷きを持ち歩いていたのか、とどうでもいいことを考える。そっと近づいて、その頬に冷えた缶をぴったりと押し付けた。
「うぉっ!」
「買ってきましたよ」
驚いてバランスを崩しかけた彼は、ぽかんとした表情でこちらを見上げた。その姿に思わず笑ってしまった。
「おー、さんきゅー」
雷刀は嬉しそうに笑って缶を受け取った。プルタブを勢いよく引くと、炭酸で増幅された小気味のいい音が響く。冷たい汗を流す黒色の缶を傾けると、彼の喉がゴクゴクと美味しそうな音をたてて動いた。
「つめてー!」
たまらない、といった風に笑う雷刀を見ながらこちらも手にした缶を開ける。口をつけると、特有のコーヒーの香りと苦みが口の中に広がる。冷たいそれを手にしているだけで体温が少し下がったかのように錯覚する。
「よし、さっさとやるか!」
やる気を出した彼が、缶を隣の席に置きペンを握り机に向かう。その姿を嬉しく思うが、先ほどのことがどうも引っかかってしまう。集中しようとする彼を邪魔するのは気が引けるが、謝らねばならないと「雷刀」と彼の名を呼んだ。
「その……、さっきはすみません」
「なにが?」
「えっ?」
「烈風刀が怒るのなんていつものことじゃん。気にしてねーって」
それはそれで不名誉だ、と烈風刀は苦々しく顔を歪める。烈風刀の気を知ってか知らないでか、「変な顔ー」と雷刀は笑う。「うるさいですよ」と気まずさを誤魔化すように手にした缶の中身を飲む。熱気にやられてか、小さな缶の中身は既に冷たさを失いつつあった。
「早く終わらせましょう。サーバー室は涼しいでしょうから早くそちらに移動したいです」
「だったら、最初からサーバー室でやればよくね? 涼しいし用も終わるしそのままオレの面倒も見れるしどう考えても得じゃん」
「あの涼しくて快適な部屋で貴方がサボらないとは思えませんね」
欲で輝く目で見つめてくる彼をすっぱりと切り捨て、「ほら」と促す。雷刀は残念そうに口を尖らせたが、すぐさまプリントへと目を向ける。勉強しようとするその姿勢に小さく笑う。
やはり、全て暑さが悪いのだ。子どもめいた考えに自ら苦笑しながら外へ目をやる。空に輝く太陽はまだまだ健在で、少なくとも空が暗くなるまではそこで存在を主張するようだ。
「終わったら、アイスでも買って帰りますか」
「おう!」
ふと漏れた言葉に雷刀は顔を上げて元気よく返す。太陽のように眩しい笑顔が目の前に輝く。温かなその笑みに思わずこちらも笑みを零した。
夏の暑い教室に、柔らかな風が通り抜ける。まだまだ暑い夏は終わらない。
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#嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀