No.85, No.84, No.83, No.82, No.81, No.80, No.79[7件]
現の幻想【グラユス】
現の幻想【グラユス】
ハロウィンユーステスの台詞からフェイトから何から何まですごくてつらい。アビフェイトの破壊力がすごすぎてしんどい……。公式の供給すさまじすぎてつらい……。ありがとうサイゲ……。ハッピーハロウィン(遺言)
ネタバレしかない。
家々を渡るように架けられた旗が夜風に揺らめく。宙に浮かぶカボチャを模ったランタンは星々のように空を彩っていた。
ぼんやりとした月明かりとそれらが照らす街は、普段ならばとっくに寝静まっている時間でも昼間以上の喧騒と色に溢れている。明かりが灯り人が行き交うこの空間は、この世のどこよりも賑やかしく見えた。
すべてはこの雰囲気によるものだろう、とユーステスは壁に寄りかかり群衆を見回す。高い目線から見下ろす先に、真っ白なシーツを被った少女が人々の間を縫うように走り、その後ろをネジが刺さった帽子の少年が追う姿が映る。少し視線を動かせば、今度はドクロを模した面をつけた少女とかぼちゃの被り物をつけた少女が、菓子の入ったかご片手にはしゃいでいた。子供だけではない、多くの大人も魔女や妖怪といった空想世界の住人たちを模した衣装で大通りを行く。ここは現でなく幻想の世界なのではないか、と錯覚しそうなほどだ。
ハロウィン、だったか。ユーステスはいつか交わした会話を思い出す。なんでも、仮装をして人に菓子をもらう祭りらしい。菓子をくれないのならば悪戯をしていいのだ、と楽しげに語ったのは彼が現在身を置いている騎空団、その団長だ。キラキラと目を輝かせる姿は子供のそれで、何百人もの人間をまとめ指揮するこの勇ましい長はまだ年若い少年であるということを再度実感したのを覚えている。この島にやってきたのも、祭りが盛んであるからだと聞いている。楽しみだ、と楽しげに語る少年の姿を思い出し、ユーステスはわずかに口元を緩めた。
ふと、彼は己の手に目をやる。銃を操るため普段から身に着けている黒く分厚いグローブはそこになく、代わりに白く柔らかな手袋が己の浅黒い肌を包んでいた。手元だけではない、無骨なコートは濡れ羽色のスーツに変わり、その背には内を深緋で彩った外套を羽織っていた。足に付けたホルスターも、今日ばかりは赤で鮮やかに彩られている。エルーン特有の耳には、彼のそれと同じ黒の羽飾りが天を向くように取り付けられていた。
今回、ユーステスがつく任務は囮調査だ。ヴァンパイアの仮装をし、餌として祭りの陰で行われているという闇競売を探る。今までのことを思えば楽な部類に入るものだが、これで本当に役目が果たせているのだろうか、と彼は眉をひそめた。今晩菓子をねだりにきた子供たちは皆、自身を『ヴァンパイアの仮装をしたお兄ちゃん』と評していた。子供相手ですらこれでは、競売に参加するような目利きの者たちを騙せるか非常に怪しい。
いざとなれば潜入調査に切り替えるか、と手持無沙汰に羽飾りを撫でていると、ユーステス、と耳慣れた声が己の名を紡ぐ。喧騒の中でもよく通るそれに振り返ると、大きく手を振りこちらに駆けてくる少年――騎空団の長であるグランの姿があった。街道に溢れる人々の間をするするとすり抜け、彼は難なくユーステスの下へと辿りついた。
「やっぱりユーステスだ」
「どうした? グラン」
にへらと笑うグランに、ユーステスは秘かに姿勢を正し問いかける。先程見かけた時には一緒にいたルリアとビィは近くに見当たらない。おぞましい競売が行われている可能性がある街だ、まさか何かあったのではないだろうな、と彼は澄んだ琥珀色の瞳を見つめた。
「別に何もないよ? ただ、ユーステスが見えたから来ただけ」
あ、耳触ってもいいかな、とグランは青年の頭上に付いた耳へと手を伸ばす。最近は問うだけ問うて許可を出す前に触ることが多くなった。それほどの信頼関係が築かれる程度に、少年と青年は同じ時を過ごしていた。
「お前はいつもそれだな……」
「だってユーステスの耳、ふわっふわのさらっさらで気持ちいいもん」
呆れるような声に悪びれることなく返し、グランはその柔らかな黒の耳に優しく触れた。毛並みに沿ってゆっくりと撫でられ、ユーステスは心地よさに目を伏せる。初めはおっかなびっくりで触っていたというのに、今では手慣れたものだ。
「この羽飾りもかっこいいね。似合ってる」
耳と繋がる根元の金具部分に触れぬよう、グランは天を向くそれに指を伸ばす。彼の耳には到底敵わないが、こちらはこちらでいい手触りだ、と少年は評した。
「ヴァンパイア?」
「らしい」
グランの問いに、ユーステスは曖昧に返す。らしいってなんだよ、と少年は笑った。とはいっても、上層部がそうだと言って勝手に与えたものなのだ。ましてやモチーフは希少度が高く滅多にお目にかかれない種族なのだ。本当にそれに即しているのか、青年にははっきりと断言できなかった。
「でも似合ってる」
かっこいいなぁ、と少年は嬉しそうに笑った。任務のためだけに与えられたものだが、彼が気に入り褒めてくれたことは嬉しい。ユーステスは柔らかに目を細めた。
「お前は仮装しないのか?」
ハロウィンのことを語っていた時のことや日頃の行動を見るに、グランはこのような祭りごとを好んでいるはずだ。誰よりも先に仮装し祭りを満喫しそうなものだが、とユーステスは首を傾げた。彼の言葉に、グランの瞳に苦々しい色が浮かぶ。口元も心なしかひきつっているように見えた。
「……コルワが」
少年が口にしたのは、少し前に団に加入したエルーンの名だった。たしかデザイナーだったか、と思考を巡らせる。
「僕も仮装しようとしたんだけど、コルワが『衣装を準備してあるの! 全部着てみてもらうからね!』って迫ってきてさ……」
はぁ、とグランは重い溜め息を吐いた。心なしか、その顔には疲れが滲んでいる。
ユーステスとコルワは有する魔力属性が違うためあまり交流はないが、そのテンションの高い様は挺内で度々見かけた。あの様子で様々な衣装を持って迫ってくれば、さすがのグランでも押されるようだ。
「逃げてきたわけか」
ユーステスの言葉に、グランはうぅと唸った。その通りなのだろう。仕方ないだろ、と呟く声は拗ねた時の音をしていた。
「ルリアの分も用意してあるって言ってたし、今頃はルリアのファッションショー状態になってるんだろうなぁ……」
「お前もやってくればよかったじゃないか」
「恥ずかしいだろ!」
「普段と変わらないだろう」
グランは扱うジョブに合わせて常に衣装を変えている。分厚い盾と騎士のような重厚な鎧を身にしていると思えば、動植物の装飾を凝らし目深にローブを被った姿になり、気がつけばベレー帽を被りマントを翻しながら銃を操る。最近では、大きな帽子と琴と共に演奏している姿をよく見る。依頼に合わせて臨機応変に装備を変える姿は、ファッションショーのようなものだ。
それとこれとは違うんだよー、とグランは訴えかけるように言う。分かった、と諭す風にユーステスがその頭を撫でると、少年は不満げに頬を膨らませた。飴色の瞳は子供扱いするなと強く主張しているが、その様はまるっきり子供のそれだ。
「でも、皆色んな格好してて面白いな」
すっとグランは行き交う人々を見回す。つられて、ユーステスも彼の視線を追った。その先には、狼男に扮した少年がエルフの仮装をした少年と共に走っていく姿があった。作り物とはいえ、ふわふわと揺れる毛と小さな体躯は子犬のようだ。可愛らしい、とその背を眺めていると、ふいに鋭い視線を感じる。いつの間にか、グランはユーステスの方へと目を戻していた。
「……やっぱ仮装してくればよかった」
ふてくされたような声に、青年はぱちぱちと目を瞬かせた。やはり、様々な衣装に身を包んだ人々を見て羨ましくなったのだろうか。少年の心は移り気だ。
「あーもー! ベアトリクスに会うんじゃなかった!」
「あいつがどうかしたのか」
同じ任務にあたっている同僚の名に、ユーステスは思わず問いかけた。またなにかやったのか、と真っ先に疑ってしまうのは、彼女の日頃の行いが全て物語っている。
「一応狼の耳と尻尾のアクセサリーは持ってたんだけどさ、途中でベアトリクスに会ったから付けてきちゃったんだよ」
あぁ、とユーステスは納得したように頷いた。あの意地の張った少女がそれにどのような反応を示したかなど簡単に想像がつく。そして、その反応に少年が食いつきからかう様も容易に想像できた。
「僕だって耳と尻尾をつければユーステスにもふってもらえるのに」
「無くとも撫でてやるから安心しろ」
悔しげに言うグランを落ち着けるように、青年はその頭をゆっくりと撫でる。納得がいかないという風にしかめていたグランの表情は、その温かな手によってゆっくりと解けていった。それでも悔しいのか、度々うぅと唸り声があがるあたり、彼はまだまだ子供だ。
「それに、今回ばかりはそのままの方がよかったんじゃないか」
「何で?」
そっと離された手を追うように、グランはユーステスを見上げた。不思議そうなその眼を捉え、青年は薄く笑む。その表情は普段の彼と全く違う、どこか人外めいた温度を宿していた。
「今日の俺はヴァンパイアだからな。狼男よりも、人間といた方が自然だ」
エルーンが持つ尖った歯をのぞかせ紡がれる言葉に、グランはぞくりと身を震わせる。水面のように薄い青の瞳は、獲物を見つけた獣のそれによく似ていた。
「……眷属ってこと?」
「そのように見えるだろう」
ふ、と笑う表情は、既にいつものそれへと戻っていた。なるほど、とグランは内心頷く。彼の持つ深い冷たさは、闇夜を支配するヴァンパイアのそれに恐ろしいほど似合っていた。
「じゃ、ヴァンパイアらしく噛んでみる?」
そう言ってグランは、己が着ているパーカーの襟口をぐいと引っ張った。いきなり何だ、とユーステスは晒されたそこを見る。髪の影になるその部位は、日頃鍛錬や戦闘で日に焼けた身体よりも幾分か白い。明かりが灯ってもなお薄暗い夜だからか、その白はほのかに輝いて見えた。
「……たしかに噛みやすそうだ」
「だったら、かぷっといっときなよ」
ヴァンパイアさん、とグランはいたずらめいた笑みを浮かべた。挑発のような色が見えるのはきっと気のせいではないだろう。数え切れないほど戦い抜いてきたせいか、この少年は人を煽るのが妙に上手い。そして、それに乗せられる自身も大概単純だ。
グランの肩にユーステスの手が置かれる。動かないよう少し力を入れ、その首元へ顔を寄せる。幾ばくか逡巡し、ほの白い肌にゆるりと牙を立てた。
獣のような耳を持つエルーン族とはいえ、特別牙が発達しているわけではない。ましてや生き血を食らうヴァンパイアのような鋭さなど持ち合わせていなかった。人間のそれより尖った犬歯は、少年の柔らかな肌に食い込むばかりで、赤が漏れ出ることはない。
「くすぐったいよ」
グランはじゃれるようにきゃらきゃらと笑った。暗にもっとやってみろ、と主張するそれに従い、青年はもう一度歯を立てる。並びの良い歯が先程よりも強く深く食い込むが、それでも少年は気にせず笑うばかりだ。
これ以上続けても仕方あるまい、と諦めて口を離す。晒されたままの肌にはほんのりと痕が残っていた。
「なかなか難しいな」
「まぁ本当に血が出てもそれはそれで困るし、いいんじゃない?」
ヴァンパイアとしては失格だろうけど、とグランはからかうようにくすくすと声を漏らす。困るんじゃないのか、と青年が指摘すれば、それはそれ、と少年ははぐらかすように笑みを浮かべた。
「でも、本当に血が欲しいなら手加減なんてしちゃだめだろ?」
グランの目が鈍く光る。反射的に身を離すより先に、少年の手がユーステスの襟を捕えた。ぐい、と力強く引かれ、思わず前屈みになると、少年の顔が間近に迫る様が見える。明るい栗色の瞳に青灰色とほの暗い何かが映るのが見え、ユーステスはひくりと息を呑む。先程までの子供らしさは消え、ただ浮かぶのは血を知る人間の深い深い色だ。
頬を柔らかな髪が掠める。瞬間、首元に鋭い痛みが走った。
首を絞められるような息苦しさと、不意の痛みで青年は思わず顔を歪めた。抗議の声を発するより前に、襟から手が離れる。責めるように険しく細めた瞳には、満足そうな表情をした少年の姿が映った。
「――これぐらい思いっきりやらなきゃ」
ね、と小首を傾げ、グランは唇を舐めた。覗く赤い舌が明かりに照らされ、艶めかしく光る。笑みを作るようにゆっくりと細められた瞳が狩りを営むけもののそれに似ているように思えたのは、きっと気のせいではない。
噛まれた箇所へ手をやる。手袋をしているため確認はできないが、あの痛みならばきっと痕になっているだろう。こういう時、少年は手加減などしない。このようなことで己相手に手加減をする理由など、一切有していないのだ。ユーステスは小さく顔をしかめた。
「来年は僕もヴァンパイアの仮装しようかなー。どうせコルワが作るだろうし」
けんぞくぅにしてやる、とグランはユーステスを見上げ目を細める。子供らしい表情に似つかわない、駆け引きを知る大人の瞳が青年の姿を捉えていた。
もう、手遅れだというのに。
そして、彼もそのことをしっかりと理解しているというのに、何を言っているのだ。ユーステスは呆れるように少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
夜は更け、現でありながら幻想の世界が闇夜に沈んでいく。漆黒の耳に付いた羽飾りが、青年の歩調に合わせて揺れていった。
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遠い日の思い出と【グラ+ジタ+ルリ】
遠い日の思い出と【グラ+ジタ+ルリ】
リュミエールイベのあれ。
鍋を目の前にした少年と少女の言葉に、泡立て器を持った少女とコック帽を被った竜が懐疑の声をあげた。大きく開かれた二対の目は、言葉を理解することを拒否しているかのようにも見えた。
「はちみつを茹でるんですか……?」
控えめな、それでも否定を求める声が投げかけられる。長い三つ編みを不安げに揺らす少女の姿に、二人の料理人は自信満々に頷いた。その様子に抗議したのは赤い竜の方だ。
「おいおい、グラン、ジータ。待ってくれよ、お前、自分が何を言ってるかわかってるか?」
「分かってるよ?」
「何言ってんだよ、ビィ」
動揺のあまり険しい顔をするビィに、グランとジータはきょとりとした表情で首を傾げた。首を傾げたいのはこちらである、と言わんばかりに、ビィは目を両手で覆った。
「えっと、グランたちがそういうなら、一度試してみましょうか……!」
「おいおい、ルリアまで何言ってんだ!?」
頑なに拒むビィを見て、ルリアは力なく笑う。そーだよね、とエプロン姿のジータが彼女に微笑みかける。賛同を得た嬉しさがはっきりと見て取れるものだ。
「やってみなきゃ分かんないもんね!」
「分かんないよな!」
「分かんないならやるなよ!」
悲痛なビィの声は無視され、二人の団長の手にロイヤルハニーがたっぷり詰まった壺が握られる。これから広がるであろう光景を思い浮かべ、ルリアの瞳に悲嘆と諦観の色が宿った。
ぐらぐらと湯が煮えたぎる鍋の前に、グランとジータが並んで立つ。あーあ、と赤い竜は後悔がたっぷり詰まった声をもらした。
「茹でるってなんだよ……」
「ビィ、覚えてないのか?」
小さな親友の姿に、グランは首を傾げる。ジータもそれに続いた。異常な行動を起こしているのは彼らだというのに、まるでビィの意見がおかしいような口ぶりだった。
「何をだよ!」
「ほら、私たちが風邪で寝込んだことがあったでしょ?」
苛立ちをあらわにした声を気にもかけず、ジータは立てた指をくるりと回してビィに問いかける。幾許かして、あぁ、と小さな竜はぼんやりとした声で答えた。その瞳はどこか遠いものになっていた。
幼い頃からやんちゃな二人は、好奇心に身を任せどこへでも突き進んでいった。それが、雪積もる真冬の川であってもだ。二人の首根っこを引っ掴み必死に止めたビィだが、子供と言えど小さな竜ひとりで止めるには無茶な相手だった。結局のところそのままずるずるとひきずられ、その動向を見守る羽目になったのである。
見守るとは言っても、ビィひとりでは限度というものがある。寒さのあまり氷張る川の上を突き進む子供二人を一気に相手取るには無理があった。その結果、降り積もった雪に足を取られ仲良く躓き、白いそれにぼふりと深くまで埋まったのであった。その身体全てをあらん限り使い、ばたばたともがく彼らを救い出したのは苦い思い出である。そのあと、雪で濡れた二人が風邪をひき熱を出して寝込んだのなら尚更だ。
「あの時、隣のおばあちゃんが作ってくれた飲み物が美味しくてね」
ふふ、とジータは楽しげに笑う。遠い日を語る少女の目は、懐かしさで柔らかく細められていた。どこか儚い雰囲気をまとう姿は、数え切れないほどの人間を有する団の長として振る舞う彼女がなかなか見せない、年相応のものだ。
「風邪なんか吹っ飛んじゃうぐらいだったの」
「そうそう。温かくて甘くて、すぐに元気になっちゃうぐらいな」
ジータに続いてグランも笑う。懐かしい思い出を語る少女らの姿は微笑ましいものだが、その手に握られた希少なはちみつのことを思うと素直に聞くことができなかった。遠くの美しい思い出より、目の前の悲惨な現実である。
「あとでばあちゃんに聞きにいったら、『固まったはちみつをお湯に入れて、酸っぱいくだものの果汁を入れた』って教えてくれてね」
「それってつまり、はちみつを茹でるってことでしょ?」
「なるほどー」
「いや、それは溶かすって言うだろ」
納得したように頷くルリアに、よく分からない独自の理論に頭を抱えるビィ。そんな相方たちを尻目に、二人の団長は和やかな様子で話を続ける。
「元気のないシャルロッテちゃんも、これなら飲めるかな、って」
「温かいもの飲めばちょっとは落ち着くだろうし、最適だろ?」
そう言って得意気にウィンクを飛ばす二人に、ルリアははわ、と声をあげる。可愛らしいその声は感嘆に満ちていた。
「そうですね! シャルロッテさんのためにも、はちみつを茹でましょう!」
「おー!」
「おー!」
元気な三重奏がキッチンに響く。オイラもう知らない、と言わんばかりにビィはがくりと項垂れた。
そうして三人が自信満々に出した『茹ではちみつ』もとい『ほぼお湯』を飲んだシャルロッテが何とも言えない顔をしたことは、誰しもが想像できるものだろう。
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入居者募集中【はる+グレ】
入居者募集中【はる+グレ】
2017年のエイプリルフールのあれとそのエンドシーンの話。
「……えっ暴龍邸? なにコレ?」
「ジャグジー多ッ! 何だァこの前衛的な家はッ!?」
掲示されていた広告を見て、赤い機械で身を包んだ青年と躑躅色の髪を持つ少女が素っ頓狂な声をあげる。二人がまじまじと見つめる広告は、新たな不動産情報が記されていた。三LDKということまでは理解が追い付くが、その後ろに記されている八ジャグジー、一ゲーセンという文字の連なりは、脳が処理落ちするようなインパクトがあった。舵を象ったようなデザインの時点で十分な破壊力があるというのに、過剰すぎるジャグジーの数にゲームセンター付きの物件など前代未聞、前衛的にもほどがある。
えぇ、と放心したような少女の声と、体躯の都合で入居できないことを嘆く青年の声。その隣に物言わずぼんやりと立ち尽くす少年。広告と引けを取らないほどカオスな空間である。
現在、四月一日、エイプリルフール。昨年は大きな勘違いをし恥をかいたグレイスだが、今年は既にその知識を手に入れており、もう羞恥に苛まれることはあるまい、と得意になっていた。仕返しにレイシスに何か仕掛けてやろうと企む少女の姿を、普段から付き従うライオットと始果は微笑ましげに見守っていた。仕掛けるために少女の元へと向かう中、たまたま目に入ったのがこの広告だ。知識はあれどまだこちらの文化に慣れていない三人は動揺するばかりだ。
「それにしても、どれもたっけーな」
「レイシスは一体何を紹介してるのよ……」
あまりの突拍子のなさ故エイプリルフールの冗談と分かっていても、記されたどの語も破壊力がありすぎて理解が追いつかない。グレイスははわふわとした薔薇色の少女に想いを馳せる。毎年この日には気合いを入れているという話は聞いていたが、ここまで訳の分からないものを作るとは。嘘を仕掛けるより先に、何故そこまで注力するかを聞きたくなる。
真剣な表情で広告を眺めるライオットを横目に、グレイスは隣に佇む始果へと視線を移す。学園指定の白いジャケットに愛用する深緑のスカーフを身に着けた少年は、どこか焦点の定まらない目で広告を眺めていた。
「始果? どうしたのよ」
「…………いえ」
なんでもありません、と応える声は心ここに在らずと言った様子で、グレイスのことなど気にもかけていないように見えた。少女は鋭く目を細める。東洋風の少年がぼんやりとしているのはいつものことだが、この程度のことをはぐらかす意味が分からなかった。いつもはグレイス、グレイス、とうるさい癖に、と躑躅色の少女は気に入らないといった調子で黒髪の少年を見やった。
「……帰る、ところ」
ぽそりと始果が呟く。あまりに小さなそれは無意識にこぼれた言葉のように聞こえた。
「何言ってんの、今更」
少年の声に、少女は呆れたように言葉を投げかける。ふん、と鼻を鳴らす姿は相変わらず不遜なものだ。
「帰るところなんて、もうあるじゃない」
バグで構成された少女と、記憶を失くした少年、故郷を探す少女に救いを探す戦女神、そして二つの心を持つ青年。コンソール=ネメシスに住まう者たちとと対立していた五人が、拠点としていたバグの海から抜け出してもう久しい。今では皆ボルテ学園に身を寄せ、新しい生活を始めていた。外界から来たことにより家を持たぬ少女らは、主に学園の寄宿舎に住まっていた。たくさんの生徒が過ごす、賑やかな場所。捨てられた世界にひとりきりで生きてきた少女と、記憶を失くしひとりぼっちになってしまった少年は、既にひとりでは無くなったのだ。
「……そう、ですね」
グレイスの言葉に、始果は顔をあげる。焦点の定まらぬ金色の瞳が、躑躅色の瞳を捉え、ふわりと微笑んだ。
「僕にも、君にも、帰る場所はもうありますものね」
「……当たり前でしょ」
その笑顔になんだか気恥ずかしさを覚え、グレイスは誤魔化すようにその背をバシンと叩いた。痛いです、と言う始果の声は穏やかなものだ。
「さ、そろそろ行きましょう。きっと………………あの子が待っています」
そう言って始果は手を差し出す。妙な間が空いたのは、彼女らが向かう先の少女の名を思い出せなかったのだろう。少年は名前を覚えるのが苦手だった。グレイス以外の名前を覚える気はない、と言われても納得できるほどの記憶力である。
「そうね」
グレイスは差し出した手を取る。柔らかな温もりを持つそれが、重なった温度を包む。握った手をそのまま、彼女は振り返り未だまじまじと広告を見つめるライオットに声をかけた。
「ほら、もう行くわよ!」
楽しげに微笑む少女に、機械の身体を持つ青年が愉快そうに笑う。わーってるよ、と言う声は、乱暴な言葉に反して優しいものだ。
レイシスの待つ寄宿舎に向かうため、グレイスは一歩踏み出す。手を引かれる始果と後ろを歩くライオットは、その小さな背中を微笑ましそうに眺めていた。
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ずっと上でお隣なおにいさん【ニア+ノア+嬬武器】
ずっと上でお隣なおにいさん【ニア+ノア+嬬武器】
ピリカちゃんが羨ましいニアノアちゃんとその被害者嬬武器弟。
腐向けにつま先突っ込んでる感。
パタパタと軽い音が背中から聞こえる。予測される未来にくるりと振り返ると、そこには両手をぶんぶんと振って駆け寄ってくるニアとノアの姿があった。注意した通りちゃんと飛ばずに歩いているのは関心である、と烈風刀は可愛らしい姿に頬を緩めた。
ぴょん、と助走をつけて一跳び、ニアは少年の胸に飛び込んだ。小さな体躯をしっかりと受け止め、危ないですよ、と窘めようとしたところで、キラキラと輝く二対の瞳が彼に向けられた。
「れふにぃ!」
双子が揃って口にしたその語に、烈風刀の思考がぴたりと止まった。
「えっ、あ……え?」
状況を理解できずに困惑の声を漏らす彼を見て、あのねーあのねーとニアは言葉を続ける。彼女の声はとても弾んだ楽しそうなものだ。
「ピリカちゃんがはるかのこと『はるにぃ』って呼んでてね!」
「いいなーって思って、ノアたちもれふとのことそう呼びたいなって!」
「れふとはニアたちのおにいちゃんみたいなものだからね!」
ねー、と二人の兎は細い耳を揺らして声を揃える。きゃっきゃと愉快そうに笑う姿は微笑ましいものだ。けれども、烈風刀の頭はその可愛らしい光景が入ってくる余裕を持ち合わせていなかった。
たしかに、日頃からニアとノア、それだけでなくずっと下の学年の幼い少女らの面倒を見ているのは主に烈風刀である。初等部に属する彼女らにとって、高等部に属する烈風刀は『兄』と呼んで差し支えないほど歳が離れた存在だ。現に、バタフライキャットと呼ばれる桃、雛、蒼の三人は、彼のことを『れふとおにーちゃん』と呼んでいた。ニアとノアもそのように呼ぶのは不自然ではないだろう。
けれども、日頃『双子の弟』である烈風刀は、『兄』扱いされることに慣れていなかった。『兄』と呼ばれるその感覚はなんだかこそばゆく、三色の猫たちにそう呼ばれる際も少しの照れくささを感じていた。面々の中でも一番歳が近い彼女らは本当の妹のような距離感であるのだから尚更だ。姿を現しつつある羞恥心を誤魔化すように、彼は二人の兎から目を逸らした。
「れふにぃ! 今日も運営のお仕事あるの?」
「れふにぃ、ニアたちもまた遊びに行っていい?」
「ストップ! 二人ともちょっと待ってください!」
れふにぃれふにぃと鳴き声のように繰り返す青い双子を、少年は大きな声と片手で制する。もう片方の手で隠したその顔は、ほんのりと紅が浮かんでいるように見えた。顔を見合わせたニアとノアは、にんまりと笑う。珍しく恥ずかしがる烈風刀の姿は、元来いたずら好きな少女らの目にはとてもからかい甲斐のあるように映ったのだ。
「えー? れふにぃ、何でー?」
「れふにぃ、いきなりどうしたの?」
にししと口元を袖で隠して笑うニア、心配そうな瞳に多分な好奇心を浮かべたノアがぴょんぴょんと跳ね、手の奥に隠された烈風刀の顔を覗こうとする。逃げる少年は、あの、ちょっと、と控えめな悲鳴を上げるばかりだ。
「あれ? 烈風刀、どした?」
少女らのいたずらげな合唱に、少年の不思議そうな声が混じる。たじろぐ烈風刀の後ろから現れたのは、その兄である雷刀だった。
「あのねー、れふにぃがねー」
「れふにぃ?」
首を傾げる雷刀に、駆け寄ったニアがこそこそと耳打ちする。この状況を把握して、赤い目がにんまりと愉快そうに弧を描いた。ノアも楽しげにくすくすと笑う。蒼と朱の二色の瞳は、完全にいたずらっ子のそれだった。
「へぇー、烈風刀がオニイチャンかー」
にやにやと見つめる兄に、弟は指の間から鋭い視線を向ける。それでも赤く染まり、わずかに涙すら浮かぶその顔では全く効果がない、むしろ増長するようなものだ。雷刀は悪い笑みを浮かべ、様々な感情で縮こまった肩に腕を回した。
「いいなー、オレも『れふにぃ』って呼ぼうかなー」
「はぁっ!?」
兄の言葉に、弟は素っ頓狂な声をあげる。怒気のにじんだそれを無視して、雷刀は顔と同じく赤で染まった耳に唇を寄せた。
「なぁ、れふにぃ」
わざと低くした声を、己の髪のそれで色付いた耳に直接注ぎ込む。小さな音を受けた途端、抱き込んだ肩が面白いほど跳ねた。耳慣れぬ音に驚いたようにも、低い声に怯えるようにも見えるその様子に、雷刀は楽し気に目を細める。紅玉には意地の悪い色が浮かんでいた。
「れーふーにーいー」
「や、めて、くださ」
「えー? だって烈風刀はニアたちのオニイチャンなんだろ? いいじゃん、れふにぃ」
くすぐるように兄は囁く。その度に身体を震わせ、怯えたように否定の声をあげる弟の姿は、朱の胸に眠る何かを強く刺激した。元々大したものでもないストッパーが音をたてて壊れる。止める者など、いたずらっ子とその被害者のみのこの空間には存在しない。
「れふにぃ」
「やっ……」
「れふにぃってば」
「ぅ、やめ……、て、くだ、さ……っ」
「呼ばれたらちゃんと返事しなきゃダメだろ? れふにぃ」
「っ、ぁ……、や、だ……らい、と」
注ぎ込まれる声に、いやだ、と弱々しく抗議の声をあげる烈風刀の姿を見る度、雷刀の心にゾクゾクとよく分からない何かが駆けていく。普段は冷静で凛とした弟が、自分の言葉ひとつで涙をこぼしそうなほど震えるその姿は、可愛らしさとはまた違う何かを孕んでいた。もっとこの姿を見ていたい、もっとこの弱々しい声を聞きたい、もっとこの手で彼を震えさせたい。嗜虐の色を灯した欲求が、少年の心に芽生えつつあった。
「れふにぃ」
「れふにぃ!」
「れふにぃー」
朱ひとつに蒼ふたつ、いたずらな声が三重奏を奏でる。三つ分の呼び声に、ぅ、と微かな呻き声ひとつ残して烈風刀はその場にへたり込んでしまった。
「っぁ、……ほんと、に、やめて……くだ、さ、い……」
やだ、と呟く声は消えてしまいそうなほど細く、心底辛そうなものだった。羞恥心がキャパシティを超え、防衛のためにブレーカーを落としてしまったのだろう。うずくまる彼の背は、可哀想なほどふるふると震えていた。
ニアとノアの頭に付いたカチューシャがぴぃん、と真っ直ぐに伸びる。ショックを受けたようなその様子の後、あわわわわ、と兎たちは酷く慌てた声をあげた。
「れふとっ! ごめんなさい!」
「れふとを困らせたいんじゃないの! ごめんなさい!」
うずくまる少年を囲み、ニアとノアはばたばたと袖を振って謝る。その瞳にはじわりと涙がにじんでいく。たしかにいたずらっ子な彼女らだが、相手を悲しませるようなことなどしたくはなかった。うぇ、と幼い嗚咽が漏れる。二対の目から涙が溢れ出る前に、雷刀はその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「泣くなよー」
「だってぇ……」
「だって、ニアたちがふざけすぎたから、れふとが……」
「ニアとノアは悪くねーよ。烈風刀泣かしたのはオレだし」
涙声の少女らに雷刀は笑いかける。きっかけは双子の兎たちによるものだったとしても、これほどまで弟の羞恥を煽り泣かせたのは自分であることぐらいさすがに自覚していた。
未だ、だって、と後悔の音を漏らす彼女らの頭を、少年は再度ぐしゃぐしゃと撫でた。あとはオニイチャンが面倒みとくから、と乱れた青い髪を手櫛で整える。ふぇ、と嗚咽交じりの声をあげた少女らは、うずくまり顔を隠す烈風刀を見た。
「れふと、ほんとうにごめんね」
「ふざけすぎてごめんね、れふと。もうやらないから、ごめんね」
涙と鼻水で濁る声で謝り、双子は後悔で染まった瞳で少年を見つめた。すん、と鼻をすする音の後、いいです、とくぐもった声で答える烈風刀の姿は、いたずら好きな彼女らを拒否しているようにも映った。
「れふとっ、ぅ、うっ、ごめんなさい!」
「う、ぇっ、ごっ、ごめんなさい!」
とうとう大きな声をあげ泣き出してしまったニアとノアを見て、雷刀は苦い顔をした。兄たった一人で泣き虫三人を抱え込むのはなかなかに辛いものがある。
「ほら、烈風刀もこう言ってるし。もう大丈夫だからな? 泣かなくてもいいからな?」
泣いたまま謝っても、烈風刀が辛いから、と雷刀は苦笑いとともに双子を諭す。しかし、青い瞳は潤むばかりで涙が引っ込む気配は全くなかった。
ううう、と三人分の嗚咽。さすがに手に負えなかった。仕方がない、思う存分泣かせてやろう、と雷刀は震える弟の隣に身を寄せしゃがみ、小さな頭を静かに撫で続けた。
どれほど経っただろう、ようやく嗚咽がおさまり、鼻をすする音がふたつ。ふえ、と可愛らしい声をあげる少女らの顔は、涙と鼻水でべとべとだった。雷刀は烈風刀のジャケットからポケットティッシュを抜き取り、二人に渡す。勢いよく鼻をかむ音がハーモニーを奏でた。
「れふと、ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
未だしゅんとした表情で謝る少女らに、烈風刀は少しだけ顔を上げる。さらさらとした髪と膝の上で組まれた腕の間から見える碧は、潤み熱を持っていた。
「もう、大丈夫です」
すん、と鼻をすする音がもう一度。答える少年の声は、先程より幾分かクリアになっているように聞こえた。
「今日は僕相手だったからいいのですけれど、他の人にはこんな度を越したいたずらはしていけませんよ」
分かりましたか、とどこか棘のある声に、兎たちはごめんなさいとまた合唱した。だいじょぶだからー、と雷刀は涙声をあげる二人の頭を撫でる。赤色にも戸惑いの色が生まれ始めた。
「烈風刀もこう言ってるんだし、もう泣くなよー」
オニイチャンも困っちゃうぜ、と言う声に、もう一度二人分のごめんなさいが奏でられる。謝られても仕方ないんだけどな、と言う困り果てた言葉を飲み込んで、雷刀は笑って立ち上がった。
「ニアとノアはもうちゃんと謝ったし、烈風刀はいいって言った! これで大丈夫! もうおしまい!」
パンパンと手を叩くと、萎れていたぴこんと二対の耳が伸びる。罪悪感に鼻をすする二人の姿に、雷刀はもう一度大丈夫と繰り返した。
ごめんなさい、とうずくまる烈風刀と同じで目線で謝り、とぼとぼと帰路についた。何度も何度も振り返りこちらを見る姿に、雷刀はひらひらと手を振る。少女らも力なく袖を振り、ようやく昇降口へと向かった。
その小さな二つの背中を見送って、兄はもう一度しゃがむ。手を伸ばし、未だにうずくまったままの弟を髪を梳くように撫でた。
「ほら、烈風刀ももう泣かねーの」
「だ、れのせいだと、おもっているのですか」
兄の言葉に、弟は怒気と羞恥と涙が混ぜごぜになった声で返す。ここまで言えるほど調子が戻ってきたのならもう大丈夫だろう。ごめんなー、と苦笑し、雷刀は柔らかな碧の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「だって、烈風刀すっげーかわいいし」
「なにがかわいいですか、ばか」
怒る声はまだ弱々しい。しかし、じきに調子が戻れば拳の一つや二つ飛んできてもおかしくはない。雷刀より筋力が劣る烈風刀だが、それは相対的な評価である。絶対的な評価ならば、彼は平均以上の力を持っていた。そんなものを食らえば痛いに決まっている。兄は立ち上がり、すぐ躱せるようにそっと一歩分距離を取った。
「ほら、帰るぞ」
ぐぃ、と膝の上で組んだままの腕を引くと、烈風刀はふらふらと立ち上がった。手の甲で目元を擦る姿は子どものそれだ。
「後で覚悟してくださいよ……」
怒りの声は恐ろしいほど低い。『後』がいつを指すのか分からないが、もう対策を取るには遅いということは雷刀も十分に理解していた。
少しばかりおぼつかない足取りで校門へと向かう弟の背中を眺める。
「れふにぃ、ねぇ」
当人には聞こえないような小さな声で、あの言葉を繰り返す。あれだけ恥ずかしがる烈風刀の姿はとても貴重だった。特に自分が口にした時の反応といったら、得も言われぬ感覚が背筋を走るほどだ。己の言葉で頬を染め涙を浮かべる弟の姿が、あれほど魅力的なものだなんて、長い間兄弟をやってきた雷刀も知らなかった。知らない方がよかったのでは、と告げる声はねじ伏せておく。
今度またからかってやろう、と朱はいたずらげに笑った。
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ごはん【嬬武器兄弟】
ごはん【嬬武器兄弟】
海外では『帰ってきたら「ただいま」じゃなくて「ごはん」と言う』とかそんな話を聞いた時の話。
バタン、と勢いよくドアが開けられる。照明の消えた暗く冷えた空間に、凍えた声がふらふらと飛んでいく。
「うあー、さっむー」
「冬だから当たり前でしょう」
暗さと寒さに、はぁ、と二人で息を吐く。空中に放り出された呼気は白く染まり、すぐさま溶ける。宵闇に消えゆく雲のようだった。さっむ、と何度も繰り返す雷刀を尻目に、烈風刀は開いたままのドアを閉める。それだけで、幾分か寒さが和らいだ気がした。
「あー、ごはん、ごはんっ」
バタバタとブーツを脱ぎ捨て、マフラーを外しながら雷刀は呪文を唱えるようにごはんと繰り返す。現在時刻は夕食時を少し過ぎ、完全に夜となった頃。運営業務を終わらせ、減っていた食材を買い足しにスーパーに寄っていたらもうこんな時間だ。成長期の男子高校生の腹は、早く糧をよこせと強く訴えていた。
「今から作るんでしょう。静かにしなさい」
「えー」
窘める声に、不満げな声。唇を尖らせる姿は実際の歳よりもずっと幼いように見えた。
「烈風刀だって腹減っただろ?」
「減っていますよ。だから早く作りますよ」
は、と吐いた息は呆れを表したものか、空腹を紛らわすためのものか。どちらにせよ、二人の腹の虫は鳴き声をあげるばかりだ。
ぱちぱちと音をたてて、雷刀は壁にあるボタンを押していく。一拍おいて、闇の中照明が活動を再開した。柔らかな色をしたそれは、闇が有する冷たさを溶かしていくように見えた。
そだ、と兄は外したマフラーを片手に振り返る。連れ添うように、手にしたビニール袋がかさりと音をたてた。
「烈風刀、おかえり」
「ただいま」
ふわ、と寒さから逃れ綻んだ笑顔が二つ。おかえりなさい、と続いた烈風刀の声に、雷刀もただいま、と返した。
おかえり。ただいま。同時に帰宅しても互いにこの挨拶を交わすのは、昔からの習慣だった。答えを求め投げかけた言葉が無音の空間に吸い込まれる様は、寂しさを通り越して恐怖すら与える。だからこそ、互いに互いを迎え、迎えられることにしたのだった。その恐ろしさも、与えられる言葉の安堵も、高校生になった今も変わっていない。
「さー、作るぞー! お腹空いた!」
「その前に靴を揃えなさい。みっともない」
ガサガサとビニール袋を鳴らしながら部屋に向かう雷刀の背中に、烈風刀は咎める言葉を投げる。返事は一向に聞こえて来る様子は無く、彼は眉をひそめた。
散らかった靴を揃え、食材が入ったビニール袋の中身を見やる。さて、早く下ごしらえをしなければな、と考えて、烈風刀は靴を脱いだ。
ただいま、ともう一度繰り返す。先に部屋に入り待っている兄がまたおかえり、と言うのだろうな、と考えて、彼は冷たい廊下を足早に進んだ。
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あなたのいろ 【ライレフ】
あなたのいろ 【ライレフ】
いつぞやツイッターで見た「真剣な顔のオニイチャンにドキドキする弟」(うろ覚え)ってのにときめいたので。なんかかんかどっちも大好きだという話。
妄想感捏造感1600%でお送りいたします。
斜め下から見上げる。この眺めは自分だけのものだ、と雷刀は密かに考える。
ソファに仰向けに寝転がり、すぐ隣に座っている弟の膝に少しもたれかかるように頭を預ける。膝枕まではいかないが、たしかに触れている。まるで猫のようだ、と擦り寄るその様を指摘されたのを覚えている。それでも彼は、この位置を否定することはなかった。
堅物とさえ言える彼がこんなことを許すなど、家族で、兄弟で――そして、恋人である自分以外にいるはずなどない。たとえ彼によく懐いているニアやノア、桃に雛に蒼だって、断り無しにこんなことはできないだろう。
自分だけが許された場所。それは優越感と独占欲を心地よく満たした。
掲げるように読んでいた漫画からわずかに視線を移し、雷刀は弟である烈風刀の顔を見やる。文庫本片手に難しそうな顔をしている彼の様子は、真剣そのものだ。じぃと細かな文字が並ぶページを見つめる目は少しだけ細められていて、普段とはまた違う鋭さがあった。
澄んだ瞳は冷たい色を有しているが、その中には優しい明かりが灯っており、決して冷淡な印象は与えない。むしろ見るを安心させる温かさが浮かんでいる。その柔らかな光は、彼の性格をよく表しているように見えた。
白に浮かぶ丸い碧は、いつか見た海のそれと似ていてる。緑の優しい鮮やかさと青の澄明な強さを併せ持つその色は、思わず触れてしまいたくなるほどの魅力を秘めていた。
すっと細められた目を縁どる睫毛は、自分のそれよりも長く見える。さらさらと指通しのよい髪と同じ、純美な碧はその瞳によく似合う色調だ。彩る柔らかさと鮮やかさを何と表そうか。
碧と碧が引き立て合うその瞳だけでも、彼の魅力と美しさがよく分かる――ように思えるのはきっと補正がかかっているのだろうけど、と雷刀は内心自嘲する。仕方がない、こんなに惚れこんでいるのだから。
かっこよくて、綺麗で、冷静で、聡明で。自分とは真逆と言っても過言ではない、よくできた自慢の弟だ。
そんな彼も、常にその美しさをまとっているわけではない。楽しいことがあれば子どもらしく笑い、辛いことがあれば感情を押し殺せずに表情を歪め、レイシスに何かあれば普段の彼から想像もできないほど慌てふためく。垣間見える年相応の表情は、可愛いという表現がよく似合う。好奇心に瞳を輝かせる姿は愛らしく、喜びにふわりと微笑む様は愛おしい。そんな表情を見せるのも、自分を含め彼が心を許した限られた人間のみだ。
見上げていた烈風刀の表情が変わる。驚いたようにゆっくりと瞬きをし、柔らかに細められる。何か面白い表現があったのだろう、わずかに緩んだ口元がそれを証明していた。
ずるいよなぁ、と雷刀はひっそりと苦笑する。キレイでかわいいなんて、好きになってしまうに決まっているじゃないか。
「どうかしましたか?」
碧の瞳が紙から離れ、下へと降りる。その中に浮かび上がる朱を見て、雷刀は楽しげに笑みを浮かべた。
「別にー?」
楽しげな声と共に、雷刀は頭を少し上げ烈風刀の膝に乗り上げた。そのまま、怪訝そうに眉をひそめる弟の頬に手を伸ばす。撫でるように捕えた肌はすべらかだ。
「烈風刀はキレーだなーって」
「……何を馬鹿なことを言っているのですか」
呆れたように呟いて、烈風刀は見つめる朱から視線を逸らした。添えた手から伝わる熱がわずかに上がったように思えたのは、気のせいだろうか。その姿すら愛おしくて、雷刀は慈しむように顔を綻ばせた。
「やっぱ、烈風刀かわいい」
「うるさいですよ」
そう言いながら、烈風刀は頬を撫ぜる手に己のそれを重ねる。心地よい温度に、二対の瞳が暖かな色を灯した。
隣に並び、同じ方向を見る。この眺めは自分だけのものだ、と烈風刀は秘かに考える。
じっとたたずむ兄に気付かれぬよう、烈風刀はそっとそちらへと視線を移す。同じ高さにある朱い瞳は、普段のいたずらめいた明るい色は鳴りを潜めていた。
双子故か、それとも互いを創り出したコアの気まぐれか。雷刀と烈風刀の身長は常に同じだった。ほんの少しの差もなく、まるで同期しているかのように揃って成長していった。
常に同じ。彼と同じ高さで、同じ目線で何もかもを見てきたのだ。四半世紀にも満たないわずかな時間とはいえ、烈風刀は兄と同じ世界を共に見て生きてきた。そんな者など、家族で、双子の兄弟で――そして、恋人でもある、自分以外に存在するはずなどない。ただ隣にいる。それだけで特別なのだ。
自分以外には決して見ることが出来ない、ふたりだけ共有する世界。それは優越感と独占欲を心地よく満たした。
出撃準備を終え、戦艦を待つ。己の持つ赤い機体を見る雷刀の瞳は、静かな苛烈さが潜んでいた。
柔らかな赤でなく、燃え上がるように鮮やかで力強い朱。太陽のように人を照らす光は静かに姿を消し、冷たさすら感じる澄んだ色を湛えていた。静かな熱を宿すそれは、目に映った全てを焦がしてしまうような強さがはっきりと見て取れた。
普段なら緩やかに持ち上がり曲線を描くのが常であるその口元は、今は真一文字に引き結ばれている。研ぎ澄まされた剣のような様は見る者を圧倒する。それは細められた目も同じだ。穏やかな色は消え失せ、代わりに活火のような激しさで彩られている。烈々たるそれは普段の彼からは想像もできない鋭さだ。
真剣そのものである相貌に無意識に息を呑む。普段の兄は子どものように無邪気で明るく朗らかで、恥ずかしながら可愛いとすら思える。しかし、今の彼は美しいとすら感じた。真っ直ぐ、何もかもを燃やしつくすような炎を孕むその表情に、心臓が強く脈打つ。見る者を貫き、尚人を惹きつける美しさがそこにある――ように思えるのは、きっと補正がかかっているのだろう、と烈風刀は内心自嘲する。仕方がないではないか、惚れているのだから。
可愛らしく、美しく、快活で、勇烈で。相反する光を有す兄の姿は、密かに憧れを抱くほど壮大である。
しかし、彼がこのように激しい姿を見せることはあまりない。普段は陽気にふるまい、人々を笑顔にするような明るさを持つ彼がここまでの表情を見せることなど、普通はない。この鋭さを間近で見られるのは、共に戦う一握りの人間のみ。それも、隣合わせで戦う自分とレイシスぐらい。
「ん? どした?」
ふいに朱と視線が交わる。横目で見る程度だったはずが、いつの間にかそちらの方を向いていたらしい。紅を刷いたように染まっているであろう己の顔を見せぬよう、少しばかり目を逸らし伏せる。
「何もありませんよ」
「そーか?」
冷静を装った声に、雷刀はうーんと短く唸り、首を傾げる。数瞬して、彼は烈風刀の顔を覗きこみ、愉快そうに笑った。
「オニイチャンに見惚れてた?」
「そんなわけがないでしょう」
ニヤニヤと笑っているであろう兄に、呆れるように溜め息を吐く。調子に乗っている兄にも、容易く心を見透かされた己にも、だ。
「ほら。ふざけていないで行きますよ」
「おう!」
機体の整備が終わったことを確認し、意識をしっかりと切り替える。闘うべく歩を進めると、後ろからトンと軽く肩を叩かれた。烈風刀、と呼ぶ声が機械音の響く格納庫でもはっきりと聞こえた。
「今日もがんばろーな!」
「はい」
よろしくお願いします。よろしくな。ふたつの声が重なり、消えていく。
今日も闘いが始まる。
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IV I->III【レイ+グレ】
IV I->III【レイ+グレ】IVでのレベル改定のメタネタ。
書いた当時はまだラクリマPUCされてなかったんですよ……。
ぶくぶくと泡が上っていく細かな音が鼓膜をくすぐる。水滴一つ落としたように、透き通る高い音が波となって広がっていく。様々な音が、細い身体を包んでいた。
揺りかごのような浮遊感の中、ぼんやりとしていた意識が浮上する。目を開けると、そこは一面の青だった。闇を孕んだ青の中、空から降り注ぐ日の光が薄いカーテンのように揺れる。まるでいつか見た海のようだ。いや、実際に海をイメージしたものなのだろう。
グレイスはその場でくるりと回り、辺りを見回す。降り注ぐ光に照らされフリルをふんだんにあしらったスカートを翻す様は、スポットライトを浴びる女優のようだ。自分の他に誰もいないことを確認し、グレイスはふふ、と不敵に笑う。その表情は優越感に満ちていた。
現在、彼女が目を覚ましたのは"LEVEL20"フォルダだ。新バージョンに移行した際、ネメシスは新しく楽曲のレベルを取り決めた。LEVEL20は最高、数ある難関楽曲の中でもとりわけ難しいと判断されたものが住まう場所だ。
そして、そのフォルダには現在グレイス――"Lachryma《Re:Queen’M》"のジャケットを担当する”亡国の王女”しかいない。つまり、彼女が全楽曲の頂点として存在しているのだ。
「やっぱり、私が最強よね」
ふふん、と少女は得意気に笑う。前作ではLEVEL16フォルダにてレイシスと肩を並べていた。数々の楽曲を彩り、いつでも頂点に近しい場所にいた彼女を羨んだものだ。しかし、今回を持って自分は彼女を凌駕する存在だ、と正式に証明されたのだ。普段は何かと幼い子供のように扱われるが、少なくとも楽曲のレベルという部分においてはグレイスの方が上であるというのは、ネメシスが下した確かなものだ。
再び透き通った高い音が空間に響く。それを合図に、グレイスは踊るようにもう一度回る。フリルが幾重にも重なるスカートと高く結った髪をを翻し、黒と赤で輝くステッキを握り直す。す、と右腕を上げ、手を大きく広げると、その中に眩く輝く光が集まった。サイケデリックな桃色の瞳が暗い光を灯す。
「蹂躙してやるわ」
不敵に笑い、彼女は挑戦者を待ち構える。唯一の”LEVEL20”として、その権威を示すために。
ぶらぶらとバタ足をするように足を動かす。そんなことをしてもこの気持ちが治まるはずがないことなど、グレイスは十分理解している。それでも、彼女の細い脚は依然つまらなそうに揺れた。
暇だった。
確かに連日挑戦者が押し寄せてくるが、それを相手取るのはもう慣れたものである。ただ、毎日たったひとりでそれだけをこなすことがつまらないのだ。
そういえば、とグレイスは水面のような空をぼんやりと見上げる。初めてLEVEL16を担当した時は暇で仕方なかった、とレイシスがこぼしていたことを思い出す。十五段階で区分された世界の中に突然新設された”LEVEL16”、その地位を初めて与えられたのはレイシスとマキシマだ。グレイスとは違い二人だったとはいえ、相当暇だったらしい。やっぱり皆と一緒がいいデス、と彼女が寂しげに笑ったのはいつの日だったか。
「暇ねぇ……」
現在はひとりきりだが、前作でLEVEL16の楽曲がゴロゴロと増えていったように、今作もLEVEL20の楽曲は増えていくのだろう。ただただ、同格の存在が追加される日を待つしかなかった。
こぽこぽと泡が空へと向かう音が、ひとりきりの空間に虚しく響いた。
「グレイス!」
大きな声が、眠りの底に沈んでいた意識を引き上げる。聞き覚えのある声に、グレイスはゆっくりと目を開いた。なかなか焦点が合わず瞬きをすると、どん、と身体に何かがぶつかる。正面から来たであろうそれの勢いに負け、彼女はそのまま後ろに倒れ込んだ。
「いった……」
「グレイス!」
こぼれた声を上書きするように、再び名を呼ばれる。痛みの中、どうにか開いた目の先には、鮮やかな桃色の瞳があった。
「……レイシス?」
「やっとここに来れマシタ!」
疑問形で名を呼ばれたレイシスは、声の主を抱き締めることで返事をした。ちょっと、とじたばたともがくグレイスを無視して、少女は話を続ける。
「今日からワタシもLEVEL20デス! また一緒デスヨ!」
ヤッター、と喜びの声をあげぎゅうぎゅうと抱き付く彼女の背を、グレイスは抗議するように強く叩く。のしかかられ、腹部に腕を回され力いっぱい抱きしめられては苦しくて仕方がない。レイシスもようやく気付いたのか、はわと小さく声をあげて離れた。
上半身を起こし、ようやく離れた彼女の姿を見ることが叶う。真っ赤なフリルスカート、光沢のある黒のジャケットから、同じ色のボーダーに縁取られた赤いトップが覗く。その頭には、リボンとフリルのあしらわれた大きな海賊帽が乗っていた。腰のホルスターに刺さった金色の銃が、揺れる光を浴びてキラリと輝いた。
「今年は海賊デスヨ。かっこいいデショ?」
レイシスははしゃいだ様子でくるりと回る。桃色の髪が優雅に揺れた。今年というのはKACコンテストのことを指すのだろう。毎年行われるそれの最優秀楽曲は、常に最高レベルに属していた。今作も例に漏れず最高レベルを与えられたのだろう。
「グレイス姉ちゃーん!」
「ノアたちも来たよー!」
長い髪を翻す少女の後ろから、ニアとノアが駆けてくる。手にした旗とステッキを振り回す姿は相変わらず元気なものだった。デザインはレイシスのそれとは異なるが、彼女らも海賊をモチーフにしたドレスを身に着けていた。一度に二つも追加されたのか、とグレイスは驚いたようにぱちぱちと瞬きをした。いくらなんでも極端ではないか、と思うも、ネメシスが支配するこの世界ならば仕方ないと切り替える。こんなこと、日常茶飯事だ。
「今日から四人一緒だね!」
「よろしくね!」
ニコニコと嬉しそうに笑うニアとノアに手を引かれ、グレイスはようやく起き上がる。ステッキお揃いだねー、と姉妹ははしゃいだ声をあげ、両脇から彼女に抱きついた。青い双子はLEVEL20はもちろん、今まで最高レベルの楽曲を担当したことがない。初めての経験なのだ、これほどまでにはしゃぐのも仕方ないだろう。
「グレイス」
優しい声が、青い世界にひとりきりだった少女の名前をなぞる。顔を上げると、そこには柔らかな笑みを浮かべるレイシスがいた。
「今日からもう、一人じゃありマセンヨ」
自身の心を見透かしたような言葉に、グレイスの心臓がどきりと跳ねる。何故、と思うも、答えはすぐに見つかった。レイシスも――”For UltraPlayers”のジャケットを担当した彼女も、この寂しさを抱きかかえていたと語っていたではないか。同じ状況、否、それよりも寂しい環境に放り込まれた少女の思いなど、お見通しだ。
ひとりぼっちではなくなった嬉しさと、心を見透かされた恥ずかしさを隠すように、グレイスはふん、と笑い飛ばす。宣戦布告をするように、彼女は真正面からレイシスを指差した。
「いい気にならないことね。追加されたばっかりのあんたたちはともかく、私は一年経った今もなおPUCされてないのよ。つまり、私が一番強いんだから!」
不敵な笑みで告げるグレイスを見て、レイシス、ニア、ノアの三人は顔をきょとんと見合わせる。全員同じことを考えたのか、くすりと小さな笑いが三つこぼれた。
「ちょっと! 何を笑っているのよ!」
「何でもありマセンヨ?」
「何でもないよねー?」
「内緒だもんね!」
隠した感情などお見通しと言ったように笑う三人の姿に、グレイスはうぅ、と悔しそうに呻いた。
「ほら! 呼ばれてるわよ! さっさと行ってきなさいよ!」
軽やかな音楽とともに、青い少女らを呼ぶコードが宙に表示される。ゲーム開始を知らせるそれに、グレイスはぶんぶんとステッキを振り回して必死に話を逸らそうとした。
「分かったー!」
「じゃあ、ノアたち行ってくるね!」
「またあとでねー!」
来た時同様、手にした獲物を振ってニアとノアは駆けていった。広いフォルダの中、今度はレイシスとグレイスのふたりきりだ。
「またよろしくお願いしマス」
「……よろしく」
薔薇と躑躅の姉妹は、仲良く隣に並び挑戦者を待っていた。
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#レイシス #グレイス