No.86, No.85, No.84, No.83, No.82, No.81, No.80[7件]
IV I->III【レイ+グレ】
IV I->III【レイ+グレ】
IVでのレベル改定のメタネタ。
書いた当時はまだラクリマPUCされてなかったんですよ……。
ぶくぶくと泡が上っていく細かな音が鼓膜をくすぐる。水滴一つ落としたように、透き通る高い音が波となって広がっていく。様々な音が、細い身体を包んでいた。
揺りかごのような浮遊感の中、ぼんやりとしていた意識が浮上する。目を開けると、そこは一面の青だった。闇を孕んだ青の中、空から降り注ぐ日の光が薄いカーテンのように揺れる。まるでいつか見た海のようだ。いや、実際に海をイメージしたものなのだろう。
グレイスはその場でくるりと回り、辺りを見回す。降り注ぐ光に照らされフリルをふんだんにあしらったスカートを翻す様は、スポットライトを浴びる女優のようだ。自分の他に誰もいないことを確認し、グレイスはふふ、と不敵に笑う。その表情は優越感に満ちていた。
現在、彼女が目を覚ましたのは"LEVEL20"フォルダだ。新バージョンに移行した際、ネメシスは新しく楽曲のレベルを取り決めた。LEVEL20は最高、数ある難関楽曲の中でもとりわけ難しいと判断されたものが住まう場所だ。
そして、そのフォルダには現在グレイス――"Lachryma《Re:Queen’M》"のジャケットを担当する”亡国の王女”しかいない。つまり、彼女が全楽曲の頂点として存在しているのだ。
「やっぱり、私が最強よね」
ふふん、と少女は得意気に笑う。前作ではLEVEL16フォルダにてレイシスと肩を並べていた。数々の楽曲を彩り、いつでも頂点に近しい場所にいた彼女を羨んだものだ。しかし、今回を持って自分は彼女を凌駕する存在だ、と正式に証明されたのだ。普段は何かと幼い子供のように扱われるが、少なくとも楽曲のレベルという部分においてはグレイスの方が上であるというのは、ネメシスが下した確かなものだ。
再び透き通った高い音が空間に響く。それを合図に、グレイスは踊るようにもう一度回る。フリルが幾重にも重なるスカートと高く結った髪をを翻し、黒と赤で輝くステッキを握り直す。す、と右腕を上げ、手を大きく広げると、その中に眩く輝く光が集まった。サイケデリックな桃色の瞳が暗い光を灯す。
「蹂躙してやるわ」
不敵に笑い、彼女は挑戦者を待ち構える。唯一の”LEVEL20”として、その権威を示すために。
ぶらぶらとバタ足をするように足を動かす。そんなことをしてもこの気持ちが治まるはずがないことなど、グレイスは十分理解している。それでも、彼女の細い脚は依然つまらなそうに揺れた。
暇だった。
確かに連日挑戦者が押し寄せてくるが、それを相手取るのはもう慣れたものである。ただ、毎日たったひとりでそれだけをこなすことがつまらないのだ。
そういえば、とグレイスは水面のような空をぼんやりと見上げる。初めてLEVEL16を担当した時は暇で仕方なかった、とレイシスがこぼしていたことを思い出す。十五段階で区分された世界の中に突然新設された”LEVEL16”、その地位を初めて与えられたのはレイシスとマキシマだ。グレイスとは違い二人だったとはいえ、相当暇だったらしい。やっぱり皆と一緒がいいデス、と彼女が寂しげに笑ったのはいつの日だったか。
「暇ねぇ……」
現在はひとりきりだが、前作でLEVEL16の楽曲がゴロゴロと増えていったように、今作もLEVEL20の楽曲は増えていくのだろう。ただただ、同格の存在が追加される日を待つしかなかった。
こぽこぽと泡が空へと向かう音が、ひとりきりの空間に虚しく響いた。
「グレイス!」
大きな声が、眠りの底に沈んでいた意識を引き上げる。聞き覚えのある声に、グレイスはゆっくりと目を開いた。なかなか焦点が合わず瞬きをすると、どん、と身体に何かがぶつかる。正面から来たであろうそれの勢いに負け、彼女はそのまま後ろに倒れ込んだ。
「いった……」
「グレイス!」
こぼれた声を上書きするように、再び名を呼ばれる。痛みの中、どうにか開いた目の先には、鮮やかな桃色の瞳があった。
「……レイシス?」
「やっとここに来れマシタ!」
疑問形で名を呼ばれたレイシスは、声の主を抱き締めることで返事をした。ちょっと、とじたばたともがくグレイスを無視して、少女は話を続ける。
「今日からワタシもLEVEL20デス! また一緒デスヨ!」
ヤッター、と喜びの声をあげぎゅうぎゅうと抱き付く彼女の背を、グレイスは抗議するように強く叩く。のしかかられ、腹部に腕を回され力いっぱい抱きしめられては苦しくて仕方がない。レイシスもようやく気付いたのか、はわと小さく声をあげて離れた。
上半身を起こし、ようやく離れた彼女の姿を見ることが叶う。真っ赤なフリルスカート、光沢のある黒のジャケットから、同じ色のボーダーに縁取られた赤いトップが覗く。その頭には、リボンとフリルのあしらわれた大きな海賊帽が乗っていた。腰のホルスターに刺さった金色の銃が、揺れる光を浴びてキラリと輝いた。
「今年は海賊デスヨ。かっこいいデショ?」
レイシスははしゃいだ様子でくるりと回る。桃色の髪が優雅に揺れた。今年というのはKACコンテストのことを指すのだろう。毎年行われるそれの最優秀楽曲は、常に最高レベルに属していた。今作も例に漏れず最高レベルを与えられたのだろう。
「グレイス姉ちゃーん!」
「ノアたちも来たよー!」
長い髪を翻す少女の後ろから、ニアとノアが駆けてくる。手にした旗とステッキを振り回す姿は相変わらず元気なものだった。デザインはレイシスのそれとは異なるが、彼女らも海賊をモチーフにしたドレスを身に着けていた。一度に二つも追加されたのか、とグレイスは驚いたようにぱちぱちと瞬きをした。いくらなんでも極端ではないか、と思うも、ネメシスが支配するこの世界ならば仕方ないと切り替える。こんなこと、日常茶飯事だ。
「今日から四人一緒だね!」
「よろしくね!」
ニコニコと嬉しそうに笑うニアとノアに手を引かれ、グレイスはようやく起き上がる。ステッキお揃いだねー、と姉妹ははしゃいだ声をあげ、両脇から彼女に抱きついた。青い双子はLEVEL20はもちろん、今まで最高レベルの楽曲を担当したことがない。初めての経験なのだ、これほどまでにはしゃぐのも仕方ないだろう。
「グレイス」
優しい声が、青い世界にひとりきりだった少女の名前をなぞる。顔を上げると、そこには柔らかな笑みを浮かべるレイシスがいた。
「今日からもう、一人じゃありマセンヨ」
自身の心を見透かしたような言葉に、グレイスの心臓がどきりと跳ねる。何故、と思うも、答えはすぐに見つかった。レイシスも――”For UltraPlayers”のジャケットを担当した彼女も、この寂しさを抱きかかえていたと語っていたではないか。同じ状況、否、それよりも寂しい環境に放り込まれた少女の思いなど、お見通しだ。
ひとりぼっちではなくなった嬉しさと、心を見透かされた恥ずかしさを隠すように、グレイスはふん、と笑い飛ばす。宣戦布告をするように、彼女は真正面からレイシスを指差した。
「いい気にならないことね。追加されたばっかりのあんたたちはともかく、私は一年経った今もなおPUCされてないのよ。つまり、私が一番強いんだから!」
不敵な笑みで告げるグレイスを見て、レイシス、ニア、ノアの三人は顔をきょとんと見合わせる。全員同じことを考えたのか、くすりと小さな笑いが三つこぼれた。
「ちょっと! 何を笑っているのよ!」
「何でもありマセンヨ?」
「何でもないよねー?」
「内緒だもんね!」
隠した感情などお見通しと言ったように笑う三人の姿に、グレイスはうぅ、と悔しそうに呻いた。
「ほら! 呼ばれてるわよ! さっさと行ってきなさいよ!」
軽やかな音楽とともに、青い少女らを呼ぶコードが宙に表示される。ゲーム開始を知らせるそれに、グレイスはぶんぶんとステッキを振り回して必死に話を逸らそうとした。
「分かったー!」
「じゃあ、ノアたち行ってくるね!」
「またあとでねー!」
来た時同様、手にした獲物を振ってニアとノアは駆けていった。広いフォルダの中、今度はレイシスとグレイスのふたりきりだ。
「またよろしくお願いしマス」
「……よろしく」
薔薇と躑躅の姉妹は、仲良く隣に並び挑戦者を待っていた。
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現の幻想【グラユス】
現の幻想【グラユス】
ハロウィンユーステスの台詞からフェイトから何から何まですごくてつらい。アビフェイトの破壊力がすごすぎてしんどい……。公式の供給すさまじすぎてつらい……。ありがとうサイゲ……。ハッピーハロウィン(遺言)
ネタバレしかない。
家々を渡るように架けられた旗が夜風に揺らめく。宙に浮かぶカボチャを模ったランタンは星々のように空を彩っていた。
ぼんやりとした月明かりとそれらが照らす街は、普段ならばとっくに寝静まっている時間でも昼間以上の喧騒と色に溢れている。明かりが灯り人が行き交うこの空間は、この世のどこよりも賑やかしく見えた。
すべてはこの雰囲気によるものだろう、とユーステスは壁に寄りかかり群衆を見回す。高い目線から見下ろす先に、真っ白なシーツを被った少女が人々の間を縫うように走り、その後ろをネジが刺さった帽子の少年が追う姿が映る。少し視線を動かせば、今度はドクロを模した面をつけた少女とかぼちゃの被り物をつけた少女が、菓子の入ったかご片手にはしゃいでいた。子供だけではない、多くの大人も魔女や妖怪といった空想世界の住人たちを模した衣装で大通りを行く。ここは現でなく幻想の世界なのではないか、と錯覚しそうなほどだ。
ハロウィン、だったか。ユーステスはいつか交わした会話を思い出す。なんでも、仮装をして人に菓子をもらう祭りらしい。菓子をくれないのならば悪戯をしていいのだ、と楽しげに語ったのは彼が現在身を置いている騎空団、その団長だ。キラキラと目を輝かせる姿は子供のそれで、何百人もの人間をまとめ指揮するこの勇ましい長はまだ年若い少年であるということを再度実感したのを覚えている。この島にやってきたのも、祭りが盛んであるからだと聞いている。楽しみだ、と楽しげに語る少年の姿を思い出し、ユーステスはわずかに口元を緩めた。
ふと、彼は己の手に目をやる。銃を操るため普段から身に着けている黒く分厚いグローブはそこになく、代わりに白く柔らかな手袋が己の浅黒い肌を包んでいた。手元だけではない、無骨なコートは濡れ羽色のスーツに変わり、その背には内を深緋で彩った外套を羽織っていた。足に付けたホルスターも、今日ばかりは赤で鮮やかに彩られている。エルーン特有の耳には、彼のそれと同じ黒の羽飾りが天を向くように取り付けられていた。
今回、ユーステスがつく任務は囮調査だ。ヴァンパイアの仮装をし、餌として祭りの陰で行われているという闇競売を探る。今までのことを思えば楽な部類に入るものだが、これで本当に役目が果たせているのだろうか、と彼は眉をひそめた。今晩菓子をねだりにきた子供たちは皆、自身を『ヴァンパイアの仮装をしたお兄ちゃん』と評していた。子供相手ですらこれでは、競売に参加するような目利きの者たちを騙せるか非常に怪しい。
いざとなれば潜入調査に切り替えるか、と手持無沙汰に羽飾りを撫でていると、ユーステス、と耳慣れた声が己の名を紡ぐ。喧騒の中でもよく通るそれに振り返ると、大きく手を振りこちらに駆けてくる少年――騎空団の長であるグランの姿があった。街道に溢れる人々の間をするするとすり抜け、彼は難なくユーステスの下へと辿りついた。
「やっぱりユーステスだ」
「どうした? グラン」
にへらと笑うグランに、ユーステスは秘かに姿勢を正し問いかける。先程見かけた時には一緒にいたルリアとビィは近くに見当たらない。おぞましい競売が行われている可能性がある街だ、まさか何かあったのではないだろうな、と彼は澄んだ琥珀色の瞳を見つめた。
「別に何もないよ? ただ、ユーステスが見えたから来ただけ」
あ、耳触ってもいいかな、とグランは青年の頭上に付いた耳へと手を伸ばす。最近は問うだけ問うて許可を出す前に触ることが多くなった。それほどの信頼関係が築かれる程度に、少年と青年は同じ時を過ごしていた。
「お前はいつもそれだな……」
「だってユーステスの耳、ふわっふわのさらっさらで気持ちいいもん」
呆れるような声に悪びれることなく返し、グランはその柔らかな黒の耳に優しく触れた。毛並みに沿ってゆっくりと撫でられ、ユーステスは心地よさに目を伏せる。初めはおっかなびっくりで触っていたというのに、今では手慣れたものだ。
「この羽飾りもかっこいいね。似合ってる」
耳と繋がる根元の金具部分に触れぬよう、グランは天を向くそれに指を伸ばす。彼の耳には到底敵わないが、こちらはこちらでいい手触りだ、と少年は評した。
「ヴァンパイア?」
「らしい」
グランの問いに、ユーステスは曖昧に返す。らしいってなんだよ、と少年は笑った。とはいっても、上層部がそうだと言って勝手に与えたものなのだ。ましてやモチーフは希少度が高く滅多にお目にかかれない種族なのだ。本当にそれに即しているのか、青年にははっきりと断言できなかった。
「でも似合ってる」
かっこいいなぁ、と少年は嬉しそうに笑った。任務のためだけに与えられたものだが、彼が気に入り褒めてくれたことは嬉しい。ユーステスは柔らかに目を細めた。
「お前は仮装しないのか?」
ハロウィンのことを語っていた時のことや日頃の行動を見るに、グランはこのような祭りごとを好んでいるはずだ。誰よりも先に仮装し祭りを満喫しそうなものだが、とユーステスは首を傾げた。彼の言葉に、グランの瞳に苦々しい色が浮かぶ。口元も心なしかひきつっているように見えた。
「……コルワが」
少年が口にしたのは、少し前に団に加入したエルーンの名だった。たしかデザイナーだったか、と思考を巡らせる。
「僕も仮装しようとしたんだけど、コルワが『衣装を準備してあるの! 全部着てみてもらうからね!』って迫ってきてさ……」
はぁ、とグランは重い溜め息を吐いた。心なしか、その顔には疲れが滲んでいる。
ユーステスとコルワは有する魔力属性が違うためあまり交流はないが、そのテンションの高い様は挺内で度々見かけた。あの様子で様々な衣装を持って迫ってくれば、さすがのグランでも押されるようだ。
「逃げてきたわけか」
ユーステスの言葉に、グランはうぅと唸った。その通りなのだろう。仕方ないだろ、と呟く声は拗ねた時の音をしていた。
「ルリアの分も用意してあるって言ってたし、今頃はルリアのファッションショー状態になってるんだろうなぁ……」
「お前もやってくればよかったじゃないか」
「恥ずかしいだろ!」
「普段と変わらないだろう」
グランは扱うジョブに合わせて常に衣装を変えている。分厚い盾と騎士のような重厚な鎧を身にしていると思えば、動植物の装飾を凝らし目深にローブを被った姿になり、気がつけばベレー帽を被りマントを翻しながら銃を操る。最近では、大きな帽子と琴と共に演奏している姿をよく見る。依頼に合わせて臨機応変に装備を変える姿は、ファッションショーのようなものだ。
それとこれとは違うんだよー、とグランは訴えかけるように言う。分かった、と諭す風にユーステスがその頭を撫でると、少年は不満げに頬を膨らませた。飴色の瞳は子供扱いするなと強く主張しているが、その様はまるっきり子供のそれだ。
「でも、皆色んな格好してて面白いな」
すっとグランは行き交う人々を見回す。つられて、ユーステスも彼の視線を追った。その先には、狼男に扮した少年がエルフの仮装をした少年と共に走っていく姿があった。作り物とはいえ、ふわふわと揺れる毛と小さな体躯は子犬のようだ。可愛らしい、とその背を眺めていると、ふいに鋭い視線を感じる。いつの間にか、グランはユーステスの方へと目を戻していた。
「……やっぱ仮装してくればよかった」
ふてくされたような声に、青年はぱちぱちと目を瞬かせた。やはり、様々な衣装に身を包んだ人々を見て羨ましくなったのだろうか。少年の心は移り気だ。
「あーもー! ベアトリクスに会うんじゃなかった!」
「あいつがどうかしたのか」
同じ任務にあたっている同僚の名に、ユーステスは思わず問いかけた。またなにかやったのか、と真っ先に疑ってしまうのは、彼女の日頃の行いが全て物語っている。
「一応狼の耳と尻尾のアクセサリーは持ってたんだけどさ、途中でベアトリクスに会ったから付けてきちゃったんだよ」
あぁ、とユーステスは納得したように頷いた。あの意地の張った少女がそれにどのような反応を示したかなど簡単に想像がつく。そして、その反応に少年が食いつきからかう様も容易に想像できた。
「僕だって耳と尻尾をつければユーステスにもふってもらえるのに」
「無くとも撫でてやるから安心しろ」
悔しげに言うグランを落ち着けるように、青年はその頭をゆっくりと撫でる。納得がいかないという風にしかめていたグランの表情は、その温かな手によってゆっくりと解けていった。それでも悔しいのか、度々うぅと唸り声があがるあたり、彼はまだまだ子供だ。
「それに、今回ばかりはそのままの方がよかったんじゃないか」
「何で?」
そっと離された手を追うように、グランはユーステスを見上げた。不思議そうなその眼を捉え、青年は薄く笑む。その表情は普段の彼と全く違う、どこか人外めいた温度を宿していた。
「今日の俺はヴァンパイアだからな。狼男よりも、人間といた方が自然だ」
エルーンが持つ尖った歯をのぞかせ紡がれる言葉に、グランはぞくりと身を震わせる。水面のように薄い青の瞳は、獲物を見つけた獣のそれによく似ていた。
「……眷属ってこと?」
「そのように見えるだろう」
ふ、と笑う表情は、既にいつものそれへと戻っていた。なるほど、とグランは内心頷く。彼の持つ深い冷たさは、闇夜を支配するヴァンパイアのそれに恐ろしいほど似合っていた。
「じゃ、ヴァンパイアらしく噛んでみる?」
そう言ってグランは、己が着ているパーカーの襟口をぐいと引っ張った。いきなり何だ、とユーステスは晒されたそこを見る。髪の影になるその部位は、日頃鍛錬や戦闘で日に焼けた身体よりも幾分か白い。明かりが灯ってもなお薄暗い夜だからか、その白はほのかに輝いて見えた。
「……たしかに噛みやすそうだ」
「だったら、かぷっといっときなよ」
ヴァンパイアさん、とグランはいたずらめいた笑みを浮かべた。挑発のような色が見えるのはきっと気のせいではないだろう。数え切れないほど戦い抜いてきたせいか、この少年は人を煽るのが妙に上手い。そして、それに乗せられる自身も大概単純だ。
グランの肩にユーステスの手が置かれる。動かないよう少し力を入れ、その首元へ顔を寄せる。幾ばくか逡巡し、ほの白い肌にゆるりと牙を立てた。
獣のような耳を持つエルーン族とはいえ、特別牙が発達しているわけではない。ましてや生き血を食らうヴァンパイアのような鋭さなど持ち合わせていなかった。人間のそれより尖った犬歯は、少年の柔らかな肌に食い込むばかりで、赤が漏れ出ることはない。
「くすぐったいよ」
グランはじゃれるようにきゃらきゃらと笑った。暗にもっとやってみろ、と主張するそれに従い、青年はもう一度歯を立てる。並びの良い歯が先程よりも強く深く食い込むが、それでも少年は気にせず笑うばかりだ。
これ以上続けても仕方あるまい、と諦めて口を離す。晒されたままの肌にはほんのりと痕が残っていた。
「なかなか難しいな」
「まぁ本当に血が出てもそれはそれで困るし、いいんじゃない?」
ヴァンパイアとしては失格だろうけど、とグランはからかうようにくすくすと声を漏らす。困るんじゃないのか、と青年が指摘すれば、それはそれ、と少年ははぐらかすように笑みを浮かべた。
「でも、本当に血が欲しいなら手加減なんてしちゃだめだろ?」
グランの目が鈍く光る。反射的に身を離すより先に、少年の手がユーステスの襟を捕えた。ぐい、と力強く引かれ、思わず前屈みになると、少年の顔が間近に迫る様が見える。明るい栗色の瞳に青灰色とほの暗い何かが映るのが見え、ユーステスはひくりと息を呑む。先程までの子供らしさは消え、ただ浮かぶのは血を知る人間の深い深い色だ。
頬を柔らかな髪が掠める。瞬間、首元に鋭い痛みが走った。
首を絞められるような息苦しさと、不意の痛みで青年は思わず顔を歪めた。抗議の声を発するより前に、襟から手が離れる。責めるように険しく細めた瞳には、満足そうな表情をした少年の姿が映った。
「――これぐらい思いっきりやらなきゃ」
ね、と小首を傾げ、グランは唇を舐めた。覗く赤い舌が明かりに照らされ、艶めかしく光る。笑みを作るようにゆっくりと細められた瞳が狩りを営むけもののそれに似ているように思えたのは、きっと気のせいではない。
噛まれた箇所へ手をやる。手袋をしているため確認はできないが、あの痛みならばきっと痕になっているだろう。こういう時、少年は手加減などしない。このようなことで己相手に手加減をする理由など、一切有していないのだ。ユーステスは小さく顔をしかめた。
「来年は僕もヴァンパイアの仮装しようかなー。どうせコルワが作るだろうし」
けんぞくぅにしてやる、とグランはユーステスを見上げ目を細める。子供らしい表情に似つかわない、駆け引きを知る大人の瞳が青年の姿を捉えていた。
もう、手遅れだというのに。
そして、彼もそのことをしっかりと理解しているというのに、何を言っているのだ。ユーステスは呆れるように少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
夜は更け、現でありながら幻想の世界が闇夜に沈んでいく。漆黒の耳に付いた羽飾りが、青年の歩調に合わせて揺れていった。
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遠い日の思い出と【グラ+ジタ+ルリ】
遠い日の思い出と【グラ+ジタ+ルリ】
リュミエールイベのあれ。
鍋を目の前にした少年と少女の言葉に、泡立て器を持った少女とコック帽を被った竜が懐疑の声をあげた。大きく開かれた二対の目は、言葉を理解することを拒否しているかのようにも見えた。
「はちみつを茹でるんですか……?」
控えめな、それでも否定を求める声が投げかけられる。長い三つ編みを不安げに揺らす少女の姿に、二人の料理人は自信満々に頷いた。その様子に抗議したのは赤い竜の方だ。
「おいおい、グラン、ジータ。待ってくれよ、お前、自分が何を言ってるかわかってるか?」
「分かってるよ?」
「何言ってんだよ、ビィ」
動揺のあまり険しい顔をするビィに、グランとジータはきょとりとした表情で首を傾げた。首を傾げたいのはこちらである、と言わんばかりに、ビィは目を両手で覆った。
「えっと、グランたちがそういうなら、一度試してみましょうか……!」
「おいおい、ルリアまで何言ってんだ!?」
頑なに拒むビィを見て、ルリアは力なく笑う。そーだよね、とエプロン姿のジータが彼女に微笑みかける。賛同を得た嬉しさがはっきりと見て取れるものだ。
「やってみなきゃ分かんないもんね!」
「分かんないよな!」
「分かんないならやるなよ!」
悲痛なビィの声は無視され、二人の団長の手にロイヤルハニーがたっぷり詰まった壺が握られる。これから広がるであろう光景を思い浮かべ、ルリアの瞳に悲嘆と諦観の色が宿った。
ぐらぐらと湯が煮えたぎる鍋の前に、グランとジータが並んで立つ。あーあ、と赤い竜は後悔がたっぷり詰まった声をもらした。
「茹でるってなんだよ……」
「ビィ、覚えてないのか?」
小さな親友の姿に、グランは首を傾げる。ジータもそれに続いた。異常な行動を起こしているのは彼らだというのに、まるでビィの意見がおかしいような口ぶりだった。
「何をだよ!」
「ほら、私たちが風邪で寝込んだことがあったでしょ?」
苛立ちをあらわにした声を気にもかけず、ジータは立てた指をくるりと回してビィに問いかける。幾許かして、あぁ、と小さな竜はぼんやりとした声で答えた。その瞳はどこか遠いものになっていた。
幼い頃からやんちゃな二人は、好奇心に身を任せどこへでも突き進んでいった。それが、雪積もる真冬の川であってもだ。二人の首根っこを引っ掴み必死に止めたビィだが、子供と言えど小さな竜ひとりで止めるには無茶な相手だった。結局のところそのままずるずるとひきずられ、その動向を見守る羽目になったのである。
見守るとは言っても、ビィひとりでは限度というものがある。寒さのあまり氷張る川の上を突き進む子供二人を一気に相手取るには無理があった。その結果、降り積もった雪に足を取られ仲良く躓き、白いそれにぼふりと深くまで埋まったのであった。その身体全てをあらん限り使い、ばたばたともがく彼らを救い出したのは苦い思い出である。そのあと、雪で濡れた二人が風邪をひき熱を出して寝込んだのなら尚更だ。
「あの時、隣のおばあちゃんが作ってくれた飲み物が美味しくてね」
ふふ、とジータは楽しげに笑う。遠い日を語る少女の目は、懐かしさで柔らかく細められていた。どこか儚い雰囲気をまとう姿は、数え切れないほどの人間を有する団の長として振る舞う彼女がなかなか見せない、年相応のものだ。
「風邪なんか吹っ飛んじゃうぐらいだったの」
「そうそう。温かくて甘くて、すぐに元気になっちゃうぐらいな」
ジータに続いてグランも笑う。懐かしい思い出を語る少女らの姿は微笑ましいものだが、その手に握られた希少なはちみつのことを思うと素直に聞くことができなかった。遠くの美しい思い出より、目の前の悲惨な現実である。
「あとでばあちゃんに聞きにいったら、『固まったはちみつをお湯に入れて、酸っぱいくだものの果汁を入れた』って教えてくれてね」
「それってつまり、はちみつを茹でるってことでしょ?」
「なるほどー」
「いや、それは溶かすって言うだろ」
納得したように頷くルリアに、よく分からない独自の理論に頭を抱えるビィ。そんな相方たちを尻目に、二人の団長は和やかな様子で話を続ける。
「元気のないシャルロッテちゃんも、これなら飲めるかな、って」
「温かいもの飲めばちょっとは落ち着くだろうし、最適だろ?」
そう言って得意気にウィンクを飛ばす二人に、ルリアははわ、と声をあげる。可愛らしいその声は感嘆に満ちていた。
「そうですね! シャルロッテさんのためにも、はちみつを茹でましょう!」
「おー!」
「おー!」
元気な三重奏がキッチンに響く。オイラもう知らない、と言わんばかりにビィはがくりと項垂れた。
そうして三人が自信満々に出した『茹ではちみつ』もとい『ほぼお湯』を飲んだシャルロッテが何とも言えない顔をしたことは、誰しもが想像できるものだろう。
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入居者募集中【はる+グレ】
入居者募集中【はる+グレ】
2017年のエイプリルフールのあれとそのエンドシーンの話。
「……えっ暴龍邸? なにコレ?」
「ジャグジー多ッ! 何だァこの前衛的な家はッ!?」
掲示されていた広告を見て、赤い機械で身を包んだ青年と躑躅色の髪を持つ少女が素っ頓狂な声をあげる。二人がまじまじと見つめる広告は、新たな不動産情報が記されていた。三LDKということまでは理解が追い付くが、その後ろに記されている八ジャグジー、一ゲーセンという文字の連なりは、脳が処理落ちするようなインパクトがあった。舵を象ったようなデザインの時点で十分な破壊力があるというのに、過剰すぎるジャグジーの数にゲームセンター付きの物件など前代未聞、前衛的にもほどがある。
えぇ、と放心したような少女の声と、体躯の都合で入居できないことを嘆く青年の声。その隣に物言わずぼんやりと立ち尽くす少年。広告と引けを取らないほどカオスな空間である。
現在、四月一日、エイプリルフール。昨年は大きな勘違いをし恥をかいたグレイスだが、今年は既にその知識を手に入れており、もう羞恥に苛まれることはあるまい、と得意になっていた。仕返しにレイシスに何か仕掛けてやろうと企む少女の姿を、普段から付き従うライオットと始果は微笑ましげに見守っていた。仕掛けるために少女の元へと向かう中、たまたま目に入ったのがこの広告だ。知識はあれどまだこちらの文化に慣れていない三人は動揺するばかりだ。
「それにしても、どれもたっけーな」
「レイシスは一体何を紹介してるのよ……」
あまりの突拍子のなさ故エイプリルフールの冗談と分かっていても、記されたどの語も破壊力がありすぎて理解が追いつかない。グレイスははわふわとした薔薇色の少女に想いを馳せる。毎年この日には気合いを入れているという話は聞いていたが、ここまで訳の分からないものを作るとは。嘘を仕掛けるより先に、何故そこまで注力するかを聞きたくなる。
真剣な表情で広告を眺めるライオットを横目に、グレイスは隣に佇む始果へと視線を移す。学園指定の白いジャケットに愛用する深緑のスカーフを身に着けた少年は、どこか焦点の定まらない目で広告を眺めていた。
「始果? どうしたのよ」
「…………いえ」
なんでもありません、と応える声は心ここに在らずと言った様子で、グレイスのことなど気にもかけていないように見えた。少女は鋭く目を細める。東洋風の少年がぼんやりとしているのはいつものことだが、この程度のことをはぐらかす意味が分からなかった。いつもはグレイス、グレイス、とうるさい癖に、と躑躅色の少女は気に入らないといった調子で黒髪の少年を見やった。
「……帰る、ところ」
ぽそりと始果が呟く。あまりに小さなそれは無意識にこぼれた言葉のように聞こえた。
「何言ってんの、今更」
少年の声に、少女は呆れたように言葉を投げかける。ふん、と鼻を鳴らす姿は相変わらず不遜なものだ。
「帰るところなんて、もうあるじゃない」
バグで構成された少女と、記憶を失くした少年、故郷を探す少女に救いを探す戦女神、そして二つの心を持つ青年。コンソール=ネメシスに住まう者たちとと対立していた五人が、拠点としていたバグの海から抜け出してもう久しい。今では皆ボルテ学園に身を寄せ、新しい生活を始めていた。外界から来たことにより家を持たぬ少女らは、主に学園の寄宿舎に住まっていた。たくさんの生徒が過ごす、賑やかな場所。捨てられた世界にひとりきりで生きてきた少女と、記憶を失くしひとりぼっちになってしまった少年は、既にひとりでは無くなったのだ。
「……そう、ですね」
グレイスの言葉に、始果は顔をあげる。焦点の定まらぬ金色の瞳が、躑躅色の瞳を捉え、ふわりと微笑んだ。
「僕にも、君にも、帰る場所はもうありますものね」
「……当たり前でしょ」
その笑顔になんだか気恥ずかしさを覚え、グレイスは誤魔化すようにその背をバシンと叩いた。痛いです、と言う始果の声は穏やかなものだ。
「さ、そろそろ行きましょう。きっと………………あの子が待っています」
そう言って始果は手を差し出す。妙な間が空いたのは、彼女らが向かう先の少女の名を思い出せなかったのだろう。少年は名前を覚えるのが苦手だった。グレイス以外の名前を覚える気はない、と言われても納得できるほどの記憶力である。
「そうね」
グレイスは差し出した手を取る。柔らかな温もりを持つそれが、重なった温度を包む。握った手をそのまま、彼女は振り返り未だまじまじと広告を見つめるライオットに声をかけた。
「ほら、もう行くわよ!」
楽しげに微笑む少女に、機械の身体を持つ青年が愉快そうに笑う。わーってるよ、と言う声は、乱暴な言葉に反して優しいものだ。
レイシスの待つ寄宿舎に向かうため、グレイスは一歩踏み出す。手を引かれる始果と後ろを歩くライオットは、その小さな背中を微笑ましそうに眺めていた。
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ずっと上でお隣なおにいさん【ニア+ノア+嬬武器】
ずっと上でお隣なおにいさん【ニア+ノア+嬬武器】
ピリカちゃんが羨ましいニアノアちゃんとその被害者嬬武器弟。
腐向けにつま先突っ込んでる感。
パタパタと軽い音が背中から聞こえる。予測される未来にくるりと振り返ると、そこには両手をぶんぶんと振って駆け寄ってくるニアとノアの姿があった。注意した通りちゃんと飛ばずに歩いているのは関心である、と烈風刀は可愛らしい姿に頬を緩めた。
ぴょん、と助走をつけて一跳び、ニアは少年の胸に飛び込んだ。小さな体躯をしっかりと受け止め、危ないですよ、と窘めようとしたところで、キラキラと輝く二対の瞳が彼に向けられた。
「れふにぃ!」
双子が揃って口にしたその語に、烈風刀の思考がぴたりと止まった。
「えっ、あ……え?」
状況を理解できずに困惑の声を漏らす彼を見て、あのねーあのねーとニアは言葉を続ける。彼女の声はとても弾んだ楽しそうなものだ。
「ピリカちゃんがはるかのこと『はるにぃ』って呼んでてね!」
「いいなーって思って、ノアたちもれふとのことそう呼びたいなって!」
「れふとはニアたちのおにいちゃんみたいなものだからね!」
ねー、と二人の兎は細い耳を揺らして声を揃える。きゃっきゃと愉快そうに笑う姿は微笑ましいものだ。けれども、烈風刀の頭はその可愛らしい光景が入ってくる余裕を持ち合わせていなかった。
たしかに、日頃からニアとノア、それだけでなくずっと下の学年の幼い少女らの面倒を見ているのは主に烈風刀である。初等部に属する彼女らにとって、高等部に属する烈風刀は『兄』と呼んで差し支えないほど歳が離れた存在だ。現に、バタフライキャットと呼ばれる桃、雛、蒼の三人は、彼のことを『れふとおにーちゃん』と呼んでいた。ニアとノアもそのように呼ぶのは不自然ではないだろう。
けれども、日頃『双子の弟』である烈風刀は、『兄』扱いされることに慣れていなかった。『兄』と呼ばれるその感覚はなんだかこそばゆく、三色の猫たちにそう呼ばれる際も少しの照れくささを感じていた。面々の中でも一番歳が近い彼女らは本当の妹のような距離感であるのだから尚更だ。姿を現しつつある羞恥心を誤魔化すように、彼は二人の兎から目を逸らした。
「れふにぃ! 今日も運営のお仕事あるの?」
「れふにぃ、ニアたちもまた遊びに行っていい?」
「ストップ! 二人ともちょっと待ってください!」
れふにぃれふにぃと鳴き声のように繰り返す青い双子を、少年は大きな声と片手で制する。もう片方の手で隠したその顔は、ほんのりと紅が浮かんでいるように見えた。顔を見合わせたニアとノアは、にんまりと笑う。珍しく恥ずかしがる烈風刀の姿は、元来いたずら好きな少女らの目にはとてもからかい甲斐のあるように映ったのだ。
「えー? れふにぃ、何でー?」
「れふにぃ、いきなりどうしたの?」
にししと口元を袖で隠して笑うニア、心配そうな瞳に多分な好奇心を浮かべたノアがぴょんぴょんと跳ね、手の奥に隠された烈風刀の顔を覗こうとする。逃げる少年は、あの、ちょっと、と控えめな悲鳴を上げるばかりだ。
「あれ? 烈風刀、どした?」
少女らのいたずらげな合唱に、少年の不思議そうな声が混じる。たじろぐ烈風刀の後ろから現れたのは、その兄である雷刀だった。
「あのねー、れふにぃがねー」
「れふにぃ?」
首を傾げる雷刀に、駆け寄ったニアがこそこそと耳打ちする。この状況を把握して、赤い目がにんまりと愉快そうに弧を描いた。ノアも楽しげにくすくすと笑う。蒼と朱の二色の瞳は、完全にいたずらっ子のそれだった。
「へぇー、烈風刀がオニイチャンかー」
にやにやと見つめる兄に、弟は指の間から鋭い視線を向ける。それでも赤く染まり、わずかに涙すら浮かぶその顔では全く効果がない、むしろ増長するようなものだ。雷刀は悪い笑みを浮かべ、様々な感情で縮こまった肩に腕を回した。
「いいなー、オレも『れふにぃ』って呼ぼうかなー」
「はぁっ!?」
兄の言葉に、弟は素っ頓狂な声をあげる。怒気のにじんだそれを無視して、雷刀は顔と同じく赤で染まった耳に唇を寄せた。
「なぁ、れふにぃ」
わざと低くした声を、己の髪のそれで色付いた耳に直接注ぎ込む。小さな音を受けた途端、抱き込んだ肩が面白いほど跳ねた。耳慣れぬ音に驚いたようにも、低い声に怯えるようにも見えるその様子に、雷刀は楽し気に目を細める。紅玉には意地の悪い色が浮かんでいた。
「れーふーにーいー」
「や、めて、くださ」
「えー? だって烈風刀はニアたちのオニイチャンなんだろ? いいじゃん、れふにぃ」
くすぐるように兄は囁く。その度に身体を震わせ、怯えたように否定の声をあげる弟の姿は、朱の胸に眠る何かを強く刺激した。元々大したものでもないストッパーが音をたてて壊れる。止める者など、いたずらっ子とその被害者のみのこの空間には存在しない。
「れふにぃ」
「やっ……」
「れふにぃってば」
「ぅ、やめ……、て、くだ、さ……っ」
「呼ばれたらちゃんと返事しなきゃダメだろ? れふにぃ」
「っ、ぁ……、や、だ……らい、と」
注ぎ込まれる声に、いやだ、と弱々しく抗議の声をあげる烈風刀の姿を見る度、雷刀の心にゾクゾクとよく分からない何かが駆けていく。普段は冷静で凛とした弟が、自分の言葉ひとつで涙をこぼしそうなほど震えるその姿は、可愛らしさとはまた違う何かを孕んでいた。もっとこの姿を見ていたい、もっとこの弱々しい声を聞きたい、もっとこの手で彼を震えさせたい。嗜虐の色を灯した欲求が、少年の心に芽生えつつあった。
「れふにぃ」
「れふにぃ!」
「れふにぃー」
朱ひとつに蒼ふたつ、いたずらな声が三重奏を奏でる。三つ分の呼び声に、ぅ、と微かな呻き声ひとつ残して烈風刀はその場にへたり込んでしまった。
「っぁ、……ほんと、に、やめて……くだ、さ、い……」
やだ、と呟く声は消えてしまいそうなほど細く、心底辛そうなものだった。羞恥心がキャパシティを超え、防衛のためにブレーカーを落としてしまったのだろう。うずくまる彼の背は、可哀想なほどふるふると震えていた。
ニアとノアの頭に付いたカチューシャがぴぃん、と真っ直ぐに伸びる。ショックを受けたようなその様子の後、あわわわわ、と兎たちは酷く慌てた声をあげた。
「れふとっ! ごめんなさい!」
「れふとを困らせたいんじゃないの! ごめんなさい!」
うずくまる少年を囲み、ニアとノアはばたばたと袖を振って謝る。その瞳にはじわりと涙がにじんでいく。たしかにいたずらっ子な彼女らだが、相手を悲しませるようなことなどしたくはなかった。うぇ、と幼い嗚咽が漏れる。二対の目から涙が溢れ出る前に、雷刀はその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「泣くなよー」
「だってぇ……」
「だって、ニアたちがふざけすぎたから、れふとが……」
「ニアとノアは悪くねーよ。烈風刀泣かしたのはオレだし」
涙声の少女らに雷刀は笑いかける。きっかけは双子の兎たちによるものだったとしても、これほどまで弟の羞恥を煽り泣かせたのは自分であることぐらいさすがに自覚していた。
未だ、だって、と後悔の音を漏らす彼女らの頭を、少年は再度ぐしゃぐしゃと撫でた。あとはオニイチャンが面倒みとくから、と乱れた青い髪を手櫛で整える。ふぇ、と嗚咽交じりの声をあげた少女らは、うずくまり顔を隠す烈風刀を見た。
「れふと、ほんとうにごめんね」
「ふざけすぎてごめんね、れふと。もうやらないから、ごめんね」
涙と鼻水で濁る声で謝り、双子は後悔で染まった瞳で少年を見つめた。すん、と鼻をすする音の後、いいです、とくぐもった声で答える烈風刀の姿は、いたずら好きな彼女らを拒否しているようにも映った。
「れふとっ、ぅ、うっ、ごめんなさい!」
「う、ぇっ、ごっ、ごめんなさい!」
とうとう大きな声をあげ泣き出してしまったニアとノアを見て、雷刀は苦い顔をした。兄たった一人で泣き虫三人を抱え込むのはなかなかに辛いものがある。
「ほら、烈風刀もこう言ってるし。もう大丈夫だからな? 泣かなくてもいいからな?」
泣いたまま謝っても、烈風刀が辛いから、と雷刀は苦笑いとともに双子を諭す。しかし、青い瞳は潤むばかりで涙が引っ込む気配は全くなかった。
ううう、と三人分の嗚咽。さすがに手に負えなかった。仕方がない、思う存分泣かせてやろう、と雷刀は震える弟の隣に身を寄せしゃがみ、小さな頭を静かに撫で続けた。
どれほど経っただろう、ようやく嗚咽がおさまり、鼻をすする音がふたつ。ふえ、と可愛らしい声をあげる少女らの顔は、涙と鼻水でべとべとだった。雷刀は烈風刀のジャケットからポケットティッシュを抜き取り、二人に渡す。勢いよく鼻をかむ音がハーモニーを奏でた。
「れふと、ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
未だしゅんとした表情で謝る少女らに、烈風刀は少しだけ顔を上げる。さらさらとした髪と膝の上で組まれた腕の間から見える碧は、潤み熱を持っていた。
「もう、大丈夫です」
すん、と鼻をすする音がもう一度。答える少年の声は、先程より幾分かクリアになっているように聞こえた。
「今日は僕相手だったからいいのですけれど、他の人にはこんな度を越したいたずらはしていけませんよ」
分かりましたか、とどこか棘のある声に、兎たちはごめんなさいとまた合唱した。だいじょぶだからー、と雷刀は涙声をあげる二人の頭を撫でる。赤色にも戸惑いの色が生まれ始めた。
「烈風刀もこう言ってるんだし、もう泣くなよー」
オニイチャンも困っちゃうぜ、と言う声に、もう一度二人分のごめんなさいが奏でられる。謝られても仕方ないんだけどな、と言う困り果てた言葉を飲み込んで、雷刀は笑って立ち上がった。
「ニアとノアはもうちゃんと謝ったし、烈風刀はいいって言った! これで大丈夫! もうおしまい!」
パンパンと手を叩くと、萎れていたぴこんと二対の耳が伸びる。罪悪感に鼻をすする二人の姿に、雷刀はもう一度大丈夫と繰り返した。
ごめんなさい、とうずくまる烈風刀と同じで目線で謝り、とぼとぼと帰路についた。何度も何度も振り返りこちらを見る姿に、雷刀はひらひらと手を振る。少女らも力なく袖を振り、ようやく昇降口へと向かった。
その小さな二つの背中を見送って、兄はもう一度しゃがむ。手を伸ばし、未だにうずくまったままの弟を髪を梳くように撫でた。
「ほら、烈風刀ももう泣かねーの」
「だ、れのせいだと、おもっているのですか」
兄の言葉に、弟は怒気と羞恥と涙が混ぜごぜになった声で返す。ここまで言えるほど調子が戻ってきたのならもう大丈夫だろう。ごめんなー、と苦笑し、雷刀は柔らかな碧の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「だって、烈風刀すっげーかわいいし」
「なにがかわいいですか、ばか」
怒る声はまだ弱々しい。しかし、じきに調子が戻れば拳の一つや二つ飛んできてもおかしくはない。雷刀より筋力が劣る烈風刀だが、それは相対的な評価である。絶対的な評価ならば、彼は平均以上の力を持っていた。そんなものを食らえば痛いに決まっている。兄は立ち上がり、すぐ躱せるようにそっと一歩分距離を取った。
「ほら、帰るぞ」
ぐぃ、と膝の上で組んだままの腕を引くと、烈風刀はふらふらと立ち上がった。手の甲で目元を擦る姿は子どものそれだ。
「後で覚悟してくださいよ……」
怒りの声は恐ろしいほど低い。『後』がいつを指すのか分からないが、もう対策を取るには遅いということは雷刀も十分に理解していた。
少しばかりおぼつかない足取りで校門へと向かう弟の背中を眺める。
「れふにぃ、ねぇ」
当人には聞こえないような小さな声で、あの言葉を繰り返す。あれだけ恥ずかしがる烈風刀の姿はとても貴重だった。特に自分が口にした時の反応といったら、得も言われぬ感覚が背筋を走るほどだ。己の言葉で頬を染め涙を浮かべる弟の姿が、あれほど魅力的なものだなんて、長い間兄弟をやってきた雷刀も知らなかった。知らない方がよかったのでは、と告げる声はねじ伏せておく。
今度またからかってやろう、と朱はいたずらげに笑った。
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ごはん【嬬武器兄弟】
ごはん【嬬武器兄弟】
海外では『帰ってきたら「ただいま」じゃなくて「ごはん」と言う』とかそんな話を聞いた時の話。
バタン、と勢いよくドアが開けられる。照明の消えた暗く冷えた空間に、凍えた声がふらふらと飛んでいく。
「うあー、さっむー」
「冬だから当たり前でしょう」
暗さと寒さに、はぁ、と二人で息を吐く。空中に放り出された呼気は白く染まり、すぐさま溶ける。宵闇に消えゆく雲のようだった。さっむ、と何度も繰り返す雷刀を尻目に、烈風刀は開いたままのドアを閉める。それだけで、幾分か寒さが和らいだ気がした。
「あー、ごはん、ごはんっ」
バタバタとブーツを脱ぎ捨て、マフラーを外しながら雷刀は呪文を唱えるようにごはんと繰り返す。現在時刻は夕食時を少し過ぎ、完全に夜となった頃。運営業務を終わらせ、減っていた食材を買い足しにスーパーに寄っていたらもうこんな時間だ。成長期の男子高校生の腹は、早く糧をよこせと強く訴えていた。
「今から作るんでしょう。静かにしなさい」
「えー」
窘める声に、不満げな声。唇を尖らせる姿は実際の歳よりもずっと幼いように見えた。
「烈風刀だって腹減っただろ?」
「減っていますよ。だから早く作りますよ」
は、と吐いた息は呆れを表したものか、空腹を紛らわすためのものか。どちらにせよ、二人の腹の虫は鳴き声をあげるばかりだ。
ぱちぱちと音をたてて、雷刀は壁にあるボタンを押していく。一拍おいて、闇の中照明が活動を再開した。柔らかな色をしたそれは、闇が有する冷たさを溶かしていくように見えた。
そだ、と兄は外したマフラーを片手に振り返る。連れ添うように、手にしたビニール袋がかさりと音をたてた。
「烈風刀、おかえり」
「ただいま」
ふわ、と寒さから逃れ綻んだ笑顔が二つ。おかえりなさい、と続いた烈風刀の声に、雷刀もただいま、と返した。
おかえり。ただいま。同時に帰宅しても互いにこの挨拶を交わすのは、昔からの習慣だった。答えを求め投げかけた言葉が無音の空間に吸い込まれる様は、寂しさを通り越して恐怖すら与える。だからこそ、互いに互いを迎え、迎えられることにしたのだった。その恐ろしさも、与えられる言葉の安堵も、高校生になった今も変わっていない。
「さー、作るぞー! お腹空いた!」
「その前に靴を揃えなさい。みっともない」
ガサガサとビニール袋を鳴らしながら部屋に向かう雷刀の背中に、烈風刀は咎める言葉を投げる。返事は一向に聞こえて来る様子は無く、彼は眉をひそめた。
散らかった靴を揃え、食材が入ったビニール袋の中身を見やる。さて、早く下ごしらえをしなければな、と考えて、烈風刀は靴を脱いだ。
ただいま、ともう一度繰り返す。先に部屋に入り待っている兄がまたおかえり、と言うのだろうな、と考えて、彼は冷たい廊下を足早に進んだ。
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被/加【ライレフ/R-18】
被/加【ライレフ/R-18】診断メーカーで出たやつが性癖ど真ん中ストレートで書き殴ったもの。キャラ崩壊も甚だしい。
これと同じ世界線のようなそうでもないような話。
弟君を縛り上げ、誰に犯されているのか自覚させながらじっくり弄びます。浅い所をくぽくぽと刺激し、また奥をごつごつ突いては何度も達させ、いやらしいね、と言葉で嬲りながら中出しを繰り返すと泣き出してしまいました。
ギチ、と白い海の上から軋むような音が響く。両の腕を雁字搦めに彩る青いネクタイは、腕の主が身じろぎする度に鈍い悲鳴をあげていた。
しなやかなそれの持ち主である少年の表情は、寝起きのようにぼんやりとしたものだ。常ならば夜明けの空のように澄み切った碧の瞳は、奥底から湧き上がる水に溺れふるふるとしている。ハキハキと言葉を紡ぐ口は呆けたように軽く開いており、その奥から艷やかな赤い舌が覗いていた。唇は飲み込みきれなかった唾液で濡れ、口の端からも同じものがゆっくりと肌を伝い痕を残していく。上気し朱で彩られた肌と浅い呼気には、確かな情欲の高ぶりが見て取れた。
腕を縛り上げられた非日常の中、雄を欲するような顔付きで想い人を見つめる様は艶めかしいの一言に尽きた。きっと扇情的とはこのような姿をいうのだろう。普段の嬬武器烈風刀からは想像もつかないその様は、雄の欲望を煽り掻き立てるものだった。少なくとも、人よりも感受性が豊かな恋人を欲望がままに突き動かすには十二分なものだ。
隙間無く合わさるよう押し付けていた腰をゆっくりと引く。埋め込んだ剛直が去ろうとすると、柔く熱い内壁が追いすがるように締め付けた。脳髄に直接響くような快楽に、雷刀は思わず顔をしかめる。先程吐精したばかりだというのに、油断すれば再び達してしまいそうだ。
「――ぁ、あっ……う、ァ……」
熱杭が内壁を擦る感覚に、小さく開いた口から断続的な声があがる。吐息にも似たそれは、性的快感に震えていた。内から込み上げる甘い感覚から逃げるように、烈風刀は背を丸め縮こまる。強すぎる快楽への恐怖に、涙を湛えた翡翠が白い瞼の下に姿を隠す。固く閉じられたそこの端から、澄んだものが零れ落ちた。
「烈風刀」
努めて落ち着いた声で愛しい人の名を呼ぶ。肉付きの薄い腰から片手を離し、雷刀は桜色に染まる頬へと手を伸ばす。熱を孕んだ肌を、同じほどの温度を持った手の平で撫ぜた。そのまま、怯え震える浅葱の睫毛を親指でそっとなぞる。とめどなく溢れる雫を受けたそこは、朝露で濡れた草原のようだ。
朱の優しい手つきに、ぎゅうと強く閉じられていた目がゆっくりと開かれる。揺れる水面に沈んだ蒼玉の中に、己を示す紅玉が映る。不気味なほど爛々と輝く深紅の中に、情欲の炎が激しく燃え上がっているのが見えた。途端、ひ、と引きつった小さな声が薄暗い部屋に落ちる。呼吸に失敗したような音は、目の前の色への恐怖を如実に表していた。その中にわずかな悦びが滲んでいるのを、鮮烈な朱に隠れた形の良い耳は聞き逃さない。無意識に、赤い唇が歪な三日月を模った。
れふと、と兄は今一度弟の名を呼ぶ。優しさを装った音に有無を言わさぬ言葉――目を逸らすな、しっかりとこちらを見ろ、という命令が込められているのは、欲に溺れきった碧にも十二分に理解できた。
反射的に閉じかけていた目が恐々といったように開いていく。ゆっくりと現れた潤む水宝玉は、怯えを色濃く浮かべながらも目の前の柘榴石をまっすぐ見つめた。凍えたように震える唇から、喘鳴とすら思える細い息が漏れる。微かなそれは、表情に反して甘くとろけたものだ。内に燻る欲望を堪えるかのように、上気しきった艶めかしい身体が小さく捩る。ギチリ、と腕を戒める丈夫な布が小さな悲鳴をあげた。
いつだったか『おしおき』などと称し、ふざけて腕を縛り上げ肌を重ねた時から、弟は自由を奪われることを好むようになってしまった。シャツにしがみつき皺をつける。手や唇を噛み声を抑える。引き剥がそうと相手の胸を叩く。背中に傷ができるほど爪をたてる。普段ならば言及すらしないそれを、彼は重罪だというように申告し、『おしおき』を望むようになったのだ。
初めは、遊びの延長線として腕を縛る程度のほんの簡単ものだった。解きやすく痕を残さないような軽いものだったが、それでは『おしおき』の意味を成さないという彼自身の強い希望で、今ではどう抗おうと絶対に解けない程強く縛り上げている。以前は嫌っていた深紅の所有印を刻む行為も、『おしおき』だと捉え受け入れるようになった。それどころか、牙を立て傷を残すことを自ら望み、獣めいた兄を煽るまでになった。
碧の中に芽生えたマゾヒズムは、そのままエスカレートしていくばかりだった。視界を奪う。身動きができぬよう両手足を拘束する。頭を固定され呼吸を犠牲に喉奥まで雄を飲み込む。燻る欲望を吐き出せぬよう戒める。後孔がめくれあがるほど激しく抽挿する。そんな苦しみを伴う行為を『おしおき』と称して自らねだるのだ。
常ならば厳格に規律を守る彼が、自ら咎められるようなことを行い、積極的に重い罰を求める。その様はあまりにも退廃的で倒錯的なものだった。そんな淫らな姿に、欲望に忠実な兄が抗うことなどできるはずがない。望むがままに、抵抗などできぬよう拘束し、痕が残るほど強く噛みつき、呼吸を奪い、容赦なく突き上げる。きっと酷い痛みと苦しみを感じているだろうに、愛しい碧はいつも法悦を高らかに歌い上げるのだ。その被虐趣味に溺れきった姿が、朱の内に眠っていた何かを目覚めさせるのはすぐだった。
ほんの少しの瑕疵を論い、求めるであろう罰を先んじて与える。『おしおき』を告げられ喜色を浮かべ頬を染める弟を見る度、朱の背筋を得も言われぬ感覚が走るのだ。
相手は戒められ充足を得る、己は戒め充足を得る。互いの欲求を十全に満たすのだから、この行為は何らおかしくない。むしろ、望みが叶うのだから良い行いだ。そんな詭弁を弄し続けた結果、今――決して動けぬよう腕を縛り上げ、身体を折るように足を大きく上げさせ、押し潰すように強く突き立てるという行為を当たり前のように行う日々に至る。
全ては去らぬように注意しつつ、雷刀は根本まで埋め込んでいた剛直をゆっくりと抜いていく。合わさった場所、愛しい熱を食むようにひくひくと収縮する秘蕾が眼下に晒される。あまりにも淫らな光景に、腹の奥が熱くなるのが分かった。
湧き上がる衝動をどうにか抑え、少年は同じようにゆっくりと肉洞を進んでいく。再び熱との邂逅を果たし歓びの音色を漏らす碧を見つめ、這入ってすぐの場所、腹側にある柔らかな一点をこつりと軽く突いた。
「ぃっ――ぁっ、あッ!」
瞬間、烈風刀は大きく目を見開き高い悲鳴をあげた。わずかな衝撃だというのに、まるで雷が直撃したかのように紅で彩られた体躯が弓なりに反る。襲う快楽の強さを表すように、肉の道がぎゅうと狭まり侵入者を強く抱きしめた。
照準が外れぬように、兄は断続的に跳ねる身体をがっちりと押さえつける。そのまま、狙い定めた場所を硬く張り詰めた先端で幾度もノックする。知り尽くした弱い箇所を刺激する度、困惑と法悦が混ざった嬌声があがった。
期待以上に乱れる様に、内に潜むサディズムが満たされていくのが自身でも分かる。同時に、それ以上の嗜虐心が膨れ上がっていくのもはっきりと理解できた。混ざり増大する感情と身を溶かすような悦楽に、朱の背筋がぞくりと震える。シーツに縫い付けたしなやかな足に、切り揃えられた爪が強く食い込んだ。
楔を抜き差しする度に、交わった部分からくぽくぽと間の抜けた音が奏でられる。つい先程内部を染め上げた白濁が薄く漏れ出、剣と鞘の境目で薄く泡立つ音だ。時折、ぐちゅ、と熟した果実を潰すようなものも混じる。潤んだ肉が熱塊を受け止め、悦びを高らかに叫んでいるのだ。
非現実的とまで思える淫猥な合奏に、赤い眉が強く寄せられ苦しげに歪む。一度欲を吐き出し落ち着いたとはいえ、未だ獣欲に忠実に従う雷刀にはあまりにも刺激が強すぎるものだ。
欲を煽る響きに、軽くつつく程度の緩い動きが、どんどんと速度と重量を増していく。熟知した好む場所を抉るように穿つ度、閉じることのできない口から甘ったるい音色が溢れ出る。まるで一種の楽器を演奏しているようだ――もっとも、こんなにも淫らで艶めかしい楽器などこの世に存在しないが。
「ぁ、あっ、あ…………、ぅ、ア」
意味を成さない淫声をあげながらも、とめどなく澄んだ水をこぼす藍玉は目の前で繰り広げられる卑猥な光景をしっかりと見ていた。以前の烈風刀ならば、確実に目を逸らし現実から逃げようとしただろう。けれど、今の彼は目を逸らすなという重大な命を受けているのだ。身も心も完全に屈服した兄の言葉に逆らうという選択肢など、最初から与えられていない。己が犯されているという事実を、この雄が己を犯しているという事実を、視覚を通して聡明な碧い頭に直接叩き込まれる。腹の内側で飢えに喘ぎ吠える被虐心が満たされる感覚に、潤んだ孔雀石が幸福そうに細められた。
マゾヒズムを甘受する弟の姿に、燃え盛る柘榴石にサディスティックな光が宿る。きちんと言いつけを守っている褒美と言わんばかりに、雷刀は浅い場所で遊んでいた熱杭を予告なく一気に突き立てた。
「――ィっ、アッ、ああああああッ!」
隘路を突き進み奥の奥をこつんと叩いた瞬間、烈風刀の口から今までと比べ物にならないほどの叫びがあがった。本当に物静かな彼があげたのかと疑うほど大きく、高く、甘美な歓呼だ。ほぼ同時に、柔らかいナカが勢いよく縮まりぎゅうと締まる。侵入者を食い千切らんばかりの拘束に、兄は力いっぱい歯を食いしばる。歯が砕けてしまいそうだが、それほど力を入れなければ精を残さず搾り取られてしまいそうな強烈な刺激だ。
「…………もしかして、イッた?」
荒い息を繰り返す中、雷刀は呆けた様子で疑問を漏らす。縋るように容赦なく締めつけるこの動きは、組み敷く碧が達したことを表すものだ。しかし、今日は彼自身に一切触れていないのだ。腹につくほど勃ち上がったそれは色の濃い先端から透明な蜜をとろりと漏らすだけで、欲望の証である白などどこにもない。肉体の反応がちぐはぐだ。
烈風刀本人も理解が追いつかないのか、目を大きく見開き天を見つめたまま動かない。半ば停止状態にある意識と反して、体躯は痙攣するように断続的に震えていた。雄を咥え込んだ場所が、はくはくとひっきりなしに喘ぐ。時折びくりと身体が跳ねる度、熟れてぷくりと膨らんだそこが受け入れた熱を逃さんとばかりに強く吸いついた。
「ぇ、あ…………な、で……っ、わか、な……っ、ぃっ……」
荒い息を吐く口が久方ぶりに発した意味のある語は、彼の中で渦巻く混乱を表したものだった。過呼吸に近い涙声は、明らかな官能を孕んでいる。やはり、気をやったのは確かなようだ。それも雄の部分を刺激することなく、普通ならば快楽を得ることを想定されていない内部を抉られただけで、だ。導き出した解に、喘鳴めいた呼吸を漏らす朱の口が歪な弧を描いた。
「ナカだけでイッたんだ」
ふぅん、と雷刀は嘆息に似た声を漏らす。感心したようなそれには、隠しきれない嗜虐がありありと浮かんでいた。否、隠す意味など無い。むしろ、明確に示してやる方が、被虐趣味に耽る愛しい人は悦ぶはずだ。現に、言葉を受けた彼はぶるりと一際大きく震える。唾液が伝う口端が、微かに持ち上がったのが見えた。
「えっ、あっ……ち、が……そ、な……、ち、が、ぁ」
「違うくないだろ?」
示された解を必死に否定しようとする細い声を、朱は明瞭な音で切り捨てる。よく通るそれは、知ったばかりの知識を披露する子供のように無邪気で、嬲り遊び食らい尽くす獲物を捕らえた獣のように残忍なものだ。
ぐい、と身を乗り出し、雷刀は事実を認めきれず首を横に振る弟の耳元に唇を寄せる。上から容赦なく押し潰され、雄の象徴が更に奥深くまで潜り込む感覚に、碧はかすかな甘い声を漏らした。
「こないだまでは全然だったのに。オレの知らないうちに、こんなにやらしくなってたんだ」
やらしい、と困惑と快感で揺さぶられ続ける脳に直接届くよう、耳元ではっきりと告げる。嘲りを隠そうともしない声に、桜色に上気しきった身体が大袈裟なほどぶるりと震える。身をよじってまで否定しようとするその姿には、声音や表情と正反対の恭悦に満ちていた。
「ちがっ……、ちが、い、ま、ァ…………、そっ……そんな、じゃ、ぁッ」
「違わない。烈風刀はナカだけでイッちゃう、すっげーやらしい子なんだな」
幾度も重ねられる否定の言葉とは裏腹に、欲望を咥え込んだ肉洞は悦びに打ち震えていた。柔く潤んだ内壁が、もっと奥に来て、と甘えねだるように侵入者に絡みつく。盛大なまでに達してなお貪欲に快楽を求める姿に、腹の奥に灯った欲望が音をたてて燃え上がったのが己でも分かった。
やらしい。はしたない。えっち。おんなのこみたい。時には潔癖とすら評される弟の耳に、兄は低い声で淫猥な言葉を淡々と注ぎ込む。その度に、ちがう、と消え入りそうな否定があがった。
いつまで経っても事実を受け入れようとしない、あまりにも往生際が悪い様に、雷刀は艶めく唇を小さく尖らせる。ぐわと大きく口を開き、罰するように形の良い耳に歯を立てた。鋭い八重歯が、柔らかながらも芯がある耳殻にじわじわと刺さる。痛みへの恐れと悦びが色濃く出た高音が、耳元で奏でられた。がぶがぶと幾度も重ねられる甘噛み――と言うにはあまりにも激しいものだが――に、被食者は身を固くする。苦しげにこぼす吐息は、未だ燃え盛る情欲の熱がこもったものだ。
すっかりと濡れてしまった耳から口を離し、兄はゆっくりと身体を起こす。澄み切った涙で紅に染まった顔を彩り、わずかに舌を覗かせ浅い呼吸を繰り返す弟を見下ろし、暗くギラついた紅玉髄が愉快そうに細められた。
「なぁ、烈風刀」
ぐちゃぐちゃと表現するのが適切なほど崩れた顔をじぃと見つめたまま、血のように赤い口が酷く穏やかな声で愛しい人の名を紡ぐ。返事を待つことなく腰を引き、根本まで突き入れていた肉槍をゆっくりと退けていく。張り出した部分にうちがわを嬲られる感覚に、濡れそぼった唇から意味をもたない音がいくつも溢れたのが見えた。
半ばまで下がったところで、雷刀は動きを止める。涙が膜張る水宝玉が、何故、と言いたげにこちらを見つめた。本能に支配されきった浅ましい姿を眺め、紅宝石がゆっくりと細まった。問いに答えるべく、朱は硬さが目立ち始めた手に力を込める。決して動けぬよう、捕らえたままの足をシーツに押し付けた。
「こっちとさ」
こつん、と少し前まで虐め抜いていた箇所を再び軽く突く。達したばかりの身体にはあまりにも強い衝撃だったようで、ひぁ、と短い悲鳴があがった。気にすることなく、うねる細い道を少しばかり戻る。
「こっち」
言葉とともに、今度は最奥目指して肉杭を一気に打ち込む。ごりゅごりゅと内部を勢いよく開拓する鈍い音に、高い嬌声が重なった。
「どっちが好き――どっちでイキたい?」
猛る獣欲を根本まで全て収め、潰さんばかりに体重を乗せて腰を押し付けたまま、雷刀は組み敷いた弟に問う。答えなければ動いてやらないぞ、と言外に示しているのは、獣めいた焔が燃え盛る紅緋を見れば誰にでも分かる。相手が性的な語を言うのに強い抵抗感を持っているということも、このままではいつまで経っても苦しいだけだということも全て理解した上での問いだ。
見つめる深碧がゆらゆらと不安げに揺れる。淫らな言葉を自分の意志で口にする羞恥と、与えられるであろう素晴らしい快楽への期待とを天秤に掛けているのだろう。理性と本能の間でぐるぐると思い悩む姿は、あまりにも哀れで愛おしくてたまらない。は、と無意識に吐き出した息は、焼けるように熱かった。
「――――く」
長い沈黙の後、溢れる唾液で艶めく唇がそっと動く。羞恥に塗れた空色が、見下ろす茜色をまっすぐ見つめる。鮮やかな色彩は、内から湧き上がる熱ですっかりととろけていた。
「おく……おく、が…………、おく、がっ、い……、です……!」
己からはしたなく求める羞恥と、痴態を晒し見下される快感に、白い身体が揺らめく。雄を誘うような動きに、腰がずくりと重くなる感覚がした。熱が渦巻く場所から、苛烈な感情が湧き上がる。この番をひたすらに犯し、愛し、虐め、慈しみたい。獣の本能が生み出すぐちゃぐちゃになったそれが、胸の内に膨れて弾けた。
「お、く……、もっと、いっぱ――ッ、あ、ぁあっ!」
欲望をさらけ出す声が、鈍い音と高い音で掻き消される。肉杭が勢いよく穿たれ再び内部を抉る音と、突然脳髄に叩きつけられた快楽信号を処理できずにあがった嬌声だ。ばちゅん、と体液で濡れた肌と肌がぶつかる。ぐちゅ、と硬い欲望が潤う粘膜を半ば無理矢理割り開く。淫猥な音が響く度、法悦を謳う声が奏でられた。
「ッ……、ちゃんと言えて、えらいなっ」
体重をかけ真上から腰を打ち付けつつ、雷刀はどうにか賛する言葉を投げかける。苦手ながらもきちんと言葉にしたのはとても素晴らしいことであり、褒めるべきことだ。しかし、兄とて余裕があるわけではない。眼前で恋人が痴態を晒し、舌足らずに己を求められて、余裕を持てという方が無茶な話だ。意味のある語を発せただけでも十分だろう。
抜け落ちそうなほど思い切り引き、すぐさまその身を潰さんばかりに一息に穿つ。奥がいい、という健気な願いを叶えるため――そして己が内で暴れる欲望に従い、一心不乱に隘路を突き進む。十分に耕され柔らかな内部は、容赦なく蹂躙する怒張を愛おしそうに締め付ける。溶かされてしまいそうなほど熱い粘膜が絡みつく感覚に、神経回路がバチバチと音をたてた。激越な動きの中吹き出た汗が頬を伝い滴り落ちる。清潔な白いシーツには、数え切れないほどの水玉模様ができていた。
肉が肉を叩く音、際限なくたつ水音、上ずった甘い声が薄暗闇に響く。腕を強く縛られ、足を掴み押さえつけられ、押し潰すように打ち付けられ、腹を破らんばかりに穿たれているというのに、碧は幸福に満ちた笑みを浮かべていた。事実、彼が求める全て――身動きできない無力な状態で犯され、願った通り奥の奥まで熱塊で暴かれ、脳が処理しきれないほどの快楽を与えられているのだ。どうしようもないほど被虐趣味に溺れた者が、加虐の限りをつくされ、幸せでないはずがない。澄みきり聡明な色を湛えていた翡翠は、官能にどろどろに融けて濡れていた。
淫欲を煽り立てる重奏が脳髄を揺らす。情欲を掻きたてる情景が背筋を震わせる。自身から直に伝わる熱が神経回路を焼き焦がす。理性を本能が染め上げていく感覚に、雷刀は低く短い呻きを漏らした。それすら、彼の獣欲を揺さぶる。
「ッ、ほんと、すっげぇやらしい」
本能に支配され乱れる弟の姿に、兄は無意識に声を漏らす。己の浅ましくはしたない様子を端的に表す言葉に、烈風刀は、ひぁ、と艶めいた音をあげた。嘲りに似た言葉は、ただただ彼の欲を満たすだけだった。そして、マゾヒスティックな悦びを露わにする様は、雷刀の加虐心を煽り立てる。互いに互いの本能を刺激し、交わりはどんどんと激しくなるばかりだ。
温かな肉鞘が、焼け付く刃を受け止め、主人の形を覚えようと抱きしめる。粘膜が粘膜に絡みつく度に、髄を電流が駆け上がり脳に快楽信号を叩きつける。絶え間なく叩き込まれるそれに、受容しきれぬ神経がバチバチと火花をたてる。不穏なそれが、瞼の裏に瞬き始めた。己の果てが近いことを理解し、雷刀は更に動きを早く、重くしていく。意地の悪い問いに対し、愛しい彼は奥でイキたい、と逃げずに答えたのだ。それを叶えてやるのは、質問者として、そして恋人として当然の義務だ。
肉を通り越して骨に響くほど重い一撃を何発も繰り出す。潜り込めるかぎりの奥を、熟れきった硬い切っ先でごつごつと力強くノックする。筋肉に覆われた薄い腹に、肉の楔の形が浮き上がるのではないかと不安になるほどの勢いだ。奥底を守る襞を破らんばかりに突かれる衝撃に、捕らえられた獣は叫びに近い嬌声をあげることしかできない。あまりにも無力で可哀相な姿に、舌を垂らし荒い息を吐く口の端がニィと歪に釣り上がる。加虐に染め上がった笑みは、普段の嬬武器雷刀からは考えられないほど凶悪なものだ。それを目の前で見せられた碧は潤んだ瞳を細め破顔する。貪り食われること悦ぶ笑みは、普段の嬬武器烈風刀からは想像できないほど婉然としたものだ。誰でもない、二人だけの世界でこぼす表情に、互いは喜悦の笑声をあげた。かすかなそれは、人と人とが奥底まで交わる音にかき消された。
腹の奥で燃え盛る欲望が、質量をもって腰を重くする。ごつん、と鈍い音をたてて最奥の秘めたる襞を無理矢理突き破った刹那、叫声になりそこねた音が部屋に響き渡った。声として成立しないそれは、貪り食われ続けた碧が高みに達したことを如実に表していた。
すっかりと色づき綻んだ蕾が、膨れた槍の根本をぎゅうと締め付ける。丁寧に耕されふわふわと柔らかな内壁が、頭から竿まで欲望の象徴を撫でる。こじ開けられた襞が、侵入者を舐め回しくびれた部分を締め付ける。一気に叩き込まれる強大な快感に、朱い頭の中が真っ白に染まった。
ぁ、と己がこぼした声が呼び水となったのだろう。腹の奥で渦巻いていた熱が爆発し、白濁となり勢いよく外へと飛び出した。びゅーびゅーと派手な音をたてて吐き出される欲望の迸りが、熱い内部を舐めていく。二回目だというのに、うちがわ全てを支配せんばかりの量だ。それでも足りないと言わんばかりに、獣の白に染め上げられる肉洞は、根こそぎ搾り取らんばかりにうねり抱きついた。達したばかりの過敏な身体にはあまりにも強烈な刺激に、朱い口から短い嬌声がこぼれた。
ねだった通り、身体の奥の奥まで暴かれ気をやった烈風刀は、呼吸をするのがやっとといった様子だ。乱れきった荒い息の中、時折鼻にかかった甘い声が混じる。彼がまだ愛欲の海に浸っているのは明白だ。それでも、焦点の合わない海色は言いつけ通り見下ろす夕焼け空へと向いていた。
津波のように押し寄せる快感の波が次第に止み、ようやく互いに呼吸が落ち着いてくる。欲を吐き出したからか、強い快楽で消し飛んでいた理性がほんの少し顔を覗かせる。かすかなそれは、すぐに未だ思考を支配する本能に砕かれた。ぎらぎらと不気味なまでに輝く紅玉は、全然足りないと渇きを強く訴えていた。
ぐち、と卑猥な音をたて、支配者が潤む道から去っていく。頂点まで登りつめたばかりの身体にはそれすら酷く響くのか、断続的に甘い声があがった。欲望の白が薄くまとわりつく剛直は、その半ばまで退いたところで動きを止める。ようやく光を取り戻し始めた藍玉が、何故、と言いたげに己の飼い主を見つめた。瞳には、まだ情欲の焔が灯ったままだ。
決して動かぬよう、掴んだ足を再びシーツに押し付ける。爪が食い込むほど掴まれ、無理な姿勢を取らされているというのに、碧は抵抗一つすらせず黙って見守っていた。そうした方がきもちのいいことをしてもらえると理解しているからだろう。物欲しそうに結び合わさった箇所を見つめる様子は、朱の胸を強くくすぐった。
ふぅ、と小さく息を吐き、欠片も狂わぬよう狙いを定める。ずず、とほんの少しだけ腰を引く。そのまま助走をつけて、覚えきった柔らかい箇所に硬さを保つ先端を思い切りぶつけた。
おんなのように高い声が薄暗闇を切り裂く。快楽を表すそれは、喜悦と困惑と悲痛に揺れていた。人生初めてのドライオーガズムを短時間で二度も経験したばかりの身体には、あまりにも強すぎる刺激だ。絶え間なく襲いかかるそれに、海色の瞳が大きく見開かれる。揺さぶられる度、湛えた涙がぼろぼろと流れ落ちた。
「ぁっ、えっ……、な、なん、で…………や、あっ!」
「だって、さっきちゃんと答えられただろ? いい子にはゴホービあげなきゃ」
嬌声混じりの疑問に、兄は動きを止めることなく答える。つい先程、性を匂わせる語を苦手とする弟は、淫らな問いにはっきりと回答した。苦手なものから目を逸らさず立ち向う姿勢はとても素晴らしいことであり、褒めるべきことだ。
だから、褒美を与えるのも、至極当然なことだ。
「烈風刀、こっちも大好きだろ? さっきいっぱやらしい声出してたもんな」
だから、こっちでもちゃーんとイカせてやるよ。
そう言って、雷刀はにこりと微笑みかける。優しさ満ち溢れる声と表情には、正反対のサディスティックな欲望がありありと浮かんでいた。『ゴホービ』などと謳っているが、ただ彼が獲物を嬲り尽くし己の欲を満たしたいだけだということは明白だ。
凶暴な獣に睨まれたかのように、組み敷いた身体がすくみあがる。軽く反った白い喉が呼吸のなりそこないのような引きつった音を漏らした。無理だ、というように、碧はぎこちない動きで首を振る。その情欲で紅潮した顔も、水底に沈む丸い硝子玉のような瞳も、怯え震える声も、この先もたらされる官能への恐怖より、期待と歓喜が強くにじんでいた。あまりにもちぐはぐなそれに、朱は愉快そうに唇を歪ませる。無意識に被虐を煽り嬌態を晒す様は酷く哀れで、酷く可愛らしい、淫靡なものだった。
期待に応えるべく、細かく腰を動かしこつこつと弱い部分を幾度も突く。処理しきれないほどの電気信号を叩きつけられ、碧は意味の無い声をあげるのが精一杯だ。際限なく湧き出る涙と唾液が、整った顔をぐちゃぐちゃに汚していく。その様すら、今は兄を煽り立てるものでしかなかった。
さて、何度で終わるだろうか。既に二度果てているが、これだけで終わるはずがないことは今までの経験からしてたしかだ。それも、互いにここまで獣の本能が燃え上がった状態ならば尚更だ。
まぁ、数える気など最初から欠片もないのだけれど。は、と欲で煮え滾った吐息を漏らし、若い雄は甘い声を上げる唇に噛みついた。
畳む
#ライレフ #腐向け #R18