あの青はどこにも【ワイ→エイ】
あの青はどこにも【ワイ→エイ】
本誌を読んで脳を焼かれた結果がこれだよ!!!!! 何でおらんねんお前!!!!!!!!
ということで何があったのかという妄想。こうだったらいいのにな。都合の悪いところは全部都合良く捏造してる。
いつもいたはずのあいつを探すワイヤーグラスくんの話。25年2月号までのネタバレ含む。
エイトがいない。
否、正確に言えば『見つからない』だ、とワイヤーグラスは考える。大昔に交換した連絡先全てを使っても、出る度街を見やっても、どこにもいない。彼のことだ、野良試合を観戦しているだろうとステージに赴いてみても、あの青は影すら見せない。真剣に試合模様を見つめる赤はどこを探しても見つからない。
バンカラごちゃまぜキング杯。
突如発表されたそれは、バンカラだけに収まらず、ハイカラまで巻き込んだ大イベントだ。全ルールを制した、イカした者を決める――強者を決める大会。バンカラに名を轟かせる戦いだ。
そんな絶好の大舞台に立たない理由など無い。強さとは変動するものだ。トップに立っていれど、今後強豪が出てこないなんて道理はない。事実、突如現れたブルーチームには敗北を喫したのである。『強者』が揺るぎのない事実であるわけではないことは、既に証明されてしまっているのだ。
新たに現れる実力者を潰して回るのは――己が誰よりも『強者』であることを知らしめるのは、いつだって必要なことである。新バンカラクラスでの動きがそうだったように。
ならば、とチームに了承を取り、解散した新バンカラクラスの面々に連絡を取った。強さを求める者に、強者であろうとする者たちに、強さの末に君臨する者たちに。
元々好戦的なヒトの集まりだ。皆が一も二もなく乗った――ただ一人、連絡がつかないエイトを除いては。
新バンカラクラスを解散してからというものの、彼の姿を見ていない。あれだけ『強い』と噂される者に挑み、その実力を誇示し、ブラックラベルでブキを封じていた彼の姿はどこにもない。不気味なほど、まるで最初からいなかったかのように、どこにもいない。見つからない。
そもそも、新バンカラクラスを解散してからは連絡の類を取っていなかった。それは全員に言えるが、今回繋がらなかったのはエイトのみである。一人戦いを挑みブラックラベルを貼ってまわりと律儀に活動していたのに、この時分の連絡に答えないなど彼らしくもない。最強を決める戦いに、あの男がやってこないはずがないのだ。誰よりも強さに固執していた者が。誰よりも強さを誇示していた者が。誰よりも強くあろうとしていた者が。
ワァ、と歓声があがる。気だるげに視線を上げ、ワイヤーグラスは広い観客席を挟んで随分と遠くなったステージを見やる。ゴンズイ地区の細い立体通路では、撃ち合いが行われていた。互いに味方は全員落ち、最後の一人だ。残り時間はわずか四十秒。この撃ち合いを制した者が勝利を掴むだろう。
.52ガロンがシールドを展開する。機動力を活かしてドライブワイパーが回り込む。短い音をたて、ドライブワイパーが溜めに入る。させまいと、.52ガロンのインクが細い身を捉える。
ワイプアウト。
瞬間、観客が沸き立った。歓声が、悲鳴が、怒号が、快哉が、広い空間を満たす。鼓膜を破かんばかりのうるさいものだが、もう慣れっこだ。観客として敵を観察する機会は多いのだから、慣れていない方が問題である。
そう。きっと、あいつも。
彼岸花色の瞳が観客席を眺める。感情をあらわにする観客たちの中に、あの青はいない。あの深い青は、誰よりも敵を観察する青は、誰よりも先手を取る青はどこにもいない。探しても、探しても、どこにもいない。
チッ、と少年は短く舌打ちを漏らす。観客の数人が振り返り、うわ、と声を漏らすのが聞こえた。ワイヤーグラスじゃん。何でこんなとこに。試合見にきたんじゃね。あれがかよ。雑音が長い耳にぶつかる。好奇の目が、畏怖の目が、ブラッドオレンジに露骨なまでに注がれる。その中に青はいない。あの誰よりもヒトを見つめる、誰の前でも自信たっぷりに立つ青はいない。いつだって炎を宿した赤い瞳はどこにもない。
チッ、とワイヤーグラスは今一度舌打ちを漏らす。たったそれだけで、遠巻きの視線はすぐさま散っていった。見られることも、観察されることも、どうでもいいことを囁かれるのも、少年にとっては慣れっこだ。けれども、今日ばかりは不快で仕方ない。そもそも、目的の者が見つからないのだからもうここに用はないではないか。踵を返し、出口へと向かった。
当てが一つ外れただけだというのに、何故こうも苛立つのだろう。たかが数日連絡が取れないだけで、何故こうも胸が騒ぐのだろう。姿が見えないだけで、何故こうも頭の隅が圧迫されるのだろう。分からない。己にとって、エイトは一時期つるんでいた一人にすぎない。その強さを見初めて新バンカラクラスというものを作ったが、関わりはそれだけだ。なのに、それだけの存在なのに、何故こうも頭を掻き乱すのだ。
そもそも、己は何故ここまで彼を求めているのだろう。新バンカラクラスは8傑の中の上位クラス、更に強い者の集まりだった。バンカラ、それどころかハイカラまで含めた全ての頂点に立つ上で彼らを誘うのは自然ではあるが、ここまで固執する必要はあるのだろうか。毎日のように連絡を確認し、チーム活動の合間に試合観戦に赴き、暇があれば街中を目で掻き分け探すほどの必要性が。
今日何度目かの舌打ちを漏らし、ワイヤーグラスはバンカラ街へと歩みを進める。ごちゃまぜキング杯エントリー受け付け終了までもう時間が無い。エイトが見つからなければ、誰か適当に見繕えばいいだろう。それこそ、未だに一目置かれる8傑から引き抜けばいい。8傑と名が知れているだけあって、あの面々も十分に強い。戦力になるはずである。エイトである必要は無い――無いはずだ。
無いはずなのに、何故こうも胸が引っ掻き回されるのだ。
ワイヤーグラスには分からない。己の心が分からない。分からないが、求めているのは確かだ。あの誰よりも強者であることを求める青を。誰よりも強くあろうとする青を。
はぁ、と少年は息を吐く。丁寧に整えられた橙のゲソが揺れる。普段なら全く気に止めないというのに、首筋に当たるそれが妙に煩わしく思えた。
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選んで掴んで並べて飾って【マルノミ】
選んで掴んで並べて飾って【マルノミ】
本誌25年2月号を読んで狂ったオタクの怪文書。該当号以前のネタバレ有。
マルノミ君の缶バッジはゲーム内のバッジと同じ意味を持ってたらいいねって。だから集めてたらいいねって。それを理解されてたらいいねって。捏造しかない。口調も名前も分かりません助けてください。
名前判明次第タグ付けるし本文加筆修正するかもしれない。
バッジを集める子とバッジに振り回される子の話。
軽い音をたてて目の前に鮮やかな円が並べ立てられていく。シンプルなイラストから金銀に光るものまで、描かれたバッジはどれも特徴的でデザイン的だ。全て手のひらに収まる小さなサイズだというのに、特別な存在感と輝きを放っているように見えた――きっと目の前の存在のせいだろう。
「で、どれにするん?」
「どれも何もないだろ。自分で選べ」
「それが邪魔くさいから選んで言うとるんや」
ほらほらぁ、とマルノミはまだまだ缶バッジを並べていく。二人とも直に座った床、目の前のフローリングに綺麗に整列していくそれはもう両の手足の指を使っても数えられないほどの量になっていた。どこにこんな数をしまいこんでいたのだ、と疑問が浮かぶほどである。この中から二つも選べなど、しかも自分で選ぶのが面倒臭いからなんて理由で押しつけてくるのだからこの男は面倒だ。彼には見えぬよう、小さく息を吐いた。
マルノミはバッジを集めている。
ブキのじゅくれん度、スペシャルウェポンの使用数、バトルの勝利数、果てはギアのレア度。国際ナワバリバトル連盟は様々な条件を設け、バッジの配布を行っている。ブキを使うだけで簡単に手に入るものもあれば、数多の勝利を要求されるものまである。一種の勲章のようなものだ。努力した者へ、強い者へ与えられる、確かな証。
何でもかんでも『一番』を目指すマルノミが収集に手を出すのはある種の必然であった。何と言ったって、一つの『一番』を讃えるものなのだ。一番ブキを使った者。一番勝った者。一番集めた者。何かしらにおいての『一番』を認めるそれに、彼が目を付けないはずがない。
そうしてバッジ集めに駆り出されるようになって随分と経つ。初めの頃はじゅくれん度バッジが主だったが、今ではガチルール勝利数バッジやバンカラマッチ勝ち抜け数バッジなどバトルに関するものも多くなっていた。彼がどれだけ強いか――強くなったか。それを端的に証明している。
問題は、そのバッジをマルノミがゲソに付けるようになったことだ。頭部に位置するゲソには痛覚が無いとはいえ、随分と大胆なことをしたものだ。『一番』の証、実力の誇示、対戦チームへの牽制。理由はこんなものだろう。どうせ本人は『流行のファッションや』なんて誤魔化すだろうが。
時には日替わりで、時には定番で、時には固定で。ゲソに輝くバッジは変化していく。彼曰く気分で変えているようだが、ウデマエS+到達の証だけは絶対に付けているのだから変なところで分かりやすい。
同じチームとして活動する以上、コロコロと変わるバッジを隣で見てきた。そして、何故か今に至る。
「ヒトが選んだところで何の意味も無いだろう」
「あるて。ボクには思いつかへん組み合わせが出てくるかもしれんやろ?」
パチン、と最後のバッジを並べ終え、マルノミは言う。じゅくれん度バッジ、勝利数バッジ、ブランドバッジ、イベントマッチバッジ。様々な絵柄がじっとこちらを見つめてくる。もちろん、持ち主もじっとこちらを見つめてくる。早く選べ、と言いたげなものだった。
ここで躱し続けるのは不可能に近いだろう。もう適当に選ぶ他無い。ざっと眺めて、一つを手に取る。彼が愛用するギア、アロメスローガンTを販売しているアロメのブランドバッジだ。選ぶのが面倒で、すぐ下にあったグレートバリアのスペシャルウェポンバッジを手に取る。ほら、と二つを持ち主であるマルノミの手に押しつける。カランと音をたてた二つを眺め、彼は小さく首を傾げた。太い眉が少しばかり中心に寄っているのが見えた。
「なんか、イカしてないなぁ」
「は?」
渡したバッジをカチャカチャと音をたてていじりまわしながらマルノミは言う。あまりにも身勝手な言葉に、思わず低い声が漏れた。
「だってアロメのピンクにバリアの青は合わんやろ? 見た目も丸っこぅて似とるし」
「選べと言ったのはお前だろうが」
「センス良いの期待しとった言うとんのや」
分からへんやっちゃなぁ、とマルノミは溜め息を吐く。こちらのセリフである。ヒトにセンスだか何だかを要求する前に自分に決断力を求めろという話である。はぁ、とこちらもこれ見よがしに溜め息を吐いてやった。
目の前、綺麗に整列して待つバッジの海に手を突っ込む。まとめるように二つ引っ掴んで、またマルノミに投げた。丁寧に扱いぃや、と文句が飛んでくるが無視する。扱いに文句を言うくらいならばヒトに触らせるべきではないのだ。
ふぅん、とマルノミは鼻を鳴らす。しばしして、カチャカチャと金属が擦れる音。パチンパチンと何かが閉じられていく音。下がっていた視線を上げると、そこにはあぐらを掻き、ゲソを指でいじくるマルノミがいた。床にまで垂れる長いゲソにはバッジが三つ取り付けられている。一つはウデマエS+到達バッジ、一つはショクワンダーのスペシャルウェポンバッジ、残りの一つはデンタルワイパースミのじゅくれん度五到達バッジだ。どうやら適当に手渡した物を付けたらしい。先ほどきちんと選んだ苦労は一体何だったのだ、と天を仰ぎたくなる。
「ええやん」
「……お前の趣味が分からん」
「キミの趣味は分かるけどな」
カラストンビを見せてマルノミは笑う。適当に引っ掴んだ物に趣味も何もない。どうせ皮肉だろう。皮肉を言うぐらいなら自分で選べ、と言いたくなるのをグッと堪える。彼に口で勝つには随分と骨が折れる。何より、相手するのが面倒だ。また選べ、なんて言われたらたまったものではない。
「しばらくはこれにしよかな」
ゲソに付けた三つの丸を眺めて彼は言う。カチャカチャと缶バッジがぶつかりあって小さな声をあげるのが聞こえた。どうやら余程気に入ったらしい。もしくは考えるのが面倒になったらしい。どうせ後者だ。
「おおきになー」
「今度からは自分で選べよ」
「悩まん限りそうするわ」
礼を言うマルノミに一言刺す。効いた様子は全く無い。懲りることも全く無いだろう。付き合わされる頻度は低いものの、またこんな事態が起こるのが確定しているだなんて深い深い溜め息を吐きたくなる。
一つ一つ丁寧に拾って片付けるマルノミを一瞥する。彼の手の中に、収集用の箱の中にしまわれていくバッジたちを――どれも望まれていて、『一番』ではないバッジたちを眺める。艶めく表面を持つ者たちは、室内灯の光を受けて誇らしげに輝いていた。
彼の求めるバッジは一つしかない。シーズン毎のXランキング結果に応じて手に入るもの――数多の猛者たちの頂点に立つ者が手に入れられる、金色のバッジだ。ランキングという『一番』が分かりやすい証に彼が飛びつかないはずがないのだ。最近は潜ってメキメキとパワーを上げているようだが、まだまだ獲得条件を満たすトップ層には程遠い。彼ほどの実力ならばいつか到達できるだろうが、その『いつか』がいつであるかなど、彼本人も分かっていないだろう。だからこそ、求める。
瞬きを装って目を瞑る。黒くなった世界の中に、長いゲソに金色のバッジが輝く姿が浮かび上がる。この空想が実像になる日を待ち望むのは、彼だけではないはずだ。無くなってしまったのだ。
だって、こいつの『一番』を見たいなんてこと、ずっと前から望んでいるのだから。
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あの音が引っ張り上げて熱を点けて【コロイカ/R-18】
あの音が引っ張り上げて熱を点けて【コロイカ/R-18】
マルノミくんの缶バッジ結構間隔狭く付けてるから動いたらぶつかって音鳴りそうだよねって。激しい運動したらうるさそうだよねって。それで現実に意識を引き戻されるのってえっちだよねって。捏造しかない。口調も名前も分かりません助けてください。
名前判明次第タグ付けるし本文加筆修正するかもしれない。
気を失わせるほど食らう子といつもの音で現実に帰ってこれた子の話。
カチ。カチン。
軽い音が耳のすぐ隣で聞こえる。高く細かなそれは何度も聞いてきたものだった。金属と金属が当たる音。缶バッジと缶バッジが当たる音。あのゲソにいくつも付けられた缶バッジがぶつかりあう音。耳慣れたそれが、意識を、感覚を、途切れた場所から掘り起こして引っ張り上げる。
「ッ、ぁっ! ぅあ……ァ、あ、アッ!」
意識が浮上した途端、脳味噌に莫大な情報が――快楽が押し寄せる。押し寄せるなんて表現では生ぬるい。濁流、洪水、大時化。それでも足りない。雄で抉られる後孔から神経を駆け、意識を弾け飛ばすような快感が頭を揺らした。
カチ。カチン。耳元で缶バッジの音が聞こえる。はァ、あ、と喘鳴が――否、押し殺した嬌声が聞こえる。背中が熱い。肩が熱い。腹が熱い。法悦に涙を流す脳味噌は、覆い被さられていると気付くまで随分と時間を要した。
そうだ。チーム練習が終わって、飯を食って、流されるままにマルノミの部屋を訪れて、そして。悦びに咽び泣く頭がどうにか記憶を手繰り寄せる。準備を済ませ、わがままに折れて伏せて尻を高く上げ、焦らすように挿入され、好き放題に揺さぶられたところまでは覚えている。それ以降一部が空白だ。どうやら、失神してしまったらしい。腹の中にはまだまだ猛ったものが突き入れられて熱い。あちらは達していないようだ。勃ちきったモノが腹の中身を荒らし回す。マルノミが腰を動かす度に、はしたなく大口を開けて欲望を咥えた孔は悦びを謳った。
カチ。カチン。マルノミが動く度、腰が打ち付けられる度、うちがわを陰茎が抉る度、レセプターは快楽を示す電気信号を受け取って脳を掻き回す。きもちいい。その五音節が頭を埋め尽くしていく。バトルはもちろん、身動き一つ取れないほど頭をダメにしていく。
カチ。カチン。耳元で金属が鳴る。現実に引き留める唯一の存在だった。上も下も分からない今、この音だけが今己がどんな状況にあるか――誰に何をされているかを示していた。マルノミに食われる今を。
ごりゅ、とナカの奥底で鈍い音が聞こえた気がした。パチン、と何かが弾けるような音。バチ、と何かが焼き切れるような音。
「――ァ、……ッ、ぅ!」
目の前が白む。シーツの白ではない、光だ。目の前が真っ白になって、頭が桃色に染められて、身体が淫悦に支配される。ビクン、ともはやうつ伏せになった身体が陸に打ち上げられた魚めいて大きく跳ねる。マルノミに覆い被され潰された状態では、小さく揺れるだけで終わった。
高く上がった腰、その前で勃ち上がっていた己自身がビクビクと震える。白濁を吐き出して、シーツにシミを作る。天上まで放り上げられた身体は筋肉を動かし、ナカを暴き荒らす熱塊をこれでもかと抱き締めた。
「ッ……、い、きなり、締めんなや」
真ピンクに塗り潰されて何も考えられない頭を、切羽詰まった声が現実に引き戻す。耳元で聞こえるそれは熱を帯びていて、常の飄々とした調子など消え去っていた。追い詰められた、追い詰めた、獣めいた響きをしている。余裕なんて欠片も無い、欲だけが剥き出しになった音色だ。
八つ当たりのように腰使いが荒くなる。達したばかりの身体には暴力以外のなにものでもない動きだった。肌と肌が叩き合って痛いというのに、粘膜で粘膜を抉られて痛いはずなのに、喉は耳を切り落としたくなるほど甘ったるい声を垂れ流す。神経が伝達する情報が全て快楽で塗り替えられたような気分だ。つまり、きもちがよくてしかたがない。
マルノミの動きがどんどんと荒く、けれども小刻みになっていく。それが何を意味するかなど分かっていた。何か待ち構えているかなど分かりきっていた。何もかもを知っている身体は、脳味噌は、必要な筋肉を動かす。肉茎を咥え込んだ窄まりをきゅうきゅうと絞り、雄杭を包み込む内壁をうねらせ、剛直を舐め回すように粘膜を絡みつかせる。全ては射精を促すものだ。いちばんきもちよくなれるばしょに連れて行ってくれるそれをねだっているのだ。
どちゅ、と腹を突き破らんばかりの勢いで豪槍がぶちこまれる。う、と上擦った呻き声が聞こえると同時に、腹の中で熱が爆発した。ドクドクと音が聞こえそうなほど激しい勢いで精液が注がれていく。熟れきった柔らかな粘膜を焼いていく。快楽を身体に、頭に、本能にぶちこんで壊していく。
ヒ、ぁ、と情けない、聞き苦しい、耳にするのもおぞましい高い音を喉が奏でる。肉の悦びに支配された脳味噌は、口を閉じるという基礎的な動作すらできなくなっていた。今できることなど、与えられるがままに快感を享受する他何一つない。
殴らんばかりの勢いで打ち付けられた腰が細かく動き出す。生産した精液全てを腹に吐き出すためだ。白濁を塗り込めこの腹は自分のものだと主張するためだ。雄を擦り付けられる粘膜が蠢く。白濁を一つ残らず飲み干すためだ。獣欲の奔流をもっとよこせとねだるためだ。互いに気をやったばかりで敏感になっているというのに、本能はよりきもちがよくなれる方向へと身体を動かした。喘息めいた嬌声が二つ、ベッドの上に落ちては積もっていく。
ようやく濁流が収まり、腹の中の熱が落ち着いていく。膨れてしまいそうなほど精を蓄えた腹が、悦びにまだひくつく。ずるり、と熱を吐き萎えた昂ぶりがゆっくりと抜かれていく。潰されるように覆い被さられた身体がコントロールできぬままビクビクと震えた。はしたなくてたまらない。けれど、きもちよくてたまらない。雄の証を植え付けられた腹は、満たされたはずだというのに肉欲を叫んだ。
はー、と長い溜め息。カチ、と缶バッジがぶつかる音。身体が更に重くなる。達して力が抜けたマルノミは、こちらに体重全てを預けているらしい。迷惑極まりない。
「おもい」
「あー……、かんにん。もうちょい」
「もうちょいも、なにも、あるか」
エクスプロッシャーでも持っているのかと錯覚するほど重い腕を上げ、ぐりぐりと首筋に頭を擦り付けてくるマルノミの頭を叩く。ケチやなぁ、と拗ねた声とともに背中から熱が去っていった。汗でべったりと濡れた身体がぶるりと身体が震える。来た時はほの暑かった部屋が寒い。当たり前だ、激しい運動をして熱された身体には、どんな空気も冷たく感じるものである。持ち上げられ、高くなっていた腰を落としてベッドに倒れ伏す。潰された自身の熱は落ち着いているが、腹はまだまだ熱い。尻も鈍い痛みと熱を訴えてくる。相当の力で叩きつけられていたらしい。かげんしろ、と思わず悪態が口からこぼれ出た。
「加減できるはずないやろ。きもちいぃんやさかい」
「ひらきなおるな」
狭いシングルベッド、隣に寝転がったマルノミがのたまう。しゃーないやろ、とやはり開き直った声が正面から飛んできた。
「今日泊まる?」
「……泊まる」
マルノミの問いに、逡巡の後返す。本当ならば帰りたいが、これだけ激しく動いた後に駅まで歩いて電車に乗って部屋まで帰っていける気がしなかった。幸いと言うべきか不服と言うべきか、着替えの類はいくらかマルノミの部屋に置いてある。一晩泊まるぐらいなら問題が無い。
「飯テキトーに作っとくし、先シャワー浴びてき」
「お前が先の方がいいだろ。そんな格好のまま料理する気か」
「漏らす前にそれ洗い流してきぃ言うてるんや」
起き上がろうとすると、太股に、孔に冷えた感触。これでもかと注がれた精液が逆流して漏れ出てきているのだ。重い身体に鞭打ちティッシュを取り、尻に宛がって指で中身を掻き出す。あれだけ快楽を生み出した液体は、今は不快でしかない。さっさと全て吐き出してしまいたいが、まだ神経が過敏なのか指がナカを擦る度に筋肉が震えた。
カチ。金属が擦れる音が耳元で聞こえる。ベッドに頬をつけたまま視線を動かすと、缶バッジがいくつも付けられたゲソがこちらに垂れているのが見えた。その奥に、眇めて細くなった目。
「……なー」
「シャワー借りる」
起き上がり、ティッシュをゴミ箱に放り込んでベッドから降りる。いや、なぁ、と背にぶつけられる慌てた声を無視して風呂場へと向かった。
身体が重い。頭が重い。腹が熱い。精を掻き出したはずの粘膜が蠢く。雄を求めて泣き喚く。平常になった思考で全てを振り払い、脱衣所のドアを開けた。
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元凶が何をのたまうか【コロイカ/R-18】
元凶が何をのたまうか【コロイカ/R-18】
ベッドの上でからかうマルノミくんが見たいし陰で努力してるあの子が見たいとかそういう感じのあれそれ。あとマルノミウーパーとバイカーシェードじゃ口付けしづらそうだねってあれ。捏造しかない。口調も名前も分かりません助けてください。
名前判明次第タグ付けるし本文加筆修正するかもしれない。
ヒトの身体をめちゃくちゃにする子とヒトの自分に身体をめちゃくちゃにされる子の話。
ぐじゅ。ぬぢゅ。インクタンクの中身をこねるような音が聞こえる。否、こねられているのは液体ではない、肉だ。暴かれた腹のうちがわはすっかりと指を迎え入れ、潤滑油の助けを借りて好き放題にいじくられていた。
腹の中に這入った指が、かぎ爪を作るように動いて壁を引っ掻く。瞬間、ベッドに沈んだ己の身体が跳ねた。剥き出しの粘膜を擦られた痛みではない。別の何かが――きもちよさが粘膜から神経を伝って、脳味噌をピンク色に染めるように殴るのだ。
イイことがバレてしまったのか、指の主は――マルノミはそこばかりを執拗に引っ掻く。ビクビクと不随意に跳ねる身体をもてあそぶようにナカを暴く。くすぐるように動いたと思えば、根元まで埋め込むように奥まで這入ってくる。努力の証である硬い胼胝が敏感な内壁を擦り上げて、莫大な快感を生み出し脳を殴る。食い縛るも、こらえきれなかった情けない音が唇の端から漏れ出た。もう聞かせまいと、口元に手の甲を押しつける。それでも聞こえる鼻を抜ける息は、聞きたくもないほど甘く切羽詰まったものだ。
「ほんま、やわこくなったなぁ」
ぐぢぐぢとヒトの中身をいじくり回しながらマルノミは言う。熟れた果実に指を埋めたような音が彼の手元からひっきりなしにあがる。聞きたくもないが、耳を塞ぐ手段など無い。そもそも塞いだとて神経を駆け上がってくるきもちよさは消えないのだ。抵抗などできぬまま、法悦に流されていく。
「お、まえが、やった、ん、だろ……ッ、ぁ」
反論は指によって止められた。角張ったそれが身体の奥深くをカリカリと引っ掻く。たったそれだけで、喉が言うことが聞かなくなるほどの快感が脳に叩き込まれた。アッ、ぁ、とみっともない声が己の口から漏れ出ていく。シーツを掴む手に、放り出した足に力がこもる。縋ったところで、きもちよさからはかけらも逃げることができない。襲い来るそれから逃げる手段など、今この場には存在しない。
言葉の半分は本当で、半分は嘘だ。
この身体は、秘めたるべき窄まりはマルノミによって解しに解された。切れたら大変やろ、と妙に常識的なことを言ってこね回してくるのだ。今だって、数えられないほど肌を重ねているというのに、指一本からじわじわとヒトの中身を暴いてくる。拷問の間違いではないかと考えるほど入念で丁寧に粘膜を柔らかくしていく。普通に生きていれば硬いままの孔は、すっかり綻んでしまった。
しかし、この綻びは彼によるものだけではない。己も加担していた。何しろ、ものを受け入れることを想定していない器官に太い物体をぶちこむのだ。皮膚や肉が切れるに決まっている。こんな歳で尻に疾患を抱えてはたまったものではない。ならばどうすればいいか。己で解すのだ。ローションを買い、風呂の度に自ら指を埋めナカを暴く。情けなくてたまらない行動だったが、守るためには仕方が無かった。仕方が無い、と言い聞かせてきた。
「……ボクのせいか」
そぉかぁ、とマルノミは笑う。笑声も、感嘆するような声も、それはそれは機嫌の良いものだった。鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。ヒトの尻をめちゃくちゃにするのが余程楽しいらしい。思わず伸ばしていた足を引き上げ、胸倉を蹴っ飛ばす。危ないやろ、とつま先を叩かれた。
ず、と指が抜かれていく。は、と物欲しげな息が漏れる。伝わってしまったのか、安心しぃ、と穏やかな声が飛んできた。すかさず、縁に硬いものが当たる。反射で身を固くするより先に、二本の指がうちがわへと這入ってきた。
「っ、ぅ……、は、あ、アっ」
くすぐるように二本の指が柔らかくされた粘膜を引っ掻く。ぐちぐちと卑猥な音をたてて内臓をこねくり回す。音が、動きが、身体を翻弄する。息を吸う口をはしたない声を漏らすだけの器官へと成り下がらせ、排泄する器官を快楽を享受する器官へと昇華させる。マルノミに、たった二本の指を動かすだけのマルノミに、全てを掌握されていた。
「こんだけ緩ぅなったら、えらいんやないの?」
ナカの硬度を確かめるように指がぐっと腹の上側を押す。瞬間、頭の中に火花が散った。チャージャーに撃ち抜かれたような、ワイパーに直接斬られたような、ボムを踏んだかのような衝撃だ。ただし、伴うのは痛みではない。快楽だ。きもちいい、と身体が泣き叫ぶ。欲望に染まった頭がぐらぐらと揺れる。弱点を突かれ、爆発的な悦びが全てを支配していく。こんなものの前でできることなど何もない。ただただ、上擦った情けない声をあげるしかなかった。
疑問を漏らす声はおぞましいほど純粋で、意地の悪い響きなど一つも無い。ただただ不思議に思ったのだろう。排泄器官は雄の象徴を受け入れられるような場所ではないということぐらい、彼も分かっている。受け入れられるほど解れているならば、と想像を巡らせるだろう。それが腹立たしくて仕方が無い。お前がやっておいて、お前のせいでこんな有様になってしまったというのに、何を他人事のように言っているのだ。
「そ、な、わけ……ないだろうが……!」
責め立てようと開いた口は、否定の言葉を絞り出すのが精一杯だった。口を開くが、残りの言葉は全て嬌声へと変換されてしまう。ぐちぐちと内部を荒らす指によって喘ぎへと変えられてしまう。マルノミによって、己はただ艶めかしく動くだけの肉へと変わってしまった。
「まぁええわ」
ずるりと音をたてて指がうちがわから去っていく。いくつもある硬い胼胝が柔らかな壁を引っ掻いていく。ヒ、と悲鳴めいた声が漏れ出る。情けない音だった。快楽に染まった音だった。期待に満ち満ちた音だった。だって、指がいなくなったら、次は。
衣擦れの音がする。性急なそれが止み、間髪入れずにまた孔に何かが触れる。今度は段違いに熱く、大きく、硬いものだった。指よりもずっと太くて、指よりもずっときもちよくなれるもの。脳味噌は瞬時に理解し、声帯を震わせ高い音を奏でさせる。
慎重に、指の時とは比べものにならないほど慎重に、剛直が身体に埋められていく。でっぷりとした頭が隘路を無理矢理広げていく。張り出たカリが綻びきった肉の道を引っ掻いていく。硬質な太い幹が身体のうちがわを満たしていく。肉茎がゆっくりと進んでいくだけだというのに、解され柔らかに潤んだ肉は法悦に泣き叫んだ。薄闇色のレンズの向こう側がぼやける。淫悦に浸りきった頭は、涙腺を刺激して視覚情報を阻害した。
突如視界が晴れる。否、ぼやけたままだ。ただし、光の受容量が急激に増えた。目を守るサングラスを外されたのだ。潤んだ視界の中、黒いものが近づく。瞬きをしてぼやけを払うより先に、口に熱いものが触れた。
口も、孔も、熱いものが蹂躙していく。卑猥な水音をたてて粘膜を蹂躙していく。塞がれたどちらも、きもちがいいと脳味噌に電気信号を流した。ふ、ゥ、と嬌声が漏れる。己のものなのか、マルノミのものなのかなどもう判断が付かなかった。
「こういう時ぐらい外しぃや。邪魔でかなわんわ」
口の中を荒らす熱が去りゆく。代わりに呆れたような声が降ってきた。その響きはいつもより高く湿っている。興奮していることが丸分かりだ。晴れた視界の中、鋭い目が己を捉えるのが見える。ギラギラと炎燃ゆる瞳がこの身を捕らえる。
「ヒト、の、こと、いえないだろ」
シーツから手を離し、真正面へと伸ばす。マルノミの象徴でもあるアタマギアを掴み、持ちうる限りの力で引っ張ってやる。艶めいたはしたない声を漏らすばかりの口をぐわりと開く。近づいてきた頭に、唇にめがけて、熱い吐息漏らすそれを押しつけた。
熱と熱が邂逅を果たす。たったそれだけで、脳味噌が機能しなくなるほどきもちがよかった。
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丸ごと呑み込んで【コロイカ/R-18】
丸ごと呑み込んで【コロイカ/R-18】
いっつも全然噛まずに食べるマルノミくんとちゃんと噛んでちびちび食べるあの子だったらいいなとかそこらへんベッドの上でいじられてたらいいなとかそんなあれ。口調も名前も分かりません助けてください。
名前判明次第タグ付けるし本文加筆修正するかもしれない。
噛まずに食べるマルノミくんと噛んで食べるあの子の話。
種族特有の大きな口が開かれる。カラストンビを見せつけるように思いきり開く様は、漫画ならば擬音でも描かれるような勢いだ。底が見えないようなそこに、まだ温かなサンドが半分吸い込まれていく。バリン。シャクン。ザクン。食材たちの悲鳴めいた音が道路に落ちる。甲殻類の殻が噛み砕かれる音が、噛みつかれた時より鈍くなって聞こえた。
「……本当に噛まないな」
見飽きたはずの食事風景に、思わず小さく息を吐く。呆れと、少しの感嘆と、かけらほどの不安だ。どれも殻まで食べられるようきちんと処理されているとはいえ、小カニの素揚げ一匹や有頭エビフライ二尾を二口三口で食べるなど無謀だ。咀嚼する音はかろうじて聞こえたものの、それも片手で数えられるほどわずかである。ほぼ噛まずに飲み込んでいるのだろう。いつ喉を詰まらせても全員が納得するであろう有様である。
「噛んどるやろ」
「お前の食い方は『噛んでる』の内に入らん」
ほんのわずかな時間で半分を平らげたマルノミが目を瞬かせて言う。あれが『噛んでいる』ならば、ウツボの食事だって『噛んで食べている』と表現できるだろう。それほどまでに咀嚼が少ない。大きく食いちぎってほぼ原型のままの食べ物を飲み込む様は、まさに丸呑みである。
噛んどるて、と頬を膨らませながら、マルノミは残ったサンドを一気に口に放り込む。バリバリ。ザクザク。サンドの中身が噛み砕かれる音はものの数秒で消えた。ごくん、と細い喉が上下に動く。漫画ならば食べ物のシルエットが浮かぶだろうな、なんてつまらない考えが頭をよぎる。
「詰まらせても助けないからな」
「んなヘマせぇへんわ」
呆れのあまり、突き放すような言葉を吐く。それもひらりと手を振って躱されてしまった。実際、彼が喉を詰ませることなどないだろう。幼い頃からこの食べ方をしているのだ、もう口も喉も胃も慣れっこだろう。危険であるし身体に悪いことは変わりが無いが。
パリパリ。シャクシャク。ザクザク。マルノミ以外のチームメイトと共にアゲバサミサンドを食べていく。サンドは久しぶりに食べたなー。たまにはロールの方食べればよかったー。皆、提供されたての料理を小さく噛み切り、じっくり咀嚼し、味わってゆっくり飲み込んでいく。合間に会話を楽しみながら食事を進めていった。ロールって野菜ばっかやん、と先に食べ終わったマルノミも飛び込んでくる。
柔らかいバンズとザクザクの衣をまとったエビを口に入れて噛み砕く。揚げたての衣で口の中を怪我しないように注意しながら、飲み込めるよう細かく咀嚼していく。嚥下すると、胃が少しだけ温かくなった心地がした。また一口、と食事を進めていく。午後のチーム練習までに腹を満たさねば。量自体は少し物足りなく感じるが、きちんと噛めば満腹感が得られるだろう。どこかの誰かとは違って。
食べている最中、露骨な視線を浴びせられていたのはきっと気のせいではない。
あ、と小さく声が漏れるほど口を開く。はしたなく舌を出し、目の前の熱へ伸ばした。触れた途端、頭がジンと痺れる心地。味も、匂いも、熱さも、心地よさとはほど遠いものだ。いつまで経っても、何度味わっても好きになれない。それでも、もうこの行為に随分と慣れた――慣れきって、教えこまされて、染み付けられた身体は、反射のようにぞくりと震えた。
勃ちきった剛直に舌を這わせる。雫こぼす先端を、出っ張ったカサを、血管が見える幹を、丁寧に舐めていく。鮮やかな粘膜全体を押しつけるように這わせると、視界の端に映る太股が小さく跳ねたのが見えた。さすがの彼と言えど、剥き出しになった急所を柔らかなもので刺激されるとこんな可愛らしい動きをするらしい。ほんの少しだけ愉快さが胸に湧き上がる。
ひっつけていた舌を、股ぐらに埋めていた顔を離す。丁寧に唾液をまぶした雄の象徴は、電灯の光を受けてテラテラと輝いていた。まるで異形の怪物だ。ホラー映画なら主役を務められるだろう――こんな破廉恥なものをスクリーンに映せるわけがないが。
あ、とまたみっともないほど口を開ける。そうでもしなければ、カラストンビが当たってしまうのだ。敏感な部位に鋭く硬いキチン質が当たるなど、同じ男として考えたくもない。流血沙汰などごめんだ。万全を期すのは当然である。
また雄杭へと顔を近づける。今度は、そそり勃つそれを一息に飲み込んだ。表現しがたい様々な匂いが、まず日常では体験しない味が、口腔粘膜を焼くような熱が、五感の半分以上を刺激していく。ふ、と鼻から漏れた空気は常の己ならばまず出さないようなものだった。
根元まで飲み込んだそれを唇でしっかりと挟み込み、棒状の氷菓を食べるように抜いていく。カリが引っかかったところで、また根元までゆっくりとした動きで飲み込んでいく。じゅぶ、ぐちゅ、と溢れた唾液が淫猥な音をたてる。は、と頭上から熱っぽい吐息が降ってくるのが聞こえた。
不可抗力であれど、いらやしく音をたてながら雄肉にしゃぶりつく。声を出すための唇でしごき、食べ物を食べるための頬でしごき、ただでさえ硬くなっていた欲望の塊に更に血液を充填させていく。熱を集めて、興奮させていく。
手で幹を支え、先端を咥えたまま細かに頭を動かす。特に敏感な部位なだけあって、小さな呻き声や喘ぐような吐息が降ってくる。体液の分泌も増え、溢れたそれが直接舌に触れて凄まじい味を伝えてくる。その度に、頭の後ろ側がビリビリと痺れを覚えた。ジャケットはとうに脱ぎ捨てたというのに暑い。身体が熱い。腹の奥が熱を持つ。熱を欲して泣き声をあげる。
視界の端で、ベッドに突いて身体を支えていたマルノミの手が動くのが見えた。大きなそれが、バトルでの光景からは想像ができないほど緩慢に動く。しばしして、頭に重み。撫でられていると認識するには、数拍を要した。
「こっちはちゃんと噛まんでできてええ子やなぁ」
嘲笑めいた声が降ってくる。嘲笑を装わねば、切羽詰まった情けない声になるからだろう。ヒトよりもプライドで武装する彼らしい。それほどまでマルノミを追い詰めている。気持ちよくさせている。感じさせている。暗い悦びが腹の奥に広がって更に熱を孕んだ。
おそらく、『噛まんで』とは昼食のことを言っているのだろう。意趣返しのつもりだろうか。そんなに根に持つことではないだろうに。どうせ、ただからかいたいだけだろう。からかって、辱めて、自分が気持ちよくなりたいのだ。優越感に浸りたいのだ――こんな足下に跪いて、男の股ぐらに顔を埋めて、排泄器官を舐めるなんて様子を見ている時点で大概だろうに。
ぢゅう、と思いきり吸い上げながら陰茎から口を離す。ぢゅぽん、とはしたない音があがった。ほぼ同時に、息を大きく飲み込む声が聞こえた。カウパーで濡れた唇をそのまま、顔を上げてマルノミを見やる。局部をたっぷりと舐めしゃぶられていた彼は、眉をこれでもかと寄せ、いつもは大きく開いた口を食い縛り、勝ち気な吊り目を歪めてしかめ面をしていた。いいザマである。
「噛んでやろうか」
「やめぇや」
萎えてまうやろ、と溜め息まじりの声が降ってくる。ぶるりと目の前の身体が大げさなまでに震える。きっと想像してしまったのだろう。視線を移すと、あれだけ立派にそそり勃っていた屹立はへにゃりと頭を垂れていた。これでは機能しない。それは困る。
あ、とまたみっともなく口を開け、ハリを失った怒張を呑み込む。唾液をたっぷりまぶして、扱いて、舐めて。舌に触れる熱が硬さを増してきたのを見計らって、ゆっくり、刺激しすぎないように手と口を離していく。ほんの少しの口淫で、萎えた雄はまた立派な姿を取り戻した。単純なものである。彼も、己も。
股ぐらに寄せていた顔を上げ、床から立ち上がる。ボトムスを脱ぎ捨てる動きが急いたものになってしまったのは仕方が無いことだ。あれだけ雄を味わっては、こちらだって正常な頭でいられるはずがない。
ギシ、と乗り上げたベッドが悲鳴をあげる。マルノミの足を跨ぐように乗り上げ、肩に手を突く。色つきレンズの向こう側に見える顔は、食事の時と同じそれをしていた。笑って、歯を剥き出して、今にも噛みつかんとする。ただ、目に宿る輝きが海全てを食らう海獣めいたものになっているのだけが違っていた。
頭を包み込む分厚いギアに手を入れる。耳の周りに空間を作り、そこに顔を寄せた。
「こっちなら噛まないだろう」
彼の体液まみれの唇で言葉を紡ぎ出す。しばしして、はっ、と鼻を鳴らすのが聞こえた。
「そら噛むわけないやろ。バケモンやないんやから」
笑い声が耳朶を撫でる。腰に熱。大きな手が添えられ、撫でて、尻を掴まれる。柔らかな尻たぶを引っ張られ、奥にある窄まりを室内灯の下に晒された。ぶるりと身体が震える。衣服を脱いだ寒さだけではない。明確な興奮だ。今から彼自身を丸呑みにする行為を、身体全てを貪り食われる行為を、脳は、身体は、期待たっぷりに待ち望んでいるのだ。
掴まれた尻をぐっと下げられる。開かれた部分にひたりと宛がわれた熱に、はぁ、と高揚した息を漏らした。
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お前が目指す場所はどこよりも【マルノミ】
お前が目指す場所はどこよりも【マルノミ】
本誌25年2月号を読んで狂ったオタクの怪文書。該当号以前のネタバレ有。
マルノミくんの執着心をナワバリに昇華させてどうにかしようとしたのがあの子だったらいいなという話。100%捏造。隅から隅まで捏造。捏造じゃないところはマルノミ君の名前とあの子の持ちブキだけ。
執筆及び投稿時点であの子の名前は出てません。出たら加筆修正するやもしれぬ。
一番になりたい子とその子をずっと見ていた子の話。
はぁ、と珍しくひっくり返った間抜けな声を今でも覚えている。
友人であるマルノミは『一番』であることに固執するヒトだ。学業でも、趣味でも、芸事でも、何もかもで『一番』を取ることに固執する。それだけあって、相応に努力を重ねている姿は常々見ていた。他者からは余裕綽々にこなしているように見せながら、裏では自己の時間を犠牲にして何事にも励んで、努めて、心血を注いでいた――その努力が実を結ぶことは無かったが。
優秀である友人は、誰よりも優秀であるはずの友人は、毎回あと一歩及ばない。例えば難問を解ききれず部分点しかもらえなかったり、個を磨くがあまりヒトと足並みを揃えられなかったり、秀でてありながらも審査の観点からは外れる表現をしたり。毎回加点要素をどこか取り逃す。『一番』を取り逃す。何が何でも欲するそれに手が届かずにいる。その苦痛がどれほどのものかなど想像に容易い――周りは彼が演じる飄々としたキャラクターに誤魔化されているが。
彼は『一番』になれない。
ならば、『一番』になれる場を与えてやればいい。
おい、とか、なぁ、とか、名前とか。荒々しい声が背中にぶつけられる。掴んだ腕は逃げたそうに後ろへと引いていく。逃げさせぬようにがっちりと掴んで、街へと続く道を走った。無理矢理にでも掴んで走らねば、もうこいつを捉えることなどできないのだ。酷い強硬手段だという自覚はあるものの、目的のためには仕方が無い。付き合わせるがまでだ。
「おい! どこ行くんや!」
「ブキ屋」
喚く友人に短く返す。はぁ、と素っ頓狂な声が返ってきた。目的地が示された安堵にか、それとも事態が未だに飲み込めない混乱にか、反抗の力が一瞬弱まる。その瞬間を見逃すこと無く、掴む手に再び力を入れ走る。走る。走る。ごちゃごちゃとした街を二人で走って突っ切っていく。
「なんやこれ」
「わかばシューターだ」
「……え? 何? 何でボクにブキ持たすん」
飛び込んだカンブリアームズ、店主に初心者だと説明してわかばシューターを一丁交換してもらい、マルノミに投げて渡す。初めてブキを持った友人は、怪訝そうに小さな精密機械を手の内で回しながら眺めていた。眉根を寄せたその顔目掛けて、これまた新品のインクタンクを投げ渡す。ほんま何なん、と見事にキャッチした手の横から抗議の悲鳴が飛んできた。
「バトルに行くからだ」
はぁ、と今日何度目かの裏返り声がブキ屋に響き渡った。
ロビーに設置された端末の前に並ぶ。手慣れた調子で操作すると、大きな液晶画面にはWINの大きな文字が表示された。枠組みの中に野良の即席チーム、四人のメンバーが並ぶ。一番上には『Player』――今しがた初めてのナワバリバトルデビューを果たした友人の仮名が記されていた。横に並ぶ数字は、一〇〇〇を余裕で越えた、チーム四人どころか対戦相手を含めた八人の中でもずば抜けたものだ。彼が誰よりもステージを塗ったことが――誰よりもバトルに貢献したのかを端的に表していた。
「いきなりヒトんこと無理矢理連れてきよぉたと思ったらそんままバトルさせるとか。なんやねん」
今日一日中眉をひそめ顔をしかめ怪訝そうに見やるマルノミは、手の内のわかばシューターを回す。今日初めて持った者とは思えない動きだ。日々の努力が実を結んだその身体は、何事もヒト並み以上にこなすことができる実力を秘めている。わかばシューターほど小さなものならば取り回すのは朝飯前だろう。
しかめ面の友人に、立てた指を向ける。ヒトんこと指差すなや、という常識的な指摘を無視して、そのまま誘導するように液晶画面へとゆっくり指を動かしていく。眇められた双眸が、大型モニタへと吸い込まれていった。
「一番だ。お前が一番塗って、一番貢献していた」
お前が一番だ。
事実を告げる。変えられない結果を突きつける。彼が掴み取った現実を教え込ませる。
マルノミは学問に励んでいた。趣味に励んでいた。芸事に励んでいた。励むがあまり、彼はナワバリバトルを体験したことが無い。バトルに手を出せるほどの時間は余っていないのだ。周りがバトルを楽しむ中、彼は努力を重ねていた。『一番』になるために。
彼の能力はこれ以上に無いほど秀でている。勉学を詰め込んだ頭は素早く回り良い結果を弾き出すし、鍛えられた身体は俊敏に動く。芸事で研ぎ澄まされた勘は恐ろしさを覚えるほど鋭い。これだけのヒトがナワバリバトルをしていないなど、大きな損失だ。何より、彼にとっての損失だ。『一番』を取れる能力があるのに、その舞台に立たないなど。
ならば、立たせてやればいい。無理にでも引っ張って、舞台に引き上げて、誰よりも輝かせてやればいいのだ。
理解が追いつかないのか、大きな布に包まれた顔はぽかんと口を開けた間抜けなものになっていた。それがだんだんと鮮やかになっていく。半分になっていた目は丸くなり、呆けたように開いた口は口角を上げ、白い肌が健康的な鮮やかさで染まっていく。この表情を言葉で表すならば、おそらく『歓喜』だ――『歓喜』であってほしい、と思ってしまう。身勝手な願いだ。
「……いや、こんなんただ塗っただけやろ」
「その『ただ塗る』ができないやつがどれだけいるか、見れば分かるだろ?」
指差す先、並ぶ数字は彼を除けば三桁だ。カバーすべくキルに重きを置くプレースタイルでいったとはいえ、己など彼の半分も塗っていない。他の塗りブキも、彼には一歩どころか五歩は及ばない数値である。初心者である彼が、初めて『ナワバリバトル』というものを知った彼が、一番仕事をしたことは明らかだ。
沈黙。わかばシューターを握っていない方の手が持ち上がり、厚い布に包まれた頭をガシガシと掻く。あー、と浮かぶような沈むような、何とも言い難い声が漏れたのが聞こえた。
「……まぁ、一番やな」
はっ、とマルノミは鼻を鳴らす。その口元が薄く緩んでいるように見えたのは、気のせいではないはずだ。
白いシャツに包まれた肩に手を置く。がっしりと掴む。逃がすまいと掴む。なんや、とまた訝しげな声と視線がぶつけられる。瞼が少し降りたその吊り目を、真正面から見つめる。絶対に逃がすまいと見つめる。
「お前なら勝てる。初戦でこれだぞ。誰よりも強くなれる」
だから、一番になりにいくぞ。
掴んだ手に自然と力がこもる。はぁ、ともう飽きすら感じるほどの疑問声が耳をくすぐった。瞼が全部上がって、目が丸くなって、口が大きくなって、眉が吊り上がって。目の前の表情がめまぐるしく変わる。それが落ち着くのをじっと待つ。彼が導き出す結論をじっと待つ。祈るように、願うように、乞うように、じっと見つめて言葉を待った。
「……まぁ、ええんとちゃう」
付きおうたるわ。
また鼻を鳴らし、マルノミは言う。共に頂点を目指す言葉を紡ぎ出す。彼が目指すべく場所へと向かうと、己の前で確かに宣言した。
肩を掴んでいた手に力がこもる。痛いわ、といつもと同じ調子の声と大きな手で弾き飛ばされた。すまない、と返した声は、己でも驚くほど浮かれていた。
「まず基礎教えぇや。なに初心者いきなり実戦に放り込んどんねん」
「……すまない」
「お前らしいけどなぁ」
変なとこ突っ走るんやから分からんわぁ、とマルノミは歌うように言う。仕方が無いだろう、と返しそうになったのをグッとこらえた。彼の指摘は真っ当なものである。返す言葉はどれも言い訳にしかならないだろう。実際、全て言い訳だ。己は己の欲望がためにこの身を動かしたのだ。
ロッカーにいくらか基礎の本があったはずだ。こっちだ、とロッカールームを指差し案内する。手遊びのようにわかばシューターをいじくる手が止まり、軽い調子の足音が耳を撫ぜた。
はよしぃ、と急かす声は弾んだものだった。
「『デンタルワイパー』やって」
へぇ、とマルノミの手元にある小さな画面を覗き込む。『新開発!』『待望の新ワイパー!』と大きな文字たちの下に並ぶ写真を見る。写っているブキは、確かにワイパー種の形をしていた。しかし、ドライブワイパーやジムワイパーのように刀身が剥き出しではない。カラフルに彩られた刀身は、ポップな文字が描かれたビニールカバーに包まれていた。これで攻撃ができるのだろうか、と首を傾げる。ジムワイパーもドライブワイパーも刀身を振り抜く遠心力でインクを飛ばすのが主だが、直接ブキを当てることでも攻撃が可能だ。ぷにぷにとした柔らかいビニール素材にその力があるとは思えなかった。
四角い指が器用にボタンを操って、画面内の動画を再生する。デンタルワイパーの実戦動画だ。見るに、溜め斬りの際はあのカバーを取るらしい。しかも、他のワイパー種と違い大きく前進して振り抜いている。素早いその動きは、使いこなすことができれば相手を翻弄し、大胆に攻撃し、試合を有利に持っていけるだろう。
「これええなぁ。使お」
「珍しいな」
「だって絶対おもろいやろ」
愉快そうな声に、小さく頷いて返す。こんな特徴的な動きをするブキはワイパー種はおろか、全ブキで見ても初めてだ。多くの者に面白く映るだろう。興味を持つ者も多いはずだ。新シーズンが幕開ければ、バトルは新しく出たブキたちで埋め尽くされることになるだろう。研究しないとな、と動画を再び見るべく己の端末を取り出した――画面は大きな手によって遮られたが。
「ワイパー教えぇ。先に練習しときたいわ」
「ジムワイパーとは使い心地が違いそうだぞ」
「使い心地違っても立ち回りの基礎は同じやろ。ほら、行くで」
画面を遮っていた手がナマコフォンを取り上げ、空になった手を掴む。そのまま、ロビーの方へと引っ張られていった。掴む手は固く、強く、熱い。彼がどれだけ期待しているかなど、それだけで十二分に分かった。
ジムワイパーを握る手に力を込める。これからは忙しい日々になりそうだ。
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本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!! お誕生日にはケーキだよねって話。
ケーキを作るグレイスちゃんと烈風刀と飛んできたつまぶきの話。
まだ少し固い赤をそっとつまむ。青や黄で彩られた真っ白な舞台に、慎重な手つきでつやめく果実を置いた。表面にたっぷり塗られたクリームが少しだけへこんでくっついて、小ぶりないちごを支える。少し斜めを向いてしまったが、崩れることなく盛り付けられた安堵にグレイスは小さく息を吐いた。
「もっと気楽でも大丈夫ですよ」
次のいちごをそぅっと手に取ると、笑みを含んだ声が飛んでくる。自然と半分下がった瞼のまま見やると、口元を綻ばせた烈風刀と目が合った。彼の胸元には銀の大きなボウルが抱えられている。泡立て器を持った左手は、心地よさを感じるほど一定のリズムで真っ白な中身を掻き回していた。
「大丈夫なわけないでしょう。誕生日ケーキなのよ」
ふん、と少女は鼻を鳴らす。そうですね、とやはりどこか笑みが浮かぶ声が返ってきた。
年も明けてしばらく経った今日は一月十八日。この世界が生まれた日。そして、レイシスたちの誕生日だ。
こんなめでたい日を祝わずにいられるわけがない。ネメシスは世界の祝福、そして世界のために日々尽くす少女たちの祝福に一丸となって動いていた。例えばお祝いの言葉だとか、ぬいぐるみ付きの電報だとか、誕生日プレゼントだとか、誕生日パーティーだとか。
週最後の平日である昨日は、放課後の教室で簡素なパーティーが行われた。クラスや学年の垣根を越えて人々がこぞって祝いに来たのだから、彼女たちの人望がよく分かる。四人をもってしても持ち帰られない数のプレゼントが積み重なったほどだ。保存がきくものは週末の間学校で過ごしてもらわねばならなくなってしまったぐらいには。
迎えた週末、誕生日当日。本日はレイシスたっての希望で、五人きりの小さなパーティーを行うことになっていた。グレイスと烈風刀は料理担当だ。ケーキ生地を焼き、生クリームを泡立て、果物を処理し。午後も早くから始めたというのに、丁寧に作業していた分随分と時間が経ってしまった気がする。パーティーはケーキだけではない、他にも料理を作らねばならない。冷蔵庫の中には醤油や塩だれに漬け込まれた大量の鶏肉が待っているのだ。長い時間キッチンを占領してはいけない。手早くしたい、でも綺麗に丁寧にやりたい。躑躅の心は逸るばかりだ。
そっと、そぅっと、崩れないように果物を配置していく。ブルーベリーにラズベリー、レモン汁を薄くまとったバナナ、薄切りにしたリンゴ、そしてツヤツヤのいちご。色とりどりの果実が白いスポンジケーキを彩っていった。
「いちご、もっと買ってくればよかったかしら」
ケーキ一周分載せたところで、グレイスは呟く。こぶりなプラスチックパックの中のいちごは残り三分の一ほどだ。あとは半分に切って載せるので問題はないが、やはりこれだけではどこか物足りない気がする。生クリームたっぷりのホールケーキといえば、大ぶりでツヤツヤで真っ赤ないちごだ。もっとたくさん載せるべきではないか。そんな疑問が、不安が胸をよぎるのだ。
「さすがにこれ以上は無理ですよ。今の時期は高すぎます」
「ちょっとぐらい私が追加で出すわよ」
パーティーで作る料理や買うジュースなどの費用は全員で平等に出し合っていた。旬を外れたいちごは店先で言葉を失い立ち尽くすほど高く、予算ではこの量が限界だったのだ。けれど、個人的に買えばもっと増やすことができた。何故早く思いつかなかったのだろう。もっと豪華なケーキを食べさせられたのに。今更になって後悔が押し寄せてくる。少しずつ沈んでいく少女の頭に、いえ、とはっきりとした声が降り注いだ。
「そういう部分をなぁなぁにすると雷刀が余計なことをしだすのでやめてください」
眉根を寄せて首を振る烈風刀に、そうね、とグレイスは一拍置いて頷き返す。雷刀のことだ、自費で肉を増やすとか、菓子を増やすとか、机の上が大変なことになるような買い物をしでかすだろう。レイシスもそうだ。たくさんあって困ることはない、とピザを三枚や四枚気軽に追加する姿が容易に想像できた。
「僕が提供できれば一番よかったのですが……」
「どこまで手広くやる気なのよ。もう農園に余ってるとこ無いでしょ」
烈風刀が営む農場で栽培されているのは、旬に合わせた野菜がほとんどだ。さすがにいちごを栽培するビニールハウス環境は整備していなかった。していても困るが、と少女はひそかに瞼を下ろす。知らぬ間に土地が増えていることが多いネメシスとはいえ、フルーツまで手を出すほど農園を広くするのは不可能だろう。何より、そんなに種類を増やしては世話をする彼の身体がもたない。
「おー! もうできてんじゃん!」
風を切る音と弾む声がキッチンに飛び込んでくる。思いもよらぬ声に、手元を見つめていた二人は顔を上げた。躑躅と浅葱の先には、銀色に光る小さな三角形があった。今日の主役の一人であるつまぶきだ。
「貴方、買い物についていったんじゃなかったの?」
「レイシスに留守番してろって言われた」
オレだって荷物持ちぐらいできんのにさ、とつまぶきは呆れた調子で首を振る。無理でしょ、と二つの声が綺麗に重なった。手のひらサイズの彼が持てるものなど、簡易包装のティッシュペーパー一パックぐらいだろう。ピザや菓子、ジュースに冷凍食品にと重い食品を買いに行った彼女らにとっては完全な戦力外だ。
スゲー、と感嘆の声を漏らしながら、つまみの精は制作途中のケーキの周りを飛んで回る。フルーツでデコレーションされつつある白を、三六〇度から素早く、忙しなく眺めた。ぴょこぴょこと宙で跳ねて揺れる動きは兎のようだ。
「ぶつかっちゃったらどうすんのよ。あっちいってなさい」
ぐるんぐるんと飛び回る彼を外に押しやるように、グレイスは手の甲を見せて大きく振る。扱いが虫と同レベルだ。あんまりな態度に、不満げな声が小さな口からあがった。
「そういや味見したのか? してねーならオレが――」
「つまぶき」
皿の端っこに着地した精を、たおやかな手がそっとつまむ。逃げられないようにがっちりとつまむ。動揺にきょろきょろと視線を泳がせる彼を眼前まで持ち上げ、少女はにっこりと笑った。不自然なほど目元を曲げ、口角を上げるそれは、『笑顔』と表現するにはあまりにも凶悪なものだった。びくん、と逃げられずにいる小さな身体が大きく跳ねる。
「食べたらナパージュぶっかけてケーキの上に飾るわよ」
「……ハイ。タベマセン」
たどたどしい調子で答えるつまぶきに、グレイスは白くなるほど力を入れていた指先を緩める。分かったならいいわ、と着信中の携帯端末のように震える銀に怒気がにじむ声をぶつけた。
解放された銀の精はぴゅんと飛ぶ。怒られた子どもが親の背中に隠れるように、烈風刀の肩に腰を落ち着けた。こえー、と怯えきった小さな声が少年の耳をくすぐる。
「生クリームにつっこまないでくださいよ」
「しねーって! 烈風刀までオレのこと信用してねーのかよ!」
「していますが、事故は起きるものです。注意して損はありませんよ」
ボウルを遠ざける烈風刀に、つまぶきはきゃんきゃんと子犬のように喚く。小さな身体が少年の肩の上でぴょんぴょんと跳んだ。説くように、いなすように、碧はさらりと言葉を紡ぐ。正論であるのは誰が聞いても明らかだ。
納得したのか、まだ腑に落ちないのか。小さな身体は動きを止めて、五分まで立てられた生クリームがたっぷり入ったボウルから少しだけ距離を取った。むくれた声が少年の後ろを漂っていく。
手を洗い、グレイスは再び飾り付けを再開する。変色することなく佇むバナナ、水気はないのにつやめくラスベリー、底が分からないほど濃い藍色を覗かせるブルーベリー、端っこがうっすら透けて見えるりんご、真っ赤に熟れたいちご。様々なフルーツを、事前に考えたバランスと相談しながら並べていく。丁寧な作業はようやく実を結び、やっとホールケーキが一つ完成した。安堵に、少女は思わず大きく息を吐く。すぐさまハッとして口元を手で押さえた。今の呼気で崩れてしまっては大変だ。揺れるラズベリルが白いキャンバスを見やる。華やいだフルーツたちは、ひとつも動くことなくケーキの上で咲き誇っていた。
「……これで足りるのかしら」
「二個ありますし大丈夫ですよ。今ロールケーキも焼いていますし」
へ、と強張っていた口から気の抜けた音が漏れる。急いで振り返ると、随分と前に使い終わったはずのオーブンには再びオレンジの灯りが宿っていた。ヒーターが唸る低い音が、彼が仕事の真っ最中であることを語っていた。
いつの間に、と驚愕を隠すことなく、グレイスは烈風刀を見やる。作り終わった生クリームをテキパキと処理し、揚げ物用の鍋を用意しながら、彼は小さく笑った。
「冷凍していた卵白がまだ残っていたので」
「卵白って冷凍できるものなの!?」
「できますよ。黄身を醤油漬けにしたりすると余りますから、いくらか冷凍して保存しています」
作りすぎる人がいるので、と少年は嘆息する。そうなの、と少女は呟くように答える。丸くなったペツォッタイトがぱちぱちと瞬いた。グレイスは寄宿舎暮らしだ。レイシスの部屋を訪れた際に料理をすることはあれど、毎日メニューを考えたり調理をすることはない。卵黄と卵白は必ずセットで使うものだと思っていたし、片方だけが余るだなんて想像ができないことだった。余ったそれを冷凍することは更に想像がつかない。凍ってもちゃんと泡立つのか。そもそもあのどろりとしたものが凍るのか。疑問は尽きないが、今問うのはやめておいた方がいいだろう。
疑問符を浮かべながらも、少女はナパージュを用意する。透明なそれを、シリコンの刷毛でフルーツに塗っていく。ただ飾っただけでも輝きを放っていた果物は、透明な衣をまとって更にキラキラと輝きだした。拙さの残る手作りのものだというのに、この一処理をしただけでまるで売り物のように様変わりしたのだから驚きだ。料理の奥深さに、手間暇を掛ける重要性に、アザレアの目が開いて閉じてを繰り返した。
ぶつからないように細心の注意を払いながら、透明な保存容器を逆さにして被せる。これまたぶつからないように慎重に慎重を重ねて冷蔵庫にしまった。これで一つ完成だ。すぐさま元の場所に戻って、新しく皿を用意し、ケーキクーラーに載せていたスポンジを載せる。切っただけだったはずのスポンジは、いつの間にかシロップが塗られ少ししっとりとしていた。きっと烈風刀が処理してくれたのだろう。本当に手際が良い。
一つ目と同じように、生クリームをたっぷり塗って処理し終えていたフルーツを丁寧に載せていく。先ほどのものはレイシス専用、今回のものは雷刀と烈風刀とつまぶき、そしてグレイスのものだ。貴方たちで全部食べなさいよ、と最初は遠慮したのだが、一人だけ仲間外れだとレイシスが悲しみますよ、と兄弟に押し切られてしまったのは記憶に新しい。本当に良いのだろうか、と未だに不安は残る。けれども、遠慮して食べずにいては、己にとことん甘いあの姉が眉を八の字にしてしょんぼりとするのは容易に想像できた。今日はレイシスの誕生日だ。誰一人として、彼女を悲しませてはならない。ならば己が取る選択は一つのみだ。
「僕らの分ですし適当でいいですよ」
「よくないわよ。何言ってんのよ」
焼けたばかりのロールケーキの生地を処理しながら、烈風刀は事も無げに言う。あんまりな言葉に、グレイスは頬を膨らませた。整えられた細い眉と、勝ち気な目元がいっぺんに吊り上がる。
「貴方たちも主役でしょ。適当でいいわけないじゃない」
「主役、ですか」
ケーキ生地からクッキングペーパーを剥がす烈風刀は、少したじろいだように呟く。少し高くなった声は、消しきれぬ疑問符が残った響きをしていた。あんまりにも理解していない様に、グレイスははぁと息を吐く。白い指が一本立って、少年をびしりと指差す。丸くなった翡翠の目が、指の勢いに押されたように揺れた。
「今日はレイシスと、雷刀と、烈風刀と、つまぶきの誕生日なのよ。レイシスだけじゃないの。貴方たちも主役なの!」
分かった、と語気強く問う少女に、少年は気圧されたようにはい、と返す。そーだそーだ、とここぞとばかりに肩の上で妖精が飛び跳ねた。
「主役のオレはぁー、いちごがいっぱい載ったケーキ食いてぇ!」
「言われなくてもいっぱい載せてるわよ。楽しみにしてなさい」
くるんと宙返りをして主張するつまぶきに、グレイスは不敵に笑んで返す。歓喜の声をあげ、妖精はまた器用に宙返りをした。落ちないでくださいよ、と大きな手が彼の前を素早く塞ぐ。落ちねーって、と上機嫌な声がキッチンに舞った。
「あと味見してぇ!」
「ダメって言ってんでしょ」
「後でロールケーキの切れ端上げますから、それまで待っててください」
忙しなく動いて主張する銀色を、躑躅色がバッサリと切り捨てる。露草色の眉がゆるく下がって困ったような笑顔を作り出した。また銀がくるりとひらめいて舞って、急かすように少年の肩をつついた。
いちごを半分に切りつつ、少女は時計を確認する。あと二十分もしないうちに二人は買い物から帰ってくるだろう。急がずゆっくり、何なら夕食に支障が出ない程度に買い食いでもして帰ってこいと言ってあるが、きっと彼らのことだからまっすぐに帰ってくるだろう。予約していたピザとポテトとチキンと、何リットルもあるジュースや器から溢れるほどの菓子を携えて。
フルーツを切る音と油が熱される音、ケーキ生地を扇ぐ音が三人を包む。生クリームを冷やす氷が、金属ボウルにぶつかって軽やかな音をたてた。
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どんなあなたもいつだって可愛いじゃないですか!【ヒロニカ】
どんなあなたもいつだって可愛いじゃないですか!【ヒロニカ】
三つ編みヘアーはゲソを伸ばして作ってる(3アートブックより)→じゃあ解いたら初代ガールのヘアスタイルになるんじゃね?
とかこねくり回した結果がこちらになります。珍しく付き合ってるヒロニカ。都合の悪い部分は全部都合が良いように捏造してる。
風呂上がりのニカちゃんと風呂上がり待ちのヒロ君の話。
心臓が爆散する音が聞こえた。
否、錯覚らしい。生きているのだから錯覚だろう。けれども、まだ存在しているらしい心臓は破裂せんばかりに脈動していた。耳の真横で聞こえる鼓動の音は、浴びた者の全身を震わす重いキック音のようだ。きっと身体を飛び出して外側に聞こえてしまっているだろう。一瞬でもそう勘違いするほどの大音量が体の内側で奏でられていた。
「ヒロ?」
少し高い音が耳朶を撫ぜる。ぼやけた視界が途端に実線を取り戻し、実像を結びだす。そこには、まあるい目をぱちぱちと瞬かせるベロニカの姿があった。しっとりとした手は首に掛けられたタオルを握っている。目に痛いほど鮮やかな黄色のゲソは輝くほどつやめいて見えた。彼女を表す三編みは今は無い。解かれ、ぺろんと一本の長いゲソが彼女の左頬を隠していた。
「あ、え? は、はい。どうしました?」
聴覚を阻害する鼓動の中、ヒロはどうにか声を発する。口から飛び出した音は、驚くほどひっくり返ったものだった。もはや己の声と認識する方が難しいほどである。やっとクリアになった視界が、不審なほど揺れ動く瞳に合わせて再びブレだす。先ほどまで床についていた手は、気付けば依然バクバクと鳴って耳を狂わせる心臓を押さていた。
「どうかしてんのはお前だろ。どした? 腹痛いのか?」
挙動不審という言葉を体現した恋人の姿に、少女は首を傾げる。先ほどまで綺麗な丸になっていた目は細められ、訝しげに、それでもどこか心配そうな色をして視線を彷徨わす赤を見つめた。その可愛らしい表情に、少年の心臓はまたバクリと音をたてる。破裂した音だと言われても納得するような爆音だった。
「……………あの」
心臓を押さえたまま、いつの間にか俯いたまま、薄くなる呼吸の中、鼓動がうるさい中、ヒロは細い声を漏らす。二人きりの夜でなければまず聞き落とすような音だ。アタマ屋の店員の方がまだ聞き取りやすいレベルである。あの、その、とオクトリングは時間を掛けて声と言葉を絞り出していく。気が長くないはずの恋人は、訝しげな目でその姿を眺めていた。じっと言葉を待ってくれていた。
「…………か、わい、すぎて」
「は?」
数えるのも面倒なほどの時間をかけて、なんとか意味のある言葉を紡ぎ出す。途切れ途切れながら意味を理解できる言葉に、ベロニカはひっくり返った声を漏らした。目も、口も、声も、彼女の全てがその言葉を理解できないと語っていた。
「ヘアスタイル変えたの、初めて見たので……、新鮮で、………………可愛くて」
そこまで言って、少年は心臓を押さえていた手をようやく離す。大きな両の手を使って、今度は顔全てを覆った。肌から伝わる温度は高い。シャワーを浴びてしばらく経ったのだから、体温は普段通りに戻っているはずだ。だというのに、顔は夏の日差しに晒されたような熱を持っていた。
ベロニカは普段髪を結っている。トレードマークとして機能するほど常に三編みに結っていた。曰く、これが一番邪魔にならないらしい。綺麗に編まれたゲソは美しく、彼女の勝ち気な顔を輝かしく飾っていた。
それが今は解かれている。シャワーを浴びたのだ、ゲソを解くのは当然だろう。けれども、己がその姿を見たのは今日が生まれて初めてだった。恋人の普段と違うヘアスタイル。普段と違う姿。どこか幼気な、純朴な、愛らしい姿。心臓が撃ち抜かれないはずがなかった。その結果がこの無様な姿なのだけれど。
「お、ま、……バカか?」
呆れ果てた、けれどもどこか上擦ったままの声が頭上から降り注ぐ。はぁ、と重い溜め息のおまけ付きだ。それはそうだろう、明らかに様子のおかしい恋人を心配した結果がこれである。呆れない方がおかしい。あまりにも恥ずべき姿に、醜態を晒した事実に、下がった少年の頭が更に下がっていく。もう丸まっていると表現した方が相応しいような有様だ。
「ヒロ」
幾分かして、頭上からまた声が降り注ぐ。はい、と針を落としたような小さな声でオクトリングは返す。顔上げてみ、と続けざまに声が降ってきた。怒っているのだろうか。それにしては声はどこか楽しげだ。はい、とまた答え、顔を覆っていた手を離し、顔を上げる。
「ポニテ」
視界に飛び込んできたのは、ベロニカの姿だった。けれども、普段とも、先ほどとも違う。下ろされていた太いゲソは、彼女の大きな手によって高い位置にひとまとめにして持ち上げられている。頭の少し上にぴょこんとゲソが飛び出していた。長いそれが取り払われたことによって、整った彼女の顔が、得意げににかりと笑んだ、頬をうっすらと上気させた可愛らしいかんばせが惜しげもなく晒されていた。
喉が濁った音を漏らす。心臓がまたキックを鳴らす。気付いた頃には、視界はラグの白色で埋め尽くされていた。頭がぐわんぐわんと揺れる。急激に動いて俯いたことによる反動だろう。胸にある臓物は相変わらず凄まじい音を鳴らしていた。音楽家ならこれで一曲作れるのではないだろうか。そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。莫大な感情からの逃避によるものだった。
「大袈裟すぎだろ」
呆れよりも愉快さが勝った声でベロニカは漏らす。しまいには笑い声が続いた。ケラケラと軽やかな笑声はいつもながら可愛らしいものだ。けれども、この状態を笑われるのは少しばかり不服だ。羞恥が何十倍にも勝っているが。
「大袈裟じゃありませんよ」
なんとか顔を上げ、ヒロは返す。むくれた声は拗ねた子どものそれと相違ない。恋人に見せるには恥ずかしいが、恋人にぐらいしか見せられないような姿だ。頬はまだまだ熱を持っている。赤らんでいるその顔で恨めしげに見つめてむくれ声を出すなど、まさしく子どもである。己でも呆れ返るほどだ。
「恋人が違う姿を見せたら……、めっちゃくちゃ可愛い姿になったらこうなるに決まってるでしょう」
「そうか?」
そうですよ、と返した声は吹っ切れた調子だった。正反対に、返ってくる声は理解しがたいといった調子だ。それにもどこか笑みが宿っている。悶えに悶えた己のことがまだ面白いらしい。あなたのせいなのに、なんて八つ当たりのような言葉が思い浮かんでしまった。
「ベロニカさんは僕が違うヘアスタイルにしたらどう思いますか?」
未だにむくれ調子の声で問いを投げかけてみる。んー、と思案の音がゆるんだ口元から落ちた。上がっていた口角が更に上がり、美しい半月の形へと姿を変える。水面を撫でたようにすぃと細められた目は、いたずらげに、楽しげに輝いていた。
「見てみねぇと分かんねぇかなぁ」
「……今度、アフロにしますから」
「いや、それは笑っちまうと思うわ」
どうにか反撃しようとした言葉は、呵々と大きく笑い飛ばされてしまった。想像したのだろうか、ふふ、と愉快げな吐息が聞こえた。インクリングやオクトリングは瞬時にヘアスタイルを変化させることができる種族だ。一瞬で変えるのも、すぐさま戻すのも自由自在だ。けれども、放った言葉を実行する気概は持ち合わせていなかった。鏡を見る度に笑うことなど考えたくもない。
まっ、とベロニカは鼻で笑うように、高らかに歌うように言葉を宙に舞い立てる。未だにいたずらっ子のように細められた目が再びこちらに向けられた。
「お揃いでポニテにしてもいいんじゃね?」
そう言って、少女はまた手の輪でポニーテールを結い上げる。また心臓が大きな音をあげて跳ね飛んだ。彼女の姿で一度急加速した鼓動は、彼女の手によってずっと全力疾走を続けていた。痛みを生み出し、呼吸を苦しめ、体温を上昇させる。それでも不快感は全く無かった。悔しさはあるけれども。
「まぁ、機会があったら、はい」
「あったら、じゃねぇんだよ。作るんだよ」
もにゃもにゃと曖昧に返すと、バンバンと肩を叩かれた。そうだろう。彼女ならそう言うだろう。有言実行がこのヒトのモットーなのだ。
なっ、と自信満々の調子で問われる。そんな笑顔で問われて、そんな嬉しそうな顔で問われて、そんな頬を紅に染めた愛らしいかんばせで問われては、もう肯定の言葉を返す以外の選択肢など失われてしまった。
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寄せあってぬくまって【ライレフ】
寄せあってぬくまって【ライレフ】
明けましておめでとうございますな正月の右左。やっぱこたつには並んで寝転びたいじゃないっすか。いちゃいちゃしてほしいじゃないっすか。
こたつでちょっと攻防する右左の話。
シンクを打ちつけていた流水が止まる。スポンジを握った手は淀みない動きで道具を所定の位置に戻していった。流れるように布巾を手に取り、水切りかごに伏せた食器たちを手慣れた動きで拭いていく。水気が消え失せ輝くそれらを棚に片付けたところで、烈風刀は小さく息を吐いた。
布巾を元の場所に掛け、少年は電気を消してキッチンを出る。十歩足らずで辿り着くリビングには、朱い頭があった。当然のように床の上に転がって、紅緋の髪を絨毯に散らせている。ゆったりと過ごすことを許された正月とはいえ、あまりにもだらしがない姿だ。冬に入って、正確にはこたつを出してからはずっとこの調子なのだから呆れ果てたものである。
「行儀が悪い」
一言諌めて、烈風刀はこたつに身体を滑り込ませる。いっそ暑いほどの温もりが下半身を包み込んだ。リビングと一続き、多少は暖房が流れ込むとはいえ、キッチンはいくらか肌寒い。夕飯の食器を洗うだけだったとはいえ、やはり足元は幾分か冷えてしまっていた。水風呂に浸したような感覚に陥っていた足先が温められていく。気付かぬ内に強張った身体がほぐされていくような心地がした。
「いいじゃん、正月なんだし」
寝返りを打ってこちらを向き、雷刀は言い訳めいた言葉を放つ。声はふにゃりとしたものであり、睡魔が彼の身体から力を奪っていっていることがよく分かった。このままでは眠ってしまうだろう。こたつで寝るなと言っても聞いた試しがないのだ、この兄は。
温められつつある足先を動かして、烈風刀はこたつの中にだらしなく伸ばされた足をちょいとつつく。震えるように小さく反応したそれは、器用な動きでこちらの足をつつき返してきた。眉をひそめて見やると、いたずらげに細められた緋色と視線がかちあう。行儀悪いぞ、と仕返しするように声が飛んできた。
「ほっといたら寝るでしょう、貴方は」
「寝ねーよ。全然眠くねーもん」
「……まぁ、昼過ぎまで寝ていましたものね」
大晦日から正月に移り変わる夜更けまで起きていたこともあってか、兄は初日の出が中天に昇るまで惰眠を貪っていた。半日近く眠っていれば、確かに夜でも眠気は薄いだろう。けれども、ふやけた声音で紡がれる言葉には説得力が全くと言っていいほど無かった。懲りることなく眠って起こされてを繰り返すこたつの中、という状況が合わさると尚更だ。信用しろという方が無茶である。
だろー、と雷刀はどこか得意げに返す。そんなだらしのない生活で得意になるものではないだろう。考えても、烈風刀は黙するのみだ。言ったところで効果がないのは何年もの時間をかけて保証されていた。
「烈風刀も寝てみろよ。こたつん中あったけーしきもちぃぞ」
「嫌ですよ」
上半身を起こし、兄は自身の隣に空いた絨毯を叩く。子をあやすような、信頼を置いた飼い犬を呼ぶような動きだ。弟は眉間に刻む皺を深くするばかりである。こたつに寝転ぶのが心地よいのは分かる。だからこそ、やりたくなかった。こたつに潜って寝転んで過ごすだなんて、どう考えても行儀も悪ければだらしもない。それに、そのまま眠るようなことがあっては示しがつかないではないか。どこまでも堕落させる魅惑の空間だからこそ、己を律しなくてはならないのだ。
「ちょっと寝っ転がるぐらいだらしくなくねーって。絨毯の上だぜ? その上布団があるこたつの中だし? 寝るのがトーゼンじゃね?」
誰にでも看破できる屁理屈をこねくり回しながら、朱はなおも絨毯の上を叩く。穏やかだったリズムは、いつの間にか機嫌の悪い猫が尻尾で地を叩くそれとよく似たものになっていた。つまりは、自論が通じないからと勢いで押そうとしている。いつものことだった。
烈風刀、と名を呼ばれる。昼に食べた汁粉よりもずっと甘ったるい響きだ。寂しがりの子犬が甘えるような響きだ。耳からたっぷり流し込んで思考を甘っちょろいものに冒していく響きだ。
一層険しい顔を作って、碧は寝転がった恋人を見やる。夕陽色の目はわずかに細められ、どこか伏し目がちだ。悲しげにも、眠たげにも見えた。彼岸花色の眉は端っこが下がっている。彼の内に渦巻く感情を、思惑をよく表していた。冬の茜空の髪は汗を掻いているのかどこか力を失って垂れている。悲しみに暮れる犬の耳とよく似ていた。
れふとぉ、ともう一度名を呼ばれる。息を飲み込もうとしたのに、喉がおかしな音をたてる。だらしのない言葉を跳ね除けようとしたのに、頭が上手く機能しない。言葉を紡ぐ頭はあの甘ったるい声にとっくの間に侵食されてしまっていた。
深く溜め息を吐き出す。ただのポーズであり言い訳だ。甘っちょろい己に対する自責だ。意味なんて成さないと分かっていながらも、こうでもしないと格好がつかない。年頃の心はいっちょまえに見栄を張った。
静かに立ち上がり、烈風刀は音もなく絨毯の上を歩んでいく。兄が叩いていた場所より少し離れたところ、それでも彼の隣である場所に身体を滑りこませた。座って逡巡。しばしして、姿勢良く伸びていた背が丸まり、横へと倒れて寝転がった。絨毯のやわい毛が頬をくすぐる。先ほどまで足だけに感じていたぬくもりが腹まで包み込んだ。
目の前、絨毯の上に髪を散らした朱が笑う。いたずらが成功した時のような、待ち焦がれたプレゼントをもらった時のような、テストで良い点を取った時のような笑みだ。つまりは幸いが彼の顔を染めていた。
「あったけーだろ?」
「当然でしょう」
まるで自分の手柄であるように雷刀は問う。そこにはもう眠りの膜は見えなかった。夜も更けてきたというのに、日が高い時間のようにケラケラと愉快そうに笑う。ただ己が隣に寄っただけで、何故こうも上機嫌になるのだろう。浮かんだ問いはすぐに解決して消えた。そんなの、己が寝転んだ理由と同じだ。
ぬくいこたつ布団の中、手にぬくもり。ヒーターが温めるそれとは明確に違う温度に、烈風刀は瞬き一つ落とす。眼前には眠る直前のように目を細め、口元を逆さ虹の形になぞった朱の姿があった。肌に直に触れる温度が緩やかに動いて、手を包んで引っ張る。ねだるように、乞うように。
むずがるように身動ぎ一つ、二つ。ようやく碧は動き出す。引く手に誘われて動き出す。ほんのちょっと身を寄せただけで、大きな手が背に回り引き寄せられた。暑いくらいのこたつ布団の中、体温が重なる。
「暑いんですけど」
「オレはちょうどいいけど?」
ウミウシのように動く弟の身体を、兄の腕ががっちりと捕らえる。とはいっても、軽くて緩いものだ。本気で動けば振り払えるだろう。だというのに、身動きがろくに取れなくなってしまうのだから、己は本当に甘いったらない。兄限定の甘さだけれど。
こたつ布団に朱い頭が埋もれる。ほぼ同時に、胸にやわい衝撃。紅色の頭は、匂いをつける猫のように己の胸に擦りついた。寝惚け声のような笑声が胸からあがる。幸せをそのまま音にしたような響きをしていた。
思案。思索。思慮。何十にも重ねた意味のない思考の末、碧は自由な手を動かす。少しごわついてきたこたつ布団の中で動いて、胸に飛び込んできた頭にそっと添えた。髪を梳くように頭を撫でていく。よく跳ねる赤色はほのかにしっとりとしていた。長時間こたつに入って寝転んでいた頭は、やはりうっすらと汗を掻いているようだ。
へへ、と胸の中から声があがる。甘えきったものだった。とろけきったものだった。心の中で生まれた幸せをめいっぱいに謳い上げたものだった。
また頭が擦りついてくる。その度に、胸の真ん中がぬくくなっていくような気がした。きっと、暖かなこたつのせいだろう。
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二人で一緒に作りましょ【ヒロニカ】
二人で一緒に作りましょ【ヒロニカ】ハッピーバレンタイン!!!!!!!!!!!!
バレンタインにチョコレートを作るニカちゃんは見たいがニカちゃん宅に機材があると思えなくない?の結果がこちらになります。ヒロ君はきっと親が良い機材買っときなさいと持たせてくれてるから揃ってるタイプ。都合の悪いところは都合の良いように捏造してる。
チョコを作りたいニカちゃんとチョコを作るヒロ君の話。
低い音がキッチンに響く。特徴的な扉の向こう側は、オレンジの光で満ちていた。その中央にはいくつもの丸っこい容器が横たわっている。黒に近い茶が流し込まれたそれは、光を受けてつやつやと輝いていた。
「あとは焼けるまで待つだけだな」
「……あぁ。えぇ、そうですね」
達成感に満ち溢れたベロニカの声に、どこか遠くに飛んでいた意識が現実に引き戻される。口から出たのは、何とも言い難い生返事だ。あぁ、とヒロは内心で頭を抱える。これだけ行動してくれた彼女に投げかけるには、あまりにも不誠実な声だった。
「どした? 腹減ったか?」
「いえ。楽しみだな、と」
「そーだろ?」
にひ、といたずらげな、それでいてとびきり可愛い笑顔がこちらに向けられる。あまりの眩さに、少年は目を細める。強い光に耐えるようにも、愛おしさに満ちあふれているようにも見えた。
バレンタインにやる菓子作りたいから台所貸してくれ。
ベロニカにそう言われたのは昨日、二月十三日のことだった。
曰く、たまには手作りのなんかをやりたい。曰く、ネットでレシピ探しても美味そうなやつはオーブン使うレシピばっか。曰く、うちに予熱できるオーブンもトースターも何もない。だから道具が揃っているヒロんとこの台所貸してくれ、と。
混乱の渦に飲まれたのは言わずもがなである。何しろ、付き合っている女性からバレンタインのチョコレートを渡すのだと面と向かって、これ以上になくはっきりと言われたのだ。しかも、これだけのために手ずから作ってくれるのだ。その上、己の家で作る。つまるところ、バレンタインを二人きりで、しかも己の部屋で過ごすということである。思春期の心が受け止めきれるはずがない。
そんな突然。何でそこまで。というか事前に渡すこと本人に言っちゃってもいいのか。湧いて出る言葉がぐるぐると頭の中を巡ってぐちゃぐちゃにしていく。全ては、ダメか、と首を傾げて問われた瞬間吹き飛んだ。口から出たのは『はい』の二文字だけである。
そうして両手いっぱいの材料を買い込んだ彼女が部屋を訪れたのが早くの時間のこと。二人でレシピ、機材の確認をし取りかかったのはどれほど前だろう。慣れない計量や予定外の温度調整、飛び散る薄力粉やナッツ類の破片との格闘、オーブンの取扱説明書の再確認、安物の脆い型の相次ぐ破損と重労働をこなし、やっと焼成に辿り着いた今に至る。
思い返しただけで溜め息が漏れそうになるのを、ヒロはぐっと堪える。互いに一人暮らし故に料理経験はそこそこあれども、菓子作りなどこれが初挑戦である。インターネット曰く『初心者さん向け』『簡単お手軽』レシピだというのに、計量ミスや行程ミス、そもそも初めてのオーブン機能仕様による不慣れさが重なりどれだけかかったか時計を確認することすら怖い有様だ。焼き上がりを待つ今すら、あんな高温でも本当に焦げずに焼けるのか不安で仕方ない。当の本人であるベロニカはもう安心しきった様子だが。
そわり、と少年の背を何かが撫ぜる。そうだ、ベロニカが、愛しい恋人が己のためにバレンタインのチョコレートを作ってくれたのだ。彼女が初めて自分のために作ってくれたのだ。気分が浮き立たないはずがない。激務から解放され、余裕を取り戻した心は世間一般でいう甘い状況を認識してそわだつ。今更になって鼓動が大きくなったように思えた。
「焼けるまで漫画読んでていいか? こないだ途中で帰っちまったし」
「え? あ、あぁ、いいですよ。どうぞ」
サンキュー、と弾む声と軽い足取りで少女はキッチンを出て行く。オーブンの前に一人取り残され、恋人であるオクトリングは数拍置いて、えぇ、と小さく声を漏らした。
バレンタインである。しかも恋人の部屋に二人きりである。ここはもうちょっと、なんか甘いあれが、恋人っぽいイベントがあるのではないだろうか。いや、二人で一緒にお菓子作りなんて恋愛ゲームにありそうな甘いイベントではあるけれど。でも。
浮き足立った心が行き場を無くして世界を彷徨う。縋る場所が無くて一人彷徨う。ようやく落ち着いたところで、やっとここにいても仕方ないということに思い至った。オーブンの様子をつぶさに見る必要は無い。部屋に戻らねばならない。けれども、戻ったところで恋人は漫画に夢中で自分などほったらかしだ。邪魔をすれば手痛いなにかしらが飛んでくるのは明白である。一人で過ごすしかないのだ。恋人と一緒なのに。バレンタインなのに。
叫び出したくなる喉を押さえて、少年はどうにかこらえる。二人でいても一人一人で行動するのはいつものことではないか。バレンタインだからって意識しすぎだ。いつも通り過ごして、焼けた菓子を食べればいい。それだけで幸せではないか。言い聞かせるように一人大きく頷き、ヒロは部屋に続く扉に手を掛ける。オーブンの唸り声に、ノブの鳴き声が混じって消えた。
「もう結構匂いすんのな」
背でドアを閉めたところで、声が、視線が飛んでくる。大好きな音の方へと目をやると、ラグの上に寝転がったベロニカがこちらを見上げていた。手には漫画本が一冊、脇には五冊ほど積んである。断り通り、既に読み始めているようだ。
「あー、確かに結構しますね」
つられて鼻を動かしてみると、確かにチョコレートの強い香りを感じた。流し込んだ時点では近くにいてようやく鼻先をかすめる程度だった甘さが、今では板一枚隔てていても存在を感じる。きっと、今し方己と一緒に入ってきたのだろう。火を受けた生地は、それほどまでに香りを誇っているということだ。
「というかドア貫通してねぇか?」
「そんなことは……無いと思いたいんですけど……」
少女はすんすんと鼻を鳴らして首を傾げる。部屋の主は不安げに返した。本当ならばあり得ない、と言い切りたいが、生憎ここは家賃の安さが取り柄の古いアパートである。キッチンと部屋の扉に匂いを通すほどの隙間があってもおかしくはない。普段は気にしない部分なだけに不安が残る。
「早く焼けねーかなー」
漫画ならばウキウキというオノマトペがぴったりな音色で少女は呟く。彼女も同様に浮き足立っているのだ、と思い至り、また心臓が大きく動き出す。否、おそらく甘いお菓子を食べられるのを楽しみにしているのだろう。でも、作りに行きたいと、作りたいと言ったのは誰でもない彼女ではないか。けれど。でも。青い頭の中にまた言葉が積み上がっていく。少しばかり臆病な性格がそれに腕を突っ込んでぐるぐるとかき混ぜた。
漫画を読みふける恋人から少し離れ、ヒロはベッドに腰を下ろす。尖った指先が少し宙を彷徨って、ローテーブルの上に置かれたタブレット端末を取った。ロックを解除してブラウザを立ち上げる。記事、動画、バトルメモリー、プロ選手のSNS投稿。世には情報が溺れんばかりに流れている。時間を潰すのにはもってこいだ。今日も今日とて、上達のコツを求めインターネットの海へと飛び込んだ。
チーン、とどこか間抜けな高い音が遠くから聞こえた。はっとタブレットから顔を上げ、音の方を見やる。磨りガラスの向こうに見えていたはずのオレンジの光は今は無い。キッチンに続く扉の向こう側は、いつも通り薄闇に包まれていた。同時に、鼻孔を香りが刺激する。砂糖、バター、ナッツ、そしてチョコレートの甘い芳香は、意識を現実に引き上げるには十分の力を持っていた。
「焼けた!」
ほぼ同時に、弾みに弾んだ声が床から上がる。視線を移した頃には、そこにはもう積み重なった単行本しかいなかった。代わりに、バタバタ、ガチャン、と騒がしい音が部屋を走って飛んでいく。ヒロも慌てて立ち上がった。
ほんの数歩で辿り着くキッチンへ続く扉は開け放たれていた。急いでくぐり抜けると、そこにはオーブンの扉に手を掛けるベロニカの姿があった。暖房の効いた部屋に浸っていた頬はうすらと上気し、真ん丸になった瞳は夏の日差しを浴びる向日葵そのもののように輝いている。いつだって不敵な笑みを浮かべる口元は、今は高揚しきって薄く開いていた。
「ヒロ! 鍋つかみどこだ!」
「これです!」
ばっと振り返った少女が問う。すぐさま、壁に掛けてあった鍋つかみを投げて渡した。片手で取ったそれを急いではめ、インクリングはオーブンの扉をひっ掴む。ガチャン、と盛大な音と、華やかな香りがキッチンに響き渡った。鍋つかみに包まれた手が天板をひしと掴み、真っ暗になった庫内から引き抜く。現れたそれに、黄と赤が吸い寄せられた。
鉄の天板の上には、丸く背の高い型に入った茶色が並んでいた。入れる前までは容器の半分まで満たしていなかったチョコレートマフィンは、大きく膨らんで型からぶわりと飛び出して背を伸ばしている。真っ平らにしたはずの表面はもこもこと入道雲めいて膨らんでいた。焼けてつやつやとした表面はいくらかひび割れ、中に混ぜ込んだナッツが顔を覗かせている。頑張って粉砕した白いそれは、黒い生地の中で星のように輝いて見えた。
わぁ、と感動と歓喜で飾り付けられた声が二つ重なる。二つのキラキラとした視線を受けながら、天板はシンク横の作業台へと下ろされた。暖房が無く冷えたキッチンに、小さな湯気がいくつも昇っていく。
「成功だよな!?」
「成功ですよ!」
満面の笑みで問うベロニカに、ヒロは同じほどはしゃいだ声で返す。大きな口がニッと笑み、四角張った大きな手が高く上げられる。すぐさま尖った手も上げられ、ハイタッチをした。いぇーい、とはしゃぎきった声がほの寒いキッチンに重なって響く。
「あとは冷ますんでしたっけ」
「みたいだなー」
キッチンに置きっぱなしにしていた携帯端末を二人で確認する。開きっぱなしだったレシピページには『粗熱を取って完成!』と記してあった。意外な工程に少年は首を傾げる。料理は何だって出来たてが一番美味しいはずだ。現に、似た材料のホットケーキは焼きたてが一番美味しい。なのにわざわざ冷たくしてしまうとはどういうことなのだろう。本当に必要な過程なのだろうか。疑問はあれど、なにぶん菓子作りは初めてなので分からない。
「なぁ」
分からないなら素直に従っておくべきだろう、と一人頷いたところで、隣から声が投げかけられる。珍しくどこか遠慮がちな響きに、オクトリングはぱちりと瞬いて音の方へと顔を向ける。たんぽぽ色の綺麗な瞳と視線がかちあった。見つめるそれは、時折マフィンの方にも向けられる。口元は好奇心を抑えられない子どものようにどこかむにむにと動いていた。
「もう食べてもよくねぇか? 料理って出来たてが一番美味ぇだろ?」
訊ねる声は打開を始めるタイミングを見つけた時のような高揚感と期待に溢れていた。どうやら、彼女も同じ疑問と考えを持っていたようだ。可愛らしさと喜びに、ヒロは頬を緩める。えぇ、と自然と言葉がこぼれ落ちた。
「僕もそう思ってました。食べちゃいましょうか」
「よっしゃ!」
ぱしんと手を打ったベロニカは早速マフィンに手を伸ばす。両手で一個ずつ引っ掴み、片方をこちらへと差し出した。ほら、と喜びに弾んだ声が、喜びに輝く笑顔が真っ向からぶつかってくる。跳ねる心臓をどうにか御しながら、ありがとうございます、と小さなカップを受け取った。
焼きたての熱さに少し手を焼きながら、二人でマフィンにかぶりつく。焼きたてで柔らかな生地はすぐに噛み切ることができた。口の中に広がったのは、まずチョコレートの芳醇な香りだ。追随するように、舌の上を少しだけ強い甘みが駆け抜けていく。時折当たるナッツの硬い歯触りが嬉しい。初めての菓子作りとしては大成功だろう。うぅん、と思わず漏れた感嘆は重なった。
「美味ぇな!」
「はい! すっごく美味しいです。ちゃんとできてよかった……」
「あぁ、ほんとよかった……」
食べた限り、生焼けにはなっていないのだから本当に大成功だ。よかったぁ、と二人で安堵の声をあげながら菓子を食べていく。手の平に載るそれはすぐに胃袋の中に収まってしまった。ごちそうさまでした、と呟いて、ヒロは剥きながら食べて破けたマフィンカップを小さく畳んでいく。鼻に抜ける息はまだチョコレートの甘みが残っている気がした。
「なぁ、ヒロ」
名前を呼ばれ、少年ははい、と応えて声の主に視線を向ける。また月色の瞳と視線がばっちりとぶつかる。真ん丸で綺麗な目には、どこか不安げな、それでも喜びを隠しきれない色が浮かんでいた。あのさ、と手入れされ整った唇が曖昧に開かれる。うっすらと端っこが持ち上がって、小さな笑みを作り上げた。
「悪ぃけどラッピングとかはそういうのはあたしにはできねぇからさ。……こんままでも受け取ってくれっか?」
ベロニカははにかんで問うてくる。いつだって勝ち気に上がった眉は今は少しだけ垂れていて、少し焼けた健康的な頬はうっすらと紅色で彩られている。細められた金色は、暖かな光を灯して揺れ動いていた。
手に持っていたゴミが手入れされた床に落ちる。それに気付いた時には、目の前の手を両手で握っていた。ぎゅっと、グリップを握る時ぐらいぎゅっと強く荒れていない手を握り締める。うぉ、と驚きに跳ねた声が二人きりのキッチンに落ちた。
「もちろん! ありがとうございます!」
頬を紅潮させ、赤い目を輝かせ、大きな口をめいっぱい開いて、ヒロは叫ぶ。これ以上にない歓喜が声に、顔に、心に満ち満ちる。嬉しすぎて何もかもが破裂してしまいそうな心地だった。自然と頬が緩んでいく。溶けるように目が垂れていく。そんなのみっともないと分かっていても、今ばかりは表情筋をコントロールすることができなかった。
「……うん。こっちこそ、あんがと」
丸くなっていた太陽色の目がうっそりと細められる。カラストンビが覗く大きな口からとろけた声がこぼれ落ちる。彼女の感情全てを表していた。
「あっ、でも僕が全部食べるのは悪いですよね……。ベロニカさん、半分持って帰ります?」
「いいのか? ヒロのだぞ?」
「作ったのはベロニカさんでしょう。作った人が全然食べられないのはもったいないですよ。こんなに美味しいのに」
ね、と少年は笑いかける。しばしして、うん、と元気な声が返された。
キッチンを漂う甘い香りに、幸せに満ちた笑い声が加わった。
畳む
#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ