慣れないこと【ライレフ】
慣れないこと【ライレフ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
エイプリルフールだしってこととべったべたな話が書きたかっただけ。糖分が足りない。
ギィ、と後ろで扉が開く音がする。音の主は容易に想像がつく。烈風刀は振り返ることなく手元の本に目を落とす。紙がめくられる小さな音が静かな部屋に落ちた。
「何読んでんの?」
すぐ後ろから問いかけられ、直後肩に重みを感じる。雷刀が後ろから覗き込んでいるのだろう。身を乗り出したのか赤い髪がすぐ近くに見えた。
「ミステリですよ」
「犯人分かった?」
「まだ推理の途中です」
彼の方を向かぬままページをめくる。話は容疑者のアリバイが判明し、個々の身辺を洗い直しているところだ。もう少し材料が必要だ、と烈風刀は二段に並ぶ文字を追いかける。雷刀もそれを眺めているようだが読書をあまり好まない彼のことだ、しっかりと読むつもりは更々ないのだろう。
静寂が部屋を満たす。珍しいと烈風刀は内心首を傾げた。いつもなら作業に集中し辛くなるほど騒ぐというのに、今日は不気味なほど静かだ。何かあったのだろうか、と問いかける前に雷刀は口を開く。
「烈風刀」
「なんですか」
「――――嫌い」
心臓を力一杯握られたような心地だった。全身の骨を粉々に砕かれたような衝撃だった。腹を裂かれ臓腑が全て押し潰されたような痛みだった。
雷刀が烈風刀のことを明確に『嫌い』と言ったのはこれが初めてではないだろうか。子供めいた言葉で文句を言うことは普段からあるが、その三文字が自分に向けられたことはなかった、などと烈風刀は思考する。そんな彼がその言葉を口にしたのだ、自分はよほど酷いことをしたのだろう。普段から想いを口に出さないのが悪かったか。構ってくるのを冷たくあしらい続けたのが悪かったか。彼の為などと称して厳しくしすぎたのが悪かったか。心当たりは沢山あった。それほど沢山、彼に不満を抱かせていたのだろう。
身体が冷えていく。もう春は近く暖かいというのに、指先は氷のように冷たくなっていた。
そうですか、と努めて冷静に返そうとするが、渇いた喉はひゅうと細い音をたてるだけだ。惨めだ、と烈風刀は俯く。視界に入った自分の手は震えていた。
「…………ごめん、嘘。エイプリルフールだからって調子乗った」
ぎゅ、と後ろから強く抱きしめられる。首に回された雷刀の腕も小さく震えている。自分で言って自分でダメージを受けたようだ。何故そうなってしまうような嘘をつくのだ。怒りと共に呆れが湧き上がる。
「エイプリルフールだしなんか嘘言おうと思ってさ。こないだ読んだ漫画にそんなのあったからやってみようって」
言い訳する声は泣き出しそうなほどだった。泣きたいのはこちらだ、などと考えながら、烈風刀は震えを抑え口を開く。
「嘘で言うようなことじゃないでしょう」
「ごめん。驚かせようと思っただけなんだ」
交わす声はどちらも小さい。ごめん、と雷刀は再度謝る。
烈風刀はギリと歯を噛みしめた。このようなことで振り回されたのが腹立たしい。そして、嘘だということに心の底から安堵している自分も腹立たしい。複雑な感情が彼の腹の中に渦巻いていた。
「――――雷刀」
「はい」
「好きです」
どこか冷えた声にビクリと雷刀の身体が大きく跳ねる。視界に映る彼の耳がどんどんと赤色に染まる。そして瞬時に血の気を失い真っ白になる。
そのようなことをほとんど口にしない烈風刀がさらりとその言葉を発したのだ、驚きながらも喜んだのだろう。しかし、すぐさま先ほどの自分をなぞらえているのだと気付き青ざめた、というところだろうか。そんなことは欠片も気にかけず烈風刀は言葉を続ける。
「好きです。大好きですよ」
そう言う烈風刀の表情は珍しく意地の悪いものだ。先ほどのこと、ひいては普段世話をかけられている分意趣返しだ。頬が熱い。きっと自分も雷刀に負けず劣らず真っ赤に染まっているのだろう。たとえ『嘘』の言葉でも、その二文字をスラリと言えるほど、烈風刀はこのような行為に慣れていない。
「……それ、嘘?」
「勝手に判断してください」
冷たく言い放ち烈風刀は本に視線を戻す。反応を返してやるつもりはないということを示すためだ。
ほんとごめん、と謝り倒す雷刀を解放するつもりは今のところない。
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年の初めの運試し【バタキャ+烈風刀】
年の初めの運試し【バタキャ+烈風刀】
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2/22で猫の日なので手帳に眠っていたバタキャ+烈風刀の話をば。1月頃のおみくじ云々エンドシーンのお話。季節感など知らん。
呼称は例によって公式参考にしつつ捏造。
烈風刀が特別教室棟に続く渡り廊下を歩いていると、ふと視界の端に鮮やかな三色が映った。そちらに目をやると、初等部の桃、雛、蒼の三人組が吹きさらしの渡り廊下の一角に集まっていた。午前の授業も無事終わり、今は昼休みだ。昼食を終え教室を飛び出している者も少なくはない。元気盛りの彼女達だ、いつもの学内探検だろうかとそちらに足を向ける。
三人が見つめる先には小さな機械があった。筐体を模したそれは誰が設置したのか、いつ現れたのかは誰も――学内を預かるエスポワールや灯色、こういうことに長けた識苑、魂ですら知らない。冬休み明けに登校してきた時にはもうここに鎮座していた、と皆は口を揃えて言っている。一体誰が何の目的で、と疑問に思う者も多いが、おみくじが引けるだけなのだから害はほぼないだろうということでそのまま放置されている。好奇心旺盛な彼女達は初めて見たのであろうそれに心惹かれているようだ。
「こんにちは」
彼女らの横に屈みこみ、目線を合わせてから声をかける。同じ高さにある三色の瞳がこちらに向けられた。
「れふとおにいちゃん」
「こんにちは」
「……こんにちは」
彼を認識した三人は嬉しそうな顔で挨拶を返す。しかし目の前の機械がよほど気になるのか、意識は烈風刀よりもそちらに向かっているようだ。
『突然現れた謎の機械』ということでこれの知名度は学内でもそれなりのものだ。彼女達も噂を聞きつけてきたのだろうか、と烈風刀は会話を続ける。
「おみくじを引くのですか?」
「おみくじ?」
彼の言葉にきょとんとした顔で雛が言葉を繰り返す。桃と蒼もよく分からないようで、皆首を傾げて互いに顔を見合わせていた。この筐体を模した機械と、神社や寺で引くおみくじがいまいち結びつかないのだろう。
「これで今年一年の運を占うのですよ」
機械を指差し説明する烈風刀の言葉に、三人は興味を引かれたようにピンとその大きな猫の耳を立てる。その瞳は好奇心でキラキラと輝いていた。
「おみくじ」
「うらないですか」
「うらない……きになる……」
やはり女の子だからか『占い』が気になるようだ。やろうやろう、と機械を触る彼女らに手順を教える。烈風刀の説明を聞き終えた三人は、せーの、と意気込んでつまみに手をかけ思い切り回す。ガチャン、と大きな音がして下部に設けられた取り出し口から小さく折りたたまれた紙が三つ出てきた。桃がその内の一つを手に取り、丸まったそれを開き三人で覗き込む。広げられたそれには『大吉』という赤い文字が大きく描かれていた。
「だい……きち、ですか?」
「だいきちっていいの?」
「だいきち……」
「よかったですね。大吉は一番良いものですよ」
『一番良い』という言葉に三人は顔を綻ばせる。楽しげにきゃいきゃいとはしゃぐ彼女達だが、互いにその紙を得ようと引っ張っていることに気付くと表情を歪めた。皆、自分が貰うものだと思っていたようだ。
「雛がだいきちもらうの!」
「桃もだいきちがほしいです……」
「蒼も……だいきち……ちょうだい」
三人とも泣きそうな顔でうーうーと唸りながら主張する。譲る気は欠片もないようで、おみくじを手放そうとする様子はない。微笑ましいその光景を眺めていた烈風刀だが、様子がおかしいことに気付き慌てて残っていた二つを広げ顔をつきあわせる三人に見せた。
「大丈夫、三人とも大吉ですよ!」
ほら、と烈風刀が示したそれを見て不機嫌そうな声がぱたりと止まる。三色三対の瞳がぱちくりと幾度か瞬きして彼が広げたそれを見つめた。それでも誰一人として手にしたおみくじを放そうとしないのだから、よほど『一番良い』それが欲しいのだろう。言い方が悪かったか、と烈風刀は小さく後悔する。
「ほらほら、みんな泣かないで」
烈風刀は少し困った顔でハンカチを取り出し、透明な雫を湛えた桃の目元を拭った。
迷惑をかけてしまったと思っているのか、桃は申し訳なさそうにごめんなさい、と呟いて紙から手を放す。はい、と烈風刀は桃の分だと言って手に持ったおみくじを差し出すと、彼女は両手で受け取りそっと胸に抱き柔らかく笑った。同様に蒼にも差し出すと、ありがとうと小さく礼を言い彼女も受け取る。ひっこみがつかないのか、くしゃくしゃになったおみくじを抱え一人唸っている雛の頭を烈風刀は優しく撫で、よかったですねと笑いかける。彼女は少し申し訳なさそうな顔で頷いた。
「そうだ、お年玉をあげましょうね」
そう言って烈風刀は制服の内ポケットから小さな袋を三つ取り出した。彼女らに渡そうと用意していたものだ。
「おとしだま?」
「おとしだま……なの?」
「いいのですか……?」
『お年玉』という言葉に子供らしくキラキラと瞳を輝かせる雛と蒼、反して桃はどこか申し訳なさそうにこちらを見上げた。親族でもない、日頃面倒を見てもらっているお兄さんという立ち位置の烈風刀からお年玉、つまりお金をもらうということがあまり受け入れられないようだ。
「いいのですよ。もらってください」
あまり多くはありませんが、と烈風刀は苦笑する。高校生の経済事情では大人のような大きな金額を渡すのは難しい。精々、いつもより少しだけ多くお菓子が買える程度のものだ。それでも彼女たちが喜んでくれれば、と用意したのだった。
「れふとおにいちゃん、ありがとう!」
「ありがとう……おにいちゃん」
「れふとおにいちゃん、ありがとうございます」
受け取った三人は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、先ほどの涙を感じさせないほど弾んだ声で口々に礼を言う。普段通りの明るい彼女達の笑顔にこちらまで嬉しくなる。
はた、と何か思いついたのか雛が烈風刀を見てその小さな口を開いた。
「れふとおにいちゃんはおみくじひいたの?」
「えぇ、レイシス達と引きました」
「なにがでましたか?」
「だいきち……?」
「吉でした」
当たり障りのない結果だ、と烈風刀は考えている。兄と同じなのが少し気になるが過度に悪いものでもないし、と気にかけていなかったが、レイシスや雷刀に言われ神社や寺のそれと同じく近くにあった紐に括り付けたのでもう手元にない。
彼の言葉に三人はじっとその顔を見つめ、今度は手元の紙を見つめる。おみくじと自身の顔交互に見やるその姿に、一体どうしたのだろう、と首を傾げると、桃が手に持ったそれをずいと差し出した。
「桃のだいきちあげます」
「雛のだいきちもあげる!」
「蒼のも……だいきちあげる……」
皆手に持ったそれをぐいぐいと烈風刀に差し出す。その様子に彼は驚いたようにぱちぱちと瞬きし、すぐに嬉しそうに破顔した。あれだけ自分が自分がと主張していた彼女らがあげる、と言うのだ。その姿は可愛らしく、心遣いが嬉しくてたまらない。
「いいのですよ。それは三人のものです」
「いいの?」
不思議そうに問う雛にえぇ、と返す。三人の顔を見回し、にこりと笑いかけた。
「三人の笑顔が、私にとっては大吉と同じぐらい嬉しいものなのですよ」
その言葉に桃は恥ずかしそうに頬を赤らめる。雛はとても嬉しそうに笑い、蒼は小さく笑みを浮かべ照れ臭そうに俯いた。
三者三様の反応を示す彼女らを眺め、烈風刀はすくりと立ち上がる。彼よりもずっと背の低い彼女らは自然と彼を見上げることとなる。
「さ、授業が始まりますよ。教室に行きましょう」
「うん!」
三人は元気よく声を揃えて返事をし、烈風刀の周りを囲むように歩き出す。
昼休みの賑やかしい廊下、その隅に機械は静かに佇んでいた。
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交わった平行線【ライレフ】
交わった平行線【ライレフ】
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お題:1000の交わり[30m]
隣に座る弟をちらりと見やる。点けっぱなしのテレビには興味を示す様子はなく、手元の参考書を眺めていた。時折赤いシートで紙面を隠しているあたり、今日の復習しているのだろう。自室でもできる、むしろ自室の方が集中できるであろうそれをわざわざリビング、それも自分の隣でやるのだから可愛らしい。言葉ではほとんど伝えることはないというのに時折態度で示すのは無意識なのかそれともわざとなのか。後者ならば口でも示して欲しいなぁ、なんて考えるのは贅沢だろうか。
弟は頭がいい。いかなる時も物事を冷静に判断する彼にはいつも助けられている。器量もよく、初等部の子達の面倒を見ている姿もよく見かける。料理だってこなせる。そんな彼なのだ、一緒にいるときに女子の視線を感じるのは当たり前だろう。
その視線は尊敬なのか、それとも。
高等部に進学してから『関係』が変化した。家族という枠を無理矢理乗り越えて、二人だけの秘密である現在に落ち着いている。誰も知らない、誰にも言えない、二人だけの『関係』だ。
これでよかったのだろうか、とたまに考えることがある。
互いに想いあっているとはいえ、彼をこちら側に引き込んだのは自分だ。それは紛れもない事実で、書き換えることなどできない現実だ。
自身の想いによって、彼をこちら側に引きずり込んでしまってよかったのだろうか。普通の道を歩むはずだった彼を引きずり踏み外させててしまったこの状況は本当に良いものなのか。
きっと、自分達兄弟は平行に歩いていくはずだったのだろう。適度な距離を保って、交わることなどなくそれぞれの道を歩んで行くはずだったのに。その距離を壊してしまった、重なるはずのない道を交差させてしまったのは本当に良かったのだろうか。許されることなのだろうか。
「雷刀?」
名を呼ばれ、意識が現実に戻る。目の前には不思議そうな顔をした烈風刀がいた。手に持っていた参考書は机の上に置かれている。もう今日の分は終わったのだろうか、なんてどうでもいいことを考えた。
「どうしたんですか、小難しい顔をして」
「んー? 考え事」
「貴方らしくありませんね」
「オニイチャンだって色々考えることあるっての」
「そうですか?」
不思議そうに烈風刀は首を傾げる。本気で疑問に思っているらしい。確かに考えるよりも先に行動する人間だけれど、その反応は流石に傷つく。思わず拗ねたような声を出してしまう。
「馬鹿にしてるだろ」
「いいえ。ただ、変に難しく考えるのは貴方らしくありませんよ」
そう言って、烈風刀は参考書を手に取り立ち上がる。今日の復習を終えたのだから部屋に戻るのだろう。隣にあった温もりが失われるのは寂しいが、そこまで拘束するのは流石にまずい。
ぽすん、と頭に何かが置かれた。視線を上にやると、烈風刀がこちらに腕を差し出し、頭に手を載せていた。そのまま優しく撫でられる。彼らしくもないいきなりの行動に身体が固まった。
「れ……ふと?」
「……こういうとき、貴方はいつもこうするでしょう」
間抜けな声で名を呼ぶと、恥ずかしいのか烈風刀は視線を逸らす。照れ隠しなのかぐしゃぐしゃと強く撫でられ、思わず目を伏せた。
「一人で悩むなといつも私に言うのに、貴方が一人で抱え込むのはずるいですよ」
烈風刀は再び隣に腰を下ろす。じっと見つめられるのは恥ずかしい。確かに彼が塞ぎ込んでいる時はいつもこうやって正面から見つめるのだ。きっと日頃のお返しなのだろう。
「ごめん」
「大丈夫ですから」
私がいますから、抱え込まないでください。
そういって烈風刀は笑った。その柔らかい笑みに、こちらも笑みを零す。けれども、上手く笑えない気がする。いつものように笑えていない気がするのだ。
彼のその優しく幸せそうな笑みが、なんだか痛かった。
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苛【嬬武器兄弟】
苛【嬬武器兄弟】
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お題:最弱の慰め[30m]
ビー、と耳障りな音がコンソールネメシスの中に響く。手元にある画面は赤色に染まっていて、問題があることを強く訴えていた。
しまった、と慌てて修正する。幸い些細なものだったようで赤い画面はすぐに元の物に戻った。慌ててメインシステムを管理しているレイシスに話しかける。
「すみません。そちら、不具合はありませんか?」
「大丈夫デスヨ」
「こっちもなんにもないぞ」
レイシスはにっこりと笑い、遠くにいる雷刀も無事を告げる。気にしないでいいと言っているような、彼女の笑顔が痛かった。
「すみません」
もう一度謝る。それに意味なんてあるのだろうか、などと考えながら烈風刀は作業に戻った。
ソファに座り床を見つめる。両手で持ったコーヒーはすでに冷めていた。
今日のミスが気掛かりで仕方ない。すぐに修正できるものだったが、もし取り返しのつかないものだったとしたら。想像しただけでぞっとする。
レイシスの笑顔が思い浮かぶ。きっと彼女にとってはなんでもないことだったのだろう。けれども、烈風刀にとってはどんなに小さなものでも、重大なミスだった。
彼女に迷惑をかけてしまった。その事実が、胸を苛む。
「どした?」
背後から声。知らぬ間に雷刀が戻ってきたようで、立ったままソファーの背もたれに肘をついてこちらを見ていた。
「……なにも」
「ありそうな顔してる」
雷刀は呆れた顔で烈風刀を見つめる。それがなんだか辛くて、烈風刀はそれから逃げるように手に持ったコーヒーを見つめた。
「どうせ今日のミスのことだろ? 別に何ともなかったじゃん。気にすんなって」
「貴方のように、簡単に忘れることなんてできないのです」
慰める雷刀の言葉に八つ当たりのような言葉を返してしまう。あぁ、これでは雷刀にまで迷惑をかけているではないか。自分の行為に心底腹が立つ。そして、後悔ばかりが募る。
「烈風刀は完璧主義っつーか頑張りすぎっつーか。気にしすぎても仕方ないって。それで不都合でたら意味ねーじゃん」
彼の言う通りだ。けれども、すぐに忘れることなどできない。迷惑をかけてしまったという事実を忘れてしまうことなど。
「あれだ、ほうおうもふでのあやまり? ってやつ」
「弘法です」
「なんでもいいや。間違いなんて誰でもあるって。ほら、オレだってよくやってるし」
「流石に貴方と比較されるのは嫌ですね……」
悪びれる風もなく笑う雷刀に烈風刀は苦々しく顔を歪めた。まぁまぁ、と雷刀は誤魔化すように言葉を続ける。
「こんなオニイチャンをちゃーんとサポートしてくれるようなできる弟が、ちょっとぐらいミスしたって誰も責めないって」
「……誰か、でなく、自分の問題なのです」
皆が許しても、自分が許せない。皆が気にするなと言っても、自分が気にしてしまう。迷惑をかけたという事実を忘れることなど、自分が許さない。
「烈風刀はよっわいなー」
「は?」
突然の言葉に烈風刀は間抜けな声を出す。雷刀は気にする様子がなく、話を続けた。
「精神的にもろいっつーか、圧力に弱いっつーか」
「なんですかそれ」
訳が分からない、と烈風刀は眉間に皺を寄せる。そんな彼の頭を雷刀は優しく撫でた。
「弱い弱い烈風刀君は、もっとオニイチャンやレイシスを頼っていいんだぞ?」
「……うるさい、です」
精神面が脆いのは自覚している。そして雷刀の言葉は最もだ。
そんな彼の慰めが辛い。こんなに女々しく弱々しい自分が嫌だ。
烈風刀はカップの中身を見つめる。黒い湖面には、どこか疲れたような自分の顔が映っていた。
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独りの閑話【レイシス】
独りの閑話【レイシス】
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お題:イギリス式の笑い声[15m]
少し大きめのカップに口をつける。ほう、と溜め息を吐いて温かなそれを両手で抱え、レイシスは宙を見上げた。
「美味しいデス」
ティーバッグで淹れたとはいっても紅茶は紅茶だ。あまり紅茶に詳しくないレイシスにとっては、味も香りも遜色はない。イギリス産云々と書かれているそれは、休憩に飲むには十分に足りる味だ。
眠気を覚ますならコーヒーが良いが、今日はなんだか紅茶が飲みたい気分だった。砂糖とミルクを少し入れて白く柔らかな色合いに変化したそれは、どこか甘い香りと共に気分を落ち着けてくれる。
平日の真昼間ということもあって忙しさはない。むしろこの時間帯はマッチングをスキップする人が多く、レイシスがすることはいつもより少ない。
「暇、デスネ……」
また紅茶を一口飲んで、溜め息一つ。
今は一人だ。つまぶきも別の仕事をしているようで今はいない。もちろん、雷刀と烈風刀もだ。
こうやって一人になるのは、とても久しぶりな気がした。いつもならば雷刀と烈風刀がいて、山ほどある仕事を手伝ってくれて。つまぶきも小さな体を精一杯使って補佐してくれて。その忙しさは今がない。コンソールネメシス内のたくさんの画面に映るものも少なく、それが更に寂しさを感じさせる。
寂しいな。なんて言葉が思わず漏れる。誰もいない、誰もこないのは寂しい。あの忙しさが、騒がしさが恋しくなるようだ。
忙しくないのが寂しいなんて。
「ワタシらしくありまセンネ」
ふふ、と笑う。カップからのぼる湯気がふわりと揺れた。
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白に染まる【ライレフ】
白に染まる【ライレフ】
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雪降ったらとにかくガチガチに固めた雪玉作るよねって話。雪降ったので放置してたの完成させた。
学校の広い玄関を出ると、重い灰色に染まった空から白いかけらがゆっくりと宙を舞っていた。空と同じ色をしたコンクリートの地面はうっすらとその白に覆われており、その上にはいくつもの足跡が残されている。空間が白一色に染められていくその光景は、冬だということを改めて実感させた。
「おー、降ってるなー」
遅れて出てきた雷刀がその光景に嬉しそうな声を上げる。反して烈風刀は複雑そうに顔をしかめた。その瞳はどこか恨めし気で、灰色で覆われた空を睨むように見上げていた。
「傘、持ってませんよね」
「置き傘してないな。烈風刀は?」
「ありませんよ」
油断した、と烈風刀は依然渋い顔で暗い雲を睨む。今日の天気予報は曇りのち雨、降水確率は低かったので傘は持ってきていない。せめて折り畳み傘でも持ってくるべきだったと後悔するがもう遅い。
しかし、確かにこの頃冷え込んでいたとはいえまさか雨どころか雪が降るだなんて思っても見なかった。それもこの短時間で積もるほどの勢いだ、明日以降どうなるかと考えるだけで憂鬱になる。
「どうしましょうか……」
「これくらいなら大丈夫じゃね? どうせすぐ止むって」
そう言って雷刀は気にする様子もなく屋根の下から飛び出した。濡れてしまうではないか、と引き留めようともその声は彼に届かない。まだ誰も通らず白いままの場所をわざと踏むように、雷刀はどんどんと雪降る最中を進んでいく。
いくつもの足跡が残る地面を見るとすぐに止むとは思えないが、ここで一人晴れるまで待つのも仕方がない。諦めて烈風刀も重苦しい空の下を歩き出し、先を行く雷刀の隣に並んだ。
「結構積もってるな」
「いつから降っていたのでしょうか」
「さぁ。授業中は降ってなかったよな?」
「……授業中に外なんて見ませんし、どうせ貴方は眠っていたのでしょう」
責めるような目で隣を歩く彼を見ると、すぐさま視線を逸らした。図星のようだ。雷刀の席は自分の後ろなので授業中直接見ることはできないが、普段の様子から容易に想像できる。予想通りとはいえ、日頃注意していることを直そうとしないのはあまりいい思いはしない。
「いい加減授業中に寝るのは止めなさいと言っているでしょう」
「だってつまんねーし」
「そう言ってテスト前にいつも泣きついてくるのはどこの誰でしょうね」
「どうせ聞いてても分かんねーし変わんねーって」
下らない言い訳を重ねる雷刀を見てわざとらしく溜め息を吐く。テスト前は自分だけでも手一杯だというのに教えてくれ、と泣きつかれるのはいい迷惑だ。せめて一教科ぐらい自力で学んでほしいが、この様子では願いが叶うことはないのだろう。
「ここら辺は結構積もってるなー」
烈風刀の刺すような視線から逃れるように雷刀は白い地面を駆けていく。彼が駆け寄った先には他よりも雪が積もっている。道路の隅の方にあるからかまだ誰も踏まれていないようで、透き通った白が輝いていた。そこに屈みこみ、なにやらごそごそと動く雷刀の背を冷めた目で見つめる。彼のことだ、きっとろくなことを考えていない。
「おりゃー!」
屈んでいた彼がいきなり振り向くと同時に、勢いづいた声と白い何かが飛んできた。予想していた通りの行動を一歩横にずれることで回避する。烈風刀の様子に雷刀はいたずらをする子どものように笑った。
「やっぱ避けるか」
「当たり前でしょう。子どもみたいなことをしないでください」
諌める烈風刀の声を無視し、雷刀は新しい雪玉の制作に取り掛かる。より硬くなるよう力を込めて握る姿はどう見ても子どものそれだ。あぁもう、と呆れたように呟いて彼の元へと歩みを進める。
「やめなさいと言っているでしょう」
「ちぇー」
呆れと怒りが混ざった声に、雷刀は手に持っていた雪玉をつまらなそうに放り投げる。硬く作られたはずのそれはぺしゃりと柔らかな音を立てて潰れた。
「ほら、手が真っ赤じゃないですか」
雪が降るほど寒い最中、冷たい雪を直接触った手は紅葉のように赤く染まっていた。両手で包み込むように触れてみると、普段ならば熱いくらいに温かいそれは氷のように冷たい。
「烈風刀の手、あったけーな」
「これだけ冷えていれば何を触ってもそう思いますよ」
けらけらと笑い、雷刀は温かなその手にもう片方の手を重ねた。その冷たさに思わず顔をしかめる。彼は依然あったけー、と笑うだけだ。
「これではしもやけになりますよ」
「大丈夫だって」
心配しすぎ、と雷刀は笑う。なったら騒ぐでしょう、と呆れたように言うと彼はまたへらへらと笑った。誤魔化したつもりのようだ。
「烈風刀」
「なんですか」
「冷たい。寒い」
「……こんな日に雪を触ったのだから当たり前でしょう」
呆れと握る手の冷たさに耐え兼ねて手を離したが、寒い寒いと繰り返す雷刀にすぐに捕らえられてしまう。手のひらと手のひらが擦れる感覚に思わず息を飲んだ。手を触られるのは苦手だ。自分から触るのはまだ平気だが、他者に直接触られるのはどうもくすぐったい。冷たさも相まって早く離してしまいたい気持ちでいっぱいだ。
「冷たいから離してください」
「だって寒いし」
「自業自得です」
身勝手な言葉に眉を寄せる烈風刀を気にする様子もなく、雷刀は何かひらめいたのかこちらを見た。その表情はいたずらを思いついた時のそれだ。一体何を思いついたのだ、と身を固くする。
「よし! このまま手繋いで帰ろうぜ!」
「嫌です」
名案だ、という風に表情を輝かせこちらを見る彼の言葉をバッサリと切り捨てる。なんでだよ、と拗ねた子どものように口を尖らせる雷刀の様子に呆れた調子で言葉を続けた。
「貴方は温かくても、私は冷たいだけじゃないですか」
それよりも、触れられていることとその恥ずかしさが勝っている。手を繋ぐという行為はなんだかくすぐったくて苦手だ。彼はそれを重々承知のはずなのだが、それを気に掛ける様子は全くない。分かってわざとやっているのではないかと疑うほどだ。実際彼ならあり得ると思えるのだから尚更だ。
「まあまあ」
雷刀はいたずらめいた笑みを浮かべ、握っていた手に力を入れた。こうなっては逃げることはできないということを烈風刀は知っている。それでも抵抗するように口を開こうとするが、そのまま強く手を引かれ言葉は飲み込まれてしまった。彼はそのまま雪降る道を走り出す。いきなりの行動についていけず、烈風刀はそのまま引きずられるように歩くしかなかった。
「ちょっ、と、雷刀!」
「風邪引く前に早く帰ろうぜ!」
抗議する声は楽し気な声にかき消された。走り出した彼が止まる様子など微塵もない。こうなっては誰も止められないだろう。それこそ、自分でも。
仕方ないという風に顔をしかめ、追いかけるように烈風刀は足を速めた。走る彼の隣に並び、小さく口を開く。
「家までですからね」
「おう!」
答える雷刀の表情は嬉しそうで、離さぬようにと握る手に更に力がこめられた。それに応えるように黙って手を握り返す。彼は一瞬驚いたような顔をして、その意味を理解したのかふわりと顔を綻ばせた。
あぁ、頬が熱い。それは寒さ故か、それとも羞恥故か。前者だと思ってくれればいいのだけど、と息を吐く。白色のそれは宙に浮かんで消えた。
白銀に染まりゆく世界を駆ける。冷たく小さなかけらが二人を包んでいた。
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一方通行【ライレフ←レイ】
一方通行【ライレフ←レイ】
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お題:彼女が愛した馬鹿[1h]
「レイシス、これ終わったぞー」
「はい、ありがとうございマス」
「レイシス、チェックが終わりました。こちらをどうぞ」
「はわっ、ありがとうございマス」
コンソールネメシスでは先日行われたアップデートに伴う作業が行われていた。とはいっても事前に準備したものが上手く動いているか、マッチングシステムに異常はないか、プレーヤーデータに間違いはないか、といった細々としたものだ。その程度ならレイシス一人でもできるのだが、度々雷刀と烈風刀が手伝いにきてくれることがある。今日も、二人は予定がないからとコンソールネメシスを訪れてきた。人手は多いに越したことはない、とレイシスはその申し出を笑顔で受け入れたのだった。
そうして普段通り三人で作業をしているのだが、それに付随する問題が一つある。
「雷刀、ここが間違っています。レイシスに手間をかけさせないでください」
「烈風刀だって作業早すぎるんだよ。もっとレイシスのペースに合わせろって」
「貴方のように遅すぎる上に間違いが多いよりもマシでしょう」
「オレよりマシだろうがなんだろうが烈風刀のペースじゃレイシスに負担がかかるのは変わりないだろ」
また始まった。レイシスはどこか諦めたように小さく溜め息を吐いた。
二人は自身を巡ってぶつかることが度々ある。やれ手間をかけさせるなとか、負担になるようなことはするなとか、そんな過保護すぎるものばかりだ。気にかけてくれるのは、好いてくれるのは非常に嬉しいのだが――勿論、レイシス自身も二人を好いている――それで喧嘩をするのは止めてほしかった。なにより、こんな二人がそんなことでぶつかるのがレイシスにはいまいち理解できないのだ。
二人が以前――兄弟とは違う関係であることに、レイシスは薄らと気付いていた。ある時を境から二人の会話や空気、特に烈風刀のそれがゆっくりと変わっていったのだ。どこか丸みを帯びたような、焦りがなくなったような、穏やかな空気が二人の間を流れるようになった。その雰囲気は他人が干渉できるようなものではないように見えて。だからこそ、レイシスは「違う」と考えているのだ。彼らの『一番』は互いであって、彼らが度々ぶつかる原因となる自分ではないのだと。
以前、二人に「雷刀が一番好きなのは烈風刀じゃないんデスカ?」「烈風刀が一番好きなのは雷刀じゃないんデスカ?」と尋ねたことがある。二人は顔を真っ赤にして「違う!」と叫んだ。そして、二人揃ってその後言葉を濁していた。それのどこが否定なのだ、とレイシスは呆れたものだ。
何故、二人とも素直にならないのだろう。素直に好きと言えばいいのに。自分にはストレートに投げかけてくるその言葉を、何故互いにはいわないのだろう。レイシスには兄弟がいない。だから、双子の兄弟である彼らの事情はあまり分からない。けれども、こんなに意地を張って素直にならないのはなんだか馬鹿らしいように見えた。
「二人とも、馬鹿デス。あほデス」
ポツリ、とそんな言葉が零れた。
「うえっ!?」
「なっ!?」
小さいはずのその声に、口論していた二人はぴたりと動きを止める。二人の声で満たされていたコンソールネメシスの中は静まり返り、聞こえるのはマシンが動く音だけだ。
「ば、馬鹿は雷刀だけでしょう?」
「いや烈風刀も十分バカだろ?」
「貴方と一緒にされるほどではありません」
「レイシスが一緒にしてるんだから同レベルだっての」
「いくらレイシスの言葉でも雷刀と同レベルにされるのは心外です」
動揺した烈風刀の声に重ねて雷刀の声。そしてそれを否定する互いの言葉。そうして口論は再開される。やっぱり馬鹿だ、素直じゃない、とレイシスは苦笑した。
あぁ、こんな彼らが愛おしい。こんなに仲のいい彼らが羨ましい。レイシスはそう思うのだ。二人は自身を好いてくれているし、レイシス自身も彼らを好いている。けれども、二人の関係はレイシスでは作りえないもので。それが羨ましいのだ。
「馬鹿だけど、好きデスヨ?」
「それって、どういう……」
「だからバカじゃないって!」
ふふ、と笑うレイシス。その姿に小難しい顔で頭を抱える烈風刀と、ムキになった子供のように膨れる雷刀。
コンソールネメシスの中は、いつも通り賑やかだ。
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補講の補講【嬬武器兄弟】
補講の補講【嬬武器兄弟】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:真紅の怒りをまといし太陽[2h]
放たれた窓からは遠くの蝉の鳴き声が風に乗って流れ込む。けれどもそれは一瞬のことで、心許無い風はすぐに姿を消してしまう。残るのは蝉の声と、グラウンドを駆ける運動部の声と、肌を刺すような太陽の光だ。
「あーつーいー」
「夏だから仕方ないでしょう」
太陽は空を支配するかのようにその天辺で輝く。夏という季節を謳歌せんと言わんばかりに陽光を注ぎ、気温をどんどんと上昇させる。全ての窓と戸を明け放してなお滅多に風が入らない教室の不快指数は上がるばかりだ。
「なんでこんなに暑いんだよ……なんでこんなに暑い中勉強しなきゃなんないんだよ……」
「誰のせいでしょうね」
二人は教室で向き合うように座っていた。机に向かう雷刀と、その前の席の椅子を逆方向に向け彼を見る烈風刀という体勢だ。
目の前で唸る少年――嬬武器雷刀の期末テストの結果は散々なものだった。確かに夏のアップデートへ向けての準備などで忙しかったが、それを差し引いても酷い。『酷い』という言葉しか浮かばないほどのものだった。だから、夏休みの初めに行われる補講に参加せねばならないのは当然のことだった。元々システム関連で学園に用事があった烈風刀は、嫌だ嫌だと騒ぐ雷刀の首根っこを掴み無理矢理連れてきて補講に参加させた。案の定というべきか、授業内容が理解できなかったようで授業中課されたプリントもろくに解くことができない。授業時間内に終わらなかったそれは、自動的に翌日――補講は夏休みの始まり、五日間ほど設けられている――の課題となる。
「暑い」
「口を動かす暇があったら手を動かす」
同じ言葉を無駄に繰り返す雷刀に冷たく言い放つ。原則、授業の終わった教室のクーラーは節電のために切られることになっている。真夏の、しかも陽光がこれでもかと注ぐ教室など、クーラーがなければただの地獄だ。窓を開けたとしても今日の様子では焼け石に水だ。
それでも、二人がこの教室から出ることはまだ許されない。
「つーか、烈風刀は先に魂のとこ行ってくれば? 用事あるんだろ?」
「先に行ったとして、貴方一人でこの課題が解けるのですか? 自力で終わらせることができるのですか? そもそも貴方が逃げずに大人しくしている保証なんてあるのですか? ありませんよね? だから先生は私に見張るように言ったんですよ。分かっていますか?」
成績優秀で補講など一切関係ない烈風刀がここにいる理由、それは先生に雷刀が逃げないように監視するよう言われたためである。
雷刀が一人で課題を終わらせることなどできないことは、日頃の様子から分かり切っていた。そもそも課題をしっかり終わらせるような人間ならばあんな点数を取るはずがない。
しかし、授業時間外に先生が一人の生徒につきっきりで教えることなど不可能だ。だから、双子の弟である嬬武器烈風刀に白羽の矢が立った。彼相手ならば雷刀も逃げられないと踏んだのであろう。事実、それは功を奏していた。
気安く引き受けるのではなかった、と烈風刀は後悔した。確かに天気予報で気温が高くなると言っていたが、これほどまでに暑いとは。日当りのいい教室であることと、風がないということも大きな要因だろう。せめてクーラーの使用許可を交換条件に出すべきだった、と顔をしかめる。
「ごめんなさい」
「謝る暇があったら頭を使って手を動かす。ほら、ここ間違ってますよ」
しゅんと反省したように項垂れる雷刀をバッサリと切り捨て、間違いを指摘する。雷刀は黙ってその部分を修正し、以降の間違いも訂正しようとするがやはりなかなか手が動かない。内容を理解していないのだから当たり前だ。一体どうすれば一人でちゃんと勉強できるようになるのだ、と大きく溜め息を吐いた。
「暑いから頭が動かないんだよ」
「貴方の頭が働かないのは一年中でしょう。気温のせいにしないでください」
「そうカリカリするなって」
「誰のせいですか!」
思わず声を荒げる。しまった、と後悔するころには雷刀は苛立ったように目を細めていた。あまりの暑さにこちらも苛立っていたようだ。疲れたように手で顔を覆う。
「……ジュースでも買ってきます。なにがいいですか」
「炭酸なら何でも」
「分かりました」
不機嫌そうな彼の声を背に教室を出る。購買へと続く廊下にも太陽は容赦なく光を届ける。窓が開いていない分、教室よりも暑く感じる。はぁ、と顔を手で覆い息を吐いた。
先ほどのはさすがにない。原因は彼にあるとしても、あれではただの八つ当たりではないか。日頃彼のことを子ども子どもと言っているが、これでは自分もさほど変わらない。恥ずかしさと後悔で小さく唸る。
窓の外、ペンキでも塗りたくったかのように青色に晴れ渡る空を見上げる。全てはあの太陽のせいなのだ、と中天で輝くそれを恨みがましく見た。子どものような行動だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
自販機で買った缶を手に教室に戻ると、雷刀は椅子の背もたれに身を預け下敷きでパタパタと扇いでいた。普段は下敷きなど使わないのにこんな時だけ使うのか。そもそも下敷きを持ち歩いていたのか、とどうでもいいことを考える。そっと近づいて、その頬に冷えた缶をぴったりと押し付けた。
「うぉっ!」
「買ってきましたよ」
驚いてバランスを崩しかけた彼は、ぽかんとした表情でこちらを見上げた。その姿に思わず笑ってしまった。
「おー、さんきゅー」
雷刀は嬉しそうに笑って缶を受け取った。プルタブを勢いよく引くと、炭酸で増幅された小気味のいい音が響く。冷たい汗を流す黒色の缶を傾けると、彼の喉がゴクゴクと美味しそうな音をたてて動いた。
「つめてー!」
たまらない、といった風に笑う雷刀を見ながらこちらも手にした缶を開ける。口をつけると、特有のコーヒーの香りと苦みが口の中に広がる。冷たいそれを手にしているだけで体温が少し下がったかのように錯覚する。
「よし、さっさとやるか!」
やる気を出した彼が、缶を隣の席に置きペンを握り机に向かう。その姿を嬉しく思うが、先ほどのことがどうも引っかかってしまう。集中しようとする彼を邪魔するのは気が引けるが、謝らねばならないと「雷刀」と彼の名を呼んだ。
「その……、さっきはすみません」
「なにが?」
「えっ?」
「烈風刀が怒るのなんていつものことじゃん。気にしてねーって」
それはそれで不名誉だ、と烈風刀は苦々しく顔を歪める。烈風刀の気を知ってか知らないでか、「変な顔ー」と雷刀は笑う。「うるさいですよ」と気まずさを誤魔化すように手にした缶の中身を飲む。熱気にやられてか、小さな缶の中身は既に冷たさを失いつつあった。
「早く終わらせましょう。サーバー室は涼しいでしょうから早くそちらに移動したいです」
「だったら、最初からサーバー室でやればよくね? 涼しいし用も終わるしそのままオレの面倒も見れるしどう考えても得じゃん」
「あの涼しくて快適な部屋で貴方がサボらないとは思えませんね」
欲で輝く目で見つめてくる彼をすっぱりと切り捨て、「ほら」と促す。雷刀は残念そうに口を尖らせたが、すぐさまプリントへと目を向ける。勉強しようとするその姿勢に小さく笑う。
やはり、全て暑さが悪いのだ。子どもめいた考えに自ら苦笑しながら外へ目をやる。空に輝く太陽はまだまだ健在で、少なくとも空が暗くなるまではそこで存在を主張するようだ。
「終わったら、アイスでも買って帰りますか」
「おう!」
ふと漏れた言葉に雷刀は顔を上げて元気よく返す。太陽のように眩しい笑顔が目の前に輝く。温かなその笑みに思わずこちらも笑みを零した。
夏の暑い教室に、柔らかな風が通り抜ける。まだまだ暑い夏は終わらない。
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蕩かす【ゆか→れいむ】
蕩かす【ゆか→れいむ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
お題:楽観的なテロリスト[1h]
博麗霊夢という少女は、八雲紫にとって非常に魅力的に映った。
清流のようにさらりと流れる黒髪、袖から覗く白の中に柔らかな赤が躍る透き通った肌、揺らめく瞳を縁取る柔らかな睫毛。手足は少女らしく折れてしまいそうなほど細く、けれども健康な形をしている。なにより、そのきっぱりとした性格が魅力的だ。
彼女の全てが欲しい。そんな欲が湧いてきたのはいつだったか。
その欲が心の内から溢れ出した時から、紫は霊夢に仕掛けた。
まずは妖怪ならば全てを潰す彼女と会話をするところから。警戒心の高い獣のような彼女の中に入り込むのはなかなかに難しかった。
次は生活に入り込むことを。お茶を出してもらえるような、そんな関係まで。
そして彼女の中での自身の存在を大きくしていく。会話して、行動を共にして、時たま触れ合って。そんな小さな事を積み重ねていく。
ゆっくりゆっくり、侵蝕していくように。博麗霊夢という少女の中に、八雲紫という存在を埋め込んで。消えないように、消せないように刻み込んで。
こたつを挟んで向こう側、霊夢は紫が持ってきたもぐもぐとお茶菓子を食べている。今日はきんつばだ。柔らかな皮から現れる餡を溶かすように味わい、渋いお茶を飲む。湯呑の中のそれを飲みほし、急須を手に取ったが中身がないことに気付いたようだ。
「おかわりいる?」
「お願いしようかしら」
ん、と小さく返事をして、霊夢はお湯を求めて台所へと消えていく。その背中を見て、紫は妖しく微笑んだ。
スキマから覗いた彼女は、他者にお茶を入れるということはしなかった。欲しいならば取りにいけ、というのがなまくらな彼女のスタイルだ。けれども、紫に対してだけは違う。紫が来れば必ず二人分のお茶を入れ、持ってきたお茶菓子も渡す。他者には決してしない、見せない彼女の姿。それを独占している現状が幸せでたまらない。
しばらくして、急須を持った霊夢が戻ってきた。紫の湯呑を取り、自身の物を並べてゆっくりと茶を注ぐ。ふわりとのぼる湯気がその温かさを表している。
「はい」
「有難う」
礼を言って、差し出された湯呑を受け取る。対面を見ると、熱いそれをゆっくり冷ます霊夢の姿が見える。霊夢は熱いものは苦手なのよね、と考えて紫は笑った。彼女がそれを語ったのはいつの日のことだったか。
「きんつば、あんたの分もあるでしょ。あげないわよ」
「いいえ。なんでもないわ」
少し警戒したような目で見る彼女に微笑み、紫は湯呑に口をつける。熱いそれは、温かなこたつの中でも美味しい。
これだけ親しくなったというのに、霊夢が紫に特別な好意を向ける様子はない。霊夢は紫をその他有象無象は違う存在と認識していることは知っている。けれどもそれから進む様子がない。
難しいわね、と紫は彼女と対話する度に思う。妖怪の生は長いが、人間のそれは空に一瞬だけ姿を見せる流れ星のように短い。あまり長い時間をかけることはできない。その前に彼女が死んでしまう。
「ねぇ、霊夢」
「なぁに」
「私のこと、好き?」
「好きよ。いつも言ってるじゃない」
ストレートに聞いてみてもこれだ。まず、この子は愛や恋を理解しているのか怪しいところもある。こればかりは難しい。けれども自身が彼女にそれを教え込みたい、という欲すら湧いてくる。八雲紫という妖怪は貪欲だ。どこまでもどこまでも彼女を求める。
「あんたが何を期待してるかわかんないけど」
「けど?」
「あんたは特別枠よ。上手く言えないけど、あんたの『好き』は別枠」
涼やかな顔でそう言って、霊夢は新しく取り出したきんつばを頬張る。幸せそうなその表情は可愛らしい。けれども、それを気にしてる暇なんてなかった。
あぁもう、この子は。
愛や恋なんて理解していないこの子の純粋な好意。『他者へのそれとは違う』と明確に示された好意。そんな甘い言葉を向けられて、落ちない者などいない。なんて楽観的な、無意識な、性質の悪いその言葉。
自分が彼女を侵蝕していくはずなのに。いつもいつもこの子に振り回されて、この子に惑わされているのは何故なのだろう。惚れた弱みとはこのことなのだろうか。長い間生きているが、こんな気持ちはまだ理解できていない。
「やっぱり弱み、かしら」
「弱い? あんた熱いのだめだっけ?」
きょとんとした表情でこちらを見る霊夢に紫は苦笑する。あれだけ甘い言葉を吐いてもこの表情だ。やっぱり理解していない。
「なんでもないわ。それ、美味しい?」
「美味しい。あんたの持ってくるお菓子は美味しいわ」
ご満悦な様子でお茶を飲む彼女。その言葉も自身を溶かしていく。あぁ、なんて甘い。このお菓子よりもずっと甘い、砂糖菓子のような彼女の言葉。けれども、苦い苦いその言葉。
ずず、とお茶を一口。甘い甘い、苦い苦い彼女の言葉とお茶の相性はあまりよくないようだ。
この味に合うものは、この感情に会う言葉はあるのだろうか。
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四月の始まり【後輩組】
四月の始まり【後輩組】pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
前々から腐れ縁、というより後輩組を書きたいなと思っていたらネタが降ってきたので。後輩組だけど灯色君の出番は少ない。
扉を開き薄暗い部屋の中へと身を滑り込ませる。音を立てぬようそっと扉を閉め、冷音は室内で一際強く光を放っている場所へと歩みを進める。そこには一人の少年が座っていた。色の違う両の目で画面を食い入るように見つめ、人間離れした速度でガチャガチャとキーボードを叩く姿は小さな身体に不釣合いのように見えた。
「魂」
「ん、冷音か」
幼馴染の声に短く応える魂の瞳は画面に吸い寄せられたままだ。いつもならばほんの一瞬でも相手の顔を見るというのに、今日はその素振りすらない。それほどまでに状況が悪かった。
以前から度々悪さをしていた者達――現在判明しているのはハルト=カプサイシン=スチプチサットと弐拾四階段の道化師の二名だ――が徒党を組んで攻め込んできた。お陰で学園のサーバーを管理をしている魂は忙しいなどという言葉で済まされないほどの状態だ。大の甘党である彼の脇に山のように積み上げられた菓子は全く減っておらず、食べ物を口にする暇すらないほどの状況だということを冷音は悟った。いつもなら床で静かに眠っている灯色も今日はいない。どうしたのだと冷音が尋ねると、あまりにもやっかいなので直接始末しに行ってもらったと魂は答えた。そういえば彼はバグ退治をするのが仕事だったな、と冷音は常に眠たげな顔をした友人を思い浮かべる。
「ったく、四月に入ったばっかだってのになんでこんなことやらなきゃならねーんだよ」
画面を見つめる魂の表情は真剣そのもので、吐き出された言葉には苛立ちが滲み出ていた。自身が組み上げたプログラムが好き放題に荒らされているのだ。気分が良い訳がない。
いつもならば簡単な作業を手伝う冷音だが、今回ばかりは全く戦力にならないことは彼も自覚していた。ズノーロードーする上で必須だと語る菓子を食べる余裕すらないのだから、冷音にできることなど全くない。彼はただただ熾烈な攻防を繰り返す幼馴染の姿を眺めるしかなかった。
「まだまだかかるし先に帰っといた方がいいぞ」
そう言う魂の目が画面から離れることはない。人工的な青白い光とキーボードを叩く音ばかりが部屋を満たす。
「……じゃ、帰るよ」
「ん」
魂が最後まで冷音の姿を――どこか寂しげに、どこか悔しげに見つめるその姿を見ることはなかった。
「――――――終わったー……」
肺の中にある酸素を全て吐き出すかののように力なく呟き、魂は勢いに任せばたりと後ろに倒れこむ。重みに耐えかねた背もたれがギィと不快な音を立てた。
灯色とエスポワール、そして業務を早く切り上げた識苑の助けにより彼らを一時的に退治することに成功した。また復活する前に更に強化せねば考えるが、疲れ果てた今、すぐに実行することなど不可能だ。明日から識苑やレイシスを交えつつ案を出そう、と魂は身を起こした。
画面の隅に表示された数字を見る。四桁の数字は現在夜であることを示していた。想像より早く終わったらしい。喜ばしい限りだと立ち上がり大きく伸びをして、片付けを済ませ部屋を出る。窓から見える空は光を全て吸収するような黒で染まっていた。グラウンドのライトも既に消されており、見えるのは街灯が発する白い光ばかりだ。
ふと視界に黒以外の色が映る。その色には見覚えがある、というよりも毎日見る――いつも隣で見上げている色だった。
「冷音?」
腐れ縁である友人が壁にもたれかかっていた。思わず名を呼ぶと彼は手に持った端末から顔を上げる。相変わらずその目は長い髪に覆われていて表情は見えない。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「課題忘れたから取りに戻ってきた」
休み明けに提出だったよね、と言う冷音の姿に魂は首を傾げた。確かに休暇中の課題は出ていたが、春休みももう終盤だというのに真面目な彼が今の今まで課題を忘れていたことに小さな違和感を覚える。
不思議に思っていると、ずいと目の前に袋を差し出された。なんだ、と目の前の友人を見るが、長い髪に阻まれて彼の目を見ることは叶わない。
「お茶買うついでに買ってきた。あげる」
更に強く差し出され、反射的に受け取る。コンビニのロゴが書かれた小さな袋の中にはチョコレートや飴といった小さな菓子が沢山詰め込まれていた。よく見ると、それはどれも魂の好物だった。
冷音の言葉はどれも明らかに嘘だ。きっとわざわざ買いに行って、わざわざ待っていてくれたのだろう。しかし何故そんなことを、と魂はますます首を傾げた。確かに今までこのようなことは何度もあったが、今日のように彼が行動することはなかったはずだ。なのに、何故今日は。疲れ切った頭でぐるぐると考えていると、ふと先ほど見た数字が浮かんだ。
今日は四月が始まる日、四月一日。――世間ではエイプリルフールと騒がれている日だ。
なるほど、と魂は内心笑う。有難いことに、腐れ縁な彼は何かとこちらを気にかけてくれる。きっと今日の惨状を見て行動に移したのだろう。『嘘をついていい日』だから、嘘をついてまで待っていてくれたのだ。申し訳なさと共に喜びが湧き上がる。
彼の不器用で優しい嘘は指摘しないでおこう。なんといったって、エイプリルフールなのだから。
「帰ろ。もう真っ暗だよ」
「おう」
漏れ出そうになる笑みを隠し、一歩先を行く冷音の背を追い廊下を歩きだそうとすると向こうから誰か歩いてきた。近くまで寄って、やっと灯色だということに気付く。
「んー……冷音……と、魂……?」
灯色は不思議そうな顔をするが、それはすぐに眠そうな表情に変わる。その足取りはいつも以上にふらふらとしていて見ているこちらが心配になるほどだ。先ほどの作業で灯色は普段以上の仕事量をこなしたのだ、疲れて眠いに決まっている。
「お疲れ」
「お疲れ。助かったわ、さんきゅー」
「あぁ……魂もお疲れ」
手を上げ礼を告げると彼もそれを真似しようとしたが、その腕はほんの少ししか動かない。表情も最早寝ていると判断されてもおかしくないようなものだ。このままでは廊下で眠ってしまいかねない。
「灯色ー? 寝るなら宿直室行けよ?」
主に夜間活動する灯色は宿直室の使用を許可されていた。無理に帰宅するよりもこちらで休んだ方が彼にとっても、学内を歩く人間にとっても安全だ。
「んー……うん……?」
応える灯色の声は力なく、瞼は八割方下ろされていた。ダメだこりゃ、と呟くとあぁ、と灯色は言葉を続けた。
「いや、大丈夫……帰るよ。今日は仕事免除されたしゆっくり寝たい……」
くぁ、と大きなあくびを一つ。いつも以上に眠そうだが、帰宅する意思がある程度には大丈夫なようだ。それでも危なっかしいことには変わりないので目を離すことはできない。もし倒れても、非力な自分と冷音では見た目よりもしっかりとした体つきの彼を起こすことは難しいのだ。
「じゃ、一緒に帰ろうか」
「ん……分かった……」
いつ倒れても大丈夫なようにと二人で灯色を挟み、廊下を進む。灯色の『大丈夫』は嘘じゃないだろうな、なんて少しだけ不安に思いながら。
畳む
#赤志魂 #青雨冷音 #不律灯色 #後輩組